はてなキーワード: 軽食とは
念のため、年齢はぼかす。創作なので俺も彼女もどこにもいないです。
俺には中学生の頃に女友達がいた。その子は低い声がコンプレックスらしくあまり人前で喋る方ではなくて、アスペルガー障害を持っていた(これは後に発覚)ので、よく周りが笑っている時に笑いどころが分からないと一人で真顔でポツンと座ってるような子だった。ストレスで上唇を噛む癖があり、パッチりとした目をした可愛い子だったが上唇がいつもボロボロだった。それでも2,3人の女の子グループにいつもいて、ぎこちなく笑いを浮かべて過ごしてはいた。
その子も俺もよく休みがちだった。俺は情報量が多い学校生活を送っていると脳と体が疲弊しきるので、周りと比較することを覚えた小4あたりから社会生活を諦めていた。布団に入って教育テレビを見ながら疲弊と不安で泣いてることが多かった。
彼女と同じクラスになったのは中1の頃で、席替えの時に隣の席になった。とある授業で前日休んだ人間が前日のプリントを職員室に二人で受け取りに来いといわれたので二人で一緒に行ったのが彼女と接点を持ったきっかけだった。今まであんまり接点がなかったが無言のまま行くの気まずいので「マンガ読む?」と彼女に聞いた。彼女は「うん、鈴木先生とか」と即答した。
当時でアクションで連載開始したばっかりぐらいの時期だったので、同級生にアクションを読んでる人間がいるとは思わなくて驚いた。父が買ってる漫画雑誌や父の本棚の本を読んでいるらしい。俺と全く同じだった。
それをきっかけに仲良くなった。ジャンプを読まず、アニメも観ず、流行がわからない俺には漫画の話をする相手が彼女しかいなかった。話を合わせる必要がある同性の同級生よりも、彼女と漫画の話をしてる方が楽しかった。彼女から「安野モヨコ」を教えてもらい、俺は彼女に「吉田秋生」を教えた。こっそり漫画を貸し借りした。「吉祥天女すごい面白かった」と彼女は言っていた。俺は「BANANAFISHは?」と彼女に聞いたら「IQ200もある人間が男娼なんかになるわけないし悪い意味で都合がいい展開多くてBANANAFISHは好きじゃなかった」とハッキリ言った。俺はそれを聞いてハッとして「それもそうだね」と笑った。彼女は笑うわけでも怒るわけでもなく、ただ無表情だった。最初は嫌わてるのかと思ったが、こういう子なんだと理解できた。
中3になって受験シーズンに入ると周りも受験モードになってくる。彼女とは別のクラスになったが、メールで時々やりとりをしていた。俺は特に行きたい高校がなかったので通信制の高校へ行くつもりでいた。欠席日数も100日を超えていたし、何よりまともに高校生活を送れるとは思わなかった。通信制の高校なら週1の通学で卒業できるので、俺でもなんとかやれると思えたのだ。「教師になりたい」と言っていた彼女は大学進学も視野にいれて進学校に行きたいらしい。俺も彼女も成績は上位20番台に入れたので、「学校休んでまで勉強しているガリ勉」だとかよく陰口を叩かれていた。特に進学に成績が関係のない俺は受験シーズンになっても変わる事なく学校を休んだりしていた。周りが受験モードになると俺は成績が50番台まで落ち、塾に通いだした彼女は上位10位をキープするようになった。同級生に志望校を聞かれたとき、通信制の高校名を口にすると驚かれた。なんでそんな所に行くんだ。と。三者面談の時に担任から「第一志望を通信制の高校にするやつなんて初めて見た。考え直せ。」親からも「せめて普通の子みたいに普通の高校行ったら?」と言われた。周りから理解はされなかったが、学校を休みがちな彼女だけは「頭の中がオーバーフローしそうな時は横になってるのが一番落ち着くんだよね、それ以外どうすればいいかわからない」と言っていた。あの時俺の気質を理解してくれてたのは彼女だけだったと思う。面倒くさかったので、家から一番近い学校を受験した。前期受験の時に同じ中学から受験した子は成績が「160人中120位」ぐらいの子だった。「え!?なんでお前もここ!?」みたいな反応をされたのを覚えてる。周りにも騒がれた。
俺は第一志望の通信制の高校に通うを事は叶わず、家から一番近い偏差値40ぐらいの高校に通うことになった。彼女は後期試験で第一志望の高校に受かった。思春期の周りが恋愛モードになるが、俺たちは卒業まで学校で会話することもなく、淡々とメールを交わすだけだった。ある日彼女に「好きな人いないの?」と聞かれた。俺は「枕と敷布団とかけ布団の3股してるよ」と答えると「私もだ笑」と帰ってきた。「塾の先生がすごい恰好良くてね、携帯にペアのストラップつけてるんだけど、あれは彼女いるんだろうな。私も彼氏欲しいな」と言ってきた。今思うと、彼女が学校で仲良かった異性は俺ぐらいだったし、あれは彼女なりのモーションだったのかもしれない。彼女にとって俺は恋愛対象じゃないと思っていたので「高校行ったらできるんじゃないかな、応援してる」と返した。そんな感じで卒業して俺たちは疎遠になった。俺はこのままうだつの上がらない生活をし続けて、高校進学で高みを目指せる彼女は、もっともっと高い所に行くんだろうな。と少し寂しくなった。
俺は高校では相変わらず休みガチだったが、中退はさすがにまずいと思って卒業できる程度に通った。授業も中学の復習から始まったりして、授業も教科書をなぞるだけだったので、体が辛くても無心でノートを取って、休み時間はずっと寝ていた。幸いクラスメイトも良い子が多くて、人間関係で悩むこともなかった。一度学期末の成績優秀者で学期末に壇上に呼ばれたのがトラウマになり、勉強は授業を受けるだけで一切手を付けなくなった。
高3の頃に俺は進学か就職かの岐路に立たされた。進学する金も家になければ熱意もなくて、自動で就職になった。よく教師や親からは「お前みたいなやつ社会じゃやっていけない」と言われていたので、そんな大人たちがいう「楽な仕事」の代表の「市役所」に就職することにして、公務員試験の対策で過去問を解いてたら高卒枠で滑り込めた。うちの高校から市職員を輩出するのは初だと、また騒ぎになって、来年インタビューに行くからなと担任から言われたのがすごい嫌だった。
就職が決まってから、俺は中学の頃の彼女を思い出した。中学を卒業してから「高校どう?」と一度連絡したら、「楽しくやってるけど、周りが勉強出来すぎてヤバイ」と不安をこぼしていた。少し心配だったが、勉強に忙しそうだったし、彼女に連絡を入れて勉強の邪魔をするのも嫌だったし、もしもガス抜きしたくなったら俺に連絡くるだろう。と思っていた。それ以降連絡は来てない。まだ教師を目指してるんだろうか。大学はどこに行くんだろうか。あれだけ不登校気味だった俺は市職員になるよ。税金でご飯食べるよ。笑っちゃうよね。鈴木先生おわっちゃったね。この間ね、安野モヨコのエッセイ読んだよ。いろんな話をしたかった。「久しぶり、元気?」一通だけ送った。ひょっとしたらアドレスが変わっていてメールは届かないかもしれない。無事届いた。がその日は返事が来なかった。
翌日の夜中に一通メールが来た。彼女からだ。「久しぶりー、そっちも元気?私はまあまあかな。私入ってからすぐ高校辞めちゃった。〇〇駅(県内で一番大きな駅)の西口で売春してたら補導されて、親にすごい怒られて家にも居られなくなっちゃってさ、今は回春エステを転々として寝泊りしてるよー。増田は大学行くの?頭良かったもんねえ」
ビックリした。
口から晋三が出るかと思った。
中学の俺たちは似た者同士だと思った。しかし俺は彼女だけが高みへ飛んだと思っていたのだ。俺がだらだらと低空飛行の高校生活を送ってる間に、彼女は高校を辞めるぐらいまで追い詰められていた。働きたくなかった俺は公務員になり、教師になりたかった彼女は風俗嬢になっていた。一体どこでどう間違えたんだ?あれだけ高校受験を励めるお前が、頑張れるお前が、なんで落ちたんだ?落ちるんだったら俺の方だろ?
俺は彼女とご飯を食べに行く約束をとりつけた。会って話がしたかった。幸い昼間は時間の融通が利くそうで、予定調整してから合うまでに時間はかからなかった。
久々に会った彼女は顔の印象がだいぶ変わっていた。黒い髪は相変わらずだったが、パッチりとした目の下には人工的な涙袋が入ってた。垢ぬけた感じはあった。体は細いがなぜか指がパンパンに膨れ上がっていて、表情があまりかわらないのは昔のままだった。ボロボロだった上唇が細くきれいになっていた。
「久しぶりだね、大人っぽくなったな」と声をかけると「そっちも中学の時よりすごいかっこよくなっててビックリした」と言ってきた。彼女はこんな事言えたのか。なんか変わったなと思った。
ファミレスで軽食をしながら俺たちはお互いの話をした。彼女からは3年間の空白を埋めるようにいろんな話を聞いた。
彼女は高校に進学してから授業についていくためにずっと勉強をしていた事。授業についていくために塾にも通った事。それでもとうとうキャパティシが限界を迎えた事。家で数学の勉強をしてる時に発狂してしまった事。不安と違和感を感じた両親が精神科に連れていき診察した結果、適応障害とうつ病だと判断された事。両親と医者と本人との3者でのカウンセリングを重ねたり、いろんな検査を受けた結果幼少期からアスペルガー障害があることもわかった事。その高校を辞めた翌年は別の学校に再受験した事。受かったが周りが自分より1つ年下の環境と、前の学校が県内上位の進学校だった事もありすぐに噂が広がり居づらくなった事。ブロンでODをした事。次第に金パブにも手をだすようになった事。金パブブーストで学校に通い続けることができたが、そこでも最終的には居づらくなり精神が限界を迎えて学校を辞めてしまった事。応援してくれた両親も激怒し愛想つかした事。フリーターとしてコンビニバイトなどをするも空気が読めず、どこへ行ってもうまくいかなかった事。バイトを転々としていた当時高2の彼女が自分一人の力でも食べていけるようになった手段が「売春」だった事。売春を続けていたら補導されたので、寝泊りができる回春エステで働くことにした事。過食嘔吐がストレス解消の手段になった事。整形して顔をいじったこと。今の収入じゃ満足できなくなってきた事。回春エステでチップをもらいながら本番をしていたところ病気をもらって運営にも本番行為がバレた事。今度デリヘルに転向する事。一切本が読めなくなったこと。文章が頭に入らなくなったこと。休みの日は過食しながらyoutubeでジャルジャルの漫才を見てゲロ吐いてる事。誰かにずっと監視されてること。いつも誰かに悪口を言われてる気がしてるということ。昔の彼女の面影を探すように俺は彼女に色んな話をきいた。中学の3年分よりも彼女と話した。
しかし俺は彼女に「普通の生活に戻る気はないのか」とはどうしても聞けなかったのだ。学生生活を満足に送る事が出来なかった俺だからこそわかる。その質問は残酷すぎた。普通に働けたのであれば、とっくに働いているのだ。彼女の話をきいて、彼女が彼女の世界でなんとか足掻こうとしてるのが俺には痛い程わかった。
「中学の頃にさ、〇〇(女友達)はIQ200もあれば男娼になるはずない。ってBANANAFISHを批判してたの覚えてる?」
「あー、懐かしい。言ってたね。吉祥天女今でも好きだよ。文庫版買っちゃったの実家にある。」
「買ったんだ、言ってくれればあげたのに。俺はさ、〇〇が風俗嬢になるはずない。ってこの間のメールみて思ったんだよね。」
「だから?」
「でもそれって、〇〇のしんどさとか辛さとか経験を、俺がわかってないだけだったんだな。ってお前の話聞いて思ったよ。アッシュが男娼になるまでのバックグラウンドがもっと掘り下げられていれば、〇〇もBANANAFISH楽しめたのかなー」
「増田は変わらないね。私の土俵で私の漫画の話をしてくれるよね。中学の頃私と一緒にいた女友達覚えてる?あの子たち時々連絡くれてたんだけど、高校中退した時に『何があっても友達だから』って言ってくれたのに、私が売春初めてから連絡してこなくなったよ。私が売春してんのも回春してんのも同級生の間でもう噂になってんでしょ?この間中学の時の××からヤらせてくれってメールきたよ。ただ話したいから会おうって言ってきたのは増田だけ。増田からメール来た時、仕事中もずっと増田の事思い出してた。うれしかったよ」
「そんなに嬉しかった?だったら、薬指切り落して俺に送り付けてくれてもよかったんじゃない?(安野モヨコの漫画ネタ)」
「馬鹿じゃないの」3年越しにあってから初め聞いた彼女の笑った声と、笑った顔だった。
俺には彼女を救い上げてやることはできないし、彼女の生活を支えてやることもできない。彼女を守ることもできないし、俺たちにはお互いを支えあうような力は残ってなかった。日々の生活でいっぱいいっぱいなのは、お互いが一番よく理解していた。公務員に内定が決まった俺に目の色を変える同級生がいたが、一番寄りかかりたいだろう彼女は俺に依存しようとは一切しなかった。性風俗を咎めず、性風俗に従事している彼女をただ受け入れて話を聞く。俺にできるのはそれだけだった。
俺たちはその日たくさん話して、仕事へ向かう彼女を見送った。何故かもう会えない気がしたので、「体に気を付けて」といったら「そっちもね」と、中学の頃と変わらない無表情で返ってきた。
それから数年経ったある日、彼女から「私と会った事ある人だよね?ずっとスマホが監視されてて。確認したかったの。ヤバい人にずっと付きまとわれてて、ネットに本名も晒されて、ずっと監視されてるから疑心暗鬼になっちゃって」とよくわからないメールが飛びこんできた。「久しぶり、増田だよ、中学の頃から同級生だったろ。大丈夫か?」とメールを返したが送信エラーになった。
心配した俺は、ひょっとしたら彼女が実家で療養しているのかと思って、中学の同級生から彼女の実家の住所を聞き家まで行った。表札には彼女の苗字はなく別の苗字が書いてあった。念のためインターホンを押したら現住民が対応してくれた。どうやら今の住民は中古物件としてこの家を買ったみたいで、前回の住民とは一切コンタクトは取っていないとの事。文章でのやりとりが得意で、口語でのやりとりが苦手だった俺たちは、携帯の電話番号を交換していなかった。俺は彼女と連絡をとる手段を失った。
真夏の屋外オールナイト開催のフェスが今年は10周年!のはずがやはり一旦は延期になり、昼から夜まで×2days開催@屋内となったのが先日三連休の話。
色々考えたけど行きたかったので行ってきた。(2日目のヘルシンキ〜フジファ。)
密集、密接対策としては、ふつうスタンディング席であろうところの半分以上を椅子の席(ちどりに使用禁止の張り紙)にしてあり、スタンディング席もバーでこまめにエリア分け&ひとりぶんのエリアのグリッドが線引きされていて、近接は無いようにしてあった。後述するが観客側のマナーとしてもも大きい声を張る行為は一切なかった。
ケバブ等の軽食はあったけれど、飲食用のテーブルは無し。アルコール類も無し。通路や物販列も空いていて、端的に言って日々のJRの方がよっぽど密接密集している…。
ドアノブ等もダスキンがまめに拭いているらしい。換気の具合ばかりはわからないが、ちょっと涼しかったし酸欠感も無かったしで、きっと良いのだろう。
総じて、「これで駄目ならもうどうしようも無いだろう」「首都圏近場でのおでかけや外食、日々の勤務よりも安全だろう」という印象だった。
会場入りした時にやっていたのはヘルシンキラムダクラブのリハ。「しゃれこうべしゃれこうべ」、たぶんそういう他意はなくただヤンデレっぽい歌詞だと思っているけど、それでも「死なないで」「地獄でワルツを踊りましょう」に乗せて客席がビジョンに抜かれ、2mピッチで棒立ちな観客や一面の背もたれの「使用禁止」のチェック模様を突きつけられると、失われたものを突きつけられるようだった(このご時世にそもそもフェスなんてまるごと失われるべき、という意見もあるだろうけど。)
いざ本番が始まると、色んなことを忘れさせてくれるような素晴らしいステージだった。
ドミコ、リーガルリリー、オーサムシティークラブのあたりがそうだろうか、バンドの世界観がしっかりしていて、それを垣間見て味わうようなタイプだと、純粋に生音やステージに熱中させてくれるようだった。
ただ、フロンティアバックヤードが「こっちから見ると異様な景色で、おじちゃんびびってるよ」みたいなことを言っていたが、ステージから客席を見た光景こそが異様なのだろう。しかし、客席からステージを見る限り、無心に熱中できる瞬間もあった。
モノノアワレはMCで飄々と状況を受け入れていおり、らしく、面白かった。
「今回、私達は発声できる形で、皆様は発声できない形でやらせていただいており、人間は声に出さずとも心で話すことができ、それが悩むと言うことですが、人間は生物で唯一悩むことができるといわれており、それは置いておきまして、…」からの早口言葉ソング。
モノノアワレは完成度高かったな…ただ曲間の沈黙の瞬間に何度も隣のリハのドラムスがなっちゃってたのだけが邪魔だったけど、最後のそういう(曲間で一瞬シンとなってとなりのリハの音がにわかにとても響く)タイミングでボーカルがもっとおっきい声で「せーのっ!」て叫んで最後の曲に入ったの格好良かった。
四星球は音源ではなくライブこそが本番のお祭り屋、盛り上げ屋なので、どうするんだろうと思っていた。いざステージが客席から堪えきれないしのび笑いを誘い、内心を盛り上げ、(腿上げは息が上がるのでグレーだと個人的には思うけど…まあ短時間か)盛り上がりを表明できずもどかしい観客に「みんなが心で一緒に歌っているのが、心でわかります」「フェスなんか来て罪悪感はんぱないでしょ?」「でもその罪悪感が皆を守ってるんです」「皆が守っているのはガイドラインなんていう堅苦しいものじゃない、エンタメ業界です」の語りはアツかった。
冷笑したくなる陳腐な熱いセリフを、本気のように聞かせる、本物のアツい思いに感じさせる四星球は、これを言うのは恥ずかしいしなんだか負けたような気がするけど、やっぱりすごい。四星球が言う「10周年おめでとうございます」はなんだか重く聞こえる。
で、ヒリついたタイマンバトルのような、いっそ客席を無視してるようなマジで痺れるドミコを挟んで(なんだこの順番は。)ポリシクスも盛り上げ屋だけど、対称的だった。
「みんな〜盛り上がってるか〜い!」みたいな問いかけに返ってくるのは、どこまでも、拍手。いつもだったら客席からマイクとアンプに負けないくらいの歓声が上がるのに。
声が裏返ったボーカルの絶叫コール、アンド、キャパシティ50%未満の歓声も口笛もない拍手のレスポンス、は何度か繰り返された。
ステージの上は「新しい生活様式」を噛み締めているようにも打ちのめされているようにも見えたけれど、本心はわからない。
正直言って四星球がいなかったら我慢ならなくなって叫び返してたやつが出たと思う。隙のない三密回避(&ノンアルコール)の運営と四星球の演説があって、やっと、何度呼びかけられても拍手だけが返せたのだと思っている。
途中からステージに「観客のレスポンス」のSEのボタンが登場して観客はジェスチャーでタイミングよくボタンを押そうぜ、となった。「このボタン、いいね、いつでもアリーナ級のレスポンス返ってくるんじゃん」と笑いを誘ったけど、こっちはちょっと泣きそうだった。
フジファの途中で帰ってしまったけれど彼らも「マイペースに世界観を見せつける」というよりは真摯に受け止めて寄り添って悩んでみせるタイプ。初代ボーカルが急逝しているのでどうしても古参ファン的にはシリアスな色が強い。(11年前なので知らない・実感のないファンも多いだろうけど…今回ポリシクスとストレイテナーの間では年齢層高そうだ。)
初参加、夏にやりたかったなあ、という話からの夏のノスタルジーどまんなかソング「若者のすべて」はしんみりした。盆踊りのような振り付けの曲があり、これが良かった。いちばん動けたし、夏だったし。しっかり楽しめたし、揺さぶられて、良いステージだった。
全体として、三密回避で無発声だとどうしてもお祭り騒ぎはそりゃあできなく、内心ムチャクチャ盛り上がってるのに地蔵化させられているように思う瞬間もあって、仕方がないけどももどかしかった。いまヤバくなってるこの思いをステージに返したいのに…みたいな。
熱狂できない、集団催眠みたいにヤバくなることはない。仕方がないけれど…
良い点として、立ち位置や座る位置を工夫すれば、過去最高にステージが良く見えたのと、私も年なので座って見れたのはラクだった。大きめのカバンのままでも邪魔にならないのも楽ちんだった。
光る棒とか公式アイテムであったらまた少し発散できたかな? マックスのぶち上げ盛り上がりは盆踊りのような動きになるので、お祭り屋タイプのバンドにはそのつもりでステージ組み立てて貰えたら新しい楽しさがあるかも知れない。
最後になるけれどもあらためて、日頃の暮らしよりもよっぽど三密回避なフェスを開催してくれて感謝。叫んだりたむろったりも無かった観客に感謝。ライブってやっぱ良いね。
今日行った喫茶店、ずっと前から気になっててやっと行くことができた。
店内はジブリの骨董品店のような薄暗くて、いろんなものが置いてあって
見てるだけですごい面白かった。
だけど今流行の古民家カフェはどうも好きになれないなと思ったのが、
古い建物の中をくりぬいて、今風のものぶち込んでるのが薄っぺらくて。
結局外壁だけが古くて中は今時のおしゃれカフェと何ら変わらなくて
どこも同じなんだよね。
すべてのものに歴史があって、というか、昔のまんまなに1つ変わらず
机の塗装とか剥げてるのも味がある。
びっくりするぐらい安い。
そしてお味は……まぁ喫茶店の味(苦笑)
私が作ってもきっと同じ味になるんじゃないかと言う位。
ひと口食べて思った。
リピはないなと。
店構えとかすごく好きだったんだけどね。
自宅から遠いこと。
店主の娘と孫がカウンターに来て、店主が先に帰っていた常連ぽいお客さんのことを
いろんな要素があるけど、結局気に入らなかったんだよね。
一歩入れば何かわかるんだよなぁー、1回きりだなって思う店。
毎回期待して入るけど、1階入れば満足してしまって
リピすることがほとんどない。
今はない大好きなアンティーク喫茶店は、大人になって1人でも通ってたのに。
いいお店ばっかり潰れていく。
最近の古民家カフェもおしゃれカフェもどうも薄っぺらくて苦手だし
なんだかね。
映画『チー牛野郎VSピッツァと10回言ってここをヒジと普通に答えちゃう野郎』大ヒット上映中です!
まあレイトショーは超集中して観れていいわね!って思う反面、
こんなにお客さん少なくて儲かってるのかしら?と心配にもなるんだけど。
めちゃくちゃ人が多くて、
昼間の映画館ってこんなに満席御礼なの!?って逆にビックリしたわ。
だから私の映画館のイメージはガラガラってのがデフォルトなので、
そういう満席御礼で座布団が飛び交ってる映画館ってイメージじゃなかったわよ。
そんでさ、
観たいなと思ってた映画もコロナ禍で延期になったりするのあるじゃない、
観たかった映画見逃しませんように!って改めて映画館にスケジュールチャックしてみたわけ。
要チェキって別に映画上映スケジュールをチェキで写メする意味じゃなくて、
チェックってことなんだかんね。
そこんとこ履き違えていると、
何でも写真撮ることを写メって言う輩みたいに恥ずかしい目に遭えばいいのよ!
そんなわけで、
秋からの映画もチェックしてそろそろ観に行かないとってことなのよ。
あとさ、
私はしない派というか出来ないというか、
せいぜい飲み物ぐらいよ。
だってさ、
ポップコーンとか食べても、
そのポップコーン掴んだ手の始末が出来ないわけじゃない。
手のポジションはそのポップコーンのフレーバーのベタベタがよそに付かないように
手に手を意識しなくちゃいけないじゃない。
そうなるとなんか映画に集中出来なくなると言うか、
おしぼりもセットであればいいけど、
あんなちゃいちーな小さいおしぼりだと映画のエンディングまでひたひたの潤いが続かないじゃない。
ひたひたで湿っていて欲しいの。
え?
エンディングで泣いた涙でおしぼり湿らせたらいいじゃない?って
そうね、
涙の数だけ強くなれる!って。
やかましーわーい!
やかましーわーい!しかない私でもそうツッコんじゃいそうな勢いで、
涙といっても、
何でもかんでも最後に泣けば良い映画じゃないってことは確かだし。
だから、
ポップコーン食べた手の始末ができない限り、
ましてやさ、
館内でホットドッグ食べるとか、
あとさ、
劇場の席に着くまで、
1粒もこぼさずに一番奥のスクリーンに行く自信もないし、
それも苦手なところかな。
あのまんが日本昔ばなしの大盛りご飯てこ盛りの山々盛りポップコーン版とでも言うのかしら。
ちょっとすり切り一杯、
モノが食べれるかってことを物語っているのよ。
うふふ。
葡萄ウォーラーはそのままにしてもあんまり果汁が出にくいので、
1粒を半分に切ったりして入れたりすると良いわよ。
皮剥くのもいいけど手間が掛かるわよね。
ミニトマト可愛かったので、
小さい丸いって意味では一緒かー!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
8日
出来たかも?
喜びよりも経済的余裕がないこと、妊娠時の情緒不安定さと毎日のだるさ気持ち悪さ体の重さ子ども2人を相手にすることの出来なさなどが思い出され不安要素で頭がいっぱい
検査薬 陽性
んあああ〜〜〜〜やっぱりか〜〜〜でも腹括るしかないかな〜〜〜妊婦生活はほんと嫌だけどな〜〜〜腰痛いし体重いしほんと嫌だけど〜〜〜
でもほんおいまらら
と思うように体の動かない動かせないマタニティライフには不安しかない
22日
初診
下の子を出産した産院(とても良かった)だったので勝手知ったる感じ
ここ数日いろいろ考え過ぎてもう既に12週くらいの気分だったけど最後の生理開始日や胎嚢の成長具合(大きさ)を見ても6週程度
来週また診てみましょうとのこと
夕飯は作れたり(でも一品のみ)作れなかったり家事も碌に出来なくてほんとに妊婦生活は嫌なんだ…出産は好き…でもほんとに妊婦生活だけは……
体がしんどいと思考がネガティブになったり普段は何てことない子どもの声にいちいちイライラしてしまう
つらい
翌月8?9?日
胎芽やっぱり確認出来ず
そこまでショックも受けず、目の前の先生はご愁傷様ですムードなんだけど自分的にはそうでもなくて私の中の綾波が(いない)どんな顔したらいいかわからないのってずっと言ってた(笑ってられない)(その場の雰囲気的に)
なんかショックよりも妊婦生活回避出来て、というか今ですらあまり子どもの相手してやれてないのにそれに輪をかけてまだ小さな子どもたちを寂しがらせてしまうのを避けられたのでちょっとほっとした。
まぁまだ確定ではないんだけど
子どもは3人欲しがっていた旦那がショックを受けてて、今回の妊娠に際して初めて「ごめん」という感情
誰が悪いでもない、初期流産(たぶん母体に問題がっていうより精子とか卵子とかに育つ力がなかっただけ)(と私は思ってる)なので赤子に対して「産んであげられなくてごめんね」みたいなのはゼロだったんだけど、普段喜怒哀楽のほぼ喜楽しか表に出さない旦那がしょんぼりしてたのはちょっと切なくなった
改めて、避妊しようね出来たらまぁしょうがない頑張って育てようねでも35くらいまでかなしんどいからアラフォー妊婦生活はしたくないほんとしたくない!!っていうことは伝えた
診察だけでも数千円かかるから……
なんとなくだるい上に待ち時間しんどくて疲労から診察後に外食したりして出費嵩むから………
8日
9:00
昨夜22時〜絶飲食
お腹すいた
「今回は残念でしたが…」とのことで処置のため部屋(個室)に通され、処置待ち
処置後2時間はここで安静に、と言われて空腹だし退屈だし軽く絶望
終わったら何食べようかなーだけを考えて過ごす
10:00
点滴の際my血管がどんどこ逃げたようで2回無駄な針を刺されました…手首に近いほど痛い。ちぃおぼえた。
その後処置室へ
10:25
処置室へ
寒い。
処置どうこうより「全身麻酔で意識が戻らなかったら嫌だなあ怖いなあ」ばかり考えてた
10:40
処置開始
全身麻酔入ってカウント始まって「10」数えて「ええぇまだ寝落ちないよー術中声だけ聞こえてるとか嫌だよ寝たいよー」って思ってたら「11」の後は
「終わりましたよー(あと何か労いの言葉)」
知らぬ間に数十分過ぎてた
運ばれてるんだろうなー
「捕まっててくださいね」
ベッドに移動したんだろうなー
などはわかったけれどもまったく目が開かず(怠くて?)
薬を嗅がされて…みたいなドラマやアニメよくあるけどあれは卑怯だな体に力が入らないというか入れる気力が起きない頭がぐらぐらしてないけどする感じがあって下手に動きたくない何も出来ないというのは強く覚えてる
気付いたら個室ベッドの上だった
血が出てるのか痛みがあるのかよくわからない状態(頭が全然働かない)
そしてまた眠る
11:15
初めて目を開けながら喋れたのがこの時
「今何時ですか」「えっと、11時15分ですねー」
たぶん血圧測ったり「気分はどうですか」訊かれたりこの後のことを軽く説明されてその後また寝てた
たぶん麻酔で寝てる間口開いてたんだと思う。唇乾いて喉が渇いてたんだけど今何かしら飲んだら吐くな…と思ったしだる眠いので伝えられず
とにかくいろんな夢を見てた
12:47
起きる
13時過ぎ
しかし怠くて上体を起こしていられず、起き上がって一口食べては横になる、を繰り返し1時間くらいかけて食べるフルーツうまー
痛み止めと抗生剤(5日分)を処方され、飲む
食後診察
お腹すいた
こちらで用意するものは診断書(保険会社の所定用紙)くらいらしい。書類が届いてからまた病院か…
帰宅後の様子
1日寝転がってた(フライングボディアタックかまして来る1歳児が居るので油断出来ない)
でもずっと座ってるのしんどい。食後即寝
翌日
再診
出血量も多くないし、とシャワーと軽い家事(近所への買い物)の許可が下りる
貧血とかではないんだよな〜何だろう、動悸、息切れ。恐ろしく疲れやすい。帰宅後はグロッキー
翌々日
寝て過ごす
昼食を作れるくらいには回復した気になってたらその後寝込む
翌々々日
あれー身体かるーーい!と思って朝から家事をバタバタこなしていたら夕方から安定のポンコツ
しかし幼子2人居るので、セーブしつつも最低限は動けるのがわかって良かった
しかししばらく性欲を発散してないムラムラが溜まってきており陰核だけいじってみた。絶頂を迎えると子宮が痛むので性交は当分お預けだな…
コロナの影響もあってか店内はいつも空いていて席も広くとってあるので行きやすい、軽い軽食を出す喫茶店だ。
だいたい同じ時間帯に行くのだが好きな席があるので心のなかでここは俺の席と思っている。
しかし、その同じ時間帯に俺の席に座ろうとするもうひとりの常連客がいる。
そのおっさんは恐らく俺より以前からその店の常連で、新参である俺が先にその席に座ってると
「また俺の席に座ってるやんけ」という顔をする。
予約席というわけではないのでもちろん俺は譲る気はない。
逆の場合もある。いつもの席に向かうとおっさんが俺の席に座っている。
(やられた)と思う俺をおっさんは一瞬見る。表情にほぼ変化はないが俺は見逃さない。
おっさんの目が、ほんの少しだが満足げに鈍く光るのを。
こうやって先に座られたほうはしぶしぶ別の席に座る。
空いてるのでハッキリいって別の席でも快適だ。
おっさんより早く席に座るために早く行くというのはいやなのだ。
おっさんも恐らく同じタイプで、自分より後から常連になった俺のせいで
早めに店に来るということはしたくないらしい。
というわけで毎回どちらが先に座ってるかはタイミング次第となっている。
俺はリモートワークで自由時間増えたから平日にもこうやって住宅街にある店に来てるけどさ。
なんかあれか、家に居場所がないってやつか?
しかめっ面で見るからに融通が効かなそうだもんな、年頃の娘とかいたら絶対嫌われてそうだなおっさん。
お前たまに店員と話してるけど話もつまらないぞ。だいたいそういうので常連アピールしてくるのがせこい。
俺がいるからわざわざそういう話してんだろ?わかってるんだぞ。
なぜ俺はおっさんの事を考えてるのか。せっかくのゆったりできる時間をおっさんの事を考えるのに使うなんて最悪である。
俺は緊張しておっさんの顔が見れなかった。
おっさんも俺の顔を見ようとしなかった。
お互いの緊張が伝わるようだった。
いっそのこと話しかけたりしちゃえば、じゃあ俺はこっちに座るようにしますね、みたいな展開もあり得るのかもしれない。
ピーナッツバターとジェリーのサンドイッチ(英: Peanut Butter & Jelly Sandwich)、あるいはピーナッツバターとジャムのサンドイッチ(英: Peanut Butter & Jam Sandwich)、略称PB&Jは、主にアメリカ合衆国、カナダなどアングロアメリカの子供達の間で食べられるおやつ、あるいは軽食である。
二枚の食パンのそれぞれの片面にピーナッツバターおよびジェリー(固形物を濾して取り除いたジャム)を塗り、それらの面を合わせてサンドイッチにして食べるのが一般的。好みでチョコレート、シロップ、バター、蜂蜜などを加えることもある。
2002年の統計によると、平均的なアメリカ人は高校を卒業するまでに一人当たり1,500個のPB&Jサンドイッチを食べる
(北インドよりもヘルシーでバラエティ豊か、コメが食べられるので日本人にも)で人気がある。
そこでこういうトラブルが起きた。
(ドーサが美味しい。中にカレーポテトみたいなのが入ってるのがいい。最近ドーサだけを専門で出す原宿の店を見つけた。デウスエクスマキナの近くでちょっと駅から遠いけど周りにオシャレな店もあるので買い物のついでに寄ると良い)。
(でも言ってもその辺のカレー屋で出してるパパドだっておいしい。パパドをライタにつけて食べるだけでもおいしいじゃないか。でも言いたくないが日本のカレー屋のパパドは小さすぎる。イギリスなら頭おかしいくらいでかいパパドがタダで出てくるのに。)。
私は幼児を育てているからこんなことをしました。他の人の工夫もあったら教えてほしいです。
大きな子供が遊ぶので、もはや乳幼児は公園で安心して遊べないのです。というわけで庭に砂場を作りました。砂場用の砂ってホムセンで買えるんだね…すごい。最近よく売れるそうです。タライはセメントを作る用のフネを買いました。夏はプールにしよう。
大きなタライ✕1 1,800円くらい
遊び砂 17㍑✕3 1,800円くらい
しめて3,600円程度
トッピング工夫次第で大人の軽食にも子供のおやつにもなるので万能!家族全員の空腹時間が一致することは難しいので、ホットケーキかバナナで各自調節する運用です。セブンイレブンのが買いやすくて美味しい。
大体200〜400円くらい
ここぞとばかりに家を掃除し、やらず嫌いだったメルカリの出品に挑戦してみました。意外に売れるので楽しくなり、掃除がはかどります。初心者は軽量で梱包しやすい高価格帯の物を売ればいいのだと学びました。(子供のブランド服とか雑誌)転売できる自信がついてくると、今まで買えなかったちょっとお高くて良い物も「飽きたら売れるから」と手が出せるのが嬉しい。
●久しぶりに手紙をかく
大したことは書かず、ただきれいな絵葉書に近況や面白かったことを書いて友達に送っています。なんとなく、コロナの話は一切しないで、美味しく楽しく嬉しい話題ばかり書いて送ってみています。
はがき代+63円
正しく恐れることは必要だが、パニックになって根拠のないデマやフェイクニュースがネット上に広がっています。
はてなブックマークもそのデマを広げるサイトになっているのは、残念です。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20200210/k10012279941000.html
上記のブックマークでも多くのデマにはてなスターがつけられているので幾つかツッコミを入れていこうと思います。
tableturning 船はもう限界です。換気のきかない狭い部屋での長期生活は衛生を著しく低下させ軽食程度の食事は栄養低下を引き起こします。このままじゃコロナウイルスの前に体力のない人が死にます
Twitterで#DiamondPrincessを検索すれば栄養失調を起こすような食事でないことは直ぐに分かる。閉鎖空間に2週間程度いても人間はそうそう死にません。逆に「体力のない人が死ぬ」といったデマが広まることで乗客がパニックになり状況が悪化する事もありえます。このブコメにはてなスターをつけてる人も自分達が悪質なデマを広げてることを認識してください。
そもそも個室に隔離されたのが2/5。コロナウイルスの潜伏期間は多くは5-6日、最近中国の発表では最長潜伏期間は24日とのことなので、隔離が成功してても2/29まで新たに感染が確認される可能性があります。
nankichi これ、飛沫感染とか空気感染とかの検証が出来るんじゃないか?
popopopopopper 外気を船内に取り込める箇所が限られている上に気圧調整も必要なので、部屋から部屋へ空気を流しているはず… 乾燥もするしなぁ…
現状空気感染するとは確認されていません。上記で書いたとおり2/5まで個室に隔離されていなかったので空気感染の検証など出来ません。無闇に乗客を怖がらせる悪質なデマです。
人を殺したいのでしょうか?意味不明です。
sakuragaoka99 これ残った人の全員が感染するまで降りられなくなってないか?全員検査し現状陰性の人を分散した第2ダムに移して留め、第2で感染者が出たところは分散した第3ダムに移してしないと感染者の上陸散逸は防げないのでは。
なっていません。潜伏期間が終わり、感染していない事がわかれば降りられます。潜伏期間はウイルスの数も少ないので検査しても偽陰性になる確率もあるので、全員検査をしても無駄になる可能性があります。乗客を怖がらせるような言動は止めましょう。
estragon 全員感染させるまで密集した集団生活を続けさせるつもりか。国家権力で自由を制限しているのだから最大限の配慮をすべき。少しづつでも移動させて密集度を下げるべき。現状は不当な人権侵害だ
空気感染しないので個室に隔離してれば密集度は関係ありません。そもそも3000人をどこに移動させるのでしょうか。
neogratche あの、一気に倍になったんですが。3桁になったんですが
繰り返しになりますが、2/5まで隔離していなかったので現状患者数が増えるのは想定済みです。冷静になりましょう。