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はてなキーワード: 古典とは

2024-09-17

anond:20240917131725

クラシックと言っても、ポップスでも見かけるような名曲カバーと、やってる事に変わりはないから、その意味クラシックポップスも違いはないと思う。

ただ、クラシックポップスでは起源の違い(ポップスの源流を突き詰めるとジャズ)から、両者で異なるものが多々あるので、ポップスカバーするなら別に勉強必要

なおチャールダーシュ古典派以降のクラシックに含まれるので、チャールダーシュと他のクラシック楽曲との間で差別的な扱いの差というか、貴賤を付ける意味はないと思う。

anond:20240917112548

いいよな

なんであの漫画から古典味がするのかわけわかんねぇけど

2024-09-15

チャールダーシュは本格的なクラシックではない

ほんかく‐てき【本格的】 の解説

[形動]

本来格式方式に従うさま。本式。「剣道を—に習う」

2 本調子になるさま。「年明けから—に活動する」「—な暑さ」

チャールダーシュ古典派の格式様式に従っていないので「本格的なクラシック」ではないのではないでしょうか

ロマン派以降の音楽は、広義のクラシックではあっても、古典派の格式方式に従っていないので「本格」ではない

anond:20240914182106

何も分かってないなあ・・・

連載中であるかどうかなんて読者にはどうでもいいんだよ。

現役の音楽ビートルズ比較されるし、JPRGはFF6と比較されるんだよ。

ラブコメだってそう。

ホワルバ2や冬ソナみたいな伝説作品比較された上で「人類史上何番目」を評価されるわけ。

もちろんコレは古典作品もまた「当時はすごかった」という下駄を履かされた評価なんて誰も認めないってことね。

時代によって合う合わないで再評価されることもあれば、時代が合わなくなってまた評価が下がることだってある。

ファッションと同じなのよ。

明日渋谷にその服を着ていったらダサイか?」こそが評価絶対的基準であり、「昭和の頃はこの格好が流行っていた」なんてのは今や何の価値もないわけ。

勘違いしないように一応言っておくけど、リバイバルファッションみたいな「今の時代には昔はやったこの格好が合いそう」はアリだからね。

そういう観点で言わせてもらうが、君の挙げた作品は「人類史上で描かれた全てのラブコメを、今時の人間に読ませたときランキングで上から5位まで」になってはないよね。

あくまで「連載中の作品で俺が好きなもの」だよね。

それは「現環境で最強」とは言わないの。

あくまで「連載中の中では」でしかない。

君は、創作をする人たちが何に苦しんでいるのかが微塵もからないでこんな増田を書いちゃったんだねえ・・・

2024-09-12

anond:20240912211010

スタートレックが誰もが知ってるドラマだった時代っていつなんだろうな。現35のワイでも知らんぞ。変なレオタード着た役者画像と共に古典作品として紹介されてるのしか見たことない。

2024-09-11

歌舞伎ファングロいと思うこと

1 歌舞伎ファングロいと思うこと

数年来の歌舞伎ファンだけれど、ネットに放流される歌舞伎感想を見ていると、グロっ!と思うときがある。

いちばんそれを思うのは、歌舞伎の家に生まれ子ども特に未成年)に対しての、「お父さん(orお爺さんその他親戚)に似てきたね!」っていう感想。そういう感想には、ふと見ていて自分で思い至ることもあるけれど、一方で、自ら振り返ってみると、又は他の人の感想として見ると、うわっ!グロっ!と思ってしまう。

思っているだけだとモヤモヤするから、何がグロいか言語化してみると、それは、本人が決めるべきこと(将来の職業選択、そこで役者選択するとしてその芸風・方針)について、生まれや血族といった本人の意思ではどうしようもできない事実評価基準として、第三者にすぎないいちファン勝手判断して評価しているから、だと思う。

もっと踏み込んで言うと、無限職業選択の自由が拓けているはずの子どもに対して、第三者がその子もの将来を(職業だけではなく芸風まで)決めつけてしまっているという点について、無意識であるしろものすごく高慢に見える。

この所感は、古典演目を、比較若い役者が、過去の大役者確立したような型に倣ってやるような場合に、当該大役者親族(又は、その中でも風貌が似ている者)にやらせないとおかしい、みたいなコメントが出てくる場合にも同じことを思ってしまう。結局それは、今の演者ではなく、過去演者を求めているに過ぎないし、(こういう鑑賞態度は歌舞伎とあるあるではあるけれど、)個人的には、そのような鑑賞態度である限り、今の演者を(自ら理想化した過去演者比較して)批判的な目でしか見ることができないから、観劇が辛いものしかならず、実りのある観劇体験にならないんじゃないかと思う。

(逆に、役者に対する「〇〇屋に生まれたんだから(or所属しているんだから)、△△さんから指導を受けて××(演目)をやらないとおかしい」みたいなファン意見も同じ。言ってるファンは、親祖父母から指導を受けて同じ仕事やってるんだろうか……。)

2 世襲制度がこれからどうなるか

いや、そもそも上記のようなことを言ったら、御曹司かわいい初舞台で、ベテランのお弟子さんがセリフもなく後ろに座っているという構図自体、あたりまえだけど普通にグロい。

もっとも、もうこういう家による階級制度は、あと20年(いや、10年?)経ったら、消えて無くなってるんじゃないかなあと思う。そして、そういう兆候がちらちらと現実にも顕れていることは、今の歌舞伎ファンならば分かると思う。

まりは、これからの中心的なファン層は、歌舞伎への入り口が、刀剣乱舞歌舞伎その他の2.5次元歌舞伎、又は、大河ドラマその他の映像作品である人が多いと思われる。そういう人たち(そうでなくても、これからファンになる若者層)に、「お家」とか「名跡」とかに重きを置いて、扱いに差を設けることを正当化するような価値観は、もう通じないんじゃないかなあ、ということだ。ただでさえ、「親ガチャ」が流行語を超えて浸透しているような世代だし。

個人的に、初報が発表されたとき刀剣乱舞歌舞伎は今できる最高のコラボ歌舞伎だと思った。和の世界観親和的で、既存ファンの方の数が多くて、しか観劇抵抗がなく、むしろ積極的であるというのがすごい。これから若い歌舞伎ファン殆ど刀剣乱舞入口、ということは、普通に起きるんじゃないかなあって思う。いや、もう起きている?)

一方、上記で、階級制度が無くなるという兆候が顕れている、とは言ったけれど、現状は、それは、名家御曹司座頭を務める舞台で、実力のある弟子を大役に抜擢することがある、という形にしかなっていないとは思う。つまり「使う側」(座頭)と「使われる側」(大役に抜擢される弟子)がある、という権力構造には変わりはなく、単に「使う側」のお慈悲が発揮される回数が増えただけ、という状況にしかないようには思う。すなわち、従来の力関係にはそこまで変わりはないんじゃないかっていうことだ。

(あと個人的には、そういう「抜擢」をした役者/「抜擢」をされた役者のことを、美しいストーリーとしてSNS等で賞賛する行為は、度が過ぎると、上記権力構造再確認になりかねないし、弟子の苦しい立場ごと消費しているような感じがして、あまり乗り切れないところがある。歌舞伎御曹司の感動ドキュメンタリーと消費の仕方が同じというか。但し、そういう風潮が抜擢を後押ししていることは否めないし、全部を否定はできない。結局、観劇というのは突き詰めると観客による役者の消費ではあるし、役者バックグラウンドごと観客に消費させるのは、歌舞伎が今まで取ってきた手でもある。)

さらに言うと、一部SNSによる一部の役者・家への軽率DISも好きではない。ちゃんと芸単体を見て評価できる人が評価しているならともかく、SNS(というか、その人が構築しているタイムラインに流れてくる限られた情報)の、この人なら批判対象としてもいいんだ、という雰囲気に流されて、大した芸の批評もせず批判をしてるんじゃないかって気もするし、自分が「見巧者」であることのアピールとして軽率に使われてるだけな気がする。)

じゃあどうするんだという話だけれど、近い将来、御曹司弟子キッパリ区別して取り扱うような現行制度について、どこかのタイミングアナウンスがあって形式的な解消がなされる、という事象が起きてもおかしくないんじゃないかなあとは思っている。あくまで、上場企業である松竹が、今の門閥制度上場企業に相応しくない、とか言って形式的にやることかなとは思うけれど。具体的には、まずはポスター名前を載せる基準とか、筋書きの後ろの方の写真の大きさとか、動静表のあの色分けとか、あそこら辺の形式的な取り扱いから(一律、名代試験幹部昇進で区別するとか。)。

もっとも、役付きも、それに伴って柔軟になっていくってこともあるかもしれない。ただし、私は幕内事情は全く知らないし、上記権力構造は変わらないのかもしれないし、この考え方も全くの的外れかもしれないけれど。そもそも歌舞伎名家権力(私から見えるのは、歌舞伎古典の大役の配役くらいだが)がどこに裏打ちされているのかもよく分からないし(メンツを見てると、必ずしも集客じゃない気がする。そうすると、本当に“名家であることの一点のみで権力たりうるということなのかもしれないけれど、平成生まれ自分にはピンと来ない。)。

3 終わりに

最近御曹司はみんな上手いなあと思う。やっぱり、現代になって、色々な選択肢が拓けている中で、今の若手世代御曹司の皆は、自ら歌舞伎役者になることを選んだんだと思うし、やはりその覚悟に見合うだけの実力がある。これから歌舞伎がどうなっていくか全くわからない中で、歌舞伎を将来の道として選択してくれたことは、歌舞伎ファンとしてとてもありがたい。そんな御曹司たちとそうじゃない人達とで切磋琢磨していくのが健全なんじゃないかなあと思う。

そして、冒頭に戻ると、「お父さん(orお爺さんその他親戚)に似てきたね!」といった一連のグロ感想も、今の価値観にそぐわないものとして自然と淘汰されていくんじゃないかなあ。そして、価値が大き過ぎて空席になっていたはずの大名跡の価値は、空席のまま忘れ去られることになり、古典演目歌舞伎座でかかるとネット上でもかろうじて見受けられる、あの動作過去に誰々が始めたものだ、みたいなコメントマウントと、それを把握しなければならないという価値観も、良くも悪くも間もなく消えていくんだろう。

――最近研修所への入会やお弟子さんの入門自体微々たる数しかいから、まずそこから増やさないと、歌舞伎文化継続自体がかなりマズい? それはそう。

2024-09-10

あおやまです

彼らはIQEQが異常に低く読解力がなく、端的に言えば知的障害を患っているので

から中国古典の話を聴けば中国人扱い、

ロシア文学の話を聞けばロシア人扱い、

アメリカ文学の話を聞けばアメリカ人

このような調子です

彼らは例えばロシアクラシック音楽が世に知られたものであることなどは知らないし、

日本慣用句中国古典から来てることも知らないレベル知的弱者なので、

から盗聴して聞き取った言葉で酷い解釈を行っています

かなり酷いレベルの方々のようです

2024-09-05

anond:20240905175738

それはそうね。

 

俺はもっとこう、浮気忌避する宗教ルール→性欲の神秘禁忌化、みたいな段階の少ない話があると思う。

古典の人文理論エロスとかイデアとか抽象的すぎるよ。

2024-09-01

[]2024年8月増田

記事文字数文字数平均文字数中央値
01273324696690.438
02302925118482.937
031979225655114.042
042562266263103.933
05420427263564.924
06275625231691.641
07246423303394.639
082600262655101.039
09234421588592.140
102182240140110.141
112454259474105.737.5
12265126166098.740
13305829575296.741
14260624427393.736
15233221274991.234
16278325903893.135
172064218852106.039
182596266154102.541
192796305201109.240
202118216456102.240
212258229215101.537
22259923600590.837
23291929046299.538
24232822971498.741
25259325857699.743
262444266521109.138
27303430213699.643
282869295131102.941
292855296898104.039
302462296982120.640
312213236617106.942
1月80885794459898.238

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2024-08-30

科学的実在論検討

科学的実在論の中核的主張は、成熟した科学理論記述する観測不可能実体過程実在するというものだ。この立場の具体的な論拠を詳細に検討する。

奇跡論法精緻

Putnam と Boyd によって提唱された無奇跡論法は、科学予測成功説明する最良の方法は、理論が真理に近いと考えることだと主張する。

具体例:一般相対性理論による水星の近日点移動の予測

1. ニュートン力学では説明できなかった水星軌道の異常を、アインシュタイン一般相対性理論が高精度で予測した。

2. この予測成功は、時空の曲率という観測不可能概念実在性を示唆する。

批判:Laudan の悲観的帰納法

1. 過去成功理論フロギストン説エーテル理論など)が誤りだったことを指摘。

2. 理論経験成功と真理性の相関関係に疑問を投げかける。

構造実在論の発展

Worrall によって提唱された構造実在論は、理論数学構造のみが実在を反映すると主張する。

具体例:Maxwell電磁気学からEinstein特殊相対性理論への移行

1. エーテルという実体否定されたが、Maxwell 方程式数学構造は保持された。

2. この構造連続性が、より深い実在の反映だと解釈できる。

発展:Ontic Structural Realism (Ladyman, French)

1. 物理対象関係の束として捉え、実体概念を完全に放棄

2. 量子力学における粒子の非個体性や、一般相対性理論における点事象の背景独立性と整合的。

量子力学解釈問題の深掘り

量子力学解釈は、客観的現実存在に関する議論の核心だ。主要な解釈とその含意を詳細に検討する。

コペンハーゲン解釈再考

Bohr と Heisenberg によって提唱されたこ解釈は、測定問題を中心に据える。

1. 波動関数確率解釈:|ψ|^2 は粒子の位置確率密度を表す。

2. 補完性原理:粒子性と波動性は相補的な性質であり、同時に観測できない。

問題点:

多世界解釈の詳細

Everett によって提唱されたこ解釈は、波動関数客観的実在性を主張する。

1. 分岐する宇宙:測定のたびに宇宙分岐し、全ての可能な測定結果が実現する。

2. 相対状態形式主義観測者の状態波動関数の一部として扱う。

利点:

問題点:

デコヒーレンス理論重要

Zeh と Zurek らによって発展したデコヒーレンス理論は、量子から古典への移行を説明する。

1. 環境との相互作用により、量子的重ね合わせが急速に古典的な混合状態に移行。

2. 選択された基底(ポインター基底)のみが安定して観測される。

含意:

情報理論アプローチの最新の展開

情報を基礎とする物理学の構築は、客観的現実本質に新たな視点提供する。

量子情報理論ER=EPR 対応

Susskind と Maldacena による ER=EPR 対応は、量子エンタングルメントと時空の構造を結びつける。

1. Einstein-Rosen ブリッジワームホール)と Einstein-Podolsky-Rosen 対(量子もつれ)の等価性を示唆

2. 量子情報と時空構造の深い関係示唆し、量子重力理論への新たなアプローチ提供

計算複雑性と時空の創発

Susskind らによる計算複雑性と時空の関係研究

1. ブラックホール内部の時空の成長が、量子回路の計算複雑性の増大と対応

2. 時空そのものが、より基本的な量子情報処理から創発する可能性を示唆

結論

客観的現実存在問題は、現代物理学の最先端問題と密接に結びついている。量子力学の基礎的解釈構造実在論、情報理論アプローチなど、様々な視点からの探求が進んでいるが、決定的な答えは得られていない。

今後の研究方向性としては、量子重力理論の完成、意識物理実在関係の解明、そして情報理論物理学の更なる融合が重要になるだろう。これらの進展により、客観的現実本質に関する我々の理解が大きく変わる可能性がある。

現時点では、客観的現実存在を単純に肯定または否定するのではなく、我々の認識独立した実在可能性を探求しつつ、同時に観測者の役割情報本質重要性を考慮に入れた、より洗練された存在論的枠組みの構築が必要だ。

落語は話芸であり、小説文芸である

落語って聞いたら面白いんだろうけど、なんだかルールがあるみたいで、古典も知ってないと楽しめないみたいだし、とっつきにくいよね。落語ファンはそれで楽しんでいるみたいだけど。

 

小説も同じである

教養についての雑感

https://anond.hatelabo.jp/20240829195553

を読んだ。部コメもたくさんついて、ツリーでも教養メリットって何よ的な話題が盛り上がっているので、個人的になぜ教養必要か感じていることをざっくりまとめてみる。

対人関係を円滑にするための知識としての需要

話のきっかけとして全国の地名や名所・名物を知っていれば、初対面の人との会話のきっかけになる。

「××市のご出身ですか、カニうまいところですよね。え、地元の人は漁師さんから余ったやつをタダでもらえるんですか?うらやましい!」

的な感じで無難話題の引き出しのストックが増えるので、うわさ話や下ネタのような『ゲスい』話題に頼らずに関係構築ができるようになる。

地理的知識だけでなく、文学映画音楽等のカルチャーでも同じことは言えるけど、古典作品に限らずファーストガンダム北斗の拳といった昔のアニメ漫画現在では教養扱いになっているといえると思う。

また、テーブルマナーのような知識を知ることで、場にふさわしい行動をとれて恥をかかないという側面がある。一例として、フィンガーボールは指を洗うものという知識があれば、中の水を飲んで会食に居合わせた人たちから奇異の目で見られずに済む。

そんなわけで、教養は人と仲良くなるためのプラス要素を増やす材料にもなるし、不快な行動をとって嫌われることを避けるためのマイナスを減らす材料にもなる。

人生の楽しみを増やすための需要

コロナ禍後に旅行支援企画がたくさん行われたので、その機会に旅行に行った人も多いと思う。

旅行に行く際に、教養がなければ新し目できれいなホテル温泉に泊まって、「あー温泉入って飲み食いして楽しかったな」で終わってしまうと思う。 (それでも十分な娯楽だと思うけれども)

この時に、高知カツオとか、氷見ブリとか、地域特産品を知っていると東京大阪といった都市圏では体験できない食の奥深さに触れることができたりする。

また、建築に関する知識があると、駅前建物建築家の○○の作品だとわかって旅先で散歩するだけでも楽しくなったり、その町出身小説家を知っていれば、作家の△△はこの環境で育ってあの作品を書いたのだなと感慨にふけることもできる。

そんなわけで、教養人生の楽しみを増やすのにも役に立つ

概念を簡潔に伝えるための需要

岩をくりぬいた住居が立ち並ぶ不思議光景があったとして、「カッパドキア」という地域を知っていれば「カッパドキアのような光景」というだけでカッパドキアを知っている人同士には話が伝わる。

シェイクスピアヴェニスの商人を知っていれば「シャイロックのような強欲な商人」という表現だけでどんな人物か伝えることができる。

まあ、この文脈で差す教養メリットでもやはり、オタクカルチャー教養化しているなと思う。「シャイロックのような強欲」という言葉も、「範馬勇次郎のような怪物」という言葉も、イメージが沸く人の間で概念を簡潔に伝えるという目的は同じだからだ。

ネットミームにしてもそうで、事故が起きうる危険シチュエーション概念を指すネットミーム現場猫」なんてのは広く使われるようになっているし、これも現代では教養範疇になっているといってよいだろう。

有識者の真贋を見抜くための需要

ここ数年の間に、世界では新型コロナウィルス流行したり、ロシアウクライナ侵攻といった事件が縦づ付けに起こった。

こういう大事件が起きた時には専門家メディアに登場するわけだけども、どんな専門家発言が信頼できるか見抜くのにも教養は役に立つ。

大喪の礼」ということばを「たいものれい」と呼んだ政治学者がいたが、教養があれば「この人は基本的知識が不足しているのにメディア露出しているんじゃないか?」と疑うことができる。

また、研究者がどういうライフスタイルを過ごして、どういう活動が実績として評価されるか知っていれば、専門分野外の話題にも軽々しく回答する有識者や、メディア露出を優先するあまり研究業績が一切ない「ひやっしー」のような人を怪しいと判断することができる。

こういう自分とは異なる職業生活を知っているというのも、教養の一つの側面といえるだろう。

anond:20240830071513

人前でネタとして言えるか言えないかってだけでも十分違うと思う。

特定知識を持った人の間でだけユーモアとして通用するという概念においては古典ネットミームも同じなのは間違いないが。

2024-08-27

anond:20240827195520

その当時の状況を知らないと古典価値理解できないやで

…まぁそれでも数年ぐらいしつこく聴いとったら知らんうちに洗脳されて自分の血肉になってまうから愛着がわいて評価するようになるのが音楽やけど

2024-08-26

歌舞伎揚げは敢えて少し物足りない味にしてある。そうする事でもう少し、もう少しだけといつまでも次の手が伸びる。

っていうのを昔テレビで観て、それを今でも妙によく覚えてる。

古典で飽くが満足の意である事を知った時はへぇ〜と思った。

今はもう飽きと満足を区別する感覚を思い出せなくなってきた。

欲を満たすのは人生たった一つの目的であり楽しみだけれど、それに振り回されるのも疲れる。その気分の波を乗りこなすの人生を楽しむコツなのだろうけど、おれは自制心が超弱いので振り回されてばかりだ。

例えば一度アレを食いたいな、と思ったら四六時中その事ばかりに頭を支配される。

ガキの頃は今に輪をかけてそうだった。

トーマスチューイングキャンディが好きだったけれど、一本じゃ満足出来ない。しかし聞き分けのないガキに徹する事も出来ないからねだれない。食べる度に満足よりもむしろフラストレーションの方が募る。

欲の苦しみから逃れるには満たしてやるか忘れるかしかない。

チューイングキャンディの事など忘れたまま高校の頃になって、ふと今ならいくらでも買える事に気が付いた。それに限らず、色んな憧れの駄菓子が買い放題だ。

しかスーパー高校生一人が大量に買うのになんだか異常な気恥ずかしさがあった。店員は気にしないだろうが、おれは気にする。

「いや差し入れですけど?」とか「弟に頼まれただけですけど?」的な顔つきで自分を騙そうとしても無理だった。方々で少数を買い集めるにしても、単品で買うのは気恥ずかしい。さりとて月5000円の小遣いじゃダミーの品を買う金も惜しい。

通販で買うにしても、あの手のものは大体マケプレ出品なのでコンビニ受け取りも出来なかった。

駄菓子ドカ食いは大学入学に持ち越され、一人暮らしを始めて真っ先にした事はそれだった。

ずっと食べたかった駄菓子を箱買いした。

とにかく食いまくった。毎日食った。

今や貼りたい場所もない転写シール処遇に迷いながら、ハイチュウグレープ味と寸分違わぬ味である事に気付いたりしながら食いまくった。

食材を買うのが億劫な時はチューイングキャンディで餓えを凌いだりもした。腹持ちは非常に悪かった。

他の駄菓子も同じく食いまくった。

一切の妥協なく欲を満たすという体験人生でこれが初めてだったかもしれない。

ゲームしまくった。一月で500時間くらいMGSVTPPをやってた。今までは指を咥えてプレイ動画観るだけだったり、コソコソと携帯機で古い作品をやってばかりだっのが、今は自分の手でシリーズ最新作をプレイしている。まあ当時は発売からもう結構経ってたけど。

憧れてたマーチンも買った。靴擦れすらも喜ばしかった。嘘。でも絆創膏だらけの足をブーツで包んで涼しい顔しながらほっつき歩くのは気分が良かった。

ギターも買った。デカくて部屋に置いとけば目立つギターを。黙って買えばグチグチ言われるのが明白だし、かと言ってなんで小遣いでモノ買うのに一報入れなアカンねんという悔しさもあって買えなかったギターを。

バイト代もあるし、今まで誤魔化し続けてきた欲望とがっぷり四つで向き合った。

そんな生活の中で、自分欲望はやはりドクダミのようにガンコである事に気が付いた。

十分食べたな、もうこれ以上はいいかな。というラインで止めてしまったらダメだ。

それは短期的に言えば「満足」のようにも思えるが、より大きなスパンで言えば到底満足とは言えない。また何かの拍子に同じ欲望が再来して自分を苦しめてくる。

これ以上食べたくない、もう嫌だ、二度と見たくない、というレベルまで行く。欲を食べ尽くさなければ満足とは言えない。

実際チューイングキャンディちょっと嫌いになった。

それまでは本当に欲望に悩まされてきた。

ふとした拍子に湧いてくる欲望は、最初は楽しげな期待をもたらしてくれる。しかし満たされなければ次第に苛立ちへと変わっていく。

適宜満たしてやっても良いが、そんな欲を抱え過ぎていては疲れる。時々「飽き」て殲滅した方が良い。

満足な生き方という観点において欲望、即ち「好き」を減らしていくのは持続可能性において問題があるのではないか。なんて懸念もあったけれど、情報過多の社会では杞憂だったみたいだ。割と定期的に新たな欲は芽生える。適度に「飽き」て剪定してやれば良い。

シンプルに欲との付き合い方が下手なのかもしれない。でもこういう生き方があったっていい。ファッキンブッダ

芋粥寓話性と似てるようで割と違う。

こんなに苦しい思いをするのなら恋しなければ良かった、的なJ-POPに近い。

いやそれよりも浮気症の人間が悔いの残らないほどに激しい恋をして、また別の出会いを求めるという恋愛依存症めいた話かもしれない。

でも鶏皮だけはいくらもう飽きたと思うまで食っても、また食べたいという思いが不死鳥のように蘇ってくる。心の底から好きなんだと思う。

2024-08-25

アリオッチ→アリオッホ→アリオック

三段活用じゃないんだからさ。

コロコロとそんなに変えんでも、、、とは思う。

でもやっぱアリオッホは誰も得しない珍訳ではあったと思う。

つーか古典として地位確立してるもの固有名詞を変更するってそれなりの必要性説得力必要だと思うんだけど、翻訳者個人的解釈みたいなものだけで変更してきたのはいい度胸だと思う。

評価しようにも、、結局、アリオックにしてくるわけでしょ?

なんやねん、それ。

2024-08-24

2001年宇宙の旅ってエヴァからロボと美少女ホモを除いた虚無じゃん

格好つけてクラシックを流す

ストーリーはセリフで進めていく(映像説明しきるには金が足りないから)

ジオラマ特殊撮影でなんか凄いことしてる感を演出

マジでこのループ

演劇でコレやったら凄いと感じただろうけど、生憎これは映画なのでこの程度ではな。

ぶっちゃけアイディアめっちゃ凄い学芸会レベルなんだよね映像自体は。

カメラの方を回転させて無重力演出とか、ただのサンドイッチ宇宙食と言い張るとか、映像コンクールで出てきたらスゲーって感動するだろうけど、映画館でコレ見ててスゲーはちょっとレベルが低すぎないか

あとひたすらクラシック流して高尚ぶるのもなんかダセーなって。

全体としてはエヴァから人形巨大の迫力満点なバトルを抜いて、学芸会レベル映像トリック宇宙ぽい単語による誤魔化しを加えまくり、更には美少年美少女を抜きジュブナイルも抜き世界陰謀にも挑まず主人公も成長せずときた。

古典の割には見れる作品って程度だなあ。

コレに対して「面白すぎて2時間ずっと画面にかぶりついてた」と言ってる人は普段どんだけ浅いものを見てるねん。

朝ドラとかしか見てないのかな?

2024-08-23

忙しい人のための物理学

1. 古典力学 (Classical Mechanics):

古典力学では、粒子の運動時間 t の関数 q(t) で表され、ニュートン運動方程式を満たすのだ:

q̈ = -U'(q)

ここで、U(q) はポテンシャルエネルギーである運動方程式は、ラグランジアン L(q) = 1/2q̇² - U(q) に基づく変分問題として再定義でき、作用積分 S(q) = ∫ₐᵇ L(q)dt極値点として運動記述するのだ。これは、最小作用の原理とも呼ばれるぞ。

2. 古典場の理論 (Classical Field Theory):

古典理論では、粒子ではなく、連続的な場 φ(x,t) を考えるのだ。この場は部分微分方程式に従い、例えば波動方程式

□φ = 0

記述されるぞ。ラグランジアン L(φ) は微分多項式であり、作用積分 S(φ) = ∫_D L(φ)dx dt を極小化することによって運動方程式(オイラー-ラグランジュ方程式)が導かれるのだ。

3. ブラウン運動 (Brownian Motion):

古典力学と異なり、量子力学では粒子は古典的な軌道を持たず、確率的に動くのだ。ブラウン運動モデルにして、粒子の位置 q(t) は確率密度

P(q) ∝ e^(-S(q)/κ)

に従い、ここで S(q) = ∫ₐᵇ (1/2q̇² - U(q)) dt作用、κ は拡散係数である。このような確率動力学の期待値は、経路積分を用いて計算されるぞ。

4. 量子力学 (Quantum Mechanics):

量子力学ではブラウン運動モデルを基にしつつ、拡散係数 κ を虚数 iℏ に置き換えるのだ(ℏ はプランク定数)。したがって、量子力学の相関関数は次のように表されるぞ:

⟨q_j₁(t₁) ··· q_jₙ(tₙ)⟩ = ∫ q_j₁(t₁) ··· q_jₙ(tₙ) e^(iS(q)/ℏ) Dq

5. 量子場理論 (Quantum Field Theory):

量子場理論でも、場の相関関数は次のように表されるのだ:

⟨φ_j₁(x₁, t₁) ··· φ_jₙ(xₙ, tₙ)⟩ = ∫ φ_j₁(x₁, t₁) ··· φ_jₙ(xₙ, tₙ) e^(iS(φ)/ℏ) Dφ

ただし、この積分は複素測度に基づくため、数学的に厳密に定義するのが困難であり、理論物理学における重要課題となっているのだ。

2024-08-18

anond:20240816091111

ええと、つまりニュートン力学は「現在では使わない古典技術」だと言いたいわけかな?

2024-08-17

コンピュータサイエンスとは何か

コンピュータサイエンスで取り組まれている問題の一覧を紹介しよう。

計算複雑性

特定アルゴリズム問題における多項式時間と非決定性多項式時間

その他のアルゴリズム問題

プログラミング言語理論

  • POPLmark
  • バレンドレヒト・ギューヴァース・クロップ予想

その他の問題

田舎世界各国の超超巨大書店が集積する都市がほしい

これが世界最大という超超巨大書店を、どーんと僻地でもなんでもいいから街が作れそうな平野に作ってほしい。その超超巨大さは世界第2位を突き抜けてほしい。

政府テコ入れし、クラウドファンディングも募り、数多ある企業も全勢力が参入してほしい。もうとにかく全力をかけて作ってほしい。

「そんなことして失敗したらどうする?!バカじゃん?!」とか考えず作ってほしい。勝算とか考えず勢いで作ってほしい。

そこには和書だけではなく洋書もある。西洋の本だけではなく中国語の本、アラビア語の本、アフリカーンス語の本、とにかく片っ端から「いやこれいらんだろ」みたいな本だったとしてもすべておく。

なんなら和書中央ではなく洋書中央である日本語を中心で考えてほしくはない。言語別に存在する知の量に応じた配分をしてほしい。

客層に応じてカテゴリ分けは必要だろう。1つの書店だけでなく複数書店統合してもかまわない。古本屋を集めてもかまわない。

「よくわからなくても物理の本を買うなら日本のここへ行け。たぶんあるから」という状態になっていてほしい。日本の中規模以上の書店はほぼすべてここに集める。

勢力が協力してできた超超巨大書店中央に据えて、その周りを他の超巨大書店が取り囲む。その周りは巨大書店。その周りは中規模書店、その周りには小規模書店

海外からも片っ端から誘致する。必要なら補助金も出す。「バカなの?」とか「さすがに海外出店は難しいです」とか一蹴されるだろうが「まあ採算とれそうだからいいよ」と言われるまで粘ってほしい。

税金をたくさん投入してもかまわない。重要なことは「そこにある」「とにかく日本のここに来たらある」「お前のやりたいことは知らんけど本がほしいなら日本のここに行け」という願いが叶う場所だ。

例外を作ればそのブランドは失われる。このブランドこそが他国追随不可能な圧倒性を生む。先行者利益だ。バカすぎて1つ1つで見るとデメリットしかない行為が、結合すると巨大な1つのメリットを作り出す。

どこかで手を抜くと終わる。そんなことまでする必要ないんじゃないのとか、それってめちゃくちゃ損しますよねとか言われようが、究極に本を集める。

書店書店の隙間にはさまざまなカフェが立ち並ぶ。個人経営するカフェからチェーン店が密集する。コンビニも立ち並び、公園には読書に適したベンチがある。公園読書最適化されている。

その街にはどこにでも椅子が置いてある。買った本をすぐ座って読む人向けのものだ。

この街には有名人毎日のようにやってくる。たとえば「ビル・ゲイツが本を選びに来日!」など当たり前のことになるだろう。

読書家はこの街付近に別荘をかまえる。なんにもなかった僻地の近隣に富裕層街が誕生し、地価がとんでもなく上昇する。意味不明なおいしい話だ。

一方で本を読むことが目的でない人間には居心地が悪い空間になる。この街存在している人間はほぼ全員本かその周辺が目的なのだ。本以外が目的人間は異様に目立つようになり警戒される。

街の中央部分は徹底的に、本、本、本、本、本、と本が存在するのが当然の本の密集空間になっている。普通人間が「ここまですることはないんじゃ・・・だって採算とか・・・」とドン引きするぐらいの熱量で本で溢れかえっていてほしい。

地面に敷かれたタイルには、文章が書かれている。まっすぐ歩くと偉人言葉などがそのまま読めるようになっているのだ。たとえば「良い本は私の人生におけるイベントである。」「本の無い家は窓の無い部屋のようなものだ。」「天才とは努力する凡才のことである」などという文が永久に書かれている。有名な書の冒頭部分だったりもあるし、古典文学もあるし、文学のみならず数式も書かれていたりする。それを読むだけで日が暮れる。

この街広告はすべて本に関するものでいっぱいだ。ほかでは絶対に見られない、読書家にだけ向けた広告が撃たれる。「こんな難しそうな本の広告ある?」というのがそこここで見つかる。

たとえばベトナム語マンガ新刊広告なども見受けられていてほしい。

この街にあるのは紙の本ばかりではない。電子書籍派のための書店もある。他では絶対採算がとれないような形の店であっても、「読書家が毎日のように集まることが普通」の街特有書店ができる。たとえば巨大な8Kモニタにその人へレコメンドされた電子書籍が大量に表示され、立ち読みすることができるとか。「辞書専門店」や「単語専門店」や「栄養学書専門店」などがあったりもする。そういうものを作っても不思議利益が出るのだ。

この超超巨大書店圏内部には研究所大学なども誘致する。どのような言語でも関係ない。化学系のカテゴリが立ち並ぶ「化学通り」のようなところには実験器具専門店も立ち並ぶ。

そういうところは、基本的には英語がメインだ。英語の下に日本語が書かれている感じ。イメージ的にはハリーポッターだろうか。ときどき「なんで化学通りにオムライス専門店がこんなにあるんだよ」などということもあるかもしれない。秋葉原神田カレーがたくさんあるようなものだろう。

やや込み入ったところにはマイナー本屋がある。「なんだよこの本屋・・・」という、見るからに異国感が漂う本屋だ。謎の部族の謎言語で書かれた謎の材質の本が置いてあるなど。ネクロノミコンのような本も見つかる。

石版などもなぜかある。読書向けの椅子専門店もある。「本のためだけの椅子専門店」が生存できる場所日本ではここしかない。

しかし、この超超巨大書店群の主目的は「本の集積」である。そこから逸れるようなことがあってはならない。何か欲をかいて「ここに企業をうんたら」などとして利益を優先するとこの街はあっという間にその意味をなくし滅びるだろう。ありとあらゆる人々が周辺の利益を求めて集ってくる。そういうのを一蹴できるような体制であってほしい。

この街意味ないだろ。なんで作った。赤字だろ」と罵られながらも存続する街であってほしい。そして、そう罵る人も、ひとたびその街に入ると「すげえ・・・この街地球必要だわ・・・」とどうあがいても認めざるをえないほど感動できる街であってほしい。街自体で見ると赤字なのだ不思議日本経済が潤う源泉である摩訶不思議都市であってほしい。完全に未来へと投資された都市である

この街では、夜もたくさんの書店営業している。こんな大きな本屋24時間営業できるのはこの街しかありえないとなっていてほしい。「夜眠れないな・・・本でも買いに行くか・・・」という人外の行動を普通にするような場所であってほしい。

街の周囲には民家が立ち並ぶ。ただしこの民家に住む民間人はややおかしい。本のために移住してきた狂信者たちだ。軒先には自分選書が並び「1冊100円」などと書かれていることも多々ある。

富豪がゴッソリ買っていくことを見越して少し離れたところに在庫置き場がある。

富豪が「ではこの棚からこっちの棚まで」などと爆買いしていく。もはやテロリストのようなものだが、そんなことは気にせずまた入荷する。本はバカみたいに売れる。

近隣の都市はこの超超巨大書店都市のおかげで経済効果がある。

この街は、「日本人なら1度は絶対行け」と呼ばれる場所になる。そしてひとたびそこに立ち入れば「世の中にはこんなに知識があったのか」「世の中はこんなに頭のいい人たちで溢れかえっていたのか」ということが、嫌でも全身の細胞に刻みつけられる。伊勢神宮みたいなものだ。それよりも神々しいかもしれない。

そして、全身の細胞体感したその人は、格段に読書するようになるだろう。それは地元へ帰っても同じことだ。一流を目の当たりにした者は一流になる。

取次の問題も、書店が潰れかけている問題も、日本人が本を読まなくなってしまっている問題も、経済が深刻化している問題も、だいたい解決できるだろう。

誰か作ってください。

ちなみに国防にも役に立ちます。一度作ってしまえばここを潰すやつは「バカ」なので。ペンは剣よりも強し!

書店兵器です。

追記

ジュンク堂書店など大型書店が潰れかけているのは知っている。

ただそれは、「本がたくさんあっても意味がない」のではない。逆。

大型書店であっても、本が少なすぎるのが問題である

だいたい日本語の本というのは大して範囲が広くない。

それに「物理本を読む人が少ないか本屋が潰れちゃう」というのも逆だ。

物理本を読みたいと思う人を増やす。そのためには本屋すべてが潰れることも辞さない」という情熱が正道である

本というのは知の源泉である。だから知識がない人に迎合すれば、潰れるのは自然だ。知識がない側に与するのだから

本の機能はそれとは真逆であり、全体を引っ張り上げるものである知識がない側が「欲しい」と願える場にすべきなのだ

ない側に媚を売っていれば潰れて当然。

「この本は今は読めないけれど、読みたいと思う」そういうものがない。

「この本は内容はちんぷんかんぷんだけど、そういう本の存在を知っている」そういうものもない。

ジュンク堂書店などですら、知らない人々が多い。大型書店重要性を知覚できていない。入ったことがない人間もいる。

からこそドカンとぶち上げるのだ。

記事を読んでくれた人へ: 記事を読んでくれたのはありがたいが、たぶん自分が考えている規模と読んだ人が考えている規模に大きな差があると思う。

自分が考えているのは、もっとも小さく考えても深圳書城中心城の数十倍の大きさであり、既存書店ちょっとだけ大きくしたものとか、蔵書が全く同一であるような大型書店が単に10個ある街という形ではない。

コーチャンフォーつくば店は50万冊、池袋ジュンク堂書店は150万冊、深圳書城中心城は400万冊、国会図書館は4685万点。Amazon Kindleは60万点。

自分が言っているのは、数億冊あるような書店である。つまりコーチャンフォージュンク堂書店紀伊國屋書店は超超巨大書店世界中の意味わからんハイレベルの本から選びぬかれ集まったエリート本屋)の周辺を取り囲む「日本区域最大の超巨大書店」の周辺を取り囲む「大型書店の1つ」という状態を考えている。ブックオフなどはその周りを取り囲む中型書店になるだろう。その周りを、身近にあるご近所の本屋さんがたくさんずらーーーっと並んでいるというような領域だ。いうならばこれが日本区域である

世界の蔵書数はGoogleによると約1.3億冊であるらしい。日本区域内に別に中国語韓国語の本があることもある。ただし日本区域の横には韓国区域だったり中国区域だったりする。その中国区域でもばかみたいにデカい超巨大書店があり、それを取り囲むようにジュンク堂書店並の大型書店があり、英語区域では……というような状態だ。言語別に分けられているだけでなく、「数学領域」で分けられていることもあり、そこでは「高校数学」の棚に世界各国の高校数学が並ぶ。数学参考書を買いに来た高校生が、カメルーン人の中学生と仲良くなるみたいなことも想定できるわけだ。

地方のクソデカ本屋が数百個単位で入る「は・・・?」「この街・・・全部・・・本屋さん・・・?」という規模の書店である

イメージとしては↓な感じ。

まもなく目的地の駅に近付く。電車にいる人々は全員が本を読んでいる。スマホを触っている人たちなど誰もいない。不思議光景だ。多くの人がそわそわしている。初めて来た人たちが多いのかもしれない。

電車が駅に滑り込み走って降りる人々の後ろでのんびりと降りる。全く、はしゃぎすぎだろう。

降りた直後、本の形をした案内板が表れた。真っ先に飛び込んできたのは「↑ バベル中央書店」というやたらとデカい黒文字と、その下にあるやや大きな黒文字の「↑ 北区書店」だった。

右を向くと・・・あれは・・・本の自動販売機?! 本を自販機販売するのか。カルピスの作り方・・・自動販売機歴史・・・Why could he make vending machines?・・・なるほど。

床には文字が書かれている。Station, State, Statue, Status. 何のことやらわからない。

改札を出る。改札を出ると、ああ、もうこれは本のテーマパークだ。最奥部に見える巨大な塔には雲がかかっている。おそらくあれが中央書店だ。その横には数えるのもバカバカしくなるほど書店が並ぶ。街には今まで見たこともないような人々で溢れかえっていた。ベンチでは読書をしている中東とおぼしき人が中国人らしき人と何やら議論している。彼らが話しているのは何語だろうか。

デジタルサイネージで目まぐるしく本の広告が入れ替わっていく。「サウダージさようなら」「入門グロキング」「般若心経終焉

ぼうっとしているとハトが飛んできた。ここでは何やら、ハトでさえ賢く見える。予算は5万円だったが、足りるだろうか。

Amazon倉庫でもないんだって

なんか全然伝わっていなくてものすごく悲しい。

子どもときに巨大書店や巨大図書館人生で初めて行ったときとか、論文大学研究の仕組みと接したときに、知の偉大さに震えたことがないだろうか。

目に見えないものは見えないことが多い。たとえば、ライブ会場に行ったことがなければライブの偉大さは本当にはわからないし、「本当にこんなにたくさんの人がファンなのだな」ということもわからない。

記号接地問題ともいうらしいが。

いま「自分が考えるクラスの巨大な本の集積地を人類の誰もが見ていない」というのが問題であると思う。誰1人として。

そういう知がたくさんあることは存在としては知っていても、「それを見たことがある人は誰もいない」のだ。いわば、月は見えるけど、月に行ったことは誰もいないような状態だ。

神田古本屋街や、既存大型書店というのは、いわば地球上にある月に似たところでしかない。「たぶんこれとこれがこうなると月」というふうにしか想像できない。だが月に行かなければ月の隕石は無いのだ。

ほとんどの人は、目に見えないなら存在しないと感じてしまう。マッチングアプリ人間を左右にスワイプするとき人間ではないように扱う。それは人間として存在しているのに。

一方、眼の前に相手がいるとき、同じように左右に指を振って弾くのは容易ではない。これが目の前にあるかないかの大きな違いである。

自分が言っているのは、そういう知の集積の偉大さが理解できなくてもとにかくそこに行けば、「ああそういうこと」「人類は偉大だったのか」と、誰もがたちどころにわかってしま場所がほしいということである

それから、実現の不可否はともかくとして、「え、そういう本屋あったらめっちゃいいな〜〜〜〜〜〜〜〜〜」と感じてほしい。

2024-08-16

anond:20240816045740

JTC勤めだけど、最近商品サービス名がランダムワード下手くそダジャレみたいなのばっかりで昭和時代のような教養とか夢とかキラキラ感厨二病みたいのが全然感じられない。ギリシア語ラテン語ドイツ語フランス語イタリア語スペイン語古典中国語あたりの素養のある人が考えた良い感じのネーミング激減してもやっている。まあ登録商標回避意味はあるのかもしれないけれど

anond:20240816045740

古文のほうがマシよな。古典読めるようになるし

anond:20240816045740

それ言い始めたら理系大学現在では使わない古典技術を学ぶことに意味ってあるのってとこまで行きそう。

まあ意味ないんですが。大学教員意味のないこと学んで、それを使ってマウント取ってるだけじゃないですかね。

意味があることだとちゃんとした競争になってしまって人に負けちゃうから・・・

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