「パレート最適」を含む日記 RSS

はてなキーワード: パレート最適とは

2019-05-07

事実と考え方の違いを理解できないババア

俺は障害者障害者支援施設に通っていたことがあるが、ある支援員が「意志力大事意志を持て!」と騒いでいたので、俺は「行動経済学研究では環境意志よりも人間の行動に対する影響が大きいと実証されている」と事実をその支援員に伝えた。すると支援員は、次のような事を言った。

「色々な考え方があるのです!」

考え方と事実は違う

まず、事実に対する反論は、それが事実ではないことを示すか、反例を示す必要があるはずだ。それに、考え方によって事実が変わったりはしない。確かに、考え方は色々あるかもしれない。だからといって、事実が変わるわけではない。

このような勘違いをする大人は沢山いるかもしれない。経済学では一般的に、「事実」と「価値」を分けて考える。パレート最適性を追求する行為価値であって事実ではないが、「特定産業が何らかの施策不利益を被る場合パレート改善するためには補助金考慮する方法がある。」は事実である

自分意見を、意見としてではなく、事実として主張する行為をよく見かけることがある。「〜べきである」は価値なので間違っていないが、「〜である」は事実について述べているので、この部分を意見にしてしまうと、「俺の考えは事実だ」と言っているようなものになる。「世界人口が増えると食糧危機が起きるから慈善団体のやっていることは間違いである!」というようなものだ。このような主張は、「事実ではないことを示す」だけで間違いを証明できるので、ある意味反論やすい。これは単に、「慈善団体の行いによって世界人口が増えているわけではない」「人口収束するので食糧危機は起きないというモデルがある」というようなデータがあれば、そういうものを見せることによって反論することが出来る。

信じるかどうか論

しかし、問題なのは、それが単に反論できる可能性の問題だけではなく、その説を信じる人の人数によって悪影響を及ぼす可能性があるという点であるフェイクニュース事実よりも拡散されやすいことを考えてみてほしい。事実拡散されることと、フェイクニュース拡散されることでは、どちらが悪影響を及ぼすだろうか。

考え方の否定方法

ところで、考え方の問題相対主義的なので、正しさについて実証することができない。例えば、「ネトウヨ死ぬべきである」という主張は、単なる一つの考えなので、別の考え方を示す以外の反論方法がないかもしれない。例えば、「人の命は平等なので死ぬべきではありません」という主張も考え方でしかない。

考え方を否定するための一つの方法は、その考え方がどのような目的に対して言及しているかを明確にすることだ。

「Xすべきである

という主張は次のように置き換えられる。

「Yという目的のためにXすべきである

この場合、主張は可びゅう性(間違える可能性があること)を持っているといえる。というのも、もしXが目的Yに対して適していないことを、何らかの事実データモデルを用いて説明することが可能であれば、「XしてもYという目的は果たされない」または「ZしたほうがXするよりもYという目的に適している」という形式の主張によって、Xを否定することが可能であるためである

例えば、「給料を上げるべきだ」という主張だけでは反論しようがないが、「国民生活満足度を上げるために給料を上げるべきだ」は目的が示されているので、反論できる可能性を持っている。「Aという理論に基づけば、給料をただ上げるだけでは、Bが起こるので、国民生活満足度は上がりません」といった反論可能である

信念は価値一種だが、特定人間の信念が間違っていると感じたら、その信念の背後にどんな目的が隠れているかを探ったほうがいい。そうすれば、その信念が目的に反しているということを示せる可能性がある。目的への合致性によって、価値否定できる。しかし、反論ためには、根拠となるデータ実証結果も必要になるはずだ。

言いたいこと

事実価値も、根拠を持って論理的否定することが可能だ。「信じるかどうか」「考え方の違い」のような相対主義的な問題ではない。

2017-05-21

不安個人、立ちすくむ国家違和感の正体

http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf

各論点はバズワード満載で耳触りが良いので、TLでは、概ね「今の論点がまとまっている!」や「日本ヤバい!」、「熱い!」みたいに、資料肯定的論調が目立つ。しかし、違和感を持つ人も少なくない。違和感の正体はなんなのか。

1.経済成長議論の欠除

まず、経済産業省資料として、一番不安を煽るのは、経済成長について正面から議論していない点。1人あたりの実質GDP成長の効用が逓減したとしても、デフレ環境下での生活満足度が信用できるのか、幸福度指標としてワークするのか非常に疑問。ましてや経産省経済成長から逃げてどうする。今では有名な話だが、人口減の先進国普通に経済成長しており、日本けが馬鹿真面目にデフレ継続させていて、立ちすくんでいた。

また、経済成長なしでの、資源の再分配は必ず社会的分断に繋がる。この資料では、1.若者への再配分が上手くいってない、2.女性への再配分が上手くいってない、3.高齢者へのパターナリズム福祉抑制予算捻出だと思うが、パレート最適はありえない。人口動態から、激しい政治的対立が予想される。高齢者にも現役世代の「産めよ殖やせよ」を忖度させるとする。それを全体主義と言う。

2.国家観の古さ

今更、「誰もが不安を不満を抱えている」(そうじゃないのは、不安や不満を表現できない共産圏くらいでは?)、「人生には目指すべきモデルがあった」(良い大学を出て、官僚になるとか?あと、共産圏)、「人類がこれまで経験したことのない変化に直面」(ここ100年くらいでも、明治20年代日清戦争前、昭和20年代の敗戦期の方が大きくないか?)など、いろいろ古い。これでは、数十年前からバズワード(今だとAIIoT、VR)だけ変えて立ち上がる、情報社会論やポストモダン社会学である

行政生活をどう定義しようが、定義した頃には既に生活が変わってしまっている。市井生活そもそもダイナミックなのに、今更エリートがそれを「発見」する。80年代、主にアメリカが考えていた、日本高度経済成長通産省によるものという神話に取り憑かれてるのではないか(79年ヴォーゲル、82年ジョンソン)。経産省ライフスタイル個人幸福に口出しは余計なお世話で、そんな不透明指標制度設計されてはたまらない。時代遅れ国家観、国民観は語らず、経済問題に特化すべき。「子不語怪力乱神」というわけだ。

3.具体的な政策

「バズったか議論の土台を作った」とか考えてたら最悪で、単に大衆バズワードを使ってポジショントークしてるだけ。要は単なるポピュリズムで、当の女性マイノリティ困惑している。何故ならば、「弱者」として「発見」されて、マウンティングに利用されている気分だから。では、何をすべきか。

そもそも民主的プロセス市場原理で実行されないことを目指すべき。官僚そもそも民主的プロセスで選出されていない。専門的な課題解決するなは、必ずしも民主的プロセスは向かないから(e.g.BrexitTrump)。レポートで指摘するような、世代間の再分配は、確かに国家的な課題なので、1.経済成長を進め、2.馬鹿馬鹿しいポストモダンを捨てて、3.真面目に取り組むべき。

a.金融環境の整備

2017年現在完全雇用を実現しているリフレ政策は、たまたま安倍晋三が、第一安倍内閣後にマクロ経済勉強たから実行された政策。全く民主的プロセスとは関係ない(その継続は高い支持率に支えられて民主的)。短期的には、資産を持つ高齢者課税して、若者含む雇用を生み出す政策フィリップス曲線)だか、もちろん、消えてなくなるのも偶然。日本でもマクロンのような、見た目の良い構造改革派によって、民主的プロセスに則り、消え去る可能性大。

b.中小企業対策

また、日本ドイツのようなメインバンク制の強い国では、ゾンビような大企業でも存続し、新興企業資金還流しない。欧米に比べて資金供給が少ないのではなく、中韓などのアジア諸国と比べても後塵を拝しているのは国辱と言ってもいいだろう。もちろん、民主的プロセスでは、既存大企業が力を持ちがちだし、新興企業そもそも争点にならない。これが原因で、生産性の低い、古風な企業人材が滞留する。自然とto doではなくto beで働くようになり、モチベーションが落ちるわ、自殺するまで会社を辞められない。

シリコンバレー金融環境一朝一夕でできたものではなく、徐々に成功企業によるMAが増えて拡大したもの(9割以上はMAによるexit)。中国Baidu,Alibaba,Tencentの活動に寄るところが大きい。日本でも企業内部留保デフレ環境下で拡大したので、資金がないわけではない。MAを行いやすくする環境を、政策により整備すべきである。これにより、流動的なキャリア形成液状化した笑)の受け皿が整備される。若者女性雇用問題本質はここ。

c.失業率至上主義から失業質へ

2017年完全失業率は2.8%で、ほぼ完全雇用状態にある。しかし、これはよく言われるが、労働市場が流動的な国では、自然失業率高く出る。国ごとの単純比較失業の質は分からない。上記の流動的なキャリア形成を実現した場合、当然転職が増えることになるので、失業率は上がる。政治的な争点としては、もちろん批判対象になるだろうが、雇用の質を改善するには必要政策。また、現在ハローワークは若干懲罰的で、失業期間を支えるセーフティネット整備も合わせて必要だろう。

ただ、政治的配慮の上、論点を探られたくなくて、わざと混乱した資料を公開したのであれば相当の策士だと思う笑

興味のある方はこちらもどうぞ

働き方改革労働者へのパターナリズム

http://anond.hatelabo.jp/20170531111520

2016-05-20

男女平等メリットデメリット

進化心理学だと、一夫一婦制強者男性自分支配する集団(の弱者男性)を従わせるために、

「女」という資源の囲い込みをしない方向で進化した社会システムと考えているらしい。

りある貴重な資源を男同士で平和的に分け合い、問題解決や敵と対決するときの団結力として利用する。

これがいわゆる「男性社会」の起源というわけだね。

いかえると、俗にいう男性社会というやつは「弱者男性保護」する社会制度だったりするんだよね。

じゃあ、男性社会がすべての女性マイナス社会システムかというと、そうでもなくて

女性は(十分な魅力がなくとも)少なくとも一人の男性から養ってもらえるという意味

弱者寄りの女性にとっては悪くない制度だったらしい。パレート最適といいますか。

象徴的には、武家社会では上司遊んだ女と強制的結婚させられる部下がいたりした)

それでもあぶれる弱者女性(主に訳あり女性)は、妾制度みたいなもので吸収されていたしね。

で、今度は社会男女平等の方向に進んでいくと、どうなるか。

逆に一部の強者男性がどんどん女性を囲んでいき、弱者男性は「女」という資源アクセスすらできなくなっていく。

一方で、魅力に乏しい弱者女性強者男性に遊ばれることはあっても、(婚姻などで)彼らの資源を独占することができにくくなる。

(だからこそ、欧米先進国では福祉制度結婚制度の改変、養育費強制徴収とかが行われるようになったとも言える)

こうして総合的な魅力度に基いて、強者男女と弱者男女がハッキリと二極化していく。

そういう意味では、旧態然とした社会システム弱者に優しく強者負担が大きい制度

現代男女平等社会ある意味原始的弱肉強食世界先祖返りした感じだね。

どちらが良いというわけでもなく、いいとこ取りはできないってだけ。

http://anond.hatelabo.jp/20160520172115

2015-11-16

部長説明するナッシュ均衡ワルラス均衡

よう、昼休み仕事してるとハゲるぞ。

さて、ナッシュ均衡ワルラス均衡が話題だ。

戦略決定とか価格決定とか言うと、部課長級に説明を求められたりする。

本来ggrksとか言いたいところだろうが、言えないのが宮仕えの辛いところだ。

理解してこいよとも言えない。理解できない方は大抵立場が上で、説明できない方のボーナスが減らされる。

ナッシュ均衡ワルラス均衡の説明

「均衡」は、基本的には、ガッチリハマっている状態を示している。

ナッシュ均衡(Nash equilibrium)

参加者選択肢を変更すると今より悪くなるので、変更する理由がない状態

参加者全員が自分目線ベストチョイスの状態

パレート効率的(Pareto efficient)

参加者の誰かを犠牲にしないと、誰かが良くならない状態

誰も損せずに誰かを改善できるなら、パレート改善できる状態

最適な資源配分とは違う点に注意。全体100万円を、老人80万円、子供20万円で分けた「後」の状態パレート効率的。

社会資源配分問題でよく使うので「パレート最適」という単語を嫌う人もいる。最適配分を示さなから。これ豆な)

ワルラス均衡

需要供給が大きく動かないでハマっている状態。「需要供給価格が決まる」だな。

ある1つに注目すると、部分均衡。市場全体の全部コミコミだと、一般均衡

フランス人レオンワルラスさんが1874~1877に書いた本に載ってる、一般均衡(general equilibrium)理論のこと。

具体例での説明

いやー、ナッシュ均衡は、戦略的意思決定学問であるゲーム理論(Game theory)の非協力ゲームを解いた時に出てくる「答え(解)」の状態を示す単語ッス。

協力しちゃダメッスよ?んで、他の「選択肢」を取るメリットがなくなった状態を言うッス。

パレート効率的とかも聞くッスけど、誰も損せずにもっと良い改善方法が無い時の事ッス。

ワルラス均衡は、経済学の話ッスね。需要供給価格が決まるって話ッス。

ワルラス均衡は、ナッシュ均衡だと聞いたんだが?」

同じ「均衡」って単語で僕なんかは間違えそうになるッスけど、全然違う話なんで同じ式の中に入れちゃダメッス。

  1. 価格10万円、需要が5千台、供給が1万台とすると、5千台余るッス。
  2. こう言う時、価格は下げるッス。10万が8万に、5万に、と。
  3. どんどん下げていって「5万なら買い!」の需要が、供給釣り合うと、価格が安定するッス。これがワルラス安定ッス。

経済学価格調整モデルの話で、フツーは戦略的意思決定選択肢をどうするみたいな話は出てこないッス。

ヤマダ安ヤマダ高
ビック安ビック売れる,ヤマダ売れるビック売れる,ヤマダ売れない
ビック高ビック売れない,ヤマダ売れるビック売れない,ヤマダ売れない

ヤマダとビックで、売れたほうが儲かる(利得が大きい)時は、当然ヤマダもビックも値下げするッス。

まあ、ナッシュ均衡と言えなくも無いッスけど……あんま言わないッスね。

「じゃあ、目からウロコ!囚人のジレンマって経済にも繋がる話だったのか! - 嗚呼、学習の日々ナッシュ均衡というのは?」

ナッシュ均衡でも、価格の均衡でも、どっちでも無いッス。

  • ある店が10万円のテレビを値下げして5万で売りに出す(前提が無いッス)
  • A:需要が十分に高く、10万で価格形成されてるなら、他の店は値下げしないッス。売れるんで。値下げ店が馬鹿ッス。
  • B:需要が低くて、供給の方が大きい状態だったとすると、他の店は値下げするッス。売れてないんで。ワルラスさんの言う調整過程の話ッス。

ワルラスの均衡は、需要が多くて供給が少ないなら価格は上がる、需要が少なくて供給が多いなら価格が下がる、結果需給が吊り合って価格が安定した状態のことッス。

「店が意味もなく価格を下げたら、他の店も下げざるを得ない」とか無いッス。

先の例だと、TVを普段から100円でヤマダが売り出したら他の店も100円で売るとか無いッス。

ナッシュ均衡は、選択肢がどんづまって他の選択肢を取ると損する状態を言うので、さっきの例とは関係無いッスね。

(ヤマダが100円で利益が出るならヤマダが市場を寡占するというのは、違うモデルの話でワルラス的調整過程の話では無いッスね)

少なくとも、囚人のジレンマから出す話じゃないッス。超時空の飛躍ッスね。リン・ミンメイッス。

良く話に出てくる囚人のジレンマの話

囚人A協調囚人A裏切り
囚人B協調2,20, 10
囚人B裏切り10, 05, 5

数字懲役でA,Bの順番ッス。懲役は少ない方が利得が大きいッスね。

囚人Aは、囚人Bがどちらの選択肢をとっても、常に裏切るのが利得が大きくなるッス。

他の選択肢を取ると損をする、これが全部のプレイヤー囚人A,B)で決定できると、ナッシュ均衡ッス。

囚人Aと囚人Bが、両方とも協調したら2年づつじゃないか」

そこがミソッス。

ご指摘の通り、両方協調なら、両方裏切りより「どちらも損せずに、改善できる」状態ッスね。

まり、両方裏切りナッシュ均衡は、パレート改善できる状態にあるので、パレート効率的ではないッス。

こういう、自分利益だけを考えて最適な選択をする状態(他の選択は損する状態)が、全体としては効率的では無いのが、ジレンマって呼ばれる理由ッス。

それだけの話ッス。

でも、ワリとこういう、利得の表を作ると両方が得する選択肢の組み合わせはあるのに、その選択肢は選べない状態ナッシュ均衡で、パレート効率的では無い)は存在するッスよ。

蛇足的な用語解説

うーん。あんワルラス均衡って言わない気がするんだけども。((※1))

あ、用語定義と、その用語が良く使われる場面と、ある場面を説明するモデルとで、全部違うから混ぜないように注意したい。

  1. ナッシュ均衡」は、誰もが動くと損する「状態」を指す。(それを何に使う・何を分析するとかは別)
  2. 参加者が利得を最大化する場合に、それ以上動かない状態になる経緯・戦略を見つけるために使う。
  3. ナタデココ生産量は、クルーノー競争モデルナッシュ均衡を見つけることで、良く説明できる。

3番のモデル適用は即一般化はできないし、2番のよく使われる場面を定義に入れてはいかん。

勝手に話を補完したり飛躍したりするのもダメなんだけど、まあアレだ。はてなだし。

神の見えざる手

需要供給価格が決まるよね、というアダム・スミスさんの仮説。

個人の利益追求で、市場が適切な状態に落ち着くよね、というわりと哲学的な話。

ワルラス的調整過程

需要供給に合わせて価格が変動して、結果需要供給は落ち着くよね、というヤツ。

(需給が均衡することをワルラス安定、均衡しないことをワルラス不安定と呼ぶぞ)

マーシャル的調整過程

需要(欲しい/欲しくない)は即反応できるけど、供給(作る/作らない)は対応時間かかるじゃん?というヤツ。

なので、需要の変更と価格の変更は即座に動くけど、価格を見て供給が動くのは遅れる。

異なるモデル間の行き来

異なるモデルを、一緒くたに適用することは、フツーは出来ない。もちろんできるものもあるけど。

例えば、Cournot competition(クールノー競争)の均衡点は、「供給を絞れば価格が上がる」→「価格が高いから生産すれば儲かる」→「いっぱい生産たか価格が下る」を延々と繰り返せば「生産量と価格が均衡する」って話で、ワルラス的調整過程の「一部分」の説明であって、違う話。

で、全く同じ生産量と価格との関係モデルで「価格を変える」とBertrand competition(ベルトラン競争)というモデルになって、こっちは「一番低い価格をつけた企業が全ての需要をゲットするので、価格限界費用に一致する(最安値市場を占めるから、一番安くなる)」というモデル

経済学におけるモデルは、現状をどちらが上手く説明できるかのモデルであって、別にどっちが正しいとかそういう話では無い。所詮単純化したモデルだし。

全部違うものっしょ?どれがどれに含まれるとか、ナンセンス

ナタデココ生産量決定におけるベストチョイスは決定できる「だからナタデココ価格市場参加者全員のベストチョイス、とかは言えないかな。(結果的に合っていても、証明過程に飛躍があれば説明したとは言えない)

除草剤耐性穀物種子におけるクルーノー競争ナッシュ均衡との乖離から見る不完全競争推定」とかそういう使い方するかな。

ミクロ経済学オススメ本は……結局思想の話になって荒れるんだよね……ブコメでどうぞ)

http://anond.hatelabo.jp/20151116001112

((※1:この増田では、ワルラス均衡を一つしか財が存在しない仮定で説明している。ミクロ経済学でやる時は、一般均衡になるので、全ての財が均衡するときの話として聞いとかないと単位は貰えない。ワルラス均衡という場合は、全ての市場価格と、全ての需要とペアで示す事が一般的。とは言え、大抵2人と2つの財で説明するんだけどね))

ナッシュ均衡ワルラス的均衡

  ※ 最後に「訂正」あり。

 

この二つが話題になっていた。

 

元ページ

 http://hatena.aaafrog.com/entry/2015/11/14/104818

 http://hatena.aaafrog.com/entry/2015/11/15/142831

 

はてブ

 http://b.hatena.ne.jp/entry/hatena.aaafrog.com/entry/2015/11/14/104818

 http://b.hatena.ne.jp/entry/hatena.aaafrog.com/entry/2015/11/15/142831

 

勘違いしている初心者が多いようなので、解説しておこう。

 


 

ナッシュ均衡は、理系概念なので、理解している人が多いようだ。ここでは特に解説しないが、次の点を理解しよう。

 

  1. これはゲーム理論概念である
  2. 通常、2名のゲームである
  3. 変数は、戦略である。(戦略選択肢となる。)
  4. 均衡点は、特異点である。(連続的にそこへ移行できない。)

 

一方、ワルラス均衡は、文系概念なので、理解してない人が多いようだ。次のページでちゃんと勉強してほしい。(簡単だ。中学で習ったはずだ。)

 http://chu.benesse.co.jp/qat/3519_s.html

 http://homepage1.nifty.com/gujyo-economic-res/micro.files/w-antei.htm

 

ここでは、次の点を理解しよう。

 

  1. これは経済学概念である特に市場原理概念である
  2. 通常、供給者と需要者は多数存在する。(無限と見なしてもよい。)
  3. 変数は、(商品の)価格と数量である
  4. 均衡点は、なだらかに到達できる点である。(特異点ではない。)


 

ここで、元のページに戻ろう。

お互いが自分利益のために値下げして、それ以上下げられないところで止まる

これは、明らかにワルラス均衡だ。どこでも普通に見られる現象である。「それ以上下げられないところ」とは、「それ以上下げられない価格」のことだ。こうして価格一定の水準に安定するのは、前述のワルラス均衡そのものだ。(ワルラス的調整過程という。)

  ※ このことを理解できなければ、上の中学生向けのページを読んでほしい。

    それでもまだわからなければ、近所の中学生に教わるといい。

 

具体的な例で示そう。

たとえば、イオンは徹底的に価格を下げるので、利益率が1%ぐらいになる。これよる高くしてもいいのだが、そうすると、客が逃げるので、価格を下げざるを得ない。「これ以上下げたら利益ゼロ同然になって困るから、これ以上は下げようがない」という水準が「利益率 1%」という水準であるわけだ。

一方、セブンイレブンは、価格をあまり下げなくても、客が来る。利益率が 10%ぐらいになる。「これ以上下げたら儲けが減って悔しいから、下げてたまるか」という水準が「利益10%」という水準であるわけだ。

どっちにしても、ある程度まで、価格が下がる。これはワルラス的調整過程だ。

 

一方、全員でカルテルまたは談合をすれば、大幅に高値に設定することができる。普通市場でのカルテルは困難だが、官庁の入札では、参加者が少数だから談合によって大幅に高値を設定できる。

このような高値設定は、連続的に到達できる点ではなく、懸け離れた特異点である。したがって、談合による価格は、「ナッシュ均衡」と見なせる。ここでは、戦略によって、特異点に移行するわけだ。

 


 

以上によって、説明ができたことになる。

経済学理論と、ゲーム理論とは、まったく別のことなので、きちんと区別しよう。

特に中学で習ったはずの「需給曲線」については、きちんと理解しよう。これは決してナッシュ均衡と対比されるようなものではなく、ナッシュ均衡とは全然無関係で別の話だ。

 

 

 

p.s.

ブコメで、「ゲーム理論経済学区別する必要性は感じない」というのがあったが、それは、「戦略と、価格・数量を区別する必要はない」というのと同じで、狂人の発想だ。

 

例。

社員 「この新製品価格と数量は、どのくらいが見込めますか? 10万円で 1000台ぐらいでしょうか? もっと安くして、数量を多くしましょうか?」

社長 「ナッシュ均衡になるように、カルテルを結ぼう。それが正しい戦略だ」

 

これじゃ、会話にならないし、論理にもならない。気違い錯乱論理だ。

 

 ────────

 根本的に勘違いしている例も見られる。

ワルラス均衡は企業消費者プレイヤー生産計画と消費計画を戦略集合、利潤と効用を利得とするゲームナッシュ均衡に過ぎない

そんな発想では、プレイヤーの数が無限になり、選択肢の数も無限となり、意味不明になる、という矛盾はさておき。

ナッシュ均衡で得られるのは「戦略の均衡」であり、ワルラス均衡で得られるのは「価格と数量の均衡である」という点を理解できてないね中学校教科書を学び直すといい。

なお、「価格と数量は、戦略一種だ」と思う人もいるかもしれないが、違う。戦略は、個々のプレイヤーレベルで決まるのであり、いくらでも個別戦略の変更は可能だ。一方、市場価格と数量は、市場の全体によって決まるのであって、個別プレイヤーレベルでは決定できない。たとえば、どこかの誰かが、特別に高い価格戦略的に決定しても、その価格は、市場価格には影響せず、市場価格となるだけだ。

どうも、上記見解の人は、ゲーム理論ばかりを見て、経済学の知識が中学生ほどもないようだ。まずは、中学校教科書理解するべき。「市場原理とは何か」「需給曲線とは何か」を理解するべき。それがわかっていないから、すべてを個別プレイヤー理論解釈しようとする。

 

トラバにも、同じ誤解が見られる。

市場価格というのは、個別企業問題ではなく、市場全体によって決まる、ということを理解できていない。市場価格というのは、経済学問題であって、ゲーム理論問題ではない、ということを理解できていない。比喩的に言えば、「個人がどうするべきか」ということだけを考えていて、「国レベルでどうなるか」ということを理解できていない。マクロ的な認識ができていない。

  

 ・・・・・・・・・・・

 

しかしまあ、はてなーというのは、ゲーム理論の知識だけたっぷりとあるということは、よくわかったよ。あと、文系の知識は、中学生レベルほどの知識もない、ということも、よくわかったよ。

 

 ────────

 

なお、ゲーム理論理解できていない例も見られる。

通常2名というのはただの思い込み

 

実は、ここでいう2名とは、「自己」と「他者」のことである。「他者」は複数でもいいが、一貫して「1名」と同じふるまいをすることが必要となる。

たとえば、カルテルは、「他者」が1名として同じ行動を取ることが要請される。仮に、「他者」が分裂して、複数の行動を取るなら、カルテルは成立しなくなる。「カルテル破り」が出て、カルテル崩壊するからだ。

この意味で、通常2名という単純化モデル化)が、ゲーム理論では必要となる。一種の前提のようなものだ。

  

 ──────

 

 これだけ説明しても、まだ理解できない人の例も見られる。

選択肢の数が無限であるようなゲームなんかいくらでもあるじゃないか。

 

市場価格決定は、市場によって決まる。個別企業選択肢は、市場価格決定には影響しない。

たとえば、市場価格100円であるときに、120円という価格販売しても、それは、市場には影響しない。その企業がそういう戦略を取ることは可能だが、それは市場価格には影響しない。市場価格は、ワルラス均衡によって決まるのであって、個別企業戦略によっては決まらない。120円という価格で出した企業は、取引が成立しないので、市場外となるだけだ。

ここで論じているのは、市場価格であって、企業戦略ではないのだ。

話題となっているのは、プレイヤー戦略ではなくて、(市場における)価格決定の過程だ、という点を理解するべきだ。(企業における)価格決定の戦略無関係だ。企業価格決定は、決して均衡しない。どのような価格決定もできる。100円でも 120円でも、好き勝手に値付けできる。しかし、市場における価格は、決定される。それが均衡点だ。

価格の均衡点と、戦略の均衡点を、きちんと区別するべきだ。

 

訂正

ごめん。「ナッシュ均衡」という用語意味をよく理解してなかった。

この用語は、私が理解していたよりももっと広くて、一般的な「均衡」のことを意味していた。

私は「パレート最適」でない場合のことだけだと思っていたが、「パレート最適である場合を含んでいた。この点は用語勘違いしていたので、お詫びして訂正します。

 

ただし、「パレート最適である例を「ナッシュ均衡」という用語説明することは、ほとんどない。「パレート最適である均衡は、昔からずっと知られていたし、ナッシュ発見したり解明したりしたわけではない。市場における価格均衡も、ナッシュ以前からずっと知られていたし、ワルラスが解明していた。

したがって、市場における価格均衡を「ナッシュ均衡」と呼ぶことは、間違いではないにせよ、適切ではない。また、ナッシュ均衡の例を示すために、市場における価格均衡を持ち出すことも、適切でない。

市場における価格均衡を説明するには、「ナッシュ均衡」ではなく「ワルラス均衡」または「マーシャル均衡」という概念を出すのが適切だ。

また、ナッシュ均衡の例を示すのならば、市場における価格均衡を持ち出すのは、間違いではなくとも不適切であり、囚人のジレンマのような例を持ち出すのが適切だ。

 

私がこれまで「間違い」と指摘してきたことは、「間違い」と言うより「不適切」と呼ぶべきだった。この点は、お詫びして修正します。

 

参考:

「じゃ、どうすりゃいいのよ」

という質問には、こう答える。

市場における価格均衡を説明するには、中学生教科書のような図で説明するのが最適であり、ナッシュ均衡を持ち出すのは過剰であるナッシュ均衡を持ち出すのはは、紙を切るのに日本刀を持ち出すようなもので、中学生が基本概念理解するには重武装過ぎて、不適切。元の話の例では、ナッシュ均衡という概念は、一切必要ない。(間違いとは言わないが。)」

 

 

 

 

 

2010-07-24

http://anond.hatelabo.jp/20100724091923

わら人形論法とは違うだろ。

目的のためなら手段を選ばないようなやり方を否定しない」っていう主張、ってことでそのまんま理解しておいていいんだよ。

「手段にこだわる奴は、目的のためには無能になることが多いから警戒しろ」っていう世知のレベルの根拠な話だからな。

まあ、この世知を否定されても「お互い世界観が違うな」っていうだけのことで、「手段も凄く大事」も一定の根拠を持ったロジック

なのは認めるけど、俺に言わせりゃそういう思想は、チャリティーにおいては、集まる金を減らす、現実には「チャリティーの敵」と

いっていい考え方だと思ってるぜ。欺くらかせば金出してくれるチャリティーに無関心な連中より質が悪いともな。

お金がいくら集まるか、よりも、人の意識を変えることに心を向けて欲しいかな、と思いました。

なんで、そこで金と意識トレードオフで考えちまうんだ?

金が集まる&善意(関心)を持つ人が増える、がパレート最適だろ? そのパレート最適みたいな理想的な状態が達成されるわけもない

現実下で、集金目指して、CM獲って、宣伝番組打つと、人々の善意が減るか? どっちかと言えば関心は高まるだろ?

ひょっとしたら、CM無しで自腹で番組打った方が、もっと関心を高められるのかもしらんが、それでも番組自体をやらないよりましだろ?

番組自体をやらないより、マシなことしてるのに、それを非難する必要なんてねーだろ。「CM無しでできるようになると、もっといいなあ」

と願うくらいなら別にいいけど、そこで妙な理想論だけ振りかざして、叩くようなこと言うから、俺みたいなのからは「チャリティーの敵」

認定されちゃうんだぜ?

2010-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20100608105919

顔面・学歴財産状態で、それぞれ上中下をつけて27パターンで考えた方が建設的じゃね?

パレート最適の問題だろこれ

2010-01-27

一人でやれること

仕事を頑張ると、家のことが適当になり、

家のことをちゃんとやろうとするなら、仕事は早めに切り上げないと時間が足りない

パレート最適って奴?

2009-08-31

http://anond.hatelabo.jp/20090831200014

目的関数が違うものを比較すりゃそうなるに決まってんだろ。あほか?

パレート最適でググってから出直してこいよ。

2009-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20090203125113

まず君がシステム論をどこまで理解しているかがわからないと説明しようがない。

当然物理学力学的均衡がシステム論の機械的均衡のモデルとなったことは理解しているんだよね?

パレート最適点ぐらい理解できていないと説明しようがないwww

2008-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20081208223635

横だが、それ本当にそうかね。

議論?の流れは全く読んでないから知らないけど。

全体最適が個々人の最適解の和だとは限らないと思うがね。

パレート最適?あるいはクロスターム(=シナジー)か非線形項があると話が全然違うと思うね。

直観的には。

もう少し言うと社会っつーのは本質的にself-consistentな系なはずだから、もう線形とはほど遠い世界だと思う。

しかも収束する前に系の状態が変化しちゃうという非平衡効果つき!

2008-08-10

http://anond.hatelabo.jp/20080810190325

自分の知能の希少性を十分思い知っているとは思うけどさ、もう少し慎重にレスできないかな。

>でも、あらかじめ「足りない」ことを想定はしてないなあ。

逆。「足りない」のはこの世の現実だから、想定する必要がなければ経済学は生まれない。

経営学はどこにも有限なんて書いてないなあ。

有限じゃない物を効率的に利用するインセンティブは誰も持たないよ。

公害問題が台頭する以前の工場排煙なんかの事ね。空気ですらタダでも無限でもない。

ちょっと考えれば分かる事で粘る癖やめようね。相当頭悪いか必死なのかのどっちかだ。

>いや、モデルの話だろ? 経済学モデルがそういうことを想定しているという例をくれ。

モデルがどうであっても、共産圏なんかの悲惨な実証例が山ほどある事の方がわかりやすいからさ。

モデルならワルラスモデル市場競争によってパレート最適が達成されるって理論

>あと、過去レスにあるのは現実経済に対する君の勝手解釈でしかないわけで。

>君の勝手世界観だねえ。

新聞歴史教科書や日常生活や常識レベルの話だよ。否定したいなら逐一どうぞ。

>だから、トリアージ残酷なことじゃなくて経営学に大いに取り入れられるべきものだ、と言ってるわけ?

意味不明。まあトリアージは物凄くわかりやすくて便利だと思うからどんどん取り入れてもいいと思うけど。

でも普通トリアージなんて持ち出す以前に理解していなければおかしい話なんでね、そうそう出番はないよ。

>常にリソースが欠乏しているという仮定をおかなければならない、というのは経営学ルールなの?

ルールというか存在意義。論証例示済み。

経営的には赤だけど歴史ある本店だから残したい、なんてのはいくらでも現実経営で起こってることだし、そういう想定の元に経営計画を立てるのにも経営学は使われるね。

それは単なる資源制約として処理される。あくまで企業利益を追い求めるのみ。

倒産したら本店どころか会社自体維持出来ないからね。

あとそれって「かわいそうな」百貨店を生かすのとは別の問題だよ。行政政治の問題じゃないから。

>以降、明らかに経営学じゃなくて、君の原理主義資本主義の主張でしかないよな。

原理資本主義って何?意味不明です。

百貨店がつぶれるのがかわいそう、という論理を女のたわごとと切って捨てたのは誰だったかね?

知らない。経営学の授業という事を考えれば誰もが戯言だと思うはずだけど。

>証明しなければならないのはどっちなのかは明白だよなあ。

もちろんトリアージ経営学の例示として使えないという論証ね。

短期的にも長期的にもトリアージ的な発想が資源の効率的配分をもたらし、

「かわいそう」を減らすリソースを生む事は散々論証例示済み。

>鏡をみよう。すごく見苦しいよ君は。

別にこちらはいくら見苦しくても構わないんだけど、一応ググれば一発でわかる

Wikipedia記述をわざわざコピペしてあげたりしてるんだけどね。

まあ少なくとも君が、新書レベルの知識もなしに人様に突っかかってるのは明らかでしょ。

そしてこちらがいくら見苦しくても、件の粘着サヨクの皆さんの醜悪さは

ほぼ一般的に通用する認識だと思うね。

>週末にも働かないと利益をサイダイカできないじゃないかwww

ごめん、どこかの企業が報酬付でこちらにレスしてたわけ?

きっと企業労働者の行動原理勘違いしているから、たとえば自発的・非自発的失業の項を調べる事をおすすめ

>当の先生ですら撤退してるのにいつまで負けた議論を蒸し返し続けるのだか。

あれは個人的に私淑している相手に説教されたからじゃないの?

ブコメ見てもトリアージの例の教育的効果自体は物凄くはっきりしているよ。

出来の悪い生徒には多少の摩擦を恐れずにわからせてやる方が良い先生だと思うけどね。

ところでトリアージ経営学じゃなくてナチスだとかわけのわからん妄想話の論証まだ?

http://anond.hatelabo.jp/20080810002501

>そこで「必ず」って書いちゃうのは、ドグマ的に見えるんだよなあ。

パレート最適から資源を再配分するんだから「必ず」誰かの効用は減るよ。

で、「かわいそう」派のようにパレート最適自体に不満を持っている人もいるから、

いかように配分しても「必ず」不満はどこかに存在する。

>十分な資源があって、

「十分な資源があ」れば経営学経済学はいらない。

希少資源をどう配分すべきかという問題意識こそが両者の出発点。

時間一つ取っても資源は取り返しが付かない事は明らかでしょ。

>それは君が否定してる複雑なモデルの上でしか解析できなくねえ?

別に否定してないよ。多時点間の資源配分を考えてもも、大凡トリアージ的な発想が

効率的な資源配分をもたらすよ、という話なだけ。論点はトリアージ経営学の例示

として適当かどうかと言う点だから、余談以外の何者でもない。ただそちらが反論として

挙げた「長期的には違うかも知れないじゃないか、だからトリアージなんて経営学上も

おかしいのだ」という言い分は却下される公算が高いよ、という事になるよね。

>「全百貨店の存続」を目的にするのも単純化という意味では同じだね。

同じだね。ここ20年ばかりの日本経済を見ると、長期的には悲惨極まりない結果になると思うけど。

それは個々の企業の直面する経営の問題と言うより、政治的・社会的な再分配の問題。

>複雑なモデルが必要なんだということを学ぶチャンスなんじゃね? ほんとはね。

それは「経営学本来の問題じゃない事を経営学で引き受ける」という点で複雑とは言えそう。

非効率な上に意味のない話だと思うね。

>それにしてもトリアージを持ち出すのはちょっとねえ。もうちょっと方法あるだろ。

まあ「人命が係わるから不謹慎」という言い草は認めるとしても、それがナチスだ何だという

妄想は概ね却下されたと見ていいね。ただ、ブコメで少なからぬ人が反感とともに納得を

覚えたように、必ずしも不適切な例ではないどころか、相当効果的な劇薬といった感じじゃないかな。

カルネアデスの板でも持ち出せば、現場トラウマを抱えた人を刺激せずに済んだかもね。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん