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はてなキーワード: 集合論とは

2020-10-27

anond:20201027182548

もちろん論理学集合論勉強していなくても、そのレベル論理理解している人はいる。

でもわかってない人がいても何も不思議じゃない。

自分基準敷衍して「日本語理解できてない」だの「中学でついていけなくなった」だの

カンタンバカ呼ばわりするお前たちこそが、本当の「バカ」だよ。

2020-10-16

自称数学科卒のウルトラ的外れコメント

基本的数学で覚えなければいけないことは無い」(https://anond.hatelabo.jp/20200610155327)という増田に対するトップコメントがあまり的外れから、怒りで書いた。(元増田とは別人)


トップコメ数学科卒です。定義は覚える必要があります。なぜなら決め事だからです。仮に概念真実で唯一だとしても、その表現は唯一にはなりません。この増田はクソバカです。


それはてめーが才能がないからだ。私も数学科卒だが、おめーは数学科卒を名乗んな。


例えば実数定義(厳密には「公理」)は全部で16個の条件があるが、16個の条件を丸暗記してんのか、おまえは。


第一実数定義を習った事無いやつでもスラスラ実数使ってんだろ。

おまえも集合論公理とか知らなくても集合論使えてるはずだ。


定義定理を丸暗記しなくてもいいのは、定義なり定理なりの本質的な部分だけ理解しておけば、あとは自分でその場で再現できるからだ。


私が昔教わった格言天才プラスマイナス偶数回間違えるというのがある。

計算途中でプラスマイナス偶数回間違えても、結果は正しい。ようは天才計算ミスをしてもなぜか正しい結果が出せるということだ。


じゃあなぜ正しい結果が出せるかというと、例えば「xが増えたときyも増えないとおかしい。だからyの計算結果にマイナスがついていたらおかしい」っていったたぐいの「本質」を理解してるから計算途中で間違っても正しい結果を出せるのだ。


定義も同じだ。一見複雑な条件が羅列されてるようでも、「こういう条件が課されてないとおかしな事が起こるから、こんな条件があったはずだ」ってな具合に「本質」を考えることで、いちいち定義を丸暗記しなくても、その場で正しい定義を作り出せるので、覚える必要がない。


お前はそういう本質を考えることなく単に定義を丸暗記してたって事だろ?

問題解いたり証明を考えてたら「いつの間にか覚えてる」感じ」ってコメもあったが、こっちの人のほうがよっぽど才能があるわ。

2020-09-02

anond:20200827182934

ユークリッド幾何学学校で教える必要がある

公理から初めて論述によって命題を示すという手法現代数学の基本

代数微分積分などは計算だけできれば解けてしまうが

ユークリッド幾何学では厳密な論証を学ぶことができる

公理から論述命題を示す手法現代数学の基本であって

もしユークリッド幾何学を学ばなければ抽象代数学などが理解できなくなることは明らか

現代数学である群論ガロア理論公理から初めて命題を導く

微分積分などだけを教えていると群論ガロア理論などが理解できなくなってしま

ガロア理論では作図が主に扱われるからユークリッド幾何学応用になっている

から元増田の役に立たない論は明らかに間違い

ユークリッド幾何学はまず中初等教育において論述を教える題材として適している

代数などはただの計算であって厳密ではないがユークリッド幾何学公理から始めて曖昧さな命題を示す

これは現代数学の基本であって群論ガロア理論を学ぶ際に必要能力

代数では多項式とは?集合とは?などが厳密に説明されていないがユークリッド幾何学には曖昧さは無い

ユークリッド幾何学が扱う題材は図形であって初等教育にも馴染みやす

現代数学を厳密に展開するには公理集合論まで遡らねばならないが

ユークリッド幾何学公理中学生でも理解できて完全

このような条件を満たす単元は他には無い

群論ガロア理論などの抽象代数学はユークリッド幾何学の考えを継承している

これらが確立されたのは18世紀であり微分積分などはそれよりも大分昔の理論から厳密性がない

ユークリッド幾何学現代数学モデルであるから論述を教えることができる

群論ガロア理論対称性を扱う数学対称性とは回転や相似変換などの一般化だから

やはりユークリッド幾何学を学ぶことは群論ガロア理論を学ぶことに役立つ

特に群論では、群の正規群(特異点を持たない群)による商で対称性を分類する

この割り算にはユークリッドの互除法アルゴリズムを用いることができるからユークリッド幾何学の応用になっている

群論の一部であるリー群ではユークリッド空間の回転である直交群を扱うからこれもユークリッド幾何学が直接役に立つ

ユークリッド幾何学では公理から始めて命題証明するがこれは現代数学の基本

群論ガロア理論もこのスタイル継承していてユークリッド幾何学を学ばないと抽象代数学が理解できない

ガロア理論ユークリッド幾何学と同様に、対称性公理から作図可能性を論ずる

これはいくつかの公理から始めて可能な手順の組み合わせを厳密に論述することで様々な図形を作図していく

ヒルベルト提唱した円積問題などもこの応用であって、現代数学において極めて重要

ユークリッド幾何学公理から始めて論述のみによって命題証明する

これは現代数学の基本であってガロア理論ヒルベルト理論などがその手法を受け継いでいる

これは現代数学において極めて重要

代数微分積分はただの計算であって論述を教えていないか

ユークリッド幾何学をやらないと抽象代数学などを理解できなくなってしま

ガロア理論は作図を扱うからユークリッド幾何学知識必須

代数などでは計算しかやらず概念定義曖昧だがユークリッド幾何学論述には曖昧さが一切無く

ユークリッド幾何学は図形を扱うから中高生にも理解やす

初等教育論述を教える題材として適しており他にこのような条件を満たす題材は無い

2020-08-28

anond:20200828150611

それは対偶ではなくて裏だよ

くれない人はいるんだろうか、は間違いで

くれる人はいないんだろうか、が正しいよ

ベン図を書いて集合論的に考えて解ったんだけど、「限りなく偽」なのは

報道ないときピザ来ない」可能性がとても小さいことに起因しているんだけど、

報道ないときピザ来ない」可能性と「報道あるときピザ来ない」可能性は無関係だよ

後者が小さいことを求めているけど、それは前者からは導けないのです

2020-08-25

anond:20200825135503

論理学集合論大学でならう内容だ。

「女の多くがこれをやる」と「これをやるのの多くが女」ではたしか意味が違う。

しかし残念ながら元増田が主張しているのは後者だ。中卒だなどと罵る前に、自分が読み間違いしてないかをチェックすべきだったな。

2020-06-14

anond:20200614140853

掛け算順序派によると「5人に3枚ずつカードを配る行為」は無限集合論に類する問題らしい。

anond:20200614135929

自然数概念無限大領域まで拡張した

超限順序数と呼ばれる数では一般に積の交換法則は成立しない。

最近小学校では無限集合論を教えているのか。

進んでるな。

2020-06-03

日本語欠点

正方形長方形である。   anond:20200603233645

この文の意味するところは当然「正方形長方形一種である」という意味である

決して「正方形長方形と同じ意味である」ではない。

ここで「は」は集合論でいうところの「∈」を意味している。

ところが、次の文を見てみよう。

正方形は『4つの辺の長さが等しい4つの角が直角の四角形』である

これは正方形定義を表している。

正方形」と「4つの辺の長さが等しい4つの角が直角の四角形」は同じ意味であることを表している。

ここで「は」は数学の「=」を意味している。

後者は長くなって分かりづらいが、文の構造を見るとどちらも

「〇〇は●●である」という構造の文である

まり日本語で「〇〇は●●である」といった場合、何かの一種であるという説明なのか、定義を表しているのかが、文の構造だけでは判別付かないのだ。

英語だったらどうか?

Square is a rectangle. aによって、正方形長方形一種であると言っている。

Square is rectangle. 正方形長方形は同じであると言っている。なお、数学テストでこんなこと言えばは×をつけられる。

このように英語では、aの有無で大きく意味を変えることができるのだ。



とここまで書いて面倒くさくなった。あともう一歩なんだけど。

2019-11-22

数学人生を総動員して理解すればよいと

数学科所属していた頃に理解できずに落ちこぼれた素材なのだ

今でも忘れられないは、テストときだ。たしか2時間ぐらいのテスト時間にもかかわらず、まったく何もわからず、ただただ答案用紙トーラス(ドーナツ形)の絵を描いて時間が過ぎるのを待った。早々に答案を(白紙のまま)提出して退出する勇気はなかった。あれほどの退屈な時間と、あれほどの屈辱時間は、他に経験がない。

ゼミで輪読をしたとき、それがほとんど最初のほうである

にもかかわらず、何も理解できないまま、夜な夜な英語の文面を呆然と見つめていたものだった。可換環論が当然の前提知識となっており、それを理解しようとすると、その前提にはもっと初歩の代数系集合論が利用されており、それを紐解こうとすると、「無限後退」に陥るような気持ちになって、目眩がした。

「生まれ直すしかない、いや、生まれ直しても間に合うまい

という悲観が心に渦巻いた。このようにして、ぼくは、数学科落ちこぼれになった。

このときのぼくの認識大間違いだったことがわかったのだ。

当時のぼくがいけなかったのは、「数学を、目の前にある本や、講義ノートの、そのままの字面から理解しようとする」ことから一歩も外に出ようとしなかったことだった。ぼくは、「数学理解する」という行為限定的に閉じ込めてしまい、もっと広い外界にアクセスしなかったことが災いしたと気付くことになった。数学を(いや、どんな学問でもそれを)理解する、という行為は、人生を総動員して行うべきものであり、そうしさえすれば、(それへの愛と欲求がある限り)理解不可能なことでもそんなに難しいことでもない、ということだとわかったのだ。

 実際、ぼくには、理解するための作業が、数学科だった頃と大きく違う

ものとなった。例えば、数学的なアイテム理解しようとするとき、専門書に書いてあることをそのまま受け入れようとする努力を捨てるようになった。それが抽象的すぎて、とても自分感覚ではついていけないと感じたときは、そこに書いてあることを自分によくわかる別の言葉記号に置き換えていく作業をすることにした。

2019-08-27

生物学部出身者が東大京大数学科大学院を受けてみた

増田数学レベル

マセマの数学系の本を読んだことがある。東大工学部院試を受けてみて受かったことがある。

  

受験理由勉強期間>

生物系の研究でも数学っぽい概念絶対確立されてそうな雰囲気ものが多いので、数学理解したいなーと思っていた。

モチベーションにもなるし、数学科を受験した。

2カ月くらい前に受験を決意。

  

<実際の結果>

京大筆記落ち。東大はまだ結果不明

  

受験感想

カナリ過去問から出ると思った。逆に言えば、過去問で解答を作成できるかどうかが勝負

そのレベルまで勉強は到達しなかった。

基礎科目(大学1,2年レベル)と専門(代数幾何、解析、その他の数学特有の分野)に分かれるが。

基礎科目すら危うかった。専門は全く勝負にならなかった。

  

<基礎科目のお勉強

基礎科目の方は、割とマセマと『演習大学入試』で何とかなると感じた。もちろん、過去問の答えを全て作成できることが前提だけど。

追加で、『イプシロンデルタ完全攻略』、『線形代数30講』(固有値と固有空間問題対策)でやったくらい。

時間があれば、もっと実際に手を動かして計算練習などすれば、点数は満点近くまで伸びると感じた。

一方で、集合論幾何学を捨てていたので、京都大学受験ではかなりビハインドを引いてしまったし、東大でも逃げ科目を作れなかったのが少し痛かった。

100時間ほどで過去問まで対策できた。初学の分野が少なかった(複素関数、εδ、微分方程式級数解放線形代数空間論が初学)ので、割となんとかなった。

  

<専門のお勉強

代数学は『代数学1,2(雪江)』、『群・環・体 入門』、『代数学演習』、『大学院への代数学演習』と「物理のかぎしっぽ」で対策したのだが。

100時間勉強時間を取れなかったので、ガロア拡大計算と、イデアル簡単な奴しか抑えられなかった。しかも、本番で出てきたのは、明らかに知らない概念だった。もちろん、問題分の意味は何とか理解できたが、恐らくは『アティマク』や『ハーツホーン』や整数論系の概念を知らないと厳しい問題だった。

過去問を見てもできないなーと思っていたが、試験場で他の人たちが、洋書ハーツホーンや零点定理シェバレーと言った、全く知らない概念を話していたので、勉強する分野を完全にミスったと思った。

ネットでググっても、雪江代数で受かってるっぽい感じだったから、雪江代数だけで行けると思ったけど、勘違いだったみたい。

無念。

  

感想

目標を持って勉強するために、試験を受けたのはよかった。

結果的にはゼンゼン駄目だったけど、数学科の人たちの雰囲気や、レベルを肌で理解できてよかった。

時間が更にあるなら、

集合論幾何学は押さえて、

演習問題豊富っぽいルベーグ積分を攻めて、

あと、代数学もアティマクとハーツホーンと整数論は押さえたいなあと思った。

かなり追い詰められた感じだったけど、非常に楽しい時間だった。

2019-04-21

anond:20190421184745

大学入試までであれば、まさに「学習指導要領」。もしくは文科省大学教授お気持ちで、としか言いようがない。

大学以降は、数論と集合論を前提にしないと基礎数論(1の次は2とか)のレベルで「省略しますよ」って同意必要になる。ただし、○○についての研究、と銘打つ時点で先行研究同意している全部に同意していることになるから、明言することは稀(というか蛇足)。

これは例えば解析をやるならかなり省略できるが、集合論をやるなら省略できない、みたいな分野ごとの論じる際の暗黙同意みたいになる。

大学入試ものによっては大学以降も)問いを立てている人たちが基礎集合論、数論に(勝手に)合意しているだけ。でもそのことを生徒に説明することはできないんだよね。それだけで1日どころか年単位時間必要になるから

ちなABC予想望月論文は(私の理解は及ばないけど)望月氏以外の数学者が省略してる部分に新理論提示してABC予想解決してる(?)と思われるで。

数学で詳しい話を知りたかったら、ちくま学芸文庫数学関連書籍なんかは、30年くらい前の数学論を安く文庫化再販しててええで。(ちょっと高い気もするけどハードカバーよりは全然安い

論理よりなんか物語的に0と実数差異について知りたかたらこの本https://www.amazon.co.jp/dp/4150503494かになるのか?まあSFとして読めば楽しいかも(問題解決にはならないと思うが。

2019-03-12

anond:20190312161405

集合論的に捉えたのは評価してやる。ただし、自分自身カテゴライズしなかったのは不覚だな。

おれたちにラッセルパラドックスと口に出させれば合格点を上げてもよかったが、実に無念だ。

スタート地点に戻れ

2019-03-07

anond:20190307194811

おまえ集合論わからんのやな・・全部1人が兼ねてるってだれもいってないんやで

2019-03-04

anond:20190304112833

第二章『集合論

以下、集合論フローチャート集合論フローチャート基本的に図で示す。赤が指定先、青が指定先の否定を表す。


以上だ。ここから先は図で示しているので、もう書くことはできない。

今までの文章で何かあると思わない人なら、おそらくここからも読んでも分からないだろう。

どうなるかは分かっていたが、やらざるを得なかった。

anond:20190304111934

第一章『関係記述する方法としての「基準」とその基準からの「指定」』

このベーシックイングリッシュ分析においては、「基準」とその基準からの「指定」という概念が、フローチャートの他に重要ものとして出てくる。なぜか。

それは自然言語においては下の図のような統語法則が使われるからで、そのままで単語AとBの関係記述する際に、図の通りで、集合論的にどちらかがどちらかを直接的あるいは間接的に含むという風にしか記述できない。(木構造は、ただ何が何を含んでいるかを表しているという意味で、集合論を線で表したものしか無い)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E8%A6%81%E9%83%A8#/media/File:Kafka_English_tree.jpg

※この英語の図では動詞主語を含んでいて、また「monstrous verminous bug」が「a」を含んでいると解釈されているが、事実として『主語動詞を含んでいて、またaがbugを含んでいる』と解釈するのも意味的には可能な文で、私は後者採用している。「monstrous verminous bug」は一語として認識されていると考えている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E8%A6%81%E9%83%A8#/media/File:Kafkaj.jpg

wikipedia「主要部」から引用https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E8%A6%81%E9%83%A8#%E4%B8%BB%E8%A6%81%E9%83%A8%E5%85%88%E5%B0%8E%E5%9E%8B%E8%A8%80%E8%AA%9E%E3%81%A8%E4%B8%BB%E8%A6%81%E9%83%A8%E7%B5%82%E7%AB%AF%E5%9E%8B%E8%A8%80%E8%AA%9E

そこで必要になるのが「基準」とその基準からの「指定」で、ある単語基準に他の単語指定するということによって、二つの単語関係が様々に記述できるようになる。

例えばAとBが隣り合っていることを記述したいとする。記述する方法自由に設定できるならば、「A B」と記述すれば良い。これなら「右」という単語も「左」という単語必要無い。

ただ自然言語においては、これではAがBを含んでいるということになってしまう(あるいはBがAを含んでいるということになってしまう)。そこで、Aを基準にすればBが右にあり、Bを基準にすればAが左にある、というような記述方法必要になる。

(ちなみに「right」や「left」には、前後の他に上下必要になる。前後上下が定まって、右や左が生まれる。上下重力によって生まれていて、重力自然現象なので、この分析では「right」と「left」は考察対象外とし、付録の『本文に掲載されていない単語一覧』に掲載している。)

anond:20190304110447

>> 目次

https://medium.com/@0h0n0/e3e429688456(このページ)

はじめに『この文章について、フローチャート重要性について』

第一章『関係記述する方法としての「基準」とその基準からの「指定」』

第二章『集合論

第三章『フローチャート

https://medium.com/@0h0n0/520dcc8c4cd7 (次のページ)

第四章『集合論フローチャート

https://medium.com/@0h0n0/408a2d035205最後のページ)

第五章『情報

第六章『目的

第七章『アクター

第八章『アクター行為

第九章『社会

おわりに『この研究の不完全さについて、エクセルの使い方について』

付録『本文に掲載されていない単語一覧』

はじめに『この文章について、フローチャート重要性について』

ベーシックイングリッシュとは、第二次世界大戦後くらいに流行した、英語を850語で言い換えることができるとされる体系だ。

私は「その体系を論理的説明できれば自然言語論理的説明できたことになるんじゃないか、あるいは論理的説明するヒントくらいは得ることができるんじゃないか」という仮説を立て、ベーシックイングリッシュ研究を始めた。

この文章は、その研究現在地点の記録だ。少し読んでもらえれば分かるように、論文では無い。論文にするなら説明形式根本的に変える必要があるだろう。

この文章では、説明にまず集合論フローチャートを使う。「集合論」とはただ学校で習うような素朴集合論であり、「フローチャート」とはただ日常で使うようなフローチャート意味している。

まず第一に『フローチャートは、集合論と並び立つように存在する、論理というもの原理だ』ということについて了解してもらいたい。そうで無ければ、「フローチャート」という概念を使う意味や、フローチャート集合論を組み合わせて何かと隣り合うことができるような「存在」を説明する意味は、読者に了解されないだろう。

論理人間思考表現だとすれば、脳神経の構造上、何と何が同じかを問題にする集合論だけで無く、何を前提にどういう結果になるかを問題にするフローチャートもまた重要ものになる。

実際の問題としても、「帰納演繹」という言葉は、ただ「色々なものが集合にまとまる・集合が色々なもの適用される」というだけで無く、「フローチャートが集合にまとまる・集合がフローチャート適用される」というようなニュアンスも含んでいる。論理や具体的には演繹の弾き出すようなイメージフローチャートのもので、例えば「その話は何が前提になっているんですか」とか「根拠は何ですか」と聞く時も、思い描かれているのは実はフローチャートだ。

とにかくこの文章では、集合論の他にフローチャートも、説明大前提として重要視する。 <<

2019-02-19

anond:20190218121803

どちらも集合論的な関係を表している。

「は」は要素を含むものを表している。 例:AはB

「が」は集合に含まれものを表している。 例:AがB

2019-02-18

数字を知らない人間と会話ができるのか?

1の次が2だと知らない人間がこの世には存在するらしい。

https://anond.hatelabo.jp/20190218155937

しかに、基数に対するサクセサが表現として、固定されていると考える必要はない。

から、2!と銘打ったものが1に対する加算的な位置づけにある必要性はない。

おそらく、集合論的な意味での濃さがけものフレンズ2に存在すれば、それは2という数字を含んでいても問題なく、2の濃さ(よさ)を理解できない「論理的でない人間」という判断を下されちゃっているのだと思うが、しかし、2が1の続きでないという判断を、その表現の濃さ(よさ)だけでどう判断すればいいのだろう?(2が現物として全く良くない、というのはおいといて)

「いやなら見るな!」という(死ぬほど頭の悪いと私は思っている)発言に通じるものがある気がする。

いやだと判断するためには、最低一回は見なければならない。

2を判断するためには、1を知らなければならない。

ここらへんは私にとって当たり前だと思うんだが、どうやら、そうでない人間がいる。

それらは、「最初からとんねるず番組や、”2”が、「自分にとって嫌かどうか」を判断できる基本的かつ前提的な思考他人には存在する」と考えている。

こういうある意味超常的な人間と、会話ができるのだろうか?

最近ツイッターくそ具合や、ここ、はてなくそ具合から、「インターネット」というもの、および、万人平等論的な思想がぐらついている。

ぶっちゃけ、2だけど1とは関係ないよ!関係あると思うやつは論理的じゃないやつだよ!とか発言できる人間と、ネットとはいえ、つながっている必要性があるのだろうか?

しかし、つながっているのだ。インターネットとはそういうものなのだ

…ここまで書いていて思った。インターネットってそういうものだっけ?ちがくね?

最初からインターネットって、障害耐性が主目的だよね?と。

だが、現在インターネット上のメインメディアは、障害浸食に耐性を持っていない。

この「インターネット目的」と書いた知的意味での障害耐性は、人間も持っていない。おそらく、KADOKAWA社内での会話は完全に障害状態だろう。けものフレンズ2の「売上」という数字が出て初めて、この障害に対する自己修復が始まる(か、もしくは単に無視され、角川自体崩壊まで進むか。ニコニコのように…)。

2018-10-19

anond:20181019054552

エクセル知識は当然いらない。

PCが得意な必要特にない。

高校数学集合論が得意だったかどうかでだいたい決まる。

2018-08-15

2ちゃん増田で「日本語の音象徴発見した!」って言ってた人

今どうなったんだろう。

集合論」って繰り返し言っていたのを覚えている。

2018-03-20

anond:20180320095120

そういう決めつけがいけない。わかるかもしれないしわからいかもしれない。教えてみなければわからない。例えば

計算方法は無数にありますが、これから代表的な5通りの方法説明します。わからなかったら忘れて構いません。分かりやすいと思ったものを教えてください。」

こういう風にやってもらいたい。

数学学習において、教科書の著者と読者の相性が存在する。このことは複数教科書渡り歩いて数学勉強した経験もつ人間には理解してもらえると思う。

にもかかわらず初等教育では生徒に選択余地がない。このことが算数嫌いを生む原因になっていると見ている。

実際問題として教科書を生徒に選ばせることは現実的ではないから、教師がそのギャップを埋める努力をすべきだ。

例えば、1年生のさんすうの教科書の一番最初集合論から始まるが、そんな不自然な教え方でわかるわけねーだろとおれは思う。教育出版数学者のエゴで書かれている。

以上はおれの個人的意見なので、気に食わなかったらいっくらぶっ叩いてもらっても構わない。だが、純粋個人的経験から語っているということを尊重して欲しい。個々人の教育には平均とか一般かい概念が全く意味を持たないのだから

なお、おれは算数数学には相当苦しめられてきたが、寒冷地出身だったので負の数は保育園ときから理解していた。今は理系大学をなんとか卒業して、統計を使って仕事をしている。

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