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はてなキーワード: 護送船団方式とは

2018-11-27

anond:20181126192228

組合としては現在相対的冷遇されてきた契約社員有期雇用再雇用などの方々の待遇改善を通して護送船団方式で全体の改善を図っている」


エントリの反応とか見るに、この部分は「再雇用」がポイント、という文脈が共有されてないっぽいので、補足しといたほうが良いと思いました。

2018-11-26

10年勤めたNTT退職しました(無能編)

「6年勤めたNTT退職しました」http://kumagi.hatenablog.com/entry/exit-from-ntt に寄せて。

この方は修士卒→NTT研究所という有能かつエリートな道を歩んできた方ですが、極端に有能すぎてあまり参考にならないケースですね。無能代表として僕の事例も紹介しておきます

NTT社員の子として誕生。生まれ出づる時はかわいらしい赤子であった。健康に恵まれものの、勉強運動コミュニケーション能力全てダメ部活バイト恋愛も人とおはなしすることすらせず、無駄飯食らってすくすくと育つ。

・三流私立大学文学部入学。進学動機はそこしかからなかったから。在学中はキーボードすら打ち込まなかった。

就職活動に取り組むものの、地図を見て会社にたどり着けない(当時はGoogle Mapかいう便利なものはなかった)、人と目を見て話せない等のスキルいかんなく発揮し、見事全敗。無い内定のまま無益卒業。おまえの おかあさんは 泣いているぞ!

・全ての気力をなくして部屋に閉じこもり、悟りを開こうと昼寝の修行を積み重ねるも、それを見かねたパパのコネで無理やりNTT地域会社の子会社契約社員)の面接を受けさせられる。

面接では痛罵される。23年間ぼんやりと生きていた人間価値はないらしい。面接官にやる気と能力のなさを見せつけるも、なぜか合格。親のコネってすごい。

入社後、ろくな研修を受けないまま、某地方拠点に配属される。辺り一帯に草が生えてた。

・配属初日に出社後、課長代理面談するも、90秒で嫌われる。

・配属後、しばらく電話番をするも、人というものが怖くて怖くてたまらない僕には全くできない。電話番という仕事を取り上げられ、OJTをするもどうにもならない。

仕事自体サルでもできる内容だったが、サル以下の知能しかない僕には全く理解できない。次から次へとトラブル引き起こしたせいか契約社員なのに次から次へと別部署に飛ばされる。引越しの荷造りスキルが格段に向上する。

人件費削減目的設立された子会社には、似たような境遇契約社員がたくさんいた。彼らは皆生産性のない仕事従事していた。正社員への道はほどんどない。なれたとしても新卒正社員と同じ待遇にはならず、給与面で差別される。当然皆やる気が出るわけがない。

・僕の成績は最低だったが、なぜかクビにならない。国家資格や社内資格に無理やり挑戦させられるも連戦連敗。パートのご婦人の方々に罵倒され、息も絶え絶えに徒然を過ごすなか、無駄に歳を積み重ねる。

・当然若い世代も入ってくる。正社員中途採用)の枠が広がったせいか契約社員のやる気が上がり、下の世代に次から次へと抜かされる。子会社枠での新卒正社員採用が始まり、有能な方々が入社する。

・彼らの台頭により、猫の額ほどであった僕の居場所が全くもってなくなる。そうこうしているうちにメンタルを病んで逃げるように退職就職活動もせず、うどんそうめんを食いながら生をつなぎ、今に至る。無職の病は悪化する一方だ。

文を重ねるうちにいよいよ即身成仏でもしたくなってきましたけど、無能立場から見たNTTについて論じていきます

・人には恵まれている

NTTには団塊世代の方、契約社員パートアルバイト新卒採用の方等、立場は違いますが、多くの方が在籍しております。びっくりするほど有能な方もおり、それぞれの部署活躍していました。

問題はやる気を全くなくしたもの、極端に無能もの排除する仕組みがないことです。社員はクビにはできませんが、パート契約社員をクビにしないのは本当におかしいとしか思えません。僕の契約一年契約でしたが、会社利益を考えるなら入社一年で切るべきでした。仕事のできない非正規を何度も配置転換引越し代金は全て会社持ち)までして雇用継続しようとするのは、正気の沙汰と思えません!

給与は低い

給与については皆話したがらず、噂話程度しか知り得ませんが、団塊世代給与会社再編に伴って削減されたらしく、手取りですが月額20万円を割り込むという話を聞いたことがあります現在ほとんどの方は退職されたと思います

僕の年収200万円代後半(額面)からスタートし、月1000円程度給与は上がっていきました。新卒正社員子会社)の場合年収は300万円程度(額面)からスタートしていきますが、400万円程度(額面)で頭打ちになり、それ以上を目指すなら管理職コースに乗らないといけない(はず)です。正規社員は手厚い福利厚生が受けられますが、非正規にはそれはありません。

・できる人間仕事が集中する

NTTでは人より10仕事ができる人間に、10倍の給料を支払うことはありません(一部営業を除く)。しか10倍の量の仕事押し付けられることはおおいにあり得ます

NTTでは部署全体の仕事の量により、人員の配置数が決められる傾向があります仕事ができるもの、やる気のないもの仕事ができないもの部署内では全て「一人」としてカウントされます。できない、もしくはやろうとしない人間仕事を回してもどうにもならないため、彼らの分の仕事必然的仕事のできる人間に回っていきます。当然ギスギします。

労働法は遵守する

上記の話とは相反しますが、会社全体として労働法の徹底遵守が推し進められています。月30時間以上の残業原則禁止ですし、サービス残業なんてもってのほかです。社員(僕もでしたが)は終業時間後、会社から雁首そろえて脱兎のごとく逃げ出していきます

しか会社に残っての自主学習仕事必要技術の訓練)には給与は出ないという話も聞いたことがありますので、部署によってブラック方針を立てているところもあるかもしれません。

組合がとにかく強い

NTT組合は巨大です。NTT組合正規非正規関わらず、雇用を守ろうとし、処遇改善していく姿勢を打ち立てていますNTT研究所にいらっしゃった方のブログ記述にある、「組合としては現在相対的冷遇されてきた契約社員有期雇用再雇用などの方々の待遇改善を通して護送船団方式で全体の改善を図っている」は僕も聞いたことがあります

労使共に巨大組織なので、一個人の話はなかなか通りにくいでしょう。ソフトウェアエンジニアPC環境改善はとても理にかなっていますが、要求として吸い上げられるとは、僕には思えません……。

会社仕事内容が特殊

NTT自体はとてつもなく大きな会社です。僕は末端を垣間見る機会しかありませんでしたが、「カネを稼ぐぞ!」という意識は低く、僕の目から見ても上から下まで無駄なことばかり力を注いています

典型的親方日の丸商売で成り立っている会社なので、部署によるでしょうが、何年いても外で通用するスキル習得するのは難しいかもしれません。ISDNの仕組みにいくら詳しくなったとしても、それで一生食っていくのは無理そうです!

・社内システムは糞

NTTの社内システムは非常に使いづらい印象を受けます。末端までセキュリティ施策推し進めるのは結構ですが、全体最適化のために推し進められた施策が個々の部署生産性を大きく押し下げているケースが多々あります

NTT組織官僚以上に官僚的だという話を聞いたことがあります幹部候補生は様々な関連会社、関連部署に飛ばされます管理スキルは向上するでしょうが専門性を高める機会に恵まれません。ある部署ITに携わってもしても、3年程度で別部署に飛ばされるため、継続的な学習は困難です。特定分野の専門家は社内で出世できません。

NTT研究所にいらっしゃった方が述べたように、上層部ITリテラシが低いのは当然の帰結であり、むべなるかなとしか言いようがありません。

NTTは最高の会社一部の人に限る)

駄説を長々と述べましたが、NTTはとてもいい会社です。ーーできない人に限ってですが。できる人に負担をかけてまで、無能排除しない。無能と有能で給与に大きな差が出ない。先々のキャリアプランが見えやす会社ではあります

できる人はやる気をなくし適当に過ごすか、転職するかのどちらかの道を選ぶ場合が多く、やる気を継続したまま定年まで勤められるのはレアケースです。さすがに僕のまわりでGoogle転職された方はいませんが、NTT踏み台にして別の道に進まれた方はたくさんいらっしゃいます

NTTには無能ばかり残りますしか会社は潰れません。NTT会社自体特別法律適応されるほどの特殊企業であり、国策企業からです。NTTが潰れる時は、日本国が潰れる時です。

とにかく何もしたくない、しかしほどほどのお金が欲しい方はNTTに潜り込むことをおすすめします。Googleに入れるほど優秀で意欲にあふれる方には絶対おすすめしません。現場からは以上です。

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11/27 1:45 タイトル・本文中の「退社」を「退職」に修正、本文中の表記、誤字修正

11/27 1:57 NTT組織全体のどこの子会社かわからないため「パパのコネで無理やりNTTの子会社から「パパのコネで無理やりNTT地域会社の子会社」と表記修正。orbital_velocity氏、ご指摘ありがとうございます

11/28 18:30 複数の方よりご指摘のあった、「パート妙齢のご婦人」を「パートのご婦人」に表記修正。その他表記修正。ご指摘ありがとうございますパートどころか老若男女関わらず平等罵倒される日々を送っていた記憶もありますが、本文中はそのままにしておきます

12/8 21:38 あとがきを書きました。https://anond.hatelabo.jp/20181208213728

2018-11-03

自分子供の時も思っていたけど、子供小学校入学して改めて思ったこ

公立小学校って相変わらずクソだな。

大事なのが同業者>>>>保護者>>子供なんだもん。

そして過剰な護送船団方式

宿題も大量に出るが、わかりきったことを毎日、何十問も解かされる子供の身にもなってほしい。

優秀な子供ほど黙って我慢してろってこと?

何十年も非難があるだろうに何で未だにこんななの?

2018-04-25

https://anond.hatelabo.jp/20180424103633

自民右翼でなく中道左派だって主張には完全同意

自民はちっとも自由主義じゃない、かつての護送船団方式に見るようにゴリゴリ保護主義左翼思想

自民に対するアンチテーゼ提案するなら、自民の左でなく右に行かなきゃいか

が、自由主義政府機能が小さくなると、仕事が無くなるから官僚が困る

から自民の右に立つ奴は官僚に潰される、みんなの党みたいに

2018-01-26

anond:20180125183701

いや、全然違うでしょ。

ことばの由来から来たイメージか、あるいは、保守善、リベラル悪で、過激な変化をさせようとするリベラル悪だ。みたいなレッテルにしたいのかもしれんが。

保守日本の強い人がフルでパワーをつかえるようにする社会が良い社会だ。

リベラル外国含め様々な弱者配慮するのが良い社会だ。

というのが、あえて言うならできる定義でしょう。

保守リベラル言葉の原義はもう今では全く意味を為さない。日本本来風土によって、上記2つに吸収されたような状態

たちが悪いのは、外国との対立において、日本立場が良いというスタンスを、他のとくに経済論議憲法論議演繹すること。

で、保守から善、リベラルから悪のようなレッテルにしてしまって、強い人が好き放題するような社会が良い。というたちの悪い誘導みえる。

なので、これだけ複雑になった社会で、言葉定義ができなくなった右、左、保守リベラルなんて言う奴はまともに議論する気無いんだなとレッテル張ってもいいぐらい。

で、経済的観点から言えば保守ネオリベラリズム新自由主義)。リベラルニューリベラリズム社会自由主義)だ。

ネオリベラリズムは、規制税金をとにかくフラットにして金持ち日本の強い人がフルで自由活動できるようにするのが良い状態

ニューリベラリズムは、適度な規制や、累進課税を設け、再分配をして、弱者自由にのびのび活動できるようにするのが良い状態

から保守自由主義リベラリズムで、その一つのネオリベラリズムなのに、その棍棒リベラルをぶっ叩いてるという謎な状態だね。

更にいうと、30年以上前バブル前は日本ケインズ主義大きな政府だった。国が政策や強い累進課税借金による景気対策経済を強くコントロールしていた。

護送船団方式と言われるようなね。

これも、日本官僚みたいな強い人がフルでパワーを使えるようにするということで保守リベラル定義になれば保守となる。

その頃がどちらの定義になるかといえば、適度な規制累進課税を設けて、かつ、わざわざ借金してコントロールするということで、

ネオリベラリズムニューリベラリズム定義によればニューリベラリズムの方になるだろう。

なので、経済議論保守という事自体がもはや何を指すのかが意味不明瞭となる。

「今の政権がフルでパワーを使えるようにする」であれば今の定義で近いものとすればやっぱりネオリベラリズムなんだろうけどね。

外交においては、日本の強い人の言うことが正しい=保守外国の弱き人が正しい=リベラル

憲法においては、日本の偉い人が道徳国民教化するような憲法が正しい=保守国民一人一人の弱い権利保護するような権力者を律する憲法という立ち位置が正しい=リベラル

論旨によって全く意味合いが違う。とくに外交においては国民対立感情を煽れるから、その敵味方で保守リベラル善悪を作りたいというたちの悪い誘導が通る。

そういう意味で、右、左、保守リベラルなんていう言葉をすててしまって、各問題でどういうスタンスかを個人がそれぞれ持つのが当たり前になるようなのが良い。

日本議論においても同調圧力が強いから、保守スタンスだったらこの他の問題でも保守スタンスだろ?っていう同調圧力議論が歪められるのだから

2017-10-27

品質問題も、育児休暇問題も、派遣問題も全部メンバーシップ雇用から

だけど

往々にしてこの手の問題を話したがる意識高い人は、メンバーシップ雇用=安定という物語が大好きだ

からジョブ型にしたらいいなんて考えは彼らにはないし、彼らはジョブ型の話をしたら死ぬ、謝ったら死ぬ政治家のように

結果、メンバーシップ型のせいで発生する問題解決方法議論されず「ちゃんとしなさい」みたいな母親子供に叱るレベルのことしか言えない

あげく嘆き芸というんだろうか、「こんな日本だめだよね~」と、はてなーセルフプロデュースに利用するだけで終わる

カウンターである彼らにしても忖度で何とかしろと言ってるだけなのが日本の現状


政党の働き方への意識なんかもそうだろう

自民党は旧来型日本企業メンバーシップ型の護送船団方式企業が大好きだ

だったらそのカウンタージョブであるべきなんだが

カウンターだった民進党はそれ以上にメンバーシップ大好き人間の集まりなんだから笑ってしま

から問題本丸メンバーシップをどうにかしようなんて議題は当然のようにされず忖度解決を試みるしかできない

せめてジョブ型で先進的な働き方を推奨してれば俺も投票したけど


けっか中途半端流動性を確保しようとしてできたのが日本派遣社員という制度

派遣社員制度問題制度のものにあるわけではない

派遣でも技能を高額で取引できるなら歓迎する人が出てくるだろうが、日本派遣制度メンバーシップまもるためのひずみ要因でしかない

品質育児も同じことが言えるがひずみを解決する手段さらなるなにかしらの忖度しかないのが日本カウンターイデオロギーだってのが救いがない


メンバーシップってのは、いわば幻想共有だろう

みんな家族みたいなものなんですというあれだ

社員旅行なんかしちゃうあれ

飲みにケーションなんかしちゃうあれ


そんな会社が、品質だ、育児休暇だなんて解決できるわけない

解決できる問題はみんな力を合わせて解決しましたなんて成功体験になってますますメンバーシップ労働いいよねって話になる

では、解決できない問題が出てきたらどうなるだろうかって御覧の通り隠蔽しろって話になる

女はずるいだの、派遣押し付けるだのと、ひずみが露呈し始める

2017-02-13

夢は南海トラフ上野女史への反感―

本来、三大命題二つ目を書きたかったところだが、こちらの問題を先に論じさせてもらう。

この論考は以下のURLにたいする一人の若者から反論である

https://togetter.com/li/1080097

以上の新聞記事で、上野女史は「経済犠牲にしてでも、平和国家として衰退すればいい」と主張している。

この主張にたいする批判等は、本職の社会学者に任せるとして、ここでは私の純粋なる反感について述べていきたい。

平和国家という「ファンタジー

上野女史は無邪気にも、戦後日本を「平和国家」としてとらえている。

この考えはまったくの見識違いといわざるをえない。

そもそも、戦後日本社会体制1940年代の「総力戦体制を「経済最優先」の形として再編したものである

扶養控除、源泉徴収終身雇用制、護送船団方式のすべてが元々「戦争を想定して」造られたものだ。

社会実態についても、「平和」と呼ぶにはほど遠い。

1950~60年代には、「高度経済成長」の美称の裏で、世界でも稀にみる学生運動市民運動社会不安が吹き荒れていた。

70~90年代にかけては、家庭や企業社会体制のガタが入り、人々を「死へと誘う」システムへと変貌していった。

これが少年非行いじめ過労死などの狂気的な状況を引き起こした。

戦後日本とは、世界的にも稀にみるただの「ゆたか社会である

まったく「平和」でも「民主的」でも「自由」でもなかった。ただただ「ゆたか」だっただけである

後期近代―不確実な私、国家社会

しかも、「ゆたか社会」は90年代2011年にかけて完全に崩壊した。

まず、政府安全神話が崩れ、

企業身分制保障崩壊し、

最後に、原発事故とともに社会安全神話が吹き飛んでしまった。

この事実について語らない者はすべて、今の時代にたいして不誠実である

では、現在社会とはどのような社会なのか。

それはギデンズやバウマン、ジョッグ・ヤングなどを見てもらえば分かるが「流動的、効率的である

企業におけるセーフティーネットが「生産性自己実現神話」の名のもとに縮小され、

パートフリーターという不安定生活者が生まれた。

政府が担っていた安全保障は「構造改革」の名のもとに縮小され、

監視カメラSNS監視なしに、人々は安心して生きることができない。

不誠実な脳科学認知神経科学AI研究によって人間という「私」の特権性が失われ、

人々は常に失職と人間尊厳消失心配するようになっている。

そして、このような多様な人々が同じ町で同じように暮らしている。

このように、後期近代社会とは

当たり前だったものがすべて崩れ去り、人間永遠の虚無へと投げ出すのである

相対的剥奪感と存在論不安

このような状況では、人々は二つのレベル不安を抱えることになる。

一つは生活レベル不安相対的剥奪感―

もう一つは存在レベル不安存在論不安

である

私たち人生ほとんどを仕事をして、生きている。

しかし、その仕事価値が急速に低下してしまった。

人生の多くを占める活動である仕事にふさわしい「対価」が支払われなくなってしまった。

一方、ただ一日中パソコンを見つめて投資とやらというギャンブルをするだけでも「対価」を得られる人々もいる。

この二極化する現実は人々に

「不当な地位にいる!」

「ふさわしい金額、敬意をもらっていない!」

という相対的剥奪感を抱かせる。

また、後期近代社会はいわゆる「コミュ力」の高い人々が成功する。

軽薄に仕事にたいする敬意なく、強者追従する人々が「評価」され、グローバルエリートとして出世していく。

そして、仕事に真面目ながらも報われない弱者は常に「自己批判」と「変革」を迫られる。

二極化する現実に人々は「私は人間らしい扱いを受けていない」という存在論不安を抱かせる。

しかに、ここであげた例は極論である

しかし、似たような体験をする人は多いだろう。

そして、人々はつねに不平不満をもらすのだ。

「私はこうなれたのに……」

「私もこうしたかった……」

ここでは深く述べないが、この可能性としての私=‹他我›にたいする深い怒りの感情現代社会不安の核心にあるように思う。

上野女史は「みんな貧しくなる」ことによって、この怒りを無くせるなんて無邪気にも思っている。しかし、それは不可能である

この感情こそが永遠の虚無において、私を生きることのできる唯一の鍵だからである

夢は南海トラフ赤木理論の失効―

――常に人々に嫉妬を抱かせながら、その嫉妬を用いて欲望を加速させる。そして、その嫉妬を全身に受ける者は高笑いしつづける。

このような後期近代グロテスクさに最初に抗議をあげたのが赤木智弘だった。

彼はある論考で「夢は戦争」とドゥルーズ的な集団自殺理論を主張した。

しかし、私は「戦争」を夢にはできない。

今や「戦争」こそが「富裕層」を富ませ、「貧困層」を殺すことを知っているからだ。

今や「自殺」ですら「富裕層」を富ませる資本である

加藤智大植松聖などの社会的自殺者は、情報として処理され資本となる。

そして、情報となった「自殺」は「貧困層」による社会転覆不可能性を解き、

「後期近代」の隊列にから逸脱しないことを促進させる。

後期近代において、「自殺」こそが「富裕層」へのもっと積極的な「支援行為なのだ

私の夢は「南海トラフである

防ぎようのない「天災」によって、

嫉妬の中心地である太平洋ベルト東京

ありとあらゆる社会資本が壊され、嫉妬の根源が無化される。

私はベンヤミンのいう「法維持暴力」に立つ者であるが、

この瞬間を心の底から待ち望む。

私はそのとき、心の底から嗤うことができるだろう。

109崩壊し、秋葉原が灰塵に帰し、大手町サーバーがダウンし

白金の御婦人たちが焼け出され、お台場の子どもたちが押しつぶされるとき

後期近代はその柔らかな恥部を表出する。

私は笑顔でその恥部憎悪の限りをぶつけてやり、

後期近代を殺し、末期近代を出現させてやるのだ。

そのときに来るのが、

東のいう変質したファシズムなのか

笠井のいう生存のためのサンディカなのか

佐藤のいう無慈悲アナーキズムなのか

知ったことではない。

私が心の底から嗤いたいのである

相対的剥奪感や存在論不安に晒されることなく嗤いたいのである

そして、私は嗤いながら確信する。

東北の「土」と「血」が正しかったことを

東京の「コンクリート」と「鉄道」が虚妄であったことを

このような自己破滅願望について納得する解答を提示できない上野女史に

後期近代現代社会を語る権利はない。

彼女はせいぜい自らの理念後生大事に背負って、大学瓦礫に押しつぶされて死ぬのがお似合いだ。

2017-01-20

そして今の日本のように

フルパワーでやることに意義を求めるあたり、感覚護送船団方式人海戦術昭和やな。

マックスに働いても成果を出さないと、生産性くそのまま破滅に向かうだけですよ。

ゼロ戦で突っ込んでいったかつての日本のように…

そして今の日本のように

2016-07-07

銀行はなぜ合併しなければならなかったのか

江戸時代日本は米・金・銀という三種類の通貨システムを平行して扱っていた。徳川幕府諸侯領(明治時代以降藩と呼ばれるようになるやつ)が入り乱れた連合国家であった。諸侯領間における政治経済システムの違いは大きかった(要するに戦国の遺風を引きずった藩とそうでない藩があった)。上記のような事情があった結果金融業の発達は著しく、幕末には多くの諸侯がこうした金融業者の支配下に置かれるありさまだった。

明治政府戊辰戦争後、

などといった問題対処するために、新貨条例および国立銀行条例が制定した。これらの制度

というなにがなんだか分からない制度になっていた。しかしこれは当時の国際情勢を考えると仕方がない話で

といった状態で、日本近代金融システムを構築するにあたって模範とすべき制度はまだなかった。結果アメリカを真似して兌換券の分権的発行を主軸とする制度が作られた。このため各地に割拠していた金融資本国立銀行への転換が進んでいった。

しか殖産興業の進展、西南戦争による莫大な戦費などといった問題対処するために、不換紙幣の発行を国立銀行に認めるに至った。

結果インフレなど金融システムの混乱が見られたため、ここにアメリカ型分権型金融システムには限界があることが明らかになり、日銀法と旧銀行法が導入されイギリス式中央銀行制度が導入されることになった。これが 1882 年。

このような経緯があったため、金融資本の再編といった事態にまでは話が進まず、そのまま第一次世界大戦関東大震災突入する。戦争景気による企業の無理な業容拡大と戦後景気後退震災によって銀行には不良債権が蓄積された。

上記のように各地に雑多に存在する金融資本江戸時代のそれを引きずっていたため近代銀行としては規模が小さく、これによって金融不安が高まり昭和金融恐慌に至った。これが 1927 年(1929 年や 1930 年ではない)。

その状態さらに 1929 年 1024 日はやってきた。 1930 年にはその影響が日本にも及ぶに至った。

かかる状況の中で昭和二年旧銀行法改正により 1927 年から中小銀行の整理が進められていたが、 1936 年馬場鍈一大蔵大臣により「一県一行主義」が掲げられた。馬場大蔵大臣としては失格者で財界との対立の結果大蔵大臣から放逐され憤死することになるのだが、翌 1937 年に日中戦争が開戦、日米開戦もほぼ既定路線となるなかで一県一行主義継続され日米開戦のころには中小銀行の整理は完了した。

こうした集権的かつ計画的経済運営にあたったのはいわゆる革新官僚たちで、その親玉吉田茂だった。彼らは社会主義的な経済思想国家主義的な政治思想を併せ持っており、戦中戦後日本の内政を主導した。

全然関係ない話だが、社会主義国家主義反自由主義という思想セットは革新官僚リーダーの一人である岸信介の孫の安倍晋三にも受け継がれていることはよく指摘される。

戦後岸が政界進出したこともあり、結果として一県一行主義体制および統制的な銀行体制はほぼそのまま戦後に引き継がれることになった。もちろん建前上は一県一行主義廃止され、戦後資金流通の円滑化のために戦後地銀いくら設立されたが大勢に大きな影響をあたえることはなかったのだった。

このような情勢のなかで、戦後日本金融当局==大蔵省銀行に対して

  • とにかく安定して資金供給を行うこと
  • 間違っても競争などしないこと

を求めて各種の行政指導や各種許認可を縦横にもちいて銀行群をコントロールした。これをいつしか護送船団方式と呼ぶようになっていた。

これは実際うまくいっていた。バブル崩壊までは。バブル崩壊の余波は大きく、護送船団方式では銀行を守り切れないことは明らかになっていた。 1995 年には木津信用組合兵庫銀行倒産するに至った。

また長らくの護送船団によって日本金融システム陳腐化は著しく国際社会において東京金融都市としてまったく影響力が無い点も問題とされた。

これらの問題対処するためとして金融ビッグバンと称し護送船団は解体されてしまった。銀行はここに自由サービス投資を行えるようになった。

ところで足元の経済情勢を見るに 1993 年から 1996 年にかけて経済成長率は 2-3% を維持しており、ここに橋本総理大臣バブル崩壊による不景気は終了したという判断をするに至った。また 1995 年には武村正義大蔵大臣により「財政危機宣言」が出されており財政再建を開始すべきという機運が高まっていた。

そこで橋本内閣は 1997 年、消費税増税などを含んだ超緊縮予算を成立させる。これが大失敗であった。緊縮財政により景気は悪化金融システム不安は再発し北海道拓殖銀行山一證券破綻、翌 98 年には橋本内閣総辞職現在まで続く長い長い不景気が始まった。

しかしここに至って護送船団方式の再開は難しく、銀行はノーガードで野に放り出されてしまった。かかる状況のなかでは銀行経営効率を上昇させるような積極投資は難しいことは明らかで、銀行合併による規模の拡大によって身を守るという手段をとらざるを得なかった。

結果生まれたのが三大メガバンクである。このような事情によって、消極的理由で成立した合併であるから当事者たちは乗り気であるはずもなく、旧来の自己立場防衛のために果てしない内紛が始まることは、それはもう仕方のないことだったと言えるのではないか

そのような事情の中で銀行システムの開発にあたる SIer技術者は内紛の道具の一つとなり疲弊を重ねている。

僕が言いたいことは何か。誰か頭が悪い人が一人いたからこのような状況になっているという訳ではないということ。むしろ一人ひとりができることを着実にやった結果がこうなのだということ。つまり、逆に言えばこの状況を解決する手段など無いということ。みずほ現場で苦しむエンジニアにできることは、逃げることだけだということだ。

2015-03-04

anond:20150303174009

そうだな。

 

努力の空回りばっかり目につくし報われないように見えるな。

護送船団方式小泉がやめた、

ふるさと納税にせよNISAにせよ相続税にせよ、

知ってる人・すでに持ってる人が優遇される方向に社会進化した。

個人がFXに手を出してスイスフランショックで破産連続とか目を覆うばかりだな。

 

デジタルディバイド世代間格差、なんていっていいのかわからないけど、

安定した人間てのはそもそもサイトにいてくだらん情報をあさる必要もないんだ。

宝くじをあてたやつから先に透明人間になるんだろうな。

2014-04-26

http://anond.hatelabo.jp/20140426211309

前者は、究極的には小さな政府だろ。立派な政治だよ。

規制撤廃市場原理に任せていくか

護送船団方式で守っていくか?

 

という2つの話で、日本護送船団方式を選ぶけど、独自方式すぎて競争に負けるか、出足が遅すぎて競争に負けるかの2者択一

必ずしも市場原理に任せることがいいことではないけど、 

護送船団方式を取ることで、護送されてる人はいいけど、

護送されているひとが本来戦いたかった人を国の力を使ってフルボッコにして市場開拓されない。

っていう状況はおかしかろと。国主導の談合かと。

2013-07-09

http://anond.hatelabo.jp/20130709194631

玉虫色を優しいというか、酷いというかだな。

作品を作っている身からすると、玉虫色は酷いだろ。

 

護送船団方式、といえば、聞こえはいいが。護送されてない人たちは、頭が高い控えおろう状態でもあるしなぁ。

 

ま、確かに、どこもかしこも、足の引っ張り合い、手柄の奪い合い、実際に作業している人間は表に出てる奴とは別のやつ。

くわばら、くわばら。

2013-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20130115173311

開発力がなくなった理由であって、ドリルのような開発力があって資本力があった所は伸びている。という事だとおもう。

SAMUSNGに関してはSAMUSNG以外がひどくていま大問題だろ。あれを国が真似したらSAMUSNG以外が貧困化するということで、国策ではないだろ。

 

まり部品業に関しては伸びてきたが、パッケージ業については伸びて来なかった。パッケージ業が伸びなかった理由が、『行き過ぎた』護送船団方式

実際に、護送船団方式じゃなかった、部品業はある海外売上が程度伸びてるだろ。

 

SAMSUNGが正しいと仮定するなら、護送船団方式をやるとその企業は伸びるが、競争力がなくなって、他に貧困が広がってデフレ化する。という事が起きるわけで。

いま起きてるんじゃね?

 

だって護送船団方式って 政治力が強い企業守られて、政治力が強い人が出世して、そら研究開発が低下するんじゃね? で、他の小さな企業市場資本力で奪って、市場を衰退させるんじゃね?

護送船団方式が悪 とまではいわないけど、 行き過ぎていた。って事だと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20130115170959

いわゆる護送船団方式じゃないけど、横並びで、売り場抑えたものが勝ちで、独自の発想を売り場を抑える手法で封じ込めてきた分野が、独自性がなくなって、海外に負けているだけに見えるんだけど?

それ国内の小売とかなら理解できるけど、輸出産業で売り場を抑えたり封じ込めたりって実質不可能じゃね?相手は海外市場だぜ?

部品の取引で圧力みたいな話はわかるけど、君は部品の分野では日本は今でもリードしてるって書いてるし。

そもそも現代自動車サムソン電子だってあれ韓国の大財閥護送船団なわけで。

http://anond.hatelabo.jp/20130115165815

言える範囲でということなら、フジテレビか?何かに出ていた。

ドリル vs 金属 なんて正にそれなんじゃないか

世界シェアNo1 だろ。

いまだ、日本部品業はかなり売れてると思うが。Apple製品だって日本製部品は数多く採用されてるんじゃないか

パッケージ分野が弱いだけで、部品業はまだまだ、日本だろ。

 

普通に製品の単純な魅力だけで、売ってると思うけど、そういうのじゃダメなのか?

他にも、日本ゴルフクラブラバーだっけ?ラバー部分だけでガンガンうってるってテレビで言ってたけど?

 

流行ってるものの真似じゃなくて、十年二十年、独自に研究してきた分野は普通に売れてるんじゃないか海外に。

いわゆる護送船団方式じゃないけど、横並びで、売り場抑えたものが勝ちで、独自の発想を売り場を抑える手法で封じ込めてきた分野が、独自性がなくなって、海外に負けているだけに見えるんだけど?

 

話は違うけど、食品とか消耗品とか、スーパー向けも一時期ひどかっただろ。小さいメーカーでいい物があっても、スーパーに置かせない。という方式で倒産に追い込んで封じ込めてきたろ。

家電もそう。

2011-10-12

働かないアリからニートを擁護する愚論

http://blog.livedoor.jp/honkinohonyomi/archives/52529848.html

余力のある社会は強い//『働かないアリに意義がある』長谷川英祐 « 本気の本読み―グループ書評・本のまとめブログ


http://news.nicovideo.jp/watch/nw127033

http://nikkan-spa.jp/72646

http://nikkan-spa.jp/72665

ブラック企業の“大手”社員が激白「すでに社畜化してますね」 | 日刊SPA!


最近良く聞かれるようになった「働きアリの中にも怠けた蟻がいて、それは集団のためになっている。これは人間における労働者ニートの関係と同じだ。だから働かない人がいることは悪いことではない」という主張。これはまこと見るべきものを見ない唾棄すべき愚論である


単純に言えば、アリ社会


それにひきかえ日本人は、


端的に言えば一番最後こそが両者を分かつもっとも重要ファクターなのだが、こういった還元主義的発想は共通項ばかりを論って差異に無頓着である

ましてや仮にこの言説が一定以上の信頼性を持ち得たとしても、この手の大局的主張は個を幸せにすることはない。幸せになるためには物質的、精神的な満足こそが大事なのであり、それは様々な方法こそあれ、多くは労働によって達成されるのだ。

資産家の御曹司で余生も安泰だという若年層にとっては、それでもいいだろうが、多くはそうではない。そしてこの主張はそうでない「溜めも役割もない」人々に向けているのだから、どのみち的はずれである


ちなみに、「アリとキリギリス」などを引き合いに出して現代の「労働者ニート」問題に置き換える言説はこれより以前から見られたが、これはそれ以上に愚論である。そもそもキリギリスはまともに働こうが最初の冬には死ぬのだからニートキリギリスに当てはめるという事自体が残念な考えである。もちろん、この話が成立した時代においては仕方がない事情もあろうが、21世紀にもなってこのような話をしたり顔で振りかざしていては恥知らずしかいいようがない。


われら人類ニートの問題はこれら以上に複雑なのだから、このようなバカでも知った気になれるような矮小化に振り回されてはいけない。

2009-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20091031180325

規制の強さも並程度だったはずで戦後日本官僚主導で成長したってのは怪しい。

護送船団方式とまでいわれた金融行政とか、農政とかかなり規制が強くないか?

許認可権や行政指導による事実上の強制で、かなり官僚主導の要素は強かったんじゃ。

政治55年体制に対して、経済では40年(1940年)体制ともいわれてたりするし。

2009-10-20

中国製乾電池の液漏れ

漏れが発生するのは、容器と蓋の隙間からというのが常識なのだが、外国製の乾電池が増えてくるにつれて、とんでもない場所から液漏れする電池というのが増えてきている。

深絞りで作られている容器に穴が開いたり、プラスの電極の頂点部分に穴が開いてという形態の液漏れである。

これらは、材質、プレス型、プレス速度のいずれかに問題がある場合に発生する。このうち、プレス型を作る技術が低くて発生するトラブルの場合、ロットが丸ごと不良品になるので、わかり易い。素材が不均質である場合も、ロットのかなりの範囲が同時に不良品になるので、比較的わかり易い。難しいのが、プレススピードを適性値以上に上げて製造している場合に、屈曲部の逃げが足りずに、結果的に中心部分ほど薄くなってしまうという不正プレスが発生する場合である。

プレスの速度を上げると、単位時間あたりの生産量が増加する。機械を増やすには設備投資が必要だし、プレス型も用意しなければならない。機械の稼働時間を延ばして、それでも需要を賄えない、あるいは、生産コストを削減しようとすると、機械の動作速度を引き上げるという事になる。

しかし、プレス型は、使用する素材の品質や厚さ、仕上がり精度や強度といった要素まで考慮して作られており、その中でも、プレス機の運転速度は、プレスの瞬間に素材にかかる力を考慮して決定されており、運転速度を守らずに生産すれば、見た目は問題無いが、実用上は問題ばかりの不良品が量産されることになる。

機械ノウハウを買い、原料を入れてボタンを押せば生産できるという手法では、生産効率を引き上げるには、どこかで無理をすることになる。

農村戸籍の二級市民をただ働き同然で使って労働コストを切り詰めるとか、公害対策を止めてコストを切り詰めるといった事をしているうちは、まだ良かったのだが、素材の質や生産方法で勝手に合理化をはじめると、不良品率が上昇していく事になる。

今回液漏れをおこしたのはマンガン電池であったので機材にはほとんど影響が無くて済んだが、電解液に腐食性のあるアルカリ電池やリチウムイオン電池であったら、基盤まで腐食されていたであろう。

日本メーカーですら海外生産している状態では、信頼できる乾電池を見つけるのが大変という事になってきている。乾電池のような基本的な製品は、利幅が小さいが、顧客の身近にある分だけ、ブランドイメージに関わる。

劣悪品が市場に存在するからこそ、高信頼品の価値が出てくるのだが、企業の活動が護送船団方式になっていたり、特許権新規参入事実上不可能な状態になっていたりすると、高信頼品ばかりになって利益幅が減少し、ブランドイメージにおいても、価値が無くなってしまうという結果を招く。利益を確保する為に競争規制したら、利益の源泉である差別化が不可能になってしまって停滞をおこすというのは、制度設計が間違っていたという事であろう。

2009-10-14

http://anond.hatelabo.jp/20091013225607

日本世界で唯一成功した社会主義国家、と言われていたのは、

国民皆保険とかの所得の再分配的な面ではなくて、

主に計画経済というか、

護送船団方式企業事実上国策保護されていたことのほうをさしているらしい。

自分も誤解していた一人だけど。

2009-10-13

政府借金は全部国民の預貯金不動産資産になるのだから、赤字国債バンバン出すべきである?

国債が全部国内で消化されている事から、このような発想が出てくるのであろう。国債外国外人投資家に買われている国家の場合を考慮できない視野の狭い田舎者マクロ経済を語るばかりか、統治しようという時に、理解できない物を理解した振りをする為に、間違った主張をしているのだが、それを、誰も教えられないという点が、権力者に物を教えることの難しさと言える。

表題の主張にしても、では、国民が預貯金を消費し、不動産資産を換金した場合、そのお金はどこから出てくるのかという問題を出せば、たいていの人は自力で答えにたどり着ける筈である。答えにたどり着けないならば、政治経済に関わるのはやめて、手に職をつけて身体を動かして稼ぐ仕事につくべきである。

お金はどこで作られているのかという問題がある。

造幣局で作られている紙幣貨幣の総量は、市中に流通している量のおおよそ5%以下でしかない。残りの95%は、信用供給によって発生したお金である。

市中銀行中央銀行法定準備金を積む。この法定準備の9倍のお金を、貸し出しして良いという事になっている。預貯金として集めたお金の9割を貸し出しに回し、1割を法定準備にするというのではなく、10割を法定準備に出す。というのも、お金の大部分は、金融機関の口座の間を転々とし、現金として引き出される額はその一部でしかない。したがって、現金として動いているお金よりも、数値情報のままで動いているお金の方がはるかに多くなる。この、数値として動いているお金の総量が、預貯金額(現金資産)の9倍の融資残高となっているのである。

つまり、預かったお金の9割を融資に出して、金利を稼ぎ、その利子から利息を支払うという状態ではなく、預かったお金を全額無利子の法定準備に積み、法定準備の9倍のお金を書類上の融資に出して金利を稼ぐという状態になっているわけで、貸し出しと預け入れの利差は、ばかばかしいほどに広がっている。

問題は、この9倍の融資予算を元利をきっちり返してくれる人や法人に貸さなければならないという点にある。規制と許認可で企業活動を縛り上げて間接金融による護送船団方式をやっていた時代や、地価の右肩上がりがあった時代には、この仕組みはうまく動いていた。

配当性向が0%に限りなく近く、しかも懲罰的累進課税によって、企業内部留保が十分に溜まって金融機関のお世話にならなくて良くなると、間接金融による護送船団方式はうまくいかなくなった。そこで、融資の先がマイホームへと向かうようになったのだが、今度は、地価の高騰からローンの期間が長くなり、労働者はローンを返す為に会社にしがみつかなければならなくなり、労使関係に歪みが出てきてしまった。過労死問題が出た後で、その反動雇用の流動化が出てきたが、企業側の主張だけが通って低賃金派遣労働ばかりになってしまった。

賃金水準の低下は、預貯金の減少を招き、法定準備を取り崩さなければならなくなる。法定準備を1割削ると、法定準備の9倍のお金融資に出しているのだから、削った法定準備の10倍の金額を貸し剥がさなければならなくなる。賃金水準の低下から購買力の減少が発生するだけならまだしも、バランスシート健全性を維持する為に貸し渋り貸し剥がしをしなければならなくなり、デフレ不景気が同時に発生してしまったのであった。

貯金額が減れば、必然的に融資予算も減少していくのだが、そうなると、内部留保が十分にある企業は良いが、それらの蓄積が無かったり薄かったりする中小企業は、資金ショートを起こしやすくなり、サラ金商工ローンといった、筋の悪い金を利用しなければならなくなる。

所得の減少から購買力の低下になり、さらに、資金繰りの悪化とつながり、日本産業構造だけでなく、社会構造も、かなりがたがたになってきている。

この状態は、国債を出してバラ撒きをやっても決して改善しない。自民党をぶっ壊すという小泉政権に対する300議席の支持も、その後の自民党の迷走に対する反発から、民主党へ投じられた300議席超の支持も、つまるところ、経済の行き詰まりに対する、国民からの請託である。しかし、民主党政権は、自民党の一番悪い時期の政権よりも酷いという事が徐々に明らかになってきている。

社会がまともであれば、母子加算や子供手当てといった政治的給付は必要ない。そんな制度が無ければやっていけないということは、社会が不健全であるという事に他ならない。

おそらく、健全社会という概念が存在していないのであろう。

行政司法政治がでしゃばらない社会健全社会である。貧困が無いとか、犯罪が無いとか、援助交際が無いといった状態が健全社会なのではない。それらは個人の問題であり、社会の問題ではない。それらが発生する原因を無くせないのが社会の問題である。汚職は個人の腐敗であり、汚職を摘発して関係した政治家を断罪できないのが社会の腐敗であるというのが、元ネタだったような気がするが、個別の問題に拘り、全体を見ないというのは、全体を見れないという能力の欠落をごまかす手段として利用される事が多い。

無能である事が判明したならば、速やかに席を空けるというのが、社会人として、世間に晒されている人としての、矜持ではないだろうか。

http://www11.ocn.ne.jp/~ques/diary/diary.html [2009.10.13]

2008-08-17

トリ-ナチ-経営学論争への個人的疑問総まとめ 続き

字数制限で文章ぶった切られたので。

http://anond.hatelabo.jp/20080817193348

●論点7

むしろ平時に「かわいそう」の論理を追求する方が、長期的には「かわいそう」な人を増やすのではないか。

共産主義崩壊なんて大袈裟な話は必要なくて、たとえば近代医療誕生によって駆逐された呪術医療の扱いとか、

ラッダイト運動の時点で生産性が止まっていたらとか、新興産業や技術革新誕生した時に「かわいそう」だからと

既存の業者を温存していたら、介護産業志望者にとってその助力を必要とする要介護者は、その年齢・状態に達する

までもなく死亡し、社会問題・産業となるほどの数までは至らなかったんじゃなかろーか。要するに最初からお役ご免。

幼少時はもちろん青年壮年期でさえ生きるのがとても困難な、「かわいそう」な人々の時代で止まっていたかも知れない。

そもそも「かわいそう」に感じる主体は誰なのか、「かわいそう」な相手は本当に「かわいそう」なのかを

考えてもいいはず。企業自身は例とされた百貨店を含め、いずれも利潤を上げる事を目的に活動している。

その意味では競合企業を「かわいそう」な目に遭わせる事を辞さないわけで、あくまで対等な競争の結果

「かわいそう」な状況に陥ったまで。そして企業自身の経営学上の実践としては、潔く市場から退出するか、

経営努力によって「かわいそう」でなくなる(≒相手を「かわいそう」にする)事を目指すかのいずれかとなる。

要するに、「かわいそう」に感じる主体(=個人)の思惑とは別に企業は活動している。百貨店なんて典型的な寡占業種。

では「かわいそう」に感じた主体が、どうしてもその感情の処理をしたい場合はどうか。すぐ思いつくのは「かわいそう」な

企業顧客となる事だけれど、売れ残るような商品を自腹切って買うのは何となく馬鹿らしいし、仲間集めをしても実質蟷螂の斧。

よって可能であれば行政の働きに期待する事も選択肢として浮上する。けどこの場合、長期的には「かわいそう」な人を

社会全体でもっと増やしてしまう。理屈としては既出だけどもう少し、かつての銀行護送船団方式を例にしてみる。

護送船団方式は最も弱い金融機関が維持可能なように、金利サービスなどを行政が細かく規制する事で達成されてきた。

実はそれは同時に最も競争力のある金融機関=強者が、競争を免れ仕事ぶりに比して高い超過利潤を得る事も可能にした。

で、その超過利潤って、結局サービスの受益者である預金者や融資先の企業家計の負担の事なんだよね。

この場合「かわいそう」の論理は「かわいそう」を他に転嫁しているだけで、弱者でも何でもない連中に援助の手をさしのべただけ。

そして社会全体のリソースの量は(経営革新・合理化が停滞する分)そうでなかった場合よりも下がる。

やがては再分配として割くべき財源も底を突くかもしれない。

他に農林水産業も同様。実際フリーターでもした方がもっと楽に儲かるかも知れないのに、規制を掛け、補助金を注ぎ、

非常に高率な関税を掛ける事で無理矢理維持している。特に穀類なんかはそう。結果、消費者レベルでは非常に高額な

(国際的な食料価格高騰でもまだ輸入した方が安い、しかもそれらは補助金で安くした価格)負担を強いられて、

エンゲル係数の高い層は「かわいそう」な状態に追い込まれている。こうした政策は消費者はもちろん、生産者個人に

とっても長期的には為にならない結果をもたらしている。食糧安保の為と言う人もいるが、異論もあるしここでは議論しない。

また敢えて「大袈裟な話」をすれば、クメール・ルージュが君臨したカンボジアがその代表例と言えるよね。

ブルジョワインテリエンジニアなど高い金融・物的・人的資本を誇る階層を「搾取」の根源として「排除」または転向させ、

近代的な制度や設備を次々に廃棄、他国との交易や援助も拒否し、ほぼ全人民が農民という「理想社会」を建設した。

そこでは全員が平等に生産性が低いから、勝ち負けや格差があるという意味での「かわいそう」な人間はほぼ消失

しかし結果的には、凄まじい生産性の低下によって餓死者が続出し、またそれを少しでも埋め合わせる為に強制的かつ過重な

労働が営まれ、それが更なる犠牲者増加を招いた。政治粛清の10倍以上、百万単位人間が誤った経済観の犠牲者となっている。

無知ヴェールからも到底正当化出来ない、地獄のような社会であった事は間違いない。最近じゃジンバブエも似たようなもん?

シンプルに考えると「かわいそう」の論理は、利益追求が本業でいくらでも換えの利く企業等の事業者ではなく、

本来個人に対して適用すべき話のはず。経済上の競争では敗者は消え去るわけではなく、労働力という資源としてきちんと

再利用できるように、その生活や就業機会をある程度保障・支援する必要がある。しかし(完全な)人権享有主体ではなく、

もちろん資源そのものでもなく、効率本位の存在ながらその意義を否定された衰退産業・企業は、資源の浪費を生み、

社会が利用可能なリソースを減らすという観点から、長期的には退場して、その所有・利用する資源市場に開放するのが好ましい。

有限な資源は、それをより有効に扱えると考えられる勝ち組企業に集中させるべし。

大雑把に言えば個人さえ救済出来れば何の問題もない。個人への再分配こそ行政の目指すべき使命で、企業にはあくまで競争

以上から「かわいそう」の論理経営学講義において差し挟む事は論外として、それを(たとえば経済学上の実験として)

企業間の競争に適用し、行政の使命としてその論理を貫徹させる事は、社会全体はもちろん当人らにも長期的には好ましくないと言える。

あとノロウイルスなんかが蔓延した場合に「かわいそう」だから隔離は止め、なんて事になったらかなり悲惨になりそうだしね。

実際、発生当初何が何だかわからないまま被害が拡大しちゃった所が沢山あったようだけど、それがもっと酷くなる。

そもそも要介護認定という制度がある以上、あるいは医師や他のコメディカルではなく介護労働者ケアさせている時点で、

介護産業自体が大前提として「トリアージ」的論理を含んだ物と言える。専門家がいれば必ずノロの被害が抑えられたって

事もないんだろうけど、その辺の出来る事、出来ない事の区別は重要だと思う。医師ですら時にそうなるんだから、

燃え尽き」ない為には、全能感をなるべく遠ざけておく方がいいかも知れない。

●論点8?

・・・で、倫理を批判応酬の基準に置いている以上、論争当事者人間性について何か書いてもいいんだけど、

そういうのは本人の認識より第三者の素の反応の方が重要だと思うんで、不要な面倒を呼び込む恐れもあってパス

他にも何か書きたい論点があるような気はするけど、面倒なので止め。

2008-08-10

http://anond.hatelabo.jp/20080810180212

ま、完全に必死モードだというのはよく分かった。

>別にちょろっと引用するくらい手間じゃないでしょ、引用してみてよ。あるんならさw

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6

経済学(けいざいがく)とは、この世において有限な資源から、いかに価値生産し分配していくかを研究する学問のことである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E5%96%B6%E5%AD%A6

経営学は、いかにすれば企業(およびそのほかの組織体)がその業績や効率性を向上させることが出来るかを明らかにしようとする

>不老長寿でも病気はするんじゃねえ? 以降

しないよ。免疫力も無限だから。さらに自己免疫反応の可能性も無限に低い=ゼロ

加工も輸送も瞬時。生存コストゼロだから給料を払う必要がない。何ならロボットでもいいしね。

無限というのは文字通りあらゆる物が無限なわけ。この仮定のもの凄さはよく分かってもらえたかな?

>そういう主張が経済学教科書にある例を挙げてくれ。

主張というより実証の問題だね。そこは過去レスにいくらでも例があるから調べてみてね。

>当たり前の話だけど、トリアージなんてしなくてすむならしないほうが絶対いいわけだが。災害事故対策や、十分な救急リソースの準備が間に合ってれば、やらずにすむわけで。

分かってないな、この世は全部トリアージ的な物なの。誰もが常に何かの選択肢を切り捨てて(or無視して)何かを選択している。

個人個人の選好に応じてね。それを最もクリアに例示できるのがトリアージというだけ。リソース無限の仮定の馬鹿らしさと

場違いさは繰り返さないよ。資源が欠乏しているという前提から考える事が必要。

>で、君の考える利益の計算には、「百貨店がかわいそうだからなんとか残しましょう」というものは入ってないということだな。

いや、誰それの考えじゃなくて個々の企業の頭には利益の最大化しかないっていう、単なる現実だよ。

「かわいそう」の論理では、長期的に誰もが「かわいそう」になるという例は誰もがいくらでも思いつくから省きたいな。

まあ多少脱線して、行政の介入でみんなを生かせばどうなるかという例を考えてもいいよ。

たとえばかつての銀行護送船団方式。これは最も弱い金融機関が維持可能なように、金利サービスなどを

行政が細かく規制する事で達成されてきた。そしてこれは同時に最も競争力のある金融機関=強者が凄まじい

超過利潤を得る事を可能にしたが、その超過利潤は結局サービスの受益者である預金者や融資先の企業の負担だったんだね。

「かわいそう」の論理は「かわいそう」を他に転嫁しているだけだし、実は弱者でも何でもない連中

援助の手をさしのべているだけかも知れない。そして社会全体のリソースの量はそうでなかった場合よりも下がる。

百貨店を潰さないことを前提に考える経営学はありうるの? ありえないの?

逆だって。「百貨店を潰す論理トリアージ」が経営学にとって許されないとそちらが論証する必要があるの。

何度も言うけど、有限な資源の下では、それを最も効率的に運用出来る人間資源を集めるのが、

短期的には勿論長期的にも結局は社会の為になる。こと企業間の競争であればね。

>すっげえブーメラン

なんないなんない。こちらは(あそこまでは)見苦しい行動なんかしてないし非難する事が目的じゃないから。

本当に「あたまがわるい」人なのかな?率直な感想でいいんだよ。手近な身内に見せてもおk。

そうかあ、相手が半日仕事したり飯くったりしてたら君に反論できなかったことになるのかあ。

週末なんだからその辺の条件はもっと緩いよね。何より壊れたレコード状態の人が現にいるわけだし。

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