はてなキーワード: 閉口とは
その漫画が好きで読んでるから興味が湧いて覗いてみたら、離れ離れだった主人公たちが再開するシーン(188話)が"少女の顔に放尿するという性的なシーンを遠回しに描いている"という趣旨の記事があって驚いた。
主人公が持ってる味噌を少女が好んで食べることも挙げて、"少女が排泄物で陵辱されている""男性読者向けのサービス描写"みたいなことも書いてあった。
ブログ主は↑のことに好意的だったから"的外れな批判"とかではなかったけど、あまりの気持ち悪さに閉口してしまった。
そりゃこの漫画は下ネタ多いし、作品の読み方や解釈は人それぞれ自由でいいとは思うけど、作品名やキャラクター名を明記した上で、何の注意書きもせず未成年のキャラクターを(特殊な)性的嗜好の対象として表現するのは、モラルに欠けるんじゃないのかな。
このニュース、金がもらえるなら信念もへったくれもないブコメが多くて閉口する。
「独身だが賛成」といってるブクマカはまだ理論的だ。政策に賛成なんだろう。
クズだと思うのは「子育てってお金がかかるから正直助かる」とか「子供にいっぱいかってやろう!」みたいなクソポジティブお気持ち野郎どもだ。知らねーよお前んちの個人的な話なんか。あんぽんたんか。
一番引いたのは「2月に産むからそれまで待って!」ってコメント。いやいやいやいやお前今まじで貧困で困って自殺に追い込まれている人の前でもそう言うの??明日の収入がないひとが言う?今じゃない!って。まじでお前個人の話はいらねーんだよ。いや個人の話も大事なんだけどあまりにも論点がズレた個人情報で、知らねーよ以外感想でてこねぇよ。
金がもらえりゃなんでもいい奴は、奢ってもらえるからって嫌いなやつとメシ食いにいく女といっしょだぞ?詰まるところお金もらえりゃ股開くパパ活()女といっしょだぞ?売春婦かよ。
自分の信念と同じなら自民はクソと言いながらも支持するのはわかるけど、金もらえるから支持するってのはあまりに頭が悪くてブクマカなのにほんとうに残念だよ。
この前提を認めて頂けると【男性が女性と交流する際の意欲のベースが性欲である】という新事実()に
閉口を隠せずにいる女性ブクマカの皆様もそのようにたまげずに済むのではないでしょうか
皆さまも女性である以上はこの心理的傾向を内面化していらっしゃる方がほとんどだと予想するのですが、
恐らく皆様はそうした心理的傾向を言語化して意識的に実感していらっしゃらなかったが為に今回その様にたまげてしまったのだと思われます
もちろん、ディスコミュニケーションの観点から問題を分析することも有用です
特に【弱者男性の対女性コミュニケーションが洗練されていない】という指摘は重要です
しかし、私からすればこうした指摘こそ正に【女性にとって弱者男性の性欲の発露が好ましくない】という事実を裏付けている様に思われるのも確かなのです
【強者男性でも気持ち悪いコミュニケーションをしてくる男はいる!】という意見も重要です
それはその強者男性が【弱者男性の性欲の発露方式】を使っているからです、新しい概念でございますね
人間は言語を用いてコミュニケーションをする生き物なので、言語の特徴である引用を防ぐことはできません
つまりその強者男性の強者性は外見や経済力等、コミュニケーションを除いた外部要因で担保されており、そして不幸なことにその強者男性は
先ほど申し上げた【弱者男性の性欲の発露方式】によるコミュニケーションを引用してしまっているが為にそのコミュニケーションそのものは女性陣から痛く嫌悪されてしまうのです
しかし、強者男性とされている以上はその男性は女性とのセックスに不自由していない状況だとも考えられます
つまり、その男性はコミュニケーションで減点されてもなお残りの加点要素で女性陣の性的選好の合格ラインに達しているのだと思われます
ここまでの内容をまとめます
ぶっちゃけ【洗練されていない対女性コミュニケーション≒弱者男性の性欲の発露】なのです
そして女性ブクマカの皆様が想定とする【洗練された対女性コミュニケーション≒強者男性の性欲の発露】でもあるのです
私は正直に申し上げてこんな当たり前のことすら理解していなかった女性ブクマカの皆様に驚愕を隠せません、たまげたのは私だよ
皆様がこれまで実生活で体感してこられ、それを理想的とさえ考えてこられた男性のコミュニケーション方式の正体は【強者男性の性欲の発露方式】です(断言)
そしてこれらの事実は何ら絶望的なものではありません、むしろ女性陣にとっても男性陣にとってもこの事実を正しく理解することが明日への福音となるのです
女性陣は男性とのコミュニケーションにおいて自分は常に性的に対象化された存在であるという意識を持つことで、迂闊な言動によるリスクを低減することが出来るでしょう
男性陣にとってみても、強者男性の性欲の発露をよく理解し、それを定型化した上で実践を図ることで性生活の向上を目指すことができるでしょう――弱者男性のみんな、性欲は丁寧に発露することが重要なんやで
書き疲れたのでこの辺で失礼します、質疑応答には応じませんが反論引用喧喧囂囂侃侃諤諤やっていただけると私の承認欲求がどんどんと満たされていきますのでお願い申し上げます
フィフィに突っ込まれた宮迫が〝ヒカル=相方説〟を否定! 「恩人」「すごく濃い関係」(東スポWeb)
https://news.yahoo.co.jp/articles/20f3c868ee9a5d67b38c935af5e45d9bd9361b7a
別に宮迫さんのことは、「いけ好かないやつ」という雰囲気は漠然と感じつつも別に嫌いではなかったため、数年前からのこの騒動は非常に悲しさを感じます。
まぁ、立ち回りの下手さには流石に閉口したんですが。
ロンブー亮の記者会見に合わせて動画上げたりだとか、そのチャンネルで過去の交友を腐したりだとか、
彼に落ち度がないのかと言われれば当然(テレビに戻ることを目的とするなら)落ち度しかないんですが、
世の中的に叩かれまくって、起死回生を狙った吉本叩きの記者会見も不発に終わって、
心の拠り所が全く無かったところをヒカルとかその辺のYouTuberに付け入られたんだろうなっていう流れはおおよそ予測が付きますよね。
この辺には我々一般人にも学ぶべきところがいっぱいある気がするんですよね。
曲がりなりにもテレビの第一線で活躍されてきていたお笑い芸人なんですから、
そういう人でもちょっと弱ったところを狙われてしまったら相手を盲目的に信頼してしまうようです。
マルチにハマったり、よくわからない客観的にはどう考えても胡散臭い占い師に傾倒したり、
常識的に考えたら知恵が足りてないのもいいところなんですよ。理性的に、冷静に落ち着いて考えたら。
ただ、どれだけ成功してようとも、今後は遊んで暮らせるお金を持ってようとも、
少しでも心が弱れば一気に甘言に踊らされるのが人間なんだなってところは、何時いかなる時も頭の片隅に残しておいたほうがいいんだって強く思いました。
なんというか、理性的かつ論理的な人としての尊厳は失いたくないじゃないですか。
仕事で大きな失敗をしちゃったときとか、失恋しちゃったときとか、
身内に不幸があったときとかこそ、そういう状況をあえて冷静に分析し、今後の糧とできるような力を養うためには
どうしたらいいのか考える毎日です。
関西空港に降り立つドミニクとレティ。二人は過酷なミッションを終え、つかの間の休息を得るためにここへやってきたのだった。迎えに来たのは日本人の男で、カミオカと名乗る彼は、ワンダー・シビックに乗ってやってきた。その小さな車体を見て
カミオカは陽気で
「リオでの現金強奪の話は聞いてるで、ハンに紹介されたんやから大いに楽しんでもらうわ」と上機嫌だったが、狭い後部座席に押し込められた二人は少し不機嫌だった。しかし、ホテル到着後に案内された夜の道頓堀でドムとレティはその賑わいとB級グルメに舌鼓をうち、次第に心も解きほぐれていくのだった。レティは
「ブレードランナーみたいな街だ」と思うのだった。
「見せたいものがある」とカミオカは阪神高速へ車を乗り入れる。そこではS15がスカイラインがフェアレデイがRX7がランエボがインプレッサが、速度制限を無視して環状線を爆走していた。ドミニクは
「トーキョーでも見たやろ?気に入ったんならもういっちょ行こか」とカミオカは南港へと彼らをいざなう。
昼間はコンテナを牽引したトレーラーが行き交う南港は、夜になると車も人もいなくなる。そこにはあらゆるカスタムカーが路上にたむろしていて、車載のごついスピーカーからEDMが流れ男女が踊っていた。カミオカは車を停め、ドミニクとレティはシビックを降りて車を見物に行く。JDM(japan domestic market:日本国内仕様)の車が勢揃いしていて、ドミニクはかつて日産スカイラインに乗ってストリートレースに参加したある男の姿を思い出した。
BGM:https://www.youtube.com/watch?v=iuJDhFRDx9M
カミオカは一人の男をドミニクに紹介する。男はオオキと名乗り環状レーシングチームのリーダーだと名乗った。オオキの車もシビックだった。
「とにかく車体が軽いのが良いんや」とオオキは言った。
ドミニクが少し遠方に目を向けると黒塗りの高級車が集まって停車している一角が目に入る。
「あれは?」とオオキに問いかけると、彼は
「ああ、あれはVIPカーや、クラウンとかセルシオなんかをシャコタンにして乗ってる奴ら、速くないで」と言う。しかしその中にはリーダー格らしいベントレーが一台混じっていて目つきの鋭い男が車に寄りかかっている。
「すごい高級車もいるんだな」とドミニクが言うと、オオキは
「あれははタムラや、政治家に媚を売って小銭をせしめてるしょうもない奴や」と唾を吐きながら答えた。
一瞬、ドミニクはタムラと目があったが、こいつと仲間になることはないなと直感した。
「明日は京都に案内するで、車やったら大阪からはすぐやから」カミオカはそう言って二人を宿泊先のホテルへ送った。
京都。
ドミニクとレティは寺社仏閣をカミオカのシビックで巡った。後部座席の狭さに閉口しながら。しかし北大路通りのコンビニで休息していた彼らの車に
「かくまって欲しい、どこでもいいから車を出して」と飛び込んできたアジア人の女性が現れる。慌てるカミオカを尻目にハンドルを握ったドミニクは、シビックを急速発進させる。後ろには黒塗りのレクサスが追いかけてきて、そのボンネットには異様な膨らみがあり
「変なレクサスやな」とカミオカは言ったが、ターボかスーパーチャージャーをエンジンルームに無理に押し込んだせいでああなっているのだろうとレティは気付いていた。
京都の狭い路地を爆走して怪しいレクサスを撒いた彼らは、女から事情を聞き出す。彼女はアグネスといい、香港の民主活動家で、迫害を恐れ一時日本に避難していたが、中国共産党の手先が彼女を香港に連れ戻し逮捕しようとしているらしかった。仲間が手配した船で亡命するつもりだったが、移動していたその矢先に怪しい男たちから追われたということだった。
ドミニクとレティは彼女の側につくことを決める。それには車が必要だ。カミオカはオオキに協力を依頼すると京都市北部の街、修学院に良い中古車屋があると紹介された。
「好きな車を選び」フクダは言い
「税抜きで売ったるわ」とトクイは言った。
「少し値が張る車やで」とトクイは言ったが、ドミニクがデズ・パーカーに電話すると秒を待たずにトクイのスマートフォンが鳴った。彼はスマホの画面で入金が完了したことを知り
大阪府知事公邸では黒いスーツに身を包んだ男と府知事が応接室で向かい合っていた。
「それでは府知事、この件はよろしく」外国訛りのある黒スーツの男は知事に言った。
「私はあなたたちを羨ましく思っているんですよ、トップがやることに反対や批判がなければ政治はもっとうまくいく、そういう声を押しつぶすあなた達のやり方には学ぶべきことが沢山あると思っています」
黒スーツの男は
「この件が済めば人民が沢山大阪へ旅行に来るでしょう」と言った。
「中国共産党公安部の違法行為は見逃すように大阪府警に伝えろ」と命令した。
「府民に選ばれた私に越権なんてあるか」と怒りをむき出した。そして
「明日からゴミ収集の仕事に配置転換してもいいんだぞ」と言われた副知事は渋々引き下がった。
「ある女を捕まえて欲しい」
「仲間とネットワークがある、お安い御用だ」と請け負ったが
GTRにアグネスを載せハンドルを握ったドミニクは知らない街での仕事も一興だと思っていた。NSXの調子を確かめていたレティも同じだった。シビックに乗ったカミオカだけは不安で、彼はオオキに協力を依頼し
「面白そうやんか、やらしてもらうわ」と快諾を得ていたが、タムラのグループが動いていることも聞かされていた。
アグネスが乗る船は大阪市此花区の北港ヨットハーバーで待っているらしい。たかだか40kmほどのドライブだ。しかしどんな妨害が待っているのか。京都から大阪へのミッションが始まる。
昭和の終わりくらいに国鉄に配備されJRに引き継がれた、205系という車両がある。
多くの通勤線区で走っていたのも昔の話、投入線区の殆どで既に新しい車両に置き換わって久しい今となっては、
走行音も乗り心地も著しく見劣りというか、コイツに乗ることは「ハズレ」以外の何物でもないわけで、
それで関東では、一昨年くらいにやっと相模線以外から駆逐された。
まあ今でも相模線で使われている時点でどうかと思うし、
相模線自体も単線=路線そのものが随分と前近代的なので、早く複線化とセットで車両更新しろって感じ。
それがここ数年は、やたらこの車両を有難がる鉄オタが多くて閉口している。
自分も私鉄車両だけど西武5000系はなんとか廃車前に富山に乗りに行きたいし、
113系もたまに乗るくらいならまあ…という感じ。
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他にも行ったが遠いのであまり行っていない。
以上。
疲れた。
自己最高にもらえたが、労働時間の長さを加味されたことを知っているので、まったく嬉しくない。「時間」だけで評価が上がった感じだったので、非常にがっかりした。
コンプライアンスを重要視(笑)している我が社は、一般社員に対してはめちゃくちゃ優しい。
反して、管理職にはめちゃくちゃ厳しい。
部下の働きすぎには十分気を付けろと厳しく言われ、部下への言動にも注意しろと言われる。
じゃあ、我々の働きすぎや、部下からのパワハラは誰が気を付けるの?と質問すると「自分で頑張って」だとさ。
管理監督者の扱いだけど、実質は部長以上が管理監督者で、課長の私にはさほど大きい権限はない。
部下の勤務時間を気を付けろ、時短・育休復帰社員は受け入れろ(6人中1人が時短、1名育休で補充なし)、問題社員は我慢して使ってくれ(会社で採用したのに他部署が受け入れ拒否)…で、定期的にいろいろな問題や部下の取りこぼしの仕事を複数拾い集めて処理することになる。
正直、打ち合わせにオブザーバーとして参加して欲しい、あれを調べろ、トラブルが起きた英語で問い合わせしてくれ…と定時内は仕事にならない。
先日もダブスタな部下を宥める2時間+部長と一緒に宥める3時間を消費し、納得しない部下を宥めるのに計5時間もかかった。その他にも30分×2回の打ち合わせや、部長命令で方々に確認するためにメッセージを飛ばしたら、あっという間に8時間経過ですよ。
当日の予定、一つも消化できてない。お昼休みも取れてない。
かくして、労働時間を延長し(残業)、本来の業務を片付けることになる。
こんなの見てたら、若手は管理職やりたいとは思わないよ。自分だって嫌だもん。
昨今の「女性活躍(笑)」の煽りを喰らって、どういうわけか女性第一号の管理職になったのが運の尽きだった。
その昔、かなりの成果をあげたし、上司も認めていたのに、ほぼ8割を占める職種を優先して昇格・昇進させるため、同世代の女性社員に昇格争いで負けた。
負けた上に、発令当日に、先に昇格が決まった女性社員から「私は昇格しますけど、あなたは昇格しないんですか?」って2人きりの化粧室でマウントされた。
「あなたがその職種でいる限り、どんなに成果をあげても、うちの主要職種の人と争ったら負ける」とはっきり宣言されたこともあり、すっかりいじけて、評価を気にせず好き勝手に仕事して、好き勝手なことを言っていた。
上司の評価も気にしなくなったので、怖いものは何一つない気楽なおバカさんだった。
気づいたら、知らないところで評価が上がっていて、当時の上司が管理職昇進会議にかけたいと言い出した。
過去の評価の事でいじけていたので、かなり抵抗した。一度など自己評価が低すぎると叱られて書き換えを要求されたが応えなかった。
ただ、自己評価が低いままだと給料が減るから、平均値くらいにして出した。最悪にもそれが昇進会議にかけられてしまった。
もちろん、会議にかけられたからと言って昇進できるわけじゃない。全社の部長や役員の承認が必要だ。
絶対通らないだろうなと思っていた。だって「あなたの職種でいる限り、どんなに成果をあげても負ける」のだし!
なのに、なぜか昇進した。
そんなに人材不足なのか?あれか「女性活躍(笑)」の煽りくらったか。あー…。
そして昇進と同時に異動が発令され、社内で一番利益をあげてるものの、一番扱いづらい部長とメンバーがいる課に配属になった。
その課には課長が存在してなかった。不思議な話だけど、課長になる人材がいなくて部長が兼任していた。
異動後、他の課の課長や課長代理から「大変だね」と言われ、被害を被っている人事にも「大変だね」と慰められるが、同情するなら代わりの課長を寄越せよ!って思っている。本当に。
だって、異動して最初の仕事が「年下部下からパワハラされてる係長を助ける」だもの。一体、この課はどうなってるのさ。
異動したら中身がガタガタで、人事上の問題がワンサカ出てくる。隠れていた仕事もワンサカ出てくる。その度に本人と面談し、人事と打ち合わせし、あるいは仕事を拾い上げ…みたいな日々が続いた。
その上、他部署の課長は対応しない、部長級で扱う人事問題にもいっちょがみするハメに。
管理職にはなりたくなかったし、向いてないんだから、高度な管理業務は勘弁してくれよ…。
他の部はね。複数の課長や課長代理がいるんですよ。だから役職同士で相談もできるけど、うちの部は私ひとり。
上からも下からも突き上げくらって、部下の失礼な言動で気を悪くした人事からも嫌味を言われる。
部長が駆り出すおかげで、私の役職では内情を見てはいけない話にも参加することになり、気苦労も倍増。
一般社員には気を使わなきゃダメだし、権力者の部長にも気を使わなければダメだけど、課長には気を使わなくてOK!だものなあ…。
子宮頸がんの前段階だったw
正確には癌じゃないんだけど、放っておくと癌になるので手術した。
軽い手術なので、全身麻酔で30分程度で終わる予定が、思ったより出血が多くてちょっと時間かかった。
2泊3日の入院だったけど、入院前日は深夜帯まで仕事をし、手術後3日目で復帰したら、その日から深夜帯まで仕事になったw
軽い手術とはいえ、全身麻酔を使ったので、1週間くらいは体調が悪かった。でも全く容赦なかったよ。仕事増えてたwww
課の協力は何一つなく、復帰したら人事上の問題が転がっていた。
会社で協力してくれたのは、保健関係の手続きを肩代わりしてくれた人事だけだったよw
最近の若手社員は繊細なのでやさしくしましょうという方針だけど、中にはつけ上がって逆ギレしてくるやつもいる。
私が口をつぐんだので、圧倒できたと思ってガンガン怒鳴ってきたけど、自分勝手な発言しか出なかったので「こんなにわがままに生きているのに、周囲に守られて楽な人生だなあ。なのに、どうして高ストレス判定出てるんだろう」と呆れるやら感動するやら、面白くて黙って聞いていた。
私は就職氷河期の初期の世代なので、今以上に性別による差別もあったし、圧迫面接やパワハラ・セクハラも珍しいことではなかった。
景気が悪いこともあり、新人教育なしで現場に送られ、先輩社員にろくな教育もされずに、叱られながら仕事を見て覚えた。
こう書くとめちゃくちゃな環境だったんだけど、その当時は、それを乗り越えるために耐える必要があったし、なにより運の良さみたいなものも必要だった。
優秀でも潰された同級生はいっぱいいたし、自分みたいに平均以下でも、どうにかなった人間もいるので、自己責任ではなく「運」要素が極めて大きかった。
最近の傾向は悪くないと思うんだよ。
若い人を大事にするのは良いことだと思う。今は経験がない彼らだって、数年も経てば立派な仕事人だ。
でも、時々思うんだよね。
自分が若い時は上からガツガツ押さえつけられて、今は上下からガツガツ押さえつけられる。
一体、いつまで我慢すればいいのさ?って。
働き方改革の恩恵は1ミクロンも受けてなくて、むしろ自分を殺しそうだ。
女性活躍も全然求めてない。こちらも自分を殺しにかかてきている。
そもそも「女性活躍」と銘打たなくても、年齢や性別関係なく、能力ややる気のある人間を登用すればいいだけの話。わざわざ「女性」と付けるのがやらしい。
だいたい、産休・育休による社内の軋轢や保育園問題も解決しないのに、なんで輝けるのさw
解決順番おかしいでしょ?なに女性の仕事を爆増させようとしてるのさw
最近の若者が楽だとは思わない。彼らは彼らで大変だ。
でも、ずーっと「自己責任」と言われ、どの世代になっても耐えることだけ強要される人生やりたいと思う?
死にたいとは思わないけど、全部手放したいよ。
もう疲れちゃった。
登場人物が翻弄されるその出来事の結末を、彼らにとって未来人である私はすべて知っている。
だから、彼らが知能と技術を尽くしたその行動の正否を、単なる一個人でしかない私が、100%正しく評価できる。
社会的に有意義な価値を持たない自分が、歴史的有名人の行動を逐一評価できるという感覚。
だから、私は小説の中でも歴史小説ばかりを好き好んで読み続けてしまうのだ。
また、近現代の小説ともなると、現在では当たり前に使われる科学技術(例えば、「えてきてる」だとか)に、登場人物が強い驚きを示すシーンも快い。
その人間を強く興奮させる驚きを、自分は既にいつとも知らず超越できているという感覚。
またそれは、自分が子育てを行っていた昔の、子供がテレビやら自転車やら色々なものに興味を示していた様子を想起させる。
歴史は、学問的履歴と違って、論理的に発展したわけでもないし、それが人間にとって最良に発展したわけでもない。
それなのに、「賢者は歴史に学ぶ」とか称して、歴史は自分が辞典かなんかのような学ぶべき規範だと勘違いしている。
歴史=暗記科目と思われているのも、ひとつひとつのイベントがアドホックで、共通項が見いだせない作りになっているからだ。
だから、歴史が多くの「賢者」に学ばれるためには、もっと一般化した形で表現されるべきだと思う。
つまり、歴史は暗記すべき物事に溢れた情報形態であることを止め、理想的には数学の公式のように、色々な時代にフィットできる教訓のような形を取るべきだと思う。
そういう一般化も目指さないで、「賢者は歴史に学ぶ」なんて述べる人間は「想定外」という言葉をどう思っているのか。
そりゃ、歴史的情報は暗記に閉口するほど豊富なので、どこかが現代の事物が似ていて、教訓が拾えたりすることもあるだろう。
しかし、何か悪い事項が発生したあとで、この教訓はこの歴史的事物からも読みとれる、だなんて言っても仕方がない。意味がない。
だから、歴史家には、未来に発生する事項に先行して、歴史的事物を一般化した教訓にまとめる努力が必要なのではないだろうか。
歴史家は、歴史における未知の事項を明らかにすることにだけ力を入れているように思うが、
個人的には、そういうのいいから、早く「まとめ」のフェーズに入って教訓化しろよ、早く教訓として歴史的情報を圧縮化しろよと思う。
つまり、歴史はあらゆる情報を網羅する情報の可能体であろうとする努力を辞め、その一部分でも「まとめ」として有意味な教訓を抽出してほしいと思うわけです。
いや、「まとめ」の部分は歴史以外の学問がやるべきってことなのか?
もしそうであったとしても、「賢者」が学ぶべきなのは、そっちの学問だよな。
現代に生きる我らが得るべきなのは、歴史的素材に関する知識じゃなく、現代に使える教訓なのだから。
「寄付金 一口3万円です。何口でもお受けします。」に閉口するような貧乏人が行く場所じゃなかったのかもねと後から考えると思う。
寄付金を100口くらいぽーんと出せる家の子だったら、親が一言言えば教師もまじめに聞かざるを得なかっただろうからな。
でも、そう考えたら"1.私立中学に合格し通うガキ"も十把一絡げにできるような話ではないね。
よほど頭がいいか、金で殴れるかできる自信がないなら無理して私学に行くより公立に行ったほうがよほどましな生活が送れる。
よって、"1.私立中学に合格し通うガキ"のほうが"3.相応の学力はあるのに受験させてもらえず公立行くガキ"よりも一概に幸せってわけでもない。
こちらは15MB。競技ベース車両というくくりだけど、実態はほとんど商用車。カーナビはオプションにもなし。内装は色も模様も選択の余地なし。ヘッドライトは3年前の「今どき」ハロゲン。
そう言えば、センサー感知の警告装置の類は、全グレード共通装備だから一通り付いてたね。最初はピーピー煩いのに閉口したもんだ。
走りに直結する部分は、一応モータースポーツベースの片鱗をうかがわせるところもあって、エンジンはハイオク仕様でちょい高馬力(でもロードスター用ほどのチューンではない)。あとフロントブレーキはディーゼル用と同じ大径。このあたり、競技用と謳いつつも、欧州向けを持ってきただけなのでは、という気もしなくもない。
買った時点でこの型が出て4年弱が過ぎてたから、最初の車検前には旧モデルになるかと思ってたけど、ご時世やメーカーの事情もあってか、一応現行のまま(車名はデミオからMAZDA2に変わったけど)乗り続けられて、なんとなく今年も新型は出なさそうな空気で、ちょっと得した気分。
競技とかするわけでもなく、普通に乗れるMTが欲しかっただけのニーズにベストマッチで、不満なく日常のアシとして転がしてるよ。
memorystockmemorystockid:hotelsekininsya これ見ても「ナチの全ての行動はホロコーストが目的なのでアウト!」「他の大虐殺は手違いだからセーフ! 」と言ってるようにしか見えない。しかもこっそり文革と大躍進を抜いてるんですがそれは。
そんなことは一言も言ってないのですが。比較すること自体が誤りだと言っているのですよ。だから英語圏でよく使われているらしい「compare apples to oranges」と書いたのに。この手の話をすると必ず、物事を相対化して矮小化しようとする人たちが現れるので、そうじゃないよと言いたいのです。どれこれもそれ単独で語られるべき事項であり、そもそもが比較するのは不適切だと思います。人一人死んでもその家族にとっては大事件です。数のみで比較されるべきではないと思います。しかも何ですか?あれは? 元ネタは死者数ではない「奴隷制度」まで入ってるし、インディアン戦争なんか明らかにデマですよ?
その上で敢えて言いますが、元ネタのリスト、明らかにホロコースト以外は「直接虐殺された事件」を省いています。カンボジア、アルメニア、ルワンダ、などどれもこれも数十万人〜数百万人規模の大虐殺です。なのになぜ省いたのか? どう考えてもホロコーストより犠牲者数が少ないからです。こんなのインチキでしょ? 自動車レースなのに自動車じゃなく飛行機を出してくるようなものです。それなら、最大の犠牲者数は「人類自身がありとあらゆる理由で救えなかった人の数」でもいいじゃないですか。いったい累計何千億人になるのか見当もつきませんけど。
しかも、「しかもこっそり文革と大躍進を抜いてるんですがそれは。」ってなんですか? 文末に明確に書いてあるでしょ? 何文字だか知りませんが、はてな匿名ダイヤリーは、文字数制限があるだなんて利用者なら大抵知ってるでしょ? 実際に文革も大躍進政策も入れてたんだけど、そうすると文字数制限に引っかかって全文入らなくなるので省いただけです。大躍進や文革程度、1分以内に誰でもわかる話です。はてなーにもいろんな人はいますが、呆れてため息すら実際に出ました。
正直「アホばっかりか・・・」と考えざるを得ません。
ほんの少し知っていたらわかりますが、大躍進も文革もホロコーストと比較されるべき対象ではありません。あえて比較するならばホロモドールくらいでしょうか。政策を失敗して、大量の死者を出してしまったというのが実態だからです。知らなくても調べれば本当にすぐわかる話なので、いちいち引用もしませんが、流石に大躍進や文革程度は、こうした話題に突っ込もうとする人ならば常識レベルで知っていなければならない話です。
正直、私だって、何でもかんでもことある度に「ホロコースト」を言われるのには閉口します。毎年何作ものホロコースト映画が作られるくらいで食傷どころか、ホロコースト映画だというだけで見に行く気は起きませんし(でも最近では『異端の鳥』はよかった)、「ホロコーストだけじゃねぇだろ」という気持ちも実によくわかります。ところが実際は、私たちのほとんどの人は、ホロコーストの実態を全然知ってなどいません。今述べた大躍進や文革のこともその内容の詳細をまるで知らないと思います。せいぜいがWikipediaに書いてある内容のさわり程度しか知らないんじゃないでしょうか? 別に、何でもかんでもよく知っていないといけないと言っているのではありません。しかし、よく知りもしないのに大口を叩くが如く、調べるということもしないで、文句ばっかり言うだけって、それって人としてどうなんですか?
私自身、今回調べてみて(ほんの少しだけど)、「全然知らないこともまだまだたくさんあるのだなぁ」と改めて思いましたし、やはりこうした個々の出来事も知ってないのと知ってるのとでは結構違うという感じがします。こうして、物事を自分で調べてみるって大事なことだと思いました。当たり前のことだと思いますが、知識を蓄えると同時に、やはりネット情報などデマだらけだと実感しました。
自分で調べてみるということは大事なことだと思いますよ、あたりまえすぎますけど。但し、その「センス」だけは人それぞれで、調べすぎて陰謀論的なところへ走ってしまう人もいますし、その辺の道の誤り方はどうすれば防げるのかは私にもわかりません。
(30代、小学生と保育園に通う子どもがいる女が書いています)
子どもが習い事をしている五輪スポーツの観戦チケットが当選した。
わたし自身は文化部出身でスポーツにはまっったく興味がなく、当選当初は「大舞台でのプロの試合が見られるなんて、今後、子どもたちのやる気向上に繋がったらいいな」と素直に喜んだ。
体育会系の夫の喜びは、そりゃあもう桁違いだったと思う。
それが現在、コロナ禍のあれこれは周知の事実として、家庭がまっぷたつに割れてしまった。
先日わたしが、「払い戻し期限が7月15日までだから、それまでに手続きしよう。1人で行くならどうぞ」と伝えると、夫は寝耳に水、意外や意外という表情で「え!」と閉口。
そして、「子どもたちに見せたいから、俺ひとりで行っても意味ない」と続けるのだ。
どうも、当選当初と変わらず、当たり前のようにずーっと子どもたちと観戦に行く気マンマンなうえ、払い戻しについて特に言及していなかったわたしも、同じ考えだと思っていたようだった。
とてもショックを受けたようだった。
わたしもショックを受けた。当たり前のように「そうだよね。早めに払い戻ししないとね」と返してくれると思ったから。
わたしはそこで、
・万が一感染して、これまで1人も感染者が出ていない学校や保育園に迷惑をかけたくないこと。特に保育園は感染対策で先生たちが疲弊している姿も知っているから、それを汲みたい。
・積極的に子どもを連れていく、という行動で、学校や保育園との信頼関係が崩れるのがいやだ。
と、払い戻ししたい理由を伝えた。
夫は、「毎日都会に行っているのに感染していないし、1日競技場に行ったくらいでどうにかなるか」と言いつつも、検討すると言っていたが、明らかに乗り気ではない様子。
これはある意味、宗教VS宗教といいますか、福島市街地に実家がある友人の話を思い出した。
「家の中がタブーだらけになった。父親と母親で放射能について意識が真逆で。誰もそれを口に出さないし、出さないかわりにずっとピリピリしている。どちらの言い分も同じくらい共感できるから、どうしようもない。どの家庭にも、そういう地雷が潜んでいるようだ。もう実家に帰りたくない」
*追記
いろいろとありがとう。
わたし自身「行きたくない」に至るまでがまだまだ浅かったなと実感した。
実際、夏休み中、キャンプとか飛行機での旅行には行くんだよね。ノリノリで。
ってことを鑑みると、アンチ五輪脳と捉えられてもおかしくないのかもしれない。
でも競技場って何時間も何万人がぎゅっと詰め込まれているところだし…とか思うと、リスクへの不安を感じざるを得ない。
大人はいいけど、そういう場所で子どもをコントロールするのは難しい。
・子どもは「行きたい?」と問えば、テレビを観て鼻くそほじりながら「いくいく〜!」と言う感じです。
現状やリスクを説明しても響かない年頃だし、「いくいく〜!」と言っておきながら当日になったら「やっぱ友達と遊びたいから行かない」とか言い出すような、ほんと、ふつうのザ・子どもて感じの反応だと思います。
小室圭とマーク・ザッカーバーグと立花孝志(敬称略)の三名に恨みがあるわけではないが、この三名の顔から似た印象を受ける。失礼を承知で書くと胡散臭さを感じる。顔立ちが特に似通っていないのに不思議だ。強いて似ている点を挙げればアゴの形かもしれないが、じっくり見てみるとそこまで似ているわけでもないし、彼らの性格が共通しているわけでもない。三人ともメディアで悪く言われることが多いので、偏見を持ってしまったに違いない。
直接彼らと対面して、彼らなりに抱えている事情について聞いてみれば考えも改まるかもしれないが、おそらくそんな機会はない。
書いてみて本当に失礼な日記だと思う。たぶん自分は根拠のない自信にあふれた相手が嫌いなだけだ。ある種のひがみだろう。
異世界ファンタジーなんかでビキニアーマーを見るたびに「こんな戦士なんているわけないだろ」的な気分になるのだが、古代のピクト人だったかケルト人だったかは、全裸に帯をまいただけの姿でローマ軍に襲い掛かってきたそうだから、全くのでたらめというわけではなさそうである。実際、全裸のおっさんが襲ってきたらかなり怖い。ところで、九十年代のビキニアーマーや前垂れ(ふんどし? スリット?)で目覚めた性癖を持つ、自分と同年齢の男性は少なくないんじゃなかろうか。
そういえば、三国志には蜀の南方に位置する敵である孟獲の妻、祝融夫人が出てくるが、最近のゲームだとこれもビキニアーマーだったり毛皮ビキニだったりする。実際、当時の雲南省の人間がどんな格好をしていたのか知らないのだが、これはさすがに違うだろう。もっとも、実は漢の服装もわかってない。
ちなみに、調べたら孟獲は元来漢の人であり、南蛮人になったのは三国志演義の演出らしい。
用事があって横浜駅西口のカラオケ屋に数年ぶりに行ったのだが、廊下まで聞こえる音量で奇声を上げている連中がいて閉口した。夜の客引きも増えたことだし、治安が悪化しているのではないか。というか、そもそもまん延防止措置下でも「お酒ありますよ」という呼び込みが多数あった。やれやれ。
入口の前で溜まりこんでいた大学生は不倫を自慢げに話していたのでこれも不愉快であった。だいたい、こうした話はフィクションだから面白いのであって、実話ではちっとも面白くない。本当はもっと落ち着いたパセラあたりでやりたかったのだが、満員だった。向かう直前に電話すべきだった。
ところで、公共の場ではできない重大な話を自宅以外でするときはどこですればいいのだろう。会議室だろうか?
……これを書いている途中、surfaceがマウスを認識したりしなかったりする。いちいち抜き差しする音がするのだが、マウスの寿命かもしれない。
熱中こそしていなかったがクラスのみんなが見ていたアニメの細部を、何の脈絡もなく思い出す。たとえば「爆走兄弟レッツ&ゴー!!」に「二郎丸スペシャルスペシャルスペシャルスペシャルスペシャル」という実況泣かせのマシンがあった。なんか「ダスダスダスダス!」と叫びながらマシンを加速させていた覚えがある。
近頃はウィキペディアの漫画とアニメの記事がやたらと充実しており、調べては懐かしい思いに浸るのだが、最近になって土方レイが女の子ではないことを知ったのである。
この頃のアニメは思い出補正もあるせいだろうか、当時のアニメの画像を見ると、思っていたよりも絵が荒いというか、癖のある画風である。九十年代のアニメはスレイヤーズをはじめとして目鼻をクシャっとさせた画風だった。あるいは、アゴと比べて不思議な場所に口があった。スレイヤーズは見ていないけれども。
この日は個人的な調べ物をしていたらあっという間に夜になってしまった。七時が日没だったのに。日が暮れてからはだらだらと増田を眺めてしまって無為な時間を過ごす。大体、九時半から十時半が一番眠く、寝床に入るのは自慰をしない限り十一時頃である。とはいえ、人生の時間をすべて有意義に使おうとするのも一つの強迫観念ではある。
自慰といえば、最近コンドームなしで自慰をしたら、精液を飛ばし過ぎたりティッシュからこぼしたりしたので懲りた。
手帳に日記を書いてから郵便局へ行って、ちょっとだけ家事をやってから筋トレとジョギングをし、アガパンサスとヒマワリとオシロイバナが咲いていたので写真に撮ってランチ垢に載せた。で、シャワーを浴びてから靴下とプロテインを買った。ところで、近頃の薬局はコンドームを紙袋に包まないと以前に書いたが、店によるようだ。
それから、ネットをだらだら見ていたら、いつの間にか有給休暇がほぼ終わった。
数年前は休日を無駄に過ごすことを惜しむように美術館に足しげく通ったものだが、緊急事態宣言のせいで美術館なしでもやっていけることに気づいてしまったせいだろうか、近頃は月に一度しか行かない。
すっかり出不精になってしまっており、いよいよ終映が近づいているエヴァンゲリオンを見るのもだるい。確かに薄い本は欲しいし、一度目に見逃がした細部も気になるが、そんなことよりも自分の中でエヴァンゲリオンが完全に成仏してしまっており、過去のものになってしまっている。庵野秀明の目論見通りだ。
そうそう、ジョギングの成果だろうか、数年前は右脚の付け根の骨が骨盤(?)から外れそうなゴリゴリした音を立てていたのだが、近頃はそんな様子は全くない。
しかし、さっき口の中で皮がむけて血が出た。なぜだ。
な〜〜〜〜んで「いや、無料でコンテンツが提供されると思ってるのはおかしい。嫌儲乙」みたいな「推しに貢げ」レベルの発言しか出てこないんだ。
お前ら女子中学生か?
そもそもの問題点としてこのbotがウケたのが「女子中学生が言いそうなことをエミュレート」するあるあるbotだから、というのを見落としている人が多い気がする。
オタクたちの過去の振る舞い(現在進行形の人もいるが)を少し成長してから見直すことで、もしくはクラスにいた知り合いの様子を思い出させることで、当人の気恥しさとか悪いオタクたちの嘲笑とかを引き出すことがウケてるわけだ。
エミュレート自体はかなり見事で幅広い人間に刺さってバズったが、あのIDのアカウントというか人格そのものがウケてる訳では無い。
そんな中でTシャツ販売なんかしたら反感を持つ人がいるのは当然な気がする。Tシャツの購入はアカウントの応援につながるが、そもそも応援したいコンテンツとお金を払う相手が異なるのだからそこに違和感を覚えてもおかしくない。
文脈あってのお笑いに対して途中で出てきた人間が「これ買ってね!」はちょっと閉口してしまう。リスペクト(オタク中学生に対してリスペクトもクソもないが)というか、おいしいとこ持っていった感がある。ただこの感情は単に嫌儲かもしれない。
最近よく言われるbotが人格を出すな、という理論も同様で、当人は「botとしてツイートする自分」と「普通の発言をする自分」を区別できない、もしくは意図的にしないが、受け取る側は明確に区別する。
ウケてるのは趣旨であり、そのアカウントは趣旨に沿ったツイートを繰り返すだけのものとして認識される。趣旨に沿わないツイートに対しては文句を垂れられてもおかしくない。そりゃそうだ、そう取られるのが嫌ならbotの看板を下げろ。
運営主は自らを明かしており、マネタイズに対して嫌儲が生じることを嘆いているが、それは論点のズレと言わざるを得ない。仮に運営主がウケた自分のツイートをTシャツにしても、恐らく取り沙汰されることはないと思う。良くて「見苦しいな」と苦言を呈されるくらいである。
あくまで問題はコンテンツと応援対象の不一致である。本人も「あるあるを楽しむものです」とか言っちゃってるからどうしようもない。あるあるがウケるのはその下地があるからである。
いきなり「レジ袋を持った幼稚園児bot」が出てきても何も面白くないだろう。
100ワニの話を持ち出している人もいるが、近からず遠からずな気がする。あれは電通というネット社会での嫌われ者が絡んでたのがネタバラシされたのが不味かったように思う。「商業的な意図が見えて不快だ!」という反応を示す人がいるのは同じだが…
「Tシャツの販売自体がエミュレートである」という意見は面白いと思った。確かにオタクはビレバンの文字入りTシャツを着る。身内ノリでTシャツを作ることもあるだろう。
だが、それを不特定多数に向けて公開することはないんじゃないかな〜と思う。そういう方面の擁護も可能な気はするが、身内ノリのTシャツってモチベーションとしては自己満足の同人紙に近いものだから、利益が発生する部分に噛みつかれるのは有り得る話ではないだろうか。
あと、suzuriという法外なマージンを取るサービスのせいでTシャツ自体の値段がクソ高いのも噛みつかれポイントではある。
以上長くなったが、要するに「文脈ありきのコンテンツでのウケを自分のウケだと思っている」ように取られたのが叩かれの原因ではないかと考えている。文脈って言葉、これ擁護してる人達好きでしょ。
私はクソコラが嫌いだ。
ネットに数多存在するクソコラを見て笑えていたのは過去の話だ。
笑えなくなったのは私が間接的に「される側」になったためであり、この記事にはそれに関した懺悔の思いも含まれている。
この記事はいわゆる「お気持ち」であり、二次創作への個人的な価値観もあり、また、製作側であるが故に匿名にせざるを得ない情けなさをないまぜにした長ったらしい愚痴である。
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インターネットには実写、イラスト問わず無数のクソコラが転がっている。
まだましなものは人物を雑に切り抜いて別の背景に合成したり、当事者から許可の降りているコラージュだ。(ぼっさんなどが最たる例だと思う)
故に、私がここで明確に「嫌い」とするクソコラは全ではなく、「製作者側の許可はなく、二次創作の範疇であり、且つなんらかの二次的影響を波及させるもの」である。
正直、公式の画像を使用している時点で本当に二次創作の範疇であると言えるのかは微妙であるが、製作側が直接注意をしないのであれば黙認の範囲なのだと思う。
以下記事内でクソコラというワードが出た場合は、このように対象を限定したものであるということである。
また、大きめの主語となるため特定などに意味はないとは思うが、大なり小なりフェイク部分を混ぜることをご容赦願いたい。
(このような稚拙で一方的な狡く読みづらい文章を読む物好きがいればの話であるが)
そのキャラクターは作品内では比較的人気は高くなく、しかし嫌われているわけではない。
性格や設定にある程度の尖りはあれど、それは創作キャラクターにおいては大して異様な特徴ではない。しかし、その少々尖った部分がそのキャラクターに深みを与え、個として際立たせているポイントでもある。
このようなキャラクターなど無数にいると思う。むしろ、こちらの方が基本的には多いはずだ。
今まで見てきた犠牲者達のパターンはいくつかある。例を挙げると、
・画像の頭部を切り抜かれ、実写や全く異なる体型の別キャラクターの頭部にすげ替えられる
・二次創作で誇張されがちな尖ったキャラクター性をより強調して変態性へ改変する
しょうもな……
問題はこれらのクソコラの犠牲者達が、前述の通り「作品内では比較的人気ではない」部分にある。
もしこのクソコラの対象がその作品で最も人気のあるキャラクターで行われていたとき、不快感を顕わにする人々は多くいるし、それを声明する。
しかし、往々にして比較的人気のないキャラクターの数少ないファンたちは、これらのクソコラを楽しむ「実はそのキャラクター自体はどうでもいい大勢の人々」を前に閉口することがままある。
「言っても仕方ない」、「水を差したくない」、「自分が見なければいい」くらいの気持ちであると思う。
私もそうしたいと思っている。
少し前に、二次創作におけるキャラクター改変を糾弾する文章が投稿され、話題になった。
私は該当の記事の(過激な言動はともかく)内容については同意できる部分が多かった側だ。
二次創作をするにあたり、元のキャラクター性を捻じ曲げる行為は、それが必要でなければすべきではない……というべきか、「二次創作である意味が無い」というべきか……
特定のキャラクター性を捻じ曲げたり、極端に誇張したりした作品群が広く認知されたとき、ファン間においてあまりにもあんまりだと思える状況が起こる。
『(該当キャラクター)って、〇〇(クソコラによって付与された改変)だよね』
このキャラ改変が単独の同人作家によるものであれば、作家性がついて回るためある程度「二次創作である」という感覚が視覚的にも制限を与えてくれる。
しかし、クソコラは“公式の画像を使用している”という部分があり、故に“誰が作っても視覚的な作家性が希薄になる”のだ。
どういうことか?
Twitterに蔓延する漫画の数コマの改変コラ画像がよい例である。
その改変コラ画像は、誰が作ったものであるか、パッと見て判別できるだろうか?
少なくとも私にはできない。
そしてできないからこそ、製作者以外の人間が別所で使用し拡散するし、更にその作家性は限りなくゼロに近づいていく。
作家性がほぼ失われた二次創作であるコラ画像が高い認知を得たとき、それは一定の概念となって読者やプレイヤーの認識に擦り込まれてしまう。
これが最大の問題だと私は思っている。
決して筋肉質ではないキャラクターがムキムキマッチョとされたり
……
そのキャラクターを好きな者、製作に関わった私からしたら、かなり“““嫌”””なのだ。
もし私がこの吐き出しを行う切っ掛けになったキャラクターのクソコラが、「1人1回くらい」のものであれば何も感じなかったと思う。
ここまで汚物を垂れ流しているのも、そのキャラクターのクソコラを年単位で作り続けている者たちが存在するからだ。
真っ当に作ったキャラクターが、そのクソコラによって「変態キャラ」にされているからだ。
この感覚はおそらく、「そのキャラクターを純粋に好む人」「製作側になった人」にしかわからないのだと思う。
実際、そうしたクソコラを笑って楽しんでいた人物が、己の最も好きなキャラクターにその歯牙がかかった途端に不快感を顕わにしたのを見ている。
そこにあるのは自覚のない悪意だけだ。
それはかつて、クソコラとは言えないが若輩の私は知り合いの創作キャラクターを改変して遊び、当事者に苦言を呈されたことがあるからだ。
そのときは戯れのつもりであった。そのときも申し訳なかったという気持ちはあった。
が、いざ、しかも全く面識のない人間の手によって「される側」に立ったとき、愚かにもようやくその苦しみを理解してしまった。
ここ数年、私はそのことについてより深く反省し、恥ずかしかったと思い、思い出す度に身悶えするような懺悔の思いに苛まれている。
おそらく当該人物はもう気にしていないとは思うが、かといって許されたわけでもないと私は独り悔やんでいる。
これは自己嫌悪と、自己投影による己かわいさの苦しみによって引き起こされている嫌悪感の吐露だ。
よりにもよって商業方面での製作側になったため、そのキャラクターの全権を持っているわけではなく、個人的に釘を刺すことも出来ず、Twitterで愚痴るのも都合が悪く、こうして匿名に甘んじている。
コラージュをやめろとは言わない。言えない。
ただ願わくば、本来のキャラクターが尊重された上で二次創作が行われるようにならんことを。
[追記4/18]
記号については私が変えればいいだけのことに思えたので消した。
誰かに何かを強要している文章ではないし、反応に対して何か返すことはしないと思っていたが、私の文章の拙さ故に明らかに読み違えられていそうなことに関してだけ補足。
「人気キャラクターはクソコラされない」のではなく、「人気キャラクターのクソコラに対してはキャラクターを好む人間の母数が多いため不快感を口に出す方もそれなりに現れる上、人気キャラクターであるが故にクソコラによる二次創作の認識は拡がっても同時にそれが公式ではないという感覚も伝わりやすい」ため、私が嫌悪している(記事内における)クソコラ群とは少しばかり性質が異なると考えている。
私がここでクソコラと呼んでいるのは、あくまで「人気が無い故に歯止めの利かなくなっているコラ画像」であって、すべてのクソコラではありません。
[追記ここまで]
商品説明がとても下手だなと思う。良し悪しを決める前に離脱するよ?
増田は最初から取説を持ってきているけど、そうじゃなくて広告としての説明が欲しい。テレビCMであれこれ使い方を説明しないよね。名前と外観と簡単な機能を伝わって欲しいから、細かいところは端折っている。増田もまずは「これがなんであり、転売にどう結びつくのか」を一言で表して欲しい。どの文章も同じようなくどさを感じて、閉口しちゃう。
要点っていうのは
こんなところかな。このサービスでわかるのは「電話番号使う」という点だと思う。正直それはネガティブ要素だ。それがポジティブになるようにさらっと利点をあげておこう。
使う場面も、個人販売の露店から大型スーパーまで幅広い。実際にどういう場所のどういう場面を想定しているのかを頭の中で想像できるくらい具体的に書いた方がいい。ここもくどくならないように。あと、似たサービスがあれば例に出すのも忘れずに。