はてなキーワード: 月経とは
はじめてのバイト先だけど、はじめて1ヶ月で超やめたい。
同年代の人がいないから仲良くできる人がいないし、特に趣味が合う人もいない。
担当するフロアの商品の位置すら覚えられないのに全フロアの商品の位置を覚えなくちゃいけないし、なんか色々ありすぎてわけわからない。
無線みたいなので尋ねられるからいいと思ってたけどいつもキレ気味で返ってくるから怖くてあまり聞きたくない。
1ヶ月経つのにまだ何も手につかないし、戦力にもなれていない。
友達とかはなんかいきいきとバイトしてるみたいなのに、この差はなんなんだろう。大型店を選んだのがダメだったのか。
このままここでバイトしても、人間関係も広がらないし嫌いになってくのが加速するだけだと思う。
1ヶ月だとまだこんな感じで、3ヶ月ぐらいで楽しくなるものなのかな。
とりあえず、3ヶ月続けてダメだったらやめようと思う。
はじめてのバイト先だけど、はじめて1ヶ月で超やめたい。
同年代の人がいないから仲良くできる人がいないし、特に趣味が合う人もいない。
担当するフロアの商品の位置すら覚えられないのに全フロアの商品の位置を覚えなくちゃいけないし、なんか色々ありすぎてわけわからない。
無線みたいなので尋ねられるからいいと思ってたけどいつもキレ気味で返ってくるから怖くてあまり聞きたくない。
1ヶ月経つのにまだ何も手につかないし、戦力にもなれていない。
友達とかはなんかいきいきとバイトしてるみたいなのに、この差はなんなんだろう。大型店を選んだのがダメだったのか。
このままここでバイトしても、人間関係も広がらないし嫌いになってくのが加速するだけだと思う。
1ヶ月だとまだこんな感じで、3ヶ月ぐらいで楽しくなるものなのかな。
とりあえず、3ヶ月続けてダメだったらやめようと思う。
まず初めに、これは一年間悩みに悩んで結局担降り出来なかった自分の気持ちを整理しようと書いたものであり、特定の誰かの存在や考えを否定したり攻撃しようとする物ではない。
事の発端は今更言うまでもない、例の「小山事変」だ。
それまで私は「愚痴垢」という物の存在こそ知っていても実際に見た事が無かった。しかし今年に入ってから数々のスキャンダラスな出来事が発覚した事により愚痴垢は一気にその数を増やし、ついにその勢力は平和だった自分のTLにも及んだ。
私の自担は渦中の彼では無い。それでもNEWSというグループのファンである私には自担と同じように彼のことも大事だったし愛おしかった。だから初めはなんの配慮もなくアイドルのプライベートを暴いて叩くその存在に腹が立ったし、愚痴なんて言うぐらいだったら担降りすればいいのにと思って見ない様にしていた。
けれど「事変」の内容がどんどん明るみになるにつれ、いつしかその存在を無視出来なくなった。
当時の私は最年長の彼を信じたいと思っていたし、それならば愚痴垢など見ないでいた方がいいに決まっている。けれど私はだんだんとそれまで自分の目で見てきたはずの彼のことが信じられなくなって、彼の言動の真実を知りたくていろいろな愚痴垢をわざわざ検索して探すことまでして見て回るようになった。
流出した写真や動画など目に入った物は全て見たし、明らかに黒だと判断できる案件も少なくなかったけれど当然のように信憑性の無い話もたくさんあって、ますます何を信じればいいのか分からなくなった。
今回の騒動について、責任の所在だとかアイドルの恋愛観だとかについて議論することはもう望んでいない。
私の中でも結論は出ていないし、誰かの意見を聞いてそれに納得することもないだろう。
様々な人の愚痴垢を見て回って、それらは大きく2つに分けられると考えた。
一つは単純に、アイドルを叩きたいだけの人。NEWSというグループのことが嫌いだったり、他のグループのファンであるにもかかわらず興味本位で薮をついて出てきた蛇の首を掴んで鬼の首を取ったような気になっている人。これらは今回の炎上をおもちゃのように扱っているだけなので興味が無くなれば沈静化する。
もう一つは最年長の彼を叩きつつもまだNEWS或いは誰か一人のメンバーに対する「好き」を捨てられないでいる人。今も残っている愚痴垢には圧倒的にこちらの方が多いように思える。
皆揃って口にしていた。
「降りれるなら降りたい」と。
あれから何ヶ月経っても未だに彼について言及せずにはいられないのは、まだNEWS或いは誰か一人のメンバーへの未練を捨てきれていないからのように私には見える。
私のことに話を戻すと、たぶん私も自分の中に残っているNEWSというグループに対する「好き」を消したかったのだ。いろいろな愚痴垢を見ながら自分の中の「好き」に銃口を向け続けた。彼を攻撃する言葉をたくさん吸収してその「好き」をボロボロにして消し去ってしまいたかった。
愚痴垢を除いて落ち込んではコンサートに行って幸せな気持ちになって。
さっさと諦めてこのグループを降りようと引き金を引き続けた。
結局まだ私はNEWSを降りていない。次のシングルもきっと予約するだろう。
とにかく、私はまだ彼らを応援している。
「お花畑」という単語を愚痴垢で見ない日は無かった。真実を知ることを拒否して自分の中の理想のアイドルだけを信じ続ける盲目的なファン。人によって多少の誤差はあれどおおよそこんな意味だろう。多くの愚痴垢は侮蔑的なニュアンスを含んでこの単語を示した。
私は愚痴垢の事を「地獄」のような場所だと思っている。作ってしまったら最後、もがき苦しみながらもそこから抜け出せない。それが分かっていたから私はとうとう自分の愚痴垢が作れなかった。愚痴垢を作る目的なんて人それぞれだとは思うが、そこには誰一人幸せそうな人などいなかった。
それならば私は「お花畑」のファンでいようと思った。「好き」がどうやっても殺せないものであるならもう「好き」を諦めることを諦めようと思う。信じたくない事、見たくなかった事に蓋をする「努力」によってボロボロの「好き」で溢れ血塗れになった私だけの「お花畑」を守ろうと思う。
地獄にいるのとどちらが幸せかなどと考えても仕方がない。どうせもう何も知らなかった頃の幸せは帰ってこないのだから。
そして私の「お花畑」を守ることに疲れてしまったら、地獄に身を堕とす前に全ての「好き」をどこかに閉じ込めて、ひそかに担降りしよう。
万が一のために保険に入ろうということで、いろいろ考えているが、ドル建ての終身保険に入ろうとしてたら月々の支払いが高すぎるという事で周囲の反対にあってしまった。
掛け捨てだと、毎月経費を払ってるみたいでもったいないなと思うんだけど。
当面の生活費で無理のない範囲で月々の支払いを設定するべきだ、とか、長期で見たら払い戻し金はあてにならないとか言われるとそれもそうだなと思う。(リーマンショック時に当時入ってた保険はダメになったらしい)
そもそも、もともと保険にあまり前向きでなかったせいもあり少し迷っている。
しかし、保険屋さんと話をするうちに、自分がもし死んだら、という事を考えて後に残った子供と嫁が困らないように、できるだけ生活水準を落とさず生活できるようにしてあげたいな、と思う。
相手は同じ部活の同期で、大好きだったんだけど、彼氏があまりにも女の子と混ざって遊ぶもんだからそれとなく嫌だって言い続けてたら、おれには自由がないだとか、そっちに合わせてらんないだとか重いとかいう理由で最終的にメンヘラ認定されてこっぴどくふられた
最初のうちはショックでなにも手につかないしご飯も喉を通らないしで生きるのに精一杯だったんだけど、時間が経つにつれて気持ちも薄れて恨みが大きくなってきた
わたしはしばらく気づかなかったんだけど(イヤわたしがメンヘラだからそれが悪化すると困るってことで周りのみんながあえてわたしに隠してたんだけど)別れてから1ヶ月経たないうちにほかの女と付き合ってたみたいでああ別れた理由はもしかしてそうだったんだなとかあいつがいるせいでメンヘラだとか重い女だとか周りの人たちにイジられるんだなとか思ったからどんな汚い方法でもその元彼の印象を悪くしようと考えたのよ
で、思いつく限りの事実を並べて誰かと飲むたびに全部ぶっちゃけてはっちゃけた
まあだいたいが汚い話なんだけど
・つけるのに3分かかること
・最後までいけないこと
…あとはここには細かく書けない
これを話してるうちにもこいつひどいやつだったなとか別れて正解だったなとか思うようになったので恋は盲目だと再認識したよ
今付き合ってる女はよく耐えてるなあと
約1か月経ったので経過報告というか、お礼を言わせてください!
ご飯デートからの脱却ということで、ご提案にもあったラウンドワンに10月は遊びに行くようになりました。
そしたらびっくりするくらい二人の距離が縮まった気がして、楽しくデートできるようになりました!
彼氏は本当に友達がいないタイプで(ネトゲ友達はたくさんいるみたいです。)
ラウンドワンにも行ったことがなくビリヤードもダーツも未経験者だったのですが、ド下手くそな私が教えてあげても
凄く喜んでくれてたった1回でも上達するくらい飲み込みが早く、楽しんでいる笑顔もたくさん見ることができました。
結果として私は一か月前に言った「少し距離を置く」ことを実践できなかったのですが、2人で何かを共有する期間に上手く突入できて
そのアドバイスを貰えて本当に良かったです;;
お正月は彼の方から旅行に行きたいと言ってくれて、ホテルも確定しました。
本当にどこかに愚痴を吐きだしたいな~くらいの気持ちで投稿したのですが、素晴らしいアドバイスのお陰で上手くいっています。
https://anond.hatelabo.jp/20170907021659
始めた頃は74キロだったのが、66~65キロをうろうろするようになった。
今の所特に無理もせず、大きな戻りもなく、順調に続けて順調に下がっていっている。
正直誰からも「痩せたね」と言われる事はないし、見た目に痩せた感じは全くない。
もしかして体重計がおかしいのか、私がいつも見ているこの数字は幻なのかと本気で考えたりもしたんだけど、この前あった会社での健康診断でちゃんと体重は落ちてた。
よかった。
飽き症なんだけど当初決めたふんわりとしたルール、
①無理はせず続ける事を第一に考える
③レコーディングする
①をまずルールとして設定したのは、昔きつめのダイエットをやって痩せたもののやめた途端思いきりリバウンドした事、ダイエット中にきつさに根を上げて成果が出るまで続けられなかった事があるからだ。
反動が起こらないような、また日常の延長線上にあるようなものにしようと思った。
また期間を限定してのダイエットは、「明日から」になりがちだし、結果が出なかった時の失敗感もすごい。
なので「無理せず」「とりあえず続ける」を一つ目のルールとした。
大きな戻りもなく、と上で書いたけども、小さな増減は結構ある。
でも続けているとそこから減っていくし、一週間前と比べず、一か月前と比べると確実に減っているので、気にしない事にした。
あとグラフ(カロリー管理のアプリを使っている)を見ると、一気に減る、停滞、少し増える、一気に減る、というサイクルが出来ているので、きっと自分が悪いのではなくそういうものなんだと。
ちなみに増え始めるのは月経の前で、一気に下がるのは月経後だ。
これは皆そうなのかな?それとも人それぞれなんだろうか。
月経前にはお通じが良くなるのでそれのせいもあるかもしれない。
あんなに憂鬱だった月のものが今はちょっと楽しみになっている。
無理をしない、で言ったら、カロリー制限以外の事は基本的に考えない。
制限内ならお菓子も食べるしラーメンも食べるしハンバーガーなんかも食べる。
飲み会では一応気にしつつもカロリー上限を超えても仕方ないと思うようにしてる。
塩分を取り過ぎた翌日は確実に体重が増えているので、塩分取りながら「明日は増えてそうだな~」と思うけど別に気にしない。
一日の摂取カロリーの上限だけを気にして、食べたいものを食べてる。
たまに馬鹿食いしたくなる時はある。
でも自担の美しさとあの時の居たたまれなさを思い出す事で簡単に我慢できるようになった。
あー、でも二つほど悩みがある。
一つ目はこれまで快便だったのが便秘気味になっている事だ。
正直これまで便秘で悩んだ事はなく、ダイエットと便秘が結びつかなかった。
大体のダイエットサプリの説明を見ると便通がどうのこうのって書いてあって「私快便で太ってるけどな?」と思ってたんだけど、単に私が快便だったのは過剰なカロリー摂取のためだったようだ。
便秘苦しいね。快便、下手したら下痢気味で生きてきた私には、この辛さがわからなかった。
お腹重い。あと便秘してると体重が減らない。出すと減る。出したい。出して減らしたい。
これかあと思った。世のダイエットサプリが訴えてた事は本当だったんだ。(サプリが効くかどうかはともかく)
ジャニーズにハマる前からとあるスポーツ観戦が趣味なんだけど、特に海外の選手を応援しているので、夜中に放送されるそれをリアタイするには睡眠時間を削らねばならず…。
仕事で日付超えてから帰宅しても一旦仮眠して3時に起きて観戦した日に体重計乗るとガツンと増えている。
最初は摂取カロリーをさらに抑えてみたり、便秘薬飲んだりして改善を図ろうとしてみたんだけど変わらないしなんでだろ?と思って自分の行動と照らし合わせてみたら、見事に観戦のために睡眠時間を削った日とかぶってた。
かといってリアタイ観戦はやめたくないので、できるだけ仮眠時間を取れるようにしよう、と思っている。(なかなかできていない)
自担が毎年やってる舞台が冬にあると仮定して、そこまでにあと2キロくらい痩せたいなあ。
自担、54キロなんだって。身長は私よりもあるのに。筋肉もあるのに。
8キロ痩せた私よりまだ11キロも軽いとか私どれだけ太ってるの。
道のりは遠い。
いつも楽しく増田を読んでいるけれど、あんまコアなゲーマーの意見が書かれていないので、ゲーム日記的なエントリを書いてみようと思う
私はポッ拳DXがswitchで一番好きなゲームで、万人にオススメしたいと思っています。
鉄拳をパロディしたタイトルですが、製作チームはソウルキャリバーのチームで、強くなる方法がわかりづらいという欠点を持っていたソウルキャリバーをブラッシュアップした非常に優れたシステムになっています。
使うボタンは
・十字キー:移動、構え変更
・R:ガード
・B:ジャンプ
・Y:弱攻撃
・X:強攻撃
・A:必殺技
これだけ
一見多いように見えますが、1つ1つのボタンの役割が独立していて混乱せず、初心者にも優しいです。
236+Pだの、レバー一回転だの、下溜め上キックだの。そういうの一切ありません。
十字キーを「前、後ろ、上、下」に入れる事で出る技が変化します。
だから、他のゲームなら波動拳コマンドや一回転コマンドが必要な大技も、レバー入れワンボタンで出てしまいます。
なので、マリオのようなアクションゲームができる人ならそれだけですぐに格闘ゲームが始められてしまうのです。
このゲームのガードは超優秀です。
・立ちガードで中段も下段も完全防御
・めくりも完全対応
と、なっています。
格ゲーで初心者が「意味わかんね!クソだな!」ってなるポイントは
それが一切無いというのが素晴らしいです。
基本的にボタンを押してから攻撃が出るまでのタイムラグが長めのゲームデザインとなっています。
なので、相手の攻撃を見てから何かしても「基本的に」間に合いません。
だからでこそ、「相手は次に何をする」というのを読んで「打撃・当身・投げ」の3すくみをいかに勝つか
だから、1戦目で負けたとしても、2戦目で相手を知った事によるアドバンテージで勝ちやすく
1勝1敗の最終ラウンドにもつれ込みやすいゲームデザインになっています。
・共鳴ゲージ
の2つです。
サポートポケモンは、選んだサポートポケモンを呼び出して状況を有利にします。
影響度は低いけれど頻繁に出せるポケモンから、1試合に1度しか出せないけれど超強力なポケモンまで全32匹が存在しています。
共鳴ゲージについては、消費する事で平均12秒の超強化状態になり、HPも大きく回復します。
その強化状態もポケモンごとに個性があり、100ポイントで満タンになるポケモンから、400ポイントで満タンになるポケモンまでと多彩です。
強化後の強さも、頭1つ抜けているメガゲンガーや目立って強くならないダークライと多彩です。
格闘ゲームと言えばコンボであり、ポッ拳もほどほどにコンボがあります。
そのコンボも、中々に高性能なコンボをボタン連打だけで出せるので、初心者も上級者が活用するコンボを簡単に出せてしまいます。
ですが、そういうコンボゲーにはたびたび「即死コンボ」「9割コンボ」と呼ばれるクソみたいな連続技が出て、初心者お断りになってしまう事があります。
ポッ拳には即死コンボがなく、一定回数ボコられると「フェイズチェンジ」と呼ばれるモードチェンジが実施されます。
・フィールドフェイズ:飛び道具を撃ち合って主導権を奪い合うフェイズ
・デュエルフェイズ:使える飛び道具が減って、大ダメージの接近戦を挑み合うフェイズ
この2つのフェイズをいったりきたりする事で仕切り直しが行われるので、意味わからないまま負け続ける事が少なくなっています。
格闘ゲームでよくある事ですが「3強」「3弱」などの蔑称で呼ばれる強すぎるキャラや弱すぎるキャラが頻繁に発生します。
ポッ拳DXは、前作のポッ拳から5キャラ増えて21キャラとなりました。
その中で現在オンラインランキングで特別多いキャラというものは存在しません。
大会に参加するポケモンも、ほぼ全ポケモンが決勝トーナメントの壇上に上がっています。
アーケードで弱キャラと言われていたグレッグルも、switch版は立派に強化されて強くなっています。
・自分の直近20試合のリプレイと、その中から厳選して保存した試合のリプレイ
そして、ランクマッチも快適で、練習用にランクに影響が出ないフレンドリーマッチや、身内と楽しくプレイできるグループマッチ等もあります。
特筆すべきはマッチングの早さで、10秒以内に次の相手が見つかる事がほとんどです。
ランクそのものも、スプラトゥーン2のように異様にランクが上がりやすいという事がなく、
・E:始めたばかり
・D:初心者
・C:中級者入門
・B:中級者
・AとS:上級者、一握りの異才
と、なっています。
SをAとひとくくりにしたのは、現在世界でSランクのプレイヤーは2名しかいないからです。
ランクは自然とそのプレイヤーの適正な腕前の箇所に落ち着くようになっており、格下に常勝できて格上を食わなければ上がらないようになっています。
https://www.twitch.tv/videos/184091242?t=6h30m45s
こちらは、先日開催された「タイトー主催、闘神祭2017」のトップ4チームによる決勝です。
EVO、闘神祭、WCS等のゲームメーカー主催の大会が多くあり、
日本国内で優秀な成績を出せば、海外の世界大会に招待される事もあります。
WCSは株式会社ポケモンが主催する国際大会で、日本国内数ヶ所で開催される予選大会を勝ち抜く事で、アメリカで全世界の強豪と闘う事ができます。
ですが、一ヶ月経った今、売上は10万本を突破し、新たなバトルトレーナーが増え続けています。
はてなー達も、switchを手にしたなら是非ともポッ拳を買って
「格ゲーっていつの間にかマニア向けになって敬遠してたけど、やっぱり面白いじゃん」って気持ちを味わってください。
SFCやPSの頃に格闘ゲームを楽しんでいた人達向けのゲームです。
小学生層も遊んでいるので、オンラインで勝てないって事もないハズです。
歴代ゼルダはシーケンスブレイクと言うか、自由な操作の結果想定された順路を飛ばせてしまうような事が極力無いように作られてきました。
欲を言えば敵の種類が多いけれど少なく感じてしまう(種類は多いけれど、どの地域も似たりよったり)という欠点を次回作では解消してほしいところ。
違う所と言えば、キャプチャーよりも「パワームーン」がスナック感覚で大量に手に入る所でしょうか。
全部で何個あるのかわかったもんじゃないです。
難易度についても、ノーマルモードでもライフが3もあるので割とゴリ押しでなんとかなりますし、それでもキツイ人はお子様向けのお助けモードを使う事でライフ9で遊べるので
ボス戦はまず負ける事がなくなるので、ゲームがヘタな人も楽しめます。
そして、WiiU用タイトルであったゼルダと違って、ジョイコン操作のHD振動が心地よく
面白いと思います。面白いとは思うのですが、惜しいタイトルです。
switchで一番売れているのですが、今作だけ買って他のタイトル買ってない人が本当にもったいない。
クソ手抜きですわ。アオリ、ホタルは椅子に座って撮影できないとか撮影箇所変えられないとか
ちゃんとユーザーに満足してもらおうって感じが無いです。もっと良くできたハズです。
ストーリーモードにしても、ホタルちゃんの事を2で初見の人にホタルちゃんの魅力を伝えられるような内容になっていないと感じました。
イカラジオ2は最高です。フルコンボとパーフェクトの2種しか記録しないというスパルタンな姿勢はどうかと思いますが、マジでいいです。
バイトはクソです。慣れてしまえば9割がた勝ててしまうのでスリルがなく、ギアに経験値も溜まりませんし服装の自由も無い。新しいギアが出たらやるけど、面白いとは思いません。クリアし終わったヒーローモードのステージを何周も繰り返すような苦行に感じます。
ガチマッチは、新しいルールが無いってのがもったいない。せっかく2なんだから新しいルールの1つや2つあってしかるべきかと・・・。それぞれのガチに関してはルールが変わったのは良いと思うのですが。
ブキのバランスについては、ブラスター使いなので特に不満は無いです。ブラスターは全種面白いし楽しいです。ダメなブラスターなんて1つとしてありません。
良いゲームだと思うのですが、難点が多いです。
ストーリーモードは、歴代スーパーボンバーマンに比べてゲームスピードが早いので、注意してても死にやすいです。
死んでも過去作と違ってその場復活で残機もほぼ無限と言っていいので、ゾンビアタックで攻略している気分になって、ステージクリアしたのに負けてる感じが強いです。
オン対戦は、改良はされましたが、それでもラグと言うか、ヌルっとすべるような感じがあり、うまくボムの連鎖が組めない感じでモヤモヤします。
ですが、それらの問題を差し引いたとしても、バグラーやスパボン2初出の凶悪ボンバー5人衆が名前ちょっと変わったけど出ているので満足感は高いです。
今度、アップデートでランブルローズ、ANUBIS等のKONAMIゲーのキャラが加わるようなので
長く楽しみたいタイトルです。
スーパーボンバーマン新作なのにハドソンキャラじゃなくてKONAMIキャラが出まくってるとか過去作BGMなんも無いとかどうなのそれって所もなくはないけれど
他にも書きたいタイトルもあるけどここまで
女性であることを拒絶し男性が羨ましいとか抜かしながら、生理を維持できる程度に食欲はあって、生理を維持できる程度には全身に脂肪をまとっている。そんな自分自身を受け入れ、許せている。
つまりコイツの悩みなど、せいぜいネットで愚痴を吐く程度で解消できる程度の浅いものってことよ。
本気で悩んでるわけじゃない。単に口先だけで辛いと言ってるだけ。単なるポーズ、単なるファッションなんだよ。くだらねえ。
本気で思い詰めてる人間は、愚痴を吐いても何も問題は解決しないことは身に染みてわかっているから、まず行動に移すんだよ。日本にも月経回数を減らすピルはあるし、FDAに認可されてる月経を完全に止めるピルだって個人輸入できる。
新卒なら最低3年はいないと何とも言えないし、ミスしてもまだ許されるし、チャンスは何度でもある。
ただ、転職して入って3ヶ月経って、何かしらの貢献や、自信が芽生えなかったり、合わないなって思ったら我慢せずに早く辞めてしまったほうが良い。
新卒の時と違って、周りの人たちからの目は冷たいし、立ち位置も悪くなって誰からも相手にされなくなるし、最終的に孤立して終わっていくと思う。
会社には社風とか文化とか政治的要素もあるから、合う合わないは仕方ないし、新卒の時にある程度出来上がった仕事スタイルや固定観念とズレてやり辛さを感じるなら無理してそこから学ぼうと思うだけ時間の無駄だと思う。
特に人間関係こじれやすくなるし、社内の人は、中途で入ってきた人を染めようとしたがるし、否定しようとしがちなので、本当に都合の良い人しか大事にしてもらえない。
基本的に新しいことを提案しても、やらない方向に持っていくための考え方をしたがるし、老兵とか社歴がやたら長い奴が多い会社ほど、取り組みスピードが遅いし儲ける意欲が無い。
誰かについていきたい、この人から学びたいって思えないと、正直人生における時間の無駄って思えるし、反面教師とか思えるポジティブな考え方にもならない。
自分が管理職として、偉そうに振る舞ってわざと自分より上の立場の人の前でマネジメント感出して部下を説教してる奴の痛々しさが半端なくて笑える。
ほんまに憧れたり、早くから結果出してのし上がってる人って、人を大事にしてると思うし、人のこと考えられるからこそマネジメント素質があると思うから、部下も自然と信頼して組織盛り上げていきたいと思えるし、何でも相談したいなって思える。
自分のために部下をマネジメントして、利用してる奴は、マジで管理職向いていないなって思えるし、考え方も古臭い。
数十年前の管理職とかマネジメントとは的な書物に書いてある文章そのまま引用して、普段から使ってそう。
人が辞めたタイミングで組織編成で、誰も適任がいなくて、年齢的に出世する奴ほどそういう奴多いと思う。
だいぶ話が逸れてしまったが、いま転職して悩んでる人は、悩んでる時間がマジでもったいないし、無理せずに辞めてやろうぜ。
結果が出ないとか自分のせいだけじゃないから、そんなんで一度しか無い人生悩まずに、いまの環境から脱出して、やり直すチャンスを掴みましょう。
一人でも多くの悩んでる人に届いてくれたら嬉しい。
内面の整理のために吐き出しています、その関係上乱文になってると思います。
間違いなくあそこに地獄があった。
少なくともあの時の僕にとっては地獄だった。
虐められた、とても虐められた。誰も味方がいなかった。
虐められるターゲットだった。友人は居なかった。一人だった。
家の中にも安らぎはなかった。家もまた気を張る場所であった。信頼ならない場所であった。
母は精神障害者だった。弟は知的障害として小学校の時分から養護学級の者として生きていた。父はそんな二人の世話に明け暮れていた。
とても頼ることなど出来なかった。
学校では「死ね」「キモイ」そんな言葉がずっと浴びせかけられていた。常に居場所がなく、昼休みは別の校舎の廊下や音楽室の陰といったひと気のない場所に避難する時間であった。
とても辛かった。そんな場所だった。
部活は小学校の時にサッカーが好きだという理由でサッカー部に入った。大失敗だった。
部活中にも時折、野球部の方からボールが飛んできて僕に当たっていた。たぶん、ぶつけられていたのだと思う。頭に何度も当たっていた。とても辛かった。
中学校1年の2学期から休みがちになった。1学期でも体調を崩しがちであったが、休むために休んでいたのはこの頃だったように思う。
とても行くことが嫌だった。そんな風に休むものだから、勉強も遅れがちになった。宿題が溜まったのもより行きづらさに拍車をかけた。
英語がついていけなくなった。
家は貧しかった。貧しいが故に常識も知らなかった。小学校の宿泊研修で初めてリンスの存在を知る程度には貧しかった。
とても閉じていた。服もなく、娯楽を知らず小学校の夏休みの絵日記に苦労していた、そんな記憶が残っている。
旅行に行く人達を羨ましく思いながら、隣町の祖父母の家に行く位が一番の遠出だった。
どんどん私は中学校に行けなくなっていた。田舎の中学校故だろうか、治安もよくない学校であったのも一因だったとは思う。
通学の自転車が指定の自転車だったが、指定の物ではないものを買い与えられ、そのことがまた虐めの原因にもなっていた。
通学することが苦痛だった。
家の中では良い子でなければ、迷惑をかけないようにしなければならず、学校には居場所がなく、そんな状況が続いていた。
中学1年の三学期にはほとんどいけなくなっていた。ひたすら虐めの恐怖に怯えていた。布団の中でまるまって何故虐められるのか分からず、相談できる相手もいない、一人で苦しみ続けていた。
家の外に出るのが怖くなっていった。休んだことを揶揄されることもまた恐怖だった。ひたすらに家の中で時間を過ぎ去るのを願っていた。夜になってようやく少しだけ外に出られるような有様であった。
中学2年には全く通うことができなくなっていた。申し訳ないと感じつつも動くことができなかった。昼に父が職場から帰ってきてお昼の支度をしてくれる時間が僅かばかりの気晴らしといった毎日であった。
中学3年のころには少しだけ保健室登校のようなことをしていた。それでもほとんど休んでいた。勉強についていけなくなっていた。将来の恐怖に押しつぶされていった。
受験があった。とてもできず、また遠方へ通えるような財力はなかった。地元の県立高校に進学した。
高校に入った。周りは大人になっていたからか、虐められることはなかった。だが、僕自身は人間不信になっていた。やはり一人だった。
そして、とても落ち着かなくなっていた。
授業中に突然笑いだすようなこともあった。エア友達と脳内会話して笑いがこぼれていた結果だった。
ギャップを感じていった。普通が分からなくなっていった。休むようになっていった。精神科へ通うことを勧められた。ここで初めて通うようになった。
月イチでの通院の日々だった。それでも行けないことには代わりはなかった。
出席日数が足りなくなっていった。補修を受けるようになっていた。補修にも行けなくなった。単位を落としてしまった。通わなくなった。
単位が複数落ちてから、一つだったら頑張ればなんとかしてあげれたと言われた。もう遅かった。手遅れだった。
留年するか転校するか退学するかの選択肢となった。金銭上、転校することは出来なかった。そのまま退学することになった。
高校に入ってからしばらくしてから与えられた携帯でネットに依存するようになっていった。
普通じゃなくなっていく苦しみを誤魔化していた。なんとか逃れようとしていた。
ネットに居場所を求めるようになっていった。その間は少しだけ救われていた。
将来への絶望は消えなかった。
父母弟の介護をしつつ、田舎町から出られず永久にそのまま終わるようにしか思えなかった。
17になった。心を誤魔化すためのゲームで繋がりができていた。オフ会に参加することになった。
オフ会に参加するのが唯一の遠出だったと思う。
隣の県まで電車で行った、少しだけその時は救われていた。
18になった。早く頑張らなければ、何かしなければという焦りと苦しみがちりちりと焦がしていたが見ないようにしてゲームに没頭していた。
19になった。オフ会で会った友人たちが大学生になっていった。僕は一人取り残されていった。
また一人になった。
一人の時間が長くなった。その分だけ余計に焦りと苦しみが増していった。向きあおうとして、オフ会の友人との繋がりを控えた。
より苦しくなっていった。薬に甘えないようにせねばと思ってあまり通院してなかった時期でもあった。
夜に原付を飛ばしてみたり、自分なりの反抗をしていた。それでも苦しさは消えなかった。
夏の終わり、自殺を図ろうとした。海の近い町だった。このまま砂浜から海に入っていけば泳げない自分は死ぬのではないかと感じていた。
服が海水を吸って重くなっていった。明確に死の恐怖を感じた。このまま自分が死んでいなくなる恐怖だった。この世から消え去りたくないと感じた。
砂浜へ引き返した。びしょ濡れのまま、一人家に帰った。自殺しようとしたなんて打ち明けることなど出来なかった。
死ななきゃいけないという感情はそれでも消えなかった。僕は考えを捻じれさせていった。
死ななきゃいけないなら、自分自身が死ぬことを納得できる人間になろうとすればいいじゃないかと考えるようになっていった。
当時のニュースの影響もあって、大量殺人者に憧れるようになっていった。ああすれば死ねる!と。
30になったら行おうと思っていた。そこまでの命ならと思って、散財するようにもなっていった。
課金ゲームにハマっていった。諫められても、助けてくれなかった親への恨みから正当化していった。
深みにはまってどんどん続けていた。
バイト探しをするようになっていった。田舎だから、求人は貴重だった。
毎度のごとく落ちていった。
21になった。レンタルショップのバイトに受かった。バイト代はすべて課金ゲームにつぎ込んでいった。
22になった。僕はバイトのままだった。世間の就職にまた焦っていった。
23になった。友人の誘いで地元の原発の作業員になった。入ってウキウキな気持ちと原発への嫌悪感がごちゃ混ぜになっていた。
半年で辞めてしまった。よりヤケになっていった。クレカで借金を作れば自分も死ぬことに納得いくだろうと破滅的な行動が増えていった。
24になった。転職サイトで中途で入社した。ネットの販売員だった。営業だった。件数は全然取れなかった。頑張っても取れなかった。
頑張ることの意味が分からなくなっていった。努力しなくなっていった。ネットへの依存は深まっていった。
グループ内で転籍させられた。借金は増えていった。死にたくてたまらなかった。
25になった。課金ゲーで出会った友人に職に誘われた。僕は後先考えずに飛びついた。殴られるような営業から逃げられると思った。
転職先は良いところだったが付いていけなかった。そのころにはもう考えてもストレスで意識が飛ぶようになっていた。
無職になった。生活保護を受けるようになった。治療を受けても、あまり合わなかった。借金は残ったままだった。
四か月経ち、今日バイトを始めた。あまりのおぼつかなさに愕然とした。
死ななきゃいけない声が聞こえていた。今までは、周りを批判的に見たり、自分の実力を弱く見せたりして補助を貰おうとして誤魔化していた部分も遂に終わりを迎えた。
虐められていたときに亡くなった祖父母へのお別れの気持ちも1週間ほど前に整理がついた。
予断を持たずに事件に取り組み、判決などで具体的な理由を示すにあたっては、最終審としての説明責任を果たす内容になるよう、力を尽くしたい。最高裁には多様な紛争についての不服が申し立てられ、どの事件も最終的な決着が求められている。社会的に影響の大きな事件も少なくなく、責任の重さを日々痛感している。
広い視野の下で、公正な判断を行うことが期待されていると感じる。その期待に応えるためには、判断の内容を説得力ある分かりやすいものにすることが大切である。また、裁判所の存在が国民に身近なものとなるよう、情報発信や手続きの工夫などといった面にも一層留意する必要がある。
地裁や高裁で勤務した時代、3人の裁判官の間でさまざまな議論を重ね、充実した判断につながったと感じられた事件は、著名かどうかを問わず長く記憶に残っている。最高裁においても同じだろうと思う。
任命権限に関わる事柄であり意見は差し控えたいが、現在、バックグラウンドの異なる同僚裁判官とさまざまな角度から率直な意見交換ができる環境にあり、日々の仕事にとって大きな意義があると感じている。
裁判の中で憲法判断を示す立場にあり、お答えは差し控えたいが、憲法は、我が国における「法の支配」の基盤となるものであり、普段からそのありように国民の目が注がれていることは、大切なことであると考える。
前項と同じ。
これまでに関与した定数訴訟についての私の意見は、大法廷判決の中で示してきたところであり、これからも個々の事件の判断の中で示していきたい。
注:16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見(17年9月)
法的判断が司法に求められている大きな問題の一つであるが、今後訴訟が最高裁に係属する可能性があるので、意見は差し控えたい。
国民の皆さんの理解と協力に支えられて、制度が定着しつつあることを、刑事裁判に携わってきた者としてうれしく思っている。大改革であり長期的なものさしで改善を図っていくべき課題もなお残っているが、刑事裁判が、「開かれた司法」の方向に大きく変わったことは確かである。
誤判を防ぐためには、一つ一つの事件において、当事者が適切な訴訟活動を行い、裁判官が曇りなき目で判断を下すことが、何より重要である。制度や運用の改善点については、法曹三者の間で、実情をもとにして、率直で冷静な検討を深めることが欠かせない。
国民の間で議論を深めていくべき重要なテーマであると思っているが、具体的事件に関与する立場にあるので、立法論に関わるご質問についてはお答えは差し控えたい。
重大な刑事事件は裁判員裁判によって審理されており、今回の新制度の運用については、裁判員裁判の証拠調べにおいてどのような評価が示されるかが、重要なポイントになると思う。裁判員裁判と同様に、長期的なものさしで検討すべき問題であると考える。
さまざまな課題を抱えていることは認識している。法曹養成制度も教育制度の一つであり、時間をかけて行うべき人づくりの土台だといえる。長期的なゴールを見定めて、じっくり検討していく姿勢も大事だと思う。
国際的な経済活動が原因となった訴訟はこれからますます増加すると思う。裁判官は、紛争の背景にある実情も視野に入れた上で、判断を下すことが求められる。そのためには、研修、人的交流などの機会も一層充実させる必要がある。
「開かれた司法」を推進していく上で、テクノロジーの活用は重要な柱の一つだと考える。それだけに、単に「便利かどうか」というのにとどまらず、司法へのアクセスや裁判手続きの将来のあり方も念頭に置いた上で、総合的に電子化などの改革を進めていく姿勢が大切だと考える。
個人的には、今年は名演と観客席の熱気が一体となったライブに出会う機会が多く、終演後はその場の一員であった幸福感を味わえた(例えば、ロシアの劇作家チェーホフの「ワーニャ伯父さん」)。
「尊敬」という意味とは少し違うように思うが、強さ、弱さを含めて、人間的魅力に富んだ人物として、最近興味があるのは、森鷗外。趣味はコンサート、観劇。好きな言葉はゲーテの「人間は努力する限り迷うものだ」。
千葉聡の「歌うカタツムリ」。身近な生物を手のひらの上に乗せながら、生物進化に関するダーウィン以降の研究の歴史が物語られており、科学読み物として非常に新鮮だった。
約40年間、弁護士の活動から培った経験や市民感覚を踏まえ、弁護士出身の裁判官であることの自覚と誇りを持って、正義と公平にかない、かつ、健全な社会常識にかなう法律の解釈・適用に努めていきたいと考えております。最高裁裁判官に就任して約1年3カ月経過しました。最終審としての判断の重さを更に自覚し、一つ一つの事件に謙虚に向き合い、よりよい判断・解決のため、誠実に職責を果たしていく覚悟です。
裁判所に対して、一つ一つの事件について、迅速かつ適正妥当な判断を期待していると思います。最高裁判所としては、主な事件の判決などについて、ホームページなどでも公表していますし、法廷の傍聴人の方々にも事件の争点など概要がわかるような工夫を積極的に進めています。
個別事件の判決の中で示した意見のとおりであり、これを離れてお答えするのは控えさせていただきます。
いずれの質問についても、憲法で定められている任命権者が判断する事柄ですので、お答えするのは控えさせていただきます。
憲法の改正は、国会の発議により国民投票を経て行われるもので、主権者としての国民が判断される事柄であり、各国民が真剣に考え議論すべきものと思います。
国家存立の基盤である国の安全保障政策については、各国民が自分の問題として真剣に考えるべき事柄であり、司法の立場にある者として、個人的意見は控えさせていただきます。
注:16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見(17年9月)
裁判所は、どのような訴訟においても、法にのっとり公平かつ適正妥当な判断をしていかなければならないものと考えております。
裁判員制度はおおむね順調に運営されてきていると思いますが、問題点もご指摘のとおりあります。更なる審理の工夫や制度の広報に努める必要があると考えております。
誤判は絶対にあってはならないものです。刑事事件の事実認定においては、思い込みを排し、様々な視点から十分に証拠を吟味することが大事です。刑事司法に携わるすべての者が、誤判防止に向けて、それぞれの立場で誠実に職務を行わなければなりません。
死刑制度の存廃や終身刑の創設などは、最終的に国民の意見により決められるべき立法の課題であり、司法の立場からの意見は控えさせていただきます。とはいえ、死刑は究極の刑罰であり、その適用は極めて慎重に行われるべきものと考えております。
新制度は、捜査・公判が取り調べ及び供述調書に過度に依存している状況にあるとの指摘を受けて立法化されたものであり、これにより、刑事手続きにおける証拠収集方法の適正化及び多様化がされ、公判審理の更なる充実が期待されます。
具体的な政策についての発言は控えさせていただきますが、法科大学院で5年間教壇に立った者として、法曹養成の理想に向けて開校した有力な法科大学院で募集停止が相次ぐこととなり、残念でなりません。社会の様々な分野で法律家が活動することは、法の支配する公正な社会を実現するために必要であり、大変意味のあることだと思います。わが国社会の今後の発展を支える有為な人材として質の高い法律家をいかに計画的に養成するかという観点で検討されることを望みます。
国際取引事件、家事渉外事件をはじめとする国際的紛争事件に十分対応できるよう、裁判所における人材の育成が求められるものと考えております。
裁判手続きのIT化のあり方としては、裁判手続きの利用者の利便性の向上だけでなく、本人訴訟への対応を含む関係者の手続き保障、情報セキュリティー、事務の合理化を含めた費用対効果などの諸般の事情に配慮しつつ、裁判手続きにとって真に望ましい姿を探る必要があります。
趣味は、歌舞伎鑑賞です。尊敬する人物は自分を育ててくれた両親で、感謝と尊敬をしています。好きな言葉には「道を伝えて、己を伝えず」という言葉があります。日本の幕末から明治にかけての動乱期に、キリスト教の伝道を行った宣教師チャニング・ムーア・ウィリアムズの生き方を表現した言葉です。私はキリスト教の信徒ではありませんが、ウィリアムズは、幾多の困難に全身全霊で立ち向かいながら人々の心を一つにまとめ、教会や学校・病院を造り、社会や世界を動かしました。そのような信仰の姿こそが、「『道を伝え』ることではないか」と思われます。そして「己を伝えず」。真の意味はいまだ計り知れないものの、「自分の考えを相手に独善的に押しつけようとしない」とか、「自分の名誉や欲望のためにけっして人を利用しない」と解釈されています。事実、ウィリアムズは一介の宣教師に過ぎない自分の名が記憶されることを徹底して拒み、日記や手紙の多くを燃やしまでしたとも言われています。
2017年に飯田産業から家と土地を買いましたが、いろいろと後悔する結果になりました。材料がローコストなだけでなく、人材もローコストなんですかね。契約を結ぶまでは愛想が良いですが、売ってしまえば後は知らないという態度が感じられました。自分が甘かったのでしょうか。とにかく、これ以上の犠牲者を出さないために、恥をしのんで事実を公開します。飯田産業などのローコスト住宅を購入されようという方はよくお考えください。以下、飯田産業に送った内容証明です。かれこれ一ヶ月経っても何も応答がないというのが、また驚きです。
以下、内容証明
私と株式会社飯田産業は平成29年3月13日に建築工事請負契約を結び、平成29年8月29日に引き渡しを完了しました。3月7日付けの不動産購入申込書において「和室部分のタタミをビニールタタミに変更」として、飯田ホームトレードセンターのO氏およびH氏と内容を合意していましたが、いまだに間違った畳が入っています。以下に問題点を上げます。
問題点1:8月11日の建物のチェックの際に私がO氏に指摘するまで、畳が間違っていることを何も説明されなかったこと
問題点2:8月11日の建物のチェックの際の畳に関する私からの指摘にO氏が「すぐに是正します」と言ったのに対して、はじめて具体的な対応策が示されたのが、引き渡し予定日の僅か2日前の8月27日であったこと
問題点3:8月27日にO氏から提示された問題対応において、新しい畳の購入設置代金に加えて、本来、私が負担するものではない、元の畳の撤去費用が含まれていたこと
問題点4:8月27日にO氏から提示された問題対応において、新しい畳の購入設置代金に加えて、本来、私が負担するものではない、元の畳の設置費用が請負代金に内包されていたまま是正されてなかったこと
問題点5:8月27日にO氏から提示された問題対応において、本来発生しなかったはずの、畳設置時の立会いの作業が内包されていたこと
問題点6:問題4に対して8月28日にO氏から電話で提示された対応内容において、一旦新しい畳を私が全額払う形で申し込み、その後にO氏がが元の畳に相当する代金を持参して返却するという不可解な内容であったこと
問題点7:問題4に対して8月28日にO氏から電話で提示された対応内容において、O氏が持参し返却するという金額の根拠が不明で、受け入れがたいものであったこと
問題点8:8月29日にH氏に以上の問題を説明したところ、これらの問題を改善せずにそのまま引き渡しを完了することをH氏が容認したこと
上記の問題とは別に下記の問題もありましたが、これらは全て解決済みです。
問題点9:建築途中の段階で、隣接する遊歩道の街路樹の枝が足場に当たったままの状態で建築工事が進められていた
→私がO氏に連絡したところ、O氏が三鷹市に依頼して、数日後に三鷹市によって枝が伐採されました。
問題点10:建築途中の段階で、ポストの色が指定したものと違っていた
→私がO氏に連絡したところ、数日後に正しい色に是正されました。
問題点11:建物が完成した後、引渡しが行われる前に、建物の一階の窓が開けたまま中に人がおらず夜まで放置されていた時があったこと
→私がOしに連絡したところ、O氏によりすぐに戸締りが行われました。
問題点12:建物が完成した後、引渡しが行われる前に、フロアコーティングのために私がO氏に床材を問い合わせたところサンロードアートとの回答があったが、フロアコーティングの業者が実物を見たところサンロードアートは間違いで、実際はルームアートであったこと
→急遽フロアコーティングの施工業者に施工方法と代金を修正してもらい解決しました。