はてなキーワード: がっかりとは
アクセス数稼ぐのが狙いなんだろう。ノウハウが蓄積されているようで、うっかり開いてしまう。
1. ●●した結果www
たいてい当然の結果か、一般には当てはまらない特殊な事情が導く結果。
2. 今どき●●な奴www
何かを妄信的に薦めたい方々が頑張っている記事。
3. なぜ●●なのか?
きちんと理由を説明するか、せめて自説でも紹介すればいいのに、「なぜですか?」と聞くだけの記事がたまにあると、興味があればあるほどがっかりする。知恵袋で聞け。
どうせテレビやラジオの書き起こし。冗談なのか本心なのかは口調や表情、雰囲気、前後の文脈がないと分からない。
たいてい10分を1回だけではない。そして毎日10分に妥当な結果が得られればいいほう。1日1杯のコーヒーを我慢するだけで絵画が買えるかもしれないが、毎日コーヒー買って飲むわけではない。
wが3つ程度ならまあ、wインフレのご時世だからニヤリとできれば満足するのだが、wを5個以上つけるべきほど笑うことはまず無い。
7. ●●- 東スポWEB - 東京スポーツ新聞社 / ●●:朝日新聞デジタル / (虚構新聞)
冗談はたまにで充分。まして、生活に影響のある社会的政治的な情報には不要。
虚構新聞はタイトルでは見分けがつかないようになっているので(かっこ)をつけた。時間がない時はタイトルだけ流し読みすることがあるのに、そのタイトル自体が嘘だと害悪でしかない(他のはサイト名が書いてあるから、まだ良心的であるといえる)。
8. ●●について、そろそろひとこと言っておくか
最近はあまり見かけなくなった。要は旬を逃しただけで、たいしたことは書いていない。そもそも筆者がこの件について言及するのを待っていた人がいるのかどうか、甚だ疑問である。
タイトルからして既に後出しジャンケンであるが、中身を読むと勝ちでも負けでもない。あいこ。
事故のはずがない。生放送ならともかく収録番組でそのまま放送するわけがない。乳首すら映っていないのに何が放送事故か。がっかりだ。
無理に10個挙げてある感が拭えない。最初の3つくらいしか同意できない。
●●三傑とか四天王でも同じこと。語感のいい数の「タイトルありき」の記事だから、内容が追いつかない。
中学の時に作文が上手な女の子がいて、彼女の付けるタイトルは、意外性のある想像力を掻き立てられるものだった。
タイトルも素晴らしいが、本文はその何倍も読む価値のあるものだった。
俺たちが「修学旅行の思い出」「金閣寺を見て」なんて駄文を書いている中、「もみじ」というタイトルなんだよ。
読んでみると、いきなり帰りのバスから始まるの。で、リュックにもみじの葉が紛れ込んでいるのを見つけて、「どこのもみじだろう?」と思い返すのが本文。
「○○でリュックを開けたけどもみじはあったかな?帰ってから写真を見てみよう」「○○のもみじはキレイだった。あそこのだったらうれしい」とか。
結局どこのかは分からないんだけど、一緒に行ったから「あそこにもあったよね」と、話したくなるんだよ。
あまり顔はよくない。だから、少なくとも性格を見てもらえる時間の多い大学時代が勝負だと思った。
女の子をデートに誘って断られたり、告白して断られたり、そういうことを繰り返してきた。
いわゆるマニュアル本も読んでみた。二村ヒトシのエッセイ集とか・・・。
初めは、まあ今までももてなかったし仕方がないと立ち直ることができていた。
しかし、そうやって断られることを何度も何度も繰り返していくうちに、精神が変調をきたしてきた。
今まで楽しいと思っていた趣味が楽しくない。自分の好きだった人を奪った人間の顔が浮かんでくる。
朝、起きることができない。夜眠れない。
「好きだった女の子に振られることを繰り返して、うつ気味の症状になりました」
失笑された。自分は親身になって聞いてくれるものと思っていたので、心底がっかりした。
軽めの向精神薬の処方を出されて、その場は終わった。
たぶん、自分がここから救われるためには、何としてでも彼女を作らなければならないと思う。
今では、休日にベッドから起き上がる気力すらなくなってしまった。
学校も、頻繁に授業を欠席するようになった。
自分がイケメンだったら、女の子に話しかけたりするのも向こうから喜ばれる事になるのだと思うが、
残念ながら顔があまりよくない。自覚している故、顔以外の部分に価値があることを示すため、財力や知識量を誇示しようとしてしまう。
優位性を少しでも提示できなければ、自分なんて全く価値がないから。
そう思って誇示した結果、どんどんと人が離れていった。
これが間違ったアプローチと言うのは簡単だ。しかし、ならばどうやって差別化するといいのか。
それがなければ、顔が良くない場合「単なる優しい人」にしかならない。
恐らく、社会に出たらもっと世間は厳しくて、一瞬で合否の判定がなされるのだろう。
少なくとも長い時間で見てもらえる大学時代に彼女ができなかった事実は、
社会、企業、友人、自身と評価って色んな視点があると思うんですが、ビジネス上で思うのはやる気と成果ってのが見られてると思うんですね。
例えばGunosyさんは推薦エンジンとかあって、技術的センス、ユーザ視点がある会社だと思っていて、
例えばリディラバさんは社会問題の解決に一心で取り組まれるビジョンを明確に持っている会社だと思ってるんです。
で、その成果がニュースアプリとして日本を席巻しているGunosy、東大の講義としても認められた実績を持つリディラバなんだと思っています。
僕は「会社は学校じゃねぇ」の社長を見てあのマインドは正直リスペクトしたんです。
ただし、事業に関してはバイラルメディアということで、そこはリスペクトできないな、と。
増田なので語弊を恐れずに言ってしまうと、例えば、Gunosyやリディラバはもっと評価されるべき! ということではなくて、
30代以降の評価の視点、ダサくないですか? ってことです。
「会社は学校じゃねぇ」に対して、サイバーエージェントさんの採用は素晴らしい、とか、こういう社員が欲しい!、みたいな意見を見受けました。
多くは管理職だったり、ベンチャーマインドを持つある程度の見解を持つ現場社員の方だったり、社長だったりしたわけですね。
でも素晴らしいのってマインドセットだと思うですよ。
僕、がっかりしたのは評価軸がそこだけで見られたってことです。
特にこのベンチャーという界隈は、自分のやる気の部分と、それを実現させるためのスキルと、それを実際に形にしたアウトプットまでもっていけて、
それが評価だと思っていました。
確かに、病気の治療と患者の心理的ケアが車の両輪のごとく発展するのが一番だ。
けれども、現実には治療法の確立に注力するのが先で、どうしてもケアが後発するという順序になる以上、ないものねだりであることも理解できる。
一方で、なまじ癌が治せない時代を生きてきた、例えば自分の親とかが、同年代である近藤氏の言説に乗ってしまったら・・・とか想像すると他人事じゃ済まないんだよね。
「息子として、何も手を打たないまま死なれるのは嫌だ」とか泣いて頼むのか?なんて考えるとウヘァってなる。
それにしても近藤氏だけど、
氏の言説は、言うなれば19世紀の医療水準から全く進歩していないホメオパシーなどと、大して変わらないということか。
医者は間違いなく社会の上位数%には確実に入るレベルで頭良いはずなのに、氏に限っては過去の現場経験に囚われ過ぎているのかも。
私と年齢も近いろくでなし子さん。ちゃんと眠れてるか心配です。
1.お財布に現金を多めに入れておきしょう
ろくでなし子さんが入ったあそこは大規模ということもあって、持ち込める物品の規定が結構厳しめ。私は下着やら靴下やら準備して行ったのですが、一つも入れることができず、パンツも靴下も数セット買うことになりました。スウェット上下は貸してくれます。
着るもの以外にも洗面道具や手紙セット、生理用品、ちり紙も買えるのですが、これがどれも100均で売られてるようなものばかりなのに価格はいっちょまえ。初日だけで4000円ほど使ってしまいました。
また、「自弁」といって昼食時に飲み物や弁当やお惣菜、日曜には甘いものを買うことができるのですが、これが結構精神的支えになりました。無料で出される食事はとにかく色々と酷いので(後で書けたら書く)。
…とまあ、留置では結構お金がかかります。数万円ほど現金でお財布に入れとくと安心だと思います。地獄の沙汰も金次第。
2.体調を整えておきましょう
留置には自分で持っている薬を持ち込めません。薬が必要なら新たに病院に行って処方してもらわなければなりません。もちろん手錠したまま…。
私は外科手術したばかりで服薬が必要だったため、掛かりつけの病院に連れていってもらいました。他の患者さんからの視線が痛いのは当然。担当の先生のがっかり顔にも申し訳なくて辛かったです。
ちなみに先日定期検診で行ったら、カルテに「留置中に来院」ってしっかり記録されてました。
3.朝晩の洗面タイムに石けんを塗りたくりましょう
風呂は5日に1回、15分です。部屋はエアコン完備で快適ではありますが、女子ならデオドラントに気を配りたいもの。8畳ほどの部屋に4人暮らしなので、やっぱ体臭が気になります。
そこで、朝晩に部屋の洗面所で洗顔・歯磨きができるのですが、この隙に警察官の目を盗みつつ首筋から肩、脇の下あたりまで濡れた石けんで塗りたくるのがお勧め。ちょっとした香水がわりです。ただし、見つかると警察官の怒声が飛んで来るので、他の人と協力し合って盾になってもらうといいです。
ちなみに風呂は、性病が怖いので湯船には一切つかりませんでした。バスタオルはありません。洗面時に使うフェイスタオルで身体も洗うし拭きもする感じです。ドライヤーもありません。腋毛ほかムダ毛は放置です。
4.カンチリ(ちり紙)はバレない程度に貯め込みましょう
トイレットペーパー兼ティッシュペーパーの20cm四方の紙が都度もらえます。これを「カンチリ」と呼びます。警察官に「担当さーん、カンチリ下さい」と声をかけるのですが20枚くらいしか貰えません。女子のおしも事情には辛い量です。マメに声をかけてバレないように25〜30枚貯め込みましょう。
なお検察(逮捕後1〜2日目から何度かお出掛けする)ではさらにカンチリ支給がシビアです。霞が関にお出掛けする際はやさしめの警察官にお願いして多めに持たせてもらって下さい。というか裁判所では6畳ほどの部屋に10人くらいが詰め込まれ、トイレも同じ部屋にあり木の板1枚で遮られただけの状態です。トイレは使わない覚悟で朝ごはん少なめ、水分摂取も少なめが吉。ストレスで下痢しちゃう子も少なくなくかわいそうなのですが、はっきり言って地獄です…。スメルとサウンドが。
も一つ情報。デリケート肌の人は有料で上質なカンチリを買うこともできます。セレブカンチリ。
6.逮捕前に信頼のおける友人と弁護士さんの携帯番号を暗記しましょう
8.
…眠くなってきたので一旦切ります。書きたいことまだまだいっぱいあるけど、怒られたら消します。ごめんなさい。
途中まで追記、修正しました。また後で書くかも。読みにくくてごめんなさい。
上記ちょっとだけ追記、修正しました。フェイクまじりに書きますが、私の罪状は脅迫罪。Aが「Bを@@して俺も@ぬ」と激昂し自分で警察に通報。@@まで@ぎはじめたのを見て怖くなった私が、Bに「@@されちゃうよ。知らないからね?早くAに謝って」的なちょいヒステリックなメールを送信したのがアウトでした。若干モヤモヤしましたし弁護士さんも「バカバカしい!」と怒ってましたけど、Bを怖がらせたのは事実なので反省しています。接見禁止&10日勾留ののち不起訴、職場復帰できてます。
あと人権〜!とか思わなくもなかったですが、あそこは結構大規模で、また女子はやはりきゃっきゃしがちなので、厳しい管理が必要なのかも?
男子の皆さんはあそこではなく小さな警察署で留置されるのが断然お勧め。お茶が2杯以上飲めたり漫画読めたり、規律ゆるめです。起訴が決まってうまく東京拘置所まで行ければかえって留置よりゆるく、ラジオが聞けたり甘いものも毎日買えるそうです。
なんか長文でうざいですね…すみません。でも沢山TIPSが溢れてきて携帯から書いてます。はてなが好きなので書きました。会議行ってきます。
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内容がうまくまとまらず収拾がつかなくなってきたので(記述レイアウトも酷い)中途半端ですがこれで締めます。
本当はお役立ち情報がまだ100個くらいあり、しかも図入りで説明したい…。上手くまとめることができ、また機会があれば…。その時はサラサーティ購入の重要性やおすすめ昼食アレンジレシピ、税金泥棒と言われてでも美肌を保つためのウルトラC、超オイリーヘアーアレンジ技などをお送りしたいです。
それでは、ありがとうございました。
7月12日から10月5日まで、東京、上野恩賜公園の国立科学博物館で開催されている「太古の哺乳類展」に行ってきました。
去年の夏はダイオウイカをやってたんでしたっけ。この時期の特別展示は、いわゆる夏休みファミリー向けで、科博としても特に力を入れている展示が開催されます。大恐竜展とかね。
これの前の回の特別展示が「医は仁術展」という日本医学史の歩みを見てみましょうという地味なものだっただけに、「太古の哺乳類展」には期待していました。
(上野の科博は、生物関係、宇宙関係という二大ネタ以外に、ちょくちょく地味系のネタ、それも科学と言うよりは歴史系のネタを入れてきます。オハコなのが「インカ展」です)
で、休日は混んでるので嫌なので、今日、休みを取って(子供たちが夏休みに入ると混雑するので時期的にはこのあたりがベストだったのです)、行ってきました。それでも、いつ行ってもそれなりに混んでいますね。最近は中国人のツアー客が旅程に入れているらしくて、そういう感じの人たちもけっこう見かけます。
ちなみに、お隣の、松方コレクションで有名な国立西洋美術館では、指輪(宝石)展を今やってますよ。こちらも面白そうなんで次の休みにでも行ってみます。
で、「太古の哺乳類展」なのですが。
正直がっかり、というか、看板に偽りありですね。展示物がほぼすべて、日本産出の化石に限られます(比較参照用としてアフリカゾウの骨格標本も展示してありますから「ほぼ」をつけました)。つまり、正確に言うならば、「太古の日本の哺乳類展」ですね。ですから、新世代第四期の巨大哺乳類たち、メガテリウムとかスミロドンとか、それより前の時期のサーベルタイガーとかを期待している方は真っ向から裏切られることになります。
展示の二大柱は束柱類とゾウ、これだけですね。
だって日本ってプレートがぶつかる大陸の端にあって、環境が激変しやすくて、しかも火山の多い国土で土が酸性なんでもともと化石が残りにくいんですよね。
それでもね、国立科学博物館の恐竜化石のコレクションは世界でも随一です(これをしのぐのは、アメリカと中国の博物館ぐらいです)。バブルの頃、カネにものを言わせて買い集めたんでしょうね。あと、現生哺乳類(近代以後絶滅した種を含めて)の剥製標本はなんたってヨシモトコレクションがありますから、これは世界一といってもいい充実度です。
その科博にとっての弱点が、先史時代の絶滅哺乳類の化石標本なのですが、今回の展示は果敢にここに挑むのか、と期待されるものでした。
ところがね。
メインは、束柱類とゾウだけですからね。はっきり言ってしょぼい。
束柱類って聞いたことが無いでしょう?もう絶滅してますからね。完全な化石は日本だけで発見されているという、おそろしく生息範囲が狭い種です。見た目は、なんだろう、コモドオオトカゲをカバ寄りにしたみたいな、あんまり冴えない感じ、ただ大きさだけはカバくらいはあるのですかね。なんかね、見た感じが足が垂直に下りていないというか、横から突き出している感じがするというか、爬虫類っぽい感じですね。海生哺乳類だったらしいんですが、音声ガイドが言うように、数少ない、日本がリードできる哺乳類の化石で、逆に言えばこれ以外には大したものがないんですね。
歯が一本一本それぞれ、それぞれの歯の中に小さな山状になった歯が束になっている、これが束柱類の命名の由来なんですが、この変わった歯のために、いまだに何を食べていたかも分からない、草食なのか肉食なのかも分からないという生き物です。
地味です。ひたすら地味です。
それに比べればゾウは大きいだけ、まあ迫力はありますね。先史時代の日本はゾウの王国だったのです。
大きいと言ってもね、新生代第四期の哺乳類はビルくらいの高さにまで巨大化してますから、そういうのと比較すればゾウのくせにちっちゃいんですね。悲しいかな、なにしろ、「日本の絶滅哺乳類」ですから、日本は島国ですから島嶼化の影響を受けて、大型哺乳類は小型化するんです。一番でかいのが現生種のアフリカゾウの骨格標本だっていうくらいで。
「うわー、なんだこれ、でっけー!」
という素朴な驚きはあんまり期待できません。アケボノゾウとかせいぜい軽トラックくらいの大きさですからね。鈴木工務店さんが配管工事に来ましたよーっていう時に乗ってくる軽トラくらいの大きさです。
今回の展示目玉が、ナウマンゾウの親子の骨格標本ですね。これが一番いけない。最悪です。
ゾウは基本的に母系社会ですから、一夫一婦制ではなくて、パパ、ママ、子供が揃うなんてことはあり得ないんですよ。それくらいのことはもちろん分かってるでしょうが、ファミリー向けに目玉展示が欲しいっていう欲求に科学が負けちゃったんですね。もちろん生態のことは完全に正確なことは分からないんですが、アフリカゾウやインドゾウなどの現生種と比べても、ナウマンゾウは雌雄差が大きい。これは一夫多妻型の種の特徴ですからね、パパ・ママ・子供が揃ってのファミリーがナウマンゾウでは見られなかったのはほぼ確実です。
で、骨格標本がですね、一頭から再現されているのがママだけで、パパなんて産出された場所も年代も違うばらばらの骨格をひとつに組み合わせたフランケンシュタインです。子供なんて頭だけがナウマンゾウで、体はアフリカゾウの骨格を縮小してつなげている。
これ言わなきゃいいんですけどね、そこは科学として最低限度のモラルとして言わないわけにはいかない。それでいて、音声では「パパー、ママー、なんだい坊や」なんてやっている。よく考えりゃ相当グロテスクですね。
そういうわけで、「太古の哺乳類展」は単体の展示としてはあんまりおすすめできないかも、です。でも、科博に行ったことがない人なら、地球館や日本館の常設展示は、さすがの充実度なんで、この際、行ってみるのもいいかも知れません。ハチ公もいるしね。
「○○にあまり夢をみないでほしい」
大抵の子どもは猿だ。天使のようで聞き分けのよい子どもばかりではない。あなたが「よく躾の行き届いた子だ」と思っている子どもは、過剰な脅しにより人格を歪ませている可能性もある。それもこれも、「子どもはこうあるべき」というあなたのような周囲の人に期待に応えるため、親がひどく子どもを脅しているのかもしれない。そんな子どもが、意見を述べる場を与えられたら、きっと言うだろう。「子どもにあまり夢をみないでほしい」
大抵の上司は部下と同じくらいの能力しかない。つまり、おおむねポストに見合った能力をもっていない。部下の面倒が特別よく見られるわけでもないし、上手に扱えるわけでもない。努力して、できるふりをしているだけだ。特別に人格的に優れているわけでもない。怒鳴ったとしたら、そこに何か深遠な考えがあるわけではなく、単にイライラしただけだ。心の中で、きっと思っているだろう。「上司にあまり夢をみないでほしい」
大抵の社会は不平等で不健全で、努力が報われず人権は尊重されず、思うことはかなわない。人は人の意見を聞かないし、どんなにまともな意見に見えてもそれが社会で共通了解になるとは限らない。正しい施策は実施されず、声高に子どものような意見を述べる人が幅を利かせたりする。民主主義はうまく働かない。しかし、誰かが陰謀をめぐらしているというわけではなく、人間が不完全であるように社会もまた不完全であるに過ぎない。社会に意志があったとすれば、きっと言うだろう。「社会にあまり夢をみないでほしい
増田はただのチラシの裏であって、人力検索でもなければ良識の府でもなく、ぬるい居心地のいいSNSでもなければ、知恵袋でもない。あなたの書いた意見は、他の数多くのゴミと同じようにチリに埋もれてほとんどレスもなく消えていく定めだ。たまに返事があっても、返事もゴミに過ぎず、しかもあなたの欲しい言葉は一つも書いてない。それは、増田に集う人がいじわるだからではなく、ただあなたが増田であるようにみんなもまたあなたであるからだ。だから「増田にあまり夢をみないでほしい」
それでも人間は夢を見る。勝手に人に期待をし、勝手にがっかりし、勝手に人をくたびれさせる。
何千年もそうしてきた。昨日も、今日も、そして明日も。勝手に他人に夢を見る。そして、意外なことに、なんだかそれで進歩とかしたりもする。
いい記事があったからぶら下げとくわ。
ひとり暮らし用「高いけどこれ買っとけ」リストがあまりにもあれな件
http://anond.hatelabo.jp/20140707131839
http://uxlayman.hatenablog.com/entry/2014/07/06/205350
言っておくが、金持ちではないよ。
安物買いの銭失いはしたくない、っていうだけの話だ。
1)家具:ひとつのモデルがものすごく長く作られているものが良い。結婚したとき買い足せるから。
もともと20万ぐらいのタンスを2竿もっていて、7年後に結婚したときに2つ買い足した。現在3つは妻に専有されている。(泣)
自分はインテリアデザイナー達がよく使うメーカーのもの買ったんだけど、リーマンショックでタンスから撤退していてショック。
2)洗濯機
ドラム式はそんなにおすすめじゃない。引っ越すと右開き左開きが変わる場合もあるからだ。
それに自分の場合、ヒートポンプが引っ越しの時に壊れた。それに重すぎるから引っ越しがしにくい。
日立 9.0kg ドラム式洗濯乾燥機 【左開き】ピュアホワイトHITACHI ビッグドラム BD-V1500L-W
ところで「洗濯中」などとMieleのドラム式をFacebookに晒すのが主婦の間では流行らしいよ。
某私立大学卒業生の投稿なんか見ていると、まるで海外商品カタログだ。笑える。
これはマキタ一択に同意するわ。俺は紙パックはなし派。そしてバッテリーが他の工具と共通、っていうシリーズがあるわけ。これが超便利でおすすめ。
http://www.makita.co.jp/product/li_ion/index.html
某私立大学卒業生だとダイソンになるわけだが。重い、うるさい、でかい、弱い。何が良いんだか。
ただ、Roombaは結婚後も使えるんだわ。しかも壊れても修理がしやすいしね。(修理のしやすさが神)
いちばん安いのでオッケー。並行輸入品だろうがなんだろうが、部品も並行輸入してがんがん直せるから全然関係ないね。
あと、SECOM入ってるとRoombaは留守中使えないか、あるいはペットがいます設定(部屋の下のほうはスキャンしないようにする)にしてやる必要がある。
4)ゴミ箱
ゴミ箱にも名品ってものはある。子供の頃から見慣れているものを買っておけば良いんじゃねーの?
二重窓だったらブラインドでも構わない。(掃除めんどう)部屋が広くなるのが吉
カーテンって自分で作らない?簡単じゃん。楽しいし。女の子にももてるし。
6)フライパン類・鍋類
消耗品としてのT-FALなどと、ずっと使えるFisslerなどがある。
結婚してもずっと使ってるのはシャトルシェフ。これはむしろ買い足した。
7)食器・キッチン用品
食器に関しては何十年も変わらないモデルがいくらでも存在する。買い足せるものをおすすめ。
そうじゃなければ一点ものを。
食器洗浄機使うでしょ。だから割れるのは覚悟の上で。ジノリが最近復活したので助かってる。
ボウルなどなど、合羽橋に見に行くと良いよ。自分は柳さんのは使いにくくてだめ。オールステンレスの包丁は勧められた。
http://www.furaipan.com/shouhin/23houchou/guroobaru/kakudai02.shtml
うちは近所に趣味人のやってるお店があるので、インテリア、食器、包丁類、その他の買い物は、そして結婚式の引出物もそこで済ませてしまった。
引き出物も、あとで好きだったら買い足せるものをセレクトしておいた。
8)エレクタ
意外と家のあちこちで生き残ってる。家具の一部になっていたり。
でも捨てるときはすぱっと割り切る気持ちが必要。(また使えるんじゃないか、とつい思ってしまうが)
9)テンピュール
これも結婚しても生き残ったな。意外と長持ちするのね。今は子供が使っている。(新生児にはだめだよ、沈むからあぶない)
木で出来たおもちゃとか集めるのが趣味だったんだけど、一瞬だけ子供たちに遊ばせて、またコレクションにもどってる。
http://www.naefspiele.ch/index.php?id=1&L=1
孫に遊ばせよう。自分の趣味のものは存分に買っておくと良いよ。それが嫌だとかいうパートナーは選ばないほうが良いと思う。
11)ソファ
これは引っ越したり、子供が増えるとだめみたい。高いの使ってたんだけど、捨てざるを得なかった。
(たぶん誰かがリサイクルして使ってくれている)
カウンセラーが大嫌いという話を読んで、私も思わず書きたくなりました!!
もうね、私のこの無気力さは病院に行くレベルなんじゃないか、うつ病なのか?ってぐらいなんだけど…
カウンセリングとか大っ嫌いなんだよね。
なんでそんなこと言わないかんの?ってひどい尋問を受けた気持ちだった。
2回目は心療内科。
学習した私は、質問に対して「答えたくありません」と言うことにした。
そしたら、どうして言いたくないの?なんで?って言われて…
ブチ切れた。
答えられる質問はもちろん答えました。
カウンセラーの方は連想ゲームが得意なんでしょうね、一つの答えからどんどん質問していく。
あれ…この後に号泣カウンセリングだったかな?カウンセリングの時にこの医者が不満だった話をしたような…。
ちょっと前にネットでカウンセリング受けたけど、やっぱり苦手だった。
対面じゃなくて文章な分、すぐ答えなくて済む分、らくだったけど。
答えたくない質問は無視したけど、それを聞いてどうするの?過去は変えられないし。辛かったですね、って言われても何もスッキリしないけど私は!
別に私は話を聞いてほしくて行ってるわけじゃなくてアドバイスがほしいんだよね。話をしないとアドバイスできないのはわかってるけど、質問攻めすぎでしょ。散策聞き出しておいて、じゃお薬だしときますね!って…はあ? 怒
私きっと秘密主義なんだよね。
入社した時、研修でプロフィールを提出しないといけなかったんだけど、かなりの量の一問一答で、なんでそんなこと教えないといかんの?ってストレスだった。
こうやって書く元気があるうちになんとかしたいものです。
今日の14:02に、ANAから件名「需要喚起2」、本文「sample2」の、ずいぶんショボいメールが来た。
ああ、誤配信やっちまったな、と思って、迷惑よりも、誤配信した人は相当怒られてるだろうな、と思った。
それと、どういう謝罪文が、いつごろ来るのかなあ、と思った。
すると19:43に【お詫び】メールが来た。
ああ、残念・・・
「この度、弊社と契約しておりますメール配信会社のご操作により、・・・」
ああ、人のせいにしてしもた。。
ANAのメールを受けている俺は、ANAからもらっている訳で、
その過程において他会社が代行してようと、そんなのどーでもよくて。
ANAは、その会社に業務委託しているんだから。そらANAの責任よ。
ソフトのバグによる障害を、「うちの下請けがやらかしました」って、末端ユーザにいうの、どう?
ここは、「弊社と契約しておりますメール配信会社の」という言葉を入れて欲しくなかったなあ。
普段こういったことを噤んで生活をしていく中で、
誰かに聞いて欲しかったんだろうと思う。
*
今年の冬に死のう、と決めたのはちょうど一年前にあたる昨年の初冬のことです。その日は父の命日でした。
叔父は僕が中学生の頃に飛び降り自殺をし、結果的に未遂に終わり、半身不全になりました。
僕の曽祖父はすい臓がんの痛みに耐え切れず電車に突っ込んで自殺をしました。きっとその遺伝子が僕にも流れているのだと思います。
*
父は僕が高校生の時に突然亡くなりました。
母が話したがらなかったので、正確な死因は聞かされていませんが、脳梗塞かそれに似た病気だったと思います。突然死でした。
僕はその地区では一番の進学校に入学したにも関わらず、勉学への意欲を失っていました。もともと中学ではいじめから逃げるため、まるであてつけか腹いせのように勉強をしていたようなものだったので、環境が変わったことにより勉強する理由を見失ってしまったのでした。学校でも居場所を失い、借りてきた本を読んだり、漫画を読んだり、ラジオを聞いたり、夜はいつもだらだらと過ごしていました。
その日、日付をまたごうかとしていた時刻です。ようやく物理の問題集を開きかけたところ、隣の寝室から母のくぐもった叫び声が聞こえました。母は僕を呼びつけ父を見ているようにと言って、一階へばたばたと階段を駆け下りました。父は目を開けたまま空中を見つめて固まっていました。ぼんやりと口を大きく開け、橙色の明かりが照らしているはずなのに、その瞳が灰色のように見えたのが印象的でした。
僕は、救急車の音を聞きながら、弟の手を握って、多分おとうさんは死ぬから、これからは二人で母をささえていかなくてはいけない、といったことを弟に言いました。こたつぶとんの銀杏の柄を今でも覚えています。(その弟とは数年後に金のいざこざで法事であっても目を合わさないような仲になるのですが。)
どこにでもあるような、ありふれた死です。
中学生の時には友人を何人か自殺で亡くしました。そのうちの一人とはとても仲がよかった。僕は高校受験の合格の知らせとともに、その電話をうけました。成績も優秀で人柄も温厚だった彼の葬式には、たくさんの友人が足を運びました。彼は病気で死んだと聞かされていましたが、数年後あれは自殺だったのだと母から言われました。彼が最後どのような姿だったのかは知るべくもありませんが、僕は彼がきっと暗い森で首を釣ったのだろうな、と画を浮かべました。
どこにでもあるような、ありふれた死です。
僕は彼とそこまで交流があったわけではありませんでした。
どこにでもあるようなありふれた死です。
その後も肉親のありふれた死を沢山通り過ぎましたし、災害や事件が起こるたびに、そしてウェブの手記やブログといったひとの人生が語られるたびに誰かの死を知りました。思えば、中学生のあの自殺を経験した時から「死」というものについて毎日考えるようになっていました。それは而立と呼ばれる年齢を超えた、今でも、毎日です。
人というのは本当にあっけない。人の人生を美しく錯覚させているのもまた人なんだなあ、と僕は祖父の焼かれた骨を拾いながらとても空虚な気持ちになっていました。
*
僕は幼い頃からとても潔癖で、世の中では避けて通れない、多くのひとなら何も感じないような些細な傷にもいちいち血を流すようなとても弱い、誤解を避ける言い方をすれば、感受性の強い人間でした。そうやって振舞っていると当然のように不幸を呼びこむもので、学生時代も就職してからも、ひとに脅されたり漬け込まれたり、悲しみや苦しみを自ら引き寄せたりすることがとても多かったように思います。自分に自信がないせいで、異性を好きになることもできません。
しかし、悲しいことばかりでもなく、大学では友人に恵まれましたので、そういったふるまいがいけないのだということを少しずつ学びました。そして、悲しさやいらだちをすべて筆に載せることで自分を保つようになりました。自分自身を神のように錯覚する、一種の宗教のようなものです。筆を握ることさえできれば、どんなに辛いことがあってもまあなんとかなる、それを糧にしていけば、次の作品の材料にしていけばいい、そして、それでもだめならいざとなれば死ねばいい。そうやって自分をごまかすことができていました。ここ数年は。
*
昨年の初冬から筆が握れなくなりました。その頃は仕事で一日の時間の大半を奪われており、常に締め切りに追われ、朝方に眠り、ぼんやりとしたまま起き、仕事をし、眠っていたから、いつのまにか、なにかを美しいとおもったり、なにか美しいものをつくろうと思う気持ちがすっかりなくなってしまったのでした。ただ人を裏切ることが恐ろしい。人にがっかりされることが恐ろしくて仕方がありませんでした。あのころと一緒です。自ら悲しみや苦しみを引き寄せるようになっていました。
僕はスケジュールをきちんと管理できなかった自分を、仕事がこなせない自身の力不足を糾弾しました。ある日道を歩きながら、パソコンに向かいながら、電車に乗りながらわけもなくぼろぼろと涙が溢れてきて、「これははてなのコメントでよくみんなが言っていた鬱というものだなあ」と思い、病院へ言って安定剤をもらいました。
薬を飲むと涙が流れるのはすこし和らぎましたが、強烈な眠気とだるさに見まわれ美しいと感じる心はますます萎びていきました。何を見てもときめかないし、輝かない。美しい作品を作って、褒められたいという情熱は、作品をつくってそれが美しいものでなかったらどうしようという恐怖に変わっていきました。もうひとりの自分が糾弾します。筆を取れない自分に価値はない。いや、もともと価値などなかった。もっといえば人間に価値などない。人を美しく思わせているものは人なのだから、その気持をうしなってしまったらなにも意味が無い。
僕がこうやって萎びている間も周りの人間はどんどん前へ進んでいきます。そういった輝かしい人々を指さして、僕をもう一人の僕がぺしゃんこに糾弾します。毎日平静を装って仕事をしながら、己を否定する言葉が泉のように湧き出てきてそれが朝から眠るまで続きます。インターネットで見かける言葉がすべて僕を責め立てるように見えてきて、恐ろしくなります。汚い言葉がこちらに向かって刺さってきます。けれどそれをやっているのは自分自身です。それをわかっているから、ますます自分を糾弾します。こんなことで萎びてしまう弱い自分がすべて悪いのです。けれども僕は何食わぬ顔をして普通に仕事をして、ごはんをくちに運び、風呂に入って、眠ることができます。糾弾して、仕事をして、ごはんを口に運んで、風呂に入って、眠ることができます。おそらく死ぬまで。ずっとこれを続けることができます。でもできるのとしたいのは別のことです。
*
思えば物心ついた時から常になにかに怯えていました。人の顔色をうかがい、人の評価にあわせることでしか自身を保つことができませんでした。筆を握ることは、ただ楽しいと思えていたのに、それも虚栄心を満たすだけのものに成り果てました。いまでは作品を作ることすら恐ろしいし、過去の作品を見ると動機が激しくなって、吐き気のようなものがこみ上げます。
毎日暮らしていくことはできます。恋人や伴侶や子供もいないので一人で暮らしていくには給料は十分です。でももう、立ち上がるだけのエネルギーがのこっていない。
いざとなったら死ねばいい、これまでも幾度と無く思ってきたことですが、そのいざとなったらが、今ではないかと思いました。僕は去年の初冬に決めました。あと一年この気持が変わらなかったらビルの20階から飛ぼう。高いところがとても好きで、バンジージャンプの経験はあるし、幼いころの夢は鳥になることでした。首吊りや凍死、薬物やガスも考えましたが、インターネットは便利です。いろいろ調べて、死ねなかったことを考えるとこれが一番いいような気がしています。
今年に入って身の周りのものも処分をはじめました。できるだけ周囲に迷惑をかけないように(それが無理なのはもちろんわかっていますが)、手配したいし、遺書も用意してあります。ここ数カ月間は、仕事関係以外の人間、肉親との接触もできるだけ断つようにしてきました。準備を淡々と進めています。僕は初冬に多分、多分死ぬのだろうと思います。悲しいというよりは空虚な気持ちです。死んでいった彼等もこんな気持だったのでしょうか。
どうすればよかったのか?なんて思うけれどもそんな救済ははじめからなかったような気がします。思えばむかしから弱くて、弱くて、ここ数年がただ運良く、うまくごまかせていた、それだけだったのだと。この世は弱肉強食ですから、弱いものは去らなくてはいけない。もう一度美しいと錯覚できたら、そうしたらまた以前のように自分をごまかすことができるのだろうか。ごまかすことができたら、この先の命を続けていくことができたのだろうか、それはもうわかりません。今の私には、屋上から逆さまに落ちてトマトのようにぐしゃりとなる自分の姿しか思い描けないのです。
http://anond.hatelabo.jp/20140630150035
という、きちんと具体的かつ実践的な水準の主張がなされる文章(内容の是非はとりあえずどうでもいい)に
http://anond.hatelabo.jp/20140701103412
こんなくだらないことを書くのってひどすぎないか。そりゃね、抽象的な水準から、おしゃれに関する何かしらの洞察が含まれたツッコミがされるのならいい。それはそれで批評として読む価値があるし、有益だから。
でもね、わりと長さのある文章を用意して、主張内容はただ単に「清潔にする」ってお前そんなもん心底呆れるし、読んでてマジきつい。しかもわりと長い文章というのに書き手のつまらない人間性・どうしようもない凡庸さを感じる。
よくそんなひねりのない、読んでて気づきや感心が何も起きない当たり前のことを書けるな。あれか、朝はきちんと挨拶しましょう、お父さんお母さんに感謝しましょう、みたいなことをいつも自信たっぷりに語るタイプか?それ恥ずかしくない?そんなのみんな知ってるんだけど。いやお前さ、なんで何もないのに前に出るの?面の皮の厚さすごいな。
結局、お前は出番じゃなかったのよ。元記事はそれなりにわかってる人が書いてるし、自分がそういう話に参加できるレベルの人じゃないこと、気付かなかった?あえて常識をだらだらと書いてみたとか、そういうこと?それセンス皆無だし、そういうの勘弁してくれ。読んでて恥ずかしい気分になるじゃん。
だいたい元記事はオサレという言葉で、いわゆるモテとは違うこと(限定的な意味であること)をわざわざ説明してるのに、そういう論脈を無視したツッコミをいれて楽しいか?(これはブクマにも多いが、まあはてなブックマークは良くも悪くも天下一揚げ足取り道会だからしょうがない)
そりゃね、匿名でなんでも気軽に書けるのがここの売りだし、玉石混交なのが常とはいえ、たまにがっかりするわけ。価値あるテキストを期待しすぎなんだろうけどさ。ほんともうちょっと考えろよ。
「塩村文夏さんの『恋のから騒ぎ』での活躍」http://anond.hatelabo.jp/20140625000320の続きです。
塩村さんを批判する際に、なぜヤジには文句を言って明石家さんまのトークには文句を言わないのかという人がいます。なんかさんま師匠にまで延焼しかかっています。
セクハラ的トークがどこまで許されるのかは難しい問題です。
『恋のから騒ぎ』では、さんま師匠が女の子からセクハラトークを追求されることがあります。たとえば、13期ご卒業スペシャル前の最終レギュラー回では次のようは発言があります。
「この前、下着の話になったときに、ここにいる女の子全員にTバックの枚数を聞いて、普通じゃないですよ」
「仕事や!」
「喫茶店で、キミ何枚?キミ何枚?て聞いたら、訴えてくれ」
TPOが重要であり、同じことをしゃべっても場合によっては訴訟沙汰になるということです。
この回にはほかにも興味深い話があります。
かわいい子に褒められたときのリアクションの話になったときに、「それおまえ、おれのネタや」と答えています。
また、番組のトーク上で「私の事を本気で心配してくれた」という話をするほんこんさん(ややこしいですが、ほんこんさんに似ているからほんこんというあだ名です)とは次のようなやり取りがあります。
ほんこん「こわ~」
(略)
出演者までも番組上のトークを本気で受け取っていたというのは意外です。
もっとも、本気で受け取っている振りをして笑いにつなげた可能性もあるのかなとは思います(特にほんこんさん)。
番組のトークはそのままは受け取れないとは思うのですが、かといって、キャラもトークもすべて作り物というのもそれもまた嫌です。恋からファンによる評価として、最初は天然もののキャラが多かったのに、途中から狙ったキャラ作りをする人が増えて番組の質が落ちたという声があります。塩村さんを擁護する人の中には、あんな番組を真に受けるなんてとかシナリオがあるんだからとか微妙に番組をdisっている人もいるんですが、それもまたもやもやするのです。
たぶん続きます。
1月に開業届と青色申告の申請を出し、5月に無料の「記帳指導のお知らせ」の案内が届いたが
申し込みを忘れてしまい、今日、税務署に問い合わせたら、「もう定員で、無理」と言われてしまった
怒らないでください。批判的なことを言っているのではありません。疑問なんです。
僕が男だからこう思うのかもしれませんが
男を惚れさすことなんか超チョロイのに世の中の女性は何をやってるんだろう?
と。
というのが、先月初めて街コンに参加してきたんですよ。
イベント企画会社を経営する友人が「街コンめっちゃもうかるらしい。俺の会社もやる。まずは競合が何してるか調査したいから行くベ」と言うので、僕も一口このもうけ話に乗っかろうと思いまして、一緒に参加したんですよ。会社の経費で。なんと昼、夕方、夜と1日に3ヶ所の街コンに。
男2名。両名共に31歳独身。
選んだのは男性が高い参加費を払うタイプのものから女性側もある程度の参加費を払わないといけない街コン(つまり、男性サイドにはある程度の年収や職業や地位が求められる)まで様々。
おもしろかったのは女性側の参加費が高い街コンほど女性の割合が高くなっていくこと。
参加費が男性8000円で女性3000円とかの街コンは男性67%×女性33%の割合で男性が多いんですけど、参加費が男女共に6000円とかの街コンは女性の方が多いんですよね。
女性の平均年齢は参加費に関わらず26.4歳でした(40名平均)
そして、どの街コンもとにかくコストが安い。どう計算しても1回の開催で膨大な粗利を出していることは明らかで、そのからくりは非常にシンプルで効率的ですし、毎週末どころか平日も街中で街コン(街というより1店舗で行うスタイル)が開催されていることから今、いかに街コンが儲かるかが分かります。
今後、ニッチなターゲットの街コン(例:ふくよかな女性×ふくよかな女性が好きな男性の街コンなど)が流行するかもしれません。
ここからが本題です。
それで、街コンで数十人の様々な女子とお話をしたんですけど、わかりましたね。
ああ、こりゃ彼氏できねぇな
と。
男と女について。
今日、終止符を打ちましょう。
「彼氏欲しいのに彼氏できないよー(>_<)!なんでなんでー!」
と嘆き悲しむ女子のためであり、既婚者や彼氏持ち、彼氏を必要としない方はどうぞ高い所から見物していてください。
まず、めっちゃ当たり前のことなんですけど、男女の出会いの場においてコミュニケーションの大半はQ&A方式で行われるわけです。
男性も女性も「質問する側」と「質問される側」になりえるわけです。当然ですよね。
男性の回答に対して
さ さすがですね!
し 知らなかった!
す すごーい!
せ センスいい~
そ そーなんだ~
驚くほどにできていない。基本中の基本なのに。
男という生き物は例外なく単純でスケベな生き物です。
ほめられればそれだけで好感度上がります。場合によっては好きになります。
「彼氏いるの?」
「どんな人がタイプ?」
「結婚願望ある?」
「休みの日は何をしてるの?」
「どこに住んでるの?」
「どんな仕事をしてるの?」
なんて答えてますか?
チャンスタイムなのに。
質問を受ける側になった時こそ攻撃側なのです。
男性というピッチャーが投げる「質問」という球をいかに打ち返すかが勝敗を分けます。
まずは
聞かれますね。
必ず聞かれますよね。
なんて答えましょう?
まさか「EXILEのTAKAHIRO!」「関ジャニの錦戸君!」って言っていませんか?
多くの男性はEXILEとジャニーズの名前が出るたびにこう考えます。
「そっち側の人間か」と。
なぜなら、多くの男性はEXILEやジャニーズのように歌った踊ったりできないからです。
伊勢谷勇介、福山雅治、西嶋秀俊、玉木宏の名前を出していませんか?
まさかオーランド・ブルーム、ジョニー・デップの名前を出していませんか?
「高っ!ハードル高ぇよ」と。
高いんです。ビジュアル面でのハードルが。飛べる気がしないのです。
では、何と答えるか?
「阿部サダヲ」
「原田泰造」
「大泉洋」
「照英」
上記から、選んでください。4択です。
彼らにはEXILEのフィジカルもジャニーズのさわやかさもありません。
あるのは「圧倒的な親近感」です。
EXILEのことが好きな女子より照英さんのことを好きな女子の方が絶対に優しいし一途だし健気だし家庭的ですもん。
しょうがないです。
だって、そういうふうにできてるんです。
「彼氏いるの?」
これもよく聞かれますね。
何て答えましょう?
「彼氏いるの?」は「仕事なにしてるの?」「休みの日は何をしているの?」等と比べても「興味あり度」が高い質問です。
超チャンスタイムです。
そこで、最強の一言を公開します。選択肢はありません。一択です。
これです。
待ってください。
最後まで聞いてください。
「えーーー、彼氏いないって言ったらー、ちゃんと口説いてくれるんですかwwww」
でもいけますし、サラリと
「彼氏いないって言ったらちゃんと口説いてくれるんですか?(ニコッ)」
でもいけます。
「彼氏いないって言ったら…ちゃんと…口説いてくれますか…(ウルウル)」
でもいけます。
(なんてコミュニケーション能力が高く意外性のある返しができる子だっ!これまで何人もの女性にこの質問をしてきたけど、こんなセンスいい返しははじめてだ!すすすす、好きだ!扶養だ!)
そういうふうにできてるんです。
だまされたと思って、恥を捨てましょう。
「彼氏いなかったら嬉しいですか?」
なんて少し言葉を変えてもいいのかもかもしれません。慣れるまでは。
「彼氏いないって言ったらちゃんと口説いてくれるんですか?」のあとに、どぎまぎしたり、あたふたしたらその人は合コンでワンナイトカーニバルを繰り返すような男性ではありません。
きっと女遊びをしていない男性です。
あなたに本当に興味があればその後、一所懸命あなたを口説くでしょう。
逆に、急にボディタッチが増えたり距離を縮めてきたりする人はワンナイトカーニバル狙いの狼です。
つまり、相手に好印象を与えつつもその時のリアクションで男性の本質も覗ける魔法の言葉なんです。
間違いないです。
そういうふうにできてるんです。
その他に、上級者向けとして「意味ありげに黙って首を振る」や「ウソついてもいいですか?」などもありますが今日は止めましょう。
あと、すごく重要なことはたとえそれが真実だとしても「元彼がイタリア人」や「元彼は会社経営者」と言うのは止めましょう。
無意味です。
逆です。
男性は「どうせ俺はイタリア人でも経営者でもないやいやい」と引いてしまいます。
自分をほんの少しでも大きく見せたい生き物なんです。
お願いします。
ここだけ、少しだけ、男を立てましょう。
あと、元彼がどんなに悪者であなたのことを傷付けたとしても、悪口を言うのは止めましょう。
わりと多いです、元彼の悪口言う人。
ここまで読んでいただいた多くの女性が
「無理だしwwww」
「ありえねーし」
「そんなのに引っ掛かかる男なんていらねーし」
「死ねよ」
と感じているのも知っています。
でも、聞いてください。
この世の中は頭の良い女性、物分かりのいい女性、がまん強い女性ほど幸せになりにくいように仕組まれています。
言い変えれば、わがままで弱い女ほど幸せになるように仕組まれています。
さらに言い変えると、わがままで弱い女を演じることができたなら、幸せになれます。
そういうふうにできているんです。
ウソだと思って一回実践してみてください。ウソみたいにモテますから。
彼女いない歴4年の僕が言うのもなんですけどね。
普通の平社員だけどこのぐらいもらっています。こういうこと書くと「そんな企業、この時代にあるか!」とかツッコミを受けそうだけど、あるんです。少なくとも大手マスコミと呼ばれる新聞社やテレビ局、出版社とかはその水準。これらの企業はたとえ平社員でも30代後半ならそのぐらいもらっており、そして50過ぎまでゆっくりとではあるが確実に年収は上がっていく。不透明な時代ではあるけど、とりあえず現行制度のもとではそうなっている。そしてだからこそマスゴミと言われようが、就活での競争は激しく、高い倍率となっているのだと思う。
友人の中ではたぶんトップクラスの年収だと思う。統計的にも30代の年収1000万円超は上位3%とからしいし。
▼25歳の頃は年収226万円だった
「くそマスゴミが、高い給料もらって調子こいてんじゃねー」って思うだろうけどその通り。実際僕も20代のころ年収226万円からスタートしていて、その時は同じように大手マスゴミに対して劣等感や僻みがあった。でも実際は羨望もしていて、そのうち「文句言うくらいなら自分がそっち側に行けばいいのか」と思い直して、転職を2回繰り返し、今にいたっているわけです。
もともとはMarch在学中に就職活動に失敗してニート2~3年やってて、あれよあれよと20代半ばにさしかかり、実家の親のプレッシャーもそうだけど、自分でもこのままじゃヤバいと思っていた時に渋谷のヤングハローワークでたまたま社員6人の零細プロダクションを見つけ、メディアという仕事の内容に興味を持ち就職した。
ニートだったのにあっさり就職できて、母親と手を取り合って喜んだのもつかの間、月の給料は手取り18~19万円だったのにはがっかりした。でもそういう底辺の会社だったから就職できたんだと思う。3年間の源泉徴収票の平均年収は226万円。昇給は一度もなかった。いやこの水準であることは入社前からわかっていたんだけど、ニートしていたからとにかく給料が出れば良いと思っていた。弱者には常に選択肢が少ない。
そしてボーナスが出たのは3年間働いて2回だけ。1回目は10万円、2回目は5万円だった。それでもボーナスが出た時は正直嬉しかったしいつもは閉塞していた社内にゆとりが生まれた。その日のランチだけは松屋や吉野家でのワンコインランチではなく、1000円くらいするおしゃれカフェでオムライスを食べたものだ。
でもその零細事務所で1年、2年と働いていくうちに自分は社会の底辺だと嫌でも感じるようになる。会社の人は感じの良い人たちだったけれど、事業戦略など本質的に重要なことには目を向けず、「好きな仕事だから」と給料に対して直接不満を口に出さなかった。
しかし一人暮らしを始めていた自分にとっては家賃など固定費を払ったらほとんどお金が残らず、節約ゲームに明け暮れる毎日。当時付き合っていた彼女とそろそろ結婚しそうな雰囲気だったからだ。
しかしむこうも僕の年収が低いことには薄々気づいていて、若干の不安の感じているようだが、こちらのプライドを傷つけたくないのかはっきりとは聞いてこない。でもわかるよね。デートコースや会社の話とかたくさんしていれば、お互いの給料の水準なんて。むこうはメーカー勤務で年収400万円ぐらいの20代後半ではごくごく一般的な水準なのに対して、自分はその年収に対して怖れを抱くぐらいの、まったく甲斐性のない状態で、そんな自分に嫌気がさしていた。転職はずっと考えていたけれど、具体化はしていなかった。けれど零細プロダクションで給料の遅配が始まったことをきっかけに重い腰を上げた。
結局1回目の転職ではリクナビで同じ業界の年収500万円ぐらいのところに転職した。給料が倍になれば結婚ぐらいはできるだろう、という浅い考え。しかしあっさりと転職できたわけではなく、書類から含めると10社ぐらい受けた。履歴書が手書きだと本当に面倒で仕事中に隠れながら書いていた。そして通勤電車では筆記試験に備えSPIの勉強。学生時代にまともに就活していなかったら、エントリーシートから筆記試験、面接までほとんどノウハウがなく、何社にも落とされ、自信をなくし、それでもまた受ける、といったことを繰り返した。
当時一番入りたかった企業(年収800万)に対して書類が通り、筆記試験も何とかクリアし、一次面接を気合で通過した後の二次面接であっさり落とされた時は二日間ぐらい何もやる気が起こらなかった。食事の味もしなければ、性欲もわかない。だいたい二次面接ぐらいまで行くと、もう妄想の中ではその企業に勤務しているわけです。スーツを新調してバリバリその企業で働いている妄想が自分の中ではほぼ現実になりかけているのに、そこから落とされて底辺という現実に戻される。でも最終面接というわけではなかったので別に惜しかったというわけでもなかったのだけれど。
しかし転職活動を通してだんだんとコツをつかみ、最終的に2社から内定を受けて、給料は同じ年収500万くらいだったんだけど、規模の大きい中堅メディアに就職した。底辺にいるとその会社の雰囲気や仕事の細かい内容なんて正直二の次で、まずは倒産しない安定性、企業規模、そして将来性に注目する。それがすべて。勤務地とかどこでもいい。
そしてその中堅メディアで3年ぐらい働いて、31歳の時に最後の勝負とばかりに業界の最大手とそのライバル企業を受けることにした。ちょうどその時、2社とも中途求人を出していて、自分にとっては大きなチャンスだった。中途採用は頻繁にあるものではないし。
社会人用の転職活動の書籍なんか限られるので、その当時学生にバイブルとされていた就活本を学生に混ざって書店で購入し、何度も読み、SPIや新聞で試験対策を行い、そして奥さん(結婚しました)を面接官にしたてて、面接の練習をビデオに撮ってはチェックする。背筋、話し方、発言の内容をチェックしては修正する。これを繰り返した。
その結果、2社のうち1社に合格し、今にいたる。後日人事部の人から倍率は書類段階を含めると200倍を超えていたと聞いた。自分は仕事はできる方でもなければできない方でもないと思う。本当に普通なんです。でも大手マスコミの仕事って中に入っちゃえばITベンチャーより優しいと思う。まわりは早慶レベルがふつうで東大・京大も多く、たまにMarchだとコンプレックス的な感情を抱かなくはないけど、結局は仕事の中身で判断されるし、まじめに仕事していれば自分の立ち位置ぐらいは確保できる。そして普通に19時ぐらいには帰路についてます。
転職して年収が1000万円超え、今は1200万円。もちろん多少裕福にはなった。しかし底辺にいた当時、自分が想像していたよりは、家族をもったせいか、金持ちだとは思えない。いたって普通。けど飲み会を金銭面が理由で断ったり、スーパーやランチで節約しなくていい程度ではある。しかし自分にとってはこのちょっとした余裕がでかい。飲み会の後、財布を気にすることなくラーメン屋に寄れる。好きな雑誌や本を購入できる。底辺にいた時の自分はこの余裕を心底欲していただけに嬉しい。いや~小市民だなオレ。
起業したり、出世したりしている人にとっては、スケールの小さい話だろう。「お前は年収しかモノサシがないのか!」と言われたら言い返せない。だけど仕事の内容も大事だけど優先順位としては給料より低い。底辺にいたからお金の大事さはわかっている。お金がないと将来の展望が抱けないんだ。
自分なりに頑張ってここまできたという自負はあるし、人生に不安と不満を抱いていた底辺時代を思うとあのまま終わらずに良かったと素直に思う。いや努力は一生続くものだけれど、とりあえずニートからよくここまで来たと思う。