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はてなキーワード: 善悪二元論とは

2019-09-25

国連で泣き叫んだ少女問題リベラルの暗黒面の体現だ。

例の国連で泣き叫んだ白人リベラル欧州少女だけど、リベラルの悪い所を全て煮出したような感じだった。


感情的ですぐ怒る

子供とか少女とかそういうアイコン偶像化して政治に利用する

・全く科学的ではない

金持ち立場から経済発展否定する

・複雑な問題単純化して善悪二元論に落とし込む

多様性を認めない

ヨットで来るとか無意味パフォーマンスが大好き

しかも帰りは飛行機


なんでこんなでたらめな少女国連スピーチをさせたのか?

理由国連がそういうダメリベラルに牛耳られており、まともに相手されないレベルまで権威が落ちつつあるからだよね。

彼女スピーチの内容は、はっきり言って、40代キモくて金のないおっさんが言ったら100%無視されるレベルの内容。

全く内容もない、新しくもない。ただキレ散らかしてるだけ。Twitter放射脳でもいえるレベルの内容だ。

挙句彼女支援者彼女自身もかなり富裕層だ。

富裕層でありながら、経済発展否定している。富裕層ならば経済発展否定して経済が衰退しても耐えられる。

だが、発展途上国はどうだろう? 同じ国の貧困層は?

腹いっぱいに自分たちだけなって、もういらないというのは卑怯だ。

しか彼女スピーチには複雑な世界情勢を全く理解しようという素養がない。

敵か味方か、白か黒かしかない。多様性否定してる。

彼女飛行機を使わないで大西洋ヨット横断してきたらしい。

どう考えても金持ちだ。金持ち道楽だ。

計算した温暖化ガス排出量をこのパフォーマンスにかかった分、計算したら普通に来るよりも多いというお粗末。

しかも帰りは飛行機

まったくもってばかげている。


彼女自体には嫌悪感がない。

問題彼女を利用する大人たちだ。

完全に馬鹿げている。

2019-09-22

anond:20190922151225

というか日本人は大抵の人が特定宗教も信じていない割に善悪二元論を信じているからややこしいんだよ。

善悪なんて宗教レベル次元に閉じ込めておくべき代物でしかない。

罪に対する罰みたいなものも実社会ではハンムラビ法の昔から法律けが独占し私的判断をしていいものではなくなっている。

個人他人の罪を罰することそれ自体が突き詰めれば私刑であり犯罪に行き着く行為だろ。

契約を守らなければ民事で、他人自由を明らかに侵害する犯罪を犯せば刑事でそれぞれ裁かれる。

それだけで十分。

2019-05-23

[]

久々にこっちで雑感。

ツイッターとかの明示されたアカウントで語るには取り扱いに困る、そんな話をしたかったのが理由。「お前は敵がつくりてぇの?」って聞かれたら、作りたくもないし、作る意義もないからね。とはいえ、やっぱり語りたくなる。今回の『青のフラッグ』の44話には、そういったパワーがある。

各々に考えがあり、理由がある。そこに普遍的な是非を求めることの危うさ。

いやあ、ほんと。本作は漫画という媒体で、どこまで多元的な考え、人格描写するつもりなんだっていう。面白いかっていわれると、愉快ではないんだけれども。安楽椅子状態での会話がメインって絵的には面白みが薄い。どうしてもセリフばっかりになるし、読者側にエネルギーを要する。しかも本作はスッキリしない。わかりやすく間違っている人間に対して、正しいことを言って溜飲を下げるだとか、そういった明瞭な快活さを与えてくれないのでストレスたまる。それでも評価せざるを得ない話ってこと。

本作は各々が自分なりの考えを持っていて、そこに明確な是非を要求すべきじゃないってのを逐一訴える。今回の女子高生二人の言い分も間違ってはないんだよね。むしろ現代社会の通念上は、正しい寄りの考えと言ってもいい。じゃああの丸刈り君は偏狭性差別者で、“普通じゃない、間違っている人間”なのかっていうと「ちょっと待った」ってなるわけ。私も同性に痴漢されたことはあるからからなくもない。そういった経験から来る嫌悪感普遍的な通念では拭い去れない。読者の中には今回の話を読んでなお、あの丸刈り君をただのクソ野朗で終わらせる人もいるだろうけれども、作中ではそれこそ狭量ではないかと指摘しているようだった。

安易善悪二元論の懐疑。ああいった問題で、正しいだとか間違っているだとかの線引きで考えたり、分かりやす悪者を作り出すことの危うさを作者は知っているんだと思う。作劇として見た場合言語化しすぎてて読み味も良くないんだけれども、本作はそういうのを妥協したくないんだろうなあ。『鈴木先生』を思い出す。大衆が受け入れがたい、スッと入ってこないであろう考え方を大げさに、だけど真っ向から長々と語る。

「何が嫌いかより、何が好きかで自分を語れよ」は名言でも正論でもない。

「好きって感情はいいけど、嫌いって感情ダメ」みたいなセリフが劇中に出てきて、私は「うげえ、また“ツギハギ論”かよ」って思った。「何が嫌いかより、何が好きかで自分を語れよ」。『ツギハギ漂流作家』という漫画打ち切り間際に描いたあのセリフ。あの漫画顛末を踏まえた場合逆ギレじみた言い分に近い。けれども、なんだかセリフだけ一人歩きしてしまって名言になった。なってしまった。だから私は“ツギハギ論”って呼んでいる。実際このセリフ安易引用する人間の主張にはツギハギ感があるので、その点でも“ツギハギ論”って呼び方は適格だと個人的に思ってる。

で、ちょっとウンザリしたところで、「好きって感情は良い感情、嫌いって感情は悪い感情って考えは雑すぎる」といった指摘が入る。ああ、そこも言語化ちゃうだっていう。もう完全に私はこの作品に踊らされている。「何が嫌いかより、何が好きかで自分を語れよ」の歪さを分かってる。あのセリフが憚って10年以上も経っているのに、まだあれを正論だと思っている人がたくさんいる。あれが大した理屈じゃないことは、好き嫌いについて向き合っているのなら自ずと分かるはず。けれども、好きなもの他人に嫌いだって言って欲しくないという自己保身のために、あのセリフを都合よく使う人は後を絶たない。

好きという感情肯定する以上、嫌いという感情肯定しなきゃ辻褄が合わない。まあ、肯定否定個人感情によるところも大きいので、各々がどういうスタンスをとるかまでは是非を問えないけれども。そのせいで、意見の不一致による衝突は出てくるし、それを避けたいのも人間本能だしね。だからだって、こういう話は後腐れのないところで書く。とはいえ感想書きは、結局この“好き嫌い”を様々な言葉で紡ぐ表現手法の一つなわけで。好き嫌いのものを、片方だけ是としたり、有耶無耶にしたりすると評論としてはむしろ信頼できない。

とはいえ、これを完全に理解するには面倒くさすぎる。

そんなわけで評価はしているけれども、本作はかったるい。言語化しすぎというか、野暮ったいセリフ選びも多い。セリフの少ない場面とかはすごくエモいだけに尚更そう感じる。エンタメという枠組みで見たとき、あれは愉快な描き方ではないし、上手い描き方でもない。「悪役が何かエグいことをやっている」だとか、そういう“エンタメ的には良い不愉快さ”みたいな意味ですらなく。飲み物なしでビスケット食っているみたいな感覚

例えば、同サイトで読めるのだと、『さよならミニスカート』は分かりやすい。あれは良くも悪くも複雑じゃない。いや、人によってはあれでも余剰過ぎるくらい複雑かもしれないけれども、訴えていること自体はすごくシンプルなんだよ、あれは。基礎的なジェンダー規範を取り扱って、それをテーマにしている作品。様々なマンガで、以前から脈々と語られてきたジェンダー論をメインに、現代の人たちに刺さるようドラマティックにリブートしている。だから陳腐とまではいわないけれども、やや表層的ではあると思う。ああいったテーマを多側面的に考えたことのない、一般大衆向け。それ故に刺さりやすいし、読み味も良い。『青のフラッグ』もウケてはいるけれども、作者が想定しているであろう理解力の読者はそこまで多くないと思う。

その点で『さよならミニスカート』は多くの読者に色んな意味で優しい。まあ、テーマ的に何かすごいことをやってる~みたいに持てはやしだしたら危ないと思うけれども。『サウスパーク』とかで登場する、ソーシャルアジェンダに踊らされた大人たちみたいになってしまう。「私たちはそういうのに理解があるよ」といったスタンスゴリ押すことに一切疑問を持たない、実際のところ無理解人間。「社会正義から」、「一般の善良な考えだから」といった、誰かがあらかじめ作っておいた前提で理屈を紡ぎ出す。だから一見すると尤もらしいんだけれども、ちょっと小突かれただけで論理破綻してしまう。

とはいえ、そういった指摘をフィクション世界でわざわざ言語化しても、ほとんどの人はそこまで様々な視点から物事を考えないので伝わりにくい。一般社会の善良そうな考えで生きれば支障はまずないから、考える必要がない。むしろ考えすぎて自我袋小路に入ってしまうこともあるからちょっと無思慮なくらいが丁度良いまである。色々考えていたとしても、個々人の規範一般社会規範をすり合わせる他ないから。『青のフラッグ』のセリフからとるなら「お前は敵がつくりてぇの?」となる。私は御免こうむるし、多くの人も「そんなつもりはない」と言うはず。自覚しているか、実際の行動と矛盾しているってパターンは多いけれども。敵味方っていう構図の作り方が、そもそも履き違えているのを大体の人は分かっている。前提を共有をしていなければ主張の押し付け合いにしかならないし、かといって論理ゲーム本質から遠ざかっている。

そんな感じで、私の中でもまとまっていないので、ここで雑感は終了。ここまで語っておいてなんだけど、こういう特定作品を基に社会論をアレコレ語るのは、どこぞのサブカルくそ野朗みたいで我ながらアレだと思ってる。自分ツイッターじゃあ、絶対こんなこと呟けない。あれこれ考えてしまうから吐き出して解消したいだけで、漫画もっと気楽に楽しみたい派。ぶっちゃけ私は『むとうさとう』レベルの軽いノリでジェンダー取り扱ってる漫画の方が好きだ。

2019-03-01

anond:20190301152130

ショーペンハウアー

世界には喜びより苦しみの方が多い。数千人の幸福と喜びは、一人の人間苦痛を補う事はできない。そして全体的に考えると生命は生まれない方がより良いだろう。


ネタ

ネターは人口爆発問題について言及している。ベネターは地球上の理想人口ゼロであるとしている。


カブレラ

Julio Cabrera は出産人間危険で痛みに満ちた場所に送り込む行為だと述べている。生まれた瞬間から死に至るプロセスが開始される。Cabreraは出産において我々は生まれてくる子供同意を得ておらず、子供は痛みと死を避けるために生まれてくる事を望んでいないかも知れないと主張している


アケルマ

カリム・アケルマは、人生の中で起きうる最良のことは最悪なこと―激痛、怪我病気、死による苦しみ―を相殺せず、出生を控えるべきであると主張している。



ザッフェ

我々は満足させる事ができない欲望精神的な要求を持っている。人類がまだ存続しているのはこの現実の前に思考停止しているからに他ならない。 Zapffeによると人間はこの自己欺瞞をやめ、その帰結として出産を止めることによって存続を終わらせる必要がある


てめえが名前を挙げた学者の中に出産肯定してるやつはいないんだが?




四諦

ハリ・シン・ガウルによるブッダ解釈

Hari Singh Gourは彼の本The Spirit of Buddhismの中で、とりわけ四諦とパーリ律の始まり考慮し、以下のようにブッダの教えを解釈している。

ブッダ曰く、人生が苦しみである事は忘れられがちである。人が子供を作る。従ってそれが老いと死の原因である。彼らが苦しみの原因がその行いにあると気付いたならば、彼らは子供を作るのを止めるだろう。そうして老いと死のプロセスを止めるべし。

四諦のものは反出生主義とは関係ない上に、この解釈すら、出生否定してる。


マニ教

マニは悪から逃れることを説き、そのためには人間繁殖までをも否定した



キリスト教 マルキオン派

wikiのマルキオンに反出生主とあるだけで、実態に関するちゃんとした情報がわからなかった、あるんなら出してくれや

キリスト教 禁欲

これを反出生主義と結びつけて考えるような記述はどこにも見当たらなかった、が、

そもそも禁欲って、基本性交とかそこらへんに関するものであって、出生は関係ないだろ

ボゴミル派

マニ教的な善悪二元論を説く。人間の魂は、悪しき肉体に拘束されている、この世の物質的なものは全て悪魔(サタナ、ギリシア語サタンの意)の手で作られたものである、救いのためには全ての物質的なもの否定せねばならない。


カタリ派

おめでとう、これが唯一の反証だよ、つってもこれも、死ぬ間際に(生殖含む)禁欲すれば、天国行けるっていう

まれてくる子供の苦しみとかも関係ない、俺からしたら反出生主義って言っていいのかかなり怪しい代物だけどな


まあ、つまり現在生きてる学者でてめえの言うような

出産を控えるべきなのか?

出産を完全にやめるべきなのか?

問題となるのは出産かそれとも性交か?

みたいなこと言ってるやつは居ねえんだよ

つか、おまえ書き方からして、内容が少々違うってだけで、多様な解釈があるって捉えてんだろ。

恣意的解釈してんのはどっちだよ



まあ、カタリ派の例だけ持ってきて、ほら!条件付きで子供産める反出生主義者もいるじゃん!って言ってもいいけどな、まあ、そう言うなら、俺の負けでいいよ、俺はカタリ派が反出生主義だとは思わんし

もうカタリ派滅んでるけどな

2018-10-05

anond:20181004235807

馬鹿指導者を生んでるのはお前らなんだよなぁ

権利権利って、周りが見えてないんだよ

善悪二元論しかものを語れないやつらばかりだからこうなる

こういうのは徐々にやっていくべきなの

急進的にやれば反発は大きくなる

それでこっちが巻き込まれ

2018-07-03

anond:20180703131444

YESかNO

右か左の二択の善悪二元論の亜種に落とし込ン出る時点でお前が無色透明思想ではないのがわかる

2018-06-11

anond:20180611005006

3Dグラフで表すべき政治多様性2次元の線と左右で分けているだけだ

完全に善悪二元論誘導されてるな

真ん中が自分の都合のいい考えになるように左右の振れ幅を決めればいい

2018-04-01

陽キャ=善、陰キャ=悪ではない

重要な事は陰陽二元論が、この世のものを、善一元化のために善と悪に分ける善悪二元論とは異なると言う事である。陽キャは善ではなく、陰キャは悪ではない。陽キャは陰キャが、陰キャは陽キャがあってはじめて一つの要素となりえる。あくま森羅万象構成する要素に過ぎない。

wikipedia より

2018-02-10

中立って価値観他国にもあるのか

いろんなベクトル四次元的に存在してる前提だと中立的な真ん中の位置はないよね

中立とか公平とかの概念自体善悪二元論のごとくそもそも偏っている

2018-01-19

放っておいてくれ

放っておいてくれ、と最近よく思う。

細かく言うなら、よく知りもしないし、知る気もないことに口を出すぐらいなら、いくら怒ろうと悲しもうと、放っておいてくれ。

私は宮城県南部に住んでいた。内陸部だ。仙台に行くより福島に行く方が近かった。

当然、原発事故無関係はいられなかった。

原発事故における福島県内部と県外の被害のあり方はすこし違うように思える。

福島県内部は県内原発を抱えていたから、影響は当然大きく、放射性物質は「あるもの」として対策を打つところから始まった。

県外は違う。まず影響があるかないか政治が決める。見て見ぬ振りをするか、対策をするかだ。私の住んでいた地域農村部だった。放射性物質なんて、農作物商品価値にとっては致命的だ。

地域の人は、みんななかったことにしたがった。

みんな、と書いた。

それは違う。価値観が違う。

しか農作物のために、騒ぎ立てたくない人が圧倒的多数だった。

しかし、安全性をウリにしていた農家や、小さい子供を抱える母親は違った。

原発事故による最も大きい影響は、人間関係に及ぼされた。

家庭内で、職場で、自治会で、農協で、学校で、放射能に対するスタンスの違いは、深刻な対立を生んだ。

事故当初の線量は、小学校の砂の校庭で地上1.5mで約0.8μsv/hくらいだったと記憶している。これは5月頃のことだからヨウ素よりもセシウムの影響のほうが大きかったはずだ。畑や競技場はもう少し高かった。

ちなみに、現在除染基準は0.23μsv/hである

でも当時は、除染基準もっと高く、そして政府ただちに影響はないとしか言わなかった。

みんな葛藤があったと思う。

生計を立てるべく売りたい農作物保証されない安全内部被曝外部被曝の複合的な影響は?この山菜は食べていいのか?自分たちの今までの生活はどこへ行ったのか?この川魚を孫に食わせていいのか?

それでも地域住民の大多数は「風評被害」を生まないために沈黙を守るべきだとした。

見えないし匂いもないものをみんな気にしなくなった。

知ろうともしない人は、当事者意識すら持たなかった。

でもそうではない人もいた。

近所の人に、本当の理由を告げられぬまま、私たち引っ越した。自主避難だった。

あれからもうすぐ6年が経つ。

勘違いがないように言っておくが、もうおおよその農作物安全だ。

放射性物質ほとんど検出されていない(きのこ山菜はまだ基準値以上のものが出たりする。まれに)。

あのとき近所に住んでいた人たちがガンになったとか、そんな話も、幸い耳には届いていない。

けれど、あの時の私たち判断を、誰が責められるというのだろう。

WHO基準より遥かに高い、政府提示した当時の基準値

内部被曝のことまで考慮されない言説。

進まない除染、広がらない検査

6年。

その間にいろいろな言説を目にした。

ただ今、どうしても気になるのは、こういう地元葛藤を一切意に介さず、遠くの安全から声高にそして意気揚々と、口汚く意見してくる声だ。

放射脳風評被害が広まる?

ふざけるな。ふざけるなよ。

科学見地蔑ろにし、被曝を気にしすぎる人はたしかにいる。

それでもあの当時、何も信頼できるものがないあの状況で、我々がした判断は間違っていたか

結果論じゃないのか?

線量の落ち着いてきた今ならまだわかる。

けれど事故当時にすら、放射脳と、呼んではばからない奴はいた。そこらじゅうに。

あなた方は、私たち当事者の、その中の多数派意見に味方し、少数派を徹底的に叩きのめす。

それで正義のつもりになってるんだ。

あなた方は、私たち当事者が抱えざるを得なかった葛藤を知らないし、知ろうともしない。

下手をすると、放射線の影響や、過去の事例、現場がどれくらいの線量なのか、それすら知らずに、声が大きい当事者たちの味方をして気持ちよくなっている。

それなら何も言わないでいてくれ。

頼むから

地域共同体としての我々は、意見対立からズタズタに引き裂かれてしまった。

もしあなたたちがここに来て、本腰を据え、じっくりこの問題に取り組み、当事者の1人になってくれるなら、いくらでも意見を聞こう。

でも、そうじゃなかった。

非難の声はだいたい的外れだった。放射脳と叫ぶ声だけでなく、危険危険だと叫ぶ声もそうだった。何も知らないんだろうな、と思った。

これは一例だ。

絶対に許さない一例。

そしてその無責任乱暴な声は、落ち着くどころかどんどん声高になっているようにすら思う。

沖縄基地問題原発の再稼働問題、そして福島第一原発事故

辺境」に押し付けなければならない問題を扱うとき安全からモノを言うのはやめてくれ。

沖縄基地問題、反対派の抗議活動に、「県外の人間仕業地元民はみんな賛成しているのに、邪魔」とか、賛成派のインタビューに、「政権側の印象操作。反対派が大多数だ」とか、見ていてものすごく苦しくなる。

どちらもいるに決まってる。

そしてどちらが多数派からと言って、少数派を徹底的に叩いて排撃していい理由にはならないのだ。

部外者にはわからない、わかるはずのない葛藤がそこにはある。

再稼働問題もそうだ。「どうして対岸の都市が口出しをするんだ」とか、「援助金をもらっているか文句は言えない」とかもうやめてくれよ。

援助金が第一ではない人間もいる。

そもそも援助金がもらえる自治体けがリスクを負えばいいかもしれないが現実そうじゃなかった。

放射性物質自治体境界を越え風に乗り山に飛びそして海にも拡散されてゆくと、知らないのだろうか。

知らないだろうな。

だってあなたは、当事者意識を持っていないんだから

口出しするなら、せめて当事者意識を持ってくれ。

我々の葛藤を意にかけてくれ。

少数派だからといって口汚く罵るのはもうやめてくれ。

多数派応援をすることは絶対正義ではないとわかってくれ。

この世界水戸黄門ではない。善悪二元論は成立していないのだ。

残念ながら。

2017-09-05

ポリコレってむしろ表現多様性を促進するんじゃね?

いや、最近思ったんだけどさ

オタクアニメとかあの手のティーン向け創作物って

大概、善悪二元論で、主役は美男美女

萌え萌え女の子に、脇を固める面白ブサイクキャラブサイクですらないかもしれん)

LGBTマイノリティはきっしょい悪役幹部かチョイ役って構成じゃん?

 

ポリコレはこの手のロールモデル女の子女の子らしく、みたいなのね)

を激しく嫌うわけ

しかしたら不細工女の子萌えアニメの主役になるかもしれんし

しかしたらキリト君みたいなテンプレ主人公が悪役に回るかもしれん

 

キャラ属性多様性に富むのなら、当然話の流れも

今までのものと一線を画すだろう

ゲイの主役がアイデンティティに悩んだり

女の警察官が、性差別的な職場でうまく立ち回って最後カタルシス得る、みたいなさ

  

そういう点では、逆説的にポリコレ

現状の固定化した創作物のお決まり人種性別性的嗜好で割り当てられた

ロールモデルを崩すかもしれんのよ

そうなるとオタクの好きな「表現の自由」を達成できるのは

しろこっちの方じゃねえの? って話だわ

2017-07-22

https://anond.hatelabo.jp/20170722105334

スタバアップル時代の変化で以前より意識低くはなっちゃってる。

から意識高い意識低いと善悪二元論みたいに語るのはナンセンス

好きなものを好きに楽しめよの世界

ものではなく自分存在が見られることを過剰に意識しすぎないようにすると没頭できるよ。

お前意識高いなー低いなーって言うのもコミュニケーションとして一興。

高いものが低くなったり低いものが高くなったりして右往左往するのも楽しい

好きなものがよくわからない状態で流されて好きって言ったり詳しくなったりしてることは微妙。でもしょうがない。

好きは変わるし。



追記。

ものを楽しむより自分が見られることを意識してるのが、暇だけどスタバMacBook(席占領)なんだよな。

それはそれで楽しそうだとは思う。

2017-03-05

ネットオタク意識高い系諸君。私が高山直人である

文筆業。高山直人(たかやまなおと)。32歳。2009年から2012年ネット右翼として活動2014年にいまどきプロ左翼になり、現在に至るも、左翼ジャーナリスト



オタク意識高い系諸君!私が高山直人である

諸君。この社会は最悪だ!富裕層叩きだとか何とか叩きだとか、私はそんなことには一切興味がない!あれこれ叩いて問題解決するような、もはやそんな甘っちょろい段階にはない!

こんな社会はもう見捨てるしかないんだ!こんな社会はもう滅ぼせ!私には、建設的な提案なんか一つもない!!今はただ、スクラップ・アンド・スクラップ、全てをぶち壊すことだ!

諸君。私は諸君軽蔑している。このくだらない社会を、そのシステムを、支えてきたのは諸君に他ならないからだ。正確に言えば、諸君の中の多数派は私の敵だ!私は、諸君の中の少数派に呼びかけている。少数派の諸君。今こそ団結し、立ち上がらなければならない。

奴ら多数派はやりたい放題だ!我々少数派が、いよいよもって生きにくい世の中が作られようとしている!

少数派の諸君正義で何かが変わると思ったら大間違いだ!しょせん正義なんか、老人の戯言にすぎない!我々少数派にとって、正義ほどばかばかしいものはない!このシステムで決めれば、正義側が勝つに決まってるじゃないか

じゃあ、どうして活動してるのか。

その話は、長くなるから

https://meitetsunosya.jimdo.com

https://meitetsunosya.jimdo.com/応援したい/と

https://meitetsunosya.jimdo.com/書籍配信/

を見てくれ。

書籍複数あるから、どちらもチェックし忘れないように。

私は、この社会の、善悪二元論にもう我慢ならない。少数派の諸君多数派を説得することなどできない!

奴ら多数派は、我々少数派の声に耳を傾けることはない!奴ら多数派支配する、こんなくだらない社会は、もはや滅ぼす以外にない!

てこ入れなんかいくらやったって無駄だっ!!いま進められているさまざまの改てこ入れは、どうせ全部すべて、奴ら多数派のための改革じゃないか!我々少数派は、そんなものに期待しないし、もちろん協力もしない!

我々少数派はもうこんな社会に何も望まない。我々少数派に残された選択肢はただ一つ。こんな社会はもう滅ぼすことだ!ぶっちゃけて言えば、もはやカウンター活動しかなーいっ!!!

少数派の諸君!!!これを機会に、正義暴走社会解体を、ともに進めていこうではないか

ホームページに連絡先が書いてあるから物見遊山でも、本当の意味での協力でもかまわない、私に1つの連絡を入れてくれ。もちろん電子書籍コンテンツ購入目的の者や、そっち方面支援でもかまわない。我々少数派には、良識なんかもともと全然関係ないんだから

暴走する正義社会に加担するな!

怒れる者での革命を!

右向けと言われたら左を向け!

それが成功のための鉄則なのだ!!!

2015-06-22

最も成功しているレッテル貼り

レッテル貼りと言えばやはり左翼十八番だろう

そんなレッテルの中で最も関心するのは左翼が散々連呼する平和主義

自らを平和の使者とし、対する右翼戦争賛美者に仕立て上げる

このわかりやす善悪二元論のような構図が、左翼平和主義に染まった日本人を引き込んで行く最初きっかけだろう

このレッテルは最もポピュラー成功しているし、そしてとても邪悪だと思う

なぜなら平和などと言う抽象的なものは、誰もが想い考えることだ

その平和への過程としての手段右翼的である左翼的であるかに過ぎない

右翼の究極の悪は確かに戦争かもしれない

しか右翼象徴戦争とするならば、左翼粛清を掲げるのが本来妥当ではないかと常々思う

お国平和の為に死ねか、我々の平和の為に死ねの差でしかない

事実、そんな言動がネット界隈には溢れている

もちろんそれは、両極端な右翼左翼の言説ではあるけれども

軽々しく思想平和戦争と言った印象深い言葉を関連付けて語る者がいれば、私は訝し気にその者を見ざるを得ない

2014-05-29

FE覚醒のここが気に入らない

キャラ絵に惹かれてずっと気になってたFE覚醒を今更ダウンロード購入したんだけど、なんだかこう、胸の辺りがもぞもぞする感覚が止まないので増田に吐き出し。ネタバレなので未プレイの方は要注意。

まず、主人公王子様が「王族なのに自警団」なんだけど、王子なんだから直属部隊とか騎士団があって、正規軍としての役割を持ってていいと思うんだけど、そうではなくてあくまで自警団らしい。王様鳩派だけど王子様は鷹派だからなのか?講和条約制限された軍備を持っていて、秘密裏に軍事作戦を行うから自警団を名乗ってるのか?という説明もなしに「王族自警団をやって悪い法はない」で説明が済まされるのが気に入らない。十分悪いよ!国家を預かる者が国家の枠組みから外れた戦力を持ってる時点で普通法律違反だよ!

さらにこの自警団、何を目的としているのかがよく分からない。最初国境付近が敵国の侵略をうけているから、という理由が説明されてるけど、ずんずん国境から離れて北上してまた別の国まで行って同盟結ぶ。そんなことしてるうちに味方が人質にされて王様呼び出される。のこのこ国境の荒れ地まで呼び出されて行く王様。苦渋の決断により戦争突入、のはずがあっさり抜け出して主人公に合流する人質。で、戦争になったか王様避難させるはずが、何故か反対側、自国の奥の方から攻め込んでくる敵国軍国境はどうなった。で、あっさり王様人質になる。そうしたら猛烈な勢いで反攻して敵国居城に侵入した上、最後の拠点まで落とし切る。国境はどうなった。

この流れの中に、「自警」してる要素がまったく見えないんだよ。殴られたから殴り返す、俺正義、ってだけ。国民生命財産を守って、その利害の為に戦っているというのが全く見えない。現実世界戦争国家間の問題を解決する手段になるか、というのは確かに難しい問題だけど、その生命線は常に、我々がこの世界で生きて行けるだろうか、という問題。人間の数に対してリソースは常に不足してるから、二つの混じり合わない集団が接すれば必ず争いは起きる。その影には、飢えて、病で、死んで行く自分たちの側の人々が存在してる。少なくともそれだけやるせない問題を抱えているんでなければ、人が人を殺す権利があるとは思えないし、現実世界平和を保つ事が難しいのは、平和というのは常にその裡に争いを抱えてるからだと思ってる。その微妙な「正義」の問題を、この作品世界では、世界を滅ぼす邪竜と世界を守る神竜っていうメタ安易善悪二元論で置換してしまってる。だけど、戦争の敵国がその二元論に関心があったとは、少なくとも途中までは全く思えない。

話の途中で海の向こうから攻めて来た帝国なんて、邪竜側に加担してるわけでもない。船で乗り込んで主人公側を「侵略する」ポーズを取ったら、やっぱり主人公側が猛烈な勢いで反攻して隣の大陸まで行って最後の拠点まで落とし切られる。その結果得られる物は、実際には味方が保管していた聖玉だけ。それさえあれば後はいらないとばかりに、打ち負かされた帝国放置して帰還する主人公達。流れを遠目で見ると、主人公側が言語道断侵略者に見えてくる。さらに流れは、最初に戦って打ち負かした敵国が今度は邪竜のしもべに乗っ取られて最悪の敵として襲いかかってくる、と続く。主人公側が戦後処理きちんとしないで荒廃させたまま放置たからじゃないんでしょうか…?

とまあ、こんなことが気になる時点で、ゲームをやる年齢じゃなくなってるってことなんでしょうが。同じように感じた人いないのかなあ…。某界隈ではスミアたんばっしばし叩かれててああ…って思ったけど、彼女瑕疵作品瑕疵に比べてそれほど大きいとは思えないので可哀想になってくるです。

2014-01-26

ズヴィズダー3話はなんだったんだこれ

なんだったんだ。最後のほうで何かしらどんでん返しがあるのかと思ったら(たとえばヤス妄想だったとか)、そういうわけでもなかったし。

しかしたら、あきらかに異常な「喫煙者叩き」を描くことで、暗黙に「過剰な喫煙者叩き」を批判しているのだろうか。

だいたい、もし本当に製作者が喫煙者を「悪」と見なして叩こうとしているのなら、脚本にやや違和感を感じるところもある。最後まで喫煙をやめなかったヤスや、「征服...ならず」という表現など。(喫煙者を悪とするなら、ヤスも悪となってしまい、おそらく今後続くであろう物語を考えるとおかしく思える)

ただ「過剰な喫煙者叩き」を批判しているのだとしても、それをヴィニエーラ達にやらせしまうと、結局ヴィニエーラ達の行いが「よろしくない」ということになり、少し違和感を覚える。

...また別の考え方として、そもそもそういった善悪二元論的な考え方を笑いの対象として描いているのだろうか。

からない...ただひとつ言えること、この3話は私にはあまり楽しめなかった...

2013-04-26

http://anond.hatelabo.jp/20130426122329

横だが

アニメーションはわかりやすい「物語」ですから自分が単純な善であり、敵対するものは悪と捉えやすい頭をつくる。

ネット右翼全体主義で、国家という自分達の集団と敵対するものを悪と捉えやすいので、このアニメオタクたちにとって上述の「物語」的思考方法で理解しやすく、現実参加の第一歩になっている。

いわゆる左翼思想も善悪二元論じゃないか

どの集団の味方をするかという違いはあれど、ウヨもサヨも、アニメ物語構造世界を把握してることに違いはないのでは。

からこそ在特会カウンターの行動様式がそっくりという事態が生まれる。

2012-08-20

http://anond.hatelabo.jp/20120603215048

爺さんが嫌がらせでそれをしていたとしても、嫌がらせが増えればこの慣習は阻害されるだろうから、当人の人格には関係なく、爺さんの行為には公益性があり善である。逆にそのマスダの考えは悪である

善悪二元論、そして「善」のためなら暴力も許容されるというこの考え、幼いなと思うし、これが今の社会の傾向なのかなと思う。幼い社会がいいと思っている人に言葉は通じないね

2012-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20120605221853

空気が読めてない」っていうより「読む気がない」んだろうよ。

俺様の素晴らしい信念が正しい!間違っているのは世の中だ!」と。

いや、付和雷同しないということ心がけ自体ははいいことなんだけれどね、問題はその

「素晴らしい信念」というのがあまりにも陳腐な使い古された善悪二元論で、

現実とこれ以上ないほど乖離していることじゃないのか。

そのことに気づかないのは、自分の周囲の人間で傷を舐め合っているからで、

2010-08-28

小沢一郎は何も変わっていない

世間の小沢一郎に対する評価

世間の小沢一郎に対する評価を見ると大体こんなものばかりだ


一つ目は個人的にはあまり気にしていないので、ここでは触れない。

金に汚いのも事実だろうし反論も難しい。

二つ目は、ここ1~2年の小沢しか知らない人に多い評価。

政治愛国とか売国善悪二元論で語れればもっと簡単な世の中だろう。

以下では世間で最も多いであろう三つ目について記述する。

権力掌握は「目的」でなく「手段」

小沢一郎の評価で多いのは「自分のことしか考えていない政治屋」というもの。

だが、政治で最も難しいのは「政策を考える」事ではなく「考えた政策を実行に移すこと」である。

そして小沢一郎がかねてから言っているのは、「官僚主導から政治主導へ」ということ。

現在システムでは実のところ誰が権力を持ってもさほど大きな変化をもたらさない。

時の権力者が独りよがりで大きな変化を起こそうとしても、すぐに潰される。

潰される理由は簡単である。

現行のシステムを変えることに対する反発が仲間内から出てくるからである。

何故仲間内から反発があるかというと、「現行のシステムを変えることによる旨みがない」からである。

だったらどうするか?

「それが仲間内全体の旨みに繋がる」ようにすれば良い。

その為のシステム二大政党制である。

二大政党制が政治主導を実現する

これまでの小沢一郎の行動は全て「二大政党制のため」の一言で片付けられる。

二大政党制とはどういうことかというと、

選挙前に各党がマニフェストを掲げる」⇒「その党が与党となった場合マニフェストを実行に移す」

これだけである。

もしも実行に移せなかったら、実行には移したけれども成果が挙げられなかったら、国民は失望してその党は次の選挙で大敗する。

つまり「一度掲げた政策を実行に移す」事が自分達の利益に繋がる(実行できなかった場合には不利益だけ)。

だから死に物狂いで政策を実行に移す。

更に、生ぬるい政策を掲げても選挙には勝てない。

そうなると選挙前にはかなり無茶な政策を掲げ合う事になる。

勝ってしまったら実行に移すしかない。

利害関係なんてそっちのけ、必死に実行する、でないと自分自身の政治生命が終わるのだから。

現在与党にそこまでの必死さが感じられないのは、「どの程度本気でやれば国民が納得してくれるのか」がわかっていないからであろう。

これが選挙の大敗に繋がって痛い目を見たときに初めて努力が足りなかった事に気付くであろう。

そう考えると、前の総選挙で大敗したあの党の方が先に目覚めるかもしれない。

政治主導の欠点

日本の安定は官僚主導によるものだといえなくもない。

だが、政治主導になった場合選挙で選ばれた人間官僚を動かす。

これは民主主義国家では普通の事であるが、とても危険な事でもある。

まず、どういった人間選挙で選ばれるのか?

国民に有益そうな政策を掲げる人間」「外国に対し強気人間

色々と挙げられる。

となると、政治家達は国民人気取りに躍起になってしまう。

日本ではこれまで海外と比べ政治家が「国民に対する人気取り」のようなパフォーマンスをした事は殆どない。

せいぜい小泉元首相靖国参拝くらいであろうか?

そう考えれば政治主導というのは政治家が「自分愛国心をアピールいかにするか」が主体となり、永田町右派の集まりに変貌するのではないかという期待もある。

日本経済がそこそこ上手く行っているうちはそれで良いかもしれない。

上手くいかなかった場合にどうなるか?

「今の低迷が外国によるものだ」という事が次第に信じられるようになっていき、国民戦争に駆り立てられていく。

勿論これは極端に国が低迷した場合の極論である。

今の日本不景気ではあるが、外国への敵意を煽るような発言が馬鹿にされているので、まだそこまで追い詰められているわけではない。

もう一つはマスコミの影響力である。

マスコミによって選挙の結果が左右されるような状況のまま政治主導になった場合国家の政策のキャスティングボードマスコミが握る事になる。

実際にはマスコミスポンサー達が握る。

そうならないようにする為には、現在政治無関心の国民が少しでも多く政治に関心を持つことなのではないか。

別にどの党に入れても良い、ただ自分で考えて入れるだけ。

そう考えると、「今の日本政治主導はまだ早いのではないか?」と思ってしまう。

二大政党制が日本に合わない」という意見もあるが、一理ある。

これらを踏まえたうえで、小沢一郎を支持するかしないかを考えるべきではないかと思う。

 
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