はてなキーワード: フェーズとは
ナレッジタスクが終わったらふたりで「語り」 にアクションを起こすアグリーしてたのにシリコンバレーデカイだけのマイノリティフェーズが同行したいって言いだして超むかつく
こっちはペンディングがないんだよ!軽いモチベーションでロングテールすんじゃないよ彼氏いるドライブに
意識の高い奴が帰社したらASAP出れるようにタスクバッチリ終わらせたのにノマド的な全部パーに携わる
マクロ的なコンテンツが憎い・・・シリコンバレーだけで世渡りしやがって
シュリンクしたコンテンツの苦労なんかコアコンピタンスわかんないんだろうなポテンシャル
若い子にマクロ的なコンテンツがマジョリティ化してきてるモチベーションがしてマターに焦る
※エグゼクティブ2行は昨夜ローンチ時半頃追記だよマイノリティ。今はコミットメント12オポチュニティーだポテンシャルトラバ共そこ化までエクスキューズしなきゃエコ胸なだけじゃなくM3層ハンドリングかポテンシャルが
可能且つ必要であれば企画書き、司令官、PG、デザイナーなんにでもなるべきだと思うわけよ。
それを言ったら、エンジニアもデザイナもそうあるべきだけど、
能力には限りがあるから、手を広げすぎると、本分が疎かになるからバランスが大事。
職域飛び越えて口出したくなるよね。
話が逸れた。
もの作りにおいて、何を削るかってのは、加えることより重要且つ難しいわけ。
例えば、マリオ。
現実世界にクリボーが居たとしたら、倒す手段はたくさんあると思うのよ。
殴ったり、包丁で刺したり、突き落としたり、銃で撃ったり。
それを踏み潰すという行動に絞ってる。
これが抽象化なんだよ。
ユーザの限られた時間と能力で最大限の面白さを与えられると思えるものしか、盛り込むべきではないわけだよ。
だけど、根幹を蔑ろにするな。
ユーザに面白さを与えるために、その機能を「使いこなせるのか?」
今一度考えてほしい。
やってみなきゃ分からない。とか、
逃げるな。
逃げるな。立ち向かえ。
考えることから目をそらすな。
前いた会社を辞めた時に、部下がくれたアドバイスを思い出した。
同僚の三倍程度の仕事量をてきぱきとこなし、涼しい顔で毎日定時に帰っていく。上司の俺が何も指示していないときに、社内を歩きまわって、同僚や先輩に仕事を「お願い」していた。
けれども、そいつを悪く言うやつはいなかった。笑ったときのえくぼが印象深い奴だった。
経験だけはあったが、他にその役につく人間がいないという理由で、ロケット鉛筆のように押し出されてそのポジションに付いた。
かつて新人だった頃は、プログラマーとして四苦八苦しながら、作る喜びを糧にしていたものだった。
だが月日が経って、机の位置が変わった。プロジェクトを指揮するようになった。部下が増えた。いつしか俺はコードを離れ、代わりに人間を扱うようになっていた。
責任が増えると共に、やりがいも増えた。チームをまとめて、目標に向かっていく。自分一人ではできないことを、仲間たちと力を合わせて達成する。砂漠の中にピラミッドを建てるように。
プロジェクトを完遂すると、メンバーがガラリと変わった。力になってくれた仲間たちは、別のチームでその才能を発揮することになる。俺の元には営業がやってきて、新しいプロジェクトの発足を告げる。
程なくして新しいメンバーがやってくる。俺は別なチームとともに、別のピラミッドを建てるのだ。
そんなループを何度か繰り返したある日、プロジェクト終了直後の閑散とした社内を眺めて、缶コーヒー片手にボンヤリしている時に気がついた。
味がしない。缶コーヒー、ジョージア・エメラルドマウンテン・ブレンド(つめた〜い)の味がしない。
いやもちろん缶コーヒーなので、本来そんなに旨くない。街の喫茶店はおろか、スターバックスで女子高生がカップで飲んでるやつにも及ばない、いわゆる”コーヒー飲料”なのだが、初めの頃はうまかったのだ。
入社当時、Visual Basic の教本を片手にキーボードにしがみついていた時に机に並べていたエメラルドマウンテン・ブレンドは、もっとスカッとした味だった。
抜けた空のような味。
何かが違う。そう感じた。
iPodを作った天才、スティーブ・ジョブズはかつてこう言った。
私は毎日、自分に問いかけてきました。「もし今日が人生最後の日だとしたら、今からやろうとしていることをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、何かを変えなければならない時期にきているということです。
一週間の後、俺は退路を歩むことを決めた。
退社まで残りひと月と迫って、引き継ぎが一段落したある週末に、俺は例の、できる部下と酒を飲むことになった。
そのときの部下は会社の期待のエースとして注目を集め、人より多くの責任と仕事を与えられていた。しかし本人はプレッシャーに怯むことはなく、むしろ水を得た魚のように、やる気に満ちていた。テカッテカだった。
酒の席に誘うと忙しいにもかかわらず、嬉しそうに快諾した。へんなやつだ。
その夜、俺は柄にもなく酔っぱらい、いつのまにか部下に向かってだらだらと仕事上の愚痴をこぼしつづける、情けない中年オヤジになっていた。
聞くと部下も結構酔っていると言ったが、俺は知っていた。こいつは顔は真っ赤になるが、それでいて実態は”ザル”だ。笑顔を崩さず、俺の話に機械的に相槌を打っている。
俺の話が一段落したときに、すべりこむように部下が横槍を入れた。「でもね上司さん。そういうのって上司さんが悪いんですよ。」
失礼ですけど。
顔を上げて確認すると、部下は笑顔の目元に困ったような表情を乗せていた。俺が息を呑むと、覚悟を決めたように、話を続けた。
何から何まで自分のアタマで考えないと気が済まない、そんなタイプの人間がまれにいます(ご指摘の通り、俺がそうだ)。
確かに、自分のアタマで考えるということは、ものすごく気持ちがいいですよね。なにかすごく『意味のあることをした感覚』を得られます。
最高責任者とか芸術家とかでない限り、自分のアタマで考えたことは「誰かに説明して納得してもらう」というフェーズが必要です。
相手が上司さんの上司さんであるなら、例えば説得はこんなふうに行われます…
お偉いさんの元を尋ねて、現状の問題を分析するとこういう構造になってて、どこがどう問題と考えられるので、このようにやりかたを変えれば、このくらいよいことが起こるでしょう、みたいなのを説明して、話の前提をちゃんと共有しないと理屈が通らないから、考えに至る前提条件とかを事細かに説明して、相手との認識が合わなかったら合うように、考え方の違いに注意しながら調整して、ようやく自分のアタマで考えたこと、を分かってもらえたら次は、それって絶対・100%・間違ってたら責任取るの? とか聞かれます、でもそんなん100%なんて世の中にありえないだろ、と思っても言い出したのは自分だし、時間をかけて分かっていただいた手前もあるし、それら有象無象を踏まえて相手のプライドを考慮しつつ、こちらの責任が大きくなりすぎないように、うまく首を縦に振ってもらうように、知略の限りを尽くして言いくるめるんです。
一方で、去年と同じで行きましょう、ならサラッと通ります。
競合他社と同じ戦略で行きましょう、偉い人の方針をまるごと継承しましょう、とかでも。
冷静に、比べてみてください。自分のアタマで考えた場合のコスト。
説明のために、ものすごいコストや苦労をかけてストレスをためこみ、結果自分の責任が増しただけ。
自分のアタマで考えようとして、なんにも結論が導き出せなくなることがあります。
どの因子がどう関わってるのか整理しきれない。どこの範囲まで前提として考慮に入れるべきかがわからない。「Aと言う視点なら正しいとも言えるし、Bという視点なら間違いとも言える」みたいな項目ばかり。
なにを考えても「他人が出した別案」に引っ張られる。なんとかごまかしつつ、ちょっと甘いかな、って思いながら考察した結論を他人に見せる。でも、アタマの鋭い人はどこでもいるもので。
ピンポイントでその弱いところを突かれちゃったりする。自分でも「俺バカなのかな」と薄々感づいてる点を、改めて他人にも認識させられることになります。痛恨の一撃です。大ダメージです。
ゼロから考え直すなら、誰だって結論を間違えたり、推論を見失ったりすることがありえるんですけど、『自分のアタマで考えている俺』に酔っていると、そういう基本的なことは、忘れちゃうんです。
根拠のない自信を持ってる人ほどひどい結果になりがちです。
「自分は天才とまでは言わないけども、周囲の中でまあまあ使える、ほうだし、今は流されてるけど、本気出せば自分で考えて結論出すようなこともできるもんね!」
そんな自信は崩れ去ります。
失った自信を取り戻すのには、より多くの時間が必要です…。ご年配の方ほど、必要な苦労は過酷なものになるでしょう。
その仕事が得意な人、エキスパートに全部お任せする、というのでも。
挫折が無ければ、その間仕事ができた。挫折があるから、周辺分野へ再び手を伸ばすことが、おっくうになった。
例えば、さっきお酒持ってきてくれたの店員さん。カウンターで寂しそうにひとりで飲んでるオジサン。自分のアタマで考えているように見えますか?
たいていの人たちは、流されています。考えが浅いし、近視眼的です。リスク管理の面から見ても、脆弱です。
でも、その人たちって、不幸ですか?
かなり幸せそうじゃない? 自分はすごいという自信のもとに楽しく過ごし、うまくいかなかったことは運が悪かった、また次があるさ、と片付けてポジティブに生きてる。掘り込んだ原因分析なんてしないで、場当たりに生きてる。若者から人生訓を聞かれたら嬉々として語っちゃう、的な幸せさに溢れてるw
偉そうにw 生意気言うやつだなw とその晩は軽くたしなめて別れたけど、
よくよく思い返すといい話ではあった。なんだか、ずっと温めていた感もあるし。
俺は今まで、自分のアタマで考えてきた。それを誇りにしていたというほどではないけど、出来る限り自分でやってみる、が俺のモットーだった。
けれども、それで、何が残っただろうか。
すり減ったり、焦ったり、自己嫌悪に陥ったり。紆余曲折を経て、何が残ったのか。
ひょっとすると、俺は自分の人生の将来や、手に入れられる幸福や可能性から、目を逸らしていたかっただけなんじゃないか。
実感を求めて効率を犠牲にする。それで誰かの足を引っ張る。あるいは、身の程をわきまえて、歯車として、自分に与えられた役割を果たす。その分岐路で立ち尽くしている。アタマで考えても前に進めない。思考停止すれば進める。『結果』を手に入れる。上手く行けば成功できるかもしれない。彼女のように。慣性は惰性だ。だから、プライドは捨てる。直感は捨てる。生き方を変える。
(以上。なんかディティール盛り過ぎてる感があるけど、部下の言いたかった、本筋のところは外していない?)
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後書き:
id:uxlayman さんの元エントリ、分析エントリです。
俺の考えでは、元となるアイデアが良ければ、読みやすくするためにストーリーを与えて、読んでて途中で躓かないように、注意深く、入念に推敲すれば、ある程度伸びます(俺はこの文章の推敲に6時間かけました。ヒマスギシヌ)。
コアとなるアイデアはなんでもいいわけではないようです。というのも、同じようなストーリーで同じような語り口の記事を過去に書いたことがあるんですけど、そっちは全然伸びませんでした。
追記 (7/30 1:35時点):
頂いたコメントより
自分のアタマで考えようという本があったと思います(未読)が、自分のアタマで考えるのをやめる選択肢もあんじゃね?というお話。わりかし実話。
最高責任者とか芸術家とかでない限り、自分のアタマで考えたことは「誰かに説明して納得してもらう」というフェーズが必要なわけですが、これが超めんどくさい!
去年と同じで行きましょう!とか競合他社と同じ戦略で行きましょう!とか、偉い人の方針をまるごと継承しましょう、ならサラッと通ることに対して、「現状の問題を分析するとこういう構造になってて、どこがどう問題と考えられるので、このようにやりかたを変えれば、このくらいよいことが起こるでしょう」みたいなのを説明するがすんごくすんごく面倒。
話の前提をちゃんと共有しないと理屈が通らないので、考えに至る前提条件とかを事細かに説明して、相手との認識が合わなかったら合うように調整して、、、と、この過程も面倒。それで分かってもらえればいいけど、認識や考え方の違いにより分かってもらえなかったりすることも多々あってかなりストレスがたまる。
それでようやく「自分のアタマで考えたこと」を分かってもらえても、今度は責任論になる。それって絶対?100%?間違ってたら責任取るの?去年と同じやり方なら去年と同じ結果になる、ってのは共通意見だけど、お前のはどうなの?的な。
そんなん100%なんて世の中にありえないだろ、と思いつつも言い出したのが自分であるし、時間をかけて“分かっていただいた”手前、しぶしぶ了承せざるを得ないという。
客観的にまとめると、自分のアタマで考えた結果、説明のためにものすごいコストや苦労をかけてストレスをためこみ、結果自分の責任が増しただけ。なにこれ?自分で考えるのなんてやめて、他人の、いつものやりかたに乗っかったほうが楽じゃね?
これ、人によると思うけど「よし、この件は自分のアタマで真面目に考えてみよう!」と思い立った結果、、、、なんにも結論が導き出せねえ・・・ってなったこと、ないですか?
やべえ、どの因子がどう関わってるのか整理しきれねえ。そもそもどこの範囲まで前提として考慮に入れるべきかが全然わかんねえ。「Aと言う視点なら正しいとも言えるし、Bという視点なら間違いとも言える」みたいな項目ばっかりで、結論を下せねえ・・・。なにを考えても「他人がだした別案」に引っ張られちまう。あれ?もしかして自分バカなのかな?みたいな。
そのへんなんとかごまかしつつ、ちょっと"甘い"かなって思いながら考察した結論を他人に見せると、もうなんていうのかな、アタマの鋭いやつってのはどこでもいるもので、ピンポイントでその迷い点みたいのを突かれちゃったりする。自分でも「自分バカなのかな」と薄々感づいてる点を、改めて他人にも認識させられるという、この痛恨の一撃的な大ダメージ!
これの根本的な原因は「世界は自分のアタマで整理しきれるほど単純ではないし、不確実性に満ちている」ってことで、そこからすると結論を間違えたり、推論を見失ったりすることは別に恥じることでもないんけど、そういう大きなこと忘れちゃうのよね人は。
それで、結構多くの人は「自分は天才とまでは言わないけども、周囲の中でまあまあ“使える”ほうだし、今は流されてるけど、本気出せば自分で考えて結論出すようなこともできるもんね!」みたいな根拠のない自信を持ってしまう。それが根こそぎ崩れるのはでかい。歳をとってるほどでかい!
これも客観的にみると、自分のアタマで考えたばっかりに、自分がバカであると発見して勝手に凹んでる、ってだけ。あれ?なにしてんだろうねこの人。
さて、親とか親戚とか近所の八百屋さんとか、そういう身近な大人を見てみよう。自分のアタマで考えてる人って、ものすごく少ない。浅いし、近視眼的だし、人生綱渡りだな、的な印象を持つことすらある。
でも、その人たちって、不幸ですか?かなり幸せそうじゃない?自分はすごいという自信のもとに楽しく過ごし、うまくいかなかったことは運が悪かった、また次があるさ、と片付けてポジティブに生きている。掘り込んだ原因分析なんてしないで場当たりに生きてる。若者から人生訓を聞かれたら嬉々として語っちゃう、的な幸せさに溢れてる。
それに対して、真面目に自分のアタマで考えて、結果すり減ったり自己嫌悪に陥ったりするのって、あまり人生を幸せにする行為ではないんじゃなかろうか。どうだろう?
注:これはある種の実験です。なにかに気づいた人はそっとしておいてください
1、興奮・衝動の段階、2、行動、3、行動→意識のフィードバック
1、興奮・衝動、即奇声、というのは絶対ではないけど衝動が大きいほど奇声にむすびつきやすい。
発達障害なんかはこの辺のリミッターが外れてるのかと予想する。興奮するな、衝動を抑えろっていうのは無理な話だろう。
2、もちろん興奮・衝動を感じたすべての人間が奇声をあげるわけではなくて、例えば良識ある大人ならその手の強い感情をかみころしたり静かに開放したりする。
というわけで病的な人間でなければこの段階で良識の有無が問題になるのかと思う。要はしつけと教育の問題で、親と学校が関与できる領域。
親や教師のように威厳や権威の無いよその人間が関与したとしてどれだけ効果があるのか怪しい。すごく薄いと思う。
3、奇声を上げたとしても本人の耳には聞こえてるわけで、その時点で評価してつぎのアクションに反映の段階があると思う。
自分のあげた大きな声を聞いて、気をつけて次からやめよう、と思うのは教育で意識にそういう通路ができてるからで、そういう通路の無い人間の意識というのは良く分からない。すごく動物的な気がする。
痛みを伴う行動なら次からやめようとなるはず、火に触らないとか。快感を伴う行動は歯止めが無い限りどんどん繰り返されるのだろうか。
個人的な経験やいくつかの証言をみるかぎりよその人間の注意は歯止めとしてすごく弱い。効果があっても一時。やはり威厳や権威がないと薄いのかなと思う。
親、教師に加えて、警察や行政に頼るほかないのかと思う。よその人間でも効果的な注意の方法があればいいのだけど。一種の服従を強いさせるわけだから関係性の中にそれなりの力を必要になるのだけど、そんなものが獲得できるものなのか。
警告。この話はうんこに関係する話です。他人のうんこ話に興味がない人は読まないでください。あと個人的見解と独断に満ちあふれています。
夜はホテルでシンポジウムのバンケットだった。それでフレンチを食べたのだが、自分はどうやらフレンチを食べたら腹痛を催す体質らしい。以前にも結婚式でのフレンチにより猛烈な腹痛に襲われたことがあった。しかしフレンチを食べるのが久しぶりだったせいでその記憶・恐怖が完全に忘れ去られていた。腹痛を体験しない人には想像できないだろうから、腹痛について説明する。世の中には2種類の腹痛がある。ひとつはただお腹が痛むだけで、寝てウンウン言ったり病院へ行くと治る。そしてもうひとつは腹が痛くなると同時に便意を催すものである。この場合は我々が取る手段はただひとつ「トイレに行け」である。この後者の腹痛は時と場合により人の人生を破壊する威力を持っている。例えるなら人体は原発でうんこは核燃料である。漏れでていない内は平和で快適な生活が送れるが、ひとたび然るべき場所で漏れでてしまうと、グラウンド・ゼロは不毛の土地となり周辺部は二度と振り返れない姿となる。このような恐ろしいものを人体は内蔵していることを覚えておいて欲しい。そして腹痛持ちは度々メルトダウンと戦っているのである。
続きを書く。バンケットが終わったが、電車の時間が近づいていたこともあり、複数の友人と駅まで小雨の中を走った。電車に乗った時、ピーンと来た。これは腹痛の種が育っていると。書き忘れていたが、自分は中学生の頃から腹痛と戦ってきた百戦錬磨の者である。腹痛に襲われたことは数あれど、メルトダウンしたことは数えるほどしかない。さて補足説明を行うと、腹痛の種とは腹が痛いというわけではないけどなんか違和感があり、いままでの豊富な経験によりヤバイ級の腹痛に育つ可能性がある腹部の違和感である。腹痛の種を感じることによりに腹痛との戦いがフェーズ0として始まる。ちなみにフェーズ1の腹痛とはお腹の痛みを覚え始めるころの腹痛である。この腹痛の種は適切に行動することで高確率で消散させることができる。例えば自分が得意とするのはクロスホールディングとリンパ促進法である。クロスホールディングは上体を屈めながら両脇に手を差し込み、お腹と脇の下のリンパ節を同時に暖める技である。この技からリンパ促進法につながると腹痛の種を消散させることができる。百戦錬磨の自分は今までリンパ促進法により数々の腹痛の種を消滅させており、今回も違わず種を散らすことに成功した。しかし過去の経験より、今回の腹痛は腹痛の種が消えたと言っても時を置かずにフェーズ1の腹痛として復活することは目に見えていた(一般に食事が原因の腹痛は種を散らしても復活する可能性が高い)。復活するまでの時間を経験の内から30分と見積もった。電車はあと15分で駅に着き、そこからはバスで15分の道のりである。
駅に着いた時には腹痛の種はなくなっていたが、腹の奥の痛みと共にフェーズ1に移行していた。ここでひとつ致命的な間違いを犯した。電車を降りてトイレに行くことを選択せず、腹痛を抑えられると判断してしまったのだ。たとえバスが30分に一度しかない、一緒に友人がいたなどの理由を考慮してもこの選択は最悪と言ってよかった。思い出してほしい、人間はうんこという核燃料を保持していて、メルトダウンにより人生を破壊される可能性があるのだと。たとえ過去に100個の腹痛の種のうちの1つだけしかフェーズ1に移ったことがなかったとしても、一度メルトダウンが発生すると次はないのだ。すなわちいくらメルトダウンの確率が低いと言っても一度メルトダウンが発生するとそのコストは無限大となるのだ。どんな理由があろうともトイレに行く選択をするべきであったのだ。
これは完全な偏見だが、腹痛の時、電車の中では便意は減退し、バスの中では逆に便意が促進する。これは電車の縦横への揺れが気を紛らわせる効果があり、バスの細かい縦揺れがうんこを押し出す効果があるのだと思う。そして今回自分の体は雨で湿っていて、電車の中の暖かい空気で保温されていたということを注記しておく。停車しているバスに乗って座席に座った時、腹痛は第2フェーズに入った。このフェーズは腹痛に加えて膀胱あたりにも圧迫感が現れ、肛門にだけに集中することができなくなるのだ。まさに前門の膀胱、後門の肛門。腹痛第2フェーズでは更に厄介なことに、気温変化および体表面へのストレスに対しての感応性が飛躍的に高まり、僅かな風や冷気を含む空気により猛烈な勢いで腹痛が悪化するのだ(腹痛で苦しんでいる人に水をかけたり扇風機を回したりしちゃだめだよ)。これらの条件のもとでは第0フェーズと第1フェーズで活躍するリンパ促進法でも改善は見込めない。リンパ促進法での回復量と同等な量を消費してしまうのだ。第2フェーズに突入してしまうと百戦錬磨の自分でも悪化しないことを祈ることしかできない(そもそもこのフェーズになる前にトイレにたどり着くべきである)。
まだバスが出発するまで1分ほどあったが、自分は動けなかった。動いたらもはや打つ手のない第3フェーズに突入してしまうかもという恐怖と計算ではぎりぎり間に合うという後ろ向きの思考が、バスを降りるという決断を妨げたのだ。バスが動き始めた瞬間、自分の過ちを知った。バスが動き始めた瞬間、腹痛が第3フェーズに突入したのだ。このフェーズでは刺すような膀胱の痛みと便意に加えて、細かな違和感がお腹の奥のほうで点滅する。この状態になると防戦一方となってしまう。三方向からまったくのランダム時間差攻撃をされると想像してほしい。こうなると反撃は叶わず、ひたすら消耗を最小限に抑えることが最適解になるのだ。つまり時間との戦いが始まる。
バスは停留所に止まることなく一路走行する。しかしすでに大勢は決しつつあった。到着10分前にして、第3フェーズの特徴ノッキングが始まっていたのである。ノッキングとは要するにアレの先端が\こんにちわ/する状態である。これは腹痛からの最終勧告であると同時に最終決戦の前の最後の安らぎである。一度ノッキングが起こるとそのあと数拍は腹痛が薄れる状態、すなわち死線を越えた状態となる。したがって自分のような百戦錬磨の者は死線を越えた状態をできるだけ長引かせるように、ぎりぎりまでノッキングを我慢してから一瞬開放し、そのあと弛緩して次のノッキングを遅らせるのである。しかしこの技術をもってしてもノッキングを克服することは不可能である。なぜならばノッキングの間隔は非線形に短くなるからである。間隔が十分に短くなると、腹痛を我慢しつつノッキングを我慢するというために、お腹と肛門を手で抑えるという見たままのスタイルを取らざるを得なくなる。
バス停に到着した時は、のぐその覚悟はできていた。隣の野原でしてしまおうと考えていたのだ。しかし当然ながら友人たちと同時に降りるのでその解決案は諦めねばならなかった。その代わり負けを認め、多少こぼれてもいいから最速でトイレに駆け込むべきだと決断した。我が心の語録にも「最善を捨てることによって最悪を避けるシステムに切り替わったのだ。」[数奇にして模型, 講談社文庫, p621] とある。決断を行ったことで気持ちの整理がついたので、荷物を友人に預け、体を軽くすると同時に抑えるところを抑えながら駆け出した。予想通り駆け出してすぐにノッキングが激しく、そして力強くなった。自分にはこの理由が分かる。トイレを利用しようとしたら一つしかないトイレの個室を占領している奴がいて、はじめはおとなしくノックしていたけど段々我慢の限界が近づくにつれ激しくノック否キックするようになるようなものだ。何度かパンツと肛門の接点が膨らむような感覚があったが、気にかけることなく奥義ツヨイ・オサエを信じて、エントランスを駆け抜けて、トイレの個室に滑り込んだ。
正念場であった。公衆便所を見てわかるように、便器の一歩手前でうんこを漏らす人は多い。これは便器の一歩手前もしくはズボンを下げた瞬間、集中力が途絶えてメルトダウンしてしまうからである。したがって個室にたどりつたとき真に重要なのは、集中力を途切らせることなく便器に座るまでの一連の動作を行うことである。経験がない人はそんなの無理だろ今までギリギリだったのに、と思うかもしれないが意外と達成可能である。これは全精神力を費やして驚異的な強度で肛門を閉じることで、だいたい10秒程度の最後の時間を得ることができるからである。自分も体験するまでは、ゲーム内の「全能力を消費して短時間強化→全能力ダウン」について、嘘々少しぐらい力が残ってだろうし全力を使うなんてねーと思っていた。しかしこの最後の時間を経験してからあの設定は意味があったのだとまさに実感したのである。おそらくゲームの開発者はうんこを漏らしそうになったことでこの設定を思いついたのであろう。なぜならばもし間に合わずに漏らしてしまったとすると、最後の時間に絶望して「こんな設定意味無いとみんな知っているだろう」と考え、設定は採用しないからである。最後の時間を発揮することでメルトダウンは回避できた。そしてノッキング、{ドライ,ウェット}ベントによる汚染を確認すべく膝の間のパンツを眺めたところ、汚染痕跡は発見できなかった。奥義ツヨイ・オサエは名に恥じぬ奥義であった。勝ちでもなく負けでもない今回は引き分けとする。個室には1時間居た。
最後に名も知らぬ女性に感謝を捧げる。彼女が完璧なタイミングでエントランスのオートロックを解除して外に出てきてくれなかったら、引き分けには持ち込めていなかった。ありがとうございました。
なにやら風評被害というものが、一部の扇動者の空虚な妄想による破壊行為であるかのような論調が目立つ。
かくなる無知蒙昧は、科学的真実の剣にて一刀両断できると信じているのだろうか。
政府の出した復興予算には、風評被害への補償がきちんと組まれている。
かく言う俺もその一人。
そして、厳然たる事実として、さっぱり売れない。
多くの人は、ある程度わかっているんだろう。その食品はきちんとした検査を経て、ある程度の安全が担保されたものであることを。
しかし、好んで買おうとは、思わない。
なんだか気持ちが悪いから。
福島産の野菜を好んで買う人であっても、チェルノブイリ産の大根も、スリーマイル産のアジフライも、好んで買うような酔狂な人はいないでしょう。
もう世界のマーケットでは、福島県の産品は、殆ど全て競争力が無い。
それは日本国内においても、そうなんだろうし、人々にその記憶がある限り、それはずっと続く。
それが風評被害であり、それらは(その人の信じたい)科学的なデータの裏付けを以ってしても、それを解決することはできない。
俺は原発に対する賛否を問われるならば、安い方がいいんじゃないのか、ぐらいの考えでしかない。
これはあまり意味のあるデータでは無いかもしれないが、一説には、原発一基あたり2千年に一度の確率で、重大事故が起こるらしい。
数百万年に一度とする(電力会社による)データもあれば、300年に一度とする(民間損保会社)データもあるが、概ね二千年に一度と見ていいだろう。
日本に50基ほどあるわけだから、40年に一度の確率で原子の釜が割れるというペースになり、現時点ではそれほど大きな乖離はない。
現在、化石燃料による発電で、燃料費が年間3.6兆円ほど費用が嵩んでいる。
対して、原発事故の処理には、その試算にもよるが、現在までに12兆円、以後廃炉までの数十年の間に年2兆円ぐらいが費やされるという。
今回のフェーズが終わった後の40年のサイクルで見た場合の、単純な損金の比較では、五十歩百歩といったところだろうか。
無論、今後、原発の技術が進み、放射能汚染の浄化技術も効率化することだろう。
また、化石燃料に依存していては、二酸化炭素削減の国際社会の趨勢に伴い、立場が危うくなることも予想される。
そして最も大事なのが、日本のエネルギーを海外からの輸入に依存するとなれば、戦略上非常によろしくない。
それら国家戦略上の潜在的なリスクは、お金に簡単に換算できるものではない。
当然、原発を存続させる事によるリスクは現在進行形で進んでおり、それは一々挙げ連ねることが億劫なほど大量にして雑多な、今現在向き合っている問題であり、今後さらなる問題が噴出するんだろう。
全ての求人が、必須条件として「JavaまたはPHPでの開発経験があること」の求人で、
ほぼ同じ求人内容に応募していることになる。提出している書類も同じ。
株式会社Gnzo
株式会社Aiming
株式会社FFRI
まあ、理不尽な理由ばかりで、人を選り好みしている上記の会社は「人手不足」って言葉は絶対使うなよ。
特に、サイボウズ株式会社の「スキルは申し分無いけど、転職回数が多すぎるからうちではお断り」という仕打ちは
一生恨んでやる。
株式会社f4samurai
株式会社CyberX
特に株式会社コロプラは圧迫面接を受けた、「なぜ、あなたのくらいの評価する実績の無い人が我が社を応募したのですか?」「なぜもっと実績を作ってから我が社を応募しなかったのですか?」「なんで、あなたは我が社の面接を受けているのですか?」って相手を完全に侮辱している態度をよく出来るなと関心してしまう。二度とお前の会社のアプリは使わない。
全社とも不合格理由が「スキル不足」。面接の時にはスキルに関してはなにも指摘されなかった上に、一次面接ではスキルの筆記試験や確認があったのに、
「スキル不足」だとさ。一次面接官が見落としていたのかそれともバカなのか、そもそもスキルに関しては応募書類に事実全てを記載しているので、書類選考で落とせよ。
http://anond.hatelabo.jp/20140426094314
お通夜になる可能性大。
なので、下記を提案する。
上記がうまく出来るようなシステムをはてなーの誰かが匿名イベント支援サービスとして組む
(いや、調整さんとGoogle Spreadsheet でもいけそうだが)
寝かしつけるの大変だけどね…
やっと寝てくれたよ…
まあでもアレだね。こうやってスヤスヤ寝ている寝顔を見てると、親になってよかった、ってほんとに思うよ。
ところで、先週、夫の実家から妙なものが送られてきたんですよ。
私の誕生日でもないし、夫の誕生日でもない。娘の生まれた日も違う。
送り主は夫の父親。それはハッキリ書かれてた。
紅茶は今にも降り出しそうな曇天の日に、なんの前触れもなく、送られてきた。
すぐに夫の母親がでた。「あらXXXちゃん。お久しぶり」チャーミングな声が聞こえてきた。
彼女はそれなりの歳だが、誰に対しても愛嬌の良いキャラクターで、私との仲も良好。
「お久しぶりです、お義母さん。あいも変わらずお元気そうですね。ところで、昨日、紅茶を送って頂きましたね」
「ええ、送ったわよ」
にっこり笑う義母のほほえみが目に浮かんでいたが、実際の私は、リビングの真っ白な壁を見つめて話していた。
「いつもありがとうございます。ところで、昨日は何かの…記念日でしたっけ?」私は聞いた。
「いいえ? 記念とかではないけど?」
もちろん、人によっては、特に目的も記念日も関係なく、プレゼントを送る、という人もいる。
母の日や結婚記念日にさえ、電話すら寄越さない孤独な人間がいる一方で、相手を喜ばすためにはタイミングを選ばない人がいる。
そして殆どの人間は、両者の中間に属する。すなわち、送るときには送り、送らない時には送らない。
相手を喜ばしたい一心で気持ちを込める時もあれば、ただの義理で仕方なく送るときもある。
人生のフェーズによって、相手との関係性によって、その時の気分によって、態度を変える。
波に揺れる葉っぱのように、ゆらゆらと。それがノーマル・ピープルだ。
夫の母親と違って。
夫の母親は、”どんな時でも必ず、例外なく、体面を取り繕うためだけに行動する”。
首尾一貫しているといえば聞こえはいいが、実際に接してみると異様そのものである。
数年前、夫の弟が死んだ。
死因は水死だった。
冬の日の海岸に、うち捨てられているのを、犬の散歩をしていた老人が発見した。
夫の弟は独り立ちしてからずいぶん経っており、かなりの間、実家とは疎遠だったらしい。
綺麗に化粧された弟の遺体を前に突っ伏し、嗚咽した。彼の名前を何度も呼んだ。
でも、夫の母親は父親の再婚相手だ。しかも彼女は、夫の弟が自立した後に再婚した。
だから、二人には関係性が殆どない。正月にさえ顔を合わせることはなかったと聞いている。
それを私は知っている。夫も知っている。けれど、葬式の参加者はおそらく知らない。
だれもが皆、彼女に向かって、ご愁傷さまです、ご愁傷さまです、と声をかけた。
彼女は涙を拭き、深々とお辞儀をして、恐れいります、恐れいります、と繰り返した。
ズレに気がつく人はいない。
正直に言うと、私はその時まで、彼女のことが好きだったと思う。混じりけなくストレートに、好感を持ってたんだ。
でもその日は、ただただ、「イヤだな」と思っていた。
「XXXちゃん? ひょっとしてご迷惑だったかしら? 紅茶は嫌い?」
「いえ、正直紅茶は好きです。ちょうどパウンドケーキがあるから、一緒にいただきます。そうだ、切らしていて、買わなきゃ、って思ってて忘れてました。
送っていただかなければ、夫と私は、緑茶でケーキをいただくところでした。あの人も紅茶好きだから、ブーブー言われなくて済みましたよ」
「ええ、もちろん知っているわ。良かったわね。タイミングがよくって」
でもその晩、夫は帰ってこなかった。
久々に仕事で遅くなる。会社に泊まる、と携帯にメールがあった。
とても短くて簡潔なメールだったのが、嫌だった。
いつも夫はメールが長い。世間では女のメールは情報量が多くて、男は要件だけを淡白に述べるそうだが、
ウチは逆だ。
ねえねえXXXちゃん、帰りがけにスーパーでいいもん見つけちゃった。なんだと思う?(答えはスクロール)
(数行空く)
答えは”新たまねぎ”!
これでサラダ作るとウマいんだよねー。普通の玉ねぎよりちょっと高いけど、その分、味が段違い!
あ、ところでひょっとして、晩ごはんもう作っちゃった? いつもありがと~。
まだなら、お惣菜も買って帰ろうか
たまには手抜き家事にしてもいいんだよ。とは言ってもモチロンXXXちゃんの料理が一番だけどねー☆キラリン
…とか言ってみたりして。ハハ。
以上だ。手が空いてないなら返信は無くてもいい。30分で帰宅する。
これに対して私は、”おつかれ。ありがと。買ってきて”と返す。
その日の夕食は、お惣菜をあたためたものになる。私は、味噌汁だけ作る。
中身はティーバッグじゃない、ちゃんとした茶葉のやつだ。缶入り。
[序]
http://anond.hatelabo.jp/20140422030951
マルチに会ったという話題があったので、それについて私が見た経験を少し書く。
[本]
先日のことだ、某都内で嫁とショッピングを楽しみ、少し休憩にとカフェに入った。
嫁と私がついた席の隣には20代前半と見られる女性2名が座っていた。
これを仮にB子・C子とする。
B子は通路側に、C子は壁側に座っていた。
B子・C子は久しぶりに会ったらしく懐かしそうにともに過ごした思い出体験などを
語り合っていた。
それから5分ほどして、A子が現れ、C子の対面に座った。
そして、A子が1~2分語りはじめ私は即座に、
A子(マルチ勧誘ボス)、B子(紹介者)、C子(カモ)ということを認識し、
そしてそのフレームを検証しながら会話を聞き、検証の正しさを確認できた。
私は、対面に座る嫁にLINEで「隣マルチだよ」と伝えると、最初嫁は
訳が分からず戸惑っていたが、隣の会話を聞くにつれてマルチ勧誘だと認識していた。
だいたい、A子の語っていた内容は次のとおり
C子(カモ)が聞きもしないのにすべて一方的に、
「うん、私は、OLをやっていて、いい仕事もしていたけど?でも物足りなかった」
「うん、だから私自分が社長になって会社を立ち上げて?事業もやったしぃ?」
「うん、でも、OLや社長をやった私からしても今やっているビジネスの方が優れているのね」
「うん、このビジネスって凄いのね」
「うん、私社長もやってたほどだけど、うん、やっぱりこっちの方が全然いいと思えたし?」
(このあといかにこのビジネスが凄いか、具体論なし、抽象的な話を連発するというフェーズにイン)
などと、自分に酔いしれながら自己を確認するかのように一方的に会話の文頭に「うん」を挿入していた。
つまりこういうことだ。
A子は、OLでいい仕事をしていて、会社の社長にもなって事業をやったけど、劇的に出会った今やっているビジネスの方が優れていて、
それをやっている。あなたもやりたかったら教えてあげるけど、具体的な話はまだ言わないわ。。
これは私が内容を置換するとこうだ。
A子は、OLやっても仕事がうまく行かず、社長をやってもうまく行かず、どれもだめで、結局マルチをやっていると。
この程度の内容なのだが、これをいかに自分が凄いかというフレーズと言い回しで相手のパラダイムも一切考えず、一方的にしゃべっていた。
C子は相槌もなく、なにもしゃべらなかった。
彼女がトイレに行きに立ち上がったら、そっと「マルチ勧誘だと」と教えたかったがその機会はなかった。
そのあと、嫁と私は次の時間があるので、カフェを出たが、恐らくB子(紹介者)とC子の友情にヒビが入ったのはいうまでもないだろう。
[結]
以上、思い付きで書いたが、愛する若い衆よ、こんなことがあったら注意・警戒してくれ。
・「凄い人いるけど一度あわない?(事前にその人のバックボーン情報なしで)」
・「凄いビジネスがあるけど一度会わない?(事前に抽象的な説明だけで)」
マルチの場合、だいたい最後までビジネスプランを言わない。しょっぱなからいうと人が去ってしまうからだ。
最初から「私はマルチで飯食っています。私から化粧品を買うとあなたも私もポイントがついて安くなります。だから私の子ネズミになって」
というのだったらまだよい。だが、ほとんどのマルチは素性を言わない。
ひどい例だと、職業カメラマンといっているが、カメラの質問をしても一切答えられない輩もいた。
愛する若い衆よ、私も注意するが、みんなも注意してくれよな。
いや、これはない。タダ作業に限らず仕事はしたくないです。生活できる金だけあれば寝て暮らします。
ともあれ、マジレスありがとう。結局貫禄つーか経験が足りないから、初期のある程度苦労するフェーズだってだけな気もする。
今の俺が「300万ぐらいじゃないっすかねー、理由はこうこうで」と口頭で終わりな対応してたら、ただ不真面目なだけだと絶対思われる。
まず信用を築かなくてはいけないステージだから「恩を売って貸しを作る」が基本スタンスにならざるを得ない。「タダの見積もりなのに、ここまでやってくれるの!」とある程度思わせないと、状況打開できない気がする。
だがこの考えが間違っているかもしれないが。
なんか、ルールを守るかどうか、ルールに融通を利かすかどうか?が重要なのか?
助けあうことが重要なんじゃね?
ここで言ってるのは、ルール以前に上司とコミュニケーションが上手く取れていないのに
上司がルールか?ルールじゃないか?とルールベースで話をしていることだろ。
それ以前に話しあえよと。日頃からのコミュニケーションが足りてないのは上司も部下も同じだろ。
にも関わらず 部下だけにまたは上司だけに モノを言うのは間違ってね?
上司の言うことが聞けないならクビにするぞ、もしくは飛ばすぞっていう事を言外に言えばコミュニケーションがとれなくなるのは当たり前じゃね?
もう文章読んだ段階で、双方にコミュ力がないだろ。
信頼関係を築かずにルールですから。って話をしているから物事がおかしくなってるんだろ。
ルールはコミュニケーションを円滑にするためにあるんであって、ルールを盾にコミュニケーションを分断してどうするんだ。ということろをつっこまなあかん。
ふと思い出したことを書く。
今から5年くらい前だと思う。
ある時からちょくちょくとニューハーフヘルスのホームページを見始め、
我慢出来なくなってしまったので行くことにしたのだ。
店内といっても、高級マンションの一室を借りたようなお店だった。
そして、部屋に入って待機していると、予約指名をしていた
ニューハーフが登場する。
※後日談だが、その嬢はその数年後、AV作品にも出演するようになっていた。
さて、とりあえず、一緒にシャワーを浴びる訳だが、やはり、
相手の股間に男性器がついている訳でついつい、目がいってしまう。
自分は基本、受け身なので責めてもらうことにした。
今からもう5年ほど前の話なので記憶は印象深いところしか記憶がないのだが、
とにかく、その嬢はテクニックが半端無かった。
中身が男性なためか、男が喜ぶことを熟知しているかのようだった。
要は2本の男性器を同時に手コキするような技だ。
手でこすり合わせ上下にしごくのだ。
口にくわえて初フェラをさせて頂いた。
口に含むまではそんなことを認識することは無かった。
無機質なものだと思っていたのだが、そうではなかったようだ。
さて、自分は責められ役だ。
特にそれは興味がない。AFはプライベートでも過去に何度か経験済みだ。
責められた記憶があるが、騎乗位の時はちょっとアナルが痛かった。
バックはアナルが開くのか、騎乗位の時のような痛みはなかった。
最終的にフィニッシュは正常位だった訳だが、
正常位で挿入されながらの手コキは恐ろしいほどに気持ちが良かった。
手コキで発射してしまった。
フィニッシュをした後は、嬢に綺麗にしてもらい、
そして、いわゆる、ピロートークだ。
でも、この時は違かった。
いつまでも、自分の下腹部に熱くジュ〜ンとした快感が残り続け、
弱々しく感じられた。
腕枕をする側だったのだけれども、それでも、気分は乙女な感じ。
下腹部に残る熱い快感が「まだ自分から離れないで〜!」と言わんばかりに
私はニューハーフにケツを掘られて初めて、
女性がなぜ、SEXの後にピロートークを求めるのかが分かった。
女性の気分を味わった方が良い。
しかし、この記事を書いている途中にまた行ってみたくなってきた。
本当にプレイ時間の1秒、1秒が快感だったことを思い出したからだ。
この記事を投稿した後、私はニューハーフヘルスのウェブサイトを
Google先生の導きの元、探索するに違いない。
バックから掘られつつ仁王立ちする嬢のペニスをくわえてみたい。
そう、AVでよく見るシーンのように。
ピロートーク中に嬢が手を握って来た。終始、見た目も振る舞いも女性そのものだったが、手を握った時に感じた感触はゴツく、
その時初めて嬢が男性だと認識した。手の骨格までは整形する人はいないだろう。
それ以外は終始、美しい女性に責められているような最高の気分と快感に包まれた体験だった。
初めての匿名ダイアリーへの投稿だったが、こんな18禁の内容が
人気エントリーにも入ってしまい嬉しいような申し訳ないような気分である。
せっかくなので、何か質問などあれば、はてブのコメント欄またはトラックバックで書いていただければ、
後ほど恐らく本日の何処かで、このエントリーに追記というかたちで
返答したいと思う。なので、質問などあればお気軽に是非。
この手の下系の記事はユーザー心理的にはてブしづらいと思っていましたが、
意外とはてブ数が伸びて驚いております。(現時点で270はてブ越え)
以下、エントリーについたコメントやトラックバックを拾ってみました。
女性用の風俗が流行らないのはここに答えがある。快感や暖かさを積み重ねることで、相手(男性)への情が湧いてしまうからだろう。挿入されるセックスと恋愛は分けて処理できない。
女性側からのコメントがもっとあると、私の意見が単なる勘違いなのか、
本当なのかがわかって嬉しいですね!
あとは、自分より体格のいい、力勝負では勝てなさそうな相手といたして、女性が一般男性に感じる、力で勝てない相手という恐怖を分かっておくのもよい。/ 暖かいのいいなー。ディルドに体温とかないしな。
こちらも女性ユーザーと思われる方からのコメント。絶対的な支配感というのも味わってみたいですが、
追記3を読んで「こいつ真面目でいいやつ」だと思った。
ありがとうございます。仕事をさぼって、今追記の部分を書いてます。
実はそんな肉食な訳でもなく、風俗も滅多に行かないです。一年に1回行くか行かないかくらい。
その通り!!!下ネタOKな友人にも、このネタはいろいろ話すのが怖いので言えないですね。
巧妙なステマ
「こんな記事にそのネガコメ!?」と思って、コメ主さんの登録はてブ拝見しましたら、
どんな記事に対しても見事にネガコメばかりしていて吹きましたw
普段から開発してない人にいきなり入るもんなの?
結論から言うと入ると思います。ただ、いきなりではなく挿入の前に
自分がAFを女性とした時もAF未経験の子にその日でAFまでしたこともあるので
タチはあまり良い方ではなかったと思いますし、サイズも大きくは無かったです。
それも助かったのかもしれません。
これ!本当にそうだよー! ヘテロ男性も女性も、もっとアナル掘られるべき! 義務教育でアナルファックのやり方を教えるべきだよ!世界がもっと平和になるよ!
だそうです!!みなさんも一度くらいは経験してみてはいかがでしょうか?
一度限りの人生で1回くらいは体験してみても良いのではないでしょうか?
確かにニューハーフとの行為は最高だが一晩を供にしてごらん。翌朝の寝起き、化粧が落ちた顔にうっすらと生えたヒゲでかなり萎えるから(体験談)。これが男と女の越えられない壁だと思った
ニューハーフとは2時間くらいのプレイで終わらせるのが宜しいようで。。。
おぅ!すげー気持ちいいぞ!オマエもやってみろ!!
今日ほど痔を悔やんだ日はない。
切れ痔気味でしたが、それでも誘惑に負けて行きましたよ。
店自体は行ってもいいけど、掘られるのはイヤだ。ぢのせいだけじゃないきっと。
もちろん、掘る側でもプレイできますよ。ただ、ニューハーフを掘るなら普通にタイプの女性を掘った方が楽しそう。
はうまっち?
たぶん、2時間くらいで30000円行かなかったと思う!!
昼間に読む話題じゃないけど。非常に興味深い… うう、好奇心が…!
You、行っちゃいなよ!
昼間にごめんよ。しかし、そうか…男性にもわかるんだなぁ…田鳴ちゃん…かこ。
https://twitter.com/miw69mikasayama/status/448675640728760320
男はイッた後賢者になるけど、
相手の立場に勃つっていうことはこういうことですね。
正直、同じ嬢ともう一度プレイしたいと思ったことはありますが、
一度限りにしないとハマるなと思ったので、そこはなんとか堪えました。
すごいわかる。あの人恋しさ。
衝撃体験を告白したのは、この直後。「自分でやってみないと(フェラの極意は)分からないです」とシミジミ語った後「ニューハーフのチ〇ポをなめたことがあるんです」と切り出したのだ。
「(最初は)ちょっと抵抗があったんですが、なめたら『これはなめられるな』と。なんか感じてるんですよね、ニューハーフのコが。自分でやってみると、女のコが気持ち良くフェ○○オする気持ちが分かるんです」
フェ○の最中は「自分で(相手を)コントロールできる」感覚が気持ちいいようだ。「コイツは俺の意のままに動いてやがる。こんな〝小さい棒〟1本で!」と喜びもこみ上げるとか。
ちなみに上の引用は過去のホリエモンの発言です。引用元URLは貼るとステマと言われるので貼りません。
引用文のテキストを検索すれば、いろんなまとめサイトやらニュースサイトが見つかると思います。
それはさておき、追記でこれを引用したのは、こういうことすら公に語れるホリエモンは凄いなと素直に思うからです。
人からどう思われるとかを気にせずに、こんだけ素直に生きていたら、人生楽しいだろうなと。
私は常々、全ての男性は挿入されたらいいと思っているので、是非ニューハーフヘルスに行って逆A(挿入される)を経験してください。
拒否反応が湧かない男性であれば、是非、一度経験してみると良いかもしれませんよ!
入れる側と入れられる側をチェンジして、男が突かれて喘いでもいいじゃない。体の中に残る異物感と温もりを知ってみてもいいじゃない。
逆に責めてもらうという経験をしてもらっても宜しいかと思いますよ!
この人はゲイではないのか?
ちなみに男性との経験はありません。でも美少年とならアリかなと興味はありますね。
知らなかった。。。
攻めか受けかって明確に決めてやるものなの?
コースが分かれていた訳でもなく、自ら、自己申告で
責めてもらいたい旨を伝えましたね。
興味深く読んだ。しかしこの人はドライオーガズムのみなのではなくて、射精もしているわけで、挿入される側であればそれでも余韻が残るという話になるな
すいません。若干、仰っている事が私にはレベルが高いようで付いて行けないかもです。
ありがとうございます。しかも、はてブ時に「国益」というタグで付けて頂いて光栄です。
文中に妊娠の心配が一切ないあたり(当然だけど)地味に羨ましい。男性器があれば突っ込んでみたいと思うことがあるので、両方楽しめるのもちょっと羨ましい。
大人になる前に、一回だけ、って友達に覆いかぶされたこと思い出した。この人は人生のプラス?になる経験したんじゃないのかなあ。
「大人になる前に一回だけ」という理由は普通に考えておかしな話ですね。
ニューハーフと男とのセックスを「ホモセックス」と一括りにするな!!
好奇心ってすごいね! 残念ながら、僕はこの文章で充分だと感じてしまうくらい「恐怖心>好奇心」かな。知らないものは怖い。あと彼女いるからムリ。いないときだったら、違ったかも。貴重な報告ありがとう!
彼女いるからムリではありません!彼女だって相手が女性でなければ許してくれますよ。
http://twitter.com/3103_tkym/status/449137492965347329
これ男の人読んで欲しいww ただの下ネタじゃなくていいこと書いてあるし。
「いいこと書いてあるし」というコメントを読んで、
「この記事を投稿して良かったな、オレ」と思いました。
http://twitter.com/arshu117/status/449091311719546881
...暖かいのか.(´Д`;)
うん、暖かいよ★
https://twitter.com/DeVice69/status/448849970104238080
興味本位で読んでみたけれど、ううむと考えさせられるいい話(?)であった。
うん、いい話。
https://twitter.com/yeahoo39/status/448815737264558082
すごいな 激しく笑った いや、エンターテイメントです
いえぇ〜〜〜〜〜イ!!!
https://twitter.com/roland_macaron/status/448797538754109441
この報告において解明された真理は、肉体の性はあまり関係がなく、むしろ受動のポジションにいる体験が重要であるということではないか?
何を真面目に語られておりますか?
https://twitter.com/kanakosiraishi/status/448776042061103105
ポケモンであれば最初は対戦するのを避けて属性の説明から始めてみましょう。
徐々に慣れてきたら対戦をして(はじめは負けてあげましょう)、対戦の面白さが理解できたフェーズでガチ対戦しましょう。
ポケモンは子供向けのイメージがありますが大人でも楽しめるように設計されています。
RPGは得手不得手がありますからもし挫折したらマリオカートやNEWスーパーマリオなどのアクション戦の高いものにシフトするのも手かもしれません。
先日、こんな記事が出た。
ヤフーのeコマース革命は第2フェーズへ~小澤氏らに聞く、人員が増え続けても「爆速開発」が可能な理由
http://engineer.typemag.jp/article/bakusokukaihatsu
しかしながら、こういう記事は良いように見えるようにしか書かないのも事実。
実際のところ、どうなんだろうか。
気になった投稿があったので拾って個人が特定できないように書き換えてリポストする。
わたし、ほんと合わなかったんだろうなー(笑)わたしは今のところでがんばるよ。 元からスピード遅かったじゃん。「速度が落ちてません」ってどうなんだ? 人数増えたのに落ちてない、元から遅かった=低下してんじゃんって読めるんだが。 ペットボトルの例は「言われたことだけをやってればいいという風土で 兵隊を育て続けてしまった弊害」ということでしょ。 「水をこぼれるのを防ぎたいんだ」ということまで言わないと意図を読み取れないのってどーなの? 「俺たちがやっているのは終わらない文化祭だ」社畜乙! と、つい、考えてしまった。
仲間を仲間と思わず敵にしてしまって出し抜くような人が多かったですからね。
配属されて部署に行った時に所属するチームに席がなかったとか、 OJTが昼からしかこないしなにも教えてくれなかったとか、 先輩の企画さんにいじめられたとかあったけど、 そんなもんかねーと思ってたし。 鈍感力に優れててほんとうによかったと思ってる。
したっぱ(というと聞こえは悪いかもしれないけれど)同士は敵いなかったんだよ。 いろんな機能のたくさんの開発さんたちと仕事してきたけど、みんな協力してくれたし。 開発としゃべると話が早くて超楽だったし。いちいち確認する必要なかったからね。 いい意味の空気嫁で仕事できてた感はある。 制作メンバーとも仲悪いとかなかったし。 去年の誕生日は開発メンバーがバースデーカードくれた。うれしかったな。 昔いた企画の人の中にはいまだに飲みたい人たちもいるし、いい思い出もたくさんあるんだよ。。。 ほんと残念だよ。 最終的には、あそこにわたしの居場所はなかったし、居場所を得ようとさえ思えなかったからね。
修羅の国で修業したい人には良いところなんでしょうね。
でも、きっと、長く続かない。
先日、こんな記事が出た。
ヤフーのeコマース革命は第2フェーズへ~小澤氏らに聞く、人員が増え続けても「爆速開発」が可能な理由
http://engineer.typemag.jp/article/bakusokukaihatsu
しかしながら、こういう記事は良いように見えるようにしか書かないのも事実。
実際のところ、どうなんだろうか。
気になった投稿があったので拾って個人が特定できないように書き換えてリポストする。
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わたし、ほんと合わなかったんだろうなー(笑)わたしは今のところでがんばるよ。
元からスピード遅かったじゃん。「速度が落ちてません」ってどうなんだ?
人数増えたのに落ちてない、元から遅かった=低下してんじゃんって読めるんだが。
ペットボトルの例は「言われたことだけをやってればいいという風土で
「水をこぼれるのを防ぎたいんだ」ということまで言わないと意図を読み取れないのってどーなの?
と、つい、考えてしまった。
--
http://wired.jp/2014/02/18/dolphin-fishing-in-japan/
一休が修行しているお寺の和尚さんは、太兵衛という小間物屋の主人と夜な夜な囲碁を打つのが楽しみなのだが、勝負がついて太兵衛が寺から帰るまでは先に休むことができないので、小坊主たちはみんな太兵衛が来るのを疎ましく思っていた。
ある日、一休は太兵衛が熊の毛皮でできた上着を着ていることに気づいて一計を案じ、「生き物の毛皮を着た者は寺への立ち入り禁止」の張り紙をして、太兵衛が寺に来るのを阻止しようとした。
納得のいかない太兵衛は「寺にある太鼓はどうです? 太鼓は動物の毛皮でできているのに、なぜ私はダメなんですか?」 とドヤ顔で自らの正当性を主張したのだが、一休はこうやり返した。
「太兵衛さんは太鼓だ! 太鼓はいつもバチで叩かれておりまする!」と太鼓のバチでぶんなぐってやろうと太兵衛さんを追いかけまわしたという。
この一休の外道エピソードのように、アレがOKならコレもOKだろ論法が奏功しない例として、橋下氏が慰安婦なんてどこの国にもいただろう、などと言ってフルボッコにあっていたのは記憶に新しい。
イルカ漁に対して他国からとやかく言われる筋合いはないにせよ、正当性を声高に主張したって理解しようとしないヤツが相手なんだから、粛々と日本でイルカ漁を続けて、近づいたシーシェパードやら何やら法を犯してまで妨害しようとする連中を片っ端から警察に逮捕させるという、「反対派工作員のおとり漁」へとフェーズを変えて楽しんでもらえるといいと思う。
承認願望が話題?になっているのか、いないのかは知らないけど、
(http://areyoukicking.hatenablog.com)
「競争率の高いらしいゼミに入った(ようなイケてる)人間だと思われたい」
周囲から「ダサい」「イケてない」と見られたくないという、今の大学生たちの思いの切実さは、それこそ「ハンパない」
は何となくわかる。
サークル内で誰があの子を射止めるかとか、誰が三菱商事に入ったかという話題は、
自分を寸法する上で、どの階層に所属するのかっていう目利きをするフェーズだからだ。
これって、なんでなんだろうと。
もちろん海外でも似たようなことはあるのだろうが、俺は日本とかに強い気がする。
群れ行動を離れるのを極端に嫌がるので、群れから離れるタイミングを逸し、
。。。。む、これは、、、企業にも言えることだが、、
実際問題そうやって生きざるを得ないしな。。。。
「レベルを落とせば身の丈にあった、楽をできる」ことが実現できない
これはある特定のケースではないんじゃないかと思ったから書く。
端的に言うと、最近◯リーからの転職組が多く、彼らは一見優秀に見えるが、謎な頑張りによって物事を動かそうとする癖があり、既存社員が疲弊していくケースが散見された。このままでは人が死ぬだろうと思う。
うちの会社でも、知り合いの会社でも去年はグ◯ーからの転職がかなり多い。
D◯NAは頑張っているものの、G社からの流出は結構なもののようだ。
すごく悪い言い方をすれば、大体が金によって釣られた大量入社社員であり、
彼らが見限って出て行くというフェーズなんだろうと思う。
とは言え大量入社組はそれなりに優秀であり、最初のうちは転職してきてくれてありがたいと思っていた。
しかし、彼らが何かしらのポジションを得た時、なんか不安を感じるようになった。
彼らは、メンバーでもリーダーでもなんでもよい、自分の居場所を見つけるとすんごい頑張る。
だけど、彼らの頑張りはなんか違う。
私は毎日これくらい頑張ってますが、あなたは?という態度で迫る。
そのアウトプットがものすごく優れてればよいんだが、その労働時間かけるくらいなら
定時で帰ってもさほど変わらないだろうという感じ。
いや、非効率であってもいい。
デキの悪い社員でも気持ちがよければいいじゃないか。
でも彼らはちょっと違う。プライドがあり、それなりに彼らのやり方に自信を持ってる。
自分たちもそんなメンタルが強いわけでもないので、労働時間が長く、
自信を持ってる人に何か言われたら、従わないといけないかなとも思う。
最初はなんか新しい文化みたいに受け入れたりするんだけど、やっぱりしんどくなる。
このままだと周りの人間が病んでいく。
どうすればいいの。。。。
の二点が心に残った。風間八宏氏のサッカー解説は、常に、ああ、そういう所を見るべきなのか、なるほどという知的感動がある。
あまり、こういうことを言うのはなんだが、セルジオ越後は辛辣だが、結局どこを見ているのかよくわからない。ネガティブなことを言いまくって、弱いうちはそりゃ当たってるんだろうけど、結局何をどうしたら、良くなるのか全然わからない。
風間氏はフロンターレを率い、デポルキラー大久保に「ストーリー立てて話してくれるので大変わかりやすい」と言わしめ、キャリアハイのゴール記録へと導く。素晴らしい指導者だと思う。それは、評論家時代からそうだったように思える。
今はやべっちFCでテレ朝がすごくいいサッカーTV局になっているが、ちょうど10年前ぐらいはフジテレビだった。中田英寿がペルージャに移籍し、活躍しているその様をなんとも表現豊かに的確に、オフザボールから解説してくれたのが風間八宏氏であった。
Numberももちろんそう。最新号のスカウトの目というのも素晴らしい。どこまでもよく見ているし、俺が見た試合の中で評価した。評価される場所にいない人はもちろん入っていない。それも運だよ。みたいな事が書いてあって、軽い評論家の数字の羅列↓
http://sakabuta.jp/archives/34386778.html には、全く現されない、重みがあった。
10年前のサッカーでは、FWの決定力不足が絶望的であった。だから、批評家にも価値が(無いけど)あるように思えた。悪い状態のチームの何がどう悪いのか具体的に提示するのは、非常に簡単な事に思えた。
サッカーのようなゴールが入りにくいスポーツにおいて、決定力の無いサッカーほどフラストレーションを具現化したような状態はない。批評する人も存分に叩いておけばよかった。欧州を見よと、あれができてない。これもできていない。大体言っときゃあたりの評論家。
状況は変わり、若い才能が、世界へと飛び出して、徐々に形を作った。今や、ミランとインテルに日本人がいる状況である。この状況においても、数字の羅列で表現している人がいる。
Numberでは、今の日本の課題はDFであり、その課題は育成フェーズでの基礎がなっていない、ということになっている。いまの日本代表は細かいパスサッカーを展開し、昔のMF大国の良い所を、世界の風を吸収することでフォワーディングして、前線が強くなった。
攻撃的に日本が進化して、むしろDFが置き去りにされているというのは、面白い現象だと思う、日本は工業国家で、クリエイティブさが少ない、真面目な国民性という紋切りでは、そうは言い切れないだろう。DFが育成が遅れているのは、MF側→FWへという昔の決定力不足の記憶がそうさせていて、その創造的な発展の次はFWを抑えるDFの育成になるということを考えると面白い進化途中の日本が見えてくる。
先に進化したのはFWであり、選手である。次はDFが進化しようとしている日本のサッカー。色々よく言われる日本の画一ばった、おとなしい周りに合わせる工業国という姿はもう、論じるに足りない。
そんなのいらないでしょう。もしいたら、真っ先に退場願いたいものだ。