2023-11-23

必要はないが、価値はあると思う

人が何かを説くとき、「~する必要はなくて」という言い方を用いることがある。

調べる必要はなくて

深く考える必要はなくて

長文をこねる必要はなくて

なんというか、思考が尖っているというか、嫌味な言い方であるなあと思う。まあこんなところでグチグチ書いているほうがはるかに嫌みったらしいのだけれど。

 

あれをする必要はない。

これをすればうまくいく。

世界は僕にとってすごく簡単

 

どうしてそう必要に囚われてしまうのだろう?

必要じゃないことにも光を当てていいじゃないか、と私は思う。そこには無限価値がある。もちろん人間無限には生きられないので、無限の奥底を味わい尽くすことはできない。

まり、有限を意識しているということ?

 

少しずれる話だが、今の人は、生まれながらに高速なインターネットスマートフォンに囲まれた"超"情報化社会を生きている若い人は、いわゆるコスパタイパといった「パフォーマンス」を重視する生き方を好んでいるのではないか、という気がなんとなくする。

パフォーマンスというのは質のこと。質とは何か。それは効率性のこと。効率的に生きることは、賢いことだといわれる。

 

冷静に考えてみれば、「必要ない」という表現は、単に手段否定しているのではなくて、より深い場所に到達したり目標を追求したりするための一つの方法なのかもしれない。

だとすると、現代の人はすごく努力家のようにも思える。決して手を抜かず、諦めない情熱。数々の研鑽を積み、試行錯誤を繰り返しているのだろう。 

まさに、必要発明の母、である

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん