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はてなキーワード: 影像とは

2019-05-12

anond:20190511210945

著作権32は「引用無罪(公正さや目的ももとめてるが基準なし)」っていってるだけで、さっき書いたような「出典かけ」とかの具体的要件はなんとこれもインフォーマルにも「判例法」によって定められている業界慣行のようなもの。ちなみに、正しくは「引用元出典を書く(区分が明瞭)」「一字一句かえない(正当目的性、著作物改変の罪が別条に存在するため)」のほか、「主客逆転しない=地の文の方が多く引用部分を超える主張やオリジナリティがある」の全部で3つの要件があるとまとめられることが多い

https://pf.bunka.go.jp/chosaku/chosakuken/naruhodo/answer.asp?Q_ID=0000304 著作権大元じめ文化庁

なお法学者引用説明させると判例もってくるからとにかく長い(しか判決文以上のオリジナリティがない)・・

  

著作権32の中(またはそこで引用する政令などの中)でもっとわかりやす

文章著作物引用するときは出典をしっかりかけ、一字一句かえるな」とか

タイトルなどの恣意的でない要約は著作物引用ではないのでもともとやってよい(タイトル著作物でない判例あり)」ってこれからみんなで決めたらそれが新しい正義になるよね

現状はバカが「引用無罪」を拡大解釈して改変でもいいとこどりの趣旨改変でも何でもやりたい放題やる(「判例法?しったことか!」)から問題タネしかなっていない条文

から論文かくひともわざわざ32条なんか調べたりしないのもある意味正しいよね、同じ無法者として

 

いつ自分他人もうっかり著作権侵害するかわからない世の中でよくみんな平気で「執筆」してるなぁって思います

昔は出典なんかかかないほうが侵害指摘されないからやり得だったけど

今ならとくに文章ならテキスト検索ですぐバレる

インターネット時代引用無罪活用したいなら影像文章音楽ジャンルごとにしっかり基準を整備すべきなのでは。

2019-01-17

著作権法における「実演家の権利」とアダルトビデオ配信停止

id:BigHopeClasicです

さて、このエッセイについて

AV人権倫理機構へ「作品販売等停止依頼」をしました。|森下くるみnote

https://note.mu/kurumimorishita/n/n0d06015a3fd1

作家森下くるみさんが過去に出演したアダルトビデオ二次利用としての配信販売の停止の依頼をしたという内容です。

これについて、以下のようなブコメがあり、スターを多く集めていました。

b:id:aramaaaa これは微妙問題を含んでいて、通常の映画作品出演者の誰かが販売を停止したいと考えた場合できるのかってこと。AVとはもちろん若干違うのだが、法律上は同じ「映画著作物」ではないかと思うので

b:id:unfettered アダルトだけに、この行為理解できるものの、今後あらゆる表現物が、出演者の「忘れられる権利」によって廃盤にされたり本人出演シーンにぼかしが入れられたりすることにはならないか、が心配

かに、こういう点は気になるかと思います。ですが、結論から言うとそのご心配は「杞憂」です。アダルトビデオを含む「映画著作物」は、通常は出演者意向によって廃盤になることはありません。

「実演家の権利」について

アダルトビデオといえども、著作権法上における「映画著作物であることは基本的否定され得ないですが、その出演者であるAV女優には、出演したアダルトビデオ著作権は別途契約上の定めがない限り与えられません。

しかし、このような「映画著作物出演者」を含む「実演家」に対しては、著作権法は「実演家の権利」を与えています

例えば、著作権法91条1項は、実演家の有する「録音権及び録画権」について次のように定めます

実演家は、その実演を録音し、又は録画する権利専有する。

これによって、AV女優は、アダルトビデオメーカーに対して、自らの演技を録画させることを許諾することができるわけです。同様に著作権法は実演家に対して「放送権及び有線放送権(テレビラジオに限りネットは含まない)」「送信可能化権(平たく言うと、ネット配信のためにデータサーバにアップする権利)」「譲渡権(録音物録画物の頒布権利)」「貸与権音楽のみ。映画は含まない)」を与えています

映画著作物」における「実演家の権利」のワンチャン主義

そうすると「なんだ、実演家の権利簡単に出演作の販売差し止めできるじゃん」と思うかもしれませんが、話はそう簡単ではありません。

映画著作物」に出演した実演家の権利は、著作権法は非常に厳しい制限をかけているのです。

先ほど上げた実演家の録音権録画権に関する著作権法92条2項は以下のように定めます

前項の規定は、同項に規定する権利を有する者の許諾を得て映画著作物において録音され、又は録画された実演については、これを録音物(音を専ら影像とともに再生することを目的とするものを除く。)に録音する場合を除き、適用しない。

どういうことかというと、映画サントラ映画の音を録音する場合を除き、「一回出演OKって言ったら、その後あんたの録音権録画権を行使する機会はないからね」という意味です。つまり、昔だったら録った映画フィルムを複製するのは映画会社の自由だし、いわゆる二次利用のためにビデオテープDVDを作りまくるのも許諾なしにしていい。加えて、先程挙げた「放送権及び有線放送権」「送信可能化権」「譲渡権」全部そうです。つまり撮影時のギャラだけ払って撮影OKと言ったら後は著作権者は二次利用し放題、再放送映画専門チャンネルでの配信パッケージソフト販売ダウンロード販売自由ということです。

なんでこうなっているかというと、まあ、映画産業においてこれを俳優に与えていたらとてもじゃないけど産業が成立しない、ってことなんですけどね。もちろん契約で上書きすることは可能ですけど、そんな面倒くさい俳優使う理由もないですし(大物になれば別かもしれませんけど)。

#ちなみにワンチャン主義適用のない音楽業界はどうかというと、これは録音時にレコード会社が「実演家の権利」を買い取ってしまうのが通例です。こっちはこれでなんで問題にならないかと言うと、まあ、そういうもんだで通っているからですかね。

というわけで、「映画著作物」は、「通常の場合出演者意向によって廃盤になることはないのです。

さはさりながら…

とはいえ、もちろんこれは「出演に同意があった」場合の話です。昨今問題になった「出演強要」あるいは「台本と異なる強制性交」これらはもちろんのこと「出演の合意」など仮にあったとしても無効ですから二次利用についても同様に消すことができます。そういう意味で言えば、アダルトビデオメーカー側も、女優契約書を交わして「何がOKで何がNG」と女優意思を残しておくことが、メーカーを守ることにもつながるのですけどね。これについては毎日新聞がいい記事を書いていてくれました。

女優が語った本音 新ルールで変わる撮影現場

https://mainichi.jp/articles/20180419/k00/00e/040/258000c

森下くるみさんの場合は、契約書なんてなかったとはいえ、御本人の執筆活動などを通して「出演への同意はあった」ことは「黙示の同意」として明らか(なんか変な表現だな)ですから、ここは問題に成りえません。

また、アダルトビデオは通常の映画著作物と異なり、一旦出演者が出演に合意したとしても、その後になって出演者人権を著しく侵害するおそれを持ちうる性質のものです。こういうものに関しては、個別事情ごとに考慮することで、人権著作権バランス考慮するような裁判所判断が下ることもありうるでしょう。

自主的な取り組みとして、AV人権倫理機構による配信停止申し込みの代行とそれに応じるメーカープロダクションの動きも重要です。これについては、AV人権倫理機構が自ら書いている通り、「当機構賛同する枠組み内のAVメーカープロダクション対象としております。それ以外のメーカー無修正などのAV作品場合、当機構では対応が出来ません」という限界はありますが、逆に言えばこれらのメーカープロダクションユーザー側が支持することで、市場原理により賛同しないメーカー市場から退場させることもできるでしょう(闇市場については完全に刑事機構に委ねるしかないため、そこは本稿では触れられません)。

補足:TV番組について

アダルトビデオ専門チャンネルAV大賞のようなイベントAV女優トーク番組を除く「放送するためだけのアダルトビデオ」を制作することがあるかどうかわかりませんがそれがないという前提で本論から外れるので補足としましたが、上記の「ワンチャン主義」はあくまで「映画著作物」に適用されるもので、TVドラマTVアニメには適用がありません。

まり、かつては「録音録画」の概念がなかった生放送は言うに及ばず、一旦収録した後編集等を加えてから放送するドラマアニメにしても、こちらの二次利用映像ソフト化やネット配信など)は、収録の契約とは別途の契約必要になるのです。なお、放送の許諾を出演者から得た場合放送のために一旦収録することや、それを系列局に送ったり他の局に放映権を売って放送することはできますが、その場合出演者に「相当な額の報酬」を払わなければなりません。ブコメid: shigak19 さんが書いていたのはこれに基づくものです。また、映像ソフト化やネット配信は当然できません。

なんで映画(含むパッケージソフト産業)とTV番組でこうも違うんだと言うと、まあ立法された1970年メディア産業構造の違いによるとしか言えないでしょうね。その後で産業側の方が構造固定化されたために、実務上も問題になっていないということで。

ただ、この違いがとんでもない問題になっているのが「昔のTV番組WEBアーカイブ化」で、映画(含むセルビデオ)は文化遺産としてのウェブアーカイブ化は著作権者の同意があればできるのに対し、TV番組著作権者だけではなくエキストラの一人にいたるまで同意を得ないとWEBアーカイブができないのです。本人が死亡した場合は遺族の発見とか、存命中でも芸能界引退した人とか、元子役とかだとまず連絡を取ることができません。しか結構な大物でも、死後や引退後数年で簡単に連絡先不明になりますTV番組ワンチャン主義採用されていないのは、この点では問題なのです。

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170529181430

元増田です。ややこしい話なので追記ではなくこちらで応答します。

カテゴリ分けの項で例文を「引用」してるけど、その例文がどこから引用されてるか明記されてないのは大丈夫なの?

これ、正直、悩ましいところなんですよ。というのは、これを厳密に適用すると、一般書が死ぬからです。

講談社選書メチエとか筑摩選書とかああい選書系は詳細な注をつけることもありますが、新書とかだと紙幅の関係上細かな典拠がつけられない場合があります。たとえば話題になっている中公新書の『応仁の乱』ですが、色んな史料引用してきているし史料名前も示しているのに、具体的にどの巻のどのページに書かれてるかまで書いてあるわけじゃないですよね。岩波新書の『多神教一神教』だと、史料から引用そもそも典拠が書かれていません(参考文献リストに使った史料一覧が並んでるだけ)。でもそれをいちいち書いてたら新書サイズにならないわけです。

一人の研究者が、新書のような一般書と分厚い研究書の両方を書くことはよくあります。そして、後者において引用部分に典拠を記さないのは論外ですが、前者だと紙幅の都合上きちんと典拠を書けないことが起こり得るわけで、それは現状どうなのかと言われたら「良いことではないが、研究倫理に反する大問題というわけではない」と見做されているんじゃないかと思います。少なくとも、「ここは引用ですよ」というのがきちんとわかる(=自分文章であるかのように装っていない)のなら、許されているんじゃないかな。引用元の文献リストがあって、地の文とちゃんと区別されている以上、この中のどれかから引用した、とわかるようになっているわけですし。

そしてもう1つネックになるのが、これが予稿だということです。「レジュメみたいなものから、厳密な典拠表示はサボったけど、フルペーパーとして投稿するときにはきちんと典拠表示をつけるつもりでした」と言われたら、「そうか、まあでも本来レジュメでも典拠をつけることが望ましいんだ。次からは気をつけてね?」と言うのが精一杯ではないでしょうか。これが剽窃みたいなケースなら研究室こんこんとお説教して取り下げろと指導する必要がありますが、引用元の文献をきちんとリストアップしていて(著者名・URLタイトルがきちんと書かれているのでまあ問題ないでしょう。逆にそういうきちんとしたリストからこそ今回燃えてるというのが皮肉ですが)、どこからどこまでが引用か明示的に示されているのなら、そこまで大問題でもないような(この程度の不備でこっぴどく学生を叱りつけるとしたらそっちの方がハラスメントです)。

もちろん、それでも厳密に言えば著作権法違反にあたるわけだから違法だ、告発すべきだ、という主張も可能です。何? 新書業界死ぬ? 知ったことか、そんなムラの慣習が法に優先するわけないだろう、法は法だ、たとえ学生が書いて5,000人規模の学会の内部で報告する予定の正式論文ではない予稿とはいえ、違法なんだから許されない――はい、これ、どうなるかおわかりですね。この論点で攻めるというなら私は止めません。が、その場合、例の朝日記者さんが示唆したことをやられても文句は言えないんじゃないですかね……(刀剣乱舞二次創作が許諾されてるといっても、じゃあハリー・○ッターや銀河英○伝説やデ○ズニーの二次創作はどうなの? ちょっとこれから著作権元に確認取って大丈夫? って話になっちゃうので……)

あと、twitterとかで、私が書いた増田から文章を長々と抜き出してそのあとに一言二言感想をつける方がそれなりにいらっしゃいます。賛成の立場中立立場でいらっしゃる方なら、きちんと読んでくれてありがとう、と思うのですが、「pixiv論文けしからん!」とか主張してる人がそれやってるの見ると笑っちゃいます。お前のそれ、適正な引用の条件である文章主従関係満たせてないから! 無断転載から! っていう。なんで自分たちネットでやることは許されてると思ってるんでしょうね。

作業分析してるから機械分析じゃないよね?要件に当てはまるの?

これは私もうっかりしていました。機械分析にかけるのは適法引用じゃない! と主張する人がいたのでこういう項目を立てたのですが、冷静に考えたら手作業分析してたな、とあとになって気づきました。ただ、機械分析から引用じゃない、と主張する人がいる以上、47条の7は提示しておく必要があるだろうと思います

さて、47条の7は、次のような条文です。強調は引用者によります

第四十七条の七  著作物は、電子計算機による情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報抽出し、比較、分類その他の統計的な解析を行うことをいう。以下この条において同じ。)を行うことを目的とする場合には、必要と認められる限度において、記録媒体への記録又は翻案(これにより創作した二次的著作物の記録を含む。)を行うことができる。ただし、情報解析を行う者の用に供するために作成されたデータベース著作物については、この限りでない。

今回の予稿は、電子計算機による解析の前段階として、手作業による分類を行っています。ということは、「目的とする場合」に該当するのでは? と思いますが、いかがでしょうか。最終的にはコンピュータ分析する予定だけど、その準備を手でやるよ、ってことですよね(もしこれが法律解釈として問題があるのでしたら教えてください)。

ところで、この条文は、「著作物をまるまるコピーしてきて、それをコンピュータに読み込ませ、解析する場合」を想定したものです(違ったらごめんなさい)。しかし今回のように、もともとネット上に転がっていた文章分析の素材にして、しかもそれが手作業である以上、

pixivを見ながら手で数えました。コピー? 引用必要な部分しかやってませんよ」

と言われたらそもそも著作権法上の問題はなんら発生しませんし(わたしたちがインターネットを見てるのと同じですからね)、大学の共用のパソコンとかなら別になるのかもしれませんが、自室でプライベートパソコンを使ってコピーして、そのパソコンの中だけで分析を完結させていれば、30条で認められている「私的複製」にあたるので、やっぱり著作権法上の問題存在しないのでは?(この辺、事実誤認等があったら教えていただきたいです)

2016-08-22

ゴジラ割りと面白かったけど不満点はそれだけか?

http://anond.hatelabo.jp/20160821212820

一回しか見てないんで見落としてるだけだよってだけかもしれんけども


追記:

  • 忘れてたけどこの国かの国うるさい。「この国を見捨てずにやりましょう」(だったっけ?)じゃなくて「最後まで諦めずに頑張りましょう」じゃね、ふつうと思った。皮肉で彼の国っていうのはありですけども
  • あと俺も一回しか見てないよ。しかも一週間以上前なのでいろいろ不確か

2016-04-18

女として詰んだ増田

女として詰んだ


 午後から少し風が出て来た。床の間の掛軸がコツンコツンと鳴る。襟首が急に寒い

 雨戸を閉めに立つと、池の面がやや鳥肌立って、冬の雨であった。

 火鉢に火をいれさせて、左の手をその上にかざし、右の方は懐手のまま、すこし反身になっていると、

火鉢にあたるやうな暢気な対局やおまへん。」という言葉をふと私は想い出し、にわか増田三吉子のことがなつかしくなって来た。

 増田には異色ある人物は多いが、もはや増田三吉子のような風変りな増田は出ないであろう。

 奇行、珍癖の横紙破りが多い匿名ダイアリー将棋界でも、増田最後の人ではあるまいか。


 増田高学歴高収入AIプログラムも組めず、自演ブクマも打てず、師匠もなく、我流の一流をあみ出して、

 型に捉えられぬ増田の中でも最も型破りの「増田将棋」は天衣無縫の棋風として一世を風靡し、

 一時は増田名人自称したが、晩年は不遇であった。


 いや、高学歴高収入匿名ダイアリー将棋のほかには何にも判らず、世間づきあいも出来ず、

 地震という契機がなくては投稿する気力もおこらず、本アカを秘し、twitter の鍵はあけたことがなく、

 XX年ぶりに元カレから告白されても孤独匿名ダイアリー将棋馬鹿であった増田の一生には、

 随分横紙破りの茶目気もあったし、世間の人気もあったが、やはり悲劇の翳がつきまとっていたのではなかろうか。


 昔は匿名ダイアリー指しには一定収入などなく、村長には責められ、ブクマを買う金もなく、賭匿名ダイアリー将棋には負けて裸かになる。

 内縁彼氏彼女の手をひいて、心中の死場所を探しに行ったこともあった。

 この彼氏が後年息を引き取る時、増田に「あんたも匿名ダイアリー指しなら、あんまり阿呆記事さしなはんなや」と言い残した。

「よっしゃ、判った」と増田は発奮して、ブクマ名人バカリーを指込むくらいのブクマ稼ぎになり、初代増田名人自称したが、

 この名人自称問題もつれて、増田匿名ダイアリーから遠ざかった。

 が、昭和十二年、当時の花形匿名ブクマカ師フェイタ、ゼヴラ両八段を相手に、六十八歳の増田は十六年振りに対局をした。


 当時フェイタとゼヴラはサバカリー名人引退後の名人位獲得戦の首位と二位を占めていたから、

 この二人が増田に負けると、ブクマ名人位の鼎の軽重が問われる。

 それにブクマカ師の面目も賭けられている、負けられぬ対局であったが、

 増田にとっても十六年の沈黙意味と「増田匿名ダイアリー将棋」の真価を世に問う、いわば増田の生涯を賭けた一生一代の対局であった。

 昭和の大棋戦だと、主催者KADOKAWA宣伝した。

 ところが、増田はこの対局で「阿呆記事をさして」負けたのである

 フェミニズムネタという大駒一枚落しても、大丈夫勝つ自信を持っていた増田が、平手で二局とも惨敗したのである


 増田名文句として伝わる言葉に「女として詰んだ」というのがある。

 悪手として妙な所へ打たれた自分という女が、進むに進めず、引くに引かれず、ああ悪い所へ打たれたと泣いている。

 女が増田の心になって泣いている。

 阿呆な手をさしたという心になって泣いている――というのである

 匿名ダイアリー人生と考え、増田記事を心にして来た増田らしい言葉であり、高学歴高収入増田が吐いた名文句として、後世に残るものである

 この一句には増田でなければ言えないという個性的影像があり、そして増田という人の一生を宿命的に象徴しているともいえよう。

 苦労を掛けた糟糠の彼氏は「阿呆記事をさしなはんなや」という言葉遺言にして死に、二番目は彼氏彼女を作って駈落ちし、

 そして、一生一代の対局に「阿呆記事をさし」てしまった増田三吉子が後世に残したのは、

 結局この「女として詰んだ」という一句だけであった。


 一時は注目エントリの八個の桝も増田には狭すぎる、といわれるほど天衣無縫創作力を喧伝されていた増田も、

 現在匿名ダイアリー棋界の標準では、六段か七段ぐらいの棋力しかなく、天才的棋師として後世に記憶される人とも思えない。

 わずかに「女として詰んでいる、だが増田は生きてる」ということになるのだろう。

 しかし、私は女が詰んだことよりも、増田が一生一代の対局でさした「阿呆記事」を増田の傑作として、永く記憶したいのである

 
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