はてなキーワード: 排泄物とは
その2 https://anond.hatelabo.jp/20171226185857
その3 https://anond.hatelabo.jp/20171230165300
「msdbkm 今年も」やります
「masara092 毎年ご苦労様です 」ことしもやります
「AQM もっと自分のオナニーを大事にして欲しい、自分のためにオナニーして欲しいという気持ちもある。 」自分のためにしてるよ!
「necDK 一日で…とかじゃないよね?下手したらテクノブレイクするぞ! 」去年も言ったけど、テクノブレイクは都市伝説です。https://anond.hatelabo.jp/20161229102444
「SUZUSHIRO 五回ならイケる(これで6) 」5回はイケる
「iGCN 中学の頃1日に8回オナニーして「エイトマン」とあだ名された先輩がいたな(これで8)。 」いま、とぅうぇるぶまん。
「QJV97FCr 支援 」感謝
「wrss こういうのも童貞いじりと同じでセクハラになるような。 」おれ童貞だよ
「lli 年末だなー 」今年もいろいろありましたねえ
「DOKCN 一気に年末感がでてきた。」年賀状はだしましたか?
「manFromTomorrow さくらーふぶーきの〜〜 」さらい〜のそら〜
「nezime アナルの数だけ強くなれるよ 」俺のために壊れていったアナル達
「aukusoe よっ! 名人芸! これを見ないと年が越せねえぜ! 」またせたな!
「aurijpn 来年一年の総数にしてみてはどうだろうか 」ん?
「sendai 頑張れ 」がんばってる
「gasguzzler 増田もセットで引退したのだ 」当分しないよ
「hebomegane_sun もうこの時期か… 」年も末だねえ
「tomymot 毎年恒例企画、待ってたぞ。君のプレイリストは毎回とても参考になる。できれば新作から準新作多めで頼むわ。 」ことしは結構新作のストック増えたから、ちょいちょい入れていくつもりだよ。
「nnhat 1本目からレベル高過ぎる 」まだまだ序の口。本当のガチのやつはここでは出さない。
「sabacurry またキミか(4年目) 」また会ったね
「hogemama やめなよ(といいつつブクマ) 」やめどきを逸した
「plagmaticjam またおまえか。年の瀬いしを感じるなあ 」またまたどうも。よい一年でしたか?
「swordfish-002 …死ぬんじゃねーぞ…汗 」経験値あがってるので200くらいなら全然死なない。
「mr_yamada 人類の可能性を見にきました 」去年越え(221)を目指したいねえ
「komachiyo アナル拷問系はマジ危険なんでやめてほしい 」いやいやプロがやってるので大丈夫、、、、と思いきや結構素人スタッフでやってるヤバイやつ多い。平子知歌とか美月は撮影後ガチ入院したらしい。
「nunnnunn 後学のためにブクマ 」なんの後学?
「hinaho たのしみにしてる! 」たのしませる!
「kirifuu ほう… 」Hoo...
「K-Ono なんで君で年末を感じなければならないのか、ということを毎年書いてるような気がする。 」毎年コメありがとう
「tokoroten999 アドベントカレンダー的にやってほしい 」「アドベント (Advent) は、キリスト教西方教会において、イエス・キリストの降誕を待ち望む期間のことである。」
「aoki789 性癖が異常すぎる 」小学生のときからずっとこれ!
「htnmiki 今年も終わりやね 」年越しの準備はしましたか?
「evergreeen あ、セクハラだ! 」行き辛い世の中になったねえ
「doas1999 #Metoo流行ってる状況で、1本目に事務所に騙された作品持ってくるエグさ。 」俺の覚悟の現れだ
「atori07 いいねえ。毎年楽しみにしてるよ 」楽しんでいってね!
「tecepe オナニーやれー!オナニーやれー!オナニーやれー! 」頭の中で自分に命令する声が聞こえるんです・・・
「ikashiya テクノブレイク必至 」テクノブレイクは都市伝説だと何度言ったら。
「tkysann 何か得られるものがあるかもしれない 」毎年確実な成長を感じている
「kingate チンチンがすり切れるので程々にな。 」乾燥が大敵だな
「bukome_desu あくしろよ 」せいぎするよ
「karma_tengu いきなりハードすぎるだろ 」序盤からめちゃくちゃしてやったぜ
「mobile_neko 催眠系でおねがいします 」ちょっとストックにないやつだ。リサーチしてみる。
「six13 出オチじゃないか 」今年は序盤にハードなのまとめてみた
「kmartinis 男は黙って無言ブクマじゃないの? 」コメあるとうれしい
「blackyamadataro 性癖のクセがすごい 」わしゃアナルキチガイか!
「cj3029412 年の瀬だなあw 」今年もいい年だったなあ
「perl-o-pal 今日も一日オナニー三昧 」すしざんまい
「otihateten3510 もうすぐ108 」自動コレクトコール
「QueSTioN 義務感出てくると終わりやろ… 」そう、それ。
「vndn 来年までかかりそうだなあ。年越しオナニーのネタにはわかりやすく絵文字をつけて欲しい。「😄ここで年越し😄」みたいに 」年は跨がないというのが暗黙のルール
「neet_modi_ki 108ブクマだった。除夜の鐘。 」一つ抜くたび煩悩が一つ消える
「tsu_nyan 110番かな。体を大切に 」通報しないでください
「hiranotkm ブクマについたスターの数にしようぜ 」一昨年はそれやったよ。今年は無理だなー
「hinbass 2回目でテクノブレイクか・・・南無 」ふっかつ。
「peach_333 今年も終わるなぁ 」良い年でしたか?
「elephantskinhead 「まん」だけで差別と言われるエントリの真横で繰り広げられる年末恒例行事 」差別に負けない。
「h1roto ここまでで133 」今年は速いなあ
「Iridium オナニーすると集中力が下がる気がして最近あまりやれていない。栄養なくなっていくわけだから、その分栄養とりましょう 」さっき辛ラーメン食ったよ
「orenonihongogayabai そのオナニーに愛はあるのか 」性欲しかない
「masayuki-as 年末きた感ぱない 」ぱないの!
「yakouhai 頑張って欲しい 」がむばる
「fumikef 終わってた?いちおブクマしとこ。 」まだまだいくよーーー
「nickpoet55 す、すごおい 」しゅ、しゅごおい・・、っていうアナル女優は小西まりえ。
「koenjilala 性的嗜好参考文献ブクマ 」referenceが200超えるって、総説かな?
「robot-san 俺がこんな下らないブコメをするせいでこの人のノルマが増えるのだと思うと体が熱くなる 」どんどんこーーい
「ezmi4 女の人って男と違ってケツの穴に何入れても気持ちよくないんだよね? 前立腺ないから。 」ケツの内側とまーんの間の壁が気持ちいいです
「lliilliilliill 増田の性別が男だとは(今年は)まだ一言も書かれていないのでちょっと待ってほしい 」もっというと去年と今年の増田が同一人物かもわからない
「Nfm4yxnW8 MeTooとナンタラちゅうと出生数過去最低がホットエントリに掲載される日にこのエントリ。インターネットってすごいなあ。 」世界は広い。
「natu3kan 肛門と尿道の挿入行為は医療知識と設備があっても危険なのがな。自慰しすぎると性器が痛くなるので程ほどに。」痛くはならないけど下っ腹のへんがすーーんってなるんだよな、毎年。
「UDONCHAN また君か 」また会ったね
「mogulla レビューみてよさそうやつ買おう 」興味あるやつ指定してくれたら詳しく解説するよ?
「Gondwana 毎年恒例なのこれ? 」4年目。増田の公式行事です。
「mn_kun 偏りすごい 」今年は序盤に固め打ちで数稼ぐ作戦
「ustam アナルとわかっていれば誰もブクマしなかっただろうに…。罰として自分のアナエルになんか挿入れろ。 」アリエル?
「Weintraub 前立腺炎にならない程度に・・・。 」なったらなったでそのときはそのときだ
「songe がんばれ 」どうも
「Mukadon 楽しみにしてます 」慌ただしい師走ですが、ゆっくりしていってね。
「akagiharu グラビアの人の#metoo と この記事が同時にホットエントリー入りしてる所に闇を感じる。 」私も感じる。
「qwerton はてなーは「もげろ」とご所望のようですな… 」もらいげろ
「dobonkai ジャンルが偏りすぎてて好感が持てる。増田はきっと一途で誠実な人だろうと思うメリークリスマス。 」メリクリ!アナル一筋。
「hearthewindsing 拷問系は実際に後遺症が残るようなプレイが多く、傷害罪でどんどん摘発して欲しい。 」女の肛門は壊す為にある。
「new3 2014年のってなんで削除したのか気になる。去年は支援できなくてごめんなさい。今年はこの通り支援。」 ありがとー。2014のはミスって消しちゃった。
「sin4xe1 増田が女子だったらいいのに。。 」女子だよ。
「naoto_moroboshi よく前立腺ないから女はアナル感じないっていうけど、脱糞の気持ちよさはあるんだからそれに似たものはあるのでは?(クソコメ) 」あ、はい。
「hoihoitea 今年もこのラインナップ。私の分まで頑張ってほしい。 」頑張ります。
今年もオープニングオナニーは京野真里奈!もう10年以上前のやつだけど、飽きないねー。今年もこれで50回は抜いたのではなかろうか。
事務所に騙されて登場。前作のジャケットみせられて「え、おしりこんなんなっちゃうんですか?」。色々浣腸しすぎたせいでトイレに急行リバース。そこもカメラ回される。四つん這いでフェラしながらマヨネーズ浣腸されて絶叫。アナルにネギ、アナル喫煙、うなぎ挿入。最後にドジョウを直で流し込んで終了。このあとすぐ引退されました。
ゲロブス。そら肛門でも使わないと仕事なかろう。
「ケツにうなぎなんて入れられて恥ずかしくないんですか?」って聞かれながらうなぎ2匹入れられるとこで抜いた。
ビネガー浣腸で病院送り。病院から現場に直帰してすぐAFという鬼畜の所業。
色白で好き。ビネガー入れられて絶叫、ていうか咆哮?
直径5cmぐらいあるディルドをケツに突っ込んで裸踊りさせられてるところで抜いた。
ケツにアオダイショウ入れてる!?
ビネガー浣腸で絶叫。「もうすいません、ごめんなさい」って叫んでるけど押さえつけてまたビネガー。
まんぐりでケツにドジョウ入れられて号泣。カメラのアングルが良い。
色々やってるけど結局ナスでケツをスコスコやられてるとこで抜く。
アナルになまこ入れられて発狂。
終盤の連続AFで抜いた。
大西もえ。牛みたいな体型だな。と思いながら抜いた。
散々嬲られた挙句、ローターを10個ぐらいケツに挿入されて、「もう嫌!」って自分でローター引っこ抜いて現場から全裸で脱走して終わる伝説の一作。
これまた騙されて登場。ケツ習字が上手。途中でケツ切れる。最後に菊門吸い出しで完全に脱肛して、ケツが終了。肛門が死にました。
アナル大縄跳びやらされて、「お前のケツの位置が低いから上手く飛べないんだぞ!」って怒られてるシーンで抜いた。
自分コレクションの中でも多分これが一位。ありさちゃん復帰しねーかなー。
av強制出演問題とかで、この人の作品はもう手に入らないし、ネットで検索しても出てこない。貴重な一作。
かわいいのに最後スカトロまでやったひと。そう思いながら抜く。
昔はそうでもなかったのに最近結構抜けるようになった作品。俺は年々成長をしている。
逆さ吊りでビネガー浣腸したら「息ができない・・・」。ケツと鼻の穴と口にピロピロ笛さして全部吹く、っていうやつが良い。
好きな女優。ビー玉挿入45個で世界新。チューブ経由でドジョウ流し込まれて、助けてー、って絶叫してるところで抜いた。
前半は嫌がってる演技してるけど、からしとかタバスコとかうなぎとかのところの脱走未遂はガチだね。
ヤク中豚ババア。顔面はいいんだよなあ。
肩幅広くね?
まんぐりでアナル挿入してぐるぐる回られるシーンで抜いた
この頃病んでる。目がヤバイ。
ありさちゃんきたー。これだけで10発抜けるわ。
かわいいなあ。二穴で抜いた。
顔面が怖い。激しすぎて肛門壊れそう。
顔面は良いが豚すぎる。
avアイドルとか言ってたけど、この時すげー汚ねえな。
撮影後シャワー室まで追いかけられて泣きながら肛門撮られるなど。
リズミカルにソープBNAのループで抜く。特によくも悪くはないC級女優。
ブスアナルゴリラ。このぐらいのC級女優で抜きたいときもある。
最高のムチ具合。美乳。微乳。
顔面押さえつけられて和式大便器に埋められるシーンで抜いた。
地中に埋められた状態でおっさんのケツから噴き出る牛乳を浴びせられるやつがヤバイ。
ケツ専門のクッソ汚ねえババア。顔面を和式便器に埋めているので、頭隠して肛門隠さず、です。
地中に埋められて色んな排泄物をかけられるやつ。
ガリ巨乳。可愛すぎる。途中で過呼吸みたいになってた。
ブスロリアナル女優。なんかわからんがめちゃくちゃエロい、めっちゃ抜ける。
ここまで出演作品ほぼ全部アナル、のひと。アナルクスコで肛門開きっぱなしにして内壁をこちょこちょされるなど。やばい、このシリーズめっちゃ抜ける。
精神にくるやつで抜き続ける。
かわいいのに出てるのこれしかしらない。
前半の上品な感じが後半の下品さを際立たせる。
かわいいかわいいちょーかわいい。このシリーズまじ最高。デビュー作ではちんこも入らないアナルだったけどこの時には極太なすび突っ込まれとおる。途中から精神的に限界なのか顔が引き攣ってて視線が合わなくなってるところで抜いた。復帰してくんねーかなー。
朝日はながブスかわいい。女子高生を便器に見立てて拘束してケツを犯しまくる最高のav。
いつもはあくびちゃんのとこで抜くが、今日はあえて後半出てくるきったねえババアで抜いてやったわ。ざまあみろ。
肉便器設定よりも鈴木アリスの無理のある女子高生コスプレのがよっぽど陵辱プレイ。
末期の朝倉ことみは目が死んでる。
ロリアナルってなんという俺得。最近見ないけど引退しちゃったのかなあ。
口にガムテ貼って拘束してAFもいいが、もう一人の女優が蔑んだ目で見てるの込みで抜いた。
バックでアナル突かれてるときのギョッとした顔がよい
バックからアナルバイブ攻め。この人のカラダは本当に綺麗だ。
有名な女優さんなのにちょっとだけAFもやってる。
アナルババアやりすぎて完全に脱肛してる。脱肛してる汚ねえババアに需要はあるのか。
スタイルがいい。ケツが綺麗。
獣●。多くは語るまい。
アナルクスコで肛門開きっぱなしにしてホースで放水されてるとこで抜いた。
6Pのシーンで抜いた。
かわいい。体パンパンのとき。やっぱりAFは後背位に限るなあ。
あんま好きじゃなかったけど、今年一年でルーチン入りした女優。アナルしかやらしてもらえない女優。抜ける。
無駄にエロい。ケツバイブを足で挿れられてるシーンで抜く。
バックAFが最高なんだが他ではあまりみないなあ。
うちの犬は元繁殖犬だ。繁殖犬というのは、ペットショップなどに子犬を売るための母犬のことで、しばしば恐ろしい程にひどい環境で虐待されて育てられる。生涯、一畳ほどのケージから出られなかったり、ろくに掃除をされず排泄物まみれだったり、もちろんむりやり妊娠させられたり。役割が終わったら文字通り使い捨てる。こういった業者はパピーミルとか言われる。子犬を売るというビジネスの特徴上、特に規制もない状態では、利益の最大化のために命が軽んじられているのが現状だ。
だから、もし犬を迎えようという人がいたら、どうかペットショップでは買わないでほしい。需要が、そういった供給を生み出すから。生育環境をチェックして、良心的といえるブリーダーから、少し高いかもしれないけど、命に敬意を払って迎え入れてほしい。
さて、うちの犬、仮にKとすると、Kもまたそういったパピーミルで虐待されて育った母犬のチワワだった。パピーミルからボランティアの手で救出され、放置されたままだったヘルニアと目の病気を治療してもらい、避妊手術を終えて、うちにやってきた。Kは人間を信じられなくなっていて、私たち家族がボランティアの譲渡会に訪れたときも、ひとり(一匹?)ケージの隅で丸くなり、外を睨んでいた。他の元繁殖犬がわりあい人懐こかったので、余計にKの辿ってきた時間の過酷さを思い知った気がする。「この子はなかなか、引き取り手が見つからなくて。お試しでもらわれていっても、返されてしまう」とボランティアさんは言っていた。そりゃそうだろう。Kは愛嬌ゼロで、沈んだ目をしていたから。
私たち家族はKを引き取った。引き取りにかかった実費と手術費などを負担するしくみなので、7才のKを引き取るのに8万円ほどかかった。安い業者ならチワワの子犬が買える値段だ。これも、Kを引き取る人がなかなかあらわれなかった理由なのかもしれない。うちに来てからのKは、ずっとケージの中で寝て、私達を睨んでいた。ウンチをすると怒られていたのか、私たちにバレないようにウンチをして、それを食べてしまうのを繰返した。まるで死ぬのを待ってるみたいだった。
三ヶ月ほどして、獣医から無理矢理にでも散歩に連れて行ってみてはとアドバイスされ、Kを外に連れ出すことにした。Kは外に出たことがなく、田舎の私道で車のない静かな小道でも、とたんに怖がって体を震えさせていた。私たちはKの匂いがついたタオルを嗅がせて安心させながら、少しずつ、本当に「今日は三歩も歩けたね」と言った具合にして、Kとの散歩を続けた。
ある日のことだ。Kが道路脇の草に興味を持ち、においを嗅ぎだした。どこかの犬がおしっこをしていたのかもしれない。Kはその上から自分のおしっこをかけ(うちの私道なので問題ない)、急に、何かせきを切ったように、すくすくとあるき出した。その日から5分、10分と歩く時間を伸ばし、今では小さなチワワの体で、毎日、合計で一時間半ほど、元気に散歩するようになった。
散歩をしてからストレスが発散されたのか、Kは自分のウンチを食べることがなくなった。ケージの外に出て、家の中を散歩したり、家族におやつをおねだりしたり、散歩をおねだりしたり、ストーブの近くの温かい一等席を陣取るようになった。好奇心にあふれた丸い瞳で、家にあらわれたヤモリなんかを見つめるようになった。寝るときは、家族と一緒に寝るようになった。Kは出迎えなどはしてくれないけど、私たちはKが少しでも人生(犬生?)を取り戻したことに、本当に満足している。
Kの正確な誕生日はわからない。だからうちに来た日を誕生日にしている。それで、今日はKの誕生日だ。Kの大好きな鳥ささみとさつま芋を茹でて、ささやかにお祝いしようと思っている。K、ずっとずっと、長生きしてね。
彼と付き合い始めたばかりのとき、彼の一人暮らしの家に遊びに行ったら彼がトイレで排泄物出しながら「お尻拭いてよ」と私に言ったので普通に拭いていたら、彼が「ちょ、ちょっとなんで本当に拭いてるの!?」って焦って駆け寄ってきて、チリ紙を取り上げられた。
「冗談に決まってるでしょ。俺の排泄物なんだから拭かせるわけないじゃん!おかしいと思わない?こんなこと頼まれてもしなくていいんだよ。ていうかこんなことしちゃダメだよ。しっかりしてよ。」とか言われたけど、増田で育った私が「俺のお尻拭いてよ」が冗談になるなんて思うわけないじゃん…
このとき彼はすごく「自分の排泄物の世話を彼女にさせてしまった」って罪悪感があったらしく、しかも私が「従順に」「自分が言ったことをした」のが相当ショックだったみたい。「君は今後誰からこういうことを言われても、こんな風にするべきじゃないよ」って結構強めに言われたの覚えてる。
いや、あんたが私に拭いてって言ったんじゃんって思うけど、彼からしたら当然「自分でやれよ」って返ってくるだろうと疑わず、まさかの本当に私が拭いちゃって焦ったって感じでしょう。彼にとっては「俺のお尻拭いてよ」はジョークになるほど有り得ないことだったってわけ。
しかもこのとき、「もっと自分のこと大事にして」って言われたんだよ。彼の排泄物の後処理したくらいでだよ?これだけのことで、自分を大事にしてないって思われたのよ。増田では普通に彼女が彼氏の部屋で脱糞したり、彼氏の家に排泄物漏らしに行ったりするじゃん。だから本当に超衝撃だった。忘れられない。
うんことは何か。Wikipediaで「うんこ」を調べると「糞」にリダイレクトされる。Wikipediaでは「糞」の説明は
糞(くそ、ふん、くそは「屎」とも表記)とは、動物の消化管から排泄される固体状の排泄物(屎尿)。糞便(ふんべん)、大便(だいべん)、俗にうんこ、うんち、ばばや、大便から転じ大などとも呼ばれる。しかし、硬さや大きさ、成分などの違いで呼び名を使い分けている訳ではない
とされている。
Wikipediaの項目「糞」に記載の説明に従えば、以下の要件を全て満たすものがうんこであると考えられる。
一応、他の資料にも当たってみた。三省堂大辞林には「大便」について以下のように説明されていた。なお、三省堂大辞林の検索結果は、Weblio経由で得られたものである。
人間が肛門から排泄する食物のかす。くそ。糞(ふん)。便。うんこ。
ここで、「食物」は、三省堂大辞林には「食べ物」と説明されていた。「食べ物」は、同辞典には「①食べるもの。食用品。しょくもつ。食いもの。②(飲み物に対して)かんで食べる物」と説明されていた。すなわち同辞典では、食べ物(=食物)は飲み物と対比されるものとされていた。してみれば、同辞典における大便の説明で「飲食物」ではなく「食物」とわざわざ記載されているのは、大便という概念を、固体である食べ物に由来するものに限定する意図があると推定された。
従って、三省堂大辞林の項目「大便」に記載の説明に従えば、以下の要件を全て満たすものがうんこであると考えられる。
両者の間には、若干の表現の差異がある。三省堂大辞林は、主体的要件を、「動物」より狭い概念である「人間」に限定している。また、三省堂大辞林は、経路要件を「消化管」ではなく、消化管の末端である「肛門」に限定している(消化管から排泄されながら肛門を経由しないという状況が想定できないので、実質的に経路要件は同一であるとも言えるが)。さらに三省堂大辞林は、客体的要件を「固体」より狭い概念である「食物のかす」に限定している。もし、「食物」が「飲み物」も含む概念であると解されるならば、「食物のかす」は「液体」を含む広い概念であることになるが、上述のように三省堂大辞林は「食物」に「飲み物」を含めていない。
しかしいずれの説明を採用するにしろ、「うんこ」が固体であるということには疑いがないと考えられる。
ここで、人間という動物である私は昨晩、消化管の終端である肛門から液体を漏らした。
私は、昨日の夕方から下痢気味だった。夕方から21時頃にかけて、私は3回くらいトイレで排泄行為をしたのだが、その結果、液体の中に食物のかすが混じったものが便器にあった。これら3回の排泄行為の結果、私の便意は収まった。そして23時頃、私は自宅最寄り駅にたどり着き、自転車に乗り換え、自宅に向けて自転車を漕いでいた。踏切に引っかかったので、私は両足を地に着け、腰を上げた。その瞬間、おならではない何かが肛門を通り抜ける感触を私は感じた。
おそらく、腰を上げる際に下腹部に僅かに力を入れたことが、この通り抜け現象の引き金になったのだと思われた。しかし、前触れは何もなかった。その時、私は何ら便意を催していなかった。なので、私は肛門に突然生じた感触に驚愕した。「うんこだ!」 私の頭は、突然ひらめいたうんこという単語で満たされた。
反射的に、私は括約筋を閉ざした。肛門付近の状況は全くわからなかった。肛門で感じられた漏出量は僅かだったので、大惨事には至っていないだろう。しかしある程度の被害がパンツに生じていることは疑いないように思われた。幸い、周囲は暗いので、万が一うんこが衣服の外部に染みていても、通行人にうんこが漏れたことが露見することは無いだろう。私は自転車のサドルに腰を下ろすことなく家に急いだ。
帰宅後、私はすぐにトイレに駆け込んだ。肛門からは、液体の中に食物のかすが混じったものが出た。それから私はパンツを確かめた。すると、奇妙なことに、紫色の私のパンツには一見異常が認められなかった。どういうことだ? あの感触は、おならにはない独特の存在感があったのだ。無いわけがない。私は目を凝らした。すると、パンツの、丁度肛門と接触するあたりに、濡れた箇所があるのを私は発見した。食物のかすは付着していなかった。布地の色のせいで、パンツを濡らした液体の色はわからなかったが、かなり透明度が高いように見受けられた。
ここで、私が濡らしたものが上述のうんこの3要件を満たすか否か検討すると、以下の通りとなる。
してみれば、私が漏らしたものはうんこ3要件を全て満たすものではないのでうんこではない。私はうんこを漏らしていなかった!
ただし、ここで別の問題があるように思われた。私は何を漏らしたのだろうか。
肛門から漏れる気体はおならと称される。肛門から漏れる固体はうんこと称される。しかし、上述の検討から導かれたように、「うんこ」は液体を含まない概念である。肛門から漏れる液体はうんこではないとわかったが、これの名前が私にはわからなかった。慣例的には、私が漏らしたものは水様便、又は下痢便と呼ばれるものなのであろう。しかし、「水様便」及び「下痢便」のいずれの表現からも、私は、液体の中に食物のかすが混じったものを想起する。液体のみからなるものを「水様便」又は「下痢便」と称することは、厳密には誤りではないか。
ここで、私はWikipediaで「下痢」を検索した。ここには、以下に引用する記載があった。
下痢(げり、英: diarrhea)は、健康時の便と比較して、非常に緩いゲル(粥)状・若しくは液体状の便が出る状態である。主に消化機能の異常により、人間を含む動物が患う症状であり、その際の便は軟便(なんべん)、泥状便(でいじょうべん)、水様便(すいようべん)ともいう。
Wikipediaは「液体状の便」について言及しているが、「液体*状*」という表現は、完全な液体ではないことを示唆している。上述のように、三省堂大辞林及びWikipediaのいずれにおいても「便」は「固体」である。「液体状の固体」は、液体に近いが液体になりきっていない固体であると考えられる。Wikipediaは「液体状の便」が「軟便」「泥状便」「水様便」であると説明しているが、してみれば、液体のみからなる私の排泄物は、「軟便」「泥状便」「水様便」のいずれにも当たらないように思われる。
しかし、Wikipedia「下痢」には、さらに以下の説明があった。
東洋医学では泄瀉(泄は大便が希薄で、出たり止まったりすること。瀉は水が注ぐように一直線に下る)とも呼ばれる。
「瀉」は、水が注ぐように一直線に下るものであるとされる。私の排泄物は、これに近いように思われる。私は瀉を漏らしたのか。
ここで私は「泄瀉」についてWebで調べてみたが、あまり情報がなかった。一番詳しいように見える、群馬の漢方薬局の方がやっておられるBlog(https://ameblo.jp/hideo3355/entry-12163635334.html)には、以下のように説明されていた。
泄瀉(せっしゃ):「泄」とは排便時に希薄な大便が緩やかに排出される症状を指し、「瀉」とは排便時に清稀な大便が水のようにまっすぐ流れ注ぐもの。両者をあわせて泄瀉と呼ぶ。
「瀉」は、「清稀な大便が水のようにまっすぐ流れ注ぐもの」であるとされる。「清稀」は日本語ではないようだが、Google翻訳で中国語→日本語翻訳にかけると「クリア」と翻訳された。「瀉」はクリアな大便。私は「クリアな大便」という表現からはどんな物体も想起することができなかった。ここから先は、漢方医学の専門書などにあたらなければ正確なことはわからないように思われたが、疲れた私は「私はうんこをもらさなかった」という確信と「私は何を漏らしたのかわからない」という不安を抱えたままシャワーを浴びて寝た。
うんこ味のカレーとカレー味のうんこならどっち食べる?という質問、あるじゃん。
あれどうにも嫌いなんだよね。生理的に無理。
どっちか決めれないとかじゃなくて考えたやつとかオモシロイと思ってるやつの衛生観念を疑っちゃうくらい心底気持ち悪い。
「時間無くて美味しそうなもの探せなかったわ〜ごめ〜ん」とか言いながら、”大仏のハナクソ(菓子)”と”鹿のフン(チョコ)”を取り出したのよ。
うわ〜〜〜〜〜〜!いた〜〜〜〜〜〜〜!!小学生の頃の純粋な眼差しを忘れてない大人〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
自分は死んでもいらないから「あ、ちょっとお昼食べすぎちゃって...」とか言ってしのごうと思ったけど、
ぴったり人数分買ってあるから食ってないの誰だよみたいな空気になるのね。
仕方ないと思って泣きたい気持ちでえづきながら鹿のフンの方を小さく小さくかじっていたら、当の上司が通りすがりに、
「おっ!鹿のウンコ食ってんじゃん!スカトロ趣味?」とか聞いてくんのね。
キッショ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!マジで死んでくれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
俺も立場ある社会人として「ヘヘヘ...あざっす...ゴチッス...」くらいしか言えなかったけど頭のなかではアイツにダガーナイフ10本は突き立ててるからな。
言いたいことは二つだ。
1.大人のくせに、ジョークおみやげみたいな心の貧しい人間しか手に取らないようなものを買うな
2.糞菓子(くそがし)メーカー、自分のとこの品質がイマイチだからっておもしろに逃げんじゃねえ。くだらねえこと考える暇があるならおいしいものを作ろうとしろ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/topisyu.hatenablog.com/entry/2017/08/06/073000
これに関して。
「女子学生の射精に伴う経験は、性的にあまりいいことではないのは当然じゃないのか」というのは、男性を悪者にしているのではない。
まず、女子学生は射精しないので、自分の射精に伴う経験は、男性と違って、ないわけだ。(当然)
それ故、それはあくまで他者の射精なわけで、そう身近にすぐ発生することではないし、発生するというのはそれだけである程度のっぴきならない状態なんだよ。
(男性だって、「他者の射精に関わる体験」とか「女性の月経に関わる体験」とか、他者の身体に関することが自己の体験として発生するのは、ちょっとイレギュラーな状態だろう)
「女子学生に起こる射精に伴う経験って、電車でつけられたり、フェラしたら飲まされたりするやつでしょ」っていうのは、
そういう意味で、「まずそういったことが起こりにくいし、起こった場合もそういう嫌なシーン以外で射精はなかなか登場しないでしょ」って言ってるの。
その上で、痴漢は本当によくあることだし、交際相手との性交渉の経験の中で「嫌だな」と思うこともあるし、好きな人との幸せなセックスだったとしたって妊娠したら高校退学させられちゃう世の中なんだから、射精は(例え生命的な意味で重要なものだとしたって)やっぱり汚いし恐怖の対象なのは自然なのではないかと思うし、個人的にはそれを別に教育で矯正する必要もないと思う。
大体、他者の身体からの排泄物は、うんこだっておしっこだって汚いし、汚くて普通だと思うし。
まして、それが性的欲望を伴って、自分が対象だとなれば恐怖心を抱く場合もあるだろう。
実際、そんな若い頃に女性が体験する「良いイメージの射精」っていうのが、私には実例が思いつかないわ。
年取ったら、「うちのかわいい赤ちゃんが、元はといえばあの精子から生まれたと思うと、感無量…。生命の神秘…」とかはあるかもしれないけどさ。
て、まあ「射精に対するイメージ問題」はさておき、もっと気になったことは、「なんで、女性が性的に嫌な思いをしていることを表明すると、『男性を悪者にしている』と言って、それは嘘だと言いたがるんだよ」ということだよ。
痴漢は実際によくあるし、そういった性犯罪が中高生女子が初めて性的なものに接触する機会になってしまうのは、本当に由々しき問題だと思う。
でも、これは、男性を責めてるんじゃないよ。性犯罪者を責めてるの。
思いやりのないセックスをする交際相手だっているし、それが嫌なイメージになることだってあるよ。
でもそれはその男を責めてるの。(あるいは自分の見る目のなさか)
なんで、「痴漢は頻繁にある性犯罪で、卑劣だ」って言うと、『男を悪者にするな!』『これだからフェミは』になるのよ。お前は痴漢なのか。
痴漢じゃないんだったら、「たしかにその通りだ。同じ男として、俺だって痴漢は許せない。見かけたら捕まえてやるくらいの気持ちだ」って言えばいいだけじゃないのですか。
こういう話で、「こういう性犯罪は卑劣だ」「こういう性的に嫌な思いをした」というただの事実を言うたびに、男性全体への攻撃だと思う男性の気持ちが全然わからんわ。
実際に、多くの女の人は、性的に嫌な思いをした経験が多かれ少なかれ、あるのよ。嘘じゃなくて。
そして、それを「嫌だった」って表明したっていいし、それは「男性」を責めてるんじゃないでしょ。
だから、「嘘つき!どこにそんなやつがいるんだ!男が悪いっていうのか!」とかいちいち言わなくていいんだよ。もしあなたがその加害者でないならね。
うちの犬の様子がおかしくなったのは、3年前の秋、私が高校1年生のときだった。
後ろ脚だけがもつれる。ふらつく。地面に脚を擦って歩く。何か、様子がおかしい。その時点でそれなりに年を取っていたこと(当時12歳)、以前子宮系の病気になって九死に一生を得たこともあって病院の先生にもよくその存在を知られていたこともあり、すぐに動物病院へ連れて行った。
というのも我が家には昔、その子と一緒に飼っていて、小学生の頃に白血病で死んでしまったもう一匹のコーギーがいたのだが、異変に気付いていたのに大丈夫だと高をくくってしまったが為に病院へ行くのが遅れてしまったという過去があったからだった。
最初に獣医さんが言ったのは、ヘルニアかもしれない、とのこと。コーギーのような胴長短足犬がヘルニアになりやすいのはよく知られた事実である。実際に、昔読んだ様々なコーギーの飼育本のどれもが、ヘルニアという病気について取り上げていた。発症を防ぐために階段の上り下りはさせない、だとか、そんなようなことが書かれていたことを覚えている。実際に、レントゲン写真を見せつつ説明もしてくれた。
ただ、それと同時にちらっと言われた、別の病気の可能性。現段階では確定できないけれども、もうひとつ「これかもしれない」という病気がある、と、何気なく言われた。後ろ足からどんどん動かなくなっていく病気。ヘルニアと違って痛みはないけれども、だからこそ犬自身は気づかず普段通り歩こうとする。今考えると、あれは変性性脊髄症(DM)のことを言っていたのだろう。
とりあえず当面はヘルニアの疑いとして治療を行っていきましょう、という方針になったが、その後の病気の進行は今考えるとまさしくDMそのものであった。
まず、自力での散歩ができなくなった。後ろ脚が本格的に動かなくなってきても、犬はそれに気づいていない。だから、後ろ脚を引きずって前脚だけで歩こうとする。ちょうど、お座りの姿勢で移動しているような格好になる。そうなると、お腹のあたりが傷ついてしまうため、介助ベルトを使って後ろ脚を持ち上げて歩かせる必要がある。だけどそれはかなり負担で、かつうちの犬はあまりそのベルトで釣り上げられつつ散歩するのを好んでいなかった。もともと散歩が大好きで走り回るのも大好きな子だったから、なおさらだと思う。
またこのころ、排便がうまくできなくなってきた。後ろ脚でふんばることができないからとのことだった。獣医さん曰く、自力で出せないが為に腸の中に便がたまっており、新しい便に押されるようにして出てくるしかないため、コントロールができなくなっていたらしい。
もともと排泄はすべて散歩のときに済ませトイレシートなどは使わないのが常だったので、仕方がなくおむつを履かせることになった。ここでうっかりしていたのが、犬用おむつ。コーギーは例外的だが、ほとんどの犬にはしっぽがついている。そのためおむつにもしっぽを出す穴が付いているのだが、コーギーの場合はそれが仇となった。しっぽがないために、排泄物がその穴から出てきてしまうのだ。結局、赤ちゃん用のおむつの中でもとりわけ大きいサイズのものを着用させる方向に落ち着いた。
また、病気になる前からも誰かが家にいるときは基本的にケージから出してリビングの中を自由に動き回らせていたのだが、病気になり外へ散歩に行けなくなってからはほとんどケージを使わなくなっていった。以前のように階段を昇って行ってしまう心配もなかったし、そこまで部屋の中を動き回らないだろうと思ってのことだった。だが、そのすぐ後に問題に直面することとなった。
脚を擦って歩くと、おむつが脱げてしまう。これではどんなに今のおむつに優秀なポリマーが入っていても意味がない。そう考えた私たちは、仕方なく犬に服を着せてその服とおむつとをガムテープで結ぶことにした。見栄えも何もないが、仕方がない。
本当はうちの犬は服を着るのが嫌いで、幼いころに着せた時には気づいたら自力で脱いでしまっていたのだが、この時ばかりは何の不満げな様子も見せずにいてくれた。その後タンクトップスタイルの服から介護用の多機能ベストのような服を着せるようになっていったのだが、その時も何もなく受け入れてくれた。人間と同じで、犬も年を取ると丸くなるのかな、なんて考えたりもした。
ともあれ、私たち家族も犬自身も、病気とうまいこと付き合いながら、いつも通りの生活を続けていっていた。
そして2年前の初夏、ちょうど私が定期考査を終える頃に、犬が体調を崩して入院した。それと同時に、獣医さんからDMのことを聞かされた。そして、DMにかかっている犬の献体を受け付けている大学がある、ということも聞かされた。現段階ではヘルニアではなくDMの可能性が非常に互いが、この病気は脊髄の病気だから生きている間にその検査を行うことはできないため、除外診断的にしか分からないこと、また今はまだ治療法どころか詳しいメカニズムさえも明らかにされておらず、病気の進行を見守るしかないということ。だからこそ、もしも亡くなったときには献体に協力してあげてほしい。そう、言われた。
私はその時点から亡骸を献体として提供することをある程度は覚悟していたが、家族の思いはもっと複雑だったらしい。今年の春先にようやく意見が固まったぐらいだったのだ。かくいう私も、それが本当に犬にとっても良いことなのか、最初は迷った。もちろん遠い目で見れば、病気が解明されて多くのDM犬が助けられるようになったほうがいいだろう。
だけど、そんなそろばん勘定ではものごとは片付かない。臓器移植云々で色々な意見が出ているのと同じだ。当人の意思を省いた周りの勝手なエゴで、犬に嫌な思いをさせてしまわないか? 何度そう考えたか、分からない。
それと同時に、家の中では車いすの話が持ち上がった。自宅から少し離れたところに、犬用の車いすを取り扱っているところがあるらしい。それを聞きつけてほんの少し後の2年前の7月初旬、本当に車いすを作ってもらうことになった。まだ前脚がまったく動かなくなったわけでもないし、車いすを使えば昔のように走り回ることができて犬も喜ぶだろう、という考えだったそうだ。
車いすを使い始めてすぐは慣れておらずたびたび角にぶつけたり私や家族の足を車輪で轢いて行ったりしたこともあったが(笑)、犬は車いすを気に入ってくれたようだった。昔のように散歩ができることを、何よりもうれしそうにしていた。体力が落ち、徐々に前脚にも力が入らなくなってくるまでずっと、その車いすと共に外を歩き回ったことをよく覚えている。
車いすに乗らなくなって少ししてから、悪い癖がついた。目に留まったものを噛んでボロボロにしてしまう癖だった。それまではほとんどそんなことをする子ではなかったが、動けないことへのストレスがたまっていたのだと思う。新聞に始まり、プラスチック製のかご、障子、畳まで噛むようになった。少し目を離したすきにやられてしまうのでどうしようもなかった。帰ってきたら新聞がバラバラになって床に散乱している、なんてのはしょっちゅうだった。
同じころに、褥瘡が見られるようになった。いわゆる床ずれだ。お腹のあたりを中心に、毛がなくなり、代わりにかさぶたのようなものができていった。とても痛々しく、見ていてもかわいそうだった。せめて早く治るようにと、患部を清潔に保つことを心掛けるしかなかった。
受験勉強で私しか家にいないときは同じ部屋に犬を連れてきて、冷房の効いた部屋にいさせて熱中症を防ぐと共に様子を気にかけつつ勉強する、なんてこともあった。基本的に昼間はずっと寝ているので、そのいびきに少し腹が立ったこともあったが、それもいい思い出だ。
私が高校を卒業し実家を出たころから、呼吸がおかしくなっていった。この頃には胸ではなくお腹で呼吸をするようになっていて、呼吸自体も荒くなったりすることもよくあった。また、それより前ではあるものの、鳴き声も以前のように太いものではなくて、かすれたような声で鳴くようになっていた。
息を引き取る二日前、お水もご飯も摂らなくなった。大好きなおやつやミルクにも興味を示さなくなり、いよいよか、と覚悟した。DMは基本的には食欲の低下は見られない。ただし、終末期を除いて。病院で点滴を打ってもらってから少し食べ物を食べたりもしたそうだが、嫌な予感は当たっていた。次の日の昼、呼吸がおかしくなり、そのまま息を引き取った。
学校からそのまま急いで実家へ帰り、亡骸とようやく対面した。寝ているときの様子とまったく変わらない、いつも通りの表情をしていた。そのとき、以前獣医さんが言っていたことを思い出した。DMは、たとえ進行していても犬自身は痛みを感じない。白血病で亡くなってしまったもう一匹のコーギーは最期のその瞬間以外はずっと苦しそうだったけれど、この子は苦しまずに逝けた。それだけでもずっと幸せだったのかもしれない、と思った。
翌日の朝にDMのコーギーの献体を受け入れている大学へと訪れ、病気の経過を伝えるとともに献体として提供した。褥瘡の少ないからだを見た大学の動物病院の獣医さんに、よく介護されていたんですね、と言われ、自分たちのやってきたことは間違っていなかったんだとようやく一安心した。
そして、ご協力ありがとうございます、と何度も感謝された。大学のほうにはかかりつけの獣医さんに連絡してもらっていたそうなのだが、そのどちらからもすごく感謝されたことをよく覚えている。DMのコーギーは大学付属の動物病院でも何匹か診ているそうなのだが、あまり献体を提供することに協力的な飼い主さんはいないらしい。最後の最後に、苦しい思いをさせるかもしれない。そんな気持ちは、誰だってあるだろう。
献体提供後、検査をした後にはペットの葬儀社で個別に火葬してもらい、お骨はこちらに戻ってくるとのことだった。私が実家を出る日の朝、ちょうどお骨が家に届いた。大学を訪れて3日後だったと記憶している。人間の葬儀の時のようにしっかりとした骨壺と骨袋に入れられて帰ってきたそれは、他のペットたちの写真と一緒に今も実家に大切に保管されている。
二十歳ぐらいのころ(今から十数年前)母親から言われたフレーズだけど、未だに咀嚼できていなくて困ってる。
とか色々思ったけど、当時40代の母親が、病んで風俗にはまって会社も行けずに某大学病院から大量のステロイド投入されて結局精神面での悪化しか効果が確認できず果ては余命数ヶ月の患者しかいない療養施設に島流しされた(過酸化水素とおかゆと排泄物の臭いがする施設だった)夫の喪主立派に務めて、今考えると本当に大変だったろうし当時高校生だった自分は(上記疑問点もあって)正直全く手伝えていないところか、本当に迷惑しかかけてなかった。
その後結局増田は教科書通りに浪人・留年を繰り返してさらに母親に対し負担をかけた。
やっとの思いで就職が決まったときに言われたのがタイトルにあるフレーズで。まぁ増田自身に問題が多々あるのは認めるが、その上で増田は「家族って大事でしょう」が分からない。
2chの中でも低質な感動作り話みたいなクラスタの排泄物にダウトできずみんなでマジレスしちゃうような集団は
リテラシーとかフェイクなんちゃらとかでtwitterや2chの人達に説教する資格なんかなかったよねって話よ
タイトルと出だしの分だけで「なんかくせーぞこれ」と思って興味も出なかった
そしてもしブコメするぐらい興味が湧いたらまず検索かけたろうな
そういう感覚がね
ない集団なんだなあとw
https://anond.hatelabo.jp/20170718121736
そうそうそれそれ
お前等よく嘘松とか感動作り話をすげー叩いてるじゃん(それ自体は文句ないよ、俺もわざわざ相手にはせんけどキモイとは思うし)
それがまんまと釣られて逆ギレすんなよと
たぶん、ここ数十年で幾度となく繰り返されてきたであろう話題。そして、これからも何度となく同じ話をして行くであろう話題。だけど、この先に幾星霜の年月を重ねようとも、決して人類が回答を得ることはかなわないであろう話題。
「このような増田を書く際には適度な自分語りが必要である」との先人の教えに倣い、私も自身の人生を少し顧みる。
とは言え、特にこれといって語れるような、起承転結、栄枯盛衰の激しいエピソードはない。期待に沿えず申し訳ない。
私は、凡庸な働き者である両親の下に産まれ、大学まですべて可もなく不可もなしと言ったレベルの国公立で通し、東証一部ではないが倒産寸前でもないと言ったどこにでもある企業に就職し、今に至る。要は平和を謳歌していたわけで、「幸せかどうか」という尺度で測れば、私は十二分に幸せなのだろうと思う。
先日、同級生の友人らと一席設ける機会があった。私の交友範囲は、狭いようでいて結構広い、まあ所謂「普通」の範囲内だ。私ほどの年齢になると、このような場でだいたい出てくる話題と言えば、増田諸氏にもお馴染みの「子供の話」である。
子供の習い事は何がいいか、今どきは中学受験をさせるべきか、保育園になかなか受からない、・・・語らいの場を彩るには事欠かない。
私自身は独り身だが、そう言う話題は端的に言えば好きである。同級生の、愚痴のような自慢のような我が子の話を聞くのも好きだし、独りやもめが一丁前に進言することも吝かではない。
だが、そう言う話題をしていると避けて通れないのが「増田は結婚しないの?」「増田の子供、見てみたいよ」等の友人の無邪気な言動である。
もう何度となく聞かれたので回答が半ばトークスクリプト化しているが、私自身は結婚する気が全くない。子供を作る気もない。
友人らの結婚式に持参した祝儀袋は50枚ではきかないし、友人らの華燭の典の末席に私の椅子を加えてもらえるのは悪くない。幸せのおすそ分けがあった数年後に、友人らの間に生まれた新しい命に触れる栄誉に浴した機会も両手両足では足りないだろう。
そんな友人達の子供の相手をするのも、また楽しい。先日も友人宅で友人の子供たちとゲームで盛り上がった。そういった私の姿を見てきている友人達はいつも怪訝そうな顔をして、お決まりの言葉を投げかけてくる。
しかし、残念ながらそんな姿を友人たちに見せる機会は、永遠に実現する事はないだろう。なんだかこちらが申し訳なくなってくるが、こればかりはどうしようもない。
結婚出産をしない事の仔細については伏せさせていただくが、私自身はLGBTという訳でもないし、病気等によって子供が作れない身体という訳でもない。過去に交際した異性がいない訳でもないが、結婚するというビジョンは当初から皆無だった。
・・・さて、長々と私の宴席話を綴ってしまったが、ここまでが枕詞である。以下より表題の件となる。
最近発生したとある些事によって、私は自身の今後の人生を考える機会を得た。それは老後の事であったり、貯蓄の事であったり、人間関係の事であったりする。
不思議と不安はない。「少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。」と言ったのは太宰だったか芥川だったか。或いは川端だったかも知れない。
老後を一人で支えていく貯蓄は作れる。今現在のところは十分な資産が無い為「ある」とは胸を張って言えないが、仮に70歳定年制度が導入されようとも、食べていけるだけの資産を形成するだけの資力はあるものと自負している。
加齢による孤独との付き合いも、それなりにこなしていくつもりだ。とは言え、老境に達した事もない若輩が悟ったような事を口にするのも軽々しい。鋭意努めるといった表現に留めておこう。
そのような事を独りごちること数日、ようやっと私は「自身に生きている理由がない」と言う平々凡々な結論に至った。
却説そうなると困ってしまう。理由もないのに生きていくには、あと数十年という年月は些か長すぎる。排泄物を生産する装置として延々と過ごしていくには動機づけが心許ない。
人生に対しての意味を考えるのは、数多く存在する宗教という団体が約二千年ほど前から継続して取り組んでいるようだ。詳しくは知らない。
彼の団体が世に出している成果物を拝見したこともあるが、私には意味を見出すだけのものはなかった。
理由も無い、意味もない。そうなると次の段階として「可及的速やかに、かつ周囲の迷惑を最小限にとどめる形で自殺する方法を考察する」ということになるが、私にはそれを実行するだけの胆力が備わっていなかったようである。自ら命を絶つという行動を想像するとき、自身の玉袋が萎びていく感覚が如実にそれを証明している。
安田講堂で演説をぶった後に割腹して果てたのは誰だったか。筋骨隆々とした当時の写真を見るに、グラビアモデルか何を生業としていた人だと推察しているが、どうだろうか。職業はともかく、その胆の据わりようはまさに驚嘆に値するが、私には到底真似のできない所業である。
理由も無く、勇気も無い。理想も無かった。願望もこれといって無かった。意味のある無しは私自身が決定するものではない。後世の人間が理由付けしたものが意味だ。
かと言って「無い」状態を維持していくのも据わりが悪い。回答でも解答でも一向に構わないのであるが、「ある」状態にしたい。ふとそう思い至って有休申請をしたのが昨日の午後、目の前のキーボードを叩いては嘆息する作業に飽きてきたのがつい先ほどの話だ。
先人の知恵を生かす事こそが人類であり、その事を辞書で引くと即ち「英知」である。ならば私も人類の英知の恩恵に与ろうと「はてな匿名ダイアリー」なるサイトの中に設置されている検索窓で「人生 理由」と入力してENTERキーを叩いたところ、検索結果は0件だった。平日の昼間から「人生 理由」や「人生 意味」といったワードで検索をかけている中年男性という絵面も大変に珍妙ではあるのだが、ここで膝を折るわけにもいかない。
Google検索で「人生、宇宙、すべての答え」で検索すると「42」という解が得られるというのは割合に有名な話ではあるが、できれば証明過程のほうも見せていただきたいので、「人生 理由」や「人生 意味」などのワードでGoogle検索をかけても、有象無象が多くて選り分けるのに四苦八苦しているうちに時間だけが過ぎ去っていく。回顧するに到底建設的な所作とは言えない。
※ちなみに、「人生 理由 anond」等とGoogle検索すると、先人への英知に到達する作業が捗ったという事実も申し添えておく。
・・・結局、特段の進歩もなく、たまっていた有休を消化して終わるだけの一日となりそうだが、髪の毛一本分、まさに寸毫ほどの厚さだけでも遺物があれば、後進増田諸氏の灯台となり得る可能性はあると考えた。
可能性に賭けることは好きではない。そもそも賭け事が嫌いだ。だが、この愚かな人間がしたためた理由も意味もない駄文が、誰かにとっての灯火となれば幸甚である。
大海原の中のマッチ一本分にも満たない、本当に小さな灯り火であるが。
ここまでお付き合い頂き、かつ増田諸氏の人生の貴重な時間をも少々頂けた事に深謝する。増田諸氏の人生に幸多からん事を祈念して、ここで筆をおく。
義母は認知症と神経系の難病を患っていた。思った以上に進行が早く、どんどんからだの機能が衰えていった。
大人の排泄物の匂いはすごい。毎朝、その匂いと、目の離せない危うさに気が張り詰めた。
そんな日々も2年ほどで、そのうち今度は排泄自体が難しくなった。いつのまにか、摘便で処置をしてもらう状態になっていた。
そして、尿も管を経由して排出されるようになった。
最期の半年ほどは、諸々の進行の様子についていけず、目の前で何が起こっているのかよく分からないうちに、
ただただ、排泄も、食事も、喋るのも難しくなった義母の姿を見ていた。
義母は、息を引き取った。
もう、排泄物の匂いも、大量の介護用品も、義母の泣き声も無い。
なんのために働くのか?よく分からない。
自分は就職するのだな、というのが決定的になったのは、大学三年の正月に帰省したときだった。そのとき姉は子どもを身ごもっていて、結婚式の準備を進めている時期だったと思う。両親の住む実家はいつになく浮き足だっていて、居間に鎮座した年代物のコンポが機嫌のよい音楽を流しているのを何年ぶりかに聴いたりした。この雰囲気だったら言っても大丈夫だろうかと思った。家に着いたその晩、おそらく姉の結婚式やお腹のなかの子どものことをしばらく話したと思う、そのあとに切り出した。あのさ、大学院に行きたいっちゃけど。
予想外に、部屋の空気が一瞬で凍りついたのを覚えている。両親は言葉を発さず、コンポから流れる陽気な音楽(荒井由実のセカンドアルバムの六曲目、あなただけのもの、)がいっきに、なにか強烈な、皮肉めいた疎外感のようなものを演出する異物となって浮き上がった感触があった。しばらくして、母が重々しく口を開いた、なん言いようね、そげんお金なかよ。大学院てなんね。行ってなんすると。もとより自分も、大学院で何か研究したいことがあるわけじゃなかった、研究というのが何をすることなのかもよく分かっていなかった。ただサークルや何やで接する先輩たち、自分より二年間長く学生でいられる、その二年間は就職せずにいられるひとらのことがうらやましかった。その程度の動機だったから、突如として部屋に現れた重苦しい空気を前にして、うっかり声に出した気持ちは途端に冷え切り、しぼんでいった。なんでんなか、分かった。話を逸らすような話題もなく、アルバムが次の曲に行ってしまうまえに居間を出て階段を上がった。あのコンポが音楽を流しているのを聴いたのはそれが最後だったと思う。
*
就活ではいろいろな街へ行った。下宿していた福岡から、十分な交通費が支給されるときは新幹線や飛行機(LCCはまだなかったから、スカイマーク)で行き、そうでないときは夜行バスで行った。その土地の知人に当てがあれば泊まらせてもらうときもあり、ネットカフェに泊まるときもあった。神戸の三宮とか東京の蒲田とか、そのころネカフェに泊まったっきり訪れていない街がいくつかある。
就活にかかる交通費は多くの同級生にとって悩みの種だったと思う。専攻柄、東京に一極集中したメディアや広告、出版関係の企業を受けるひとが多かったせいもあったか、とにかくいかに交通費で破産せず就活を乗り切るかはひとつの重要なテーマとして共有されていた記憶がある。自分もそんなに多くの交通費を出せる状況ではなかったので、受ける企業の数をかなり絞っていた。当時の就活サイトが提唱する標準的なエントリー数は二十社くらいだったけれど、自分は十社も受けなかった。それでも度重なる関西や関東への移動はそれなりに負担で、特に東京の会社で選考が進むたびに片道半日以上かかる夜行バスを往復するのは楽ではなかった。
夜行バスが発着するのはたいてい新宿の西口だった。あるとき、行きのバスに乗っていた添乗員さんと、帰りのバスでも鉢合わせたことがあり、乗り込みざまそのひとが、就活ですか、がんばってね、と声をかけてくれた。あのひとはたぶん、その数日間だけじゃなくてずっと、何十往復も、あの片道半日はかかる夜行バスに乗りつづけていたのだと思う、いまも乗りつづけているかもしれない。西新宿のビル街を歩くと時々そのことを思い出す。
支給される交通費で収入を得るモデルを立てていたひともいた。関東の実家や知人のところに滞在しながら、東京の会社をたくさん受け、それぞれの会社に対して福岡〜東京間の交通費を申請して利益を得る手法だったと記憶している。あるいは近場であれば、実際には18きっぷで移動しながら新幹線のぶんの交通費を出してもらう方法もあったらしい。これは静岡の会社に大阪から来ていた子が教えてくれた。会社でいっしょに最終面接を受けたあと、内々定をほのめかす説明会から帰るバスの中でのことだった。その子はすでに他社からも内々定を得ていて、ほんとうはそちらに就職するつもりだと言っていた。第一次安倍政権のときで、少なくとも経済政策はうまくいっていて売り手市場だったから、そのように交通費収入を得る目的で、実際には就職する気がない企業の内々定までを得る学生はその子だけではなかったと思う。二年後にはリーマンショックが起こって、ふたたび新卒市場は氷河期を迎えた(らしい)。もし自分が大学院に進み、二年後に就活をしていたら、たぶん学部のとき受かったところには受かっていなかっただろう。
職を得るためにスーツを着ることは苦ではなかった。それは公立の小学校から高校までをずっと制服で通わなければならなかったのと同じ程度の義務だと思っていた。大卒でそれをしなくてよい人生がどういう仕組みで成り立っているのか、そのころさっぱり想像がつかなかったし、いまでもその仕組みを十全に理解しているとはいいがたい。いずれにせよ、そうしたものは自分には関係のない、自分に与えられた生の可動域からは逸脱するものだと思っていた。もちろん、自分を取り繕って面接官に良い顔をすることとか、所与の経歴と志望動機を矛盾なく有効に繋げる作業を会社ごとに行うこと、そうした虚飾じみた行為への疲れはあった。リクナビやみん就のサイトを見るのも好きではなかった。けれど仕方のないことだと思っていた。ほかに生きられる道があるとも思えなかった、だからメンタツも読んだ、SPIも受けた、そうこうしているうち、他人に自分を矛盾なく説明するために用意したぎりぎり嘘でない物語の数々は、徐々に内面を染めかえ、自分のなかに元々あったそれらと区別がつかなくなっていった。照明がおとされた夜行バスの車中で、自分は眠れずによく手を組んで、いろいろな願いごとをしていたけれど、どうか今度の面接が通りますように、内定が取れますように、そういうこともふつうに願った。
*
先日、はじめて海外旅行に行った。羽田から仁川経由でニューヨークへ向かう機内の十数時間を体験しながら、ああ、これは博多から東京まで夜行バスでかかったのと同じくらいだなと思った。
夜行バスに乗っていたときの自分にとって、海外旅行も宇宙旅行も似たようなものだった。どうせ行けないのだから費用や行きかたなんて調べても意味のない、視界に入れたってしょうがないもの。行けるわけのない外国の遠さよりも、見慣れた田んぼ、そこにある変わらない暮らし、そういったものに思いを馳せるようになるのは、そのときの自分にはごく自然な成り行きだったと思う。だから新宿の街も好きではなかった。東口のネットカフェに泊まったり朝から歌舞伎町の銭湯に入ったりする小旅行を、楽しんではいたけれど、駅の通路に浮浪者の排泄物のにおいが漂っていたのを強烈に覚えてもいた。長く住むところではないと思った、その都市に、けっきょくいまは福岡に下宿していたのよりもずっと長いこと住んでいる。
去年はじめて実際に調べた、二月のヨーロッパやアメリカへ渡る往復航空券の値段は、盆や正月のラッシュのなかを新幹線で実家に戻るのと大差がなかった。どうせ行けるわけがない、他に選べる道もない、と見過ごしてきたものごとの数を考えた。けれど、そのときはたしかに、それが自分の視界に映るもののすべてだった。その視界が十分に広くなかったとして、いまを測るための物差しとしては省みることかもしれない、けれど責められるものではない。いまとむかしの自分は違う、同じものでない、そのことは互いの存在を妨げない。一応は自分のお金で大学院を出て一年が過ぎ、将来の自分から先借りしているお金を返しはじめて半年が過ぎたいまはそう思っている。
それはそうと、また日本の自称右翼に落ち度のない日本人たちが叩かれているのでしょうか。私の妹のtoto1等当選がばれた後にいたずらメールが殺到しています。
「お前は日本人を名乗るな」と。
もう慣れたというか、飽きたというか・・・。まったくもう・・・。本当に馬鹿の一つ覚えですね・・・。
なんであなたたちはそんなにワンパターンなんですか?洗脳でもされていらっしゃるのでしょうか?
その頭は飾りですか?自分の考えで動けないんですか?
どうせいじめるなら、もう少し頭を使ったほうがいいんじゃないですか?
あなたがたのような卑怯で陰湿な民族は、現実社会やネット社会や日本社会だけじゃない。
それは外国人による日本の掲示板の『日本人に対する批判や非難』を見て頂ければ、
一目瞭然です。
ネット自警団??
http://www.huffingtonpost.jp/ryan-takeshita/confused_feelings_b_14892368.html
http://www.huffingtonpost.jp/arisa-ido/talking_to_my_boss_about_my_period_pain__b_14892362.html
このあたりの記事を読んで、生理の話題に拒否感を抱く男性が多いのはなぜか?って話を妻としてたのだが、私と妻で見方がまったく違ってた。
私は、生理は性の話題だから、公の場でエッチな話をするものではない、という規範意識がはたらくものだと思っていた。
一方、妻は、生理は不浄なものだから、うんちやおしっこの話題と同じように不潔なものとされるのではないか、という意見だった。
考えてみると、多くの女性にとって、生理は、排泄物が出てくるのと同じような部位から月一で血がでてくる生理現象なわけで、それを処理するのも自分だし、思春期以降ずっと相手にしているし、「汚いもの」という意識がまず最初に来てもおかしくはないのかなと思った。
一方、男性としては、どうしても生理というものにそこまでのリアリティを感じることができなくて、せいぜいが「できない日」とか「女の子の日」といった、生殖と結びついたヌメヌメした印象を抱くに留まってるんじゃないかなと。
※もちろん民俗学におけるケガレの概念も知ってるけど、都合のいい理由付けをして女性を排除したり保護したりする意味合いのほうが強くて、実際うんちやおしっこと同じレベルで経血を「汚い」と思っている男性ってそんなにいないんじゃないかな、と私は思ってる。
このあたりの感覚、私と妻が個人的にそう感じてるだけなのか、ジェンダーによってわりと一般的な傾向があるのか、どうなんだろう?