はてなキーワード: 市街地とは
プーチン大統領 軍事作戦実施表明 “ウクライナ東部住民保護” | NHKニュース
モーリー・ロバートソン on Twitter: "先ほど「スッキリ」をご覧いただいた皆さま、ありがとうございました。以下、ウクライナ情勢に関する一問一答を列記します>>"
だめだからねこの人の言うこと信じちゃ。軽々しく次は日本ていって危機煽るやつはみんなバカ/追記:危機時に根拠のない仮説を立ててばらまくと必ず間違った判断下します。冷静にならなくてはいけない。
侵略でなくアジア解放だと主張し、それを「歴史戦」とやらで一生懸命に広め、この主張のアシストに長年努めてきた方々が本邦にも多数いらっしゃいますよね。彼らの根本思想に大きな違いはない。
だから台湾を殴るぞと。これ、プーチンに、9条否定論を仮託して調子乗ってるウヨと発想が全く同じでなあ・・・。便利だよな。「攻めれる前に攻めろ」と、「自衛のための戦争」論を一度に口にできる。
このブコメ欄含め"ほら国際社会はこうなんだ!早く改憲してフルスペックの戦争準備を!"みたく国際問題を国内の左派を叩く好機としか見ない連中が沸いてるが、改憲しても中国の軍拡加速のいい口実にしかならんでしょ
で、これを賛美している日本の愛国ウヨども。外交なんて無意味だ、武力で脅せ!といきり立ってる人たちには、他人の戦争はさぞかし美味しいイベントなんだろうな
これ調べたらソースのOVD Infoってアメリカから資金供与を受けてる組織なんだよな。アメリカ系組織「ロシア各地で反戦デモやってる人たちが拘束された!」→流石に嘘くさい
アメリカの核の傘に入ってるうちは自国で核兵器持つ必要はないかな。中国に侵略されて米軍がさっさと逃げ出す状況なら日本も下手に抵抗しないでさっさと降伏した方がダメージ少ない
志位和夫 on Twitter: "憲法9条をウクライナ問題と関係させて論ずるならば、仮にプーチン氏のようなリーダーが選ばれても、他国への侵略ができないようにするための条項が、憲法9条なのです。"
まぁ9条無い状況で通算9年もアベ氏に首相やらせてたら、国内のウヨを煽りすぎて引っ込みがつかなくなり隣国とドンパチ始めてても全くおかしくないからな。
そのとおり!日本は安倍のような無法者がトップに立ったことがある歴史を直視しろ!9条がなかったら自衛の名のもとに中国を攻撃した可能性は十分にある!
【動画】これ、全部フェイクです。ロシアのウクライナ侵攻めぐる誤情報にご注意を! | BuzzFeed Japan
youtubeでキエフ市街地のライブカメラ生放送やってるけど、今の所中心部は自動車も走ってるし、大きな被害もない。ただし、チャットが9条憎しでプーチン支持してるアレの棲家になってる
ロシアって国家かと思ったらテロリストだったんだ。最初から交渉しちゃいけない相手だった。1.4億人のテロ組織って半端ねえな。ところで、ロシアが風下なんじゃないの?
松井一郎(大阪市長) on Twitter: "志位さん、共産党はこれまで9条で他国から侵略されないと仰ってたのでは? https://t.co/WMqoGYkZuj"
相手の言ってないことを藁人形にして叩く定番の右派ムーブ。ウクライナに9条はないし、有ったらむしろ攻め難かったのでは。コロナ+紛争のW参事でやることが政敵への難癖…せこい汚い。
「現代では戦争なんてやるだけ損だから誰もやる訳がない」って皆思ってたよね
弁護士しのだ奈保子🕊️(立憲民主党道7区総支部長) on Twitter: "世界的にみれば、日本は過去には、今のロシアのように加害者であったし、今はいわゆる前科者です。その国が、日本も侵略されたらと被害者的立場で、過去の侵略者に逆戻りするかのような軍事力増強や核武装を今声高に主張することは方向が違う。憲法9条を世界に広めることこそが日本の役割です。"
これに反発している連中は、何に反発しているのか理解しているのだろうか? まぁ、兵器軍隊というおもちゃで遊べない鬱憤があることだけは、見て分かるわけだが(自分は兵隊にならない前提でね)
日本の右翼に「反省」の二文字が有ればまだ違った世界になってたろうに、これについてるリプ見る限りはお寒い状況は変わらずか…
中国総領事がツイート「強い人に喧嘩を売るな」 台湾や日本を牽制か(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース
中国総領事のこのツイート、憲法9条Disりたくてたまらん自称リアリスト君が今回の事態を前にSNSに嬉ション垂れ流してるのと同レベルなんだよなあ。権威主義を刷り込まれた木偶共の行き着くところは変わらんねえ。
ロシア大使、日本に対抗措置 ウクライナ大使は中国に期待:時事ドットコム
いや、それなりに武装しているウクライナが、抗戦しても全く歯が立たずに悪戯に国民を死なせてる現状を右翼はどう思ってるの? 靖国に逝けてよかったね、みたいな感覚なの?キモっ。
昨日から「ほら見ろ、ロシアが攻めて来るぞ。護憲派は退場しろ」な人が元気だ。軍備増強、核軍備のためには、むしろ北方領土ぐらいには侵攻してきてほしいのかもしれない。「ほら見ろ」って言えるし。
今回の件は簡単で、ロシアはウクライナがNATOに加盟するのを嫌がったのだから、軍隊を持たない状況なら侵攻はしてこなかった。たぶん政権の買収を延々続けていただろう。
9条を守って無条件降伏に賛成。弱者男性は戦争が無くても性淘汰されるし、女性は侵略者へ股を開けば生きられる。戦争で命を賭けて戦う意味って、強者男性にしかないのでは。
「プーチンありがとう。戦争始めてくれたおかげで憲法9条攻撃出来る!」みたいな醜いクズが予想以上に沢山湧いてて昨日からめちゃくちゃ引いてる。
CDB on Twitter: "もうなんかまるでウクライナが平和憲法を持つ非武装国家だから侵略されたみたいな空気で論じてるにゃんね。徴兵制復活させて対ロシアにバリバリ軍拡したのにそれでもやられたにゃんね https://t.co/Uq4XXl48KA"
武力を用いた侵略をしないというのは、無駄に戦争・死地に駆り出さないということにつながり十二分に国民のためであるな。細野は視野が極めて狭く、政治家の見識として不適当。
いや、これは違う。日本の安全保障を考えるわけでもなく、サヨク叩きに邁進したいだけよ。そういうのは右翼ですらなく、反サヨクっていうんだけどね。細野氏はその程度の人材だったというだけだ
状況的に見ればどちらかと言えばむしろ平和憲法持たずに軍拡してNATOに参加しようとした結果戦争になったんだから、彼らが妄想する世界とは真逆だよね。NATOを無視していればこうはならなかったというのが基本的な見解
(再)ウクライナ侵攻で和リベが終わる
「国内の左派を皆殺しにしたい」という願望以外何もない糞エントリー。国内から左派がいなくなれば好き放題弱者を攻撃できるからな
もういいんじゃねえの。どうにでもなればいいよ。改憲して20代全員徴兵しろ。日本人なんて戦争大好きなのが本質で、その痛みが忘れられたらどうなるか、繰り返す歴史が教えてくれる。俺は逃げる。
ロシアの反戦デモ参加者とウクライナで逃げ惑う市民と連帯します。両国政府はともに命の簒奪者。正義に狂って殺戮大好きな本性を丸出している日本人は頭を冷やせ。
サンモニ「ウクライナは一方的な被害者でもない」「コメディアンが大統領に選ばれる民主主義の末路」 : 痛いニュース(ノ∀`)
政治は結果責任というなら、西側諸国の出方を見誤ったゼレンスキーの失政の責任は大きいよ。でもロシアが先制したことで善悪二元論にハマって思考停止するから、当たり前の話が通じない。
死ねって言っちゃいけないのわかってるけど、ウクライナに侵攻始まったとき頼むからプーチン死んでよって思ってしまった
市街地にミサイルマジで打ち込むなんて。やってることも頭もおかしいよ
屁理屈並べてもあんたが軍事行動起こさなきゃ死人は出なかったんだ
早く死んでよ人殺し
こんな話をするとだいたい平和ボケした戦争大好き退廃民の方々は「そんな常識が通用しないからヤバいんじゃないか」と言うと思うのですが
まず戦争って相手の政治とか統率力を奪う事が目的で暴虐を働き困難や苦痛を与えることが目的じゃないんだよ
そのうえで戦闘行為になることもあるけどそれはあくまで上の目的を達成させるために交渉しにいける程度に安全な状況が必要だからだよ
できるだけよい条件をのんでもらおうという交渉に行っても攻撃されたりしないように安全を確保するための相手の攻撃力を削ぐ目的に戦闘行為をするんだよ
第二次世界大戦の最中に日本へマッカーサーが船で乗り付けて上陸してハンコおしてね、って来たらふつう狙撃されて戦闘行為で血みどろになるじゃん
それを安全に行うために武力行為で工場とか兵器とかを破壊して、そこにのってる人たちも犠牲になったって話なんだよ
そこでさ、中国が日本に攻めてくるとかこれを機にとかいうけど、中国の軍隊はなにを狙って発砲するの?
撃たなきゃ撃たないっていってる自衛隊が軍隊じゃないっていってるのに、何の脅威として自衛隊を排除すべき軍事力とみなして攻撃するの?
自衛隊の銃口が向いてる方向にいる人を保護目的で救助するため?日本の中の新中国派の人が威力でもって排除されようとかしてたりする?
国連が解体でもしないかぎり、日本に攻撃をしてくる理由がないよね
そこで言うと思うんだけどそういう常識が通じないからいきなり首都を制圧にくるかもとか島に上陸して占拠するんじゃないかとか
そうしたところで政治機能が生きている限り国際交渉で不利になるだけでしょ
ロシアみたいにまもるべき市民がいて安全のために自軍の経路の安全を確保して首都まで到達して「ロシアは正義でした」ってウクライナ政府が発表するまでに
国連とか周辺国とかが介入しないでおわらせるとなれば話は別だとおもうし、アメリカがロシアに経済制裁っていってもそのままとばっちりがEU圏に行くわけだし
実質罰を与える方法がそうあるわけでもないところをついての騒動で国土をロシアが好きに改造できるって法案が通らないと終わらなさそうではあるけど
日本の首都が太平洋側とはいえ海に面してる危険性はたしかにあるし機能を破壊するとしたらかなりの弱点だと思うけど
政治家全員生かして「実は属国でした今日から渡航は自由で関税もありません」とかでも言わせないといけないよね
そのために無意味に内陸の都市部を攻撃したりするはずがないよね 国際社会が機能していれば
仮に国際社会が機能していないってなったとしたら 逆に日本に攻め入る必要性がなくなるよね
独立国家として交渉パイプを複数もってる国家を属国にする意味がないなら 日本の美しい文化とか豊かな資源とか狙ってくるのかといえばそんなものありましたっけ
文化や資源はお金で買えるし実際もう買い占められて日本の製品はみんな中国におされて、十分に占領されたあととしての機能は果たしていそう
そのなぜかしら市街地が大混乱になるところに便乗して火事場泥棒をしたいだろうという気持ちがあるのだろうけど市民が戦争のうちの戦闘行為に参加するということは基本ないよ
そういう中でもなぜか突然正義かなにかに目覚めて相手の兵士も任務で仕事として危険排除のための戦闘行為をしに来てるだけの相手にいきりたって攻撃したりする人がいて問題になって戦争になったりするわけで
そのどこまでも他力本願で災害みたいな問題に巻き込まれて役立ちたいって気持ちは、それが起きる前の今の平和な日常で役立てていってほしいよ
それこそあり得ないほどに。
年収200万でも、農機具類の減価償却費が年間300万あったので、年収500万という扱い。
(追記:年収というのは事業収入の金額で青申特別控除後。うちは給与所得はゼロ。収入=年商はもう1桁上です。)
いや、減価償却費は長期借入金の返済財源にしていて、農機具の未償還額1000万以上あるんだけど。
(追記:
事業の借入は個人の借金に含めないで審査される。まぁそれはわかる。
減価償却費は既に支払済みで事実上出費を伴わない費用だからキャッシュフローを考えるときには収入に足す、これもわかる。
でも、事業の返済額考えないっておかしいでしょ。確かに年間の返済額は青申の書類じゃわからないけど。
なおプライベートの車は住宅ローン対策で中古車を現金で買ったので、完全に無借金扱い。)
いいのかこれって思ったよ。オレオレ証明書じゃねーか。
いちお言っとくけど、無理に住宅ローンを組んだわけない。
返済額を今住んでるところの家賃と同額にして、返済には困んない。
会社員の年収200万と個人事業主の年収200万は生活レベルが全然ちがう。
妻に給与払ってるので世帯年収はもっとあるし、なんといっても生活費の一部は経費負担できる。
家は事務所でもあるから家賃・光熱費・携帯代・ネット代も一部経費だし、ガソリン代もかなりが経費だし、
あとは米の収入が確実に入る11月にボーナス返済当てたくらいで、それでもやばい時のために当座貸越も組んである。
広域連合の機能が集まっている市なので、市内には総合病院も複数あるし、
消防もすぐ来るエリアだし、保育園も待機ゼロだし、ショッピングモールもあるし、映画館すらある。
車で10分まで離れれば坪4万切ってくるところも。ただし土地が広いので最低でも100坪からという感じ。
場所選べば3000万あれば家が立つようなところだ。
僕は田畑から少し離れるし高いけど、市街地に家を建てるのを選んだ。
子供が家を継ぐような時代ではないが、不動産は引き継がれてしまう。
こんだけ優遇されるんだから、いやほんと農家の住宅ローンは農協一択です。
追記:専従者給与払っても社会福祉関係は世帯年収で見られるので審査には影響せず対象にはなりません。
この程度の所得なので一括償却資産とか使えばまだまだ課税所得落とせるけど、
さすがに年金免除・住民税非課税の状態までいくと住宅ローンは組めないんじゃないかな。
トーゴーサンって言われたいた(つまり農家は一番脱税しやすい)のは、米を現金取引や現物取引で動かしていた時代の話で、
節税は合法だけど、脱税は絶対あかんよ。特に売上隠しは問答無用で悪質と判断されると思う、それこそ信用・カネ、いろいろなものを失う。
これまでの3つの例に比べて短めにしている。政治的な話題になるからだ。代わりに、閑話休題補完的な内容に文章を割いている。
政治というのは厄介なもので、敵と味方を二分する性質を持っている。はてな民ならお分かりだろう。ちょっと前だと、弱者男性の存在について大いに語り合っていたはずだ。本日(2021/12/20)時点だと、オタクコンテンツの表現規制だとか、M1に出ていた芸人が人の見た目を馬鹿にするネタを~みたいな話題で盛り上がっているようだ。
今から私が話すケースが好きな人はすごく好きだし、嫌いな人はすごく嫌いだろう。よって、短くまとめたい。
D乃さんは、労働組合で活発に動いているタイプの職員だった。もうすぐ定年で、K市に合併される前の海沿いの市町村で採用された。人権運動や同和教育に意欲的で、労働組合の行事や集まりには必ず顔を出していたらしい。
さて、そんな彼女がある年、泊まりがけの研修に行くことになった。公民館で講座をしたり、まちづくり活動の会合でコーディネーターをする人を養成するための、文部科学省が主催し、都道府県が運営を行うタイプの研修だった。
2日目に事件は起きた。D乃さんが県の職員と大喧嘩になったのだ。原因は、そう……『日本国旗』だった。国立の研修施設だったので、毎朝誰かがラジオ体操の時に国旗をスルスルと掲揚するのだが、それに選ばれた彼女は国旗の掲揚を拒んだ。
県の話によると、「太平洋戦争を引き起こし、部落問題を長年放置してきた人権侵害の象徴である日本政府、その国旗なんか掲げたくない」とのことだった。大騒ぎになったので、県内他市町の職員らにも知られることとなった。後日、県から正式にクレームの内容が書かれた文書が届くことになる。大恥をかかされたK市の幹部は、D乃さんに対して停職以上の厳しい処分を与えるべきという結論を下した。
さて、私は、「この類の人と面談する意味はないな」と思っていた。まさにそのとおりになった。
指導面談の場では、D乃さんは「私は悪くない」をオウムのように繰り返すばかりで、「これ以上続けるなら組合に訴え出て解決する」という。この年齢の人にありがちだが、思想的にガチガチに固まっていて、新しい価値観を受け入れることができない。
結論からいうと、D乃さんには一番軽い処分を下した。文書戒告。わかる人にはわかるだろうが、文書戒告は処分ではない。昔の人が考えた言葉のマジックであり、実質的にはただの注意だ。
この処分の一つ目の用い方は、とある職員個人やそのチームがきっちり真面目に仕事をこなしたけれども、それでも大きな失敗をしてしまい、責任の所在を示さねばならなくなった時だ。
二つ目は、この文書戒告を受けても、さらに悪行を積み重ねる救いのない者についてだ。この場合、処分内容がどんどん次のステージに上がっていく。やがては退職勧奨へと至り、それでも改善が見込まれなければ問題のある職員から不要である職員へとカテゴリが変化する。かくして、そういった人間専用の部署やポジションに異動することになる。
______________________________
(以下、脇道)
上の『二つ目』について、不要職員と判断された者について、①②③により一般的な例をひとつずつ示す。
①男性の場合は、事務から現業に職種を替えたうえで、公園、観光施設、し尿処理場や〇〇センターなどの施設管理(特に肉体労働)の部署に送る。其処では、K市きってのサイコパスが管理監督者を務めており、厳しいノルマが課される。かくして彼らは、精神的にも肉体的にも追い込まれていく。仕事をロクにしないサボりタイプの職員に多い配置パターンだ。
②女性の場合は、上下水道局のような男性が多い部署、それも自分以外すべて男性の部署に異動させる。そこでは、水道メーターの検針管理や上下水道用品の棚卸し、料金滞納者への督促や集金回りといった業務を担当する。そのうちストレス過多になり、職場に来ることができなくなって辞めていくパターンが多い。私がこの類の人事案件を担当することはなかったが、後輩へのいじめやハラスメントだとか、勤務中に大声で他人を罵倒するなどを繰り返した者に多いようである。
③男女問わず、その職員が家庭の役割を担っている(介護や家事や親の自営業など)場合、自宅からの通勤が難しい(片道2時間近くなど)僻地に異動あるいは出向させる。毎日定時に退庁できるが、だんだんと僻地の職場が嫌になり、数年以内には「異動させてほしい」と上司や人事に訴え出ることが多い。だが、人事課内部では、「更生が認められない限りは定年まで〇〇支所。決して再任用を受け入れないこと」などと引き継がれているため、希望が適う可能性はゼロだ。組織にとって終生不要だと判断したから、そういう処遇を与えている。
この3例すべてにおいて、当人が苦境から解き放たれる可能性は少ない。「改善された」と人事課に認められない限りは、ずっとそのままだ。個人的な感覚だと、こうした処遇を与えられた人間の約3割が自ら退職を選び、残りの5割はゾンビのような人間的活力に乏しい人間になる。
最後の2割は、苦境の中で自らと向き合い、努力の結果として更生を果たし、十分な実績を挙げることで――晴れて一般の部署に戻ることができている。
いま述べた行為を残酷だと思われたなら、想像してみるといい。仕事をせずにのんべんだらりとしている地方公務員に、あなたの財布からお金を渡している場面だ。あなたが払った住民税や所得税の一部が彼ら彼女らの給料になるのだ。
残念ながら、「私は最低限の仕事すらしたくない。首を切られることはないし、それが一番いい」などと心の内で考えている職員は多い。私の感覚だと、最低でも1割はそんなことを思って職場に来ている。
公務員がチート(若者言葉でズルくて強いという意味)と言われる由縁である。若手・中堅社会人向けのメディア(noteなど。後はビジネス誌のネット記事)を見ていると、『どうすれば成長できるのか』『圧倒的な価値を創造するために』『自己研鑽がなぜ大事か』といった記事が踊る中、公務員はそんなことを考えなくても経済社会を生きていける。
仕事が好きな人はとにかく働いているし、ほどほどにやりたい人は合格最低点より少し上の品質で仕事を切り上げる。家庭や個人の事情で働くことができない人間はそれに対応した長期休暇を取るし、そもそも働きたくない人間はこれ見よがしに無能アピールを行い、割り振られる仕事を減らそうとする。
上のどんな働き方を選んでも、犯罪などをしでかさない限りは首を切られることはない。まさに自由な働き方だ。給料は50代までは右肩上がりだし、有給休暇は電話一本ですぐに取れるし、年金制度は手厚いし、希望すればほぼ全員再雇用される。
(脇道ここまで)
______________________________
話を戻そう。私は経験上わかっている。D乃さんの年齢の職員が更生することがないのを。
定年も近かった。たとえ免職処分にできたところで市にとってのメリットは薄いし、このことを根に持った彼女が退職後にK市に嫌がらせをする可能性もある。
よって、D乃さんには普通に定年退職してもらった方がいいと考え、K市の幹部(繰り返すが、私の役職は部長級だが実質的な権限はない。プロパーの課長にも劣っている)に対して以下の提案をした。
「D乃さんの場合、組合内での役職や立場を考えると、厳しい処分をした後の余波が重いものと考えられます。よって、今回は文書戒告とすべきです。ご希望に沿えず申し訳ありません。その代わり、もし彼女が定年後の再任用を希望した場合、私が責任もって拒否します」
※最終的には再任用ではなく、公民館の職員になった。こっちの方がまずい気もするが……。
渋々の承認をもらった私は、「地方公務員って意外とヤバいな(※当時の日記そのまま)」と感じつつ、3階の窓から、人もまばらな夕方の駐車場を見下ろしていた。終業のチャイムが鳴ったばかりであり、何人かが駐車場をポツポツと歩いて自家用車に向かっている。
視線を移すと、市街地の住宅や商業ビルに混ざって、田んぼや畑や空き地が点々とあった。やがて、K市の役場のすぐ前にある雑木林に視線を移すと、遠くの方から、ぱたぱたと翼を羽ばたかせてメバルが飛んできた。
メバルは、たぶん小さい声でピピピ、と鳴いたのかもしれない――雑木林のクヌギかコナラの枝に止まった。周りをササッと見渡すと、ちょんちょんと枝の上を移動していく。春になると、桜の木の枝にも止まるのだが、これがまた絵になる。
「カメラを持っていればよかったなぁ」と思いながら、私はそいつをずっと見ていた。昔、実家にある柿の木の枝にトリモチを付けて、メバルを何匹も捕えたのを思い出した。適当に作ったトリモチでも、これがまたよくひっつくのだ。最大で7羽もひっついていた。やり方は祖父に教わったんだっけ。
夕焼け雲に視線を移すと、数年間に、祖父から「ひ孫の顔が見たい」と言われたのを思い出した。見せてやれなかったのは残念だったが、もうこの年で子どもは難しいだろう。精子も劣化している。なにより元気がない。風俗店を利用するのも年に数回あるかないかだ。
日本は異国というか異界みたいな扱いで、日本人はみんな細目で人力車乗ってるみたいな
今はそれが中国人に置き換わっているというか、
基本的に米国人は日本人と中国人と韓国人の区別がつかないというか、
顔とかぱっと見はよく分からんことはあるけど、
そういえば、久しぶりにロボコップ3観たんだけど、
あと、日本人のサラリーマンとか観光客はメガネ、カメラ、七三分けみたいな、
やっぱり、あの頃の日本人は、米国から雇用を奪う悪魔みたいな認識だったので、
今は新自由主義だの言ってる側に、日本人はエコノミックアニマルだの言われたり、
みたいなことされたりしてたみたいだし
時代は巡るのだねぇ…
車で買い物に行く途中、消防団の人達が消火栓点検をしている姿を見かけた。夫も消防団員なのだが、点検をしていたのは、夫の所属分団とは別の分団なのだそう。
「消火栓点検の日って、分団ごとに違うんだねえ」
と私が言うと、
「日にちが違うどころか、頻度も違うよ。ある分団は年に二回やるが、別の分団は二年に一度しかしなかったり。俺の分団は年一だな。どこに水源があるのかを皆で共有しとかなきゃだし」
と夫は言った。
「てことは、消火栓点検っていうのは、消火栓それ自体が問題なく使えるかどうかだけでなく、いざ火事が起きた時に消火栓の場所をすぐ見つけることが出来るように、訓練も兼ねてるってことか」
「そういうこと。つうか、そもそも消防団の仕事は消火活動っていうよりも水源の確保なんよ」
「それじゃ、消防団の初動が遅かったり、そもそも消防団が人手不足とかで集まらなければ、本職の消防士達の仕事にも遅れが出るってこと?」
「そうなるね。町の消防は消防で、給水車を何台か用意して、火事の規模によってはそれらを連結して放水に使うよ。でもそれは道幅が広い所に限られるわけ。市街地の狭い道路にはまず給水車は入れないし、消防署で持ってる消防車もデカイから入っていけない。だから、そういう現場では消防団の小回りの利く車で入って行って、そこの地理に明るい地元の団員が素早く水源を確保して、消火活動を出来るように準備するわけ。だから、実ははこんな小さな町以上に都市部の方が消防団の役割っていうのはでかいの」
「そりゃもう。ああいう所は消防車を待つよりも地元の消防団が駆けつけて消した方が速いからな」
「過疎化して消防団が機能しなくなると大変だね。いつだったか、某市で山火事があって数日燃え続けたことがあったけど、あそこら辺もかなり過疎ってる地域だよね。人手のなさが初期消火の遅れに繋がって、あんな大ごとになったってことかな」
「あそこの場合は消防団どころか消防署も人手が不足しているからな。一度火が出ちゃったらもう大変よ。なすすべがない」
などという会話をした。夫が消防団に入ってから十六年くらい経つが、消防団というのがどんな役割を果たしているのか、まとまった話として夫から聴けたのはこれが初めて。
初期消火の為の迅速な水源の確保。そんな重大な役割を消防団という地域のボランティア集団が担っているというのには驚いた。勿論、消防署の消防士も現場の地図を持っていて水源の場所は知っているわけだけど、地元の団員の方がいざって時に探し当てるのが速いとは。
ポーランドではブルマーを何と呼んでいたか。調査が難航したため、僕は気分転換のためハンガリーについて調べた。そこで、思いがけない事実を見つけた。どうやらハンガリーではブルマーでは少数派で、レオタードが中心であったらしい。しかも、学校によっては今でも使われている形跡があるのだ。以下、ハンガリーのレオタード事情について概説する。
Így tornázott a nagyi meg a dédi: az iskolai testnevelés története képekben - Dívány
ハンガリーでは、体育の授業は内務相や文化相を務めたKuno von Klebelsbergの時代に導入された。ウィキペディアによれば、彼は地方に小学校を作り、大学を近代化し、ハンガリーの文化を海外に紹介する機関を創設した。その一方で、彼はハンガリー至上主義者であり、かつてのハプスブルク帝国内の少数民族に対してその優位性を主張していた。また、トリアノン条約によるやブルジョア・共産主義革命などの原因として、ユダヤ人を非難していた。
さて、当時の体操着を見てみよう。男子の制服は、写真を見ると白いシャツに短パン、それからおそらく革の靴であった。女子は、次のページを見る限り1930年代では、膝の上まであるワンピースタイプの運動着であった。初期のレオタードである。
それ以降の写真を見ていると、女子は短パンになっていくように見える。
だが、次のサイトを見ると、30年間から40年前はレオタードが使用されていた、と書かれている。2018年の記事だから、1979年から1989年に該当する。
Ilyen volt a tornaóra régen! | nlc
男子はポーランドのようにノースリーブに短パンなのに対し、女子は靴下にナイロン製のレオタードだった。また、お尻にゴムの跡がついて苦痛だった、男子がうらやましかった、とも書いてある。
この下の記事によれば色は青か黒、赤はめったになかった。また、素材のせいか汗をかくとべたついて嫌だったそうだ。
Ebben tornáztunk 30 éve! | nlc
学校のものかどうかはわからないが、60年代のレオタードをこちらで見つけることができた。
Május elseje régen – IV. | elekfoto
Tornaóra – 1976. – Szegvár Online
ところで、次のページを見ていただきたい。
szeged.hu - Lányok, asszonyok a Tisza-parton és konflisban
こちらでは、レオタード姿の女子が外でジョギングしている写真がある。1981年のことである。レオタードが室内着だと思っていた自分は面食らった。よく、ブルマーで校外を走らされるマラソン大会が苦痛だった、という女性の声をしばしば聞く。ましてや、より体型の出るレオタードというのは、率直なところ驚いてしまった。
Jobb nő - lesz - Faluság(短パンの写真もあるが、おそらく例外的なものだろう)
身体を伸ばすバレエならともかく、高校の体育で伸縮性のあるレオタードは不要ではないか。しかも、それで市街地を走らなければならないとは。ブログの主はそう口にしつつ、じろじろ見られることを苦痛の理由として挙げている。まったく、その通りだ。どうしてこんなことがまかり通っていたのかという疑問が浮かぶが、ブルマーが30年も通用していた国の人間が言えた義理ではない。繰り返すが、露出度の多い衣装の強制には反対する。
しかし、だ。現在グーグルで「iskola testnevelés」(学校 体育)と検索すると、レオタード姿の女子が少しだけヒットするのである(2010年代前半の記事が多い)。これが私立なのか公立なのかはわからない。おそらく例外だとは思う。上記のレオタードとは色も違う。ほとんどが日本と同じようなシャツに短パンだ。だが、ハンガリーのジェンダー意識は、日本よりも保守的である可能性がある。
気が向いたら、他の国の事情について調べる。
また、映画の中でブルマやレオタードがどう表現されてきたか、についても調べたい。しかし、先日「フランス映画 ブルマー」と検索したら、なぜかフランス書院のページしか引っかからず、ずっこけた。
また、それとは別に、20世紀の体育の授業を見ると、まるで軍事教練のように男子が上半身裸の例が多い。このあたりの規範についても時間があればまとめたい。
それと、ウィキぺディアの制服のページを見ると、日本統治下の台湾で、提灯ブルマーかモンペが採用されているのが見えた。もしこれが提灯ブルマーならば、なぜ台湾や韓国ではショーツ型ブルマーにならなかったのか。最初から短パンだったのならともかく、疑問である。
服飾史、まったく沼が深くて驚いている。
本庄署では、前夜(三日夜)から保護していた朝鮮人が四十三名いたが、電話で、デマにおびえた人達から出動要請があって、警官は出はらっていた。
私が、警察に残って外からの電話に出ている時、警察がからっぽであることを見ていった奴がいたのだ。
(略)
本庄署へ引きかえしてきた三台のトラックは、朝鮮人を満載していた。私もそのトラックに乗っていたが、集まってきた群衆のなかに青木紋九郎という
ギュウタロウ(注:遊郭で客引き等を行う男子従業員)がいた。その紋九郎が、「あいつは、朝鮮人の偽巡査だ。あいつからやっちまえ」と煽動した。
それがあいずとなって、一斉に群衆が襲いかかり、あの惨劇がはじまったのだ。
(略)
惨殺の模様は、とうてい口では言いあらわせない。日本人の残虐さを思い知らされたような気がした。
何百人という群衆が暴れまわっているのを、一人や二人の巡査では、とうてい手出しも出来なかった。こういうのを見せられるならいっそ死にたいと考えたほどだ。
子供も沢山居たが、子供達は並べられて、親の見ているまえで首をはねられ、そのあと親達をはりつけにしていた。生きている朝鮮人の腕をのこぎりでひいている奴もいた。
それも、途中までやっちやあ、今度は他の朝鮮人をやるという状態で、その残酷さは見るに耐えなかった。
後でおばあさんと娘がきて、「自分の息子は東京でこのやつらのために殺された」といって、死体の目玉を出刃包刀でくりぬいているのも見た。
おとなしく送られてきた朝鮮人に民衆が集団で襲いかかり、牙をむけたところに熊谷の虐殺の特徴がある。
(略)
中心部入り口における殺戮に加わった民衆は、その昂奮をそのまま市街地へ持ち込んだ。彼らは血がついた刀、竹槍、棍棒を持って逃げた朝鮮人を探し、みつけ出しては殺す。
そこに自警のかけらは少しもない。狂気に支配されたとはいえ、血に飢えた者が獲物を捜し求め、狩りを楽しみ、みつけたら殺戮を楽しむ、というのが実相である。
殺戮は逃げた朝鮮人に向けられるだけではすまなくなった。逃げた者を探して殺すだけでは満足できなくなった殺戮者たちは、おとなしく数珠繋ぎで連行されている、
手を縛られたまま逃げる者、それを追いかける男。おとなしく縛られたままでいる朝鮮人、それを引っ立てて刀の試し斬りにする男。
自分で殺したくて、「こっちへまわせ」と息巻いている男。熊谷の町の中心部は、薄暮そして暗闇の中で殺戮のし放題であった。
「時刻や季節での発電量変化が大きい変動性再エネ系統の蓄電技術として、水素を使おう」というのは、まあわからんでもないんだよね。
でもその場合、そのグリーン水素の製造・貯蔵装置は、その再エネ設備と系統連系で繋がってるどこかの場所に設置して、その場所で電気を水素にして貯蔵したり、夜間に水素から電気に戻して販売したりするわけでしょ。つまり、作ったグリーン水素をタンク車とか高圧ボンベに詰め替えて、どっかに持ってって、そこで利用したりはしない。
で、もしそういう「発電設備の変動を補完する蓄電設備」として「電気分解による水素貯蔵+燃料電池による発電」という用途が主流になったとして、それって果たして「水素社会」って言えるのかね〜? とも思うわけです。そのとき水素は、単にバッテリやダムと同じスタンドアロンの蓄電ソリューションとしての役割を果たしてるだけで、エネルギーキャリアとしては使ってないわけだから。
仮に再エネの蓄電技術の主流が(テスラが北海道に導入したような)価格性能比の高いLFP蓄電池になったとして、人はそれを「蓄電池社会」とは言わないわけでしょ。あるいは電力取引市場の活発化で、日本中の揚水ダムが夜間の再エネ電力のプールとして機能するようになったとして、われわれがそれを「揚水ダム社会」と呼ぶこともない。
同じように、電気で水素を作ったり、水素で電気を作ったりする蓄電システムが社会の一部にインストールされるだけでは、我々はそれを「水素社会」とは言わないと思うんだよね。やっぱり「水素社会」という構想の根底にあるのは、水素が(もしくは水素から派生的に作られたアンモニアや、メタネーションで生成されたメタンが)、今のLNGや石油のように、社会の隅々までエネルギーキャリアとして物理的に流通するというイメージなわけで、この部分---特にFCVや水素エンジンによるモビリティ---が未完のままなら、どんだけ水素蓄電技術が普及しても「ついに水素社会が到来した!」と思う人はほとんどいないんじゃないかな。
あと思ったんだけど、燃料電池で電力を取り出すやり方だと、電気と一緒にかなりの熱が発生するから(燃料電池の発電効率は50%程度、熱も一緒に利用してトータルで80%)、その廃熱をコジェネ的に利用できる場所でないとエネルギーロスが大きいよね。たとえば太陽光発電所の隣に併設してそこで水素化・電気化やったりしても、廃熱はすべて自然界に捨てることになるわけで。そうすると、廃熱を効率的に利用できるような特殊な場所(市街地での施設空調とか、熱反応を使う工場の製造ラインとか)しか、効率的にエネルギーを使えるロケーションがないような気がするなあ。