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はてなキーワード: 機会平等とは

2024-06-20

anond:20240619133321

でもさあ、伝統的な文化価値観が人を蔑ろにしてる場合はどうするのって疑問

わかる。ほんとにそうなんだよ。元増田だけど。

世の中が保守一辺倒というのもそれはそれでどうしようもない社会だ。伝統的な価値観のなかでは自己実現できないひとをどうすんのと。

さすがに、公平性については、国の制度が、最低ラインとして補助線というか設計図を引かないと、いつまでも伝統的な価値かいっててもしょうがない。

ポリコレというのは、反省せよといって圧力かけるような動きよりは、むしろ制度としての公平性、機会としての公平性という観点に話を限定しておくのがいいってことかなと思っている。ジェンダー問題もそうだ。もちろん、制度機会平等を「合理的に」「理性的に」討議したとしても偏見がなくなるわけじゃない。

偏見はなくならないけど、近代が補助線として引いた制度の普及・概念進歩に伴い、ひとの意識は変わっていくだろうと期待する。

実際、それだけでよく、それ以上のことはあえてしないほうがいいのじゃないか

俺のほうがより反省してるぜ、なんならブラックフライデーだってキャンセルするぜ、とか、そういうポリコレ合戦不毛みえる。

普遍的価値を錦の御旗に、ひとはすべて進歩した価値観にもとづいて幸福を追求しなければならない、みたいなのは押しつけがましい傲慢と思う。

だけど、繰り返すけど、合理的にアウトなラインを引いておくということは大切と思うよ。

その合理的ラインあくま政府制度という視点限定しておかないと、市民社会の人々がお互いに印象だけでこれはセーフアウトということになると、声デカな奴の言ったもの勝ちになって暴走する、と。

以上は補足・蛇足だけど、前2件の記事を書いた意図は、そういう意図

ルーデンス(深慮)による対話と調整を訴えたエドモンド・バーク和解演説1775年3月22日イギリス議会下院)は彼の保守の出発点なんだけど、

バーク和解演説英語なら簡単に読めるし、増田が読んだ論文の背景にあるものから、もし興味があるならprudentというキーワードあたりを検索で拾って軽く流してみるのもお勧めします。

2024-05-17

フェミニスト大嫌いな人こそ、特権階級の女様が主人公ドラマ、虎と翼を見るといい

なぜなら主人公は「ひたすら恵まれている」ハイポジションリベラル女子」だから。日頃から女はズルいと怒り呆れがちな人たちが真っ先に鼻で笑うタイプの恵まれた女だから

ドラマ主人公の寅子は、投資銀行に勤める父と良妻賢母の母という大正昭和初期のアッパークラスの、それもリベラル色の強い理解あるご家庭に生まれて、その潤沢な社会資本を余すことな享受して弁護士の道を自由に邁進している。そして勉強大好きで周囲が態度を変えるほど頭が良く生まれついてもいる。そして子供のころから正義感がある。家柄が良くまっすぐ育った明るい優等生

大学に行っても目立つタイプ、拗らせミソジニーを発動する拗らせエリート同級生男子が、いつの間にかそのまっすぐな人柄にやられて好意を抱いたりする程度にはモテる

寅子の家には、父が面倒を見ている司法試験合格を目指す書生がいて(アッパークラスのご家庭ならでは)この書生とも「私たち同じ道を進む仲間よね」という異性友達ムーブをぶちかましているが、書生は寅子に片思いである。そしてこの書生よりも寅子の方が圧倒的学力がある。要するに立場的にも、恋愛的にも経済的にも非対称性が生じている年上の男性を寅子は「異性の友人」として遇している。中々のタマである

寅子は、前述した好意を抱かれていた拗らせエリートに「彼女結婚してくれとはいえない、彼女の夢を奪うことになるから」と思われて振られてしまうのだが、それまでどっちつかずの態度だったくせにいざ振られるとショックを受けたりするし、せっかく弁護士になったのに依頼が来ないのは私が結婚していない(社会的信用がない)からだ、と思いつき慌てて縁談を探してもらうがうまく行かない。そりゃそうだ。

ところが助け舟で、寅子に片思いしていた家の書生から結婚をしたいと言われる。渡りに船逃げ恥のような「条件偽結婚」だと思い込みスピード結婚を承諾するが、前述のとおり書生は寅子に片思いしていたわけで、初夜にぬいペニ状態となる。かわいそうな仲野太賀…。

と、寅子の痛さを中心に4月ドラマが始まって今日までの1カ月半を振り返った。フェミニスト嫌いの諸氏や、女はずるいと常々思っている諸氏が叩き放題の「豊かさという下駄を履いて産まれた恵まれた女様」それが寅子である伊藤沙莉が演じていなかったら大変なことになっていたと思う。

だが伊藤沙莉の演じる寅子はとっても魅力的である

「虎と翼」は、現代問題昭和初期の物語に練り込んでいる疑似歴史感が臭うドラマだが、一方でモデルになっている三淵嘉子は実在の人で、ドラマにおける寅子のキャリアや背景はモデルのそれをなぞっている。恵まれリベラルな家に生まれ弁護士になり、戦争時代突入し、色々あって戦後日本初の裁判官になるスーパーウーマンである

ドラマの寅子も恵まれた家に生まれ、厳然とした性差別がある世界を、明るく、元気に、強気に突き進んでいく。そして突き進む中で彼女は、自分が周囲と比べ恵まれていること、「自由選択ができるという」下駄を履いて生まれてきたことを徐々に自覚していく。

寅子が持って生まれた豊かな資源は、裏返せば、女に人権がなかった時代には、ここまで特権的に恵まれてなければ法曹界で働く道を切り拓くことができなかった、ということの証左だ。そしてこれを現在に照らせば、形式上男女平等になった現在の女は寅子に比べれば矜持や頑張りが足りない、という振り返りもできるし、現在でもまだまだ形式的しか男女の機会平等は達成されていないよなと振り返ることもできる(医大入試における性差別不正はつい最近出来事だが、あの時は差別だと批判する意見と、女はズルいから消耗が強い診療科を選ばないため合理的配慮だという意見に二分されていた)。

これは、女性人権がなかった頃を引き摺って今も残る男性優位の古い価値観を、改めてマーカーでなぞっていく作業であり、同時に現代の女が抱える特権性の問題も照らし出す作業でもある。

そしてドラマの中では、現代にもしっかり残っている、個人幸福を削るような価値観を改めて再発見することになる。

結婚しなければ社会的信用が得られない」、「エリート男が生きていくには従順に従う女が必要」、「女の弁護士なんて信用できない」、「自分より優秀な女は生意気で目障りだ」、「適齢期を過ぎると縁談がない」、「人は生まれた国や家や身分に縛られる」、「平等を求める声は不平等利益享受する側には届かない」、「上品批判下品な妬みには勝てない」、「お金がないと社会的意義の高い仕事につけない」などなど。昨日どこかのSNSでだれかがぼやいていそうな内容である

これらは女だけではなく、男も同様に削られる呪い価値観である。学友たちはこの呪い価値観によって法曹界で働くという夢を立たれていき、寅子は弱い立場に置かれた人を助けたいという正義実践に加えて、諦めなくてはならなかった仲間への思いを「使命」として背負う人生を選ぶことになる。

平等と戦うに十分な恵まれ武器を持って生まれて、更に先駆者の使命を背負った寅子は、おそらく来週から戦争ターンではどんどん「恵まれていたもの」を奪われていくことになるのだと思う。世紀の愚戦・負け戦の太平洋戦争ってそういうものだったから。男は戦争に行くし残った老人や女子供は空爆さらされる。男も女も人がたくさん死に経済活動は退潮する。

その時でも寅子は「正義」と「使命」をもって生きていくのだろうと思う。モデルの三淵さんは生き残ったし、何しろドラマ主人公なので正義や使命は捨てないだろう笑。

たくさんのものを奪われてなお「正義」と「使命」を失わない女がどんな生き方をするのかのドラマを私はとても楽しみにしている。

そして、形式上の機会が平等になった世界で、これまでずっと恵まれていたはずのものをどんどん奪われ不満が溜まっている人たち、「女は狡い」、「現代の女は特権階級だ」と思っている人こそ、奪われても正義と使命を捨てなかった人のドラマを見てほしいと思う。

フェミニズムドラマくっさー、と思う人も多かろうが、お勧めしたいのには、単純にドラマとして良くできているのもある。

寅子は「戦う女戦士」みたいな感じではまったくなく、前述通りそこそこの空気読めないわがままな、脇の甘い生き方をしていて、いちいちナレーションに突っ込まれている。ナレーション尾野真千子で、芝居がかったナレーションだがコメディの良い味付けになっている。

寅子の両親や兄夫婦明治家族観(男が働き女は家を守る)できわめて円満夫婦関係に描かれている。一方で嫁姑ちょっとしたストレスも描かれたり。父は帝人事件(疑獄事件)の当事者になり、リベラルエリート父親会社での立場に縛られる姿をシリアスに描いてもいる。

また、法曹界への女性進出を後押しする立場であるリベラル派の教授弁護士がしっかりと性差別をしていてフェミニズムにおける父権問題提示していたりもして、本当に痒い所にまで手に届く配慮がされている。セリフやシーンの伏線もとても豊かでドラマとして見ていて普通に面白い出演者はみな手練れの俳優だらけで演技へのストレスはほぼない。

単にドラマとしても面白いので、ぜひ。

フェミニズムドラマとしての側面については、あまりブコメが集まっていなかったがこの記事分析がとても分かり易かったhttps://bunshun.jp/articles/-/70764 これ読むと「女のためだけのドラマ」じゃないことがよくわかると思う。

ところで最後全然話は変わるのだが、昭和初期というのは実はWWIIジャンプして戦後と地続きになっていたかなり民主的かつ退廃的な時代だったらしい。「富国強兵」を叫んで強国を目指していた大日本帝国から現代にいたるGDPの推計推移をみると「戦争が無かったらこグラフの線が素直に上がっていたのではないだろうか」と感じさせるラインが描かれる(https://www.nippon.com/ja/in-depth/a04003/ 中ほどのグラフ)。まあ実際は戦争しないと色々糞づまっていたわけで後付けの皮算用しかないが。

ともかく、人が自由を求めそして退廃を享受できる程度の十分な豊かさが生まれていたのが大正末期から昭和初期の時代。ちょうど朝ドラで描かれているこの時代は、結構現代に近い時代だったりもする。

しかし、このニッポンドットコム笹川財団由来のかなり右寄り情報サイトなのだが、それでも「高度成長期ストック90年代で尽きてその後の策がねえぞ」という分析になっているのが、ちょっとだけ面白いですね。

2024-05-11

顔の良い奴が優秀とされるのではなく、そもそも顔が良い奴は優秀なんだよね

努力の機会が平等になるほどに才能が人生を分けるようになる。

その結果として遺伝子エラーが顔に現れたブサイク無能となりやすくなった。

遺伝子エラーがある奴には特別な才能があるという可能性は確かにあるが、特別な才能よりも一般的な才能をたくさん持ち合わせている方が今は有利だ。

なんでよそれなりにこなせるタイプ人間が好きな道を選んで天才となり、なんでもはこなせない奴は能力不足により淘汰されて野垂れ死ぬ

機会平等時代とは遺伝子にとっての淘汰の時代だ。

2024-04-02

anond:20240402144442

うーんとね、人が付いてくるかどうかっていうのは問題じゃないんだわ

人が付いてこなくても社会環境は変化する

今親ガチャやら教育格差やら文化資本の差を問題視されるのは「産まれときから平等」だからなんだよね。

その不平等は緩和ではなくゼロにしていくのが人道的観点から求められるんだわ

なぜ求められるかといえば、これを解消しないということは産まれから成人するまでの間の約20年の格差を認めるということに等しい

これは機会平等だけでは解消しない。世の中の仕組みを根本的に見直す必要があるんだよ。

まれてきた子どもたちを同じ条件で育てる。起きた問題はみんなで解決する。今まで以上に教育という並列化を密に進めて全員を高い水準に持っていく。そうして育った子どもたちは日本の将来を、ひいては世界問題解決する高い能力を備えていくだろう。

これを否定するということは20年に及ぶ間親の所有物として都合の良い使われ方をし、無駄な差を産み、分かちがたい溝を作る羽目になる。場合によっては所有者の都合で望まぬ労働を強いられることにもなるだろう。こういった省みられることのない不幸もなくすことができる。

2024-03-24

フェミニストはいい加減に男女平等は既に達成済みであることを認めて引退すべきなんよな。

医学部の定員の話とかあれ現場要請から現在医療体制を維持するためにやってたわけで思想が介入すべき事例じゃないし。

肉体労働の男女比を同じにしようとするのと同じ愚でしょこれ。

給料差も女性側が給与が低い職業選択する傾向が比較的強かったり上の役職に付きたがらないことが原因なわけで、

職業選択機会平等は達成されてるんだからもうええやろ。

やることないのに何かしないといけない、みたいな状況に身を置くからアニメポスターで大騒ぎみたいな変なことをし始める。

2024-03-20

anond:20240320220510

フツーの人じゃとても住めない地域(カリフォルニア州サンノゼとか。年収12ドルくらいだととても厳しい)で

これまた上級労働者レベルじゃとても買えない大豪邸に住んでる人らが心配していることが、

強盗で、強盗対策プロテクションドッグが欲しいとか言ってるが、言うほど治安いか

 

かに泥棒は金ない庶民のところではなく、金持ちのところに入れよとは思ってはいたが、要らないんだよなぁそういう機会平等・・・って感想しかならなかった

2024-01-16

さすが機会平等アメリカさん

フツーの人じゃとても住めない地域(カリフォルニア州サンノゼとか。年収12ドルくらいだととても厳しい)で

これまた上級労働者レベルじゃとても買えない大豪邸に住んでる人らが心配していることが、

強盗で、強盗対策プロテクションドッグが欲しいってなんだそれ・・・

かに泥棒は金ない庶民のところではなく、金持ちのところに入れよとは思ってはいたが、要らないんだよなぁそういう機会平等・・・

フツーの人が住めないエリアの大豪邸買ってもまだ勝ちではなく、24/365でSPおけるようになって、ようやく勝ちか・・・

日本が生きづらいらしい金持ち様はドンドン米国移住してくれて構わないぞ

 

あと大豪邸まではいかずとも、やっぱフツーの人が住めないエリアの戸建てに住んでる勝ち組のジジババじゃない人の死因が、

インフルから肺炎ってドン引きなんだよなぁ・・・

日本でジジババや基礎疾患がある人を除いて、ある一定以上の生活水準の人が肺炎死ぬってまず無いんだよなぁ・・・

さすが機会平等アメリカさん、経済的に厳しい人・生活水準が低い人だけでなく、すべての階層の人に平等Deathチャンスだぜ・・・

自分健康・丈夫具合には自信あったけどちょっと自信無くなったわ。生き残れるかこれ?

 

いまでも長期でアメリカ暮らしたいと思ってるし、何なら移住したいと思ってるが、改めて無茶苦茶レベル高ェなって思いました

2023-12-25

anond:20231224163155

箸の持ち方と言葉遣いって金の有無に関わない機会平等な育ちの良さの代表格だからな。

平等な機会の下で生じた差異機会平等主義者にとってむしろ社会善として高く評価されるのよ。

2023-03-05

anond:20230304090110

なんの意図があって勤め先が大企業中小かを書いたの?

まさか兄だけ大企業勤めでズルい!親はその埋め合わせをするべき!ってこと?

まさしく「男は機会平等を求め女は結果平等を求める」の典型例だね

うーん、キモ

2023-01-13

anond:20230112123308

男女共に機会平等になるよう働きかけるべきやろ。

例えば男性保育士とか、男性就業上の社会からの不当な偏見への対応必要

2023-01-12

anond:20230112122641

機会平等にならんからしゃあないやろ

そこまで否定するなら、どうやったら解決するっていうんや?

2022-12-26

anond:20221226163816

男は機会平等を、女は結果平等を主張するってこういうの見てたらよく分かるね

2022-10-06

anond:20221006012608

仕事に就く権利の奪取

ハリウッド性的マイノリティ当事者以外が演ずる問題が指摘されてる。

人間は誰しも働く権利を持つ。

男女機会平等、およびセクハラ防止が職場でのみ法律化されているのは、働く権利生存に不可欠だから

マイノリティの貴重な仕事の機会を奪うのは、彼らを社会から排斥する悪影響になる。

そして、イラストレーターはまずプログラマーよりもずっと少数…マイノリティだ。

2022-07-29

anond:20220729093305

お前の言う通り、まあ男女の平均化・結果平等不可能だろうが、機会平等ならどうにかなるやろ

 

俺やお前より優秀な女を、割合少なかろうが、ちゃんと発掘できるならそれでいいんだ。

 

 

結果平等でなければ平等でないとか騒ぐ、今のクソフェミニストはうるさいけど

やつらはどのみち跡継ぎいなくて淘汰されるから

とりあえずもう100年待ってみよ。

2022-07-05

anond:20220703193113

ジェンダー指数の向上は、機会平等じゃなく、結果平等を求めちゃってるから

障がい者雇用義務は、単純に「社会貢献」の特別枠だけれど

女性の昇進がそれでいいのかと言う話は、女性自身から出てもおかしくない話で

その場合求めるのは「評価の透明化」になるはずなんだよな

でも実際には、ジェンダー指数の向上を求めちゃってる

理屈としては、「男性以上に優れた才能をもつ女性存在テストなどで明白、それが昇進するのは自然」となるから

結果として社会に「女性枠」を作る方向に動いちゃうんだよな

2022-06-14

anond:20220614193055

恋愛下手ほど「告白」に重きを置いて自意識過剰になる。告白なんていらんわ。マンガじゃあるまいし

https://b.hatena.ne.jp/entry/4720991171488646722/comment/ko2inte8cu

じゃあ誰から習うの?

口伝え恋愛工学じゃなくて手本があるなら公開するべきですよね。教育機会平等憲法にも書かれているんだし。

2022-04-22

女性への期待値が低すぎる

ニュースを見ても、SNSを見ても、「女性はこんなに差別されている!!」という意見ばっかりだ。

から女性がそれに同調してないってだけで、俺の中では評価が爆上がりする。

  

例えばだけど、女性

「女に生まれて大変だったこともあるけど、男より色々と得してきた部分もある」

今日では機会平等が達成されたのだからアファーマティブ・アクションはあまり必要ない」

「女が社会進出できないのは、女自身が決めてきた選択の結果だ。女たちは夫が外で働いて稼いできてくれることに甘えている」

女子理系に行きたがらないのは、抑圧・差別というより、数学物理を嫌いな子が多いからだろう」

「たわわ広告許容範囲だ。職場ポスター掲示とは違って、あれは新聞広告なんだから閉じれば見なくてすむ」

みたいなことを言っているだけで、まともな人だなと思ってしまう。

  

もっとも、現実社会を見渡せば、女性たちもこちら側の意見多数派っぽい。

左翼フェミはやたらと声がでかいし、マスコミSNS界隈が異常ってだけかもしれない。

2022-03-27

anond:20220327094122

結果平等じゃなくて機会平等じゃないか

格差は許容するが格差固定化を許容しない

とか

職と賃金の結びつきを減らす

たとえば

公定賃金の引き上げ(保育、介護看護)、引き下げ(医師)みたいな

2022-03-03

anond:20220303102735

判ってないみたいだけど、自由競争をやるってことは、強い奴健康な奴賢い奴が勝つってことで、

少なくとも女性は強さと健康では男に劣るから

自由競争になればなるほど、機会平等をやればやるほど、女は苦境に立たされることになるよ。

 

2022-01-02

反差別反貧困はなぜ両立できないのか

この10年くらいずっと感じているのは、反差別反貧困は非常に相性が悪い、もしくはジレンマ関係にあるということ。自分用にメモ


差別に憤り、差別解消に強い関心のある人たちは、「男性」「日本人」を「強者」「既得権益者」と位置付ける。そのため必然的に、「男性」「日本人」の中にいる貧困社会的排除引きこもりなど)に対する関心や同情心は、相対的に弱くなってしまう。そうした問題は大したことではないと言っているわけではもちろんないが、怒りの熱量差別問題とは開きがあることは否定できない。そのため、反差別社会運動が盛り上がり、人々の関心や視線がそちらのほうに向けば向くほど、反貧困相対的に関心が弱まってしまう。


反差別運動は、差別解消の手段として競争的業績主義には基本的肯定的である反差別運動が推進してきたアファーマーティアクションは、まさに機会平等保証競争的業績主義の徹底化を目指すものであるしか競争的業績主義は、他方では経済格差正当化貧困自己責任論などの言説を生み出す源にもなっている。なので反差別運動が盛り上がるほど、業績主義がもたらす格差貧困への問題意識は弱まってしまうことになる。


サンデーモーニング』に出演している安田菜津紀というジャーナリストをご存知だろうか。良心的な反差別運動の人で、非常に尊敬できる人だと思っているが、兄を過労で亡くすという不幸を経験しているにも関わらず、最近反差別への熱量に比べて、労働問題への言及が非常に少なくなっていることが気になっている。この事実象徴的されているのは、差別問題への怒りや関心が強くなるほど、労働貧困問題一般への関心が相対的に弱まってしまうという構造があることである


逆に、反貧困労働運動の側が差別に対する関心があるのかと言えば、はっきり言って弱いと言わざるを得ない。反貧困労働運動最前線にいる人のほとんどが暑苦しいほど「男性日本人であることにも、それは象徴されている。

2021-12-30

本当に欲しいのって結果平等じゃない?

機会平等与えられて自己責任論でぶん殴られるのとか勘弁して欲しい。

2021-11-28

年間学費80万程度の私立中高一貫校に中学から入って気づいたこ

・親が社長やってるって生徒が全然いない。個人事業主の括りだと、医者歯科医税理士や1級建築士ばかり。多分、慶応普通部とか暁星とか賢くて社会的ステータス抜群の学校にはうじゃうじゃいたのだろう

肥満体型の母親マジで居ない。入学間もなく1回だけあった授業参観とき気づいた。多分、食費に金かける余裕ある家しかいからだろう。

専業主婦家庭かつ2人以上兄弟、って家の子が異様に多かった。一人っ子共働き全然いなかった。すでに共働き当たり前の時代だったのに、大半の奴が母ちゃん専業主婦だった。あと三人兄弟率がやたら高かった。そして自分だけじゃなくて兄弟中学から私立ってパターンが大半。

・親が地元県庁政令市とかの地方公務員やってる家の奴が皆無に近かった。国家公務員国税もいなかった。大学教授全然おらず。このへんは逆に公立トップ校とか私立御三家かに多いのかもしれない。

・大半がサラリーマン1馬力家庭だけど、電通とか三菱地所とか全日空パイロットとか、お前の父ちゃんくそんな凄い会社入れたなみたいな家の奴ばっか。


・平均年収1000万円くらいと推定中学とき公民先生が授業中に

「みんなは親御さんがほとんど年収1000万円以上はあるから自分もそれだけ稼げると思ってるだろうけど、

この教室の1割……だから3~4人しかそれだけ稼げるようにならないからね。親くらい稼げるのが当たり前だと勘違いしてるなら将来ショック受けるから

とか言ってたのと、変わらぬ顔ぶれの同級生たちと何年も付き合っていくうちに本当にみんなの家は年収1000万軽く超えてるんだろうなと思った。

・別荘持ちがどのクラスにも3人くらいいる。ただし、仲間がその恩恵にあずかれるのは大学入学以降というパターンほとんど。


・その資本力をもってしても現役であれ浪人であれ早慶以上の大学にいける生徒は学年の3割程度。親が金持ちならよっぽどの低知能でない限りはほぼほぼ早慶以上確とか絶対ウソ



・その早慶未満の私立大学に行った同級生の大半が東大生でもめったに内定貰えない一流企業(三井物産とか朝日新聞とか日本郵船とかデュポンとか)に平気で内定していく。

こういうレベル企業って家柄を推定して採用するようなことやってるんじゃないかと内心で疑ってる。


追記

中学3年くらいの頃、社会の授業で機会平等実質的平等のくだりで先生雑談がてら

「今世の中で、例えば中卒の人とかが就職試験の応募資格すらない会社が物凄く多いんだよね。

それから病気とかが原因で生活保護受給してる人が大変な経済的不自由を強いられたりもしてる。

みんなはこのことについてどう思う?」

ってみんなに問いかけた時に、

跳ねっ返りでもなく、性格悪くもなく、普通友達多い爽やかな陽キャ同級生たちが口々に

勉強しなかった自分が悪いんじゃん…」

とか

「そんなになるまで不健康になるのは本人がだらしないかしょうがないと思う」

とか

マジで澄んだ目で意見飛ばし先生が「いや、ちょっと待って…この人たちは何もみんながみんな自分のせいでそうなったわけじゃなくて」とか慌てふためいてたのが忘れられない。

自分よりしんどい境遇の層をナチュラルに視界に入れられない同級生たちの残酷さを同い年ながら感じられた記憶

2021-11-20

スガナミユウ氏のnote「誰が踏みつけられているか」に対する批判

LIVE HAUS店長のスガナミユウ氏が「誰が踏みつけられているか」と題するnoteを公開した。

https://note.com/yusuganami/n/n78c9b96cb4be

https://medium.com/@sos.yu.lh?p=8926b83122e

私は彼の所属するインディミュージシャンコミュニティとでもいうべき界隈に属しているが、周囲の反応は絶賛の嵐といって良い状況だ。noteリンクを張ったツイートには大量のいいねリツイートがあり、批判らしき反応はほとんど見受けられない。これはかなりマズイよなーと感じてこの文章を書いている。

まず、前置きとして、このnoteに対する私のスタンスを書く。ちょっと長いので興味がない方は適宜とばしていただけるとありがたい。なお、文中の”リベラル”とか”アンチリベラル”といった記載一般的リベラルっぽい仕草アンチリベラルっぽい仕草と受け取られがちなものとでも思ってほしい。

  • 前置き--------------------------------

 「誰が踏みつけられているか」はスガナミユウ氏が選挙中の市民運動を通して感じたことを書いている。その内容の主題は、日本にはまだまだ差別や不平等特に男女差別に着目している)が残置していること、そして特権的立場にいるスガナミユウ氏をはじめとした「おじさん(大人シスジェンダー男性)」への自省を求める内容である。スガナミユウ氏はこのnoteを「知り合いのすべての男性に読んで頂きたい」という文章を添えて公開した。もっと言えば、(男女間等において)日本差別や不平等がないと主張する男性、あるいは女性LGBTなどの差別のみがピックアップされることに不満を感じている男性を説得しようとする文章であるだろう。 何がマズいと感じたかって、このnoteはスガナミユウ氏の周囲に多い所謂リベラル思想親和的な層には受けても、本来ターゲットであろう”アンチリベラル”な層からは反発しか生まないような内容になっていたからだ。スガナミさんとは親しくこそないものの何度か会話したことはあり、政治思想差異こそあれど、頭が良く一定バランス感覚がある人物だと思っている。彼は社会を良くしようと考え、実際に行動に移してきた尊敬すべき人物だ。そんな彼がこんな内側にしか向かないバランス感覚に欠けたnoteを書き、それが大絶賛されている状況は本当に良くない。近年勢力を増した過激なラディカルフミニズムは強烈なバックラッシュを生み、ミソジニストを増やす原因となったと考えているが、このnoteはそんな流れの延長線上にあると感じる。

 わたし男女平等の実現を望む一人として、このnoteの内容を批判したいと思う。私たち完璧でないがゆえに、時に差別的であったり配慮に欠ける言動をしてしまうが、個別のそれに対して苛烈批判を浴びせるのは適切でない。なにより問題なのは、その問題がある発言を周囲が容認してしまうことだ。スガナミユウ氏個人非難することにあまり意味はないが、このnoteを無批判に受容してしまコミュニティは大変問題があると感じたのがこの文章を書くにあたった経緯である

  • 前置きここまで--------------------------------




 まず、なにより批判したいポイントは、氏の主語の広さである。冒頭で過去ツイートで『おじさん』や『女性』と太字でまとめたことを指して、配慮に欠けたと反省しながら、結局のところこのnoteは「おじさん(大人シスジェンダー男性)」を特権的存在として雑にくくってしまっている。

大前提として現代日本社会男性が有利な傾向にあることは私も同意する(特に経済的な側面において)。しかしそれはあくまで傾向の話である割合適当だが、例えば7割の大人シスジェンダー男性は平均的なその他のジェンダーよりも恵まれいるかもしれない。しかし残りの3割はより不遇な立場にあるだろう。傾向の話だけでも、シスジェンダー男性の平均が不利な傾向にある場面も多々存在する。死亡率の高い労働男性比率が圧倒的に高いし、自殺率ホームレスの数も男性が上だ。職業的な話でも、例えば保育士になるハードル男性のほうが圧倒的に高いだろう。当たり前ではあるが、切り口はジェンダーだけだはない。年齢・健康容姿性格能力人種、なんでも良いが差別や不平等を生む原因は無数にある。これらの意見典型的な”アンチリベラル”の物言いだと感じるかもしれない。しかし彼らを説得したいのであれば当然このような主張に対する応答は必要なはずだ。なにより”アンチリベラル”が怒っているのは、”リベラル”が特定差別や不平等だけに着目し、それ以外を矮小化無効化しようとする態度だろう。ここを無視して「おじさん」は特権的立場にあるとだけ言っても当然反発を生む。典型的に”リベラル”には受けるが”アンチリベラル”には説得的でない主張となってしまっている。ある側面における男性優遇批判するにしても、それは慎重に対象を選ぶ必要があるはずだ。

 次に批判したいポイントバズワードになりがちな「平等」という語句をどのような意味で使っているかが何ら書かれていない点である性差別に関する論争でよくあるのが、”リベラル”は(結果平等を指して)「日本社会において男女は不平等である」と言っているのに対し”アンチリベラル”が(機会平等を指して)「日本社会において男女は既に平等である」と言い合い、すり合わせもないまま不毛罵倒合戦をやるパターンだ。氏は文中において、差別・不平等が残置されている例として選択夫婦別姓同性婚LGBT平等法が実現されていないことを挙げているあたり、結果平等念頭に置いてこの文章を書いているのだろうが、”アンチリベラル”の多くの反応は「法律的にはどれも男女間で差異が無いのに何を言っているんだ?」というものになるだろう。細かいことをあげつらっているように感じるかもしれないが、やはり対抗論者の考えを想定していない内向きの文章になってしまっている。そもそも例として挙げられている選択夫婦別姓同性婚LGBT平等法をジャンダー感の不平等という文脈で扱うことに個人的にかなり違和感があるが・・・・・(ジェンダー間の問題もあるだろうが、それ以外のイデオロギーの違いによるものがよほど大きいのではないか)。

 最後批判として、氏が「おじさん」に対する差別に無批判な点である。私が気になったのは『みんなの未来を選ぶためのチェックリスト』の記者会見において町田彩夏氏が受けたマンスプレイニングに関して言及している箇所だ。記者マンスプレイニングに対して町田彩夏氏が返した「あらためてこの場において、特定の、所謂、ある年代以上のおじさんたちが司っている”国会”というのは日本社会に重なるものなんだなということを実感いたしました。ありがとうございました」という発言マンスプレイニングを行った記者個人言動を広げて「ある年代以上のおじさんたち」一般に拡大した差別的な発言である大前提として、私は町田彩夏氏を非難する気は毛頭ない。記者マンスプレイニングは本当に酷いものであるし、その反論皮肉交じりになって問題のある表現が含まれしまうのは理解できる。氏の毅然とした対応にむしろ好感を持っている。前置きでも書いたが、私たち完璧でなく、時に差別的であったり配慮に欠ける言動をしてしまう。個別のそれを非難しても建設的ではないし、重要なのは周囲でありコミュニティがそれを容認しないことだと私は考えている。このnoteジェンダーの不平等を訴える内容である以上、この町田彩夏氏の発言に対しスガナミユウ氏が言及しないのは不誠実ではないだろうか。少なくともその非対称な振る舞いは”アンチリベラル”が反発する最もたるものだと感じる。

 ここまで読んでいただけるとわかると思うが、「誰が踏みつけられているか」はとにかく説得対象であるアンチリベラル”的な考えを持った対抗論者の思考トレースできていないと感じる。そして自分と同じ”リベラル”的な思想だけを考慮たこnoteは”リベラル”内でだけ盛り上がり、”アンチリベラル”には反発され、結局のところ分断だけを生むものとなってしまっているのではないか。誰かを説得したい時には、賛否はともあれまず相手の主張を理解するところから始めるべきだろう。この「対抗論者の考えをトレースするのが絶望的にできていない」点は近年のリベラル勢力に多い典型的欠点だ。上記の私の批判にも多々問題はあるだろうが、少なくともこのnote「誰が踏みつけられているか」が無邪気に賛同一色となるコミュニティ絶対健全でないと思うのだ。なんだかんだと書いたが、私自身はどちらかと言えば”リベラル”に親和的な考えを持っている。スガナミさんの主張に賛同するところは非常に多いし、全体的に見て日本社会男性優遇の傾向にあると考えている。しか社会多面的で、一概に男性女性LGBTとくくってしまえるような問題ほとんど無いはずだ。いまいちど”リベラル”は自分自身の思想俯瞰して考えられるようにならないと、本当にマズイ。

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