はてなキーワード: セルフプロデュースとは
だけど
往々にしてこの手の問題を話したがる意識高い人は、メンバーシップ型雇用=安定という物語が大好きだ
だからジョブ型にしたらいいなんて考えは彼らにはないし、彼らはジョブ型の話をしたら死ぬ、謝ったら死ぬ政治家のように
結果、メンバーシップ型のせいで発生する問題の解決方法が議論されず「ちゃんとしなさい」みたいな母親が子供に叱るレベルのことしか言えない
あげく嘆き芸というんだろうか、「こんな日本だめだよね~」と、はてなーがセルフプロデュースに利用するだけで終わる
カウンターである彼らにしても忖度で何とかしろと言ってるだけなのが日本の現状
自民党は旧来型日本企業のメンバーシップ型の護送船団方式の企業が大好きだ
カウンターだった民進党はそれ以上にメンバーシップ大好き人間の集まりなんだから笑ってしまう
だから問題の本丸のメンバーシップをどうにかしようなんて議題は当然のようにされず忖度で解決を試みるしかできない
せめてジョブ型で先進的な働き方を推奨してれば俺も投票したけど
けっか中途半端に流動性を確保しようとしてできたのが日本の派遣社員という制度だ
派遣でも技能を高額で取引できるなら歓迎する人が出てくるだろうが、日本の派遣制度はメンバーシップをまもるためのひずみ要因でしかない
品質も育児も同じことが言えるがひずみを解決する手段がさらなるなにかしらの忖度でしかないのが日本のカウンターイデオロギーだってのが救いがない
飲みにケーションなんかしちゃうあれ
解決できる問題はみんな力を合わせて解決しましたなんて成功体験になってますますメンバーシップ型労働いいよねって話になる
「よろしい、ならば戦争だ」
デコイ(英語: decoy、Military dummy、囮とも)は、敵を欺瞞して本物の目標と誤認させる目的で展開する装備の総称。
Matt Cutts氏が指摘するように、順位を下げるために付けたリンクが、期待とは正反対に順位を上げる手助けをしてしまうこともあり得なくはありませんね。
リンクされているサイトではなく、リンク元のサイトがスパムかどうか判断していることをGoogleのゲイリー・イリェーシュ氏がMarketing Land のポッドキャストで明らかにしています。
この説明にもネガティブSEOの具体例をあげて解説していることから、ペンギンアップデートがネガティブSEO対策に力を入れていることがうかがえます。
目的は「はてな次郎」の文字列を自分で管理して、インターネット上に増やすこと。
セルフプロデュースでセルフブランディングするのがポジティブSEOの王道です。
現在、「はてな次郎」をGoogle検索したら1万件ヒットする場合、セルフブランディングした情報が3万件ヒットするぐらいを目指してください。
「はてな次郎」に関する誤情報が、検索結果の10ページ以下に沈めばとりあえず成功です。
「はてな次郎」という文字列をインターネット上で増殖させる作業を、手動ではなく自動で行うことも可能です。
(例)有名人を応援するファンサイトを作り、各ページのタイトルやヘッダーに「はてな次郎」の文字列を入れる。
このような方法で、100万ページ程度のWebサイトは自動的に作れます。
元データや加工方法を変えて、さらにWebサイトを作れば「はてな次郎」の文字列をインターネット上に1億個以上投下することも可能です。
アメリカ大統領選挙でロシアが情報操作を行っていたと言われている「ロシアゲート事件」を参考にして、SNSにデコイをばらまくことも可能です。
やりたい放題のGoogleをブッ飛ばすには、プログラミングが有効です。
頑張ってください。
元記事の仮名が変更されたので本記事の仮名も変更しました。(はてな次郎)
補足:
○朝食:野菜ジュース
○昼食:味ご飯おにぎり、、梅おかかおにぎり、唐揚げ、ウインナ、卵焼き、昆布おにぎり
○夕食:秋刀魚の缶詰、ご飯、納豆(二つ)、コーンスープ、ファミチキ、ガリガリ君
○調子
はややー。
仕事は今日こそやることが無くて、2時間で終わる仕事をうすーーーく伸ばして、かつ「クオリティアップ」の名目でなんどもやるなどの、時間つぶしをして1日を過ごした。
明日からは新しいスケージュルを引くための打ち合わせとか会議に参加するので、それなりに忙しくなりそう。
割とこういう、会話が必要な場では知見を尋ねられたり、先陣を切ったりと、いろいろな役割を求められる立場というか、キャラクタが定着してきているので、ぼーっと話だけ聞いてればいいや、というノリで挑めないのがしんどい。
けどまあ、セルフプロデュース的にそういうキャラクタを演じていたフシもあるので、きっと自分的にはこの方が楽なんだと思う。
要員も整理されたとはいえ、知っている人ばかりだし、気楽に頑張ろう。
●XboxOne
SINE MORAが面白かったので、他に横シューないかな? と積みゲーリストを眺めてたら発見。
しかし、これは僕には難しいな。
結構コンテニューして時間も使ったけど、2面の気持ち悪いウネウネした敵まで行くのが精一杯だ。
まず、パワーアップアイテムをとると、攻撃方法がガラッと変わるのがなんだか難しいな。
反射レーザー的なのが使ってて気持ちいいけど、必ずしもそれが正解な武器なわけじゃないから、次の地形や敵を覚えておいて使い分けるノリが必要なのかな? そうとう難しい。
そもそも、そういうパワーアップアイテムどうこう以前に、1ミスすると死なのが、SINE MORAで慣れた
「食らっても問すぐ回復できる場面なら、無理して避けるより食らって回復した方が安定する」というプレイスタイルと180度違うせいで、ついつい気を抜いてしまい苦戦している。
2面で死ぬと、もう諦めて1面からプレイし直したくなるぐらい。
あと、その装備の一つの合体すると強くなるやつの使い方もなんだかよくわからない。
基本は合体して使ってるんだけど、分離して手数がいる場面もありそうだ。
いやでも、これほんと、まずそういう小手先のテクニックじゃなく、敵の弾をよくみるとか、地形をよくみるとか、
そういう横シューの基本中の基本的なテクニックが足りてないから、クタクタ書くとアホをさらけ出しそうで恥ずかしいな。
●3DS
○ポケとる
限界突破やスキルチェンジが色々実装されるも、愛する悪ポケはノータッチなので、何かのイベントで使えそうなのが来るまでは放置かな、エンドコンテンツの一種だから僕にはまだ早い。
ランドロス(霊獣)がかなり嬉しい。
地面のアップダウンは、攻撃力で10劣るワルビアルを使っていたから、ランドロス(霊獣)が使えるのは嬉しい。
とはいえ、スキルパワー掘りはしんどいからクッキーあげようかな。
これで、メガスピアーが来たら、そろそろ僕もエンドコンテンツの一つポケロードノーアイテムクリアに挑めそうな感じ。
とはいえ、メガスピアー来てもメガスキルアップ集め、ランドロス(霊獣)のスキルパワーとレベル上げ、カイリキーの限界突破とかまだまだ先は長そうだ。
ぶっちゃけ、ポケロードノーアイテムのために必要なのフーパ(ときはな)しか完成してないし。
○はねろコイキング
コイキングは、35代目。
ログボのみ。
歌は並だしダンスもぎこちない
だがしばらく見てると楽曲の幅広さに騙されてかなんだかその拙さの残るパフォーマンスも上坂すみれの味だと感じてくる
歌が上手くて踊れる声優なら沢山居るかもしれないが、これだけ尖った曲を与えられて嘘くさくならないのは上坂すみれぐらいだろう
サブカル糞女として確立してきたセルフプロデュース能力の高さ、そのバックボーンたる知性と傾倒してきた趣味
大人がよってたかっても、規模の大きい演出になってもぶれずに立っていると安心できるほどの個性
日陰者が処理し切れていないマイナー感をラジオや音楽活動でパフォーマンスとして昇華しているのを見ると、許しを与えられてる気すらする
あの作品がアイドル=カワイイを脱却できていると思う点は大きく二つある。
ひとつは、主軸として「(私達で)終わりにする」物語だというところ。
カワイイという他人に媚びた、というと言い方が悪いが、他人のウケに依存する状況を続けていると、
どうしても商業的になってきてその「カワイさ」を演じ続けることを強いられるようになっていく。
それは現実的に考えても辛いことだし、アニメとはいえ女性も人間、歳をとり成長し進学就職していくもの(=ずっと一緒には居られない)というリアルな思考が、暗黙的にキャラクターたちにも存在していた。
そこで彼女たちは、アイドルという青春を引き伸ばす道を選ばずに、作中にして若干1年、現実の声優ユニットとしても5年で「おしまいにした」。
それも、人気の絶頂の最中でその決断を、予め意図したとおりに断行した。
その振る舞いには、これまでのアイドル文化に対して投げかけるような強烈な思想を感じる人もいるだろう。
作中のライバルグループは、メジャーデビューして続けていくことを選んだが、
彼女らはそれを否定するでもなく、「私達がどうありたいか」という思考を大切にした。
その思考について、本編だけでなく劇場版の過半をそれに割いてまで、伝え続けた。
そういうところが非常に現代的だと思うし、観る者に旧来のアイドル観からのアップデートを促すようにも感じられる。
ふたつ目は、作中における「カワイさ」の表現について、あくまでも彼女ら自身の「カワイイ」観・美意識に基いているところ。
パフォーマンスを自分たちの手で、裁量で、決定し作り上げているというところから、現代的な感覚に寄り添う配慮がみられる。
そもそもアイドル活動を部活という設定にしたところからそうだけれど。
もちろん美少女もののメディアを原点にした作品だから、彼女らが自発的に表現した「カワイさ」自体が男性ウケに寄せてあることは否定しない。
けれども内発的に行動している設定にすることで、「やりたくないけどウケの為にやらされる」ような見る側も心苦しい媚び方を見せなくてよくなった(少なくともアニメ上では)。
それどころか、彼女らの美意識に従えば、それの転び方によっては「ウケは悪いが独特な自己表現をするグループ」になっていたかもしれない。
実際に作中で迷走してロックバンドKISSのコスプレをしだす一幕があったほど。
ともかく、そうした主体的に行動するウーマンパワー的な土壌を作っておくことで、女性視聴者も作品を受け入れやすくなった。
結果として「一見男性向け作品なのに女性ファンも非常に多い」コンテンツとなった。これも今時のヒットコンテンツではよくある現象だ。
ちなみに、この「自分たちがカワイイと思うことはやるけど、そう思わない(嫌な)ことはやらない」という、
女性アイドルら自身の尊厳を守るというかパフォーマーとしての意志を尊重する動きは、大手に属さずにアイドル的な活動をする現実の若者にも広がっており、
もはや今の若者はそういうグループしか応援しない、と言うと大げさだが、そういう審美眼はちゃんと持っている人が多い。
他のアイドルアニメ作品でもそういう思想は共通していて、例えばアイドルマスターシンデレラガールズも、
アイマス作品は土壌としてファンを大切にする文化があるにもかかわらず、アニメでは「ファンの期待に応える」ような描写はほとんどなかった。
描かれたとしても「ファンはいつも支えてくれている」というような、受容の存在として描かれていて、ファンの期待や要望の圧力に従うような描かれ方はしなかった。
その一方で何が描かれたかというと、一貫して、アイドルたち自身の内面の成長が描かれた。
ただ、外面からの圧力がなかったわけではなく、それはプロダクションやTV局側の方針との衝突いった形であらわれており、
それと折り合いをつけながら、けれども自分の守りたい個性や魅せ方も守っていくあり方を、
周囲の支援のなかで「彼女ら自身が」見いだしていく、という大筋になっている。
やはりラブライブと同様に、いい意味で「内輪で閉じている」のだ。そしてそれを良しとしている。
まるで、この世界のプロデューサーの仕事は、個性的な人たちの自己実現を助けることが主で、
その過程で生まれるキラキラをパフォーマンスという副産物に変えて売っているかのよう。
そして、「それは創作上だからこそできる綺麗言だよ」とはもはや言い切れない時代だと感じる。
自分たちがやりたいようにやるから、共感してくれる人はついてきて。
そういう思想をベースに、角が立たないように上手にやっていく。
もちろんそういう風潮にもマイナス面は当然ある。
商売に長けたプロデューサーに主体性を奪われないために、アイドルら自身にセルフプロデュース力が求められる。
成功するグループとしないグループの差はより残酷に可視化される。
けれども私たちは、往年のアイドル文化を作ってきた人たちが、丸坊主にしたり惨めな謝罪会見をさせられたりと、もっとむごたらしいものを見てきた。
だからアイドルが主体性を取り戻した「パフォーマー」に変化していくのは時代の流れだし、そういう価値観を含む創作がヒットするのも必然のことだと思う。
かつてのオタク文化の評論などで有名になって文化人を気取っている40、50の方々は、やはり頭がカタくなっておられて、
あまり最近のアニメ、とくにアイドルアニメなんかについて好意的な評をしない、どころか言及すら嫌がるレベルで卑しめがちな感じがする。
書くことが好きだ。
文章を書いたり整えたりしているときが、いちばん心が落ち着く。
だから、なるべく多く文章に触れられる仕事をと出版社に入り、書籍の編集者になった。
しかし編集者になったら文章とじっくり向き合えるなんて幻想だった。
販促仕込み、著者のマネジメント業、金稼ぎ交渉…などに時間を食われ
じっくり原稿に向き合える時間なんて、総仕事時間の1割にも満たないんじゃないかな。
(そもそも、編集者が費やした時間分だけクオリティが上がるわけじゃないけれど)
文章を書きたい。
そうこぼすと、「ブロガーとかフリーライターになったら?」と勧められる。
違う。
ブロガーやフリーライターになることは、芸能人になることと同義だ。
それができない人種だから、文章を書いて心を落ち着けるなんて、
ややこしい方法を選んでるんだ。
セルフプロデュース力はない。ブロガーやライターとして名を成したいという欲もそんなにない。
でも文章を書いて、誰かに読んでもらいたい。
ってもう少し言われてるかと思ったけど、あまり言われてなかった。
なまじ自分たちに「女児向けアニメに夢中になる本来ターゲットではないアイカツおじさん」というメタ的な視点があるからか、
新作発表の時からして厄介なファンに成ってはいけないという自制の空気が漂っている感もあるし、それは実際その通りだと思う。
しかし4つのグループに所属しなければいけなかったり、そのトップのアイドルには何人ものお付きの生徒がいたりグループに入れなければ研修生のままだったり、
機械の説明をするだけでアイドル活動してるのかよくわからない生徒がいたり、学園長がおよそ正当とは思えない理由で主人公を潰そうとしたり、
スターズでも再確認された「アイドルはセルフプロデュース」というアイカツの理念に背く世界観には正直違和感を覚える。
プリパラに視聴者を取られたからといって、同じような筐体と設定を投入したのもあまりに露骨すぎる。
その一方で本来ターゲットではないはずのアイカツおじさんをターゲットにして
未だに旧作キャラや彼女らによる新曲を用いて課金ゲーを展開したり、プレバンでフィギュアーツを出したりしているのも度し難い。
柳の下で新しいドジョウも探すけど、片手間でドジョウの養殖もやってくよーって
そんなにうまくいくもんと思えないんですがねえ。
指原莉乃さんによって史上初の二連覇が成し遂げられ、ベテランメンバーの勇退やフレッシュな新顔の台頭に沸いた第8回AKB48選抜総選挙。
80位までのランクインメンバーから構成されるランク帯のひとつ、33位~48位の「ネクストガールズ」に、36位のメンバーとして私の「推しメン」、HKT48の本村碧唯さんがその名前を刻みました。
「推しメン」とはいったものの、私はいわゆる在宅ファン。現場に足を運ぶ勇気もなく、TV番組だって全部はチェックしない、HKTのファンを名乗るのも若干はばかられるくらいのにわかなファンです。
私がAKB48を好きになったのは、ちょうどグループが国民的アイドルへと進化を遂げ始めていた頃、そのきっかけは当時総選挙で初の選抜ランカー入りを果たした指原莉乃さんでした。
「こんな面白い子がいたのか」と贔屓にしていた彼女がHKT48にその拠点を移し、私の関心も自然と博多の少女たちへと移りました。
指原さんの巧みなプロデュースや若いメンバーの瑞々しいパフォーマンスがすっかり気に入り、特定の贔屓はいないものの歌番組やレギュラー番組を時々見て楽しんでいた私の心を奪ったのが、いま「推しメン」として名前を挙げた本村碧唯さんです。
彼女のことは名前だけ知っている程度、いわゆる妹キャラで泣き虫の通称「あおいたん」、というのがその時かろうじて知っていた知識でした。
もともと指原さんが好きというだけあって、どちらかというと一癖二癖あるような子の方が好きだった私にとって、事前情報から判断するに彼女はまったく興味範囲から外れていました。
そんな彼女が、レギュラー番組「HKT48のおでかけ!」にて活躍の著しかったメンバーを表彰する恒例企画「おでかけ総選挙」にてフィーチャーされた活躍ぶりは、あまりに意外なものでした。
畑仕事中におもむろに巨大なミミズを手づかみし、周囲のメンバーが泣きべそをかいて逃げる中ひとり無邪気に笑う姿、キャンプ体験中、ひとり器用に火を起こしスタジオの指原さんやフットボールアワー後藤さんの口をあんぐり開けさせた姿、釜戸で番人のごとく火加減を見ながらウチワを仰ぐ、妙に手慣れた職人のような顔。ベビーフェイスで泣き虫、そして妹キャラというイメージからは想像もできない野生児っぷりに「こんなに面白い子がいたなんて…!」と一瞬にして心を奪われました。
そんなたくましい姿を見せたかと思えば、他の番組では泣き虫キャラとして一躍有名に。メソメソ泣くというよりは話している間にぼろぼろと涙が零れてくるような涙腺の緩さはもはや一芸クラスのインパクトをもたらしていました。
ただこれはただの取っ掛かりにすぎず、私が彼女を「推しメン」と呼ぶようになったのはもう少し後のことです。
この頃からメンバーのSNSをチェックするようになり、他のメンバーの顔と名前もようやく一致するようになりました。歌番組でも、ゆるい在宅ながら彼女に注目するようにもなっていました。
他のAKBグループと比較してあまりダンスに特化していないHKTにおいて、彼女のダンスはずば抜けていました。
小柄な身体をしなやかに操る綺麗なモーションと、若々しいゆえにパワフルな振付を要するHKTのダンスにおいて誰よりも脚が動いている高い身体能力。
グループ楽曲では主に後列にいながらも、劇場公演やTV番組で披露していた「回遊魚のキャパシティ」でセンターを務めたときのフォーメーション先頭に立つ凛々しさ。もともと体育会系として知られていた初代チームKの曲とあって高難易度のダンススキルを要するこの曲において、彼女はかつての大島優子さんのポジションで、当時のパフォーマンスに引けをとらない堂々としたダンスを披露していました。
彼女のダンスは、梅田彩佳さんや木下有希子さんのようなスクールやコンテストで鍛えたプロフェッショナルな巧さと、前田敦子さんや小嶋陽菜さんのような、「抜け」を作りながらもキメ所を外さない、マイクを持ったTVパフォーマンスにおいて最大限に映える巧さをバランスよく兼ね備えています。タイプは違えど、そんな彼女のダンスの巧さは松井珠理奈さんに通ずるものがあるなと個人的に思っています。
私はふだん生息している他ジャンルでもダンスを長いこと見てきましたが、ダンスに弱いと言われがちなHKTにおいて彼女が群を抜いて踊れるのはもちろん、そのダンスはグループ全体でも通用するほどレベルの高いものだと確信しています。
ベビーフェイスのあおいたんがストライクゾーンに躍り出たのはそれが所以です。
劇場公演にて行われるメンバーの生誕祭のたびに彼女がGoogle+に書くお祝いの言葉は、どれもメンバーのことをよく見ていて、人のいいことろを見抜く力に長けた彼女の才能をよく表しています。
特に、後輩である二期生メンバーへの言葉はどれも印象的でした。
「いい子すぎるんじゃないかってくらいいい子」と評した渕上舞さんが選抜メンバーから外れた翌日、選抜に残った側としてどう声をかけるべきか迷いながらも買い物に誘い出したそうです。のちに渕上さんは、その日はひとりホテルにこもるつもりでいたところ碧唯ちゃんが声をかけてくれた、と語っていました。
ことし卒業した岡田栞奈さんに対しては、「はじめはちょっと苦手だった」という一見ぎょっとするような書き出しに続けて、あんまり自分のことを褒めてくれるから裏があるんじゃないかと当初は不安になったけど、次第にそれが彼女のストレートに人を褒められる魅力のひとつなのだと気づいたと記していました。
所属するチームKⅣのキャプテンかつAKBの大先輩である多田愛佳さんのことを「愛佳」と呼び、愛佳がキャプテンでよかったと書くほど強い信頼を寄せています。
SKE48から兼任メンバーとしてチームKⅣにやってきた木本花音さんとも大の仲良し。HKTの先輩にあたる木本さんは、当初はメンバーと距離があり廊下でひとりお弁当を食べていたこともあったそうですが、碧唯ちゃんはそんな彼女を真っ先に「のんちゃん」と呼び、兼任が終わるころには「花音」「碧唯」と呼び合う仲に。木本さんのHKT最終公演にて特別に披露されたふたりのユニットパフォーマンスでは、会場から割れんばかりの歓声が上がりました。
HKT48の周年祭として行われた過去の公演のアンコール上演にて、かつて一期生で披露していた演目を披露した日。いつもと同じ公演後の更新に、楽しかったという旨に加えて、ふだんネガティブなことを口にしない彼女が「自分のことで精一杯で、この公演の経験のない二期生に気を配れなかった」と反省を零していました。
彼女の語る言葉は、私の知らないメンバーの素敵なところをたくさん気づかせてくれます。それは彼女がふだんメンバーに向ける洞察力と気遣いの現れでもあります。そして同時に、彼女が先輩にも後輩にも慕われる人物であることを伝えてくれてもいます。
ドラフト二期生のオーディションではキャプテンとともに選考に加わるスカウトマンに抜擢され、その時指名した松岡はなさんとは、いちばん先輩といちばん後輩というキャリアの差を飛び越え握手会でお揃いの服を着るほどの仲良し。
渕上さんや同じく二期生の朝長美桜さんは、先輩である彼女を「碧唯ちゃん」と呼び親しくしています。
三期生の矢吹奈子さんは彼女を「マブダチ」と紹介。(その真意はいかに)
卒業した後藤泉さんは、彼女を慕って自ら「あおさんのTO」と名乗っていました。
移籍当初その幼い可愛らしさに盛大な寵愛(笑)を受けていた指原莉乃さんとは、今ではお互い元気がなさそうな時に連絡を入れ合う仲。
キャプテン多田さんはことあるごとに彼女の名前を挙げ、もっと評価されていいのに、と悔しさすら零すことまであります。
同期との固い絆はどのグループどのメンバーにも共通して言えることですが、彼女の先輩後輩を飛び越えた強い信頼関係とそれをもたらす「人を見る力」に、気づけば強く惹かれる自分がいました。
そんな彼女を「推しメン」に据え、初めて自ら一票(記念のつもりだったのでほんとうに一票)を投じた昨年の選抜総選挙。
一昨年初ランクインで48位を記録した彼女の順位は、ランクイン圏内ギリギリの80位でした。
ステップアップを目標にしていた彼女にとっては本意ではない順位。それでも、ほんの一票でもそこに自分の票を投じてよかった、81位じゃなくてよかった、もし自分が投票しないまま彼女の名前が呼ばれなかったら、もしその一票で彼女が81位に落ちていたらずっと悔やんでいただろう、と心から思う自分がいました。
自分が投票した子が呼ばれるって、こんなに嬉しいことだったんだ、と気づかせてくれた瞬間でした。
ただ、選抜常連の人気メンバーとはいえ最後列の端が定位置だった彼女にとって、その順位は試練を意味するものでもありました。
高校3年生になり、後輩も増え、一期生だけの頃のような妹的なポジションにはいられない立場。
AKB選抜に名を連ねる宮脇さんや兒玉さん。グラビアで活躍する同期。野心に溢れた二期生の開花。圧倒的な妹分である三期生「なこみく」コンビの存在感。そして逸材揃いのドラフト二期生。
層の厚いHKTにおいて、彼女の存在感が常に安泰とはいえないような1年でした。
そして最新シングルで初めての選抜落ち。私も、そして彼女もGoogle+に記していたように、「いつか来るかもしれない」と危惧していた瞬間でした。
今年の選抜総選挙を直前に控えた頃、「HKT48のおでかけ!」にて、一期生メンバー数名を集めた食事会の様子がOAされました。
そこで彼女が口にしたのは、「アイドルに向いていない」という言葉。
それを聞いたとき、私は「そんなこと言わないで!」と思う反面、たしかにそう言える節もあるかもしれないな、と妙な納得を覚えていました。
AKBが「アイドルらしさ」という画一的な価値観を打ち破った昨今、「アイドルに向いているかどうか」は一概には決められないと思っています。
それでも、彼女の性格はたしかに、セルフプロデュースがカギを握るAKBにおいては、たしかにあまり有利には働きません。
そしてそれが、悲しいかな彼女の長所と紙一重であるとも思っています。
碧唯ちゃんのダンスはたしかにグループでも指折りの巧者といってよいほど。
ただ、その長所は、言葉を選ばずに言えばアイドルとして当然に求められるスキルが秀でているだけのことにすぎません。
もちろんどんな特技や長所を持つ子でも、みんな同じくらい努力をしているしそれぞれの秀でた能力そのものに優劣の区別はつけられません。だけど、アイドルとしての彼女のそのスキルは、集団の中で目を引いたりテレビで大きく取り上げられたりはされにくいという面があります。(例えるなら、学校のテストで満点や一番を取った人が、スポーツの大会で優勝した人のように賞状とトロフィーが贈られ全校集会で表彰されるとは限りません。)
さらに、碧唯ちゃんは本当に周りをよく見て他者に気を配る代わりに、あまり自分をグイグイ出すことはありません。
ファンに対して強いアピールや確固たる目標を口にするのもあまり得意でないようです。
真面目な性格の分器用に立ち振る舞うのが苦手なようで、指原さんに「適当にできない(TVのアンケートに時間をかけすぎて怒られたりする)」と涙ながらに相談していたこともありました。
二期生や三期生の急進メンバーのような、キャラを立たせ、おいしい機会を逃さないというハングリーな強さにはやや欠けるところもあります。
私はそんな不器用なほどにまっすぐなところも含めて彼女を好きになったのですが、たしかにそんな彼女の課題(欠点とはいいません)は大きなハンディキャップになります。
人前で決して弱音を吐かない潔さの反面、悩みや本音を抱え込んでいないか少し不安に思うこともあります。(多田さんや木本さんがそんな彼女の性格を慮っている様子を時々見かけます)
周りをよく見ているだけに、選抜から外れたときも、悲しい顔をしていては初めて選抜入りした二人が喜べないから、と、初選抜のメンバーを祝福する強さをもっていました。
誤解を招きたくないので念を押しますが、私は決して、彼女が報われないと嘆いているわけでも、彼女を不遇のヒロインとして描きたいわけでもありません。
ただ、彼女の素敵な魅力は課題と紙一重になりかねない、だけど私は彼女のそんなところを好きになったんだ、というもどかしい思いを抱いているだけです。
セルフプロデュースによってスポットライトの下に行き、ファンの物理的な支えで直接その光を浴びるアイドルとして、彼女はあまり器用な人ではありません。
そういう意味では、たしかに「アイドルに向いていない」と自らを評価する気持ちも少しわかるような気がします。
それでも私は、今年も彼女にアイドルとしての期待を託し票を投じました。
不器用でも人目を引きづらくでも、彼女のスキルと頑張りを評価したいと思ったから。
器用に振る舞えない分、どんな時でも一切弱音や環境への不満を漏らさず、たとえ冗談でも他人を悪く言わない彼女のまっすぐな姿勢に惹かれているから。
選抜から外れ、アイドルに向いていないと自分の魅力を陰らせてほしくなかったから。
そして何より、彼女が数多いるアイドルの中で私の目に飛び込んできてくれた唯一の存在であるから。
実のところ、在外中ということもあってモバイルのキャリア認証の壁に阻まれたこともあり、実際の投票数と貢献度はほとんどないに等しいようなものです。彼女の結果に「頑張ってよかった」とも「悔しい」とも言えるような立場ではないただの在宅として、ほんのわずかでも彼女に届けば、との思いで票を投じました。
そして昨日、開票が進み、HKTメンバーの名前が続々と呼ばれ、私ももしかしたら彼女も、今年はもうダメかもしれないと不安を抱き始めた頃、36位のスポットライトは、本村碧唯さんのもとに当たりました。
両手を深く握りしめたガッツポーズ、両手を大きく挙げて喜んだ指原さん、36位のスピーチ中にカメラを向けられ、大きな笑顔でピースを作った仲良しの後輩、松岡はなさんの姿。
速報順位から大きく狂い、「箱推し票」ともいえる第一党グループをかけた駆け引きに左右されたとも噂される大混戦の中、HKT48全体で6番目の位置につけた彼女は、昨年から1万票以上増えた得票をもって、この日自身の最高位を記録しました。
開票終了後に更新されたGoogle+には、彼女の喜びと感謝、そして選抜復帰にかける意気込みに続いて、こんな言葉が記されていました。
「1人じゃ何もできないので(以下続く)」
私はこの言葉を見て、初めて彼女に少しだけ怒りました。(といっても心の中で「もうっ><!」と思った程度のそれ)(基本欠点を指摘する暇があったら好きな子のいいところをできるだけ多く見つけたいタイプ)
碧唯ちゃんは、ひとりでは何もできないようなアイドルではありません。
ずば抜けたダンススキルはグループの垣根を超えて、高橋みなみさんの卒業を前に企画された特別公演の一つ「ダンス選抜公演」に抜擢されるほどの評価を得ました。
メンバーに向けた気遣いとパフォーマンス能力の高さは、自身の誕生日に際し他のメンバーが「これからは碧唯が自分のために動けるように」とコメントしたり、キャプテン多田さんが「頼もしい」「もっと評価されていいのに」と評価したりとグループ内で確固たる信頼に繋がっています。
大混戦の中36位というグループ6番手の位置につける得票は、紛れもない彼女の魅力と功績への評価がもたらしたものです。
彼女は今年の総選挙の目標を掲げるにあたって、「唯一碧く輝く宝石になれるように」という自信の名前に由来して、輝く宝石になりたいいつも自分を輝かせてくれるのはファンのみなさんです、と語ってくれていました。
その言葉がとても彼女らしくて嬉しく思うと同時に、「逆だよ、あおいたん」と思うこともしばしばありました。
本村碧唯というアイドルは、それ自身がキラキラ輝きを放つ碧い宝石です。
磨かれて宝石になるのを待ってるんじゃない、もうとっくにあなたは宝石なんだよ、と、勇気が出ず握手会にも行けない在宅は心の中で叫ぶほかありません。
たしかにAKB48という世界において、最終的に彼女たちにスポットライトを向けるのはファンの力です。
それでも、少なくとも私は、「この子を宝石に磨き上げたい」という思いではなく、「この綺麗な輝きをもっともっと光らせたい」「この美しい宝石に似合うステージへ歩むべく少しでも背中を押す声となりたい」という気持ちで彼女を応援しています。
何より、数多いるアイドルの中から彼女を見つけるための道しるべは、他でもない彼女自身の放つ光だったから。
決して器用ではない彼女が、今年になってたくさん言葉にしてくれた強い思いを、一にわかファンながら嬉しく頼もしく思っています。
だから碧唯ちゃん、これからは、その輝きでみんなを照らしていってね。
碧唯ちゃんが輝けば輝くほど、その光をもっと広く届けたいと思う人が増えるはずだから。
あなたはとっくに輝いてる、本村碧唯という宝石は今まさにスポットライトを浴びて輝きを一層増そうとしているのだと、彼女が自信をもてるようなきっかけになればいいな、と願っています。
本村碧唯という、碧く輝くただひとりの宝物に、心からの祝福を。
勢いで書き殴っておいて最後に言い訳するのは最高にかっこ悪いのですが、私はほんとうにただの在宅にわかで、今回の結果に至るまでに頑張ってくれた彼女のファンの皆様にただただ感謝するばかりです。
何の力にもなれてないファンだけど、大好きな碧唯ちゃんの飛躍が嬉しい気持ちには変わりなかったので紙吹雪代わりに匿名でネットの海にばらまくことをお許しください。
了
可哀想になぁ、これ、いい事書いたつもりなんだろうなあ…。
悪意はないし共感してあげてるのに捻くれた解釈する奴はおかしいって正論書いちゃったつもり?
可哀想になぁ。
まぁ若い頃とか書き慣れてない時はこういう恥ずかしい事も書いちゃうよな。
でも仕方ないよな、経験も少ないし慣れてないんだから。……後で凄く恥ずかしくなるけどね。
不幸から生まれた反社会的感情? まぁそう無理して難しい言葉使うなって(笑)。同情に反発したら反社会的って、すごい事書いてるんだぞ? 君にはまだ分からないかもしれないけど、"不幸"も"社会"も自分が思ってるよりもっとずっと多様性を持っていて定義は複雑なんだよ。君の中では他人を思いやって上げる人間が評価される健全な社会って一義的な理念が厳然と存在して、その中でカテゴライズされた一般論として普遍の不幸があるんだろう?(笑)
いや、もしかしたら違うのかもしれないし、君のエントリ自体がネタや問いかけ、所謂ネットの一部の斜め下から目線へのアンチテーゼであったり、単なる思い付きや感想であったりするのかもしれないね。だけどこの書き方はどうだろう? 煽りとしては優秀なのかもしれないけど、君は君の判断で一方的に自分の感覚を開陳し、考えもせずに何が悪いのかと問いかけ、一行でたった1つの推測を述べて断定し、それを批判的な帰結に持って行って匿名で書き捨ててしまっている。おそらく何が問題なのか気付いていないのだろうし、真剣にトラックバックが来ることも想定していないのだろうけど、これは実に恥ずかしいことだよ。
同情には値するけどね。
人は総てを知ることはできないし、知れないなりに同じ何かを共感できるのは大切で有り難いことだ。
幾つかのトラックバックで実効性を伴わない言葉についての言及があるけど、本質はそうじゃない。例えばこの増田、アノニマスダイアリーははてなにとては養分にしか過ぎず、恥ずかしげもなく運営と思しき書き手が「どう人気記事をプロデュースしていくか」なんて語っていたりもするけど、彼等にしてみれば懸命に匿名で何かを訴えかけるのは"カワイソウ"な事にしか過ぎないだろうね。
そういう彼等もまた可哀想なのだけど、君の可哀想は彼等の可哀想とは別の部分にある。
真に同情すべきはココで書いている以上相手の実在が認識、理解、確認できない点であり、現実に会話した所で高度な自己表現やセルフプロデュースを身につけた人間にとっては変わらないのかもしれないが、自分の一方的な表現が衆目に対して訴えかけられた時点で目的を果たしたと思ってしまっている点なんだよ。
……分かるかな?
つまり簡単に言うと「書いたポチーはい投稿おしまい」って思ってるかもしれないが、それって可哀想なことなんだよって言いたいワケ。
もっと可哀想なのは放っておいてもどんどん投稿が集まってそれを選んで人気記事にできる自分が偉いと勘違いしてしまってることなんだけど、それはまぁいいや。
アイドル風自己紹介を考えていたら、頭がフットーして寝れなくなった。
あと4時間後には元気に出勤だよぉ
・やり取りができて楽しい
に限る。
アイドルとしてやってくためのセルフプロデュースのエッセンスだし、ヲタとしての現場の楽しさが全部詰まってるよね。
この辺、だいぶ受け売りだけどね。
自分を売り込む力の話だから、就活生もアイドルを真似したほうがいい。本気で思う。
自分の自己紹介を考えていく上で、まず自分の考える自身の特徴を上げる。
背が高いとかの絶対的なものはいいんだけど、優しいとかは抽象的になってくる。
この辺アッピールするなら、「もう誰から見ても間違いなく優しい」とかの世界じゃないと難しい。
で、特徴ならなんでもいいかというと、もちろんマイナスなものはだめ。
面白いのは、世間一般のマイナスでも自分にとってプラスだと思ったら「使える」し、逆もしかり。
自分の場合、明らかに乳がでかいんだけど、これは自分をセルフプロデュースする上で排除したい部分。
乳を普段からアピールしてたらね、それはグラビアだからね、違うの。
そう、セルフプロデュースにおいて、自分の進みたい「イメージ」をうまく練り上げることこそが肝。
まずシチュエーション、売れたい層や受け入れられたいイメージを考える。
私の場合は、この自己紹介をあわよくば転職の面接でやってみようかな、と思うので「転職の面接官」ね。
そんで、目立つ部分を要素として入れ込むわけだけど、地方から東京への転職だから、ここはとっても美味しい。
ご当地ネタは腐るほどある。ご当地アイドルの氾濫をみてよ。あまちゃんを見てよ。
あとは前職ネタ。これも鉄板。学生だとサークルネタとか、学部ネタとかね。
ありがたいことに、私の場合こっちも滅茶苦茶わかりやすく美味しい。
これはぜひ入れたい。
他にも体型、髪型、顔のパーツ、名前の響き(あいうえお作文も良い)とか色々ネタがあるけど
オタクとしてコールするときに、リズムに乗って言えるか、大声で叫べるか、声にだして練習するときに意識を研ぎ澄ます必要がある。
この作業でセンスとか、語彙力、センスが問われて、売れるか売れないかになると思う。
コール部分は2文節以上原則不可、単語勝負なので、いかに良い単語が出てくるか。
20160313062536です。お返事が遅くなってしまい、すみません。たった今、気が付きました。
遅いかもしれませんが…書かせてください。
AKBですか…ダメですね私は。むしろ、あげまんというか、踏み台にされる側です。
と言うよりも、セルフプロデュース、自己ブランディングが出来ないので、駆け引きめいた処世術は出来ないです。
男性に対しては小学校・中学校の精神年齢でストップしているので、色気ゼロだし。好きな人の前では挙動不審になるし。
酒に酔った別部署の同僚が言っていた。
「中途入社の増田さんって絶対セルフプロデュースに失敗してるよ〜」
「だって増田さん、同じ部署のAさん(30代2児の子持ちだが、外見は20代に見える)と同じ年だったんだよ!?」
「Aさんがもてないように、あえてそうしているならともかく独身だし
恋人探してもいいぐらいなのに」
話を聞くと「外見がおばさんっぽく見える格好」しかしてないとのこと。
年代的にはおばさんと言われ始めるのも事実だし、我々は一般人なんだから
別に「セルフプロデュース」なんていいだろ、趣味は人それぞれだし…って思いながら話を聞いていたけど、
確かに「何故その格好をチョイスするのだろう」と同僚が思うのも
ごもっともだなーという感じであった。
今、診断が下るかどうか、心療内科(精神科)で幾つものテストを一ヶ月ぐらい掛けてしている。
実際に、ADHDだと10年ぐらい前だと私自身で、考えていたが、
町医者で、診断してくれるとは、考えていなかった。
そもそも、コミュニケーションに支障があって、本人ですら、自分の気持ちを把握できていないのに、
更に、言語障害ではないのだが、超絶的な天然なので、自分の考えが伝わらない。
ところで、発達障害持ちの人間のコミュニケーションというと、最近、テレビで面白いものを観た。
この間、マツコデラックスとナイナイの矢部っちがMCの番組で、ふかわりょうのこれまでの歩みを示していた。なんとかOutって番組。
ふかわりょう本人としては、インテリ的なハクをつけると考えて慶応を出たとか、
いじられキャラとして絶対的なポジションにいたのに、それを避けた。
周りからは、
「粋がってるから、逃げたんだろ」と、考えてられていた。
でも、本人のふかわは、真逆で「出川哲朗のようには、なれない。自分には、恐れ多くて出来ない」
と、考えて、今に、至るってところが秀逸だった。
周りと本人の考えとのギャップが大きすぎると言う話だった。
セルフプロデュースが下手な人間は、どうも、そういう感じだろう。
でも、普通ではないことに対して、出し過ぎるとうまくいかない。
考えたことを、そのまま話すと「余計なことを言うな」と言われて、発言権が、なくなり、
こんな時には、こんな風に答えるのが世間の常識だと考えて、気を遣って生きてきた。
それにしても、自己診断であっても、結局は、自分の気持ちを語ることで、問診がされていくのだから、
大変だよなー。
臨床心理士によるカウンセリングを10ヶ月ほど、したのだが、仕事のストレスから適応障害を発症した。
結局の所、幾つかのテストを受けることになった。
何回目かのテストを受ける前に受付で、ADHDの簡易テストを渡された。
カウンセリングをすることで、自分の感覚が変でないことや、この診療所の人たちは、信頼できるという気持ちもあって、私は自分で「ADHDだと思っています」と言えた。
ふう。
コミュニケーション能力を上げるって大変だよな。
ほんとに、泣きたいぐらいに大変なんだよね。
深刻なのであるが、「何を大げさな」と言われて傷つきたくないので、気持ちを隠していた。
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追記: 2015-06-05,
亀レスですが、ブックマークにコメントして下さった方ありがとうございます。
つたない文章でも、通じたようで、うれしいです。
上で、ふかわりょうさんについて、書いたことは、ライブドアのネットニュースで、まとめてありました。
『マツコ・デラックスが誤解され続けるふかわりょうを擁護「それでいいじゃない」』
http://news.livedoor.com/article/detail/10171452/
発達障害の診断が下るまで、について、ぐぐってみると、ヤフー知恵袋なんかでは、既に質問や回答が幾つかあるみたいですね。
グレーゾーンな人間ほど、診断にも時間が掛かってしまうようですね...。
軽度~中度(グレーゾーンではない)とのことです。』
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14134843234
『LOVE FLASH FEVER』の時点で既にメジャー志向だった。コアな人は『Bang!』とか『C.B.Jim』とか好きで、そういう人からも「ダンデライオン」はともかくチャート入りするようになった「赤いタンバリン」や「SWEET DYAS」はそれほど評価低くない。
もっともここでいう「コアな人」おれの友人だけだから意見としてはあまりあてにはならない。
BJCは「ダンデライオン」で『Hey!Hey!Hey!』にも出演した。「(見た目だけじゃなく)曲名も悪そうですね、百獣の王ですからね」という松本人志に対し「ダンデライオンってたんぽぽって意味なんです」ってベンジーが律儀に答えていた。松本の発言は芸ではなくマジのボケっぽかった。
どうでもいいが数年前の『ダウンタウンDX』でゲストが殴ったとか殴られたとか話した時に松本が「ドメスティックやなー」というコメントを発した。だれも、浜田も突っ込まなかった。松本はたまにこういう天然の片鱗を見せる。近しい人達はそういった部分を掘り起こしてみるともっと見つかるのではないかと思う。もっともコアな人からは松本天然説は既に認識されているのかもしれない。ここでいう「コアな人」は先のおれの友人のことではない。
先の「コアな」BJC好きの友人はバンドなんかをやっていたが、それはどうでもよくて、高卒で大手メーカーの工場に就職した。工場といってもラインなんかは研修の時にやっただけで今は非常に楽な部署で働いている。本人が楽だと言うのだから相当楽な仕事なんだと思う。残業は殆ど無いらしい。はてなには工場についてあまり詳しい人がいないと思うので、バイト含めいくつかの工場で働いてきたおれから少し説明しておく。工場を大きく二分すると作っているものが量産品か、受注生産品かで分けることができる。ここでは取り合えす量産品を製作する工場を扱う。量産品だから大抵ラインがあるがここで作業するのはバイト、パート、派遣の人が多い。では正社員はどんな仕事に従事するか。まずは漢字だけで何となく仕事内容を理解して欲しいが設備保全、検査、生産技術、資材管理、生産管理などだ。設備保全は工場設備の点検、修理等、生産技術はライン立ち上げの際などの工程の設計等、〇〇管理とつくのはほとんど事務作業で、それ以外の仕事も半分くらいは事務作業だ。(余談だが(「余談だが」と書いたがこの段落自体が余談なのだ。おれはBJCの事を書こうと思ってこの文章を書きだしたのだから)「コアな」友人とは別の友人が勤める工場の生産技術部門には「ミカタ」という名前の人がいて、電話を受ける時「セイギのミカタです」と言うらしい)他に設計、開発なんかが工場に組み込まれている場合もあるがこれは大抵大学で専門的に学んだ人が担う。もちろん大量生産品工場と言っても食品から自動車まで色々あるし、工場の規模も大小様々だけど、おれが見てきた感じではざっとこんな感じ。で、「コアな」友人は梱包用のダンボールなんかを手配している、と言っていたから資材管理か何かだと思う。基本定時上がりで、給料は大手メーカー勤務として恥じない額をもらっている、らしい。25の時合コンで知り合った看護師と結婚した。大学病院の勤務でこちらは聞いた感じだと仕事は大変そうだが、給料はやはりいいらしい。世帯年収では1000万は行かなくても800万ぐらいはあるのではないか。以前同窓会に言ったらこういう低学歴勝ち組みたいな人が結構いて、別のパターンでは高卒で就職して早くに独立して小規模ながら会社経営している、とか、そういう人同士が名刺交換しあって会場の隅のほうが異業種交流会みたいになっていた。会社経営も難しいだろうから必ずしも勝ち組とはいかないかもしれないだろうが、とりあえすお金持ってそうな感じは受けた。中学卒業して進学も就職もせず、カツアゲで生計を立てている、などと噂された人がすかっり丸くなって会社経営してて、地方議員にコネクションを持ってたりして、あとで知ったら某宗教に入って熱心に活動してたりしていろんな人生があるなと思った。その元不良の人は不良らしく尾崎豊が好きで、おれはその人から中学時代にCDを借りたことがある。大事なCDだから傷つけるなよ、と渡されたものはCDケースの上からビニールのケースがかぶせてあり、それがさらにサテンのような布で包まれていた。ただ中身のCDの盤面は傷だらけだった。おれのせいにされて殺されるのではないかとビクビクしながら返したがお咎めはなかった。
BJCは『LOVE FLASH FEVER』からセルフプロデュースになった。メジャー志向、と書いたが、それは自分たちの思い通りにやった結果であって、本人たちは特にメジャー志向という意識はなかったかもしれない。