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はてなキーワード: ハードカバーとは

2019-12-14

ハードカバーの本がどのくらいハードか

滑り止め付き軍手でもって振り下ろすだけでコンクリブロック一個を粉砕できる

2019-11-27

結婚式写真を上手く取る方法

写真歴15年。あくまアマチュア

過去に何度か結婚式写真を頼まれたので、その知見を共有。

ただし、最初に断っておくことは絶対に安請け合いしないこと。

失敗すると一生言われるから

こればっかりは金額問題ではないのでほぼボランティアのつもりでやったほうがいい。

お金いりません。いやいやそこまでいうのなら。」のてい。

1.ロケハン

何はなくともロケハン。つまり事前の式場チェック。最低一回は式場に事前に足を運んでおくこと。

おおよその照度、照明の種類、会場の広さ、大体の撮影ポイントなんかが把握できるのことも大事だけど、それ以上に何よりまずスタッフの人とコミュニケーションが取れる。

やってみて意外だったのは、式場カメラマン以外冷たい対応されるかな?って思ってたけど、流石にあちらもサービス業スペシャリストだけあってゲストゲストにはとても親切。

あくまで招待客の1人だけどカメラマンを頼まれたっていう前提だからかもしれない。

もちろんこちらも事前にしっかりと好印象を与えておくことは大事

これをやるとやらないとでは、当日の段取りが全く変わってくる。

当日いきなりスタッフさんとかに挨拶しても、向こうは忙しいわこちらは時間ないわでめちゃくちゃ。無理ゲー

事前に挨拶しておくと、次はどういうシーンなのであの辺にいるといいですよ。とか教えてもらえることもある。

2.撮影禁止時間立入禁止箇所の確認神父さんへのご挨拶

教会風の結婚式ならお祈り時間シャッター厳禁。ステージ上も立ち入り禁止

そこまではお決まりなんだけど、決まってるけど敢えてそれを神父さんに確認する。

そうすると神父さんからみて、このカメラマン禁止事項を理解しているという風に見られるので、神父さんは安心して式に集中できるようになる。

これを怠ると要所要所で神父さんから冷たい視線が送られてきて、それが入っている写真は全て没になるので注意。

ただし、式場カメラマンには基本的NGがない。これは式場カメラマン撮影を依頼する一番大きな理由といってもいいくらい。

多分彼らは特別洗礼でも受けているに違いない。

そうじゃない自分たちは制約が多すぎて基本的に不利。

それを無視して式が中断になることはさすがにないけど、雰囲気台無しにするようなメンタル自分にはありません。

3.機材の準備

会場の広さ、照度に合わせてレンズを用意する。

大抵は室内なのでF2以下の明るいレンズ

アットホーム距離感なら40~80mmくらいの明るい単焦点

会場が広い、新郎新婦に近づけない作りなら200mmくらいの望遠。

EF70-200mm F2.8L USMなら14万くらいだな。

標準レンズが一番中途半端F4通しならまだしもテレ端F5.6は役に立たない。

つぎにスピードライト。いわゆるストロボフラッシュ

バウンスできないならディフューザー必須

ロケハンときに実際の照明に近づけてもらって、テスト撮影してWB確認しておくこと。

それに合わせて必要なだけストロボカラーフィルターを持っていく。

レンズを付け替えている暇なんてないので、広角側はコンデジスマホ。どうせボケは得られないから。

3脚に28-70mmくらいを取り付けたミラーレスを構えておいてもすぐにビデオ撮影とかできて便利。

4.親族挨拶

どちらの親族にもまずはご挨拶カメラマンやります!って伝えておく。

そうじゃないといきなりカメラを向けられると人間はキョドるから

できるだけ好印象。一度その時点で集合写真とか撮っても面白い

裏方写真はなかなかプロは撮ってくれないから。

ついでにいうと、式場への入場前後撮影しておくと良い。

中にいる人には見ることのできない景色から

5.撮影

親族挨拶

挙式

披露宴~各種催し物

見送り

この辺のスケジュールを大体把握しておいて、事前に装備を切り替えておく。

ケーキカットとか出遅れたら終わるので、基本は新郎新婦席の近くに待機。

この辺でスタッフさんとの事前コミュニケーションが試される。

大体の式場も披露宴会場も照明が暗いシーンなら望遠は諦める。とにかく足で稼ぐ。

食事は諦める。酔ったら終わり。

少なくともご祝儀の元なんてとってる暇ないです。

6.現像

大体平均して2~3000枚の中から絞り込む。

特に失敗が許されない環境下では連射が増える。

ファーストバイトとかシャッター音なりっぱなしが当たり前。

この辺はカメラの連射性能や動体追尾が求められるので、いわゆるハイアマチュア向けのモデル必要になってくる。

現像していてどちらも捨てがたい似たようなシーンがあった場合は心を鬼にしてどちらか1枚に選ぶ。

どんだけ捨てがたい写真でも、消してしまえば新郎新婦はその写真存在なんて知らないままだから大丈夫

そうやって絞り込んでから今度は一枚一枚を絵作りする。

特に目まぐるしく照明状況が変わる披露宴なんかは現像設定のコピーが使えない場合ほとんど。

1枚1枚WBをあわせて、露出雰囲気の調整をする。

いい忘れていたけど基本的ミックス光、低照度の式場ではRAW撮影が基本。JPEGなんてもってのほか

撮影時はややアンダーで手ブレ被写体ブレを回避してRAWの力で掘り起こすのがコツ。

それともしかしたらあまり知られてないテクニックを1つ。

プロユースの現像ソフトだとブラシで加工できるので、照明があたっている箇所ごとに色温度を調整すると全体が自然に仕上がります

例えば手前側はスピードライト天井照明のミックス光、背景は天井照明、ドレスの一部はスポットライトみたいなときとか、場所ごとにブラシを使ってWBを設定してあげればいいよってこと。

7.フォトブック

これが結構喜ばれる。

写真データ個別印刷ももちろんだけど、ある程度レイアウトしてあげて製本

そこまでアイデアが回らない人が多いから。

安いサービスいっぱいあるけど、こればっかりは記念品なのでハードカバーで1冊5~6000円が望ましい。

新郎新婦、各ご両親合わせて3冊くらい。

大体こんな感じ。

途中専門的な話がでてきたと思うのだけど、式場で撮影するならその辺の知識レベルは最低限必要という意味でご理解下さい。

マウントを取りたいわけじゃなくて、これが理解できないとほぼ間違いなく失敗する。それくらい式場での撮影シビア

労力的にもおそらくこの辺が最低ライン。(フォトブックは別として)

これだけのことを2~3万で引き受けるなら、むしろお金はもらわないほうがいい。

もしくは事後評価

かに式場カメラマン定形に収まりがちだけど、そうでもしないと失敗が量産されるので仕方ないかなって思うし、それが嫌なら事前にどれだけリクエストできるかってことかかってくると思います

結論

結婚式写真を頼まれたら絶対に断る。それが費用を要因とするものなら尚更。

式場カメラマンの料金なんて残りの人生を後悔で終わることと比べればタダ同然。

その上で書いてあることをできる範囲実践して、出来上がった写真を渡す。

何も期待されていない中で、期待以上の写真を渡すのが一番幸せだと思います

頼む側の人も相手のこうした技術的な部分を見極めようともせずに、お金ケチりたいだけで依頼しようとすればやけどして当然。

SNSなんて下手な鉄砲を当たるまで撃ってる人が大半な世界で、アップされている上手く撮れた写真だけを見て判断するのがそもそもの間違い。

写真なんて機材用意してシャッター押すだけのものだと思っている人同士が出会うとその結末はいつも凄惨だ。

2019-10-21

忘れていたものを思い出したけどゴリ押しで忘れる話

絵も描いて同人誌も売ってる私の最推しジャンルが、最後のまとめとして画集みたいなものを出した

画集発売に告知もかねて、某SNS上で絵やコスプレ写真など、ファン活動募集していた。

選ばれた作品画集に載せるとの事で、事実、載った。


TLを眺めると、絵が載って喜んでいる人が少なからずいる。

一生の思い出になっただの、公式絵師だの、etc 


私は、それが喜ばしいと同時に凄く嫌に感じている。


載っている全員は確認していないけれど、ずっとこのジャンルで描いてきた人もいるだろうし、

企画やってるからと言う理由でぽっと描いた人もいるだろう。

好きだったけど募集間中に忙しくて描けなかった人もいるだろう


考えてみて欲しい。

絵を描くことが、コスプレをする事だけがファンだろうか。


絵も描かないし、コスプレもしないけど、ずっとイベント運営をやってきた人を知っている。

その人たちの努力は、どこへいくのだろうか。


2次創作をする人から、ただの購入者まで、誰もが平等にこのジャンルが好きだったはずだ

好きは人と比べられないし、比べるものではない。


公式公式と銘打った本の中に、そこそこお高く、ハードカバーでクソ重くて

一生残りそうな本の中に、選ばれたファン作品けが載る。


公式勝手ファンを選んだようで、本当に心底嫌だった。



でも私は本当は、それがただの表面上の良い訳で、ただの妬みだと言う事を知っている。


私は絵が好きだった。

でも私は、絵が下手だった。


それでも好きだったか芸大に入ったけど、

先生には才能がないと言われ、睡眠時間を惜しんで描いても一切評価はされなかった。

才能がある人は落書きでも巧いと言われ、辛かった。

才能の有無なんて個人勝手に決めるものではない。

そもそも、才能がないから何だと言うのだ

理性ではわかっているけれど、心の中ではそれを否定しきれなかった。

親戚も、みんな描くことは好きなのに、誰も決して巧くはなかった。


一時は描くことを諦めた。と言うより描けなくなった。


でも、今私がいるジャンルのおかげで

私はまた描く気力を取り戻し、絵を描いている。

評価に関わらず、描く事自体が好きだとわかったか


今のジャンルでたくさん同人誌を描いた。おかげでかなり絵も上達したと思う。



でも、今回の事で知ってしまった。

どんなに上達しようとも、私は、やはり、絵が下手なのだと。


画集に載らなかったなんて、普通の人からしたらたいした出来事ではないのだろう。

載ってる人よりも載らなかった人の方が多いし、私より巧いように見えるのに載らなかった人もいる。


から多分これは、自分自分に課している呪いか重しか、その手の類なのだ


評価されなくても描き続けられる私はいるけど

大学時代に描いても描いても描いても評価されなかった

劣等感は今も残り続けているのだと。


この画集が出た事で、唐突に私は忘れたかった事を思い出してしまった。


私は私に言いたい。絵は趣味だ。だから下手でもいい。

から、こんな事に負けないでほしい。


まだこのジャンルで描きたいものはいっぱいある。

下手でもいい。絵はずっと描いていたい。

画集は受け入れづらくとも、作品自体を嫌いになったわけじゃない


よく感想評価がないと描けないとか言う人たちがいる。私にはそれがない。

だって評価が欲しかった時は、描いても描いても評価されなかったんだ。

私はそれでも描く事自体が好きだと知っているか


から、こんな事で気を落とさないで欲しい。


公式が何だ、こちとら幼稚園から絵本をパロって紙芝居作ってた生まれながらの二次創作屋だ

公式が何だ、中の人たかだか人間だ。

公式が何だ、お前らが勝手ファンを選ぶな。


この作品を買い続けている人達全員がファンだ上も下もない。

もう一度言う。お前らが勝手ファンを選ぶな。


から、高かったし、仲のいい人も載ってるけど、

巻末のファン投稿コーナーはカバーつけるのに巻き込んで一生開かない事にします。


結局のところ、これはやっぱり妬みとかそういう救いがない感情

一生消える事はないのかもしれないけれど、

それでも私は私が元気に絵を描いていく為に書き捨てました。


最後まで読んでくれる人がいたらここまで読んで貰ってありがとうございました。

2019-10-05

1500円以上するハードカバー新書サイズ小説を昔は高いと思っていた。

ただ、一通り読むのに大体4時間以上はかかり、かつ一度買えばいつでも読み返せる点を考慮したら映画よりコスパが良いことに最近気付いた。

「本をたくさん買うと場所が取られる」「デカイ本は外で読みにくい」という問題も、今は電子書籍解決している。

これらの点から本を買うことに躊躇がなくなった自分は少し大人になった気がする。社会人になって散財屋になっただけかもしれない。

2019-08-18

anond:20190817144136

ハードカバー電子版と、文庫版の電子版で値段が違うのがモヤモヤする

一定期間たつとハードカバー電子版は売られなくなることもあるが

一体何に金払ってるかわからなくなる、ので買わない

2019-08-17

anond:20190817144136

ハードカバーのほうが日持ちする。

まぁ、文庫本安価に仕上げる為に安い材料を使ってるからなんだけど。

ハードカバー存在意義

全部文庫本じゃダメなの?

持ち運びやすさ安さ軽さ全てにおいて文庫本に負けてるし、逆に勝ててる面は殆どないし。装飾とかはハードカバーの方が凝れるだろうけど、本買うときに装飾決め手にする人間って殆どいないだろ。売れたあの本が文庫化!ってしたいだけなら今すぐこの世から消し去ってほしい。文庫で出しても内容は全く同じだろうに、わざわざ装飾して高く売られても困る。

2019-08-05

anond:20190805112119

あの小説ハードカバー刊行された当時の年代考えると子供に向けてゴロッゴロタブーぶち込んでくる感じだったよね。

マーニャミネアが二人してエドガンさんの事を男として好きで「どっちを女房にしてもらえるのかと思っていたんじゃないか?」なんてバルザックに言われて激昂するシーンとか、「え? お父さんなのに?」なんて思いつつ心がザワついたの覚えてる。二章だと「乙女でなければ生贄になること叶いますまい」のアレ(大不評)とかメイちゃんとのお別れの時のアレとかな。

あと一章のアレクスフレアと金貸しのおっさんの話。あれ大人になってから読むと「おいィイイイ久美イイィ子供に何ちゅうもん読ますんじゃあアアァァ」ってなるよね(白目)、まあ当時は靴ブラシの方はともかく「あたしの女房」の方は裏の意味がよくわからず金貸しのおっさんがイキってるだけだと思って読み飛ばしてたんだけど。

2019-07-13

電子書籍について

年末から電子書籍を利用し始めた。

これまで数十冊購入(漫画含)してきて感じた紙の書籍と比べた際のメリットデメリットをつらつらと挙げてみる。

なお、利用しているサービスAmazon Kindleである

 

メリット

 

①安い

 大抵の本は電子版の方が割引価格販売されている。セールでは半額ということも。

 

場所を取らない

 電子書籍に興味を持った一番の理由はこれ。大して読書量が多い方でもないにも関わらず、

 以前は直ぐ部屋に本の山が築かれていた。

 

③持ち運びが容易

 何百冊でも端末に入れて持ち歩ける。言うまでもなく紙ではこうはいかない。

 複数同時並行で読むタイプなので、以前のように今日はどれを持っていこうかと悩む必要がなくなった。

 

洋書が読みやす

 自分語学力だと一日にせいぜい数ページしか読み進められないのだが、

 そのために洋書を一冊持ち歩くのはハードルが高い。

 電子であればその点気にする必要はない。

 単語長押しでその場で辞書を引くこともでき、

 気になるフレーズハイライトしておけば後で調べるのも容易。

 

複数端末で利用可

 専用端末の他にタブレットPCスマホアプリインストールして利用している。

 通勤時に専用端末で読んでいた続きを、勤務中にサボってスマホで読めたりする。

 技術書場合PC画面に表示すれば作業が快適。

 

フォントサイズ自由に変更可能

 老眼な方に。

 

デメリット

 

コンテンツを所有できない

 あくまコンテンツ所有権ではなく無期限に利用する権利を購入しているだけなので、

 サービスが終了して所有している本が利用できなくなる可能性もゼロではない

 読まない本は持っていても意味が無いと思って割り切ろうと思う。

 

電子化されていない作品も多数

 移動時にしか読書をしないので分厚いハードカバーにはなかなか手が出なかったが、

 そういった本で未だ電子化されていないものは少なくない(ゲーデルエッシャーバッハとか)。

 これはいずれ解消される可能性もあるので、あまり大きな問題ではないかもしれないが。

 

書籍内でのページ移動は紙に劣る

 専用端末の場合ページ移動はタップスワイプで0.5~1秒程度かかるので、

 紙の本のようにパラパラめくって目当ての場所を探すという風にはいかない。

 

以上思いつくままに書いたが、個人的にはメリットの方が圧倒的に多いと感じているので、

今後も利用を続けていこうと思っている。

2019-05-17

anond:20190517222837

増田だが、さすがにあれ嘘じゃないと思うやで

小説単行本ハードカバー)で買う人は非常に少ない、

ハードカバー1728円!!

https://www.amazon.co.jp/dp/B01ET26EE0/

かなりの人は文庫落ちしてから買う(価格1/3程度で買える)

逆に、ハードカバータイアップしなのに、あれだけ売れてるのはすごい方

2019-04-24

文庫の表紙にキャラ絵を書かないでほしい

タイトルそのまま。小説の良いところは登場人物ビジュアル自分想像できるところだと思ってるから、そこにキャラ絵入れられるとすごくへこむ。しかもそれが好みじゃなかったときは本当にへこむ。

棚差でタイトル見て面白そう!って思って表紙にキャラ絵あったら戻すレベル

最近、元々キャラ絵無かったのに売れるとキャラ絵のカバーつけたり、ハードカバーで無かったのに文庫で新しくキャラ絵登場したりしているものも多くて残念。

キャラ絵見たければ漫画読むから小説には来ないでほしい。

2019-04-21

anond:20190421184745

大学入試までであれば、まさに「学習指導要領」。もしくは文科省大学教授お気持ちで、としか言いようがない。

大学以降は、数論と集合論を前提にしないと基礎数論(1の次は2とか)のレベルで「省略しますよ」って同意必要になる。ただし、○○についての研究、と銘打つ時点で先行研究同意している全部に同意していることになるから、明言することは稀(というか蛇足)。

これは例えば解析をやるならかなり省略できるが、集合論をやるなら省略できない、みたいな分野ごとの論じる際の暗黙同意みたいになる。

大学入試ものによっては大学以降も)問いを立てている人たちが基礎集合論、数論に(勝手に)合意しているだけ。でもそのことを生徒に説明することはできないんだよね。それだけで1日どころか年単位時間必要になるから

ちなABC予想望月論文は(私の理解は及ばないけど)望月氏以外の数学者が省略してる部分に新理論提示してABC予想解決してる(?)と思われるで。

数学で詳しい話を知りたかったら、ちくま学芸文庫数学関連書籍なんかは、30年くらい前の数学論を安く文庫化再販しててええで。(ちょっと高い気もするけどハードカバーよりは全然安い

論理よりなんか物語的に0と実数差異について知りたかたらこの本https://www.amazon.co.jp/dp/4150503494かになるのか?まあSFとして読めば楽しいかも(問題解決にはならないと思うが。

2019-04-15

底辺の字書きがpixivブクマを獲得する方法

ブクマが50も取れないっていう人向けです。

そもそも母数が少ない極小ニッチジャンルは除きます

比較的若年層を読者として想定してます

原作を読んで・観て、心が滾って、二次創作を漁る。

考察妄想が膨らんで、このアイデアを誰かと共有したいと思う。

書いて、ドキドキ、ちょっと時間を置いてブクマいいねの数を確認

それで自分の期待以下の数値だから、この記事を読んでいるのでしょう。

なんで、私の作品共感されない!

アイツより、あの作品より良いモノだと思うのに!

少なくともこれ位は数は稼げると思った!

…わかるよ、その気持ちは痛い程わかる。

でもね、君は何でもかんでもブクマするかいいいねをするかい

私はよっぽど後でじっくり読みなおしたいと思わないとしない。

中にはエンジェル投資家みたいな人がいて、ブクマいいねしてくれるけど。

まあ、これを読んでいる人はそういった人たち以外からも欲しいんだろう。

でもね、まず二次創作文字を読んでくれる人が少ないんだ。

だってライト層だった君もそうだろう?

ツイッターpixiv画像漫画検索して読んでなかったかい?

ハマってから文章を読んだだろう?

あと、自分に正直になって思い直してみてよ。

pixiv検索する時に「1000」とか「users」とか入れてたでしょ?

ブクマ数少ないから読まないで飛ばそ、って思ったことあるでしょう?

そういうことさ。

同じストーリーでも絵や漫画の方が読みやすい。

仮にダメストーリーでも「絵」として楽しめる。

あのコマの表情がいい……セリフが……ってなるでしょう。

それが小説では難しいんだな。

好きなCPブクマ数を稼げて、それでいて神たちと交流する。

できたらいいね、でも待ってほしい。

ミニマリズム万歳で多機能商品が増えたからそう思うのはしょうがないけど。

そういうことは大変レアことなんだよ。

好きな事で実は才能があって、生業とし成功している――レアケースだね。

運と才能と努力が全て満たされないと怒らない奇跡だ。

作品登場人物への萌えや想いと自分自己承認欲求を混ぜちゃだめだよ。

だってさ、それってキャラ作品自己肯定力の強化に利用していることじゃない?

結局、ちやほやされたいのは自分だろってなるんだけど。

わかるよ。でもさ、認められたいよね。

で、タイトルにある通りにある程度のことは教えてあげるよ。

私も二つの欲望を持ったことのある人間からね。

デカルトという人が「困難は分割せよ」って言ったんだ。

まずは分けてごらんよ、萌え自己承認欲求とを。

自己承認欲求を満たすためのノウハウを教えようじゃないか

言っておくけど、邪道だよ。

私も自己承認欲求を持て余していたんだ。

結論からいうと、満たされた。

別のジャンルに今はいるけど、すっごいマイナーなんだ。

usersタグなんて存在するの?っていう感じでね。

でも、書きたいし、書いたらコメントをくれたりブクマをくれる人が存在する。

本当に少ないんだ。身内のなれ合いかもしれない。

それこそエンジェル投資家なのかもしれないけど、別にいいや。

だって書きたいだけで認められたいっていう欲求はないからね。

さて、自分語りはこれくらいにしよう。

まず、ツイッターをやっているかい?

そこで交流してると「ご祝儀」と「ご挨拶」でブクマいいねを貰えるよ。

正直ね、お愛想笑いみたいなのなんだけど、やらざるを得ないよ。

え、私が求めているのはこんなものじゃないって?

あのね、全く無名で売れると思ったら大間違いよ。

サクラでもいいか口コミ必要なのよ。

良い商品から売れるんじゃない。売れるから良い商品なんだよ。

ブクマ数が欲しいんでしょ?

……ちゃん評価されたい?OK、待ってくれ。

「困難は分割せよ」だ。

ちゃん評価されるには、自分の実力や作品の内容が伴ってないと駄目。

なので、そういう人はちゃんとお勉強をしてください。

小説の書き方の講座はネットに沢山あるよ。

語彙力や自分感性を磨きなさいね

エモいとかバブみとか汎用性のある言語ご法度よ。

大体、販売されている商業小説日常的に読んでいますか?

読書感想文小論文を真面目に取り組んだことはありますか?

映画演劇を見たりする?展開などを考察する?

さて、ちゃんとお勉強するのも交流するのも面倒くさい人がいるよね。

私は交流が苦手でね、ツイッター全くやらなかったし。

商業小説映画演劇もそんなに読んだり見ない。

だけどね、1000users入りタグは手に入れることはできるんだよ。

君もそういったことを知りたいんだろ。

ダイエット本でさ、栄養バランスとか健康とはとか要らない人だろ。

手っ取り早く、簡単に早急に結果が欲しい人間だ。

長期的に見たら良くないと思うよ。

でも、まずは渇望する承認欲求を満たしてからでもいいよね。

条件として、他にブクマ高獲得作品ゴロゴロしている分野だとするよ。

極小ジャンル彗星のごとく現れて、ブクマをかき集めるようなメアリー・スーは諦めてね。

さて、これはpixivブクマツイッターいいねを獲得するための攻略法だ。

ツイッターをやってない、交流をいっさいしない。

ブクマいいねも一切誰にもしなかったアカウントでやったことだよ。

から普通の人ならもっともっとブクマを稼げると思うよ。

自己承認欲求マーケティングさ。

第一に、むやみやたらに長作を書くのはやめよう。

長い=素晴らしい、じゃないんだ。特に新参者にとってはね。

頑張っても5000~10000文字かな?20前後で読めるといいね

だって、そこまで書ける実力ないでしょう?

仮にそうでも分割しなよ。パート1と2みたいに。

連作の一話目はブクマ数が稼ぎやすいんだ。

その分、二話、三話とどんどん減っていくけどね。

いきなり得体のしれない人の超大作は読みたくないよ。

だって頭を使うし、体力も使うんだよ。

素晴らしい名作も疲れるけど、駄作駄作で疲れるんだ。

あと、自分に一番適している字数を把握するのも必要だよ。

もっと短く、お手頃だったらツイッター文庫風の物語を上げるのはどう?

リーで繋げればいいんじゃないかな。

Pixivで500文字作品とか読まれにくいけど、ツイッターなら別だよ。

あと、そういう文字数でブクマがある人は、その人がブランドなんだ。

ちゃんとしたものを書くって信頼されているんだよ。

あ、でも140字SS名刺鬼門だ。

俳句と一緒で文字数が制限されているが故に、センスと語彙力が求められる。

チャレンジしてもいいけど、気を付けてね。

結構アカウント名とプロ画を人は意外と覚えているよ。

あと字書きのツイートpixivキャプションは気を付けてね。

ある程度の知性は求められるんだ。はっちゃけすぎないで。

作品と作者の人格別にしてもらいたいけど、しょうがいね

今はブクマ数を考えるんだ。

個人のあるがままを受け入れて欲しいなら、「困難は分割せよ」だよ。

それは私には何もアドバイスできないんだ。すまないね

さて、君は空気を読めているかな?

活躍したいジャンルで「users」とか数字検索してみよう。

素晴らしい作品が厳選されているはずだよ。片っ端から読んでみよう。

どんな話が皆の心を掴むのかな。どんな雰囲気なのかな。

原作が重苦しくて希望の光さえ見えないのに、ナンセンスギャグの話があった?

評価であったとしたら、それは作者や作品に光るものがあったってことだ。

君には、少なくともこれを読んでいる限りは無縁の話さ。

真の実力とセンス磨きが必要からね。

さて、今度はブクマが極端に少ないものを読んでみよう。

駄目なポイントが見えてくるんじゃない?

人は自分のことは省みない癖に、他人の粗探しの達人なのさ。

良し悪しじゃないんだ。人気・不人気の違いが分かっただろう。

君のジャンルでは読者はこういうものが好きということが分かった。

パクらずに、似たような雰囲気のものを考えてごらん。

え、難しい?無理だって

原作世界観理解するのに自分の頭が追い付いていないだと?

んー、まあ、それは「キャラ萌え」なんじゃないですかね。

でも、それでもOKです。キャラ独立した存在として愛でてもOK

クロスオーバーカメオ出演というのはそういうものさ。

でもそうなったら、君は原作活躍する姿を描くには実力不足だ。

じゃあ、どうする?パロディですね。現パロでもいかがでしょう。

まれ意味は全く違いますが、ある人がこう言いました。

「語り得ぬことは沈黙せねばならない」と。

書けないものは書かない方が得策です。

書いてもいいですが、それで評価してもらおうとは思わないでくれ。

高校生パロはどうだろう?アルバイトしている光景はどうだろう?

詳しく書けるんじゃないかな?

その場に置かれた時の困難や葛藤が分かるでしょ?

さて、それ以外にブクマ数をブーストするパロディがあります

オ.メガバースとかセ.クピスパロとかね。他にもあるけど。

こういうのは予め世界観を作ってくれているから楽だよね。

自分表現力が足りなくても、読者がくみ取ってくれる。

そして、主題も関心も共有しやすいんだ。

え、私には書きたい主題がある?そういう俗っぽいのは嫌?

いか、ここはブクマを稼ぐための記事だ。

自分なりに温めていた大事主題喝采を浴びたいなら、

それこそ相応の実力を身に着けてから「機は熟した」と発表したまえ。

R18シーンがあるとブクマが増えやすいんだけどね。

これは相当の表現力が必要なんだ。全感覚を総動員させた文章必要

視覚、触覚、聴覚、そして愛情ね。それをノせないと駄目。

それ専用のお勉強必要なんだ。

あと100ブクマくらいなら、なくても達成できるよ。

そして、投稿するタイミングだ。

ジャンルの旬や盛り上げる時期というのも大事だよね。

これについてはコントロールできないから諦めてね。

平日の昼間に投稿するのと金曜日の夜に投稿するの、どっちが有利だと思う?

あと、目立たなきゃダメなんだ。印象付けないとだめなんだ。

イベントに向けて神や大手執筆に頑張っている時やイベント直後がいい。

投稿があってもサンプルだったりするから文字数少ないし、ブクマも少ないでしょ。

え、汚いだって?まあ、本心を言えばそれでも君のよりもサンプルの方が読まれているよ。

でも言っただろう!ここはブクマ数が全てだと!

全員が全員イベントに行く訳じゃなく、本を買う訳でもないんだ。

そういう時にこそ上げてみるんだ。

枯渇しているから、普段なら足蹴りするような作品を読むだろう?

マナー問題を指摘する人がいるかもしれないけど弱小の字書き程度なら大丈夫だよ。

ある程度認知されたなら止めようね。

あと、一気にブクマが増えると思ったらだめだよ。

最初作品は30、50、数作品後に100、300、そして500越え作品ができるんだ。

ジャンル活躍していてもいきなり500越えは難しいんじゃないかな。

例外ジャンル創設期であるけれども、その時期は飢えてるからブクマ率高いよね。

あと、ブクマって徐々に増えるんだ。

2年前の作品が知らぬ間にブクマ数が膨れていることもある。

映画化とか、アニメ化とかあるしね。

ここは当初の意気込みと矛盾するけど気長に行こうよ。

エゴ欲望を満たした後は、じっくり作品に取り掛かろうか。

資料を読み漁ったり、考察にふけたり、交流に励んだり。

いつかは本も出したくなるかもしれないね

最後まで読んでくれてありがとう

もうすぐ5000文字行くんだよね。よく読んでくれたね。

大事なことは、「困難は分割せよ」だよ。

ブクマ欲しいよね、それはしょうがないさ。

じゃあ、それに向けてやれる努力をしようよ。

もちろん、付け焼刃から本当の「実力」も伸ばしてね。

字書きは色々と面倒なんだ。変な劣等感があるし、そんで優越感もあるよね。

漫画や絵よりは読まれないよ。しょうがないよ。

ワンピースハードカバー小説本だったら今みたいに読まれてた?

まあ、小説もすごいよ。人格内面を深く描き出すよね。

響きと怒り』とか『アルジャーノンに花束を』の語り手の表現が凄いんだ。

まあ、読まなくてもいいけど。

でもさ、物語を書き始めるとそういったことに関心が向くと思うよ。

書き始めて「たのしー!」ってなってから「読んでみるか」でいいさ。

物語を書くのは簡単なんだ。

だって書けるけど、良いものや人に愛されるものは別なんだ。

拙いけど素晴らしい作品はあるけど発掘してもらえるかな?

まずは心安らかに楽しい!」って思ってもらえるように。

読んでもらえるものを書いてもいいんじゃないかな。

2019-03-30

東大生自分のことを貧乏だと思ってる

田舎者貧乏人を初めて見た話」を受けて。

 東大入学した春、僕は父親年収が700万円だと知った。日本学生支援機構奨学金に申し込むために、世帯主収入必要だったからだ。

 当時の僕は父親年収を見て、「こんなもんか、思ったよりは多いんだな」などと考えていた。東大生の親の世帯年収は、約半数が1000万円以上だという。

https://www.nenshuu.net/sonota/contents/toudai.php

 1000万円というのが金持ちの一つの基準で、それに足りないウチはやっぱり中流階級なんだと思った記憶がある。僕は地方都市郊外人口5万人程度の町で生まれ育ち、小中高(駿)大と1年を除いてすべて公立で済ませてきた。父母僕弟の四人家族で車は国産普通車、家は駅から少し離れた3LDKマンション外食は月に一度するかしないか、98円の卵のために朝からスーパーに出かけるような、至って普通の家庭だ。中高時代スーパーフードコートマックポーク1個だけで粘り、近所の友人とオタ話に花を咲かせた。高校は街中にあったので、放課後ラーメン屋に誘われることもあったが、月5000円の小遣いがラーメンに消えるのが惜しくて断ることが多かった。

 これが普通金銭感覚だと思っていたし、今だってそう思っている。

 そうしてこうして、東大入学した。

 父親年収700万円が基準額より高かったので、結局無利子の奨学金は借りられなかった。なので、学部時代は親から仕送りで過ごした。ボロアパート5万5千円の家賃と、それとは別に5万円の生活費を毎月親から貰っていた。

 仕送りの額について友人と話していて感じたことだが、どこまでを仕送りの額として申告するかは個人差がある。家賃込みの額を言う人もいれば、携帯代も光熱水費も全部親が払っていて、本当に自分自由に使える金額を申告する人もいた。僕は、携帯代と交通費と光熱水費は自分持ちの5万円だ。

 東大に入ってできた友人は、世間の言うほど金持ちではなかった。毎日のように高級なランチを食べるだとか、服に月に10万円使うとか、そういう人はほとんどいなかった。医者の一人娘の女子が親からクレジットカード丸ごと借りていて、自由に使っていいという話を聞いたが、流石にそれはウワサ話になるぐらいには少数派だった。

 三鷹寮に住んでいた友人は、本のためにバイトに明け暮れていた。

 あらかじめ言っておくと、ほとんどの東大生の親は、子供の本代を惜しまない(と観測範囲の中では思う)。僕の仕送りは5万円だと言ったが、学期初めの教科書代は別途追加で送られてきた。公立高校でさえ周囲はそうだったから、そもそも子供学歴にかかわらず)本を与えてくれる親は多いのだろう。でもやっぱり、書籍部で1冊数千円する専門書がドカドカ売れていくのを見ると、東大生は本にお金を使うし、親もそれを惜しまない傾向は他の大学に比べて強いのだと思う。そんな環境の中、三鷹寮の友人は本を自分で買っていた。外部の人に説明すると、三鷹寮というのは東大直営学生寮で、月1万円ちょっとで住むことが出来る格安家賃が魅力だ。その代わり、三鷹にあるのでキャンパスから遠いのと、入居者には所得制限がかかっている。なので、三鷹寮に住んでいた時点でその友人はさほど裕福な方ではなかったのだろう。僕は不躾にも、彼に「本代を親に頼まないのか」と聞いてしまたことがある。彼は「授業で指定された教科書代は貰っているけど、こういう本は教科書じゃないから」と言った。理系の僕にはよくわからなかったが、彼の買う本は美術論や建築物写真集だとか、普通本屋にはあまり置いてなさそうな文化的ものばかりだった。普通ハードカバー小説みたいなサイズの本が、3500円した。「これは教科書でも、研究用でもなくて、ただ自分の興味のために買ってる」と言う彼の姿は、僕には少しまぶしく見えた。

 東京私立中高一貫男子校出身の友人も、いつもお金に困っていた。サークル活動には熱心に参加するが、その後の飲み会は断ることが多かった。そのくせ、誰かの家で二次会をやることになると「宅飲みなら安いから」という理由で必ず駆け付けた。大学進学後、彼の家のルールでは小遣いがゼロになり、遊ぶ金が欲しければバイトしろということになったのだそうだ。実家住まいだとこういう人は何人かいたように思う。僕は仕送りを貰っていたので携帯格安スマホに切り替え、自炊ケチれば、浮いた金がそのまま自分のものになったが、実家住まい人間バイトをする以外の方法お金を得ることができない。その上、友人は郊外に家があったので、通学に1時間半ほどかかり、夜遅くバイトができないのだと愚痴っていた。

 大人になった今少しわかるのは、東大生の親は確かに金持ちだったが、教育費と都心の住居費に金を注ぎ込んでたのだということだ。だから食事や服、旅行などのわかりやすい贅沢はしない。その代わり、海外大学への留学費数百万円をポンと捻出するし、子供女子だったらセキュリティのしっかりした家賃10万円のマンションを借りる。でも、遊ぶためのお金を直接子供にくれるわけではない。大学が忙しくてさほどバイトができなかったから、僕らは他の大学生に比べても飲み会なんかの遊びにお金を使わなかった。こういうわけで東大生は自分のことを貧乏だと思っているのだと思う。

 大学院を修士卒業した僕は、今は某メーカー就職して、工場のある田舎生活している。1年目の盆休み帰省した僕は数か月遅れながら初任給で親を食事に連れて行った。話題は当然、僕の仕事のことばかりだ。そのうち、給料の話になった。ごくごく一般的修士卒の初任給の額と、冬のボーナス金額の目安を告げると、母は「お母さんの給料なんてすぐに抜かされちゃうわね」と答えた。

 その瞬間、僕は重大な事実に気づいて膝から崩れ落ちそうになった。

 どうしてこんな簡単なことに6年間もの間気づかなかったのだろう!

僕 の 実 家 の 世 帯 年 収 は、1000 万 円 を 超 え て い る !

 共働きであったことを知らないわけはない、ないのだが、父親年収を知った時の僕は母の給料をそれに足すという単純な足し算ができなかったのだ。弁明すると、僕の父親は700万を稼いでいた当時50代前半で、年収ピークにある時期だ。僕の家が世帯年収1000万円を超えていたのはわずかな期間だろう。そして、僕らの親世代にとって年収700万円というのは50歳前後男性年収中央値で、僕の父親は周囲と比べても実際凡庸だったのだ。母は専門職フルタイム勤務ながら、年収300万円代で、これも稼いでいるとは到底言い難い。僕の父親母親も、普通の人で、並の年収だったので気づくのがだいぶ遅れたが、共働きのおかげで世帯年収1000万円を超えていたのだ。

 その事実に気付いてからしばらくは、ショックで呆然としていた。僕の家のしゃぶしゃぶといえば豚肉だった。一体いくら稼げば牛肉のしゃぶしゃぶを食べられるようになるのだろう?同じマンションの住人でベンツに乗っている人がいたが、あの家の人はいくら稼いでいるのだろう?あるいは何を犠牲にしているのだろう?ハワイ程度なら僕も海外旅行したことがあるが、ヨーロッパに出かけている人たちはどうしているのだろう?僕は1000万円を稼げるようになるだろうか?東大を出たところで、この不景気では実家以上の暮らしができないのではないだろうか?

 幸いというべきか、今の僕は30歳手前にして世帯年収1000万円を実現した。といっても、僕が600万、不動産営業の妻が400万円という内訳だけど。引っ越し結婚式新婚旅行など、金の吹っ飛ぶイベントが一通り終わって、ようやくゆとりが出てきたとはいえ、こんなもんかという感じは拭えない。そろそろ子供を持ちたいので、妻の収入が無くなるのを覚悟しないといけないし、子育てマイホームのために貯金を続けているといったところだ。

 妻は高いものを購入したい時、必ず僕に確認する。冬物のコートとか、デパート化粧品とか(妻が怖じ怖じと切り出した割に、化粧品は6000円と意外に安かったのでそれぐらいなら確認せずに今後も買っていいと伝えた)。僕も相談するようにしているが、この間のカメラレンズはOKが出なかった。これが年収1000万円の暮らしなのか、と考えると今でも不思議な感じがする。まだ子供がいないから多少ゆとりがあるだけの、「普通」の家庭だと思う。

僕は今でも、自分のことを中流家庭だと思っている。

2019-03-10

[]3月10日

○朝食:おしるこ

○昼食:焼きそば焼きそば野菜セット)

○夕食:白菜人参しめじ豚肉を煮たもの

調子

はややー。

給料日前でお金に余裕があるので、色々遊ぼうと思い朝から遊んでた。

まずは、本屋さんでハードカバー小説を書い、喫茶店で序盤を読みました。

今日読んだのは魔眼の箱の殺人というミステリ

面白かった、ミステリに名作は数多くあるけど「シリーズである意味がある名シリーズ」は少ないと思ってるのだけど、これはまさに名シリーズになりそうな予感。

まだ二冊目だけど、早く三冊目も刊行されないかなあ、と続きが楽しみになるような展開だった。

(中身自体も後期クイーン問題を扱った名作だと思いますけど、それ以上に前作から続く物語と、次作への引きが気になって気になって)

それからレイトショーを観に行こうかと考えたのだけど、財布を家に忘れる小ボケかまししまい、行けなかった。

歩いて五分〜十分ぐらいのところなので、ついついギリギリに家を出たのが失敗だった。

うーむ、なんなら明日定時でさくっと帰って行こうかしら。

グラブル

ガチャピン20連。

特になにも出なかったです。

2019-02-28

anond:20190228115453

ハードカバーの冊子でも同じことが言えるのでは

本の大きさ、重量によるけど

2019-02-18

anond:20190218171312

ラノベと違って物理科学書籍ハードカバーだったりで片手で扱うのはなかなか難しいからな。

2019-02-17

日本語が読めない日本人は「新書」を知らない

日本語がまともに読めない日本人が世の中に大勢存在するというのはショッキング事実などではなく、普通中学の段階で察する常識だ。公立校教師は頭が悪すぎて優秀な生徒に呆れられているし、クラスメイトの大部分もやはり頭が悪くテストの平均点はいつも異常に低い。この事実を知らない人は中高一貫校私立出身なのだろう。

ところで、「新書」と言ったら普通は「岩波新書」「ちくま新書」「講談社現代新書」「中公新書」などを指すが、世間の人たちは割と「ハードカバー新刊」のことだと思っていたりする。

新書はあまり賢くない人たちでも読めるように易しく書かれたものほとんどだ。だが世間のあまり賢くない人たちははあまり賢くない人たちに向けて書かれた新書すらまったく読まない。読まないか存在すら知らないのか、存在を知らないから読まないのか。とにかく彼らは新書という言葉を知らない。専門書など読まないし読めもしない彼らが直接的に知へアクセスするのは難しい。だからこそ新書がある。あまり賢くない人たちでもその気になれば知へアクセスできるようになっている。だが、その新書存在すら知られていない。これではあまり賢くない人たちは人生において知に触れる機会がほぼまったくないということになるのではないだろうか。

おそらく彼らには知に触れるという発想自体がない。彼らにとって世の中はとにかく簡単で、いつも通りの馴染みのやり方ですべてが解決可能で、すべての情報は彼らが既に知っている情報確認しかない。だから新しい考え方というものを知らないし、当然多様な考え方があることも理解できない。「今までこれでうまくいっていたのに!」となる。ネットでもよく見た光景である

読まなくてもいいので新書というもの存在くらいは知っておいてほしいと思う。ふと気が向いた時に扉をあけてみたらいい。扉があることを知らなければ開けようもないが。

ちなみにこの文章新書すごいという話ではない。

2019-02-09

anond:20190208174834

もうすぐ読み終わりそうだから次の巻も持って出ようかなみたいな心配がいらないのと、ハードカバーどーんの本は電子版が軽くてよい

出先で前の巻を読み返したくなったとき電子はいいよね

京極堂の重さがいいのだという人は多いだろうが、物理的に避けてる人もまた多そう


読者の選択肢が増えるのはいいことだという、両方に気を遣った結論になるな

2019-01-30

小説 文体識別クイズ

はてなーの皆さまこんにちは今日も元気にウンコ漏らしてますか?初めて投稿します。

物心いたこからずーっと気になっていたことがありまして。それはズバリ、「みんな作家文体をどれくらい識別できてるんだろう?」という問題です。

気になった方は、まずは以下の問題に挑戦してみてください。



★以下の①~④と(ア)~(エ)の文章は、それぞれ同じ作家の書いた別の小説作品から、一部抜粋したものです。①と(イ)、②と(ア)...のように、同じ作者の作品どうしを組み合わせてください。

① そして彼が知ったのは、彼等の大部分が、原発というもの実態を把握していないらしいということだった。どこにどれだけの原発があるかも知らず、それが止まるということはどういうことかイメージできないようすだった。原発が止まっても大して困らないんじゃないかという意見もあれば、ろうそくを買うべきだろうかと異常に心配している声もあった。

② この人は母とは本当にお似合いだ。言葉表現した瞬間、それが的を射ていても、本当のことを言っていても、なぜか必ず嘘っぽく聞こえ、薄っぺらい印象になる。この人のこの言葉と僕の事実とに挟まれて、僕のあの放火未遂っぽい事件は行き場を失ってしまったようだった。

船長主催晩餐会は、さんざんなていたらくであった。夕刻から、この時期には珍しい西風が吹き始め、それは次第に客船上下に揺らした。乗客の中でもとりわけ過敏な者は、晩餐会のための服に着替える前に、すでに船酔いにかかって、各自のベッドに臥してしまった。

札幌の街には今年最初の雪が降り始めていた。雨が雪に変わり、雪がまた雨に変わる。札幌の街にあっては雪はそれほどロマンティックなものではない。どちらかというと、それは評判の悪い親戚みたいに見える。


(ア): 夢の中の俺はまだ子供で野球バットか何かを捜しに来たのだ。暗闇の中で金属バットが触れ合ってカランコロンと甲高い音を響かせる。俺は広いフロアを見渡す。たくさんの影はしんと静まり返って何も動かない。

(イ): バーは、二階に著名なフランス料理店があるビルの三階にあった。長い一枚板のぶあついカウンターと、四人掛けのテーブルが二つあるだけだったが、いかにも酒を飲むところといった風情で、助成従業員はいなかった。

(ウ): 三人目の相手大学図書館で知り合った仏文科の女子学生だったが、彼女は翌年の春休みテニスコートの脇にあるみすぼらしい雑木林の中で首を吊って死んだ。彼女死体新学期が始まるまで誰にも気づかれず、まるまる二週間風に吹かれてぶら下がっていた。今では日が暮れると誰もその林には近づかない。

(エ): 十九年前にさらわれた赤ん坊がどこにいるかを、早く彼女に教えてやらねばばらない。白血病で苦しむ息子が助かる道があることを示してやらねばならない。言葉を発しようと息を吸い込んだ時、小さな疑問が彼の胸に宿った。それは瞬く間に大きくなり、やがては衝撃となって彼の心を揺さぶった。

・答えは↓


















【答え】

①- (エ) 東野圭吾

②-(ア) 舞城王太郎

③-(イ) 宮本輝

④-(ウ) 村上春樹

①: 東野圭吾天空の蜂」(講談社2015年、p124、ハードカバー版)

②: 舞城王太郎「イキルキス」収録「パッキャラ魔道」(講談社2010年、p193、ハードカバー版)

③: 宮本輝海辺の扉(上)」(角川書店1991年、p151、ハードカバー版)

④: 村上春樹カンガルー日和」収録「彼女の町と、彼女の緬羊」(平凡社1983年p50ハードカバー版)

(ア): 舞城王太郎煙か土か食い物」(講談社2004年、p117、文庫版)

(イ): 宮本輝海岸列車(上)」(毎日新聞社1989年、p162、ハードカバー版)

(ウ): 村上春樹風の歌を聴け」(講談社文庫1975年、p77、文庫版)

(エ): 東野圭吾カッコウの卵は誰のもの」(光文社2010年、p204、ハードカバー版)



いかがでしたでしょうか?

なぜこんな問題を作ったのかといいますと、自分はけっこう文体に敏感な方なのではないかと、密かに感じてきたからです。

同じドラッカー作品でも、上田惇夫訳の「マネジメント」はすごく好きなのに、上賀裕子訳だとなぜか全然頭に入らなかったりします。趣味で読む本は、好きな著者のおすすめで買ってみたものの、文体が気に入らなくて読み進められないことも多いです。(村上春樹はすごい好きなのに、おすすめサリンジャーナインストーリーズ」は受けつけない、など。翻訳版をよく読む方にはあるあるなのでは)

それぞれの作者ごとに、「この人は勢いがあって脳が活性化する感じ」とか「クールな感じで読んでいても全然感情を感じない」とか「頭の中に繊細で暖かいイメージがふわっと浮かぶ」とか、料理でいう味みたいなものがあります

小説じゃなくても、エッセイでもビジネス書でも、どんなジャンルにも作者ごとの「味」がある。そして、これはその人の持つ「文体」が決めている部分が大きいと思っています。(本の装丁も全体の1~2割くらいは関係してる気がします。料理を載せる皿によってちょっと味の感じ方が変わる感じ?)

でもこの「味」って、大まかにはみんな感じるところがあるはずだけど、誰もが全く同じように感じていることはあり得ない。みんなで同じ料理を食べていて、「おいしい」「苦い」「熱い」などの大まかな感じも方向性は決まっていても、それをどこまで感じているかは人による。(同じ「辛い」カレーを食べても、人によってピリッとする辛さなのか、喘ぐくらいの辛さなのか、という辛さのニュアンスは異なるはず)

これって料理の味ならみんな共感できると思うんですけど、文章の「味」についてはほとんど議論されない。これって実際はどうなのか、という実験でした。

今回挙げた作家について、個人的に感じる「味」はこんな感じ。(あくま個人の感想です。前者二人の文体は大好き、後者二人はうーむ。ストーリーはそれぞれ面白いと思います。)

村上春樹: なんの抵抗もなくすっと頭に入って、胸にふわっと煙みたいに広がって染み渡る。イメージ幻想的ながら、ありありと脳裏に浮かぶ。もう村上春樹っぽいとしか言えない。

舞城王太郎: 「文圧」のすごさ。リズムと勢いで、パンパン読ませる。胸が暖まって脳が活性化する感じ。文体で読ませる作家天才

東野圭吾: 必要最低限の情報量情報は伝わるが、感情はあまり伝わってこない。マックハンバーガーみたいな感じ。

宮本輝: いいところのお坊っちゃん。淀みなく流れる川のように流麗。美しい文章だが、あといま一歩感情が胸に迫ってこない。脳の活性化いまいち


最後までお付き合いいただいたはてなーの皆さん、ありがとうございます!皆さんのやってみた結果は、コメントで教えていただけるとありがたいです。あと余裕のある方、同じような問題作って自分にもやらせて...!!

2018-12-11

書店ブックカバー広告化について

ほとんどの書店ロゴ入りの独自ブックカバー用意してるのに、どうしてみんな一律に地味なんだ?

どこの本屋でも手提げ袋を断るとブックカバーを付けてくれる。

だったら、あんなに一律の地味デザインではなくブックカバーもっと広告として利用されるべきではないだろうか。だってお客さんが少なくて困ってるんでしょ?

あの肌色ブックカバーのどこかに無印良品」ってロゴが書いてあれば、オーガニックデザイン意味が出るけど、そうじゃない。多くの書店に紛れちゃったらもったいないだろう。

もっと広告として活用しようよ!

もう少し具体的に・・・

今回の広告目的は、まずは書店ブランド化して新規固定客を増やすこと、にした。

成功すればいずれは出版社などの企業広告の出向も見込めるかもだが、それはまた別のお話

まずはなんにせよ「書店としてのカラー作ろうぜ」と。

僕の考えでは、細かいデザインはそこまで気を使わなくていい。大事なのはそのブックカバーを何色にするかだけだ。

最近外を歩いていると〜色の〇〇書店ブックカバーをよく見かける」状態をつくる。

繰り返すが、この広告新規固定客を増やすことが第一なので、対象は本を買った本人ではなく、外で本が読まれた際にその近くにいる潜在顧客向けの広告になる。

その為には、デザインロゴに拘るのでなく、とにかくブックカバーが一目視界に入るだけでどこの書店かがわかる色にする。ただそれだけだ。文字や図形では瞬間で読み取れないし、読み取る努力必要

なので、広告として利用するにはブックカバーの色が一番重要になる。

で、そこからもう少し欲張って「最近外を歩いていると〜色の〇〇書店ブックカバーをよく見かける。…いまどきオンラインショップ電子書籍もあるのになんであそこの本屋を使ってる人が多いんだ?」と思わせたい。思わせたら勝ちだ。

その疑問の回答を得ると同時にニーズマッチすれば新規固定客 兼 広告塔になってくれるだろう。

「その書店ではブックカバーを利用するとメリットがある」状態をつくる。

僕は、天気さえ悪くなければ、本屋の手提げ袋は不要だと思っている。ハードカバーサイズくらいまでなら手でよくないか。というか多くの場合カバンくらい持ってる。

なので、ブックカバー広告)を使わせる頻度を増やすめにも袋を断った人向けのポイントかおまけをつければいい。すでにそこらのスーパーでもやってるんだからできるだろう。いいものはパクれ。無駄に付けている袋は廃止だ。その袋代+新規固定客を予算に充てろ。

サービス内容を各書店が競うようになれば、書店ごとに文字通り色が出てオンライン書店への対抗策の一つにもなるし、このまま座して死を待つよりはいいと思う。

サービス面で競争が起これば消費者の僕らもwinwinだ。生き抜け。

※別途ポイントカード作るのは面倒なので上手いことやってほしい。

2018-11-09

なぜ暗い物語が求められるのか

https://webnovel.jp/n/1541741088988

世界は踊り、取り残されて」

先日、Web小説投稿サイトに載せられた同人小説である

大学四年生女の子単位を落とし、すべてがいやになって海を見に行く。自分を包み込んではくれない海に中指を立てて、そして自分中指を立てるシーンでこの作品は終わる。自分が許せないから、日常風景が許せなくなる、そんな話だ。恐らく、実際に単位を落とした作者が、自己投影しながら書いた作品なのだろう。

世界は踊り、取り残されて」には、浅野いにお花沢健吾青年漫画、あるいはハードカバー一般小説によくみられる、都会の鬱屈した日常が感じられる。僕はこういった雰囲気が好きだ。

ではなぜ、人々は陰鬱物語を愛するのか。暗い物語の担う役割とはなにか。一つ目は「啓蒙」だ。

厨二病まっさかりの中高生は、血なまぐさいファンタジー社会の闇など、アンダーグラウンドものに惹かれていく。

なぜ少年少女が一様に残酷物語を求めるのか。僕は、いずれ来たる残酷現実に備え、苦しみを知るための本能的な衝動だと思う。

ほとんどの子供は親の庇護の中では無敵だ。苦しみや痛みや面倒事は親が振り払ってくれる。

しかし、大人になるとそうはいかない。痛みを知らないまま大人になってしまい、社会に出て初めて、人間関係生活不条理さ、世界残酷さを覚えてもまともに戦えないのだ。だから、苦しみと戦えるだけの体力や精神力のある若いうちに、陰鬱物語を求める。

物語必要としない人間は、現実世界理不尽さを経験することで成長していく。

残酷さや苦しみは確かに人を傷つけるが、人間の魂はそういったものを克服しなければ成長できない。

暗い物語は、僕達が傷つかない程度に、傷の痛みを教えてくれる。

そして暗い物語のもうひとつ役割は「癒し」だ。

明るさだけが人の救いになるわけではない。小説家になろうなどでは、鬱屈した生活を送る主人公異世界転移し、自分いじめていたクラスメイト復讐するという作品がある。こういった作品は「今の自分から抜け出したい」「惨めさを払拭したい、強くなりたい」という読者の、魂の叫び癒してくれる。

また、僕の友人は、暗い物語を読むことで、「ダメなままでも生きてていいんだ」と肯定感を得られると話していた。その時、彼女らは陰惨さに救われている。

また、僕はイラスト趣味で、その繋がりからインターネット小説書き手交流させてもらうことがある。そこでわかるのは、陰鬱物語書き手は、陰険と言うよりはむしろ人間の営みの醜い部分を分析し、受け入れていけるだけの強さがあることだ。そんな作者から与えられる陰惨さは、苦しみを抱えた読者にとって、ある意味で慈愛だろう。

慈愛は「小説を読む読者」ではなく「小説を書く作者」に向かうこともある。防衛機制でいうところの「昇華」だ。

この場合は、作者の苦悩が物語リアルに反映される。誰もが知る有名どころだと、太宰治の「人間失格」がこれにあたる。

世界は踊り、取り残されて」では、単位を落として内定を逃し、堕落した生活を送る主人公は、海に向かって中指を立て、そして今度は自分に向かって中指を立てる。

これは象徴的なシーンだ。

癒し」として生み出された作品において、作中の苦しみや悲しみは主人公ではなく、作者に課せられる。中指は海――作品対象ではなく、自分――作者自身に向けられているのだ。

もちろん、この二つにあてはまらない暗い物語もある。だが、根本人間の醜さへの受容のない陰惨さは、読者の野次馬根性を煽って購買意欲を掻き立てたい・閲覧数を稼ぎたいだけだ。それはエンターテインメントであっても物語ではない。

陰鬱物語において、中指は誰に向くのか。その中指は同時に、救いの手となるべきである

世界は踊り、取り残されて」:https://webnovel.jp/n/1541741088988

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