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はてなキーワード: 漫画映画とは

2020-02-13

この先の人類の発展が見られないのが怖い

エンタメはこの先技術進化でどどん発展していくだろう

日本アメリカはもちろん途上国でも日本アニメのような独自エンタメが生まれ世界で共有されるはずだ

そういうものに触れる事なく俺は死んでしまうだろう

今楽しんでるアニメ漫画映画テレビでさえ認知が衰えて楽しむ認識能力がなくなっていく

例えば100年後、あるいは500年後、どうなってるんだろうな

きっと1000年後の人類には今生きる俺なんて可愛そうに見られてるだろうな

今の俺が稲作して奴隷のような生涯を生きて死んでいった奴らが、可愛そうに思うように

あーあ、1000年後に生まれたかったな

2020-02-09

[]2020年2月8日土曜日増田

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2020-02-07

表現の自由戦士さまに「嫌なら見るな」と言われたので、一年アニメ漫画映画ゲームに触れないよう頑張ってみた件

結論 けっこう普通に生きれた

 

理由

年々過激化、リベラルに対するバックラッシュ化するオタクコンテンツ

ウンザリする外周の議論悪辣さを競う新自由主義オタク界隈に嫌気がさしたので

また、世の中には創作物が飽和していて、いい加減「ストーリーから離れたくなった

ちょっと創作物ヴィーガンにでもなってみようと思ったのがきっか

ちなみに学生時代けいおんイカ娘が大好きだった元オタク

 

推移

 

アニメ漫画 

まずアニメ漫画をやめた これは結構簡単だった 

そもそもラブライブかいコンテンツにお熱だった俺は

ミューズ事実上死んでからというものアニメ漫画いまいちハマれなかった

社会人になるとアニメ漫画が楽しめなくなると言うのもあるのかも

この機にスパっとやめてみようと愛用のヴィエラを質に入れた

テレビのものを手放した時、「あ、これニュースも見れねえな」と気づいた

まあバラエティやらは既に一切見てないという御仁もおられるだろう

ニュースネット代用ドキュメンタリーもSVODで見れた

 

開始三ヶ月くらいは「流行に遅れてる」という焦燥感もあるだろうが

これは心配しなくていい 一般人は思ったよりもアニメ漫画を見ていないので

 

次に映画 

これも割と楽

邦画邦ドラはいうまでもなくゴミの山なので、そもそも見てない人は沢山いるだろう 

洋ドラは同じことの繰り返しなの簡単に離れられた

モノコンテンツは一般的に、アニメ漫画より高めの12歳当たりの知能をターゲット創作しているらしい

実のとこ、アニメ漫画と大して変わらない程度の低さ、時代考証杜撰さがあったりする

(特にネトフリのドラマは酷い ほとんどが間だったり、引き伸ばしの為の人間ドラマばかり)

 

洋画はなかなか離れられなかったので、まずハリウッド脚本術の本を取り

そこでコンテンツの骨子を研究した

どんなに斬新な映画にも、シンデレラ曲線やいくつかの型の複合技であることに気づき

作品陳腐化させることに成功し 今は数か月に一本が関の山となってる

(昨年に至ってはアベンジャーズしか見なかった)

また、新作映画も2000円と高価なのでわざわざ映画館に行くことは無くなった

 

ゲーム

正直な話、ゲームはやめられなかった

(といってもストーリーものJRPGなどはプレイしてないが)

APEXやスマブラなど、対戦系のゲームはたいしてアレでもないのでノーカン扱いにした

そもそもゲームコンテンツの規模的に発売される頻度も少なく 

アニメ漫画みたいに一か月に何本も消費出来る創作物ではないのでちょっと判断甘い

 

 

結果としては対戦ゲーム以外はやめられた

ゲームは娯楽の王」という考え方にも頷ける

受動的な映像作品スキップできないのが辛い

ゲームは「ゲーム性」と「物語性」の二つの評価軸を持てるので

物語がややオフェンシブでもスキップすれば我慢できる(BOTWは特にそうだった)が

受動コンテンツゲームではなく、物語性を楽しむしかないので

故に好き嫌いが分かれる感覚がある

 

創作物離れすることによる弊害として

教養が無くなるという主張もあるが

自分場合、そこは土日に図書館に通って、

暇つぶし適当な専門書や小説(当然だがラノベは除外)を読んだり

しろアニメ漫画を嗜んでた頃よりも教養がついた感じがある

また、海外YouTube動画などは結構専門的な動画があったりするので

それを酒のつまみに見るのが丁度良かったりする

 

ゲームだけは離れられたことを鑑みて、プログラミング勉強をすることにしたり

暇をつぶすためにインドアな娯楽以外を調査したりと

案外、映像コンテンツ漬けだった頃よりも有意義時間を過ごせることに気が付いた

 

デメリットとしては映像作品価値を見出すことが難しくなった

例えばオタクがやたら「このアニメ凄いよ!」とゴリ押ししてるモノをちょっとだけ見ると

おそらくそれには数か月前のアニメ漫画コンテクストが関わってるパターンが多いので

こっちとしては何が面白いのか分からないという事態になる

ジョジョネタを嬉々として使う作品を見る時のうすら寒さ、というべきか

子供の頃、両親が自分の好きな娯楽を楽しんでくれない時があっただろう

それと同じような状態

よく言えば客観的、悪く言えば無理解思考になる

創作物自分アイデンティティとまで言い切るオタク

そうでない一般人とで軋轢が生まれるのも無理は無い

 

パーセントとは言わずとも、段階的に創作物の消費を抑えていくことは

悪化する大衆メンタリティや、加熱する競争にたいする抵抗になり得るのではないだろうか

2020-01-07

anond:20200107160811

今はかつてメインカルチャーと言われた文学とか芸術とかの方がサブっぽくて

かつてサブカルチャーだったアニメ漫画映画音楽の方がメイン扱いじゃないだろうか

例えばコミケ行く人(の中でも企業ブースとか売れ線ジャンルしか興味ない人)より文学フリマ行く人の方がよっぽど「サブカルオタク」って感じがする

サブカルオタクという言葉が違うなら、濃いオタクというか

2019-12-01

すみっこぐらしって温水主演じゃないのかよ

何かは分からないが、すみっこぐらしっていう映画流行ってる事だけは知っていた。

どこかで「すみっこぐらし、ヒットの理由」みたいなネットニュースタイトルを見たんだろうなぁ。

でもそのニュースは開かなかったから内容まではよく知らないし、これといって気にも留めていなかった。

そんな前提があって、今日映画の日ということで映画を観に行ってきた。お目当ては当然すみっこぐらしではない別の映画

グッズコーナーを眺めていてすみっこぐらしのグッズをたまたま見つけ、やっとどんなものか知ることになった。

思ってたのと違った。漫画映画じゃねえか。

深夜にテレ東でやってる感じの、哀愁のある中年ハゲサラリーマン社会の隅っこで生きている日常でも描いた映画なのかと、勝手に思っていた。

温水洋一あたりが主演で。描き方としては孤独のグルメ的なイメージかなぁ。そういうノリが受けて異例のヒット飛ばしてるんだと。

まあだからなんだっていう類のただの勘違いだけど、思っていたものとあまりにかけ離れていたもんだからちょっとした衝撃だった。

あとはこっちの話なんだけど、こういうタイトル見るとドキッとする。

窓際のトットちゃんとかもさあ。内容分かっててもそうだし分かってないと尚更。

とりあえず子供向けの映画であったことに安心した。

2019-11-09

anond:20191109160058

さうです

漫画映画趣味なかたは

「くもとちうりつぷ」を

愛でなければなりません

戦闘描写の御好きな御仁は

のらくろ」を

だうぞ

2019-10-27

anond:20191027150128

オタク以外は全員DQNからオタク趣味以外は全部嫌い、ってのがオタクだろ

オタク臭くない漫画映画小説ドラマテレビ番組etcイベントも全部文句つけるじゃんあいつら

同じオタクでも女性向けとか鉄オタみたいなジャンル違いも嫌ってるし

2019-06-21

この世は「下位層男性と上位層男性」によるマッチポンプなのではないだろうか

というのもさ、ほとんど社会ってのはコイツら中心に回ってるわけで

 

彼らが戦争を起こしたり、あるいは格差犯罪、極論を産み出さなければ

社会のあらかたの問題解決するじゃん

 

 

 

ヒーローアニメ漫画映画でも、味方or悪役になって権力をふるうのはこの両者だけだ

 

バットマンジョーカー 二人とも男って言うことでは完全に仲間

あとはくだらない金とプライド問題に過ぎない

 

 

 

いい加減、大人になろうぜ プライド、金よりもさ

もっと社会に優しくなろう

 

俺たち私たちメタ認知の出来ないアホ男どもの

マッチポンプの中でマウント、消耗しあってるだけだ

2018-12-07

追記有】イマジナリーフレンドと生きている

イマジナリーフレンドと呼ぶと格好付けになる。実際はただの架空の友人。

私は幼少期から親の都合で関東転々としていて、同じ家に5年以上住んでいたことが1度しかない。最長で8年。

そんなわけだから新天地友達を作っても、どうせ長続きしないだろうと諦めて越すと同時に縁を切ってしまう。虚しい。

携帯を手に入れてからは人と繋がることが容易くなり、1年に1度でさえも会う事は無いけれど連絡は時折とる、そんな知り合いも増えてきた。

それでも虚しいし、寂しい。

小中高と同じ出身人達を見ると胸が苦しい、幼馴染という概念が羨ましくて仕方ない。

同級生達が卒業式後の打ち上げの話をしているのを見て喉を掻き毟りたくなった。

片鱗は以前からあったけど、はっきりと自覚して架空の友人を作り上げたのは高校転入時だ。東京から他県の田舎寄りの高校に転校した。

前の土地ではどんな風に友達と過ごしてた、とかオーソドックス転校生への質問だったと思う。

私はAという友達とどこそこでよく買い物をした、映画を見た、食事をした、そう答えた。

今にして思えば見栄なんだけど、架空の友人を作る人なんて大概虚栄心じゃないか

Aは最も長く過ごした土地で出来た仲の良い同性の友人で、私の一番の理解者でもある。8年ほど前に生まれ存在だが、設定からいえば16年ほどの付き合いだ。

人生の半分以上を共にした人間。もはや家族に近い感情を抱いている。

彼女に救われている一方で、彼女に囚われているとも自覚している。

彼女存在することで救われているから、彼女存在しないことを突き付けられる度に、絶望しそうになる。

私はツイッターアカウントをいくつか持っていて、その中には俗に言うリア垢が存在する。

私だけではなく、Aのアカウントもある。

実在性を上げる為だ。

誰のためでもなく私の私による私のための生産性のない行為

私が新作の映画を見ればAは「私も気になってたんだよね」と呟いてくれる。

私が誰かと食事をすればAは「どこのお店?今度連れてってよ」とリプをくれる。

そんなかんじだ。

別にAが私と会話をする為のアカウントではなく、Aはこの本を好むだろうと感じた本を読んで感想を呟いたり、彼女ならこんな曲を好むだろうと他人伝いで見つけた知らないバンド新譜を買って写真をあげたりする。

直近だと、出演作もろくに知らない俳優写真イベントに飛び入りで参加などした。Aが好みそうな顔をしていたから。

時折よく会話をしている鍵垢は誰?と聞かれる。他人の会話覗いていることよく口に出来るな、と思いつつも自分でも同じことをしているのでなんとも言えない。(みんな見てるよね?)

過去に住んでいた土地親友、と答えている。

彼女は私の中で生きていて、嘘はついていない。

彼女は私なくして存在する事はできないし、私も彼女なくして生きる事はできない。

大学も出て社会人になっていい歳してなにをしているんだろう、とも思う。

今日も私はイマジナリーフレンドと生きている。

追記

私と彼女生活「日常」の一コマで、平生の延長線上にあるものだ。だからトラバブクマコメで、漫画映画といった「非日常」的要素を挙げられて驚いている。

自分にとっては大したことない行為(勿論私の中で占める割合は大きい行為)でも、他人にとってはフィクションに該当するんだな。当たり前のことなのにアハ体験価値観アップデートが行われた。

このエントリ?を書くためにアカウントを取得したので、返信の仕方がわからない。追記方法も間違っている気がする。

からも反応が無いまま消えるのだろうとわかりつつも、彼女を私の中で生かし続ける後ろめたさからこのエントリを書いた。

でもありがたいことに(?)少し反応をいただけて、その瞬間だけでも擬似的に彼女他人の中で存在することができたから、嬉しい。

ブクマコメに「自分死ぬと同時に彼女死ぬんだし」という言葉があった。

私が死ぬ彼女死ぬという言葉ガツンと後頭部をバットで殴られたような感覚。そうか、私が死ぬとAも死ぬんだ

本人にそんな意図ないのはわかってるんだけど、なんとなく長生きしようかなと思えた、ありがとう。これが言いたかっただけ。

それだけの追記です。

2018-06-18

anond:20180618111506

マジで

漫画映画その他フィクション世界でもあまり黒人男にヤられる女は見ないけどな。

黒人のチンポを欲しがるのってそんなにメジャーか?

居ても山田詠美みたいな頭おかしい女くらいでしょ。

2018-03-17

もし自分子どもがいたら、してあげたかった話や、読んであげたかった絵本、一緒に行きたかった場所や見せたかった景色、一緒に食べたかったもの、一緒に聴きたかった音楽絵画小説漫画映画芝居アニメゲーム

学生の頃から折に触れて書き留めたものが日々増えていく一方だったが、肝心の子どもには、ついに会えなかった。

しかし同時に、きっとこれは親のエゴというやつで、子ども視点から見るとうっとうしい押し付け以外の何ものでもなかったのだろうとも思う。

「ごっこ」ばかりの人生だった。

2017-08-01

anond:20170801163517

これはほんとにそう。面白さをタレント担保しすぎ。

映画を見に行く人口自体が少ないのに、海外狙わないで「みんな劇場に行こう!」って来るわけねーだろ。

半沢やゴジラで潮目が変わるかと思ったけど最近漫画映画ブームを見てると本当になにも学んでいないんじゃないかと疑わざるを得ない。

2017-07-09

アニメ漫画映画ドラマで影響受けるはずないって正気

映画のおかげで、日本じゃすっかりネタ枠に認定された黒人存在無視か?

 

ちなみにアメリカでの日本人イメージを教えてやろう

トージョー オタク ヘンタイ ネタ枠だ

2016-05-07

邦画だって面白いんだよ!絶対おもしろ映画監督リスト

邦画はクソだと思ってるやつ、映画監督で見ろよ。配給で見るな!

ネット社会でアレはダメだったか邦画ダメになった、みたいに言ってるやつは見てる映画が悪い!

大体、「みんな」が見る東宝映画は金かかってるぶん、スポンサーに気を遣ってCMを入れる民放ドラマみたいになってる状態で(NHK視聴者と国に気を遣いまくってる)

邦画漫画実写はダメだとかいうヤツもいるけど、じゃあ漫画映画一切見んなっつーの!と言いたい(「みんな」見るから売れる、だからやる。摂理

あと批評家宣伝方法がどうのとか言っても、今更批評家興行は決まらないし……(インターネット時代になって批評家時代は終わったのだ)

この時代日本にもしっかりした作品を作る映画監督が居ることを、ハッキリと言っていたい。

オリジナルで良作連発。漫画実写だけどミニシアター系でよくできてるのもたくさんだ。

そういうのが認められるようになったら、邦画はまともなものが売れるようになるんだ。

わりと認められてる漫画実写の「ピンポン」や「青い春だって今みたいに大規模公開の分類ではなかったんだぞ。小規模の名作だ(ていうか、どっちも松本大洋だった)

商業監督三池や堤を見てこいつらダメになった……って言うのは勝手だけど、あれは金稼ぎの中で十作に1作くらい好きな風に作ってる監督なわけだよ。

その1作が良作か駄作かで、その監督価値業界で決まってるわけ。

でもそんなの映画好きしか当たり引けないって。そんなに映画見ない人は、駄作見たくなきゃ避けるべき監督だ。

海外映画祭をとるような園子温は、とてもじゃないがおすすめできない。サブカルで奇抜なのが好きで、邦画に見飽きたくらいで見る監督だ。

(間違ってもクドカン監督作品は見るなとか言いたいけど、最新作は見に行く予定だ。大友監督は、ちょっとまともなのとってくれないと分かりません)

から最近おすすめ映画監督をここに書く。我々「みんな」は良作を作る監督を学び広めるべきなんだ。

邦画ファンならみんな知ってる名前だろうけど、興行を支えているのが邦画ファン以外の東宝ワーナーファン宣伝ブランド力)というのが虚しいではないか

電通マスコミによる印象操作映画を語っているのは、悔しいと思わないか

条件として。

傑作を作る監督も居る。だけど、そんなの邦画全体を見て年に1作2作あるか無いかなんだから、手っ取り早く傑作を求めても仕方がない。

「約9割の確率で駄作を作らない監督マイナー過ぎず、佳作、良作を量産できている監督」を以下に書くので是非「ジャケ買い」ではなく「監督買い」してくれ。

代表作に「アヒルと鴨のコインロッカー」「ゴールデンスランバー」「ちょんまげぷりん」「残穢-住んではいけない部屋-」など

ミニシアター系でロングランになったアヒルと鴨の監督。どんどん規模の大きい映画を多く撮るようになった。

ただ、まだ三池や堤のように適当に撮ってないし、商業監督に寄っては無い。邦画ファンも認める『佳作』を『量産』してくれる。

知れ渡る知名度と合わせて、見た目がくまさんみたいに大きくなっているのが気になっている。

代表作に「舟を編む」「川の底からこんにちは」「ぼくたちの家族

満島ひかり旦那嫉妬をするな、彼女は才能に惚れたのだ。日本映画界を背負って立つ予定の監督

堅実で丁寧で突っ込みどころがない、かつユーモアあふれる作風が特徴。若干32歳で舟を編む。賞をとりまくった。

淡々とした演出がTHE邦画といったところか。これからメジャーに寄っていくのか分からないが「舟を編む」だけは見ておくんだ。いいな、わかったか絶対だ。

正直推していいのか迷ったけど、代表作に「モテキ」と「バクマン。漫画実写で二つそろったとこだし、駄作を作らないという観点からラインナップ。

ポップでメジャーサブカルミュージックドラマ監督ならではの作風。ただ一つ、原作ファンには手厳しい(まほろ外地だって原作ファン的にどうなのか)。

しか原作通り映画にするってどうなの?議論を使うと、彼の実写方針は正しいのだと思う。

映画そこまで好きじゃなーい邦画くらーいってヤツを連れて行くなら、大根監督一本だ。(エロには気をつけろ!)

堤化しないことを祈る。

代表作「リンダ リンダ リンダ」「天然コケッコー」「もらとりあむタマ子」「味園ユニバース

邦画ファンなら必須チェック監督になっている気がする。自らの作風をつかみ始めたのか、近年、油が乗ってきたように思う。

画が良い。キャラが良い。2時間監督ノスタルジックファンタジー世界に浸れたら幸せ

代表作「純喫茶磯辺」「さんかく」「ばしゃ馬さんとビッグマウス

銀の匙 Silver Spoon」という人気原作で華麗に滑った印象があるのだけれど、あんなもんで消えてたまるか!映画自体は良作なんだ!

いきなり任されたってのは、映画業界の期待の現れでもあったはず。

人間のどうしようもないところをポップに描く監督映画活動が途切れないことを祈ってます。才能は消えない。

代表作「南極料理人」「横道世之介」「モヒカン故郷に帰る

飯テロ映画南極料理人」が好きな人は多いかもしれない。キツツキや横道を経て、最新作モヒカンを見て確信した。この人は天才

単調なのが味わいでもあるが、作品によってはストーリーも効いているし、王道を嫌っているのか泣かしにこないでコメディに走るので気楽に見てほしい。

今まで長編映画は6作あるが、全部良作なので、いつでも安心して見てくれ。

安定してる人ってそんなに居ないので、これくらいは覚えられるはず。

何人か漏れている気がしないでもないが、他にもおすすめ監督が居る。ただ、良作率が6割程度に下がる他、発表間隔が長かったり、まだ出始めの新人監督なども居るので、そのへんは容赦してほしい。



まぁ他にもいろいろ居るんだけど、好きな監督自分で「宣伝」してください。

SNS時代なんだから、今更企業宣伝に踊らされてる時代でもないでしょう。

追記・ブコメ返信:

内田けんじ追加命令が多いので追加します。新作撮る気はないんでしょうか?あと入江悠、大森立嗣、いいですね。好みではないけど良いです。あとは規模と宣伝ができるバックがついた監督も多いので、その辺はスルーしてます矢口さん滝田さんとか、テレビ局がついてるので監督買いする人も一定数居るでしょう。とくに好みではないですが、悪くない監督だと思ってます。え、岩井俊二はもうみんな知ってるでしょう?堤さんや三池さんの映画にも好きなものはあります。堤さんは、最近丁寧になってきました。見てますよ。ただたまに許せない時があるだけです。橋口亮輔監督はいいけど、量産してくれるんだろうか?今後の監督として薦めにくいんすよ~過去作のレンタルおすすめ。30分も映画見てられないとか義務教育でつまらない授業45分からやりなおすべき。あともうなんか、ここに入ってないから気に食わないとか言われてもね。そんなに好きなら、あとは自分宣伝してください。それがすべてと言っているでしょう。そういうお話をしたかったんです。邦画好きはもっとシャベリになるべき。

うそう、これ入門編なのです。人それぞれだなって思うような監督は、このリストではおすすめしにくいんで。別のときに別の方法勝手宣伝します。リストは好みの監督なんだなって思われるかもしれませんが、もうちょっとカオスなのも結構好きです。好みとか抜きにして良いのは良い、でまとめてます。どうせ、このリストから見るのなんて1人の監督から1作くらいでしょ?カオス作に当たったら責任とれない><個人的に大好きな映画映画通に批判されるだろうから入れてないですよ三池監督自分だけの宝物にしたい気持ちわかりますよね。

映画批評家死語)や映画好きの漫画家(じゃあ貶してないで自分フォロワー宣伝すれば)に守ってるとか言われても知りません。一増田になにを求めるの?増田テラフォをdisってないよ。

あと洋画見ないのかって言われたけど、こんだけ書いてて洋画見てない増田に見えますか?映画館でやる洋画なんて絶対面白いんだから日本公開されない洋画を見てから洋画ファン洋画ファンと名乗ってくださいね邦画が楽しくてそこまで手を伸ばしてる余裕ないので、増田邦画好きと名乗ります邦画と似た洋画名作もたっくさんあるんだけどなぁ?洋画イコールドンパチCGって認識もどうなの?洋画にたいする侮辱じゃない?

アニメあんまり詳しくないです。ごめんなさいね。言われてる監督は一通り見てるけど、アニヲタからしましたら色々あると思うのでなにも言いません。ただ日本アニメ作風がとても邦画寄りですよね。D映画より好みに合います

あと、あともなにも追記がうざいな。ブログ教えろって言われたけど、絶対嫌です。もうちょっと丁寧にインテリジェンスに、文章見なおしながら普通に書いて楽しんでます。そもそも感想文が上手くないんで、もっぱらツイッターだけど。これは思ってること一気に書いたので、読みにくいという指摘は「だよね」って思ってますよ。すごい共感した。

この映画監督リストが気に食わない人は自分で好きな映画宣伝してくださいよー邦画洋画もどっちも日本じゃ下火なんだから、こういうところでどうでもいい議論して、じゃあいっちょ見るかくらいの熱が欲しいんですよ。駄作を批判した分、同じ熱度で良作紹介するのは映画ファンマナーとしてきっと必要ですからね。今は批判したらしっぱなしだから…。

2014-08-02

http://anond.hatelabo.jp/20140802004057

でも大人向けアニメって無いよね。

オタクが大人向けアニメだと思ってるのは実際は精々大学生くらいまでだし。

他のエンタテイメント、例えば漫画映画小説ドラマなんかで大人向けつったら

30代以上の中高年向けを指すけど、ここに当てはまるアニメは無い。

今の30代は子供の頃はアニメ見まくってた世代だけど、ここをメインターゲットにした大人向けアニメは無い。需要が無いから

2013-07-09

剛力さんが叩かれるのをみるのがつらい

剛力さんはほんとに頑張ってると思う。


普通の勤め人として考えると、あきらかに働き過ぎな状態なのに、

穴もあけず、肌も体型も調子を保ったまま、笑顔でその激務をこなしている。

もちろん、そういう特殊な職業を選んだのは他ならぬ彼女自身なのだから

多少の努力や我慢は必要だと思うし、

そうやって当たり前なのかもしれない。


だけど、あれだけの量のプロジェクトを並行して回し、

しかもそれぞれが撮影だったり演技だったりトークだったり歌だったり踊りだったり

ひとつひとつが重たいタスクなんだから、並大抵のことではないと思う。


事務所戦略として、次々に与えられるミッションをこなす上で

事実上彼女仕事を選ぶ権利がない のであったとしても、やはり

「これも私かよ!」とか「これはなんかちょっと違うだろ!」と

自分自身思う瞬間があるかもしれない。

でも、次の瞬間には「それでも求められてるから」「せっかくのチャンスだから

仕事があるだけありがたい」など、様々な前向きな理由をつけて

一生懸命こなしているのだろう。


顔の造作こそ、はえぬきの美人ではないにしろ

スタイルはいいし、踊りも巧いんだからモデルとか舞台俳優とか

「あんまり知られてないけど、いい味出してるよね」と言われる位置づけに

なんとかポジショニングできなかったものだろうか。

せっかく良い所が沢山あって、しかも真面目な努力家なのに

唐突な「なんとか賞」を受賞させたり、鳴り物入りの漫画映画化などに担ぎ出したら

そういう彼女の良い所が全部裏目に出てしまう。


から、いやだからというのはおかしいかもしれないけど

精一杯頑張っている彼女が、あたか彼女自身に非があるかのように

叩かれたり馬鹿にされたりしているのをみると、

とてもやるせない気分になる。

さすがに先日の音楽番組では「oh...」と思ったもの

声が震えるくらい緊張してるのに、逃げ出さずにやりきったことは

やっぱり凄いことだとおもう。

電波に乗せる音楽ってもんはそういうレベルじゃないんだよ、というのは置いておいて)


そんなわけで、

剛力さんが、本当に良さを発揮できる場所

一日も早く得られることを、陰ながら祈っています

2010-08-15

CASSHERN~なぜキャシャーンは人を激怒させるのか?

 なぜキャシャーンは人を激怒させるのか?

 単に、紀里谷和明監督への嫉妬か、妬み・嫉み・恨みなのか。

 しかし、例えば僕などは日記をみてもらえれば判るようにキリキリ監督尋常ではないレベルの妬み・嫉み・恨みを抱いているが、それとこれとは別で、「CASSHERN」という映画じたいは素晴らしく面白い!と手放しで絶賛してるし、一発目でいきなりこんな凄い映画を作れてしまう紀里谷監督リアルに天才なのでこれからも凄い映画を作り続けてほしいです!と応援してしまうのである。

 つまり嫉妬の要素というのは、この際、さほど重要ではない。

  CASSHERNは、人間感情の、何かこうクリティカルな部分を直撃する映画なのだ。それゆえに、そのクリティカル・ヒットを受容できる人はハマるし、受容できない人は切れるのだろう。(受容はできるけど、もうこの手の話は飽きた、という人もいるだろう。しかしそのような人は、呆れ果てることはあっても、切れたりはしない)

 CASSHERNクリティカルさというのは、そう、ブライセリフに集約されている。

「つまり、憎しみとは、人間也!」

 さらに、キャシャーンキャシャーンで、「人間が生きていることじたいが、人を傷つけることになる」という意味モノローグを語っている。

人間の性は、悪だ(人間性悪説

人間は、生きていることそれじたいが罪悪だ(原罪論)

 これはキリスト教的な「罪」の論理であり、無神論が主流の日本では受け入れられる余地の少ないテーマといえる。性善説ベースとなっている日本でいきなり「お前の存在じたいが罪だ」といわれれば、切れる人が多いのも当然だろう。しかもこれ、漫画映画である。「敦煌」とか「砂の器」じゃないのである。アニメだよ、キャシャーンだよ。なんで漫画映画で、そんな説教されんといかんねん!という人もたくさんいるはずだ。

 しかも、紀里谷は、これらの作品のテーマを、役者にセリフとして語らせてしまうのである。これがまた、この類のテーマを受容したくない人にとっては、許しがたい行為なのである。セリフで語りさえしなければ、スルーできたはずだからだ。人間は、自分の見たいものしか認識しない。従って、通常、映画を観ていても自我を脅かすようなテーマが提出されても、その部分を認識せずにフィルターをかけて消してしまうことができる。しかし、「言葉」で投げつけられてしまうと、そうはいかない。紀里谷は確信犯的にこの映画を観た全ての人間

「憎しみとは、人間也!」

 というテーマを強制的に植えつけることによって、この映画テーマを曲解される可能性をふさいでいるわけだ。

 このテーマを容認できない人にとっては、監督独善、ということになるのだろう。

 

 さて、この映画は、キリスト教的な救世主の受難を描いている。

 伊勢谷友介が演じる東鉄也は、一度死ぬが、LCLのようでもあり命のワインのようでもある赤いプールに肉体を沈められることにより、再び復活する。この赤いプールの中で行われる復活劇は、あたかもパプテスマのヨハネによる洗礼儀式のようでもある。この復活により、鉄也は自らを救世主キャシャーンと名乗ることになる。もちろん、上月博士三橋達也演じる老医師、鉄也の母みどりの幻影などが、復活した鉄也に「君の復活には、何か意味があるはずだ」「この街を守れるのか」「人々の争いを止めるのです」と、鉄也を救世主の道へと導こうとアシストするわけである。

 しかし、鉄也は救世主キャシャーンとなっても、奇跡を起こすことはできず、人々はみな挫折して死ぬ。そして鉄也自身も傷つき、血まみれとなっていく。鋼鉄の扉の隙間からバラシンに刀で心臓あたりを抉られるシーンは、あたかも十字架にかけられたイエスのごとくだ。

 しかもキャシャーン抽象的に人類の業を贖罪するという存在ではない。鉄也自身が生前、殺人という罪悪を犯しているのだ。「反戦映画」ともうけとられがちなこ映画は、実は、戦争だけに反対している映画ではない。「人間存在そのものが罪だ」というテーマをもっとも端的に表現できる場こそが戦争という極限状態なので、戦場における戦闘の結果としての殺人という光景が何度も繰り返されるのだ。

 最後に鉄也は戦場で犯した自らの罪業を認識して、懺悔する。

 が、この映画の恐ろしいというか念入りなところは、懺悔したはずの鉄也がさらにダメ押しともいうべき父殺しという罪を背負うことである。母親を寝取り、父を殺すというのは、いうまでもなくエディプス・コンプレックスなのだが、鉄也は最終的に父殺しを達成することによって、人類の原罪をことごとく背負って自殺することになる。

 では、鉄也の懺悔無駄だったのか? そう、無駄だったのだ。この映画テーマは「憎しみとは、人間也!」なのだから。従って、鉄也は、キリストの如く原罪を背負って血に塗れ、死んでいくしかないのだ。キリストと違う点は、人類の原罪を肩代わりしたのではなく、自ら原罪を犯して死んでいくという点だけだろう。もちろん鉄也は単なる殺人犯というわけではなく、「戦争」や「愛する人を殺した殺人犯への復讐」といったどうしようもない事情がある。決して、悪意で殺人を犯したわけではない。人間存在そのものが悪なのだから、生きる限り、どうにもならない、どうしようもないのだ…したがって、救世主になるべくして復活させられた鉄也の地獄巡りは、ドアーズ「The End」の如く、母を寝取り、父を殺して完結する。「地獄の黙示録」を参照するまでもなく、フロイトの絶対的な影響下にある現代のキリストは、エディプス・コンプレックスの持ち主でなければならない。フロイトによれば、エディプス・コンプレックスこそが、人類の原罪意識の大本にあるのだから。

 さらに、鉄也の父親・東博士が下層階級の出身であったことも最後に明らかになる。東博士は下層階級出身でありながら、政府側について少数民族を抑圧する側にまわり、最終的には鉄也の最大の敵となる。このあたりも、なにやらイエスキリスト物語を髣髴とさせる。

 だから、キリスト教圏では、この映画日本からやってきた現代の救世主譚として評価されるかもしれない。

 過去に、日本アニメ映画では似たようなテーマが何度も描かれている。いうまでもなく「イデオン」と「エヴァ」がそれだが、エヴァでは、主人公のシンジ救世主となるべく人類の原罪を背負う……という流れの物語だったはずが、最後にシンジ人類の原罪を背負わずに話が途切れてしまった。「エヴァ」は、「人間の性は、悪だ」という自らのテーマに向き合うことができなかったのである。キャシャーンは、エヴァと非常に似た構造映画であるが、主人公の手を父親の血に染めさせることによって、エヴァが途中で放棄したテーマを完結させた作品であるといえる。

 もう一つ、近作で似たような映画がある。それは「マトリックス」だ。この作品は3部作だが、それぞれ救世主ネオ誕生・生・そして死を描いている。ネオもまたキリストの如く、一度死んで復活する。だが、最後には人類の原罪を背負って死ぬ道を選ぶのだ。終盤、ネオは目を焼かれて失明し、エディプス王の如く盲目となる。機械触手に支えられて死んでゆくシーンは、やはり十字架にかけられたイエスを髣髴とさせる。

 ただ、マトリックスは「何も語らない」「観客に考えさせる」というスタイルを貫いたのに対して、キャシャーンは「全てをセリフで語りつくす」「観客に議論の余地を与えない」というまったく逆のスタイルで作られている。このスタイルこそが、一種の押し付けがましさ・説教臭さ・青臭さ・傲慢さと受け取られ、反発される一因になっているのだろうと思う。だが、この説教臭さ、愚直なまでの必死さこそが、かつての邦画ひとつの魅力だったのではないだろうか。邦画黄金時代には、説教映画が多数製作されていた。「新幹線大爆破」の宇津井健のウェットな説教や、「ノストラダムスの大予言」や「人間革命」で丹波哲郎が繰り出す強引極まりないオレ流説教。かつて、日本人はこれらの説教映画で感動して泣いていたはずである。みんな、かつては馬鹿だったのだ。

 80年代以後、邦画から泥臭さが消えていくとともに、邦画の魅力は失われていった。特に、角川春樹逮捕ホイチョイ・プロダクション的なテレビ局誘導の企画映画のブーム化以後は、有能な監督には集客力が無く、大作はどれも質を伴わない、という状況が長らく続いていた。例えば、世界レベルで評価されている黒澤清三池崇史が、「デビルマン」を監督させてもらえないのである。宇多田ヒカルの夫であるということ以外、ほとんど映画界では実績が無く、世間にもあまり知られていなかったPV監督が従来の邦画システムとはまったく無関係なところで突然作り出した「CASSHERN」は、そういう硬直した邦画とりまく閉塞構造をいきなり破壊した作品といえるのだ。

 無論、システムの面だけではなく、愚直なまでに真剣かつ本気というそ姿勢もまた、古くて新しいスタイルではないかと思われる。むしろこちら(熱さ)のほうが重要で、80年代から長らく続いていたシラケ世代は2001年あたりを境に終息しつつあり、70年代を最後に滅んでいたはずの愚直な熱さが求められる時代が復活しているのだ。アントニオ猪木が「馬鹿になれ」というフレーズカリスマ化したのも単にジャイアント馬場がいなくなったからというだけではない(主にプロレスと関係ない人たちに猪木が評価されているのだから。むしろ保守的プロレスファンは旧来のプロレスシステム破壊する存在である猪木を嫌っている。このあたり、CASSHERNの評価とも重なってみえる)。「馬鹿になれ」という熱くて愚かで泥臭い姿勢こそが、閉塞しつつあった日本の気分にマッチしていたのではないか。

 従来なら「大人げのない幼稚な愚直さ」と嘲笑のネタにされるような熱いキャラクターカリスマ化していく作品としては、「最強伝説黒沢」というコミックもある。この漫画の主人公の黒沢は、中学生と本気で決闘するようなどうしようもない中年なのだが、その必死さ、熱さが、周囲の人間(主に、シラケきった若者世代)の心をわしづかみにしていく、というストーリーのようだ。

 すでに我々には、冷笑や嘲笑で生きていけるほどの余裕が無いのだろう。すべてから距離を置き、自我を脅かすものすべてを嘲笑して生きていくライフスタイルは、「勝ち組」「負け組」が明確化されてしまった現代日本ではもう限界なのだ。そうなれば、道は二つ。「感動など、無い」「自分には何の値打ちもない」という悲惨な現状に気づいて、馬鹿になり、泥にまみれて足掻く道。もう一つは、「自分がこうなったのは、すべて、外部に責任がある」と犯人探しの旅に出る道だ。

 僕がCASSHERNを支持するのは、紀里谷監督製作姿勢そのものが、前者の道を示しているからだ。紀里谷の才能を持ってすれば、もっとソツなく、映像美とアクションに徹した娯楽映画を作ることだって可能だったはずだ。だが、あえてこんな熱くて泥臭くて人に嫌がられる映画を作ってしまった。というより、作らざるを得なかったのだろう。その過剰ともいえる熱さが、CASSHERN賛否両論喧々諤々と騒がれる原動力となっていることは疑いない。こんな熱い邦画は、しばらく見なかった。いったい、いつ以来なのだろうか。

 そしてこの映画テーマもまた、後者の道…「犯人探しの旅に出る道」を遮断するべくして設定されている。そして紀里谷は、それでも「犯人探しの旅に出る道」への抜け道を探そうとする人間に、抜け道すら与えない。テーマをそのままセリフとして喋らせることによって。つまり紀里谷にとっては、作品の映画としての完成度よりも、テーマを訴えることのほうが重要だったわけで、紀里谷はここでも熱い。

 このCASSHERNがどうしようもなく発散させている愚直さ、熱さこそが、実は人々に求めらていたのではないか、と思われるのだ。この映画は、冷笑させることを観た人間に許さない出鱈目な熱さを持っている。いやまあ突っ込みどころはあまりにも満載なんですが…あちこち破綻しまくってるし。だが、それだけでは絶対に済まされない映画なのだ。だからこそ、嘲笑で片付けられる人間よりもマジ切れする人間のほうが圧倒的に多いわけなのだ。僕は紀里谷監督に、もっともっと熱い映画を作り倒してもらいたい。僕自身は、熱さは持っていても、作品を作る社会的能力が皆無なので……。

(04/5/1 本田

 
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