はてなキーワード: 表彰とは
『平子理沙の変貌ぶりに高須院長「唇オバケになっちゃうよ」』という記事がでていて
(http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151106-00020417-jprime-ent)
そこに高須の〈プロフィール〉がのっていて、その中に、「金色有功章、紺綬褒章を受章」というのが入っている。
「金色有功章」というのは、おそらく日本赤十字社の金色有功章のことだと思われるが、
この表彰基準は「一時または累計額が50万円以上の活動資金へのご協力をいただいた個人・法人等」である。
(参考:日本赤十字社東京支部HP http://www.tokyo.jrc.or.jp/kyoryoku/shikin/seido.html)
また、紺綬褒章の授与対象は「公益のため私財を寄附した方」である。
(参考:内閣府HP http://www8.cao.go.jp/shokun/shurui-juyotaisho-hosho.html)
無論、寄付は貴い行為ではあるけれども、これらの「章」は、例えば紫綬褒章のようなものとは全く性質がことなるので
賢明なる、はてな民諸氏におかれても、誤解なきように願いたい。
(「なあんだ、金で買っただけかよ」などと言いたいわけではない)。
最近よくスタートアップが集ってプレゼン大会して、どこが優勝したみたいな記事を見かける。
そしたら大会の主催者や審査員がベンチャーキャピタルの人だったりする。
彼らの目的は、「自分の出資しているスタートアップを目立たせて、成長させたい」だから、自分の関係先スタートアップしか優勝させない。
ということで、本当に実力のあるスタートアップでも出資を受けていなければ応募に受かることすらない訳だ。
てか最近ベンチャーキャピタルはかっこいいみたいな雰囲気あるけど、
やってることなんてスタートアップ探して金使って応援してるだけだからな。
起業はクールだぜ、と若者をその気にさせて、出資先を作ろうとする。
上下関係から解放されたいとか言っておいてVCから資金受けたら、上司ができるようなもんだ。
そんなんでいいのか、と。
あなたの見なければならないのは、投資家じゃない。顧客だけのはずだ。
2年分くらい収益なくても生活できるくらい貯めるのは3年も働いて無駄遣いしなければ稼げる。
自分が苦労したお金で貯めて起業すれば、お金を大切に使うし、何より本気でビジネスができるだろう。
それくらいの意気込みのあるスタートアップこそ、これから増やさなければならない。
ネーム・コーリング - レッテル貼り。攻撃対象をネガティブなイメージと結びつける(恐怖に訴える論証)。
カードスタッキング - 自らの主張に都合のいい事柄を強調し、都合の悪い事柄を隠蔽、または捏造だと強調する。本来はトランプの「イカサマ」の意。情報操作が典型的例。マスコミ統制。
バンドワゴン - その事柄が世の中の趨勢であるように宣伝する。人間は本能的に集団から疎外されることを恐れる性質があり、自らの主張が世の中の趨勢であると錯覚させることで引きつけることが出来る。(衆人に訴える論証)
証言利用 - 「信憑性がある」とされる人に語らせることで、自らの主張に説得性を高めようとする(権威に訴える論証)。
平凡化 - その考えのメリットを、民衆のメリットと結びつける。
相手の立場に自分が乗るかもしれない、立場の差は運かもしれないから、みたいなことで自分より不利な立場の人間に関してその状況差を利用した価値観の露呈や接触方法の選択を良好なものにするというのはブービートラップ。
募金をして貧しい人間を救ってる大半は同じ貧しい人間。ホームレスのビッグイシューを買ってあげているのは小遣いを削って特価品を狙って買うおじちゃんおばちゃん。思いやりというのは増殖を促す危険サインといっても過言ではない。
そんなやつらの気が知れない、というほどの距離があればその状況を少なからず遠ざけることができているということではないか。真摯に向き合うというのは危険な状況に身をおいているに他ならないのではないか。
その異常な状態に近い子供を抱えた親が、その状況から離れてほしいと願うのは当然起こりえることだろう。
親はなにもわかってない。現実に困窮している人たちがいて僕になにかできることがあって人としてすべきことがある、なんて考えは方向性と目的地をもってはじめて到達のための犠牲を払えるものでそれが狂気である可能性も否めないが計画として遂行を予定するとなると多くの関係者と資材を必要とする。
道理として多くを巻き込む際に個人単独での行動には制限と限界がでてくるためおのずと「普通」になる。異常な行動や方向性に多人数を巻き込むことができるのはある種の才能だろうし被害が大きくとも社会的な価値にはなんらかの貢献ができるはずだ。
近い人間からすると現実にある問題について考えているということを続けているその姿は孤立を深め不理解と非生産好意の連続で消耗しつづけているだけに見えるのだろう。実際何の生産性も高まっていないかと思う。あなたが野良猫を何匹助けたかしらないけれどもノーベル平和賞にはノミネートされないし町内会から表彰されたりもしないだろう。
ひとまず普通をこなしてから普通の無意味さを知ったと言えと親はいいたいだろう。無駄ということが無駄とわかったところで意味がないだろうと僕くんはいいたいだろう。
言い方を他に持ち合わせていないだけで、普通にいてほしい、普通という環境維持に僕を巻き込み参画してほしいと願っていそうというのは僕に対する心配ではなくて環境に対する心配だとかいう表現は、自分より家庭が大事なのか体裁を気にするのかと連続しそうな思考だが、家を守ること自体が家族を守ることと同義として目的を明確化することに問題はなかろう。
いちいち項目を別にして明示しなくては効果がないとか保証がないとかそれは証券権利と信頼信用でなりたつ代替通貨経済だけの話だろう。自分が隣の人ひとりをまもることで世界が平和になるといえるとしたら、ひとりまもるだけですむならそれに集中して行動するのは効率的だろう。
どこかで悲惨な被害にあっている名も知らぬだれかの心配をするより自分の子供だけを心配するくらいしか余裕はないしそれをするだけでみなが救えるとしたら要らぬ心配をするより効果的だろう。
自分の考えている普通だけを必死にまもり他人である僕を巻き込んで迷惑をかけている親というのは、親のほうからたどって考えると普通の状況を用意することで僕くんがふつうに馴染んでくれてふつうである僕くんは、いきなり火をつけたりする異常な行動は「普通かんがえたりしない」ふつうの子になってくれるんじゃないかと思っているのではないか。
どこかでいきなり爆発したりしないふつうの生活をすごしていく上で、ふつうより大きなチャンスをふつうの視点から探すことができるなら、そのときにシフトチェンジしたらよいのではないか、ふつうの選択肢をすててはじめから異常な選択肢による解決しかもたない僕になってほしくないのではないか。
異常な僕が普通の家庭にいるのがうざったいような態度をしてくるのは、普通になってほしいからではないか。
それがつらいのか。つまり普通をこわして異常を侵食させたいのか。そう生まれたのもそういう因子を必要としたのも親の世代まで続いた遺伝子とうまれた僕くんの生物的なバランスなのだろう。
僕くんの異常な行動でその家庭の貯蓄を無用に減らすことがあったら、そういう形で再配分する構造を生態系が求めたのかもしれないし、学歴がひくくあるのならだれかに学歴を積むコースを譲る立場の生物的ポジションなのだろう。
凶行に出て社会機能の充足を確認したり向上を図るための犠牲になるよう本能が仕向けることもあるのかもしれない。
しかしなやんでも生体はそう仕向ける方向に動くだけなのでしょうがない。ストレスを覚えるならそれを蓄えてどこかで爆発するのも致し方ないだろう。平穏にその生涯をすごして次の世代に異常な行動者がでることもあるかもしれない。
連綿とつづく命の端々はだれかれのため、自分の話ばっかり、などと思わず結局はみなひとつの歯車でしかないのだから、せめて気落ちだけは楽にいたほうがいいのではないかと思う。
ただひとつ、だれかと比べて自分の話をするときの僕くんは自分を糾弾するという形で相手を陥れているだけでなんら救いがないことだけは気をつけてほしい。
相手を自分の体に乗り移らせて自分の身を切り裂く呪いのようなその行為に美徳を感じているのだとしたら、かなり精神的におかしな方向に行ってしまっているといわざるを得ない。
大学で、海外に関するサークルに入った。インドで汚い川に入る人を見たり、臭い子供と戯れたり、虫食を試したりした。旅行に行けない時は海外のサイトをよく見ていて、死体や片足がない人やばあさんの乳やグロい風刺の写真が目に入った。
そういう異質なものを目にしていると、日常で生理的嫌悪を感じづらくなり、これはこういうものなんだなーで済ませられるようになった。友人たちも同じだと思う。とつぜん韓国人に絡まれても冷静に話して最後は一緒に酒飲み出したり、事故でグロい怪我してる人に迅速な手助けして表彰されたりしていた。
同調圧力の強い日本では、普通から離れた異質さがあると、多数派に嫌悪されると排他的に扱われる。生理的にムリなものは変えられないからという言い訳で、おまえが変われないなら雑に扱われるのは必然として正当化される。生理的にムリは変えられないと自己規定して、責任から逃れるのだ。
こどもの頃から、異国人と触れ合ったり、汚らしい臓器が出てる画像を見せたりすべきだ。だが現実には、ある議員曰く「ちいさいうちはきれいなものを見せて…」らしいので、まぁムリだろうなぁと思う。
異国の異質な部分だけを書いたら異国にも華麗な部分はある!と意味不明なトラバがつくというね
あと教養とは→
http://anond.hatelabo.jp/20150704181823#tb
を読んで自分のかつての廃人っぷりがよみがえってきたので書く。
県内で1番の進学校にいたものの、いまだに続いて驚きの某MMOにどハマりする。
総合レベルランキングに回復役のプリーストながら50位以内に入る。
無謀にも難関大学志望だったので、当然落ちる。
落ちた際に、装備をリスクのある強化を繰り返し、壊して、
【大学時代 前期:】
自分で言うのもなんだが、遊戯王でかなり強くなり世界大会で優勝した。
コナミの本社にも呼ばれて表彰される予定だったが、ジャンプに掲載される
可能性があるとのことで、大学デビューを果たしていた自分はゲームおたく
属性を隠すために断った。
世界大会は決勝戦で、相手が将棋で言う投了をした前代未聞の事件が起きたので
やってた人は知ってると思う。
遊戯王は、家のPCが新バージョンに対応できなくなったため辞めた。
【大学時代 後期:】
MMOをやりこんだため、ちまちまとレベル上げをするゲームが好きだったのだが、
FPSに手を出す。
暇な学部だったこともあり、1日平均4時間、夏休み1ヶ月1度も家に出ないまま
プレイし続けることもあった。(実家暮らしだったため衣食住には困らなかった
普段はスカスカの電車に乗るからめったに痴漢に遭うことはないんだが、たまに、朝方の満員電車に乗ると5回に1回くらいの割合で痴漢に遭う。(夜の満員電車はなぜかあまり痴漢に遭わない)
そういうときは足を踏んだりして応戦している。その都度ピンヒールを履いていないことが悔やまれるのだが、まあその場で痴漢をやめてくれるのなら大事にするつもりもない。私だって急いでいるのだから。
先日もそういうことがあった。しかしそのときは踏める位置に痴漢の足がなかった。
そういうときは、半径2,3メートルの人々に聞こえるくらいの声で やめてください というようにしている。周囲からの、は?何言ってんだこいつ?という視線は痛いが、大抵の痴漢はこれでやめてくれる。
なので今回も同じように やめてください と言った。一瞬、私を触る手が止まった。そしてまたサワサワと動き出した。やめる気はないようだった。
腹が立ったので、手を掴んだ。少し爪を立てた。痴漢の顔を見た。30代前半くらいのサラリーマンらしき男だった。驚いた顔をしていた。
手を掴んだまま、今度は奴の目を見て やめてください と言った。
男の第一声は 痴漢冤罪だ! だった。続けて、誰がお前みたいなブスを…というお決まりの台詞が続いたがそれはどうでもいい。
私は少し混乱してしまった。
いや、お前、痴漢してんじゃん。冤罪じゃないじゃん。チョーウケるんですけど。深層心理に隠れていたギャルが何故かここで目覚めて、脳内で毒を吐いていた。
カッとなりそうだったのだが、突如現れたギャルのおかげか少し冷静になることができた。
私は、 べつに痴漢されたなんて言ってないんですけど、そう言うってことは痴漢してたっていう自覚があるってことでいいですか! と言った。重箱の隅をつつくというか、揚げ足をとるというか、ダサい発言だったと自覚しているが、周囲の人々の 冤罪かよこのブス という表情が なるほど痴漢か という表情に変わったような気がした。結果オーライである。
男は一瞬しまったという顔をしたが、すぐに何か色々と言い返してきた。内容は覚えていない。何度もブスと罵られていたことは覚えている。自分がブスであることくらい自覚しているのだから何度も言わなくていいのに。少し傷ついた。
冤罪だの、ブスだの、色々と言われて再び腹が立ったので お互い警察に行きましょう と言った。男ははっとした後、嫌そうな顔をした。
私は被害者であるはずだ。なぜ悪者にならなければいけないのか。
次の駅で降りてお互いの言い分を警察を交えて決着をつけるか、今ここで謝るか、どちらかを選ぶよう伝えた。
なんだか、闘いに勝ったような気がした。腹は立っていたが清々しい思いだった。
また5秒くらいして、そばにいた40〜50代くらいのサラリーマンらしきおじさんに声をかけられた。このまま卑劣な痴漢を野放しにしていいのか、ということだった。たしかに、良くない。だが私は急いでいたためあまり時間をとられたくなかった。
しかしそんな話をしていると再び痴漢がキレだした。謝れば不問にすると言っただろうとのことだった。
そんな事を言われるとますます腹が立つではないか。やっぱり突き出してやろうかと考え始めたところ、おじさんが 実は痴漢しているところを見ていた。何も言えなくてごめん と言ってきた。おじさんは証人だったのだ。
どう考えても私に有利な状況である。痴漢はこの世の終わりのような顔をしていた。
痴漢と、おじさんと、私も証人になると言ってくれた数名の方々(目撃したわけではないらしいが、痴漢を取り押さえてくれていた)と一緒に次の駅で降りた。大所帯であった。
駅員さんに伝え、小部屋に連れて行かれた。あったことを話した。
痴漢曰く、気の迷いだったそうだ。一時の気の迷いで他人の心に傷を負わせちゃだめだろう とお巡りさんに怒られていた。その通りである。
しかし私も、一時の気の迷いから生じた過ちを裁くために1人の人間の人生を狂わせてしまうのも荷が重かった。まあ、本人の自業自得であるのだが。
よって示談ということにし、後日、謝罪と幾らかの示談金を受け取った。
一段落ついた後に友達にこの話をしたところ、うち一人の男友達からかけられた言葉に意表を突かれ困惑した。
その場の全員が、芸人顔負けのチョットマッテを決めていた。
この話を聞いてすぐにこんな言葉が出てくる人もいるのか。これは、相容れないわ。と感じた。
今までの付き合いで普通の思考の人間だと思っていたからこそなおさら驚いた。思考云々というより彼の場合はただの非常識な人間である。
男の立場で考えるとそういうことになるのだろうかと思ったが、その場にいた他の男友達も こいつは頭がおかしい と言っていたので、彼は極端な例なのだと思う。思っていても、普通は言わないだろう。
そして先週末にようやく、証人となってくれた方々が全員揃って食事に行くことができた。示談金はここで使った。
みんな、あの後の予定に遅刻してしまったようだったが、とりたてて支障はなかったらしく、安心した。
特におじさんは事情を話したところ(私からも連絡を入れた)上司に褒められて会社で表彰されたらしい。最初は見て見ぬ振りをしていたくせに、と思ったのだがあえて言わないでおいた。
http://anond.hatelabo.jp/20150507030334
たぶん書いている人は戦略系じゃないと思う(年収の話から推定)。
かくいう私も非戦略系に新卒で入って5年以上10年未満在籍している。
戦略系に比べたらたぶん半分くらいしかもらっていないが、世間一般に比べると十分に高い。
後、経費の自由度があったり印税とか日当とか給与外の収入が結構ある。
高級な外食、飲み会、休日のゴルフなどは人によってバラツキが大きいという印象。
私は出張先で少し高めのお店で食事するくらいでゴルフもやらないし、都内に居るときは家で食べる。
従って、それなりに貯金できたり家族とのレジャーに使えたりする。
同年代でも明らかに高い方なんで文句言うのはおかしいと思うし、もっと給料がほしいなら外資系や他のファームに移ると思う。
出世競争は確かにあるし、ネガティブな噂が立つといろいろやっかいなのは弊社でもある。
自分が得意とするテーマや業界なんかで出世のスピードが変わるが、
そういうのに左右されず「自分はこのテーマでNo1になるんだ」って思いがあるから大して気にならない。
焦土作戦みたいなプロジェクトもあるが、入らないように自分で社内にプロモーションするなりして活動すればなんとかなった。
クライアントの問題解決って、確かにレベルが低かったり出世競争上の不毛な話も多い。
一方で、提案時点でキチンと問題の定義とか進め方とかアウトプットを明らかにしておけば防げる物も多い。
要は曖昧な提案して、何でも屋として扱われないようにすることが重要。
クライアントが神様ではないので、スコープ外の事は断ったりすることも必要。
しょうも無いレベルの案件が無いとは言わないがキチンとした提案からのプロジェクトは問題解決につながっていると思っている。
ファームの違いか、領域の違いか、プロパーの人とのプロジェクトが大半。
従って、プロジェクトの形は人事異動以外でネガティブな変更は少ないから助かっている。
人員整理や再成に関する案件は、確かにリストラの名簿作りとか良い思いをしない仕事もあるが、
経営者の悩みは会社を存続させることであって100人リストラして、1000人の雇用が守られるならそれも有りと考えている。
※このあたりは人に依って考え方が異なるのは理解しているつもり。
一方で、プロジェクトを機にクライアントのプロジェクトメンバーが表彰されたり、昇進したりするのはほんとに嬉しい。
私はそういう意味で満足しているし、まだがんばろうと思っている。
「本に書いてあるほど良い仕事でもないし、会社によっては大企業の方が高給だよ」と言ってる。
自閉症の症状を調べると、これまでの人生で失敗してきたことが、全て自閉症が原因だと気付く。
自閉症がきっかけで、私は空気が読めない男となり、人から嫌われ、鬱病を患った。
何度も自殺しようか考えた。鬱で明日が怖くなり、睡眠障害も患った。
睡眠障害は過眠症だったので、一日中眠かった。それも周りから馬鹿にされ、更に鬱になった。
大学時代は極楽だった。講義ごとに人が違うから、人付き合いを気にしないで良かったから。
その頃には鬱は晴れたが、過眠症は治らなかった。
少しでも興味が無い講義は、とてつもない眠気が襲い、寝てしまっていた。
寝るのは良くないと思い、ひたすらノートに書く事に集中したら、眠気は全く起きなかった。
書く事に興味を持っていたら、成績が良くなってしまい、何度も表彰された。
同時に何か異変を感じるようになる。音を気にしすぎるようになった。
社会人になったら、過眠症が原因でよく叱責されるようになった。
「寝ちゃだめだ」と思えば思うほど眠くなる、後にそれがナルコレプシーと判明する。
営業部の美人局ババアの独り言だけが耳に入るようになる。先の聴覚の問題が現れる。
周りからはさして気にするほどでもない音だが、私には気になって気になって、常にイライラしていた。
私は電話の取り次ぎがとても下手で、相手の名前と会社名と誰宛なのかを覚えられなかった。これもよく怒られた。
上司に仕事の報告をするにしても、事前にカンニングペーパーを入念に作らない限り、「君、何言ってるかわかんない」と返された。
言葉が出ない。思い浮かぶ言葉が関係ない言葉ばかり。そして話がとても長くなってしまう。
その会社は寝過ぎで解雇された。自己都合退職という名目になったのがせめてもの幸い。
その結果、自閉症と診断された。
ここまで読んだ人なら気付くかもしれないが、私は話を要約出来ない。これについても後々後悔する。
結局何が言いたいか。
この季節になるとある奴を思い出す。
優秀な社員で、どんどん頭角を現し1を教えれば10とは言わずとも、7や8を返してくれるような奴だった。
上昇志向と海外志向が強く、会社も彼の語学力に任せて海外市場開拓の先陣を任せた。
他の会社は知らないが、まだ新人と言われるような年でそれはわが社では異例中の異例だ。
もちろん失敗もあったが、それを周りがフォローするような人間関係も作れるコミュ力があった。
そんな奴が部下に来てずいぶんと仕事も楽になり、チームの和が乱れるような事もない。
彼はとうとう会社史上初めてとなるような難関資格を取り、ささやかな表彰も行われた。
そんな時、彼は突然会社を辞めて大企業Aに行くと言った。私はもちろん引き留めた。
ライバルに人材を引き抜かれる以上に、Aは使い捨てをするような企業として有名だったからだ。
君には社長以下全員が期待している。君は将来の幹部だ、社長だ、未来だ……持てる力全てで彼を引き留めようとした。
そしてウチは小さな会社で家族のようなものだ。もちろん最近そんなものが疎まれている風潮があるのも知っている。
でも君は今まで上手くやって行っている。Aに行けば給料は高いかもしれないがすぐにクビを切られるしアフターケアも無い、と言った。
「私の父親は、社員は家族だというところに居ました。難しい仕事をやりとげ、社長賞をもらったことを誇らしげに話していました。
だけどあっさりとリストラされました」
引き留めは失敗した。彼は我々が信じている何かを、全く信じていなかったのだ。
その後彼の結婚式に呼ばれた。給料にも恵まれ幸せな生活を送っているとのことだ。
とても中小のウチには出せない額だったし、これで彼は正しかったと思う。
でももう一度父親が裏切られた経験を持つ奴が来たら、やっぱり俺は引き留めなんてできないと思う。
↓
やっつけで直した
↓
事故当日、やっつけで直した箇所が吹っ飛んだ
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衝撃で垂直尾翼も吹っ飛んだ
↓
垂直尾翼には油圧4系統すべてが通っていたので、油が全部流出した
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「油圧(ハイドロ)全部だめ」
↓
おしりの方向舵・昇降舵、大きい羽のスポイラ(揚力調整)・エルロン(補助翼、バルク(傾き)調整)などすべて操作不能
事故当時、日本航空はそれまでの半官半民の特殊会社体制から完全民営化へと移行する方針を決定していたが、本事故の影響による経営の悪化、安全体制や経営姿勢に対する社会からの批判を受けて、政府主導により抜本的な体制の刷新が行われた[31]。1985年12月、当時カネボウの会長だった伊藤淳二が日航副会長に就任(後に会長へ昇格)し、経営体質の改革や長年の懸案であった同社の労働組合問題の解決に取り組むとともに「絶対安全の確立」を新たな経営方針の一つとして掲げ、機付整備士制度の導入や技術研究所の設置などの施策が行われた[32]。
2006年4月24日、羽田空港整備地区に日本航空安全啓発センターが開設された[33]。同センターには本事故の残存機体の一部(後部圧力隔壁、垂直尾翼前側、後部胴体の一部、座席、フライトデータレコーダ、コックピットボイスレコーダなど)を含め、事故に関する資料が展示されている。社内向けの施設であるが一般にも公開されており、事前に申し込みをすれば見学することができる。なお、センター内は特別の場合を除き撮影禁止となっている。
747SRは日本航空がローンチカスタマーであったが、事故を受けて同型機は全て売却された。なお、スペースシャトル輸送機の改造ベースとしてJA8117を購入したNASAは受け取った機体の整備技術に敬意を表し、JALの整備部に表彰状を贈っている[34]。また、JA8118はボーイングが金属疲労試験機として購入した。
パンアメリカン航空845便離陸衝突事故 - ボーイング747、1971年。進入灯に接触し、4本の油圧配管のうち床下を走る3本を破断。ボーイング747初めての人身事故。内田幹樹は著書の中で、この事故後に適切な設計変更がされていれば123便の油圧喪失は防げたのではと語っている。
アメリカン航空96便貨物ドア破損事故 - DC-10、1972年。飛行中貨物扉が与圧に耐えられず脱落。急減圧により床下の操縦索を損傷。このときの機長は油圧のみで操縦する第3世代の機種に不安を抱いており、油圧喪失時の操縦を研究していた。
大韓航空機撃墜事件(大韓航空007便) - ボーイング747、1983年。INSの故障でソ連を領空侵犯しミサイルを発射される。ミサイルは尾翼に命中し操縦索や油圧系統を損傷し、急減圧が発生して緊急降下を試みたが墜落した。
ユナイテッド航空232便不時着事故 - ダグラスDC-10、1989年。本事故の教訓から油圧系統が全滅した場合の操縦方法を研究していたパイロットが搭乗していたため、着地は不完全であったものの空港への帰還に成功した。
アメリカン航空587便墜落事故 - エアバスA300-600R、2001年。離陸直後に、方向舵の過剰操作により垂直尾翼が脱落して墜落。乗客・乗員全員と地上にいた5人が死亡し、1人が負傷した。
チャイナエアライン611便空中分解事故 - ボーイング747、2002年。1980年に起こしたしりもち事故で修理していた胴体後部の外壁が、金属疲労で破壊され墜落した。
垂直尾翼がふっとんでもコントロールを失わない設計は可能なのか
それは実現されているのか
そうですね操縦システムや誘導に関するもの、整備に関するもの、機体強度に関するものなど色々あると思いますが例えば、機体に関してですが各翼に付いている昇降舵や方向舵の油圧系統は昔、全てつながったような1系統だった為に1ヶ所が破損した場合全ての機能がアウトになりましたが、現在では右と後の組、左と後の組、などの様に2重またはそれ以上にして1ヶ所が破損した場合でも他の系統で補える様にして万が一の時でも危険性を少なくする様な設計がされているようです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11130243796
→どういう配管からどういう配管になったのか図で見てみたい
バンナムの人ありがとう。僕がバトルオペレーションに出会ったのは2013年10月17日だ。会社の人に誘われて久しぶりにやった、そして初めてまともにPSNアカウントを運用した思い入れのあるゲームだ。このゲームは、一戦闘ごとに撃墜スコアが出るので、腕を磨けば短期的に結果が出るという報酬欲求を満たしてくれた。
また、一番輝いていた人には☆がつく。(与ダメトップ、スコア貢献度、アシストトップは数字が黄色くなる)初めは武器の切替もままならなかったけれど、スコアを稼いでうまいですね、とチャットで言われたり、称賛システム(戦闘結果画面で誰か一人に○ボタンで称賛が出来る。)が僕のモチベーション維持に大いに貢献してくれた。基本無料のゲームで課金は気が進まなかったけれど、もともとガンダムが好きなのもあり、大いに課金をした。後悔はしていない。
初めて1年以上経つが、アップデートによる機体追加、仕様変更による機体運用のトレンドの変化でプレイヤーを飽きさせない工夫が出来ている。僕が現在でもプレイ動画やwikiを見て現在のトレンドの把握と腕磨きに奔走している理由の一つだ。
バトルオペレーションは(大げさかもしれないが)人生も変えてくれたと思う。常々僕は仕事で生き辛さを感じていたけれど、このゲームを始めてから、その原因は「他者から継続して承認され続けていないからだ」と気づく事が出来た。「現にうまくなれば短期的に結果が出るバトルオペレーションは続けていられるじゃないか」と思うようになった。今は人より少しだけ上に立つ仕事だけれども、人生において誰でも最初は二等兵01で、尉官、左官になるまで経験値を積ませるためには、短期的に評価を与える必要があると思っている。
バトルオペレーションは心理学に基づいて作られたゲームだと思う。2012年に表彰されたゲームであるが、短期的な報酬が枯渇気味の現代社会において、ヒットは必然だったと言える。これはガンダムゲームであるが、キャラを変更するだけでほかのゲームにも転化出来る形式なので、今後も手を変え品を変えてリリースし、僕みたいな承認欲求の強い人を救ってほしいと思う。
「いじめゼロ」宣言は、いじめを温存する――「虐待ゼロ」「体罰ゼロ」 教育の世界にあふれるゼロ信仰(内田良) - 個人 - Yahoo!ニュース
http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/20141103-00040454/
個人的に「数値目標」自体はいいことだと思うのだけど、この記事が言っているという通り「それは本当の数字か?」というのが問題になってくると思う。
学生の頃は「数値目標」は適切に管理させるものだと思っていた。頑張れば数値は上がるし、頑張らなければそれなりだ。運もあるだろうが、長い事つづけていれば運も平準化される。
が社会人になって「数値目標」は全く適切に運用されない。という事に驚いた。
私の会社ではお客さんの所で起きている問題を特別チームにエスカレーションして解決するプロセスがある。
何十件もあるお客さんから上がってきた問題を解決するものなのだが、それまでは歴代の担当者は90日~120日くらいが解決のTATだった。解決までのTATが数値管理されいた。
システムで「いつから開始して」「いつ解決した」が記録されている。
上がってくる問題は全て技術的なもので、腕に自信があった私は次々と問題を解決していった。結果 TATは30日まで縮まった。前代未聞という事で表彰もされた。
個人的には全く気にしてなかったが一応、個人の年間の目標にもなっていた。
私がその立場を引退して暫くした頃、現場から「ちょっと見てくれ」と言う事で、特別チームに再び参加する事になった。管理者ではなく一人の協力者として。
暫くして「何故か全体の動きが悪いな・・」という事に気づいた。協力部問の動きが遅い。
理由は簡単で、私の時代ではTAT 30日という前代未聞な TAT を達成していたため、後任者が同じ TAT を達成するために、システムを勝手に書き換えて問題を解決した事にしていた。実際には解決していないのに。
なので、システムに登録されている状態を見て動くはずの他の舞台が、エスカレーションした案件として見なしていなかった。一般的な問題として普通に他の問題と一緒にされて後回しにされていた。
この裏操作は特別チームだけが知っていて、他の人はお客さん含め全員騙されている(エスカレーションプロセスとして特別対応を受けていると思っている)状態だった。
厳密なエスカレーションプロセスで、一部の人しか状態を確認できない事を利用した不正だった。
で「裏でシステムいじっているだろ?」と指摘した。返ってくる回答は「そんな事はない。適切に処理されている」でもうラチがあかない。
証拠を突きつけても「適切に処理されている」の一点ばりで、今度は身を守るために「XXさん(私)が勝手にお客さんと会話している」と言う(いや会話しちゃいけないのか?)というとにかくありとあらゆる難くせをつけてきた。誹謗中傷のメールがあちこに出されまくった。
その問題は個人的にさくっと解決したが、特別チーム全体でそう言った数字の操作を長らく続けていたようだ。そして恐らく今も続けているだろう。
特別チームにはマネージャーも含まれるので、マネージャーぐるみで、しかも世界規模のプロセスで他の国に管理者もグルだった。
「お客様のためにそういう事はいけませんね」と言っていたので、私もはじめ知らないのかな?と思っていたら、完全にグルで私も騙されていた。綺麗事を言う人を信用してはいけないな。という事を学んだ。
特に「数値評価」というのは、人間の醜い所をいとも簡単に引き出すんだな。と言うのが個人的な経験。
道端に100円落ちてたり、財布が落ちても
やった、ネコババしてやろう。って懐を潤す事ばかり。
いつだったか、100万円を届けて出た人がいた時も、
これは私のモノです、返して下さい。とネコババも目的で人がごった返した事もあった。
昔は道端に100円落ちててもしっかり交番に届けてたから、警察から表彰とまでは行かなくても
名誉市民みたいな表彰バッジなんかくれたものだけど、今はそういうのも無くなったしね。
使命感とか正義感とかで交番に行くような人って善意とかあっても今や警察が盗んだんじゃないのか?って
疑われるようにもなってるのが問題だね。
それでかは知らないけど、交番に届け出る人も減ったのかなと勝手に解釈してる。
昔は貧乏でも助け合いの精神で隣近所の人とも協力して何かしたもんだけど、
そういうのも最近は聞かないしなぁ。
祖母や親がある宗教に属しているんだが(ソウカ、幸福の科学、エホバとかではない)、そこの刊行している冊子がある。
必ず誰かの経験談が載っていて、「こういう不幸に見舞われて、それをこの宗教のおかげで幸せになった」という話がメイン。
あるとき読んだやつには、夫が浮気などをして不仲になったのだが、それの原因が自分にもあると悟り、毎日玄関に三つ指突いて夫を出迎えるようにしたり、何を言われてもありがとうございますで返すとか、色々努力したら夫が口をきくようになったとかそんな話が載っていた。
読んでて、そんなにまでしてこの夫に尽くすこと自体が不幸だとしか思えなかった。
浮気した奴にこんなことまでしろっての?冗談じゃねーよふざけんなお前が慰謝料はらって出て行けよクズとしか思えなかった。
宗教というのは不幸な人がいないと成り立たない商売だからなー。
教祖の銅像とかいくらかかってんだよ。この豪奢な建立物が必要なの?
でも面白いのは、その中でコンテストみたいのがあって、勧誘に成功した人数が多いとナントカ祭で豪華絢爛な舞台上で表彰されるんだそうだ。
なんだかとてもむなしいと感じた。だってその舞台に使われた金だって、身内が出した金みたいなもんでしょ。お金払っていいように利用されて喜んでるだけじゃん。
救われないなあと思った。
http://anond.hatelabo.jp/20140804000142
この奥さんが他人に思えなかった。
自分と重なるであろう部分が多く、自分をちょっと振り返ってみたくなったので、増田で長文を書くことにします。
本当に長文なので、そしてほとんどの人にとってはたいした中身もない文章なので、よほど暇じゃないなら読まないでください。まじで。
高校のころまではとにかく何もかも完璧でないと陰に陽に容赦なく責め立ててくる両親に抑圧されていて、友達もいなかったし、自分というものをまともに出したことがなかった。
大学に入って自由がきくようになり、部活動に熱中するようになった。
活動の内容そのものより、自分が組織に貢献できているという感覚がうれしかったのをよく覚えている。
部のために骨身を惜しまず動いた。
一方で、無責任で頭のネジのゆるみきった同期や先輩連中が許せなかった。
でも直接文句を言う度胸はなく、一人でストレスを抱え込んではときどきあさっての方向に爆発させていた。
周囲の自分に対する評価は「よく気がついて、頼んだことはきっちり完遂するし、フットワークも軽くて、まあとにかくまじめでできるやつなんだけど、怒らせると面倒だからとりあえず機嫌を取って上手に動かしておこう」といった感じだった。
いくつかの人間関係の軋轢を経験した結果、自分の中に周囲との円滑な調和を妨げる深刻な側面があることに気づいた。
周囲の人間は自分よりもっと情緒的なつながりを大切にしているし、いつでも何もかもに対して100パーセントで動いているわけでもなく力の入れどころをうまくコントロールしながら生きているし、自分みたいに極端な滅私奉公精神で動いているわけでもなく、みんな自分の将来を少しでもよくするために大学という巨大な器の中でそれぞれにもがいているのであり、部活に熱心でないからといってそいつが何事にもだらしなくいい加減な人間だというわけではない。
何より、自分だってよく考えてみると周囲にずいぶんと失礼な言動を多々やっているのだが、周囲は少なくとも、そんな自分を「こいつはこういう性格だから」と受け入れて、ひとつの個性として尊重してくれている。
周囲が自分の考えをわかってくれない、のではなかった。
周囲を受け容れていないのは自分のほうだった。
このことに、4年かかってやっと気づいた。
同期はみんないい人ばかりで、わたしはすぐに彼らのことが大好きになった。
大学時代に比べたら、だいぶ上手に人間関係が構築できるようになってきた。
としばらく思っていた。
しかし、入社して半年が過ぎるころから、わたしは同期の中で少しずつ浮き始めた。
ここの会社は毎年の恒例行事で地域のお祭りに新入社員が何か出し物をしないといけないのだが、その出し物の内容をみんなで決めるとき、わたしは暴走した。
わたしの、無難でかつ隙のない正論づくめの提案に、当初、誰も反論する人はいなかった。
入社式では新入社員代表であいさつをさせられたりして、上司からは同期のリーダーとして何事も率先して動くことを期待されていたのでその通りに動いたのだけど、実際は同期の中で発言力がある人間が他にいて、その人の案にみな本当は乗り気だったようだった。
わたしはそのことに、全く気付かなかった。
やがてみんなで日程を合わせて練習を始め、わたしは何の疑問も抱かずに場を仕切り続けた。
ある日、たまたま残業で遅くなることになった。連絡を入れ、1時間ほど遅れて練習場に行った。
その1時間で、出し物の内容がまるっきり変わっていた。
テーマも違う、使う道具も違う、とにかく根っこから変わっていた。
わたしは2ちゃんの顔文字みたいにポカーンとしばらく固まっていたが、そんなわたしを目にしながらも、誰も、何も言わず、淡々とその新しい内容の練習を続けていた。
それでやっと、自分ひとりが周囲の感情を置き去りにして暴走していたことを悟った。
同期のやり方は、正攻法ではないのかもしれない。だまし討ちに遭ったようでいささか傷ついたのは覚えている。
けれど問題はそんなことではない。
学生時代からの課題を、わたしはまったくクリアできていなかったのだと気づき、愕然とした。
周囲がこういう行動に出ざるを得ないほどに、わたしはコミュニケーションを成り立たせるのに難儀する人間だと見なされていたのだ。
そしてさらに救いようのないことに、それにわたし自身は気づいていなかったのだ。
ちなみにわたしがどうしたかというと、さすがに黙ってその練習に加わった。
「当初の予定とは違うね」とは、このときから今に至るまで、わたしも他の同期も、誰も言わなかった。
あたかも最初からそれをやる予定だったかのように、全員が振る舞った。
親身になって面倒を見てくれていた先輩たちが、わたしと少しずつ距離を置くようになった。
仕事を覚え始めて自立に向かい始めたということだと勝手に解釈していたが、これもそうではなかった。
上司がわたしのことを露骨に煙たがるようになり、保身のために仕方なく追従するようになっていたようだった。
周囲との調和が何より大切、そう理解していたはずなのに、周囲と自分との間に生じ始めた軋みをどうすることもできなかった。
わたしは2年持たずにその会社を辞めた。
「その会社と自分が合わなかっただけだ」と結論づけるのは簡単だ。
けれども、今思えばそこは決してブラックではなかったし、日本的な一体感を過剰に強いる雰囲気の会社でもなかった。
いろいろな不運が重なっただけなのかもしれない。
本当のところは、何が一番の原因なのかはわからない。
その上司が結構なろくでなしなのは事実で、下についた人間はもれなく会社を辞めていくので今はまったく別の部署の実権のないポジションに異動になったと聞いた。
けれど、上司に恵まれずとも、同期との行き違いがあったとしても、辞めることはなかったのではないか。
孤立無援ではなかったはずだ。味方になってくれる人もたくさんいたではないか。
そういう人たちとの関係を、わたしはやはり、大切にできていなかったのだと思う。
はてなーには、こういう情緒的なつながりを過度に重視するところが日本企業の問題点だと考える人もいるのだろうと思う。
しかし現実問題、わたしのように、海外に出ていけるほどのスキルも度胸もないクズには日本の会社しか勤め先がないのだから、適応するしか選択肢はないのだ。
と考える一方で、結局ここまでつらつらと書いてきたこれもすべて「努力がすべてを解決する」「努力しなかった自分が悪い」「もっと努力していればよかったはずだ」という努力至上主義と自己責任論に基づいた考え方で、やはりわたしはまだそこから抜け出すことができていないのかもしれない。
自分に対してそのように分不相応に高いハードルを課すことが、他者への理不尽な厳しさや冷たさにつながる。
当時の自分としては精いっぱい努力はしたつもりで、それでもこういう結果になったということはやはり、不運やタイミングの悪さも重なったということも要因に挙げてよいのかもしれない。わからないのだけれど。
新しい職場でも似たようなトラブルに遭遇した。ここでは悪質なセクハラを受け、加えて同棲していた彼氏がリストラされてネトゲ廃人になったりとか、外的な要因も重なってうつ病になった。半年何もせずにいた。
この、一社目の退職から二社目に就職、うつ病、という流れの中で、わたしは両親から何度も罵倒された。
と公衆の面前で怒鳴られたりした。
気持ちはわからなくはないが、社会人になり、家を離れてから我が家の異常さに気づき始めていた自分としては、ああ、この人達ならこんなこともそりゃ言うだろうなあ、と我ながら実に冷静に受け止めていた。
要するに彼らの中では、うつ病になったのも「努力不足」なのである。
自分の弱さと向き合う努力をしてこなかったという意味では確かに、やるべき努力を避けてきたと言える。
努力の方向が間違っていたのだ。
「どんなことでも努力で何とかなる」という思考停止状態に身をゆだね、客観的に自己とそのまわりの環境について観察し、思索することをしなかった。
しかし彼らの言う「努力」とはそういうことですらなく、単に「朝起きられないのは根性が足りない」とか「気合を入れればうつ病なんてどこかへ行く」とかそういうことだった。
朝起きられないのも、割れるような頭痛も、吐き気も、そしてあの思い出したくもない深い絶望感と不安感、全身の倦怠感、そういったものはすべて気合でどうにかせよ、とのお達しであった。
正常な判断力が下がっている中でも「これは大変だ」というのは理解し、実家に戻るようしつこく言われるのを頑なに拒み、投薬と認知療法でなんとか生活できる程度には戻った。
その後就いた仕事では、即戦力として早い段階で部下をつけられた。
この部下には本当に恵まれていたと思う。
また、うつ病から立ち直ったばかりなのもあり、自分でも同じ失敗を繰り返さないように、早まったことをしてしまわないように、よくよく考えながら慎重にことを進めたのもよかったのかもしれない。
わたしより年上の人もいたし、その人とは何度か本気でやりあったこともあったが、結果的に和解できた。
これは錯覚ではなく、本当にうちの担当の仕事はうまくいっていた。
そんで今、燃え尽きかけている。
こないだ、業績が認められたのかなんかしらんが配属が変わり、見事にダメ人間ばかりの部署を仕切ることになった。
平均年齢はわたしより一回りほど上だけど、まず電話が取れない、来客の応対ができない、マニュアルに沿わずに自己流でやろうとして当たり前のように失敗して尻拭いをこちらに頼ろうとする、などなど、胃痛で病院に通うことが増えた。
比較的まともそうなのから少しずつ教育して、なんとか電話応対と来客応対が全員できるようにはなった。
わたしの力量と言うより、人材に恵まれていたのだ。
当然、同じように教育しても彼らには必要なことが入っていかない。
丁寧に10教えて、ようやく1入る、という感じで、その1を大切にしてくれるのならそれで十分なのだけどこれがまた抜ける。
また10教える。1入ったと思ったら次の日には抜けている。
この繰り返しだ。
もうなんか、わからない。
今まで他人にきつくあたって、たくさんの人間関係を壊してきた。
この人たちも、厳しく叱れば明日にはもう来ないかもしれない。
でも、この人たちは厳しく言われないとわからないのじゃないだろうか。
いや、一度だけ言ったことがある。
マニュアルに従わない人に対して
「それでうまくいくなら別にいいのだけど現にこれこれこうして失敗しているのだから改めてください」
という内容のことを言った。
彼女の返答は
「今まではこれでうまくいっていたんです」
だった。
その
「うまくいっている」
というのがあくまで社内的に一見すると波風立てずにすんでいるけれども対外的にはクレームの遠因になっていることで、つまりそれは実は
「うまくいっていない」
それで十分だと思う。
彼女も、今までのやり方を否定されていい気持ちはしないはずだ。
それでもまずは基本に忠実に動いてもらえるようになっただけでありがたいと思うし、そのほうがこちらも上司としてずっと安心できる。
わたしには、奥さんの気持ちがわかるような気がする。
こんなに頭も悪く仕事もできない(さらに言うなら、自分より年上の)人間が、のうのうと生活していることが、妬ましくて仕方ないのだ。
わたしの場合、年下なら、まだ許せる。
年上で自分よりできない人間、というのが、どうしたって、許せないのだ。
奥さんの部署の人たちがどんな人たちなのかは知らない。
うちよりはマシなのかもしれないし、もっとひどいのかもしれないし、それはわからないけど。
「目の前の人が自分に見せている姿でその人のすべてを判断すべきではない」と思う。
「仕事ができないからと言って、その人を全否定してはいけない」とも思う。
でも、あんなに痛い思いをしてきたのに、わたしはまだ、それらをやめることができない。
学生のころも、社会人になってからも、「役割」がどれだけ果たせているか。
それがわたしの自己評価だった。
「役割」を一心不乱に果たせている人はすごいと思うし、わたしもそのようになりたいと感じてきた。
そしてプライベートでも、わたしは「娘」「姉」「彼女」という「役割」に依存してきた。
自分が自分でいられているというアイデンティティ?自己同一感?とかいうやつが、内面に乏しい。
今付き合っている彼氏は愛すべきバカで、わたしは彼のバカなところを愛しつつも同時に強く軽蔑していることをもはや自分の中で無視できなくなってしまっている。
彼とは結婚の話が少しずつではあるが進んでいて、でも彼はバカゆえに職が不安定で収入が少ないということを自分で気に病んでいて、わたしは自分の食い扶持ぐらいは自分で稼げているから、いざとなったらなんとか助け合いながらやればいいじゃない、と話していたのだが、今日みたいに生理前で神経過敏になっていてしかもこんな身につまされるエントリを読んでしまったものだから、もう今の頭の中は「どうやって別れるべきか」ということばかりである。
叩かれるのはわかっている。こんな偏った価値観で他人を判断するなど何様だ、という話だ。わかっているのだ。その不毛さは誰よりわたし自身が一番よくわかっているのに、まだわたしはそこから逃れられないのだ。彼を軽蔑する自分が大嫌いだ。こんな人間と一緒になれば、彼はきっと不幸になる。そして、子どもが生まれたなら、まあ間違いなくわたしはわたしの両親がわたしにしたことと同じことをするだろうと思う。「あんな親にはならない」と決意するのは簡単だ。それで変われるなら、世の中の虐待のほとんどはなくなっているはずだ。わたしは彼や子どもに「役割」を強いるだろう。今だって、そうなりそうになるのを必死に抑えているのだから。彼に求めすぎてはいけない。適度な甘えは大切だと思うが、その加減もわたしにはわからない。あくまで事務的に淡々と接するか、べったり依存しまくるか、放っておくとわたしはどちらかになってしまう。
やはりこんな人間は異性と付き合うべきじゃないんだろうな、と書きながら改めて思った。
少なくとも子どもは産むべきではない。
今日帰ったら、彼に話そう。
なんとなく迷っていたことに決心がついた。
それは残業代をなくすかわりに過労死した労働者を靖国神社に奉納するのである。
手順はこうだ。
はじめに過労死は名誉なこと、と国が認定する。憲法に付け加えられたらなお良い。
「労働に身を捧げて死ぬとはなんと立派なことか」「滅私奉公は美徳」「日本人のあるべき姿」
次にこういった言説を国民に徹底的に植え付ける。
靖国神社に新たな拝殿(あるいは靖国神社的なもの)でも作ってそこへ奉納するのがいいだろう。
もちろん死者は英霊として扱われる。
ただしそれには条件がある。
公務員も会社員も派遣社員も契約社員もフリーターもパートも関係なく死んだら奉納する。
ただ過労死や業務中に事故や事件に巻き込まれたあるいは発作が出て死んだ場合などに限られる。自殺や休業中に死亡した場合は含まれない。
仕事が辛くてうつ病になっても休職も退職もせず、踏ん張って働いて最後は過労死して英霊になる。
例え死んだとしても魂を靖国に奉納できるのならこんなに幸せなことはない。
きっと残された遺族も死者を誇りに思うだろう。
残業代を用意できないのならせめて死に場所くらいは国に用意してもらいたい。
そう願いながらこの文章を書いた。