はてなキーワード: 暴走とは
庵野ってバトルシーンとか爆発シーンとかがやたら取り上げられるけど
今となっては普通のストーリー・演出なんだろうけど当時としては斬新かつ衝撃でみんなの記憶に残ってる
ストーリーだけなら手塚がいろいろやってるし過去のアニメにもあるけど
これに演出を組み合わせてるのがなかなかないんだよね
4号機から運び出されるまでトウジが乗ってるかどうかはっきり分からないような演出は普通できんと思うんだけどな
シンゴジラにしてもゴジラが内閣総辞職ビーム吐くあたりとかはシナリオもそうだけど演出が上手すぎる
冒頭からあそこまで日本人が震災で経験した非日常の様子をアリアリと再現してて
妙なリアリティがあってからのゴジラの絶望感っていうね ホント上手い
エヴァの新劇は破でトウジじゃなくてアスカ乗せるとかマジで天才かと思った
もう暴走するのが分かってるエヴァにヒロイン的なアスカ乗せるとかどうやったら思いつくのか
シンエヴァはそういう意味でストーリー・演出ともにかなり良かった
「え?マジで?」とか「ああ、そういうこと」みたいなのが多くて良かったし
庵野の才能は涸れてないと感じた
なんか感想とか批評を見るとこういうストーリーと演出に対する話ってあんまりなくて
アニメ的なクオリティとか世界観のディテールとかそういう話に終始してるんだけど
そんなこと言い出したらエヴァを始めとした庵野作品って昔からそんなに凝ってたか?っていう気にしかならん
庵野はそのストーリーと演出で「今の人」に刺さるように作品を作るのが本当に上手い
シンゴジラを震災を知らない人が見ても大して緊張感が沸かないだろうし
旧エヴァを今見ても若干の古くささがあると思う
エヴァ破とかシンエヴァを旧エヴァを知らない人が見ても楽しさ半分だろう
シンウルトラマンも期待してる 早く観たい
シン・エヴァンゲリオン見てきた。
Twitterも会社のチャットもお通夜ムードというか絶対に触れるなって雰囲気で、この見た後の誰かと語り合いたい気持ちをどこで発散すれば???
となったので熱が冷めないうちにうだうだ書いてみる。
以下ネタバレで、絶対初見で劇場で見た方が良いと思うので、見てないひとはここでもどった方がいい。
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なんか、やっと大人になれた気がした。
シンジくんたちと同じぐらいの年齢でエヴァに出会って、追いかけ続けて、Qで衝撃を受け、そこから8年放置。長かったよ流石に。
シンジくんたちチルドレンに感情移入していたのに、ミサトさんのくだりが一番刺さったもん。ふしぎ。
もうさ、最初に第三村で???ってなって、あ、これトトロじゃんってなって。
でもたぶん庵野のことだから鬱展開くるっしょとなったら8年寝かせただけあってささっと次のシーンにいって感動したし。
アスカとケンケンくっついてるし、トウジとヒカリの大人な対応も、子供との生活も刺さる刺さる。
アヤナミレイがパシャっとなった時にもっかい鬱展開かと思ったら違ったし。シンジ君8年でおっきくなったね・・・
で、南極いくじゃないですか。
なんかナディアみを感じるなと思ったらナディアなの。もうね庵野天才。
ボタンポチ―ひとつとってもエレクトラ押しなの。UKERUNE。
ここら辺からめちゃ熱い展開からの怪しげな雰囲気を感じ取って、良く調教されたエヴァファンとしては身構えるわけですよ。
アスカの目からアンチLシステム生えてきた時なんか「あっ」って感じですよ。これ以上アスカが可哀そうな目に合うのはやめてちょんまげ。
裏宇宙以降の精神世界なんてもう、TV版の終盤や旧劇ラストがフラッシュバックしていつ庵野が暴走するかとハラハラしてましたよ。
でもね、8年越しのエヴァはエンターテイメントとして高い完成度になっていた。
たとえ説明的だと言われても、ゲンドウやアスカ、他のキャラクターの想いやこれからをしっかりと描いたのは涙が出るほどうれしかったし。
ゲンドウがあっさり下車して、男前シンジ君が戻ってきたときなんかもう親目線で見てました。感情めちゃくちゃだな自分。
シンジ君じゃない・・・彼は・・・・シンジさんだ・・・!!!!!!!!
って感じ。
ネオンジェネシスの下りはちょっと意味わかんなかったというかまさかTV版にループさせる気か庵野ォ!と一瞬日和ました。すみません。
でも、これまでのエヴァのシーン、タイトル諸々全て映して、緒方恵美の最後のセリフが「さよならすべてのエヴァンゲリオン」ってのはとてもすっきりしました。
そして最後のシーンはもう考察班にまかせますが、自分は「大人になってエヴァを卒業しような!な!」と受け止めました。
やっぱりエヴァって自分の中でとても大切な作品だし、濃淡はあるものの人生の中でこれほど熱くはまった作品ってなかったと思うのですよ。
考察も語りあうときも、リアルな人生でいろいろあった中でもやっぱりずっと追ってきてたし。
すっと追ってこれたのはやっぱり不完全燃焼なところがあったからだし、庵野ォ!シンゴジラ作ってる場合じゃねーだろ!名作だけど!!!!となったりしながらも、やっぱりエヴァを待ち望んでいたんだなと。
最終作もいくつもの考察ポイントがあって、昔取った杵柄を振り回そう(?)としているいにしえのオタクたちが腕まくりして待っていると思うので、その考察を眺めながら今夜は余韻に浸りたいと思います。
あとやっぱ「アスカが好きだったんだ」はグサッときた。そう、昔はアスカが好きだったんだよ・・・・
ーーー
親となった立場としてゲンドウがシンジを抱きしめて「そこにいたのかユイ」と気づいたのは鳥肌だった。
そう、模造品を作ってもユイには辿り着けなったのに、一度は捨てたユイの血を分けたシンジにはユイが宿っていることを感じたというのがすごい。
エヴァ初号機にはユイの魂がある、ユイとゲンドウを重ねた初号機と13号機が槍を突き刺すシーンにもつながる秀逸な場面だった。
なんで?うぜーからってだけ?
踏み込んでほしくない件にガンガン踏み込むのはそいつが今起きてる事件のファーストレイパーなんだよ。
過去の事件については「とんでもねー話だ、そいつやっつけようぜ」って暴走してるんだからクソ迷惑ではあってもレイプの共犯ではないよ
時間 | 記事数 | 文字数 | 文字数平均 | 文字数中央値 |
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00 | 62 | 7402 | 119.4 | 40.5 |
01 | 47 | 6933 | 147.5 | 71 |
02 | 27 | 3306 | 122.4 | 84 |
03 | 36 | 7374 | 204.8 | 49.5 |
04 | 47 | 2914 | 62.0 | 34 |
05 | 25 | 1362 | 54.5 | 33 |
06 | 34 | 4239 | 124.7 | 82.5 |
07 | 41 | 4520 | 110.2 | 39 |
08 | 63 | 7745 | 122.9 | 60 |
09 | 90 | 11652 | 129.5 | 61.5 |
10 | 138 | 13565 | 98.3 | 46 |
11 | 209 | 23507 | 112.5 | 43 |
12 | 164 | 17858 | 108.9 | 47.5 |
13 | 146 | 13221 | 90.6 | 44 |
14 | 133 | 10893 | 81.9 | 45 |
15 | 115 | 9931 | 86.4 | 38 |
16 | 129 | 11708 | 90.8 | 47 |
17 | 119 | 13892 | 116.7 | 49 |
18 | 168 | 21880 | 130.2 | 51 |
19 | 169 | 16713 | 98.9 | 38 |
20 | 144 | 17580 | 122.1 | 39 |
21 | 158 | 23360 | 147.8 | 35 |
22 | 120 | 16361 | 136.3 | 45 |
23 | 93 | 18037 | 193.9 | 45 |
1日 | 2477 | 285953 | 115.4 | 45 |
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赤信号は無視し、前に乗用車が居ると追い抜き禁止を無視して抜かす。前方にバイクが居ると煽る。
バイクの煽りはいつ事故ってもおかしくないくらい接近してたりと殺す気で煽ってるのがわかる。
今のバイクにドラレコが付いてないと思っているマヌケが多いのもどうかと思う。
人によってはドラレコの存在を見つけて、一気に減速して車間距離を離す輩がいるけど、さんざん煽っておいて距離を離すとか愚かだよね。
「気づいてしまう人間である元増田」がこの程度のことにも気付かないように、この話は単に強いこだわりを持ってしまっている人がその部分で暴走してしまっただけの話。
それ以外の部分はただの「気付かない人」なのに。
消費税を下げて、法人税、累進所得税を下げたほうがいいというフラット税制志向は、新自由主義ゆえの結果だよ。
まず1930年代の世界恐慌で政府が何もしないほうがいいという自由主義は解を持たなかった。
大規模経済危機を迎えると、企業は金をためこみ設備研究投資をしなくなり、さらに景気が悪くなるという悪循環。
解を持つ英雄を求め、ドイツはヒトラー、日本は軍部が解だと思って暴走して戦争に至った。
そこでケインズが一般理論を発表した。政府が金融、財政、税制で金の循環を整えるという考え。軽いインフレを維持すれば経済は良くなると。
それで経済は順調に行き始めていたが、1970年代オイルショックや一部の国の経常赤字化で、「インフレだが不景気」という状態が生まれた。原因を仔細に見れば、資源不足や、産業劣化で外貨・金流出や外貨借金が増えた供給不足の問題ではある。
ケインズ主義だと政府は大きくなりやすい。政府が何もしないほうが良いという考えで、自由主義が復活した。それが故の小さな政府化とフラット税制志向。
経済は過去の貯蓄の取り崩しを含めて、資金調達しての支出を初項、収入のうち消費の比率を公比とした等比数列の和なんだわ。
資金調達しての支出は投資とも言われてるんだけど、設備研究投資に紐付いていない金融投資は貯蓄な。
だけど、設備研究投資に紐付いていない金融投資、平均消費性向以下の富裕層、そして、保身で資金余剰局面にある企業のフリーハンドの減税は公比を下げて景気を落とす。設備研究投資や消費など使った場合限定の減税は良いが。
日本では1990年バブル崩壊を迎えたが、大規模経済危機を迎えた後の停滞に自由主義が解を持たないというのは変わらず、それでいて消費税を上げて金を貯め込むところをバカバカ減税をした。
だけど、政府の裁量が働かないから理想的だという考えで、消費税を上げて、所得税、法人税を下げてきたんだよ。
1970年のような供給由来インフレを防ぎつつ、正しく金の循環を整えないとならない。無論使ったら増税の消費税は最悪の税制だからなくすべき。
現在の実態はともかく、金は天下の回りもの、というように、お金は社会を循環する「血液」だと私は思っています
血液なのだから、社会という身体全体に行き渡らなければ意味がないですし、
動脈硬化とか、血管が詰まってしまうと身体の一部が壊死するように、社会の一部も同様に壊死してしまいます
よく、資本主義が悪い、みたいに言う人がいますが、根本的にはそんなに悪い仕組みだとは私は思いません
なぜなら資本主義だからこそ、分業が可能になり、価格もそこそこで、スーパーで手軽に食材が手に入るようになるからです
問題なのは、神の見えざる手だけに任せてしまっていいのか、資本家や経営者が暴走しないのか、
市場も国や誰かが人為的に崩壊しないように管理しなければいけないのではないか、とかそういう点にあると思ってます
つまり、資本主義自体は原理的には悪い仕組みではないのですが、放っておくとそれが暴走したり、
その仕組みを悪用する人達がいたり、しかしながら、それを中国のように国家が思うがままに介入するのもどうよ、
みたいに問題が山積みであり、最初に書いたように、それによってお金という社会の血液がどこかに偏って蓄積されたり、
お金という血液が行き渡らない箇所の労働者が苦しんだり、そういう点にあると思っています
資本主義が悪いように言う人がいますが、今の生活で何気ないところで資本主義があるからこそ私達の生活が成り立っており、
縁の下の力持ちであるからこそ、その価値を理解できていない人が多いように私には思えるのです
しかし、単に資本主義というだけでは問題が多々あり、その問題が解決していないからこそ、労働者は酷い目に遭ったりする
とにかく、このお金という血液をいかに社会という身体全体に行き渡らせ、循環させ、社会を壊死させないようにしなければならない
そうしなければ、社会全体が死んでしまうのは人体と同じなわけです
しらんけど
1961年生まれ。史上2頭目の三冠馬、そして史上初の五冠馬である。ディープが登場するまでの史上最強馬といえばルドルフであり、そしてルドルフが登場するまではシンザンこそが史上最強馬だった。19戦15勝、2着4回。3着以下に負けたことがなく、そのわずかな敗戦もトライアルばかりで「調教代わりに手を抜いて走っているのでは」とも言われた。ルドルフを超える神のごときカリスマを持った最強のウマ娘として出てきてほしい。
1965年生まれ。29戦して海外遠征を除けばすべて3着以内という強さを誇った怪物。驚くべきはそのレース選び。芝でもダートでも長距離でも短距離でも勝ちまくる。いわば強化版アグネスデジタルである。3200mの天皇賞春と1200mのスプリンターズステークスを両方勝っているのはタケシバオーだけであり、当時はシンザンと並ぶほどの評価を与えられていたらしい。豪放磊落って感じのウマ娘として出てきてほしい。
1970年生まれ。日本競馬史上においてオグリキャップと並ぶアイドルホース。地方から中央競馬に殴りこんで連勝を重ねたのも同じ。しかしハイセイコーは皐月賞では勝ったものの日本ダービーでタケホープに敗れてしまう。実はハイセイコーは2000mまでの馬。馬場もダートのほうが合うと言われていた。マイル路線もダート路線もまだ整備されていない時代。ハイセイコーは不利な戦いを強いられ、しかしそれにより更なる人気を獲得した。同性から人気があるタイプの不良っぽいウマ娘として出てきてほしい。
1972年生まれ。ツインターボやメジロパーマーの究極形。人呼んで「狂気の逃げ馬」。とにかく最初から最後まで全力で逃げ続ける。しかもその戦法で9連勝して皐月賞とダービーの二冠馬となっているのである。なぜそんな極端な戦法をとっていたかというと、実は幼い頃に他馬に蹴られたトラウマのせいで、馬込みの中で走らせることができないからだった。狂気の暴走と思いきや泣きながらいじめっ子から逃げていたわけで、この時点でもうウマ娘っぽい。
1973年生まれ。「流星の貴公子」と呼ばれたアイドルホースである。競馬ではしばしば「三強」の構図が表れるが、テンポイントにもトウショウボーイ・グリーングラスという同世代の好敵手がいた。三頭とも出走したレースでは必ずワンツースリーを占め、三頭ともが年度代表馬になったという、稀有なライバル関係だった。そしてレース中に骨折し予後不良となった名馬としてキーストンやサイレンススズカと並んで語られることが多い。正統派のイケメンウマ娘として出てきてほしい。
1980年生まれ。(ウマ娘に)もう出てるだろ!って突っこまれそうだけど、個人的に大好きなので、まだゲームには実装されてないのを言い訳に紹介するわ。
ミスターシービーは史上三頭目の三冠馬。最後方からまくって追い込む豪快な競馬が身上で、皐月賞では泥んこの不良馬場を後方から差し切り、ダービーと菊花賞では当時のセオリーをガン無視して勝ってしまった。とにかく破天荒でド派手な馬だというイメージがある。ルックスもイケメンで、現役時はアイドルホースと言っていいくらいに人気があった。また、父親は「天馬」トウショウボーイ、母親はそのトウショウボーイと同じ新馬戦を走ったシービークインで、この母からはミスターシービーしか生まれていない。これも「初恋の馬に操を立てた」などとドラマチックに語られて人気の一因となった。
しかし悲しいことに、シービーの一歳年下には無敗の三冠馬シンボリルドルフがいた。シービーは皇帝と戦い、完膚なきまでに負けてしまう。ジャパンカップ。有馬記念。天皇賞春。いちども勝つことができなかった。当時の人気が忘れ去られた現在では、シービーは「史上最弱の三冠馬」などと言われてしまう始末である。言い訳をすると、シービーは本質的には中距離馬だと言われており、ルドルフと戦った距離は得意としていなかった。また体質も弱く、菊花賞のあとは一年もの休養を余儀なくされており、古馬になってからは蹄がボロボロだったらしい。ゆえに私は、もしルドルフと同世代で皐月賞を戦ったなら、彼はきっと皇帝を倒していただろうと信じてやまないのである。
実にミスターシービーこそは、ディープインパクトのような走り、トウカイテイオーのようなアイドル性、ナリタブライアンのような悲劇性を兼ね備えた名馬だと思う。ウマ娘でもかっこよく描かれてほしい…早く実装してくれ…。
1994年生まれ。通称「サニブ」。ほとんど注目されずに皐月賞では11番人気。しかしそこでまんまと逃げ切ってしまう。誰もがフロック(まぐれ勝ち)だと思ったその次の日本ダービー。皐月賞馬なのに7番人気。しかしサニブはまたしても逃げ切ってしまうのである。「これはもうフロックでもなんでもない!」という実況が有名だが、サニブはその直後にあっさり故障引退してしまったため、いまでも「サニブは本当に強かったのかどうか」で議論になるのだった。昼行灯な態度で周囲を油断させて実は有能みたいなウマ娘として出てきてほしい。
1994年生まれ。通称「ステゴ」。GIでも好走するのに何故か1着が取れない「シルバーコレクター」の代表的な存在としてファンから愛された。そして50戦目の香港遠征、引退レースでついにGIに勝利するのだから、作ったようにドラマチックである。が、ステゴの真の活躍はそれからだった。種牡馬として次々に超大物を輩出したのである。ウマ娘のアニメには「キンイロリョテイ」なんて名前で出ていたが、やはり実名で出てほしい大器晩成型の名馬だ。
1998年生まれ。ダービーがはじめて外国産馬にも開放された年の馬だったので「黒船」から名付けられた。が、毛色は芦毛(白)である。有力馬としてダービーに出走したが勝てず、さまざまな巡り合わせからダートに出走したところ、驚異的なレコードで9馬身差圧勝。次走のジャパンカップダートでも7馬身差でレコード勝利を収めたが、その直後に屈腱炎で引退した。ダートではたった2走だけだったがその強さは鮮烈で、今なお「史上最強のダート馬」として支持されている。やはりまだまだダート馬が少ないのでダート最強格のウマ娘として出てきてほしい。
1999年生まれ。10番人気で勝利した菊花賞。7番人気で勝利した天皇賞春。6番人気で勝利した宝塚記念。GIを3勝もしているのに「強い馬」とはなかなか思われないムラのある個性派だった。特に有名なエピソードとして、宝塚記念のときにヒシミラクルに1000万円を賭けて的中させた通称「ミラクルおじさん」の話がある。払い戻しは2億円だったという。まさに「奇跡」という言葉がよく似合う馬である。ウマ娘としてはマチカネフクキタルあたりと仲良くやってほしい。
2008年生まれ。サクラバクシンオーをも超える日本史上最強のスプリンター。香港スプリントを連覇した世界のロォォォォォォォォォォォドカナロア。異名は「龍王」。また種牡馬としても初年度から9冠牝馬アーモンドアイを送り出し、ディープ亡き後のリーディングサイアー最有力候補とみなされている。カレンチャンと同じ厩舎で、カレンチャンから短距離路線の王者の座を受け継いだので、ウマ娘でもそのあたりの絡みを見たいところである。
2009年生まれ。馬主がアニメ『銀魂』の脚本家だったため、作中に登場する謎の爆弾「ジャスタウェイ」の名前がつけられた。ググってもらうと分かるが完全にギャグである。銀魂を知っているとネタ馬としか思えないが、しかし4歳時の天皇賞秋で突如として覚醒、三冠牝馬ジェンティルドンナをぶっちぎって勝利した。中距離ではサイレンススズカ級の評価を受けている。最強12年世代がウマ娘ではゴルシしかいないのは寂しい。社台系は無理でも個人馬主のジャスタウェイなら…。
2010年生まれ。生まれた翌年に東日本大震災が発生し、そのことで苦労した馬主が、関係者への感謝を込めて、震災復興のスローガンである「絆」を、その年の一番馬に名付けたと言われている。皐月賞を捨ててまで狙った日本ダービー。1枠1番1人気。大外一気で見事に1着となり、父ディープインパクトの主戦だった武豊にダービー5勝目を贈った。とにかく主人公感がある。ウマ娘としては挫折してもめげない王道主人公っぽい感じで出てきてほしい。
メンタルの問題というのは「考えすぎての頭の疲労と暴走」だからな。だから、まず第一にまず休めが来るんだよ。
そのうえで、アカデミアを去ることはもう念頭に入れているみたいだ。だけども、頭が暴走しているときというのは判断が腹落ちしない。だから、休め。休めば腹落ちするだろう。というのが解となる。
たしかにリアルだと、上記みたいな聞ける状況じゃない、こちらに依存してきたり、逆に裏切られたというのはあり得るだろう。だけど、ネットだから突き放すこともできる。
一方で自分側の不満のはけ口として使おうというやつが湧いてくるのもネットならでは。
アカデミックが望ましいのか?そもそも日本のアカデミックは特に昆虫の研究みたいな実用的じゃない学問でやりたい研究ができるのか?というのも問題だが、それは枝葉だ。
まあ「楽しいこと」なんてのは、本業じゃなくて趣味でやり続けるのが正解だと思うよ。本業としてやると魑魅魍魎の餌にしかならんって。
https://note.com/ugokuhonya/n/n6dd5b816560f
このエントリーを見て本当に驚いてしまった。これは、彼のこれからのキャリアを考える上では非常にまずいと思うのだが、その点について記す。
以下、書き留めておく。
当たり前だが、企業の不祥事や、内部闘争、トラブルなどが起きた場合には、会社からの情報公開は、一つの窓口に絞るべきである。
Twitterでは、やまもといちろう氏が以下のように述べていた。
22歳の社員が勇気を出して現状をnoteに書いたことは賞賛したいけど、悪く書かれたとは言え会社の中のことを、ましてやステークホルダーの状況や経過を経営者や広報でもない人間が実名で書いてはいかんのや…
https://twitter.com/ichiro_leadoff/status/1364738530946158594
これは会社経営においては基本的なものである。なぜなら、個人名を出して発信するということは、その発信内容はすべてその個人に帰属してしまうからだ。
まともな会社であれば、何かのトラブルがあった場合に、個人が情報を発信するということは絶対にさせない。あるとしたら、内部で情報が統制されているなどで、顧客などに不誠実なことが行われている場合に、内部告発という形で表出する。
その場合は、情報源を秘匿した状態でマスメディアに流されるのが一般的だ。
NewsPicksでは、ジャーナリストの中野円佳氏が以下の様に述べている。
内部告発等をするときに、noteやSNSで個人が声をあげやすくなっているということは良い面もありますが、こういうときにメディアが介在すれば、取材源の秘匿を守りつつ訴訟リスクはメディアが負う(そして訴訟されないように事実確認をしながら出していい情報だけど出す)ことができます。このnoteの著者の方はNP取材にも同席しているということですし溝口氏はnoteが出ることも知っていたのでしょう。内容が貴重で勇気の要るものだったとしても、社会人経験の長い人たちが、様々なリスクがあるものをそのまま垂れ流しで書かせてしまうのではなくてもう少し彼を守ってあげながら証言してもらうことを促せなかったのかなと思います…。
これもマスメディアの人間からすると、当たり前の感覚である。個人名を出して内部告発をするのは、極めて危険性が高いからだ。法的責任も負うことになりかねないし、何よりも、内部の情報を平気で出す人間だと認識されてしまうことは、今後の仕事人生においては極めて困ることになるからだ。
さらにまずいのが、このエントリーを、WEINの代表の溝口氏が読むことを推奨してしまっていることだ。以下のフェイスブックへの投稿で、以下のように当該エントリーが紹介されている。
追記:以下は、一度は西本さんを支持したWEINの仲間による真実が書かれたnoteです。より状況をご理解いただきやすいと思います。私も初めて知ることばかりでした。。。是非お時間が許す時にご覧ください。
https://www.facebook.com/mizoguchiyuji/posts/4022668414443877
代表が「真実」といっており、閲覧を推奨している。また、この投稿の最初には「【シェア/拡散のお願い】」と書いてある。
当事者であり、代表がこのような形で拡散するということは、これが会社としての公式な見解だ、とみなされる可能性が高い。
しかし、この前谷氏のエントリーには、中身に第三者の調査が入っているわけでもなく、あくまで22歳のインターン生が見てきた内容であり、彼が個人で書いたものにすぎない。
溝口氏も「私も初めて知ることばかり」といっているように、会社が正式に調査したものでもない。
にもかかわらず、これを「真実だ」といって拡散してしまうのは極めて危険である。というのも、溝口氏や会社の広報が書くのであればまだしも、22歳のインターンの責任で書かれてしまっているためだ。
これらの中身がもしも事実でなかった場合や、それによって関係者が被害を被った場合に、前谷氏が責任を負うことになってしまう。
そして、社内事情や社内のやり取りなどが、無断で公開されている点もまずい。重大なコンプライアンス違反になる。
当然、これらは機密情報であり、一個人が自分の判断で出していいものではない。ましてや役職もないインターン生が出してしまうのは大きな問題である。
好意的に見ると、前谷氏の行動は「会社や信頼している溝口さんを守るため」ということであり、悪意はないだろう。ましてやまだ社会人経験がない若者だ。その暴走は、注意すべきものではあるが、あまり重い罰を受けさせるべきではないと思う。公開されてしまったら、会社は速やかに「このような見解や事実関係については、会社が広報で発表するのでやめてくれ」とし、削除するのが一般的である。
しかし、会社の代表がこのエントリーを拡散し「真実だ」といってしまい、多くの人の目に留まるようにしたら、問題は大きくなる。前谷氏個人の責任になっているにも関わらず、あくまで会社の公式見解とは言わず、しかし代表が拡散することで真実だと思わせる形で広げる、ということが行われると、このエントリーと前谷氏の名前が広がり続けることになる。
結果として、前谷氏が「会社の内部情報や機密情報を外に漏らす、重大なコンプライアンス違反をする者であり、さらにその治癒を早期に行わず、放置し続けた」人物として認知されてしまう。
スタートアップ界隈での情報の流通は早く、またWEINの本件は多くの人が注目しているため、名が知れ渡ってしまった。就職活動、および転職活動で大きな足かせとなってしまう危険性がある。
このWEIN社の件についての真実はわからない。しかし、その後の対応を見ていると、WEIN社のコンプライアンスでいうととてもまずい状態にはなっている。情報発信の統一などが一切されておらず、関係者がWEINをかばう発言をし、それを代表が拡散する、ということが続いている。
これは、勝手に仲間がどんどんかばう発言をしてくれて、それを拡散しているだけであり、投稿の責任は個々人だ、となるので溝口氏の手段としては有効である。法的にも問題がない。
しかし、会社の倫理として、発言の責任やリスクをインターン生などにおわせてもいいのだろうか?将来がある22歳が、この件で、経歴に傷を負ってもいいのだろうか?
野次馬からしてみると、情報がどんどん出てくるので当然楽しめてしまう。WEINからしてみると、勝手にリスクを追った若者が特攻してくれるので、助かる。そして、社会の常識をわかっていない若者だけが、甚大なリスクを負わされているが、「よくぞいってくれた」という溝口氏やWEINメンバー、野次馬たちに乗せられてそれに気づかない。
あまりに扱いがひどいのではないだろうか。
「前谷優太」という名前で検索されたときに、重大なコンプライアンス違反をした人物としてのみ残り続けるのがあまりに酷だと思うので、この投稿をした。あくまでこの発信の責任は、投稿を許容したどころか、推奨するかのような素振りを見せたWEIN社にある、と私は考える。
30歳になる頃には見た目も中身もそれなりに成熟しているものだと思った。
生活が安定しているとか老いることに対して何も不安がない訳ではなかったけど
30代は何もないものだと思っていた。想像すらできない世界のようにも感じていた。
それを何かしら変えてしまったのは予定に入れたこともなかった結婚と出産が人生を大きく変えた。
私はいわゆる、社会不適合者であり精神科にも数年前から通っている。規則正しい生活をすることも
周りの人たちと同じように生活をするのが難しい事にも子供のころから気付いていた。
だから結婚をする気がなかった。恋人がいるのは遊ぶ相手の延長線上なだけ。
一人でする食事も好きだし、誰かに連れて行ってもらう知らないお店を好きになったりするのもよかった。
きっとこういう風に適当に遊んで死んでいくと思っていたのに妊娠が分かった時に何故か、私の分身であって
私とは別個人がお腹にいていつか自分の足で歩いていくのかと思ったら出産したくなった。
人生は学校で習うよりずっと不公平が横行し、大人は偉い人ほど後手後手で平気で嘘をつく。
誰かを救う人より救われたいとしか考えない人の方が圧倒的に多い。こんな世界に新しい命を、と
考えると躊躇する気持ちも何度も沸いた。だけど母体保護法であったり色々な結果、臨月まで決意の狭間にいた。
妊娠も出産もいろんな人が書いているのと同じように辛く不安な日々と壮絶な痛みだった。
だけど産まれたと安堵した時に溢れた涙も「大事に育てていこう」という気持ちも自然と抱いたもので
それは今も一貫して変わらない。今も子供が笑いかけてくれると何故か嬉しい。喜んでいると私も嬉しい。
だけど私は今、とても離婚がしたい。
それは私の問題であって夫に不満は多少あっても離婚に至るほどの事ではない。
私自身の問題で私が自分を許せないから夫を自由にしたい、解放したいという気持ちなのだ。
親権は当然に夫に行くだろう。
実家のない私、家族や親戚と言ったものに縁がなかった私としては
当たり前にある正月の集まりや親戚という存在、従兄弟とかいう兄弟とは違う
年齢の近い他人との関わりを「普通に持ってる」あり触れた環境下で育って欲しいと思うから
それでも構わない。面会が無理なら写真だけでも定期的に、と自分勝手は暴走する。
今はもう生きてるのも辛い。ただただ死にたい。
でも育児ノイローゼだったとか言われるかもしれないと思ったら死ぬに死ねない。
自殺のコストという本がある。持ち家にしても賃貸にしてもそこで死ねば大きなお金が動く。
どうして無慈悲な事件や事故はニュースに出るのに私は今日も何もなく生きているんだろう。
30歳になる頃、それはもう今年の春の頃。私は未だに自傷癖も抜けていない。
夫にアームカットがバレて怒られた時、刃物を全部隠されたり壊されてた。
その度に何度でも目を盗んで購入し切って気持ちの整理をつけている。
精神の成熟は日々の努力の賜物だとしたら私は何処で間違ってしまったのだろう。
近所の顔見知りの店員さんに子供と歩いてるところを声をかけられた。
「あれ?兄弟?」
「あ、私の子供ですよ」
「え?学生さんだと思ってた」
こんなことがあった。成熟は?
私が他者と決定的に違う部分で何処だろう。
いつ気付ける?やり直せる?
離婚はどうなる?一人になりたい。
でも面白い人間であるってことを証明しないと誰も口を利いてくれないから必死にそれを証明しようとしてきた。
たとえば学校生活やSNSにおいて、つまらない人間だと思われれば友達やフォロワーが減っていき社会に居場所がなくなる。
このお友達文化は企業で働こうがフリーランスになろうがどこまでも続いてきて「あいつは会話する価値がある程度には面白い」と思ってもらえないと交渉や頼み事すら難航するように今の社会は出来ている。
コミュニケーション至上主義、なんて名前を造語症の人間ならでっち上げるんだろうか?
とにかく今の社会では自分が面白い人間であることを証明し続けることが発言権や人権を確保するための必須事項となってしまっている。
生まれつき面白い人間であるなら悩むことなど無かったのだろう。
息を吸ってそれを言葉として吐き出すだけで面白い人間として社会に居場所が出来る。
そうでない人間は大変だ。
流行りの情報をチェックして情報通であることをアピールしたり、昨日見たドラマやニュースの話題が一緒にできる人間であり続けようとしたり、ある種の定型文じみたテンプレワードの投げあいに対応できるように日々脳内シミュレートをしたり、涙ぐましい面白さ確保の日々がどこまでも続く。
もう疲れた。
学生時代の友情を維持し続けるのにまず疲れて、身内の連絡先を一斉に消した。
次にSNSのアカウントを一度消して、それからやっぱり人恋しくなって今は大幅に活動を縮小したアカウントをやっている。
そこまでしても会社や親戚との付き合いの中で面白さアピールはひたすら続けなくてはいけない。
会話する価値がある相手であることを維持しつけるゲームから早く完全に降りたい。
終わらずに続くレースのようなもので、故障したままでどこまでも走らされるせいで壊れる人間が続出する。
ママ友の付き合いを断りきれなくて借金地獄に落ちたなんてウシジマくんみたいな話も、世の中に本当に実在している。
人気があることがメリットになってしまうということは、他人の人気に対して嫉妬心が生まれる機会の多さを意味する。
単なる友人関係の中ですら、お前っらてアイツらと比べてつまらないからお前らの友達やめてあっちのグループに行くね。
そういうことが起きてしまうと、相互関しだったり抜け駆けの防止だったり、そして嫉妬心からの暴走が起きて人間は日々壊れ続けることになる。
本当にもう辞めたい。
相手と話ていてつまらないから離婚したなんて話がなんで世の中にはたくさんある?
もう沢山だ!
こんな嫉妬心に溢れた世界に居られるか!俺はこのレースを降りるぞ!!!
なんて言えるはずもないので、後方集団になんとか離されないようにしているが本当にもう限界だ。
助けてくれ。
存在価値の証明をしなくても生きていける社会はまだかなあ……。
ベーシックインカムとかでなんとかならんか。
今をときめく(皮肉)総理が主になって、政治家による官僚支配を進めてきたことの弊害が、問題となりつつある。公文書の廃棄・偽造から総務省の接待問題に至るまで、この数年の政権の腐敗問題は全てこれに端を発していると言って過言ではない。
だが忘れてはいけないのは、これは全て
…といった過程を経て、官僚支配こそ悪の根源とばかりに公務員叩きを執拗に繰り返す政治家に喝采を送ってきた国民自身の選択の結果だということである。ここで勘違いしてほしくないのは、「公務員を叩いて弱体化したから政治家が暴走している、公務員の力を復活させよ」と言いたいわけではないということだ。
自分に見えている側からしか断言的なことは言えないので、あくまで限定した意見でしかないが、行政については「叩かれたから弱くなる」なんていうことは特にない。その結果大幅に予算と人員が減らされ権益が低下すれば別だが、どうせ誰かがその仕事をやらなくてはならないなら、金も人もそうそう減らせないのは自明のことだからだ。
ただ、「自分たちを叩いて人気が出る人を喜ばすのは嫌だな」ということだけははっきりしている。ならば、なるべく叩かれないよう外面を整え、偉そうに指示する人に責任を被せられるような体裁に仕立てて、その上で自分たちが力をふるう余地だけは確保することに最大限の労力を使うのが最善ということになる。そして、そのためには「政治家に正しい情報を提供しないこと」が重要になってしまう。こうして、膨大な労力が、極めて無駄なことに投下され続ける現象が生じる。
人気取りをする人に正しい情報を提供しても、それを人気取りにしか使われないなら害にしかならない。だから、情報の隠蔽は政官いずれにおいても重要な課題となる。政官は同床異夢とは言いながら、国民に対しての振舞いにおいては似た姿を見せる。ところが、情報公開から得られる利益の規準が異なるため、あるとき官僚が突然「正直に情報を公開」して政治家が「慌てる」ように、両者の仲は特によいわけではない。ただし、そうやって事態が表に出る段階では、すでに手打ちが始まっている。事態は国民の眼には見えないところで、収拾されてしまい、その構造は温存され続けるのだ。この構造、結局誰も得をしていないのではないだろうか。
もちろん、政と官の間には、緊張関係は必要である。ただ、個人的には、それが空転するような無駄な労力の投下にならないでほしいと願っていて、そのために重要なのは政治家の選び方を変えるべきでは?ということだ。現状の問題の大きな部分は、この高度に複雑化した社会において、「官の人材の能力」に比べて「(二世、三世頼りの)政治家人材の能力」が非常に劣っていることにあると思う。その原因は、官と対等に議論できる政治家でなく、毛並みがよかったりむやみに官を叩いて人気を博すれば二選・三選できる現状の「選挙」が糞システム過ぎるのではないかということなのだ。考えてみてくれ。最近の政治家の顔ぶれを。あれが本当に「国民の代表」として、厳しく選抜された能力者集団である官僚とまともに「議論」が交せる人だろうか? なんで政治の世界が「人脈」とか「長老支配」とかが跋扈する体育会系の世界で、自浄能力がないのか。なんで日本の政治家だけあれほど「発信力」がないのか。もちろん、似たことは世界中で起きているわけだから、日本のシステムが悪いとか出羽守をしたいわけではない。ただ、選挙制度をアップデートできれば、上記のような問題はかなり解決に向かうんじゃないか(言い換えればそれは即、政治家の顔ぶれをかなり挿げ替えることにつながるわけで、決して簡単な話ではないのだが)ということが言いたかったのだ。
これが難しいとすれば、第二案は「党の勢力に比例した内閣の大臣ポスト配分の義務化」言い換えれば「一定以上の勢力の政党全て与党化」策だ。これだけで、国会の効率化と活性化、情報の透明化、権限の分散と国民の政治関心の高まりを全て実現できるナイスアイデアだと思っている。もちろん、閣内の意志統一が難しくなるなどの問題は想定でき、たとえば国難の際にどうするか、などの問題も考えられるが、それは現在の自公政権でも同じであるし、そもそも国会自体が多数政党により運営されていながら日本と言う国家が安定的に運用できているのだから、言うほど現実的には問題ないと思う。何より、国対政治よりもはるかに政党同士の駆け引きは「見える化」するし、現実の国の施策として各党の主張も「見える化」されるわけだから、国会における白々しく無駄な論戦もかなり減らすことができ、官僚の負担も大きく減るのではないか。ぐちゃぐちゃ政策に文句を言われ続けるくらいなら、予算を与えて省庁を一個任せればよい。えんえんと言い逃れの無意味な答弁書を作成させて誤魔可し続けるより、ずっと効率的で透明である。
ソフト開発じゃねーんだから、マクロ経済政策をアジャイルにやれ、とか無茶いうな
確かにやってみて、走りながら未確定なパラメータ決めていけるなら、それに越した事はないがマクロではそれが難しいんだよ
・マネーサプライが絡む以上、地域限定しての効果測定ができない。通貨圏全体でやるしかない
・「量が少なすぎて利いてないのでは?」という、問題が付きまとう以上、デフレーターがそれなりに動くまでマネー増やし続けるしかない。
そして反応を始めた途端、為替や外国投資というコントロールできない要素がある以上、そのまま一気に暴走する可能性がある。
理論に一切の穴が無いなら様子見可能だが、理論を実証するための実験なのに、最初から理論の正しさに賭けているのではPoCになってない。
・ブレーキ手段が本当に効くのか保証がない。ブレーキが利かなくてハイパーインフレ起きてから「理論間違ってました」となってもリカバリー手段がない。
https://anond.hatelabo.jp/20210202230556
これを書いて半月程度でまさか事態がここまで変わるとは思わなかった。最早選管経験とは関係ない領域に入るが、よく見るネットの意見や新規情報について自身の整理を兼ねて書く。
「リコール運動は報道しなかったのに不正は報道するのは偏向」という主張はリコール関係のワードで調べると必ずと言っていいほど引っかかる。しかし、普通にGoogleなどでニュース検索をかければリコール団体の立ち上げから署名収集開始、県議会への請願、収集期間の終了など節々で報道があったことがわかるだろう。また、リコール団体は途中途中での筆数を出すこともしなかったため、期間中に報道できる内容に乏しかったとも言える。更に、異なる立場の候補者が期間中に各々活動を行うため意見を比較考量できる選挙と異なり、リコールは主にリコール賛成派の活動に限られる。この状況でリコールについて報道しようにも賛成派の動向のみになり、それはリコールに肩入れした偏向になってしまう。奇しくも昨年には横浜市長のリコール運動があったので、そちらの報道での扱いも参考になるだろう。
「リコールを報道しているといってもローカルメディアばかり。不正疑惑は全国区で大々的に報道されている」と思う人もいるかもしれないが、リコール運動とその不正疑惑には影響範囲に大きな差がある。愛知県といえど一地方の首長が解職されようがされまいが、他の地方への影響は限定的だ。他方でリコールに関する不正疑惑は、直接請求制度を揺るがすものである。リコールをはじめとした直接請求はどこでも起こりうる。事実今年は私が軽く調べた限りでも徳島市長や岡崎市長のリコールを目指す動きが出ている。この不正疑惑を捨て置くことは他の直接請求活動全般にも疑いの目を向けさせ、あるいは同様の不正を惹起することが考えられる。全国的にも他人事ではないのは明らかだ。
余談だが、この手のメディア批判では「報道しない自由」という言葉が多用される。しかしながら報道のリソースは有限であり、取捨選択が生じるのは避けられない。その点で「報道の自由」の裏に「報道しない自由」は旧来から存在しており、彼らの使うこの言葉は、自分たちが満足する内容の報道を満足する量だけ提供すべきというエゴの換言に思えてならない。もちろん公正中立というのは(先述の点から難しいといえど)メディアの目指すべき姿の一つではあるし、メディアは今のままでいいと主張する気は毛頭ないのであるが……。
県選管の刑事告発まで機会を伺っていたのか、告訴とタイミングを合わせて西日本新聞と中日新聞が佐賀県で署名の偽造バイトが有ったことをすっぱ抜いた。リコール団体はこの偽造署名を把握していたとのことだが、それならば何故このことを大々的にアピールしなかったのか疑念が生じる。盗聴器だとか車のボルトが外されただとか、リコール団体は「卑劣な工作に負けない自分たち」という体で士気高揚を図っていた面がある。大量の署名偽造は格好の材料であり、判明した時点で利用しない手はないはずだ。公表しない理由しては、既存の署名についても偽造を疑い確認されるのは都合が悪いということが第一に考えられる。それが何を示すかは敢えては言うまい。
この事項については、例によってリコール反対派の工作という主張が散見される。しかしながら、「リコール事務局が署名を事前にチェックしない」「選管に提出する」「選管が調査する」という条件をクリアしないと達成できない工作のために「多額の金を支払ってバイトを発注する」リスクを負う人がいるのだろうが。同様の資金があるのならば、もっと確実で効果的な工作方法はいくらでもあるだろう。可能性はないことはないが蓋然性は低い話であり、それを人は陰謀論と呼ぶ。
仮に物好きな工作員やそこらへんのリコール賛成派が暴走して署名を偽造し、更に仮にリコール団体がその情報を掴んでも気まぐれで公表しなかったとしよう。それはそれで、情報があるにもかかわらず、受任者等の実働隊への注意喚起をせず、届いた署名のチェックもせず、急に増えた署名に疑問を持たないで提出するという相当運営が粗雑な組織になっていまい、いずれにせよ責任は免れない。「無能で十分説明されることに悪意を見出すな」とはハンロンの剃刀の考え方であるが、ここまで粗雑であれば剃刀が刃こぼれでも起こしそうだ。
正直な話、当初は余命ブログ懲戒請求よろしく焚き付けられて義憤に駆られた人が熱心に書いていた説を推していた。しかし、蓋を開けてみると、金銭で人員を動員して署名を偽造していたということで驚愕した。予想以上にビジネスライクであり、それ故に質が悪い。県選管の刑事告発をきっかけに事態は一気に動いており、下手すれば月末までには一定の結論が出ていそうだが、一刻も早く全容が判明し、然るべき人が然るべき処遇を受けることを望む。また、この事件は名前を使われた一部の地方議員が告訴を行っている。他方で県選管が刑事告発し、名古屋市も刑事告発を検討し、リコール団体側も告訴を行った。各々が各々の立場で自分たちは被害者という体をとっているが、何よりの被害者は民意の偽造のために勝手に名前を使われた人々であることを努々忘れずにいていただきたい。特に、大した確認もせず署名簿を提出したにもかかわらず不正をした者に鉄槌を下すと息巻くリコール団体については、だ。
世の中には、自己責任とそうでないことが両方あって
例えば、あなたが太っているって理由でパーティに呼ばれなかったとき、それは彼ら選ぶ自由か。それとも馬鹿にされているのか。パーティが職場の懇親会だったら答えはどう変わるか。
全然違うとおっしゃるけれど、線引きの論拠は書かれていなかったように思える。論破されて直ったのでなく段々と気持ちが傾いて変わっていった。…あなた自身にとっては良いことだったろうけど、
批判の理論が無ければ、暴走するツイフェミを止められないでしょう。明日も明後日も若き腐女子たちは次々とツイフェミに変わっていく…
コンプレックスをどう扱うかを自分と社会との合議で決めたのではないのだから、コンプレックスを抱くあなたをどう扱うかを決める周りの責任と、コンプレックスを持つあなた自身の責任は並行して独立に存在する。周りを・社会を批判すると同時に自分自身のあり方を省みることができる。両者は別々に存在するから矛盾ではない。「太ったら周りがどう扱うかを解った上で太った、だから自己責任だ」という意見がよくあるが誤りだ。双方はそれぞれの自由意志を持ち互いの責任は無関係だからだ。周りの酷い扱いを責めつつ、太っていることを自己批判できる。ふたつは両立する。
個人的には肥満を理由にパーティに誘わないなどやるべきではないし、そんな人間にならないようにといつも思っています。不合理で身勝手な偏見を元に人間を選別して誰かを傷つけるなら、私は社会としての責任を果たしていないということになる。
https://note.com/takamatsunana/n/nb1ae53a18af9
だめだめだめ。こういう書き方するの一番ダメなの!
https://www.youtube.com/watch?v=LYKaEOu4lXk
感情極振りで過激な発言をする人っていうのはまっとうな努力をすることが嫌いなの!
簡単にすぐ成果が欲しいの!
ツイッターで騒いでるフェミさんは表現能力が極端に低くて、人になにかを伝えるという行為そのものを舐めてる人間が多いの!
だから時間をかけて表現力を高めようという努力をするのが嫌なの!
何か言われても言い逃れができるツイッターにしがみついててnoteを書くことすらろくにしないの!
クラブハウスでイキってた人たち、note書いたらだいたい不評なの!
文章が下手で過激な言葉で煽ってるだけで中身がないことがばれちゃうからなの!
本を作るときも他の人のツイートをパクッって改ざんしたりして水増ししないと文章が書けないの!
他人の表現にはケチつけるけど自分の表現に気を遣うみたいなのは嫌なの!
だから「穏やかに言っても聞いてくれない」か「聞き手がバカ」ということにしたがるの!
努力するのが嫌な怠け者なの!
たまたま適当にやってたらある程度うまくいったやり方にしがみついてるだけでもう軌道修正できないの!
そんな人たちに「穏やかに話そう」=「穏やかに話しても伝わるように工夫したり表現力を高める努力をしよう」っていうのは死刑宣告と同じなの!
あの人たちに死ねっていってるのと同じなの!
あの人たちは努力ができないのに承認欲求だけが暴走してるからああなってるの!