最近、赤松健候補をレドマツ呼ばわりするのがニガーと同種の深刻な差別問題だという主張が頻繁にされていて、酷暑の残酷さに心を痛め後遺症を心配するところなのだが、「ニガーを当事者が言うのはOKだが外部が言うのはダメ」という言説はちょっと違うので一言言わせてくれ。
この「罵倒文句を己らの呼称として使うようになる」っていうのはアメリカの伝統なんよ。
Yankeeは元々北部のアメリカ人の事で、主に南部人(デキシー)が使う罵倒語だった。
ところがこれを北部の連中は気に入ってしまい、自分らの事をヤンキーと自称するようになった。NY州の大リーグチームはNYヤンキースだ。今ではアメリカ人=ヤンキーという使い方も一般的だ。
一方外国がヤンキーという場合は大抵が罵倒語だ。でも当のヤンキー達は気にせず使い続けた。
日本の『アルプス一万尺』はアメリカの愛国歌、ヤンキードゥードゥル Yankee Doodleの歌詞を勝手に改変したものだ。
元は独立戦争に先立つフレンチインディアン戦争時に参戦したアメリカ植民地軍を揶揄した歌だった。
軍服も揃えておらず統率も取れていない、キビキビも出来ないアメリカ人達を正規軍人の英国人達が嗤った歌詞だ。
doodleとはダラダラテレテレしてる、ボケっとしてる、暇なのでイタズラ描きするってな意味だ。特別な日にGoogleロゴが特別なモノに変わるアレもdoodleだがこれは最後の意味のイタズラ描きって意味だな。
そんなアホアメリカ人が手入れもちゃんとしてるか判らん鉄砲持ってテレテレタラタラやってきたよ、あーあ。ってな感じの歌なんだな。
「いなかっぺのキョロ充が街に行った。羽付き帽被っただけでダンディのつもりだ。イカしてるねぇ神聖モテモテ王国だねぇ」
ところがアメリカ人たちはこの侮蔑的な歌を気に入ってしまった。それで自分らの歌としてしまったのである。
独立戦争で歌われ演奏され、独立後の米国軍の行進曲にしてしまった。
ペリーが日本にやってきた時に上陸後は鼓笛隊の演奏で行進したのだが、その時の曲はヤンキードゥードゥルだったのだ。
こんな風に建国の初めからしてこうなので、「罵倒語を気に入って使い始める」というのは後にアチコチで見られるようになった。
思いつく限り列挙してみたい。
The blackとかblack manとか使われていたが、肌の色を直接に示すので差別的だった。特にトイレやバスの座席、施設の入り口の区分けなどで「black」「colored」と書かれていたので猶更である。
だが公民権運動で「ブラック イズ ビューティフル」のスローガンが使われると当事者のプライドと結びつき、やがてblack musicなど一般化された。
南部の白人の事で、農作業で首が赤く灼けた様をからかった語で、保守退嬰的、閉鎖的、進取の気性が無い、低学歴、民度が低い、反国家的など酷い意味が凝縮された罵倒語。
それは「なんでも自分らでやる」というライフスタイルへの愛着と自負で、南部の農家は食料の入手から機械の手入れ、家の修繕、家具の作成、車の修理や改造など、何でも自分でやる。これは日本の農家なども変わらない事で、全体的に器用貧乏だったり詰めが甘かったりするが都会の人間からすると広く何でも出来るスーパーマンみたいに見えるものだ。
以前、トラクター会社が機械部分をブラックボックス化して信頼性を上げる代わりにメーカーじゃなきゃ修理できないようにしたら大炎上した事があった。https://jfaco.jp/column/2435
「レッドネックスタイル」を理解していなかったのが原因だ。これは米国では結構大きな問題になり、欧州の「修理する権利」と結びつける形で法制化が進んでいる。
日本メーカーやアップルが欧州の「修理する権利」で叩かれて電池交換や社外インク可能にさせられているが、この背景にもこの「何でも自分でやりたい」というマインドがあるのを忘れてはいけない。金と財産権の問題にしか見えないのは飼い慣らされている為だ。
だから今では米国外で何でも自分で作ってみる、直してみるのを動画にしているDIY youtuberなどもレッドネックを自称している。
Queerは元々罵倒語で変なやつ、男性同性愛者(婉曲)とかの意味だったのだが、意味が逆転されてポジティブな意味になった。
1985年のバロウズ著『Queer』の日本語は『おかま』だ。この題は訳者の山形浩生が付けたのか?ちょっと意味が違うと思うのだが。つーか、1985年でも男性同性愛を一緒くたにおかま呼ばわりはしてなかったんじゃないか?どうも腑に落ちない邦題だ。
Wikipediaには頭でっかちな事ばかり書いてあるが、実際はドラッグクイーンとかのワザとらしい性的倒錯仕草をクィアとよんでたのが、マジのトランス女性などが世間に認められるようになると(イスラエルのDana Internationalなど)弾き出されて「LBGTに収まらない性的違和」を是認する意味になったとう感じだ。
この辺の変化、日本だと90sドラッグクイーンの代表格井原秀和円奴S(まるやっこスーパー)が女性目指すようになったのが象徴的。90sのクィアポジティブ化は米国のハウスシーンと共にあった。
ロバには馬鹿、間抜け、グズ、ウスノロ、ノロマ、うすらバカ等の含意がある。
勘違いしてはいけないのは、当初の民主党は南部の農民が支持層の保守政党で黒人奴隷解放に大反対していた。民主党、共和党共に今と支持層、支持地域が逆転しているのである。
大統領選で、そんな南部の民主党出身の大統領候補、アンドリュー・ジャクソン(Andrew Jackson)をスマートで都会的な北部の共和党の議員たちがjackassと詰って呼んでいた。jackassは雄ロバの事だが、馬鹿、間抜け、グズ、ウスノロ、ノロマ、うすらバカ等の意味もある。
これをレドマツさんじゃなかった、アンドリュー・ジャクソンは気に入ってしまい、「アンドリュー・ジャッカスです(観客ワハハ)」とか自陣の象徴として使ったのである。
それでその後もそのうすらバカでグズで間抜けの象徴であるロバを大統領選で使うようになって今に至るというわけだ。
ビデオチャットで「いい女やな~」「ぎゃ!ちんこある罠や!」っていうイタズラが元々なんだけど、すぐに生えてないなら興味ないっていう増田みたいなのが増えてtrapは売りに。
これはアメリカの伝統関係あるだろうか?3%ぐらいは関係ある気がする。付いててお得だし。
1987年のブライアン・デ・パルマ『アンタッチャブル 』では主任捜査官エリオット・ネスがガサ入れでヘマした所を記者に写真に撮られ新聞のトップ記事にされ、その記事をオフィスに貼るシーンがある。
これもアメリカの伝統があっての事なんだろう。屈辱に耐えるのではなく、「侮辱を気に入る」のだ。それが先人がしてきた事だから。
という訳で単にいつの間にか意味が逆転してしてしまうのではなくて、アメリカの場合「侮辱を気に入る」「恒久的に自分の表象にする」というコードがあるのだ。単に悪口を逆手にとって「○○ですが何か?」というのと違うのはその語をずっと使うって事だ。逆手に取るのとは違うマインドなんである。
だからニガーを当事者だけが言ってもいいというのはこのアメリカ的伝統の過渡期にある可能性があって、そのうち普通に使われるようになるかも知れないって事である。
だったら差別語は何言ってもいいんだな、とか言って差別発言で炎上して失職したり家が突き止められたりというバカが出るのもネットの常である。
日本語なら「オタク」がそれでは
野球の蔑称「やきう(笑)」を野球民が気に入って やきうの時間だあああああああああああああああああ って言うようになったようなやつか
大原則としてあるのは悪意を込めて他人を呼称してはいけませんってことなんだけど そこを無視して自称だからOKなどとセーフラインを探るのは「法に触れない範囲で最大限貶めてやろ...
黒人が自己表現のためにニガーって言葉を使ってるとして、じゃあ外部の人間が侮辱のためにニガーという言葉を使ってもいいんですか?よくないですよね 自作の漫画でレドマツと自称...
そもそもなんで赤松に蔑称使っちゃダメなの?
実社会ではそれなりに他人の人格を尊重する人が圧倒的多数だから、平気で蔑称を使うようなタイプだと認識されるとそれだけで不利だぞ ネットの片隅でエコーチャンバーにこもってる...
でも鳩山とかはめちゃくちゃ言われてますよね
鳩山がめちゃめちゃ言われてるみたいだったから僕もやっていいと思いましたってこと? 結局そういうみっともない言い訳しかできなくなるから軽々しく蔑称を使うべきじゃないんです...
いや使うが?
言い訳すらできなくなって、僕使うもん!しか言えなくなったの?w
実社会ではそれなりに他人の人格を尊重する人が圧倒的多数だから、平気で蔑称を使うようなタイプだと認識されるとそれだけで不利だぞ 鳩山氏に平気で蔑称を使う大勢の人たちは特...
横からだけど、現実社会で蔑称や差別用語を日常的に耳にするって、 それは相当ヤバいコミュニティに所属してるので逃げた方がいい。
居酒屋、床屋、タクシー、どこででも差別発言は聞けますけど? そのコミュニティに属していなくても、聞く気がなくても。 そしてこれらの発言者が社会的に不利になったという話は寡...
いやそれはちょっと地域的にヤバいのでは? 私は札幌の中央区に住んでるけど、床屋でもタクシーでも喫茶店でもファミレスでも、なんなら居酒屋の周囲の席からも、そんな侮蔑的な言...
面倒くさい相手に街中でわざわざ正義感を発揮して絡んだりはしない 黙って距離を置くってのが良くも悪くも多数派の一般市民なんだよ その機微が分かってないならまさしく寡聞だろ...
1957年の映画「嵐を呼ぶ男」で石原裕次郎が言ってたから、侮蔑語罵倒語を自称して「カッコイイこと」に転化するのは、日本でも古くから普通に行われていた事象だよなーw やくざもの...
結局「ニガーを当事者が言うのはOKだが外部が言うのはダメ」の何が違うのかよく分からんのだが 蔑称を取り込んで肯定的な意味に塗り替えた事例を紹介してるけど、ニガーはまだ意味...
reddit見る限りtrapはLGBT推進派層と噛み合わせが悪くて廃れつつあるように見えるな なにせ性自認に障害があったりなかったりする人を「罠」って言っちゃうわけだし 怒る人は怒る 対して...
例えば「日本死ね」の時とかそうだったけど、「我々は日本人だから、日本や日本人を相手に侮辱表現をするのは『自虐』にカウントされるのでセーフ」みたいな理屈で、「だから自分...
人間のやることなんだから機械的に「こうしたらセーフ」「こうしたらアウト」なんて言えるわけないだろ。 親しければ際どいジョークも許されるし、初対面ならちょっとした冗談でも...
差別発言する奴だって自分の中だけではちゃんとOKだと思っとるんやぞ 適当なことを抜かすな
自分の中ではOKと思っても相手の気分を害することがあるというだけやろ。 なおさら勝手な線引きはするなという結論にしかならんやん。 自虐なら許されることも多いけどそれでも気分...
不特定多数をターゲットにしてる時点でただの自虐じゃないよな お前は確かに日本人かもしれないが、お前だけが日本人じゃないんだからって言いたくなる 他人を巻き込んでるのに自...
レドマツ呼びはヤマーダクエストと言う漫画表現の稚拙さを笑う目的が明確にあって、そこはいくら何でも残酷すぎなんじゃないかと思う。 はてな民は赤松健の漫画は好きでも何でもな...
仮にその残酷さに耐えられないとしたら、漫画表現を使って政治的主張をするべきではなかった 個人的には彼にそこまで忖度してあげることのほうが残酷だと感じるが
日本にもしかみ絵があるけどすぐ神格化しちゃうから…
いまいちよく分からないんだけどつまりは他人への皮肉で使う訳ではないという事?
勉強になりました。特にクィアの件。ありがとう。
赤松健候補をレドマツ呼ばわりするのがニガーと同種の深刻な差別問題だという主張が頻繁にされていて この主張探したけど見つからなかったので誰かリンク教えてくれ
揶揄・侮蔑目的での「レドマツ」呼びって元々は蔑称じゃなかった言葉が侮蔑的なニュアンスで使われるように転化したわけで 「ニガー」じゃなくて「支那」とか「百姓」とかの方が近...
じゃあ、はてサを蔑称的な意味で使っても良いってこと?
日本人にも違う精神経路で似たような思考をする時あるかなと 米国人はどちらかというと「むしろそれは褒め言葉だ」みたいな心境でそういう流れになる場合が多いとおもうけど 日本人...