はてなキーワード: 先進とは
NATM工法に関して妙な誤解が流れている様なので書いておく。
開削は既設管を移設する必要以外にも覆工、かさ上げと開削部の周辺を大量に占有しないといけないので、
都市部で採用するのが本当に大変な工法。「ここからここまで開く」なら平地でも排水が難しい都市部なら「ここからここまで開削の為にかさ上げ工事して、ここからここまで距離とる(道路なら工事期間利用停止)」となってしまう。昔は都市部だからって距離取らないでやって水流れ込んだり踏み抜いたりで事故が発生したりした。
シールドでも本坑から大空間への拡幅工事を行うとき、同じ工事を行うために、先進抗となる部分の違いでしかない。先進抗での分割掘削ならば補助工法によって安定的に地山形成しながら進めるため、むしろ危険性は少ないとも見積もれる。
(もちろん海底下の浅いところに沈下が使えずシールド通さないといけないみたいな特殊な条件なら別だが。そんなところはそもそも大空間を施工しない)
しかし事故が起きた。二度も前あったじゃないか!というのはさすがにどうかと思う。
14年立坑の工事での横からの土砂流入による陥没はプロセスが違うし対策も違う。おそらく周辺地盤の改良ミスだろうが、埋め戻しを優先してしまったので確認が難しい。
(この点においてJVに現場周辺の調査より先に埋め戻しをJVに指示した市の対応は拙速かつ問題ではある。国交省から警告書を部長名でだされる理由がある)
いずれにしろこれは監督者としての市の問題ではあるが、工法の選択レベルの問題ではない。というかこれは工法の様々なパラメーターの問題の可能性の方がはるかに高い。
日刊建設工業新聞に載った記事は公開期限を過ぎているようなので、日経コンストラクションの方を引くが、
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/atcl/cntnews/15/111600596/
かぶり2mも、傾斜を下げた先受け鋼管によるAGF工法も、先進抗も、通常の対策としては特におかしくはない。
ただ記事中にもあるように、初期設計時より先受け鋼管の長さを切って上部長が減っていたのは、改良地盤の連続性が減っていた(波打っていた)可能性があり、そこで上部層にたまりの様にあった可能性がある火山灰層で構成された帯水部が岩盤上部にスパイクのように風化により切り込んでいて、そこから抜けてきたというのはシナリオの一つとしては考えられる。
その場合は過圧密な地層が主体だったのが逆に災いしたのかもしれない。
*AGF工法というのは前方にある程度の間隔で傾斜をつけて挿入した先受け鋼管を通して改良材を加圧注入し、鋼管が重複する部分をつくることで連続的な地山改良効果を得るものなので、長さを減らすと硬化が及ぶ厚さも同時に減る。しかし抗の安定性自体は側面ロックボルトの変更で対応できるので地盤が急に傾斜していなければ問題ないし、傾斜してるだけならば挿入時にリークがあって変位計測にも出るのでそこからの支保工の変更などで対応可能なため、変更した設計自体は通常なら問題があるとは言えない。今回は先受け鋼管の一部にSAAという傾斜計のチェインを入れた変位計測システム(TN-Monitor)を運用していた様なので、その場合ならわかったはず。
いずれにせよ、地中工事は現代でも、どの工法であってもどの区間であっても、適切と思われていたガイドラインによって施工しても、未だにミス以外のカバーできない問題が出現する世界であって、それは都市部では更に顕著であるということは言える。コスト的に現実的なラインに収めつつ確実性をあげるには、施工場所の工事履歴を完全に活用できるようなデータ基盤が必要となるだろう。浅地下の埋設管からの影響も、そこでの工事状況から推定できることもたくさんあるので、調査費用の削減の為にも路盤情報システムの整備が進むことを期待している。
まぁ議員が女を進学させても中退してキャバクラにいくとか言っちゃう国だからお察しだよ
それに高校進学率は女子の方が高いのに大学になると男子の方が高くなるのもあれだし
http://m.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/10/post-3966_1.php
これとかどうかね
あと大学教育は女子より男子にとって重要と答えてる割合も先進各国のなかでは高い
私は女に大学不要と急に騒いだ親のせいで受かった四年制大学に入れなかったし、親戚でも神童と言われるくらい賢い姉が進学させてもらえずバカな弟は進学してるし、そんな差別は日本にはあり得ないって信じられる環境が羨ましい
館名から敬遠していましたけれど、大きなお友達陶器博物館に改名するべきでした。
博物館を運営するメーカーが1968年(記念すべき1号は巨人の星)から
生産しているキャラクター茶碗がたくさん展示されていて間接的にアニメの歴史を概観できました。
「空想科学世界ガリバーボーイ」の茶碗には完全にやられてしまいましたわ。
そして「魔法少女ちゅうかなぱいぱい!」「魔法少女ちゅうかなぱねま!」のタイトルが意味不明で引っかかります。
およげ!たいやきくんってアニメだったのですね。およげ!さばやきくんも制作するべきですわ。
簡単に年代で作品を見比べられるので明らかに先進的であったことが分かりました。
最近のお茶碗はプリキュアとレンジャーの無双状態になっていて寂しかったですわ。
深夜アニメ茶碗も作ってほしいですわ。
またアナの女王茶碗では陶器への転写技術がどれだけ進歩したかがよく分かりました。
冷静に考えるとパン派への酷い裏切りに思えてなりませんでした。
ショクパンマンのお茶碗で食べるまっしろごはんはどんな味かしら?
B1の特別展示では、やなせたかし先生がじきじきに絵付けをした
アンパンマン・バイキンマン・ドキンちゃんのお皿もありました。
医療費や社会保障費を削減し、国の財政を立て直すことは今後の日本において避けられない課題である。日本が再び経済成長に転じる可能性は極めて低いからだ。
多くの日本人は経済的に豊かだった一億総中流時代の感覚のまま、現代を生きている。老人や障害者の切り捨てにつながる意見には反感を覚えるのが普通だ。こうした助け合いの精神は、先進諸国にはみられない日本の美徳といえよう。
だが、現在の高齢化社会は助け合いでどうにかなるレベルを超えている。「弱者切り捨ては是か非か」ではなく、「どの弱者をどの程度切り捨てるか」という議論に誘導していくことが望ましい。
その国民的合意を形成していく過程において、長谷川豊や植松某のように急進的な存在は助けになるどころか、むしろ大変な邪魔である。有能な敵より無能な味方のほうが恐ろしいとはこのことだ。
なにが問題か。現代社会において己の不摂生に心当たりのない者はいない。長谷川が取り上げた「透析患者」は、言うなれば身近すぎる存在なのだ。理想的なモデルケースは「生活保護でパチンコ通い」や「貧困を装う浪費家女子高生」のように、誰もが決定的な反感を覚えるものでなければならない。
一方的に炎上するのは、読者との信頼関係を築けていない証拠でもある。過激な主張を行き渡らせるための「場」は、一朝一夕にできるものではない。まずは初心に立ち返り、「そんじゃーね」や「mixi落ち」が果たしていた役割を考え直してみるのがよいだろう。
お前がまず何求めてるの?
比較的先進的なパーツが欲しかったり、OCや長時間運用みたいな高耐久パーツ、
最短当日なり翌営業にオンサイト修理に来る保証、それら全てを捨ててでも低売価や短納期を求めたり
最近流行りという、異世界に召喚されて現代の○○を駆使して云々、という作品についていけない。
そう思うのは、異世界にもその世界なりの歴史があり、そして流れがあるのであって、
それをさも現代の主人公が活躍するための踏み台のように描くのは、なんか歪んでるなーと感じるからだ。
まあ、あのジャンルも過当競争と淘汰が進んで、今はお約束に当てはまらない作品も増えているのだろうが。
朝ドラ史観では、主人公である女のやることはおおむね正しく、そして先進的というのがお約束になっている。
さらに、主人公が直面する問題は、たいてい現代日本にもある何かと相場が決まっている。
たまに見ると、あ、これは流行りの××のことが言いたいんだな、というのが鼻につく作りになっていて、
正直気持ち悪いと感じる。
当時の風潮をそのまま描いたら、場合によっては炎上しそうである。
しかし、何か主張したいことがあるのなら、歴史の手を借りるべきではない。
これはフィクションです、異世界ファンタジーですから、と断りを入れる謙虚さが必要ではないか。
昔、『少年H』を読んだ時に感じた違和感の正体も、今から思えばそれだった。
あの作品では、戦時中の奇妙な空気に対し、作中の少年たちが冷静すぎるほど冷静にツッコミを入れていた。
そこだけはっきり、時代感覚がずれていたのだ。
・電通はデジタル広告を扱う代理店の中では最も先進的な取り組みをやっている
これは一面が正しくて、一面が間違っている。
まず、いわゆる現在主流のWEB広告の分野においては、電通は遅れている。なにしろ本格参入が遅かった。トップクラスの運用能力を持っていたオプトも切り離してしまったこともあり、サイバーエージェントやそのオプトに対して運用分野ではスピード感もクオリティも負けている。そもそも、電通でデジタル広告回してるのは、大量に出稿してきている子会社や提携会社の人。つまり丸投げってことだ。(聞くところによると、トヨタ問題の発端も出向社員だとか。)
ただ、電通が進んでいるのは、プラットフォーム側、つまりGoogleやFacebook、Twitterなど、WEBのメガプラットフォーマーと組んで様々な取り組みや、専売商品を次々作っていること。あるいは、データ分析の分野ではその分野に強い会社と提携してサービスをどんどんリリースしている(電通のニュースリリースを見るといい)。そういった、「次のWEB広告」あるいは「マーケティングのデジタル化」については、サイバーエージェントやオプトよりかなり先を行っている。
これからの電通はWEB広告でもマス広告同様の勝者となる準備が整ってきた。事実、デジタルコンサルを中心業務とする電通デジタルができたばかり。そこにこの問題。電通のエラい人はさぞかし頭を抱えているだろう。(競合としてはざまあみろだ)
マスの広告はカンタンだった。なにしろ効果が明確に測定できない。なので調査をして効果を報告するとか、あるいはそもそも調査なんてしないことだって多かったそうだ。その一方でデジタルは結果が明確に出てしまう。さらにスピード感も圧倒的に早い。にも関わらず、リーチの問題によって金額は圧倒的にマスよりも安い。もちろんデジタル管理して出しているので、マス広告よりも楽に出せる側面はあるけれど、大量に出稿する場合はとんでもない作業量になってしまう。
今までより圧倒的にシビアに結果が出て、さらに毎日トラッキングして、必要があれば文章や画像を差し替えて、それを多種多様なメディアを選んでPDCAを回しながら調整しなければならない。これだけ大変なのに給料は安い。これは電通が悪いとかそういう問題じゃなくて、インターネット広告の値付けの問題だ。俺は毎日思ってる。誰がこの広告枠の値段決めたんだ?って。マス広告に比べてあまりに枠が安すぎる。この問題に大きく関わっているのは、ネット広告に遅れる弱い総合代理店をしり目に価格で勝利してきた、サイバーエージェント、オプトなどのWEB広告代理店。
彼らの安売りにより、給料は安くなり、しかしタスクは減らないので毎日深夜までビルは明るい。てっぺん超えるんなんて当たり前だ。しかも結果がシビアに出てるので、クライアントからのプレッシャーも厳しく精神的にも苦しい。数年で転職、退職する人も多いので、穴埋めのための人事異動が激しく、プロフェッショナルが育ちにくいのも問題だ。
はっきり言おう。同じような問題がポロポロ出てくるだろう(博報堂や、WEB広告代理店がまともなら)。
内部監査をすれば絶対に見つかることは断言する。ネット広告の現場にいれば、ヒューマンエラーが起きないなんて誰も言えないはずだ。なぜ今まで明るみに出なかったか?それは、ネット広告は掲載確認が難しいから。例えば新聞広告なら、その日の新聞を見れば一発で載ってるか載ってないかわかる。しかしネット広告はわからない。アドネットワーク(皆さんが普段何気なく見ているWEBサイトに載っているバナーなどがそれ)はどこに出てるか分かりにくいし、さらにネット広告は年齢や性別、あるいは趣味嗜好までターゲティングするので、自分がそのターゲットに入ってなければそもそも「出ない」。
そりゃみんなちょっと間違っても隠す。何しろバレにくいんだからね。
元増田が書くようにクライアントがデジタルに明るくない場合も多いことが拍車をかけている。ネット広告の世界はマス広告より圧倒的に複雑なので、リテラシーがなかなか育たないのだ。もちろん、電通の今回の問題は、ただ間違ってただけでなく、間違いを理解した上で不正に請求してるのでただの詐欺。論外。とはいえ、多くのWEB広告代理店の数字に関するプレッシャーを見ていたら、自分の会社がやっていないとは正直言えない。忙しすぎて朦朧としている人、あまりのプレッシャーにクライアントを憎んでいる人、上司におびえている人。様々な人がいて、みんな疲弊してる。そんな同僚がミスを隠して不正請求していないと言えるか・・・俺は言えない。
デジタル広告がこんなに不健全なのは、おそらくマス広告も不健全で、不透明だった名残なのだろう。業界の特性だ。皆さんも覚えている通り、運用型広告ではなく、記事広告(ネイティブ広告)の世界ではサイバーエージェントを筆頭に不正が大々的にまかり通っていたこともあった。はてなでは話題になってないが、つい昨日はFacebookが動画視聴時間について多く見積もって報告していたことが分かった。(Facebookの動画広告を売る際に、Facebookでの動画視聴時間の長さが他のSNSに比べて多いと言って打った俺は詐欺師となったわけだ)
業界全体が腐っている。
しかしこうなったからには、業界全体がしっかりと監査していく仕組みを作らなきゃだめだ。
電通さん、デカいんだからさ。旗振りぐらいやってなんとかしてくれよ。
俺は正直、このニュースを見て安心した。やっとこの業界がオカシイことが世に出た。早くなんとかしてくれないと、ほんとにみんなが潰れてしまう。
長くなってすんません。
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追記
続きを書きました。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/092300445/
この件については電通に同情する余地はなく、徹底的に膿を洗い出して欲しいと思う。
ただし「広告代理店は不正を働くものだからもっとノルマや監視を厳しくしてコストを下げてやれ」という方向に流れがいくことが個人的には一番怖い。この件は電通の組織的な問題だけではなく、広告業界全体の問題、ひいては企業の広報担当者やメディア関係者含む、広告に携わる全ての組織と人間が関係する問題だと思うから。
知らない人多いと思うけど、電通は日本のデジタル広告を扱う代理店の中では最も先進的な取り組みをやっていて規模も大きく、ここ最近M&A含めかなり強引にデジタル化を進めて、テレビ一辺倒の収益体制からの脱却を図ろうとしていた。
誓っていうけどおれは別に電通の回し者でもなんでもないし、つい先日まで広告代理店でデジタル広告をやっていた。もう辞めたけど。後で書くけどデジタル広告業界は漆黒なほどブラックな業界だ。これを業界全体が改善するきっかけになったらいいと思ってるけど、さらに悪い方向に進む可能性もあると危機感を持っている。こうやってる今も死にそうな顔で仕事をしてるかつての同僚がいるに違いないし。
まず今回の問題を乱暴に一言で言ってしまうと「日本の広告業界のデジタル広告の未成熟さ」に尽きると思う。
何が未成熟かというと色々あるが、中本副社長も言っている通り「組織の管理体制」「恒常的な人不足」がまず大きい。元も子もない話だけど、「発注する側も受注する側も、デジタル広告についてあまり分かってない」ので。
広告代理店は「代理店」なので、発注者が面倒臭い、できればやりたくないことを代理でやることでお金を頂戴している。広告戦略の策定・具体プランの提案・運用・レポート・反省点と次に生かすべきポイントを報告、などなど。会社にもよるし人にもよるからこれが全部じゃないけど、基本的に企業の広報担当は代理店からの提案を受けて、確認をし、問題があれば改善指示を出し、よければ社内決裁を通すだけの場合が多い。この社内決裁がまた面倒だし、最近は定時もうるさいので発注者側はデジタル広告について勉強しない。そもそもあまり興味がある人もいないかもしれない。それでもデジタル広告は国産/海外産含め新しいテクノロジーや広告メニューが毎日のように発表されるし、それを活用した新たな事例や手法がどんどん登場する。代理店の担当者はこれらを常にチェックして、発注者のためになるプランとメニューを作り、適切に受けた発注の運用を行なっていかなくていけない。
ただしこれができる代理店の人間は、もう本当にほんとーーに少ない。代理店の人間の大部分は、細かい数字ばっか追っていくような仕事をそもそもやりたがらない。でもニーズはめちゃくちゃある。だから発注を受けたら子会社やグループ会社の人間に丸投げすることになる。
そして子会社やグループ会社の人間は、残念ながら優秀な人間は少なく、大きな戦略を作ったりすることはおろか、与えられた目の前のタスクもボロボロこぼしていく有様だったりする。そりゃそうだ、給料低いんだもん。経験の少ない若者か、経験はあっても能力の低い人しか雇えない。
代理店はその中でも比較的マシな人間を代理店に出向させて名刺をもたせて権限を与えてデジタル広告担当として業務を押し付ける。そこで成長してバリバリこなす人もいるけど、たいていは津波のように押し寄せる業務に呆然となってしまう。日付の確認ミス・金額の記入間違い・指示を勘違いして間違った発注をする、間違ったバナーを掲出する等々、細かいミスやケアレスが多発していく。呆然となりながら業務をしているとミスをしたことすら気づかず、次々とやってくる業務をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す。受注を取ってくる営業がそんな細かい運用の話をわかるはずもなく、売り上げのことだけを考えて、ミスが含まれたレポートや請求書を、分からないまま得意先に報告することになってしまう。
デジタル広告の運用結果は数字に表れるから、得意先は代理店から報告された数字を見ながら、提案されたプランの中で、予算に合っているメニューを選んでいくんだけど、その数字には「どれだけの人間が稼働して作ったものか」が一切現れない。デジタル広告担当は毎日朝帰り、休日出勤当たり前が恒常化している。体を壊して休職する者も多い。
広告代理店は発注者の「これやりたい!」を何とかして叶えてやることで食っている商売だから、それは組織としてやりたいを叶える体制を作らないといけないんだけど、管理職のオヤジどもはデジタル広告の現場で何が行われているかわからず、かつて自分達がテレビコマーシャルの受注を取ってきたようにイケイケドンドンで売り上げを伸ばそうとして無茶なノルマを現場に課すことになる。
現在広報部長や宣伝部長を務める人も同様で、何となくデジタルが重要だということは知ってるけど、具体的にどういうことなのか全く分かっておらず、面倒臭いことは嫌だから細かい数字の話は避けて、「とにかく最先端でかっこいいことをやって目立って話題にしてほしい」と言う。そもそも得意先の言う「やりたい!」がどう考えても達成出来ない無茶苦茶な要求である場合も多いのだ。
これは広告業界に蔓延する悪癖のようなもので、特に電通は「いまの広告の最先端はこれですよ!?え、あなたの会社はまだですか?遅れてる!」といって発注主も代理店も煽って焚きつけて商売にしようとしてる。電通報とかその権化のようなサイトだ。
そもそもデジタル広告をまともにできる人間が全然育ってないのに、業界全体で「デジタルだデジタルだ」と掛け声だけは威勢が良く、組織的なサポートもほとんどなく小会社やグループ会社、下請けに丸ぶりし、一部の責任感の強い担当者が過労で疲弊する中でミスが起こり、ミスに気づかず間違いのまま発注主に報告や請求が行く。
広告のデジタル化は避けては通れず、今後も需要は高まっていくのは間違いなく、今は完全に個人が人力で回しているのをいかにして組織的に回していけるようにするかが課題だ。
一番の問題は発注者側も、代理店側も、「デジタルはやらないといけないのは分かってるけど、面倒臭いことはやりたくない」というマインドであることだ。
電通の不正を追及するのは最もだけど、本質はそこではなく、業界に携わる人間全員が腹をくくってデジタル広告を正面から取り組むこと、そしてそのための組織的なサポート体制を作ることだと思う。
長谷川氏の言う、透析患者にかかる金を減らせば医療費削減になるという意見に同意する人も多いだろう。悪いのは長谷川氏に「糖尿病患者は自業自得」と吹き込んだ医師である。
http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/48497760.html
仮に不摂生がたたって糖尿病を患ったとしても医者としては患者教育を施そうとする最大限の努力が必要で、病気の怖さを教え、生活改善を助ける糖尿病教室などのリソースもある。コンプライアンスの悪い患者もいるが、前提として我々医師の使命は病気を少しでも無くしたり和らげたりすることにある。予防医療により医療費を軽減させることもあるが、逆に先進のがん治療など結果的に医療費を沢山使うことになることもある。納税者として無駄遣いする気はないが、医療費削減は我々の本来の仕事ではない。
3分診療などと揶揄されるように患者とじっくり向き合う時間などないと愚痴を言う医者もいるだろうし、そもそも病院にすらこなくなる患者もいる。そういう患者は面倒見きれない、と言い放ってしまえばそれは長谷川氏の自業自得論に加担してしまうことになる。内輪で不満を言う分には他愛がないが、長谷川氏には医師としての立場を離れる事なくせめてもう少しよそ行きの言葉で話すべきだったろう。
そもそも自業自得の線引きをしようとすること自体がナンセンスなので深入りはしないが、医療の世界にはこんなことはいくらでもある。料理中に包丁で指を切っても不注意からくる自業自得と断じてもかまわないであろう。今のところ、交通事故、労災などを除いて患者の扱いに線引きは行われない。コンパで飲みすぎた急性アルコール中毒の大学生も救急車を呼んでいい。
反論した医師のid:fujipon も特に間違った事は言ってないが、長谷川氏の言論を「弱者叩き」と反論しているにすぎない。当たり前の事を書いたせいで逆に長谷川氏に煽られてしまっている。
長谷川氏に言いたいことがあるとすればただの一つである。食生活の不摂生からくる糖尿病が透析に至ったとして、それは純粋に個人の不摂生、自業自得によるものだと断定できるかどうかは今の医学でもってしても非常に難しい。おそらくは生活を改善すれば、糖尿病の進行は抑えられるだろうが、それでも本来の個体差、遺伝的素因を全く無視しても良いとは言えそうにない。
さらには不摂生が改善されない理由として、知的レベル、精神的な気質や基礎疾患の影響もある上に、貧困、一人暮らしなどの社会的な要因であることも多い。不摂生はもはや個人の意志でどうにかなる問題ではない場合もある。どのような理由があるにせよ、我々、医師、科学者の努力が至らないせいで透析患者は未だに無視できない程度に存在し、患者はもとより納税者の負担になっていることは申し訳ないと思っている。長谷川氏の自業自得論がどうしても不摂生をやめられない患者に対するエールだとすれば、どうか透析患者またはその予備軍に取材し、対話をしあらためて感じたことを記事にして頂きたい。
あるジャンルの中で目立つものは、そのジャンルの中では特異であって標準的なものとはいえない。
しかし当該ジャンルに詳しくない人にとっては、目立つものしか見えないため、特異なものを標準だと勘違いしやすい。
標準的なものは氷山の下の方でおとなしくしており、観測範囲に入らない。
そのため、特異な事例のみに基づいて当該ジャンルの全体的な評価がなされる。
例:
→日本にいながら知ることができるアメリカの企業はアメリカでも上の方
おとなしい子は突然キレて凶行に走る
今まで精神を患ったことはないのだけど、昨日今日ととても辛い。
何か直接的に嫌なことがあったとかではなく、連鎖反応のように全てが前向きに受け取れなくなってしまった。
ここ数日を軽く振り返っただけでも後悔の嵐だし、これから先進んでいこうと思うことも何一つとしてうまくいくような気がしない。
何かしようにもその先がうまくいかないことばかりが想像できて何も手に付かない。
原因になるような出来事があれば対処できそうなのだけど、もうただ漠然とネガティブで嫌なことしか想像ができない。
人の言葉一つ一つに棘があるみたいで痛く刺さる。
知人にメールで助けを求めてもとり合ってももらえない。
息も苦しいし脈も可笑しい気がしてくるし。
もうなんだこれってくらい笑えない。
どうしよう。とにかく何も手につかないのにやらなきゃいけないことばかりが増えていく。
とにかく無気力。モチベーションとかテンションとかっていう言葉の意味を想像できないくらい何をする気もおきないし、なんだか喪失感みたいなものに心の中が空っぽに吸い込まれてしまう気分だ。
後どれくらい不安定になったら病院とかに行けばいいんだろ。本当に病んでる人にしてみれば笑われてしまいそうで申し訳ない。
音楽もゲームも運動もお酒も試したけどどれも手につかず一向に状況が改善されない。
呼吸が浅い。鼓動が浅い。意識が浅い。
全てが軽くて胸の穴に簡単に吸い込まれてしまいそうな不安が肩に重い。
人の裏切りが怖い。人の無関心が怖い。人の期待が怖い。失敗が怖い。過去の失敗が今になって露呈されるのが怖い。自分の気持ちがわからなくて怖い。いつまで続くかわからなくて怖い。どこまで悪化するかわからなくて怖い。この先どうなっていくのかこわい。
自分の中の薄汚い部分だけが快活で、概ね理性とか社会性とか道徳ばかりが疲弊している。
今を耐えなければ全てに開き直って欲のままに動く思考の停止した畜生になってしまいそうな気がする。
でも今を耐えることがただただただただ辛い。
目に見えない涙が止まらなく流れ続けている。自分の中にいる原始の自分が泣いているような気がする。
そんな自分を慰める言葉も思いつかず、隣に寄り添うこともできず、ただその先に起こることだけに不安を抱えている自分がいる。
なんて薄情で身勝手か自分でもわかっていはいるが、それよりも不安のほうが怖い。
誰も気に求めてくれないことが辛い。
何とか絞り出した弱みを誰一人としてとり合ってくれない。
グローバリゼーションは売国奴に見える、のではなく実態としてガチで売国奴なんだよ。
現代のあらゆる国の政治は、19世紀の重商主義vs.自由貿易の論争のように
国家やら民族集団の利益のみを考えるか、あるいは個々の経済プレイヤーの利益のみを考えるか、
の二択に収斂してしまっていて、レイシストvs.売国奴の殴り合いという残念な世界になっている。
米国のトランプ、フランスのルペン、イギリスのボリス・ジョンソン、日本の安倍首相などなど
先進各国の首脳やリーダー格の人々が国粋的ないし差別主義的な色彩が強いのも、
グローバリゼーションへの反発・抵抗という側面が強いからなんだ。
東大女子は入れないサークルや東大美女図鑑 ジェンダー論が専門の東大教授はどう見る - 東大新聞オンライン http://www.todaishimbun.org/gender20160805/
に対しての回答が全く想像でしかない。「女子的役割を積極的に引き受けようとする他大女子と、そんなつもりはないという東大女子の間に亀裂」という点に思い至ったのは偉いと思うが(前述のように幻滅したのでウエメセでいくぜ)、サークル勧誘の面からみると、ある大学のメンバーが一定数いることが女子の安心につながるので、複数のサークルに分散しすぎることは、各サークルでの女性の居心地を低下させるとかもあるだろ。言葉レベルのセクハラをする男子学生が研究室にいたときに、もちろん大学の相談機関を使うのも大事だけど、女子会が相談の場として機能するのと同じ理屈な。
もし、東大女子を参加させないサークルが so stupid だというのが問題の本質なら、東大女子を受け入れる2つのサークルはまともなサークルとして東大女子を多数受け入れ so smart な地位を確立するはずだろ。でも、そうはなっていない。そりゃ誕生日研究会とかいうサークルのあんなクソ事件が起こるほど東大生の統計的なレベルが so stupid だし(あれは極端だけど外れ値ではないからな)、2つのサークルだって別にジェンダー的観点からまともってわけじゃないんだよ。
20中2という数字についてだけれど、(1)テニサーが出会い系としてのレッテルを張られている存在であること(2)東大の男女人数比 の2点を考えるとそこまで編ではない。むしろ、どちらもセレクのあるサークルだったと思うけど(2って数字はJOKER含まずTOMATOとスポ愛だよね?)、顔選な部分があるとかの実態も問題だろ、定量しにくいから問題にしにくいだけで。別に女子だけじゃなく男子も顔がある(イケメンいたほうが女子集まるし)。また、これら2つは大きめのサークル。弱小サークルがコート取れないので、Alternative 育たないよね。
こういうこというと、Aが問題だって言ってるんだから、BやCの問題を持ち出す前にAの解決策をって言うのがお決まりなようですが、わざわざ別問題持ち出してきてるのは、本質はジェンダー観が云々とかじゃなくて、リア充提供機能の部分なわけで、その点において大学のサークルにリア充提供機能を求めている学生たちに別の観点であるジェンダー問題持ち込んでるのが元記事だからな。
先進的なジェンダー観を持った人々がリア充になれる仕組みを考えることが、東大生男子の家事情をくさすよりずっと意味があるだろう。
中規模のインカレノーセレクションサークルで東大女子を受け入れて、この問題への対処を謳ってみたら(絶対社会運動感出すなよ、ダセーから)トマトやスポ愛から新歓奪えるのではないか。結果、女子比率が高くなればサークルの活性化にもつながる。ノーセレクでリア充ブランディング維持するのはノウハウいるから、もとからノーセレクで中規模。
東大生女子はなんとなくリア充をめざしてテニサーだけを選ばないで欲しい。これは就活でも婚活でも言えることだけど、初めのお試し期間のうちにいろいろ試して絞っていくこと。そもそも女子の比率が低すぎる問題はあるので、テニサーに限らず居心地の良いサークルは少ないだろう。POLAのCMでも見て奮起するしかない。あと、サークル以外にも、アルバイトとか、NPO参加とか、ビジコンとか、インターンとか、キラキラした出会いの機会は存在する。主体的な女性で、特にそれまでテニス部だったとかじゃなければ、テニサーを積極的に選ぶ理由は少ない。ジェンダー系の記事を見て「そうだそうだ」と思えるならば、なんとなく流されるのはやめて、ちゃんと選びましょう。
自分もLGBTのいずれかであるが、カミングアウトすることには相当な勇気が必要なのは理解出来る。
NHKだったり先進的なメディアではLGBTは異常でなく個性であり、分け隔てなく扱うべきというスタンスが目立つ。
それだけを見ているとまるでマイノリティに優しい世界のように見えるが、現実はそこまで進んでいない。
平等に見えるのは企業でもそこそこいいところだけであって、コンプライアンスが昨日していないような会社では平気で差別がある。
ましてや学生のコミュニティでは(一部大人のコミュニティでも)「弱い奴が悪い」という価値観がリア充の中に蔓延しており、
もちろん、頭のいい人間が集まる場合は部分的に慈悲や思いやりを見せる場合もあるが、それは偏屈なコミュニティの中でのパフォーマンスに過ぎず、
本気でそういう人間と関わるのは面倒だから当たり障りのない対応をするというのが基本であり、
関わるほどにマイノリティとマジョリティの溝のようなものはまだまだ埋められないと感じるだろう。
「だってキモイじゃん」というのが正当な理由として扱われているのが現状なのだ。
漫画なり動画なりアニメであっても、同性愛者やトランスジェンダーはネタキャラ、キワモノとしての扱いであり、
受け入れられるのはそれをネタにして道化を演じることができるモノのみである。
努力・友情・勝利には不要なのか、決してそういうサブキャラクターの辛さについて語られることはない。
自分が自分であることの苦痛だったり、正体を隠して生きなければ人狼のごとく批判の対象になってしまうという、
まるで亜人のような、B級な人間であるかのような感覚は普通の人は理解できない。
髪や肌の色が違うこと(もちろんそれによって苦しむ人もいるだろうが)とは違い、そうであるが故に尊厳を踏みにじっていい対象になってしまうことの屈辱と辛さは、目の見えない人に視覚を伝えるようなものなのだ。
この部分は個人の感受性に大きく影響を受けるため、当人がどの程度それに苦痛を感じるかには個人差がある。
そのため、その苦痛が大きい人ほど、アウティングによるダメージは蓄積していくだろう。
彼が弱かったから悪いという意見があるが、それは存在そのものを否定するのに等しい。
受け入れられない人間は受け入れられないのだ。
物理的なアレルギーがあるように、心理的なアレルギーも理解しなくてはいけない。
学生のノリで劣っている人間を嘲笑の対象にし、優越感を得たいという心理も理解出来る。
しかし、それを咎めることができないこの世の中では、こうして裁判になり、世の中に取り上げられ、
人を貶めてはいけないという事実を全員で再認識する必要があるだろう。
一部の人間は裁判までするなんてと、裁判をすること自体がおこがましいという意見もある。
社会に受け入れてやっているのに裁判までして、たて突くのかと彼らは感じているのだ。
性同一性障害の当事者が裁判を起こした時の反応もそれに基づくだろう。
結局、彼らはいつまでも弱者のままで、会社に運良く入れてもそういう事情で文句が言えない環境にあることが多い。
そういう不遇や不平等を解消するためにも、裁判という手段があることを知ることが、弱者にとっての唯一の武器になるのだ。
結局、まだまだこの世の中は弱者を叩き、不条理なことをし、不正を働いたとしても、
それを咎めることで自分に悪影響が及ばなければいいやと考える人間で溢れかえる限り変化はないだろう。
そういう見過ごす者たちが責任を取らされる立場にならない限り、何も変わらないのだ。
きっと、普通の人間はそのリスクやコストから逃げたいばかりで、本当の意味でみんなが過ごしやすい社会なんてものは求めていないのだ。
トヨタカンバン方式というと、JustInTimeとか物流の効率化だとか先進的な言葉が並ぶがトヨタN次請け(N > 1)勤務の俺が説明しよう。
1.カンバン(品番が書かれた札)が仕入先に配られる(昔は運転手が納入した際に次の日のカンバンを貰ったそうだが、今は電子的にカンバンを発行する)
2.カンバンの枚数分だけパレット・容器(単位量がある)にカンバンを刺して納入する。基本カンバンが発行された次の日である。
え、前の日に納入数が決まるの?と思った貴方。貴方は真っ当な感覚の持ち主である。
カンバン数だけ納入するというのは絶対である(急ぎとて特急料金などない。多い日は4回くらいトラックで走る)。
欠品や不良を連続して出そうものなら、得意先の品質保証会議などでつるし上げられ、自己批判をさせられ、大名行列のように仕入先に視察に来る。
ほぼ笑い話だが、2次請け以下がトヨタの手入れを受ける際、1次などが事前にほころびを正しにくる。
しかも単価が非常に安い。部品にもよるだろうが利益10円以下の世界である。
これは元請けにとっては非常に都合のいいことである。資材を調達したり、在庫を抱える必要がない。
さて、トヨタとて欠品が出るのは困るので、「内示数」なるものを出す。
これは生産計画で「月にこのくらい出るよ、準備しといてね」というものだ。
むろん見込み数なのでは元請けの都合で変更される。
今年ニュースになった工場爆発や地震などでラインが止まった場合、大量の部材を下請けが持つことになる。
金属製品などは錆が出てオシャカになるので、かなりの損害が出る。
また、従業員や派遣社員への休業補償などもしなければならないが、もちろん本丸からの保障などない。
せいぜい「低金利で貸し付けるよ」とか「手形を早めに換金してあげるよ」程度である。
(実際今年「新型プリウスが出るから用意しとけよ」と内示があったが、2回のライン停止で大幅な生産減となった。
さらに、毎年値下げ協力金なるものがある。これは協力とは言いつつ仕入先間の競合があるので強制力がある。
・トヨタの一次請けはトヨタの子会社かトヨタが主要株主なので本丸と大体同じである。
・トヨタおよび一次の生産技術や品質管理は上に下に膨大な量のエクセルとパワポ資料を作りまくるのが仕事。
「ぼくのかんがえたさいきょうのせいさんけいかく」を(紙の上で)実現すべく奮闘している。
「受注数=生産数というキレイな生産計画以外存在しない!」ものとしている。
・タスク管理のカンバンなどは全くの勘違いである。トヨタカンバン方式とはきわめてウォーターフォール的な仕組みなのである。
というか定常的に大量の受注が見込めるのはありがたい(ただし利益率は相当に低い)。
また少品種多量なので金型替えなどのオーバーヘッドが割りと低い(手広くやろうとするとここが問題となる)。
世界に誇るトップメーカーのものづくりを担当しているというやりがい。品質がよければ表彰されたりする。
・とはいえ2次以下はトヨタ以外の仕事も請け負って活路を見出そうとしないと飼い殺しのまま果てることになる。
作れば売れた時代はとうに過ぎ、先細りは確実なので今が大きな転換点といえるかもしれない。
ちなみに下請けに下野する際にはトヨタや1次にどの役職で在籍してたかがステータスとなる。
・いろいろな点で江戸幕府の運営方法に近い。徳川出身の地だけある。
・「ほとんどいじめ」という意見があるが、トヨタ原理主義の結果だと思っている(苦しいことには変わりないが)。
【追記】
労働問題を指摘する方がいるがその通り。
過酷な現場なので(トヨタ本丸のラインでもブーイングが出る位だから下請けはさらに厳しい)人が集まらない。定着率が悪い。
昔はブラジル人労働者ががんばってくれたが、労働者の間にリーマンショック以後給与・待遇が全然向上しないこと(逆に最近は生活費の高騰)に苛立ちが募っている。
労働組合に加入・争議に発展するケースも増加(労働組合もでかいところよりも2次以下の中小を狙ったほうが効くのでターゲットにしてくる)。
そして当然ながらこれは下請けの責任でもって処理しなければならない。
【追記2】
「アベノミクスは失敗で、だから駄目だって言うけど、じゃあオマエラはどうしたいんだよ?」
( http://anond.hatelabo.jp/20160720093730 )
ってのは、聞きたくなるだろうけど、それね「政治」として見ると、意味ないよ。
まあ、論点は多々あるけど、おおよそコレ。
「お前のかかってる医者ヤブだから!その治療方針は間違ってる!」
ほとんどアベノミクスと同じで、まともな反論としては「アベノミクスではまだヌルイ」
消費税を増税せよ!という政策がマトモじゃないのは、みんな理解してるだろ。
(というか、そういう空気感に強引に政権が持ってって、誰も反対できなくなった)
経済政策ってね、正解が無いのよ。
基本的には、徴税(カネを持ってく)と再分配(バラマキ)の綱引き。
なので人口構成、産業、地場、国策で大きく違う。(餓死者が出ても宇宙開発に突っ込むとかな)
で、「アベノミクスのやり方は正攻法だけど、まだ足りない」というのは反論にならないので害悪なの。
「アベノミクスは正攻法だけど、このへんが不足してるんで足してください」ってのは、追認になるの。
「自民党には政権を任せられない」というのが野党のスタンスだから、追認はできない。
よって、自民党に反対するには「アベノミクスが正攻法では無い」というスタンスが必要。
で、アベノミクスって要は日本円ガンガン刷って、投資にカネ突っ込んでもらって、企業に潤ってもらうのが基本。
それ以外の余録の部分が足りないって主張はいいんだけど、骨子のところを反対すると、
「市中に流れる金を増やすのを止める」「投資にカネ突っ込ませるの止める」「企業を締め付ける」のどれかになっちゃう。
だから、ぼんやりと「アベノミクスは失敗!反対!」ってシュプレヒコール上げるのが良いの。
で、「こういうところが足りないから失敗だ!」「こういうところのフォローがなってない!」っていうのが良いの。
アベノミクス路線+αを主張できないのは、「自民党に協力して行く」スタンスじゃなくて、「自民党に反対する」スタンスだから。
そりゃ超えられない一線があるからだろ。
でも、経済政策について自民党よりも効果のある政策は常に「自民党+α」になるから明確に出す意味が無い。
明確な経済政策スタンスを打ち出すと「自民党+α」になっちゃうので、
「じゃあ自民党で良いじゃん」みたいになると困る。
(というか、そういうの裏切りだと捉える支持者が多い)
そもそも、投票に行くのも陳情するのも積極的にロビー活動するのも
圧倒的多数が全共闘世代を経験してる連中なので、年齢的に「自営業」もしくは「経営層」が多数。
そういう連中は「理念」で動くので、「経済政策がマトモだから自民党から共産党に鞍替え」とか絶対にしない。
また逆に「弱者救済に注力しだしたから共産党から自民党に鞍替え」とかもアリエナイ。
よって、経済政策スタンスは、明確にしようが明確にしなかろうがあんまり大勢に影響なくて、
変に自民党追認じゃんみたいな雰囲気になって浮動票流れちゃうと困るので、明確にする方が害悪。