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2020-12-06

日本競馬史上の重要事件並びに記憶されるべき事件(画期となる出来事) 1854-1980

https://anond.hatelabo.jp/20201219095651

出来事

1854 日米和親条約締結、下田函館開港

1856 日米修好通商条約締結

1859 函館横浜長崎開港

1860 横浜外国人居留地において、競馬が行われる(居留地競馬

1867 大政奉還王政復古

1868 明治改元戊辰戦争開始

1869 戊辰戦争終了

1870 東京招魂社(現・靖国神社)において、初めて洋式競馬が行われる(招魂社競馬1898年まで)

1874 台湾出兵

1877 西南戦争開始~終了

1894 日清戦争開始

1895 日清戦争終了/馬匹調査会設置

1904 日露戦争開始/臨時馬制調査委員会設置

1905 日露戦争終了

 桂太郎内閣による馬券発売の公認(黙許)(公認競馬中央競馬ルーツ

 馬政第一計画の制定(第一期:1906年1923年、第二期:1924年1935年

 帝室御賞典(横浜)創設(当初の名称皇帝陛下御賞盃)

1906 内閣総理大臣直轄の機関として馬政局が設置される

 帝室御賞典(東京)創設

1907 小岩井農場種牡馬インタグリオーと20頭の繁殖牝馬小岩井農場の基礎輸入牝馬)をイギリスより輸入する

1908 馬券発売の禁止馬券禁止時代の始まり

1909 ウラジオストックにおいて日露競馬会が行われる

1910 韓国併合

 馬政局陸軍省外局となる

 改正競馬規程(閣令)を根拠として、産牛馬組合による競馬が開催されるようになる(地方競馬ルーツ

 主要競走に騸馬(せん馬)が出走不可に。芦毛、月毛、河原毛が出走不可に(毛色の制限1928年まで)

 帝室御賞典(阪神)創設

1911 優勝内国産馬連合競走(連合二哩)創設(ラングトンが第1回の勝馬となる)

1912 大正改元

 宮崎競馬場において、商品券付き勝馬投票実施される(事実上馬券)。1914年までに全ての競馬倶楽部実施するようになる

1914 第一次世界大戦開始

1918 第一次世界大戦終了/シベリア出兵1922年まで)

1922 帝室御賞典(札幌)創設(1937年秋まで。1922年1924年は春のみ。1925年1937年は秋のみ)

 帝室御賞典(福島)創設(春のみ。1922年春~1937年春)。帝室御賞典(函館)創設(秋のみ。1922年秋~1936年秋)

1923 関東大震災/旧競馬法制定(馬券発売再開)/馬政局廃止

 帝室御賞典(函館)創設(春のみ。1923年春~1937年春)。特殊ハンデキャップ競走創設

1925 濠抽混合創設(当初の名称は各内国抽籤濠州産馬混合競走。1932年より目黒記念

1926 昭和改元

 下総御料牧場が2頭の繁殖牝馬(種正・稙道)をアメリカより輸入する

1928 横浜特別創設(1943年秋まで)/連合二哩(牝馬)創設(1928春~1941秋)

1931 満州事変

 下総御料牧場が3頭の繁殖牝馬(星旗・星若・星友)をアメリカより輸入する

1932 東京優駿創設(1950年より「日本ダービー」の副称が付く。ワカタカが第1回の勝馬となる)

 下総御料牧場が3頭の繁殖牝馬(星濱・星谷・星富)をアメリカより輸入する

1934 中山大障害創設

1936 二・二六事件

 旧競馬改正

 馬政局再設置/馬政第二次計画実施1945年まで)

 各地の競馬倶楽部統合し、日本競馬会発足

1937 日中戦争開始

 天皇賞(帝室御賞典)創設(連合二哩並びに各競馬倶楽部で行われていた帝室御賞典を統合。当初秋2600m、春2700mで施行され、第3回から春秋共に3200mで施行ハツピーマイト(ハッピーマイト)が第1回(1937年秋・東京)、ハセパークが第2回(1938年春・阪神)の勝馬となる)

 連合二哩はこの年限りで廃止。各地の帝室御賞典はこの年春限りで廃止

 ヒサトモ牝馬として初の東京優駿制覇

1938 軍馬資源保護法制

 菊花賞京都農林省賞典四歳呼馬)、優駿牝馬オークス)(阪神優駿牝馬)創設

 ヒサトモ牝馬として初の天皇賞(帝室御賞典)制覇

1939 皐月賞横浜農林省賞典四歳呼馬)、桜花賞中山四歳牝馬特別)創設(五大クラシック競走が成立)

1941 太平洋戦争開始/セントライトが初のクラシック三冠を達成

1943 クリフジクラシック三冠(変則)を達成

1944 競馬開催の一時停止。この年の競馬能力検定競走として施行される(戦前競馬はこの年限りで終了)

1945 太平洋戦争日中戦争終了/日本占領/馬政局廃止

1946 競馬再開/地方競馬法制

1947 天皇賞再開(この年春は「平和賞」の名称施行

1948 新競馬法制定。日本競馬解散国営競馬時代の開始

 2歳(旧3歳)競走が競走体系に加わる

1949 朝日杯3歳ステークス1991年から牡馬及び騸馬(せん馬限定レースとなる。現・朝日杯フューチュリティステークス)創設

 阪神3歳ステークス(1991年から阪神3歳牝馬ステークスとして牝馬限定レースとなる。現・阪神ジュベナイルフィリーズ)創設

1951 中央競馬における重勝馬券の発売(1961年廃止

 トキノミノルが無敗で二冠を達成

1952 日本独立占領時代の終了)

1954 高度経済成長の開始(1973年まで)

 日本中央競馬会(略称1986年までNCK。1987年からJRA)発足(国営競馬時代の終了)

 啓衆社(競馬予想紙を発行)が啓衆賞を設け、各年に活躍した競走馬表彰することを始める(1972年から優駿』(日本中央競馬会の機関紙)の主催による優駿賞、1987年から日本中央競馬会の主催によるJRA賞となる。最初年度代表馬ハクリヨウ(ハクリョウ))

1955 日本中央競馬会が英国ジョッキークラブとの間に騎手に対する制裁相互実施協定を締結する(国際交流の始まり

 東京大賞典(秋の鞍)創設

1958 ハクチカラ戦後日本調教馬として、初めて海外遠征する

1956 有馬記念中山グランプリ)創設(メイヂヒカリが第1回の勝馬となる。八大競走成立)

1962 日本中央競馬会が優駿誌上でフリーハンデ公表

1963 中央競馬において8枠制が導入される

 メイズイとリユウフオーレル(リュウフォーレル)の2頭が年度代表馬に選出される

1964 東京オリンピック。東海道新幹線開業

 シンザン戦後初のクラシック三冠を達成

1965 シンザン天皇賞秋・有馬記念を制覇し、五冠を達成(当時牡馬が出走できる大レースを全て制覇)

 シンザンが2年連続年度代表馬に選出される

1967 栗東トレーニングセンター開場

1968 中央競馬における繋駕速歩競走はこの年限りで廃止される

1969 競走馬輸入自由化

1970 大阪万博

 スピードシンボリが初めて有馬記念を連覇し、1967年以来2度目の年度代表馬に選出される

 競馬ブックより「合同フリーハンデ」が発表される

1971 ニクソン・ショック

 地方競馬における繋駕速歩競走はこの年限りで廃止される

 貿易自由化に伴い国内生産者への保護政策実施されたことにより、持込馬有馬記念を除く八大競走への出走権を失う

 トウメイ天皇賞秋・有馬記念と連勝し、牝馬として初の年度代表馬に選出される

1972 沖縄返還

 地方競馬における騎乗速歩競走はこの年限りで廃止される(中央競馬では戦前限り廃止

1973 第1次オイルショック高度経済成長の終了)

 ハイセイコー中央競馬移籍し、好成績を挙げ、国民的人気を集める(1974年有馬記念2着(勝馬タニノチカラ)を最後引退

1974 単枠指定制度の導入(1991年10月5日廃止最初指定馬は同年の皐月賞におけるキタノカチドキ最後指定馬は1991年セントライト記念におけるレオダーバン

1977 テンポイント有馬記念トウショウボーイとのマッチレースを制し、年度代表馬に選出される(3着はグリーングラス

1978 美浦トレーニングセンター開場

2019-07-31

ディープインパクトの何が凄かったのか?

anond:20190731025655

競馬ってヨーロッパが本場なんだけど、1990年代くらいまでは、

「やっぱりヨーロッパには勝てないよね」というムードがあったんだよね。

で、90年代末にその空気が変わった理由が二つあって、

ひとつは何頭かの日本馬が欧州遠征して好成績を収めたこと。

もうひとつが「サンデーサイレンス」という種牡馬を輸入したことだった。

このサンデーサイレンスの子供が死ぬほど勝ちまくったんだよ。

明らかに日本競馬レベルが数段上がった。

そのサンデーサイレンス最高傑作として登場したのがディープインパクトだったの。

ディープって父親牧場も厩舎も騎手も当時のトップが携わった超エリートなんだよね。

そしてデビューからずっと他馬を圧倒して勝ってきた。

明らかに次元の違う能力だった。

ハイセイコーオグリキャップみたいな「雑草エリートを倒す」っていうのとは違う。

テンポイントミスターシービーのような「格上のライバルに立ち向かう」っていうのとも違う。

愛情とか好意というより「こいつ凄すぎるだろ」「いったいどこまでいくんだよ」という果てしない期待だったんだと思う。

あるアナウンサーはこんな実況をした。

世界ホースマンよ見てくれ! これが日本近代競馬結晶だ!

あるCMではこんなふうに表現された。

こんな馬が存在していいのか?

敗北など考えられない戦いに、人はどこまでも夢を見た。

奇跡に最も近い馬、ディープインパクト

まさに夢を見たんだよ。

日本はついに世界最強馬を作り上げた」という夢を。

まあ、その夢は破れてしまったんだけど…

いまだに夢を見続けている人も多いんだよね。

ちなみにディープって引退してからも物凄くて、

サンデーサイレンスに勝るとも劣らない破格の種牡馬成績を叩き出してるんだよね。

それで欧州に輸出したディープ産駒が大レースを勝ったりもしている。

欧州ではガリレオという馬の血統が主流なんだけど、

ディープにはガリレオの血が入ってないから、

ガリレオの子供や孫の交配相手としてはうってつけなんだ。

から種牡馬としてのディープ海外から評価がめちゃくちゃ高かった。

そういう意味でも、もしかしたらディープの血が本当に世界を制覇するかもしれないね、という話はある。

2018-03-21

ささやかな この人生は どこへ続いてゆく

3月末だというのに関東では週中雪模様。

底冷えする寒さのなか、どんよりとした空を眺めていると、何だかから叩き出された子供の頃を思い出して、やるせない不安と寂しさが襲ってくる。まだ元気だった頃の親が懐かしい。

家に帰ってテレビをつける。画面の向こう側ではカラフルなひな壇で芸能人バカ騒ぎしているというのに、俺を取り囲んでいるのは頭の油でギトギトに変色した枕、すえた臭いを発するビールの空き缶、何年も前のグラビア誌。グラビアの表紙を飾った子をスマートフォン検索してみたが、その後それらしい活動をした形跡はない。主婦になったのかな。第二の人生を楽しく歩めているといいな。

鈍い音で独り言つぶやき続ける冷蔵庫けが俺の友だちだ。電気供給してやるかわりに、彼はいつも俺のために冷凍食品サーブしてくれる。ギョウザコロッケ冷凍食品賞味期限はあってないようなものだが、刻一刻と俺の賞味期限は近づいている。蛍光灯に照らされる自分の顔を鏡で見ると、黒い染みが浮いてたりなんかして、もう若くないことを否が応でも悟る。そういや俺の人生、賞味されそうなことなんてあったっけ。

東京にきてxx年。様々な馬が走るのをこの目で見てきた。そうそう、2000年小田和正の歌に乗せたJRAイメージCMがあったよな。ワカタカシンザンハイセイコーテンポイント、ルドルフ、ブライアンエルコンと名馬が時系列で流れていくヤツ。時代を彩る名馬の変遷とともに小さな子ども大人になって結婚して、子供ができて孫ができて……右肩上がり人生とともに競馬ありって感じがして、何だか当時はワクワクしたもんさ。

でも今思うと、名馬はきらびやかに現れて、入れ替わり立ち替わりステージから消えていくが、俺の人生はずっと続いている。それも右肩上がりどころか未勝利のまま。あのCM歌詞で「ささやかな この人生は どこへ続いてゆく」ってとこだけ覚えてるよ。アーア、このやるせない気持ち、どうしたらいいんだろうな。馬券で大勝ちすれば、救われるのかな。

というわけで、「高松宮記念」の予想。俺が注目しているのは俄然、ファインニードル過去中京千二(浜松S)で2人気⑩着という成績、これまで23戦走って左回り大敗たこの1度のみ、という点が嫌気されるなら面白い

実際、このレースをよく見てみると、スローな流れで出遅れたのが致命的。得意の先行策をとれず、流れ込むのが精一杯だった。挙げ句に馬体もプラス10キロと明らかな太め残り。さすがにこの1戦で「左回りから」と割り引くのは、早計に過ぎるだろう。事実、前走のシルクロードSではプラス18キロながら、すんなり番手につけ余裕の勝利最近の成長ぶりは明らかで、自分競馬に持ち込めさえすれば、でき半ばでもこれだけヤレるというところを示してみせた。

奇しくも先日、オーナーシェイクハメド殿下は、ゴドルフィングループとして国際的使用しているロイヤルブルーに似せた「青・袖水色一本輪」へと変更することを発表。国内GIでは、この「高松宮記念」が初披露となるのも縁起が良くはあるまいか

2014-03-20

The WINNER

2000年高松宮記念

その馬は10度の敗北を超えて血統を証明した。

敗れても、敗れても、敗れても、絶対に首を下げなかった。

緑のメンコ。不屈の塊。

その馬の名は…キングヘイロー

86年、桜花賞

その美しき黒い流線形

嫉妬すら追いつかない。憧れすら届かない。

その馬が史上初の三冠牝馬になることを、まだ誰も知らなかった。

魔性青鹿毛、その馬の名は…メジロラモーヌ

2001年皐月賞

その馬はわずか四度の戦いで神話になった。

異次元から現れ、瞬く間に駆け抜けていった。

ライバル達を絶望させ、見る者の目を眩ませる超光速の粒子。

その馬の名は…アグネスタキオン

93年、天皇賞(春)

極限まで削ぎ落した躰に鬼が宿る。

王者メジロマックイーンの三連覇を阻んだ漆黒ステイヤー

ヒールか。ヒーローか。悪夢か。奇跡か。

その馬の名は…ライスシャワー

96年、オークス

5頭がもつれた世紀の大激戦の末に生まれた、女王ダイナカール

その娘が、再びレースを支配する。

額の流星宿命か。

オークス、親子制覇。

その馬の名は…エアグルーヴ

93年、日本ダービー

瞬きさえ許さない3つのプライドの激突。

熱狂の2分25秒。

最後の直線を制した、その馬の名は…ウイニングチケット

85年、安田記念

それは革命だった。

マイル戦のために進化を遂げたその脚が、名馬の条件を塗り替えた。

何者も寄せ付けないマイル皇帝

その馬の名は…ニホンピロウイナー

99年、宝塚記念

標的はただ一頭、同期のダービー馬だった。

今行くか。

いや、まだか。

一瞬の判断で未来を変えた未知なる栗毛

その馬の名は…グラスワンダー

94年、スプリンターズステークス

絶頂を極めた者に、もはや勝つべき戦いは残っていないのか。

レコードを叩きだしたラストラン。

最後に勝つ者が勝者だ。

その馬の名は…サクラバクシンオー

83年、菊花賞

その馬はタブーを犯した。

最後から上りで一気に先頭に出る。

そうか、タブーは人が作るものにすぎない。

その馬の名は…ミスターシービー

88年、天皇賞(秋)

芦毛の馬は走らない」。

この2頭が現れるまで、人はそう言っていた。

芦毛芦毛一騎打ち

宿敵が強さをくれる。

風か光か、その馬の名は…タマモクロス

88年、マイルチャンピオンシップ

走ることに安心なんて求めるな。

危険と呼ぶか。冒険と呼ぶか。

見るものすべての心をかき乱す、その末脚を人は愛した。

その馬の名は…サッカーボーイ

89年、ジャパンカップ

躍り出ろ。

お前を知らない者たちの隙を突いて躍り出ろ。

世界を変えるのに3分もいらない。

ワールドレコード2分22秒2という事件。

その馬の名は…ホーリックス

77年、有馬記念

その直線で過去未来も消え去った。

ただ今と今のぶつかり合う伝説のデッドヒート

戯れにもみえた。死闘にもみえた。

その「勝者」の名は…テンポイント



http://anond.hatelabo.jp/20140320144201

2013-07-18

顕彰馬

JRA顕彰馬 - Wikipedia

年代馬名生年GI級競走功績
1930年代クモハタ1936年1勝ダービー優勝 / 種牡馬としてGI勝ち馬14頭 / 産駒年間157勝 / 内国産馬初のリーディングサイアー
セントライト1938年3勝史上初の中央競馬クラシック三冠
1940年代クリフジ1940年3勝史上唯一の中央競馬変則三冠 / 11戦無敗
トキツカゼ1944年2勝史上初の牝馬皐月賞優勝 / オークス優勝 / 繁殖牝馬として年度代表馬2頭
トサミドリ1946年2勝クラシック二冠(皐・菊) / 種牡馬としてGI勝ち馬16頭 / 産駒通算1135勝
トキノミノル1948年2勝クラシック二冠(皐・ダ) / 10戦無敗 / アイドルホース
1950年代メイヂヒカリ1952年4勝第1回有馬記念優勝 / 日本競馬史上初の引退
ハクチカラ1953年3勝ダービー優勝 / 日本馬初の海外遠征 / 日本馬初の海外重賞勝利 / 史上最高のGI単勝支持率85.9%
セイユウ1954年0勝アングロアラブでは唯一の中央競馬サラ系重賞勝ち / 当時世界記録の年間種付け238頭
コダマ1957年3勝クラシック二冠(皐・ダ) / アイドルホース
1960年代シンザン1961年6勝史上2頭目中央競馬クラシック三冠 / GI馬では最多の19戦連続連対連対100% / 史上最多のGI6連勝 / サラブレッドの最長寿記録 / 産駒重賞49勝 / 産駒24連続勝利
スピードシンボリ1963年4勝史上初の有馬記念連覇 / 日本馬初のKGVI&QES・凱旋門賞挑戦 / 中央競馬最多記録タイとなる重賞12
タケシバオー1965年3勝天皇賞・春スプリンターズステークスで優勝 / 海外成績を除く23連続連対 / 中央競馬初の獲得賞金1億円越え
グランドマーチス1969年4勝中山大障害四連覇 / 中央競馬初の獲得賞金3億円越え
1970年代ハイセイコー1970年2勝アイドルホース
トウショウボーイ1973年3勝産駒重賞43勝 / 内国産種牡馬として初めて三冠馬を輩出
テンポイント1973年3勝アイドルホース
マルゼンスキー1974年1勝8戦無敗
1980年代ミスターシービー1980年4勝史上3頭目中央競馬クラシック三冠 / アイドルホース
シンボリルドルフ1981年7勝史上4頭目中央競馬クラシック三冠 / 無敗の三冠馬は初 / 中央競馬最多タイGI7勝
メジロラモーヌ1983年3勝史上初の中央競馬牝馬三冠 / 重賞6連勝 / 牝馬初の獲得賞金3億円越え
オグリキャップ1985年4勝アイドルホース / 重賞6連勝
メジロマックイーン1987年4勝天皇賞父仔三代制覇 / 史上最多の4年連続GI勝利 / 世界初の獲得賞金10億円越え
トウカイテイオー1988年4勝父仔で無敗のクラシック二冠(皐・ダ) / 日本馬初の国際GI勝馬 / 史上最長の休み明けGI勝利(364日) / アイドルホース
1990年代ナリタブライアン1991年5勝史上五頭目クラシック三冠
タイキシャトル1994年5勝外国産馬初・短距離馬初の年度代表馬 / 日本馬初のジャック・ル・マロワ賞優勝 / 中央競馬最多タイとなる重賞8連勝
エルコンドルパサー1995年3勝3歳馬初のジャパンカップ優勝 / (日本馬初の凱旋門賞2着) / 国際レーティング日本馬最高の134ポンド
テイエムオペラオー1996年7勝古馬GIグランドスラム / 年間無敗 / 中央競馬最多タイとなる重賞8連勝 / 中央競馬最多タイGI7勝 / 史上最多タイGI6連勝 / 当時中央競馬歴代1位の獲得賞金18億3千万
2000年代ディープインパクト2002年7勝史上6頭目中央競馬クラシック三冠 / 史上2頭目となる無敗の三冠馬 / 中央競馬最多タイGI7勝 / アイドルホース / 種牡馬として牝馬三冠馬を輩出
ウオッカ2004年7勝64年ぶり牝馬ダービー優勝 / 内国産牝馬初のジャパンカップ優勝 / 中央競馬最多タイGI7勝 / 牝馬では最多の牡馬混合GI5勝 / 牝馬初の2年連続年度代表馬
オルフェーヴル2008年6勝史上7頭目中央競馬クラシック三冠
ロードカナロア2008年6勝史上初のスプリントGI3勝(最終的には5勝) / 日本馬初の香港スプリント優勝(連覇) / スプリンターでは史上初の年度代表馬
ジェンティルドンナ2009年7勝史上4頭目中央競馬牝馬三冠 / 3歳牝馬初のジャパンカップ優勝 / 3歳牝馬初の年度代表馬 / 史上初のジャパンカップ連覇 / 内国産牝馬初のドバイGI制覇 / 牝馬では歴代1位の獲得賞金

顕彰馬有力候補

馬名生年GI級競走功績
スペシャルウィーク1995年4勝当時世界記録の獲得賞金10億9千万 / 内国産種牡馬として初めて海外GI勝ち馬を輩出
ダイワスカーレット2004年4勝37年ぶり牝馬有馬記念優勝 / 12連続連対連対100%
ブエナビスタ2006年6勝史上最多タイの4年連続GI勝利 / 中央競馬最多の19戦連続一番人気
ヴィクトワールピサ2007年3勝日本馬初のドバイワールドカップ優勝
ゴールドシップ2009年6勝二冠馬(皐・菊) / 史上初の宝塚記念連覇
ジャスタウェイ2009年3勝国際レーティング内国産馬最高の130ポンド / 国際レーティング日本馬史上初の単独1位
モーリス2011年6勝距離馬では史上3頭目年度代表馬
キタサンブラック2012年7勝中央競馬最多タイGI7勝 / 中央競馬歴代1位の獲得賞金18億7千万

顕彰馬候補の現役馬

馬名生年GI級競走功績
オジュウチョウサン2011年4勝障害最多タイのJ・GI4勝(連勝) / 障害重賞最多8連勝
 
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