はてなキーワード: カリキュラムとは
プログラミングしてみたいとぼんやり考えている仮想的な若者を妄想しながら書いた.
プログラミングは, おそらく多くの人が触れたことがないからだろう, 特別扱いされるきらいがあるように感じる.
よく話題に上がることであるが, 最近「プログラミングは簡単!」「一ヶ月でプログラマになれる!」のようなキャッチコピーを売りにしたサービスなどが多い. そういうものを見るたび, たとえできたとしても, それは本当に目的に合致しているのか考えてしまう.
料理だって, 一ヶ月あればできるようになると思う. ただし決して, それだけでお金を儲けられるということではない.
これは料理に限らない. スポーツだって, 日々の練習があるからちゃんとプロたりえているし, 自動車の整備士だって, 普段やって慣れているから安心して任せられる. そういうものだとみんな知っている.
もちろん, プログラマだって, コードを書いたり勉強したり, そういうことは必要なはずである.
料理教室, 英会話教室や, 資格講座, パソコン教室などがある. 学校も加えても良いかもしれない.
そういうものをみて, カリキュラムを終えたらゴールだとは思わないと思う. あくまで入り口として有用なものである.
ビジネスなのだから, 良いことを売りにするのは当然である. [『苦しんで覚えるC言語』](http://amzn.to/2htZRFi)のような稀有なケースもあるが, 大抵の人は苦しみたくないと思うので, 「明快!」とか「猫でも分かる」とか, 「n日でできる」ほうが心地よいと感じるであろう. また, カリキュラムを終えたら一人前な方が良いと思うので, そういうことを売りにしようとするであろう.
※ここで言う「[ポジショントーク](http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DD%A5%B8%A5%B7%A5%E7%A5%F3%A5%C8%A1%BC%A5%AF)」は誤用としての意味であるが, ぴったりなので使いたい. 正しい意味はリンク先を参照されたい.
プログラマに聞けば, 「プログラミングは楽しい!」答えると思う.
料理人に聞けば, 料理は楽しいと答えるだろうし, プロ野球選手に聞けば野球は楽しいと答えるだろう.
人によって合う合わないはあるだろう. 少なくとも, プロとして働いてる人は, 意識的であれ無意識的であれ, 続けようと思った人である.
工作を好きな人は多いと思う. プラモデルとか体験教室とかは, お金を払ってでも工作を楽しみたい良い例だと思う. プログラミングもその中に加えたい.
教室などで, プログラミングでアプリを作ってみることは楽しいと感じたとして, では次それが仕事になってまで楽しいかといえばそうとは限らない.
創作が楽しいからといって, 美味しくもない料理を出すわけにはいかない.
プロにはもちろん責任が伴うし, すべてが自分の思い通りなわけではない.
とはいえ, 少なくとも自分は, 時にはつらくても, 最終的には楽しんでいるので, 世の中そういう人もいっぱいいると信じているし, いてほしいとも思っている. そう信じているが, あくまで自分の感情なので, 自分がプログラミングを教える時, どうしてもその人にとって本当に幸せか考えてしまい, ジレンマを感じる.
もし今あなたが誰かに教わっているなら, ここまで考えてどう思ったかを, その人に伝えてあげてほしい.
自分は, プログラミングを昔からしてきたから, 論理的思考力が身について, 大学受験もうまくいった気がしているし, バイトもプログラミングのお陰で人並みに稼ぐことができた. PCの使い方に慣れて, 検索や, 情報の真偽判断もうまくなった気がする. もちろん, ただの結果論であって, 因果関係の保証はない.
もし自分がプログラミングの価値はなかったといえば, それは同時に自分の人生を否定することに繋がる. 自分は一定の自尊感情を持って生きているので, 自分の過去の生き方について一定肯定し, その結果プログラミングに価値を見出しているにすぎない.
プログラミングは楽しい?の節とほぼ同じ内容だが, プログラミングに限らず, そういうものだと思う.
プログラミングは手段という考えは浸透しつつあるように思う. 同時に, プログラミングができると何ができる?という質問をされることもよくある.
大きなもので言えば, 人工知能と騒がれているものだったり, LINEやTwitterだったり, いろんなアプリだったりゲームだったり, WEBやメールといった大きなシステムも, プログラミングの延長であると言えると思う.
ただし, そういうものは, 何十人, 何百人という, エンジニアだけでなくデザイナー, 企画, マネージャーなどが何年も協力してできていて, また, エンジニアだけでもフロントエンドエンジニア, サーバーサイドエンジニア, インフラエンジニア, グラフィックエンジニア, ……とても多くの, 各部分のスペシャリストが作っていることを知る必要がある.
一人でできる範囲は, それほど大きくはない.
小さなことで言えば, 計算などを, 電卓よりもプログラミングをしたほうが速いという話がある. 僕の場合は, 確かにくり返し同じような計算をする場合や, 複雑な式の場合は, そうかもしれない.
但し注意すべきは, なにか新しいことができるようになれば, 他にもできるようになることが増えるのは当たり前である. 軽いプログラミングができることは、それほど価値があるのか?
プロとしてのプログラミングをしなくても, アマチュアとしての仕事もある.
ホテルの料理人は, 一人で良いものを作ることを求められる. 一方で, 飲食チェーンでのアルバイトぐらいなら, そこまでは求められないだろう.
また, オーナーとしても, 料理に関する知識を持っていれば有利なことはあると思う. デザイナーやマネージャーがプログラミングをする目的である.
何事も, 一度やってみることは価値があると思う. 自分は田舎育ちかつ父親の影響もあり, 自転車のパンク修理や, 車のタイヤ交換等は, 家で行っている.
本職ではなくても, お金の節約になるし, いつでもできるというのはメリットではある.
将来の選択を決めかねている場合でも, やってみないと楽しいかどうかも判断できないので, やってみることは決して否定しないし, プログラミングに関して言えば自分はもっと広めたい立場なので, ぜひやってみて欲しいとも思っている.
偉そうに書いておいて, 自分自身全然社会の波に揉まれてるような年齢じゃないし, 人生めっちゃ成功しているわけでもない.
全てにおいて, 僕がプログラミングに近い立場にいるからこそ言えたことだし, 自分が違うことをしていれば多分こうは言っていなかっただろう.
もしコメントを読んで自分が間違っていたとか、扇動的だと思えば記事を削除するし, そうやって考えを成長させていく. ネットの1記事というのはそういうものだと思っているし, そういう目線で読んでほしいとも思っている.
ビッグデータ, 人工知能, プログラミング, そういう流行り言葉に踊らされて, 大事なものを見失わないでほしい.
意志を持って学びたい人を邪魔する人はいない. みんなプログラミングが大好きだし, 広めたいと思っているはず. 自分含め.
卒業なので
この事を書こうと思う。
「確実就職」をうたっており、
1年目は気の合う友人ができ、
2年で
学校のカリキュラムで某ゲームイベントにチームで作ったゲームを出展ができるカリキュラムがある。
そのゲーム作りで
闇的な部分を見るはめになる。
「仲の良い友人だけでチームを組んだ」
最初の1ヶ月ぐらいは順調にすすんでいたが、
事件はその後に起きる。
リグ入れとウェイト付けだけで1ヶ月。
スケジュールに大きく影響し、僕はその場で怒ったら...
「ジョイント一つ入れるだけでも大変なんだからしょうがないでしょ!!!」
(なお、組むリグは標準的な人型)
と逆ギレされた。
当時は3Dの知識が無い自分にも非があると思い、そこから3Dの勉強を始めることにした。
どうやら友人(デザイナー)
二人がチームから抜けたみたいだ。
理由は
「(著者が)怒ったりするのでチームを抜けます。」
残ってくれた一人の友人(デザイナー) が代わりに3Dモデル全てを作ってくれ、
優秀な先輩と友人のプログラムのおかげでなんとかそのゲームは完成した。
どうやら抜けたチームの人間、
元々僕を悪く思ってた人間がこそこそと
聞いた内容が
「仕様書を書かない」「自分はちゃんと納期を守った」「自分は悪くない、悪いのはあいつ」「あいつら実力はあるけど人間性は無い」
噂は信じられるもんなんだなあ、
とは思ってたけど
今思えば
その後、僕はゲーム会社でアルバイトをし4月頃には内定を頂きゲーム会社通い。
最後まで一緒に居てくれた友人や先輩も大手ゲーム会社に就職が決まった。
書く僕も僕だが卒業だし書いておく。
http://anond.hatelabo.jp/20161204095016
思ったことをそのまま言うのが良いことだって間違った対話の仕方を教育してるんだよね。
一応、考えていないわけではないんだよ?文脈を考慮していないだけで。
学術的な対話に限定させてもらうけど、俗にいうように西洋の議論では「事実を共有し、それを前提として対話を行う」。
だから「その話題が意図するところを捉え」てからそれを織り込んで喋る、つまり文脈を考慮して主張する。
だけど、日本人は「自分がその問題をどうとらえているか」をもって対話を行うし、
何も言わないのは「自分はその問題について何も考えていない」ことになってしまう。
相手との意見・見解の差異が現れてからそこを論点として、そこから事実の確認に入る。
相手の意見に反論するときだって、実は文脈を考慮せず相手の言った言葉のみに反論している。
その結果、日本人の会話には実は文脈が無い。あるいは各々が自分自身の文脈を持っていると言ってもいい。
たまに「日本語はハイコンテクストだ」なんて言われるけど、これは各々が持つ文脈のたまたま重なったところで会話しているから
背後に大きな文脈があるように見えるだけで、元々文脈を共有していないんだからコンテクストもくそもない。
仏教にもそう書いてある。いやマジで。龍樹の中論によれば人は事実の共有すらできないんだから文脈も当然共有できない。
文脈を考慮しない対話にもメリットはある。前提として事実を共有しなくていいからとにかく早い。
会話以前に事実を共有している―例えば同じ体験をしていると滅茶苦茶早く深く対話ができる。
だからそれに追加して中学校なりなんなりで西洋式の議論の練習をすべきなんだけどカリキュラムに入ってないし、多分教えられる先生も多くはない。
なんとかしたほうがいいんだけどね。
未だに手書きが基本だということ。
正直言って手書きする機会は少ない。日本語でも手書きは少ないのに英語ならなおさらだ。会話の授業は置いておくとして、読み書きの授業は全てパソコンを利用したものに置き換えてほしい。
メリットをあげると、
1. 今までできなかった句読法の指導を行うことができるようになる
2. タイピングが速くなる
以下順番に、
1. について:
ある程度英語ができる人でも、正しくスペースを空けられない人が多い。英語のスペースはカンマとピリオドの後に一つ打つ必要があるのだが、日本語の習慣を引きずってか、カンマやピリオドを打った後にスペースを空けずに平然としている人がいる。これは知っていればすぐに直せるミスなのに、知らないせいで読みにくい英文が量産されている。はっきり言ってウザい。
2. について:
今の時代手書きなんかしないから、手書きが速くてもメリットはあんまりない。それよりも速く正確にタイピングできることの方が重要だ。国際比較でよく弱いと言われている、日本の子供のITリテラシーも補強できるかもしれない。
3. について:
パソコンを使って英文を書くことが当たり前になれば、スペリングにこだわる必要性は減る。毎日単語テストに10分費やしていた時間から解放されれば、読み書きの練習に充てられる時間は多くなる。そもそも、単語のスペリングなんて覚えたって英語の仕組みの理解には全く役に立たないのだ。
たいてい、教育を変えようというのは方針の変更であって、例えばよく言われる「今までは読み書き変調だったがこれからは会話を重視しよう」なんていうのは、会話のために読み書きを犠牲にしようという論である。でも「読み書きの授業をパソコンベースで行うべき」というのは、何も犠牲にしない。学校によってはパソコンの台数が十分用意できないかもしれないが、カリキュラムの変更は必要としないから、パソコンを使うことができない学校では引き続き紙ベースで授業を行える。パソコンが用意できる学校では、同じカリキュラムでパソコンを使って授業をし、空いた時間で追加の読解・作文の練習をさせることができる。
勉強法や、ノートの取り方の記事があるたび、すごく違和感がある。
・授業は話をよく聞く
この2つに尽きるかと。
巷で言われるような、ノートを取るのって、効果的ではないと思う。
ノートを取りながら、話を理解するのは困難で、手を止めて聞いたほうが理解できるし、記憶もできる。
忘れたらどうするんだというけれど、重要なところは教科書を読めばちゃんと書いてある。
そして、教科書が好きだ。
箇条書きや、単語の羅列なんかより、やはり文章になっていたほうが読んでいて気持ちいい。
簡素で、どこか美しいと感じた。
物理とか数学とか、理系科目に顕著だったけど、教科書は短く要点が詰まってるのに、チャート式とかだと冗長で、文章に味わいもない。
理数系って授業要らないんじゃないかな。
大学以降、必要な数学物理の知識は独習でなんとかなったし、高校の授業も、数式をみればわかる内容を、わざわざ黒板に写し直してあれこれ喋る理由がわからなかった。
定期試験は一夜漬けで充分だし、センター試験くらいなら、それで8割くらいは取れると思う。
私の高校は進学校だったから、教科書が全部終わったけど、教科書終わらない高校もあるそうで。
それでも、教科書ちゃんと読んでれば、6割くらいは取れると思うんだけど。
何度か話に上がる現代文、あれは確かになんのための授業かわからなかった。
解ける人は授業を受けても受けなくても解けるし、解けない人はどんな授業を受けても解けないんじゃないかなと思う。
解ける人だったので楽だったけど。
恋愛離れ恋愛離れと嘆く割に、じゃあどうすりゃいいのさ、となると
『知るかボケ!自己責任と自助努力でなんとかしろ!』…こんなんで恋愛離れが改善するわけないと思うんだが
恋愛上手な人にとっては「恋愛なんて普通に生きてたら普通にできるだろ」とおっしゃるけど
それが大マチガイなんだと思うよ
だってさぁ、「何すりゃいいか」分からないんだよ、恋愛できない人間にとっては
レールが要るんだよ、レールが
そしてレールが無いならじゃあ恋愛はいいや、としかならんのだよ
そこらの書籍やネットで溢れてるアドバイスとかじゃなくてレールが!もっと公的で強固なレールが!!!!!!!
「国語力を高めよう」
たまに聞く言葉だが、このフレーズのなかでの国語力とはなんだろう。
日本語力ではない。
基本は解釈論で、それを通じて国家や人間の在り方といったところも考えさせる。
もちろん、程度の大小はあれど。
(「ふーん、あっそう」では済まさせないなにかがある)
まず
はい、そうです
重なる部分はありますが、
「国語」になると話が変わってきます、大学で教職科目を取っていたときは、
「「国語」はある種のイデオロギー的なもの」と教わりましたが、僕はそこまでは思いません
ただ、「国語」、母国語であるわけで、使う私たちはいわばネイティブです
「日本語」と言う場合、多くの場合はネイティブを想定していませんよね
考えてみたことなかったですが、言われてみれば領域的にはそうですね、言葉に絡む一切のものを詰め込んでる感はあります
根っこは同じだと思います
「言葉に対する意識・感覚・能力を向上させる」ことを念頭に置いて、自分はやってます
国語という科目がよくわかってない。
「国語」の授業は単純に「日本語」の授業だけではないことは明らかだし、「国学」とも違う。
内田樹のいう国語力とは、ethicsなのか、japaneseなのか、rhetoricなのか。
明治時代に国語という科目を作ったとき、なにを目的にどういう設計をして作ったカリキュラムなのか気になる。
推論だけど、自由七学芸のうちの修辞学、論理学、文法を輸入して、まとめて1つの科目にしたんじゃないなかと思う。
修辞学のうち、弁論術が大きく省かれて、文章においての修辞だけに特化したのは、それまでの儒学教育からの流れか。
価値判断を含んだ文章を理解するには、ある程度、筆者の価値判断の材料を理解しなくてはなりません
しない場合、自分の共感しなさをどのように伝えるか、と言った問題があります
すぐれて教育的な問題ですが、時間のなさ、カリキュラム、教師の能力、生徒の能力といった諸々の事情から、厳しいのが現実ですね
なるほど。こういうことなんだろうな。
俺は男子校出身なんだけど、9割9分の学生が童貞で恋愛の悩みなんか抱えたこともないのに、『こころ』を読まされたのはよく分からんかったな。
先生も「お前ら童貞には分からんだろうが・・・。」って言ってて、「明治の精神の終わり」とかのテーマを中心に解説していたが、そっちの方が関心ないというオチ。
やっぱセックスとか暴力描写とか宗教とかマルクス主義とかにかかわる文章は載せられないんかな。
そういうの避けて、かつほどよい長さの文章を選ぶのは大変そう。
ゲームのレーティングと同じで、発達段階に応じた内容を選ぶことの難しさはありますが、
自分の場合は高校ですし、高校生はある程度現実見えてるので、そこまで厳密なゾーニングをしたところで、という気にはなりますね
個人的にはセックスや暴力描写も、「そこから客観的に何が読み取れるか」「どんなことが見えてくるのか」という点で、
教材としてだけなら、むしろ良い教育内容が作れそうだな、という感じはありますね
宗教とかマルクス主義の例ですが、イデオロギーを色濃く含んだ文章は、難しいです
価値判断を含んだ文章を理解するには、ある程度、筆者の価値判断の材料を理解しなくてはなりません
しない場合、自分の共感しなさをどのように伝えるか、と言った問題があります
すぐれて教育的な問題ですが、時間のなさ、カリキュラム、教師の能力、生徒の能力といった諸々の事情から、厳しいのが現実ですね
条件が整わないまま、価値判断を色濃く含んだ文章を取り扱うと、筆者の価値判断(読解ではなく)の押し付けみたいなことも生じる可能性があります
---
>もっとちゃんとした就職予備校設置してほしいけどそういう変革は無理なんだろう。
↑
でもたぶん本質的にはあまり変われないところが多いんじゃないかな。
半端な時期に実施される検定ありきの専門学校が、半年のカリキュラム制に合わせられるか超疑問だけど。
▲専門職業大学創設を答申 文科省、3年後の開学目指す:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASJ5V3HL0J5VUTIL00J.html
>パソコンのご本を読めるようになるのが難しい、という感じのお話。独学? が難しい。
>全体的なビジョンがないわけ。実際の世界がそれで動いてるようなビジョンが。だから読めない。
↑
→わかる。そういうことじゃない、ってやつだよね。丁寧さはそこに求めないというか。
→でも丁寧に作らねば、苦情来るので、丁寧になる理屈もわかる。
>僕は社会の役に立つことを直接学びたかったよ。社会がどういう風に動いてるかみたいな話をさア
>技術の実態みたいなやつ。そういうのは学校で教わらないんですよね。
→実際のコードとか見れたら最高ですもんね。でも実務のそれは守秘義務で出せないから、技術者がプライベートで造ったものくらいしか見せられないジレンマ。
>優秀な人はバイトとかやって知ってるっぽいけど、それみんなバイトでやるの? みんなはやらんでしょ。
→意志があるひとは飛び込むやろな。
>というかバイトみたいな形で社会参画しないと学べない知識だったら、それはそれでやばくないですか? という提起でもあります。
→やばいけど、安定しない市場規模だから、なかなか学生育てる体制がな整えられない状況だし、状況が変わる見込みも少ないという。
>そういう知識があれば、大学の図書館に置いてあるような「技術本」っぽいやつ? の扱い方がわかるんだろうなーと思う。
→うん、その通りかもしれない。(そうか、学生は、「技術本」の拾い読みの仕方がわからないことに今気づいた…)アルバイト大事。
>僕が何を期待しているのかって?それは実務のうちで難しいお話が出てこない、環境の話、という感じ。
→?
>あるいは別にアプリなんか作ってないのかもしれないよな。とすると何かしらサーバーを使って捌くようなシステム・サービスの細かい調節のお手伝いをしてたりするわけだ。
>その具体的なトラフィックがどうだからどうのこうの、というお話をしたり、アクセスの仕方がどうの脆弱性がどうの、新しい技術がどうの、という話だと思うんですけど、
>端的に言ってそういう話がぜんぜんわからない。そういう話がわかるとスンナリ進めるはずなんだけどな~と思いながら。
>親の金で大学行ってるのに、なんかもっとこううまくできるはずなのに……という感じでつらい。
→これはわかる超わかる。出資者の親への申し訳なさ。でも親は子がしあわせそうだったらお金払う価値感じるから、
学び取りきらなくても、せめて増田が学業を楽しんでれば、それが孝行になっているはず。
>そういうの、本とか、自分の足りない知識とか、おそらくその辺にあるんだろうな~と思いながら、でもバイトで働くにも微妙にプログラミングの知識が必要で、「これまで何作ってきましたか?」と言われても、
→いや、ホント1つ完成させるだけでいいんだと思うよ。スペシャリスト期待してない。新卒に。どちらかというと、0から実装する発想力とか、完遂力とか見てるんだと思う。自分は求人担当した時にはそれだけ見てた。
>絶対手打ちより良いやり方あるはずだけど、僕は知らんし、知らない以上何が効率的に作れるのかもよくわからないし、わからないことにはできるだけ手を出さない方がいいな、と思う。
→いや、そこはやった方がいい。愚鈍でも。
→なぜかと言うと、あったとしても、まずは手打ちの手順理解してないとそれのメンテが全然できんからね?メンテしないで済むフレームワーク(ツール)は存在しないですん。
>同年代で「めちゃくちゃプログラミングできちゃいます!(漠然)」みたいな人間いるけど、僕が例えばどういう本読んでどういう道筋を歩んだらそういうカンジになれるか、かなり見えなくてつらいし、
で、それを実装するための手法を、泥っぽくても良いから考えろ。これな。
→それ繰り返してる内に、『調べる力』がまずつくし、点がたくさん生まれて、その内つながるから。
>「でも本当に役に立つ本って開いた瞬間に読みやすいのでは?」みたいな信念がある。 これが原因なのかな。でも、この信念、少なくともこれまでめちゃくちゃ役に立ってきたものなんだよなあ……。
→それだな!それは『教科書がある世界』までのお話や。先人がいる世界までの話。
→温故知新じゃないが、先人が残したものの先からが私たちがやるべき領域で、独自の領域になってくる。(学問の「研究」が指すところ)
独自の歩みを始めると人口がぐっと減るから、読みやすさ極めた本はなくなるぞ。じゃなきゃ英語のリファレンスなんか読まないんよ……。()
>そういうのができるようになるのかと思ってたらあんまり学校でも学べる感じじゃない。全体像とは……となっているけど、こういう悩み、自然に解決したりしなかったりするんだろうな。
→自然解決はしないね。地道に自分でトライアンドエラーするしか。で、全体像は、個別すぎて全種類フォローは不可能なので、共通部分となると、理論の話とか、すでに学校でやってる内容がそれなんですな。振出しに戻るみたいになるけど;
→だから、共通部分やった後、大学ではゼミ制になるんじゃないかな。
>できるところからできるところだけ勉強していきたいと思います。それが、僕にとって、よくわからない本をじっと読まなきゃいけない義務から抜け出した罰の引き受け方っぽいので。
→自分のカンを働かせて調べようとしてるこの姿勢こそ、この記事での悩みの解決策になると思う。とてもよい増田。
→これが遠回りだとしても、これも一つの近道(学生にとっては必要な過程)だから、まずやってみて、そしてまた詰まったら増田に投稿してほしい気がする。
→これは個人的なレスだが、まずは「何を作りたいか」「何をやりたいのか」を持つと、自然とやることや調べる事も見えてくるから、それを大切にするのが一番近道だと思う。
こういう投稿するってことは、悩みを外に伝えて
前に進もうとしてるってことだから、
すごい成長するにおいがする。
私は世界的ホメオパスの学校を卒業し、プロのホメオパスとなりました。ドヤァ
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/homeo.club/improvement-reaction-matome/
このように言われると、とてもすごいことのように思えるので、実際はどうなのか
少し調べてみました。
因みに、こうおっしゃった方は、日本のホメオパシーは間違っている、
そもそもホメオパシーが正しいのか、誤っているのか、
私は興味が無いのでそこら辺はなとろむ先生に聞いてください。
世界的ホメオパスの学校のカリキュラムがどうなっているのかを調査しました。
3学年あります。
1年目
受講時間:約75時間(但し、このうちの半分以上がビデオ受講)
1回3時間の講義を受けたとして、たった25日間でカリキュラムが
2年目、3年目
受講時間:約113時間(2年間の合計) + レポート + 最終試験 (半分以上がビデオ受講))
えっ、たったこれだけ?
因みに最終試験は、合格するまで何度でも受けることができるそうです。
対して、正規の医療従事者達はそれなりに難しい養成機関の入学試験に合格して、
難解な講義を受け定期試験や卒業試験をパスしたあと、国家試験に合格して
免許を取得するわけですね。
相当な努力と才能と適正と、そして教育と訓練を受けるための金銭的投資を
行なわなければなれない。その代わり、一定の職能は担保されると
言っていいでしょう。
責任ある職業に就くために必要な努力と投資を行なう、当たり前のことですよね。
大体、医師がブログで私は世界的な権威のある大学の医学部を卒業しました。
イオンド大学(笑)名誉博士号なんて書いてあったら、その先生はむしろ避けるべきです。
それだけではありません。
医師にしろ、看護師にしろ、理学療法士にしろ、他の職種にしろ、
激務の中、貴重な休みをさいて、何チャラ講習会やら、何とか学会の
集まりだのに自腹切って出かけていって、常に勉強している人が多いです。
ベンチャーから、運良く大企業へ潜り込めて人生ウハウハになった俺が通ります。このままほっとくとこちらの若造は人生棒に振りそうなので、俺の見たものを書いといてやるよ。結論からいうと、とにかく行けるいっぱいグレードの高い優良な大企業に入りなさい。ベンチャー・スタートアップは運悪くあらゆる大企業に入れなかった時の最終手段ということで。もうね、ベンチャー時代と比べると、同じ頑張るなら、絶対に大企業で頑張るべきとしかいえないわ。人間ってね、明日の飯に困らない余裕を持ち、かつ、良い物をどれだけ見てきたか、で人生ほぼ決まるので、余裕と良い物が沢山みれる大企業に最初から就職するのが日本の場合はつくづく鉄板だわー。
教育面
こちら夢見てるか、勘違いしてる。実際は、「カリキュラムは形だけ用意されている。専門知識も『あとは各自で調べてね!』といった内容にとどまる。実用レベルまで引き上げることができるかは本人の帰宅後のガンバリ次第」かな。ベンチャー、スタートアップよりは形が整っているように見えるというのが真相かと。結局、大企業であっても、本人の資質と、OJTと、どれだけ良い上司と同僚にめぐまれたかが全て。大企業だって、先輩がクソだったりすると、知識もないのに自分で何でも調べることになり、同僚・先輩は忙しくて教えてくれないとなる。
稼働面
もう成長しきっている。
悪くいえばダラダラしてしまっている。
一部当たってて、一部はずれている。まず、「もう成長しきっている。」の部分であるがこちらは間違い。大企業は、地球上のどこでもその会社の名前が有名になるまでビジネスの競争の手を緩めないし、兎にも角にも成長できる方面を死ぬ気で探しては攻略しようとしてもがき続けているのが実情。基本的に大企業は優秀な人がほうっておいてもやってくる会社なので、社内競争も高いレベルでかつ激しい。なので、本当に成長しきっている分野であれば、そうじゃない部分をすぐに見つけて、成果を出そうと死物狂いでがんばる。そうするとたいてい成長できる部分が見つかるという状況です。「社内に余裕がある。」は、新分野に対しても、つけてくれる予算という意味では余裕があるが、それ以外のリソースはベンチャー・スタートアップ並にカツカツになることが普通。ただ、儲かり始めたときの援護射撃は、ベンチャー・スタートアップの比ではなく、十分な援助と見返りが得られる。また、当たり前なんだけど、ベンチャー・スタートアップで腕を磨いた奇跡のような猛者も大企業の社員として居る事が多いので、大変勉強になります。ベンチャー・スタートアップで同じレベルの人に出会える確率は実はとても低いです。
給与面
ただ、30超えてから一気に増える。
35歳くらいで一軒家がローンで買える。
増え方が圧倒的で、人生ウハウハになるのは大企業です。ベンチャー・スタートアップはよほど運が無いと、まあ同等の給料を手にするのは無理だわな。しかも、ベンチャー・スタートアップは苦労の割に見返りも少なく、法令遵守した労働なんてやったら会社つぶれちゃうので、社員は安月給でとんでもなくこき使われ、奴隷のような日々を送ることになります。まあ、ベンチャー・スタートアップで美味しいといえる人は、たまたま上手く行った社長だけだわな。他のスタッフは社長の残りカスの儲けを山分けになるので、どうやっても安月給になるわなー。
将来への独立面
あー、独立に対して夢見すぎかな。ベンチャー・スタートアップを初めて10年生き残れる確率はわずか1%程度しかないのよ、統計取ると。なので、どこで学んだかなんて誤差でしかありません。むしろ、色々なコネクションを山ほど作れる大企業の方が、万一独立するはめになっても生き延びるための潰しが効くように見えるぜ。また、余裕のないベンチャー・スタートアップに在籍してビジネスプラン考えるより、余裕のある大企業に居てビジネスプラン考えた方が、よっぽど良いプランが作れると思うよ。また、ベンチャー・スタートアップの方が地についたビジネス考えられるという事を言う人がいますが、そんなところで得られる経験やらビジネスアイデアなんて、100番煎じされた後のちょっとしか儲からないような件を、大変ありがたがって手に入れるという、もう笑うしかないような事になるのよ。自分も含めて想像もしなかった程成長できるのは明らかに大企業の環境の方だと思うよ。とにかく金持ちになりたかったら金持ちのそばに居るのが一番金持ちになる近道なので、金いっぱい持っている大企業に居ない方がどうかしてる。
福利厚生面
交渉次第で色々でてくるのが大企業。なので、ディズニーランドが安いとかぐらいしか引き出せなかったのは、その当人の能力がその程度だったということ。頑張れば相当いろいろ引き出せるから、大企業で頑張ってみて。あ、ベンチャー・スタートアップは資源なさすぎなので、どう叩いても何もでてこないよ!
どうしたら良いのか、何を信じたら良いのかわからなくて困っています。
私の現状はこんな状況です。
・将来独立したい気持ちもあるけど、怖いなぁという気持ちもある。
・専業主婦にはならず生涯働きたい。
いくつかネットの情報などを拝見し、それぞれのメリット、デメリットを知ることができました。
それでも本当かどうかはわからないですし、なかなか実際のところどうなのかという話は聞けませんでした。
ここだと、はてな上に色んな経営者の方や大手からベンチャーまで色んな社員の方がいるので、聞けるかなと思って投稿しました。
※前の匿名記事で実名で書けというコメントがあったのですが、私は就活が怖いので実名では書けません。。。ご了承ください。
忙しいのであまり教えてもらうことができない。
OJTというより、いきなり現場に立たされて知識もないのに自分で調べながら仕事をしなければならない。
もう成長しきっている。
悪くいえばダラダラしてしまっている。
残業はある時期はあるが、労働組合などがうるさいので最近は減っている。
成長途中なのでとにかくがむしゃらに働く。
寝ずに働く。
ただ、家でもどこでも仕事ができちゃうので仕事に関わる時間は多い。
ただ、30超えてから一気に増える。
35歳くらいで一軒家がローンで買える。
初任給でも少ない。
企業が成長し上場とかできるならまだしも、あまり給料が増える保証がない。
一軒家は諦めたほうが良い。
株を渡されることもあり、バイアウトとかできたらある程度のお金が入る。
一軒家は諦めたほうが良い。
色々なコネクションが得られるのが利点。
取引先とか。
ただ、独立しても大企業病が消えず、あまり成長できない会社も多い。
ただ同じようなブラック企業を作ってしまわないかという不安があるらしい。
ディズニーランドが安くいける。
無い。
無い。
こんな感じでしょうか。
私の偏見とネットの変な知識が中心なので、実態を教えていただけるとうれしいです!!
よろしくお願いいたします!!
だがしかし、これは英国の問題ではなく日本も関係する風評被害を喰らったような事態である。
これにより日本株価の急激な暴落が発生。リーマンショック以来の世界恐慌らしい。
自分も現在学生ではあるが、売り手市場となった就活現場にこれが上乗せされるとなると、成績優秀者及び学歴のレベルが高い者だけが生き残る社会になるのかもしれない。
こういった危機感を持っただけでは危ういが、それよりも心配になるのは特に就職率が高いことを公言していた大学であろう。
中小、零細企業がどこまで生存できるのか分からないが、今後企業自体の存続危機も見込まれるはずだ。
採用基準のベースとされていた大卒、そしてその大卒の大半が大学のキャリアセンターなどを利用して就活していたに違いない。
もし今後本格的に就職難で売り手から買い手市場へと変化してしまったら、困るのは学生などの若い人材である。
昔のように資格がなくても働けるわけでもなく、実力+有力な資格が必要とされるだろう。
そこから考えるとすれば、日本では中学生や高校生の進路先として普通科の学校ではなく、高専のような職業に直結したカリキュラムに基づいた教育に流れてもおかしくない。
将来的には学校の授業で早い段階から自分の人生設計について考えさせるようになり、その職に就くための具体的な教育が徹底されると予想できる。
意識高い系の代名詞としてすっかりインターネット上で定着してしまったTehu君。改めて、現在の彼のインターネット上における立ち位置を再確認してみようと思う。
Tehu君が意識高い系に落ちるまでの経緯は、以前書いた
「Tehu君に学ぶ傷だらけのセルフブランディング」を読んでくれれば大体わかると思う。
http://anond.hatelabo.jp/20150901202400
あれから、10ヶ月近く経過し、現在もまだTehu君は意識高い系として扱われ、日々、ネット上で嘲笑されている。
それどころか、ネットにおける彼の立ち位置は去年よりも更に悪くなっていると言える。
2016年の初頭から「意識高い系速報」という2chまとめサイトが誕生する。
このブログでは、主に意識高い系に関するスレッドが扱われるがその中でもTehu君に関するスレッドはすぐにまとめられてしまう。このブログではTehu君以外にも、堀江貴文や女子高生社長の椎木里佳なども扱われる。とりわけ、Tehu君の愛弟子の椎木里佳もTehu君同様痛い発言&ネタの宝庫ではあるものの、Tehu君にはまだまだ敵わない。
将来的にはTehu君同様ひとつ大きなまとめが作れそうなキャラクターではあるが、そこまで詳しく知らないので、今はやめておくことにする。
また、「意識高い系速報」以外にも「もみあげチャ~シュ~」や「あじゃじゃしたー」などでも度々Tehu君が取り上げられており、そうしたブログなどでTehuくんを知る人も増えると同時にTehu君アンチも大量に増殖し続けている状況である。
数ヶ月前、はてぶでもホットエントリーとして紹介された意識高い系をテーマにした記事
朝日新聞の原田朱美氏が書いた「意識高い系をたどる」という連載記事の中で"「意識高い系」標的、Tehuさんの本音「僕は遊び道具なんですよ」"
というTehuくんを炎上被害者として特集した記事が出るとTehuアンチに更に火をつけてしまった。
「意識高い系」標的、Tehuさんの本音「僕は遊び道具なんですよ」
http://withnews.jp/article/f0160402003qq000000000000000W03j10101qq000013222A
記事の内容としては、Tehu君が炎上してきた過去にスポット当てた記事なのだが、小4なりすまし事件や数々の虚言疑惑に対するツッコミが甘い記事だったため、記事の内容を赤ペンで添削した人物(通称・赤ペン先生)が2chに現れ記事の内容をボロカスに否定。その添削画像が上記のまとめブログなどで転載されることになり、炎上は更に加速。その中で誕生したTehuアンチ(通称・Tehuer)がTwitterに流れ、Tehu君がツイートする度に罵詈雑言を浴びせるという事態が現在もなお続いている。
しかし、この記事の中身が甘かったのはある意味当然で、小4なりすまし事件を起こした青木大和と記事の執筆者である原田朱美氏は騒動前からの知り合いである。また、原田朱美氏自身も「小4なりすまし事件」の一部関与が疑われている人物のため、事件について触れた記事を書くわけがないのである。彼らにとっては消えて欲しい過去の物なのだから当然といえば当然だろう。
身内が身内を擁護したこの記事はアンチ達には開き直りと取られたのだ。原田氏としてはTehu君の炎上を鎮火させていく方向に持って行きたかったようだが、自身の記事が原因で火が大きくなるとはなんとも皮肉な話である。
補足しておくと、記事を書いた原田氏は一部右寄りの方々から「小4なりすまし事件」についての疑惑を指摘をされたが、ノーリアクションを貫き通しているようだ。
ここ数ヶ月のTehu君の行動の中でも際立っているのが、この自伝放り投げ事件である。「二十歳になったばかりの人間が自伝書くのってどうなのよ?」というツッコミはここではスルーする。
現在、インターネット上に氾濫するTehu君に関する情報はお世辞にも良い物とは言えない。はっきり言ってしまえば、ネガティブな情報ばかりである。そんな状況に我慢ができなくなったTehu君はネット上にはデマが多いという理由でオフィシャルな情報を有料のnoteに全20回(1話200円)にわけて生い立ち時から毎週連載していくと高らかに宣言する。Tehuer達は震えた。Tehuが数ある噂を自身の口から公式に否定すると宣言したのだから。
しかし、待っても待っても、第1回目の連載がスタートしない。当初、2月の中旬に1回目の連載がスタートする予定だったが、延期に延期を重ね、宣言からおよそ3週間後、Tehu君の自伝の1回目が公開された。しかし、1回目の無料の冒頭部分がまたしても、赤ペン先生にほって文章力を中心に添削されてしまい、待望の連載はこの1回でストップすることになる。
また、1回目のコメントがほとんどついていない点などから考えると、この有料noteの売上もほとんどなかった事が容易に推測できる。Tehu君が多数抱えているTwitterのフォロワーすらも買ってくれないというなんとも悲しいものであるが、宣言した20回の自伝をいきなり放り投げたのは回を重ねるごとに増していくであろうツッコミに恐怖してしまったのだろう。連載を続けていけば、過去のツイートやニュース記事のキャッシュなどから矛盾を突きつけられる可能性は極めて高い。
それなら、そもそも連載なんかしなければいいのでは?と思うだろうが、彼は先読みができないタイプなので、こうやって、失敗するパターンが多い。自分の発言が後でどういう影響を及ぼすかあまり考えていないのだ。
そんなこんなで、自身で宣言した20回の連載も宣伝の固定ツイートもいつの間にか無かったことになりnoteは放置されることになった。
東大よりもぶっとんだ人が多いという理由で、AO入試で慶応義塾大学のSFCに入学したTehu君。
わかっていたことではあるが、僕がもともと志望していたT大に比べれば平均は圧倒的に低い。
それでも僕がこの学校を選んだ理由は、数%のぶっとんだ人間が、T大とは比べ物にならないからだ。
しかし、彼は現在、留年と休学を重ね、今年で3度目の1年生として慶応義塾大学に籍を置いている。別に深刻な病気や怪我をしたわけではない。
あれほど東大を貶してSFCを持ち上げていたにも関わらず、肝心の大学には顔を出していないらしい。たとえ、本人が決めることとはいえ、AOで入れてもらったのだから、流石に3度目の1年生に対していい加減、周りの大人も本気で怒るべきだと思うが、怒られている様子もない。どうも周りの大人達はTehu君にはあまり関心がないようだ。
慶応の校則についてはそこまでよく知らないが、大学に来ない状態がこれ以上続くと「放塾」という扱いになり慶応に在籍していたという事実も消えるとかで、「中退」扱いにはならないらしい。要は高卒である。これでいいのか?Tehu君。
しかし、まだ、慶應に在籍していると本人は言っているので、おそらく、次も1年生だったら、アウトなのだろう。個人的には、せっかく勉強できる環境があるのだから、お仕事ごっこなんかしてないで、普通に大学に行って、勉強すればいいと思うが、Tehu君的にはまだまだ大人たちと戯れていたいのだろう。
Tehu君が現在向けられている疑惑の一つが株式会社TTTT問題である。昨年11月「ORF2015」という慶応義塾大学が主催するこれからの未来について話し合うイベントの中でIT、デザイン、人文、芸能などの未来について話し合うトークセッションにTehu君は学生の一人として参加。他の学生らもロボットクリエイターやバイオ研究者など様々な肩書で登場する中、Tehu君も負けじと、新しい肩書をひっさけで登場する。
「株式会社TTTT 代表取締役CEO & クリエイティブディレクター」
クリエイティブディレクターは以前から各所で名乗ってはいたが、いつの間にか社長になってたらしい。もちろん、この肩書についても2chでスレッドが建てられる事になるのだが、肝心の株式会社TTTTの詳細は一切不明。
そもそもTTTTとは一体何なのか?
Tehu君が以前、ホンダ車のNシリーズのキャッチコピー「New Next Nippon Norimono」に類似したアート作品が「Tたとえば、Tときどき、Tちょっと、Tときめき」なのだが、これが一体何のために作られた作品なのかこれまた不明。謎が深まるばかりだ。
謎のアート作品:http://livedoor.blogimg.jp/ishikitakaikeis/imgs/7/9/792463d0.jpg
なんであれ、この株式会社TTTTが本当に実在するのか?これが重要である。
サイバー法人台帳ROBINSという法人情報を検索できる便利サイトで「株式会社TTTT」を「株式会社TTTT」などで検索を試みたが、2016年6月時点ではヒットせず。
去年立ち上げたばかりの会社なので、情報が反映されていない可能性はあるものの、2015年11月より以前に登記済みならば、2chの誰かが法人番号を特定していてもおかしくはないが、株式会社TTTTの法人番号を割り出した人間はまだいない。これで本当に存在しなければ、エア社長確定となってしまう。
大方の見方としては、周りの学生のガチっぷりにビビってついプロフィールを盛ってしまったという説が有力視されているが、Tehu君自身が株式会社TTTTについて一切言及していないため、本当に会社を設立したのか疑惑が深まるばかりだ。
普段、「リツイート」も「いいね」も1桁のTehu君のツイートに珍しく大反響のツイートが投稿される。
ご飯の詳しい時間と場所がいろんなゴタゴタで前日まで決まらず、キレられてフラれました。
今だに「申し訳ないけどそんなにキレる案件か?」とおもってる。
不満積もってたんだろうなぁごめんなさい
ハッシュタグ#元カレ元カノを思い出してツイートという衝撃に普段無反応のフォロワーたちも一斉に反応する。ツイートは拡散されまとめサイトにも転載される事態になった。
本人曰く3~4年ほど前の話だというが、3~4年のTehu君は灘高生で彼女が出来ないと嘆きのツイートを頻繁にしていた頃だ。それどころかTwitterで彼女を募集するなどもしていた。応募があった可能性もゼロではないが、Tehu君の性格上、それをTwitterで報告しないのは考えにくい。
また、Tehu君が「ヒネクレ星雲 第4惑星 モノモース」というバラエティ番組で特集された際、悪意の塊でもあるこの番組のスタッフは、Tehu君が貪欲に彼女を欲しがっているツイートを確認した上で女性との交際経験を尋ねる。すると、Tehu君は以下のように答えてしまうのだ。
Tehu「フッフフ・・・・。今はいないです。中途半端な関係を除いてしっかりお付き合いしたのだったら、たぶん4人位です。」
もう訳がわからないし、いろいろと辻褄も合わない。
「しっかりとしたお付き合い」「たぶん4人位」という相反するフレーズにTehuer達は困惑。
荒れるツイート。
とはいえ、「人脈」や「知り合い」という概念も結構ガバガバなTehu君なので、交際という概念が普通の人のそれとは違う可能性も十分あるので、Tehu君の言ってることを全否定するのは違うのかもしれない。もはや常人には理解できない領域に到達してしまったTehu君であった。
Tehu君の数ある肩書の中で確かなものの一つが現代ビジネスCTOという肩書である。
「ヒネクレ星雲 第4惑星 モノモース」放送前の2015年の春頃、講談社の現代ビジネスの当時の編集長であった瀬尾傑氏が、世間的にはまだ天才プログラマーとして認識されていたTehu君を現代ビジネスの最高技術責任者(CTO)として任命。
彼の主な役割としては、現代ビジネスのUI/UXの改善、新しいコンテンツの創造の手助けなどを行い、より一層素晴らしい物にしていくというもの。早い話がWebサイトの改修である。
編集長の瀬尾氏は相当期待していたようで、Tehu君のために現代ビジネス内に「Tehu Lab.」という特設カテゴリを開設。Tehu君がWebに関する様々な実験を行い、Tehu Labの中で経過報告をしていくというものだった。編集長の瀬尾氏から好きなように使ってくれていいとまで言われたが、Tehu君はTehu Labを全く利用しなかった。2015年の3月に編集長の瀬尾氏とTehu君がWebメディアの有り方について対談形式の記事が前後編に分かれて掲載されただけで、Tehu君自身が執筆した記事は2016年6月現在、1本もない。
就任当初のTehu君は直ちにサイト改修に取り掛かると宣言し、大風呂敷を広げるが、いつまで経っても、サイトに変化は表れない。またこのパターンである。自伝の時と同様に延期に延期を重ねて、宣言から1年以上が経過し、当時編集長だった瀬尾氏は講談社のGMに昇格、いつの間にかサイトの改修の話はなかった事になったかと思われたが、2016年5月、リニューアルに関する告知ページが登場。
どうやら、リニューアルは確定したらしい。
流石に、講談社も大規模サイトの運用経験とスキルに乏しいTehu君一人にリニューアルを任せるという大博打には打って出ないだろうが、それでも、今までの経緯を考えると、本当に夏までにリニューアルが完了するかどうかかなり懐疑的である。仮に夏頃に本当にリニューアルされたとしても、多数のTehuer達によってサイトの脆弱性や負荷分散などが正常に機能しているか等を徹底的に粗探しされてしまうのが容易に想像できてしまうため、本当のリニューアル担当のエンジニア達はがんばって、なんとか夏を乗り越えて欲しいと思う。
Tehu君の2015年から2016年6月までを振り返ってみたが、現在のTehu君はかなり端から見て、いろんな意味で崖っぷちといえる
Tehu君が失敗するのは大抵このパターンである。まだ、結果が出そうにないうちから、盛大に予告して、結局グダグダになる。仕事は黙々とやって、ある程度、見通しがついた段階で発表した方いいだろう。有言不実行と叩かれて信用を失うだけでいい事は何一つない。
Tehu=小4事件を連想する人は多いため、Tehu君が政治的な発言をしようものなら、徹底的に袋叩きにされる可能性がある。
よって、政治的な発言は極力さけた方が無難である。加えて、原田朱美氏や青木大和のような政治色の強い人間とは関わらないほうがいいだろう。たぶん、良いことはない。
Tehuくんに絡むツイッターアカウントには心ない中傷を投げかける者も多い。
「Debu」とか「デブ」とか「ブタハット」などだ。これはTehu君に対する批判ではなく単なる誹謗中傷であり悪口である。
しかしながら、ここ数年ぶくぶくと太ってきている印象も否めない。太ってしまったせいで、「BMIアプリ作った人が太っている」とか「意識高いくせに健康意識は低い」などの皮肉を言われてしまう状況だ。しかし、チビやハゲはどうにもならないが、デブは本人の努力次第でどうにでもなるので、がんばって、痩せれば、こういった罵詈雑言は減っていくだろう。
ついでに言えば、帽子もあまり似合っていないので、取ったほうがいいだろう。君の周りの人間は似合ってると言ってくれるだろうが、大人は平気で残酷と思えるような嘘をつくので、相手の言葉の裏を必ず読むようにしよう。
例:女「モテそうだよね!」=「おまえなんかとは絶対に付き合いたくない!」という具合だ。
褒め言葉をそのまま受け取ってはいけない。大人ってのは基本嘘つきだ。
数あるTehuerのアカウントの中で、株式会社TTTTの存在をしつこく質問し続けるアカウントがある。
この問題が解消されない限り、ずっと絡まれ続けるだろう。
では、どうやって解決するか?
答えは簡単で、あるならあるで法人番号でも出して証明すればいいし、無ければ、実際に作ってしまえばいい。
会社そのものはペーパーカンパニーのような存在にして、登記に関わる諸経費がかかるが、Tehu君なら余裕で捻出できるはずだ。
設立時期については、「手続きが少し遅れた」とかそれっぽい事を言って乗り切ればいい。これでエア社長疑惑が、名実ともに本当の社長になるわけだから、安い投資だと考えればいい。あまり好ましい方法だとは言えないが、作った会社は、いずれTehu君が本気を出して事業をする気になったら使えばいいだけだ。
SFCのカリキュラムを見たら、とても面白そうな授業が多い。Tehu君にとってプラスになる物も必ずあるはず。やはり、せっかくAOで入れてもらった慶応義塾大学に行かないのは勿体無いと言わざるをえない。Tehuerの中には退学を期待する者も数多くいるため、退学は最悪の選択肢であるだろう。退学は彼らを喜ばせるだけだ。
このままだとTehu君は「意識高い系」または「ワナビー」で終わってしまう。そうならないためにも、お仕事ごっこは極力控えて、本業であるはずの学業に専念して欲しいし、周りの大人も少しでいいから協力してあげて欲しい。
とにかく学校行ってがんばれTehu君!。
O大学の哲学出身には結構ぴったり当てはまる(増田も?)。大学自体の校風(真面目で従順で偏差値はある程度あるけど社会であまり評価されていない)にプラスして、社会との接点に欠けているカリキュラム。社会全体がどういう風に動いているのかを考える発想がないということだと思う。個人的には進学者を減らして教員も減らしていいと思う。実際就職に困っているようだし。(哲学自体を否定はしていない、文系のいろいろな分野に間接的に貢献しているから。)ただ文系でも政治学、経済学、法学はもっと社会全体のことを考えているし、学際系やフィールドワークをするところも社会でもまれる。教育学も実践を重視するところが多いから、ある程度社会性のある人が多い。理系もひたすら研究室にこもって先生の推薦で就職するような所だと、社会の変化を理解していなくて、ひたすら先生に従順なだけで個人としての社会性も?な学生、教員がたくさんいるところもある。