はてなキーワード: 長期間とは
ネット上で形成されたある弱小同人サークルには、オリジナルのマスコットキャラがいた。マスコットキャラといっても内輪的なもので、対外的には全然意味をなしてない。(とはいえ、マスコットキャラがいるとTwitterアイコンだったりカタログのサークルカットだったり、とりあえずそれを描けばいいみたいな存在になるので便利である。余談)
自分はそのサークルの結成から一年程リーダーを務めていたが、今は退任してサークル活動にはノータッチである。後任のリーダーは自分より同人活動も社会経験も長く、気さくで親身で、一児の母でありながら管理職に勤めているというハイスペックな方だ。普通に尊敬できる。
その後任のリーダーが、どうも、そのマスコットキャラクターの名前を一文字間違えて覚えてしまっているようである。(長期間、その誤った方の名称で呼んでいるため、タイプミスではない)
まぁ覚え間違いなんて誰しもあることだ。自分も最近までyoutuberのヒカキンのことを「ヒキカン」と認識していた。そっちの方が語呂は良いと思う。
間違えて覚えてしまったなら、気づいた段階で直せばいいし、気づいた人が指摘すればいい。これはズボンのチャック全開問題と似ている。些細なことだ。
だがかれこれ半年以上、その誤りは直らない。もちろんリーダーが迂闊ということもあるが、それ以上にサークルメンバーの誰もがそのことを指摘しない、あるいは気に留めない、その関係性は不健全に思えて仕方がない。仮にもサークルを象徴するマスコットキャラクターである。名は体を表す、という程はないかもしれないが、名前あってのキャラクターであるのは間違いない。二年以上活動していて、まだ「チャック空いてますよ」も言えない表面的な関係でしかないことに、虚しさを覚えてしまう。
「気づいてるならお前が指摘すればいいじゃん」と言われれば、まぁその通りなのだが……、しかしそれがジレンマなのである!! 指摘は容易いし、心理的障壁はあまり感じない。ただ自分は身勝手な都合でリーダーを退き、その方に押し付けてしまった立場である。サークルから離れていったくせに、姑のようにアドバイスと称した鬱陶しい小言をいう存在になるということは、自己満足でしかないし、それは自分の羞恥心が許さないのである。(これはこれで自己満足なのだろうか)
まぁしかしチャックが全開であっても、それを全員が認識しなかったり、華麗にスルーしていければ、大した問題ではないのかもしれない。寧ろ気づいて騒ぎ立てるのが悪なのかもしれない。「チャック空いてますよ」と言いあえる関係性を最善とするのは、価値観の押し付けだろうか。
この件でトラブルは起きないだろうし、決定的な亀裂ではないと思う。だが、こういった歪みがドンドン連鎖的に広がっていくのではないかと危惧してしまう。
オープンなネットはイケハヤのような、SEOが小器用なだけの頭の薄っぺらい人間たちがうっほうっほやってる世界になりつつあるよな。
https://www.facebook.com/taizoson/posts/10153788960804492?pnref=story
僕には経営者としてかねてからの疑問がある。ほんとは違うと思いたいので、誰か下記の僕の意見に反論してくれませんか。
かつて世界を席巻した日本の電機メーカー、先日取締役会で揉めたコンビニの最大手、安くて高品質と市場を席巻したカジュアル衣料メーカー、テレビショッピングでいちばん有名な会社、プロ経営者を雇ったがクビにした教育産業の最大手、そして通信などで成長した日本で最も有名なIT起業家の会社など、最近後継者についての話題がすごく多い。
事業を大きくした創業者は、会社の成長もさることながら後継問題がいちばんむずかしい、とよくおっしゃる。「企業は存続してこそ社会に貢献できるのだから、100年続く会社になるように企業文化を創っていきたい」と皆さん口をそろえる。中には徳川幕府だって300年続いたのだから、うちも300年だと言う方もおられる。誰とは言わないが(笑)
なんで?
なぜ存続してこそ社会に貢献できる(=存続しないと社会に大きく長く貢献できたと言えない)、と言えるのだろうか。
存続はしていてもたいして貢献してないことだってある。「売上は社会に貢献して顧客からもらえた対価なのだから、売上が伸びてるあいだは立派に貢献してる証拠じゃないか」「雇用を生み出し続けてるのだからそれだけでも貢献しているじゃないか」などの声を聞くのだが、それはその会社がなくなって別の新しい会社がそれを担ってもいいわけで、「存続してこそ社会に貢献できる」というテーゼを論証したことにはならないと思う。
つまり、存続することと、社会に貢献することとは関係があまりないと僕は思うのだ。それどころか、長く続いている大企業は、分業と縦割りとルールの細分化が進んで制度疲労を起こし、「自己疎外(=働けば働くほど、自分でやっていることが自分のものと感じられなくなっていくこと)」を生み出しているようにしか僕には見えない。
スタートアップ原理主義者の僕には(笑)、必要以上に大きくなりすぎた企業は「自己疎外製造装置」にしか見えないのだ。だからといって共産主義に近い社会主義を礼賛しているわけではもちろんない。ほんとはいろいろ考えているのだが、この文脈においては、単に「アンチ大企業主義」と分類されても僕は全然差し支えはない。
昔であれば、大資本・大組織でないとできない大きな仕事が存在しただろう。しかしこれからの時代には大企業のアドバンテージというのは実はあまり(個人的には「ほとんど」)ないと言っても過言ではないと思っている。
そしてそれは、人工知能とロボットの発達によって、愕然たる事実として現在よりもさらに鮮明にあぶり出されるはずだ。
僕はそのように思っているのだが、僕が違う(それとこれとは関係ない)と思っている、
「企業は成長し続けて大企業となり、そして長期間存続し続けることこそが社会に大きく貢献することなのだ」
ということを誰か力強く理論づけてもらえませんか。
http://www.tez.com/blog/archives/post5052.html
スタートアップがより大きな力を得てより急速に成長するためにも、より大きく、より長い繁栄をして、企業価値を大きくすることを目指すことが必要だと考えられますし、その場合の繁栄の鍵は、いかに「情報処理のハブ」の地位を確保し続けるか、ということに集約されると思います。
だから、企業がより大きく、より長い繁栄を目指すことは、否定されるべきではないと思います。もちろん単なるステークホルダーの思考停止ではなく、他の(「信用」を担保する)理由があるからこそ、大企業として長期間存続し続けるわけですし、社会に大きな影響を与える企業として長期間存続し続けようという意志のないところに大きな企業価値が生まれることは無いはずです。
孫 泰蔵 「信用資本論」とでもいうべきとても示唆に富む論説ですね。
まず、信用という機能の本質が「思考停止」だからこそ信用は一定の「慣性」を持つ、というのにハッとさせられました。経営者もそこに働く従業員も、会社を長期的に存続させるのが是、というところで思考停止してるなといつも思ってたのですが、それは外部からの信用という思考停止ともリンクしているのだということに気づきました。
また、長期的に存続しうる形態としては「メタ」な存在しかないだろうと私も考えていました。しかし、その際に長期的に「メタ」として存在しうる価値やアイデンティティーってなんなんだろうなあと思うのです。資金であればVCなどでも十分提供できるわけで、スタートアップが嗜好する資金以上のなにかを持ってないといけないわけですが、それはなんなのだろうとずっと考えています。そこも「信用」なのかなあ。
そして、「大企業が自らの存続をあきらめることではなく、既存の『信用』に新たな『信用』がぶつかって倒そうとすること」が「古い組織の制度疲労を打ち壊し社会全体を活性化させるのだ」というのはまったく同意です。
しかし、現在の日本では挑戦者がまだまだ全然少ない状況です。この状況を打破したいのですが、能力的に優秀な人が、挑戦者になって打倒するのではなく、むしろ後継者になりたがろうとする人が多いこの状況(例えば、兄がやってる「アカデミア」という後継者育成機関にすごい優秀な人がいっぱい来てるんです!あんたたちは孫正義の後継者なんかじゃなくて起業家を目指さんかい!と心のなかでいつも苦々しく思ってるんですよね(笑))をどうやったら打破できるのかなあと思案しています。
既存の信用にぶつかって倒した新たな信用の成功事例をつくるしかないですよね・・・そっか、俺が頑張ればいいのか。頑張ります!
孫 泰蔵 ありがとうございます。
そして「そこも信用」なんだと思います。
話がややこしくなるので本文には入れなかったのですが、日本では米国のVCは全部が全部イケてると思われがちですが、実は逆にファンドのうち上場株式のindexをアウトパフォームするものはわずかで、9割前後はindexを下回っています。つまり米国とはいえ、ほとんどのVCファンドは「上場株index投信を買った方がマシだった」ということになってます。しかし米国の上位5%のファンドは常に高いパフォーマンスを上げています。
リスクの高いベンチャー投資でなぜ長期にコンスタントに高い成果が上げられるのかという理由は、まさにVCが行うべきことの本質が「信用の供与」だからじゃないでしょうか。例えば「セコイアが投資したベンチャー」は(もちろん背後に技術トレンドの調査やきちっとしたDDがあることに加えて)「セコイアが投資してるんだからイケてるんだろう」という期待が働くからこそ、いい経営陣やいい従業員が集まり、いい投資家が付き、いい取引先やいい顧客が付くので、結果として本当にいい会社になってしまうという「予言の自己成就」が発生しているのではないかと思います。
ポートフォリオで多数のベンチャーに分散投資すると、仮に失敗したベンチャー成功したベンチャーをならしてポートフォリオ全体として利益が出たとしても、必ずしも「あのVCが投資したベンチャーはイケてる」という期待は働きません。「投資したベンチャーを全社必ず成功させるぞ」という長年の努力をすると、そうしたミダスタッチ(「魔法」)が使えるようになるんじゃないかなと思います。
ベンチャーは先進的であるがゆえに、単独でポツンと存在しても、それがいいものか悪いものか、一般の人にはわかりません。「世の中で最も大きな情報の非対称性が発生するもの」だと言えます。だからこそ、そういう「信用」を供与する投資家が増えることこそが、現状を打破する大きな力になると思います。
亀山 敬司 俺も「会社を続けるために稼ごうぜ!」と言ってるけど、社会貢献とは関係ない。会社が続いて大きくなると俺が楽しいからやってる。だから「辞めたあとは俺のこと忘れていいから勝手に楽しめよ」と社員には言ってる。会社なんてただの人の集まりだし、くっ付こうが分裂しようが、べつにDMMの名前が残らなくてもいっこうに構わない。
300年続けたいとか言ってるやつは、何を続けたいと言ってるのかわかんないけど、ピラミッドでも残したいんじゃない?亡霊の自己満足だね。
昔は「社員の未来を雇用をどうやって守る」とか思い悩んでいたが、「過保護で要らぬお世話だな、いい歳の大人は自分で考えな」になってきた。とりあえず後継者は立てるだろうが、そこからは別の会社だから残りたいかは自分で決めなって感じ。
大企業が長く続くのは、良し悪しで言えばちょっと悪し。ゆとりが有り過ぎると頭が悪くなるし、いい気になっちゃうし、内戦に明け暮れる。良い点は、まずしいスタートアップが時々見上げながら「俺もいつかあの大きなビルに入って、きれいなおねえちゃんを秘書にするんだ」と俗っぽい夢を見させてくれる。
悪い部分が大きくなれば勝手に自滅するので、自然に任せといても大丈夫。
そもそも社会貢献も基本はやっぱり自己満足だね。経済成長や新しいテクノロジーが社会を幸せにするとも限らないんだし、自分たちの活動が徳か悪徳かもよくわからん。でも、こんなふうにいろいろ考えるのは、自分だけのことを考えた自己満より、マシな自己満だよね〜!
縮小したが実現性が高くなった。
大量の犠牲の上にやっと制度が改善されるみたいな政府の腰の重さがテロの温床の一つになる。
銃だって本気になったらハンドメイドできる材料が世の中に溢れてる。
安保闘争とかを徹底的に潰して社会運動かっこ悪いって風潮を作って治安を守ってきたけど
死ぬほど貧しくなったら、カッコ悪いとか恥ずかしいなんて抑止力にならないから
貧しく明日もあやうい人に武器を渡せば、勝手に鉄砲玉になって社会を混乱させてくれる。
このまま格差が拡大して進んでいったら、
物価が高い国だった日本が政策と長期間のデフレで物価の低い国に変わったように
治安がよかったのが昔の話になるのはそう遠くないだろう。
今回、冨田真由さんを刺した男はストーカーでは無い、ただの精神異常者である。
→ストーカーはまず興信所を使います、それか勝手に尾行し特定します。
→ストーカーならネカマ、もしくは一般のファンを装いひたすら褒めて仲良くなります。それかフォローはせず非公開リストに追加して監視します。
→ストーカーは空気が読めないので既に知人の場合、本人に必要の無いプレゼントを渡す事は有りますがあからさまに嫌がられる物を渡しません。また、認識されていない人物の場合、存在がバレるのを避けて贈り物はしません、どうしてもしたい場合は経由か匿名で行います。
→ストーカーにしては執着期間が短過ぎる。ストーカーというのは基本的にアスペルガー症候群の症状のため、非常に執着期間が長いです。また男はさらに別の女性アイドルにも嫌がらせをし殺すと書き込んでおり、冨田真由さんと言うよりも女性に嫌がらせをするキチガイです。
→ストーカーならば当然相手がこちらに興味が無い事を分かっているためこのような書き込みはしないです。周囲に動揺を与えようとする行為だが、ストーカーは相手が【こちらについてどう思って居ようが全く構わない】という特徴が有るため、明らかに犯人はストーカーとは異なっています。
6、ツイッターTLでコロコロと感情に波がある、冨田真由さんの不安に呼応している。
→これはストーカーでは見られない特徴、相手の感情を読み取る事が難しく彼女の不安に呼応するのはストーカーとしておかしいです。
総合すると、岩埼友宏はファンでもストーカーでも無く境界性パーソナリティ障害という精神病患者です。
ストーカーというものは、ターゲットにバレずに観察、ターゲットの望む通りに自分を変える(整形転職すら含む)、ターゲットへの長期間の強い執着、ターゲットを殺す場合は自分もキチンと死ぬ、ターゲットを素早く特定が主な特徴。
いきなりターゲットに嫌がらせをして発狂して刺す人間はストーカーでは無くキチガイである!ということを分かって頂きたい。
ちなみに境界性パーソナリティ障害の特徴
・現実または妄想で、人に見捨てられることを強く恐れ、不安を抱いている。
・気分や感情がめまぐるしく変わり、周囲の人々がついてこられない。
・感情のブレーキが効かず、ちょっとしたことで癇癪(かんしゃく)を起こしたり、激しく怒り、傷つきやすい。
・自己を損なう行為(薬物・アルコール・セックス・万引き・過食・買い物など)に依存しやすくなる。
・生きることに対して辛さや違和感を持ち、自分が何者であるかわからない感覚を抱いている。
オレは「民間簡易宿泊施設」には反対派で、「お家に泊まろう」は賛成派。
Airbnbは、ざっと言って「シェア」と「脱法ホテル」の2つがあって、
フランスは「シェア」が主流なので、宿泊関係者の歯切れが悪い。
カウチってのはまあ、寝られるようなソファーのことだと思ってくれ。
時代は下って、家賃高くなってきた。なんかイベントあるとホテルはすぐ一杯だ。
で、Airbedandbreakfast.com(エアマットと朝食)という名前で、サービスを作った。
まんま、簡易マットで寝て朝飯付くぜというサービスな。
余ってるものを貸し出して有効活用しようってのがシェアリングエコノミーで、
余った部屋にベッド入れたり、リビングに人泊めて、ちょっと稼ごうよ、と言うヤツ。
簡単に民宿出来るよってサービスだな。安いし当然借りたい人は居る。
主にフランスで主張されてたり、欧州で主張されてるのがこっちね。
まあ、日本には「田舎に泊まろう!」って偉大な番組があるから、アレ観てくれ。
お話したり、現地の朝飯堪能したり、場合によってはちょっと近所の案内もしてくれる。
新婚さんを暇なばあさんが泊めて、お互いハッピーみたいな。
長期休暇がアタリマエの欧米さんたちには「部屋を長期間空ける」という羨ましい悩みがあってだな。
映画やドラマでもたまに見るかもしれないが、裕福な連中ほど長期休暇でどっか行きたがる。
マコーレー・カルキンくんのホーム・アローンを観たことあるヤツもいるだろ?
というわけで、この空いてる家を誰かに貸すって供給がある。
で、需要もあった。
……つまり、ホストとの心あたたまる交流じゃなくて、安ホテル目的も多いのでは?
というわけで、物件買ってメイド雇って、宿泊所ビジネスになるわけだね。
「もやしもん」のフランス編みりゃ判ると思うが、サービスもまあヒデぇ。
(フランスって、ホテルの受付でも普通にパレブフランセ?とか聞いてくるし)
ただまあ、接客業としてのサービスはなんかちょっとアレなんだが、良い人は多い。
漫画好きも多いし、わたし町田住んでた!町田知ってる?みたいな話になると、とたんに愛想が良くなる。
矛盾はしてない。接客に難があるだけで、趣味人も良い人も多い。
airbnbみたいな「ホスト側が100%泊める人を選り好みできる」サービスと、相性が良い。
自分んちに人を泊める側も、泊まりに行く側も、シェアリングエコノミーは歓迎されている。
もちろん、ビジネス目的の簡易宿泊所も増えているので問題にはなってるけど、比率としては小さい。
なので、フランスでは定年過ぎた老夫婦の部屋貸しとか、都会のオシャレさんの部屋貸しとかで、ホテルが圧迫されてる。
匿名を潰せと言ってるのは、この「老夫婦が年に4ヶ月までって言う制限無視して際限なく受け入れてる」ことを指してる。
近所の暇な老夫婦連中が、ガンガン手厚くオモテナシしてホテルの客層奪ってる。困るわ-、という状況。
違法ホテル問題に直面してる日本では、ちょっとピンと来ないよね。
不幸なことに、日本のAirbnbは、ビジネス側から入ってきている。
築古マンション500万で買って、二段ベッド4つ入れて、マッチングはAirbnb。
1人1500円で貸し出せば6000円/日で、8割稼働で14万/月ですよ!3年で元取れますよ!
まあ、小金持ちがカモられてる段階だが、そこはそれ。
これ、さっきも言ったけど、違法ホテルで、安全性とかガン無視よね。
ホテルニュージャパン火災も遠くなったからなあ。
なし崩しで解禁される可能性もあるよね。
というわけで、最初から「違法ホテル」と「Airbnb」とがイコールで繋がってる日本では、
フランスの宿泊業界団体がシェアリングエコノミーに対して感じてる絶望感とか、ピンと来てないと思う。
お家に泊まろう式のシェアリングエコノミーは、ワリと牧歌的でのんびりした感じ。
ただ、フランスでは1年に4ヶ月までにせよ、と決まってる。けど無視する人も居て、
匿名を潰せっていうのは、この4ヶ月制限キッチリしないと超繁盛されるよって話。
脱法ホテルは、単に運が良いだけで、いずれ災難に見舞われるだろう。ツボを買え。
瀬戸浩司が長期間動画をアップロードしていないことに象徴されるけど、何かYoutubeにおけるガジェット系の盛り上がりは収束した感ありあり。
某Panatuber連中もあんまりガジェットと関係ない話題ばっかするようになったし。
そもそも、ガジェット系の盛り上がりって、Apple製品のブームと連動していたような気がするんだよな。
Apple製品ってちょいお高めだから、Youtubeのレビューみてから買おうって人が多かったんだな。
でも、一通りApple製品も行き渡って、あとはカメラとか撮影機材の話題がメインになっていくと、
あとは金持ちが金で相手を殴るような動画ばっかりになって、一般人の手の届かない世界に入っていった。
まあ、それはそれで面白かったんだけど、そうなるとどうしても排他的なコミュニティに収束していって、
「MAHOTO」とか「はじめしゃちょー」みたいなバラエティ系に転出してしまった。
残されたのはカメラヲタ、PCヲタみたいなオッサン連中ばっかで
当然連中はキッズと違って仕事やリアル生活の面倒臭さも引き受けなければならないから更新速度も遅くなる。
そうこうしているうちに、定期的にYoutubeで動画を鑑賞するという習慣を失ってしまった視聴者が増えたみたいだ。
http://www.lancers.jp/work/detail/1009854
5月19日までだ!急げ!
元増田です。
大変な事が起こった。
昨日の書き込みの後、私は出社した。
手の痺れが継続してあった。
昨日からだけど、長年の習慣でどうしても歯を合わせたくなるけど、ひたすら我慢した。
24時間以上やってきた夕方にもなると、かなりリラックスした状態でも、維持できるようになった。
朝に「最近では週に1度か2度鳴ってない日があれば良いという感じだった。」って書いたけど、
これは正しくは「鳴っていると気にしなくても良い日」で、今日のは違う。鳴ってない。
その代わり、今度は右耳に詰まりを感じるようになった。
これが夕方以降、ベッドに入るまでずっと続いた。
やはり、無理な状態で長期間維持されて来たので、歪みが生じているのではないかと思っていた。
昨日殆ど眠れなかったので早めにベッドに入った。
ベッドに入り横になっていると頭痛を感じた。
寝不足もあって、眠りに入ったのは直ぐだったと思う。
急に衝撃を感じて起きた。何か舌が勝手に動いてる。
飛び起きて、何が起きてるのか見るために、洗面所に走った。
自分でも信じられないのだけど、顎が落ちた。
落ちたと言っても外れたのでは無くて、骨格が変わってる。
TCHや食いしばりで、長年をかけて持ち上げられていた顎が、
この30数時間、歯を噛みあわせないようにした事によって元に戻ったみたい。
そういえば、昔こんな顔だったって瞬間的に思った。
何で気づかなかったのかというと、耳鳴りが始まるより前辺りに、2年で7キロ程太ったからだと思う。
徐々に持ち上がったからだろうか、単純に太っただけだと思ってた。
完全に顎がおかしくなっていた事を、周りの人達や自分でさえ気づかなかった。
TCHについては間違いなく遠い昔からやっていたけど、
顎を持ち上げるような食いしばりを行うようになったのは、
もしかすると、右下の親知らずの抜歯がきっかけなんじゃないかと思う。連日痛みが収まらなかったので。
顎に違和感があるけど、外れなくて良かった。
口腔外科はもう予約したので、見てもらおうと思ってる。
今回、TCHの情報を発見していなくても、噛み合わせの事で、口腔外科受診して判明しただろうし、
左側の親知らずを抜く判断でも、同様に口腔外科受診で判明したとは思う。
でも、色々調べてみて本当に良かった。まさかこんな事になっていたとは。
昨日、腰の痛みが消えた事に気付いた時は、正直泣いたけど、
眠気も吹っ飛んで、これを書いた。
まだ、顎が少しおかしいし、耳にも影響が残っているかもしれないので分からないけど、
4年以上も悩んでいた耳鳴りから、本当に開放されるかもしれない。
大変お騒がせしました。
経過はまたいつか、書き込もうと思います。
物心ついた頃からとは本当にきついですね。私と同じ様に、顎関節が耳を圧迫しているか何かで発生している可能性もあるのでは無いでしょうか。
オリーブ油、ごま油と同じようにサラダから作られる油・・・じゃなくて!サラダに使われる油だからなんですよ!
だからサラダをあまり作らないご家庭ならサラダ油を持ってなくても仕方がないんじゃないかな~~~で終わってもいいんですけど、あまりにも短いからWikipediaでも見てみましょうか。
低温下でも長時間結晶化しないように精製されており、サラダドレッシングやマヨネーズのような製品の原料として適している。また、味や匂いにクセが無いことも特徴である。
またサラダは比較的低温で供されるので、低温で結晶化する成分が多いとざらついた食感となってしまう。油脂は多くの種類の脂肪酸を含み、その中で飽和脂肪酸がグリセリンの1、3位に付いた「対称性のよい」ものは低温で結晶化しやすい(この現象は天ぷら油を一週間冷蔵庫に入れるだけでも簡単に観察できる)。このため、サラダ油は精製した油を長期間冷蔵(ウィンタリング (wintering) という)し、固化した成分を分離(脱蝋工程)した後に出荷される。
信者ビジネスやってる人は1つは対外的な関係における問題を減らしつつ、2つめに身内を大事にすることが必要になる。はあちゅう氏をはじめとして今炎上を起こしている運営者は1のスキルが致命的に欠けていることが問題ではあるが信者ビジネスなのだから2は本来批判されるべき話ではない。2まで批判しているhagexはちょっとやりすぎだろう。
ところでこの1ができれば苦労しない。それができる力があるなら宗教じゃなく企業を作ってるはずだから。よほどのカリスマの持ち主でない限りは企業の運営すら出来ない人間に長期間継続する宗教組織を運営することは無理だ。
うまくいく宗教は余裕がある。教祖のコミュ力が高く、薄く広く人をつかむことができる。こういう組織は人数が多いから囲い込みをしなくても成り立つ。勝間塾のように批判をしない、ライフスタイルを楽しもうであったり、個人ファンクラブという性質のものであれば長く存続することは可能だ。外は敵ですよと言わないから。外部との関係を遮断しないから。外部と交流しながらサードプレイスとして機能するような宗教組織は、外からいくらでもネタを輸入できるし人の出入りも自由だから常に活性化できる。
逆に教祖のコミュ力のない場合。まず余裕が無い。常に自分の正しさを証明しようとして他人を批判し、煽り、そういうことをしないと成り立たない。教祖の器が小さいから受け入れられる人たちがとても狭くなる。こういったものはたいていカルト化してきた。対外的な折衝がめんどうくさくなって閉鎖化してきた。そしてオウム真理教のように閉鎖して外界とのやりとりの大部分を遮断し、基本自給自足を目指すように成る。この閉鎖的な空間で自給自足を志す宗教は、よほど強く統制しないかぎり「選民意識」「外部への敵対意識」が強くなる。「そして最終的に内ゲバ」で滅びることになる。
さてイケハヤ塾であるが、これから勝間塾のような運営に変えられるかどうかが正念場だ。炎上に頼るのをやめなければ確実に滅びの道をたどることに成る。炎上に頼るような運営をやってると、そこに集まる人達も選民意識を持ち、外部にたいして攻撃的な人間ばかりになる。最初はそうでなくても教祖がそうなのだからそういう性質を帯びるように成る。そして、そういう組織は批判にさらされることが多くなるから内側にこもっていくように成る。最初はそうやって狭い身内だけで選民ごっこを楽しむこともできるだろう。だがこれは長続きはしない。ずっと同じ組織内に同じ人間しかいなくて入れ替わりがないと、変化がなくなってマンネリ化する。それでいて彼らにはもう出口がない。調子に乗ってそういうものを否定しまる態度を散々取ってしまったからだ。もうこの宗教組織の中で生きるしか無い。それでいて宗教組織の内側では強烈な仲間意識を強制されるから、ストレス解消の方法もいろいろ制約されるケースが多い。 これは中学校や高校で我々が味わったのとおなじ感覚だ。この状態に陥ると不満解消のために敵を作らなければならない。 それを外側に求めるか、内側に求めるかしか選べなくなる。学校のいじめは世界の外側と戦っても勝てないガキが内側に生け贄を創りだしたものであり、宗教組織の場合は多くは外側に敵を作る。
イケハヤ宗教は最初は外側に敵を作ろうとするだろう。しかし攻撃的な性格を持つ宗教組織は、当然外部からの反発を招く。教祖が批判と戦うこともなくスルーとか言ってる宗教では構成員はとても外側と戦って勝てる気はいない。なにか外側に対して意見を言おうにも、教祖はかばってくれないからだ。だから組織全体としては内側に閉じこもるしかない。しかしそうすると、組織の中の人間がどんどん先鋭化して、ついていけない奴はやめていく。 一見さんお断りの雰囲気になるから流入も減っていく。そうすると流入が減るからせめてなんとしても今いる人間は逃すまいとメンバーを囲い込もうとする。お外は敵だ、怖いよと教祖が煽りだす。そうやって固定メンバーが狭い空間の中にとどまるようになると、今度は空気が停滞する。外部と交流しながら組織内に新しい物を取り入れて循環させるという動きがなくなる。淀んだ空気はだんだん腐っていく。そういう過程を村上春樹はオウム真理教内部での人へのインタビューを通じて浮き彫りにしている。
私がとても楽しみにしているのは、もしイケハヤ宗教が勝間塾の方向に進めなかった時外側からのプレッシャーに耐えかねて、だんだん内側にこもりって守ろうとし、それゆえに内側から崩壊していく姿だ。オウム真理教もそうだが、太平天国という組織の崩壊、あるいは陳勝・呉広の乱の崩壊していく様、ああいうものが報告されることに成るのではないだろうか。 梅木サロンはそのあたり結構うまくやってる。宗教ではなくビジネスという形で回しているから、教祖本人のカリスマが低くてもなんとかなるだろう。はあちゅうはもしうまくいかなかったとしても船が沈みかけてると思うと素早く逃げ出すだせるだろう。信者は気の毒だがはあちゅう氏はいざとなったら信者のことなど切り捨てて軽やかに動ける人間だ。だがイケハヤサロンだけは多分ムリだろう。逃げきれずに崩壊するのではないか。なぜならオンラインだけではなく、オフラインにまで手を伸ばしてしまったからだ。これは都合が悪くなったからといってなしにはできないだろう。
ニュース見てて、女子中学生監禁した人が誰かに似てるなあ似てるなあと思ってたら
ああそうだ。だいぶ昔に辞めてった奴に似てるんだ。
各局がこぞって使用してるあのアップ写真。見れば見るほどよく似てる。
なんつうのかね。顔のパーツのひとつひとつや容貌そのものはあまり似てないんだが、その奥から滲み出すものが凄く似てるっつうのかな。
いやー思い出すなあ。
求人も出してないのに偉いさんのコネで無理矢理入社してきた、兼業社家のそれも跡継ぎですらない予備。
ハッキリ言って歓迎されてなかったね。手ぇ足りてたし。しかも、入社前からアレコレ既に噂を聞いてたんだけど、
まだ資格取ってる最中の見習いでありながら地元での実習中に反抗、コネで入れてもらった別の土地の神社でも反抗。あと何社かリピート。
そんで、おハチがわざわざ遠方のこちらに回ってきたという話だったわ確か。
とはいえ、「下馬評が最悪とはいえ、実物を見て判断しなきゃフェアじゃない」と思ったから。
いざ入社してきたそいつの態度を見て判断しようと思ったんだけど。
やってきたのは渡り中間みたいに尻軽にあちこち転々としてただけでロクな仕事も任されてなかっただけの、もう若いとは言えない年の奴で、しかもどういうわけか“経験豊富”をアピールしてた。
斯界もまた生え抜きが評価される世界だ。お前がそのチンケな経歴を誇っている相手のお歴々は、上にそんなナメた態度なんざ一切取る事なく長期間勤め上げている方達なんだけど?と言いたかった。立場の勘違いも甚だしい。
それでもなお、「意に染まぬ遠方に来させられて傷ついているのだろう」と、務めて好意的に迎えていたのだが。
神社入ってきた奴がまず最初にこなす仕事もまともにやりゃしない。境内の一番遠い箇所の早朝清掃。率先しての受付。率先しての祈願奉仕。朝拝準備。雑用。肉体労働。
仕事をまともに覚えない。ひたすら自分のやり方でやりたがる。一体何を仕事の本質と思ってるのか知らないが、とかく伝統を受け継がない。
十歳くらい年下の指導役(そいつからすれば先輩)に仕事を普通に押し付ける。まあこれは新卒上がりの指導役がヘタレの風見鶏なせいだが。
もちろん神社というのは信仰や伝統を護持する関係上そう甘い組織じゃないから、見るに見かねて先輩や上役やらが注意するも、
スネるわゴネるわおどけるわ、でその場その場をやりすごし、指導すらまともに受け入れない。結果的に仕事覚えられなくて困るのはそいつ自身だったんだが。
人の言いなりになるのが死ぬほど嫌いなのによく前職が勤まったもんだが、もちろん組織人として下命に服さねばならない局面なんていくらでも巡ってくる。年功序列、上意下達。斯界の鉄則だ。
で、人の命令に従わざるを得ないときは、面従腹背。背任背信。陰口三昧。
あまつさえ職員間の対立構造を裏で煽って激化させ、対立者それぞれに相手への悪口を吹き込みつつ怒りを煽るだけ煽って、自分だけは味方ですよアピール。まるで密告社会みたいなのを作ろうとしてたっけ。
そのやり口もえげつなかったなー。
まず、幾つになっても口さがない巫女連中と神職の悪口で盛り上がり、距離を縮める。
やたらに反抗心を煽るだけ煽って、軽率な巫女連中に小さな反抗を繰り返させる。
巫女の突然の態度変化から、神職達もバカじゃないから巫女と新人との間に敷かれたラインにやがて気付く。
で、年だけ食ってて経験豊富気取りで、仕事覚える気もする気もない新人に対する指導。まずはその鋭鋒を一旦、鈍らせる。
新人に対する当たり前の干渉が止んだ一瞬の隙を突いて、上役それぞれに、個別に接近する。
方法は同じ。二人きりになるタイミングで、別の上役への敵意や体制への不満を煽る悪口で大盛り上がり。互いにけん制しあうように仕向ける。
粗暴な奴なんて日ごろからうまく誘導しておいて、機会があれば、自分の気に入らない奴に暴力振るわせたりとかしてたっけ。
もちろん上役達もバカじゃないから新人の小ざかしい動きには当然気付くんだが、さあ事ここに至ればもう手遅れだ。
指導神職たる上役達は新人の育成に力を注ぐのが常だから、互いの確執はさておき、ひとまずこの新人をこれまでの神職達と等しく育成しようと思い直していた様子は幾度も見受けられた。だが既に、個々人がそうは思ってもなかなか言い出せない状態に陥っていたらしい。
なにせこの腹芸ばっかり得意な新人は、ちょっとキツイ事を言えばすぐにスネ、別の上役に自分の悪口を吹き込みまくり煽りまくり余計に仕事をやり辛くさせるだろうという事がもう誰の目にも見えているからだ。
上役達はそれこそ何十年と同じ職場に勤めてきている地元の人間だから、そんな人間同士で揉めたくなんかない。
結果、自ら煽った上役同士の牽制を利用する形で新人への教育は止み、先輩諸氏も指導役も上から命じられたはずの新人教育を行えば上から理不尽な攻撃が飛んでくるという謎の事態に命令遂行を断念し、こうして今ここに、誰からも教育されないバカが一人爆誕するわけだ。
さて。斯界ではしばしば、命令の理解よりも服従そのものが求められる。
神職連中は昨日から受け継いだものを明日に渡す、詰まるところはそれだけが仕事だからだ。
神社はただ黙って伝統を受け継ぎ、形を変えずに次代へ受け渡せばそれでいい。意見も感想も改善案もその一切を差し挟む必要はない。
服従を求めるのは、指導が厳しいのは、単純に、先人の伝えてきた伝統を踏みにじる事の重大さを本当に自覚させる為のものでしかない。
だが、肝心のその指導をはねのけるようではこの先に何ひとつ学べることなどありはしない。
伝統の重みを嫌う人に伝統を背負わせようとしても無駄な事だ。伝統とは歴史の重みそのものなのだから。
少なくとも私はそう思ったので、奴を業務に関わらせることはしなかった。
業務上同じ係にいくつか名を連ねていたし、これまでの新人には自分が教わったやり方をそのまま受け継ぎ、なるべくメインで業務を担当させてきたが、コイツにはやらせるだけ無駄だと思ったし、そもそも何より態度が無礼過ぎたため神社の外の人に関わらせる事すらできなかった。損失を招く未来しか想像できなかった。
仕事のやり方も教えてもらえず、仕事もなく、手の空いて暇でしょうがないバカは、なぜか先輩達の仕事の評論を始めた。もちろん下っ端としての業務は放棄したままだ。
比較的相手してくれる先輩に対しては、献策や改善案の提示も始めた。
無論いずれも、責任取らなくていい立場のバカの提示する案だから、地に足の着かない無責任な計画ばかりだった。もちろん採用されない。
困り顔で会話に応じ深甚の感謝を述べていた先輩方の表情が印象的だった。
ま、こいつも神社を転々としているだけあって、肝心なところで脇が甘い。
上役にだけいい顔をしているだけでは、この均衡状態は長持ちしないという事に気付いていなかったのだろう。
さて、こいつが風に吹かれる風船みたいにあっち行ったりこっち行ったりするのを決めているのは、コネの大元である、さる偉いさんだ。
偉いさんもまあ、自分が押し付けた面倒な人材の動向なんてのは気になるわけだ。勝手に顔を潰されても困るから。
で。たまたま折良く動向を訊ねる相手が私だったという事が、きっと分水嶺となったのであろうと思われる。
まあ私もお偉いさんの前だし礼儀と節度を守った返答しかしなかったが、向こうは訊きたい事だけは訊けたような苦い顔をしていたからなあ。
さて、知らないところでまた勝手に動き出す自分の運命も知らず、こいつはどこまでも俗物だった。
巫女に手を出すなと奉職時に言われたはずが速攻で手を出し、用意してもらってた社宅に連れ込み半同棲、年単位でイチャイチャ。
それだけ派手にやってて、しかも責任も取る素振りすら見せなければ、流石に近隣の住民達の口の端にものぼってくるのが当たり前だよなぁ。
最後は周辺住民の噂になった事を問題視されて、二人揃って辞めてった。
辞め時にわざわざ親が来て、本人のいないところで職員一同に向かって深々と頭を下げ、はっきりと口に出して許しを請うていたくらいだもんなぁ。
しょうもない理由で辞めてくゆとりは多いけど、あそこまで、年取った親に頭下げさせて「どうかお許し下さい」なんて台詞言わせた奴は後にも先にも見た事ないわ。
宮司である親父さんがそうやってずっとペコペコ頭下げて守り続けてきたものが何かなんて、軽蔑こそすれ、あいつは一度も真面目に考えた事すらないんだろうなぁ。
跡継ぎじゃねえんだったら、気に食わない事ばかりなら斯界からとっとと出て行けよと。社家の恥だわ。
たまたま折良く次の転任先が探されていたおかげでまた転任していけたようだが、しかしなんとまあ因果な事に。
その転任先も「巫女に手を出し即日クビになった奴が出て人手不足だったから」という理由で人を探していたのであった。
先で何が起こるか、どう迎えられるかなんて想像が付くし、つくづくどこまでも因果応報という言葉の付きまとう奴だと思う。
しかしまあ、「巫女に手ぇ出したから神主クビにしたんだけど人が足んなくなったから、ヨソの神社で巫女に手ぇ出してちょうど問題になった奴がいるんでそいつ転任させるねー」でよく通るもんだ。何で誰も怒んないのかねぇ。
さて。
女子中学生監禁の犯人の写真を見て、上記の奴によく似通ったものを感じたわけなんだが。
ニュース番組では「監禁ではなかったのではないか」「自由がありすぎて監禁されていたとは言えないのではないか」などという報道もよく見る。
報道を見て受ける印象もまた、どっちだかわからないな、と確かにそう思える。
しかし、
奴が仕事するどころかそれを否定してむしろ仕事の本質を破壊・解体しにかかっていたように、
それと似通ったものを感じるこの犯人もまた、ぱっと見、監禁とは言えないようなソフトな共同生活を送っていたように見えてもその本質は、実態は、監禁以上の恐ろしい精神支配やマインドコントロールや恐怖の植え付けを被害者に対して行っていたのではないだろうか。そのような疑念を覚える。
もちろん擁護する余地だっていくらでもあるんだろうが、きっとその場にいないとわからない事も沢山あって、
それは無論被害者しか語り得ない内容な上、また人に信じさせるのはとても難しい事柄のような気がする。
このエントリのように。
鴨川会長の「成功したものはすべからく努力しておる」って名言扱いとかいってるけど
一歩の対戦相手だった「ウォーリー」はアマチュア抜きにたった3戦で、大した努力もせずにめっちゃ努力した一歩苦しめてたじゃん笑
同じ漫画のなかでも大した努力なしの才能一つで超成功してんじゃん笑
俺は趣味が比較的多くて向いているもの向いてないもの努力してきたけど
その努力が下手すりゃ自分への自信がなくなり所謂負け犬状態(学習性無力感)になる。
これは特に何回もチャレンジすればするほどね。やっとこさ乗り越えられたところで時間がかかったことで能力の無さを改めて自覚するようになる。
その刹那的な事に対して、今後出来ることや乗り越えられる大切な自信も削がれてしまうわけよ。
ちなみに向いてた趣味はたいして苦労とか努力とかしなかったのにプロからも褒められたし、自分でも疑って2chとかにアップしても褒められたので
その経験が不器用な自分で体験したことなかったから驚異的で、「あぁ・・・向き不向きなんだなぁ・・・」って今でもその時のことを思い出す。
10代後半だったけど。
「努力は報われる」
「その物事に対して報われなくてもなんらかの形で還元されて報われる・・・」
これ言い出したやつ嘘つくな死ねって言いたいわ。
ちなみに「その物事に対して報われなくてもなんらかの形で還元される」
これに関しては
誰かが見てても努力してる状況でおこるのは
優しい人ははじめは励ましてくれて、苦労してなさそうなやつは説教をして
そのまま結果がでないままだと、
優しい人は腫れ物を触るような感じな態度になって
結果もやるものにもよるし
そりゃ行動や継続しなきゃ結果はでないのはそのとーりだけど
おなじ行動や継続したところで向き不向きに顕著に差が出るし、不向きタイプは中々結果でなくて同じ努力するだけでもメンタル的に遥かに辛い。
すぐ結果でちゃうタイプの方がメンタル的に軽いのはよくわかると思う。
成長には繋がるって言い方あるけど、やり方によっては成長にすら繋がらなく迷走して後退することもあるから。
向いていない人がそれなりの成長を遂げるには、メンタル面のサポート、環境の整備、師や先生の適切な配置、長期間の継続性等等クッソめんどくせんだぞ。
そしてやり方が悪い云々。
いいやり方わかったら、わざわざ自分に何が足りない何が悪いどれが効率が悪くどれが効率が悪い分析したり本読んで知識必死にいれて何度も試さくていいから楽でいいもんだよ。
お金出して自分にあったいいやり方わかるならお金出したいですよ。
ある趣味で中々結果がでなく毎日コツコツチャレンジしてきたのに、たまーにくる連中に負け続け、