2014-07-29

部下がくれたアドバイス

前いた会社を辞めた時に、部下がくれたアドバイスを思い出した。

部下は新人ときから、びっくりするほどできるやつだった。

同僚の三倍程度の仕事量をてきぱきとこなし、涼しい顔で毎日定時に帰っていく。上司の俺が何も指示していないときに、社内を歩きまわって、同僚や先輩に仕事を「お願い」していた。

けれども、そいつを悪く言うやつはいなかった。笑ったときえくぼが印象深い奴だった。

俺は会社でパッとしない上司をやっていた。

経験だけはあったが、他にその役につく人間がいないという理由で、ロケット鉛筆のように押し出されてそのポジションに付いた。

かつて新人だった頃は、プログラマーとして四苦八苦しながら、作る喜びを糧にしていたものだった。

だが月日が経って、机の位置が変わった。プロジェクトを指揮するようになった。部下が増えた。いつしか俺はコードを離れ、代わりに人間を扱うようになっていた。

責任が増えると共に、やりがいも増えた。チームをまとめて、目標に向かっていく。自分一人ではできないことを、仲間たちと力を合わせて達成する。砂漠の中にピラミッドを建てるように。

プロジェクトを完遂すると、メンバーがガラリと変わった。力になってくれた仲間たちは、別のチームでその才能を発揮することになる。俺の元には営業がやってきて、新しいプロジェクトの発足を告げる。

程なくして新しいメンバーがやってくる。俺は別なチームとともに、別のピラミッドを建てるのだ。

そんなループを何度か繰り返したある日、プロジェクト終了直後の閑散とした社内を眺めて、缶コーヒー片手にボンヤリしている時に気がついた。

味がしない。缶コーヒージョージアエメラルドマウンテン・ブレンド(つめた〜い)の味がしない。

いやもちろん缶コーヒーなので、本来そんなに旨くない。街の喫茶店はおろか、スターバックス女子高生がカップで飲んでるやつにも及ばない、いわゆる”コーヒー飲料なのだが、初めの頃はうまかったのだ。

入社当時、Visual Basic の教本を片手にキーボードにしがみついていた時に机に並べていたエメラルドマウンテン・ブレンドは、もっとスカッとした味だった。

抜けた空のような味。

何かが違う。そう感じた。

iPodを作った天才スティーブ・ジョブズはかつてこう言った。

私は毎日自分に問いかけてきました。「もし今日人生最後の日だとしたら、今からやろうとしていることをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、何かを変えなければならない時期にきているということです。

一週間の後、俺は退路を歩むことを決めた。

退社まで残りひと月と迫って、引き継ぎが一段落したある週末に、俺は例の、できる部下と酒を飲むことになった。

そのときの部下は会社の期待のエースとして注目を集め、人より多くの責任仕事を与えられていた。しかし本人はプレッシャーに怯むことはなく、むしろ水を得た魚のように、やる気に満ちていた。テカッテカだった。

酒の席に誘うと忙しいにもかかわらず、嬉しそうに快諾した。へんなやつだ。

その夜、俺は柄にもなく酔っぱらい、いつのまにか部下に向かってだらだらと仕事上の愚痴をこぼしつづける、情けない中年オヤジになっていた。

聞くと部下も結構酔っていると言ったが、俺は知っていた。こいつは顔は真っ赤になるが、それでいて実態は”ザル”だ。笑顔を崩さず、俺の話に機械的に相槌を打っている。

俺の話が一段落したときに、すべりこむように部下が横槍を入れた。「でもね上司さん。そういうのって上司さんが悪いんですよ。」

失礼ですけど。

顔を上げて確認すると、部下は笑顔の目元に困ったような表情を乗せていた。俺が息を呑むと、覚悟を決めたように、話を続けた。

上司さんは自分の頭で考え過ぎなんです。」

部下の説教

から何まで自分のアタマで考えないと気が済まない、そんなタイプ人間がまれにいます(ご指摘の通り、俺がそうだ)。

確かに、自分のアタマで考えるということは、ものすごく気持ちがいいですよね。なにかすごく『意味のあることをした感覚』を得られます

けれども、そこには隠れたコストリスクがあるんです。

説得するコスト

最高責任者とか芸術家とかでない限り、自分のアタマで考えたことは「誰かに説明して納得してもらう」というフェーズ必要です。

相手が上司さんの上司さんであるなら、例えば説得はこんなふうに行われます

お偉いさんの元を尋ねて、現状の問題分析するとこういう構造になってて、どこがどう問題と考えられるので、このようにやりかたを変えれば、このくらいよいことが起こるでしょう、みたいなのを説明して、話の前提をちゃんと共有しないと理屈が通らないから、考えに至る前提条件とかを事細かに説明して、相手との認識が合わなかったら合うように、考え方の違いに注意しながら調整して、ようやく自分のアタマで考えたこと、を分かってもらえたら次は、それって絶対・100%・間違ってたら責任取るの? とか聞かれます、でもそんなん100%なんて世の中にありえないだろ、と思っても言い出したのは自分だし、時間をかけて分かっていただいた手前もあるし、それら有象無象を踏まえて相手のプライド考慮しつつ、こちらの責任が大きくなりすぎないように、うまく首を縦に振ってもらうように、知略の限りを尽くして言いくるめるんです。

一方で、去年と同じで行きましょう、ならサラッと通ります

競合他社と同じ戦略で行きましょう、偉い人の方針をまるごと継承しましょう、とかでも。

冷静に、比べてみてください。自分のアタマで考えた場合コスト

説明のために、ものすごいコストや苦労をかけてストレスをためこみ、結果自分責任が増しただけ。

限界自覚するリスク

自分のアタマで考えようとして、なんにも結論が導き出せなくなることがあります

どの因子がどう関わってるのか整理しきれない。どこの範囲まで前提として考慮に入れるべきかがわからない。「Aと言う視点なら正しいとも言えるし、Bという視点なら間違いとも言える」みたいな項目ばかり。

なにを考えても「他人が出した別案」に引っ張られる。なんとかごまかしつつ、ちょっと甘いかな、って思いながら考察した結論他人に見せる。でも、アタマの鋭い人はどこでもいるもので。

ピンポイントでその弱いところを突かれちゃったりする。自分でも「俺バカなのかな」と薄々感づいてる点を、改めて他人にも認識させられることになります痛恨の一撃です。大ダメージです。

賢者歴史から学び、愚者経験から学ぶ、と言います

ゼロから考え直すなら、誰だって結論を間違えたり、推論を見失ったりすることがありえるんですけど、『自分のアタマで考えている俺』に酔っていると、そういう基本的なことは、忘れちゃうんです。

根拠のない自信を持ってる人ほどひどい結果になりがちです。

自分天才とまでは言わないけども、周囲の中でまあまあ使える、ほうだし、今は流されてるけど、本気出せば自分で考えて結論出すようなこともできるもんね!」

そんな自信は崩れ去ります

失った自信を取り戻すのには、より多くの時間必要です…。ご年配の方ほど、必要な苦労は過酷ものになるでしょう。

一方で、すでに確立された方法に従うなら、挫折はありません。

その仕事が得意な人、エキスパートに全部お任せする、というのでも。

考えてもみてください。自分のアタマで考えた場合リスク

挫折が無ければ、その間仕事ができた。挫折があるから、周辺分野へ再び手を伸ばすことが、おっくうになった。

天びんの片方を高く見積もりすぎている

例えば、さっきお酒持ってきてくれたの店員さん。カウンターで寂しそうにひとりで飲んでるオジサン。自分のアタマで考えているように見えますか?

自分のアタマで考えてる人って、ものすごく少ないです。

たいていの人たちは、流されています。考えが浅いし、近視眼的です。リスク管理の面から見ても、脆弱です。

でも、その人たちって、不幸ですか?

かなり幸せそうじゃない? 自分はすごいという自信のもとに楽しく過ごし、うまくいかなかったことは運が悪かった、また次があるさ、と片付けてポジティブに生きてる。掘り込んだ原因分析なんてしないで、場当たりに生きてる。若者から人生訓を聞かれたら嬉々として語っちゃう、的な幸せさに溢れてるw

偉そうにw 生意気言うやつだなw とその晩は軽くたしなめて別れたけど、

よくよく思い返すといい話ではあった。なんだか、ずっと温めていた感もあるし。

から後になって感謝メールで伝えた。

俺は今まで、自分のアタマで考えてきた。それを誇りにしていたというほどではないけど、出来る限り自分でやってみる、が俺のモットーだった。

けれども、それで、何が残っただろうか。

すり減ったり、焦ったり、自己嫌悪に陥ったり。紆余曲折を経て、何が残ったのか。

ひょっとすると、俺は自分人生の将来や、手に入れられる幸福や可能性から、目を逸らしていたかっただけなんじゃないか。

実感を求めて効率犠牲にする。それで誰かの足を引っ張る。あるいは、身の程をわきまえて、歯車として、自分に与えられた役割を果たす。その分岐路で立ち尽くしている。アタマで考えても前に進めない。思考停止すれば進める。『結果』を手に入れる。上手く行けば成功できるかもしれない。彼女のように。慣性は惰性だ。だからプライドは捨てる。直感は捨てる。生き方を変える。

(以上。なんかディティール盛り過ぎてる感があるけど、部下の言いたかった、本筋のところは外していない?)

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後書き:

id:uxlayman さんの元エントリ分析エントリです。

俺の考えでは、元となるアイデアが良ければ、読みやすくするためにストーリーを与えて、読んでて途中で躓かないように、注意深く、入念に推敲すれば、ある程度伸びます(俺はこの文章推敲に6時間かけました。ヒマスギシヌ)。

コアとなるアイデアはなんでもいいわけではないようです。というのも、同じようなストーリーで同じような語り口の記事過去に書いたことがあるんですけど、そっちは全然伸びませんでした。

自分のアタマで考えてはいけない。

追記 (7/30 1:35時点):

頂いたコメントより

部下のアドバイスを受け入れられる人は人間として素晴らしい人だと思います

逆に言うと、部下のアドバイスを受け入れられない上司が世の中に、はびこっている、と。 うーん。。

  • 自分の頭で考えすぎね。 確かにこんだけの長文を書き連ねてる時点でそうだろうなって思うわ… いやでもいいこと言うわねその部下ちゃん

  • あなたは文章がうまい

  • http://uxlayman.hatenablog.com/entry/2014/07/28/225515の結論としては、どこに投稿するかより、いかにストーリー性を与えるかのほうが重要ってこと?

  • むしろ考えが足りないんじゃないの? 自分の行動力を最小限に抑えながら最大の効果を出すように考えてない。 新人君の方が考え方が先を行っていて、 最小限のエネルギーを使って最...

    • そういうのは、言論のうえだけで成り立つ「言葉のあや」だと思うんだよな。 職分を全うしつつ、対人関係を全てコントロールできるところまでが「最小限のエネルギー」ということで...

  • むしろ考えが足りないんじゃないの? 自分の行動力を最小限に抑えながら最大の効果を出すように考えてない。 新人君の方が考え方が先を行っていて、 最小限のエネルギーを使って最...

  • こういう日記って必ず両者のどちらかが正解かのように錯覚する人が多いんだけど両方とも極端すぎるんだよ 考える仮定、結果は大事だよ 歴史や事例にならうだけでは気づかないこと...

  • う~ん、この程度の説教で、グラグラゆれている時点で先が思いやられる…。 自分で考える、頭を張るというのは、そうでない人の100倍の仕事量をこなさないといけない。 普通で...

    • たびたび見られるこの手の御高説。 キャリアポルノを鵜呑みにした様な価値基準をスタンダードにして、 いったい俺たちは幸せになれるんだろうか?

  • http://anond.hatelabo.jp/20140729092650 部下がくれたアドバイスを読んで。 精神が摩耗していくということは確かにあると思う。 誰かの命令に従ってるって実はものすごく気持ちの良いことだ...

  • 改変でブクマが伸びたという記事から飛んできた。 読みやすくなっているのでブクマが伸びるのは理解できるが、 論旨はやっぱり微妙だと思う。 "そこそこ賢い俺"っていう自意識のは...

  • 似たような趣味を持つものとしてぜひ頑張って欲しい。 ちなみに年明け後に確認したところ、2014年の1000超えはたった22本。 3本入れたなら14%だから相当すごいよ。 1991ブコメ 部下がく...

    • ありがとう。齧りついちゃって時間飛ぶから最近はあんまりだよ。 総数は250個くらい? 狙ったのは30個くらいかな。渾身のがガン無視される度泣いてる ;-)

  • 以前から、こういう転載が増田に出ることはあったけど、最近はより顕著になってきたような気がする。 それにしても 他人の言葉をコピーしても熱量はコピーされないんだからお前...

  • 沖縄クソじゃん。 もうここ滅ぼせよ。 http://politas.jp/features/14/article/616 沖縄の自殺率は全国で突出して1位である。 教員のうつも突出して全国1位。殺人、強盗、レイプなどの凶悪犯罪...

  • いつもホッテントリを賑わせている増田だが、増田が始まってからこれまでの15年間について、年代別にブクマ数ベスト5を調査して、振り返っていきたい。 2006年 1位:プログラミ...

    • 色々あったねえ。 月日が経つのは早い。 “部下がくれたアドバイス”を書いた筆者だけど、あの増田の文章テクニックは 故Hagex先生 の教えてくれた技を利用していて、だからブックマ...

    • 2位:anond:20061214085342(155users) 有名なオーケン事件の2chコピペ。 2chコピペだとわかるように書いてある。 2chコピペを真に受ける当時のブコメ https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/200612...

      • とりあえず大企業に立ち向かう反体制っぽい空気に乗っかった意見に便乗することが正義っていうのが16年前のインターネットの流れだったよな それで行き当たりばったりに行動するう...

        • ゼロ年代半ばってネトウヨの勃興期やん。より正確に、その頃のはてなは反体制派だったと言い直すべきでは

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