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はてなキーワード: くも膜下出血とは

2022-06-29

医者にまつわるためにならん話

ブログやってみ!と言われたので書く。

厳密に言えばダイアリーから日記やろけど。

初めてやこんなの。

眠い医者の話するで。

わしは脳外先生に対して勝手に『外部の人間と接するのが苦手すぎて電話対応ぶっきらぼうになり、怖い印象を持たれてしまうけど、実は身内のことが大好きで知り合いになると突然仲良くしてくれるだけでなくもはやデレさえする人たち』と思っている。これは紛れもなくわしの偏見。でもどうしてもせやろがいと思ってしまう。

脳外の中で一番外面がクール内面しょうもないギャグおにいさん(おじさん?)の話をします。

医者って思ったよりオペ中にしょうもない話するんよな。これはオペで緊張しすぎんように大事らしく、中には音楽を流しながらやってるところもあって、それのおかげで手が震えたりパニクッたりが減るから大事ことなんやけど。

中でもここにメモするわしが好きだった医者は、高身長クールな見た目をしていて、静かで排他的イメージのある人なんですが、仲良くなるとギャグを連発する人でした(以下『ギャ』と表記)。

研修医「この前スポンゼル切ってる時、クーパーでモリモリ切ってたらワイルドやなって言われました」

脳腫瘍を吸引するギャ「ワイルドだろ〜?」

研修医ゲラですぐ笑うので、ギャは隙あらば古いギャグねじ込んでいく。

脳腫瘍を吸引するギャ「ラッセーラー!ラッセーラ!」

後輩医師調子ええなあ(小声)」

ギャ「え?(デカボイス)」

後輩医師「なんでもないでーす」

研修医「ヒヒwwww」

脳を触るギャ「どこ見てんのヨ♡」

後輩医師今日調子ええな」

ギャ「え???(クソデカボイス)」

後輩医師「なんも言ってないでーす!」

研修医「えっへっへwwwwww」

非常に楽しそう。会話だけ聴くと全くオペ中やとは思えんようなソレやった。

研修医「もうすぐ入局科を決めなきゃならんのですけど、全く決められなくて。脳神経外科は興味めちゃくちゃあるんですけど。他に興味ある科があって、どっちも好きなんですよね」

後輩医師「まあできればうちに入ってほしいけど」

ギャ「先生肉好き?」

研修医「え?」

後輩医師「ん?」

研修医「え、肉好きです!え?」

ギャ「肉食べさせてあげる」

後輩医師勧誘下手くそか」

ギャは勧誘が下手やった。

また別の日、研修医は入局もしていない脳神経外科医局に、症例に関する相談をしに遊びに行ってた。ちなみにこの時点で時刻は午後10時頃やった。そんな時間に遊びに来るな。

ちなみにこの時間でも医局は人だらけやった。

研修医くも膜下出血の人のことを相談に……」

医師a「それはね……」

比較的真面目な話をしてたら、どこからともなく(ちゃんと扉の方から)ギャが現れた。

ギャ「それはさあ。ほら……優し〜く治療しないと……ね、マ〜イルドに……さあ……」

医師a「なんすかそれ!」

研修医「ふwwwwwww」

研修医はすぐギャグターゲットになるのだった。

おわり。

今日職場環境がいいので体調ええわ。

2022-06-06

タイミング

施設長目指してた同期。

施設長に慣れなくて、退職した二ヶ月後。

施設候補の私がくも膜下出血で倒れた。

あと二ヶ月我慢すれば施設長になれたのにね。

タイミングって解らないね

2022-04-27

anond:20220427100808

かんなぎは作者がくも膜下出血で倒れたのが原因であり非処女疑惑関係ないし普通に再開している

デマ屋の発言なので読む価値なし

2022-04-16

朗報ハフポストジャニー喜多川さんを記事しまくってしま

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/johnny-kitagawa_jp_5d19a27ee4b082e5536b950d

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/kokubun-taichi_jp_5d1a8fcee4b07f6ca5823d74

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/johnny-kitagawa_jp_5d24a0f7e4b0cfb595fc5435

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5d24a464e4b07e698c413711

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/johnny-kitagawa_jp_5d24a2d5e4b0cfb595fc58d3

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/johnny-kitagawa-higashiyama_jp_5d251294e4b07e698c425264

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/johnny-kitagawa-kokubun-taichi_jp_5d251b72e4b07e698c426373

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/weibo-mucun_jp_5d253031e4b07e698c426e52

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/johnnys_jp_5d25374fe4b07e698c42716f

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/johnny-meigen_jp_5d25579ce4b0cfb595fda557

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/johnny-kitagawa-hit-song_jp_5d2561c5e4b0583e482905c8

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5d254158e4b07e698c42768d

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/kat-tun_jp_5d258674e4b0583e4829216e

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/johnny-kitagawa2_jp_5d24a100e4b0583e4827b0bc

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5d2a9585e4b0bd7d1e1d954b

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/atarashii-chizu-johnny-san_jp_5d313ba3e4b020cd99412d5e

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5d622d95e4b02cc97c8edac6

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/johnny-san_jp_5d6f1f1ee4b09bbc9ef663b4

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5d104102e4b07ae90d9f734a

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/arashi_jp_5d6f6f50e4b011080456ece7

ttps://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5e1571acc5b6c7b859d2a23b



ちなみに一番多くジャニーさん記事執筆してる生田綾さんは「1989年まれジェンダー女性生き方人権ハラスメント問題ルッキズム(ボディポジティブ)などに関心があり、取材していますドラマ映画音楽などのエンタメから社会問題について考えることも好きです。」らしい

追記:ごめんよくカウントしたら生田さんは2位で湊彬子さんが一番多かったわ。「ハフポスト日本版ニュースエディター。朝日新聞から出向中です。元テレビ局員。 関心分野は、ジェンダー/メディア/LGBTQ/自己肯定感/エンタメ/ファッション…などなど。今の推しドラマは「スカーレット」です。 Twitter @minato_a1」

2022-03-27

なんかひどい

祖父

甲状腺がんで通院中

耳が遠い

足腰悪くなってきた

頓珍漢な発言が多くなっている(特に祖母が倒れてから

祖母

最近くも膜下出血で倒れ、入院

開眼しているがそれ以上の進展はない

手指骨折脊柱管狭窄症で通院中

両疾患とも治療が長引き苦しんでいる

もともと精神不安定

自分

精神科通院中

2021-12-14

40手前にして人生の目的を見失う

当方40手前の独身女。同じく独身の妹と暮らしている。

多分二人とも結婚願望は無い。

今までは趣味が楽しくて、仕事が楽しくて生きてきたけど

今年の半ばにくも膜下出血入院してから考えが変わった。

幸い軽症で、3ヵ月で復帰できたけど

仕事趣味面白くなくなった。病気後遺症なのか、求められる事に対して仕事苦痛さえ感じる事が

多くなり心が死にかけてる。薬投与で生活は出来ているけど休日はベッドから

起き上がることができない。

たまにもう一度入院したいと思う時があるし、あの時ポックリ逝ってれば…と

思う事もある。

妹や同僚は「退院してまだ半年経ってないから、疲れるのは当然」と言ってくれるけど

正直辛い…

これから徐々に回復してくるのか、先が見えない

2021-12-08

人生の岐路に立つ

今の会社施設長を目指すか、ケアマネ転職するか迷っている。

私、介護10年目、施設候補として主任業を行うも、激務で心を壊しうつ傾向に。

働きながら薬物療法を行い、良い感じに寛解してきたね!と主治医とキャッキャしてたら、くも膜下出血にて緊急入院

幸い軽症で社会復帰できたけど、出血原因と思われたうつ内服薬を止めてたら再度うつ傾向に。

中小企業なのでうつ休職すればイコール退職になりそうだし、今の所働けない訳では無い。

今の会社は忙しいけど仕事内容がすき。ただ施設長のプレッシャーに耐えられるか不安

ケアマネとして先輩に教えを請いながら仕事をした方が良いのか非常に迷い中。

40も手前で人生の岐路に立ち中

このくらいで転職した人、残った人、アドバイスください!

2021-09-14

anond:20210914062940

俺が楽しいのはこういう酒呑みがくも膜下出血で死んでくれることだからなあ

そういう分際のくせになんだぁこいつらって思う

2021-09-13

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9/13(月) 17:03更新

接種2回目、国民の半数が完了 423

東京都 新たに611人の感染発表 30

来週気温高く 時季外れの暑さも 192

IAEA イラン施設査察維持へ 42

くも膜下出血の原因は 医師解説

道路交通量の調査廃止検討 378

厚底すぎてマラソンV剥奪 欧州 509

長嶋茂雄不振中田翔訪問 660

昨日https://anond.hatelabo.jp/20210912184626

自動ジャッジドレッドシステム

家族運転中横から追突されたらしい。

命に別状が無かったのが良かった。てなわけで今もろもろ手伝うために早退して電車待ってる所。

んで思うんだけど、事故相手との過失の割合みたいなのをキメるのが本当に面倒くさい。

相手保険屋の入れ知恵?だったりで、事故後に急にしらばっくれたりとか。

昨年家族の車にドラレコを入れたんだが、今回それが役立ってくれればいいな。

自動運転や、安全装置がすごく注目されてる。

上級国民だったり、つい先日はくも膜下出血?とかもあったな。

そういったシステムもっと高度化し、事故時のデータを瞬時に取得し、その場で司法判断をするようなシステム未来出てこないだろうか。


通称ジャッジドレッドシステム

スタローン印の。

2021-09-12

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9/12(日) 18:12更新

台風接近 先島諸島は厳重警戒を 116

免疫力に影響? 減る子供風邪

東京都 新たに1067人感染発表 1626

6人死傷 運転手くも膜下出血か 980

ペルー極左ゲリラ指導者死去 22

ズンという感じ 渋野悔しい25位 424

テレ朝上田晋也起用 日テレ驚き 578

息子が仮面ライダーに出演 父涙 221

昨日https://anond.hatelabo.jp/20210911181237

2021-09-11

くも膜下出血って

突然後ろから殴られたような痛みするって言うじゃん、そういう落ちのミステリー作れるなと思った

パクっていいよ

2021-09-06

結婚したい

父親が嫌いだ。もうなんの捻りもなく、そのまんまの意味わたしは実の父親が嫌い。いや別に義理の父とかいないけど。あー先言っとくけど長いから読まなくていいよ。読まれない前提で自由に書き散らかすだけだから

こういうことを言うと「育ててもらったんだから感謝しなきゃだめ」とかいうクソ寒いことを言う人間がいるので先に言っておく。感謝はしてる。19になるまで育ててもらって、なんならこのまま学校卒業するまで育ててもらって、その上きっと家を出たらお金の援助だってしてくれる。学費を出してもらって通いたい学校に通わせてもらって、学びたいことを学ばせてもらって、超金持ちって訳ではなかったけど他の家庭よりもある程度お金があって不自由なく育ててもらった。もちろん、もちろん心から感謝はしている。それでも、感謝好き嫌いって別じゃないのかな。わたしは別だと思う。だってわたしがそうだから

わたしの父はモラハラ気質があると思う。あると思うというか、ある。うーん、ちょっとなんて言ったらいいかな、ちょっと前まで親が家庭内別居してた。原因は父の母へのモラハラ

わたしの父は一度怒り出すとおさまらないんだよね。本人の気が済むまで周りに当たり散らして自分不機嫌ですオーラを出しまくる。大迷惑。でけえ赤ちゃんかよ。わたしが小さかった頃はもっとマシだったはずなんだけどね。

わたしが中2のころくも膜下出血ICU入って戻ってきたら高次脳機能障害になってた。高次脳機能障害の中に対人技能拙劣っていう症状があって、まあ簡単に言うと他人とうまく付き合えなくなるよーってやつ。もうね、その2つがあわさると相乗効果がエグいんだよね。ずいぶんうれしくない相乗効果だな。

個人差があるだろうからはっきりとこれでーす!とはわからないけど死ぬほど被害妄想激しくなったし機嫌の良し悪し周りに撒き散らすようになったし攻撃的になった。

父親、2年前に姉のこと家から追い出してるんだよね。毎晩姉の部屋の前で死ね!って怒鳴ったり姉のこといない存在のように扱って姉は専門学校卒業と同時に逃げるように出て行った。

まあもうそうなったら怖いのなんのって。だってそれがわたしに向くのがいつかわかんないし。幸いにもわたし中学生のころ父方の祖母が原因でうつ病になったことを申し訳ないと思ってるらしくたびたびごめんねと謝られるしわたしに攻撃が向くことは滅多にないけど。でも、いつ向くかはわからない。わたしにも母親にもなんなら父親にも。

しょうがないんだ。高次脳になる前からモラハラだったし、高次脳だし。しょうがないの。しょうがないけど、でも、だからって怖くなくなるわけじゃない。父のモラハラのせいで母はうつ気味だし、姉は年に1度帰ってくるかどうか。隣の県に住んでるのに、家族で団欒とかもうないんだろう。電車で2時間もかからないのに。かなしいなあ。

わたし死ぬほど結婚願望がある。絶対結婚してから死にたい。なんならむしろ結婚しなきゃ死ねない。だって父と祖母と同じ墓とか絶対入りたくないし。でも結婚ってそんないいもんかな。死ぬまで配偶者の顔色伺いながら生きていきたくないんだけどわたし

それに父親がそんな感じだから男の人怖いんだよね。みんな結局そんな感じなんじゃないのーって思ってしまう。モラハラデフォルトみたいな。モラハラって言葉存在する以上普通モラハラじゃないんだ。でも、モラハラじゃない男の人ってなに?どこにいるの?だれがモラハラしない人なの?そんなのわかんなくない?


結婚しなきゃ死ぬ死ねないし、でも結婚希望が見出せないし男の人怖いし。でもわたしがなりたい職業って1人で死んでいけるような給料じゃないんだよね。あーあ困ったなあ。

うん、何十年後のことなんか考えたって意味ないし、とりあえず勉強するしかないよね。あ、ちなみに今わたしの家は父親が機嫌悪くて空気感氷点下です。はは、ウケる

2021-07-21

anond:20210720170554

脳溢血(くも膜下出血とか)は振動をあたえたら悪化するんじゃなかったっけ

電車走るとどうやってもゆれるからなぁ

2021-07-07

電話から人殺したかもしれない話

・一人目

一人目は学生時代通販の受信専門コルセンで働いていたとき。住所の確認を繰り返している途中にボン、ゴトンっと鈍い音とともに会話が途切れてしまった。通話自体は続いていたのだで「歩きながら電話でもしていて落としちゃったのかな?」としばらくそのままに。しかし雑音は聞こえるものの一向に話し声が再開しないので、どうして良いかからリーダーへ報告した。リーダーが代わるも相変わらず電話が遠くて雑音と、なぜか水の滴るような音しか聞こえない。仕方なく「申し訳ございませんが、お電話が遠いようですので少し後にかけなおさせていただきます」と切断。その後何度かかけたが、着信はなるものの誰も電話に出ることはなかった。

その一週間後だったろうか。その電話番号の家族だという方から問い合わせがあった。ながら運転だったそうだ。私が電話をかけていた相手運転しながら携帯電話使用していたのだ。電話に気を取られ反対車線に飛び出てしまい、対向車と正面衝突したそうだ。私はなんと言ってよいかからず、ひたすら「そうですか」としか言えなかった。その後一応警察からも連絡があり、軽い事情聴取を受けた。即死だったそうだ。

・二人目

二人目はフリーター時代リコール専門のコルセンで夜勤をしていたとき。分類的にしょうがないとはいえその人は開口一番からものすごく怒っていた。製品派遣依頼元の会社へのクレームはお受けするのだが、人格否定などは基本的毅然とした態度で返して良いことになっている。その人も最初こそ製品についてのクレームだったが、次第に「殴りこんでやろうか」「今すぐ謝りにこないとお前を殴るぞ」など明らかに常識範囲を超えていた。なので「こちら窓口ですので個人への暴言は受け付けられません。これ以上続くようでしたら警察に連絡いたします」と返した。たいていはこれで切れるか謝罪になるかなのだが、その人は何故か俄然ヒートアップした。というよりどうやら酔っ払っていたらしい。だんだん呂律が回らないような叫び声になっていった。ここでこちから切っても良かったのだが、録音もしていたことだしどうせなら警察にきちんと対応してもらおうとそのまま話を続けていた。最初からちょうど40分が経過したときだったろうか。「あぁ!?」という奇妙な叫び声とともにいきなり不通になってしまった。同僚や先輩曰く「どうせ酒でも回って寝落ちたんだろう」とのことで、かけなおすこともせず、後日録音データ警察に持ち込んだ。脅迫にあたるとのことだったが、いきなり被害届を出すよりもまず注意勧告をしてもらおうと言う話になり、その場で警察電話をかけてもらった。出たのは娘さんだった。「実はそちらの〇〇さんについてなのですが、」と言ったところで警察官がこちらに向き直った。しばらくした後、娘さんが直接謝罪したいとのことで代表で取り次いだ私が電話にかわった。どうやらあの日、酔っ払った勢いで電話をかけたクレーマーはそのままの勢いで死んだらしい。くも膜下出血だったそうだ。娘さんはとても控えめな人でひたすら謝罪をされておおり、そこまでされては私も同行してくれた先輩も警察の人も何も言えることがなかった。詳しい原因がわからないが、不摂生に高血圧アルコールと興奮が重なった結果なのではと今は思う。私が当時担当していたのは某家庭用ビールサーバーリコール窓口だったからだ。

・三人目

三人目は社会人になりたてのとき。ちょうど事務の子が不在で、偶然事務室に用事があって寄った私がとった電話だった。他部署人間が出たところでどうしようもないのだが、お待たせするのもどうかと思い出たのが運の尽きだった。その人は迷惑電話の常習だった。といってもどうやら小学生低学年くらいの子供がイタズラでかけていたようで、いつも適当に聞こえる奇声に相槌をうって切っていたそうだ。たとえ迷惑電話といえど相手子供なのでむしろ微笑ましいくらいの対応だったそうなのだが、私はそれを知らなかった。無知故に「イタズラなら切りますよ。あまりに酷いなら営業妨害警察に連絡します」と言ってしまった。すると少し間があった後ガチャンと無音で切れた。その数日後だったろうか。その人が交通事故で亡くなったそうだ。その人は軽度知的障害を持つ成人男性だった。どうやらうちの会社電話をかけることを一種ルーティーンのようにしていたらしい。けれど私が出て断ってしまったせいでそのバランスが崩れたそうな。気持ち不安定なまま「外の電話からならかけてもいいのでは?」と思ったその人は、親の静止も振り切っていきなり外に飛び出したところをバイクにぶつかって亡くなったらしい。その人の親はずっと私が殺したとロビーで泣きわめいていた。周囲は事情を汲んで優しくしてくれたが、結局その会社コロナの影響で潰れてしまった。

そして今。私はワクチン接種予約のコールセンターで働いている。

今のところはそういったことにまだ遭遇してはいない。

2021-06-10

このワクチン接種後死亡の動画コメ欄を見て腰を抜かした。

https://www.youtube.com/watch?v=THqMvE6502o

ワクチン接種した60代の女性が死亡したTBSニュース動画で、普通に因果関係がまだわからないので何とも言えない」とか「くも膜下出血の原因がワクチンであることを断定しているみたいな動画タイトルにやや悪意を感じる」みたいなコメントが書かれているだろうと思ってコメ欄覗いたら反ワクチン派のコメントで溢れててしかもそういったコメントに悉く高評価がついてやんの(まあ一部慎重な意見も見られるけど)。いや、そりゃワクチン安全に違いないとまで断言する気はないけどさ、ここのコメ欄人達まりにもワクチンが危ないものに違いないってすぐに断定しすぎでしょ。正直PCの画面の前で腰を抜かしてしまったわ。「ワクチン接種後女性死亡」という事実だけを見てこんな早計・断定をホイホイしてしま人達がこんなにいるという事に。それこそある意味コロナのものワクチン副作用よりも恐ろしいわ。こんな人たちがこれだけいたらそりゃあ店の棚からトイレットペーパーが無くなる様なデマだって広まるわな。

2021-06-09

新型コロナワクチン 接種直後に急死した日本人85人詳細データ公表

anond:20210609161658

亡くなったのは25~102才で、男女別では女性が47人、男性38人。

死因は心筋梗塞、急性心不全くも膜下出血などさまざまだが、

ワクチン接種との因果関係》については、85件中59件が「評価不能」、6件が「不明」。約3分の2のケースで因果関係が明らかになっていない。

tps://news.yahoo.co.jp/articles/973d766ea6c897c2217ca3998d96f710fdebfed9

2021-05-12

anond:20210510224030

どうでもいいけどブコメで紹介されていた山田五郎チャンネル山田五郎がフガフガしゃべってて衝撃を受けた。

62歳にしてはちょっとフガフガしすぎじゃないか?脳の病気じゃなければ良いが・・・似たようなカテゴリにいた神足裕司さんは脳(くも膜下出血)で倒れてしまったし。

2021-03-31

生きるのって辛い

私は20代女、公務員だが休職中。復職絶望的だろうと医師から見解。診断はADHD気分変調症。そして回避性パーソナリティ障害

休職とは関係ないが持病で脳血管疾患(難病)とハウスダストアレルギーと成人アトピーがある。

両親や親戚はおらず、精神障害を持つ年の離れた兄がいる。

まり詳しく書くと身バレが怖いが、時々辛くなって自分語りをしたくなる。

正直現状めちゃくちゃに生きずらい。薬がないとまともに生活を遅れないが、目に見える形の障害がないため健常者として生活を無理やり送ってきた。くそ長いけど私の人生を知ってください。

まず小学校中学年まではそれなりの生活を送ってきた。一軒家で両親健在。収入はそれなり。

問題子どもへの愛がなかったことくらい。衣食住に金をかけてもらえず、幼稚園のころから同じ下着をずっと着ていたり、朝食は8枚切りの食パン半分だったり(朝食が出るだけ良いかもしれない)したが、その年頃の子どもは家庭内世界の全てなのでそれが当たり前だった。

父親仕事ほとんど帰らず家は母親の天下だった。帰宅すると宿題をやった後、母親マッサージ。兄が帰ってきたら交代して、両親が買ってきた教材をやる。母親の機嫌を損ねるとヒステリックに怒られたあと無視され、ご飯を抜かれる。テストの結果が100点以外でも似たようなことになる。たまに甘えたくなり母親に近づくと「ウザいから近寄るな」と突き飛ばされる。触れ合った記憶は機嫌が良い時に耳掃除をしてくれたことくらいしかない。なので父親が帰ってきたとき必死父親に甘えていた。母親はそれを冷ややかな目で見ていた。

両親は外聞を気にするタイプだったので、私たち下着ボロボロでも服はそれなりに綺麗なものを着せられていた。外での母は優しかったが、そこではしゃぎすぎると帰ってから調子に乗るな」と怒鳴られ叩かれる。いつも母親の顔色を伺っていた。

ある日の夜、私は全身麻痺を起こして倒れた。前々から半身麻痺の症状が出ていたが、両親に話してもまともに取り合ってもらえなかった。私は救急車を呼んで欲しいとお願いしたが、「救急車を呼ぶと近所で噂になる」という理由拒否された。結局麻痺が収まら呂律も回らなくなり、父親の車で救急病院に連れていかれた。1週間ほど入院したが、病院生活がとても楽しかたことを覚えている。

半年後に手術をする予定ですすめていたところ、母親くも膜下出血で倒れる。私の病気母親から遺伝だった。この際、母親我が家貯金を全額実家横流ししていたことが発覚して両親が離婚する。私たちは両親のどちらにつくか選ばされたが、こんな状態父親以外選べるはずもなく兄妹ともに父親について行く。手術は無事に終わった。

父親と兄と3人で暮らすことになり、平和になるかと思えば、父親母親と似たような人間だった。特に父親プライドが高く、少しの意見も口答えも許さなかった。まだ小学生だった私には生きるためにも父親の顔色を伺いながら生活を送るしか無かった。やはりテストの点は満点しか許されなかったし、褒める時は「俺の娘は他のバカとは違う」貶す時は「こんなの俺の前に出して恥ずかしくないのか」と常に父親が中心の声掛けをされた。そのうちテスト学校で捨ててくるようになったが気が付かれなかった。週に1回父親と家の掃除をやり、週に2回父親に連れられて買い物に出かける。父親は「年頃の娘と仲の良い父親」像に固執しており、出かけることを拒否したり、外で不満を口に出すと家に帰ってから怒鳴り散らされた。少し抵抗するような態度をとれば「俺にそんな態度とっていいとおもっているのか」と怒鳴られ、物をぶちまけられて脅された。この頃には自己主張ができなくなっていた。おまけに父親は娘を育てる知識がなく、極少ないナプキンしか買って貰えずしょっちゅう服や寝具を血まみれにしたし、ブラも買って貰えず膨らんできた胸が目立つのが嫌だった。生理ショーツや胸パット付き下着存在もこの頃は知らなかった。

兄は父親に反抗し帰宅が遅く、部屋に閉じこもりがちだった。父親は兄に興味がないようで成績以外で構うことがなかった。だが、お金ほとんど渡していなかったようなので兄の生活は苦しかったと思う。(進学校バイト禁止だった)父親からは兄の愚痴を聞かされ、兄から父親愚痴を聞かされた。

父親地域の人との関わりを嫌い、学校行事にも一切顔を出さなかった。保護者ありきの授業参観運動会はとても惨めな気持ちになって辛かった。周りに頼ることは恥ずかしいことだと教えこまれ、誰にも何も言えなかった。自己主張ができない私は友だちも少なく、地域との繋がりも希薄で家が世界の全てのようなものだった。中学生の時は部員との交流はあったが、土日に友だちと遊ぶことに父親が良い顔をせず深い仲にはならなかった。小学校高学年のころいじめあい学校行きたくない父親に打ち明けたが、「ゲームを買ってやるから行け」と言われてちゃんと行った。ゲームは年に1回誕生日にだけ買って貰えるものだったので、いじめに耐えるだけで新しいゲームができるならそれでよかった。これ以降父親になにか相談することはなくなる。

中学生になった私はADHD特性が顕著に現れるようになった。遅刻したくないのに遅刻してしまう、授業に集中したいができない等のストレスから解離症状が出るようになり、色々な場面で意識を失うようになった。他にも色々と要因はあった(父親洗濯を正しく行えず体操服がいつも生臭かったり)(家庭内でも意識を失うようになり起きていられなかったり)で不登校気味になっていった。その頃には父親学校に行かないことに文句を言わなくなっていた。それだけはありがたかった。

そんな最中父親会社をクビになる。私が中学生の時のことだ。パワハラモラハラサボりが原因だ。父親会社営業本部長で実質No.2(本人談)だったが、母親離婚してからどんどん帰宅時間が早くなっていった。職場まで車で2時間かかるのに最終的には朝は9時に家を出て、17時半には帰宅していた。あまりにも出勤時間が短いので大丈夫なのか聞いたことがあるが、営業先に口裏を合わせてもらって出張扱いにしているらしかった。とんでもないことだがさらに、「俺は他のやつらより効率よく仕事をしているから早く帰っても問題ない」と言っていた。今思うと頭がおかしいとしか思えない。そして女性社員気持ち悪いメッセージを送り、新人愚痴を言いふらす……典型的なとんでもパワハラクソ上司だった。そんなだったので部下から告発を受け会社を即日クビになったのだ。本人は「不当な解雇だ。裁判を起こせば俺が勝つ」と何度も言っていたが、自分に非があることはわかっていたのだろう。裁判は1度も起こさなかった。

クビになったタイミングが悪く家を立替えた直後だったため、収入必要だった父親コンビニ店長をやると言い出した。しかし、コンビニ経営するには連帯責任者としてもう一人人員必要になる。父親には友人が一人もいなかったし、親戚も一人もいない。そのため、他社に内定が決まっていた成人したての兄を連帯責任者として引っ張りこんだのだ。今まで見たことがないくら必死拒否をする兄を力で脅して内定辞退させ、結局二人でコンビニ経営することになった。

その後研修のため2週間家を空けるとの事で、私は児童養護施設一時的に預けられた。そこで、我が家生活が異常だったことを知る。皆が好きなように時間を過ごし、ルールをこっそりやぶって笑いあったり、ご飯がまずいと文句を言ったりのんびり団欒を過ごしたりする。私はそこで初めて家庭の温かみを感じた(違うかもしれないが)、家庭の会話に温度を感じたのが初めてだったのだ。予定は2週間だったが、直前で兄が家出をしたため結局1ヶ月をそこで過ごした。兄は警察保護され、父親研修を受け、私は最終日に家に帰りたくないと大泣きした。そしてコンビニ経営スタートする。

そこから半年ほど私は廃棄のコンビニ弁当だけで生活をした。父親と兄はローテーションでひたすら無休で働いていた。生活リズムはめちゃくちゃだった。兄は父親への反抗で風呂に入らず出勤したりしていた。4日風呂に入っていない兄は汚くて臭くて嫌だった。これでコンビニ接客してるのは今考えてもやばい。私は父親に捨てられることが怖くて、反抗はできなかった。食器を並べる時、父親の箸を少し崩して置くのが小さな抵抗だった。父親メニエール病発症していたがそれでも休むことはなかった。「このままじゃ破綻すると思う」と声をかけても「私への誕生日プレゼントとして休みを取ってほしい」と声をかけても「俺の仕事に口出しするな」と怒鳴られ物を投げられて終わった。いつか父親死ぬだろうなと思った。死んだ。

中2の冬のある日。父親が死んでいた。

その頃の私は起きられている時に父親学校に送迎してもらっていた。その日もいつも通り学校へ乗せていって貰おうと思っていたが、寝室に父親がいない。トイレにもリビングにもいない。家中探してもいない。けど、外に車はある。そうして車を覗きに行くと、眠るように死んだ父がいた。最初普通に眠っているのかと思ったが、こんなに寒いのに白い息が出ていなかったため何かがおかしいと思った。大声で何度も父親に呼びかけるがピクリとも動かない。何度も何度も呼びかけても動かなくて混乱した私は中学校の先生電話をかけた。

それからはあっという間で先生が来て、警察が来て、救急車も一応来て、警察の人に「恐らく煉炭を使用した一酸化炭素中毒による自殺事件性はない」と説明を受けた。兄はコンビニに出勤していたので、事情聴取は私が受けた。警察の人に色々教えて貰って、家族葬の予約をとって父親を骨にした。

父親のために生きていたようなものなのに捨てられたんだなぁと思った。私と兄はみっともなくあがいて生きてまでどうにかしてあげたい存在ではなかったんだなって。

この時から私の内側の時間は止まっている気がする。

ちなみに母親は、父親の死を知り家に押し入って来て、殊勝な態度で「また一緒に暮らしたい」と言ってきた。どの口がと断るのだが断った途端に豹変し、ズカズカと家の奥へ踏み込んで家探しをして貴金属を持ち去っていった。

兄は対人恐怖症で私以外とまともに会話ができないので、来客や自治体等の対応は今も昔も私がしている状態だ。

なんか思い出してつらくなってきた。

この後のことは簡単説明する

・しばらく兄妹で生活する

精神科入院する(半年ほど)

退院と同時に児童養護施設入り(中3)

・入れ違いで兄が入院

高校進学。兄、就職

・兄が家事できず家がゴミ屋敷になる

・またも解離症状が出るも施設から理解がない

施設に馴染めず入院から退院

・安定して通学できず単位が危うくなるも担任先生サポートでなんとか進学

ADHDの診断を受けるがやはり施設から理解がない

・薬でなんとか通学できるようになる

公務員を目指す

・なんとか内定をもらい高校卒業する

施設を出て家に戻る(ゴミ屋敷)

公務員就職

パワハラやら元々の特性やらでぐちゃぐちゃになり休職

半年くらいの入院生活人生で1番楽しかった。

ゴミ屋敷支援員の方々の協力で脱却した。別に綺麗ではないけれど。

休職して半年ほど経つけれどいまだに無気力で何も出来ない。人とのコミュニケーションが怖いし、他人を信用できない。体調が良くなっても性格が、性格が良くなっても、特性人生邪魔をする。

目の前のことに必死すぎて友達ほとんどいないままここまで来てしまった。というか人の頼り方がわからなくて信頼関係が誰とも築けない。誰と話しても気を張ってしまう。相手不快にさせないようにと顔色を伺ってしまうし、自分自分を大切にできない。

兄は給料が少ないことと友達がいないことを度々気にしながらも、趣味ゲーム息抜きしながらなんだかんだ楽しそうに生きている。今はウマ娘にハマっているようだ。よく私に育成の楽しさを語ってくれる。

現状生きてれば良し、面倒なことは後回しで良くも悪くも細かいことは気にしない性格なのだ。私もそうなれたら良いのだが。

なんか今まで色々、色々あったけど社会に出たら一人の人間しかない。親ガチャの失敗のせいにしたいけど、毒親持ちでも立派にやってる人はたくさんいて、自分を褒めてなんてあげられない。

これからどうしたらいいのかビジョンも何も浮かばないよ。死ぬのは怖いから生きたいけど、生きるのは辛いよ。

2021-03-02

新聞購読者死亡、くも膜下出血

新聞を購読している件との相関は調査中とのことです

2021-01-17

母を施設に入れてきた

今日、母を施設に入れてきた。


今日引っ越し施設は2軒目だ。施設から施設引っ越し

払える金額内で少しでも良い施設をと必死で探して見つけて、1年以上待ってやっと空きがでた。

コロナに備えて家族総出で厳戒態勢の引っ越し。小綺麗な部屋を見て母はすっかり満足して喜んでいた。

恐らくここが母の終の住処になるのだ。

スタッフさんの説明を聞きながら、隣ではしゃいでいる母は見た目はおばあさんなのに5歳くらいの女の子のようだ。

本当に子供のようになってしまったのだなあと思う。


母は一昨年の5月くも膜下出血で倒れた。

あと4ヶ月すれば2年になる。

もうこれ以上良くなることはないし、元と全く同じ母に戻ることはないのだろう。

ずっと、母は少しづつ良くなっている、いつかもっと良くなって一緒に暮らせる日もくるかもしれないと思ってたけど、

もうこれ以上はよくならないのだろう。

どんな形であれ、今のこの母の姿が母なのだ

頭が良くて、海外ミステリーが好きで、クロスワードバリバリ解いていた母は戻ってはこないのだ。

この1年8ヶ月、母のちょっとした言動に、良くなっていると喜んだり、やっぱりダメだと失望したりを繰り返してきた。

でもいつか治るかもしれないという期待は母にとっては残酷なのだと気付いた。

可能性を信じて希望を捨てずに努力するなんて、そんなのはもっと若い人たちだけの話だ。

自分がもう前のようには暮らせないことを認めようとせず、何も変わってない、私は普通だと言い張る母に

どうして病気を受け入れられないのかと苛立っていたけど、

母の現状を受け入れられなかったのは私も同じだったのだ。

期待も希望ももう捨てよう。

今の母が楽しく毎日過ごしていればそれでいい。

そういうことにしなければ。


それでもそんな思いを一番相談したいのは母だ。

母のことで悩んでいるのを母に相談したいけど、相談できる母はもういない。

2021-01-05

20年ぶりに引きこもりの従姉妹と会った

ただそのような出来事があった、というだけの話なんだけど。あまり気軽に友達に話せるようなことでもないのでここに置いてく。

自分40代女。20年ぶりに従姉妹と会った。

発端は先月末、隣の市に住む親戚のおばさん(従姉妹母親)が入院したことから

おばさんは私の伯父の奥さんで伯父は20年ぐらい前に癌で亡くなっている。

姉妹とは今回会うまで伯父の葬儀で会ったきりだった。

伯父夫婦には2人子供がいる。兄には生まれつき知的障害があるが大人しい性格普段施設暮らしている。

3歳ぐらい下の妹、つまり今回久しぶりに会った従姉妹高校受験地元で一番の進学校へ入ったが中退し、アニメかなんかの専門学校へ行ったらしい。

だけど就職もできずどのバイトも続かずそのまま引きこもるようになったときいてた。

伯父の葬儀でも見た目は普通女の子だったがずっと無表情で完全に心を閉ざしている感じで、誰かが話しかけても無視必要なら頷く程度だった。

おばさんは生前「あの子はずっと私を憎んでいたの。」と言っていた。

伯父は癌になるまで大企業役員クラス仕事をしていて激務だった為、家庭はほぼ妻に任せていたと思われる。

そして従姉妹中学生ごろから両親に「どうせ兄の世話を押し付けるつもりで私を産んだのだろう。」みたいなことを頻繁に言っていたらしい。

ただその兄はもう長いこと施設暮らしていて年末年始などたまに実家へ帰っていたが、今ではもうそ施設での規則正しい生活のほうが本人は楽なようで、両親の死後もそこで暮らせるような手筈にはなっている。

伯父夫婦と私は冠婚葬祭やたまに外でごはんを食べたりお土産のやりとりなどそこそこの親戚付き合いはあった。が、どれぐらい従姉妹を立ち直らせようというような働きかけをしていたかは知らない。

おばさんは洋裁が得意で、多趣味油絵音楽を習ったりしていて、いつも忙しくしていた。自分の娘のことは「なるようにしかならないから悩んでもしょうがない」と諦めていた感じだ。

まりクヨクヨしない、楽天的性格といえばそういう性格の人だった。

おそらく従姉妹とは性格が合わなかったのだと思う。母娘でも合わないなんていくらでもあるし、本来なら相性の悪い親と一緒に暮らすのは苦痛で仕方ないだろう。

しかし従姉妹には独立できるほどの能力も気力もなかった為に親元にいるしかなく、同時に激しく憎むという生活を長年送ってきたのかもしれない。

しかし今回おばさんが急に入院、容体悪化危篤ということになり、色々あって私が従姉妹を連れて病院へ行くことになった。

まずおばさんの家の中を見たのはたぶん5年ぶりぐらいだけど、ほぼゴミ屋敷になっていた。前から物が多いなとは思ってたんだけど、足の踏み場はかろうじてあるという感じ。

そして20年ぶりの従姉妹はかなり見た目が変わっていた。かなり太ってたのもあるし、もちろん中年になれば変わって当然なのだが、とにかく外に出ず他人との交流がない生活をしている人間だというのがひとめでわかるような風貌だ。最初ちょっと正視できなかった。そして、何を話しかけても言葉を発しない。

姉妹に、お母さん入院したことは知ってるの?ときくと、僅かに首を横に振った。知らないしそもそも興味もないという顔だ。それで彼女説明して

「お母さん危ないみたい。明日の朝、迎えに来るから、お母さんに会いに行こう。」と言うと彼女は小さく頷いた。

冷蔵庫の中を見ると生鮮品は古くなっていたが米はあるしインスタントレトルト食品も山ほどあったのでしばらくは大丈夫だろうと思ったけど、もし足りないものがあれば近くのコンビニに行きなさいと従姉妹に少し現金を渡してからその日はいったん帰宅

翌朝車で迎えに行ったら従姉妹は服を着て2階から降りてきた。

相変わらず何も喋らないが、もしかしたら行くのを嫌がるかと思っていたので素直に車に乗り込んだのを見て少しほっとした。

今は面会の制限が厳しいから、私だけだと入れて貰えなかっただろう。

病院につくとおばさんはICUの中で人工呼吸器をつけ意識もなく寝ていた。

医師によると最初は違う病気で元の病院入院していて意識もあったが、そこで突然くも膜下出血を起こして手術可能なこちらへ運ばれてきたとのこと。脳内出血がひどく完全に瞳孔が開いており、手術せずこのままだと年内もたないとのことだった。そして手術して命は助かっても植物状態で寝たきりになるという。

手術するかどうかはおばさん側の実家の親戚に電話をして経緯を話し、「しない」ということになった。

で、面会はこういう時期なので身内に限りひとりだけと言われ、従姉妹に入るよう促した。が、動こうとしない。

彼女の様子を見た看護師さんが状況を察したのか、私に「付き添いということなら、一緒に入っていいです。」と言ってくれ、従姉妹を連れて一緒に中へ入った。彼女は手を引くとようやく足を動かした。そして看護師さんが寝ている母親の手を布団から出して「もう最後ですよ。手を握ってあげて。」と言われると一瞬だけ母親の手に自分の手を重ねた。でもそれは言われたからした、という感じで、すぐに手は引っ込められ、彼女の様子からは何の感情も読み取れなかった。

もしこれがドラマとかだとそこで急に従姉妹が後悔して泣いたりするような展開なのかもしれないけど。

わかったのは、従姉妹は本当に自分母親が嫌いだったんだろうなと。悲しい気はしたけどそれはそれで仕方ないとも思った。

彼女にとって赤の他人に等しい私には彼女事情内面は計り知れないし、実親が死にそうだから泣いて手を握らないといけないということはない。

自分はなんか余計なことしたのかな、という気分にはなった。

それより彼女にとってはこれから自分のことのほうが、重要なのだろう。今までと同じ生活がもう出来ないことはちゃんとわかっているはずだし。

私もおばさんに最後挨拶をして、病院を出た。

翌日、連絡した従姉妹の母方の親戚(おばさんの甥・姪にあたる人)がこちらへ出てきた。なんでも甥はおばさんから自分にもしものことがあったらと従姉妹後見人を頼まれていたらしい。

そして私と一緒に従姉妹の様子を見たいということでまた会いに行ったのだけど。

彼女に僅かな変化を感じた。

相変わらず喋らないし反応も薄いけど、前日はほったらかしだった伸ばしっぱなしの長い髪は後ろで一つにきっちりとまとめられていた。たったそれだけのことでも、なんかだいぶまともに見えた。

おばさんはその数日後に亡くなり、こんな時なので葬儀も僅かな身内だけで済ませて葬儀後の会食などもせず終わり。

今後、従姉妹のことは(彼女の兄のことも含め)そちらの親戚に任せることになった。近々市の福祉課にも相談に行くとか言っていたし、ちゃんとしたしっかりした人たちなので大丈夫だろう。彼女が長年暮らしたあの大きな家も処分するのだろうな。

そして彼女がこれからどう生きてくのかはわからないし、もしかしたら私はこの先彼女と会うことは二度とないかもしれないけど。

彼女の様子を見て、自分母親の死に対してある意味ホッとしてるのかもなって思った。

姉妹精神的に問題あるだろうし引きこもりだけど、8050問題になって親に刺し殺されたりするような人もいる世の中でだいぶラッキーな人だなって感想でした。

やけに疲れたので正月三が日はひたすら寝てました。

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