はてなキーワード: タワーマンションとは
『東京 練馬区・石神井公園駅前の再開発 異例の執行停止のなぜ?』 https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20240325a.html
異例の執行停止と見出しにあるが確かに。類似する都の都市計画上の手続きだと、昨今一番の話題になった某外苑の再開発でも、イコモスなどに怒られていても差し止めにはなっていないので、これは相当異例。
練馬区のサイトを見ると粛々と淡々とスケジュールがこなされているのが分かる(https://www.city.nerima.tokyo.jp/kusei/machi/kakuchiiki/shakujii/saikaihatu.html)。ここまで(借地権の申告:ここで再開発をするので借地を持ってる権利者は早く言ってね保障するから)来て、土地の明け渡し(土地の所有者が再開発に伴いいったん土地を売却し移転する)を差し止める事案は個人的には初めて聞いた。
一般的には、あらかじめ決められている都市計画(建蔽率とか容積率とか住宅専用地域とかそういうやつ、国と地方自治体が決めてる)を超えて特例的な建物(タワーマンションとか馬鹿デカいビルとか、通常の規定以上にデカく建てて儲けようとする建物)を建てる場合は
3東京都の「都市計画審議会」という会議→何度か冷や汗の出る質疑を乗り越えて
と、いくつかの関門を経ないと建てられない(ものすごくざっくりとした説明)。デカイ建物を建てるためには誰もが通る道。
で、この一番最初の「地元で意見集約」がないと、行政は当然すべての再開発事業にOKが絶対に出せない。民間人が所有する不動産を行政が勝手に動かすことは基本出来ないから。例えば木造住宅が密集してて道路が狭くて救急車も入れないようなところを再開発したいよなぁと考えていたとしても無理。なのでこの1「地元で意見集約」がとても大きな要素になる。
そしてこの「集約する」仕事は、多くの場合、ゼネコンやデベロッパーなど「ここにタワマン建てて儲けたいでゲス」という目的がある人たちが行う。
建前はあくまでも地元の住民や地権者から相談を受けて、という形だが、あけすけに言えば、何十人もいる地権者をマイルドに立ち退きさせる仕事だ。平成以降の地上げは昭和のころのように放火してなんてことはしない。毎日街のバーサンの家に茶飲み話をしに行ったり、商店会の「有志の会」とか「〇〇町の未来を考える会」なんて名前になりがちの再開発推進派のオッサンやジーサンどもと夜な夜な地元のスナックで飲み明かしたりして、誰が反対しそうか、どうやったら立ち退いてくれそうかなどを探りながら、数年をかけて『地元住民の意見を集約する』ということをやってる。これを綿密にねちねちと、時にはお金を使ったり(金で移転してくれる人は割とかなり多い)して、ぺんぺん草も生えないほどに賛成派を取りまとめることで「再開発準備組合」という、再開発の準備をするための組合ができる。組合員は地元の地権者、つまり今まで懐柔してきたオッサンオバハン、ジーサンバーサンなどで、「再開発を成功させて無事にみんなで儲けよう」というSameBoatのメンバーになる。
通常、東京都や首都圏の好立地の場合は、地権者は再開発中の住まいの保障なども含めて一銭も金を出さないことがほとんど。地権者は自分がもともと持っていた土地を差し出して、その代わりに、再開発期間中の生活+再開発後の開発利益の一部(建物の中の新しい店舗だったり、タワマンに建て替わった新居だったり)を手に入れる。
あくまでも邪推だが、今回は、このSameBoatに乗りたくなかった地権者か、再開発で不利益を被る可能性がある周辺の関係者(でかい建物が建つのだから周辺環境は一変する)が複数いた可能性があるのかなと思う、まぁ邪推ですけども。
「不利益を被るかもしれない周辺住民・関係者(店やってる人とかね)」は実は、真っ先に懐柔しておくべきキーパーソンなのだが、この手順で業者が雑な仕事をしたんだろうなと思う。私見だが、N村不動産はこういうところがかなり下手というか雑というか、無視する傾向がある。まぁN村が合意形成にかかわってたのかは全然分からないので本当に邪推でしかないですが、当該の再開発予定地の周りにすでに恐らく同様の再開発スキームで建てたプラウドタワーが立っているので「行けるっしょ」ってなったのかもね。まぁ分からんけど、知らんけど。
ちなみにこのプラウドタワーは恐らく建物高さ90mぐらいじゃないかと思うのだが、NHKの記事に掲載されている完成予想パースの、当該建物の左側に白でごくうーっすらと半透明に描かれている建物がそれにあたると思う。こういうズルいことをするのがデベロッパーである。ちな建物の右側に白でごくうーっすらと描かれてるのはやはり再開発のマンション「エミリブ石神井公園」で恐らく建物高さ50m程度。石神井公園の駅前にこんなに青空が広がってるわけがないから!
で、近年に再開発された両隣のタワマンの高さが恐らく90m、50m程度なので、「なんで100mをOKしてんだよ」とツッコミは入るよなとは思う。
まぁ、10数年前にできたプラウドタワー石神井公園よりも高く積まないと今の高騰する事業環境では採算が取れないんだろうなーと予想はできるので、そう言えば裁判で戦えたんじゃとと思うんだけどね。都市計画審議会でそういう言及でもあったら「だってその高さにしないと事業ができません、事業ができないと困る地権者もいるし道の整備もできません」と言えたと思うんだけどなー。さすがに都市計画審議会の議事録を見るのは面倒なので、これもあくまでも邪推。
「街のにぎわいを棄損してる」これは一面では本当にそうなんだけど、一方で、現地を知ってる人やGoogleMapを見た人ならわかると思うが当該地は正直、再開発した方が良い場所ではあると思う。
このあたりとか見るとなぁ。https://maps.app.goo.gl/oacM7JfmgrEmFjsw9 ブッコメにも「まなマート返してくれよ」とあるが、まなマートの辺りとかうっかり火事が出たら大惨事は免れないと思う。私もこういう地元密着スーパー大好物ではあるので気持ちは痛いほどわかるが。特に既に南でも北でも再開発マンションが建ってる石神井公園周辺では最後のオアシスのような路地ではあるので本当に惜しい、が、地震と火事のリスク…。
でも味のある路地と古くからある店がなくなるのは、増田としてもとても寂しいことだよなとは思う(だからこそとても丁寧に反対意見が出ないほどに、広めに地元の人たちと話をする必要があるのだが。これを気合を入れてやったのが小田急と下北沢の再開発)。
「優遇しすぎな面」
計算してないからわからんが、図書館(公共用途)、もともとあった区道を建物を貫いて再保存しているところから、公共用途への供出がそこそこあるプロジェクトのようである。(https://www.city.nerima.tokyo.jp/kusei/machi/kakuchiiki/shakujii/saikaihatu.files/jigyoukeikakusyo-2.pdf)そのせいで、ある程度補助金が手厚いのでは、と思う。事業費や公共床の比率などで補助金額には色々制限があるので、この件だけが手厚いということはないのでは…。むしろそうだとしたら大問題だが恐らくそれはないんじゃないかな(適当な言いきり)。
それは広告のイメージ戦略に乗せられておりますな。タワーマンションは容積率の制限の緩和を受けてはじめて建てることが出来る。その代わりに一定の計算式のもとに地面部分に「公開空地」を設けることが法律で決められていて、どのデベロッパーもその最低限度しか公開空地は用意しない。「建物を建てられる面積」は少しでも確保したい、タワー型ならなおさらである。規制より多く空地を設けるのはデベロッパー業界ではほぼ有りえない。
そして分譲マンションとして売るので、ほとんどのデベロッパーは、事業を圧迫しないように最低限確保した公開空地を公園のように整備することが多い。何かいい雰囲気になるからね。これは野村に限った話ではないっすね。そして一方で「いい感じの公園っぽくする」のは住友不動産にだけは当てはまらない。住友のタワマンの足元は本当に管理がしやすそう(で無味乾燥)、そういうのが好きな人もいるよな!管理費も節約できそうな気がする!
ちなみにこの「高いビルやタワマンの足元まわりの公園状のなにか」=公開空地は、「みんなが憩える空間を整備した代わりに容積を許してやったぞ」という空き地なので、みんなどんどん散歩したり休憩したりしようぜ!
「地域を作り替えたい業と地元民として街を守りたい業のせめぎ合い」
このブコメは本当に言いえて妙。上にだらだらと書いたが、「街を守りたい業」の人もいる。この手の件は共産党は必ず絶対に反対に回る、が、本件は商店会の偉い人が表に出てるので共産党とはちょっと違う筋なんじゃないかニャーという気はする、知らんけど。
政治的な話は置いておいても再開発エリアの線引きに入れなくて損した気がする人が反対、なんてのは普通にあるある。どっちも商店会メンバーでどっちもJCにも消防団にも入ってて、それで大ゲンカして大変、とかね。
千葉のとあるターミナル駅に住んでるが、とにかく朝と夕方以外人がいない
昼間歩いてるのは少しのお年寄りとわずかな赤ちゃん連れだけである
夕方になれば学生さんで多少賑わうが、それまでは人がいなさすぎて本当に中核市の中心都市か?と思う
当然そんな感じだから、平日昼の客がいなさすぎて、街にあった飲食街は土地の高さに耐えられず潰れてゆく
狭い土地でなんとか商売できて回転率がいいラーメン屋だけが残る
客単価をあげざるを得ないため、人が多い地域にも関わらず食べログの点数は低めな店ばかりである
それだけ人がいても、土地に金吸われてお金がないファミリー層と、古くからの地主の高齢者ばかりなので、賑わってるのはディスカウントスーパーとサイゼリアなどの激安店のみである
また駅近タワーマンションが建つらしいが建築費ペイできるだけの金額出せるやつは千葉なんかに住まねえぞ?みんな都内選ぶぞ
下手したら市も赤なんじゃねーの?
なんでターミナル駅なのに賑わいを創出する必要があるととか再開発計画に書かれてるんですかねえと思う
何者かになりたい。
「ふうん。何者かになってどうするの?」
わからない。
「ふうん。でも、今の君は、何者かになろうとしている人には見えないけれど」
どうすればいいのかわからないし、いつなれるかどうかもわからない。
「顔に書いてあるよ。『ボクには覚悟がありませぇん』ってね」
馬鹿にしないでほしい。
「事実を言ったまでさ。で、どうするの、その何者かになりたいの?忠告しておくけど、もう猶予はないんだからね」
……。
「まいったな。黙っちゃったよ。じゃあさ、君が思い描く何者かとはいったいどういう存在なの?」
絵が上手くて、みんなにちやほやされて、SNSの通知は常に万越えで、港区のタワーマンションに住んでいて、猫と犬を飼っていて、あとえっと
「なるほどね。多くの人が憧れる生活像かもしれない」
うん。僕もそう思うんだ。
「でも、そのような生活を手に入れることが本当に何者かになることを意味するのか、一度考えてみる価値はあると思うね。ただ、残念ながら時間が残り30秒しかない。どうする?」
えっ、どうしよう、どうしよう
「5・4・3・2・1…」
5000兆円欲しい!
「オーケー!君の銀行口座に振り込んでおくね。もちろん非課税だよ」
(完)
X(旧twitter)にて
「人口というのは階級を考えたらピラミッドになるべきで、大企業正社員とか医師とかだけが子孫を残せる国とか、どうみても凄い崩れ方するでしょ。彼らの子がダム建設とかマンホール作業員やるの?」という主張を見た。
残酷な現実と偉い人の本音を感じた。少しだけ知恵を付けた愚かな人間がこの事態を招いている、と感じた。
会社を経営してる知人が「最近はみんな自分が知らなくていいことを知っている。知りたがる、そしてなりたがる。それがこちらには都合が悪い」と言っていた。
あまりに情報が多すぎて、入りすぎて、見なくていいものが見えている。
例えばダム建設をしている人が休憩時間にtiktokをのぞく。キラキラしていて豊かで華やかな瞬間を見る。自分に疑問を持つ。妬ましく感じる。
取るに足るとはよく言ったものだ。
【日本という国は、そういう特権階級の人たちが楽しく幸せに暮らせるように、あなたたち凡人が安い給料で働き、高い税金を払うことで成り立っているんです。
そういう特権階級の人たちが、あなたたちに何を望んでるか知ってる?
今のままずーっと愚かでいてくれればいいの。
世の中の仕組みや不公平なんかに気づかず、テレビや漫画でもぼーっと見て何も考えず、会社に入ったら上司の言うことをおとなしく聞いて、
戦争が始まったら、真っ先に危険なところへ行って戦ってくればいいの。】
今行われてる少子化対策とか、その他の政策もなんだかどれもイマイチで最低だ。これじゃSNSみたいな裕福な生活はいつまでもできない。
でもこれってわざとで、ピラミッドの一番下を作って明確な線を引こうとしてるんじゃないのか。
諦めてもらって、働いてもらって、余計なことを考えられなくなるくらい働かせて、それでも裕福にはなり得なくて、どこかで諦めて妥協して取るに足るを知れるように。
SNSのキラキラやタワーマンションや豪華な生活はディズニーみたいなフィクションで、自分には縁のない、どうにも届かないって思わせれば勝ち。
生活を変えれば、努力すればああなれるかもだなんて淡い期待をさせちゃだめだ。
あんな生活は出来ないけどさ、可愛い子供がいて、家族があって、仕事は大変だけどこれが幸せさ。とか言ってくれたら楽だよね。
ピラミッドの上の部分、もういっぱいなんで!国に裕福にしてもらえると思ってる?w君たちは下で満足しなよ!これは棲み分けだよ
と政治家が言ってる気がした。
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へー
90年代前半頃までは大阪市内でも繁華街などから外れた地域であり古い商店街や雑居ビルなどで点在する錆びれた街であったが、90年代半ば頃に音楽制作会社のビーイングの創業者である長戸大幸によって堀江一帯の不動産が大量に取得され、無名デザイナーなどによる新しいブランドショップ、カフェ、レストラン、サロンなどが次々にオープン、またお洒落な高級賃貸マンション、タワーマンションなどが多数建築されたことにより若者の入居が増えていった。同時期にビーイングの大阪本部としてメジャーレーベルのレコード会社GIZA studioが起業され、ライブハウスなどの施設もオープンするなど瞬く間に若者の街へと変貌し、人口増加と共に数々の企業が事務所を構えるなど現在の資産価値ある土地へと変わった。
東京にいわゆるサブカルチャー的な(本屋が多いだのライブが、コンサートが多いだの美術館やギャラリーがうんぬん)リソースの集積があるのは、まぁそう。
でも、東京には歴史があんまりないし、色んなお国から集まってきている人の集まりの街なので「東京のくらし」という共通認識もあんまりない。
増田は東京生まれ・育ちなのだが、東京には割と潤沢にあると言われがちなサブカルチャーやサブカルチャー的な”文化”よりも、人の生活に根差した文化がある地域が素敵だと思うのだ。この間はTVを見ていて、青森には「普段は別の仕事をしている市井のねぷた絵師」がいる、というのを知って、何だよそれめちゃステキじゃないか。と思った。
東京は、色んなお国から人が集まってきていて、そういう暮らしに根差した市井の文化は割と薄まってしまいやすい。まぁ薄まっているところも「東京らしさ」でもあるのだけれど、市井のねぷた絵師のような存在は文化だなーうらやましいな、カッコいいな、と思う。
ところで、サブカルチャー的な文化ではない、市井の文化も、薄まってしまっているとはいえ東京にも残っていたりする。
下町生まれ育ちの増田が感じる、東京の下町の、もうすぐなくなってしまうもしれないな…と思ったりもする、東京の市井の文化を紹介させてください。
そりゃ歴史のある他の街ほど立派なものではないが、東京はいわゆるお祭りが結構かなり多い。
下町は特に、もう数百年のあいだ狭い長屋に人がひしめき合って暮らしてきたところでもあって、人の数だけ「祈り」も必要とされてきたんだろうと思う、街ごとに小さいお社がある。小さいお社は普段は町内会で掃除とかの面倒を見ているが、このお社がお祭りに参加する。大きな祭りの氏子だったり(例えば神田祭だと100個ぐらい神輿が出るらしい)、自分たちだけの祭りがあったり色々である。
下町では、各町内ごとに「自分の町内は〇〇祭の神輿」がある。氏子という言い方なんだろうと思うんだが、かなり割とキッチリと、祭りの割り当て?範囲?みたいなものが決まっていて、町内ごとに神輿を持っている。まぁ他の街でも祭りってそういう感じだと思うので珍しくもないと思うけども。
下町の祭りは基本的には神輿がメイン、山王祭(日枝神社の祭り)は山車がメインのようだが、まぁあの辺は山の手だな。下町は神輿。わっしょい、わっしょい。
隅田川より西側の下町の祭りは、春~初夏ににやるところが多い気がする。そして隅田川より東側の祭りは夏にやるところが多い。夏にやる祭りは「水かけ祭り」といって、町内を練り歩く神輿に、宮入する神輿に近所の人たちが水をわっしゃーわっしゃーとぶっかける。手にバケツを持つおじいさん、ホースを持ち出すお母さん、金だらいにビールを浮かせながらひしゃくで水をかけるお父さんなど。担ぎ手もびしょびしょ、道路もびしょびしょになる。
神輿が出る日は一日中、町内が法被と脚絆、なんならふんどしの人がウロウロする。非日常ですごく楽しい。普段ダラシナイ自分の親父殿が祭りの衣装になると5割増しに格好よく見える。近所の、普段は古いビルの1階のすすけた喫茶店のマスターをやってるおじさんが、祭り半纏をめっちゃ粋に格好よく着こなしたり、新しいマンションの住人の若いお父さんの装束をきゅきゅっと直してあげてたりね。女も神輿担いでも全然オッケー。ただめちゃ肩が痛くなるので私はまぁ、雰囲気だけ味わって担ぎ手はあんまりやらない。子供神輿を持ってる町内もあるし、うちの町内は子どもは山車が出る。
下町の祭りは毎年はやらない、2年に1度とか3年に1度とか。本当のところは知らんけど「江戸っ子は祭りにお金を使いすぎるから毎年だと無理」だかららしい。馬鹿だな江戸っ子ときたら。
増田が子供の頃は近所に「木遣りをうなる爺さん」というのが居た。「木遣り」と書くので、木にまつわる仕事をする人たち、材木関連、とび職さん、火消し(火消し≒鳶)の労働歌がルーツなんだろうと思う。よく知らないのだが笑。Youtubeなどを見るとうなってる爺さんの動画があると思う。
結婚式の時とか葬式の時に「木遣りを歌うじいちゃん」が何人かで来てくれて、家の前にずらっと並んで木遣り歌を歌ってくれるのだ。平成の半ばに亡くなった祖父の出棺の時にずらっと「木遣り爺さん」が並んで歌ってくれたのが良い思い出。ちなみにおじいちゃんはとび職ではなかったので木遣りは歌えなかった。
まぁでも、もうこういうのは無くなっていくんだろうなーと思う。数年前に祖母が亡くなった時は少し離れた町の老人ホームだったので葬式もその町でやったから、それ以来木遣りうちには来てない。マンションも多いしなぁ。
今は、正月とか区の祭りとかに出くわすと「ずらっと並ぶ木遣り爺さん」が見られる。保存会が伝承しなくては、とかそういう感じみたい。
ちなみに祖父母の家には、私が子供の頃(昭和後半)まで、年末になると上記の「木遣りのじいさん」が門松を立てに来てくれていた。その木遣りのじいさんのことを祖父母は「親分さん」と呼んでいた。今思うとあれは銭形平次的な何かの名残なんだろうな。昭和の頃まで、うっすら「江戸」が残っていたんだろうなと思う。バブルで全部洗い流されたけどね…。
東京には寄席がある。上野の鈴本、浅草演芸ホール、新宿末廣亭、池袋演芸場。あといくつかの落語や演芸の団体がある。落語家が多い街、東京。
下町には落語家さんが結構たくさん住んでいたりする。私が初めて一人暮らしをしたマンションにも偶然かなり有名な落語家が住んでいて、すれ違うと気さくに挨拶してくれるおじいさんだった。
落語は、上記の定席小屋で毎日やっているし、〇〇市民会館、○○ホールみたいなところで独演会なんかたくさんやっているが、もっと小さい、近所の落語好きの蕎麦屋のお父さんが自分の店で若手を集めて落語会をする、みたいなことが、結構あちこちで見かける。
覚えている人もいるかもしれないが10数年前のNHKの朝ドラ「ちりとてちん」で(まぁあれは上方落語の話なんだけどさ)、アル中から立ち直った師匠を中心に一門の小さい落語会を近所の居酒屋で開くようになるのだが、その「寝床寄席」みたいなのが、蕎麦屋やら居酒屋やら和菓子屋やら、結構あちこちで見かける。神保町のらくごカフェとか日暮里のひぐらし亭とか、ミニ寄席が最近ブームだったりするが、それよりももっと「地元の落語好きの人が場所を貸す」みたいなのがあるんですよ。
これは良い文化ではないのだが、下町には、下町名物の、何て言うか「飛び地の庭」というか…歩道の植え込みを不法占拠して勝手に花壇を作っちゃう爺さん婆さんが生息している。下町の家は狭い。元々長屋だったところなのでとにかく家が狭いし庭なんてない。玄関を開けると2、3歩で歩道なのが下町建築。
なので、下町の園芸好きは、軒下などに細ーくプランターを並べて園芸を楽しむのだが、それが段々エスカレートし過激になってくると、歩道を飛び越えて飛び地的に、街路樹が植わっている土や植え込みにも鉢植えやらを置きだす。通行の邪魔になりかねないのでなぁ…とは思うが、庭の無い下町生まれなのに園芸を楽しみたいぐらいなので結構、きちんと管理されていてきれいな花が咲いたりする。逆ビッグモーターである。
そういえば下町は庭がないからかもしれないが、結構園芸趣味がある。朝顔祭りなんてのは典型だし、少し大きい神社の境内で植木屋台が出ていたり。庭がない家が多いからね…せめて緑を。でも良くないんですよ。
これは、すべてがそういうわけではないと思うのだが、下町に暮らすために必要なものとして「踏み込みすぎない、ちょうどいい親しさを表す距離」を作るスキルがあると思う。
増田は4代前までさかのぼれる東京者だが、その前の先祖は京都出身、新潟出身。しょせんはよそ者同士。色んな理由で集まってきたよそ者が大きくしてきた街が東京である。
例えば真逆の存在として地方の農業地域なら、農業という生計を近所で共に協力して行っていくという、関係を良くするための必然的な理由があるが、東京にはその理由が希薄である。だからこそ、隣近所とはそれなりに良い関係を継続しておく必要があり、かつお互い踏み込みすぎない適切な距離を保つ必要もある。この辺は、下町育ち同士だとすごく「そう!」となるのだが、下町育ちじゃない人(山の手育ちの人や郊外や地方の人)には、イマイチぴんと来てもらえないことが多い。都会に暮らすって、住み着いて何十年も経っても、少し緊張感のある交友関係が必要になるんだろうなと思ったりしている。
手前味噌で恐縮だが、増田は、ご近所さんや、よく行く店の店員さんとかと、適切な距離を取るのが上手いと思う。近所の人におすそ分けをもらったり、差し上げたり、常連の店でひっそりこっそりオマケをしてもらったり。そういうのを目立たないように、踏み込みすぎないように、負担にならないように。数か月に1回程度なんだけどね。何かがあったら協力できる程度、でもプライバシーを保った距離というか。
これは下町に限らないのだが、東京の文化的な特徴だと思う。墓が広い。というか「古い広い墓」がある。
前の項にも繋がる話だが、やはり東京に暮らす人は少し根無し草なのだ。先祖代々の寺や墓がない。ある人ももちろん結構いるんだけど。
特に明治期以降は、仕事の都合で東京に出てきている人が山ほどいるわけで、そういう人に向けた公園墓地がたくさんある。古くは谷中墓地、現代でも八王子とかちょっと郊外に「誰でも入れるでかい墓」がある。
やたらと広い墓には有名人の墓があったりするから墓趣味の人用の案内があったりするね。
このぐらい。
ネットでは公務員の年収が低いのどうのと言われるが、私自身に関して言えば、特に現状に不満はない。
私は国家一般職(旧Ⅱ種)で23区内の官署に勤めている34歳だが、昨年の年収は700万円ほど。
可もなく不可もなく。
人文系の大学院を修了してすぐの25歳で就職し、28歳で結婚。
同じ年に湾岸エリアのタワーマンション(2LDK)を購入して、今に至る。
ちなみに、特に親から支援を受けているわけではない。頭金は全額貯金を崩したし、ローンは私名義で単独フルローンである。
妻も働いているが、二人ともそれほど激務というわけではない。二人とも、趣味も生活もそれなりに充実している。
マンションを購入したタイミングがよかったというのもあるが、資産は年々増えている。東証プレミアの民間大手に就職した同期と比べても、生活水準でそれほど差があるとは感じない。むしろ、仕事にはかなり恵まれたほうだと感じている。
年収はこれからも年功序列で上がり続けるし、残業すればしただけ残業代はつく。
人事院勧告により、大手企業との差は常に修正されていく。そのうち週休3日制も導入されるらしい。
仕事にはやりがいもある。なにより、国家の基本的な政策に関われるのが大いに楽しい。
民間企業の人を見ていると、たかだか年収数百万円程度の差でマウントを取ってきたりすることもあるが、所詮はどんぐりの背比べであると感じる。日本の企業は基本的に横並び主義であるし、最近は少しずつ変化してきているとはいうものの、民間の転職サイトなどを見ても、同じような学歴の人が行くような同業他社に関しては、みなだいたい1000万円くらいの水準にガラスの天井があり、その前後で多少のバラツキがある程度にすぎない。ぶっちゃけ20代から30代半ばまでのサラリーマンなら、総合商社などを除けばだいたい同じようなレンジに収まるくらいの差しかないのである。
今後数十年働くということを考えると、自分の専門性やスキルを磨ける場所に飛び込んだほうがよいという考え方はあり得るが、その「専門性」や「スキル」について、どれほどの人が本質的に考えたことがあるのだろうか。特定の狭い世界での知識や業界経験やパワポやエクセルやマクロの組み方なんかを専門性というのではさすがにないとは思うが、専門性やスキルを磨けば「楽しい」人生が送れるのだろうか?それは世界を豊かにすることに役立つのだろうか?あるいは、人類の歴史に何か新しい知見をもたらしてくれたり、国や世界に関わる普遍的な仕組みに関わることに繋がるのだろうか?
そう考えていくと、私は今の仕事を続けながら仕事に関わる研究をしつつ、趣味でもそれなりの結果を残しながら、私生活も愉しみ、経済的にも安定した生活を生涯にわたって続けていけることが保証されている今の身分に割と満足している。
公務員でよかった、という考えの人はあまり目立たないので、結果的にSNSでは不満ばかりが渦巻いているように見えることもあるが、実際のところ、大半の公務員は現状の待遇についてそれほど不満は持っていないのではないかと思う。
若手の離職率が上がっているとされているが、これまで離職者がほとんどいなかったことと比較してのことであり、民間と比べればまだまだかなり低い水準である。民間の転職ブームが少しばかり、行政職公務員にも余波を与えているに過ぎない。倍率の低下もそもそもが少子高齢化なのだから、ある程度は仕方のないことであると思う。現に、中途採用者で募集をかけると、文系事務職に関してはすごい倍率になるし、入庁してくる方々もみなさん優秀な方々である。新卒の方々のクオリティーも特段低下しているようには見受けられない。
そういうわけで、私はこれからもこの仕事を続けていきたいし、子供が生まれたら子供にも公務員を勧めることにする。
もちろん、世界に羽ばたくことも選択肢としてあっていいと思うし、民間の世界も広くて深いわけだが、ただ、私は今の仕事が好きだし、今後も国家公務員として、この国のために少しでも貢献していけたら役人冥利に尽きるな、と思うだけのことである。
私は自治体で職員をやっています。これはその地方のそれなりに大きな自治体で、一つの部署を任されていた時の話です。
その部署は市民の生活福祉を扱っています。生活保護や給付金なども私の部署が統括しておりました。
その時に常々日本のお金のない老人は人生が詰んでいるなと思っていました。
まず、彼らはお金がありません。
だいたい彼らはいまだに仕事をしています。暇だからと口をそろえて言いますが、話を聞くと貯蓄が数万円なことがほとんどです。
彼らは年金がもらえません。
なぜなら多くは農家や自営業で、月々たった300円程度の年金を支払わなかったからです。そのせいで彼らは年をとっても、障害を負っても、年金は一円ももらえません。
では生活保護は、と思うかもしれません。
地方に住んでいる多くの老人は家や農地を持っているのです。資産を持っている人に生活保護は出してもらえません。
そして、身寄りもいないのです。
地方で、農家をやっている、そして土地に異常に固執しています。子供たちはそんなご両親をよく思ってないのでしょう。多くの場合、連絡しても他人行儀の対応をされます。
これは本当にそうで、日本人は趣味がないことが多いです。だから仕事を辞めた後は雑談が主な生きがいです。ちょっとしたことがあれば大イベント。
彼らは嵐の日に作物に興味があるわけではありません。嵐という大イベントが起きたから慌てて農地や海辺に駆け寄るのです。
しかし、これができるのも最低限貯蓄がある人だけで、それができない人も少なからずいます。
私はいつもこう言いました。
「あなたのところ土地持ってましたよね?それ手放してくれないと生活保護できませんよ」
声を荒げる老人も毅然とした態度で理論的に詰めていくと、涙を流すんですね。面白いです。
下手にくれば話を聞こうとも思いますが、彼らはだいたい傲慢になぜ助けないだという態度なので私もそうした態度をとっていました。
もちろんそれだけではありません。
私は言います。
「あれ、車持ってないって言ってましたよね?軽トラも車ですよ」
「法律ですからね。これちゃんとした犯罪ですよ。警察呼びましょうか」
土地と家を手放して、知人に畑を取られたうえで生活のつてもなくなるんですね。
彼はその後何度か役所に来てましたが、そのたびに軽トラを手放すように言っていたらそのうち来なくなりました。
これは私の担当ではありませんが、生活保護のためにすべてを手放した老人に貸してくれる大家さんはいないんですね。
都内で若者向け公営タワーマンションができたなんて話を聞きましたが東京は栄えてていいですね。
もちろん、持ち家のない老人もそうで、彼らは現役時に妻や子供と住んでいたちょっと高めの家にずっと住み続けてるんですね。
彼らは老人一人が住むには不当に高い家賃を払うために多めに仕事をしたり、節約したりしてます。
夏の時期はうちや図書館が涼み場として盛況するんですが、同僚と一緒に、建物内からソファを除いて、長時間座るのに向いていない硬めの椅子に取り替えました。
おとなしくしてるなら目をつむりもしましたが、彼らは大きな声で雑談もするし、靴を椅子に乗せたりなど態度が悪かったのでそうせざるをえませんでした。
ですので仕事をやめる前に老後のためにはまず引っ越ししましょうね。
日本は老人に優しいように見えて全く優しくありません。
普通のレールから外れてしまえば、死ぬまで苦しみは続きますよ。
彼らは皆そういっていました。
私がさんざん催促に行っても拒絶されました。
「そんなもんの世話にならねえ。これ以上俺たちから金むしり取ろうってのか」
覚えていますよ。あなたが私の新品のスーツを掴んで言ったこと。
あれほどいつか大変なことになと警告したのに、あなたがその道を選んだのです。
先日、純資産が3000万円に達した。2022年1月から2023年6月の約1年半で純資産は3倍にまで膨れている。
なぜそうなったのか、自分でもはっきりと要因が分かっている。
汗をかかずに生きていくための生の知識として有益だと思っていて、これから続く数十年の人生を豊かにしたいなら、ぜひこの先を読んでみて欲しい。
資産の増加 = 収入 + 投資益 + 不動産含み益 - 支出
この中で影響が大きかったのは、不動産含み益、収入、投資の順だった。支出については特に何も意識していない。必要なものを必要なだけ買っていく生活。大体月30万円程度が生活費でかかっている。影響の大きかった3つをそれぞれについて解説をしていく。
1. 不動産含み益について
結論を言うと、住宅は早めに買ったほうがいい。その中でも、人気で高級なタワーマンションを買うのがいいというのが自分の持論。
自分が6250万円で購入した物件が、今売れば相場通りなら6900万円程度で売れるだろうから650万円程度の含み益になっている。
もう一つ重要なのは、住宅ローンを返済しているわけで、ローンの残債は6250万円から減少している。具体的に言うと残債は5475万円なので、今仮に売却した場合に1400万円程度手元にお金が残る計算であり、これが純資産に組み込まれている。
つまり、住宅は購入すると、住宅価格の高騰による含み益と、家賃ではなくローン返済という名の貯金ができることが、資産形成に大きく有利に働くと言うことである。
しかし、これには「住宅価格が下がらない、むしろ上がっていく」という強い前提があり、これは自明ではない。 よって10年後でも、高いお金を払って住みたいと思わせる魅力がある家を買うことが重要。さらにタワーマンションのような大規模マンションは常に買い手と売り手がいて相場が形成されている。資産性と言う意味では人気の高級タワーマンションが私は一番良いと思う。
2. 収入について
労働者の主たる収入源は給与だろう。そして給与を最大化させるのが最も再現性が高い資産形成の基本だ。簡単に言えば、給与の高い仕事をせよということである。自分は新卒の月収24万の仕事を速攻で辞めて、フリーランスで月単価80万円程度の仕事を受けていた。他のことは何も考えずに、より高い単価の仕事をし続ければ収入は上がっていく。1年ほどフリーランスをした後、現職に年収760万円で転職し、現在は3年目で年収1100万円程度をもらっている。
とはいえ、誰もが給与の高い仕事ができるとも思わないので、その場合は副業をしてほしい。本業にかける時間を最小化し、副業で追加のお金を稼ぐ。これも非常に再現性の高い収入の増加方法だ。
3. 投資について
投資というと一発逆転のイメージがあるが、自分はどちらかというと守りのイメージだ。物価上昇していく中で現金を持っているのはあまりにも負け確定のゲーム。物価上昇に釣られて上がる株を持っておくことが資産防衛に役にたつ。実際、この1年半で物価上昇を痛感するが、同時に金融資産も200万円程度の値上がりをしている、
あとは、イーサリアムを400万円ほど保有している。仮想通貨はかなり危ないが、イーサリアムはその中の最大手のブロックチェーンであるので比較的安全性が高い。web3の波が来ていればもっと値段が上がっていたかもしれない。イーサリアムの面白いところは、ステーキングができるところだ。ステーキングとは、簡単にいうと定期預金のようなもので、預けておくと年利5%程度で運用できる。ステーキングでの利益は1日数百円程度入ってきて、合計で10万円程度はそこから収益を得ている。
最終的には株の配当やイーサリアムのステーキング報酬など、金融資産からの収益で生活することが目的であるので、ここはしっかりやっていく。実際のところ、そのレベルに達するには1億円以上の資産が必要なので、それまではあくまでも守りであり、しっかりと資産を積み上げていこう。
家を買って不動産収益を期待しつつ、高い給料をもらうことにこだわり、投資で守りつつ、一発逆転の種をまく、これが僕の資産増加の戦略です。