はてなキーワード: テーブルとは
元生活保護受給者でアスペと鬱で精神2→3級だが、少し前に、ようやく社会人(正職員待遇)ができるところまで戻ってこれた。
社会人といっても某飲食の一兵隊なので、世間一般でいえば「負け組」とか「底辺社畜」の類だと思う。
そして生活保護をそれより上だの下だの、そういう序列をつけて優越に浸りたいというわけでもない。生活保護には大変お世話になり、このセーフティネットがなければI was gone.しているか、生きていても反社勢力の捨て駒か何かになっていたかもしれない。雨風が凌げる快適な部屋で、布団にくるまって眠れて、贅沢しなければ日に三度の食事に困らず、人の道を誤らないように暮らせたのだから、福祉事務所の方角に足を向けて眠れない。
といっても別に変わった経緯でもないと思う。地元の公立小・中・高を経て地元の宿泊業を営む会社に入りホテルマンとして働き始めたのだが、不規則勤務・薄給に加えてお局の係長からのパワハラにより精神崩壊して退職、精神2級判定、実家に帰る、雇用保険の失業給付が尽きる、実家から出される、保護開始……こういう順序だったと思う。
実家での待遇は良くなかった。特に兄が酷かった。両親も最初の頃は同情的だったものの長男(兄)の機嫌を損ねるわけにもいかなかったのだろう、次第に冷たくなり、雇用保険の給付が尽きるときに30万円を渡され、今のていたらくで盆と正月以外は実家に近寄るなという旨のことを宣告された。田舎だけに周囲の目もあるし、やむを得ない措置だと思うし、今更それを遺恨に思ってもいないし、ここでズルズル寄生を許可されていたら今頃は立派なニートのできあがりだったことと思う。もっともそのときは、ああもうこれは死刑宣告だなと目の前が真っ暗にはなったが。
とはいえそう簡単に自殺できるなら何も苦労はない。役場の障害福祉課(精神障害者の手帳の件でお世話になっていた)に話をしたところ、ありがたいことにこんな穀潰しに親身になってくれ、提案をもらえた。
ひとつは「障がい者のグループホームに入居して集団生活を送る」こと、もうひとつは「手持ちのお金でとりあえず単身向けの安い賃貸を契約して住む」ことだった。いずれにしても精神2級の状態で今後の生活にかかるすべての経費をまかなうことは不可能だろうから、生活保護の申請は前提と言われた。一刻も早く家族(特に兄)からの攻撃から解放されたかったので、障害程度区分(介護保険でいう要介護1~5みたいなの)を取ったりするために必要になる時間も惜しみたくて1Kの賃貸アパートを契約してそこに引っ越すことにした。引っ越すといっても冷蔵庫や洗濯機は家族共用なので家電量販店で買ってアパートに届けてもらうことにし、段ボール箱5つ分くらいの荷物を自室から原付のリアキャリアに縛ったりステップに置いて運ぶだけだから、引越し自体もあっけなく終わった。父のワゴン車に積んで運べば1回で済んだだろうけれど、その迷惑をかけるのも躊躇ったのは覚えている。
生活保護で月に支給される額はおおよそ12万円程度。障害基礎年金は無事3級が出たが、年金は収入として申告し、その分減額される(生活保護+年金になるわけではなく、他の生活保護受給者と同じ金額で生活をすることになる)システムなので、年金が出たからといって裕福になるわけではないことを知ったが、とりあえずこれで、贅沢しなければ衣食住が許されるくらいのベースができた。原付(125以下)が、「事故を起こしたときにちゃんと賠償できるように任意保険にも加入すること」を前提に保有・運転してもいいといわれたのは助かった。
『働かずに食う飯』が美味いかどうか……。考え方に個人差はあると思うが、私にとっては何を食べてもあまり味がわからなかった。保護費支給日に、月に1回くらい口の栄養をと思って高い外食(といってもファミレスとか回転寿司くらいだが)をしても、味に感動するようなことはなかった。むしろ高い飯を食べると罪悪感が強かったようにすら思う。
刷り込みとか色々あるかもしれないが、とにかく、『今この時点において、自分より無価値な人間はいない』ということを感じていた。卑屈になりすぎていたのかもしれないけれど、今の自分が生み出せるものといえば二酸化炭素と排泄物しかないわけだから。テレビを持っていなかったのでもっぱらラジオだったのだけれど、野球中継を聴いて贔屓のチームの選手が拙いプレーをして点を取られたときにも、自分ごときが選手を叱咤できる立場じゃない、となって、野球中継さえまともに楽しめなかったくらいになった。
鬱もなかなかその頃は酷く、家事は勿論のことながら入浴すら自発的にできなかったので障害福祉サービスで週3回ヘルパーさんが来てくれるようになり、相談支援専門員さんがついてくれることになった。モニタリングという定期的な面談のときに「ラジオで野球を聴くのすら申し訳ない」というようなことを話すと、就労継続支援B型という作業所を紹介してくれた。見学に行ったところは障害の程度や意欲に応じて、ほとんど遊んでいるに等しいレクリエーションのようなことから集合住宅や公共施設などの清掃まで幅広くやっていたところで、「ちゃんとできるかどうかわからないが、清掃作業をさせてもらえるなら」という条件で通所し始めた。週1日・午後のみから始めて、少しずつ増やして週4・午前午後になり、報酬として工賃を2万円くらいいただけるようになった。まったくの無価値ではなく、月2万円だが自分にそれだけの価値を認められたことが嬉しかった。もちろん収入なので生活保護の支給額は減るのだが、勤労による収入の場合は控除が認められて、2万円工賃をもらえれば月に1.5万円くらいは実質的に自由になるお金が増えた。この頃には、「月1回くらいは口に栄養しても」の罪悪感も少し薄れ、熱々のハンバーグがとても美味しかった。
……とここで、レジで会計をするときに壁に貼ってあったポスターを見て、「アルバイト募集されているんですね。未経験歓迎とありますけど僕みたいなのでもいいんですかね?」などという畏れ多いなんてレベルを超越した暴言を吐いてしまったのだ。
レジカウンターを挟んで二言三言のあとバックヤードに連れて行かれ、店長がいる時間帯に履歴書を持って面接に来てくれという話になってしまい、そこから何をどうしたかよく覚えていない。作業所までそう離れていなかったので、まずは作業所に駆け戻ったのだけは覚えている。
後日、作業所の管理者さん同行で面接になった。店長と施設長が最初に長く話し、最後の方で何か言いたいことはと問われたときに、施設長が言わなかったこと(生活保護受給中とかただの精神2級ではなくアスペルガー症候群もあること)を言った。施設長がいい顔をしていなかった。ここで仮に採用に繋がれば作業所の実績に繋がる大事なところなので、その足引っ張りになることをされたら困るというのが施設長の本音だと思うが。
採用の前にまず実習ということになった。熱々の料理をお客様にぶちまけるような致命的な失敗こそしなかったが、皿は相当割った。14番テーブルに持って行くはずの料理を24番に誤配したり散々だった。高校生の先輩バイトさんに使えないと舌打ちされたのも覚えている。
……が、総合的な評価はそこまでダメではなかったのか、まずは週2日のランチタイム要員として採用された。10時半から15時の4時間半。百戦錬磨の兼業主婦のパートさんにはこき使われたが数多のフォローや配慮をしてくれて感謝しかない。
週2日と4時間半が次第に延び、フルタイムになり、正職員待遇になった。精神の手帳も2級から3級に見直された。生活保護は基準より収入が上回ったため停止され、半年後に打切りになった。福祉事務所に頭を下げに行ったら担当のケースワーカーさんに激励していただいた。
正職員待遇とはいってもあくまで障がい者雇用なので、健常者とまったくの同一条件ではないけれど、少なくとも今は野球中継を素直に楽しめるようになったし、親や兄・妹との関係もある程度戻ったと思う。兄のところには2人子どもがいるし、妹も近々結婚するらしいことを聞くと、私は家庭を持っていないことが兄や妹と較べてレベルが下だが、これはさすがに相手のあることだから自分だけが足掻いてどうにかなるものでもないし、仕方ない。
お金だけがすべてではないが、今は保護費より相当多い給与を貰えているし、そのおかげで保護の頃より僅かだが広く便利がいいアパートに移った。雑誌や文庫本くらいならそこまで財布と相談しなくても買えるようになったし、何より「お天道様の下を堂々と歩ける」ようになった。
もちろん、今後また何かの弾みで生活保護に助けてもらうことにならないとも限らないが、保護に依存しないように、備忘録として残したい。
arc********
「インデックステーブルはRCのディスク上にあるファイルから展開する。このファイルを作成するプログラムを実行したタイミングで、一時的に確保するメモリー領域が不足し、ファイルの内容が不正確になったという。」
> 機器の基本ソフト(OS)が32ビットから64ビットに変更されたが
インデックステーブルでdb作る時のメモリ割り当て上限を低くしてしまった、ってこと? 規模と仕組みが分からなすぎて理解が追いつかない。
vep********
vep********8時間前
その記事に信憑性があるのならDB周りの障害が濃厚ですね。さらに設計が古いとすれば、IXエントリのNDBが使われている可能性も。その前提でマシンのメーカーは分かりませんが、仮にF系のAIMの例ですとスキーマを定義するADLソースの中でINDEXバッファやBOFのバッファの設定値が十分な数値でなかったというケースなら、容量不足という事がバッファ不足に当てはまり、合点がいきます。
ちなみに、記事の内容とは現象が異なりますが、容量不足でありがちなのがインデックステーブルが最適化されず偏ったページに集中してのパンクです。既存レコードを持つDBの再創成時に創成ジョブの途中でシステムにテーブルを作らせる方が楽ですが、現存するレコード件数とキーの値、ページ数とページ長からページNo.を偏りなく分布するようにシミュレーションして、ユーザー自身でテーブルを割り当てる方が、パンク対策には効果的だと思います。
うちの会社にはかなりデカい食堂があって、ファミレスで同じものを食べるなら700円くらいしそうなものを200円ちょっとで食べられる。しかもかなり美味しい。
物価がバカ高い今、コンビニで毎食6.700円のお弁当なんて買っていられない。だから社食はありがたかった。
ご飯を持って着席し、さあ食べるぞというところで声をかけられた。一回りも二回りも年上の業務が全く違うが同じ部の人たちだった。
「この間も1人だったでしょ?その時は声かけられなかったんだけど、1人だったらぜひと思って」
と言ってくれた。優しい人たちだ。同じ部の人だったし断ったら今後の関係性に響くかなと思い、お邪魔することにした。
しかしあまりにも、ありがた迷惑すぎる。辞書に載せたい。ありがた迷惑の実用例として。
私は基本会社でご飯を食べる時、イヤホンをして動画や携帯を見ながら食べる。別に人とご飯を食べるのが嫌とかではなく、友達とご飯に行くのは好きだし、ご飯中に色々と雑談するのも大好きだ。
ただそういう存在が会社にいないだけだ。歳の近い女性もいないし、だったら動画や携帯を見た方が有意義というだけ。
一回りも二回りも年上の人とご飯を一緒に食べて何が楽しいんだろうか。話す内容といえば、通勤手段の話や、最近スーパーの野菜が高すぎる話。
申し訳ないが気まず過ぎて食べてるカレーの味がほぼしなかった。私だけじゃなく、向こうもそう思っている。普段ならもっと別の話題を喋ってるであろうに、私がいるせいで野菜や通勤手段といった当たり障りのない話をするしかなくなっているのだ。
お互いにとって本当に得がない、何も生まれない昼食時間になってしまった。
しかもこういった経験は今の会社に入って2度目だ。前回も同じ課の年上の人が、私が1人で食べていると喋りかけて同じテーブルに座ってきた。
そんなに一人飯をするやつというのは側から見たら寂しそうに見えるのだろうか。一人行動はそんなに悪なのだろうか。
正直に言って共通の話題がなく当たり障りのない話をするしかないような関係性の人と食べるご飯というものは、ひとり飯よりも圧倒的にまずい。
気を遣わなくて結構。もう放っておいてください。
メシくらい好きに食わせろ
元先輩の結婚式に行ったら何だか惨めで死にたくなったので思いの丈を書き殴りたい。本当はこんな文章を書くこと自体、時間の無駄なことは分かっている。でも他のどんなことを考えても、どうしても忘れられない惨めさなのだ。今回ばかりは、気持ちの整理が全く付けられなくて、はてな匿名ダイアリーに頼りたいと思う。
登場人物は2人。
私(25)既婚
Aさん(28)既婚、職場の元同僚。私より先に結婚し、婚姻届けを出してから1年後(私の後)に式を挙げた人。
Aさんは結婚と同時に退職した。私はその頃、結婚式の準備を進めつつ、結婚に向けて動いていた。私が婚姻届を出していなかったのは『挙式日を結婚記念日にしたい』という思いからだった。やがて私が式を挙げ、2週間後にAさんからLINEがきた。
『私もあの式場で結婚式することにしたよ♥ 招待するね(ぴえんの絵文字)』
え?なんで?
結婚式場の数は限られていることは分かっている。でも、職場の元後輩である私と同じ式場で数ヶ月後に式を挙げること、そして私を招待できる神経が物凄く図太いなと思った。(私は絶対にできない)「パクられた」とかそんな生易しい感情じゃなくて、『私の思い出を上書きされる』という、強烈な拒絶の意思が沸々とわいた。しかも、その日はちょうど私の誕生日当日で、誕生日に合わせて新婚旅行のスケジュールを組み始めていたので、その点も狂った。その時は「まだ航空券を取っていなくてよかった」と思ったが、今となっては新婚旅行を理由にご祝儀だけ渡して欠席すればよかったと強く思っている。最初に感じる心の違和感と自分の感情を軽んじたらいけないなと思った。
それはさておき、そんな人の結婚式に参列してとても惨めになった話が今回の本題。あくまでも私を成仏させるために書く文章なので、分かりづらかったらすいません。というかこんな記事誰も見てないだろ。
私はウェディングドレスの形状上、「腕を大きく上に上げたり、お姫様だっこはしないでください」と事前に注意されていた。(オフショル部分のレースに伸縮性がなく、繊細なため)これは私が特別ではなく、皆さんにお願いしていることだとも。(私の名誉のために言いますが、Aさんは私より一回りほど太ましい体型をされている)
Aさんも私と同じブランドのドレスということは聞いていたが、オフショルやレースのデザインまで丸被り。それなのに、堂々とお姫様抱っこをされていた。
私だってお姫様だっこで写真を撮りたかったのに、私と夫が真面目すぎたの?と悲しくなり、その場で泣いた。いたく感動している人に見えたようで、新婦のお母さんからは「ありがとうねえ」と言われたが違う。さらに会場も盛り上がっていて、悔しくて惨めな気持ちになった。一生に一回のことだからって何でも自分たちの好きなようにしていいの?
②ゲストがウェイ系
大学生を呼んだのか?とでも言いたくなるようなノリで、ゲストの層が私とは真逆だった。バルーンアートを作って知らないゲストの頭に被せたり、そのバルーンを割ったり、テーブルに置いてあったペッパーミルを持って、他のテーブルのゲストのお肉にかけて回るとか…もっとインパクトの強いこともしていたが、特定されそうなので控えたいと思う。
③私よりゲストが多い
④会費が高くて演出が豪華
私より3000円会費が高いことも腑に落ちていなかった。が、私がやらなかった演出(フラッシュモブ、ジャズの生演奏 等)を入れていてまあ引いた。
私は、結婚式は完全に新郎新婦の自己満足のものだと考えている。参列側にとっては金銭的な負担が重く、丸一日かけて他人の結婚を強制的に祝わされるという、時間の負担も重いものだから。だからこそ、演出は必要最低限にして、なるべく会費は安くしようとしたし、その上でゲスト1人につき1000円だけだけど、私たちで負担した部分はあった。演出の分、料理に予算をかけた。
でも、私より3000円高いくせに料理は最低ランク、ドリンクもオプション付けていない、でもやたら演出が入るという矛盾を私は料金表を見て知っているから、すごいむかついた。ここまで承認欲求に素直になれることが逆にすごい。
⑤白々しいサプライズが多い
3回(フラッシュモブ含む)サプライズがあったけどくどくない?特殊なサプライズだったので詳細は伏せるけど、最後は新郎がサプライズでプロポーズして終了、新婦号泣。なにこれ?インスタ映えの詰め合わせみたいな結婚式でめちゃめちゃむかついた。
新婦がピアスを付ける、グローブを付ける、頭にティアラを載せる、靴を履く、ブーケ越しの笑顔。ファーストミートで手紙を読みながら泣く新婦。ゲストと写真を撮る新婦。間に申し訳程度にゲストの姿が差し込まれ、最後は新婦の笑顔(ドアップ)で終了。なにこれ?
こういう指定をしていないと出来上がってこないような、新婦feat.新郎with親族、時々ゲスト みたいな仕上がり。なんなん?
プチギフトだろこんなもん
私の会費と綺麗な思い出返せ。
帰り夫が車で迎えに来てくれて号泣。撮った写真と動画は早々に送り付けて全て消したし、席次表も席札も式次第も全部捨てた。もう一生関わることはないし、記憶から抹消したくてLINEアカウントを消して仮想的に自殺した。
元先輩の結婚式に行ったら何だか惨めで死にたくなったので思いの丈を書き殴りたい。本当はこんな文章を書くこと自体、時間の無駄なことは分かっている。でも他のどんなことを考えても、どうしても忘れられない惨めさなのだ。今回ばかりは、気持ちの整理が全く付けられなくて、はてな匿名ダイアリーに頼りたいと思う。
登場人物は2人。
私(25)既婚
Aさん(28)既婚、職場の元同僚。私より先に結婚し、婚姻届けを出してから1年後(私の後)に式を挙げた人。
Aさんは結婚と同時に退職した。私はその頃、結婚式の準備を進めつつ、結婚に向けて動いていた。私が婚姻届を出していなかったのは『挙式日を結婚記念日にしたい』という思いからだった。やがて私が式を挙げ、2週間後にAさんからLINEがきた。
『私もあの式場で結婚式することにしたよ♥ 招待するね(ぴえんの絵文字)』
え?なんで?
結婚式場の数は限られていることは分かっている。でも、職場の元後輩である私と同じ式場で数ヶ月後に式を挙げること、そして私を招待できる神経が物凄く図太いなと思った。(私は絶対にできない)「パクられた」とかそんな生易しい感情じゃなくて、『私の思い出を上書きされる』という、強烈な拒絶の意思が沸々とわいた。しかも、その日はちょうど私の誕生日当日で、誕生日に合わせて新婚旅行のスケジュールを組み始めていたので、その点も狂った。その時は「まだ航空券を取っていなくてよかった」と思ったが、今となっては新婚旅行を理由にご祝儀だけ渡して欠席すればよかったと強く思っている。最初に感じる心の違和感と自分の感情を軽んじたらいけないなと思った。
それはさておき、そんな人の結婚式に参列してとても惨めになった話が今回の本題。あくまでも私を成仏させるために書く文章なので、分かりづらかったらすいません。というかこんな記事誰も見てないだろ。
私はウェディングドレスの形状上、「腕を大きく上に上げたり、お姫様だっこはしないでください」と事前に注意されていた。(オフショル部分のレースに伸縮性がなく、繊細なため)これは私が特別ではなく、皆さんにお願いしていることだとも。(私の名誉のために言いますが、Aさんは私より一回りほど太ましい体型をされている)
Aさんも私と同じブランドのドレスということは聞いていたが、オフショルやレースのデザインまで丸被り。それなのに、堂々とお姫様抱っこをされていた。
私だってお姫様だっこで写真を撮りたかったのに、私と夫が真面目すぎたの?と悲しくなり、その場で泣いた。いたく感動している人に見えたようで、新婦のお母さんからは「ありがとうねえ」と言われたが違う。さらに会場も盛り上がっていて、悔しくて惨めな気持ちになった。一生に一回のことだからって何でも自分たちの好きなようにしていいの?
②ゲストがウェイ系
大学生を呼んだのか?とでも言いたくなるようなノリで、ゲストの層が私とは真逆だった。バルーンアートを作って知らないゲストの頭に被せたり、そのバルーンを割ったり、テーブルに置いてあったペッパーミルを持って、他のテーブルのゲストのお肉にかけて回るとか…もっとインパクトの強いこともしていたが、特定されそうなので控えたいと思う。
③私よりゲストが多い
④会費が高くて演出が豪華
私より3000円会費が高いことも腑に落ちていなかった。が、私がやらなかった演出(フラッシュモブ、ジャズの生演奏 等)を入れていてまあ引いた。
私は、結婚式は完全に新郎新婦の自己満足のものだと考えている。参列側にとっては金銭的な負担が重く、丸一日かけて他人の結婚を強制的に祝わされるという、時間の負担も重いものだから。だからこそ、演出は必要最低限にして、なるべく会費は安くしようとしたし、その上でゲスト1人につき1000円だけだけど、私たちで負担した部分はあった。演出の分、料理に予算をかけた。
でも、私より3000円高いくせに料理は最低ランク、ドリンクもオプション付けていない、でもやたら演出が入るという矛盾を私は料金表を見て知っているから、すごいむかついた。ここまで承認欲求に素直になれることが逆にすごい。
⑤白々しいサプライズが多い
3回(フラッシュモブ含む)サプライズがあったけどくどくない?特殊なサプライズだったので詳細は伏せるけど、最後は新郎がサプライズでプロポーズして終了、新婦号泣。なにこれ?インスタ映えの詰め合わせみたいな結婚式でめちゃめちゃむかついた。
新婦がピアスを付ける、グローブを付ける、頭にティアラを載せる、靴を履く、ブーケ越しの笑顔。ファーストミートで手紙を読みながら泣く新婦。ゲストと写真を撮る新婦。間に申し訳程度にゲストの姿が差し込まれ、最後は新婦の笑顔(ドアップ)で終了。なにこれ?
こういう指定をしていないと出来上がってこないような、新婦feat.新郎with親族、時々ゲスト みたいな仕上がり。なんなん?
プチギフトだろこんなもん
私の会費と綺麗な思い出返せ。
帰り夫が車で迎えに来てくれて号泣。撮った写真と動画は早々に送り付けて全て消したし、席次表も席札も式次第も全部捨てた。もう一生関わることはないし、記憶から抹消したくてLINEアカウントを消して仮想的に自殺した。
昨日書いたやつ 1/2
https://anond.hatelabo.jp/20231013202510
それから一年が経った。N子と交際していることは職場には内緒にしていた。
そんな折、コロナ禍がちょっと静まってたのもあって、あの時と同じ場所で新人歓迎のバーベキューが行われることになった。
当時はまだ青年部長だったので、手伝いとして参加することにした。T君も一緒だ。去年と同じくらいの人数が集まって、みんなでワイワイと騒いだ。
バーベキューが終わりかける頃だったか。飲み会の場だったガレージの出口あたりで、T君がN子とお喋りしていた。去年、N子と一緒に話をした炭火焼きのスペースだった。
N子はその時、大きなごみ袋をふたつ持ち上げて所定の場所に捨てに行こうとした。すると「一緒に行くよ」と、おそらくは勇気を出してT君が提案した。
周りの人は、「いい雰囲気だね」とばかり2人を推していた。ごみ捨て場に行くまでの相応の距離や、ごみの量や、その他の状況からして恋愛イベント以外の何物でもなかった。
N子は、ちょっと振り返って自分の方を見た。目が合うと、体をちょっと振ってモジモジしていた。T君が「重いよ。一緒に行こう」と言ってN子のごみ袋を取ろうとした。でも、N子はやっぱりもどかしい様子で、こっちの方をまた見た。
「N子さん。行こ!」と、T君が片手でN子の手首に軽く触れたところで、俺はすぐ近くに寄っていた。T君の方を向いた。それで彼の顔をまっすぐに見て、「付き合ってるんだ」とシンプルに言った。
T君は、ちょっとばつの悪い顔になって、ほかの皆は「えー……」みたいなボソッとした声が上がって、居たたまれない空気がガレージを覆った。
T君が「そっか。ごめんごめん。今後はさ、N子ちゃんと最低限しか話さないようにするから。本当ごめん」ってN子に言うと、彼女はこっちを振り返った。何か言いたげな視線で何秒かだけ見つめると、1人でゴミ袋×2を持って、ガレージ下の国道際にあるごみ捨て場まで歩いて行った。
秋頃だった。付き合って1年が過ぎていて、その年も一緒に紅葉を見に行った。今回は遠方まで足を運んだ。渓谷の奥には、紅葉が植えてある観光スポットがあって、そこら中に植えてある紅葉を見て回ったり、釣り堀で川魚を釣ったり、そのまま直火で焼いたマスを齧ったり、休憩所でゆったりとした時間を過ごした。これが普通のカップルなんだなって思えた。
N子の存在が馴染んでいた。1年前までは恋愛のことなんて考えず、ただただ自分の好きなことをしていた。おいしい食材や飲料をAmazonで箱買いしたり、剣道の稽古に励んだり、たまにネトゲ友達と新宿とかでオフをしたり、学生時代の延長みたいな生活環だった。
彼女ができて何か変わったかといわれたら、別にそんなに変わってないんだけど、心の隅っこに何か大事なものが芽生えたような、そんな気持ちだった。
日曜日に会社に出て、取引先に提出する書類作りに励んでいた。自分だけじゃなく、ほかの部署の人もちらほら出勤していた。
自分の部署は2階にあって、トイレに行くのに1階に下りていくのだが、そこにT君がいるのを見つけた。彼は経営企画の部署で働いている。あとは先輩方が何人かいて、一緒に何か打ち合わせをしながら皆でパソコンを叩いていた(追記:キーボードの意)。
会社の玄関の方には事務員もいた。A3の書類を2人で読み合わせて何かのシステムに数字を入れてる様子だった。すると、トイレから出てきた社長とばったり会って、「増田君はいつも熱心だね。残業手当は絶対につけるんだよ」と言ってくれたっけ。
夕方になって、消防組合に出す報告書を作る仕事も片付いたし、さあ帰ろうかとなった。パソコンの電源を落として、空調や給湯室やプリンタのオンオフも確かめて、会社の玄関に向かうと誰もいなかった。ゼロだ。
玄関口のスライドタイプの自動ドアは閉まっていて、別の入り口から出るしかなかった。工場の方を経由して出ていく道になる。ちょっと暗いのが気になる程度だった。
そっちの方に回り道をして、廊下をひたすら進んでいって、スチール製のごく一般的な引き戸を開けて駐車場に出ようとした時、電気設備の点検場の方から物音がした。金属片がカンカンと地面を転がるような音がした。
嫌な予感はしたのだが、そっちの方におそるおそる歩いていくと、工場内にある点検場の視界が開けた。太陽が落ちていない。まだちょっと明るい。
N子と、T君がそこにいた。点検場の端っこの天窓の真下。入口の柱の影から見てた。
何か話してる様子だった。全然聞こえない。様子を伺うと、N子がちょっと緊張した様子で体を左右に振っていた。
すると、T君がN子の肩を掴んで、寄って行って、ゆっくりと顔を近づけていって、N子にキスをした。N子はちょっと強張っていて、体を後ろに仰け反らせたけど、何秒か経つと、T君の肩に手を触れるようにして口づけに応えた。
2人の唇がくっついて離れて、くっついて離れてを繰り返していた。時間にして20秒ほどだろうか。そうして唇を押し合っていると、ふたりの距離が密着して、激しい動きで唇を重ねるようになった。
俺は童貞ではない。わかる。ディープキスだ。どちらともなく舌を入れあって、ずるずると唇を舐め合って、ちょっと止まって、するとN子がだらしない様子で舌をT君のそれの上に乗せていて、互いに見つめ合っていた。それから舌をヘビみたいにチロチロと動かして、舐めずっていた。
この時、変な感覚が襲ってきて、自分が履いているジーンズの股の方を見た。弾けていた。いや違う。弾けている最中だった。それを確かめると、もう2人を見る気は失せていた。そう感じたかっただけかもしれないが。
音を立てないように点検場を後にした。廊下を進んでいく時も心臓がバクバクしていた。
工場から会社の外に出て、玄関口の前に停めてある自分の車に乗って、エンジンをかけようとしたところで、右手が震えていることに気が付いた。視界が暗いと感じた。外は明るいのに。頭が痛いはずなのに痛くない、そういう変な感覚。脳に血が回らなくなって、急にボウっとなった。頭がもやもやしていた。やはり心臓がバクバクいっている。
このまま車で発進したらどうなるのだろう。信号の色を間違えたりするのだろうか。エンジンをかけたものの、じっと運転席に座っていた。
「このままじゃ危険だ、車から降りた方がいいんじゃないか?」と思い、エンジンを切って車外に出た。すると、会社の玄関のところで2人分の姿が見えた。誰であるかすぐにわかった。N子とT君だ。
互いの手がほぼ接近した状態で、2人が玄関口から出てくるのに合わせて――俺は近づいて行って、2人の目の前に立ち塞がるようにして立った。N子がびくっとした様子で後ろに下がった。
冷静だったのを憶えてる。T君をにらみつけると、「言い訳は聞かない。なんでこんなことしたんや?」と、単刀直入に聞いた。すると、だんまりを決めたのではないかと思える様子で顔を背けた。いや、何か喋っていたかもしれない。N子にも聞いてみた。「さっき見てたんだ。T君が好きなんだな」と聞いたら、「ごめんなさい」とだけ返ってきた。
この時、もやもやとした感じがスッと消えた。
T君の方に寄っていった。彼が身構えるのと、正面からの蹴りが至近距離で腹に命中して、T君が真後ろに倒れたのは同時だった。すぐに起き上がろうとするT君の脇腹を、真横から蹴っ飛ばして、正面で馬乗りになった。
「ブチ殺すからな。覚悟しとけよ。おい、わかっとんか、返事せえ!!」
遺伝子が殺せと命令していた。「すいません、すいません」と叫ぶT君の顔や胸や頭を何十回も殴った後、両手で髪の毛を掴んで、玄関床のレンガブロックに頭を何度も打ちつけた。N子が叫んでいたが、よく覚えていない。
やがて、ほかの社員数人が飛んできて自分を取り押さえた。それで、いったん距離が離れると、「どうしてこんなことを?」という声が後ろから聞こえた。振り返ってよく見ると社長だった。
「すいません! 暴力振るって。すいません……」と、社長の前に行って謝った。直後に左を向くと、T君が尻もちをついた姿勢でうずくまっていて、N子が心配そうに肩を撫でていた。
俺はほかの社員を振りほどいて走り出した。そのままT君の髪の毛を両手で掴んで、「お前が馬鹿にしたんだろうが!!」と叫んで髪を引き千切った。それでまた、ほかの社員に羽交い絞めにされた。理性では諦めていたけど感情が止まらなかった。大声で何度も叫んで、周りが制して、叫んで、制してを繰り返した。そうこうしているうち、ようやく感情が収まった。怒りの心が眠りについた。
もう動けなかった。社長が、「事情があるのはわかったから。増田君は今日はもう帰りなさい」と言うので、自動車のところに行って乗り込もうとした。後ろを向くと、社長が俺に付いて来てて、「自分の車で送る」と提案してくれて、そのまま家まで届けてもらった。
社長の車の中では無言だった。冷静だったけど、やがてT君を殺したいという情動がまた沸き上がってきて、時間が経つとまた冷めた。
辛い話をした。これを書いてる今も、いい大人なのに涙が止まらない。悔しさもあるし、いや多分悔しさしかない。自分自身への。あとちょっとで終わりにする。
休み明けに出勤すると、社長と人事部署のトップに呼ばれた。それで、いろいろ事情を聴かれた。正直に全部話した。N子とT君については、あの日のうちに聞き取りを終えたらしい。ほかの社員についても同じように聞き取りをするとのこと。
その週末だったかな。社長から告げられたのは以下のところだった。
・あなたがこんなことをする人だと思わなかった。信頼していた
・あなたの行為は刑法にも社内規定にも違反する。本来であれば懲戒免職
・だが、T君にも非があることがわかったので、今回に限って停職1か月と減給1/10で済ませる
・N子とT君にも二度とトラブルの種は撒かないように厳重注意している
・次は絶対にない。私に悲しい思いをさせないでほしい。あなたを信じている
こんなことを書いてる以上はわかってると思うが、それから1年以内に会社を辞めた。自分という人間の変化に気が付いて、別の会社の方がいいんじゃないかと思えた。それにもう、あの2人を見たくなかった。
同じ電気関係でよさそうな会社を知っていた。近所にある其処に直接訪問して、採用試験のアポを取ってもらって、そのままスルッと採用されて今に至る。面接の回数は1回だった。
自分という人間は、あれから本当に変わってしまった。まだあそこで働いていた頃、市役所に消防設備の(総合・機器)点検結果報告書を持って行った時だった。事務スペースの前にある窓口で説明を始めたところ、向こうの担当者(冒頭の人と同じ)から、「もっとわかりやすくなりませんか?」「判定不備の一覧表は用意できますか?」「総合点検と機器点検との違いとは」とネチネチ聞かれた。
つい怒鳴ってしまった。
T君の時と一緒だ。頭がスーッと冷静になったかと思うと、自分の気持ちが突然表に出てしまう。その時も、口が先に動いたのだ。理性的思考はない。相手は急に黙り込んだ。ばつが悪そうな顔をしていた。だったら始めから言うんじゃねえよ。
「これが法定の報告書の書き方です。判定不備の一覧表は契約に入ってませんよね?」
「入っているかは何ともいえませんが、一般的に作る物ではないですか」
「私ではなんとも……」
「じゃあ、分かる人呼んでくださいよ! 総合点検と機器点検もわからないって、発注者として問題だと思いますが」
「じゃあ切れよ!!」
席から立ち上がって、T君に向けたのと同じ殺意で、事務スペースの奥野須美の方を睨みつけた。すると、上役と思われる人が飛んできて謝罪を始めた。
どうやら、相手方もそこまで信頼のある職員ではなかったようだ。信頼があったのなら、上役はもっと神妙な面持ちで警戒するはずだ。窓口で怒鳴るという、社会人としてよくない行為をしたのだから。謝罪から入ることはないと思われる。
※今の電気関係の会社では1年ほど働いてるけど、仕事中にキレたことは二度しかない。会社のみんなはいい人だ。俺という人間でも普通に受け入れてくれる。感謝してる。ほんとに感謝してるよ。
N子とは、それから1回だけ会った。会社の近くにあるサイゼリヤだった。デートで何度か行ったことがあった。
「あの時はごめんね」と俺が言うと、首を振ってテーブルの上のジュースに視線を落とした。
「あれから会ってない」
「もう許した。許したから。俺よりも多分いい奴いるよ」
「T君の方がいいよ。絶対」
「……ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃねーよ、ボケ」と叫びたい気持ちが沸き出ていた。自分はもう、人間としてかなり良くないと思う。
その場で、N子に「別れよう」と言うと、か細い声で「嫌です」と言われた。その場で、テーブルを片手で叩くみたいにして席を立って、千円だけ置いてサイゼリヤを出た。
N子の様子がおかしいことに気が付いたのか、女の店員さんがレジのところでこっちの方を見ていた。「失礼しました」と言って店を出た。後で確認すると、その店員さんがN子の方に向かっていた。これで大丈夫だろう。
今回は、嫌なことを書いてしまった。書いていて辛かった。でも、ちょっとスッキリした。気が晴れた。
心が濡れている。転職直後は、何をやっても楽しくないし、恋人も作らなかった。でも、N子と交際する経験をしたことで、女という存在に慣れていた。
ほかの人と交際をするきっかけは何度もあったよ。同じ会社の先輩とか、ネトゲのオフ会で知り合った人とか、夜のスナックやラウンジで働いている女の子とか、チャンスは何度もあったけど、それでも付き合おうとは思わなかった。またひどいことになる気がして。
そろそろ終わりにしよう。
ここまで読んでくれた人がいたなら感謝を申しあげたい。
ありがとう。読みにくかったならごめんなさい。
先週、32才になった。思うところがあって、過去の恋愛的なことを振り返ってみたい。
数年前だったか。はてな匿名ダイアリーが『弱者男性』の話題で盛り上がることがあっただろ。その時に気になってた。
それで、恋愛に興味がなかったあの頃と、恋愛をしてみた体験を綴ろうと思ったのだ。
今は一応、結婚したいと思える人ができた。けど、昔は紛れもなく弱者男性だった。
その頃のことを語りたい。最初に言っておくけど、失敗談だ。読んでる人が退屈にならないよう心がける。
(本文開始)
28才あたりまでは、まごうことなき弱者男性だった。恋愛的な意味での。一応、消防設備会社の正社員として働いていた。電気工事士とかの。安月給だが、生活できるだけの金は稼げる。月に一度は焼肉だって行ける。夜の店には行けないけど。
ただ、恋愛に興味がなかった。全くといっていいほど。子供の頃から……。童貞としての真正性を有していた。
女性と話すことはできた。挨拶でも雑談でも仕事でも、知らない人に話しかけることはできる。地蔵男子みたいなやつじゃなかった。
・女性から声をかけてもらえるのを待っている(悪い結果になるのが怖いから)
・プライドが高い。食事の誘いを断られただけで全存在を否定された気分になる
大体こんなものか。今思えば、一番目には当てはまっていたかもしれない。女性を食事に誘うと、相手が嫌な気分になるんじゃないかと思って誘うことができない。「傷つくのが嫌だ」という思いもおそらくあった。
当時の仕事内容は、消防設備そのものの点検だった。年収は350万程度。
内容はといえば、工場や文化ホールや体育館の奥まった所にある消防機器の配電盤を開けて、自動火災報知機がちゃんと鳴るかとか、誘導灯が切れてないかとか、消防計画がちゃんとしてるかとか、消火器が期限切れになってないかとか、何十項目かのチェックを重ねていって、クライアントに点検結果報告書を渡して、それが最終的に地区の消防組合に渡る。
あなたも見たことがあるかもしれない。作業服を着た人がオフィスの廊下を歩いていて、自撮り棒をもっと長くしたようなやつ(熱源付き)を持ってる。それを天井にある火災報知器に当てると、ジリリ!という音がして、火災報知器が正常に作動してることがわかる。
今思えば、情けない社会人だった。官公庁メインの案件を担当していて、防火対象物の点検結果報告書を役所に持って行った時に、よく若手公務員に小言を言われた。「日付は空欄って言ったでしょ?」「判定不備の一覧表作ってくれますか」「修繕の見積りが予算オーバーしてるんですけど何とかなりませんか」など、言われたい放題だった。
29になる年だった。女性社員が事務員として入ってきた。地元出身で、大学を出たばかりらしい。うちの会社は関東の田舎にある中小企業だった。大卒女子は珍しい存在である(N子とする)。
当時はすでにコロナ禍だった。N子はマスクを付けていても瞳が印象的だった。丸っこい感じだけど、視線が鋭い。茶色い瞳孔で突き刺してくるんだよな。でも、やっぱりまあるい感じの眼で、ギャップがある。
話をしてるとクールな印象だ。背筋が伸びている。冷たい香りは漂ってなくて、心の奥から人の善さがにじみ出てる。面と向かって話していると、ほんのりと気高く甘い、葉巻のケースの杉の香りのような雰囲気を感じる。そんな立ち姿だった。
笑った顔も素敵だ。マスク越しだから当然笑顔なんて見えないんだが、それでもワクワクした顔をしてるんだなっていうのが伝わってくる。
性格は言うまでもない。いい子だった。正直者で、嘘をつかない。いや、ひとつ嘘があったか。今ではもういい。
俺がやってる仕事の事務的内容(消防点検結果のチェック、工事の見積・請求関係、消防提出用報告書類の編綴とか)を手伝ってくれていたのだが、人柄がいい子だなってやっぱり思っていた。
「好き」だという感情は、この時はなかった。プラスの感情があっただけだった。心臓がどきどきするなんてことはない。廊下ですれ違う時に挨拶したり、「髪切ったね」→「前髪切ったんですよ」→「似合ってるね」→「ありがとうございます」といった何気ないやり取りとか、N子がこっそり休日出勤してた時(※無給)に事務所で暑そうにしてたのでエアコンを付けたりとか、そんな程度だった。
あの子を食事に誘いたくないなという思いと、やっぱり誘いたいという思いがぶつかっていた。それで、その年の夏だった。労働組合が一応あるんだが、新入社員を対象にバーベキューを催すことが決まった。自分は当時、組合で青年部長的な役をしていた。それで段取り役の1人になり、どういう風にバーベキューをするか思案していたところ、会社から車で35分ほどの長閑なエリアにある食肉卸を見つけた。ガレージの提供サービスがあり、何千円か払ったら焼肉用の食材を用意してくれるらしい。会社の近くのスーパーで売ってる肉より何割か安い。低予算でも皆がたくさん食べられて、よさそうだと感じた。
ひとつ問題があった。夏場にバーベキューとか、果たしてみんな来るのだろうか。特に女性。どう考えても臭くなる。そこは、もう1人の段取り役の男性が何とかしてくれた。自分の2つ年下で、女性と難なく会話ができるタイプのモテ男だ。息を吐くように女と自然な会話ができる。見た目もいい。スラっとしていてモデルみたいだ。
そいつ(T君としよう)が、ネットワークを使って新入社員だけでなく、ほかの世代の女子も集めてくれたのだ。彼は俺と違う部署だった。企画部だ。経営陣に近いところで仕事をしている。
実際の参加者…
新人5人、年次が5年目までの女性3人、組合幹部若干名、手伝い2人(〃)
という構成になった。3人増えているが、予算はまだ余裕があった。食肉卸を選んでよかった。1人あたりの料金が安すぎて量が心配だったが、当日は全員がんばっても食べきれないほどの肉・野菜・おにぎりを提供してくれた。炭火セットまで付いていた。
もし、スーパーマーケットで全部用意していたとしたら、1人頭で5000円以上はかかっただろう。
ガレージ内の簡易テーブルに座ってわいわいと歓談したり、肉を焼いたりしていたのだが、開始1時間ほど経った頃だった。労働組合の執行委員長が「みんなで自己紹介をしましょう。ここにいる全員で」と提案し、1人ずつガレージの端に立って自己紹介タイムが始まった。
自分の出番は後の方だった。執行委員長が「増田君~!」と名前を呼ぶと、緊張しつつも出て行って、1分くらいかけて自己紹介をした(個人情報なのでほとんど略。剣道やってたことと読書が趣味)。
それが終わって、炭取用のトングで熱した炭火を耕していると、N子がこちらのスペースに寄ってきてた。さっきまでは真ん中にあるテーブルで、ビールを飲みながらガールズトークしてた。
またとない機会だった。N子に話しかけてみようと思った。女子大生が着てそうな、上下ひと揃いで1万円以内な感じの装いだった。灰のロングスカートと、年季の入った青いチュニックを着てた(後に知ったが両方ブランドものだった)。マスクを付けていない姿は予想どおりだった。笑顔が素敵な子だった。
「お疲れ様です」
「元気ですか?」
「元気です!」
「肉おいしいね」
「もう食べられないです」
「御冗談を……」
「冗談じゃないです」
「もうなくなりましたよ」
「そっか。残念」
「(無理って言ったじゃん)え、取ってくれるの」
「はい」
・・・・・・
「N子さんは肉が好き? 野菜が好き?」
「どっちも好きです」
「区内だと、どのお店によく行く?」
「えーと」(※お好み焼き店と和風居酒屋とサイゼリヤを挙げた)
「N子さんはけっこう食べる人かな」
「よかったら今度、ご飯食べてみたい?」
「えっ、やったっ。連れて行ってくれるんですか?」(「ヤタッ」という発音だった)
「いいよ」
「ありがとうございます!」
それで、初秋に一緒にサイゼリヤに行って、その次の週は洋風の居酒屋に行った。その次は、一緒に紅葉のライトアップを見に行ったっけ。
その帰り際だった。自分は自家用車を持ってなくて、N子が乗ろうとしてる車の前で見送りをしてる時だった。よさそうな雰囲気になって、N子の肩に軽く手を回して、それで両腕で抱きしめた。N子がふふっと笑う声と、息遣いが首元に届いて……抱きしめ返してくれた。
俺は「愛してます」と言った。N子が抱かれたまま頷くと、髪とか頬が首筋をひっかくみたいになって、くすぐったかった。それから、「いつからですか~?」みたいなやり取りが続いた。
性行為をしたのは年末頃だった。いきなりホテルだった。最初は家でしたかったのだが、そこはまあチャレンジだと思って突撃した。
別に、特別なものは何もなかった。あー、肌が触れ合うってこんな感じなんだな、とぼんやり思った。事前にインターネットでたくさん勉強してたのもあって、40分ほどかけて最初のは終わった。あまり動かないセックスだった。タニシ同士が田んぼの中で生殖行為をしてるみたいな、ゆっくりとしたセックスだった。
最後に、ベッドの中で横向きにN子を抱きしめてる時、ホルモン的なやつが脳内から出ていた。人生で初めて味わう種の脳内麻薬だった。ビビビビ、と静かな高揚感が連続して襲ってくる。
食べ物でいったら、温泉卵が乗った肉そぼろ丼を一口ずつ味わってる時みたいな、そういうじんわりとした幸せを噛みしめていた。
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ごめん。今日はここまでだ。
終わりまで書けると思う。午前中を目標にする。
(続き)
ラーメン食べに行くと、すぐに食べないでスマホをいじったり、わざわざ冷ましてから食べる。
嫁の実家で食事したことあるが、嫁の親兄弟も猫舌で、ぬるくなった味噌汁やおかずやお茶を出された。
俺は熱い物を熱いうちに食べるのが好きだとアピールはしてるが、食事がテーブルに並ぶときは既にぬるい。
出来立てと、冷めたのをレンチんするのとじゃ味がちがうし。炒め物や揚げ物をレンチンして美味しいか?
近年世界的にお酒の消費量は減少傾向でフランスでは特にワインの消費量が減っている
誰もが知ってるような高級ワインは争奪戦で値段が上がり続ける一方、日常消費のテーブルワインは余りまくってる
ブドウ畑の減反やワイン作りからの転職に補助金を出して生産量を減らしていってるんだがそれでも余るので
価格を維持するために300億円くらい補助金を出してワインを廃棄している(一部は消毒用アルコールや化粧品に)
そうするとどうなるかっていうと、最初から廃棄の補助金目当てでワインを作る奴らが出てくる
同僚が「どさんこのチャーハンが美味しいよ」と言っていたのを思い出し、博多めん街道へ向かった
博多めん街道は博多駅の筑紫口側近くの博多デイトスの2階にあるが、筑紫口側からデイトスに入ると混雑しがちなお土産フロアを通り抜けてからでないと博多めん街道には行けない
博多めん街道は直接に新幹線改札とつながっているため、お土産買って、ラーメン食って新幹線乗ってくださいよという導線なのだと思うが、なかなかにたどり着くのに面倒な場所だ
なんならお土産フロアの奥には飲み屋フロアがあるため、博多デイトスのみでお土産買う→飲む→〆のラーメン食う→新幹線乗るが完結するよう作られたアホな場所だ
お目当ての博多川端どさんこは客が並んでおらず、すっと入れて、窓際の二人席に案内された
チャーハンは油でテカリながらもパラパラとしており、ネギ、玉ねぎ、卵、ニンジン、くず肉(チャーシュー?)、ピンク色の細長い物(かまぼこ?)が入っているように見えた
ネギと玉ねぎが両方入っているのは珍しいかもなと思いつつ、口に運ぶと両方が入っている意味が分かった
薄く切られていて強く火の入っているネギが甘みと香りを担い、大き目に切られて火の通り過ぎていない玉ねぎがサクサクという食感と少しの辛さを出している
玉ねぎの分量も多く、一口を入れると絶対に米のつぶれる感触と玉ねぎのサクッとした食感を同時に味わえる配分になっている
パラパラでかつ油分のうま味も多く、こてっとしている分を玉ねぎの少しの辛みで補っている
たしかに美味いなとか、半チャーハンでなくチャーハンにすればよかったと思いながら食っていたら、視線横の窓の向うに急に子供の後頭部が現れて驚いた
視線的に正面にチャーハン、左手に調味料、壁、女児の頭という並びに急になった
外で待つことになった客用のベンチに子供が後ろ手に急に飛び乗ったらしい
そんなこともあるかと思ったが、続いて味噌ラーメンを食っていた際も男児が急にベンチに飛び乗っていたので、旅先で歩き疲れた子供はベンチを見つけたらとにかく急に座る習性があるのかもしれない
子どもでなくても、混んでいる際は人の後頭部を観ながら食うことになるので、今回の席は結構な外れ席だと思った
味噌ラーメンは美味しかったが個人的には塩分が強く感じ、次に来る際は塩ラーメンかちゃんぽん+チャーハンにしようかなと思った
帰りの電車で向かいに座った大学生たちがイスラエル留学が白紙になった話をしていた
僕はそもそもイスラエルって留学先に選べたんだと思いながら、やっぱ本を買いに博多駅に行くのが面倒だから、天神のジュンク堂が蔵書大幅アップで移転しないかなとか考えていた
焼肉屋に行ったらお一人様カウンターってのがあって、そこに通されたんだよ
ただ、俺の前に並んでいた5人家族が席が空かないのか立ちんぼだったんだ
なんかその家族の横を通るときに子供がタイミング悪く泣いちゃってね
途端に居心地が悪くなっていつもなら2人前食べるのに味のしない肉数皿とジュースとご飯食べてすぐ帰ってしまった
なんていうか自由で何でも自分で決められるのがいいんだが、社会から見たら俺1人分の居場所って5人家族の場所を奪ったものと感じちゃったんだ
よく見ればレストランとかでも4人テーブルに暇なオジサンや高齢の女性が一人で占拠している光景が目に入る
人ひとりが座るには1人分の席で良いわけではない
社会がこういう個人に支払っている莫大なコストというのが4人席の空いた部分であり、俺のような一人者が押しのけた(そんなことはないだろうが)席なんだろう
なんだか本当に急に寒くなってきて、
着ると見せかけてまだ着ないそんな着たら暑くなるかもの懸念も恐れなくていいぐらい、
なんだか本当にひんやりしてきたわ。
厚手の物1回洗濯しておかなくちゃね。
そうそう、
こないだね
駅ビルの地下に私が行ったことなくて不思議と引き込まれそうなほど魅力的なその小さなイタリアンレストランがあったの。
私はえいや!と
お店の前の手書きのチョークで書かれたメニューをお店の前からずっと見ていると
そうよあれよあれ、
トランペットに憧れてジャックスカードで割賦して買うあのショーウィンドーを覗く少年を彷彿とさせる
店員さんも警戒させちゃいそうなので一旦離れたんだけど
やっぱり行ってみたかったお店だったので
新たなる私の世界ふしぎ発見が最終回出終わっちゃうって街の噂だけど
一旦離れたけどやっぱり行ってみたいと思ったので
えいや!と私は飛び込み前転を決めてそのイタリアンのお店に入店したの。
もちろん
今回は本当に飛び込み前転を決めて、
私はこのお店に食べたい意気込みをお店の人に伝えたかったの。
1人客と3人組のお客さんがいて
テレビはお店の角のコーナーの上にある町中華テレビ設置ポジションスタイルでバリボーがやってたの!
バリボーの試合のテレビがそれをかき消すほどの活気と迫力で実況中継やってたわ。
向かいの1人のお客さんは
もう食後なのかコーヒーカップを片手にヒーコーを決めていて、
となりの3人組のお客さんは
2人はテレビ観戦して盛り上がっているんだけど
もう1人はテーブルに突っ伏して酔い潰れちゃってるのか分かんないけど
突っ伏して寝ちゃってるようなのよ。
酔っ払って気の毒だなって最初は思っていたけど
あまりにその2人が1人を気にしなさすぎて逆にそれが面白くなっちゃった端から見ていて。
私はお店が一番イチオシするメニューは始めてはいるから知る由もなかったけれど
なので聞く人ぞ聞く!
なぜか店内の冊子の表紙が皮になっているようなそれなんてギュー!いや牛皮?って言っちゃいそうな手触りのいい高級なグランドメニューの中身は
ラミネート加工されたページが連なっていると言う、
で、そのメニュー表にはないお店の外のチョークで書かれた看板に書いてないようなメニューのミートソースパスタを頼んだの。
もちろんルービーもね!
思わずニッコリよ!
そんでさ、
その1人突っ伏して寝ている3人組のお客さんが食べていた
あれどうやって注文しているんだろう?って
人の食べている物を見ると食べたくなっちゃうそれなんてピッツアマルゲリータ?って思わない?
また次の機会でそのピッツアマルゲリータを頼んでみようと思ったんだけど
やっぱりメニューにないのよね。
適当にイタリアン的なものを言ったら深夜食堂方式でやってくれるのかしら?
でもそのとき値段は気を付けて予め聞いておいた方がいいかもしれないビビリ体質だけれども
そそられるわよねー。
私はミートソースパスタとルービーですっかりご機嫌さんだったのもあり
また来店したいと思ったので
実はそこでミステリーハントが出来なかったって理由も半ばあるけれど
そのお店をネッツ、
インターネッツで検索してもぜんぜん違う時間帯で営業してるから
これはまったく信用できないインターネッツですね!って思ったので
あと1人テーブルに突っ伏して寝ている人にウーロン茶でも!って
そんであのお客様からですってバレちゃうと恥ずかしいし照れちゃうので、
その1人突っ伏してテーブルで寝ている人にウーロン茶が提供される前に私はお店を出たの。
まあ酔い潰れて気持ち悪くなってないか心配だったのは以降知る由もないけれど山脈に向かってヤッホー!って叫べたから良かったわ。
自己満足ね!
でもお店のイキフンや雰囲気はとても気に入ったので
また行きたいと思ったのよね。
あちらのお客様からです!って喰らったことはないけれど喰らわせちゃった記念日でもあるわ。
だけど
とてもここから遠いみかんの花咲く丘公園駅前からは遠いのが難点かなー
世界ふしぎ発見だったのよ!
うふふ。
まだね遅くにブランチでも決めようかしら?
まだ未定の予定よ。
いや予定は未定よ。
お水だけ飲んできたわ。
寒いけど、
時すでにね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
ダイレクトドライブのフィードバック読み取り部はあの外周のドットではないぞ。あれは人間が見て確認するだけの内蔵ストロボスコープだ。
シンクロナスモータの回転数フィードバック制御は通常、モータからの逆起電力(BEMF)が0Vをまたぐタイミングを見る(ゼロクロス検知)などしてモータの現在の位置を特定する。回転が遅れていればパワーが足りないから電流を増やしたり電圧を早めに上げたりするのだ。調べるとSL-1200ではフォトカプラを使ったと書いてあるからそれを誤解したんだろうが、フォトカプラというのはオペアンプみたいなICの中にLEDと光センサーが密着して組み込まれていてLEDに流れている電気にマイコンをぶっ壊すような高電圧成分が含まれていても内部で物理的に絶縁されているから安心して読み取れるというただそれだけのものだ。
ストロボスコープというのは正確な一定周期で発光するランプで、SL-1200のテーブル外周に描かれた・・・模様は発光周期と選択された回転数が一致している場合はちょうど点滅周期と同期してランプの目前の・に光が当たりピタリと静止して見えるような間隔で刻まれている。メディアの規格に合わせて回転数が標準33 1/3rpm、高音質45rpm、旧式互換の78rpmがあるため3列あるわけだ。ピッチ調整を変えて、あるいはピッチが狂って発光周期と回転が同期しなくなると点が周方向前後に動き、だからスコープそのものが壊れていない限りあれが視覚的に静止していることで回転数が指定と合っている事が分かる。デジタルは信用できない音がおかしいと言ってうるさい奴がいればあのランプを点けてやればどうだピタリ止まっているだろう分かったら黙れと言って黙らせられるわけだ。ちなみに現代ではスマホ用のストロボスコープアプリというのがある。あの模様がないターンテーブルでは印刷した紙とアプリで再現してみることもできる。