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はてなキーワード: JOKERとは

2020-07-27

デレステ新曲とか求めてないか

さっさと夏曲実装しろやクソ運営が!

こっちはCoCo夏夏夏HolidayのMVをずっと求めてるんだよ!!!

何年待たせる気だよちくしょう!!

愛梨の水着限定実装されるから今年も来ないじゃねーか!!さよならアロハも来ない!!!

夏曲あと5曲もあるんだぞ何年待たせるつもりだよ!ふざけんな!!

8月中旬曲名イベントでいとしーさーが来れば手のひら返すから……お願いしますよ……

絶対来ないよこの流れだとまた新曲だよ5周年に向けた新曲ラッシュだよそんなにたくさん新曲いらないよ次のライブ新曲しかやらなくなるじゃん……

途中から怒りが悲しみに変わったわ……デレステ運営は何にも分かってないよ……

追記

あと夏曲を押し除けてまで作られた新曲JOKERメンバー大和亜季松永涼前川みく中野有香姫川友紀っていう何のコンセプトも感じないメンバーなのが気に食わない。

「かっこいい曲を作ったので、適当歌唱メンバーを集めました」って感じ。

nothing but youの時も同じこと思ったわ。奇しくもCuの二人は同じメンバーだな。二人ともあまりかっこいい曲が似合うタイプではないと思うんだけども、運営の考えることは本当に分からん。あと大和亜季松永涼の組み合わせ三曲目だから。炎陣とMax Beatで観たから。もういいよ。

モバでの既存ユニットに曲つけるのはよかった……どうしてこうなったんだ……

追記追記

蓋を開けてみればJOKERコロナで遅れたオウムアムアのところでやる予定だったLIVE CARNIVAL用の9人MVの曲だったので全てを許した。

2020-07-09

映画JOKERは大げさな映画だと思ってた。

映画JOKERは大げさな映画だと思っていた。

誇張があると思っていた。しかし、実際には極めてリアル社会描写だったんだなあ。切られる福祉。拡大する格差。うわべだけ取り繕う上品高学歴金持ち階級。異常な貧困。悪い治安暴動を起こす市民。結局変わらない世界。「狂っているのは僕かそれとも世の中?」で始まる。

生きにくい時代

必死仕事を求めている。

高まる苛立ち。

誰もが優しくない。

たった一丁の拳銃人生が狂う。

アメリカという国の矛盾を鋭く描いてた。

現在アメリカという国の狂態を予言してたと言ってもいいのかもしれない。

「狂っていく世界」を描いていた。ジョーカーけが狂っているように見えて、実際には社会がその前に大きく狂ってたのだと気づいた。

Netflix会員なら無料で見れるからみんな見てくれ。

2020-06-30

anond:20200630021035

それ、気分障がい や うつ病 じゃなくて Pseudobulbar affect (PBA) だったりしないか

映画 joker と同じ脳障害が原因で出る症状。難病や外傷でなるけど特定が難しいそうな

joker感情関係なく笑っていたが、多くの場合は、感情関係なく泣く形で現れるそうだ

Pseudobulbar affect (PBA) はアメリカでも、うつ病気分障害と誤診されることが多いらしい

一度、脳神経外科で診てもらったらどうだろうか?

Pseudobulbar Affect: An Emotional Mismatch

https://www.youtube.com/watch?v=YAC0zDZ_ERg

2020-05-12

教師の息子(失敗作)です

 

大学大学院とのんびりと生きてきた。その後シンクタンク就職したが出来ない仕事を振られ精神的に摩耗し精神病を発症

紆余曲折があり「本物の」障害者になった。

最終的に復職できずそのまま解雇され、実家から離れた遠い東京砂漠の片隅で親の経済的支援公的保障で何とか一人暮らししながら食いつないでいる(無職)。

結局自分は失敗作だったんだなと。誰の期待にも応えられていない。親に経済的負担ばかりかけている。

月刊少年ガンガンJOKER』を近所の本屋で買うという禁忌を犯したし、もうだめです。

実家の両親(特に父親)は自分障害者だということを知って内心せせら笑っているだろう。

教師の息子でも失敗作。それが自分

2020-03-21

anond:20200321143811

lady jokerはなんかファンっぽくてブチギレしてるけどな

anond:20200321140629

批判されたから後だしで屁理屈並べてるだけな気がする。jokerさんは単にワニの面白さに共感できなかったか、ワニに嫉妬しているか電通が憎いだけの典型的はてな民という印象。「死者に敬意を払え」とか書いてるけど、まったく響かないし、いきものがかりが嫌いとか、いきものがかりブクマにわざわざコメントするやつは、もう救いようがないバカ

anond:20200321000620

マジレスすると、別に商業展開も何も悪いわけではない。ただ、商売にする人が、全員、作者自身も含めてワニを悼んでいないことが反感を生んでるんだと思う。

「悼む」というのは、この場合、ある人の人生やその死に対して、真摯な思いを抱いていることを意味する仕草であり、そういう態度表明のことである。ワニの死をいま「悼んで」いる人々は、言い換えれば「100日目に死んでしまうのだろうか…」と心配しながらその物語を見つめ続けていた人だ。ワニを身近に感じ、共に泣き、笑い、あるいは儚い存在としての自己投影してきた人々だ。そういう人に対して、その関心の持ち方自体がすでにゲスいだろ、という批判散見されるが、それを言うなら当然それを商売にするのはもっとゲスいことになってしまうので、批判への批判としては意味がない。そういう人を批判できるのは、「そういうゲス漫画最初から読まない」というスタンスをとっていた人だけだ。

したがって、「悼んでいる」人から見れば、「悼んでいない」作者、商業展開に関わる広告業者、出版社の人々はみな、心情的に同志ではない。なぜなら、彼らはワニを「悼んで」いないからだ。たとえば葬式の場で遺産の話をあけすけにし始める親戚のようなものだ。彼らは「悼んで」いない、それが、それだけが感情的反発をもたらす。「どうせ貰うんだから一緒でしょ」「所詮フリでしょ」「タイミング逃したら大事な話(商業展開)ができないっしょ」……等のもろもろは、確かにその通りだとしても彼ら遺族の不興を止める根拠にはならない。彼らの感情的批判を止める種にはならない。

ただ、たぶん作者、広告業者、出版社の人々もそんなことは分かっているのだろう。そして、そうしない理由はただ「多少の不興を買って炎上しても結局は儲かるからいいだろう」なのだろう。いや分かってる。彼らのお客さんはただ「流行りに乗りたい」人々だけだからだ。「なんか話題になってるんだっておもしろそー。」って理由で本を手に取って「うわー、泣けるー」って言ってくれる(チョロい)人々だ。決して、ネットポチポチ毎日無料SNS無料広告漫画を見続けてきたファンではない。彼らにとってファンとは、ただ話題を作るだけの存在だ。作者、広告業者、出版社から見れば、話題を広げてくれる物好きなボランティア、言ってみれば読ませてやる代わりに無料で使える下働きなのだろう。彼らにとって「読者」とは、実際に小銭を出して何かを購入してくれる「お客様」のことなのだ。そして、「悼む」仕草は前者にのみ効き、後者には効かない。だから彼らは「悼まない」。分かりやすい話だ。何ならこれまでもさんざん繰り返されてきた構図だ。

この問題の背後にあるのは、「作品は誰のものか」という古くからあるテーマだ。

作者、広告業者、出版社は、全て「作品は俺(たち)のものだ」と思っている。俺(たち)が作り、俺(たち)が計画し、俺(たち)が煽り、俺(たち)が成功した、その結果だと思っているのだろう。だが、それは正しくない。「読み手のいない物語」というのは「誰にも解読できない言葉」と同じで、そもそも意味がない。すべての「物語」は「誰か」に向けて語られるものであり、その前提でなくてはいかなる物語存在しない。いかなる孤高の作家であろうとも、自分の書いたものを「読む人」を想定して作品を書かない人はいない。この、想定される読み手のことを「(作品に)内在する読者」と言ったりする。

一方で、作品には、更に大きな意味一種社会現象としての側面がある。ある時代タイミング社会に送り出された作品は、そういう「文脈」をもって読まれ、受け止められることを避けることはできない。たとえば、KAN皮肉のつもりで作った「必ず愛は勝つ」が皮肉でない意味流行したが、この場合作品の「正しい読み」は皮肉なのだいくら作者が叫んだところで、意味がない。この場合、多くの人がそう受け止めたという事実があるのであって、多くの人のその受け止めが「間違っている」ということにはならないのだ。その原因を作品内部に求めることは、全く不可能ではないだろうがあまり意味がない。多くの人に受けたという現象がその作品歴史に残すのであって、内在する意味が残すのではない。これは「外在する読者」ということになる。

これらの考察から分かることは、作品は「誰か特定の側のものではない」ということだ。そして、一定の読者を想定して作者、広告業者、出版社うつキャンペーンは、それ自体として作品の一部であり、かつまた、それらの行為によって「外在する読者」自体も変化する(新たなファン流入する)という形で、両者は相互に影響しあうということだ。何なら、「旧来のファン文句をつける」という行為まで含めて、それは作品の一部なのだ。ある作品評価するなら、それを全て含みこんで論じる必要があるだろう。

今回の作品やその展開は、革新的だと褒める人もいるが、使用した道具が新しいだけで、特に手法として新しいわけではない。このようなメディアミックスによる話題作りは、明治の終わりころから新聞小説などでもよく見られた手法だ。何なら、広告宣伝というものが世に生まれたそのときから普通に行われてきた手法だ。彼らがみたところ「節操がない」のは、今に始まった話ではない。広告宣伝に関わる人は、自分自身のそういう性質を十分理解しているから、そういう批判を全く気にしないのだから批判者も、今更彼らに良心など期待しない方がいい。

ブックマークお気に入りに入れてるid:lady-joker氏がよく似たエントリを上げていて面白かった。

https://lady-joker.hatenadiary.jp/entry/2020/03/21/072217

いや、まあ大体そういうことなんすよ……。

2020-03-05

謝罪文のせいで声優jokerさんの知名度が高まっててかわいそう

2020-02-12

anond:20200210181720

すべての賞レースが「ほんとうに面白い○○は選ばれない。」なんてことは自明じゃないの?

まさか直木賞日本アカデミー賞が最も優れたエンタメ小説日本映画を選んでると思ってた?

まさかノーベル賞が最も優れた研究に与えられると思ってた?

すべての賞レースは、審査員の好みやその時々の社会性を反映するものですよ。

みんなオスカーがどういう性質のもの理解した上で、議論してますよ。

社会派のメッセージを混ぜた小難しくて立派で、いわゆるインテリリベラルが喜びそうな作品が選ばれやすい。」

うん、そうよ。その通り。

で、パラサイトが選ばれたから、意外ね、全編英語以外の映画が選ばれるなんて驚きね、

という話をしてると思いますけど…

JOKERは、アカデミー賞を喜びそうな人間の逆を行く映画だ。要するにアカデミー賞の会員の取り澄ました顔の横っ面をひっぱたく映画だった。」

パラサイトでも最後アカデミー賞の会員のような善良な上級市民を刺してますけど。

表立って侮辱したわけでもないのに。あの社長、そんなに悪者だった?

アカデミー賞であれ、カンヌであれ、あぁいう映画賞で選ばれた映画を「面白い映画を観ようと」するやつなんていないだろ…

ミリオンダラー・ベイビーなんてクソ陰気臭い

2020-02-10

今回のアカデミー賞感想

ぶっちゃけた話、アカデミー賞ちょっとでも詳しい人間なら「絶対JOKER作品賞を取らない」

ということは予想できた。

あの賞はそういう場所だ。

まず、JOKERが受賞しない理由

アメコミ原作である

これは圧倒的にマイナス点がつく。その証拠に、アメコミ原作映画はどれだけヒットしようと作品賞候補になること自体まれだ。

アベンジャーズダークナイトも呼ばれすらしなかった。

ブラックパンサー黒人がメインでほぼキャスト黒人というところが社会的評価された。

JOKER社会現象となりさんざん政治的に紙面をにぎわしたからやっと呼ばれた。

はっきり言うが、「アクション映画アメコミ作品政治的メッセージを強烈に発して、ようやくスタートラインはるか後方に位置される」ぐらいにアカデミー賞は強烈な差別をしてる。

アベンジャーズに至っては、あんもの遊園地映画じゃないとまで言われている。とても公平な審査は期待できない。


②ほんとうに面白い映画は選ばれない。

これ。マジでこれ。

いや、言い方を変えると、「娯楽に徹した娯楽大作はほぼ選ばれない」ということ。

要するに社会派メッセージを混ぜた小難しくて立派で、いわゆるインテリリベラルが喜びそうな作品が選ばれやすい。

立派な作品だといわれるような作品が選ばれる。

から日本漫画でいうと、ワンピースとかドラゴンボールが選ばれず、微妙社会派漫画を受賞させるような漫画賞だと思ってくれればよい。

ターミネーター2も、スターウォーズも、地獄の黙示録も、ETも、あの作品もどの作品も取ってない。それどころか呼ばれてすらいねえというあほみたいなことがわんさかある。

選考人はJOKER映画の嫌いそうな人間ばかりである

JOKERは、アカデミー賞を喜びそうな人間の逆を行く映画だ。要するにアカデミー賞の会員の取り澄ました顔の横っ面をひっぱたく映画だった。

ぶっちゃけアカデミー賞選考人なんて、「撃ち殺されたテレビ司会者みたいな連中」なので、どう考えても受賞しねえだろうなあと予想してた。


そんなこんなで「つまんねえ」と視聴率駄々下がりしているわけだ。そりゃ、つまら映画にばっかり映画賞を与え続けてりゃ本国視聴率駄々下がりだろうが、いまだにアカデミー賞面白い映画賞だと思ってる人が外国では多いんだろうなあと思う。

いや、あの映画賞で面白い映画を観ようとすると失敗するぞ。

最後になるが、今年の受賞作は「JOKERに受賞させないための受賞おめでとう」という最悪の声と戦う十字架を背負ったなあ。

頑張ってほしい。

2020-01-27

anond:20200127121851

長文ていうのは単に長い文章のことではなくて、「(そこそこ長めの)面白い文章」を想定したものだったんだけど、うまく伝わっていない。全体の構成や各所で見られる表現などが、なんか外してるなあという感じで(JOKERのアーサーのステージってみてて辛いじゃないですか)。そのへんを称しての「面白くない(≒寒い)」という形容。長さが重要なわけではない。

ともあれ、いくら無限に食べてよいです。むしろ今日は奮発してこぼれイクラ丼とか作ってください(義務です)。

あと、ちゃん運動して水をしっかり飲むようにすれば尿酸値もあんまり怖くないです。

2020-01-25

JOKER」が生まれ理由簡単である それは「男の正義」という大嘘通用しなくなったか

単刀直入に言うと、

男の正義の本性は「支配欲」である

 

今までこの男の正義のどす黒い本性を

人間普遍性」とか「宗教的権威」「武力権威」でもって覆い隠しつつ

やれ戦争自由資本主義だのらりくらりやってきたわけだけど

しょせんそれは

「この支配構造でも下級国民や女というリソースをうまく活用できる」

という考えが(歴史的にみれば既成事実 が多いが)為政者にあったか

社会封建制から近代~だの奴隷制廃止~って移り変わってっただけの話であって

決して男の取り分が減った訳じゃねえんだよな(それどころか有史稀に見る超格差社会だし)

耳障りのいい「解放」だ「平等」だ、リベラル文句を上げ連ねつつ

実際は腐りはてた社会システム人間から効率的搾取できてた

 

で、現代では宗教戦争も男の神聖さも

すべての化けの皮が剥がれてさ

人間は猿の親戚」みたいな科学見地やら

SNSでの集合知貧困層への学術知識リーチ

も出来てしまった

 

人間(男)のサル並みのモラル権威ストーリーでもって覆い隠していたのが

どんな低学歴の女にも通用し無くなった

それが現代大事

 

現代人の男はこの事実を突きつけられて

男という存在を美化するためのストーリーを見失った

窮地に陥った女性を救う、古き良きスーパーマンみたいなね 

 

警察に男は多いけど、9割の犯罪を産み出してるのも結局男じゃないか

この正論を言われればぐうの音も出せないだろ?

「男は喧嘩好き」にNOと言える男がどれだけいえるだろうか

勧善懲悪とはしょせん自作自演みたいなもの

 

からジョーカーのような「開き直り」系作品がのさばってんのさ

2020-01-23

結局のところリベラル多様性って、「白人インテリに認められること」だよね。

和製リベラル多様性って、欧米化しかないよね。

もっと言うと、「ヨーロッパアメリカ白人博士に褒められること」が最終目標

JOKERで、ホアキンラファエルフェニックスが、白人テレビ司会者に褒められることを夢想してたけれど、あんな感じ。

多様性多様性、と連呼してるけれど、実際に多様性なんか信じてない。

要は、「自分の頭で考えてるようなふりはしてるが白人の物まねをしてるだけ」だよ。

欧米では○○だが日本は遅れてる~」と欧米age日本sageの情けないインテリもどき

こういう人間は、実は欧米ではめっちゃ評価が低い。

媚びてるし、自分たちの文化に誇りを持ってないってことがバレてるからだろう。

BANANAと言って馬鹿にされてる。要するに「外見は黄色いが中身は白い」という最悪のスラングだ。

日本文化は素晴らしいものでお前らの文化に負けてない」とバンバン自己主張して、バカにされても言い返す奴のほうがよっぽど尊敬を集められるのはどこの世界も一緒だ。

和製リベラル派は結局のところ、自分文化に自信がないのだと思う。

これは実はネトウヨと同じく、「ネトウヨ自分の考えた妄想日本」に耽溺するように、「和製リベラル」は妄想欧米に耽溺してる。

欧米の悪い所をあえて無視して妄想で美化してる。

でもそれってぶっちゃけキモいよね。

ネトウヨと同種のキモさ。

正直同じに見えるのだがどうだろう。

2019-12-28

これからポリコレバックラッシュによる「ポリコレ認定」に悩まされる時代になる

2015年代のマッドマックスから始まる映画においてのWOKEカルチャー

2019年の新作SWの壮大なる死、反ポリコレ作品JOKER大成功などから明らかになりつつある昨今

今後は映画において

個人主義的な結末」が著しく拒絶される時代になる

 

というのは例えばトイストーリー4やヒックとドラゴンのように

「前向きな別れ」という結末が書けなくなるだろう

物語人生の結末としては至極当然な「別れ」はPCとは本来無関係の要素である

しかし、昨今のPC潮流に従った作品では

物語の結末に安易な「別れ」が量産されている現実がある(アナと雪の女王 シュガーラッシュ等々)

 

生得的に違うアイデンティティ同士、どうしても折り合いがつけられない」

そういう多様性の中の(ある意味では悲劇に近い)構造が、

創造性の欠片もない白人中産階級出のハリウッド脚本家の作劇術の限界として

安易な「別れ」に逃げてしまうのである

脚本家はWOKEカルチャー対応するような「納得のいく結末」を結局のとこ、五年経っても生み出せなかった

 

今までのポリコレ作品の穴を埋めるかの如く

SWやディズニーの後続量産型娯楽作品は、懐古厨ファンダム

権威主義的なオタクたちにべったり擦り寄り、続編に次ぐ続編が続くと自分は見ている

 

そして「マイノリティが主役」という構造も今後は著しく減るだろう

こちらも本来PCとは無縁だ

アフリカ舞台なら、黒人が主役になるし

女性が主役になるのも本来意味を持たなかった

しかし、PCバックラッシュ下ではその意味の無さに抗議がつく

 

日本とて例外ではなく、

(例え作者の趣味でも)少しでも褐色キャラを出せば「ポリコレ

韓国人白人以外の外国人を出せないくらいに

その手のレッテル貼りが横行する世相になるだろう

2019-12-17

思えばどだい無理な話だったんだよな。

一昨日、好きだった人に振られた。

恋愛は好きになった方が負けという話はあるが、敗北も敗北。自分存在価値を疑ってかかっちゃうくらいには心をボキボキに折られもう何もわかんなくなってしまった。

好きだった人は同じバイト先の同僚で、相手の方が年齢は一個上。同じ大学に通い、相手浪人していたため学年自体は一緒である

かれこれ2年弱同じバイト先で一緒に働いていたが、今年の8月にようやく連絡先を交換しご飯を食べに行くことに。

向こうの出身日本海沿岸の県ということもあり、魚料理が美味しく日本酒豊富な種類揃えられている店を選んだ。

普段バイトをしていても時たま最近のことを話す程度だったので、相手生活のことや過去のこと、お互いの家庭のことなどを打ち明けながら楽しい時間が過ぎてった。

24時間やってる喫茶店に移動して、相手が追っかけの女性アイドルの話などを話しているうちに終電を逃した。

結局2時近くまで話していたが、さすがに話すことも無くなり始め、店を出てコンビニ缶チューハイを買って深夜徘徊に。周辺をウロウロしたり公園ブランコに乗ったりしながら始発を待って、解散

自宅に帰りながら、酔いも相まって白昼夢なんじゃないかと思えるくらいの濃密な時間を過ごしていた。この時点でもう完全に相手に惚れていて、ダメだなとか思った記憶がある。

月が経ち、10月になった。

1月ぶりにシフトが被り、働きつつお互いの近況を話していた。

最近JOKERを観たという。1人で。

面白かったです。ただ1人で観ると感想話す相手がすぐ近くにいなくてちょっと寂しいですね。周りも2人とかで来てる人多かったし。」なんて感想が返ってきた。

そうだったんですね。でも僕も1人で観ること多いですよ、なんて話してその場は終わった。

終わったが、恋愛に毒された脳は(なんでそんなこと言うんだ…?)とか考え始め、暗に映画誘ってんじゃないかという結論に至った。そんな訳ないのは分かっているのに。

後日、勇気を振り絞って映画を見に行きませんかと誘い、OKを貰った。大学生くらいなら別に見知った男女で映画観に行くくらい訳ない話ではあるが、恋愛観が終わっているのでこれくらいのことで心臓がはち切れんばかりにバクバクと音を立て、滞ってた全身の血流が良くなるのを感じられるくらいには嬉しかった。

映画の話は割愛する。この日に12月ご飯約束を取り付けた。

そして一昨日、ご飯に行った。店は前と同じでいいという話になったので前のお店に。

緊張しすぎて思うように会話が弾まない。弾むのは僕の酒のペースだけであり、飲み始めて1時間日本酒の量は4合を超えた。

とりあえず消化しておきたかった最近の話とか、相手の追ってるアイドルの話とかを肴に食事を楽しみまたあの喫茶店に。

告白言葉を言い出すにも上手いタイミング雰囲気を作り出すにはあまりにも話術に乏しく、ただ無為時間を空費していくばかりであった。「さっきから様子おかしいですけど飲みすぎましたか?」なんて聞かれてしまう始末である

別にヤケおこした訳ではないが、何かもう今言わなかったらダメなような気がして、伝える。もう何話したのかも覚えてない。まぁ、当然振られる。

思えばずっとこんな人生だった。相手の子は隣で並んでて釣り合わないくら可愛いヒエラルキー底辺にいるような人間が、下剋上かの如く突撃して行って返り討ちにされるなんてのは至極真っ当な話だ。ヒエラルキーなんて、そんなもの無いと相手は言うが、僕にはあるようにみえる。そんなものに諦めの理由を押しつけても仕方がないが。それでも何とか釣り合うように似合う服買ったり色んなものに興味もって顔出してみたり観てみたり聴いてみたり、会話のレパートリー増やそうと思ってやってきた。でも、そこまでだ。圧倒的に話術に乏しい。面白い話ができない。この文章だって冗長でありふれていて、すぐ読み飽きるだろう。

相手が前に付き合っていた人とは何で付き合い始めたのか聞かせてもらった。面白かったかららしい。もう殺してくれとしか思えなかった。

きっと、こうやって変に肩肘張らなくても話せるような人と付き合うべきなんだろうと思っている。自然と、相手にとっても自分にとっても面白かったと思えるような。

この焼畑農業人間関係の中で、もう探すのも無理なような気がしてきた。

キリスト教信者が、いつか来る審判の日に向け日々祈りを捧げる行為意味が分かってきたかもしれない。

2019-12-08

上司退職した

気持ちを整理するために書いていく。

正直もやもやが拭えない。

3年前に部署異動した私は、元上司と同じチームに配属された。

この時、元上司はまだ私の上司ではなくメンバーだった。

(ややこしいので、元上司をAさんとする)

Aさんは勤続年数がとても長く、当時の上司よりも古株だった。

(当時の上司→Bさん)

Aさんはとにかく人がよく偉ぶったところが一切ない。

後輩にとても慕われ、Bさんにも可愛がられていた。

のだが、とにかく仕事ができない。

たとえば、Aさんに仕事を依頼した場合

10年以上のキャリアがあれば、ざっくりした依頼だとしても相手が何を欲しているのか、

経験上察する事が出来きるはずなのに、Aさんにはそれができない。

ただそれは周りがフォローすれば問題なかったし、Aさんもきっとそれが普通だと思っていた。

とても優しい世界だった。

それからしばらくして組織が大きく変わり、Bさんが異動することになった。

Bさんの代わりに上司ポジションについたのはAさんだった。

年次的にそうなるだろうなと、自分含め周りの同僚は思っていた。

Aさんの人となりをよく知っているから、

たとえAさんが上司になったとしても今までと変わらずに、

部下の私たちフォローしていけばいいと思っていた。

しかし、Aさんの更に上の上司は違ったのである(Cさんとする)。

Cさんは元々別のチームのリーダーをしていたのだが、大幅な組織変更に伴い、

Aさんの上司となった。

Cさんはとても優秀な人で、人の使い方も下手ではないと思う。

仕事の依頼の仕方も、ある程度こちらにコントロール余地を残してくれるので、正直私はやりやすい。

しかし、Aさんはそうではなかった。

Aさんは考える余地のある仕事を与えられた途端、何をすればいいのかわからなくなってしまうのである

部下の私たちもCさんから依頼された仕事をAさんから聞き、

どういう意図で依頼されたのかを理解しようと努めたが、Aさんを経由している時点で

当然全ての意図が把握できるわけでもなく、成果物はCさんが意図しないものとなってしまう。

(この時部下の私たちが直接Cさんに聞きに行けばいいのだが、社風的にそこが難しいのをお察しいただきたい)

Cさんに詰められるAさんは日に日に疲弊ていき、ついに会社に来られなくなってしまった。

しばらくして、私たちの直属の上司がCさんになった。

Aさんを間に挟んでいた頃よりはるか仕事が楽になった。

数か月後、Aさんが職場復帰することになったのだが、

そこには既にAさんの居場所はなく、しばらくしてAさんは退職を選んだ。

退職を知ったとき、私含めAさんの元部下だった人達はみんな退職を止めた。

辞めた後に何をするのかも全く決まっていないと言うAさんはあまり能天気で、

まるで自分が置かれている状況が他人事のようで、

この人はこのまま消えていなくなってしまうのではないかと、不安を覚えてしまうくらいだった。

Aさんがこうなってしまった直接の原因はCさんかもしれない。

けど、自分は誰も悪くないと思ってしまう。

映画JOKERを見ているとき、アーサーがAさんと重なって仕方がなかった。

願わくばAさんの次の場所も、また前と同じように、Aさんが愛される環境であるよう願ってやまない。

2019-12-07

[] JOKERラストシーン

いまさらながら映画 JOKER を見てきた。すごい映画で衝撃を受けた。
そしてラストシーン解釈について諸説ありそうなんで、自分考察を書いておく。激しくネタバレ注意。

ラストシーンはそれまでと時系列が異なる

暴動のシーンと、ラスト精神病院のシーンは、時系列連続していない。
素直に見ると「暴動後に逮捕されたアーサーが、精神病院に送られた」となるかもしれない。だがそうするとおかしな点がいくつかある。
例えば、アーサーは少なくとも5人を殺している。そんな凶悪犯に手錠をかけただけで、ソーシャルワーカーが1人で会おうとするだろうか。警備が軽すぎる。
また笑い出す病気についてソーシャルワーカーが知らないのもおかしいし、髪の色も緑ではなく黒に戻っている。

全ては作り話

時系列が異なるとすると、どう解釈すればよいのだろうか。
ラスト精神病院にいる男を「アーサーでありジョーカーである」とするのは前述の通り不自然だ。「アーサーでもジョーカーでもない」はやや飛躍しすぎだ。
すると「アーサーではないがジョーカーである」とするのが自然だ。つまりそれまでのお話もアーサーの存在も、全てジョーカーの作り話だ。

そもそもジョーカーは嘘つきだ。ダークナイトでも口の怪我理由説明していたが、2回説明してどちらも全く違うものだった。どちらかが正しいというよりは、どちらもデタラメだろう。
「アーサーがジョーカーになるまでの物語」も、そうしたデタラメな作り話の1つだったのだ。

作り話 = 裏切り なのか?

全ては作り話と聞いて、なにか裏切られた気がしなかっただろうか。あれだけ感情移入したアーサーの苦難が作り話だなんて、と。
でもそれはおかしい、そもそもこれは映画なのだからアメコミヒーローもの映画だ。創作に決まってる。それは観る前からわかっていたはずだ。

もちろんそれも作り手の狙いだろう。
だがラストシーンがなくとも十分面白い映画なのに、なぜそんな仕掛けを入れたのだろうか。

物語危険

フェイクニュースのように、人間本能の、ある種のバクを突いた攻撃が増えている。煽情的言葉で怒りや妬みを誘い、人々を誘導するような攻撃が。
そうした感情への訴えが厄介なのは、理性で理解したとしてもなお影響が残ることだ。「人を殺すのは悪いことだ」と理解していても、証券マンを撃った時にスカッとしなかっただろうか。

人は物語さえあればヴィランにも感情移入してしまう。「アーサーは俺達の物語だ」といとも簡単に手玉に取れてしまう。
だが、物語はわかりやすいが、わかりやすいことが真実なのではない。物語世界理解したような気分になっていると、ジョーカーにつけこまれしまう。

ラストシーン解釈

今日もまた新しいジョーカー誕生物語を思いついた。この物語なら、大衆どもは飛びつくだろう。そうして共感を操れば、面白い遊びができそうだ。最高のジョークだ。
わず笑っていると、目の前でソーシャルワーカー怪訝そうな顔をしている。こいつを片付けて、そろそろ病院の外に出る頃合いか
そう、いま、この時が、ジョーカー誕生の瞬間だ。

2019-11-13

JOKERネタバレあります

最初に見た他人レビューが安っぽく狂気狂気と書き立てるものばかりで失望した。アーサーは狂ってなんかいない。むしろ最初から最後まで一貫して、彼には完全な判断力があったし、正気だった。

ゲーリー、優しかったのは君だけだ」

僕が一番好きだったのはゲーリーを逃がすところだ。この映画のそれ以外の全てと釣り合うほどに素晴らしかった。映画史に残る名シーンだと思う。

家に二人で訪ねてきた元同僚の片方を滅多刺しにして殺し、もう一人も手にかける——、手にかけるだろうと、そう観客は予想する。しかしアーサーは彼の事は見逃した。行っていいと。しかしドアの鍵が閉まっており、小人症で手が届かない彼が、殺人者である当のアーサーに開けてくれと頼む。アーサーは鍵を開けてやり、彼を送り出す。ただ気紛れに見逃したのではなく、ゲーリーのことは本当に殺すつもりがなかったのだと、ここではダメ押しでそう強く明示して見せているのだ。「優しかったのは君だけだ」と額にキスまでして。

なんて涙ぐましいシーンだろうか。アーサーはただ愛が欲しかっただけだ。誰かに愛されたくて仕方がなかったんだろう。愛されればそれに報いることができる正常な人間だった。正常だからこそ、自分に降りかかった世間の悪意に正しく報いて、彼はジョーカーになったのだ。映画的なレトリックでそれを説明し果せている。この直後に初めて、あの紫のスーツの、お馴染みのジョーカーの姿になり、あの階段を下った。晴れ晴れとダンスを踊りながら。しかゲーリーとのあの別れの直後だけに、どこか空っぽの乾いた悲しみを感じさせる。

言葉

「優しかったのは君だけだ。」アーサーはすべて、ちゃん言葉にして語っていた。正常な知能と判断力の賜物だ。ウェインを訪ねた時も。金が目的だろうと言われ、違う、そうじゃない、欲しいのは温もりとハグなんだと、言葉にしてちゃんと主張してみせている。しかし、返ってきたのは暴力だった。最後TV番組に出演した時も、司会者自分の主張を過不足なく説明している。何もない奴を笑いものにし、足蹴にするとどうなるのか見せてやると。そして銃で撃ち抜いた。

格差

作中の事件を伝えるニュースでは、犯行動機として「格差」があると触れている。これも良く計算されて織り込まれていたと思う。今この時代に、悪役を主人公としたこ映画が作られたことの必然性がここにある。

証券会社の三人組も、チャップリン映画を見ているシーンでも、金持ちたちは皆、小綺麗な黒のスーツを着ていたのが印象的だった。これは明らかに意図的ものだ。創作作品一般の「悪者は黒色で表される」という不文律を上手く利用して、アーサーの目から見た世界を描いているのだ。彼にとって上流階級とは自分を疎外し苦しめる悪者しかなかったから。ここに善悪の相対化が、全くの反転がある。「狂っているのは俺か?それとも世界の方か?」という序盤の問いかけは、敢えてこう言い換えてもいいだろう。「冷酷な殺人鬼とは俺の事か? それはあいつらの方じゃないか。」

小綺麗でピカピカな正義ヒーローが、正しい暴力を振るって悪者を懲らしめる。その昔ヒーローものといえばどれもこんな風だった。単純化されたストーリー。分かりやす善悪悪者ボコボコにされて言葉を奪われ抗議することもできない。何故ならその暴力は「正しい」のだから当然だ。

みんなヒーローの方に自分を重ねていた。勿論バットマンを見て育った子供たちも。しか現代ではこの悪者の側に感情移入する人も多いのではないだろうか。やんごとなき上流階級の人々が、政治的に正しい暴力を振るい、庶民搾取し痛めつける。この社会そっくりだ。皆自分が殴られる悪者の方なのだとうっすらと自覚している。小汚い貧乏人には抗議する権利もない。何故ならその暴力は「正しい」からだ。“悪者”は黙って殴られていろと、社会システムが無言で言っている。

誰がやりたくて悪者をやるだろうか。誰が好き好んで罪を犯すだろうかと、今になって分かるのだ。あのピカピカの正義の味方に殴られていた「やられ役」は、生きていく中で仕方なくそうせざるを得なかった「弱者」ではなかったか

分断

僕はその後、更に他人の書いたレビューを読んでみて、やはり憤りを禁じ得なかった。

何も持っていないゆとりの無い人間に対して、それなりに足りてる奴が、安全場所からもっとこうすれば良かったとか、小人症の男と仲良くすれば良かったのにとか、あまつさえ大して不幸じゃないとか、上から目線薄っぺら正論を、自己責任論を披露する。それは正義の味方が「わるもの」を力一杯ぶん殴る構図そのものではないのか。

この映画共感せずに済むような人たちは、自分がどれだけ恵まれていたかに気付いてない。絶望的に愛情に飢えていて、精神的なゆとりを根こそぎ奪われた人間が、どれだけ不自由でままならないか。それを知らずに済んだ幸運な人たちだ。「こうすれば良かったのに」だと? それができたらああはなってないだろ。「お前は怠けている」とでも言いたいんだろうか。できるならとっくにやっているのに。

「不幸すぎないか共感を生んだのでは」という意見は、少し違うと思った。少しズレている。正確に言うとこれは「福祉の谷間問題なのだと思う。歩けなくて車椅子とか、目が見えなくて杖をついてるとか。誰の目にも明らかな障害者なら公的支援を受けられるし、みんなに助けてもらえる。でも微妙障害だったら? 見た目が普通で症状が分からない、健常者と同じように扱われるのに、しかし健常者ではない。実際には軽微な障害があり、仕事日常生活で「現に」困っている。困っているのに、誰も助けてくれない。こういうのを福祉の谷間という。発達障害やチックなんかがそうだ。或いはアーサーみたいな、感情が高ぶると笑ってしまうという障害もまさしくそれだった。周りからはそれが障害だと分からないのだ。本人はとても苦しんでいるのに。そして誤解と偏見に満ちた視線のせいで二重に苦しむ事になる。それはこの映画に「大して不幸じゃないじゃん」と言い放った人たちの正にその視線である。ここに地獄がある。

有色人種なら贔屓してもらえたのに” 白人から何もない、自分は現に困っているのに、何の手助けも受けられない、ホワイトトラッシュと呼ばれる人たちも、谷間問題という意味では本質的に同じだった。彼らは事実ジョーカーみたいな政治家を支持した——。ドナルド・トランプだ。この映画はこういう人たちの共感を生んだのだと思う。だから社会現象になったのは必然と言えるし、解釈に分断が起こり、理解できる人とできない人とで真っ二つに分かれてしまったのも、必然だったのだろう。

2019-11-12

はいJOKERです

JOKERってうちらあいだでは誰?って感じだけど

世間ではKKO兄貴ことなのか

そんな急に出されてもバットマン男色家ってことしかわからん

anond:20191112230651

JOKER聲の形も好き!

殺伐としてるけど逆に完璧ポリコレ

単純に主人公の肌の色や性別を変えただけの凡百のポリコレよりええ!

JOKER』は感動ポルノ

今更観たよ

なんつーか、上級国民御用達感動ポルノって感じ

聲の形』っていうイジメ題材のアニメあったろ?あれと同じだわ

『観客は皆JOKERになるかもしれない』とかい感想が正にそれ体現してる

洋画おばさんさあ……

すみっコぐらしの映画観た人「よく知らずに観に行った、ゆるキャラのほのぼの癒しアニメだと思ってたのに不意打ちで泣いた」「脚本奈須きのこかと思った」「Fateっぽかった」「別の世界線まどマギ」「実質攻殻」「JOKERより鬱」

各種オタク「へー面白そうじゃん見てみようかな」

洋画おばさん「きいいいい!!!JOKERより鬱ってそれどういう意味よおおおお!!!邦画とき洋画より鬱とかぬかしてんじゃないわよおおお!!!比較されてsageられた!!!踏み台にされた!!アニメオタク踏み台にされた!!すみっコぐらしの信者は最低でえええす!!!私たち攻撃されていまあああす!!!!!」

2019-11-11

hagex低能先生ネット上での絡み

http://lady-joker.hatenadiary.jp/entry/2018/06/25/130701

昔の記事だけど、lady-joker氏がまとめたものがあった。

ほんまにちょっとしか関わりなかったんやね。

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