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はてなキーワード: 規準とは

2017-07-18

名前はだれのもの

名前は「親」のものではない。では、「子供のものか? と言えば、それも違う。

「親が子に贈る最初プレゼント」みたいなお花畑理論を聞かされると、心の底からぞわぞわするんだが、

あいうそれこそ「何の根拠もない」名づけ理論を信じてる人間がいることに、時々当惑する。

増田、アンタのことだ。

あなたの所有物」に「あなたが名づける」なら、それはあなた自由だ。その名前が名づけられるものへの贈り物だといいたいならそう言っても別に構わない。

だが子供は「あなたの所有物」ではない。あなたとは別の人格を持ち、別の人生を送る他人だ。訳あって、たまたま10数年共に暮らすことになった、他人だ。

そこを勘違いした人間が、お花畑理論を振りかざし、子供に関わる周囲の人間に噛みついて回る迷惑毒親となる。

名前というのは、これから子供が生きる人生社会の中で出会う人と共有される、一つの符丁だ。人間名前とは、何をおいてもまず「社会のため」に必要ものなのだ

そこでは親の「想い」とやらはどうでもいい。

例えばアンタが飼い犬に「タウマタファカタンギハンガコアウアウオタマアポカイフェヌアキタナタフ」とか名付けても、別に誰もあなたを咎めはしない(馬鹿にはされるだろうが)。だが、それを子供名前にしようとしたら、全力で止められるだろう。役所の受付ですら書類を突っ返すかもしれない。そこにどんな「親としてのご立派な想い」があろうと、そこはくつがえらないんだ。それを忘れてはいけない。「社会にとって利のない」名前社会によって拒否されるんだ。

これは、字画判断がどうという話をしてるんじゃないぞ。俺が問題視してるのは、何をおいてもまず嫁さんに対するアンタの態度のことなんだ。

想像するに増田は、字画判断かいう「非合理的もの」が、自分人生にまつわってくるのが「嫌」なんだろう。だが、アンタの「嫌」という感情だって十分に非合理的だ。いい年をして、理で全てを説明できると思ってるなら大馬鹿を通り越してお目出度いとしか言いようがない。自分「理」に縋る「理由」はなんだ? 「理」のないものに身をゆだねる不安の源泉は「理」説明されるべきことか? 全てを理で説くならそもそも「こっちがいい/悪い」などという「価値」の概念こそ真っ先に捨てるべきじゃないのか? だが、あらゆる「価値概念放棄したら、人間としての健全社会生活など送れないだろう。

人間は、「理」以外の価値も持たなければ生きていくことはできない。絶対価値規準など、ない。だから重要なのは他者価値規準を知り、認めつつ、共同の価値規準を創出していくという姿勢であり態度なんだ。増田がすべきことは、嫁さんが「画数にこだわる」って知った時に、「なるほど、俺にはそういう発想がなかったけど、そういう発想をするひとがやっぱりいるんだ」と気付いて、「なるほど分かった。じゃあ画数のことも考えながら、いい名前を付けることにしようぜ」っていうことだったはずだ。

なのに、「画数?は?」みたいな対応をした、と。馬鹿か? 馬鹿なのか? 社会ゼロの子供か? 小学生ももう少し相手への気遣いをするぞ?

今すぐ嫁に謝ってこい。そもそもそんな「どっちでもいい」ことで、妊娠中の嫁の負担やすことにそれこそ「何の意味がある」んだよ? 人間社会で、メスの仕事が子を産むことなら、オスの仕事はメスが安心して子を産める環境作ることだと有史以前から決まってるだろうが。名前など、一でも二でも、分かりやすく周囲が呼びやす符丁でさえあれば子は育つんだ。それよりもっと大事なことが目の前にあるだろ。

不合理に満ちた世の中で、誰でも不安で何かに縋る。それは別に悪いことじゃない。ただ、少しばかりの寛容さと、だまされない賢さ、それは必要だ。姓名判断とやらに何十万何百万をつぎ込むのは、それは愚かな行為だ。だが、画数を気にするのに、現実にどんなデメリットがある? 小さいことでいちいち嫁の不安をため込むと、そのうちとんでもない宗教にハマったりするぞ。夫の支えというのは、そのくらいプライスレスものなんだぜ。

https://anond.hatelabo.jp/20170717145213

2017-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20170605190352

痛いところ突かれたせいか人格批判で黙らせようとしてるブコメだらけだけど

「男も若さしか見ない」

だの

「それはお前に金以外の魅力がないからだ!」

って、要するにいつも「男は若さしか見ない」ってぶちギレてた自分たちは、若さ以外の魅力がないって自分たちで分かってたって事なのかね

それを単に男に罪悪感を植え付けたいだけのためにあれだけ喚いてたと

そして今回は自分たちが罪悪感を植え付けられる番だからキレてるだけ…

異性を見る規準以前に、ただただ屑いだけだよな

はっきり言ってさ、どんなに優しくて最高に好い人であっても、ホームレスのオジサン絶対結婚なんかできないけど、ホームレスのオバサンは結婚できる可能性はあるんだよね

金とか年齢とか、ステータスだけでしか異性を見てないのは、明らかに女だけなんだよなぁ

2017-05-17

自分が頻繁にやってしまう嫌がられる行為

久しぶりに、親しい人を不快にさせてしまったので反省のタメに書く。

世の中的に評価されている作品を鑑賞した結果「自分は好きじゃないな〜」と、思った事があるだろう。

だが、主観的感情を抜きにして、その作品アピールポイントについて考えてみて欲しい。

恐らく、どういった魅力を持っていて、どういう人達が、どんな箇所に魅力を感じているのかは、なんとなく想像がつく筈だ。

それでも、本当に全く反応できない場合がある。「そんなにも何が評価されているのだろうか…」と。

仕事柄なるべく多くの価値規準を持っておく必要があるため、魅力の仮説も立てられない作品があると困惑する。

そんな時、一緒に観ていた人(もしくは観た事のある人)が魅力を見いだせていた場合

その作品にどういった魅力があったのか、しつこく質問してしまう。

自分と近しい関係の人であればある程、執拗になる。

単純に知りたくてしょうがないのだ。

自分の見つけられなかった魅力について、見つけられた人の視座の持ち方を。

ネット感想や評判を見れば、なんとなく仮説は立てられる。

だが、現実に付き合いのある人達の方が人となりを知っている分、もっと想像やすい。

そういった身勝手理由で、ついつい分かるまで質問してしまう。

説明する側だって自分が魅力を感じている何かについて話す事」自体はそんなに辛くないだろうと、高を括って。

ここまで書いた時点で、相当に自分勝手な振る舞いだな…とウンザリするのだが、まだまだ不快指数高まる。。。すみません

昨夜やってしまったのが、ここからである

30年ほど前の映像作品をみて、部分的には魅力を見いだせたのだが、社会的にどう受けているのか、大きな要素が想像できなかった。

既に鑑賞済みの人と一緒に観ていて、その相手は「完璧映像」と賞賛しており、作り手側の人間だったのも相まって、しつこく聞いてしまった。

ところが、具体的にどういう魅力があるのか質問しても「自分作品の良さを一々誰かと共有する文化がない」と言われ、

作品の良さを分かっていながら言葉説明しようとしないのは、表現者として怠慢なのではないか?」と詰め寄ってしまった。

その後も「優れた映像作品言語不可能だし、する必要性を感じない」と返され、

「全ての魅力をキチンと言葉表現しきるのは不可能かもしれないが、自分が感じた魅力について断片的にでも言葉提示する事は可能だろう。」

「魅力を知りたがっている人がいて、自分が魅力をみつけているのに説明しようとも思わないその態度は疑問だし、言語化の必要性が無いと思う事はおかしい。」と言ってしまった。

その後、「なんで、増田からそんな風に質問攻めにあわなければならないのか?私には理解できない。」と不快感をあらわにされ、会話は途絶えた。

こうして増田に書いて冷静に読んでいると、「こりゃ嫌われるよ。当たり前じゃねぇか。」って気持ちもあるのだが、

「いいじゃん教えてくれたっていいじゃん!ケチ!!!知りたい知りたい!教えて教えて!!!」って感情もまだまだ全然あり過ぎて、ついに寝れなかった。

でも、どう考えても絶対自分が悪いので反省します。

自分のモノの見方や考え方を他者強要している時点で論外

そもそも映像作品に対するリテラシーが低過ぎる

・人に教えを請う態度では全く無い

・親しき中にも礼儀あり

・我が儘過ぎ

もう二度とこのような事が無いようにします。

迷惑をかけた皆様、すみませんでした。

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170323051122

今までもこれからも「社会のために働こう」なんて本気で言ってるようなのは

わりとキチガイの域だと思うよ。勿論外面のための御題目としては汎用性があって便利だが。

働く規準ややる気なんて金、安定、自分に合っているかってだけ

働くってこと自体社会に参加して労働力になってる時点で

十分すぎるほど貢献してる。

そんでこういう人にじゃあ貴方のいう社会貢献って何?って聞いたとき

返ってくるのはつまるところお前の持ってるリソースをそういう御題目

自主的に献上しろって話だから笑える。

あと社会貢献が足りないって言うならむしろ年食った連中のほうでしょ?

自分達は貯金で金を溜め込んで安心安全って後はぬくぬくすることしか考えてない。

そんなことしても社会にも経済にも一切いいことないよ?

まぁ生活するためにカツカツならしょうがないけどさ 無駄に金が余ってるような

連中は国内産業で消費しまくって社会貢献してくださいよ。どうせやんないだろうけどね。

2017-03-14

はてブ確認依存症

ここ数年、はてブ確認依存症気味だ。

言っておくけど、はてブ依存症ではない。

はてブ依存症とは、色んなサイト記事にひたすらブコメ書かないといられない人。

一方、俺のははてブ確認依存症なので、サイト記事を読もうとする度に他の人のブコメ確認しないと先に進めない。


新しいサイト面白いブログ記事を見つけても、ブコメゼロもしくは1~3人程度だと糞のように感じられて、それ以上読んだりサービスを使い込む意欲が沸かない。

逆に、ブクマ数が2桁以上だと、頑張って先に進もうと頑張れる。頑張ろうという気になれる。


サービス記事としての良し悪しは、本来自分判断すべきという事はわかってはいるけど、いまや俺の判断基準の大部分がブクマ数に侵食されている。

最近はその傾向が強くなり、ググった際に現れるブクマ数がゼロサイトは一切アクセスしなくなった。俺の規準としては、ブクマ数が10以上でなければもはやサイトとして見なさないまでに至ってしまった。


我々はてなーは、米国大統領や各地で起こっている差別主義否定し、融和や共同体を主張する一方で、Web情報に対してはブクマ数で線引している。

ブクマ数というつまらない境界を作り、こっち(ブクマ数10以上)は良いWeb、あっち(10未満)は悪いWebという区別をしている現状を、おかしいと思わないのか?

知性と品格あるはてなー達よ、そろそろ目覚めよ

2016-04-12

人間性』に言及し始めたとき、その組織は終わってる

筆者は建設業という斜陽産業に勤めている。

いろいろ突っ込まれることを前提でエントリをぶちまけるので、忌憚ない意見が聞けたら良いなとおもっている。

経緯について

さることの昨年九月、とある財閥企業グループの子会社転職をした。

親会社にくっついたエンジニアリング会社といえば聞こえは良いが、要するに工事会社だ。親会社不採算利益率の低い部門分社化しただけのことだ。

この企業転職して数ヶ月、起こったこととそれに対する意見をぶちまける。異論反論、大募集だ。ただし討論に興味はない。

思ったことをぶちまける代わりに、それに対して思ったことが返ってくることを期待する。

マリーはおおまかにいって以下にまとめることができる。

工事会社としての技術力とは一体なんなのか、それは情報漏えいを恐れるようなレベルのものなのか

②内部の人間同士で『人間性』に言及し始めるようなら、その組織は終わってる

ドメスティックタイプ企業における『コミュニケーション能力』という名の限界

工事会社技術力など存在しない

会社に入ってきて思うのだが、いわゆる施工規準施工方法に関するデータ流出上層部が過度に恐れているように思える。

しかもそれは本質的な『情報漏えい』に関する健全な怖れというよりは、子会社ありがちな親会社風評被害を怖れての脊髄反射に見える。

PCシンクライアントにするのは良いが、いくつかのクラウドサービスアクセス禁止にするのはいかがなものか。はてはフラッシュメモリからフリーソフトダウンロードまで規制されている。

顧客情報流出を怖れるのは良いとして、施工規準施工方法に関する教育データぐらいある程度コピーして弊害があるか?

原価見積りに関するデータ流出することで、利益源泉が素っ裸になってしまリスクは分かるが、正直言って建設業関係中小エンジニアリング会社に、セキュリティをかけてまで守る技術などない。

厳密に言えば、工事会社技術力とは要するに資金力のことだ。

とてつもない機械をどっかから買ってきて、数値を入力して、資金力にものを言わせて人を雇って、膨大な工期を費やして建築物を完成させるというだけのことだ。

だいたいエンジニアリング会社なんて、自社の技術なんてなにも持っちゃいない。

太陽光発電事業者なんかがよく自らをEPCエンジ調達と構築をワンストップで行う事業モデル)とか言っちゃってるわけだが

要するに知識と人員情報収集力&編集力はあるから必要なもんは金かけて集めてきて設計して作ってやんよ、っていうだけの話だったりする。

からエンジニアリング会社プラントに持ってく装置設備ほとんどは、実は盤屋に筐体だけ作らせて中身は中小メーカーやどこぞの電子メーカー製品の寄せ集めだったりする。

ぶっちゃけ施工会社としてのエンジニアリング会社エンジニアリングっつーよりはむしろ商社に近い。投資事業モデルを使ってないだけ。

客先常駐型の派遣モデル収益を上げているが、結局設備のもの校正サービスメーカー技術者を呼ぶわけで、ビジネスの形が顧客との利益相反になってる。

これが例えばプロパティマネジメントのように、顧客の一部となって設備投資利益の最大化を目指す形ならばいざ知らず、結局は政府公共工事に縋る建設コンサルタント業界ほとんど変わらない。

相手メーカーに切り替わっただけの話で、二年三年単位で作られる景気を見越した設備投資計画によって投入された予算に従うだけ&なるべくそ予算を多く取るために張り切るだけのビジネスだ。

現代における技術力の意味合いはどちらかといえばもっとサイエンスであったりコンピューティングものだと思う。

少なくとも、いくら工事会社が『我々の技術力を守る』だのと言っても、そこに書かれていることのほとんどは日本電気事業法だの高圧ガス安法だのに則ったものを超えられないし、そこから幾らでもリバースエンジニアリングが可能なものしかないと思う。

まりなにが言いたいのかというと、会社PC持ち帰れないんだから教育資料ぐらいクラウドサーバーにアップして家でテスト受けることを許可しろ

人間性』に言及し始めたとき、その組織は終わってる

職場仕事成果物に対する評価を下すならまだしも、従業員人間性に言及が終始するような職場は終わってる。それは単なる噂話や陰口の温床だ。上司が部下の人間性に口を出す組織も終わってる。

コミュ障アスペ発達障害うつ病についての言及をするような職場、とりわけそれを「脱落者」「人として未熟」という組織も同様だ。まず間違いなく組織として終わっている。

大抵そういう組織には〝明確なタスク〟が置かれていない。

仕事をするにしても各自に割り振られたタスクのものがなく、社内営業や油売りによって仕事を獲得するような組織だ。

指示系統にせよ、組織でありながら組織化が徹底されてない証拠だ。

誤解を怖れずにはっきり言うが、そもそも『人間性』に着目しはじめたとき、その組織もあるいはその人間関係ある意味で終わってる。

定義されきっていない命題には地図がない。

多くのビジネス書では地図よりコンパスの方が重要だとよく言われるが、はっきり言ってそれは嘘だ。

コンパスはたしか重要だが、それよりも地図を手に入れることの方が先決だ。

コンパス主観だが、地図自分がいる位置を相対化して知る事ができる唯一のツールだ。GPSがあっても上空から映像がなければ何の役にもたたない。

人間性を期待するべき側とそうでない側がTPOで変化する。また人間性の定義もTPOで変化するし、人間性を評価する人間もまたTPOで変化する。

そして多くの場合人間の語る評価ポジショントークで、現代人は一個人でありながら日常生活の中でさまざまなポジションに立つ(親であり上司であり母であり父であり弟であり..)から人間性の評価軸そのもの普遍ではない。

人間関係一元的ものではない。人は誰と対面しているかによってコロコロと相を切り替えるので、ある人間から見た印象が必ずしも別の人間から見た印象と一致するわけではない。

しかもそれは個々の人間が持つ評価軸に連動しており、その評価軸は各々の視野・視座によって変化する視点であり、複雑系曖昧だ。

『評判』そのものに実は信頼性などなく、『何故その人はそのような評価を下したのか』に着眼し、評価を下した人間立場や背景にまで目を広げなければ、客観的な『結論』を得ることは難しい。

facebookの『いいね』の個数は重要ではない。『どこの誰が〝いいね〟を押しているのか』が重要で、さらに言えば〝何故いいねを押したか〟の方がもっと重要だ。

その理由の如何によっては、『いいね』そのものデータ指標として無視するという選択すら十分ありうる。

ビジネス現場において、始末書反省文に人間性に対する言及があってはならない。

それはなんら解決にはならない。根本的な問題が仮に人間性にあるとしても、それを逆手に取って上手に外的要因に沿って問題に取り組んでいく以外に道はない。

上司パワハラであるからといって、我々は生計を立てることを諦めるわけにはいかないし、部下や従業員怠惰傲慢であるからといって、具体的な目標を立てずにビジネスが進展することはありえない。

結論を言えば、『人間性』に言及し始めることは、ビジネスにおいて必須たる〝コト〟に向かう姿勢を歪める。

それが蔓延する組織は、組織化が上手くいっていないか、もしくはそのビジネス限界を迎えているかのどちらかだ。

(※ 筆者の場合所属しているのは子会社タイプ工事会社なので、ビジネスのものが危うく、社内が内向きになっているのだと考えている)



コミュニケーション能力』という名の幻想

阿吽の呼吸のことを『コミュニケーション能力』と呼ぶ時代はとうに終わっている。

今後はアスペ時代になるだろう。

すべては文脈宣言言語によって語られ、記述構造化が優位に立つ時代になるはずだ。

これはますます今後進んでくだろう。

曖昧さは削られていく。

世界全体で大きなストーリー崩壊した今、ドメスティック企業において求められていた『コミュニケーション能力』を担保にした『仕事が出来るヤツ』『仕事が出来ないヤツ』の評価軸は揺らぐだろう。

なにが言いたいのかというと、現場ごとに施工ごとに異なる大同小異の部分で小さく競い合うのは不毛だし醜くてむしろ哀しくなってくるから辞めろ。

たかだが一つの装置の細かい機能に過ぎない部分で知識自慢と知恵比べをするのは不毛から辞めろ。

文脈レベルでの競い合いなんざ無意味だ、職人同士の張り合いは趣味でやれ。ささやかな自慢なら良いが、無駄プライドを持つと逆に扱いづらくで邪魔だ。

2015-07-24

本件において前掲著作の頒布、販売や翻訳者の協力の事実、発行の部数、態様頒布販売の動機等は、あるいは犯罪構成要件に、あるいはその情状に関係があるので証人調に適しているし、また著者の文学界における地位や著作の文学的評価については鑑定人の意見をきくのが有益または必要であるしかし著作自体刑法一七五条猥褻文書にあたるかどうかの判断は、当該著作についてなされる事実認定問題でなく、法解釈問題である問題の著作は現存しており、裁判所はただ法の解釈適用をすればよいのである。このことは刑法各本条の個々の犯罪構成要件に関する規定解釈場合と異るところがない。この故にこの著作が一般読者に与える興奮、刺戟や読者のいだく羞恥感情の程度といえども、裁判所判断すべきものである。そして裁判所が右の判断をなす場合規準は、一般社会において行われている良識すなわち社会通念である。この社会通念は、「個々人の認識の集合又はその平均値でなく、これを超えた集団意識であり、個々人がこれに反する認識をもつことによつて否定するものでない」こと原判決が判示しているごとくである。かような社会通念が如何なるものであるかの判断は、現制度の下においては裁判官に委ねられているのである社会における個々の人について、また各審級の裁判官、同一審級における合議体構成する各裁判官の間に必ずしも意見の一致が存すると限らない事実は、他の法解釈場合と同様である。これは猥褻文書であるかどうかの判断場合のみではなく、これを以て裁判所社会通念の何たるかを判断する権限をもつことを否定し得ないのである。従つて本著作が猥褻文書にあたるかどうかの判断が一部の国民見解と一致しないことがあつても止むを得ないところである。この場合裁判官良識に従い社会通念が何であるかを決定しなければならぬことは、すべての法解釈場合と異るところがない。これと同じことは善良の風俗というような一般条項法令規定する包括的な諸概念解釈についてとくに問題となる。これらの場合裁判所が具体的の事件に直面して判断をなし、その集積が判例法となるのである

2015-07-13

刀剣乱舞盗用騒動をどう思いますか?

※以下は http://toukenn.hatenablog.com/entry/2015/07/13/183608 の草稿です。

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まず盗用内容がわからないという方はまとめwikiをご覧ください。

項目は多いです。ですが<全て>読んで、ご自身はどう思うか考えてみてください。公式の7/10付発表の内容は<その他→7/10メンテナンス>項目にあります

http://wikiwiki.jp/tukntusk/

大まかな内容をあげておきます

●別ゲームからのUIパクリ疑惑

ネットから画像盗用疑惑

キャラクターポーズのトレパク疑惑

キャラクターデザイン盗用疑惑

このまとめwikiは有志の方の作成です。「面白がって」「騒ぎたいから」「叩きたいから」作ったのではないか、と思われる方もいるでしょうか。

初代wikiが突然削除されたとき、私は恐ろしさを感じました。「こういう疑惑があるようですがどう思いますか」という問いかけを削除するしかない周囲の圧力が恐ろしいと思った。ツイッターで何か指摘発言をすれば数で叩かれて潰される。これが「刀剣乱舞」周辺への印象です。

では、以下は質問であり、一個人の回答を含む長文になります

貴方はどう思いますか?

(※部分は【「刀剣乱舞-ONLINE-」に関するご連絡より】引用させていただいております

貴方は盗用問題が全て終わったと思いますか?

 7/10公式対応を見比べ、対応は不完全・途中経過だと思います

また「※法的問題が無いものと考えうるもの」はどれだったのか、明確に表記した方がユーザーの方も納得できたのではないでしょうか。

盗用デザインで販売済のアイテムをどうするかのアナウンスもまだありません。決して「禊は済んだ!侘び札ラッキー」と浮かれている状況ではないと思います

公式の初期対応は適切でしたか

 黙殺するつもりが、騒ぎが大きくなりすぎたのでようやっと重い腰を上げた、という印象。初期段階でサービスを一時停止してでも問題解決に全力であたることがなぜできなかったのか(調査期間も無関係メンテナンスメディアミックス情報宣伝は続いていた模様)当然、一時の損害金額は出たでしょう。しかし信用はお金よりも時に重要であると考えます

◇盗用問題について第三者意見をいうことは駄目ですか?

 盗品も扱っているお店(公式)-お客(ユーザー)-友人(第三者)とします。友人は「そのお店は盗品も売っている。本当に買うの?買ったとしてもおそらく貴方は罰せられないだろう、でもそれはやっぱり盗品かもしれない」と言っています

現状、法律では中々罰せられないでしょう。

ですが法律の前に、倫理を忘れるべきではないと思います

倫理:人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的規準となるもの道徳モラル。(出典:デジタル大辞泉

法律を持ち出すのは最終ラインです。公式はその最終ラインにすでに立っているのです。これはもっと危機感をもっていい問題ではないでしょうか。

第三者から相応に批判を浴びる状況にあるのです。正当な批判も勢いあまった罵倒と一緒くたにして耳を塞いではいませんか? そして罵倒ではなく事実に基づく冷静な批判第三者も心がけなくてはなりません。

◇盗用した企業を許せますか、許せませんか?

 これは個人の感情倫理結論が委ねられると思います

公式は許せない、でもキャラクターに罪はない。よく目にしますが現実として「あのゲームは盗用している」と大多数に認識され、少なから嫌悪されたのも事実です。キャラクター二次元想像物です。生きて活動しているのは運営者です。貴方の前にいるのは愛しいキャラクターではなく、盗用をした企業です。

許せますか、許せませんか?

今後どう対応してほしいですか?

問題を「静観」する、とはどういうスタンスでしょうか?

 貴方がもしユーザーなら、キャラクターのために使った金銭利益アクティブユーザー数も全て公式の「評価」になります。言い方は悪いですが「企業利益のために」活動しています。悪いことをしても「利益が下がらない」なら、その企業倫理観は下がっていく一方ではないでしょうか。その結果が対応の遅さと、業を煮やした外部指摘による騒動の拡大に繋がったのではないかと思います

二次創作無関係ですか?

 直接的には無関係、間接的には関係がある、と考えます

なぜなら盗用問題の先には著作権親告罪問題があるからです。盗用が創作界にこのまま闊歩しつづけるならいずれ「非親告罪」にすべきだ、の流れがくるやもしれません。そうなれば二次創作は矢面に立ちます

(この問題TPPでも取りざたされています

参照:http://dic.nicovideo.jp/id/5071769

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150712-00000012-jij-pol

二次創作はグレー分野です。二次創作を許している原作もあれば、見ないフリをしてくれている原作もあります。当然許さな原作もあります。だからこそ、二次創作を水面下で楽しむため二次創作者はお互いに「楽しむためにモラルを守ろう、暗黙のルールを守ろう、一般社会迷惑をかけないようにしよう」としてきたはずです。 駅や神社仏閣で騒ぐ、刀匠の仕事邪魔するetc創作実話という言葉もありました。もし創作だったとしても「創作されるほど疑わしい態度を取っていた」ことはありませんか?

「楽しむ」ことだけに集中していませんか?

この盗用問題貴方倫理を問いかけています

言葉に出さない限り、誰にも貴方倫理はわからないのです。

そしてその回答をお互いに冷静に聞けないでしょうか。

耳を塞ぐのでも、攻撃するのでもなく全員18歳以上の大人として。

最後に別ゲームプロデューサー発言引用します。

「恥を知っているのがデザインだ」

2015-05-13

日本世間制度

   主    文

     原判決中、被告人らに関する部分を破棄する。

     本件を東京地方裁判所差し戻す。

         理    由

 東京地方検察庁検事正代理岡崎格の上告趣意第一について。

 そもそも憲法一条規定する集会、結社および言論出版その他一切の表現

自由が、侵すことのできない永久権利すなわち基本的人権に属し、その完全なる

保障民主政治の基本原則の一つであること、とくにこれが民主主義全体主義

区別する最も重要な一特徴をなすことは、多言を要しない。しか国民がこの種

自由を濫用することを得ず、つねに公共の福祉のためにこれを利用する責任を負

うことも、他の種類の基本的人権ことなるところはない(憲法一二条参照)。こ

の故に日本国憲法の下において、裁判所は、個々の具体的事件に関し、表現の自由

擁護するとともに、その濫用を防止し、これと公共の福祉との調和をはかり、自

由と公共の福祉との間に正当な限界を劃することを任務としているのである

 本件において争われている昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集

示威運動に関する条例(以下「本条例」と称する)が憲法に適合するや否やの問

題の解決も、結局、本条例によつて憲法保障する表現の自由が、憲法の定める濫

用の禁止と公共の福祉の保持の要請を越えて不当に制限されているかどうかの判断

帰着するのである

 本条例規制対象となつているものは、道路その他公共の場所における集会若

しくは集団行進、および場所のいかんにかかわりない集団示威運動(以下「集団

動」という)である。かような集団行動が全くの自由放任さるべきものであるか、

それとも公共の福祉――本件に関しては公共の安寧の保持――のためにこれについ

て何等かの法的規制をなし得るかどうかがまず問題となる。

をのぞいては、通常一般大衆に訴えんとする、政治経済労働世界観等に関す

る何等かの思想、主張、感情等の表現内包するものである。この点において集団

行動には、表現の自由として憲法によつて保障さるべき要素が存在することはもち

ろんである。ところでかような集団行動による思想等の表現は、単なる言論出版

等によるものとはことなつて、現在する多数人の集合体自体の力、つまり潜在する一種の物理的力によつて支持されていることを特徴とする。かような潜在的な力は、あるいは予定された計画に従い、あるいは突発的内外からの刺激、せん動等によつてきわめて容易に動員され得る性質のものである。この場合平穏静粛な集団であつても、時に昂奮、激昂の渦中に巻きこまれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し、勢いの赴くところ実力によつて法と秩序を蹂躪し、集団行動の指揮者はもちろん警察力を以てしても如何ともし得ないような事態に発展する危険存在すること、群集心理法則現実経験に徴して明らかである従つて地方公共団体が、純粋意味における表現といえる出版等についての事前規制である検閲憲法二一

条二項によつて禁止されているにかかわらず、集団行動による表現の自由に関する

かぎり、いわゆる「公安条例」を以て、地方情況その他諸般の事情を十分考慮

入れ、不測の事態に備え、法と秩序を維持するに必要かつ最小限度の措置を事前に

講ずることは、けだし止むを得ない次第である

 しからば如何なる程度の措置必要かつ最小限度のものとして是認できるであろ

うか。これについては、公安条例の定める集団行動に関して要求される条件が「許

可」を得ることまたは「届出」をすることのいずれであるかというような、概念

用語のみによつて判断すべきでない。またこれが判断にあたつては条例立法

術上のいくらかの欠陥にも拘泥してはならない。我々はそのためにすべからく条例

全体の精神実質的かつ有機的に考察しなければならない。

る(一条)。しか公安委員会集団行動の実施が「公共の安寧を保持する上に直

危険を及ぼすと明らかに認められる場合」の外はこれを許可しなければならない

三条)。すなわち許可が義務づけられており、不許可の場合が厳格に制限されて

いる。従つて本条例規定の文面上では許可制採用しているが、この許可制はそ

の実質において届出制ことなるところがない。集団行動の条件が許可であれ届出

であれ、要はそれによつて表現の自由が不当に制限されることにならなければ差支

えないのである。もちろん「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らか

に認められる場合」には、許可が与えられないことになる。しかしこのことは法と

秩序の維持について地方公共団体住民に対し責任負担することからして止むを

得ない次第である。許可または不許可の処分をするについて、かような場合に該当

する事情が存するかどうかの認定公安委員会裁量に属することは、それが諸般

情況を具体的に検討、考量して判断すべき性質の事項であることから見て当然で

ある。我々は、とくに不許可の処分が不当である場合を想定し、または許否の決定

が保留されたまま行動実施予定日が到来した場合の救済手段が定められていないこ

とを理由としてただちに条例違憲無効と認めることはできない。本条例中に

は、公安委員会集団行動開始日時の一定時間前までに不許可の意思表示をしない

場合に、許可があつたものとして行動することができる旨の規定存在しない。こ

のことからして原判決は、この場合に行動の実施が禁止され、これを強行すれば主

催者等は処罰されるもの解釈し、本条例集団行動を一般的に禁止するものと推

論し、以て本条例違憲と断定する。しかしかような規定不存在理由にして本

条例趣旨が、許可制を以て表現の自由制限するに存するもののごとく考え、本

条例全体を違憲とする原判決結論は、本末を顛倒するものであり、決して当を得

判断はいえない。

若しくは集団行進については「道路その他公共の場所」、集団示威運動については

場所のいかんを問わず」というふうに、一般的にまたは一般的に近い制限をなし

いるから、制限が具体性を欠き不明である批判する。しかしいやしくも集団

行動を法的に規制する必要があるとするなら、集団行動が行われ得るような場所

ある程度包括的にかかげ、またはその行われる場所の如何を問わないものとするこ

とは止むを得ない次第であり、他の条例において見受けられるような、本条例より

も幾分詳細な規準(例えば「道路公園その他公衆自由交通することができる場

所」というごとき)を示していないからといつて、これを以て本条例違憲無効

である理由とすることはできない。なお集団的示威運動が「場所のいかんを問わず

として一般的制限されているにしても、かような運動公衆の利用と全く無関係

場所において行われることは、運動性質想像できないところであり、これを

論議することは全く実益がない。

 要するに本条例対象とする集団行動、とくに集団示威運動は、本来平穏に、秩

序を重んじてなさるべき純粋なる表現の自由行使範囲を逸脱し、静ひつを乱し、

暴力に発展する危険性のある物理的力を内包しているものであり、従つてこれに関

するある程度の法的規制必要ないとはいえない国家社会表現の自由を最

大限度に尊重しなければならないこともちろんであるが、表現の自由を口実にして

集団行動により平和と秩序を破壊するような行動またはさような傾向を帯びた行動

を事前に予知し、不慮の事態に備え、適切な措置を講じ得るようにすることはけだ

し止むを得ないものと認めなければならない。もつとも本条例といえども、その運

用の如何によつては憲法一条保障する表現の自由保障を侵す危険絶対に包

蔵しないとはいえない条例運用にあたる公安委員会権限を濫用し、公共の安

寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力

  • 4 -戒心すべきこともちろんであるしかし濫用の虞れがあり得るからといつて、本条

例を違憲とすることは失当である。以上の理由によつて、上告人の主張は結局正当

なるに帰し、本条例違憲無効とする原判決は破棄を免れない。

 よつて刑訴四一〇条一項本文、四〇五条一号、四一三条本文に従い、主文のとお

判決する。

2015-05-04

戦争に行ってまで研究するのは数学者だけにしてほしいものだ

戦争に行って,やらなきゃ死ぬような境地で研究しているのは,こういう数学者だけにしてほしいね。ほかの分野の学者が,やらなきゃ死ぬと思って研究していても気持ち悪いだけ。数学だけは,戦争に行かないと,なかなかできない。

講   座 数理解学大講座 教授

研究分野 確率統計学

研究テーマ 1.マリアバン解析と漸近展開,条件付き漸近展開

2.確率微分方程式など確率過程統計推測論

3.漸近決定理

4.セミマルチンゲールの漸近分布

5.確率過程サンプリング問題

6.確率数値解析,漸近分布論のファイナンスへの応用

7.保険数理

研究概要 観測に対して行動を対応させる規則(決定関数)のもとで起こる確率現象を解析するのが数理統計学課題である統計的定理論は決定関数総体における最適性,許容性の問題を扱うが,その基礎となるのが分布計算である確率過程のように分布構造が複雑な場合は漸近的決定理論に頼ることになり,その適用のためには確率過程クラスマルコフ過程ミキシング過程,セミマルチンゲール,弱および強従属過程摂動モデル,...)に応じた極限定理の研究必要となる.

  高次の極限定である漸近展開が重要になっている.これは分布の近似精度の改善のみならず,多変量解析,時系列解析,高次漸近決定理論,ブートストラップ法,情報量規準統計的予測情報幾何などの研究の基礎となる.セミマルチンゲールのような連続時間確率過程に対して(分布論的)漸近展開を与え,これを基礎に確率微分方程式の高次統計推測論が現在発展しており,統計量の有効性の証明モデル選択における情報量規準構成などに役立っている.展開公式の解析的正当性(validity)の証明には無限次元確率解析(マリアバン解析)が用いられる.

  オプション価格の漸近展開の方法は,ファイナンスに現れる多くのモデル適用されており,保険数理におけるCTEなどのリスク尺度の近似計算,条件つき漸近展開および非線形フィルタへの応用も研究している.

主要論文 1.Yoshida, N.: Asymptotic behavior of M-estimator and related random field for diffusion process, Annals of the Institute of Statistical Mathematics, 42, 221-251 (1990).

2.Yoshida, N.: Asymptotic expansions of maximum likelihood estimators for small diffusions via the theory of Malliavin-Watanabe, Probab. Theory Related Fields, 92, 275-311 (1992).

3.Yoshida, N.: Asymptotic expansion for statistics related to small diffusions. J. Japan Statist. Soc. 22, 139-159 (1992).

4.Yoshida, N.: Estimation for diffusion processes from discrete observation, J. Multivariate Analysis, 41, 220-242 (1992).

5.Yoshida, N.: Asymptotic expansion of Bayes estimators for small diffusions, Probab. Theory Related Fields, 95 , 429-450 (1993).

6.Yoshida, N.: Malliavin calculus and asymptotic expansion for martingales, Probab. Theory Related Fields, 109, 301-342 (1997).

7.Kusuoka, S., Yoshida, N.: Malliavin calculus, strong mixing, and expansion of diffusion functionals. Prob. Theory Related Fields 116, 457-484 (2000).

8.Uchida, M., Yoshida, N.: Information criteria in model selection for mixing processes. Statistical Inference for Stochastic Processes, 4, 73-98 (2001).

9.Yoshida, N.: Conditional expansions and their applications. Stochastic Processes and their Applications 107, 53-81 (2003).

10.Sakamoto, Y., Yoshida, N.: Asymptotic expansion formulas for functionals of epsilon-Markov processes with a mixing property. Annals of the Institute of Statistical Mathematics, 56, 545-597 (2004).

11.Yoshida, N.: Partial mixing and conditional Edgeworth expansion for diffusions with jumps. Probab. Theory Related Fields 129, 559-624 (2004).

12.Hayashi, T., Yoshida, N.: On covariance estimation of nonsynchronously observed diffusion processes. Bernoulli, 11, 359-379 (2005).

13.Masuda, H., Yoshida, N.: Asymptotic expansion for Barndorff-Nielsen and Shephard's stochastic volatility model. Stochastic Processes and their Applications 115, 1167-1186 (2005).

14.Shimizu, Y., Yoshida, N.: Estimation of parameters for diffusion processes with jumps from discrete observations. Stat. Inferecne Stoch. Process., 9, 227-277 (2006).

 

著書 数理統計学朝倉書店 2006

学会 日本数学会日本統計学会,International Statistical Institute.

受賞 日本数学会2006年解析学賞,

第1回日本統計学研究業績賞(2007),

第14回日本統計学会賞(2009)

活動 Bernoulli Society, Executive Committee,

統計数理研究所リスク解析戦略研究センター客員教授,

日本統計学評議員

日本アクチュアリー会評議員

Statistical Inference for Stochastic Processes, editorial board,

8th World Congress in Probability and Statistics, Istanbul, Program Committee

2015-03-03

はてブトップページに載るかどうかの規準

から判らないんだけど。なぜか、ずーっと長い間掲載され続けている項目があったり。単純にブクマ数だけとは思えないし、何を基準判断してるんだろう?

見る人の履歴とかにも影響あるんだろうか?たとえば、これとか。ちなみに今回ブコメは初めて見ました。本文は読んでません。

女性の扱いは超一流!日本一AV男優加藤鷹恋愛観に共感する人が続出中

http://b.hatena.ne.jp/entry/spotlight-media.jp/article/91428529145688626

2015-01-27

きはん,とは

・行動,判断評価などのよりどころとなる手本や規準.――規範

・人の行動を拘束し,妨げとなるもの.――羈絆

2014-07-24

http://anond.hatelabo.jp/20140724021810

せっかく書いたんだから、読み返して自分規準添削してみなよ。

同じことを何回も言わないで済ませるって言った次の段落で「文章」って5回も書いてるけど、最初の1回で済ませられるよ。

2014-01-10

http://anond.hatelabo.jp/20140110010634

ホロ酔いぐらいがちょうどいいよね

飲み会など大勢と一緒に飲む場だと自分限界を把握しながらといいつつ

結局酒に強い奴を規準に各々の限界ギリギリまで痛飲して付き合えってのが酒の楽しみ方…楽しみ方?ってなりがちで困る

 
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