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はてなキーワード: 直火とは

2017-09-08

冬っぽいことがしたい

毎年、9月とか10月あたりに吹きはじめる、冷たく乾燥した風の埃っぽい匂いをかぐと、今年もいよいよか、と思う。

なにがいよいよかというと、冬である。秋ではない。なぜだか、9月とか10月あたりの風の匂いには、冬の気配がするのだ。そして無性に懐かしい気分に襲われ、冬っぽいことがしたくなる。

大抵は居ても立っても居られず、ココアを作りはじめる。なんとなく、冬といえばココアなのである

そそくさと牛乳を出してきて、鍋にだばだばと流し込み火をつける。これが電子レンジはいけない。直火の鍋で温めなければ冬っぽくないのだ。

鍋の端がくつくつと沸いたら火を止める。立ち上る濃い湯気に冬っぽさを感じながら、ココアパウダーを溶かし、バターをひと匙入れる。そしておたまでかき回して、マグカップに注ぐ。このおたまがまた冬っぽさを演出してくれるポイントだ。

出来上がった熱々のココアをふーふーしながらソファに座り、雑誌かなにかを読む。

あぁなんて冬っぽいんだろう。素敵だ。ぼくはいま素敵な冬を過ごしているのだ。そうだ、あのもこもこしたスリッパも出してこよう。

そんな具合に冬っぽいことをして満たされた気分になっていると、大抵、数日後にはまた気温が上がって冬の匂いはどこかへ消えてしまう。

またしばらくは、室温28度のなかで扇風機を回し、うろこ雲を見上げながら、あの素敵な冬に想いを馳せて過ごすのだ。もこもこしたスリッパを履きながら。

2017-07-30

家族の思い出

 風呂掃除をしていてうっかりゾーンに入った。

タイルの目地を狂ったようにタワシで磨く行為を1時間程続けていたのだ。汗が眼に入った。脇から流れた汗がTシャツを通って腰に伝った。今日はよく晴れていて、風呂の窓からは蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。頭の位置を変えたら酷い立ちくらみがして、大きく長い息を吐いた。

普段まったく家事をしない。必要に迫られないとしない。そして「必要に迫られている」と感じるのが人よりだいぶ遅いようで、自分でも呆れる位、家事をしない。

今日、年に何度か訪れるこのうっかりゾーン最中、あることを思い出した。

以前、同居人がいた。2年と少しくらい一緒に暮らしていた。

同居人家事全般、とりわけ料理が得意だった。事情があって一緒に暮らしはじめ、事情があって家事はあまり分担せず同居人が一手に引き受けていた。家事が好きだから、好きな方がやればいいじゃない、と同居人はよく言った。色んな事情があったので、バランスを取るために自然とそうしていたのだと今では思っている。そして実際うまく機能していたと思う。

それでもたまに、何から何まで申し訳ないなと思うことがさすがにあった。そんなとき今日のように風呂タイルの目地を磨いたりしていた。家事が苦手な人の特徴なのか、自分の特徴なのかは知らないが、いったんやり始めると今日のようにうっかりゾーンに入る。一時間や二時間、平気でタイルを磨いていた。

そんな時よく同居人背中から声をかけてきた。「お茶のみませんか」「居酒屋さんごっこしませんか(揚げ物とビールを準備しているとき)」「お蕎麦屋さんごっこしませんか(日本酒卵焼き、板わさを準備しているとき)」。

背中から鬼気迫るものを感じていたのだろう。無理にとは言いませんけど、区切りませんか、そんなニュアンスだった。そんな時はたいていハッと引き戻されて「するする」と犬のように尻尾を振ってタワシを投げ出して、いい匂いを嗅ぎながらタオルで濡れた身体を拭いた。

今日タイル磨きをやめるタイミングを掴み損ねて、立ちくらみを味わいながらそんなことを思い出した。

 かつての同居人とは、何故かあるタイミングでお互いの事情が一致して暮らし始めた。

行為は付かず離れずしていたが、恋人ではなかった。友だちとも違った。同じ家で暮らして、一緒に起きて、一緒に食べて、一緒に眠る人だった。子供ができたらいいね、と年に何度か言い合うことがあった。動物として自然の流れでそうなったらいいね、という意味だ。自分同居人も、お互いについての感情は「たまたま一緒の檻になったライオン」のような温度だった。

恋愛感情が無かったわけではなくて、持っていた頃も多分あった。お互いそうだと思う。ただいろんな事情理由があって、結婚選択肢に入らなかった。それぞれが別の異性と遊んだりすることもあった。「浮気してくる」「異性と交遊してくる」と言って出かけることもお互いあった。気をつけてね。何時に帰るの。お互い自分自身をそんなに素晴らしい人間だと思っていない同士、そんな生活に不満は無かった。一緒に暮らし続けた。

 もちろん人間感情はそんなに陶器のようにツルンとしてないようで、色んな諍いはあった。お互い思った事を口に出す人間では無かったので(悲しいことだと今では思う)、喧嘩にはならなかった。言い争いの代わりに、子どもや猫のような抗議をお互いよくした。突然夜中に居なくなったり、家に帰らなかったり、メールに返信せずに心配させたり、寝たふりをして返事をしなかったり、料理をしなかったり、料理を食べなかったり。そんな小さいギザギザは数ヶ月に一度あった。それでも同居人とは同じ檻同士、基本的に信頼しあっていた。お互い求められた通りの心配をした。夜中の公園真冬に探し回ったり、帰ったら好きなお酒料理音楽が準備されていたり、心にもない優しい言葉をかけたりした。どうせ仲直りするのはお互い分かっていた。早くしたいとお互い思っていたのだ。諍いに限らずあらゆる事が、始まり方は子どもでも終わり方は大人だったと思う。

 一緒に暮らしから色んな事が変わった。そして、これは自分にとって驚くべきことなのだが、色んな事を学んだ。

まず、健康になった。皮膚や髪の毛の質、睡眠の質が変化した。これは食事がガラッと変わったので当たり前なのかも知れないが、自分には驚くべき事だった。風邪を引いたり、一日寝て過ごす事も減った。同居人が酒好きだったので、自然自分の飲む量は減った。酔っ払いが二匹居ては収集がつかないと思ったためだ。伴って体重も減った。

趣味世界物事視野も広がった。同居人にとって当たり前のことは、初めて知る事ばかりだった。色んなモノが世の中にはあること、それぞれの用途のこと。野菜ジュース野菜代替にならないこと。直火炭火焼きの違いのこと。季節の食べ物のこと。いろんなお酒が世の中にあること。いろんな方言のこと。悲しいとき運動をするといいこと。泣きながらご飯を食べられないこと。スーパー鮮魚を買うと捌いてくれること。沖縄本州で畳のサイズが違うということ。島の暮らしのこと。革製品の手入れのこと。

そして、自分にとって当たり前のことにも興味を示された。テクノエレクトロニカのこと。色んな漫画や本のこと。映画や芝居のこと。旅行海外のこと。色んな動物のこと。身体の変化のこと。変な服のブランドのこと。仏教イスラム教ヒンズー教のこと。お互いの好きな物を教え合ううちに教えられた方が詳しくなって、それが原因で諍いになることもあった。ばかっぽい。村上龍キャンプについてはそうだった。だいたい土日の昼間に料理を作っている同居人の周りをチョロチョロしながら様々な話をした。自分がこんなに話をする人間である事や、甘えたがる人間である事、そして人間に救われる人間である事。ある業界仕事をしていた時期から人間を信頼することは自分とあまり関わりがないと思っていた自分にとって、これは大きな発見であり変化であった。アルキメデス浮力発見した事に次いで偉大な功績だった。ユリイカ

そんな暮らしの中であっても、人間は変化する生き物なのだった。自分にも、変化のスピード生活を合わせたいと思う時期が訪れた。それで、同居はやめた。自分が変化したのは同居人との暮らしのお陰だった。それはとても辛かった。それでも、時間が経った今はあの決断をした自分は偉かったと思う。偉大な功績だ。ユリイカユリイカとして、正しいか死ぬ時まで解らない。

 多分ここまで読んで、同居人との関係性について嫌悪感を示す人もいるだろうと思う。我々は少しネジの緩んだ同士だった。誰にも理解されないような、子ども同士の暮らしみたいな生活が好きだったのだ。毎日親がいない家みたいだった。ヘンゼルとグレーテルのようだった。一般的理解できないものを受け入れることが、わりあい得意な人間同士だったんだろうと思う。人間は変化するので、多分いま暮らしても同じふうにはならない。でも、かつての同居人は今でも家族のような感じがする。かつての同居人もそう思っている気がする。うまい言葉が見当たらないが、belongしあっているという感じ。今でもたまに顔を合わすと、たまに会う親戚のような顔をされる。元気にしてるの、ごはん食べてるの、ちゃんと洗濯してるの。言葉にはしないけれど眼から発信されてくる。

 先日、会社女性に「彼氏同棲しようかなって話してるんです」と言われた。相談ではなく背中を押して欲しいだけなんだと表情から伝わった。なので、「同居はいいよ」と無責任なことを言った。こいつの責任を持つ筋合いはない。「同居はいいよぉ、まいンち、楽しいことしかないよ」。

 同居はいいよ。毎日楽しいことしかないよ。

 家族になるっていいよ。

 同居をやめたのは、今日みたいな夏の暑い日だった。突然ひとりにした。突然ひとりになった。「素直に言ってくれてありがとう」という言葉。「がんばったね」。依存しあうものが無くなったあの開放感と、途方もない悲しさ。同居人が見えなくなるまで距離を取ってから階段でめちゃくちゃに泣いた。部屋に入るまでもたなかった。汗と涙と鼻水がごちゃごちゃになった。蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。鼻の奥がずっとツーンとして、酸欠になって頭がくらくらした。一人にしないで一人にしないでと布団の中で喚いた。相手のほうが思っていただろうと思う。だから相手には言えなかった。血縁上の家族以上に大切だった。人工の家族だった。相手可哀想から、という感情共依存だと知っていた。お互いの変化を阻害すると知っていた。だから行動に移した。自分のために手放した。相手理由にするのは相手を一番傷つけると知っていた。対等な人間関係でありたいと願う、自分に残った唯一の正義だった。

何を見ても同居人連想する日々が続いた。何をしても楽しくなかった。食事の質が落ちたせいで体調も変わった。それでも不思議と、死んでしまいたいとは思わなかった。悲しい事に集中すると、他の事に集中しすぎずに済んだ。なんていうか色々捗った。ロボットのように仕事食事や人付き合いをこなした。こんな辛いことを乗り越えたのだから、何があっても生きていけるだろうと、直感理解した。悲しいとき運動をした。泣きそうになったらご飯を食べた。あれからだいぶ時間が経った。何かを見て同居人を思い出すことは、今では殆ど無くなった。

それで今日風呂場でうっかりゾーンに入って思い出した。

人間記憶はすべて熱量だと思っている。同居をやめてから、変化に対応していくなかで、たくさんの記憶熱量エネルギーに変換して生きてきた。変換したら消えていく。記録と事実は残るが、涙が出るような、胸が痛むような熱量は、失ったら二度と戻らない。

あらゆる事について、もう少し若い頃はこの「失っていく感覚」「燃えていく感覚」を怖いと思っていた。なるべく残したくて、よくテキストにしていた。いつからかそんな執着は無くなり「燃えているな」「もう二度と会えないんだな」とまっすぐに見つめるようになった。何かを決断した自分が得た変化の一つだ。燃えエネルギーを、これから別のなにかに注ぐ事。もう二度と出会えない分だけ、新しい事が入る余地が出来るんだろう。望むと望まざるに関わらずだ。

もう思い出す種火が少なくなっているのかもしれない。タワシを洗いながらそう感じた。消える前の焚き火を思い浮かべた。少しくらい残したっていいだろう。それくらい愛していた。自信をくれたのだ。自分で作った人工の家族の思い出の事。嘘は一つも書いていないが、自分同居人性別や年齢や重要なことは書かない。

同居はいいよ。毎日楽しいことしかなかったよ。

2017-04-24

はまぐり

確かじみへんという漫画に、「他人が食べていると凄い美味しそうに思える実際食べるとそうでもないものははまぐり」という話があった。


わかる。


鮎、ヤマメの塩焼きとかそうだもんなぁ。

直火で焼いてかぼすかけて食うとか映像で見ると凄い美味しそうに見えるけど、実際そうでもない。

2017-02-08

焦げたブロッコリー

焦げたブロッコリーが好きだ。

スープカレーに入ってるやつ。

チリチリに黒くなって炭の味がする、ブロッコリー

どうやって焦がしているんだろう。フライパンで焼いてあんな風になるかな?直火炙りかな。

自宅で作れたらいつでも焦げたブロッコリーが食べられるのになあ。

2017-01-14

朴葉味噌(ほおばみそ)

飛騨高山郷土料理

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赤味噌と朴葉の香りが相まって、郷土料理感が満載です。

ネギなどの薬味や椎茸みりんで溶いた赤味噌を朴葉の上に乗せ、そのまま直火手温めま…

「うましょく」

http://nobie.biz/ac/umashoku/hooba-miso/

2016-01-08

食材に「火を通す」っておかしいだろ

直火ならまだしも、フライパンで焼くとか、電子レンジにかけることすら「火を通す」っていうのはさすがに比喩が過ぎてない?

2015-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20151230191123

条例をチェックしたら、

・野焼き禁止

・家庭用程度ならいいよ

をもって、川で焚き火OKと判断しました。

論破用に印刷してもっていきます

川の中州で石ころ地面なので直火予定

2015-05-12

実はコーヒーハードル高いんだ

http://anond.hatelabo.jp/20150512153327

コーヒー趣味って、どこまでを指すかわからないけど、実はハードルが凄く高いんだ。

1生産→2焙煎→3抽出→4飲む の順番なんだけど、この段階を遡れば遡るほど難しくなる。

飲む人は一般人抽出する人はコーヒー好き、焙煎する人はコーヒーマニア生産する人はエメマンの山田孝之って認識でいいよ。

4の飲むのはコーヒーが好きなら誰でもできるよね。

自販にもあるし。でも基本的インスタント缶コーヒーって不味いんだ。(後述)

次に行こう。3の抽出だ。淹れるやつだよ。ネスプレッソとかエスプレッソマシーンは除くよ。

ぼちぼちコーヒーが好きならやるかな。お金出せば皆できるけど、4の飲むよりはハードル高いよね。

淹れ方は2割くらい味に影響するよ。美味しいコーヒーは挽きたて、淹れたてが大原則だよ。

淹れ方は大体以下が主流だよ。

淹れ方を書くのは荒れるから省略するよ。そんな詳しくないし。

ペーパードリップ…今は日本独自文化になってるよ。喫茶店はだいたいこれだね。

ネルドリップ…布でコーヒー豆を濾す淹れ方だよ。手入れや管理が面倒だけど一番美味しいよ。

これ使ってるところは比較ガチ珈琲専門店だよ。

フレンチプレスところてんみたいにブスッと押し出す淹れ方だよ。濁るからあんまおすすめしないよ。

サイフォン…理科室の器具みたいなやつだよ。ぱっと見こだわってる感じするけど、もう廃れてるよ。

あとは直火式のエスプレッソもあるね。コンロで作るやつ。マキネッタっていうよ。

次2の焙煎に行こう。ここまで自分でやるとマニアの域だね。ここがすごく奥が深いんだ。

おれ自分でたまに焙煎するライト層だけど、コーヒーの味は大体焙煎で決まると思ってるよ。

焙煎って一言で言うけど直火式だったり、赤外線式だったり、いろいろあるんだ。

手回しのロースターもあるんだけど、きちんとした豆作るのってすごく難しいんだ。

もちろん、銀杏を煎る網でもできるけど、なかなか難しいよ。

手が疲れるし、煙すごいし。自家焙煎してる珈琲屋さんはすごいね

たまに、謎に不味いところあるけど。

最後の1豆の生産について。結論からいうと個人での生産ビニールハウスとかじゃないと無理に近い。

焙煎のほうが自分表現がしやすからコーヒーマニア生産よりも自家焙煎にご執心なんだ。

一応日本の南だとつくってる所はあるみたい。

豆の種類について説明するね。

豆って大きく分けてアラビカとロブスタってのがあって、

ラビカのほうが優等生なんだけど高いところでしか取れなくて、病気に弱いんだ。

対して、ロブスタはめっちゃ生命力強くて安いんだけど、苦いだけなんだ。

ロブスタはたくさん取れるからインスタントコーヒーとかコ⚪︎ダに使われてるね。

インスタントコーヒーCMに出て、「美味しい」って言ってる人はコーヒー好きに鼻で笑われてるよ。

だって使われてるの苦いだけのロブスタ種だからね。

ラビカは生産が難しいし、コーヒー豆って赤道らへんでしか育たないから日本では作りにくいかな。

高いのが美味いってのはよくわからんけど、アラビカとロブスタとの比較でならそうだね。

ラビカのほうが高いし美味しいよ。ロブスタはインスタントコーヒーからね。

だけど、アラビカの中でも色々種類あるよね。

モカ、ジャマイカスマトラキリマンジャロ…とか地名名前とかが由来になるよ。

ブルーマウンテンってめっちゃ高いよね。

まあなかなか取れないっていう意味で高いんだけど、

実際匂い嗅いでみると、刺々しくなくてそっけないんだ。

ガツンとくるもんがないんだけど、オールラウンダーで、そつなく飲める感じなんだ。

個人的にはもっとフレンチイタリアンくらいの苦目のコーヒーのほうが好きだから

そんな美味しいとは思わないかなあ。

こんな感じで見てきたけど、美味しいコーヒーを0から作ろうと思うのはかなり効率が悪いよ。

自分で淹れてる人はコーヒー好き、焙煎まできたらマニア、そんくらいの認識でいいと思うよ。

コーヒーの鬼がゆくって本がおすすめだよ。標交紀ってコーヒー焙煎人生賭けた人の本。

 
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