この季節になるとある奴を思い出す。
優秀な社員で、どんどん頭角を現し1を教えれば10とは言わずとも、7や8を返してくれるような奴だった。
上昇志向と海外志向が強く、会社も彼の語学力に任せて海外市場開拓の先陣を任せた。
他の会社は知らないが、まだ新人と言われるような年でそれはわが社では異例中の異例だ。
もちろん失敗もあったが、それを周りがフォローするような人間関係も作れるコミュ力があった。
そんな奴が部下に来てずいぶんと仕事も楽になり、チームの和が乱れるような事もない。
彼はとうとう会社史上初めてとなるような難関資格を取り、ささやかな表彰も行われた。
そんな時、彼は突然会社を辞めて大企業Aに行くと言った。私はもちろん引き留めた。
ライバルに人材を引き抜かれる以上に、Aは使い捨てをするような企業として有名だったからだ。
君には社長以下全員が期待している。君は将来の幹部だ、社長だ、未来だ……持てる力全てで彼を引き留めようとした。
そしてウチは小さな会社で家族のようなものだ。もちろん最近そんなものが疎まれている風潮があるのも知っている。
でも君は今まで上手くやって行っている。Aに行けば給料は高いかもしれないがすぐにクビを切られるしアフターケアも無い、と言った。
「私の父親は、社員は家族だというところに居ました。難しい仕事をやりとげ、社長賞をもらったことを誇らしげに話していました。
だけどあっさりとリストラされました」
引き留めは失敗した。彼は我々が信じている何かを、全く信じていなかったのだ。
その後彼の結婚式に呼ばれた。給料にも恵まれ幸せな生活を送っているとのことだ。
とても中小のウチには出せない額だったし、これで彼は正しかったと思う。
でももう一度父親が裏切られた経験を持つ奴が来たら、やっぱり俺は引き留めなんてできないと思う。