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はてなキーワード: 一言とは

2020-07-21

腐女子お気持ち長文は全部この一言翻訳できる

『私の思う通りになりません!」

から増田に書かずにnoteに書くかTwitterで書けや

anond:20200721090548

ただのアンケートですから回答するしないは自由ですと一言添えれば合法では

「がんばらなくても死なない」という言葉に感じる違和感

「がんばらなくても死なない」という言葉違和感を感じます

きっかけはTwitterタイムラインに流れてきたエッセイ漫画拒否反応が出てちゃんと読めていないけど「〇〇で××だったけどこの一言完璧主義者をやめられました!」「ゆっくり休んだら精神回復しました!」というものだったと思います

しかし本当に「がんばらなくても死なない」という考え方で全員が救われるのでしょうか?

私は「自殺しないこと」を頑張っています。通学途中車の前に飛び出したい、踏切を越えて電車に轢かれたい、包丁動脈を切りたい、校舎の4階から飛び降りたい……そういった衝動必死で抑えながら、ただ「好きなものファンコミュニティから自殺者を出していろんな人に迷惑をかけたくない」という一心で日々を過ごしています

精神科には何年も通っています副作用に苦しみながら薬も飲んでいますカウンセリングも受けています。けれどこの希死念慮はどうしようもありません。

そんなギリギリの、文字通り「がんばらないと死ぬ」生きている人たちに、「がんばらなくても死なないよ!」という言葉果たして本当に救いになるでしょうか?

この世にはどうしようもない事情で「頑張るか、死ぬ」の二択を突きつけられている人間がいます。その事実を頭の片隅に置いてくださったら嬉しいです。というか置け。

自殺に対する言説

無責任。この一言に尽きる。

自殺は様々なストレスによって発生する。で、もしも、生前ストレス回避行動(例えば仕事を休む、ストレス人間関係を解消する等)をしたら、仕事を干されるとか、「あい大丈夫か」って心配されたり、もしくは「あの人変わったよね」って蔑まれたりなどするわけだ。それもストレスなわけ。だから社会で生きるためには気分や体調が優れなくても毎日頑張らないといけない。その無理が限界を超えることだってある。限界を超えたら自殺に至ることだってある。そういう人たちに今までお疲れさまでしたと言ってあげられないのか。優しくない。

anond:20200721105946

家事の事はある程度しょうがないけど、子供に対しての態度は改めた方がいいんじゃないの。

コロナ関係なく、それよりも前から子供に関心がなさそう。

もともと子どものするゲームアニメなどに関心をもてなかったタイプではあるのだが、今、娘がジャニーズやKpopの話をしたり、テレビバラエティの話をしているのに、正直、内容についていけない。

子ども最近、私のことを疎ましく思っている。塾の成績が悪かったり、ゲームばかりしているとむやみと怒ってしまうせいだろう。

子供勉強させたいので、テレビゲームを打ち切らせることも多い。

一言で言うと子供には「分からず屋で子供の事勉強マシーンだとしか思ってないクソババア」だと思われてると思うよ。

宇宙宇宙をつなぐ数学 - IUT理論の衝撃」の感想

Amazonレビューなどに書くと過去レビューから身バレする可能性があるのと、わざわざ別アカウントを作ってまで批評するほどのものではないと思ったので、こちらに書きます

初めに断っておきますが、本稿は別に加藤文元先生人格や業績などを否定しているわけではありません。また、IUT理論やその研究者に対する批判でもありません。「IUT理論が間違っている」とか「望月論文査読体制問題がある」などと言う話と本稿は全く無関係です。単純にこの本に対する感想しかありません。

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加藤文元先生の「宇宙宇宙をつなぐ数学 - IUT理論の衝撃」を読みました。結論から言って、読む価値の無い本でした。その理由は、

ほとんど内容がない」

この一言に尽きます数学書としても、一般書としてもです。

本書の内容と構成

本書は、RIMS(京都大学数理解析研究所)の望月新一教授が発表した数学理論である、IUT理論宇宙タイミューラー理論)の一般向けの解説書です。

1~3章では、数学研究活動一般説明や、著者と望月教授交流の話をし、それを踏まえて、IUT理論画期的であること、またそれ故に多くの数学者には容易には受け入れられないことなどを説明しています

4~7章では、IUT理論の基本理念(だと著者が考えているアイデア)を説明しています技術的な詳細には立ち入らず、アイデア象徴する用語フレーズを多用し、それに対する概念的な説明や喩えを与えています

8章がIUT理論解説です。

まず、数学科の学部3年生以上の予備知識がある人は、8章だけ読めばいいです。1~7章を読んで得られるものはありません。これはつまり「本書の大部分は、IUT理論本質的関係ない」ということです。これについては後述します。

各章の内容

1~3章は、論文受理されるまでの流れなどの一般向けに興味深そうな内容もありましたが、本質的には「言い訳」をしているだけです。

IUT理論が多くの数学者に受け入れられないのは、従来の数学常識を覆す理論から

望月教授が公開された研究集会などを開かないのは、多数の人に概要だけを話しても理解できないから。

などの言い訳が繰り返し述べられているだけであり、前述の論文発表の流れなどもその補足のために書かれているに過ぎません。こういうことは、数学コミュニティの中でIUT理論懐疑的人達説明すればいい話であって、一般人に長々と説明するような内容ではないと思いますもっとも、著者が一般大衆も含めほとんどの人がIUT理論懐疑的である認識して本書を書いたのなら話は別ですが。

4~7章は、「足し算と掛け算の『正則構造』を分離する」とか「複数の『舞台』の間で対称性通信を行う」などの抽象的なフレーズが繰り返し出てくるだけで、それ自体の内容は実質的説明されていません。

正則構造とは、正方形の2辺のように独立に変形できないもの

対称性とは群のことで、回転や鏡映などの操作抽象化したもの

のように、そこに出てくる「用語」にごく初等的な喩えを与えているだけであり、それが理論の中で具体的にどう用いられるのかは全く分かりません(これに関して何が問題なのかは後述します)。そもそも、本書を手に取るような人、特に1~3章の背景に共感できるような人は、ここに書いてあるようなことは既に理解しているのではないでしょうか。特に6~7章などは、多くのページを費やしているわりに、数学書に換算して1~2ページ程度の内容しか無く(誇張ではなく)、極めて退屈でした。

8章はIUT理論解説ですが、前章までに述べたことを形式的につなぎ合わせただけで、実質的な内容はありません。つまり、既に述べたことを並べて再掲して「こういう順番で議論が進みます」と言っているだけであり、ほとんど新しい情報は出て来ません。この章で新しく出てくる、あるいはより詳しく解説される部分にしても、

複数数学舞台対称性通信をすることで、「N logΘ ≦ log(q) + c」という不等式が示されます。Θやqの意味は分からなくてもいいです。

今まで述べたことは局所的な話です。局所的な結果を束ねて大域的な結果にする必要がありますしかし、これ以上は技術的になるので説明できません。

のような調子で話が進みますいくら専門書ではないとはいえ、これが許されるなら何書いてもいいってことにならないでしょうか。力学解説書で「F = maという式が成り立ちます。Fやmなどの意味は分からなくていいです」と言っているようなものだと思います

本書の問題

本書の最大の問題点は、「本書の大部分がIUT理論本質的関係ない」ということです(少なくとも、私にはそうとしか思えません)。もちろん、どちらも「数学である」という程度の意味では関係がありますが、それだけなのです。これがどういうことか、少し説明します。

たとえば、日本には「類体論」の一般向けの解説書がたくさんあります。そして、そのほとんどの本には、たとえば

素数pに対して、√pは三角関数特殊値の和で表される。(たとえば、√5 = cos(2π/5) - cos(4π/5) - cos(6π/5) + cos(8π/5)、√7 = sin(2π/7) + sin(4π/7) - sin(6π/7) + sin(8π/7) - sin(10π/7) - sin(12π/7))

4で割って1あまる素数pは、p = x^2 + y^2の形に表される。(たとえば、5 = 1^2 + 2^2、13 = 2^2 + 3^2)

のような例が載っていると思います。なぜこういう例を載せるかと言えば、それが類体論典型的重要な例だからです。もちろん、これらはごく特殊な例に過ぎず、類体論一般論を説明し尽くしているわけではありません。また、類体論一般的な定理証明に伴う困難は、これらの例とはほとんど関係ありません。そういう意味では、これらの例は類体論理論的な本質を示しているわけではありません。しかし、これらの例を通じて「類体論が論ずる典型的現象」は説明できるわけです。

もう一つ、より初等的な例を出しましょう。理系なら誰でも知っている微分積分です。何回でも微分可能実関数fをとります。そして、fが仮に以下のような無限級数に展開できたとします。

f(x) = a_0 + a_1 x + a_2 x^2 + ... (a_n ∈ ℝ)

このとき、両辺を微分して比較すれば、各係数a_nは決まります。「a_n = (d^n f/dx^n (0))/n!」です。右辺の級数を項別に微分したり積分したりしていい場合、これはかなり豊かな理論を生みます。たとえば、等比級数の和の公式から

1/(1 + x^2) = 1 - x^2 + x^4 - x^6 + ... (|x| < 1)

両辺を積分し、形式的にx = 1を代入すると

arctan(x) = x - x^3/3 + x^5/5 - x^7/7 + ...

π/4 = 1 -1/3 + 1/5 - 1/7 + ...

のような非自明な等式を得ることができます。これは実際に正しい式です。また、たとえば

dy/dx - Ay = B (A, B ∈ ℝ、A≠0)

のような微分方程式も「y(x) = a_0 + a_1 x + a_2 x^2 + ...」のように展開できて項別に微分していいとすれば、

Σ((n+1)a_{n+1} - Aa_n) = B

  • a_1 - Aa_0 = B
  • (n+1)a_{n+1} - Aa_n = 0 (n ≧ 1)

よって、

  • a_{n+1} = Aa_n/(n+1) = A^n (B + A a_0)/(n+1)! (n ≧ 0)

a_0 = -B/A + C (Cは任意の定数)とおけば、

  • a_n = C A^n/n! (n ≧ 1)

「e^x = Σx^n/n!」なので、これを満たすのは「y = -B/A + Ce^(Ax)」と分かります

上の計算正当化する過程で最も困難な箇所は、このような級数収束するかどうか、または項別に微分積分ができるかどうかを論ずるところです。当然、これを数学科向けに説明するならば、そこが最も本質的な箇所になりますしかし、そのような厳密な議論とは独立に「微分積分が論ずる典型的現象」を説明することはできるわけです。

一般向けの数学の本に期待されることは、この「典型的現象」を示すことだと思います。ところが、本書では「IUT理論が論ずる典型的現象」が数学的に意味のある形では全く示されていません。その代わり、「足し算と掛け算を分離する」とか「宇宙間の対称性通信を行う」などの抽象的なフレーズと、それに対するたとえ話が羅列されているだけです。本書にも群論などの解説は出て来ますが、これは単に上のフレーズに出てくる単語注釈しかなく、「実際にIUT理論の中でこういう例を考える」という解説ではありません。これは、上の類体論の例で言えば、二次体も円分体も登場せず、「剰余とは、たとえば13 = 4 * 3 + 1の1のことです」とか「素因数分解ができるとは、たとえば60 = 2^2 * 3 * 5のように書けるということです」のような本質的関係のない解説しかないようなものです。

もちろん、「本書はそういう方針で書く」ということは本文中で繰り返し述べられていますから、そこを批判するのはお門違いなのかも知れません。しかし、それを考慮しても本書はあまりにも内容が薄いです。上に述べたように、誇張でも何でもなく、数学的に意味のある内容は数学書に換算して数ページ程度しか書かれていません。一般向けの数学の本でも、たとえば高木貞治の「近世数学史談」などは平易な言葉で書かれつつも非常に内容が豊富です。そういう内容を期待しているなら、本書を読む意味はありません。

繰り返し述べるように本書には数学的に意味のある内容はほとんどありません。だから、極端なことを言えば「1 + 1 = 2」や「1 + 2 = 3」のような自明な式を「宇宙宇宙をつなぐ」「正則構造を変形する」みたいに言い換えたとしても、本書と形式的に同じものが書けてしまうでしょう。いやもっと言えば、そのような言い換えの裏にあるもの数学的に正しい命題意味のある命題である必要すらありません。本書は少なくとも著者以外にはそういうもの区別が付きません。

本書の続編があるなら望むこと

ここまでネガティブなことを書いておいて、何食わぬ顔でTwitter加藤先生ツイートを拝見したり、東工大京大に出向いたりするのは、人としての信義に反する気がするので、前向きなことも書いておきます

まず、私は加藤先生ファンなので、本書の続編が出たら買って読むと思います。まあ、ご本人はこんな記事は読んでいないでしょうが、私の考えが人づてに伝わることはあるかも知れませんから、「続編が出るならこんなことを書いてほしい」ということを書きます

まず、上にも書いたような「IUT理論が論ずる典型的現象」を数学的に意味のある形で書いていただきたいです。類体論で言う、二次体や円分体における素イデアル分解などに相当するものです。

そして、IUT理論既存数学との繋がりを明確にしていただきたいです。これは論理的な側面と直感的な側面の両方を意味します。

論理的な側面は単純です。つまり、IUT理論に用いられる既存重要定理、およびIUT理論から導かれる重要定理を、正式ステートメント証明抜きで紹介していただきたいです。これはたとえば、Weil予想からRamanujan予想が従うとか、谷山-志村予想からFermatの最終定理が従うとか、そういう類のものです。

直感的な側面は、既存数学からアナロジーの部分をより専門的に解説していただきたいです。たとえば、楕円曲線のTate加群が1次のホモロジー群のl進類似であるとか、Galois理論位相空間における被覆空間理論類似になっているとか、そういう類のものです。

以上です。

加藤文元先生望月新一先生、およびIUT理論研究・普及に努めていらっしゃるすべての方々の益々のご健勝とご活躍を心から祈り申し上げます

2020-07-20

医療従事者としてお願いです

とある田舎内科診療所で受付をしている者です。

コロナウイルス関連で思うところがあるのでこちらに書かせてください。


まず、うちは小さな診療所なので入院する為のベッドはなく、人手も常に”ギリギリ足りている”状態です。

医師高齢なのもあり、コロナウイルス患者さんを受け入れる体勢はありませんし検査こちらでは出来ません。


ですので怪しい症状のかたがいらしたり電話が来ても「保健所(もしくは県の相談窓口)に相談してください」と案内しています相談窓口の判断検査対象外とされたかたに対してはうちより設備の整った病院を案内するか、先生相談の上こちらで診るか、となります


勿論換気・消毒・極力接触をさける等の対策はしています

以下、実際にあったことですが一部フェイクを入れています


【ケース1】

”消化器系の症状”とのことで来院された高齢女性。そのまま診察室へ入れたところ「熱がある」「保健所に連絡したらここを勧められた」と発言

ここまで一言も熱があることも保健所に連絡していたことも仰ってませんでした。


【ケース2】

何の連絡もなく”咳・喉の痛み”で来院された若い男性保健所へ、と案内し病院を出た後来院されませんでした。



今はどこの病院もやっていることだとは思いますが、当院でも一番外側の扉に”発熱や咳・息苦しさ等の症状のあるかたは必ず事前にお電話をお願いします”という貼り紙を出しています

その中で2のような連絡なく来院されるかたは2,3日に1人はおり、その上入り口に設置した消毒液もなさらいかたも稀にいらっしゃいます


疑わしい症状のある患者さんが帰ったあとは座っていた場所、触ったと思われる箇所、スリッパ、窓口等すべて消毒していますが行動のすべてを見ていられるわけではないですし、院内すべてを消毒することも難しい状態です。


マスクは常に着用していますフェイシールドや防護服等は疑いのある患者さんがいらした時以外は基本的につけていません。いきなり来られてしまうと準備も出来ないですし、1のようなケースですと大変困ってしまます




お願い

大前提として、疑われる症状があるかたは先に電話をしてください。相談窓口に連絡済みのかたも電話で事前に仰ってください。

そして病院入り口に貼られている掲示物は必ず目を通してください。

手指消毒液がどこにあるのかを把握し消毒をするプロになってください。



ちょっと気になっていること。

先生へ失礼だと思っているのか、こちらがやりやすいよう配慮してくださっているのか…わかりませんが診察室に入るとマスクを外すかたがいらっしゃいます

「外してください」と言われない限り外さずそのままで大丈夫です。医師はそんなことで失礼だなんて思いません。



最後

「かかったらその時はその時」と仰るかた。

あなた感染してすごく苦しい思いをしてそれで死んでもいいともしかしたら思っているかもしれませんが、あなた感染することであなたが触った場所、通ったところ、誰かと会話した時周りにいた人があなたを介して感染した時、そのうち誰かが亡くなった時、同じことをそのかたたちに言えますか?


全方位トラバ方法

  1. A記事トラバする
  2. A記事トラバを消す。B記事トラバ
  3. B記事トラバを消してC記事トラバ

といったふうにつけては外す。記事は残したまま。

するとトラバからURLが消えていてもリンクが貼られた状態になる。

一言書いて消す悪事と違って記事は残る。

参照元が増えるだけ。

いっしょうけんめい改善を重ねても、まだ遅いの一言で切り捨てられるのつらいわー

うそ文句は光に言ってくれ!

自称感想富豪同人誌感想のことを書いてみた日記

同人誌感想

同人誌感想が貰えるとか貰えないとか仲良くなりたいとか送ったら筆折られたとかみんな本当に色々考えているんだなと思う。特に最近は、あっちを見てもこっちを見ても感想感想ねこも杓子もバナナ感想の話をしている。すごい。みんな感想についてそれだけ思うところがあるということなのだ。思う方向性バラバラかもしれないが、とにかくみんな感想の話をしている。しかしその中に自分と同じような意見を見かけることが少ないので、せっかくだから匿名ブログで書いてみようかなと思った。読んで気分が悪くなっても何もしてあげられないので、繊細な人は読まないでほしい。感想欲しさが原動力作品を作っている人もできればやめておいた方がいい。あと胃腸が弱い人もやめておいた方がいい、胃腸メンタルにかなり引きずられると病院で聞いたことがある。お体を大切にしてほしい。

ちなみに筆者は最近巷で話題の「二次創作を中心に活動している女オタク」というやつなので、そこだけご了承いただきたい。

はじめに:感想ほしい?

「ほしい!」と即答できる人は元気でよろしいと思う。「貰えたら嬉しいけど色々あるよね」と言える人は大人で素晴らしいと思う。「ほしくない」と言える人はこれを読んでもあまり面白くないだろうと思うので、やめておいた方がいい。

さて、感想が欲しい、もしくは貰えたら嬉しい人は、「感想をもらうためにやった方がいいこと!」みたいなweb記事とかをまあ一度くらいは見たことがあると思う。しかしそういう記事は、その記事執筆者が「本当に実際感想をしこたま貰っているのか」ということには言及しない。そらそうだ、そんなこと書いたら普通は叩かれるだろうから。というわけで、あくまで「周囲と比べて」沢山感想を貰っているらしい自分がやっていることを書こうと思ったのだ。ちなみに友人がみんな謙遜してウソをついていた場合は友人全員足の小指をぶつけて一週間くらい地味に痛い思いをしてほしいと思う。

その1:どのくらい感想来る?

ネット記事アンケートを見てみると、「感想は1%未満」とか「3桁頒布したのに1件も来ない」とかざらに見かける。とても悲しいと思う。

自分は、50部頒布した作品に15件ほど感想が来たことがある。知り合いや友人はノーカウントだ。pixivで閲覧数1万程度、ブクマ数1000程度の小説作品に大体80件くらい感想を貰っている。80件の内半分くらいはそれなりに長文だった。インターネット引きこもりクソオタクなのであんまり知らなかったが、これは多い方なのだと友人たちに言われて初めて知った。勿論こんな弱小キモオタサークルよりいっぱい感想を貰っている人もおられることと思う。そういう方の参考になることは書けそうにない、すまない。自分のような若輩者でこれだから、壁やシャッター作家なんてのはもっともっと感想を貰っているものだと思っていたが、実はそうでもないらしい。世の中には毎日50000通くらいファンレターの来る神作家もいるのかもしれないが、自分出会たことはない。

その2:感想富豪

感想こじき」というスラングがある。大声で言えない悪い言葉を使っているが、インターネットスラングなのでそういうものなのだろう。ではこの言葉対義語、つまり感想をびっくりするほど貰っている人は何だろう? という話をしていて「感想富豪」という対義語が出来た。周囲と比べてみると、自分感想富豪なのだと思う。ありがたいことだ。自分インターネット上ですらクソ引きこもりオタクなので、交流とか新刊読みました〜(読んでない)とかお世辞合戦とかそういうのはしていない。pixiメッセージメールやぷらいべったーのメッセージボックスマシュマロ、時には同人誌即売会でのお手紙Twitterのリプライなど。色々なものを利用して、読んだ人が感想を送ってくださる。羨ましいと言われたこともあれば、友人だと思っていた人に「あなたはいいよね、有名作家に擦り寄ってコネ感想もらってるんでしょ」と即売会の会場で面と向かって罵られたこともある。しかし、特別なことをした覚えはあんまりない。ちなみにその友人だった人とはもう連絡もしていない。

自分がしていることは他人とは違うんだろうか? 自分同人誌は何かおかしいんだろうか? 自分ではよく分からないが、みんなが感想富豪になったら感想が来なくて発狂する人を減らせるかもしれない。あともう友達だと思ってた人に罵られなくて済むかもしれない。そんな感じである

その3:一に中身、二に中身、三、四がなくて五が中身

感想を沢山貰う作品というのは、大体どれも「中身」がちゃんとすごい作品だと思う。雑でテキトーだったり、やる気も技術も印象深いところもない作品は、やっぱりあまり感想が来ないと思う。だから作品の中身、クオリティをまず上げなくてはならない。絵ならデッサンや色彩、小説なら文章表現構成キャラクターの魅力を的確に捉える努力、それを自分なりの形で表現する情熱。そういうものの具体的な鍛え方はたぶん詳しい人が色々書いていると思うので、そういう記事を探してほしい。

ちなみに個人的な印象としては、ストーリーがきちんとあり、起承転結、盛り上がり、カタルシスなどが備わっているものが、同人作品としては「感想を貰いやすい」ものだと思う。送る側の心理として考えると当たり前のことだ。SNSのいわゆる1p漫画でも、起承転結のある(あるいは感じさせる)作品には何かを言いやすいし、ストーリーを感じられないものには感想を言いにくいからだ。

その4:どんな感想ほしい?

「好き」だけでもいい、とか「良かった」の一言でもいいとか、そういう人もいる。気持ちはわかる。

お前らが欲しいのは感想じゃなくてファンレターだろwwみたいな言説もよく見る。同人活動趣味赤字しまくったりして仕事の合間にやってることなので、真面目に批評を頂いてもまあ困る人もいる。同人屋全員がプロを目指している訳ではない。向上心とは素晴らしいものだが、基本的には趣味でやっていることだ。同じもの好きな人作品を気に入った時にそう言ってくれれば良いのではないかと思う。なので欲しいのは感想じゃなくてファンレターだろと草を生やすような人はちょっと論旨がずれている。そういうのはプロ志望の人に言ってあげてほしい「感想」であって、趣味世界で見知らぬ人に向かって言ったら空気読めてないだけのキモいウエメセになる可能性が高い。

とにかく褒めてほしいという人もいる。なんでもいいし嘘でもいいから褒めまくってモチベ維持に協力してほしい、という気持ちもまあわからなくはない。

だが、そういった人たちも含めて大勢作家が「こういう感想が欲しい」と憧れるようなヤツ、というものが世の中にはある。

もう何年も前に見たあなた作品をずっと探していました、とか。

この作品が読みたくてこのサイト登録しました、とか。

ジャンルが変わった作家を追いかけて、あなた二次創作が読みたいか原作を読みました、とか。

即売会に参加したことは今までなかったけど、あなた新刊が欲しくて今日勇気を出して来ました、とか。

このキャラ二次創作あなた作品が一番好きです、とか。

色々ある。どれも、送る側はお世辞では言いにくいデカめの感情のこもった感想だと思う。だからこそみんなそういう感想が欲しいと思うし、貰った人を羨むし、自分もそうなりたいと思うのだろう。ちなみにこれらは自分が貰ったことのある感想の一部だ。とても嬉しかったし、ありがたいことだと思っている。

しかネットを見ていると、とりあえず即薬物(感想)を注射しないと死ぬ! みたいな意見もけっこう見かけるので、まずは一つでも感想を貰うためにできることを書いておこうと思う。

語彙力喪失エッチダネイイネ! 絵文字乱闘! みたいな感想が欲しければ、アホエロに特化すればいい。長文で解釈説明をしながら感想を言ってほしいなら、ストーリーものの重たい話を作ればいい。出来れば長い作品だと感想も長くなりがちだ。とにかく褒め言葉だけ聞いていたいので今すぐベタめしてくれ! というなら、とにかく短いスパンでどんどん短編を出すことだ。なおどんな作品でもクオリティを上げるのは前述の通り最低条件であるクオリティはこつこつ努力するしかない。

どういう感想が欲しいかで、どんな人に見てもらいたいかは変わる。見てもらいたい人が違えば、作品も変わる。だからまずはどういう感想が欲しいのか、自分によく質問してみるといいと思う。その次はマーケティングだ。読んでほしいと思う層に的確にヒットするように、傾向を探る。そしてマーケティングに合わせて作品に味付けしてやればいい。

その5:印刷物なら装丁頑張れ

装丁は本の化粧である人間だってメイクで別人のようになれる人がいるので、本も装丁ですごくよさそうな感じに見せることは出来る。中身が伴わなければ顔面詐欺とか言われるかもしれないが、まず即売会の会場やSNSサンプル画像などで「おっ」と思ってもらうためにも装丁は大切だ。

装丁というとすぐに特殊紙! ニス盛り! 変形本! とか言い出す人もいるが、はしゃぐなはしゃぐな。まずは「目で見て分かる平面のデザインからだ。どんなに特殊紙キラキラ金かかり装丁にしても、デザインがクソだと台無しになる。特にサンプル画像だと紙の質感とかはわからないので台無しになる。同人誌デザインについてはその手の本もあれば親切な講座サイトからフリー素材配布者さんまでいろんな専門家がいる。周囲に目を引くデザイン同人誌を出している人がいるなら、本人がデザインしてるのか、外部に頼んでいるなら誰に・どんなサービスに頼んでいるのか、聞いてみてもいいだろう。

良い装丁の本になれば、それをきっかけにして手に取ってくれる人が増えるかもしれない。中身と装丁釣り合っていて噛み合った本なら、装丁も含めて「一つの作品」として感想を貰えることだろう。

その6:宣伝手段

即売会ならポスターサンプル。SNSなら他人の紹介記事やRT。宣伝になることはたくさんある。一次創作二次創作か、それにジャンルによってもどこで宣伝するのが効果的かは違う。自分の出したい作品に合わせて宣伝方法場所も選ぶといい。宣伝することで作品を見てもらう機会が増やせるなら、その分感想を貰える確率も上がるかもしれない。当然これらの宣伝クオリティに気を使った方がいい。ただし、宣伝他人任せになる部分が多い要素だ。自分宣伝しても限界があるので、その分の労力を作品の中身に使った方がいい場合も多い。初心者特に

その7:感想への反応

これは本当に人によって様々だし、ジャンルや界隈の人たちの暗黙の了解みたいなもの関係してくる。なのでここには自分のやっていることを書いておくが、あまり参考にはならないかもしれない。

自分は前述の通り、長文の感想や熱意の高い感想を貰うことが多い。そうした感想に対して、「わ〜ありがとうございます〜!」一言だけで済ませてしまうのは、自分は嫌だと思っている。一生懸命に書いてくれたと伝わる感想なら一生懸命に心を返す。好きなところをたくさん抜粋して書いてくれた感想なら、その抜粋部分に対する作者側からの話をする。クソデカ感情ぽい感想なら、その感情受け止めたぜ! という心意気を目一杯返す。そういう感じで返事をしている。感想を送った人は、何も「コイツにすり寄ってウマイ汁すすってやるぜ」とか思っている人ばかりではないと思う。作品を読んではちゃめちゃ楽しんで、その気持ちをくれた人に喜んでもらいたいと思って送る人もいると思う。だから自分も、そう思ってくれた人に喜んでもらえたらいいなと思って返事をしている。どうせ同じ穴のオタク、お互いを尊重していきたい。

もし相手が喜んでくれなかったらそれは残念だが、喜んでくれれば次の作品にもまた感想を送ってくれるかもしれない。感想が貰えたら自分もやる気が出てどんどん作品を出せるかもしれない。win-winの関係幸せスパイラルというやつである

おわりに:同人誌感想

同人活動趣味でやっていることだから、「感想こねーからやめるわ!」も自由だし「感想ほしいか他人にお世辞を言ってでもお返しを貰う」のも自由だ。全員が本当に欲しい感想を貰うことは難しいだろうし、感想が来るかどうかには運やタイミング関係する時があると思う。でもやっぱり、少しでも多くの人がハッピー創作活動できた方がいいと思う。

まずは一に中身、二に中身、三、四がなくて五が中身。マーケティングして、装丁頑張って、宣伝して、感想が届いたら頑張って返事をするといい。それでもうまくいかない時もあると思うけど、それはたぶん神作家と呼ばれるような人にもある悩みなんだろう。がんばれ同人屋。無理するなよ同人屋。体大事にしてね同人屋。自分もこれからもその辺のネットの端っことか即売会の島でがんばるので。

2020-07-19

「ああ、あのデブの子ね」

と、彼が言ったのは、

かに私が、その子の体型について話したからだ。

 

私にとってその子はとても大切な子だ。

長く一緒にいるし、一時期ダメダメな時期もあったけど、

それを乗り越えて今はとってもなかよし

ほぼ毎日LINEしている。会えばずっとおしゃべりする。

 

彼にその子のことを聞かれて、答えた。

の子はとっても力がつよいよ。

背も大きいよ。あなたとほぼ変わらないと思う。と。

 

私と顔が似ているのかと聞かれたから、

似てないよ。

体型はどうかと聞かれたから、

私よりも大きいよ。

じゃあオレよりは?と聞かれたから、

あなたよりももっとずっとがっしりしているかな。

 

他には、

料理が得意だとか、

どういう仕事をしているとか、

アイドルの誰が好きなんだとか、

悲しんでいたらいつも慰めてくれるとか、

ペットボトルの蓋をあけてくれるとか、

さいころは何をして遊んだとか、

そんな話をした。

 

私にとって、

ぜんぜんマイナスの話をしていたつもりはない。

の子のことが好きな理由

ひとつずつ伝えたつもりだった。

  

他にもいろいろ話したけど、

後日、彼から出た言葉は「ああ、あのデブの子ね」だった。

 

それを聞いて、しまったと思った。

私は、デブなんて一言も言っていない。

私よりもあなたよりも体格が大きいとは言ったさ。

それは事実だし、聞かれたからだ。でも、言わなければよかった。

 

私は、その子のことが好きだから

仲の良い人にはその子のことを話すけど、

今まで「デブ」という言葉記憶する人なんていなかった。

 

力持ちで体格がいいということは、

私にとってもその子にとっても、ちょっと自慢気分ですらいた。

  

「あのなかよしの子ね」「例の力持ちの子ね」

ペットボトルの蓋をあけてくれる子か」

みんな大体そういう風に覚えてくれたし、

私もその印象を与えるつもりで話した。

  

でも、失敗してしまった。

の子のことを、そんな風に言わせてしまった。

実物どころか写真すらも見せていないのに。

 

彼は、私の妹の何をわかったつもりでいるのだろう。

そして、デブという言葉を使って、

私が良い気分でいられると思っているのだろうか。

 

ごめんよ。

こんなもやし男と、

お姉ちゃんは間違っても結婚しない今日決めたよ。

 

私の大事な妹を、

てめえの身内にはぜったいにさせてやらねえよ。

anond:20200719172452

過去投稿した気がするが見つからなかったわ

精神障がい者グループホーム」で検索するといいぞ

一例を拾ってきたわ

自立支援ホーム精神障害者グループホームピュアルトとは?

法人名運営する、精神障がい者グループホームです。

ソーシャルワーカー、そして社会保険労務士としても10年以上経験を積んだ、専門の心理相談員が常駐しています。 お一人お一人に合った生活スタイルを送っていただくために、 企業への就労支援をはじめ、趣味や好きなことから始める在宅ワークなど、自由な働き方を支援しており、 仕事だけでなく日々の暮らしのご相談も大歓迎です。 一言で"自立"と言っても様々な形があると思います。そんな皆さんお一人お一人の"自分らしい生き方"を 身近で支えるホームでありたいと思っています


○特徴1.自室で自分だけの暮らしと安らぎを

自立支援ホーム ピュアルトは、県内でも少ない完全ワンルームタイプホームです。集団生活には自分は自信が無い、自分一人の時間が欲しい、誰かの目があると眠れない、などの不安を解消し、自分一人の時間を確保し、一人暮らしに限りなく近い環境提供します。


○特徴2 .新築の綺麗なホームです

2018年4月開所の新築ホームです。お部屋は洋室で、お風呂トイレセパレイト(別)、オール電化IHキッチンや浴室乾燥機を備えている他、モニターインターフォンなど嬉しい設備が備わっています


○特徴3.生活家電付き!

収納冷蔵庫洗濯機など完備しているので、身ひとつで入居できます


○特徴4.保証人不要

身一つで入居できます。入居にあたって保証人不要です。


○特徴5.初めての一人暮らしをしっかりサポート

専門ソーシャルワーカーが常駐しております食事提供(希望者のみ)や服薬管理生活面での指導など、個々の状況に応じてご要望にお応えする事ができますので、生活リズムが整い、 自分らしい生き方、安定就労に繋がってきます生活のこと、自分との向き合い方、お仕事ことなど、何でも相談してくださいね


https://www.tanoshii.house/


ただ、生活支援系で一般的懸念される要素としては、


Uber Eatsの配達員の質の低下が著しい

タイトル煽り

東京23区在住の私は2年前からUber Eatsを愛用している。

このコロナ禍でのステイホームの中、ありがたいことに在宅で手が離せない時間が多いほど仕事が忙しいのと、周りの飲食店が続々対応していることもあり、週3回以上頼むヘビーユーザーとなった。

そんな私のここ最近の悩みが、少なくない割合配達員問題があることである

うちに来る配達員の内訳は大体感覚値で以下の通り。

・道に迷わず来る、「お待たせしました」「ありがとうございました」の一言が言える(神、3割)

・道に迷わず来る、無言or無愛想(普通、5割)

・道に迷う、日本語が通じない、許容できないほどに冷めているor漏れている(問題、2割)

1年前までは神が7割、普通が3割ほどだったんだが、需要増大に伴う人手不足新規参入の影響だろうか、神の割合がどんどん減っていった。

無事に配達してくれれば接客を求めていないので普通別に良い。(10擬態するだけでGood評価チップがもらえるんだからもったいないなとは思うけど)

悩みは問題配達員である

■道に迷う

うちのマンションは細長い形状をしていて、隣と見間違えやすいので、住所と合わせて配達メモ建物の目印と大通りから入口への経路をわかりやすく書いているのだが、

建物を間違えるか周囲のブロックをうろうろされることがある。

Uber EatsはアプリGoogleマップで道をナビしてくれて配達メモもわかりやす位置に表示されるので間違えようがないのだが、多分ナビだけ見て配達メモを読んでいないのだろう。

道に迷うのは9割の確率外国人っぽい名前配達員である

日本語が通じない

配達員現在地確認して一定時間以上迷ってそうだったら「建物分かりますか?配達メモの経路で分からなければ言ってください」メッセージを入れているが、

ここでGoogle翻訳を駆使してやり取りし、建物までたどり着いてくれる外国人はまだマシな外国人である

(ただ、この人達結構確率で不機嫌を隠さず乱暴に渡してくる)

問題は、ベトナム語中国語で返信してきて意思疎通ができない外国人で、この場合一方的キャンセルされる(こちからキャンセルできない)か、自分建物の外に出ていく必要がある。

配達メモにダラダラと多国語表記をしたほうがいいのだろうか?

日本にいて店頭価格の500円~1000円上乗せで払っていて、日本語対応を求めるのはわがままだろうか......

■許容できないほどに冷めているor漏れている

自転車で運ぶ以上ある程度の崩れは許容するが(ドリンク汁物寿司はもはや頼まない)

Uberバッグを持たずに入ってくるのは勘弁して欲しい。大抵冷めている。

ベトナム人が小汚い小型の私物リュック料理詰めて来て、弁当が寄っているのを見たときは流石にキレてしまった。


これらの問題が起こった際にはBad評価の上、酷い場合にはUber Eatsサポート通報を入れているが、

商品崩れなどの際に自動で500円クーポンを投げられるだけで、大抵は何日も経った後にテンプレメールを返してきて終わりである

価格上乗せしてもいいから、海外タクシーUberみたいにプレミアムオプションつけてくれないかなと。

実績100件以上および評価97%以上の配達員およびダブルピック後回しなしの確約みたいな。

そうなると人手が足りなくて全くマッチングしなくなるか。

もはや私の地域UberEatsは終わっているのだろうか?

たまにピザ屋で配達を頼むと接客サービスが過剰すぎて不安になる。

出前館はほしい飲食店が中々なくて使えていない。

そろそろ横着をせず本気で自炊メインの生活に舵を切るべきかもしれない。

anond:20200719115537

投稿してるひとりひとりにとってはちょっと一言触れてみた、一枚噛んでみたくらいの感覚しかないよ

あなたが全部を見すぎ

anond:20200719094152

方程式」の一言で、硬直するくらい数学が嫌いない人って割といるみたいで、

それこそ中学レベル数学でも、試験勉強の時だけ覚えていただけですぐに忘れてしまっている様子。

うちらは、方程式概念レベル理解しているから、忘れるとか忘れない以前の一般常識として使いこなせる。

2x+3=5

なら x=1 かぁ。

みたいな感覚は、そもそも、どこをどう忘れたら、理解できなくなるのかすら分からないだろう。

こいうのが地頭の差ってやつなんだと思う。

精神障害者お気持ち日記

吾輩は精神障害者である。二級程度の手帳を取得したことがある。

現在は病状を隠してクローズで働いている。

なぜそんなことをしているかというと、一言で言えば

「国や地域から就労支援メニューが気に入らなかった」からだ。

障害者就労支援の時給を知っているだろうか?300円くらいである。

これは労働への対価であって、生活費生活保護手帳給付高卒新卒くらいはもらえる。

しかし、私は先天的精神障害者ではなく後天的精神障害者である

なので、労働の後にはビールが飲みたくなるし、ストレスが溜まれタバコを吸う、

誕生日にはチキンケーキが食べたくなってしまうのである

給付だけでは僕の欲求が満たされることはない。

「俺が人生しんじゃいけねーってのかよ!!!!」というのは筋ジトロフィーを患いながら、自分エゴを貫いた夜中にバナナが食べたい人である

僕が言いたいのもそういうことだ。

現在ではおおよそ年齢に見合うか少し少ないくら年収で週40時間以上わあわあ働いている。

近況としては、肉の食いすぎでコレステロールの数値が高いことと、4月以降居酒屋禁煙の店が多くなったことが悩みだ。

精神障害を持ってクソみてーな生活をさせられていると感じている人には、早くここまで上がってこいとエールを送る。

自分みたいな人間が国や地域からの援助を得て生きている。否、生かされていると考える人はそれはそれでいいと思う。

また、健常者に対しては精神障害も行動を見ているとボケ老人みたいな大したもんでもないので、できるだけ怖がらないでやって欲しい。

大したお気持ちもないが、備忘録までに。

作家なんてなるもんじゃないな

自分はかつて作家になることを志して夢破れた(そこそこ夢が叶いそうなところまでは行った)自分が、一昨日あたりに出版業界増田たちが書いた文章を読んで思ったことを書く。

以下長々と書いたが、一言でまとめると、「あー、やめといてよかった」


https://anond.hatelabo.jp/20200716012131

まずライターをやってる増田文章。これを読んで思ったのは、作家というのは自分が思っていた何百倍もくだらない仕事だったのだなということ。

作家を目指していた頃、自分でも「甘いよなあ」とは思いながら夢見ていたのは、筆一本で身を立てる職人生活だ。しかし、今時はオンラインサロンYouTubeをやらざるを得ないくらいに、儲からない仕事になっているらしい。

もちろん、当時から出版不況だとは言われていたし、作家になれば世情に媚びた文章を書いたり、執筆以外の仕事もやらざるを得ないことは分かっていた。しかし、オンライサロンだのYouTubeだの、ここまでくると、もはや作家というより「売文ネット芸人」だろう。

これからますます作家は顔も私生活晒して、芸人じみた生き方をしていかざるを得なくなるのだろう(専業でやる場合だが)。そこまでして数百数千の読者を抱えても、生活は並の会社員にも及ばない。ようやく文章を世に出せたと思ったら、Twitterだのブコメだので頭の足らない連中にゴミみたいな感想を書き散らされる。想像するだに身の毛がよだつ。

作家たるもの自分の書いたもので少しでも世を変えたい、そしてあわよくば、歴史わずかでも爪痕を残したい、という夢想をするものだと思う。程度は人それぞれだろうが、少しは作品を後世に残したいという思いは持つだろう。だが、今では作家の書く文章など、無数の娯楽の中の一つに過ぎず、ただただ消費されるだけのものだ。それも、一部の物好きが消費するだけで、ろくに金も産まない。断言するが、かつての大作家たちのように何十年何百年と読まれものなど、現代作家からまれることはない。残ってせいぜい五年か十年か。

無数の駄文ネット上に書き捨てられ、毎日のように駄本が出版される現代作家の書いたものが世を変えたり、歴史に残ったりすることはあり得ない。現代に書かれたもので、後世振り返られるものと言えば、おそらくドナルド・トランプツイートくらいだろう。「作家の書くものには言葉の力がある」などと言われる。だとするなら、「言葉の力」で世界一喜一憂させ、株価を動かし、世界情勢すら変えかねない、トランプこそ現代最高の作家だろう。業としての作家には、何の影響力もない。歴史にも残らない。何ならアルファツイッタラーの方が遥かに影響力がある。これが現実だ。

まり自分が夢見ていた作家像は、徳川埋蔵金と同じくらいの馬鹿げたものだったのだ。仮にこんな馬鹿げた夢を持ったまま業界に入っていたらと思うと背筋が寒くなる。絶望して生きていけなかっただろうな。


https://anond.hatelabo.jp/20200716203604

さて、次にこの編集者氏の文章だが、「いい本を多くの人に読んでもらう、それが編集者仕事だ」という矜持が僅かでもあれば、意地でも言わないようなことを言っている時点で終わっている。

もしも、作家になれていたとして、こんな人に偉そうなことを言われるのだと思ったら…こんな業界に身を置かなかった自分賢明だと思う。


https://anond.hatelabo.jp/20200717110714

最後印刷会社増田

もしも自分作家になって、それなりに自由ものを言える立場だったになれていたとしたら(無理に決まっているが)、こういう低い立場に置かれた人たちのことなど知りもせず、「搾取はいかん!」的なことを書いていただろう。自分搾取構造の一部になっていることな気づきもせず。

自分を顧みもせず、綺麗事を言う作家どもが如何に醜悪かは、皆さんよく知っていることと思う。Twitterを見れば、「よくもまあ、そんな偉そうなこと言えるよなあ」という腐れ作家どもが山ほど見れる。そんな人間にならなくてよかったと、心から思う。


いやあ、本当に、作家になることなど諦めてよかった。作家目指してあれこれ努力していた頃、「馬鹿言ってないで就職しろ」と言ってくれた両親に感謝したい。下手にチャンスが近づいていたため、当時は親を恨みもしたが、今では感謝の念しかない。

現在は、小さな会社のしがない社員だが、それなりに楽しくやっている。幸いコロナの影響も少なく、将来の不安は小さい。ステイホーム中は嫁と楽しく過ごすことができた。作家業なんてしていたら、この安心感は得られなかったろう。金もなければ、結婚もできていなかっただろうな。

「こんな文章書いて未練たらたらだな」と思われるかもしれない。確かに、未練が全くないとは言わない。一度は目指した夢だったのだから。だが、「やめといてよかった」もまた本音なのだ

夢を追って叶えていたら、もちろん得るものも大きかっただろうが、失うものはそれよりも大きかっただろう。そこそこ安定した生活家族のいる安心感、これらがないまま今の年齢になっていたら…。死んでただろうな、間違いなく。

腐すような書き方をしたが、作家諸氏には本当に頑張ってほしい。大変な時代と思うが、工夫して乗り切っていただきたい。乗り越えた先には、明るい時代が待っているだろう。知らんけど。

2020-07-18

春巻きを食べるたびに三浦春馬くんを思い出す話

私は春巻きを食べるとき三浦春馬くんを思い出す。

から何年もの前の中学生ときに、選択給食なんてものがあり、春巻きか揚げ餃子かどちらか好きなメニューを選ぶことができる日があった。

春巻きはそこまで好きではなかったから、私は揚げ餃子を選んだのだが、友達はこう言った。

「春馬くんが好きだから春巻きにしたよ!」

この会話をした2008年は、ボンビーメン、ごくせんブラッディ・マンデイと多くの人気ドラマ三浦春馬くんが出ていた年で、中学生大人気だった。

それだと、三浦はるまきくんになっちゃうね、なんて言いつつ、私も春馬くんが大好きな1人で、その一言でたいして好きではなかった春巻きが大好きになってしまった(人間って単純なものである)。

それから数年経って、高校生になって、大学生になり、社会人になったが、未だに春巻きを食べる度に春馬くんを思い出す。

しかし、大人になってしまったので、思い出しても言葉に出すことはなかった。

今日三浦春馬くんのインスタを見た。

今年の4月投稿に、春巻きの写真と共に、給食春巻きが配膳される度にはるまき君と言われていたことが書いてあった。

明日の夕飯の献立は、春巻きにしようと思う。

なんでかって聞かれたら、こう答えよう。

「春馬くんが好きだから。」

年内に推しプチオンリーが開催される予定の同人オタク叫び

これはコロナ時代でも同人イベントを楽しみたいオタク叫びである

願わくば同じことで悩む方々にこの記事が読まれ、良いアイデアがたくさんツイートされることを望む。

頼むお願いします。救われる命があります

私は年内に推しジャンルプチオンリーが開催される予定のオタクだ。


コロナ禍の前に開催が決まり、その時はとてもとても嬉しく「一緒にお買い物に行こうね!」と友人にLINEしたほどだ。

そして数ヶ月経った今。

世界は一変し、同人イベントの開催がとても難しい時世となってしまった。


つい先日、赤ブーさんのイベント大阪で開催された。

私はTwitterで見守るばかりであったが、平時のような形でのイベント開催はやはり難しいのだと痛感した。

当分の間、今までのような形でのイベント開催が難しいことは頭ではわかっている。

わかってはいるが、何も出来ずに時が経ち、当日になり、

「本当なら今日推しプチの日だったなぁ…」などと思うことになるかもしれない可能性が低くはないのが悲しすぎる。

今、私の頭の中には「なんとかこの運命を変えられないか!?」がうずまいている。

私はどちらかというと読み専だが、プチの開催を知った瞬間は本を作ってみたいとすら思った。

実際、はじめての同人誌発行を推しカププチに捧げた友人もいる。

カプこそ違えど、本が出せて嬉しそうにする友人の姿に感動したし、

イベントには人に「はじめて」をさせるほどのエネルギーがあるのだと心に響いた。

むろん、イベントが無くとも同人誌を作れる方はたくさんいるのかもしれない。

けれど、イベントひとつのゴールや、目標や、楽しみや、

モチベにして本を作る方も多く居るのではないだろうか。

現に私は本を作りたいと燃え上がっていた気持ち

このコロナ禍で少し弱火になりつつある。

ああ、「場」があるって大事なことだったんだ…と、あらためて感じている。

………だが大好きな推しジャンルプチをそう簡単あきらめてたまるだろうか?

まらない。

たまるものか。

私になにかできることは無いだろうか?

一言でいうと参加予定の方々が「安心して楽しみにすることができる」ような、

そんな「場」の確定ガチャがほしい。

せっかく日程が決まっているプチなのだ

不安でいるよりも、安心して楽しみとしてスケジュール帳に書けるようにしたい。

それが作家さんたちのモチベアップに繋がれば万々歳だ。

そこで、自分ならどんな場がほしいか、どんな場なら参加したいか

どんな場なら本をつくるモチベアップになるか、順を追っていくつかアイデアを考えてみた。


まずは現状の整理。


【現状1】今すぐにできること

現実的なのはTwitterPixivタグ作って情報を繋ぐことだ。

これは今までのリアルイベントでも見てきたが、

これを強化することで「場」に繋がるのではないかと考えている。

【現状2】同人イベント企業対策

赤ブーさんの対策としてエアブー(オンライン同人即売会)を経験した。

こんなご時世でもイベント安心して楽しむことができる場の提供感謝したし、

改良することでもっと良いものになる可能性も感じた。

私が思いつく現状はこのくらいだ。


次に、自分イベントないしはプチオンリーの好きなところ・求めていることを整理


【最高1】本がいっぱい買えて最高

【最高2】同じもの好きな人が集まる空間が最高

【最高3】ペーパーラリーや景品交換のお祭り感も最高。

個人主催のプチの企画としてペーパーラリーがある。本を買った際にサークル発行のペーパーを貰い、それを数枚集めることで景品をゲットできるというものだ。

赤ブーさん主催のプチでは告知絵クリアファイルが貰えることが多い。私はどちらも大好きだ。

尚、ペーパーはシール等でも代用可能

【最高4】宝探し感が最高。

歩くうちに新しいサークルさんを発見したり、お祭りテンション爆買いしたり、好きなサークルさんに感謝を伝えたりが最高。

とっさに思い付くのはこのくらいだろうか。

最高しかない。


さて次は、ここで挙げた【現状】と【最高】の点を線にしてアイデアを出してみる。


【案1】設営完了写真をアップして繋げてみる(イベント会場&おうち参加のどちらのサークルも連動できると尚よい)

私はイベントの設営完了写真が好きだ。

イベント空気が感じられるし、本が並んでいるところを見ると嬉しくなる。

タグでそんな写真を繋げば楽しいのではないだろうか?

せっかくサークルさんが作ってくれた本だ。日の目を見る場が多くて悪いことはないだろう。

Pixiv新刊サンプルに繋げれば立ち読み可能だし、匿名メッセージツールと繋げればサークル気持ちを伝えられることも可能だ。サンプルがわりに新刊パラパラ動画なんかも楽しいかもしれない。

やってみないとわからないけれど、やってみないことわからないことをやるのが今なのではないだろうか。

【案2】オンラインペーパーラリー

発想としてはプレゼント交換だ。

リアル頒布通販のどちらでもできることとして思い付くのが「参加サークルが本にオマケ(ペーパーやノベルティ)をつけること」だ。

それはペーパーでもいいし、シールでもいいし、ポストカードでもいいし、冊子でもいいし、ノベルティのようなグッズでもいいし虚無でもいい。

先着順の数量限定でもいい。

サークル裁量に寄る所があるのでサークルがしたい&できる範囲でいい。

本を購入した人がお祭りを感じられる「もうひとつ」があることで、読む側も作る側も特別感を感じられるのではないだろうか。

プチオンリーで発散する予定の熱を、安心して叫ぶ「場」の提供としてのひとつの案だ。

ノベルティ不要オタクも居ると思うので、選択できるとベターだろう。

アイデアは以上だ。

サークル参加者の気持ちになって、必死に「楽しい」を模索してはみたが、ご覧の通り私のアイデアは枯渇している。

こんなに熱意があるのに、私にはこうして思いの丈を書き記すことしかできない。


だが今はSNSがある。


たくさんのオタク自由に発信することができる。

願わくば、この記事を読んでくれた方が「こんなのはどうだろう?」「こんなことがやってみたい」とアイデア気づきを声として上げてくれますように。

私には大好きな推しジャンルがあるが、推しキャラ推しジャンル推しカプ関係なく、いまこの現状に悩んでいる方に届いてほしい。

頼むお願いします。救われる命があります

anond:20200718190101

安倍さん草案のままいくなんて一言もいってない。だって安倍さん、どう変えるかは興味がないと言っている。変えることがだいじだと。

ネットでの誹謗中傷を身近に体験した時の話

 その頃まだSNSは今ほど隆盛ではなくて、ネット上で匿名をたてに誰かを悪く言うといえば、定番ひとつとして掲示板サイトがあった。

 当時、というかそれよりずっと以前からあったのを私が知らなかっただけなのだが、活動していたジャンルで、同じジャンル内で活動している人の中から誰かをピックアップして面白おかし嘲笑うというスレッドがあった。

 それを見つけた誰かがSNSリンクつきで報告し、そこから、私のような地味担当にまで聞こえてくるほどの話題になった。

 まだ(確か)若く、オタク活動幸福楽しい一面しか知らない私には衝撃的なほど、聞いたことくらいはあるあの方この方を名指しで、どこが悪い、ここが拙いと作品批判からまり、本人の人間性について憶測中傷し、笑い、あるいは敵意を隠さず罵るといった、その様相愕然とし、それなりに長い間、その掲示板スレッドに貼り付いて一言一言を脳に刻んでいた。

 その内、社交的でそれなりに人気もあって、少々は目立つ部類であろう、私の友人がそのやり玉に挙げられ始めた。彼女の周囲の人物として、批判はないながらも自分の名が挙げられたのを見た時には、自分が何を感じたか認識するよりも早く、嘔吐した。

 匿名で、明らかに誰か判らないから言うのだろうと思うような下衆な発言が繰り返される中、驚いたことに、友人は、明言しないながらも考えれば気づきそう、或いは違うとしても本人だと勘ぐられかねないほど、正面切ってその場で反論し始めたのだ。

 その手の誹謗中傷なんていうものは、知っている人間から見れば明らかに根も葉もない内容で、しかし驚くほど、ちゃちなやり方ながら、雑な根拠といい加減なソースなんかを提示して、それらしく見せてくる。

 現在SNSほどでないとしても、企業偽装マスメディアやらせ作為的フェイクニュース話題になってまだ記憶に新しい頃で、見え見えながら悪い意味でよく見習い踏襲された話題の運びに感心するほどだった。

 話題の刺激があれば充分で内容の虚実を必要としない目線からみれば、心を痛めるにも潤すにも、充分な燃料だろうと見えた。

 それで私は、彼女のやろうとしてる反論は不利だと考え、彼女自身にもそう伝えた。黙っておけばどうせ話題の旬は過ぎて、深く考えていないように見える彼らは忘れてしまうだろうにと。

 その時彼女が、恐らくは憤り混じりに言ったことを、きっと一生忘れないだろうと思う。

匿名掲示板は、誰もが言いたいことを言っていい場所として提供されている。それなのに何故、間違ったことを言っているやつらが好き放題を許されて、間違っていない私が黙らなければならないのか」と。

 私は一瞬言葉を失い、それから、ごもっとも…と彼女の言い分に白旗をあげ。けれど、陰口好きの類に彼女ほど詳しくも、弁舌巧みでもなく、参戦は恐らく足手まといであろうと考え、何かあれば、どんなことでもいつでも連絡して欲しいと告げるのみに留めた。

 その騒ぎ自体は、長い間うんざりするような泥仕合を続け、繰り返して、予想に違わず話題は次々に変わり、もう追ってもいないので判らないながら、ご存知の通り、同じことが今も世界中で続けられている。


 私は、彼女の言い分はもっともだと考える一方で、匿名を笠に着てよく知りもしない相手をあれほど悪し様に罵れる彼らは一体、何をどうしたのだろうということも非常に気に掛かった。

 その事情は知れないながら、地獄だなあと思う。

 他者攻撃しなければいけない状態にあることそのものが、地獄だ。と、言って意味が通じるかといえば、渦中にとっぷり身を浸し、その刺激に酔って何某かを得られる状態では、恐らくそう感じることもないだろうとも。

 自分よりも弱い者をいじめることは快楽だとはよくいうし、その意味も分かる。そういう状態、そういう心理があることは、知るべき、認めるべきで、そこからでないと出発点に立てはしないが。

 人を殴らなくても生きていける心安さは、人を殴って得られる快感よりもはるかに大きいと感じているし、知って欲しいと思う。

 私達は誰も怪物ではなく、けれど生きていく中で味わう苦しさや弱さがいつでも私達をそのような姿に変え、けれど私達は誰も怪物ではないのだ。

 誰かが指さして私を怪物だと決め、周りがそれを容易く認め、私に気づく者がいなくなれば、私はきっと死ぬまで怪物の姿から元には戻れない。

 詮無いことではあるし、怪物の姿になってしまった者に近付くこと自体が、危険なことだというのも経験から知っている。

 それでも今も、危機回避について考えるたび、記憶の中の彼女が憤りを持って訴えてくる。

「何故、間違ったことを野放しにして、正しいことを言わないのか」と。

三浦春馬悲しいね

何があったのかは知らないが冥福を祈る

早速Twitterでは誹謗中傷トレンドに入ってるが

誹謗中傷するなって言ってもそれが真っ当な批判ならそれは許容されるべきで

一人が一言だけ批判をしたとしても、それが一万人集まったらそれは一万回批判されたのと同じで

でも批判してる側は「あ、ワイはそろそろ八千人目やしやめとこか」なんてわかるわけもなく

からTwitterとかでヤァヤァ言われるのは有名人なら仕方のないことなんだよね

人前に出て、有名になって、影響力を手に入れるのとトレードオフじゃんっていう

それが嫌なら最初から人前に出なければいいんだよ、俺みたいにさ。いわゆる有名税ってやつじゃん

から誹謗中傷が原因だったとして、その場合は単にリスク顕在化しただけだし三浦春馬は早く俳優引退してサラリーマンをしてればよかったし彼に同情はしないよ

ただ悲しく思うけれど

anond:20200718070640

元増田が僻む立場人間から一言

勝手比較対象にして勝手に怒って悲観してって迷惑です。

イラスト枚数が勉強時間がって目に見える結果だけで何もかも評価するのやめた方がいいと思うよ。ドツボにはまるから

時間をかけてたくさんやったのに出来ないって問題そこじゃないと思うんだよね。

才能のある人間が羨ましいという話

この日記を見ていらっときた人、批判したくなった人、意見を言いたくなった人、どんな人が現れるかわからないが、深夜4時のテンションで日頃の鬱憤を吐き出したい。

お叱りの意見が来るのは承知である。あとで見返して大反省するのも承知である

大半の人間が何かしらの才能を持ち合わせているという事実

なぜかよくわからないが、周囲の人間に限ってはこの事実例外を見たことがない。

友達のSは絵が上手くて自頭がよく化粧やお洒落はしていないが周囲から愛される。

友達のYは友だちが多い。また頭の回転が早く旧帝大に現役合格しており、吹奏楽部幹部で頑張ってきたようだ。

友人のTも旧帝大に楽々合格して、運動神経も良い。ついでにルックスも良い

友人のMは友達が少なく勉強も苦手なようだが球技だけはずば抜けており、最近では趣味イラストも上達してきている。

などなど

私も良い大学合格したくて誰よりも努力した、少なくとも勉強時間でいうとクラスで一番だった。中学の頃は友達恋人に囲まれてる人が本当に羨ましかったし、趣味イラストだってずっと頑張ってきてる。

でも、なぜかできない。

何を頑張っても平々凡々にしかできない。そりゃあ、勉強だって高1の頃から居残りをして沢山やってたから、担任から一橋だって行けるんじゃないかって言われてた。周りがやってなかったから。でも、学年が上がるに連れて自分偏差値相対的に落ちていったし、何より効率よく勉強したはずなのに、一橋どころか地方公立でさえ落ちた。今は胸を張って高学歴だとは言えない私大に在籍している。自分頭が悪い自覚がなかった、周りが良すぎると思ってたし今も思っている。(受験について述べ始めるとキリがないが、政経センター対策参考書網羅したはずなのに、半分知らない内容だったし、数1A2Bだって自分の中では難易度の割によくできたほうなんじゃないかと思ってたら、平均点しかなくて絶望した、英文法も分厚い王道参考書網羅して自身があったのに某私大英語では参考書にない知らない文法ばっかりでひっくり返ったし、受けた奴らは皆簡単だったと言ってて暫くTLも見れなかった。)

模試の度に反省をしてトライエラー繰り返してきたけど、受験を振り返ってみると圧倒的にやった参考書の量と勉強時間が足りない。の一言に尽きる。誰よりもやってきたはずなのに、自分スマホ禁止している間スマホをやってた奴らのが成績が良かったのだ…。

私が記述数学対策必死でやってきた中で無対策友達に点数を好かれたら死ぬほど悔しくて、3日間睡眠食事以外徹底的に勉強した(一日15時間以上)り、冬休みネットテレビを経って毎日14時間ぐらい無我夢中勉強した

それでもセンターが近くなるに連れて周りの奴らが本気で勉強しだすので、自分の成績は上がりようがなかった、くそったれ

まぁ勉強は才能がなかったで終わり、今は就職のための新しい勉強をしているか学歴はもう良い、と最近は思う。まぁ、その勉強受験勉強と同じく好きだけど得意なわけじゃないか就職してもできるやつに追い抜かされるんだろう。

んでもってさ、勉強以外ができるのかって言うと、違うのよ。

まず自分は圧倒的に仕事ができない。ケアレスミスが多くてレジ打ちなんてもってのほか集中力がすごいだけで、一つのことに集中してはいけない接客業では圧倒的にハンデになる。マルチタスクがこなせない。何をやれば良いのかわからなくなってしまう。覚えたことがごっちゃになって、またそこでもケアレスミス。せめて仕事ができる人間だったら良かったのに

そして、受験が終わってから小学生の頃からずっと好きだったイラストをまた描き始めたがこれがまた成長しない。ネットで上手くなる方法を探してはトライエラーを繰り返し。デッサン模写も沢山やってるし、周りの友達可愛いね、上手だねって褒めてくれる時はあるけど、上手い人と比べると圧倒的になにかが足りない。同じ18歳で絵の上手い人なんてゴロゴロいるけど、自分より絵描き歴が短かったり自分より圧倒的に描いてる枚数が少ないのにこのレベルかと驚愕することが多い。(自分中学生の死ぬ気で絵を描いていた。)もうやだ、才能がない、辞めたい、過去絵みたら全部下手に見えてくるし、って思いながらも睡眠時間を削って大学課題をする時間以外はずっと絵を描いている、3月から。(諦めたり、辞めたりしない、継続する根性受験期に身についた)さっきも絵を描いていたけど、やっぱりちょっと楽しいと思う半面もう百枚以上は描いてるんだからそろそろ上手くなっても良いんじゃないかと思う。無念。

友達だって少ないし、人から愛されるような愛らしさや魅力もない。ツイッター愚痴ると嫌われるから本性は出さないようにしてここで愚痴ってるし、中3から化粧の仕方だってyoutube研究してきた。見た目のコンプレックスだって拭えない。

最近よく何かがずば抜けてデキる人が本当に羨ましいと思うし、自分は何をするにも鬱になるぐらい、他の娯楽を全部我慢して睡眠時間を削るぐらいの努力をしないと”そこそこできる”のラインに到達できないのに嫌気が差してきた。

自分には何ができるのかわからないしなんの才能があるとも思えない。ちょっとかじっただけで何でもできてしまう友人が本当に羨ましかった。

一時期はこの人だって自分より努力してるかもしれないと思う時があったけど、そう思えないほど自分精神的にも体力的も疲弊してるのに 相手SNSでの楽しそうな投稿を見る度にこいつは自分より才能があるんだっていう認識に変わる。

これでも、頭が良くて友だちが多くて運動音楽の才能がある多彩な人間ほどもてはやされた中学時代と違って、女子大生は才能がなくてもルックスだけ良ければちやほやされるから楽だ。自分普通だけど。

以上、今日徹夜イラスト練習をしているがその合間に書きなぐった愚痴です。文章ぐちゃぐちゃ。大勢の人に見てもらいたいわけじゃないけど、深夜のテンションとたまには愚痴ってもいいよねってことで吐き出してみた。

おわり

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