はてなキーワード: 突っ込みとは
まず、困ったら生活保護がある(今すぐ受給せよでなく、年行って困ったらね)。ネット上で生保受給者や制度を馬鹿にする人間は多いが、立派なセーフティーネットなのできちんと調べてちゃんと受給すること。水際対策で落とされたらそれこそ得意のSNSでファンネル飛ばすこともできるでしょう。熱狂的でなくても人の揉め事なら首突っ込みたい人間は多い。
次に、最初から何かに「向いている人」だけでこの社会は構成されていない。というか少数だろう。たいていは適当に考え、なんとなくレールに乗ってそれなりに働いている。就活をするとサラリーマンってこれを乗り越えてきたのかよ・・・となるが、入ってみるとやっぱり大したことはない(外資とかのガチガチ成果主義でやってる人間は除く)。ただし侮ってはいけない。やはり過ごしてきた年月があり、積み上げてきたものがある。ナメてると逆に思い知らされそれは自己嫌悪につながる。品川駅で死んだ魚がゴキブリのような恰好で歩いていると思っても、その一人一人は大したことはないかもしれないが侮れるほどの小物でもない。
おびえて何もしない時間は、自分をどんどん苦しめる。何かやらかして保護者や先生に言えない時間あるだろう。あれは長いほど不利になる。就職してみてはどうだろう?
に思ったよりありがたい反応を頂いたので返事したい。
身に余るありがたいお言葉だ、ただ、自分が処女性みたいなものにほぼ興味がない、というかむしろそこへの拘りが強い人を見ると引いてしまう性格をしているので、その男版でも同様の反応をしてしまうと思う。
処女だったらこっちも気を遣いまくって頑張ろうみたいな気になるし、経験豊富でも教えてもらうとか乗り越える楽しみみたいなものもあるやろな(キモいか)みたいな想像がつくからどっちでもよくて、逆にどっちかに固執する理由に共感でき無さ過ぎて不気味に感じてしまうというか。
「童貞じゃなきゃダメ!」より「童貞はちょっと......」ってほうが共感できてしまうんだが......未経験の奴がチンポ振り回すの怖くね?病気は事前の検査じゃだめなのか?
せやな。その風潮に逆張りして死んでくるよという趣旨の文章でした。
好きな人がいない時期はチャンスなんだがなあ。色んな女性と食事できるじゃん。そしたら、女性の考え方を色んな角度から知ることができる。
この発想はなかった。すごい。どういう経路でいろんな女性と食事するのか想像もつかないが、そういう発想で生きてると何か色々吹っ切れることが出来そうだなと思った。知見をありがとう。
この数日増田では男女両面の非モテの話が散見されたんだけど、レスが付かない悩みにはいくつか種類があるなと感じる。
今回の自分みたいな「愚にもつかない悩み」系と、逆に社会の根本からの問題を提起している「誰にも解決できない」系があって、それぞれ読んでみて自分のは前者に属するかなり贅沢な部類の悩みに入るなと思った。そら伸びんわ。
逆に伸びるのは皆の体験に近い、女性の場合はある程度恋愛もしていて(もしくはその直前まで行っていて)、男性の場合はひとまず女体を渇望していて、また共通しているのはつい修正したくなる突っ込みどころがあるやつ。
今まで自分が抱えている問題は「誰にも解決できない」系に属していると思っていたんだけど全くもってそうじゃない。一個人の性癖の範疇に収まる問題だからそんなに重大ぶって生きる必要もないなと考え直すことができた。サンキュー増田。
夏は暑い
今までは僕はそうめんを茹でるときは結んであるやつをひとつずつ外して投入していた
しかし最近、どっかでそうめんをそのままスルッと茹でているやつをどっかで見た
ものは試しだと思って実際にやってみた
3束持って1つ目を落した
しかし一つ目も2束持っているのでするするとは落ちない
焦った
焦ると2束目はうまく外れない
その間にも1束目は茹でられている
急いで外そうとしたら手に持っていたもう2束を落してしまった
暑い湯の中に手を突っ込むわけにもいかず、端は柔らかくなり広がるのに真ん中は外れていない
何束もあるからどんどん被っていって結目も見えない
箸で外そうにもきっちりと止められ固い結び目は外れない
そうこうしているうちにハサミを突っ込み無理やり切った
そしてそれとほぼ同時にタイマーがなった
ざるに開けたそうめんは真ん中だけ固まり、まるで糸こんにゃくのようだ
真ん中部分を除いて半分以下に短くなったそうめんを啜って思った
そしてあれをもてはやしバズらせた奴らもふざけるな!!!
2度とこのようなことがないように発信する側もそれに同調するがもう自制しろ!!!
2度とこんなクソみたいなことをバズらせるな
テレビでRKBやNHKで眠育だとか眠学だとか言うのをやり始めたけど、内容的にゲームやスマホを槍玉にあげている時点で、どう考えても香川で強硬したゲーム障害が世間的にも大非難を受けた上にその権威の後ろ盾であったWHOもPlayApartTogetherキャンペーンを行い、事実上の掌返しを起こり、座礁したから、大方地方はまたこれを利用して規制推進しようとしているのが見え見えだよね。
しかもこの眠育とやらは相も変わらずゲームやネットを槍玉にあげたりして、子供の睡眠時間が削られているだのと言っているし、それは何時もの事だとしても不登校だとか言いながら、例のコロナ禍の休校と普段の登校時間を比べて遅くなっているとか言い出している時点で、不登校と休校の区別がこれを言い出しいる当人達こそついていない点等があり、そこそこ突っ込み所も多かったりするのよね。
(最もそのコロナ禍の休校もポーズであった事は今や当時より全国的に増え学校でも出始めたにも関わらず、登校させている時点でも良く判るけど。)
それと普通にこの辺の睡眠時間の問題は当人と親の教育の問題であって、外野がどうこう言う問題ではないでしょ。
しかしこの手の人達はこう言うあくどい理由のこじつけだけは次々と思いつくし、平然と子供を規制の理由のダシにいつも悪用するよねと思う。
更にコロナ禍すらも自身の思惑の為に悪用しようとしているのだから、呆れ果てるよね。
この様な人達にしろ、フェミニストにしろ、宗教右翼にしろ、普段から声だけが大きくて、何でも規制や厳罰化をしたがる人達ほどこの様な時期ですら空気を読まないし、その世界規模の病禍すらも単に自身の思想に悪用するための材料程度にしか思っていないのはこう言う事を見ても良く判るしね。
しかしまぁ、国政は国政で本来やるべきはずのコロナ禍対策や経済対策を蔑ろにして、またはケチ臭い対応をしているのに少年法改正とか言って、それこそ未成年を罪人扱いするのに熱心だし、マスコミや地方の方々はこの様な事に熱心なのだから呆れるしかないよね。
まず対処すべきであるコロナと言う一番の問題を棚に上げて、これ等のコロナ禍に関係ない事ばかり熱心なのだから。
https://news.goo.ne.jp/article/jmedj/nation/jmedj-20200805101859184.html
その眠育とやらに関連するのかは知らんけど、調べていたらこんな記事を見つけたので、読んでみたら、相も変わらず、ゲーム障害の時と同じ様に薬物療法とか言っている時点であっ…(察し)となった。
「ただしイケメンに限る」は男の言い訳や妄想
ふんふんなるほどわかった
でもさ、現実に存在する「年上のイケメン上司から強引に迫られる」大量の女性向けコンテンツはなんなの!?!?
根強い需要があるから定番になるんだし、私にはこれらの作品がオッサンの妄想を慰めるための作品にはどうしても見えないんだけど
あれってまさしく男性の暴力性、支配欲、独占欲が発露した身体的暴力だと思うんだけど
イケメン俳優が壁ドンするだけの少女漫画原作の実写映画が毎年のように量産されてるのは何故!?!?
今や「日本の映画産業は壁ドンが支えてる」って言われるくらいになってるのは何故!?!?
っていうか私自身職場の40代の上司に迫られたら「は?死ね」ってなるけど、上司の見た目が玉山鉄二だったら正直ときめいちゃうと思うし、食事なんかに誘われたらウキウキでついてくと思う
多少のセクハラもうっかり許しちゃう、というかセクハラと思わなくなりそう
多分私だけじゃなく(玉山鉄二なのは私の好みだけど)大多数の女性の中に「イケメン無罪」が存在するのは間違いないと思うんだけど、冒頭のことを主張する人たちってその矛盾とどう向き合ってるんだろう
いやいやいや
私が「女性向けに年上上司から迫られる作品があるからオジサンは年下の部下女性にどんどんアプローチすべき」と言いたいと読み取ってる人いない?
そうじゃなくて私が言いたかったのって
フィクションって言ったってフィクションは消費者のニーズに応えるべく作られるわけでさ
相手によってこの人は迫ってきたらキモいけど、この人はセーフ(嬉しい)って差はあるでしょ?
その差を決める基準に容姿って絶対含まれてるし、多くの女性の中で(男性もだけど)結構な割合を占めてるのは事実でしょ
世の中には「職場の中年上司マジでキモいわ」と思いながら「あー年上のイケメン上司に強引に言い寄られてー」って願望持ってる女性はいっぱいいるでしょ!?
あと玉山鉄二という「年上のイケメン」はフィクションでもなんでもなく存在するわけなんだから
玉山鉄二ほどじゃなくても年上とイケメンと上司の属性持つ人は現実にも存在するでしょ?身近にいないか、いても自分に迫ってこないだけで
もしかしてそういう願望をもつ女性の存在自体がフィクションって言いたいの?
【追記2】
いろいろ突っ込みたいことはあるけどとりあえず
玉山鉄二レベルは無理でも、(私が年上好きということを差し引いても)食事に誘われて嬉しい、少なくとも嫌じゃないレベルのイケメン中年や、そういう人から誘われたら嬉しい女性は実在するやろ!
40代の非芸能人の男性は全てキモくて全ての女性は嫌がってるみたいなブコメ多くてちょっと生きてる世界が違いすぎて怖い
恋心すらセクハラ…若い男性が抱える「新しい生きづらさ」 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/74555
例の記事を読んでそれなりに共感したりしなかったりしたので、年端もいかない大学生が左巻き界のボトムズことはてなブックマークに常駐してこじらせるとこうなる、という例を、記事を引用し横槍を入れる形で追加してみたいと思う。
1年生の女子部員が練習中に足をひねり、歩行困難な状態になってしまった。部員の怪我対応も彼の担当であったため、その女子部員を車に乗せて病院まで付き添った。
自分だと同期の女子に頼むかな、と思う。歩行困難になった以上、病院までの道で身体を使った補助も必要となる可能性が高く、そこで大して好意を持っていない男性に密着されたら恐怖感を与える可能性があるからだ。ただ奇しくも自分も山岳部の部長をやっていた経験からすると、極端に女子が少ないジャンルなので部内に対応できる他の女子が存在しない可能性は十二分にあり、仕方ないかなと思う面もある。
Sさんは救護担当の役職として、病院への送迎を申し出た。しかし彼女は「ありがとうございます。でも自分で病院に通えるので大丈夫です」と遠慮した。
これ自体はそんなに不自然なやりとりではないと思う。問題は次だ
めっちゃ衝撃受けてて草
ここから読み取れるのは、彼が救護を開始してから一年生に「大丈夫です」と言われるまで、彼と彼女の間の権力構造に一切自覚が無かったということ。逆に言えば、「困ったことがあったら言ってくれ」という言葉は、表面上ではあくまで彼女に対する対等で純粋な善意を取り繕えているという認識のもと発せられ、彼女がそれを断る理由は無いと考えていたことも読み取れる。
はっきり言って先輩と後輩が一対一でフェアな関係などありえない。まして女子部員には自分がケガをして先輩に治療させた負い目がある。仮に恋愛感情を持ってしまったのならその二重三重の不均衡を軽減するために、他者の目線を置いたり、ムードなど気にしない正面からの確認をしたり…といった配慮が不可欠で、女子部員側から少しでも座りが悪そうな反応が見られたら感情をねじ切って立ち去る覚悟も絶対に必要だと思う。
だがSさんは提案を断られるまでそうした関係性をまったく考慮せず、断られた瞬間全てを悟りひとり絶望している。これはむしろ喜劇といっていい。
(まあそんな都合の良い中途半端なピュアさを持ち合わせた男子大学生なんてそんなに居ないと思うから嘘松感は拭えない)
自分としてはそんなに深く絶望するほどではなく、きちんと主張してくれた後輩女子に感謝しながら反省しきっぱり身を引けばそれで済むことだと思う。加えて言うなら一年生の女子にも自由意志はある。男性に対する余程のトラウマでもない限り、一般的な恋愛の手順を踏めば嫌な段階でお断りしてくれると信じても買いかぶりとは言えないだろう。このSさんの反応は極端すぎて逆に女性を意思の無いお人形扱いしているような失礼さすら感じるのだが、何も考えてなかったが故の反動なのだろうか。イマイチ共感できない。
一方で、筆者の以下の主張には疑問が残る。
彼女の中に警戒心や恐怖心が発生した可能性も否定はできない。でも、それを罪として問うことはおそらく不可能だ。(中略)少なくとも客観的にはSさんの取った行動になんら落ち度はない
いや、罪に問われないから落ち度はない、ってそれセクハラ常習犯の主張ですやん。相談内容もたまたま女子部員が断ってSさんが悟りを開いたからそれ以上の事態に発展しなかっただけで、ここから先展開されてたかもしれないゴリ押し恋愛と完全に地続きだろ。その地続きの問題を勝手に程度問題に貶め、著者一人の主観で「切り分け」て何か良い事言ったつもりになってる様には不信感しか湧かない。「──というのが私たちの出した結論だ。」じゃねーよ。どこからもの言っとんねん。普通に「貴方の言う通り悪いとこあったし人を傷つけたかもしれんで、これから気を付けような」でダメな理由を教えてほしい。
自分は後輩との恋愛はほぼ無理だ。後輩に対し性的な好意が発生しかけた瞬間、記事に突っ込みを入れているような自分が感情の抑制を行い、彼女を恋愛対象から外してしまう。裸を見ても興奮できないだろう[要出典]。この権力の差みたいなものが関わるとイマイチテンションが上がらなくなってしまう性質が、どのラインまで許容しているのかは自分にも分からない。先輩後輩の関係でいうなら、1年差とかならギリ大丈夫、大学1年と4年ならアウトな気がするが、社会人4年目と8年目ならオッケーな気がする。結局自分が決めた主観まみれのラインでしかなく、さらに言えばそれこそ"性癖"でしかない。でもそれが生きづらさだとは思わない。俺が勝手に思って、勝手に自分を制限してるだけだから。1年とのセックスを求め続けるヤリチンチャラ上級生にもこれといった感情はない。そういうのを受け入れる二人でセックスする分にはいいんじゃないかな、一年生が後悔したなら訴える権利はあるんじゃないかな、といった程度。
社会人として仕事を始めた途端、ここでいう「権力構造」どころではないハンパない数のノイズが自分を襲うことになる。年収、役職、企業名、学歴、居住地……。これが完全に対等な状態での恋愛など、もはや夢物語でしかない。そうなったときに、自分はどうなってしまうのだろうか。年収に差がある女性を好きになっても、勝手に負い目を感じて、相手の感情が純粋な恋愛感情以外に左右されていることを恐れて、感情を殺してしまうのだろうか。
とまあごちゃごちゃと書いてたら無駄に長くなって誰も読まない文になってしまった。死ね。
あと実ははてブは最近までそんなにやってなかった。5ch(旧2ch)の革新気取ってるのに女は叩くゴミ板に長く常駐しつつ逆張りして女叩き叩きをしていたのでその影響が一番強いと思う。ごめんブクマカ。やっぱ死ね。
あとこちらには大変共感した。「そこで悩んでることをアピールする自分のキモさ」が嫌すぎて増田みたいな掃きだめにしかこんなこと書けない。もちろんtwitterでも一切発信していないわよ。悲しいなぁ。
それを理解できる知性を持った人は他人にわざわざそのことを拡散しようとはあまり思わない。
なぜなら知らなかったのは自分だけであれば、知らなかったことが恥ずかしいことだと考えるからだ。
それゆえにそういった知識・知見はネットであまり表立って持てはやされることなく埋もれていく。
対して、突っ込みどころ満載の非常識なウソ、少し考えれば間違いとわかるような荒唐無稽な主張は
その矛盾やウソに気づけないような連中、理解できないようなアホによってしつこく拡散される。
むろん間違っていたとしても恥を知らない間抜けが思いとどまるはずもない。
かくしてネットには悲惨なデマがまかり通り地獄の様相を呈している。
すごいもやもやする
友達とか同僚とかが子連れ見て「かわいい、いいなー、早く子供欲しい」とか言ってるけど正直一度もそう思ったことない。そもそも子役やるような子を除いて、子供とか赤ん坊って猿みたいで可愛くないし。
自分の家にいつまでも子供がいなくても全く気にならない。今のままで十分満足してる。というか、つまんない自由のない子供時代をやっと終えたのに、なぜまた親側として同じような状況に足を突っ込みたがるのかがよく分からない。
これまでの人生で、家を出て自活して好きなようにやって好きな人と家族として一緒に暮らすようになった今現在が一番幸せだし、将来子供がいなくて困るシチュエーションも特に思いつかない。老後の世話は自分でお金を貯めてなんとかするつもりだし、そもそも子供がいたって面倒見てくれるとは限らないと思う。
あと自分の子供時代のこと考えるとお金も自由もなくて明らかに今より数段階つまんなかったし、具体的な記憶はない割に「苦痛だった」みたいな感覚だけが残ってるので、これを自分の子供に追体験させるのもなんだかなーって思う。
でもなんか世間的には「子供いると楽しい」みたいなのあるし、みんなそれに沿った話するので、なんか前提の部分に何も共感できないので時々モヤモヤする。
華奢で、シンプルなニットやタイトスカートを高校のうちから着こなして、大学では大学院まで行って英語を学んで海外で仕事をしたいと語る、耳で綺麗に揃えられたショートヘアの彼女は、私の自慢の友人だった。
高校を卒業して大学に入っても、彼女とは頻繁に連絡を取り合っていたし、お酒を飲めるようになってから月に一度は私たちには少し敷居の高いお洒落なお店で近況報告をした。ふたりで丸一日ディズニーランドで過ごすことなんて何度もあったし、初めての海外旅行は彼女とだった。つまり、かなり仲が良い女友達だったのだ。
本気で好きになった人に秒でやり捨てされた大学1年の夏、男がダメなら女と付き合うことにしたと言っていた(私はその日初めて彼女がバイだったことを知った)翌月、親のために結婚をしたいと言われ振られたと泣いていた2年の春。
もはや自暴自棄になった彼女が手を出したのは出会い系アプリだった。
そこで出会った10個上の男性は、彼女曰く「完璧な人」だったらしく、彼女はわかりやすくその男性にのめり込んでいったし、あっという間に付き合うことになった。
それはおめでたいと飲み会を取り付け、肉を焼きながら話を聞くのだが何かがおかしい。
「家が2つあるらしくて、ひとつの家にはお邪魔させてもらったけどもう一つの家には社員さんとルームシェアしてるから行けない」
「付き合って3ヶ月経つけど、未だにおうちデート以外したことがないし、写真も撮らないでねって言われてる。そういえば苗字も知らない」
「あと、完璧主義で私にもそれを要求してくるんだけど、それは全部私のためになることなんだって。」
………いやいやいや。いやいやいやいやいや。
どう考えてもおかしい。麻雀のことはよくわからないけど、「役満」ってたぶんこういうことだろう。ダメ男役満。どう考えても奥さんか、それか本命の女と一緒に住んでるオチだろうし、完全に遊び相手にされてるだろ。喉まででかかった言葉を飲み込んで、
と一番突っ込みやすそうな部分を笑い混じりで指摘してみたところ、彼女の顔色が変わった。
「でもね、彼と私は、今のままの私じゃ釣り合わないんだって。だから彼は強く言ってくれるし、私が気づかないような部分まで指摘してくれるの。伝えてくれたところを頑張って直すと、自分がとてもいい女になった気がするの」
「それよりね、こないだ彼と〜」
あれ、彼女、こんな子だったっけ?
最初に抱いた違和感はそこだった。一瞬言葉に詰まったのを覚えている。
無我夢中で彼の「いいところ」を並べ立てる彼女は、可愛らしいというより少し不気味だった。
そんな別人のような友達と喋ることが辛くなり、その日は早めにお開きにした。
それからは恋は盲目、あばたもえくぼ、そんな自分に気づかない彼女は周りを蹴散らしてどんどん彼に猪突猛進。そんな状態が続いた。
「ベッドに長い髪の毛が落ちていた。でも大丈夫。私は彼を信じているから。」
「彼の通知画面に出会い系アプリの通知があった。でも大丈夫。私は最後には幸せになるから。」
「彼には何年も付き合っている彼女がいて、その人と同棲していた。でも大丈夫。私が一番愛されているから」
私はそのたび彼の矛盾している部分を何度も何度も指摘したが、私の言葉は彼女には何も届いていないようだった。
友達が出会い系アプリで彼と出会ってから、もう一年半が経とうとしていた。
私は就活をしながら、めっきり会う頻度が減った彼女の裏アカウントのツイートを眺めていた。いつのまにかラインもしなくなった私たちが、お互いの近況を知るためのツールはツイッターとインスタグラムだけだった。
基本的には、彼のどんなところが好きだとか、自分には何が足りないのかとか、そんなことを綴っていた裏アカウントに、衝撃の言葉が綴られていた。
「彼の会社に就職することにした♡面白そうだし、楽しみだなあ。」
頭がくらくらした。たしか、彼の会社はベンチャー企業で少なくとも海外で働けるような環境ではない。
いやお前、、、あのさあ、、、
海外で働く夢は?進学予定だった大学院は?その夢を応援してくれていたご両親は、、??
もう、私が知っている彼女はどこにもいないのだとその時痛いほど突きつけられた。私が大好きだった彼女は、出会い系で出会った32歳の男性によって全て塗り替えられて、まったくの別人になってしまったのだ。
大体、出会い系で20歳の女の子を引っ掛けて会社にまで入れちゃう30代社長って何?最初から最後まで地雷物件じゃねえか。
そんな気持ちで裏アカウントのフォローも外さず、監視を続けていくと(わかっているとは思うが、私の性格は全然良くない。)、彼女の様子はどんどんおかしくなっていった。
「仕事が辛い。けど、頑張らなきゃ。」「大学辞めたい。仕事に集中したい。」「仕事に集中したいのにゼミの人たちが邪魔をしてくる。」
「こんなの、やりたい仕事じゃない。」
うーん、このままだと、大学中退の就活未経験のフリーターが出来上がってしまうのかな。それとも先に鬱になっちゃうのかな。でもまあしょうがないか。もはやエンターテインメントのひとつとしてしか彼女を見ていなかったが、それも長くは続かなかった。
彼女が裏アカウントを消してしまったのだ。理由は確か、仕事の愚痴をここに吐いてしまって甘えてしまうとかだった気がする。
これで完全に彼女との深い友人としてのつながりは切れてしまったと思った。あとはうわべだけのインスタグラムしか残っていない。インスタグラムのストーリーで、彼がついに本命女と別れて、彼女とちゃんとした同棲を始めたことを知った。(ふつうにすごい。健気さと執念と若さの勝利だと思った。)(本命女は30前半だったらしい。)
ただ、すでに私の中で、心からおめでとうと言える段階ではなかった。
私は高校時代から大好きだった友人があっという間に変わっていくのが悲しかったのかもしれない。私の話も聞かずに彼のことばかりを上の空で話し続ける彼女から目を逸らしたくて、連絡する頻度も少なくなっていったのかもしれない。ただ、今となってはそんなことはどうでも良くて、彼女は私にとって「どこからどうみても地雷の男に溺れて忠告も聞かず自分との友情を切った女」でしかなかった。そんな女を今でも大好きな親友♡と思えるほど、私はお人好しではない。
彼女が同棲を始めて少し経った時くらいだろうか、彼女から急にインスタグラムのDMが来た。(驚きすぎて、その日の夜は彼女と社長の彼と私の3人で遊ぶ夢を見た。悪夢だった。)
2日間ほどぽつぽつとやりとりをしていると、送られてきたのは「彼が浮気していて辛い。自分の思い描いてた幸せはこんなものじゃなかったのかもしれない」というメッセージだった。
「今更気づいたのか」以外の感情が沸かなかった。ていうか彼との関係が不安定になってきたから私に擦り寄っているようにしか見えないんですけど…。
ねえ、私たちってまだ友達なのかな。私がもっと優しい人だったら、今でもあなたの悩みに寄り添えるのかなあ。そう思いながら、興味本位で話を聞き続けた。彼女はいつのまにかポエマー気質になっていて、文章はとても読みづらかった。(彼も清水翔〇の書く歌詞のようなLINEをすると話していたことを思い出した。やっぱり彼氏彼女は似るのかと思ったし、良くないところばっかり似る気がする。勘弁して欲しい。)
ついきのう、彼にもう無理かと思ってると言われた、辛いけど離れようと思うと彼女から連絡が来た。これを伝えるためにライン1スクロール分くらい使って送ってきた。
ねえ、もう大学四年生の冬になるよ。失ったのは、たぶん彼に費やした時間だけじゃないんじゃないかな。学校での信頼とか、ご両親の信頼とか、私との友情とか。あなたはこれから、どうやって過ごしていくの?
あ、お願いだから、私にだけは頼ってこないでね。
そんなふうに思いながら自分の心の整理のためにメモ帳のアプリに書き起こしてみたら、想像以上に大長編になってしまった。とりあえず残しておこうと思う。
〜後日談〜
結局彼女はのこのこ彼と復縁をして、また頑張ってみると抜かしやがった。2時間電話して別れたのは正解だったよとテープレコーダーのように繰り返し声をかけ続けた私の虚しさを返してほしい。
怒り半分、悲しさ半分。この時の気持ちは、同じ経験をした人にしか分からない気がするが、ここまで読んでくれた人にはちょっとでも共感してもらえたらいいなとも思う。
気付いたら「なんでもいいけど彼の言うことしか聞けないならもう私に連絡してこないでね」とラインしていた。完全に友達を失ってしまった瞬間だった。(何度でも言うが、私は性格が良くない。)
当時の私は、なんつう素晴らしい歌を歌っているお兄さんたちだと思っていた。
ひとりひとり違う、みんな違ってみんないい。
自己肯定感と己の価値を爆上げしてくれる歌詞は、この国の思想や、教育といったところにも食い込んだのではなかろうか。
成長していくにつれ、ところがどっこい、な状況となってくる。
具体的にいうと、世界に一つだけなんて、そんなことないのでは……?と思い出したのだ。
だって私が出来ることは誰かが出来る。何かで一番になることはきっとない。米津玄師じゃねーし。
一番ではないということは代わりが存在するということだ。なにも私でなくていい。
今、地球には70億なんてとっくに超した数の人間がいるらしい。
褒めて!褒めて!と叫んでいる世の人々は、おそらく自分が1/70億の尊い存在だと思える強い人なんだと思う。
が、言い換えちゃうと、自分の代わりになれる人が70億以上いる 「可能性のある」 世界なのだ。
そんなの、生きる意味なくない……?
ここまで読むと、染まりやすい素直な心の方々は、きっとそう思うに違いない。
因みに、そこで我が魂は存在価値爆アリですって胸を張れる人は、嫌みとかでもなんでもなくそれは本当に良い才能なので、そのまま生きてほしい。
ただ周囲が褒めてくれない!!ってムーヴしないでね。
先ほどもいった通り、世界には70億がワチャワチャしてる。
あなたは恐らく唯一の才能じゃあない。
もしくは、才能でなく努力を認められたいなら、世の中の本当にトップ層の人間が、どのくらいの時間を努力と称しているのか見てほしい。
いや時間かけりゃいいってモンでもないんですけどね、自分に合ったやり方をどれだけ早く見つけられるか、それを体にすり込めるのか、って話でして。
ただ、たかが数十時間かけて出来たもの全てが世の賞賛を掻っ攫えるほど、この世は綺麗にできてないよ。
あとは死んで著名になった人がうんと沢山いるみたいに、この世の流行り廃りは激しいし、才能が世の中で光るにはぶっちゃけ、運が要る。
多分インターネットがもっと昔からあったら、スゴイマン、もっともっと発掘されてたんじゃなかろうか。
っていうので、死んでからあなたが各所から褒められる世界になる可能性は、ある。残念ながら、世界は結構理不尽だ。
ファンレターを浴びるほどもらったら、死を思いとどまった文豪とかいるのかしら。
話がメチャクチャ逸れてしまったが、唯一無二じゃない自分に生きる価値なんてないのでは、とお考えのあなた。
なんなら人間いない方が自然はきっと元気。いないと絶滅する存在もいるけど、それもまた世の理。
じゃあなんの為に生きてるのって話ですが、そもそも生きる為に目的を作るのってなんでですか?生きる為ですか?
卵が先か鶏が先かみたいですね。
頭が回ってしまうからきっと考えてしまうのが、きっと人間特有の損な箇所なんだと思います。
先の先まで思い描けるように、物事の深いふかいところまで想像できるようになってしまった。
そりゃ鬱にもなっちゃうわね。
何のために生きる、みたいなのを、もっとたくさんの人がやめたら、楽になるのかなぁと私は思ってます。
私がやりたいから、やりたいことをする。
生きる意味なんぞ知らんが、地球の80年フリーパス持ってんだから、人様に迷惑かけない程度に、欲のまま遊びつくせばいいと。
人様にのくだりは結構大事です。地球はちょっと広いだけの共同スペースなので。ほぼほぼ寮だよこんなん。地球寮。
さて、少しまた話は逸れまして、最近見返りがどうとか、もらったから返すべきだとかありましたよね。
人間行動もコスト換算してしまうから、釣り合わないと不条理を感じてしまうそうです。
ごもっともな話ですが、一方で、巻き込まれてる方はたまったもんじゃねぇよなとも感じます。
そこでシンプルに、見返りありきの行動、やめたらどうかなと。
これしんどいんだよマジで、人間期待が叶わなかった時のストレス具合はマッハ中のマッハ。
排出対象ではあるんだから出るかもって思いながら引くガチャがドブの時、人生三度くらい死んでるからね。
だから何かしたら誰かがしてくれる、と思うのをやめたらいいと。
そもそも自分の代わり、タイミングが合えばいるかもしれない世界なので。70億の替え玉ワールド。
そもそもしてあげる、の、あげる、って、結構恩着せがましいんだよな。
使わないように気を付けてるけど、うっかり書いてたらどうしよう。その時はコメントでキレ散らかしてください。
そして、ここでやっと話はもどって。
人様になにかアクションを行うのも 「自分がやりたいから」 一本に絞ったらいいんじゃないかなと。
これ、世で騒がれる募金が偽善でどうたらも一気に解決するからいいですよ。
うるせ~~~~俺が金使って笑顔が増えることの何が悪いんじゃ~~~一石二鳥じゃね~~~~か~~~~~!!ってなったら、普通の人間であれば、まぁお前がしたいなら……ってなるはずだし。
それでなお他人の欲を制御しようとするのであれば、人への干渉の仕方として大いに間違っているので。
仮にやりたいという欲が強いんだけど、コストが合わねえな~と思ったら、素直に相手に対する行為をやめたらいいと思います。
所持金3円しかない状態でレストランに入るのは無理だなって気持ちで。引き際がわからなくなると自分が削れます。
どうしてもギブ&ギブをやりたければ、貯金をして出直しましょう。
ここでの貯金はもちろん例えです。人に何かするには、というか対人であってもなくても、なにがしかの思考を行動に移すには、常に、気力が必要です。
自分がやりたいとはいえ、医者の不養生となってはいけないので、準備運動してからプールに入るように、まずこちらの準備を万端にしましょう。
そうして突っ込みましょう。愛を。やはりご迷惑にならない程度に。
因みに人によって迷惑になるならないのラインは違うので、下調べと相手の気持ちになるですよ~は大事。叶姉妹のコミケと一緒。
あと、見返りっていう訳ではないんですが。
優しくされたらやっぱり人って優しくしたくなるものなんですよ。
本来その心からの感謝が形を変えて元に戻ってきて、Win-Winの関係だったのではないかなと思うのです。
だから、優しくされたいからする、じゃなくて、優しくしたいからめっちゃ優しくしてたらなんかこっちにも突然帰って来たワオ!運つよつよ!HAPPY&LUCKY!!くらいの、本来は無いもの、って考えるのがちょうどいいのかなと。
はい。
めっちゃ長い。
すごい調子乗ってお恥ずかしい感ある。
自分が楽しいことと常識の範囲で他人に迷惑かけないことをうまい具合に考えて生きると!!!!!!!!
爆発的に!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
この二つは基本両立できるしね。深夜の住宅街を奇声を上げながら走らないと精神保てないとかそういう感じじゃない限り。
これは今の自分の楽しみ方なので、異論や突っ込みどころは多いと思う。さらに自分はごく最近F1に興味を持ったので昔の事は良く知らないのに加え、今の事も知識が浅くそういう意味では元増田さんに近いかもしれない。
※DZONE等の映像を見ずに無料の範囲での話になってしまいます。
シーズンが始まるとF1界隈が盛り上がりネット上の記事が多くなってくるのでそれを読んだりする。
auto sport webやmotorsport.com辺りの読みやすい記事を適当に。
断片的な内容でも、F1にはどんな人がいて各チームがどう変わっていくかを知る事が出来る。
レース週末になると、金曜日は練習走行、土曜日は練習走行と予選、日曜日は決勝と、3日間楽しめる。
金曜日は特に面白みがないかもしれないが、この日に各チームのレースに向けた合わせ込みがあるので上手くいってるチームと上手くいってないチームが出たりする。好きなチームが上手くいっていないと、やきもきしたりする。
土曜日は予選があるので、出来たら予選結果だけでも決勝レースの前に知っておくと決勝のレースの面白さにつながる。予選は確かに今はメルセデスがずっと強くて、レッドブルやフェラーリが予選トップになる事が少ない。それでもその他のチームが予選で争うところは面白さがある、特に直近のレースではいつも予選で最下位のようなチームが順位を上げてきたので、おおー!やるなー!ってなった。
決勝の日はいつもリーダーボードを見ながら、コメントのみの実況やYouTuberの映像なし実況をみて楽しむ。本当は映像も見たりする方が楽しめるんだと思う。いつか余裕が出来たらそうしたい。
決勝でつまらない、ってなるのは多分何事も起きずに強いチームが順番通りの順位について終わる時かなとは思う。確かにそう思ったりする。
それでも時にエキサイティングなレースになったりするから、そういうレースは面白い。
個人的には2019年のオーストリアグランプリが良かったなと思う。
あとは、映像だと強いチームばかり映るので他のチームがどう争ってるかが分かりにくいのがつまらなく思う原因かもしれない。リーダーボードを見ると全てのチームが1つでも順位を上げようと争い、時に劇的に順位を上げたり、時に大失敗して順位を下げたり、戦略の違いやドライバーの凄さが見えてきて面白さが増す。
戦略としてどのタイヤからスタートするのかが予選で決まるので予選の順位と予選で使ったタイヤが重要だったりする。
そして、いつピットストップするのか、ピットストップを使って順位を上げられるのか下がってしまうのか、ピットストップは何秒なのか、チェンジしたタイヤで何周走れるのか、各チームのタイヤの消耗がどのくらいで後半追い上げ出来るのか無理そうなのか、追い抜く事は出来るのか。
いつもは速いチームが失敗したり、逆に遅くて勝てないチームが戦略で成功したりするのも面白い。
時には酷いペナルティがあったりもして、それはそれで興醒めみたいな事もあったりする。逆に他チームのペナルティで有利にレースを展開して表彰台を奪うという事も起きる。
決勝レースの後日には、ダイジェストで映像がYouTubeに上がったりするのでそれを見て楽しむ。
ドライバーや監督のコメントが出るのでそれを読んで振り返ったり、レース中の無線からその瞬間何が起きてたのかを知ったり、レースを解説する記事を読んで理解したり、マシンのアップデートが上手くいっていたのかどうかとか、数日は楽しむ事が出来る。
そしてまた次の週か、再来週までレースを待つ。
ドライバーの人柄をYouTubeで見てみたり、過去のレースを見てみたり、マシンの仕組みを調べてみたり、深く知ろうとすると際限がないけど、知らないからレースが楽しめない、という事でもないとも思う。
長くなったのでこのくらいで。
内容には全く関係がないが、「文字をギュッとね!」というフレーズが浮かんだ。ああいかん、こうして見栄えのことだけに触れることもまたルッキズムだな…。
おっさん乙。
すまん、実は『炎の蜃気楼』読んでないんや。存在は知ってるってだけで……
北田の論文ではちゃんと「この論文では二次創作に興味があるオタクのことを二次オタクって呼ぶよ」っていう定義がなされた上で使われてるのでまあ問題はないと思う。この論文の中ではこういう用語法にしますよ、という話だから。
なのにtwitterでグラフの画像だけ切り取って拡散するやつがいるから勘違いされちゃうというね。その論文では一般的な用法とは違う用法をしてるって理解してくれー。
そんなに酷い本なのか、指摘されてる点が素人でも分かる程酷い
北田(2017)はあくまで本の1章やで……他の章に罪はないやで……参考文献にはちゃんと何ページから何ページまでって書いてあるんだからちゃんと見てほしいやで……
もとの調査は2010年やで。10年前のデータってのは古く思えるけど、2010年にデータ採って、それをもとに色々分析して、本の形で研究成果を発表したのが2017年でしょ? これだけの共同研究で7年なら、早くもないけど特別遅いってわけでもないよ。さすがにそれは言いがかりすぎて北田が気の毒。
『北田は、東浩紀(2001)のデータベース消費論に依拠しつつ』まで読んだが、その時点でもうほとんど相手する必要ない感がすごいある。謎の『二次オタク・非二次オタク』だったかの分類も意味わかんなかったけど。
いやその分類それ自体は別に悪くないやで……ただ分類に際して「興味がある」をそのまま「好きである、実践している」と同一視してる点とか、二次創作への興味を表す項目を腐女子の操作的定義に使ってるのが論理的におかしいって話やで……そういう分類も仮に適切に定義して適切に運用できるならまったく問題ないやで……
これ、「オタクの研究」じゃなくて「若者の趣味に関する共同研究」なので……他の章では音楽とか読書とかも扱われてて、オタクのジェンダー観の分析はその1章というだけ。
別に難しいことじゃないんだけどなぜか変なことしてるなぁ、という感じ。山岡(2016)の操作的定義は割とマトモだと思う。
なんで二次創作好きに絞って調査したのか気になる。一次創作好きと二次創作好きで分けて著作権意識について調査するとかなら必要性もわかるけど
それには、
という2つの要因がある。
北田は、男オタクは東浩紀の提唱した「データベース消費」をしているけど、腐女子はそれとは違う「関係性消費」をしていて、前者は既存のジェンダー規範に対して親和的だけど、後者は既存のジェンダー規範に対して批判的で、むしろ古臭い既存社会の構造に挑戦している、という議論をしているのね。
その文脈で二次創作に注目する、というのは、(議論の妥当性はさておき)まあわかる。
でも、北田のおかしいところは、「二次創作に興味がある」という項目から、これに賛同したやつはディープなオタクだろうとか腐女子だろうとか定義してるところね。「マンガの二次創作に興味がある女≒腐女子」ってのはデータがどうこう以前に論理的におかしい(『炎の蜃気楼』や『刀剣乱舞』で掛け算してる腐女子は「マンガ」で二次創作してるわけじゃないし、商業BL専門の腐女子もこの定義からは外れてしまうし、男女CPで二次創作やってる女オタクなんていくらでもいるし、好きなマンガをBLにするな! って毎日のようにBLを叩いてる女がいたとして、そいつは定義上「マンガの二次創作に興味がある女」ってことになるけどそれを腐女子と呼ぶのはどう考えても間違い)。これは山岡も皮肉ってる。
例えば、与野党の政治家、報道関係者、一般国民に至るまで、多くの者が総理大臣の言動に興味を持っているだろう。「興味を持つこと」と「好きであること」を同一視すれば……驚異的な支持率になる。……(山岡 2019: 21)
それと、男オタクと女オタクのデータベース消費うんぬんの話で東園子の先行研究を引いていて、これは私はまだ読んでないからなんとも言えないんだけど、『ヘタリア』と『東方』の差異で男女の消費の差異を論じてる箇所があるらしいんだよね。……『ヘタリア』、普通にギルエリとかヘテロCPもあったよな? 『東方』、男オタク界隈でも早期から百合(つまり関係性消費)の勢力が根強かったジャンルだよな? まあでもこれは東園子を読まないと何も言えないのでまずは読んでみますわ。
で、北田(2017)のツッコミどころはたいてい指摘されてて(てゆーか北田も一部については自己批判してる)、正直私がここでこんなこと書くのって車輪の再発明でしかないんだけど、あのグラフは画像として独り歩きしてて「男オタクは保守的、女オタク/腐女子は進歩的」の論拠として用いられることがまだまだ多いんだよね。だから、いやもともとの論文もけっこうおかしいよね? そんなとこから無批判に持ってきて男オタクを云々されるの困るんだけど? というのをブクマカ諸氏に訴えかけておきたかった。
ちなみに北田はその後noteで山岡(2019)に応答してるけど、今んとこ山岡からの再反論はなし。
https://note.com/gyodaikitada/n/nf3ec68635b4e
https://note.com/gyodaikitada/n/n64fa34704698
https://note.com/gyodaikitada/n/n1c5f282be513
ただこの夏に山岡が新刊出すらしいんでそっちで反論があるのかも。個人的には北田の反論もnoteとかでやってないでどっかの紀要とかに載っけてくれればいいのにと思うけど、まあ印刷物はすぐにはできないので気長に待つとしましょう。仮に去年の夏ごろに紀要に原稿投下してればそろそろ刷り上がってくるころかな(『現代思想』では江口聡のtweetを引用してdisってるんだから、ウェブ上の論争を紙でやることに抵抗はないのだろうし)。
フェミニズムの人って文献を批判的に吟味出来ているのかな?なんか北田のグラフをそのまま鵜呑みにしている反応を見たんだけど...
まあ畑違いの分野だったり自分に馴染みのないテーマだったりすると批判的に読むのすら難しいしねえ。同じドイツ近代史の真面目な研究者さんでもキリスト教に詳しくないとカール・レーフラーを見抜けなかったので……あと、フェミニストでも腐女子じゃなければ操作的定義のおかしさに気づくのとか難しいだろうし、腐女子でフェミニストでも研究についてよくわかってなければ吟味する能力がないのは仕方ない面もあるし。でも腐女子を自認してるフェミニスト研究者はさすがになんかおかしいと思わなかったのかよとは思う。
一応全部読んだんだけど、北田氏の言説がアレげな事はおぼろげにわかったが、それを突き詰めるために原典全部に当たろうとはとても思えない話だった
北田(2017)は日本語で50ページくらいの分量やで……選書だからページあたりの文字数もそこまで多くないしグラフも含めてのページ数やで……
引用しちゃダメな文献なんてないんやで。どんな文献でも引用してよくて、その中に肯定的に引用すると信頼度が落ちる文献とか自説を補強する目的で引用するとバカにされる文献とかがあるだけだから、もしも引用に値すると思うのなら匿名記事でもガンガン引用してええんやで。まあこんなガバガバ増田から引用するくらいなら素直に北田(2017)や山岡(2019)を引用しよう!
山北(リバあり)
そもそもがミソジこじらせてる連中が言う「俺らオタク」の定義がガバガバで、ジェンダー論に行く手前でもう突っ込みどころが満載なんだよなあ。アニメ漫画ゲーム以外にも山程オタはいるわけだし
最近はRPGジャンルがどんどん勢力を伸ばし同人系はほぼRPGといっても過言ではないくらい増えた
もっと昔からそういうジャンルはポツポツと合ったが自分には全く合わずというかエロゲという媒体において余りにも合ってないので発展することないだろうなと思ってたら世間はそうでもなかったらしい
ここに自分が同人RPGを理解できない理由をつらつらと書いていこうと思う
ブログ、twitterどこも今は相互監視で愚痴すら吐き出せないからここに吐き出そうと思う
1.キャラが多い
同人RPGにおいて一番嫌なのがキャラが無数に出てくること 主人公と関係を築いていくわけでもなく数クリックで終わるようなHをして後は出てこないなんてざら
カタルシスなんて格好つけた言い方したくないがなんにせよエロが薄い
また一本のゲームで絵師が違うということも珍しくないため自分に合わないイラストがあると苦痛
2.ゲーム部分が面倒くさい
これは人それぞれでもなんでもなくエロゲをしにきた以上抜きに来てる奴が大半だと思う
シコリに行こうとした手を休めひたすら画面とキーボードに向かい作業
RPGゲームが悪いというわけではない ゲームはゲームでやる エロゲはエロゲでやりたい
別々にやりたいのだ
なぜ抜きにきてるのにエロを放棄してゲームをやらなければいけないのか理解できない
現実なら風俗に行ってプレイ前にゲーム手渡されてこのキャラ倒せないとこの嬢とHできませんよと極論だが言われてるようなものだ
しかも許せないのが同人RPGのコミュニティを見るとレベル上げがだるい、もっとスムーズに進ませろという不満が多く見られる
いや、お前らどっちなんだよ!
3.金目的の奴らが多い
商品として売り出してる以上もちろんお金目的で売るのは当たり前だし構わない
ただこと同人RPGにおいては支援サイトをこれでもかと併発する
プランも携帯の料金プランかよと突っ込みたくなるようなややこしい所もある
金優先じゃなくただエロいものを作りたいと思ってるやつが偉いとは言わない
5chもRPG系のスレはすぐ金の話になりサークル側が自演してステマや荒らしを平気で行うので同じようなスレが何個も立てられたりidつけられたりしたらばに避難したりと結構カオスだ
自分が好きなサークルやエロ漫画とかは圧倒的に画力やエロさが上回るものを作ってる所があるが大体そういう人たちに限って支援サイトを全くやってなかったりする
つらつらと書いたが理由は大体こんな感じだ
私は、神字書き綾城にとっての、おけけパワー中島になれなかった女だ。
この話は真田(Twitter@sanada_jp)氏の同人女シリーズについての言及と、私自身の経験についての覚書だ。
私には神の如くの才能を持った友人がいる。
いや、居たと過去形にした方が正しい。
その時から既に絵が上手く、クラス(美術系の大学だった)に一目置かれていた。
私は、それまでは親や友人に上手いと言われて天狗になっていた程度で、彼女の才能の前では凡庸も当然だった。
本当に当時はまだ、ただの友人同士だったのだ。
やがて私は一足先に某巨大ジャンルに足を突っ込み、どっぷりと同人生活を送る事となった。
幸いにも周りに親切にして貰い、同人誌の作り方、イベントの登録などを覚え、バンバン本を作って生活していた。
そのイベントに、神友人に売り子として参加して貰った。そして自然にかつ当然な流れで、彼女は「私も好きなCPの本を作ってみたい」と言った。
まずイベントにサークル登録させて退路を絶ってから、原稿用紙の作り方、ページの左右、断ち切り、印刷発行の手続き、当日持って行くもの、手取り足取り指南した。
締切ギリギリまで作業を共にして、脱稿を見守った。完成を2人で喜んだ。
初めてのサークル参加の際は売り子として同行した。
もちろん、神友人は神なので、200部があっという間に完売した。
絵をTwitterに投げれば4桁リツイートといいねは毎回の事、フォロワーはあっという間に5桁に登った。
同CP者たちも神友人を取り囲んで、連日コラボカフェや作業イプやアンソロなどに彼女を誘い、神友人を持て囃した。
イベントに参加すれば壁には大行列、手紙と差し入れの山、アフターには肉とカラオケと推し上映会。
当然である。神友人は神なので、そう扱われるのは私にとっても想定内だった。
むしろ、そうやって人に囲まれて暮らす事が、神友人の幸せだと信じていた。
神友人は私の補助がなくても、同人誌を出せるようになっていた。多い時は2ヶ月に1冊出すペースだった。
しかし。
かと思えば、神友人は私の知らない間に別のCPにハマり、フォロワー5桁のアカウントを放置して、フォロワーの少ない別のアカウントに篭っていた。
神友人は私のLINEに返信をしないのに、そのアカウントを更新している。
もちろん私は…なぜ返信をしてくれないのかと、彼女に再三詰め寄った。
怖いもの見たさで彼女のアカウントを覗きにいけば、「作業でぃすこ募集!」である。
そしてそれに「今からいけるー!」と返信しているのが…私達の学生時代共通の友人、Bである。
鬼のように同人誌を出すようになった神友人から同人誌の作り方を学び、フォロワー2桁のなか、ボチボチとやっているオタクである。
………
お察しの通りだが、私はこのBがずっと昔から苦手だった。
何を考えているかわからないというか、何も考えていないというか、妙にアホっぽくて話が合わないと思っていて、学生時代当時からあまり絡む事は無かった。見るかぎり、向こうは私の事を特に嫌ってはいない、むしろ分け隔てなく親切にしてくれたが、しかしどうもそういう所も苦手だった。
神友人は綾城であり、Bはいわゆるおけパであろう。
神友人はBとばかり一緒にいる。
私には連絡もよこさないで。
このコロナ禍の中、私は神友人に安否確認のLINEを何度も飛ばしたが、私には一度も連絡してくれないのに、だ。
何故。
何故私がそのBのいる席に収まっていないのか。
何故私が神友人にとっての一番の友人でないのか。
どうして優先順位が低いのか。私を思い出してくれないのか。
私はこんなに、神友人に尽くし、好きで、そばにいたのに。支えたのに。役に立ったのに。
理由はわかっている。
「そういう所」だ。
綾城がおけパを好きなのは、恐らく「気兼ねない」からであろう。
おけパは綾城を神と思っていても、「唯一神」ではない。おけパにとって綾城は、沢山の友人のうちの1人なのではないだろうか。
人は、自分と相手が、「神と小市民」になった時、神に力を求める。
「神よどうかその力を、私の為に奮ってくれ」と願う。
これは神と人の関係性であって、決して友人同士の間柄なんかではない。
なのに私は、私達は、神と友人でいようとする。
神と崇められる人達は、自分を神と称える者共が、最終的に「自分にとって危険な人間」になりうる事を、本能的に知っているのであろう。
恨みながら、怒りながら、Twitterを覗き、LINEを飛ばしてくる。
こんなもの、危険人物以外の何者でもない。距離を取られるのも当然だ。
私は嫌な奴である。
大切な親友だった神友人を恨み、本人を責め、善良で何も悪くないBをアホっぽいなどと貶め、こうしてそれを文章に起こし、ネットの海に放り投げて共感を得ようと期待している。
わかっている。こういう所だと。
それが積み重なって、こうして距離を取られるのだろう。
頭では理解できても、それでも「何故だ」と内心は叫ぶ。
どうして、私を捨て置いていくのか、と。
神友人のおけパになりたかった。
私がおけパになれるはずだった。
だがそれももう叶わぬ夢であろう。
恐らく、B、おけパ本人はこんな思いなど知る由もない。