日曜のある昼下がり、座席に客がまばらに座る電車が終点に着こうとしていて、皆がドアをに向かう中、私はまだ座ってスマホをいじっていた。
駅のロータリーが見えてきた辺りで頭を上げると開く側とは逆のドアの前に10歳ぐらいの餓鬼が目に入った。
幼稚園児ならまだしも、小学生低学年に見える餓鬼が鼻くそを公共の場でする事自体、知能が足りてない感じがした。
知恵が足りない子を放置するなよと親の存在を確認したが、そばに立つ親の姿は見えず、そばに立つ大人は、鼻くそをほじる姿をみた者は距離を置き始め、扉に向かっていて、鼻くそをほじる餓鬼に背中を向けていて、鼻くそほじりを見てない奴らだけだった。
親はおらず1人で電車に乗り降りる駅を認識できる知能があるわり、人前で鼻くそを延々ほじる公共性のなさのギャップに戦慄しながら、餓鬼は延々鼻くそをほじっている。
降りやすいように扉の近くの席を選んだが、流石に得体のしれない餓鬼と同じ扉で降りるのは危険に感じ、別の扉に向かった所で豊田市駅に着いた。
できるだけ餓鬼との接触を避けるため、餓鬼の動向を確認していたが、扉が開く時に餓鬼は鼻に入れていた指を口に入れた。
汚物を口に入れる行為に身の毛がよだったが、同時に、しつけの点から頭を叩いてやめさせるべきだったと感じた。ただこのご時世にそのような余計なおせっかいはろくな結果を招かない事も感じたので何もしなかった。