大学に通っていたってことは人に会うのも苦ではない
大学の授業を受けていたなら学術的な知識は平均よりもはるかに上だ
君があるけないのは30まで職歴がない、親元にいるということが「恥」だとする日本社会独特の価値観によるものだけだ
30なんてまだまだ若い
職歴なんかなくってもいい、人生まだ折り返してもいない
なんか理由があって辛いわけではないんだよな。
ホルモンとか性格とか、そんなんだろ。低血糖になったらふらふらするのと同じようなもんで、神経伝達物質が落ちたら頭おかしくなるのはあたりまえ。それが周期的にやってくるってだけなんだよな。
http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/011trader/status/483797358790995968
皆さんご存じの通り、STAP細胞事件では小保方氏は完全に真っ黒なわけですが、なぜか彼女は再現実験に参加することになったそうです。そこで今のうちから、再現実験の経過・結果についてあり得る可能性を想定しておこうと思います。
http://honz.jp/articles/-/40354
「最終的に再現できた」という発表があった場合、外部の研究者は「いくら何でも理研が嘘はつかないだろう派」「理研は嘘をつかないけど簡単にだまされるよ派」「理研は嘘をつきます派」にわかれるだろう。もちろんSTAPの再現性が本当に担保されるためには、第三者機関で再現される必要があるわけだが・・・。なんて言っている内に、最初のSTAP論文二報の問題点はうやむやになって、処分もうやむやになる、かもね。少なくとも世間的にはどうでもよくなっているだろう。
週刊誌か、科学に疎いどっかの新聞社あたりが、リークに基づいて「STAP再現か?」的な記事を書く。その後の展開として、
2-1. 理研の公式見解として「最終的には再現できませんでした」と発表される。でも大勢の「STAP信者」or「陰謀論者」が「本当はSTAP細胞はあったのだ。だってそういうふうな報道あったし」とか言い始めて収集がつかなくなる。そしてSTAP詐欺が大流行。
2-2. 理研の公式見解として「最終的には再現できませんでした。でもそれに近いような近くないような結果に見えなくもないような結果がでました」と発表される。「さらなる研究が必要と考えられます」無限ループ。
再現実験の途中あたりで体調不良で実験を離脱。もう少しやっていたら再現できたのでは的な意見をテレビのコメンテーターがのたまう。2のリーク記事が出たあとで離脱すると、なお良い。
再現実験の途中あたりで、何らの理由をつけて小保方氏が理研or理研の構成員を訴える。「理研のせいで再現実験が止まったじゃないか!」
5-1. 微妙に間違った実験条件で再現実験にトライしていたことに途中で気がついた。ただし、それに気がついたのが遅かったため、本当に論文と同じ条件では実験できなかった。あと少し時間があれば・・・。
5-2. 実験ノートをとっていなかったため、以前成功した方法と全く同じ方法を繰り返すことができなかった。論文記載の作成方法でやればいいじゃないかって? それは成功した方法とは違う。なぜ違うのかは・・・未熟だったのでよくわからない。
5-3. 私は全く同じ実験条件で作っている。これでできないのだから他の人間が不正をしていたということだ。
5-4. 理研側からあーしろこーしろと色々言われたせいで、自分のベストのやり方で実験ができなかった。
5-5. なぜできなかったのか全くわからない。STAP細胞はありまーす。
他の可能性もどしどし足していってください。
悔しいわ。なんでこんな死にたいとか逃げ出したいとかいう感情が出てくるんだ。なんでこんなにメンタル弱いんだ。クッソ。欠陥的な遺伝子を持って生まれてきたせいで、なんでこんな苦しまなきゃいけないんだ。
俺は向上心も意欲もある人間なんだ。人一倍やる気だってある。この定期的にやってくる、鬱、無気力、不安感、これさえなけりゃいいパフォーマンスしてるのに。なんでこんなクソみたいな感情の波に翻弄されなきゃいけないんだ。
こんなんで30年も生きてきたら大体わかってきたわ。こんなの過ぎ去ってさえしまえば、別になんだってない。なんでこんな悩んでたんだって自分でもわからないようなことなのに。今はこの苦痛が全て。自暴自棄で今まで積み上げてきたものとかどうでもよくなる。こんな意味わからない、双極性障害のせいで俺は人生台無しだ。
精神科も心療内科も何件も回ったわ。一時期通ってたけど、気休めにしかならなかった。もうあきらめた。
抗鬱剤も、抗不安剤もSSRIも、全然効きやしない。ただの一度も効果があった覚えがない。睡眠薬は効いたな。
愛する彼女が隣で寝ててくれたとときの方がよっぽど心の安寧得られた。今はそんな人もいない。
カウンセリングも一時期続けてたけど、結構信頼できる人に出会って、調子よくいけてたけど、やっぱりダメなときはダメで。結局行かなくなった。
カウンセリングは、まあ、話聞いてもらえれば楽になるし、孤独で辛いときは行かないよりは行った方がいいのかもしれない。認知行動療法的にも自分を見つめ直して目標設定する機会にもなるしな。
ただ、金銭的な負担は結構ある。大体どこも一回一万円とかはかかる。保険使えないから。前に某大学の臨床心理教室の研修施設かなんか見つけて通ってたときは、一回1500円で何回か行ってたっけな。
それに、本当にしんどいときに今助けを借りたいってときにすぐ行けるわけじゃないしな。一週間とか一ヶ月前とかに予約入れなきゃいけないわけだし。一回行けないともう、足が遠のく。順調なときはいいけど、調子が乱れたときはやっぱダメだ。どうでもよくなるから。頼れるもんは何もない。
なんかお金使うことに罪悪感ある。今はろくに稼ぎもないし、なるべく使わないようにしなきゃと思うと余計引きこもりになる。外出ると移動するにも何か食べるにもお金かかるから。ただでさえ、引きこもりがちなのに余計。勉強したり家で片付けなきゃいけないことがたくさんあるのにと思うと、外で遊ぶ気分にもなれない。
そんで運動もしないで、一日中眠くて何もできないから何もしない。そんなことしてたらメンタルに悪い影響しかないことはわかってるんだけどなかなか切り替えれない。一日15時間も寝て、嫌だなー、死にてーなー。無になりてーな。全ての嫌なことから解放されたいって考えるようになる。
本読んだり、映画見たりして、元気でたりもするときもあるんだけど、今はそれする気力もない。何もしたくねーなー、頭も使いたくねーなー、て感じだから、本なんて読めない。ご飯食べるのもめんどくさい。何日も、歯磨けないし、風呂にも入れないってなることもある。クズだな、俺腐ってるなって思いながら何もできない。
この文章書くのにだって、何日もかかってるからな。頭の中に次々に思い浮かぶことはあるんだけど、まとまった文章に直す気力がなくて、消えていってしまうのが常で。何か残しとかなきゃいけないって思いで、やっとのところで寝転がりながらiPhone使って書いてる。死にたくなる度に考えてたことを、何年越しかで今書き起こしてる。
死ぬのもエネルギーいるしな。鬱の一番酷いときは死ぬ元気もないからな。俺なんか生きてても苦しいだけだから、死んだ方がいいんだと自分を説得して、実行しようとするんだけど、どこかで本能的に生きようとしちゃうから、それに抗って自分を殺そうとするのはエネルギーがいるんだよ。鬱からのちょっと回復しかけが一番危ないっていうじゃん。あれ本当だよ。
過去に俺が自殺しようとしたときは、もう何年か前だけど、そのときも何日も寝たきりで、いい加減嫌気がさして、明日こそ実行しようと自分を奮い立たせて、シャワー浴びて着替えて出ていくんだわ。
結局全部失敗してるから、本気になれなかったのかもしれない。外で首吊ろうとしたときも、飛び降りようとしたときも、いざやろうとすると怖くて、なかなか実行できなくて、人に見つかった。部屋締め切って炭焚いたときは、意識あるうちに救急車で運ばれて、後遺症もなく退院しちゃった。実行力がなくて中途半端だから今日まで生きちゃってるんだわ。
ここ半年くらいは、死にたくなるほど落ち込むこともなくてなんとかやれてたんだけどな。やっぱり6月は鬼門だわ。
最近は仕事の合間に、人と会ったり、出かけたり、趣味に時間を割いたりして、結構うまくやれるようになってきたと思ったのにな。秋から新しい職場で働かしてもらって、バリバリ働いて、その後独立して、稼いで、遊ぶぞーって計画を建てて頑張ってたのにな。
自分に自信がないのが根本的な原因だと思う。そのくせプライドは高いし、友達と呼べるような人もいないし、社会的な経験も積んでないし、生きていくことに対して恐怖感がある。親がいなくなったら社会的な繋がりが一切なくなって死ぬしかないんだと思う。
なんとか回ってるときは、数少ない友達に自分から声かけて飲みに行ったりとかもできたんだけど、こんな重症になってから相談できる相手なんかいないよな。facebookとかに書くわけにいかないしな。こんな重い話に誰もコメント付けてくれないし、信頼失って、あいつメンヘラでヤバいってなるだけだよな。
正直、今まで人生でもっともっと辛いときがあったし、あの頃から回復したことを思えば、精神的にもそこまで追い込まれていないと思う。最近何かあったてわけでもない。彼女と別れたときのダメージの方が大きいくらい。ただちょっと疲れてた。だから別に対したことはないんだと思う。でももうやる気が出ないんだ。今を乗り切って、戻れたとしても、またそのうち壁にぶち当たるんだろうな、と思う。人間関係や仕事で行き詰まって、出て行けなくなって周りに迷惑かけるんじゃないかと思う。そんなクズみたいな人間がこの先の人生で成功できる自信がしない。惨めに人並み以下の生活で生きてくくらいなら死んじゃいたいと思ってる。
今日は団地の最上階まで昇って、ここから柵乗り越えて飛び出せば数秒で終わるんだなと思って、ぼーっと考えながら外を眺めていた。手すりに手をかけると身体が強張る。やっぱり恐怖心の方が強いんだ。まだ覚悟ができてねえ。
自分でも甘えたことばかり言ってるなと思う。けど、周り見てても、そこそこの会社で働いて、そこそこの給料で、そこそこに遊んでくのとか、俺には耐えられないんだわ。価値観として、汗だくに働くのは構わないから(と言っても知的労働で)、いっぱい稼いで、いい暮らしして、いい女と派手に遊びたいんだわ。でもそうするには体力も精神力も全然足りないと思う。なんか楽に生きれる方法ない?
ズバ抜けてすごい仕事するか、キレるかだね
え??どういうこと?
同じ失敗をやっても俺が倍怒られる。
ほかの人は笑って許してくれる失敗でも俺は怒られる。
同じスピードで仕事を仕上げたはずなのになぜか俺だけ遅いといわれる。
何をするにも信用されない。
この仕事を始めたときは、未経験分野だったからちょっと失敗が続いてしまって皆にどんくさい奴って思われるようになった。
でも俺は必死に勉強して周りと同じくらいのパフォーマンスを出せるようになった。
いやもしかすると、周りと同じくらいできていると思っているのは俺だけで本当はやっぱり仕事の完成度が遥かに低いのかもしれないけどさ。
でもやっぱり、ほかの人より同じ事をしてもしたに見られる。
どうやったらイケメン好き、ブサメン叩きの女になるのかがちょっと理解できない。
小学校の頃なら、スポーツができて明るいのとか、年上の優しいお兄さんとか、ジャニーズとか、スラムダンクの流川(天才テレビ君で流川が好きなJSの葉書投稿があったのが思い出される)。
しかし、中学くらいになったら、どうだろう。多分ジャニーズはあきるかなと思う。芸能人に興味を持ち続けられる思考回路がちょっと男には分からない。でも、恋愛でドキドキしたい?理想の恋愛でドキドキして逆ハーレムで気持ちよくなりたい、みたいなのは分かるかもしれない。
中、高校では、皆が理想とする恋愛→クラスのイケメンと付き合う事が目標だけど、部活とかでいい感じの性格イケメンがいたらつきあっちゃって青春エンジョイ。みたいなのは理解できる。ブサメンは生理的にNGだろう、ブサメンDNAは無理、性的な目で男に見られるのはただでさえ屈辱なのに、絶対眼中にないブサメンとか死ねよ。
大学くらいになると、あるいは就職すると。こうなってくると結婚かなあ。流石に恋愛だけっていう関係でなく、結婚を意識しだすかもしれない。そこで理想となると医者とか弁護士とか社長とかかな。イケメンは流石にもうどうでもよくなってくるように思うんだけど、ドキドキ恋愛みたいなのもしたいのかなあ?でも、医者とかは出会うのすら困難だから、職場恋愛かなあと身近な恋愛に必死になるかもしれないな。
ブサメン叩きは、性的な目で男に見られるのが嫌だっていうなら叩くのかもしれないな。
っていう感じか。
イケメン好きってのはちょっとやっぱり理解できないかもしれない。目の保養、という言い訳をする人もいるが。じゃあなんでホストに貢ぐんだろう?イケメンを公衆の場で持ち上げるんだろ?ってのは感じる。イケメンで時間を無駄にするくらいなら自分の身の丈にあった人物探して少しでも自分の容姿や教養レベルを上げるのに必死になるわ。
お前がここでやっていることと同じじゃね?w
http://www.asahi.com/articles/ASG714FZSG71ULZU00G.html
従来の積み上げを突き崩す解釈変更は、本来の改憲論にとっても屈辱のはずだ。ルールの改正は、ルールの尊重を前提とする。憲法改正は、憲法への敬意なしには成り立たない。
えーと。憲法をないがしろにしたのは左翼が先では? そのルールであるはずの憲法に明記されている「国民投票法」に対して、徹底して反対してきたのは左翼だったんだけど。