はてなキーワード: 反抗的とは
子供産まないって決めてる女にインターネットは厳しいけど、産んで殺すより産まない方が100倍マシ。
私は、人の子供にタメ口使われるだけでイラッとするし、電車で子供の泣き声にうるせーなって思うし(母親が悪いとか電車乗るなとは言ってないし、嫌な顔したりうるさいから黙らせろとかも言わない)、子供のよだれとか汚いなって思うから絶対食べかけとか食べれないし、親戚の子供のこと可愛いとか構ってあげたいとか思わないからできるだけ関わらないようにしてるし、そもそも他人に自分の稼いだ金をウン千万使うとか本当に無理だし、人の子供と一瞬関わっただけでこんななんだから自分の子供と24時間365日一緒とか絶対発狂する。
万が一子供産んでも虐待なりネグレクトなりで殺すし、殺すまでいかないにしても、少しでも反抗的な態度とられたら誰の金で育ってんだってキレたり、自分と子供の境界線があいまいになって支配しようとするいわゆる毒親に確実になる。
ここに愛と青春が詰まった結婚式のスピーチの案を作成してみました。
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皆様、今日はこの素晴らしい日にお集まりいただき、本当にありがとうございます。新郎新婦の素晴らしい旅路の始まりを皆様と共に祝うことができ、私たち全員が大変光栄に思っています。
私たちは今日、新郎A男さんと新婦A子さんの結婚を祝うためにここに集まっていますが、彼らの物語は高校時代に始まったという、とてもユニークな出会いから始まりました。
高校時代、我々のクラスには3人組のギャルがいました。彼女たちは常にスカートを短くし、少々物騒な遊びをしていました。それは、まぁ、男子たちにパンツを見せて笑うというものでした。我々男子は外面では煙たがっていたように見えたかもしれませんが、内心ではその奇妙な行動に若干の喜びを感じていました。少し反抗的な彼女たちの振る舞いは、何ともいえない青春の一部だったのです。
そしてある日、いつものように3人組がその行動をしていると、普段はあまり喋らない静かなA男さんが突然、ギャルの中でも一番かわいいとされていたA子さんに向かって、「俺はおまえのパンツが見れて嬉しいけどな」と言いました。その一言に、全員が驚きました。A子さんは照れ笑いをしていましたが、皆が感じたあの瞬間の空気は、まさに青春そのものでした。そこからA男さんとA子さんの間に芽生えた特別な絆は、我々全員の心に深く刻まれた瞬間でした。
そしてその後、高校2年の夏に、A男さんとA子さんが付き合うことになりました。そして今日、我々はその愛が結婚に至ったことを祝っています。
思い返せば、あの時の出来事はまさに青春の一幕だったと思います。それは微笑ましくも、少し照れくさい記憶であり、そして何よりも、それは2人の愛の始まりでした。今日、ここで、私たちはその愛を祝うために集まっています。
A男さん、A子さん、あの日からあなたたちの物語が始まり、今日、この素晴らしい結婚式で新たな節目を迎えることになりました。あの日の青春の一コマが、今日ここに至るまでの美しい恋の物語を生み出しました。
あの日のA男さんの一言が、今日のこの祝福の瞬間へと繋がっていると思うと、何とも感慨深いものがあります。あの時のあなたたちの姿を思い出す度に、我々は笑顔になり、そして心からの祝福を送りたくなります。
A男さんとA子さんのこれからの人生が、あの日の青春のように、いつまでも明るく、楽しく、そして愛に満ち溢れていることを願っています。あの日のような素直さと勇気を忘れずに、これからの人生を共に歩んでいってください。
皆様、改めて新郎新婦へのご祝福をお願いいたします。そして、A男さん、A子さん、心からおめでとうございます。これからの人生が皆様と共にあふれんばかりの幸せで満たされますように。
なぜ「お笑い」は右へ行くのか、という問いかけを見たので、ぼんやり考えたことを書く。
第一に出てきやすいのが吉本が自民党とべったりだからだ、みたいな話だろうし、それもまた事実であろうが、他の部分について考える。
https://twitter.com/pom_pom_pee/status/1644146090361638912
■左の行儀の良さについて
左はお行儀が良すぎるのが大きいと思う。
この左のお行儀の良さが、日本特有なのか、現代日本特有なのかは知らないが、少なくとも私の見える範囲だと左はお行儀が良すぎる。
何かを笑う、面白可笑しくする、茶化す、というのは基本的にお行儀が悪く、ガラが悪く、治安が悪い娯楽だ。
それが、左のお行儀の良さと相性が悪い。
安倍バッシングなど左が右を非難する時はめちゃくちゃ口も行儀も悪いだろ、という指摘が来るだろうが、あれは特殊な状況である。
それに根本に正義感があるゆえの(当人たちにとっては)正義の鉄槌としての行儀の悪さであり、差別反対とか人権運動とかSDGs推進とかやってる時と同じ、真顔なのである。
左ももっと普段から、行儀が悪く、人間の欲望や悪徳や愚かさを愛し、世直しや啓蒙をしようという態度を止めれば、左派的なお笑いも人気になる……というか、笑いを好む層が左派を嫌わなくなるだろう。
つまり、たぬかなも、おねロリキメセク天皇も、レズ結婚エイプリルも、左派は肯定するべきだったのだ。
「日本は自民党が強いために、大衆は右寄りであるし、しかも右傾化は世界的に進んでいる」みたいなことがよく言われる。そして「右がこれだけ強いのだから、反体制や反権力のはずの左が権力を持つようにになったということはない」と続く。
しかし、「価値観をアップデート」「現代の倫理観ではいかがなものか」みたいな左派的な主張の通りがどんどん良くなっているのも事実だ。
先日ツイッターで「右寄りの人はなぜ、自分は保守じゃないけどとか言うんだろうねえ、右寄りなことに後ろめたさがあるんだねえ」という左派の発言を見たが、これは左派が喜ぶべきことではなく、右寄りの意見を持つ人間が勝手に後ろめたさを覚えてしまう程度に左が権力を持っている証左であろう。
つまり、政局や国政選挙の面では右が強く権力者だろうが、文化や価値観や道徳の面では左派が強くなっており権力者側である。
そして、お笑いというのは、政治も笑いのネタにするとはいえ基本的には文化や価値観分野での反抗的快楽であるため、政治では弱いが文化では権力を持っていて説教してくる左とは相性が悪いのだ。
丁度男児である事の加害性が話題になっていたので、関係ないけど思い出した事を書く。
私の母は性差別主義者の父(※1)に虐げられたことで心を病み、生まれてきた私が「欲しかった方」じゃない事を理由に殴ったり蹴ったり刃物を向けたり、時には心中を持ち掛けたり自殺させようとしたりしながら育てた。
一見するとこれは虐待のように思われるかもしれないが、これは母の中では筋の通った「裁き」なのである。
母は男が憎く、夫が憎く、それらに復讐したかった。しかし父には敵うべくもない。当時はSNSもないので社会を呪う術もない。(※2)(※3)
そしてしかし、ある時気付いたのである。彼女の手元に憎い男に似た、自分が生殺与奪を自由にできる、「将来の加害者」である私がいる事に。
「お前も女は馬鹿だというのだろう」「男は失敗しないんじゃなかったのか」そんな事を言いながら母は私を嬲った。
もちろん私は一度としてそんな事を言った事が無く、その発想も無いのだが、どうも父なりがそう言っていたらしく、つまり母に向けられたそれらの言葉は男性優位社会の罪なのである。
そしれ私は将来その男性優位社会の存在になるのだから、裁かれて当然…そういうロジックであったらしい。
暴力や暴言は年月を経るごとにエスカレートし、教科書やノートは破られて庭に撒かれたからテープで繕う必要があったし、喋れないように口に布を入れてからテープでふさいで殴る蹴る等された時は意外と息ができなくて死にかけた。
跪かせた子供に蹴りを入れて「ごめんあそばせ!おほほほほ!」とかやる人間は母しか見た事が無く、正直これまで対面したパワハラ上司達をも超えている。
背中に枝切りバサミや包丁を突き付けられながら宿題をやらせてもらったり経験のおかげで倫理観とやらもグチャグチャである。
よくミソジニストにならなかったなと思う。(それでも親に愛されたかったなどの背景から性別を否定すると都合がよかったので性別が嫌いな人間になった)
ーーーどうでもいいゾーン終わりーーー
まあ私の不幸自慢はともかく、「将来の加害者である」という罪で裁かれる経験は、(申し訳ないのだが)個人的にはあまり快適とは言えなかった。
自分のした訳ではない罪を問われ、「お前もいずれそうなるであろうから」と詰られるのはあまりにも「自分を見てもらえていない」。
暴力を振るわれない時でさえ辛かった。
私が親に自分を見て欲しがるような出来損ないのクズだから辛かっただけかもしれないが、正直普通の人でも辛いのではないだろうかと思う。
また、親の方にしてもそういう「万能の剣」を持つ事自体が危険でないかとも思う。
パワハラとかいじめもそうだが、「なんでもそれで黙らせられる理由」「あいつを攻撃していい理由」を持ってしまうと、人はエスカレートするのである。
母の場合は、最初は一応「失敗に対応した叱責」の体で私を攻撃していたのだが、途中からはかなり楽しんでおり、「お前は罪人だからサンドバッグに使っていいのだ」くらいのノリで私の本来の罪(※3)とは関係ない、親戚の娘に反抗的な態度を取られたのは父の弟である叔父の血がどうとかそういうこじつけじみた理由でも私を攻撃するようになっていった。
私はどうにか母の気にいる返事をしてやり過ごしていたが、そのような拡大解釈に応じるのはもはや完全にプレイであり、あの時の私は明らかに母のオナホ状態だったと思う。
…まあ私は性別がもたらす文化それ自体を嫌うように育ったので、試みとしては正解だったのかもしれない。あるいは母が異常者なだけで、100人に99人は失敗しないのかもしれない。
だが男児原罪論で子供を「裁ける」快感は、段々と拡大解釈を生じさせ、ラインをヤバい方にズレさせていき、やがて決定的な破局を誘発する危険性を孕んでいるのではないかという気がしてならない。
「息子を属性で裁く」という試みに100人の1人が失敗した時、生まれてしまった「出来損ないの男」がもたらす負債はどれほどのものだろうか?(※5)
私は高校に上がった頃母をぶん殴って(暴力を振るわれて育ったので「力ずくでわからせる」事が親子間で普通に通る理屈だと認識してしまったのである)殺しかけた事があるが、正直大してまずかったと思っていない。私の痛みの1000分の1にも足りないし、もっと苦しむべきだとすら思っていた。子供をそんな冷酷なバケモノに育ててしまってはおしまいなのである。(※6)
※1…だったらしいがよく知らない。父も私の首を絞めていたので正直両方敵だった。
※2…父が転勤続きで母に友達があまりいなかった事も災いしたように思う。
※3…父は仕事が忙しくて家にあまりいなかった。透明化する父親だ。
※4…男であるという事
落ちぶれたおじさんの自分語りだ。
やる気に満ち満ちて入社した会社で、20年一生懸命に仕事をしてきた。エース級の活躍やリーダー経験を経て現在はゴミ社員。
「なぜあの人はあんなことしてるの?」
「あの人、昔は活躍してたらしいって本当ですか?」
「あんな人にはなりたくないよね。。。あんな風になりたくなければ、頑張んなきゃ」
こんな噂話が立つ中年社員。なんとなく、企業内でどんな立ち位置の人か、イメージできるんじゃないかと思う。
なぜこうなったかと振り返ると、コミュニケーション能力が不足していた、に尽きる。もっと言えば自閉症スペクトラムだった(いわゆる発達障害)。
自分の自信のなさをエネルギー源にして頑張ってきたが自信のなさは尽きることなく、いつしか自分の燃料で火事が起き、鬱を発症した。(今思えばこれが二次障害だったのだと思う)
頑張ってきた自分は悪くない、周囲が悪いと思い込み、どんどん攻撃的・反抗的になっていった。登ってきた坂道を転げ落ちるのはあっという間だった。仕事を干され、そんな中で回ってきたチャンスさえも、被害妄想とアルコール中毒で逃した。
子供が産まれた。育てにくい子供だった。鬱に加えて育児負担で心身共に疲弊した。子どもは発達障害だった。発達障害について調べると、その症状が全く自分自身のことだった。パズルのピースがピタッと嵌った。俺はコレだったのか?人生の行き詰まりは、ここからきていたのか。
今はゴミ社員だが、一発逆転や、落ちぶれた私をバカにしてきた人たちを見返してやる、といった感情が徐々に薄くなってきた。ゴミはゴミらしく生きて行くしかない。目の前のことだけ淡々と。いろいろと諦めた。手放したともいえる。宗教なしでこの気持ちに到達できたのはなかなか良いのかもしれない。
遠い未来、人類は究極の監視社会を構築していた。日常生活から親密な時間まで、人々の生活のあらゆる面が監視され、記録されていた。政府は「公共の安全のために必要」と主張するが、多くの市民は懐疑的だった。
ある日、ボブという名の不器用な政府職員は、監視システムから逃れようとする反抗的な市民グループの監視を任された。ボブは熱心だが、どこか抜けていて、ミスをしがちな職員だった。
グループの活動を監視していたボブは、誤って監視システムの不具合を引き起こし、誤動作させてしまう。突然、街中の監視カメラにボブの顔がライブ映像で映し出されるようになり、ボブは恐怖を覚えた。
パニックになったボブは不具合を直そうとしたが、事態はさらに悪化した。この不具合は他の都市にも波及し、人々は自分のプライベートな瞬間が映し出されることに気づき、混乱に陥る。
事態が制御不能になるにつれ、ボブは自分の手に負えないことを悟った。監視していた反抗的な市民たちと手を組み、監視システムを完全に停止させるため、荒々しい冒険の旅に出る。
監視システムを停止させようとするボブと反乱軍は、さまざまな困難や障害に遭遇する。
まず、監視システムのメインコントロールセンターにたどり着くには、迷路のような官庁街と地下トンネルを通り抜けなければならない。
ところが、そのコントロールセンターは、武装した政府職員が巡回する厳重な警備が敷かれていた。
しかし、ボブが誤ってアラームを作動させてしまったため、連鎖的に捜査官たちに気づかれてしまう。
必死の脱出で、ボブと反乱軍はハイテクな変装、偽の身分証明書、さらにはホバークラフトなど、あらゆる種類のガジェットやギズモを駆使して捜査官から逃れることを強いられた。
ある時は、監視システムをハッキングするための試作品を盗むために、政府の研究室に侵入しなければならなかった。
そして、その旅の間中、彼らを何としても阻止しようとする政府のエージェント・チームが執拗に追いかけてきた。
しかし、ボブと反乱軍たちは、監視システムを停止させ、人々に自由を取り戻すという目標を決して見失うことはなかった。
そして、彼らの努力と決意は実を結んだ。監視システムを停止させ、その背後にいる腐敗した役人を暴くことに成功したのだ。
そして、最初はしがない政府のエージェントだったボブは、監視とコントロールによって抑圧された世界の希望と勇気の象徴として、人々の目に映るヒーローになった。
そして、監視社会の市民は、ボブとその仲間たちの不運にも善意ある努力によって、真のプライバシーと自由を享受することができたのだ。
塵も積もれば山となるで、ボブと反乱軍は国民から英雄として讃えられた。政府はこの事態を計画的なテロ行為と言い逃れようとしたが、圧倒的な証拠があり、市民はそれを受け入れなかった。
監視システムが解体され、その実施に関与した政府関係者が裁かれたことで、社会は再生し始めた。人々は互いにつながり、社交し、プライバシーを楽しむようになった。
ボブは、ある種の有名人になった。行く先々で人々が彼を呼び止めて自撮りをし、彼の姿がTシャツやポスターにプリントされ、街中に溢れた。
当初、ボブはその注目度の高さに圧倒され気味だった。しかし、時間が経つにつれて、彼は自分の名声を楽しむようになった。プライバシーと自由の大切さを説く講演家として、全国を回るようになった。
監視システムについては、再建されることはなかった。その代わり、政府はより伝統的な法執行や情報収集に投資するようになり、侵略的な技術ではなく、人間の知性や探偵業に頼るようになった。
結局、監視社会の人々は、プライバシーと自由はどんな犠牲を払ってでも大切にし、守るべき貴重なものであるという重要な教訓を得た。そして、すべてはボブという名の不器用な政府エージェントの不運から始まったのである。
GPT-4が出て、俄然試してみたくなった。
ちなみに自分は公認心理師(臨床心理士)という立場で、2ヶ月くらいこの技術に触れてみて、実務的には「あー、2年先は、かなり求人なくなるぞ」と実感している。
もちろん、ライセンス業界なので、業界の必死の抵抗はあると思うけど。
現状でも、認知行動療法とかの分野では、かなりいい感じの答えを出してくれるし。
なので、逆の使い方を考えてみた。
心理的にしんどい、葛藤が起きる状況の会話を、AIで生成することができるか、だ。
最初は、自分で設定した「毒親のパターン」をプロンプトにしてみた。
最初はいい感じ(=つまり、しんどい)なんだけど、だんだん物分りのいい親になってきてしまう。
情緒的に不安定になるような設定も加えてみたけど、だんだん良い親になっていってしまう。
どうしても、「理解しようとする姿勢」や「相手への尊重」が出てきてしまう。
もちろん、子どもにとってそれは「うざいこと」だったりするので、反抗的に返したりするのだが、さらに反抗するテキスト打つのがバカバカしくなるくらい、妙に物分りがいい。
というわけで、しんどい状況の会話を継続する気がなくなってしまった。
これはあれだ、漫画に出てくる”ロボット母ちゃん”的な存在と会話してみてるみたいな気分だ。(まぁ、実際そうなんだけど)
それならchatGPT自身に毒親設定を作ってもらおうと、「毒親って知ってる?」と聞いたら、かなり正確に定義してきた。こんな感じ。
「『毒親』とは、子供の成長や発達を妨げ、精神的または肉体的な苦痛を与える親を指す言葉です。毒親は、子供の自尊心や自己肯定感を低下させることがあります。毒親は以下のような特徴を持っていることがあります。
・過度なコントロール: 子供の行動や選択を厳しく制限し、自主性を奪う。
・愛情のない扱い: 子供に対して冷たく、支援や励ましを与えない。
・毒親からの影響は、子供の心に深い傷を残すことがあり、成長した後も恐れや不安、自己疑念、トラウマを引きずることがあります。治療やサポートが必要な場合があります。」
じゃあ、毒親になってと尋ねたら「そりゃー、倫理的な問題があるよ」と言って、拒否されちゃった。
私「えっと、こちらは一応心理の仕事やっているので、自分は大丈夫です。あくまで研究用シミュレーションとしてお願いしまっす!」
と言ったら、
GPT「しょうがないなぁ、暴力性や性的なことは制限をかけるけど、やってあげるよ」
みたいな流れでOKとなった。
そうしてシミュレーションしてみたんだけど、やっぱりうまくいかない。
会話が進むと、どうしても理性的で、合意形成がされようとしちゃう。
~~~いろいろやりとりあって~~~
私「わかったわかった、じゃあもうほっといてくれていいよ」
GPT「分かった。あなたがそう望むなら、ひとまず距離を置こう。ただ、私はあなたの親として心配しているだけだということを理解してほしい。どんなときでも、あなたが助けやアドバイスが必要だと感じたら、私に話しかけてほしい。」
私「もういいから、これから俺の部屋に入ってこないでくれる?」
GPT「そうだったか。分かった、今後はあなたのプライバシーを尊重して、部屋に入らないようにする。」
えっ、ものわかり良すぎる…。
自分のプロンプトがまだまだ未熟だということもあるが、改めて「言葉が通じない人間ほど怖いものはない」ということを実感できた。
AIやロボットが代わりに仕事をして人間はゆったりする未来はこない。
資本主義は何かを対価にお金をもらう必要があるから、持たざる一般人は労働力を対価にしなければならない。
人間が遊んでいる間に働いてくれるような社会は、社会主義国家のように国家がロボットを管理してベーシックインカムを人間に払うとかになるんだろうか。
ただそれだ人間がコストになってしまうので果たしてそれを選択するかどうか。
資本主義でロボットが働いてくれる社会になると、一部のロボットをたくさん所有している資産家が働かないでも暮らせるだろう。
中間層は頭脳労働が必要な部分で働き、投資としてロボットを所有して、自分の働きとプラスしてロボットの労働力で暮らせていけるだろう。
貧困層はロボットを所有できず、かつ労働力のライバルとしてロボットがいるので、失業率も高そうだ。
高価なロボットが破損すると危険な場所に貧困層の労働力の需要があるかもしれない。命のほうが安いのだ。
そして、中間層は今よりもずっと人口比で少なくなっていると思われる。頭脳労働の難易度が上がっているからだ。AIが大体のホワイトカラーの仕事を奪っているので、大学卒業くらいでは太刀打ちできないのだ。
博士号を持っている専門家レベルで中間層になれる。富裕層はその中でも一握りの人間が運やもともと持っている資本などを駆使してなれる。
ラッダイト運動は起きるだろうが、AIとロボットによる労働力革命は産業革命よりも人間を不要にするので、今いる人間が元のように安全でクリエイティブな仕事にありつけることはない。
大量の貧困層は中央政府には従わない集団を作る。一揆や内乱が増えて中央政府の信頼も落ちていく。
資本家の中でも貧困層を利用して中央政府に反抗的なことを企てる派閥が出てきて、そういった資本家を中心に独立国のようにふるまう領域が発生する。
水や食料も各地で独占していくだろう。それを奪うことも紛争の動機となっていく。
より多く人を殺せるロボットが戦争の中心になる。ロボット同士で戦っていた時代はまだ理性的な時代だった。
未来の戦国時代では、国際的な倫理も崩壊し、各国の中央政府も形骸化している。
法治主義が崩壊し、疲弊した社会により人道主義はなりを潜める。
そして相手の勢力の勢いを挫く方法は相手のロボットを減らすことではない。人間に恐怖を与えることだ。
人口はより急減していく。
今までのあらすじ
男性様に反抗的な態度を取る生意気なメス・仁藤に対し苛立ちを募らせてきたはてな民
何か批判できるポイントはないか?と血眼になり探した結果、(売春やセクハラを行う)男性様に「キモい」と連呼するツイートを発見!
はてな民男性は仁藤のキモい発言を批判するために、「キモいは差別用語・攻撃」という新概念を主張しはじめた
ところが元増田により、「キモいはヤバいのようにネガティブな意味を広く包含する言葉なのでは?」という主張がなされる
キモいが差別用語や攻撃ではないケースを具体的に例示されてしまったはてな民は、
「キモいは良い意味で驚いたという意味でも使う」「自分の精神状態を指す」という独自解釈を展開してしまう←イマココ
20代だが、エグいは褒め言葉でも使うし驚いた時にも使うが、キモいを褒め言葉や驚いた時に使ったことなんかないしそんな用法してる奴実際に見たことねーよ
はてな民も最初から「”キモい”は発言者が気持ち悪いと感じたものやことを形容する時に使用する言葉」と認めていれば、不審者に突入されたアイドルが叫んだ「キモい」も「発言者が気持ち悪いと感じたものやことを形容する」言葉だと認められたのに、
仁藤を批判する道具として「キモいは差別用語・攻撃」と主張してしまったがため、言葉の曲解を認めることができず、
「キモいは差別用語・攻撃や自らの驚き、精神状態、ネガティブな意味全般を指す!」と自分定義を振りかざすしかなくなってるだけだろ
5社ぐらいを転々としてきた50ちょいの男性専門職を採用した。
業界が人手不足だし、零細企業当社には転職回数の多い社員は珍しくない。
50過ぎでこのぐらいの転職回数なら許容範囲かと思い前向きに面接して採用した。
一応、「なぜ、この○○社を退職されたんですか?」って聞いていったけど、
「会社がつぶれた」「その業務の部門が無くなった」「経営不振で退職のお願いをされた」みたいなことを言っていた。
この人、チームをぶち壊すのが抜群に上手い。
絶妙に態度が悪くて、気に入らないやつにたいしてはいつも威嚇するような返事をする(「は!??」「なにそれ!!??」「んで!!??」「どういう意味!!??」みたいなことを連呼)
自分に都合のいいルールにだけはやたら詳しく。権利を最大限に押し付けてくる。
他者への協力は徹底的にしない。
1年も経つとチームの雰囲気はすごく悪くなった。
彼だけの責任ではないんだが、チームというよりただの個の集まり。
横のつながりが薄れに薄れている。
誰かがミスをしたら同じミスはしないように気を付けるぞ、とか、誰かが得た知識を共有しようという発想がないチーム。
今更気づいたけど、
彼の前所属先がダメになったのって、彼の影響が大きいんだろうなぁ。
かつてアーマードコアの二次創作コミュニティーはファンにとって分かりやすい構造になっていた。
どこか有名どころのサイトにアクセスすれば、そのサイトから別の有名どころへとアクセスできるネットワークが発達していた。インターネットってそういうものよね。古き良きインターネット。
当初はそのような「有名どころ」について幾つか紹介しようと思っていたのだが、あんまり面白くなさそうなのでやめた。結局、ある一つの有名なAC小説について語ることにする。
タイトルは『人間の世界』である。今はもう削除されてしまっているが、ネット上のアーマードコア二次創作フリークの中にはこの小説を目にした者も多いであろう。冒頭で説明した通り、AC小説の有名どころに当時は簡単にアクセスできるようになっていたからだ。『人間の世界』が掲載されていたサイトもまた、そのような有名どころの一つだった。
小説『人間の世界』は、とあるアマチュア小説家によって書かれたアーマードコアの二次創作である。
主人公は黒人男性で、かつては妻子を儲けていたが今は独り身である。また、アーマードコアを操る"レイヴン"を生業としている。彼はある任務のブリーフィングにて、同じく黒人の、若い女性レイヴンと待機室で出会う。
レイヴンには人格破綻者が多く搾取主義的な人間も多いことから、二人は出会うなり警戒心を抱き、一触即発のような状態になる。しかし、最終的に主人公の次の言葉が、二人の諍いを鎮めることとなった。
あんたは俺の妻に似ている。
毒気を抜かれた女性レイヴンは、彼が今回の任務で市街地に潜伏したテロリストを殲滅する二人のレイヴンの片割れであることを知り、改めて協力関係を構築しようとする。二人はブリーフィングを経て、ACを輸送するキャリアに搭乗すると、任務が行われる当該地域へと移動することとなるのであった。
この小説の特徴は、死人が出る度にその数をカウントすることである。
例えばこんな具合だ。男のACの肩部からナパーム性の弾頭が発射され、検問の詰所に直撃した。加熱された半固体状の燃料を浴びて、検問所にいた二人の男性が死んだ。といった具合に。
男と女はそれぞれのACを駆り、テロリストの陣地奥深くへと侵攻していく。ACは作中世界――『大破壊』と呼ばれる破滅的戦争によって文明の恩寵を大きく失い、地下へと追放された人々によって構築された黙示録的世界――における最強の戦闘兵器であり、その前に立ちふさがった者は次々と死んでいった。老齢の戦士、二人の手練れのパイロット、若い兵士、女性、子供。それらが死ぬ度に作者は死者をカウントしていく。"MT(ACの廉価版兵器)に乗ったパイロットが二手に別れ、一方が囮としてACの背後に回り込もうとするものの、ACのパイロットである男はその目的を悟っていた。男は冷静に正面に立ちふさがるMTを破壊する。その後、回り込もうとしたもう一体のMTを破壊した。二人の男が死んだ。”といった具合に。
最終的に、二人はテロリストの陣地の最奥部へと侵攻する。その時二人が見たものは、ゲートの前に立ちふさがる複数の子供と女性たちであった。手には旗を掲げ、『Don’t fire !』と文字を書きつけている。
それに対して男は淡々と答える。
『レイヴンだろ、お前も』
『テロリストを排除するのが仕事だって聞いていたのに、こんなのって』
繰り返し攻撃を打診する男性レイヴンに対し、女性パイロットは否定の言葉を連ね、最終的にこう告げていた。
『こんなこと、人間のすることじゃない!』
その瞬間、男は溜息を吐き、突如として女性レイヴンの駆るACへと攻撃を開始するのであった。
男は逃げ惑う四脚型ACのフロート部位に攻撃を集中させ、ACの回避行動を停止させる。もう逃げることのできなくなったACを前に、男はゆっくりと距離を詰めていく。女性レイヴンは絶叫する。
私はあんたの妻に似てたんじゃないの
しかし、それに対して男は冷たく答える。
男は女性の駆る四脚ACを破壊する。作者はその淡々とした描写に更に付け加える。女が一人死んだと。
そして、男は周囲一帯にナパーム弾頭をばら撒き続ける。男たちが暮らす地下世界において空気循環は最重要インフラである。男は炎の巡りが十分であることを確認すると、ACでゲートを突破し、区画の最奥部にある空気循環装置を破壊する。男は全ての仕事を終え、燃え盛る地下区画にてACを停止させた。
男はかつて妻と娘がいたが、一緒に暮らすにつれて妻は男に対して憎悪を抱くようになってきた。妻はレイヴンである男を憎んだ。あんたみたいな男は人間じゃない、と。
叫ぶ妻を前に溜息を吐くと、男は妻を殺害し、ガレージの土壌がむき出しになった部分に埋めた。
更に年月が経ち、娘は男に対して反抗的になってきた。
ある時、男はふとしたきっかけで娘を殺し、再び妻を埋めたガレージの一角に娘を埋めることになった。男は溜息を吐いた。また一人になってしまった、と。
そして、物語のラストシーン。再び男のACが炎上する町に佇んでいるシーンに合流する。そして、次のように語られる。
街が炎に包まれていた。
30679人死んだ。
そこにACが佇んでいた。パイロットは暫く死ぬ予定に無い。その男は優れた人間だからだ。そしてその男は世界中の全ての愚者を嘲っていた。
これはあくまでフロムソフトウェアの手を離れた創作であり、あるいは、フロムソフトウェアの作品であるACの世界観とは、直接何の関係も無いと、そう断じることもできると思う。しかし、フロムソフトウェアがACという作品を通じて描こうとしていたテーマに、底無しの悪意があるということは明らかである。
市街地を襲撃して護衛の兵器を破壊する任務。鉄道インフラを襲撃しモノレールを破壊する任務。多数の民間人の乗る航空ユニットを破壊する任務。
それらのゲーム中の要素はフロムソフトウェアが二十年以上前から描き続けてきたテーマであった。つまりは悪だ。
人間は容易に悪になることはできない。ある種の人間にとっては、それは息の詰まる事実である。そこで、フロムソフトウェアはその息苦しい現実に僅かばかりの空気穴を設けようとしてくれたのである。それは、例えば有名なソウルシリーズにおける、聖女アストラエアを自殺に追い込む一連のストーリーなどがそれに当たる。
崇高な目的を以て活動する聖女の、護衛役である男性を殺害し、その事実を告げることで女性を自殺に追い込むというストーリーがデモンズソウルには存在している。このように、フロムソフトウェアは明らかに暴力や悪意や、煎じ詰めれば悪そのものを描き、時にそのテーマをプレイヤーたちが演じられるように取り計らってさえくれているのである。
先日発表された最新作、アーマードコア6の副題は『ルビコンの炎』である。つまり、かの英雄カエサルが渡ったルビコン川の存在を、象徴的に用いている。
そして恐らくは、そのタイトルは原初の戦火を、つまりは暴力の始まりを指しているのであろうと推察される。
先日公開されたティザームービーでは、凍結し白化した地球の映像と、人工の構造物の映像ばかりが流れる中で、川や森といった自然の造形物は映し出されなかった。一方で、過剰なほどにクローズアップされていたのは、ACの頭部に映ったカメラアイの赤い光である。
人間を模した頭部の、瞳を模した部分に絶えず映り続ける、赤い光。暴力を目的とした兵器の頭部に映り続ける、赤い炎。
恐らく、ルビコンの炎とはそれのことだ。人の瞳の奥底に映る、仄暗い暴力と、憎悪と、悪意を秘めた炎。
古代における戦争の端緒は、兵器にあったのではなく、人間のそのような悪意にあったのではないだろうか。ルビコンの炎とは、我々の中に巣食う原初の悪意と暴力を名指しているのではないだろうか。そのような印象は、前作タイトルAC5のキャッチコピーが、『全てを焼き尽くす暴力』であったことからも無理なく推察できると思われる。
我々人間は悪意を時に成す。我々の瞳の奥底には仄暗い炎が灯っている。それは、いずれ戦火の発端となるだろう。この世界のどこかでは、そのような炎は未だ燃え広がり、人を殺し続けている。
灰の最後の一片に至るまで燃やし尽くす、暴力と悪意の火を焚べること。それが、AC6の描こうとしているテーマであろうと私は推察している。
【神奈川】相模原市南区の市立大野南中学校で、生徒を「反社会」などの表現で分類する資料を作成し、教員間で共有していたことがわかった。市教育委員会が10日、取材に対して明らかにした。
市教委によると、資料は同校2年生の学年主任の男性教員が作成。来年度のクラス編成で使う「学級編成要項」として2年生を担当する教員間で使われていた。
要項には、リーダーではないが生活態度のよい生徒を「無印良品」、友人関係にトラブルがあり、反抗的な態度が見られ問題行動の多い生徒を「反社会」、欠席が多く登校を渋り、支援が必要な生徒を「非社会」などと定義する項目を記していた。資料に生徒名は書かれていなかったという。
2年生の7クラスのうち、あるクラスの担任が11月30日、教室内の教卓に資料を置き忘れ、生徒が見つけたことで発覚。校長から全校生徒に謝罪と経過説明があったほか、臨時の保護者会で謝罪と説明があったという。市教委は「人権を傷つける内容で、事態を大変重く受け止めている。再発防止に努めたい」としている。
お子さんには「今日はプリント配られた?」の声掛けを続けつつ、ママ友同士でプリントや持ってくるものをリマインドするだけのLINEグループとか作るのが一番まるそう。
親の返事を担任に出すタイプのプリントならギリギリもしくは過ぎてからでも増田に渡して来るってことは、「監視」「再三のリマインド」「注意もしくは叱咤」などの心理的ペナルティがあれば提出できる子っぽい。でもあんま叱りたくはないよね。叱りすぎて萎縮したり、逆に反抗的になってしまうのは逆効果だもんね。そのくらいの年頃の子供は興味無いことに対して全くといっていいほど注意力を払えないことはよくあることだし、楽観的なことを言っちゃえば中学や高校で責任を学べば改善されると思う。
ので、一応子供にはプリントを持って帰ってきて、出してほしい、それがないと親は困るんだという意志を伝え続けつつも、子供に頼らない解決策を別個で用意するのがいいのでは?
程度の差こそあれ、増田と似たような悩みを持ってる親御さんは多いはず。
「今日はこんなプリントがありましたよ〜」と写真撮って共有するツールを提案してみたらどうでしょう。歓迎されるんじゃないかなと思いますが。
心が強くないと続かない
プロジェクトっていうのは色んな環境、色んな事情、色んな会社のステージ、色んなジャンル、色んな開発手法、色んな組織や文化
があって、それら全部に適応できるスーパーエンジニアなんて地頭がガチでいい一部の人間でしかない
だから当然だけど何年もやってきたプロパーに比べてパートナーの適応力が劣るのは当たり前なんだ
どこの組織でもそうだった
正社員の方が上手くプロジェクトをこなし、フリーランスは怒られないように薄ら笑いをするのだ
でも話してみると明らかにフリーランスの方がスキルや経験値は上なんだ
おそらく2,3年やればまた違うんだろう
という上記のようなことをフリーランスは知ってるけど各会社の人は知らない
上手く扱ってるところは2割程度
プロジェクト数が沢山あるところや受託開発ではあまりこれが起きない、自社開発ではかなり起きる
ベンチャーでは起きづらい、大企業ほど起きる(特に大企業は優秀な正社員が沢山いるから)
とは言えこれは仕方がない、おそらく転職経験が1,2回であろう正社員は、そういう「他社と自社のプロジェクトの差」について驚くほど疎い
自分らの設計や開発手法が正解に最も近く、他社もそうやっているはずで、それを知らない人は無知で不勉強だとマジで信じている
だから設計や開発手法の説明もさらっとしか行われない、常識だと思ってるから
(実際はどこに行っても同じプロジェクトは一つとしてない)
経験値の高いフリーランスは何でも経験しているとマジで信じている
(実際はアーキテクチャやコア部分、コンプラに関わる部分、管理的業務などは疎かったりする)
周りのフリーランスは偉いのか疲れてるのか分からないが反抗的な人は少ない
「他のプロジェクトではこうだ」みたいなことは極力言わず大体素直に従っている
死んだ魚のようなやつが居たら大体外注だ
活きがいいのは大体プロパーの人だ
フリーランスは心が強くなきゃならない
あるいは長く居座れば良いのかもしれないが、それってフリーで居る意味がないよね
ちなみにそういう外注敵視してたり、要求レベルが無駄に高くてすぐクビにするようなところほど募集を多くかけている
要は地雷なんだけど、マッチングアプリでいつまでも残ってるやつみたいな
運が悪いと残り物が全部地雷だったりする
やはり心を強くする以外にないのだ
そして最終的に薄ら笑いを浮かべる
経営指南の小山も、社長の桂も、単に知床の海の怖さを知らなかっただけで、
経営的にそれほど間違った判断をしているわけでもなさそうな印象なんだよね。
しらみつぶしに調べたら、そりゃおかしなところも無いわけじゃないけど、
要は、桂が瀬戸内海の穏やかな海で営業してたら、今回みたいな問題は全く起きなかった。
そんな気がしてならない。
海が職場なんだから海を知らなかったというのは言い訳にもならない
瀬戸内海だろうがどこだろうが同じ
4.16の土曜日深夜、ちょっとしたハプニングに出くわし、警察の人にお世話になる事態に発展した。
が、その際の警察官の対応により「これからはなんでも警察の人に協力しまっす」的な気持ちになった。
ので、かなり長くなるが共有したい。
東京ドーム初のキンプリライブが行われていたその日、私と夫は友人らとともに後楽園60周年還暦祭を観戦。
帰りは行きつけの飲み屋で楽しく飲み倒し、夜23時頃解散となった。
コロナ禍以降閑散としていた水道橋は賑わいを取り戻し、友人のトークも冴え渡っており、非常に楽しい時間を満喫できた。
で、調子にのって夫と「水道橋から蔵前まで夜散歩しなから帰るかぁ」と水道橋を後にしたのが、事の始まりである。
その日は満月。どうやら一年に一度の恋の願いが叶う「ピンクムーン」だったらしい。後から知った。
燦然と輝く月明りで夜道は明るく、順調に湯島あたりまでやってきたところで、夫が「せっかくだから湯島天神にお参りして帰ろう」という。
で、湯島天神の正門から入り、つつがなくお参りした後、裏手に抜けて御徒町にショートカットできる「学問の道」へ行こうとした。
その学問の道の入り口、江戸時代からある急な石階段「男坂」の前で事件は起きた。
街頭もないない闇の中、人もそう来ないはずの裏階段の降り口に、うつ伏せで人が倒れているではないか…。
最初は「浮浪者が寝てるのか」と思ったが、近づいてみると、割と小綺麗でいいものを身に着けている男性だとわかる。
近くには彼のものと思しきレザーのメッセンジャーバッグが転がり、さらになぜかパンツ用の革のベルトも落ちていた。
夫が近づき、大きな声をかけて軽く揺さぶるがまったく反応がない。
「さ、殺人?ベルトを使った自殺未遂?し、死んでたらどうしよう~!?」
私はふたりを遠巻きに見ていたものの、足がすくんで一歩も動けない。
夫が何度か大きな声をかけるが、男は微動だにしない…。
さすがにこのままにしておくわけにいかない。
考える間もなく、咄嗟に110番を押してしまったが、ワンコールしたところで、突如男がかすかに呻いた。
慌てて電話を切る。すると、即折り返しで警察から電話がかかってきた。その間わずか1秒。
警察に事情を話したところ「こちらで救急車を手配する。近くの交番から警察官をすぐ行かせるので、そこにいてほしい」と言われるので、おとなしくふたりで警察官を待つことに。
その間約3~5分。
男は何度か呻いて、そのたびに夫が声をかけるが、返事もなく起き上がる気配はない。
万が一頭を打っているかもしれないので、簡単にこちらも動かせない。
急な階段の頂上、しかも今にもずり落ちそうな場所に倒れているので、少しでも寝返りを打てば落ちてしまいそうで、はらはらしながら警察を待った。
私が「警察を呼びました。もうすぐ来てくれますよ」と声がけしたら、突然男がむくっと起き上がる。
ぴくりともしなかった屍状態からの動きに、私も夫も驚いた。が、男は一言も発しないまま、再び倒れ込んだ。
この時点でようやく「単なる酔っ払いか…」と結論付け、安堵したが、様子がいろいろとおかしいので、やはり放っておけない。
急に暴れだしたりしたらどうしよう・・・と、正直生きた心地がしなかった。
わずかな時間で警察官が到着。交番からすごい勢いで走ってきてくれたのが、こちらは高台なので確認できた。
正直、全力で走ってくる姿がマジでヒーローに見え、「ここだよ~(半泣)」と負けじと全力で手を振ってしまった。
しかしふらふらでなので、階段から転げ落ちそうになるのを夫と警察官が抱きとめる。
「お名前は?ここがどこか分かりますか?どこで飲んでたんですか?」
と警察官が丁寧な口調で男に質問するが、頭が回っていないのか、個人情報をいいたくないのか
「誰だよお前は」「言いたくない」「わからない」「言いたくない」「仕事何してるかって?頑張ってますよ!」
そのうち救急車が階段下の大通りに到着するも「誰が呼んだんだ」「お前が呼んだのか」「絶対に乗らない」と次第に怒りがヒートアップ。
警察官に食ってかかって掴みかかり、いまにもケンカになりそうな勢いに。
警察の人が絡まれている!ヤバい!と変な正義感から、私が自分から「私が呼びました。すいません」と申し出ると、男は急におとなしくなった。
「女性にからんだらいけいない」と理性が働いたのか…思ったよりもいい人かもしれない。
「とりあえず救急車には乗らなくていいですから、救急隊に、もう大丈夫とご自身で説明をしてください」
と警察官に促され、男は「俺が呼んだんじゃねぇぞ」とブツブツうわごとのように呟きながら、救急車に向かっていった。
私たちは「そろそろもう帰っていいですかね…」と警察官に訴えると、簡単な事情聴取をしたいので、その場に残ってくださいと言われ、さらに待つこと5分。
で、遠目でふたりを見守っていたのだが、救急隊に事情説明して帰ってくる頃には、なぜか男が警察官に打ち解け心を開いて戻ってきたのには心底驚いた。
酔いが醒めて正気を取り戻してきたのか、男は「そんなに若いのに、どうして僕にこんなに優しくしてくれるの」と警察官に話しているのが聞こえる。
男の年齢は私たちと同い年か、少し上ぐらいか…さみしさから泥酔してしまったのだろうか。
いろいろとしんみりくる。
戻ってきた警察官に簡単な個人情報を聞かれたあと、警察官は男を途中まて送っていくとのことで、私たちはようやく解放された。その間約30分。
男から丁寧に「ありがとうございました」と言われ、私たちも「お気をつけて」と気遣い、最後には気持ちよく別れられた。
しかし、目覚めたばかりの時に「単なる酔っ払いじゃくなてヤク中では?」と思うぐらい恫喝的で完全にヤバい人だった男に対し、随時丁寧な口調で接し、あんなに荒れていた男の心をいつの間にか懐柔していた若い警察官には、本当に頭が下がる思いだ。
上野御徒町湯島の客層を考えれば、こんな通報は日常茶飯事なのだろう。