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2022-08-13

anond:20220813125811

Japan za ta ci gaba da rarraba har shekaru masu zuwa. Kasancewar Shinzo Abe ya kasance babba ga duka sansanonin masu ra'ayin mazan jiya da masu sassaucin ra'ayi.

2022-08-11

anond:20220811134111

これは、『天気の子』や『リコリコ』のテーマに直接的につながる主張であることのように思えます


 また、SF作家のアーシェラ・K・ル・グィンはこのエピソードを踏まえた上で(彼女によれば書いているとき意識していなかったということですが)、「オメラスから歩み去る人々」という寓話的な短編を書いています(『風の十二方位』収録)。


 これは、あらゆることが完璧に成立した理想都市オメラスの物語なのですが、じつはオメラスには恐ろしい欺瞞があって、ある小さな穴倉にひとりの子供が精霊への生け贄として閉じ込められているのです。


 この子供はその暗い牢獄のなかであらゆる権利剥奪され、虐待され、自分自身の糞尿の上に寝そべって暮らしているのですが、オメラスの住人のだれひとりとしてこの子供に優しい言葉ひとつかけてやろうとはしません。


 というのは、精霊との契約により、もしこの子供を救ったらオメラスそのもの崩壊することになっているからです。オメラスの大半の住人はこの事実を知ったときショックを受けますが、そのうち忘れてしまます


 ただ、ごく少数の人々はそのことを忘れられず、ただオメラスを壊してしまうこともできなくて、ただ、ひとり静かにオメラスを歩み去るのです。


 『天気の子』を観た人なら、この作品がこの「イワンテーマ」、あるいは「オメラスのテーマ」に対してひとつの答えを出していることがわかるでしょう。この映画はまさに「欺瞞理想都市オメラスから歩み去るのではなく、それを崩壊させる」物語なのです。


 そしてまた、オメラスが崩れても、それでも人は生きていくという物語でもある。これは少なくとも公開当時としては決定的に新しい決断だった。


 たったひとりの子供を犠牲にして成り立つ平和繁栄があるとしたら、その子供ひとりを救うためにでもその平和繁栄は亡んでしまってかまわない。そういう倫理的判断がその背景にあるように思えます


 一方の『リコリコ』では、リコリスたちの犠牲を背景にして成り立つ「オメラス」としての東京、あるいは日本社会は必ずしも否定的に描かれてはいません。そのことを批判的に告発することはできるでしょう。


 しかし、ぼくはあきらかにリコリコ』はその批判をも織り込み済みで、意図して「現在日本社会現実」を描出していると考えます。したがって、単になぞの組織DA」や「アラン機関」の悪を批判告発するだけではこの作品を正しく批評したことにはならない。


 『リコリコ』が語っているのは、ぼくたちが依拠しているこの「平和日本社会」そのものひとつ欺瞞理想社会オメラスなのであり、少数の人間たち(それも子供たち)の犠牲の上で成り立っているという現実なのです。


 いい換えるなら、『リコリコ』はぼくたちに対して「ほんとうにわずかな子供たちを救うためにこの平和を崩しますか? 理想平和崩壊させますか?」と問いかけて来ているといっても良い。


 『カラマーゾフの兄弟』のイワンル・グィンの描く「オメラスから歩み去る人々」のように、ただ欺瞞ユートピアを拒絶するだけならためらわない人も多いでしょう。しかし、『天気の子』のようにそれを崩壊させてしま選択を選ぶことがほんとうに「絶対正義」でしょうか?


 リコリスたちは、だまされ、利用され、搾取されているかもしれないとはいえ、一面では誇りをもって戦っているというのに?


 まだ物語は途中で、放送は続いているので確定的なことは書けませんが、ぼくは『リコリコ』は『天気の子』のように欺瞞告発し、欺瞞ユートピアとしての「日本社会≒オメラス」を崩壊させて終わるような結末にはならないと思う。


 DAリコリスによって維持される日本平和醜悪なまでに欺瞞的ですが、それでも平和には違いないのであって、一概に否定して終わることができるものではないのです。


 ここら辺の「必要悪としてのディストピアユートピア」の描写アニメPSYCHO-PASS』に通じるものがあるといって良いでしょう。


 『PSYCHO-PASS』の世界でも、欺瞞的な平和が続いているわけですが、それは必ずしも「悪」として告発すれば良いというものではなく、それを倫理的に乗り越えるためには「より良い社会モデル」を提示するしかないわけなのです。


 そして『PSYCHO-PASS』はそういうSF的にマクロテーマを扱う方向に進んでいるけれど、『リコリコ』はたぶんそういう物語にはならないんじゃないか


 ここまで書いて来たことを踏まえた上で、『リコリコ』が決定的に新しいといえるのは、その欺瞞、その偽善、その矛盾にもかかわらず、作品トーンが非常にあかるいことでしょう。前出のインタビューを読む限り、このあかるさも意図して選択されたものであることがわかります


 しかし、それはただ「暗いとウケないからあかるくしてみた」といった次元の話ではない。『リコリコ』は表面的なあかるさと裏面の深刻な暗さが奇跡的なほどのバランスで成立していて、それがおそらくは人気のもとになっている。


 匿名ダイアリー批判されているように、ただ百合百合女の子たちにガンアクションやらせれば人気が出るなんてことは、じっさいにはありません。エンターテインメントはそんな甘いものじゃない。


 『リコリコ』の人気は、この「天国ユートピア)のようでもあり地獄ディストピア)のようでもある過酷欺瞞社会」を「当然の前提」として受け入れつつ、なおかつ「突き抜けたあかるさ」で描くその斬新さの帰結です。


 べつの見方をすれば、『リコリコ』は日本アニメ歴史のなかで延々と語られてきた『新世紀エヴァンゲリオン』、『輪るピングドラム』、『進撃の巨人』、『BANANA FISH』、『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』といった「孤児たちのサバイバル」を描く物語の最新バージョンともいえる。


 いいかげん長くなったのでこれらの作品の内実については触れませんが、つまりはこれらの凄愴な物語ではごくシリアスに語られていたことが、『リコリコ』では一見ライトコミカルに語られている。


 しかし、それは搾取問題が消えてなくなったことを意味していない。そうではなく、その残酷な(新自由主義的な?)構造を生まれながらにある所与の前提として受け止めている新世代が出て来ているということ。


 それが『リコリコ』の「新しさ」であり「面白さ」だというのがこの記事結論です。『リコリコ』と最も同時代的な作品は、いま「ジャンプ+」で連載されている『チェンソーマン』の第二部とかじゃないかな。


 以上! こういったことを批判的に踏まえてより高次な議論ができれば良いと思っています。でわでわ。

anond:20220811134111

これは、『天気の子』や『リコリコ』のテーマに直接的につながる主張であることのように思えます


 また、SF作家のアーシェラ・K・ル・グィンはこのエピソードを踏まえた上で(彼女によれば書いているとき意識していなかったということですが)、「オメラスから歩み去る人々」という寓話的な短編を書いています(『風の十二方位』収録)。


 これは、あらゆることが完璧に成立した理想都市オメラスの物語なのですが、じつはオメラスには恐ろしい欺瞞があって、ある小さな穴倉にひとりの子供が精霊への生け贄として閉じ込められているのです。


 この子供はその暗い牢獄のなかであらゆる権利剥奪され、虐待され、自分自身の糞尿の上に寝そべって暮らしているのですが、オメラスの住人のだれひとりとしてこの子供に優しい言葉ひとつかけてやろうとはしません。


 というのは、精霊との契約により、もしこの子供を救ったらオメラスそのもの崩壊することになっているからです。オメラスの大半の住人はこの事実を知ったときショックを受けますが、そのうち忘れてしまます


 ただ、ごく少数の人々はそのことを忘れられず、ただオメラスを壊してしまうこともできなくて、ただ、ひとり静かにオメラスを歩み去るのです。


 『天気の子』を観た人なら、この作品がこの「イワンテーマ」、あるいは「オメラスのテーマ」に対してひとつの答えを出していることがわかるでしょう。この映画はまさに「欺瞞理想都市オメラスから歩み去るのではなく、それを崩壊させる」物語なのです。


 そしてまた、オメラスが崩れても、それでも人は生きていくという物語でもある。これは少なくとも公開当時としては決定的に新しい決断だった。


 たったひとりの子供を犠牲にして成り立つ平和繁栄があるとしたら、その子供ひとりを救うためにでもその平和繁栄は亡んでしまってかまわない。そういう倫理的判断がその背景にあるように思えます


 一方の『リコリコ』では、リコリスたちの犠牲を背景にして成り立つ「オメラス」としての東京、あるいは日本社会は必ずしも否定的に描かれてはいません。そのことを批判的に告発することはできるでしょう。


 しかし、ぼくはあきらかにリコリコ』はその批判をも織り込み済みで、意図して「現在日本社会現実」を描出していると考えます。したがって、単になぞの組織DA」や「アラン機関」の悪を批判告発するだけではこの作品を正しく批評したことにはならない。


 『リコリコ』が語っているのは、ぼくたちが依拠しているこの「平和日本社会」そのものひとつ欺瞞理想社会オメラスなのであり、少数の人間たち(それも子供たち)の犠牲の上で成り立っているという現実なのです。


 いい換えるなら、『リコリコ』はぼくたちに対して「ほんとうにわずかな子供たちを救うためにこの平和を崩しますか? 理想平和崩壊させますか?」と問いかけて来ているといっても良い。


 『カラマーゾフの兄弟』のイワンル・グィンの描く「オメラスから歩み去る人々」のように、ただ欺瞞ユートピアを拒絶するだけならためらわない人も多いでしょう。しかし、『天気の子』のようにそれを崩壊させてしま選択を選ぶことがほんとうに「絶対正義」でしょうか?


 リコリスたちは、だまされ、利用され、搾取されているかもしれないとはいえ、一面では誇りをもって戦っているというのに?


 まだ物語は途中で、放送は続いているので確定的なことは書けませんが、ぼくは『リコリコ』は『天気の子』のように欺瞞告発し、欺瞞ユートピアとしての「日本社会≒オメラス」を崩壊させて終わるような結末にはならないと思う。


 DAリコリスによって維持される日本平和醜悪なまでに欺瞞的ですが、それでも平和には違いないのであって、一概に否定して終わることができるものではないのです。


 ここら辺の「必要悪としてのディストピアユートピア」の描写アニメPSYCHO-PASS』に通じるものがあるといって良いでしょう。


 『PSYCHO-PASS』の世界でも、欺瞞的な平和が続いているわけですが、それは必ずしも「悪」として告発すれば良いというものではなく、それを倫理的に乗り越えるためには「より良い社会モデル」を提示するしかないわけなのです。


 そして『PSYCHO-PASS』はそういうSF的にマクロテーマを扱う方向に進んでいるけれど、『リコリコ』はたぶんそういう物語にはならないんじゃないか


 ここまで書いて来たことを踏まえた上で、『リコリコ』が決定的に新しいといえるのは、その欺瞞、その偽善、その矛盾にもかかわらず、作品トーンが非常にあかるいことでしょう。前出のインタビューを読む限り、このあかるさも意図して選択されたものであることがわかります


 しかし、それはただ「暗いとウケないからあかるくしてみた」といった次元の話ではない。『リコリコ』は表面的なあかるさと裏面の深刻な暗さが奇跡的なほどのバランスで成立していて、それがおそらくは人気のもとになっている。


 匿名ダイアリー批判されているように、ただ百合百合女の子たちにガンアクションやらせれば人気が出るなんてことは、じっさいにはありません。エンターテインメントはそんな甘いものじゃない。


 『リコリコ』の人気は、この「天国ユートピア)のようでもあり地獄ディストピア)のようでもある過酷欺瞞社会」を「当然の前提」として受け入れつつ、なおかつ「突き抜けたあかるさ」で描くその斬新さの帰結です。


 べつの見方をすれば、『リコリコ』は日本アニメ歴史のなかで延々と語られてきた『新世紀エヴァンゲリオン』、『輪るピングドラム』、『進撃の巨人』、『BANANA FISH』、『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』といった「孤児たちのサバイバル」を描く物語の最新バージョンともいえる。


 いいかげん長くなったのでこれらの作品の内実については触れませんが、つまりはこれらの凄愴な物語ではごくシリアスに語られていたことが、『リコリコ』では一見ライトコミカルに語られている。


 しかし、それは搾取問題が消えてなくなったことを意味していない。そうではなく、その残酷な(新自由主義的な?)構造を生まれながらにある所与の前提として受け止めている新世代が出て来ているということ。


 それが『リコリコ』の「新しさ」であり「面白さ」だというのがこの記事結論です。『リコリコ』と最も同時代的な作品は、いま「ジャンプ+」で連載されている『チェンソーマン』の第二部とかじゃないかな。


 以上! こういったことを踏まえてより高次な議論ができれば良いと思っています。でわでわ。

リコリス・リコイル』はドストエフスキー児童搾取テーマに通じるメタアイドルサバイバルアニメの傑作だ!

 ども、皆さん、アニメリコリス・リコイル』観ています? めちゃくちゃ面白いですね! 後世に残る名作かといったら必ずしもそうとはいえないと思うのだけれど、少なくとも「いま」、このときリアルタイムで見る作品としては破格に面白い


 一方でいったいこの面白さの正体は何なのだろうと考えてみてもうまく言語化できないわけで、何かこう、隔靴掻痒のもどかしさを感じないでもない。第一話を観た時点で直観的に「これは新しい!」と思ったのだけれど、その「新しさ」を言葉にしようとするとうまくいかない。


 そこで、以下ではなるべくていねいに『リコリコ』の「面白さ」と「新しさ」を的確な言葉に置き換えていきたいと思う。読んでね。


 さて、まず、いま人気絶頂の『リコリコ』についていえることは、これが何か非常に「不穏」なものを秘めた作品だということです。


 一見すると現代日本と同じように平和社会舞台にしているようで、そこでは「リコリス」と呼ばれる高校生くらいの女の子たちがその平和を守るために命がけで戦っている。そして、じっさいにどんどん死んでいる。


 このグロテスクともいえる構造が、第一話の冒頭の時点であっさりと、あたりまえのことであるかのようにライトかつスムーズ説明されている。


 しかし、もちろんこれはまったく「あたりまえのこと」ではありません。年端もいかない少女たちが銃を持って戦う。戦わされている。そこにはあからさまに倫理的問題がある。この「少女と銃」というコンセプトについて、原案アサウラさんはインタビューでこのように述べています


アサウラ:柏田さんが読んでくれていたのが僕の「デスニードラウンド」という小説で、これが最初から最後まで銃を撃ち続けるような作品なんです。それを読んで僕を呼んでくれたので、銃が出てくることは決まっていました。女の子と銃で何かをやってくれという感じだったと思います


https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1656464389


 最初の時点から少女と銃」がメインコンセプトだったわけですね。すでに指摘されているとおり、この「少女と銃」というコンセプトには先行作品系譜があります虚淵玄最初期の作品として知られる『Phantom of Infelno』がそうだし、『NOIR /ノワール』などのアニメもある。


 現在アニメ業界ではもはや「美少女ガンアクションもの」はひとつジャンルといっても良いかもしれません。


 ちょっと現実的に考えればかぼそい体格の女の子がそうそう的確に銃を操れるわけがないと思えるわけですが、そこの違和感ねじ伏せてでも少女と銃を組み合わせることにはある種のフェティッシュな魅力があるのだと思います


 それらの先行作品のなかで、おそらく最も重要で、しかも『リコリコ』に近いのは相田裕の『Gunslinger girl』です。


 これは洗脳されてテロリストと戦う少女たちと、彼女たちとコンビを組んで戦う男性たちを描いた物語で、「平和社会を維持するため少女たちが陰で戦っている」というところが『リコリコ』と共通していますね。このタイトルは『リコリコ』の監督インタビューで直接的に言及されています


――足立さんが入って、物語が明るい空気になったそうですね。


足立アニメを見て暗い気分になったりするのは、今はあんまり求められていない気がするかなって…。自分DVD買うくらい『GUNSLINGER GIRL』が好きなだけに、そのフィールドでは勝てないと思いましたし、ポイントをずらしたほうがいいんじゃないですかねっていう話は初日にしたと思います


https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1656605844


 この言及を見ると、『リコリコ』と『Gunslinger girl』の設定上の共通項は意識的ものであることがわかります。ただ、その一方で「ポイントをずらした」と語られているとおり、『リコリコ』と『Gunslinger girl』には決定的な差異がある。


 ひとつパートナー役の大人がいないことで、もうひとつ少女たちが洗脳されておらず、自分意思戦闘に参加していることです。


 前者に関しては原案アサウラさんの作風かもしれません。アサウラさんは過去にも少女たちが「百合」的にコンビを組んで戦う作品を書いているようですから(筆者は未読)。


 しかし、決定的に重要なのは後者でしょう。『Gunslinger girl』の洗脳されて戦う少女たちに対して、『リコリコ』のリコリスたちは(少なくとも表面的には)自発的意思で戦っているわけです。


 もちろん、「自発的意思なのだから問題ない」ということにはならない。リコリスたちはみな孤児であり、「戦うことしか選択肢がない」状況に置かれているともいえる。リコリスたちが「大人」たちに搾取され、かりそめの平和のための犠牲として利用されていることは間違いないでしょう。


 きわめていびつかつ不自然かつ欺瞞的な構造です。このディストピア的ともいえる構造をどう見るかが『リコリコ』を批評的に判定するときひとつのカギとなる。この点に関して批判的に触れた記事はてな匿名ダイアリー投稿されています


前線少女と銃後の大人という構造からガンスリ(とかエヴァとかあのへん)の亜種として良いと思うが、それら先行作品と比べたときリコリス少女のみで構成される理由(※)や、少女前線に立たせる搾取構造に対する大人側の自覚とか罪悪感がすっぽり抜け落ちていてさすがに気味が悪い。


アサウラバニラのころからこういうところがあって、物語少女大人社会)という対比ではなく少女少女という2者間の関係性で回収することで、俎上に載せたはずの搾取構造をうやむやにしようとする。要するに百合を出せば他がザルでもオタクブヒブヒ鳴くんだろという作り手の舐めた態度がアニメから透けて見えてキモいという話なんだが、増上慢になるだけのウェルメイドな仕上がりになっていてそれもまたなんか鼻につく。


まあしかしこういうザ・老害みたいな感想を書くと自分老いを感じて嫌になるね。たぶん若い世代はああいうのなんの疑問も持たずスッと面白がれるんだろうな。


https://anond.hatelabo.jp/20220806182309


 しかし、これはぼくにはやはり表面的な批判に過ぎないように思える。「うやむやにしようとする」も何も、全然うやむやになっていないよね?と。


 「社会正義平和を守る組織」としてのDA欺瞞はあまりにもあきらかであり、ごく平凡な視聴者でも確実に気づくことではないでしょうか。じっさい、監督インタビューでもその点は触れられている。


――完成した作品を見ても、2人の関係性は大きな軸としてありました。ただ、DAという謎の組織が、犯罪を力で抑止しているというのも軸として描かれていますよね。


足立子供が銃を持って仕事をしているってことは、誰か大人に強いられているということになるでしょ?きっと悪い大人が、騙してるんだろう。「君たちは良いことをしてるんだぞっ」ってね。DAがしていることの是非は視聴者に考えてもらいたいところですね。


――それが第1話の冒頭で紹介されているわけですが、この世界の仕組み的なところは、とても面白い発想だと思いました。


足立:確かな事実として、日本世界の中でも極めて治安が良く平和で、その自認もありますよね。でもそれを支えているのが、全然知られていない闇の組織で、社会性の無い人を何千年も前から秘密裏に殺してきたから、規範意識の高い人しか子孫を残せなかった。だから日本人全体がだんだんそうなっていったんだ、みたいな設定はどうだろうかという提案をしたんです。監視社会に対するアイロニーあるかな


要するに、みんなが知っている事実を、大きな“ウソ”が支えていたという構造にしようと思って、DAがどんな組織なのかをアサウラさんに考えてもらったという感じですね。


https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1656605844


 ようは「大人たちが子供たちをだまして搾取している欺瞞構造」は制作者側により作品の一部として自覚的に提示されているのであって、単にその点を指摘するだけでは作品批評したことにはならないのです。


 そして、個人的感覚としては、まず大半の視聴者はその提示を正確に受け止めることができていると感じます。つまり、この欺瞞的なディストピアユートピア構造はこの作品を語る上で、気付かなくては話にならない「当然の前提」であり、そしてじっさいに大半の視聴者は気付いている。


 とすれば、この認識の上にさら議論を重ねていくべきでしょう。ちなみに、上記匿名ダイアリーでは「リアリティライン」が「ガバガバであるという指摘もなされていますが、これもあきらかに意図的ものでしょう。


 「現代日本では女子高生が最も警戒されないか子供たちに銃を持たせて戦わせることには合理性があるのだ!」という設定は控えめにいっても荒唐無稽というしかなく、通常の意味でのリアリティはまったくありません。


 さらにその女の子たちのうちのふたり喫茶店に勤めながら殺人が絡む仕事をしているって、いや、ふつうに考えればありえないとしかいいようがないでしょ。しかし、だからダメなのかといえばそうではない。


 このあからさまにめちゃくちゃな設定は『リコリコ』がリアルアクションストーリーというよりは一種寓話志向していると見るべきです。この作品はおそらく意図的ウソくさく、うさん臭い印象を与えるように設定が練り上げられている。


 そして、そのウソくささ、うさん臭さがひとつの魅力にまで昇華されている。だから、「リアリティがないじゃないか!」と指摘することには意味がない。まずはそこに込められた皮肉寓意を見て取るべきなのです。


 それでは、その欺瞞的かつ偽善的かつ人工的な、「まるでリアリティがない」設定と物語を通して『リコリコ』が描こうとしているものは何か。それは「子供犠牲にして成立している社会」の欺瞞だと考えます


 まさに上記匿名ダイアリー批判されている、子供たちを「消費」することで成立している日本アニメ産業欺瞞でもある。


 評論家杉田俊介は、新海誠監督映画『天気の子』について、このように書いています


ひとまず重要なのは、『天気の子』は、日本アニメ批判するアニメ、「アニメ化する日本現実」を批判するアニメである、ということだ。「アニメ化する日本現実」とは、少女人柱アイドル犠牲搾取によって多数派幸福となり、現実を見まいとし、責任回避するような現実のことである物語最初の方に、風俗店求人宣伝を行う「バニラトラック」が印象的に登場すること、陽菜チンピラに騙されて新宿性風俗的な店で働きかけることなどは、意図的演出だろう)。


https://gendai.media/articles/-/78976


 ぼくは杉田の『天気の子』論にはまったく賛同しませんが、ひとまずこの「見立て」は面白いと思う。


 杉田の指摘をこのようにいい換えてもまったく違和感がないのではないでしょうか。「「アニメ化する日本現実」とは、少女リコリスアイドル犠牲搾取によって多数派幸福となり、現実を見まいとし、責任回避するような現実のことである」。


 つまり、『天気の子』は、そして『リコリコ』もまた、日本アニメと、日本アニメに似た構造になりつつある(なってしまっている?)日本社会構造のもの批評的に設定に抱え込んだ「メタ日本アニメであるわけです。


 『リコリコ』の設定はあまりにも「リアリティがない」かたちで矛盾欺瞞偽善を抱え込んでいますが、それは視聴者に対する問題提起なのです。これは杉田が挙げている「アイドル」の問題とも一脈通じるものがあると思います


 その意味で、『リコリコ』は、じつは一種アイドルアニメなんですよ! な、なんだってー。まあ、それはひとつの「見立て」に過ぎませんが、じっさい、アイドル界隈のほうでもこの「ファンによるアイドルの抑圧」問題はしばしば議論されているようです。


 たとえば、『アイドルについて葛藤しながら考えてみた』というアイドル現象批評の本では、このような問題が取り上げられています


今日アイドルは広く普遍的な人気を獲得し、多様なスタイル可能性をもつジャンルとしても注目されている。しかし、同時に多くの難点を抱え込んでいることも見過ごせない。

暗黙の「恋愛禁止ルールとその背景にある異性愛主義、「年齢いじり」や一定の年齢での「卒業」という慣習に表れるエイジズム、あからさまに可視化されるルッキズムSNSを通じて四六時中切り売りされるパーソナリティ……。アイドルというジャンルは、現実アイドルとして生きる人に抑圧を強いる構造的な問題を抱え続けている。スキャンダルトラブルが発生して、旧態依然ともいえるアイドル界の「常識」のあり方が浮き彫りになるたび、ファンの間では答えが出ない議論が繰り返されている。


その一方で、自らの表現模索しながら主体的ステージに立ち、とき演者同士で連帯して目標を達成しようとするアイドルたちの実践は、人々をエンパワーメントするものでもある。そして、ファンのなかでも、アイドル本人に身勝手欲望規範押し付けることと裏表でもある「推す」(≒消費する)ことに対して、後ろめたさを抱く人が増えている。


https://www.amazon.co.jp/dp/478727449X/


 アニメ場合美少女キャラクターたちは実在しないのでアイドル業界ほど問題は先鋭化しないようにも思えますが、そのキャラクターを支持しているはずのファンキャラクターに「身勝手欲望規範押し付け」て「消費」している構造は同じです。


 そして、その「大人たちが子供たちをだまして食い物にしている」欺瞞構造現在日本社会全体を象徴するものでもある。『リコリコ』や『天気の子』は(そして『Gunslinger girl』も)この問題テーマとして作品内にメタ的に胚胎しているといえます


 もっとも、この児童搾取問題は、文学的に見れば遥か昔の作品にも見て取れるものであり、きわめて普遍性の高いテーマであるということもできます


 この問題に関して文芸作品を振り返るとき、だれもが即座に思い浮かべるのがドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟であることは論を待たないでしょう。


 この小説のなかで、イワンカラマーゾフは、弟のアリョーシャに向かって、神話的な過去原罪を犯した人間たちは「神の国」へ迎え入れられるために苦しみを耐えなければならないというキリスト教論理を踏まえ、そんなことは子供たちには何の関係もないじゃないかと語ります


 そして、たったひとりの子供の苦しみを理由にでも、自分は「最高の調和」を拒絶するというのです。


 俺は一般的人類の苦悩について話すつもりだったんだが、むしろ子供たちの苦悩にだけ話をしぼるほうがいいだろう。俺の論証の規模は十分の一に縮められてしまうけど、それでも子供だけに話をしぼったほうがよさそうだ。もちろん、俺にとってはそれだけ有利じゃなくなるがね。しかし、しかし、第一相手子供なら、身近な場合でさえ愛することができるし、汚ならしい子でも、顔の醜い子でも愛することができる(もっとも俺には、子供というのは決して顔が醜いなんてことはないように思えるがね)。第二に、俺がまだ大人について語ろうとしないのでは、大人はいやらしくて愛に値しないという以外に、大人には神罰もあるからなんだ。彼らは知恵の実を食べてしまったために、善悪を知り、≪神のごとく≫になった。今でも食べつづけているよ。ところが子供たちは何も食べなかったから、今のところまだ何の罪もないのだ。


(中略)


 まだ時間のあるうちに、俺は急いで自己防衛しておいて、そんな最高の調和なんぞ全面的拒否するんだ。そんな調和は、小さなあの痛めつけられた子供一人の涙にさえ値しないよ!


 つまりイワンはここで子供犠牲にして成り立つユートピア欺瞞告発している。(続く)

リコリス・リコイル』はドストエフスキー児童搾取テーマに通じるメタアイドルサバイバルアニメの傑作だ!

 ども、皆さん、アニメリコリス・リコイル』観ています? めちゃくちゃ面白いですね! 後世に残る名作かといったら必ずしもそうとはいえないと思うのだけれど、少なくとも「いま」、このときリアルタイムで見る作品としては破格に面白い


 一方でいったいこの面白さの正体は何なのだろうと考えてみてもうまく言語化できないわけで、何かこう、隔靴掻痒のもどかしさを感じないでもない。第一話を観た時点で直観的に「これは新しい!」と思ったのだけれど、その「新しさ」を言葉にしようとするとうまくいかない。


 そこで、以下ではなるべくていねいに『リコリコ』の「面白さ」と「新しさ」を的確な言葉に置き換えていきたいと思う。読んでね。


 さて、まず、いま人気絶頂の『リコリコ』についていえることは、これが何か非常に「不穏」なものを秘めた作品だということです。


 一見すると現代日本と同じように平和社会舞台にしているようで、そこでは「リコリス」と呼ばれる高校生くらいの女の子たちがその平和を守るために命がけで戦っている。そして、じっさいにどんどん死んでいる。


 このグロテスクともいえる構造が、第一話の冒頭の時点であっさりと、あたりまえのことであるかのようにライトかつスムーズ説明されている。


 しかし、もちろんこれはまったく「あたりまえのこと」ではありません。年端もいかない少女たちが銃を持って戦う。戦わされている。そこにはあからさまに倫理的問題がある。この「少女と銃」というコンセプトについて、原案アサウラさんはインタビューでこのように述べています


アサウラ:柏田さんが読んでくれていたのが僕の「デスニードラウンド」という小説で、これが最初から最後まで銃を撃ち続けるような作品なんです。それを読んで僕を呼んでくれたので、銃が出てくることは決まっていました。女の子と銃で何かをやってくれという感じだったと思います


https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1656464389


 最初の時点から少女と銃」がメインコンセプトだったわけですね。すでに指摘されているとおり、この「少女と銃」というコンセプトには先行作品系譜があります虚淵玄最初期の作品として知られる『Phantom of Infelno』がそうだし、『NOIR /ノワール』などのアニメもある。


 現在アニメ業界ではもはや「美少女ガンアクションもの」はひとつジャンルといっても良いかもしれません。


 ちょっと現実的に考えればかぼそい体格の女の子がそうそう的確に銃を操れるわけがないと思えるわけですが、そこの違和感ねじ伏せてでも少女と銃を組み合わせることにはある種のフェティッシュな魅力があるのだと思います


 それらの先行作品のなかで、おそらく最も重要で、しかも『リコリコ』に近いのは相田裕の『Gunslinger girl』です。


 これは洗脳されてテロリストと戦う少女たちと、彼女たちとコンビを組んで戦う男性たちを描いた物語で、「平和社会を維持するため少女たちが陰で戦っている」というところが『リコリコ』と共通していますね。このタイトルは『リコリコ』の監督インタビューで直接的に言及されています


――足立さんが入って、物語が明るい空気になったそうですね。


足立アニメを見て暗い気分になったりするのは、今はあんまり求められていない気がするかなって…。自分DVD買うくらい『GUNSLINGER GIRL』が好きなだけに、そのフィールドでは勝てないと思いましたし、ポイントをずらしたほうがいいんじゃないですかねっていう話は初日にしたと思います


https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1656605844


 この言及を見ると、『リコリコ』と『Gunslinger girl』の設定上の共通項は意識的ものであることがわかります。ただ、その一方で「ポイントをずらした」と語られているとおり、『リコリコ』と『Gunslinger girl』には決定的な差異がある。


 ひとつパートナー役の大人がいないことで、もうひとつ少女たちが洗脳されておらず、自分意思戦闘に参加していることです。


 前者に関しては原案アサウラさんの作風かもしれません。アサウラさんは過去にも少女たちが「百合」的にコンビを組んで戦う作品を書いているようですから(筆者は未読)。


 しかし、決定的に重要なのは後者でしょう。『Gunslinger girl』の洗脳されて戦う少女たちに対して、『リコリコ』のリコリスたちは(少なくとも表面的には)自発的意思で戦っているわけです。


 もちろん、「自発的意思なのだから問題ない」ということにはならない。リコリスたちはみな孤児であり、「戦うことしか選択肢がない」状況に置かれているともいえる。リコリスたちが「大人」たちに搾取され、かりそめの平和のための犠牲として利用されていることは間違いないでしょう。


 きわめていびつかつ不自然かつ欺瞞的な構造です。このディストピア的ともいえる構造をどう見るかが『リコリコ』を批評的に判定するときひとつのカギとなる。この点に関して批判的に触れた記事はてな匿名ダイアリー投稿されています


前線少女と銃後の大人という構造からガンスリ(とかエヴァとかあのへん)の亜種として良いと思うが、それら先行作品と比べたときリコリス少女のみで構成される理由(※)や、少女前線に立たせる搾取構造に対する大人側の自覚とか罪悪感がすっぽり抜け落ちていてさすがに気味が悪い。


アサウラバニラのころからこういうところがあって、物語少女大人社会)という対比ではなく少女少女という2者間の関係性で回収することで、俎上に載せたはずの搾取構造をうやむやにしようとする。要するに百合を出せば他がザルでもオタクブヒブヒ鳴くんだろという作り手の舐めた態度がアニメから透けて見えてキモいという話なんだが、増上慢になるだけのウェルメイドな仕上がりになっていてそれもまたなんか鼻につく。


まあしかしこういうザ・老害みたいな感想を書くと自分老いを感じて嫌になるね。たぶん若い世代はああいうのなんの疑問も持たずスッと面白がれるんだろうな。


https://anond.hatelabo.jp/20220806182309


 しかし、これはぼくにはやはり表面的な批判に過ぎないように思える。「うやむやにしようとする」も何も、全然うやむやになっていないよね?と。


 「社会正義平和を守る組織」としてのDA欺瞞はあまりにもあきらかであり、ごく平凡な視聴者でも確実に気づくことではないでしょうか。じっさい、監督インタビューでもその点は触れられている。


――完成した作品を見ても、2人の関係性は大きな軸としてありました。ただ、DAという謎の組織が、犯罪を力で抑止しているというのも軸として描かれていますよね。


足立子供が銃を持って仕事をしているってことは、誰か大人に強いられているということになるでしょ?きっと悪い大人が、騙してるんだろう。「君たちは良いことをしてるんだぞっ」ってね。DAがしていることの是非は視聴者に考えてもらいたいところですね。


――それが第1話の冒頭で紹介されているわけですが、この世界の仕組み的なところは、とても面白い発想だと思いました。


足立:確かな事実として、日本世界の中でも極めて治安が良く平和で、その自認もありますよね。でもそれを支えているのが、全然知られていない闇の組織で、社会性の無い人を何千年も前から秘密裏に殺してきたから、規範意識の高い人しか子孫を残せなかった。だから日本人全体がだんだんそうなっていったんだ、みたいな設定はどうだろうかという提案をしたんです。監視社会に対するアイロニーあるかな


要するに、みんなが知っている事実を、大きな“ウソ”が支えていたという構造にしようと思って、DAがどんな組織なのかをアサウラさんに考えてもらったという感じですね。


https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1656605844


 ようは「大人たちが子供たちをだまして搾取している欺瞞構造」は制作者側により作品の一部として自覚的に提示されているのであって、単にその点を指摘するだけでは作品批評したことにはならないのです。


 そして、個人的感覚としては、まず大半の視聴者はその提示を正確に受け止めることができていると感じます。つまり、この欺瞞的なディストピアユートピア構造はこの作品を語る上で、気付かなくては話にならない「当然の前提」であり、そしてじっさいに大半の視聴者は気付いている。


 とすれば、この認識の上にさら議論を重ねていくべきでしょう。ちなみに、上記匿名ダイアリーでは「リアリティライン」が「ガバガバであるという指摘もなされていますが、これもあきらかに意図的ものでしょう。


 「現代日本では女子高生が最も警戒されないか子供たちに銃を持たせて戦わせることには合理性があるのだ!」という設定は控えめにいっても荒唐無稽というしかなく、通常の意味でのリアリティはまったくありません。


 さらにその女の子たちのうちのふたり喫茶店に勤めながら殺人が絡む仕事をしているって、いや、ふつうに考えればありえないとしかいいようがないでしょ。しかし、だからダメなのかといえばそうではない。


 このあからさまにめちゃくちゃな設定は『リコリコ』がリアルアクションストーリーというよりは一種寓話志向していると見るべきです。この作品はおそらく意図的ウソくさく、うさん臭い印象を与えるように設定が練り上げられている。


 そして、そのウソくささ、うさん臭さがひとつの魅力にまで昇華されている。だから、「リアリティがないじゃないか!」と指摘することには意味がない。まずはそこに込められた皮肉寓意を見て取るべきなのです。


 それでは、その欺瞞的かつ偽善的かつ人工的な、「まるでリアリティがない」設定と物語を通して『リコリコ』が描こうとしているものは何か。それは「子供犠牲にして成立している社会」の欺瞞だと考えます


 まさに上記匿名ダイアリー批判されている、子供たちを「消費」することで成立している日本アニメ産業欺瞞でもある。


 評論家杉田俊介は、新海誠監督映画『天気の子』について、このように書いています


ひとまず重要なのは、『天気の子』は、日本アニメ批判するアニメ、「アニメ化する日本現実」を批判するアニメである、ということだ。「アニメ化する日本現実」とは、少女人柱アイドル犠牲搾取によって多数派幸福となり、現実を見まいとし、責任回避するような現実のことである物語最初の方に、風俗店求人宣伝を行う「バニラトラック」が印象的に登場すること、陽菜チンピラに騙されて新宿性風俗的な店で働きかけることなどは、意図的演出だろう)。


https://gendai.media/articles/-/78976


 ぼくは杉田の『天気の子』論にはまったく賛同しませんが、ひとまずこの「見立て」は面白いと思う。


 杉田の指摘をこのようにいい換えてもまったく違和感がないのではないでしょうか。「「アニメ化する日本現実」とは、少女リコリスアイドル犠牲搾取によって多数派幸福となり、現実を見まいとし、責任回避するような現実のことである」。


 つまり、『天気の子』は、そして『リコリコ』もまた、日本アニメと、日本アニメに似た構造になりつつある(なってしまっている?)日本社会構造のもの批評的に設定に抱え込んだ「メタ日本アニメであるわけです。


 『リコリコ』の設定はあまりにも「リアリティがない」かたちで矛盾欺瞞偽善を抱え込んでいますが、それは視聴者に対する問題提起なのです。これは杉田が挙げている「アイドル」の問題とも一脈通じるものがあると思います


 その意味で、『リコリコ』は、じつは一種アイドルアニメなんですよ! な、なんだってー。まあ、それはひとつの「見立て」に過ぎませんが、じっさい、アイドル界隈のほうでもこの「ファンによるアイドルの抑圧」問題はしばしば議論されているようです。


 たとえば、『アイドルについて葛藤しながら考えてみた』というアイドル現象批評の本では、このような問題が取り上げられています


今日アイドルは広く普遍的な人気を獲得し、多様なスタイル可能性をもつジャンルとしても注目されている。しかし、同時に多くの難点を抱え込んでいることも見過ごせない。

暗黙の「恋愛禁止ルールとその背景にある異性愛主義、「年齢いじり」や一定の年齢での「卒業」という慣習に表れるエイジズム、あからさまに可視化されるルッキズムSNSを通じて四六時中切り売りされるパーソナリティ……。アイドルというジャンルは、現実アイドルとして生きる人に抑圧を強いる構造的な問題を抱え続けている。スキャンダルトラブルが発生して、旧態依然ともいえるアイドル界の「常識」のあり方が浮き彫りになるたび、ファンの間では答えが出ない議論が繰り返されている。


その一方で、自らの表現模索しながら主体的ステージに立ち、とき演者同士で連帯して目標を達成しようとするアイドルたちの実践は、人々をエンパワーメントするものでもある。そして、ファンのなかでも、アイドル本人に身勝手欲望規範押し付けることと裏表でもある「推す」(≒消費する)ことに対して、後ろめたさを抱く人が増えている。


https://www.amazon.co.jp/dp/478727449X/


 アニメ場合美少女キャラクターたちは実在しないのでアイドル業界ほど問題は先鋭化しないようにも思えますが、そのキャラクターを支持しているはずのファンキャラクターに「身勝手欲望規範押し付け」て「消費」している構造は同じです。


 そして、その「大人たちが子供たちをだまして食い物にしている」欺瞞構造現在日本社会全体を象徴するものでもある。『リコリコ』や『天気の子』は(そして『Gunslinger girl』も)この問題テーマとして作品内にメタ的に胚胎しているといえます


 もっとも、この児童搾取問題は、文学的に見れば遥か昔の作品にも見て取れるものであり、きわめて普遍性の高いテーマであるということもできます


 この問題に関して文芸作品を振り返るとき、だれもが即座に思い浮かべるのがドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟であることは論を待たないでしょう。


 この小説のなかで、イワンカラマーゾフは、弟のアリョーシャに向かって、神話的な過去原罪を犯した人間たちは「神の国」へ迎え入れられるために苦しみを耐えなければならないというキリスト教論理を踏まえ、そんなことは子供たちには何の関係もないじゃないかと語ります


 そして、たったひとりの子供の苦しみを理由にでも、自分は「最高の調和」を拒絶するというのです。


 俺は一般的人類の苦悩について話すつもりだったんだが、むしろ子供たちの苦悩にだけ話をしぼるほうがいいだろう。俺の論証の規模は十分の一に縮められてしまうけど、それでも子供だけに話をしぼったほうがよさそうだ。もちろん、俺にとってはそれだけ有利じゃなくなるがね。しかし、しかし、第一相手子供なら、身近な場合でさえ愛することができるし、汚ならしい子でも、顔の醜い子でも愛することができる(もっとも俺には、子供というのは決して顔が醜いなんてことはないように思えるがね)。第二に、俺がまだ大人について語ろうとしないのでは、大人はいやらしくて愛に値しないという以外に、大人には神罰もあるからなんだ。彼らは知恵の実を食べてしまったために、善悪を知り、≪神のごとく≫になった。今でも食べつづけているよ。ところが子供たちは何も食べなかったから、今のところまだ何の罪もないのだ。


(中略)


 まだ時間のあるうちに、俺は急いで自己防衛しておいて、そんな最高の調和なんぞ全面的拒否するんだ。そんな調和は、小さなあの痛めつけられた子供一人の涙にさえ値しないよ!


 つまりイワンはここで子供犠牲にして成り立つユートピア欺瞞告発している。これは、『天気の子

リコリス・リコイル』はドストエフスキー児童搾取テーマに通じる

 ども、皆さん、アニメリコリス・リコイル』観ています? めちゃくちゃ面白いですね! 後世に残る名作かといったら必ずしもそうとはいえないと思うのだけれど、少なくとも「いま」、このときリアルタイムで見る作品としては破格に面白い


 一方でいったいこの面白さの正体は何なのだろうと考えてみてもうまく言語化できないわけで、何かこう、隔靴掻痒のもどかしさを感じないでもない。第一話を観た時点で直観的に「これは新しい!」と思ったのだけれど、その「新しさ」を言葉にしようとするとうまくいかない。


 そこで、以下ではなるべくていねいに『リコリコ』の「面白さ」と「新しさ」を的確な言葉に置き換えていきたいと思う。読んでね。


 さて、まず、いま人気絶頂の『リコリコ』についていえることは、これが何か非常に「不穏」なものを秘めた作品だということです。


 一見すると現代日本と同じように平和社会舞台にしているようで、そこでは「リコリス」と呼ばれる高校生くらいの女の子たちがその平和を守るために命がけで戦っている。そして、じっさいにどんどん死んでいる。


 このグロテスクともいえる構造が、第一話の冒頭の時点であっさりと、あたりまえのことであるかのようにライトかつスムーズ説明されている。


 しかし、もちろんこれはまったく「あたりまえのこと」ではありません。年端もいかない少女たちが銃を持って戦う。戦わされている。そこにはあからさまに倫理的問題がある。この「少女と銃」というコンセプトについて、原案アサウラさんはインタビューでこのように述べています


アサウラ:柏田さんが読んでくれていたのが僕の「デスニードラウンド」という小説で、これが最初から最後まで銃を撃ち続けるような作品なんです。それを読んで僕を呼んでくれたので、銃が出てくることは決まっていました。女の子と銃で何かをやってくれという感じだったと思います


https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1656464389


 最初の時点から少女と銃」がメインコンセプトだったわけですね。すでに指摘されているとおり、この「少女と銃」というコンセプトには先行作品系譜があります虚淵玄最初期の作品として知られる『Phantom of Infelno』がそうだし、『NOIR /ノワール』などのアニメもある。


 現在アニメ業界ではもはや「美少女ガンアクションもの」はひとつジャンルといっても良いかもしれません。


 ちょっと現実的に考えればかぼそい体格の女の子がそうそう的確に銃を操れるわけがないと思えるわけですが、そこの違和感ねじ伏せてでも少女と銃を組み合わせることにはある種のフェティッシュな魅力があるのだと思います


 それらの先行作品のなかで、おそらく最も重要で、しかも『リコリコ』に近いのは相田裕の『Gunslinger girl』です。


 これは洗脳されてテロリストと戦う少女たちと、彼女たちとコンビを組んで戦う男性たちを描いた物語で、「平和社会を維持するため少女たちが陰で戦っている」というところが『リコリコ』と共通していますね。このタイトルは『リコリコ』の監督インタビューで直接的に言及されています


――足立さんが入って、物語が明るい空気になったそうですね。


足立アニメを見て暗い気分になったりするのは、今はあんまり求められていない気がするかなって…。自分DVD買うくらい『GUNSLINGER GIRL』が好きなだけに、そのフィールドでは勝てないと思いましたし、ポイントをずらしたほうがいいんじゃないですかねっていう話は初日にしたと思います


https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1656605844


 この言及を見ると、『リコリコ』と『Gunslinger girl』の設定上の共通項は意識的ものであることがわかります。ただ、その一方で「ポイントをずらした」と語られているとおり、『リコリコ』と『Gunslinger girl』には決定的な差異がある。


 ひとつパートナー役の大人がいないことで、もうひとつ少女たちが洗脳されておらず、自分意思戦闘に参加していることです。


 前者に関しては原案アサウラさんの作風かもしれません。アサウラさんは過去にも少女たちが「百合」的にコンビを組んで戦う作品を書いているようですから(筆者は未読)。


 しかし、決定的に重要なのは後者でしょう。『Gunslinger girl』の洗脳されて戦う少女たちに対して、『リコリコ』のリコリスたちは(少なくとも表面的には)自発的意思で戦っているわけです。


 もちろん、「自発的意思なのだから問題ない」ということにはならない。リコリスたちはみな孤児であり、「戦うことしか選択肢がない」状況に置かれているともいえる。リコリスたちが「大人」たちに搾取され、かりそめの平和のための犠牲として利用されていることは間違いないでしょう。


 きわめていびつかつ不自然かつ欺瞞的な構造です。このディストピア的ともいえる構造をどう見るかが『リコリコ』を批評的に判定するときひとつのカギとなる。この点に関して批判的に触れた記事はてな匿名ダイアリー投稿されています


前線少女と銃後の大人という構造からガンスリ(とかエヴァとかあのへん)の亜種として良いと思うが、それら先行作品と比べたときリコリス少女のみで構成される理由(※)や、少女前線に立たせる搾取構造に対する大人側の自覚とか罪悪感がすっぽり抜け落ちていてさすがに気味が悪い。


アサウラバニラのころからこういうところがあって、物語少女大人社会)という対比ではなく少女少女という2者間の関係性で回収することで、俎上に載せたはずの搾取構造をうやむやにしようとする。要するに百合を出せば他がザルでもオタクブヒブヒ鳴くんだろという作り手の舐めた態度がアニメから透けて見えてキモいという話なんだが、増上慢になるだけのウェルメイドな仕上がりになっていてそれもまたなんか鼻につく。


まあしかしこういうザ・老害みたいな感想を書くと自分老いを感じて嫌になるね。たぶん若い世代はああいうのなんの疑問も持たずスッと面白がれるんだろうな。


https://anond.hatelabo.jp/20220806182309


 しかし、これはぼくにはやはり表面的な批判に過ぎないように思える。「うやむやにしようとする」も何も、全然うやむやになっていないよね?と。


 「社会正義平和を守る組織」としてのDA欺瞞はあまりにもあきらかであり、ごく平凡な視聴者でも確実に気づくことではないでしょうか。じっさい、監督インタビューでもその点は触れられている。


――完成した作品を見ても、2人の関係性は大きな軸としてありました。ただ、DAという謎の組織が、犯罪を力で抑止しているというのも軸として描かれていますよね。


足立子供が銃を持って仕事をしているってことは、誰か大人に強いられているということになるでしょ?きっと悪い大人が、騙してるんだろう。「君たちは良いことをしてるんだぞっ」ってね。DAがしていることの是非は視聴者に考えてもらいたいところですね。


――それが第1話の冒頭で紹介されているわけですが、この世界の仕組み的なところは、とても面白い発想だと思いました。


足立:確かな事実として、日本世界の中でも極めて治安が良く平和で、その自認もありますよね。でもそれを支えているのが、全然知られていない闇の組織で、社会性の無い人を何千年も前から秘密裏に殺してきたから、規範意識の高い人しか子孫を残せなかった。だから日本人全体がだんだんそうなっていったんだ、みたいな設定はどうだろうかという提案をしたんです。監視社会に対するアイロニーあるかな


要するに、みんなが知っている事実を、大きな“ウソ”が支えていたという構造にしようと思って、DAがどんな組織なのかをアサウラさんに考えてもらったという感じですね。


https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1656605844


 ようは「大人たちが子供たちをだまして搾取している欺瞞構造」は制作者側により作品の一部として自覚的に提示されているのであって、単にその点を指摘するだけでは作品批評したことにはならないのです。


 そして、個人的感覚としては、まず大半の視聴者はその提示を正確に受け止めることができていると感じます。つまり、この欺瞞的なディストピアユートピア構造はこの作品を語る上で、気付かなくては話にならない「当然の前提」であり、そしてじっさいに大半の視聴者は気付いている。


 とすれば、この認識の上にさら議論を重ねていくべきでしょう。ちなみに、上記匿名ダイアリーでは「リアリティライン」が「ガバガバであるという指摘もなされていますが、これもあきらかに意図的ものでしょう。


 「現代日本では女子高生が最も警戒されないか子供たちに銃を持たせて戦わせることには合理性があるのだ!」という設定は控えめにいっても荒唐無稽というしかなく、通常の意味でのリアリティはまったくありません。


 さらにその女の子たちのうちのふたり喫茶店に勤めながら殺人が絡む仕事をしているって、いや、ふつうに考えればありえないとしかいいようがないでしょ。しかし、だからダメなのかといえばそうではない。


 このあからさまにめちゃくちゃな設定は『リコリコ』がリアルアクションストーリーというよりは一種寓話志向していると見るべきです。この作品はおそらく意図的ウソくさく、うさん臭い印象を与えるように設定が練り上げられている。


 そして、そのウソくささ、うさん臭さがひとつの魅力にまで昇華されている。だから、「リアリティがないじゃないか!」と指摘することには意味がない。まずはそこに込められた皮肉寓意を見て取るべきなのです。


 それでは、その欺瞞的かつ偽善的かつ人工的な、「まるでリアリティがない」設定と物語を通して『リコリコ』が描こうとしているものは何か。それは「子供犠牲にして成立している社会」の欺瞞だと考えます


 まさに上記匿名ダイアリー批判されている、子供たちを「消費」することで成立している日本アニメ産業欺瞞でもある。


 評論家杉田俊介は、新海誠監督映画『天気の子』について、このように書いています


ひとまず重要なのは、『天気の子』は、日本アニメ批判するアニメ、「アニメ化する日本現実」を批判するアニメである、ということだ。「アニメ化する日本現実」とは、少女人柱アイドル犠牲搾取によって多数派幸福となり、現実を見まいとし、責任回避するような現実のことである物語最初の方に、風俗店求人宣伝を行う「バニラトラック」が印象的に登場すること、陽菜チンピラに騙されて新宿性風俗的な店で働きかけることなどは、意図的演出だろう)。


https://gendai.media/articles/-/78976


 ぼくは杉田の『天気の子』論にはまったく賛同しませんが、ひとまずこの「見立て」は面白いと思う。


 杉田の指摘をこのようにいい換えてもまったく違和感がないのではないでしょうか。「「アニメ化する日本現実」とは、少女リコリスアイドル犠牲搾取によって多数派幸福となり、現実を見まいとし、責任回避するような現実のことである」。


 つまり、『天気の子』は、そして『リコリコ』もまた、日本アニメと、日本アニメに似た構造になりつつある(なってしまっている?)日本社会構造のもの批評的に設定に抱え込んだ「メタ日本アニメであるわけです。


 『リコリコ』の設定はあまりにも「リアリティがない」かたちで矛盾欺瞞偽善を抱え込んでいますが、それは視聴者に対する問題提起なのです。これは杉田が挙げている「アイドル」の問題とも一脈通じるものがあると思います


 その意味で、『リコリコ』は、じつは一種アイドルアニメなんですよ! な、なんだってー。まあ、それはひとつの「見立て」に過ぎませんが、じっさい、アイドル界隈のほうでもこの「ファンによるアイドルの抑圧」問題はしばしば議論されているようです。


 たとえば、『アイドルについて葛藤しながら考えてみた』というアイドル現象批評の本では、このような問題が取り上げられています


今日アイドルは広く普遍的な人気を獲得し、多様なスタイル可能性をもつジャンルとしても注目されている。しかし、同時に多くの難点を抱え込んでいることも見過ごせない。

暗黙の「恋愛禁止ルールとその背景にある異性愛主義、「年齢いじり」や一定の年齢での「卒業」という慣習に表れるエイジズム、あからさまに可視化されるルッキズムSNSを通じて四六時中切り売りされるパーソナリティ……。アイドルというジャンルは、現実アイドルとして生きる人に抑圧を強いる構造的な問題を抱え続けている。スキャンダルトラブルが発生して、旧態依然ともいえるアイドル界の「常識」のあり方が浮き彫りになるたび、ファンの間では答えが出ない議論が繰り返されている。


その一方で、自らの表現模索しながら主体的ステージに立ち、とき演者同士で連帯して目標を達成しようとするアイドルたちの実践は、人々をエンパワーメントするものでもある。そして、ファンのなかでも、アイドル本人に身勝手欲望規範押し付けることと裏表でもある「推す」(≒消費する)ことに対して、後ろめたさを抱く人が増えている。


https://www.amazon.co.jp/dp/478727449X/


 アニメ場合美少女キャラクターたちは実在しないのでアイドル業界ほど問題は先鋭化しないようにも思えますが、そのキャラクターを支持しているはずのファンキャラクターに「身勝手欲望規範押し付け」て「消費」している構造は同じです。


 そして、その「大人たちが子供たちをだまして食い物にしている」欺瞞構造現在日本社会全体を象徴するものでもある。『リコリコ』や『天気の子』は(そして『Gunslinger girl』も)この問題テーマとして作品内にメタ的に胚胎しているといえます


 もっとも、この児童搾取問題は、文学的に見れば遥か昔の作品にも見て取れるものであり、きわめて普遍性の高いテーマであるということもできます


 この問題に関して文芸作品を振り返るとき、だれもが即座に思い浮かべるのがドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟であることは論を待たないでしょう。


 この小説のなかで、イワンカラマーゾフは、弟のアリョーシャに向かって、神話的な過去原罪を犯した人間たちは「神の国」へ迎え入れられるために苦しみを耐えなければならないというキリスト教論理を踏まえ、そんなことは子供たちには何の関係もないじゃないかと語ります


 そして、たったひとりの子供の苦しみを理由にでも、自分は「最高の調和」を拒絶するというのです。


 俺は一般的人類の苦悩について話すつもりだったんだが、むしろ子供たちの苦悩にだけ話をしぼるほうがいいだろう。俺の論証の規模は十分の一に縮められてしまうけど、それでも子供だけに話をしぼったほうがよさそうだ。もちろん、俺にとってはそれだけ有利じゃなくなるがね。しかし、しかし、第一相手子供なら、身近な場合でさえ愛することができるし、汚ならしい子でも、顔の醜い子でも愛することができる(もっとも俺には、子供というのは決して顔が醜いなんてことはないように思えるがね)。第二に、俺がまだ大人について語ろうとしないのでは、大人はいやらしくて愛に値しないという以外に、大人には神罰もあるからなんだ。彼らは知恵の実を食べてしまったために、善悪を知り、≪神のごとく≫になった。今でも食べつづけているよ。ところが子供たちは何も食べなかったから、今のところまだ何の罪もないのだ。


(中略)


 まだ時間のあるうちに、俺は急いで自己防衛しておいて、そんな最高の調和なんぞ全面的拒否するんだ。そんな調和は、小さなあの痛めつけられた子供一人の涙にさえ値しないよ!


 つまりイワンはここで子供犠牲にして成り立つユートピア欺瞞告発している。これは、『天気の子

リコリス・リコイル』はドストエフスキー児童搾取テーマに通じる

 ども、皆さん、アニメリコリス・リコイル』観ています? めちゃくちゃ面白いですね! 後世に残る名作かといったら必ずしもそうとはいえないと思うのだけれど、少なくとも「いま」、このときリアルタイムで見る作品としては破格に面白い


 一方でいったいこの面白さの正体は何なのだろうと考えてみてもうまく言語化できないわけで、何かこう、隔靴掻痒のもどかしさを感じないでもない。第一話を観た時点で直観的に「これは新しい!」と思ったのだけれど、その「新しさ」を言葉にしようとするとうまくいかない。


 そこで、以下ではなるべくていねいに『リコリコ』の「面白さ」と「新しさ」を的確な言葉に置き換えていきたいと思う。読んでね。


 さて、まず、いま人気絶頂の『リコリコ』についていえることは、これが何か非常に「不穏」なものを秘めた作品だということです。


 一見すると現代日本と同じように平和社会舞台にしているようで、そこでは「リコリス」と呼ばれる高校生くらいの女の子たちがその平和を守るために命がけで戦っている。そして、じっさいにどんどん死んでいる。


 このグロテスクともいえる構造が、第一話の冒頭の時点であっさりと、あたりまえのことであるかのようにライトかつスムーズ説明されている。


 しかし、もちろんこれはまったく「あたりまえのこと」ではありません。年端もいかない少女たちが銃を持って戦う。戦わされている。そこにはあからさまに倫理的問題がある。この「少女と銃」というコンセプトについて、原案アサウラさんはインタビューでこのように述べています


アサウラ:柏田さんが読んでくれていたのが僕の「デスニードラウンド」という小説で、これが最初から最後まで銃を撃ち続けるような作品なんです。それを読んで僕を呼んでくれたので、銃が出てくることは決まっていました。女の子と銃で何かをやってくれという感じだったと思います


https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1656464389


 最初の時点から少女と銃」がメインコンセプトだったわけですね。すでに指摘されているとおり、この「少女と銃」というコンセプトには先行作品系譜があります虚淵玄最初期の作品として知られる『Phantom of Infelno』がそうだし、『NOIR /ノワール』などのアニメもある。


 現在アニメ業界ではもはや「美少女ガンアクションもの」はひとつジャンルといっても良いかもしれません。


 ちょっと現実的に考えればかぼそい体格の女の子がそうそう的確に銃を操れるわけがないと思えるわけですが、そこの違和感ねじ伏せてでも少女と銃を組み合わせることにはある種のフェティッシュな魅力があるのだと思います


 それらの先行作品のなかで、おそらく最も重要で、しかも『リコリコ』に近いのは相田裕の『Gunslinger girl』です。


 これは洗脳されてテロリストと戦う少女たちと、彼女たちとコンビを組んで戦う男性たちを描いた物語で、「平和社会を維持するため少女たちが陰で戦っている」というところが『リコリコ』と共通していますね。このタイトルは『リコリコ』の監督インタビューで直接的に言及されています


――足立さんが入って、物語が明るい空気になったそうですね。


足立アニメを見て暗い気分になったりするのは、今はあんまり求められていない気がするかなって…。自分DVD買うくらい『GUNSLINGER GIRL』が好きなだけに、そのフィールドでは勝てないと思いましたし、ポイントをずらしたほうがいいんじゃないですかねっていう話は初日にしたと思います


https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1656605844


 この言及を見ると、『リコリコ』と『Gunslinger girl』の設定上の共通項は意識的ものであることがわかります。ただ、その一方で「ポイントをずらした」と語られているとおり、『リコリコ』と『Gunslinger girl』には決定的な差異がある。


 ひとつパートナー役の大人がいないことで、もうひとつ少女たちが洗脳されておらず、自分意思戦闘に参加していることです。


 前者に関しては原案アサウラさんの作風かもしれません。アサウラさんは過去にも少女たちが「百合」的にコンビを組んで戦う作品を書いているようですから(筆者は未読)。


 しかし、決定的に重要なのは後者でしょう。『Gunslinger girl』の洗脳されて戦う少女たちに対して、『リコリコ』のリコリスたちは(少なくとも表面的には)自発的意思で戦っているわけです。


 もちろん、「自発的意思なのだから問題ない」ということにはならない。リコリスたちはみな孤児であり、「戦うことしか選択肢がない」状況に置かれているともいえる。リコリスたちが「大人」たちに搾取され、かりそめの平和のための犠牲として利用されていることは間違いないでしょう。


 きわめていびつかつ不自然かつ欺瞞的な構造です。このディストピア的ともいえる構造をどう見るかが『リコリコ』を批評的に判定するときひとつのカギとなる。この点に関して批判的に触れた記事はてな匿名ダイアリー投稿されています


前線少女と銃後の大人という構造からガンスリ(とかエヴァとかあのへん)の亜種として良いと思うが、それら先行作品と比べたときリコリス少女のみで構成される理由(※)や、少女前線に立たせる搾取構造に対する大人側の自覚とか罪悪感がすっぽり抜け落ちていてさすがに気味が悪い。


アサウラバニラのころからこういうところがあって、物語少女大人社会)という対比ではなく少女少女という2者間の関係性で回収することで、俎上に載せたはずの搾取構造をうやむやにしようとする。要するに百合を出せば他がザルでもオタクブヒブヒ鳴くんだろという作り手の舐めた態度がアニメから透けて見えてキモいという話なんだが、増上慢になるだけのウェルメイドな仕上がりになっていてそれもまたなんか鼻につく。


まあしかしこういうザ・老害みたいな感想を書くと自分老いを感じて嫌になるね。たぶん若い世代はああいうのなんの疑問も持たずスッと面白がれるんだろうな。


https://anond.hatelabo.jp/20220806182309


 しかし、これはぼくにはやはり表面的な批判に過ぎないように思える。「うやむやにしようとする」も何も、全然うやむやになっていないよね?と。


 「社会正義平和を守る組織」としてのDA欺瞞はあまりにもあきらかであり、ごく平凡な視聴者でも確実に気づくことではないでしょうか。じっさい、監督インタビューでもその点は触れられている。


――完成した作品を見ても、2人の関係性は大きな軸としてありました。ただ、DAという謎の組織が、犯罪を力で抑止しているというのも軸として描かれていますよね。


足立子供が銃を持って仕事をしているってことは、誰か大人に強いられているということになるでしょ?きっと悪い大人が、騙してるんだろう。「君たちは良いことをしてるんだぞっ」ってね。DAがしていることの是非は視聴者に考えてもらいたいところですね。


――それが第1話の冒頭で紹介されているわけですが、この世界の仕組み的なところは、とても面白い発想だと思いました。


足立:確かな事実として、日本世界の中でも極めて治安が良く平和で、その自認もありますよね。でもそれを支えているのが、全然知られていない闇の組織で、社会性の無い人を何千年も前から秘密裏に殺してきたから、規範意識の高い人しか子孫を残せなかった。だから日本人全体がだんだんそうなっていったんだ、みたいな設定はどうだろうかという提案をしたんです。監視社会に対するアイロニーあるかな


要するに、みんなが知っている事実を、大きな“ウソ”が支えていたという構造にしようと思って、DAがどんな組織なのかをアサウラさんに考えてもらったという感じですね。


https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1656605844


 ようは「大人たちが子供たちをだまして搾取している欺瞞構造」は制作者側により作品の一部として自覚的に提示されているのであって、単にその点を指摘するだけでは作品批評したことにはならないのです。


 そして、個人的感覚としては、まず大半の視聴者はその提示を正確に受け止めることができていると感じます。つまり、この欺瞞的なディストピアユートピア構造はこの作品を語る上で、気付かなくては話にならない「当然の前提」であり、そしてじっさいに大半の視聴者は気付いている。


 とすれば、この認識の上にさら議論を重ねていくべきでしょう。ちなみに、上記匿名ダイアリーでは「リアリティライン」が「ガバガバであるという指摘もなされていますが、これもあきらかに意図的ものでしょう。


 「現代日本では女子高生が最も警戒されないか子供たちに銃を持たせて戦わせることには合理性があるのだ!」という設定は控えめにいっても荒唐無稽というしかなく、通常の意味でのリアリティはまったくありません。


 さらにその女の子たちのうちのふたり喫茶店に勤めながら殺人が絡む仕事をしているって、いや、ふつうに考えればありえないとしかいいようがないでしょ。しかし、だからダメなのかといえばそうではない。


 このあからさまにめちゃくちゃな設定は『リコリコ』がリアルアクションストーリーというよりは一種寓話志向していると見るべきです。この作品はおそらく意図的ウソくさく、うさん臭い印象を与えるように設定が練り上げられている。


 そして、そのウソくささ、うさん臭さがひとつの魅力にまで昇華されている。だから、「リアリティがないじゃないか!」と指摘することには意味がない。まずはそこに込められた皮肉寓意を見て取るべきなのです。


 それでは、その欺瞞的かつ偽善的かつ人工的な、「まるでリアリティがない」設定と物語を通して『リコリコ』が描こうとしているものは何か。それは「子供犠牲にして成立している社会」の欺瞞だと考えます


 まさに上記匿名ダイアリー批判されている、子供たちを「消費」することで成立している日本アニメ産業欺瞞でもある。


 評論家杉田俊介は、新海誠監督映画『天気の子』について、このように書いています


ひとまず重要なのは、『天気の子』は、日本アニメ批判するアニメ、「アニメ化する日本現実」を批判するアニメである、ということだ。「アニメ化する日本現実」とは、少女人柱アイドル犠牲搾取によって多数派幸福となり、現実を見まいとし、責任回避するような現実のことである物語最初の方に、風俗店求人宣伝を行う「バニラトラック」が印象的に登場すること、陽菜チンピラに騙されて新宿性風俗的な店で働きかけることなどは、意図的演出だろう)。


https://gendai.media/articles/-/78976


 ぼくは杉田の『天気の子』論にはまったく賛同しませんが、ひとまずこの「見立て」は面白いと思う。


 杉田の指摘をこのようにいい換えてもまったく違和感がないのではないでしょうか。「「アニメ化する日本現実」とは、少女リコリスアイドル犠牲搾取によって多数派幸福となり、現実を見まいとし、責任回避するような現実のことである」。


 つまり、『天気の子』は、そして『リコリコ』もまた、日本アニメと、日本アニメに似た構造になりつつある(なってしまっている?)日本社会構造のもの批評的に設定に抱え込んだ「メタ日本アニメであるわけです。


 『リコリコ』の設定はあまりにも「リアリティがない」かたちで矛盾欺瞞偽善を抱え込んでいますが、それは視聴者に対する問題提起なのです。これは杉田が挙げている「アイドル」の問題とも一脈通じるものがあると思います


 その意味で、『リコリコ』は、じつは一種アイドルアニメなんですよ! な、なんだってー。まあ、それはひとつの「見立て」に過ぎませんが、じっさい、アイドル界隈のほうでもこの「ファンによるアイドルの抑圧」問題はしばしば議論されているようです。


 たとえば、『アイドルについて葛藤しながら考えてみた』というアイドル現象批評の本では、このような問題が取り上げられています


今日アイドルは広く普遍的な人気を獲得し、多様なスタイル可能性をもつジャンルとしても注目されている。しかし、同時に多くの難点を抱え込んでいることも見過ごせない。

暗黙の「恋愛禁止ルールとその背景にある異性愛主義、「年齢いじり」や一定の年齢での「卒業」という慣習に表れるエイジズム、あからさまに可視化されるルッキズムSNSを通じて四六時中切り売りされるパーソナリティ……。アイドルというジャンルは、現実アイドルとして生きる人に抑圧を強いる構造的な問題を抱え続けている。スキャンダルトラブルが発生して、旧態依然ともいえるアイドル界の「常識」のあり方が浮き彫りになるたび、ファンの間では答えが出ない議論が繰り返されている。


その一方で、自らの表現模索しながら主体的ステージに立ち、とき演者同士で連帯して目標を達成しようとするアイドルたちの実践は、人々をエンパワーメントするものでもある。そして、ファンのなかでも、アイドル本人に身勝手欲望規範押し付けることと裏表でもある「推す」(≒消費する)ことに対して、後ろめたさを抱く人が増えている。


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 アニメ場合美少女キャラクターたちは実在しないのでアイドル業界ほど問題は先鋭化しないようにも思えますが、そのキャラクターを支持しているはずのファンキャラクターに「身勝手欲望規範押し付け」て「消費」している構造は同じです。


 そして、その「大人たちが子供たちをだまして食い物にしている」欺瞞構造現在日本社会全体を象徴するものでもある。『リコリコ』や『天気の子』は(そして『Gunslinger girl』も)この問題テーマとして作品内にメタ的に胚胎しているといえます


 もっとも、この児童搾取問題は、文学的に見れば遥か昔の作品にも見て取れるものであり、きわめて普遍性の高いテーマであるということもできます


 この問題に関して文芸作品を振り返るとき、だれもが即座に思い浮かべるのがドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟であることは論を待たないでしょう。


 この小説のなかで、イワンカラマーゾフは、弟のアリョーシャに向かって、神話的な過去原罪を犯した人間たちは「神の国」へ迎え入れられるために苦しみを耐えなければならないというキリスト教論理を踏まえ、そんなことは子供たちには何の関係もないじゃないかと語ります


 そして、たったひとりの子供の苦しみを理由にでも、自分は「最高の調和」を拒絶するというのです。


 俺は一般的人類の苦悩について話すつもりだったんだが、むしろ子供たちの苦悩にだけ話をしぼるほうがいいだろう。俺の論証の規模は十分の一に縮められてしまうけど、それでも子供だけに話をしぼったほうがよさそうだ。もちろん、俺にとってはそれだけ有利じゃなくなるがね。しかし、しかし、第一相手子供なら、身近な場合でさえ愛することができるし、汚ならしい子でも、顔の醜い子でも愛することができる(もっとも俺には、子供というのは決して顔が醜いなんてことはないように思えるがね)。第二に、俺がまだ大人について語ろうとしないのでは、大人はいやらしくて愛に値しないという以外に、大人には神罰もあるからなんだ。彼らは知恵の実を食べてしまったために、善悪を知り、≪神のごとく≫になった。今でも食べつづけているよ。ところが子供たちは何も食べなかったから、今のところまだ何の罪もないのだ。


(中略)


 まだ時間のあるうちに、俺は急いで自己防衛しておいて、そんな最高の調和なんぞ全面的拒否するんだ。そんな調和は、小さなあの痛めつけられた子供一人の涙にさえ値しないよ!


 つまりイワンはここで子供犠牲にして成り立つユートピア欺瞞告発している。これは、『天気の子

好きな歌い出し17

They found our city under the water

彼らは僕たちの街を水底に見つけた!

これ歌の後のほうでも一切言及がない(たぶん)意味不明フレーズなんだけど、詩的ですげー好き 過去形なのがいい どういう意味なんだ

すごいぞ!エスパーのように俺は君の目を見て心を読める

ハイハイ、って感じの内容なんだけど、実際読めるっていう文脈では全然なく、強がりで言っているというところまでなんとなく伝わってくるのがイイ

Tengo un par de cosas tuyas tiradas en mi cuarto y no sé qué hacer

「部屋に君のものがいくつかほったらかしで、どうしたらいいかわかんないや」

失恋ソングの歌い出しとしてかなり好きなんですよね

やや投げやりな感じな歌い方とあいまって、なぜ「どうしたらいいかからない」のかは、長く付き合ってそれなりに繋がりのあった恋人との関係が、急になくなってしまたからだというのが、歌い出しだけでわかってしまう!

憧れのインディアは遠かったけれどカ-タ-スタイルフラットピッキングとケララ産できめて午前5時までならステップバイステップ踊ってあげるよそして僕の部屋においでよ

何言ってんの?

Timothy

ティモシーって歌で、1秒の前奏もなく、いきなりティモシーと歌い出す これに勝る歌い出しはないよ

さすらおう

さすらいって歌でさすらおう!って歌い出すのマジで性格がいい感じがする

Esta es la melodía de extrañar

Extrañarは恋しがる的な意味で、「これは恋しがることについてのメロディ」的な歌い出しなんすけど、まさにそのmelodía de extrañar曲名なのがいい

曲名言及する歌い出しって好きなんだよな

Life can be so vicious that we can’t even appreciate its purities

人生ときにあまり邪悪から、僕たちはその純粋さに気づけないことがある!

いいフレーズすぎる

こういう、人生を悪くいいながら良くもいうようなフレーズってすげえ好きなんすよ

これが歌い出しにくるのがまたいい

Volevo dirti tante cose ma non so da dove iniziare

「君に言いたかたことがたくさんあるんだけど、どこから始めていいかからない」

内容自体はまあフツーなんだけど、何がいいって、俺でも意味がわかる程度の文法・語彙だってところ!

厳密にいうとvolevoの時制の意味微妙にわかんないんだけど、でも大意はわかる!

〜したい、言う、たくさんの、こと、でも、〜ない、〜から、どこ、始める

奇跡的なまでに基礎単語構成されていてすごい

イタリア語の響きってかなり好きなんだけど、なんせ分からんので、たまにわかると嬉しい

I declare today that life is simply taking and not giving, England is mine, it owes me living

今日ぼくは宣言する、人生とはただ奪うことであり与えることではないと、イングランドはぼくのものだ、ぼくを養う義務がある」

俺もこういう感じの宣言したい!!!

I may not always love you

「君をいつだって愛するってことはないかもな」

名曲の歌い出しがクソみたいな宣言だとかなり嬉しい

I once had girl or should I say she had me

「むかし彼女がいたんだ、あるいは彼女に僕がいたというべきか」

ノルウェイの森だという意識を持って聴くと歌い出しかキモい感じがしてかなり良い

or should I sayの精神は大切にしていきたい

Busco a mi perro perdido

「いなくなった犬をさがしているんだ」

曲名El Perro、ザ・犬で、歌い出しがこれで、ずっと君が必要なんだって歌って、最後は「どこにいるんだい、友よ…」を連呼して終わる

マジで悲しいけど哀愁あって好き

歌い出しから一貫してるのがいい

Tal vez así

「たぶんそう」

tal vezは多分、asíは「そう・こう・そうやって・こうやって」あたりを全部担当する謎の単語

ということは、maybe so 的な感じで、メチャクチャ訳しにくい

切ないメロディで、セクシーな男がtal vez así と歌い出す なにがasí なのかは不明

眠りの手 閉じ込められていた熱が

「眠りの手」部分の意味全然からないんだけど、それがいいんですよね

眠りの手ってなんなんだマジで 以降言及ないし

でも、ね!むり!のて!って切って歌い出すのは本当に気持ち良すぎる

From way far across the sea, came an eritrean maiden, she had a one-truck mind and eyes for me, half blinded in the war

「海を越えてはるか遠くからエリトリア乙女がやってきた、彼女が僕に向けたのはまっすぐな心と目、その目は戦争で半盲だった」

このフレーズのどこが好きって、最後half blinded in the warの付け足し方なんすよ

彼女が僕に目を向けた、つった直後にその目に重い修飾をつけてくるのが渋すぎる

これができるのが英語の強みだと思うマジで

Dropped down the lights, I’m sitting with you.Moscow, 1972

これのモスカウ、1972 部分がマジで好きすぎる

明かりを消して、僕は君と座っている。モスクワ、1972年

年、場所 だけで舞台表現するのすげー好きなんだよなあ

実際歌全体としてモスクワ1972年要素があるかっつうとよくわかんねえんだけど、とにかく最高の歌い出しだ

You と twoで韻を踏んでるのもいい

2022-08-07

https://anond.hatelabo.jp/20220806182309

DAという女の子に銃を撃たせるにしてはあまりにも大袈裟で、テーマ性をもたせるにはあまりにも投げやりな組織

ラジアータ犯罪の発生を事前に察知してリコリス容疑者殺害して回ってるわけだが、

犯罪について事前に察知することさえできれば事件を阻止するのは警察でもできてしまうため、

現場対応リコリスが行う必然性がない。結果的少女無駄人殺しをさせてしまっている。

犯罪の発生を隠蔽して表面上の治安を見繕うことにどれだけの価値があるのかを描写されていないので、

政府の指揮下にないとか政府より権力を持つとか滅茶苦茶な設定盛られているわりに

やってることが犯罪発生件数改ざんする程度の組織になってしまっている。

作中のテロリスト達と同様になんの理念も主張ももたない単に設定として置かれているだけの舞台装置

リコリス・リコイル

2022-07-28

ACID A MANA

SUZUKI FUCK

TERA DA SIN

 

やっぱワールドワイド活躍を考えて

子役名前って付けてるんだろうか

2022-06-27

[]ドラマチックライブステージアイドルマスターSideM感想 #サイステ

サイステ千秋楽アーカイブを買ったので見ます

舞台化については特に不満はないです

サイステ舞台化に望むこと

新規ユーザーの獲得

面白い舞台であること

担当にも出てもらいたい

スペック

SideM歴:7年。長期メンテからはじめました

担当:今回のユニットには居ません。

2.5舞台について:3回位見たことあります面白かった舞台BDも1本持ってます

実況

社長ナレーション315プロ説明

ちょっとテンション上がる。

「全員がトップアイドルという新たな夢に向かって走り出そうとしている!」

そうだっけ?

社長ジャパンアイドルフェスティバルのために315プロダクションの最初の曲をつくった!君たちで協力して曲を完成させてほしい!」

輝「これめっちゃいい曲じゃん~!」

四季「これなら俺たち315プロが最高だってことアピールできそうっすねー」

どの曲?

翼と桜庭の見た目いい感じ

山村全然山村じゃなくて草

みんなすごい早口だな

ライブをやる以上無様な姿は見せられませんからね」

誰?って思ったら旬だった

山村もっと喋り方寄せられない?

独り言なのかPに話しかけてるのかわかんない

「へぁ うぉれだよ 結構いい曲だなーって思ってだけ うぉれならもう少しダンスミュージック意識するかな」

滑舌どうなってん

「へぁ?うぉれ?通りすがりのただの天才。それ以上でもそれ以下でもないよぅお」

喋り方の癖がすごい



待ってなんかすごい場面転換した

3:55~4:05の場面転換なに?

秀「へぁ?うぉれ?通りすがりのただの天才。それ以上でもそれ以下でもないよぅお」

山村「すごい子がいるものですねぇ ああ名前きいてない~!しまった~!」

山村「あ~ちょっと~!プロデューサーさーん!」

四季「あー!それ天峰秀じゃないっすかね~!」

ここの流れなに?

夏来ウィッグの色暗い

旬誰?

旬以外は気にならないのでハイジかわいい

旬声が似てないのは仕方ないけどもっと喋り方寄せられなかった?

ドラスタでてきた

桜庭Da低いの再現してくれて嬉しい

すごい早口

全体的にセリフが早いのと間がないのでより似てない印象になってそう

ウィッグの色が水色で似てない

百々人と眉見出てきた

百々人似てる

眉見顔いい

ちょっと肌白すぎないか

いか

トロフィーと生きる資格のシーンそんなハイペースでやっていいの?




この舞台、全部セリフ説明するわりにサイスタのメインストリー読んでないとわからない作りになってる……!




四季が百々人と秀と眉見のこと呼び捨てにしてるの何?

時系列どうなってんだよこのシーン

祖母のために?

12:31

疲れたから休憩

この舞台やばいかもしれない

視聴再開12:31


夏来かわいい

旬誰?

かわいい

桜庭と旬が性格違うな

眉見滑舌やばい

かわいい

あ、今自己紹介

まだ13分しか経ってなかった

疲れた

冒頭14分いらなくない?

ライブはじまった!

いや歌わんのかい

歌え

デビューしたばっかりなのにこんなに人がきてくれるなんて~」

隼人かわいい

アローBの話

MCでこんな雑談するな

ギターソロする隼人いい

夏来この早口でもこの喋り方なのいいですね

ライブきた!

いや歌わんのかい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

山村ハイジョのライブは好評でした」

全部セリフ説明するじゃん

17分~

インストリーそのままのおもちゃ屋の話

眉見滑舌大丈夫

「ぴぃちゃんこれあーげる」

百々人かわいい

客席じゃなくてすごい上の方にコマを渡してくるのでぴぃちゃん巨人みたいになってる。

こういうのは客席で良くないか

「好きなこと…」で旬見る夏来かわいい

すごい早口

山村まさかスミス御本人から連絡あると思いませんでしたよ」

山村(似てない)全部説明するじゃん

駄菓子屋PRSEMのくだりも全部セリフ説明

眉見滑舌やばい

「ったく、みんな俺のこと好きすぎでショォ」

秀の喋り方

ねっちょりしてる

!?

透明のスクリーンが降りてきて役者の動きと連動してCGが動いてる

プロジェクションマッピングですかね

百々人のやつかわいい

は?

眉見が人からドラゴン進化する?CGあるけどCGがショボすぎる

ここいる

眉見のスペシャルアピール思いつかなかったのか?

やらない方がいい演出ってあるんだ

子供に話しかける眉見かわいい

眉見の滑舌やばい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

喋れないなら無理して敬語使うな眉見

サイスタメインストリー駄菓子屋PRの良い所ってアイドルっていうハイカラな存在若者が古い遊びに慣れ親しんだりする部分なのにアイドルたち全員が「初仕事」という点でしか評価してないのきっっっっつ

新しい仕事山村が全部説明してくれる

プロデューサーいらなくない?

脚本家プロデューサーのこと忘れてる?

新しい仕事くらいはプロデューサーに説明させてやれよ

客席に向かって「プロデューサー、新しい仕事って…?」っていくらでもできるだろ

山村事務員なんだが

アイドルたちもアイドル同士や山村と会話して話を進めていくのでプロデューサーの存在


つかれたので休憩

別にアンチではないしアーカイブを買って見ている時点である程度期待はしていたのですが、

インストリーをなぞったままなのもそうですが舞台である必要性は…?と思ってます

視聴再開30:00~

えこの全部セリフ説明させるのなに?

セリフ言うのに必死で演技する隙がないですね

ジョン・スミスだっけ?と話しして緊張した~!っていうくだりを全部セリフで言ってるけど

早口でみんな話すせいでまったく緊張してないように見える

ハイジョが夕方5人で集まってるシーンのライトが真っ青なのはなぜ?

ハイジョにとってイメージカラーは赤だし夕焼けもかなり重要モチーフだと思うんですけど、車や信号機環境音だけで帰り道を表現している意味がわからない…。

5人でがんばるぞー!ってしてるのにライトが真っ青でまっっっったくなにを表現したいのかわからない…。

旬と夏来のシーン

いい

ライト真っ青だけど

演出家の人、SideMライブたことないのかな

曲も聞いたことなさそう

アローBのライブをみて隼人の話をきいてアイドルってものが少しわかってきた気がする」

アローBってロックバンドやろ

いいシーンっぽいけどハイジョのこと全部セリフ説明しま

「ジュン…」

かわいい

旬なれてきた

でもなんか旬ずっとおちょぼぐちで喋ってて面白い

「ジュン…」

かわいい

社長「一斉合同ライブをすることになった!」

やっと新しいストーリーきた!

前半36分15分くらいにできただろ

脚本締め切りギリギリだったのか?

輝「ドライブに行こうぜ!ドライブ、合同ライブ!」

あ今もギ

あ今もギないの!?

翼、今のはギャグだよ!!!!!!

※あ今もギとは翼の「あ、今のもしかしてギャグですか?」のこと。輝が滑ってもオチに使える

翼に弱い桜庭いい

ニコってした

全部セリフ説明する

これ絶対はじめてこの舞台みたSideM知らない人もう寝てるだろ

眉見の滑舌にも慣れてきた

Performanceが上手に言えない眉見かわいそう

ライブきた!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

歌わないんかい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

私服ダンス練習するアイドルたち。

何?

眉見無理して喋るな

夏来かわいい

桜庭バテバテでかわいい

眉見無理するな

眉見に長文セリフ与えたの誰だ?許せん

また早口になってきた

家族人質にとられてる?

眉見に隠れてるけど秀の滑舌やばい

輝の滑舌やばい

子供の中で喧嘩する桜庭と輝やばい

脚本家アニメたことないのか?

百々人と春名のシーンいい

こういうのでいいんだよ

こういうのが見たかったんです

ここまでくるのに46分かかりました

ここでもセリフで全部説明していく

私はSideM知ってるからいいんだけど、こういう風に他のメンバー名前を出すシーンで当たり前のように

「旬に本当に大丈夫かって心配されてたのが懐かしいな~」ってするんだったら多少演技がかってもいいか

「旬に『テストの点数が危うい四季くんと卒業がかかってる春名さんたった二人で大丈夫ですか?』って心配されたな~」

みたいに旬のモノマネするとかないんか?

私が舞台SideM初めて触れる人間なら名前出されても全然わかんないと思います

ト書きみたいなセリフを延々と読むからなおさら舞台と演技の必要のなさを感じる。

50:00~

翼ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

す…って入ってくる翼かわいい

あれ?翼って春名と百々人にタメ口だっけ!??!!?!?

インテリ組だ!!!!!!!!!!!!!!!

属性別ににっこり

眉見無理するな

プロだと思うんですけどこの滑舌でこの方は今までどうやって演技してきたんですか?

喋らない役か?

桜庭の体格が成人男性ってかんじでいい

動きが特徴的なアイドルからかもだけど、四季や全体的にクラファとかのポーズがよく立ち絵再現しているの嬉しい

首痛いポーズする百々人

桜庭医者の不養生するのはアニメリスペクトなんだろうか

また若者の中で喧嘩する桜庭と輝

輝怖い

輝の性格しらなかったら輝苦手になりそうな性格してる

たまにオヤジギャグ言うけど桜庭にあたりキツい人やん

60:00~

俺に話しかけてくる山村

もうプロデューサーは山村の見ている幻覚なんじゃないかってレベルアイドル同士でしか物語が進まない

輝と桜庭喧嘩するときに二回とも見てただけのプロデューサーはなんなんだ

もう山村プロデューサーになれ

アイドル達が落ち込んでるときに支えられないこのプロデューサーはもうだめだ

ハイジョが旬の家で練習するっす~って話をしているシーン

またハイジョのシーンで青いライトを炊くじゃん

どういう心理描写

オリジナルシナリオだけど早口が少し落ち着いたのもあっていい感じ

前半36分15分いる?

宿題はおわったんですか?」

なんか笑い声聞こえるとおもったらこアドリブシーンなんですね

ごいため息つくところ面白かった

あと夏来が旬を撫でるところもニコってした

ラファのターン

ここもすごい見やすかった

前半36分15分いる?

眉見ら行が苦手なんだな

ドラスタのターン

輝「体調は大丈夫か?キツい言い方して悪かったな。ああでも言わないと休まなかっただろ」

最初かられい

輝「なんでも話し合って解決していこうぜ」

最初から話し合え

輝「大人の俺たちがこんなんだと若い奴らが不安になるだろうし、プロデューサーも心配するだろうしな」

桜庭が悪いみたいな雰囲気にしてるけど半分は輝のせいだと思う

かわいい

輝、全体的に嫌なモラハラ体育教師っぽくて怖い

プロデューサーのこと話すときにみんな空を見上げるの、プロデューサー多分死んでる

山村顔怖い

桜庭が体調を押してまで考えてきたライブを盛り上げる提案

新曲を作る」

プロデューサーが考えろや

プロデューサーやっぱ死んだ?

「組み合わせはくじ引きで決める想定だ」

は?

「すべてのアイデアを混ぜるという眉見のアイデア

「この3ユニットらしいライブになりそうだ」

何がや

急に踊るよ

なんか毎回ライブパートのフリしてフェイントかけてくるけど

ここ歌つけてほしい

プロデューサーに話しかける山村

完全にプロデューサー死んで山村しか見えてない上位存在になってるのが面白い

休憩

1:13:50~

たぶんプロデューサーが撮影している舞台裏の映像

プロデューサーに話しかけてくるアイドルたち

はじめてプロデューサーがちゃんアイドルと会話できてる感じする

プロデューサー生きてたんだ…

多分これ、泣けるシーンなんですが、カメラワークのショボさと変なガビガビの加工とループしてる安っぽい変な歓声のSEのせいでバラエティ番組再現映像みたいだ…

このホームビデオみたいな加工いる…?

これが演出家の仕事ってこと?

ラフライブパート

ライブパート!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

眉見ダンスうまい

きのせいだった百々人のほうがうまかった

でもパキッとしたキメをするのが眉見っぽくていいなと思います

ホームビデオのシーン、アイドル衣装に着替えるために必要時間だったんだな

ホームビデオじゃなくていいだろ

百々人がカメラと目が合ってアピールするのすごい解釈一致

ドラスタライブパート

かわいい

衣装いいね

ドラスタって原色きつい色のイメージだったかスモークのせいもあると思うけど色がちょうどいい

ミュージカルっぽい歌いい

かわいい

曲いい!

こういう曲ほしい

演出家と脚本家の人たちこのライブパートつくってストーリー書く前に力尽きたんかもな

ハイジライブパート

すごいいい

ストーリー上でハイジョがずっとクラファすごいすごいって褒める役にさせられてたけど私はハイジョのライブパートのほうがいいなとおもいました 

普通に人数差とバンドからなのもあるけど…

春夏秋冬とき各自アピールチャンスタイムがあるの嬉しい

やっぱ全員揃うといいな

声優でもユニット単独ライブ待ってますランティスさん

全員集合

あ~~~!!!!!ユニット名がはいってるオリジナルソング!!!!!!!!!!!!

ドラスタだけだった

良い意味SIdeMっぽくない曲と歌詞でいいなと思う

公式いつも似たような曲出してるから

↓ここからデュオタイム

翼と百々人の挫折メンタルコンビ!(?)

メガネーズ嬉しい 薫が楽しそうで…オデは…

18歳組!

幼なじみ

共通項があったり仲良くなれそうなコンビができてるのが普通に嬉しいですね

こういうのだよ……

みなさんがこういうのをするまでに1時間30分かかりました

夏来の服、ズボンに紐がついてるせいで踊りにくそうで可哀想

ドアラだ!

一気にSideMっぽくなった(最後の曲ですが…)

なんか普通に序盤で既存曲やってよかったんじゃないか…?

前半36分15分いる?

ドアラ普通にアイドルの格好をした男達がこういうふうに踊るのMステ亡き今見れるものではないので満足のカロリー高い

まあ既存曲歌ってほしくないって人もいるだろうけど

そういう人は3800円払っても舞台見ないだろ

眉見足なが

終わった

次の記事

https://anond.hatelabo.jp/20220628015353

2022-06-09

anond:20220609085916

防犯ブザーの前に逃げるだろ・・・ 


それはおとり捜査女装警察官だ。お前は悪質常習犯マークされてたんだな

da bump

2022-06-06

[]6月6日

ご飯

朝:サンドイッチ。昼:パン。夜:ファミレス。(スープパンサラダハンバーグ唐揚げ)

調子

むきゅーはややー。お仕事は、それなりー。

ちょっとモチベが消えちゃった。

明日サボるかも。

グランブルーファンタジー

特に書いてなかったけど盾集めをダラダラしてた。

その甲斐あってバハムート盾以外の10個は手に入れた。

けど、このラスト一個が遠いなあ。

DA確定にはなってるからパラディン運用する際にそんなに使用感変わらない気もするんだけど、なんか気持ち悪いので頑張りたい。

ワールドリッパー

チャンレンジシングルようやくSSクリア

ソーヴィをリーダーに使った汎用パワフリでクリア

むっずいわ。コレを毎回は流石に流石に。

ウマ娘

月末イベントポイントで虹欠片が遂に40個に。

完全に勿体無い病で使ってないの無駄だけど、今は時期が悪い(言いたいだけ、なにがどう時期が悪いかは言えない)

あともう二十個貯めると、計4個の金剛が手に入るから、そこが一区切りかもなあ……

2022-04-28

[]

D-Operation Drop「Rockin' Da Nation

https://youtu.be/W8qZyV9Pe9E

ン年ぶりに聴いたけど全然色褪せないな

みんなもオススメダブステップとかあったら教えてね

2022-04-17

ハロプロK-POPダンスカバーしてバズっている

オッサンたちはTiktokは見ないだろうけど、Tiktokハロプロ所属アイドルたちがK-POPダンスカバーをやってて、しかもそれがちょいちょいバズってる。

一番有名な動画は、Juice=JuiceStep backのカバーだと思う。

https://www.tiktok.com/@juicejuice_uf/video/7066700406222490881

ルックスもaespaのWinter(通称、冬子)に寄せてるし、ほかのダンスカバー動画を見ても

https://www.tiktok.com/@juicejuice_uf/video/7080078897118760193

バズってるから流行りに乗った感じじゃなく本当に好きで聞いててカバーしている感じ。

かにBEYOOOOONDSがKep1erのWa da daとか

https://www.tiktok.com/@beyooooonds_/video/7049550075323813122

アンジュルム宇宙少女ChocomiのSuper yuppers!とかも

https://www.tiktok.com/@angerme_uf/video/7059278335435672834

やってる。

日本会社が、国が違うとはいえ同業他社のものに乗っかることは無いと思っていた(たとえばジャニーズがセブチやNCTカバーしないでしょ?)けれど、ハロプロが乗っかってきたのは正直驚いたし、アイドル本人から要望が出たのか呼び込み戦略として事務所がやっているのか、その両方か分からないけれど、こういうふうに乗っかるのは珍しいと思ったので記録として投稿しておきます

2022-03-09

anond:20220309202856

アサヒペン社の障子紙製品を一覧にしました。(補修用のような物は対象外です))

商品名値段強度紫外線UVカット(室内の色あせ・ 変色を防止する)貼り付けタイプ特徴アドレス
4倍強い破れにくい障子紙1320約4倍約90%カットのり  無地、雲竜、笹竹、桜ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002104&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 くまのプーさん ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-033S バルーンプー アサヒペン4950約4倍  のり障子紙 くまのプーさん ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-033S バルーンプー アサヒペンくまのプーさん                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002053&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 くまのプーさん ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-032S ボタニカル プー アサヒペン4950約4倍  のり  くまのプーさん                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002052&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ライオンキング ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-031S アサヒペン4950約4倍  のり  ライオンキング                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002051&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ファインディングニモ ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-030S ニモフレンズ アサヒペン4,950約4倍  のり  ファインディングニモ                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002050&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6+%A5%D5%A5%A1%A5%A4%A5%F3%A5%C7%A5%A3%A5%F3%A5%B0%A5%CB%A5%E2+%A5%C7%A5%A3%A5%BA%A5%CB%A1%BC%A5%AD%A5%E3%A5%E9%A5%AF%A5%BF%A1%BC+%BE%E3%BB%D2+92cm%A1%DF182cm+2%CB%E71%C1%C8+%A4%CE%A4%EA%C5%BD%A4%EA%A5%BF%A5%A4%A5%D7+NTLD-030S+%A5%CB%A5%E2%A5%D5%A5%EC%A5%F3%A5%BA+%A5%A2%A5%B5%A5%D2%A5%DA%A5%F3+&sort=
障子紙 トイストーリー ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-029S トイストーリー3 アサヒペン4,950約4倍  のり  トイストーリー                 ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002049&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ふしぎの国のアリス ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-028S アリス アサヒペン4,950約4倍  のり  ふしぎの国のアリス                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002048&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ティンカーベル ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-027S アサヒペン4,950約4倍  のり  ティンカーベル                 ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002047&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 リトルマーメイド アリエル ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-026S アサヒペン4,950約4倍  のり  リトルマーメイド                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002046&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 美女と野獣 ベル ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-025S アサヒペン4,950約4倍  のり  美女と野獣                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002045&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 塔の上のラプンツェル ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-024S アサヒペン4,950約4倍  のり  塔の上のラプンツェル                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002044&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ミッキー ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-023S 和2 アサヒペン4,950約4倍  のり  ミッキー                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002043&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ミッキーミニー ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-022S 和1 アサヒペン4,950約4倍  のり  ミッキーミニー                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002042&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ミッキーミニー ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-021S 夏 アサヒペン4,950約4倍  のり  ミッキーミニー                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002041&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ミッキー&ミニー ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-020S 春 アサヒペン4,950約4倍  のり  ミッキーミニー                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002040&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ミッキー ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-019S ビーチアサヒペン4,950約4倍  のり  ミッキー                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002039&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ミッキー ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-018S サーフ アサヒペン4,950約4倍  のり  ミッキー                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002038&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ミッキーミニー ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-017S アサヒペン4,950約4倍  のり  ミッキーミニー                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002037&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-016S 森の散歩 アサヒペン4,950約4倍  のり  ミッキーミニー                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002036&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
障子紙 ミッキー ディズニーキャラクター 障子 92cm×182cm 2枚1組 のり貼りタイプ NTLD-015S お昼寝 アサヒペン4,950約4倍  のり  ミッキー                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002035&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
アイロン貼り超強プラスチック障子紙4,950約4倍  のり  ミッキー                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002034&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
無地障子紙418    のり  無地                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000002018&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
昔ながらの手すきの風合い障子紙1408    のり  無地、雲竜、楮繊維(こうぞせんい)入り、楮皮(ちょひ)入り    ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000001992&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
D-障子紙2178約4倍  のりデザイン性に優れた柄とカラーバリエーション                  ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000001985&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
NEW明るく貼りやすい障子紙638    のりのりで濡れていても切りやす無地、雲竜、笹、桜、流花ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000001984&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
UV超強カラープラスチック障子紙1705超強(※2)約95%カットアサヒペン専用両面テープ  美桜、楓花            ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000003&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
UVカット5倍強い超強厚口障子紙21785倍?%カットのり厚手で温かみを感じる紙。無地、雲竜            ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000001911&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
UVカット超強プラスチック障子紙 1210超強(※2)約95%カット(市松柄を除く)アサヒペン専用両面テープ  無地、雲竜、桜花、市松(UVカット無し)、優花ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000001871&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
カラー障子紙1100    のり  紅葉、桜、スイートビー        ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000005&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
UVカット2倍強い彩り和紙障子紙1045約2倍紫外線を約95%カットのり手漉き和紙をちりばめた彩り豊かな障子紙初桜、瑞光(ずいこう)            ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000008&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
UV3倍強い彩り和紙アイロン障子紙1815約3倍紫外線を約95%カットアイロン手漉き和紙をちりばめた彩り豊かな障子紙粋桜、吟景(ぎんけい)            ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000009&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
3倍強い厚口障子紙1045約3倍  のり厚口仕上げ無地、雲竜            ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000010&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
丈夫で貼りやすい広巾 障子紙2418    のり広巾・丈長サイズです。建具サイズ135cm、高さ200cmまで貼れます無地                ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000011&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
3倍強い上品な風合いの障子紙2090約3倍  のり  金銀砂子細雪            ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000014&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
丈夫で上質な風合いの麻入り障子紙 美濃判659約3倍  のり麻入り。丈長サイズです。麻入り。丈長サイズです。麻入り。丈長サイズです。無地、雲竜、萩、桜の舞    ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000015&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
特選カラーアイロン貼り障子紙1815    アイロン  紅風、桜園、花畑、      ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000017&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
UV3倍強い麻入りアイロン貼りUV3倍強い麻入りアイロン貼りUV3倍強い麻入りアイロン貼り1430約3倍約90%カットアイロン麻が入った上質な風合い無地、雲竜、真竹、萩、桜の舞ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000021&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
UVカット2倍強い明るいアイロン貼り障子紙 (幅94cm×長さ15m)5214約2倍約95%カットアイロン室内が明るく感じられる。(※)無地、雲竜、笹竹、桜    ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000001892&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
UVカット2倍強い明るいアイロン貼り障子紙 (幅94cm×長さ7.2m)2673約2倍約95%カットアイロン室内が明るく感じられる。(※)無地、雲竜、笹竹、桜    ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000001891&search=%A3%D5%A3%D6%A5%AB%A5%C3%A5%C82%C7%DC%B6%AF%A4%A4%CC%C0%A4%EB%A4%A4%A5%A2%A5%A4%A5%ED%A5%F3%C5%BD%A4%EA%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
UVカット2倍強い明るいアイロン貼り障子紙 (幅69cm×長さ3.6m)1324約2倍約95%カットアイロン室内が明るく感じられる。(※)無地、雲竜、笹竹、桜    ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000001890&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
UVカット2倍強い明るいアイロン貼り障子紙 (幅94cm×長さ3.6m)1408約2倍約95%カットアイロン室内が明るく感じられる。(※)無地、雲竜、笹竹、桜    ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000001873&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
UV3倍強い麻入りアイロン貼り障子紙 (幅94cm×長さ3.6m)1504約3倍約90%カットアイロン麻が入った上質な風合い無地、雲竜、真竹、萩、桜の舞ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000035&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
丈夫で上質な風合いの麻入り障子紙 (幅69cm×長さ4.3m)946約3倍  のり丈麻入り。丈長サイズです。建具サイズ215cmまで貼れます無地、雲竜、萩、桜の舞    ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000041&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
丈夫で上質な風合いの麻入り障子紙 半紙判(幅25cm×長さ12m)659約3倍  のり丈麻入り。長サイズ建具サイズ215cmまで貼れます無地、雲竜、萩、桜の舞    ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000042&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=
丈夫で上質な風合いの麻入り障子紙 (幅94cm×長さ4.3m)952約3倍  のり麻入り。丈長サイズ建具サイズ215cmまで貼れます無地、雲竜、萩、桜の舞    ttps://e-shop.asahipen.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=005001000043&search=%BE%E3%BB%D2%BB%E6&sort=

2022-02-13

anond:20220213194059

grdgsさんやkagecageさん、font-daさんのような真面目にフェミニズムに取り組んでいる人にとって、Twitterはてなブックマーク過激発言フェミニストのふりをする釣りが横行する現状は、到底許せるものではないと思う。

ネタフェミリスト

なんかどうもアンチ受けするためにわざと過激なことを言うフェミニストに見えるアカウントというのが横行しているとのことなので、ここにリストを作っていこうかなって思います

そういうのをフェミが言った!ってことにされるのもそれはフェミニストの人に迷惑だし、アンチの人たちもそういうのに引っかかって無駄ヘイトを溜めるのもよくないしな!

ってことはこのリストはいる人は「フェミニストに見えるけどフェミニストではない何か」なのだろうか?あるいはフェミニスト定義とは?

広義としては彼らもフェミニストということでよくても、それがフェミニストの総意であると言われると困るわけだし、日本フェミニストの総意とは一体どこにあるのだろうか?

一人一派ということであれば、全ての女性擁護発言フェミニスト発言ということでいいのだろうか?(それもちょっと違う気がする)

[ツイッターネタフェミリスト作りました!これを見てフェミニストネタフェミ混同しないように気をつけます。] ttps://twitter.com/i/lists/1493598856709349387


フェミニスト一人一派から明らかなネタアカ以外はネタを認めることができない〝悪意を持ってる〟〝その疑いがある〟ことを基準にすべき❞

フェミニスト資格制にしてほしい。 何時間勉強して資格を取った人だけ、○級フェミニストを名乗れるようにして、釣りの出現を不正でほしい。❞

❝ こういうオタクの悪質なお遊びで世間からドン引きされる歴史は繰り返されるんだよな❞

❝ その集計ごっこアンチフェミ側がやってる時点で綾野辻子とやってること変わんねえだろう 釣られる心理を見透かされたのが恥ずかしくて逆になんでもかんでもネタ扱いする作戦にしたのか おぞましいな ❞

b:id:omega314ネタかマジかも定型か発達かもゼロイチではなくグラデーション。❞

b:id:anmin7 ❝ 綾野は論外として他はみんな立派なフェミニストやろ。他人属性で括って見下したり罵倒したりが好きな奴がおるだけや。❞

b:id:frothmouth一人一派ということなので❞

b:id:siesindフェミニスト一人一派から、この人たちも間違いなく正真正銘フェミニストですよ。❞

b:id:cara10価値がなくなって邪魔になったからって今まで頑張ってきたフェミニストネタ扱いして切り捨てようとするな。可愛そうだよ❞

b:id:runeharst最近キレ芸する芸人(フェミ)が多く目立ってるからネタ切れしてるんだろ。キレッキレだし❞

b:id:Panthera_unciaネタでもガチでも関わり合いたくないんだけど、放置しておくと既成事実になるのがまた困る❞

b:id:Fubarはてなネトフェミを一覧にしてみました。(漏れ多々あり)https://b.hatena.ne.jp/entry/s/fubar.hatenablog.com/entry/2022/02/14/051428ありがとうございます

b:id:xorzxSNS弊害なんだろうけど内輪受けでより過激化するって現象はあるよね。❞

b:id:rag_en ❝ “まじめなちゃんとしたフェミニスト”…??????????????? ❞ 言いたいことはわかる。

b:id:kou-qana ❝ 読み方がよくわからない。後でよく読む。 ❞ 読みにくくてごめん…


1. 綾野辻子氏 https://twitter.com/FeminiVjp

[ネタ認定発言]

ttps://twitter.com/FeminiVjp/status/1492453148807811077 ❝ 【驚愕オタクくんたちが大絶賛するサイゼリヤ勉強のために行ってみたら...(4年ぶり) ヴィーガンが注文できるメニューが一切なし。私への配慮ゼロ。15分メニュー表見ても何ひとつ頼めない。なにこれ?もう怒りでお腹いっぱいになったので店員さんにメッセージ付き注文用紙だけ渡して帰宅した。❞

[証言]

ttps://twitter.com/claw2003/status/1492793187114827776 ❝ アンチフェミやアンチヴィーガンを引っ掛けるための #なりすまし釣り垢❞

ttps://twitter.com/jishin_dema/status/1492727761324351491 ❝ サイゼリヤヴィーガンへの配慮が無いと言ってる人、以前鬼滅の無限列車女性専用車両が無いのはおかしいとかも言ってたし明らかに釣りアカウントですね。❞

ttps://twitter.com/ginkanmuri_0202/status/1492689089673547780 ❝ 本当にヴィーガン生活をやっている者が、外食に出掛けるにあたり、行こうとする店の料理自分基準で食べられるものか否かを確認もせず、案の定食べられるものが無いなどという間抜け晒すか?❞

ttps://twitter.com/kisama888/status/1492670609985212418 ❝ このアカウントフォローしてる245人を見たら情報商材屋系のアカウントてんこ盛りで、フェミヴィーガン垢がごくわずかなので、たぶんヴィーガンは芸風で炎上芸やってる人ではないかな。❞

ttps://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/FeminiVjp/status/1492453148807811077 ❝ いつもの釣り垢。いいねしてる人見てみたら、もへもへ、海乱鬼、Share News Japanなどに親和的な人が結構多い。あの界隈の一大勢力が晒しのためにリツイートいいねしていると伺える。まさにマッチポンプだな。❞

[疑惑]

❝ でもわざと過激なことを言っているとしか思えないgrdgsさんあたりが強く否定しているところから考えると、逆に普通である可能性が高いとも言えるのでは?❞

ttps://twitter.com/search?q=%E7%B6%BE%E9%87%8E%E8%BE%BB%E5%AD%90%20%E9%87%A3%E3%82%8A&src=typed_query
つか「綾野辻子 釣り」で検索するとめっちゃ証言でてきました。ここまでみんなが違うって言ってるってことは、綾野辻子氏はフェミニストではありません!この人が言うことをフェミニストが言ったということにしてはなりません!ということで決定でいいでしょうか?





2. 三浦よし氏 https://twitter.com/minorit403

言及提案があったけど、フェミニストあるいはフェミニズム肯定から証言がないとフェミニストではないってことにはならないので、フェミニストあるいはフェミニズム肯定アカ証言URL求む

[疑惑]

三浦よしって滝ガレ遊んだクソリプ合戦楽しんでるネタ垢っぽくて90%釣り垢だと思ってるけど疑いきれてないんだよな。例えば綾野辻子のサイゼ問題なら 「@minorit403 サイゼリヤってヴィーガン食は多いですよ。ペペロンチーノ、アーリオ・オーリオ、セロリピクルスガーデンサラダ、お子様ポテト店員さんにちゃんとお反しすれば動物性のものを抜いた対応もしてくれます。私のおすすめはアーリオ・オーリオです。」とまともな事を言ってたりと普通発言もする❞

[むしろ別の意味で本物であるっていう証言]

b:id:dekamassive三浦よしは一過性ネタ垢と思ったが想像を大幅に超えて長期間きっちりと活動してて単純に凄いと思う。ネタだとは思うが、その熱量はもはや本物だろ。ネタでなかなかやれるもんじゃないよ、アレ ❞

[別アカ]

ttps://twitter.com/kjbhk4/status/1493596119070392325 ❝ 三浦よしの中身は多分ガレソだよ ❞ ttps://twitter.com/takigare3 この人かー。あっほんとだ「専属フェミニズムアドバイザー: @minorit403」って書いてある。あざます

[おじさん疑惑?]

❝ 「三浦よしがたまにまともなことを言う」は、(アンフェの「まとも」の定義がよく分からんけど)ただ単に中のオッサン三浦よしでログインしててアカウント切り替えるのめんどくせえから本音出てるだけだろ ❞ 中の人はおじさんなんすか…!どういうところがおじさんぽいんだろうか…こんど意識して見てみよう…

ttps://twitter.com/search?q=%E4%B8%89%E6%B5%A6%E3%82%88%E3%81%97%20%E9%87%A3%E3%82%8A&src=typed_query
なるほど三浦よし氏(滝川ガレソ氏)の言うこともフェミニストが言ったことにしてはなりません!ということでよさそうです。



3. 栗栖日那子氏 https://twitter.com/hinahina5685

[証言(確定ではない)]

ttps://twitter.com/zaikabou/status/1348977539297890306 ❝ 「栗栖日那子」「三浦よし」と並んで、「綾野辻子」も釣りだと思うんだけど、一種ビリーバー可能性も捨てきれない。そしてもはや、釣りとか釣りじゃ無いとか判定することにあまり意味は無く、行為のもの個別判断するしかないのだろうな❞

ttps://twitter.com/search?q=%E6%A0%97%E6%A0%96%E6%97%A5%E9%82%A3%E5%AD%90%20%E9%87%A3%E3%82%8A&src=typed_query&f=top
栗栖日那子氏さんも確定でよさそうでした!なんだー早く検索してみればよかった。



ところででは、このお三方と頻繁に意見が被ったり賛同する方は割合フェミニズムから外れた意見を言っている、ということになりますか…?




加えて「この人はまじめなちゃんとしたフェミニスト」の証言があったのでこちらにも追加。こちもも反論があればフェミニストあるいはフェミニズム肯定アカ証言URL求む。

[grdgsさん] b:id:grdgs grdgsさんについては一部異論もあるという証言も一応併記

❝ わざと過激なことを言っているとしか思えない❞

[kagecageさん] b:id:kagecage

[font-daさん] b:id:font-da


[zyzyさん] b:id:zyzy (フェミニストではないという意見あり)

[quick_pastさん] b:id:quick_past (フェミニストではないという意見あり)

[RRDさん] b:id:RRD (フェミニストではないという意見あり)

勘違いしてるけどRRDさんはまったくフェミではないで ❞

アンチオタクフェミと思うおたくさん多すぎやでしかし❞

b:id:deamu ❝ q氏とz氏は http://archive.is/A8v40 で挙げられ、トラバの「そのひとたちはフェミニストではありません」(300ブクマ超え)で否定された流れでしたが、いつの間にか「まじめでちゃんとしたフェミニスト」扱いへと変わったの?❞

→→→ 上記リンク先「まともなフェミニストはこれをどう思うの」というタイトルで、それはフェミニズムと呼べるのか?という矛盾はらむいくつかの発言についての言及でした。

→→→ フェミニスト同士で意見が食い違うことや矛盾があることを僕らはどのように受け止めればいいのだろうか?



あっえっとそういえばその他のまともなフェミニストリストは幻集郎さんが作ってます

https://note.com/ky2chui/n/n8fa29651c432

僕は逆の方向から「これはフェミニストに入れたらダメ」っていうリストがあったら更に便利かも?みたいな趣向です。

❝ 「幻集郎さん」 うわダメだこりゃ❞

b:id:IkaMaru ❝ "まともなフェミニストリストは幻集郎さんが作ってます" ズコー❞

そういえば幻集郎さんのリスト目的についてなんですが、僕ツイッターでこう書いたらご本人からいいねリツイートもらったので多分正解のやつです。

https://twitter.com/constructuralis/status/1493540218569629699

幻集郎さんのあのリストってより支持率の高いフェミニストは誰か?っていうリストなので、スコアが高いほど女性フェミニストの支持を集めてるってことで、つまり民主主義的には、それは正しいか間違ってるかは置いといて、女性フェミニスト意見代表してる可能性が高いってことで、重く受け止めるべき意見を言う人ってことだよ。そういう人の意見はなんかちょっと変だな?って思ってもちゃんと聞いてまっすぐ議論しなきゃなんない。つまりそれってみんなが選挙で選ぶ議員っていう存在と同じような存在であるってことだからツイッタースコア議会政治ができるっておもしろくない?



その他ご意見証言などお寄せくださるとうれしいです!

つかはてな記法つかっても変換されなくない?僕だけ?

つかなんかこれ書いてたらすっごい僕も飽きて疲れてきちゃったので大自然DJでも観て癒やされてもらっといていいですか…もうご意見とかべつにどうでもよくなってきちゃったな…

https://youtu.be/O4GtXDqUSAM

なんかおじちゃんたちとても楽しそうで癒やされるよ。

https://youtu.be/j0QntTKRCY4

今日はこれ聴いてます女性DJもかっこいいです。

2022-01-20

「font-daは黙って非表示にすればよかったのに余計なことを言うからはてな匿名さらされたのは自業自得

ってブコメで書いてるやついて狂ってんのかと思った。

本当に言ってるやついるから確かめてみ?

正気を疑うわ

悪いのははてな匿名晒してるやつに決まってんだろ。

感覚麻痺し過ぎててやべえわ。

anond:20220119235710

気に食わん奴って誰のこと?

font-daさんの書く文章ブコメが好きで、それに対する他の人のコメントも読みたい

でも、それができなくなって残念と言ってるだけなんだけど。

党派性にこだわりすぎて頭おかしくなってない?

2022-01-19

anond:20220119081241

女性研究者男性研究者に比べて苦労するのは由々しき問題だし、セクハラアカデミアに限らず絶対に許せない問題だ。

ただ、それと呉座氏の問題接続してしまうのはちょっと安易すぎる。

きっと自分の抱えている苦しみに近いキーワードだけ見て無意識に「いつものやつだ」って思い込んでしまったんだろう。

普段は冷静なid:font-da先生だって自分の苦悩に関することでは判断を誤る。

だが、ちょっと待ってほしい。呉座氏の発言で「セクハラ」の定義に該当するものがあっただろうか。

個人に向けた悪口はあったし、ミソジニー的な発言もあった。だから名誉毀損は疑いようがない。

しかしこれも、普段から方面特に男性へ向けた暴論をネットで発している相手に対して

正面立って批判をすると総力戦になってしまうので、それを避けてこっそり揶揄したという経緯がある。

この呉座氏の行動はしょうもないし、卑怯だし、非難されても仕方がないけれど、その程度のことだ。

決してアカデミアに根付男尊女卑の悪意から発せられたものでないことは明らかだ。

今起こっていることは、悪口被害者批判されているのではない。

その被害を盾に、謝罪和解して終わったはずのことに、後から明らかなオーバーキル攻撃を続け

その正義私怨混同したやりすぎの部分や雑な運用批判されていることを

id:font-da先生はどうか持ち前の冷静さとバランス感覚理解してほしい。

とくに醜悪だと思ったのが、この記事に対して

font-daはただ「自分がつらくなったのではてなブックマーク閉じます」といってるだけなのに

https://font-da.hatenablog.jp/entry/2022/01/18/223359

すぐにはてな匿名ダイアリでこの記事を晒上けてブックマークで陰口をたたき合ってる連中。

中学生裏サイトなみの民度の低さ。いい大人が何やってんだか。

anond:20220119081241

font-daの人はオープンレターの発起者サイドなの?

今回の件、発起者サイドの運営責任(なりすましが疑われる署名が入ったことでなりすまされた人に迷惑をかけたこと、全ての署名自体正当性疑義が出たこと)が問われており、北村氏含む発起者の側に説明対応責任は当然にあるとは思うけど、署名者は被害者の側(そんな怪しいオープンレターとは思わず名前を貸してしまった)と思うんだけど。

anond:20220119081241

今回のアレ、要するに「立場的に私のできる援護射撃はこれ(はてな民に渾身の嫌味投げつけつつ自身撤退)が精いっぱい」ってことだから

「font-daさんなら何かしら、説得力のある意見表明をしてくれるはず」と期待していた取り巻きはだいぶがっかりしてると思う

オープンレター瑕疵を指摘されると体調が悪くなるらしい

https://font-da.hatenablog.jp/entry/2022/01/18/223359 より引用

 直接のきっかけは、例の「オープンレター」です。はてなもやはり、その話題で持ちきりのようですし、見るたびに精神状態が悪くなるので距離を置こうと思いました。また、今も私が書いた記事に反応がありますし、揶揄的なコメントがつけられたりすることもありました。誰を責めたいわけでもなく、コップに注がれていった溜まりに溜まって水が溢れてしまったように、「やめよう」と思ったに至ります。これまで何度も炎上してきた私が、なぜ、この件に関してだけひどく落ち込むのかは、大学外の方にはわかりにくいと思います。とにかく、私にとってはこの件は受け止めきれない出来事でした。女性研究者として日本アカデミアで生きていくことの困難を突きつけられたからです。

 また、これまで個人的に関わったセクハラ問題でも、同じようなことを目にしてきたことがあります。みな、最初被害者に同情的ですが、だんだん被害者の行動を咎め始め、そのうち「加害者こそが〈本当の被害者なのだ」と言う人が現れます最初は両手をあげて被害者を支持すると言っていた人たちが、次々と沈む船から逃げるネズミのごとく離脱していきます。「被害者に寄り添う」というのは美しい言葉ですが、最後までそれを完遂する人はほとんどいません。いつも同じことが起きます。みんな、「声をあげてほしい」と被害者に言うのに、いざ、自分に火の粉がかかるとわかれば手のひらを返すのです。わかっていても、それを目にするのはしんどいことです。

いったいどこの誰が火の粉が降りかかるとわかれば手のひらを返したのか。

沈む船を沈めたのは誰のどういった行いだったか、本当に理解できているのか。

セクシャルハラスメント被害者であればいついかなる時も無謬永久保証されるのか。

自分の思い通りにいかなかったから、自分の間違いを指摘されたからといってすべてをセクシャルハラスメントに結びつけるのはおかしい。

呉座勇一氏のセクシャルハラスメントはそれ相応の非難をされてしかるべきだが、北村紗衣氏やid:font-daオープンレター無断名義使用問題に対する態度も非常に度し難い。

呉座勇一氏のふるまいに怒りを覚えていた人ほど腹が立つのではないか

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