はてなキーワード: 物言いとは
20歳をすぎてからずっと、無気力・イライラ・投げやり・ふてくされ・他人と話す際の過緊張・手の震え・パニック発作などの症状にみまわれてきた。
医者から詐病を疑うかのような物言いを投げつけられたこともあった。
別に怪しくない。
それを飲み始めてから、まず怒りっぽさがなくなった。
他人の発言にイライラして噛み付いてばかりいるのがなくなって、
周りから優しくなったと言われた。
疲れにくさ(←訂正:疲れやすさね)がなくなった。
積極的に働けるようになった。
過緊張も以前ほどはしなくなった。
これは音読をする習慣を始めたおかげかもしれないが、
その習慣を取り入れるくらい意欲が湧いたのは、
人間としてダメな部分があるとすぐに、人間性が良くない、心がけが良くない、根性が足りない、大脳が壊れたメンヘラ、人間として欠落して産まれてきた、と人格に還元して殴る人たちが、いかに的外れか、ということを言いたい。
というか、むしろ、その可能性が高い人たちがほとんどなんじゃないか?
哲学の形而上学はムダなおしゃべりとバカにするはてなーは多いのに、啓発になると途端に形而上的な考えだけで裁こうとする。
目の前の現実的な、身体から考え始めるべきなんじゃなかろうか。
追記
サプリ名書くと、かえって胡散臭くない?
専門知識をある程度持ってないと、似た症状でも危ないかもしれないから。
幼馴染が結婚する。
相手は私の元彼。紹介したのは私だ。
このふたりなら合うかなーと結婚前提で紹介して、会って数回で結婚が決まった。
付き合うという報告をもらった時、幼馴染はやたら元彼に対して上から目線だった。
しょーも無いこと言う人だけど、とか。
まぁとりあえず大事にしてもらうわ、とか。妙に引っかかる物言いだった。
あれ?こんな子だったっけと思った。
正直、30後半で売れ残って大変なのは幼馴染みの方で
元彼はまだまだ何とでもなるスペックの持ち主、もっといい女性とも出会えると思う。
元彼には友人がほとんどいないから披露宴の数合わせも大変なのよって愚痴ってた。
でも、ここまできたらもらってもらわないと困るし、だって。
結婚式がある。
幼馴染みの方の女性の友人は私だけらしい。
その他呼ばれている女性は何人かいるけど、数回会ったことがある程度の知り合いだと聞いた。
余興を頼まれた男性の友人も最近親しくなった程度だけど、頼まれたら断れないと、サプライズ動画を作ることにしたらしい。
が、女友達を捜すのに苦労していて、今のところ全員に出演を断られているそう。
男しか出てこない動画になりそうで、どうなってるんだとぼやいていた。
その程度の友達しかいないってことでしょと思うけど、さすがにそれは言わない。
私も断ったし。
正直私も、幼馴染とは言うもののそんなに仲いい訳ではない。
そんな中、元彼に、幼馴染と私が似ていると言われた。
http://tm2501.hatenablog.com/entry/2016/02/12/193017
twitterの反応を見てもなんか熱いこと言ってるなーということだけは伝わっても具体的に青二才が何を言いたいのかわかってる人いない気がするんだけど違う?
それらを「生き方として」認めさせようと思ったら、常に我々は彼らより強い言葉を、彼らに聞いてもらえる振る舞い(メディア)で、言い続けてこそ認められるんです!!そして、相手のメディアに合わせるために、ニートが一般的な振る舞いを学ぶメディアも逆に、ニートという生き方を発信するメディアが必要なんだ!!
といいながら、青二才本人は言ってることを相手に伝えるつもりがなさすぎるだろ。これで伝わると思ってんの?
まずさ。「ニートという生き方を世間に認めさせたい」っていう考えが青二才独自の考えだよね。それともみんなここに当たり前のように同意してるわけ? だったらゴメンね。
俺は別に俺「ニートとしての生き方」を「世間に認めてもらう」必要なんて全く無いって思うけどな。だって、ニートであることは別に目的じゃないもん。 俺は俺が楽に行きられる方法を模索してるだけで、それってニートってわけじゃないし。なんで青二才はニートであることにそんなにこだわるの? phaさんだって、ニート以外に自分に適した生き方があればニート以外のことやってると思うよ。というか彼本質的にはニートちゃうやろ。タレントとかプチ経営者だろ。青二才だってさ、ニートとして認められたいわけじゃないだろ。ブロガーとして認められたいんじゃないの?違うの?
あとさ。認めさせるっていう言い方もわからん。どうでもいい人に認めて貰う必要あるの? 邪魔さえされなきゃどうでもよくない?認められないと何がそんなに不都合なの? おれにはよくわからんな。
だって、別に今でも好き勝手にブログ書いてるでしょ? ブログやってて、ニートであるという理由で何か能力があるのに不当に評価されてたりするの?むしろ逆じゃない?それとも「ニートって素敵!憧れる!」とか女の人に褒められたいの? 「ヒャッハーニート様のお通りだ道を開けろ」ってモヒカンごっこでもやりたいの?せいぜい親が認めて養ってくれさえすればそれで十分なんじゃないの? だったら今で十分じゃないの?それ以上の何を求めてんの? どうでもいいやつらに「認められない」ことによって何の不都合があるのか俺にはさっぱりわからん。
面白いか面白く無いかだけが大事なのであって、ニート的感性がどうとかどうでもいいよ。
もし青二才が満足できるほどに褒められてないなら、それは青二才がつまらないからだよ。もし青二才がモテないから不満なんだとしたら、それはフェミニストのせいでもニートであるせいでもなくて単に青二才が痩せたりtwitterで女性に対してクネクネした物言いするのやめるっていう最低限のことが出来ないからだよ。それを「ニートが迫害されてるからだ」みたいにニートのせいにすんのやめてくれないかな。
「ニート」でも彼女いる人たくさんいるし、青二才と違って友達と楽しく生きてる人いるんだよ。俺がモテないのはニートが認められてないからだ、なんてとんでもない責任転嫁だよ。まずは青二才自身がもっと人に好かれる努力しなよ。ニートのせいにすんなよ。
とにかく、世間で言う「コミュニケーション」以外のメディアに対する強さを活かした言葉を持たなきゃ
彼らと戦うことも、自分の国を持つこともできない!!
これはわからんでもないよ。でもこれも特に「ニートという空気感のユニークさ」みたいにニートでくくる必要ないよね。たとえばさ。青二才が面白いと思ってるゲーム作ってる人って大半はニートじゃないよ。ちゃんとしたつとめ人だよ。青二才ってなんでも自分基準で考えるから、きっと自分が共感できるゲームは「ニート的感性だ」とか思ってたんじゃないの?んなわけ無いじゃん。お前がニートだからって、すごい人や自分が好きな人を全部「ニート的感性」みたいなので自分の仲間としてくくるのやめろよな。
つまりさ、何を言いたいかというと。青二才は熱くなってなにかすごいことを言ってるように勘違いしてるのかもしれないけれどお前が言ってるのは単に「みんなもっとブログ書こう」とか「俺が正しいと思う感性をお前らも受け入れろ」くらいであんまりニート関係ないんだよ。ましてはてながどうこう言ってるあたりは完全に妄想だから林先生のところ行け。 違うって言うなら、「増田とちがってこの人なら俺のいいたいことわかってる」って思う人を連れて来て説明してもらえよ。青二才はこんなに中身のある事を言ってくれてるんだ!ってのを証明してみなよ。あるいは青二才自身が説明しなおしてもいいよ。できるもんならね。
青二才はどうしても世間で認められたいんだったらイケダハヤトみたいにお金稼ぐかFXで成功したほうがいいよ。青二才の問題って「俺ははてなでこんだけ力を持ってる」って思ってるのが青二才か、むらいキッズなみに頭の悪い奴らだけだってことだよ。
phaさんは流石ですよ。僕の考えてるパスをちゃんと受け取った上で、「ブログで発信して、一緒に国を作りましょう」と言ってくれましたよ。
これ、どう考えても青二才の言ってほしいことを察して受け流してくれてるだけだよ?すごいやつに認められたいなら、いい加減はてなで有名な青二才、から離れたところで実力で勝負しようよ。もう「はてなでそこそこ力がある」から停滞して1年以上経ってるよね。 今青二才の中にそこから先に進むビジョンあるの? 無いでしょ?ほかの人に対してしょうもないこと言って英雄気取りしてる暇があったらさっさとはてな離れしなよ。いつまではてなに依存してんの?
20代なかばに初めて就職して今年で2年目になる職場の先輩にスーパーマンがいる。
30代前半で自分と5つか6つくらいしか年が変わらないのに、間違った判断をしないし的確に現状を捉えて分析し、チームのバランスを保っている。
マネジメントだけではなく技術もうちの職場の中では飛び抜けていて、その先輩の書いたコードは明らかに他の先輩社員が書いたコードとは違う。シンプルで読みやすい。
その人は悪意のある物言いは決してしないし、人に対する悪口も言わない。ただ、間違っていることに対しては理論的に指摘する形で注意する。
自分は仕事(主にプログラミングや設計、仕様検討など壊滅的)ができず、その先輩に迷惑をかけまくっている。
その先輩は正しさを大切にしているから頭ごなしに感情的になって怒鳴りつけることは決してない。
ただ、率直に何をいけないかやどういう思考回路をした結果なのかを分析した上で注意する。
注意されたことは全て自覚できていて自分でも治さなくてはいけないと焦っていた部分だし、先輩の解決案で今まで物事が全てうまくいっている。
宗教みたいだけど、自分は先輩を本当に尊敬しているし、こんな人にどうなれるのだろうかと考えている。
ただ、そんな完璧な目標となる人から入社してからずっと指導してもらって20代後半でそんなに年の離れていない人間を相手にする先輩の立場を考えると本当に申し訳なくなる。
先輩に何度ケツを拭かれたかわからないし、意思決定はほぼ全て先輩によるものだ。
理不尽に怒ってくる人間に対してであれば「うるせえよ、クソ」と反骨心がでるかもしれないが、理論的に正しさで構成された論調で注意されるともう精神的にヤバい。
完全に不出来な自分のせいなんだけど、反論できないし受け入れるしかない。
テメエのことですら面倒みれてないのに先輩の立場になるとかお門違いも甚だしいけど、先輩にとっては問題にもならないつまらないことを困難だと感じる私に対して注意するのは時間の無駄なんだろうなあとか思ってしまって、もうこの業界にいるべきではないんじゃないのか???とか思ってしまう。
あんまりまとまらなかったけど、すごく個人的なことなので同調してもらったりするつもりは全くないんだが、(尊敬する人からだと特に)理論的に注意されるのは自分を省みるいい機会だと思う。
というか、正しいことを言う神みたいな先輩にずっと同じような注意をさせているようであれば業界をやめて、無能な人間として技術のいらないティッシュ配りとかするしかないんだろうな。
そんな奴はどの業界いっても同じことになるんだろうけど、明らかに向いていない業種で年輪を増やしていくのも往生際が悪いとも思う。難しいね。
数か月経ったので、もう書き込んでもいいかな。やっと行く事が出来た。
某社の情報収集はしていて、賛否ある事は知っていた。だから二の足を踏んでいた。自分は某社に行くきっかけとなったのは増田の大学の先生から紹介されたからだ。でも、何となく嫌な予感がしていた。「説明会や見学訪問で入所を迫られたりしたらどうしよう」「社長万歳な宗教っぽい雰囲気なのかな」とか。
結果的には、それは無かった。正直言うと、「入所して訓練している人達に対しては」抵抗感を感じる事は個人的には無かった。抵抗の無いレベルで動作や挙動・外見が「???」な人も居れば、話し方も外見も至って普通の人なのに…という人も居た。頑張ってる姿も実直で飾ってる様子も無くて、個人的には「自分もとは言え、本当にスペクトラムが居るんだな」と仲間意識すら抱いた。
ただ。タイトルにも書いたように、社員にとても不快感を抱いた。正直「その対応、どうなの」と疑問を感じた。
ここは、元々「見込みがある人・無い人に対して露骨」という評判があった。具体的には、ターゲットにされた入居者を見限ってしまうらしい。恐らく、入所前に、就労支援を勧めるかどうか、更に入所後の様子でふるいにかけるのだろう。
入所先はどこも定員オーバーで。知人が入所待機中の身で、その待機期間中、週に2度?、経理系某資格保持者向けの簡易事務として参加したらしい。そこで見聞きした事は「ボソボソと独り言を言っていた人」「薄ら笑いをしていた人」等等は、途中で社員の人達に退出させられ、その後二度と戻ってこなかったらしい。
入所前の待機中の講座?で、第一段階として、ふるいにかけてるんだな、と思ったりした。
やはりと言うべきか、少し怖かった。元々苦手な分野の作業なのだろうか、とある人に対して精神的に追い詰める様な言い方で男性社員が女の子に怒鳴っていた。怒りや苛立ちを隠そうともせず「もーーーー!何度も言ったじゃん!!!」「ほらーここ!また間違えてる…何なの?(ため息)」「本当に反省しているの?してないよねえ。口だけでしょ?」ドラマに出てくるようなヒステリックな母親みたいな叱り方。ちょっとねえ…。指導の仕方の範疇を超えているというか、ビビらせてどうするのって思う。それを何とかしようと、ここに来たんじゃないの?彼女は。痛い目を見させるって事?十分彼女は明らかに皆とは別のブースで一人ぼっちで作業させられている。スティグマってやつ。ああいう言い方で詰め寄るのって、どうなの?…という事は…。(彼女は…お察し案件対応を社員にされているのだろうか…)
一方、増田はと言うと、「増田を担当した社員が生理的に無理」だった。と言うか、「仕事しろよ!」という印象かな。
入所見学会の前に、個別相談会という時間を設けている。その相談会で社員が具体的に対応する為に事前に増田自身のデータを送り把握する…という段取りのはずだ。
話す内容からして明らかに「初見」である。口から出る端々の言葉から隠しきれていないのが伝わってくる。「あ、こいつ予習してないな」と解る先生の気持ちがよく解るわwww
なのに、虚勢を張って「解ってるよ感」を出しているのがまた滑稽だった。
増田自身、期待も信頼もせず、むしろ不信感しか抱けなくなっていた。こうなったら、情報だけ貰うぜ。そんなスタンス。
…これ、社員自身も発達障害者?という様な「失礼な物言い」も何度かあった。それに、ドン引きしてしまう様な仕草やリアクションもあった。ただただ気持ちが悪かった。その場にいるのがやっとな自分にとって、「情報だけ貰うぜ。」なスタンスすら困難を極めた。
せめて最低限の欲しい情報だけでも貰って終了。そして見学会。もう、増田を対応した社員が気持ちが悪すぎて…入所者や他の社員がとても普通に見えた。
「あ、なんだ、ちゃんとした人も居るじゃん!」みたいな。いや、恐い社員も居たんだけどさ。一緒に見学した人達も至って普通の人なタイプ。むしろ外見的にも友達に慣れそうな雰囲気の人で、良い感じの人。でも、スペクトラムによって困ってる人達なんだよな…お互い頑張ろうぜって気持ちに、なった。
まあ、担当した社員を見て増田自身、学び得た事は沢山あった。ああ、自分ってこういう時、こういう態度を取る人間なんだなーみたいな。
「情報収集にはもってこい」かな、とは思った。入所期間って何年だっけ。その期間が無駄になるか否かは、その人の価値観だし、ギャンブルみたいなものかな。
色々聞くのはタダだし、無理のない範囲で自分で経験するのは有意だしお勧め。
いや~…ホント気持ち悪かったわー…。多少、良い情報も得たけれどね。でも、窓口になる様な立場なんだから、もうちょっと人選考えた方がいいと思うけれどね(笑)
まともな人間が煽るだけだと人が嫌な気分になるだけだ。
それは「生意気力」であるとか「サンドバッグ力」と呼べばいいのか「誘い受け力」と呼べばいいのかは分からないがそういうものだ。
傲慢な物言いをしているのにどこかナヨナヨヒョロヒョロしてて見ているだけで殴りたくなるような、人を苛立たせる力が足りないのだ。
そのその根幹に有るのは卑屈さである。
どれだけPVを集めようがどれだけ信者が増えようが、どっか自信なさげ、つねに何かを煽ってないと落ち着かない。そんな落ち着きの無さ。人間として終わってる感。
ブログ書生のレベルの低さに愕然。そのクラスなら、僕がアドバイス送ったり、支援したり、僕の影響受けてブログ始めたような人の中にもいますよ?←あれ、ブログサロン始めてもいいのかしら(笑い堪えてる) / “イケハヤ、ブログ辞めるってよ…” https://t.co/yxn1TjEVjJ— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2016, 2月 10
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「そのクラスなら、僕がアドバイス送ったり、支援したり、僕の影響受けてブログ始めたような人の中にもいますよ?」である。
普通の人なら「ブログ書生のレベルの低さに愕然。俺が教えたヤツのほうがもっとすごい」である。
だが、こいつなぜか自信なさげなのだ、相手を見下してるのに、なぜか自分の実績を貶めるように語る。
そしてさらにそこで言い切れない。「←あれ、ブログサロン始めてもいいのかしら(笑い堪えてる)」という言葉をつける。
傲慢な出だしなのにトーンダウンしていくため、謙虚ではなく卑屈に見える。
たった100字でこのツイートを書いた人間の、他人を見下したいのに自分が底辺の人間であることを自覚しているせいで強気になりきれないその卑屈な人間性を表現するのは才能としか言いようが無い。
他のブロガーではなくあえてイケダハヤトに弟子入りしたんだから、イケダハヤトみたいになりたいんだろ?
イケダハヤトが達成した結果が欲しいのではなくて、イケダハヤトみたいになりたいんだろう?
だったら弟子どもはもっとイケダハヤトを研究してマネていかなきゃダメじゃないか。
イケダハヤトが書いてるつまらない記事からイケダハヤトの個性や煽り要素抜いたら何が残るんだよっていうのを露わにしちゃってるよ。
イケダハヤトが教えてそれなら、イケダハヤトは煽りや金の話を除いたら価値のあるコンテンツなんてなんて作ってないってことの証明になっちゃってるよ。
そんなことでいいのか? だめだろ? イケダハヤトの綺麗なところだけ真似ようとしてるんじゃないよ。
もっとイケダハヤトのいやらしいところや下衆なところを積極的に盗んでいってイケダハヤトに嫌われるくらいにならなきゃ。
そんなだから信者はイケダハヤトのことを理解できてないノータリンだとか言われちゃうんだよ。
信者こそ、良い面も悪い面も両方受け入れてそのままコピーしていくんだ。 聖なるものとして崇め奉ってるんじゃないよ。いいか?
発作ですhttps://t.co/oN9h9YBZ3t— 大澤めぐみ (@kinky12x08) 2016, 2月 10
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矢印以下抜いたらxevra氏みたいだなと思った / “ブログ書生のレベルの低さに愕然。そのクラスなら、僕がアドバイス送ったり、支援したり、僕の影響受けてブログ始めたような人の中にもいますよ?←あれ、ブログサロン始めてもいいの” https://t.co/Rld6lLb30y— OR (@FAtype100R) 2016, 2月 10
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馬鹿じゃねーの? / “ブログ書生のレベルの低さに愕然。そのクラスなら、僕がアドバイス送ったり、支援したり、僕の影響受けてブログ始めたような人の中にもいますよ?←あれ、ブログサロン始めてもいいの” https://t.co/1SPTViL9Vl— nagatafe (@nagatafe) 2016, 2月 10
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青二才ブログサロン、がんばってほしい
それでは最初に自己評価を高める運動ーー!!https://t.co/OoDvfociIt— ピンフスキー (@hideyosino) 2016, 2月 10
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青二才ブログサロン月額100円で始めるしかない! / “ブログ書生のレベルの低さに愕然。そのクラスなら、僕がアドバイス送ったり、支援したり、僕の影響受けてブログ始めたような人の中にもいますよ?←あれ、ブログサロン始めてもいいの” https://t.co/QYyDMYW3V2— かいとすたー (@kaitoster) 2016, 2月 10
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他の増田ウォッチャーからはこんな話より青二才の恋愛工学のつぶやきをまとめろと言われそうだがさすがの俺もアレは頭悪すぎて読んでるだけで頭痛するから無理だ。代わりに誰かやってくれ。頼む
http://anond.hatelabo.jp/20160114204909
の続きです
ずばり、赤松さんが何をやりたいか、何を最終目標としているかというと、上記ブログ、最新記事の表題にもある通り「電子書籍版YouTube」でしょう
赤松さんは将来を見据え、Googleやamazonが運営し、多量のインセンティブを取られ、アメリカ式の表現規制が導入された読み放題サービスではなく
発生利益のほぼ全てが権利者に渡り、過度な表現規制のない「マンガ図書館Z」という読み放題サービスを作りたいと考えているのです
「え?読めなくなった絶版漫画を読めるようにするサービスでしょ?」
このように思われる方もいるかも知れません、それも当然です
赤松さんは自身のブログにおいて当初から絶版漫画を対象に、と明言しています
しかし実は最近のブログ記事では少しトーンが変わってきています
(切り取った文章では、赤松さんの言いたいことが伝わらないかもしれません、できればぜひそれぞれ全文を読んでみてください)
最近、アマゾンがAmazonプライムで「ビデオ見放題」に続いて「音楽聴き放題」も始めました。
次は、どう見てもAmazonプライムでの「マンガ読み放題」を狙っているはずです。もともと本業は書籍ですしね。
(略)
・・・ここまで来ると、我々「日本人」が、しかも「クリエイター主導」でこれを率先して進めないと、
・・・目指すは、出版社(=新作を持つ)と共同での、日本の全マンガ作品のコンプリート蒐集。
ここに来れば、どんなマンガでも必ず読める(または新作を買える)。私たちの仕組みを使えば、この果てしない夢が叶うと考えております。
に着手いたします!
更に「マンガ図書館Z」には月額300円の有料プレミアム会員プランがあります
これは、アダルト漫画に対応するためと説明されていますが、今後、プレミアム(有料)会員向けに絶版以外の漫画が読めるサービスを開始することを視野にいれた展開でしょう
ここで繰り返しになりますがもう一度、論冒頭の逆説的な説明をさせて下さい
まずそもそも絶版漫画だけを読めるようにする便利サービスというのであれば
youtube的なアップロードシステムを取り入れる必要などありません、従前のアップロードシステムで十分に対応可能ですね
更に最初からその目的として謳っていた海賊版に対抗するという文句も、あまり意味のあるもではありません
違法アップロードされる漫画の量は圧倒的に絶版<その他だからです、つまり絶版以外の現在連載、発行されている漫画が殆どなのです
そして何より、絶版のみを扱うのであれば、黒船としてgoogleやamazonが漫画読み放題サービスを始めた時の対抗軸になることは絶対に出来ません
つまり本当に絶版漫画専用のサービスのみに終始するというのならここまで面倒くさいことをやってきた意味などないのです
別に赤松さんが途中で目的を変えたであるとか、そういうことではないと思います
最初からこういう展開を視野に入れた上で、扱い易い絶版漫画という分野でまず実績を積み上げて、その後絶版以外の漫画にも進出したかったのでしょう
そしておそらく、今すぐに読み放題サービスを始めるということもないでしょう
ある程度今後の成り行きを見守り、上手くいきそうなら、といった感じだと思います
しかし種々の権利問題や出版社への合意を取り付け、実際にマンガ図書館Zが絶版以外の漫画を扱い出した場合
「現在、違法サイトや海外違法サービスで漫画が読み放題だとはいえ、そんなサービスを利用する人間は限られている
しかし、マンガ図書館Zとして正式に国内でサービスを開始してしまえば、今まで紙の書籍を買っていてくれたお客がそちらに流れてしまう」
確かにいくら海賊版が溢れているとはいえ、やはりそんなものを利用するのは少数派です
一つにはそもそもその存在を知らないという人たちも多い
更に一つ、知っていても違法な事に手を染めたくない人たちが大半、というような理由です
マンガ図書館Zというサービスがもし出来てしまい、そして有名になれば、今まで海賊版の存在を知らなかった人たちの中にも利用を始める方が出てくるでしょう
そして違法だからという理由で避けていた人たちも、やはり使いはじめるでしょう、そうなると当然、書籍の売上は減ることが予測されます、これは確かに問題かもしれません
しかしそれは果たしてマンガ図書館Zがなければ解決される問題でしょうか?
この記事でも述べてきたようにそして赤松さんが予測されるように、例えマンガ図書館Zが読み放題サービスを始めなくても
Googleやamazonが類似の読み放題サービスを始めるのではないでしょうか?
もしそうなればやはり紙の書籍の売上は減るでしょう
そしてそれがスタンダードに、日本とは表現規制も何もかも違う外国のサービスが業界標準になってしまったら、それは漫画家にとって不利益とはいえないでしょうか
但し、このように、より悪い状況を想定し、それを人質のように選択を迫るという行為を嫌う方も多いと思います
確かにある意味上からの物言いでこの様にどっちが良いか、と選択を迫られるのは気持ちの良いものではありません
しかし、現実に音楽業界及びネット販売業界では、そうした選択の末、現在のamazonやAppleが支配するような状況が生まれてしまっています
もちろん
「それでも、昔ながらの紙の書籍を売るビジネスが好きだ。電子書籍ビジネスには関わりたくない」といった意見や
「本当にGoogleやamazonが読み放題サービスを始めるかなど誰にもわからない、そしてそのサービスが日本にとって悪いものであるという想定も所詮はただの推測に過ぎない」
という意見もあると思います、前者の方にはマンガ図書館Zというサービス自体が決して受け入れられるものではないでしょうし
後者の言い分もそれを100%否定できるような材料はありません
他にも
「そもそもなぜ赤松さん(GYAO)がサービスを運営するのか?自分は赤松さん(GYAO)は嫌いなので使いたくない」
「結局はお金や名声目当てでは?マンガ図書館Zが成功した後、サービス内容が改悪されない保障がどこにある?」
「マンガ図書館Zが次善の策であるように言っているが、もっと考えれば漫画業界にとってより良い方法があるのではないか」
等など、考え出せば切りがありません
漫画家や権利者、そしてマンガ業界を支える関係者やファン、消費者の方々が十分に考え、導き出した結論であれば
例えそれがマンガ図書館Zには反対!という意見であっても仕方のないことでしょう
何より重要なのは、より多くの当事者が日本のマンガ業界の現状を認識し、ただ座視するのではなくそれぞれに考え行動することではないかと思います
そしてもし、その結果がマンガ図書館Zを支持するというものであれば、ぜひ応援して頂ければと思います
「メッセージが見え見え、薄っぺらい」そのようにしか感じられないのなら、その作品はきっと童話のようなもので、成熟したあなたに合った作品ではないのだろう。
……本当にそうであるなら、批判などしなくてもただ距離を置いて忘れ去るはずだ。そうしないということは、その作品にあなたは期待を寄せており、その作品を高く評価する同年代の人間も多いということだろう。彼らは「薄っぺらい」とは感じていない。
ではなぜあなたは自分の「薄っぺらい」評を見つめ直せないのか?それは、自分が読み取った受け止め方が正しい、作者の言わんとしていることはこれに違いない、だからこの作品はこの程度のもの、これを有難がっている奴は幼稚だ、そう信じこんでいるからではないか。もしそうなら、“正解”があるかのように誤解させる国語教育を恨んでもいい。言うまでもなく、作品が伝えるものに“正解”はない。ある程度の枠組みの中にテーマ性はあっても、何をどう受け止めどう感動するかというのは、人により千差万別で、それでいい。でもどうせその作品から目が離せないなら、楽しめる受け止め方をしたいもの。娯楽だもの。つまらなく受け止めた自分とは異なる受け止め方をした人の考えを理解しようとするのは非常にエネルギーのいる事だが、非常に知的好奇心が刺激されることでもある。自分が見えていなかったポイントを裏側から見るような経験ができるからだ。
まがりなりにも作品を批評――というか貶すような物言いをするのなら、“自分は見るべきポイントを全て網羅しており、かつそれらのポイントを良い視点から眺めている”ことを確認する作業が必要になる(それを意識的にしている人がどれほどいるだろうか)。その作業は、下を見ることではなく、上を見ることによってはじめて達成される。具体的には、たとえば熱い考察記事に片っ端からあたること。決して、2ちゃんやtwitterに溢れるネガコメに同調して自分の見方を補強することではない。より頭を働かせ貪欲に楽しもうとしている人からこそ学べるのだ。その作業をしていると、きっと自分の小ささを実感するはずだ。一個の人間の持てる視野はあまりにも小さいことに気づくはずだ。そういう経験を繰り返すうち、どのような作品に対しても謙虚にその見えざる良さを斟酌するような姿勢がとれるようになる。そして、楽しむ人を侮ることもなくなる。楽しめるということはすなわち、人生の読むべきタイミングで読むべき作品を読んでいること。それは幸福なことで、茶々を入れて壊すべきでないと思えるからだ。それは他人を、他人の人生を尊重するということでもある。しかし、ネガティブな感情に囚われていると、決して、そのような心境には至れないだろう。それは本当にもったいないことだ。
残念ながら昨今のインターネットの短文文化は、このもったいない状況を加速している節がある。ぜひそれに抗って、深く長く思いを巡らす時間をとってほしい。私のようなニートの仲間なら特に。ニートが生存するために一番必要なのは、きっと心の豊かさだ(経済的には依代があるからニートできているのだろう)。まあ、ネガティブなことに思いを巡らすのは逆効果だが、ネガティブをポジティブに転化できるものの考え方というのは、何にも代えがたく、得難い資質であると思う。脱線してきたのでこのへんで。
スーパーの寿司屋で遅めの昼食を食べていた ギリギリランチの時間帯、海鮮丼が美味しい
隣に50代くらいの女性の2人連れの客が座った
会話の中でセミナーに行ってきたとか言ってる、売るとか売らないとか
まあセミナーって言っても仕事関係でもいろいろあるから…と聞き流していると
ねずみ講という単語が出て、上の方の人が儲かる、とか言い出している
不穏な気持ちになってしまい、どうしてもつい意識がその会話に向く、席も肩が当たるほどに近い
どうやら○○○りんという共通の知人女性がそのねずみ講に入っているようで、「割と上の方なんでしょ?」ということらしい
ああただの知人の噂話ね、勧誘とかじゃないんだ、と安心しつつも
一方の女性はずっとそのねずみ講の話をしており、否定感もあまりないような物言いで、勉強になるものも…なんて言ってる…
海鮮丼は美味しかったけど、意識はほぼねずみ講の話をする中年女性2人連れの会話に向いていた
http://mega80s.txt-nifty.com/meganikki/2015/12/1217-5376.html
以下、必要箇所のみ引用し、リンクは貼りません(発言者に食ってかかる人が出そうなので)。
“なぜオタクがかった人は、わざわざ乱暴な物言いを選ぶんでしょうか?
校正紙なら「文字が小さくて読めない」と書けばいいのに「ゴミのようだから修正」と表す意図が判らない。”
これ、とてもよく分かる。表現規制反対のツイートでも、いきなり相手をBBAと書いたり、苗字を呼びすてたり……
そんな幼稚な人たちの仲間だと思われたくないでしょう?
見ず知らずの相手を「おまえ」「てめえ」「こいつ」と呼ぶ粗暴さは、確かにオタクの特徴だと思う。
アニメや萌え絵好きだから、責められているわけではないと思う。
性格が悪い、態度が粗暴な者が目立つから、すぐさま「犯罪者予備軍」などと、槍玉にあげられるんではないだろうか?
萌え絵ポスターの味方に立ちたくても、すでにツイッターで口汚い罵りあいが始まっている。
一言でいうと、社会性が欠如している。一方で、「オタクに人権なし」とばかりに、理不尽な攻撃を加える人たちもいる。
こんな破滅的な状況に、誰が近づきたいと思うだろう? 相手を敬称で呼ぶ、最低限の敬意をはらうだけで、ずいぶん雰囲気は変わっていただろうに……。
峰なゆかさんの見事なブーメラン芸が世の中をささやかにざわざわさせている中、
私は彼女を擁護してた中村珍さんとかまんしゅうきつこさんとか、某コスプレイヤーとか、あと、その他何人か、
「ねえ、どんな気持ち?ねぇねぇ、どんな気持ち?」って、聞きたい気持ちでいっぱいだ。
上記の人たちは、峰なゆかさんの仲良しグループの人たちで、前回峰なゆかさんが田所コウさんの作品を「パクリだ!」と大騒ぎした際、
峰なゆかさんを必死で擁護して田所コウさんの漫画を盛んに批判し、結局、今やっと芽吹こうとした芽をぐちゃぐちゃにした人達だ。
そして、今は一同に極力峰さんの話題を避けている印象。かなり主観的な物言いになるけれど、結構卑怯だし情けない行為だと思う。
個人的な話だけど、田所さんの絵や空気感はとても好みなので、どうか今後また新しい作品をどうか発表して欲しいと切に願う。
というか、今回の件に関しては「やーい、ザマァwwwww」っていう権利がある。
彼女たちは非常にプライドが高いので、なかなか「峰なゆかのパクりの件、私が間違っておりました!」とは言えないらしい。
未だに峰なゆかさんのイベントを共演してあげたりしている。優しいね、切り捨てなかったんだ。
でも、きっと、今回の一件で仲良しグループの中で峰なゆかさんは「面倒くさいメンヘラ」にランクがさがったと思う。
それから「表面上仲は良いけど、なるだけ仲良くしたくないな」枠にもカテゴライズされたのでは、ないでしょうか。
曲がりなりにも、彼女の仲良しグループって、一般人ではなくてクリエイティブな人達。
「オマージュ」と、最大限に言葉を綺麗にしたって、許せないものは許せないのでは。例え、友人がやったとしても。
しかし、内容的に増田にしか書くことができないのだということをわかってほしい。
立場を明かして書くこともできなければ、書いたところで誰かが得をするものでもない。
とうとう死体蹴りプロ山本一郎氏にまで言及されたパチンコ業界。
それを認めんとしないがために起こってしまったのが今回の不正釘問題といっても過言ではない。
つまりもう、そうでもしなければこの業界は成り立つことができない状態にまで陥っているのだ。
滅びの始まりはミリオンゴッドが社会問題として取り沙汰された頃だ。
ミリオンゴッド自体が巻き起こした社会問題もさることながら、過度なギャンブル性を抑えるために適正な検査が行われているという前提に疑いの目が向けられてしまう最初の大きな事件だっといえよう。
それ以前から業界の中では検査体制がザルだということは周知の事実だった。
そこを最低限の損失で切り抜けることができたのは、あの時まだ多くの既得権者によって業界が守られていたからだ。
それから時間をかけて少しずつ是正が行われたものの、その当時、ミリオンゴッドを始めとした一部の機種を回収したのみで他の問題へと言及が進まなかったのは、様々な方向からの配慮があったからにほかならない。
パチンコ業界が存続することによって守られる既得権のための配慮だ。
多少乱暴な物言いにはなるが、それは即ち既得権の崩壊でもあった。
単純に、パワーバランスが崩れたことによりパチンコ業界を守ることによって得られるものより失うものが上回ってしまう状況に変わってしまったということである。
この時、事実上パチンコ業界を各方面からの圧力から守っていた後光は失われたのだ。
そこに止めを刺しにかかっているのが、新勢力であるカジノ部隊だ。
単純に言えば、彼らは新しい利権をつくり上げるために過去の既得権を崩壊させようとしているのだ。
しかし、そのためには事実上既存のギャンブルと言えるパチンコによる依存症問題などの社会問題を解決する必要がある。
既得権を奪うよりも新たな利権を作りあげることで既得権を崩壊させる。
つまりはこれを盾に業界縮小を迫るということは一石二鳥な戦略といえるわけなのだ。
しかし結局はどちらに転ぼうとも消費者を無視した利権争いでしかない。
消費者を守るためなどと言いながらも、消費者や民間企業とその労働者達がどうなろうとも彼らには関係のないことなのだ。
この動きをいち早く察知した業界の一部メーカー、ホール企業は、もうすでにカジノ運営やマシンの開発に乗り出している。
そのことも、業界の未来が明るくないことを示唆するに十分な証拠と言えよう。
そうした利権争いに挟まれている間に、パチンコ業界は大きな見込み違いをすることになる。
それがスマートフォンの普及からなるソーシャルゲーム業界の台頭だ。
パチンコの魅力=「刺激による中毒性」と考えていたパチンコ業界は、ソーシャルゲームから得られる自己承認欲求という中毒性を軽視しすぎていた。
父親世代がパチンコで騒音と煙草の煙にまみれながら散財していく姿を見ていた若者たちはその存在を忌み嫌い、しかし抗えない中毒性を求めソーシャルゲームへとはまっていった。
そこにパチンコの既存客の奪い合いが激化したことによる高単価が進んでいくことで、若者たちの獲得はより困難になっていったのだ。
パチンコの来店動機で常に最上位にある動機を知っているだろうか。
それは「立地」だ。単純に家から近い店を選んでいるにすぎないのだ。
当然それだけではない。設備や快適さ、信用度などが加わって最終的に利用する店が決まる。
しかし、アンケートをとってみれば常に最上位にあるのは単純に「通いやすい」という理由だけなのだ。
このことはパチンコを経営する人間であれば、企業努力の全てを無駄と思わせかねない認めざるをえない周知の事実だ。
いわばパチンコとはそれだけ気軽で身近なレジャーと言える存在なのだ。
それなのに皆が総じて見落としたのだ。もっと気軽で、もっと身近なレジャーと言える存在を。
インターネットさえつながることができればどこにいてもいつにおいても刺激と自己承認欲求を満たすことのできる存在を。
いや、言い換えればはじめから打つ手がなかったのかもしれない。
パチンコで自己承認欲求が満たされることに対して違和感をお持ちだろうか。
ならば問うが、パチンコで最も得たいものは果たして大金といいきって良いのだろうか。
当然、参加者全員が儲かってしまえば業界そのものが存在できない。
一部プロと言える人間をのぞいて、大半は単なる1ファンが支えているのがこの業界だ。
つまり、負け続けても通い続けるファンによって支えられているのだ。
単純にお金を失いたくないのなら、貯金箱に入れて定期的に引き出せば良い。それで満足できる金額を得られるはずだ。
しかし彼らはそうはしない。
なぜなら、そこに自らの運の強さという自己顕示欲を求めるからだ。
つまり、10万というの金額を得たいのではなく、10万というの金額を得ることのできる自らの運の強さを実感したいと言えるのだ。
普段生活をしていて、半日程度の労働で10万円という対価を得られることがあるだろうか。
当然、普通はない。
ギャンブルに参加するという行動が伴うことによって、それだけの価値を得ることができるという自らの能力としての実感を引き連れてくるのだ。
このことと、ゲームを圧倒的に優位にしてくれる1/1000のレアを引き当てた瞬間の運の強さを実感することとどこに違いがあるというのか。
これこそがパチンコ業界の多くの経営者が見落としている、ファンが求める自己承認欲求の部分である。
当然誰もがそのことに気づかなかったわけではない。
一部のメーカーがそうした要素を取り込もうと努力をしたのも事実である。
しかし、残念なことにすぐに規制によって廃止せざるを得なくなってしまった。
その道を進むことができなかったことは、つまり業界がすでに後光を失ってしまったことを再確認したにすぎないことだったのだ。
大半の業界人が予想している通り、今回の不正改造問題についてこの業界が少ないダメージで切り抜ける方法はもう残されていない。
今の今まで、とっくに失われていたはずのギャンブル性だけで業界はこの規模を維持し続けてきたのだ。
しかし、それを失った今、残された道は縮小だ。
射幸性を失ったことにより去っていくファンをつなぎとめることはもうできない。
そうして業界全体がこれから払うべきツケは新規客の獲得を疎かにし続けたことだ。
ポケットの中にいつでも気軽に得られる自己承認欲求を持った人間の足を、騒音と煙であふれる実店舗に向かわせるという余りにも困難な命題を抱えているのだ。
このことを詭弁というのは構わない。
しかし、業界が緩やかに縮小していくであろうと言う予測も、最早欺瞞だ。
経営者はそのことを少しでも早く認め、今の人材たちに未来を準備する責任がある。
これこそが今回最も言いたいことの一つでもある。
なぜなら、これは何もこの業界に限った問題では無くなっていくからだ。
ある程度の年齢、ある程度の家族を持つ、他の業界では流用の効かない知識・技術をもった人間が世の中に溢れ出るのだ。
これは、労働に携わった人間だけに責任を求めるべき問題ではない。
例えばソーシャルゲーム業界が突如規制によって崩壊したらどうなるか。それとなんら変わらない問題なのだ。
このツケだけは、業界だけでは払いきれないということだけは皆に理解していて欲しい。
一人の日本国民として切に祈っている。
同期数人+αで同じプロジェクトを担当することになって、俺が流れでメインになったんだけどさ。
一緒に担当になった女の同期(自称サバサバ系)がマジで最近めんどくさくて胃が痛い。
まず話し合いができない。
なんつーか、語気が強すぎるうえに反論を認めようとしないので、数人で打ち合わせしてるときとかにそいつが発言するとそこで話が止まる。
別に女だからおしとやかにお上品に話せと言ってるわけじゃない。
女でもっとガラッパチなキャラもいるし、男でもっと繊細なのもいる。
でも話し合いの場では冷静に、結論に向かって話ができるんだ。お互いに。
そいつが混ざるとそれができない。
誰かが話してるのを遮って
って突然言い出す。
「そうだね。××の恐れがあるね。だから○○という方法でそれを回避するのはどうだろうかということを今から話s」
「じゃああたしが××の可能性つぶすよ。皆さん、何かいけないことありますか!?それでいいでしょ!?」
みたいな。
いやお前が解決してくれるならそれでいいよ、頼むよ。
なんでそれだけのことを伝えるのに、そんなけんか腰なの。
俺らはお前の敵なの?
ここはおまえにとって戦場か何かなの?
もうみんなドン引き。
上司に何度か相談したんだけど、まあ同期のよしみでうまくやってくれよ的な感じでのらりくらりとかわされるだけ。
同期だから難しいんだっつーの。
後輩とかからも「お疲れ様です…いろいろと…」みたいなLINEが来たりして、あーもう申し訳ないなあ、ってなる。
本人にも話をした。
と繰り返すばかり。
なってねーよ。
あの水を打ったように静まり返った会議室の空気をお前は一体どう思っているんだ。
後輩もビビってるし、同じことを言うにしても言い方というものも大切だ。
もう少し冷静に、穏やかに話をしてほしい。
こないだそこまで言った。
で、後日。
やつが担当している取引先との打ち合わせについて「俺も別件で先方と話したいから同行したい」と伝えたら烈火のごとく怒りだした。
いわく、わたしをもっと頼ってほしい。わたしの役割って何なのか。増田君が行くならわたしが行く意味なんてないんじゃないのか。
だから別件だって言ってんだろおおおお!!!というのを繰り返し説いて聞かせると「別に増田君が来なくていいなんて一言も言ってない」とか言い出して。あああああもうううう!!!
そしてさらに、「こないだ上司と話したときに◇◇の件が全然伝わってなかったけれど、大丈夫なのか」ということを聞かれた。
それもお前が会議を無駄にひっかきまわしたせいでまだまとまってない案件だろうが。
まとまってないからまだ報告できねーんだよ。わかってんのかこいつ。
ちょっと俺もイライラしてきて、冷徹な口調でしばらく(メールだけど)やりとりをしていたら、次第に落ち着いてきたのか、
「増田君もいっぱいいっぱいだもんね…わかるよ…」
とか言い出して、いやいっぱいいっぱいなのの三割ぐらいはおまえのせいなんだけど、と思った。
なんだろう、褒めてほしいんだろうなってのはすごくわかる。
プライドが高い人間なので、自分がトップに立てないフラストレーションもあるんだろうと思う。
じゃあなおさら、もっと周囲から人望を集められるように振る舞ったらどうなの?
俺だって専門知識もすごくあるわけじゃないし、ヘタレだし、全然リーダーの器じゃないと思ってるよ正直。
でもチームの皆はみんなそれなりに優秀だし、責任感だってある。
このメンバーでやっていけば、きっとうまくいくと思ってる。
あいつが引っかき回しさえしなければ。
とにかく、普通に話してほしい。
けんか腰だめ。ぜったい。
嫁に話したら、一度ガツンと言えばその手のは案外すぐにおとなしくなるはずだ、と言われたんだけど、やっぱりそれしかないのかね。
やだなー。同期なのに。
結婚すれば、脅され奴隷にされるイメージしかなく、怖くて怖くて仕方がなかった。結婚とは植民地にされることだと思っていた。
結婚しないですむ、それは植民地にされずに済むということだと思っていた。
父が悪いというよりも、祖母が女は奴隷であるべし、という価値観だった。
仕事、家事、出産、育児、介護、のすべてを行うのが当たり前だと思っていた。そういう母を見て育った。
そして、仕事以外しない父も見てきた。
結婚するのは、損得勘定(算数)ができない頭の悪い女性だと思っていた。あとは、世間体に耐えられない意識薄弱な女性。
どこかの男性が主張する、処女じゃない女とは結婚したくない、とかの呆れるような幼稚な理由ではない。
これは、女から愛されず(お金でしか)選ばれない男の負け惜しみで、
プライドを保つために虚勢を張っているのが悲しい程よく分かる。
どんなに、紳士に振る舞っている男性でも、潜在意識下では見下している。表面をいくら紳士にしても根っこはバレバレ。
論理的ではない反対意見が出て、女性の地位はなかなか向上しない。
強く出れば、協力してはもらえない。
なので、男性のご機嫌をとらないといけない女性は、弱い立場で、遥かに高い交渉能力を求められる。
女性側も奴隷であった価値観が抜けず、男性も奴隷として扱っていた価値観が抜けない。
とは言え、悪女のような女も多く、女から見てもひどいと思うのも事実。
さて、農家は圧倒的に減っているけど今はどうなってるんだろう?
主にIT関連の企業がクライアントに多く、その中に非上場のソーシャルゲーム運営会社があった。
当時かなりの勢いで伸びている会社で、自分も担当した転職希望者を多く紹介した。
窓口となっている担当役員もやり手で、当時はその会社の成功を信じて応援していた。
若干ビッグマウスすぎるところは気になっていたが、業績もちゃんと伸びているようだったし、その会社の狙いドコロも悪くはないと感じていた。
「業界トップになれるかどうかはわからないが、上場してある程度のポジションを築くところまでは行けるだろう」
…しかし、ソーシャルゲームのビジネスは本当に当たり外れが激しく、
なんとか上場はできるかもしれないが、上場後に急成長するようなイメージは持てない。
噂によると一応規模は拡大できているようだが、当時の期待値からは大きくかけ離れてしまっていると言って過言ではない。
(むしろ外から見る分には売上が下がっていてもおかしくないような印象なので、どこで売上を微増させているのか不思議に感じている)
なぜ「噂によると」なのかというと、自分はその会社とはほぼ縁を切っているのだ。
担当者の無茶ぶりや、酷い物言いが続いた時期があり、不信感を持ってしまったことがキッカケ
そこに加えて「最近調子の良いニュースが出てこないな」と感じた事もあり、
「大本営発表」では景気の良い話が出ているが、具体的な実績ベースでの話は出てこなくなって久しい。
売上につながる顧客の1つだったが、その判断は後悔していない。
しかし すでに紹介してしまった候補者のことを思うと、どうしても申し訳ない気持ちになってしまう。
仲介した当の本人がその会社のことを既に見限っているなどと、当事者に言えるものではないし当然言っていない。
そもそも言う機会があるわけでもないが。
転職する本人も自分で納得して決めたことなのだから、仲介した人間があーだこーだ言うものではないのかもしれない。
会社自体は伸び悩んでいたとしても、本人は活躍して機会を掴んでいるかもしれないし、そう思いたい。
大阪W選挙、どう考えても維新の勝利は目に見えてたんだけどね。
圧勝かどうかは分かんないけど、まあ負けたら大阪の庶民の選挙じゃ無いよな、程度の認識はあった。
でまあ、大阪以外の人が「わけわからん」という理由もまあ、わからんでもないから、チョット聞いてくれよ。
「大阪府民」って個人は居ないから。そういう人間みたいな人格想像するのが間違い。
大阪の二重行政とか、公務員の腐敗とか、なんかずっと変わんない現状とか、もうウンザリなのは全員一致してんの。
で、半年たってもなんにも変わんないし、なんかこう、なんにもしないじゃん?
だから、「反維新にガッカリして賛成派に回った人が多く」「維新にガッカリして反対派に回った人は少なく」で、圧勝。
ね、簡単でしょ?
こういう「何度も続けてればいつか烏合の衆が解散して意見が通せる」は、体制側が得意技だと思ってたんだけどな。
大阪市特別区設置住民投票は、賛成69万5千票、反対70万5千票で、否決された。
投票率66%。賛成した人が69万人居て、反対した人が70万人居た。
でも、あの時も散々言われたけど、周りの話を聞いてても実際にはこんな感じだった。
一番多いのは選挙行かない派。むしろ5月の住民投票に6割超えて行ったの驚異的だと思う。
1~4番の人たちは、概ね「二重行政に無駄があるのは判る。なんとかして欲しいことも多い」までは一致してんだよね。
みんな忘れてると思うけどさ、2008年に橋下が大阪府知事になったとき、最年少だぜ?
2011年には、大阪府知事から大阪市長っていう、「えなにそれ逆じゃね?」みたいな選挙やって20万票差で圧勝。
(2014年に出直し選挙やって30万票差ってのは余録だな。流石に覚えてるだろ)
んで、ノットイコールではあるんだけど、圧倒的に橋下は人気あるんだよ。
大阪都構想の時のキャッチコピーがまんますぎて笑うから思い出しといてくれ。
「大阪を変える」って、単純で簡単で解りやすいキャッチコピーで煽るのうまいんだよ。
今回のW選挙は、「大阪都構想」の一点突破だって言われてるらしいけど、違うと思うんだよね。
大阪に住み、大阪でメシを食ってる人間の肌感覚では、「現状維持はウンザリ派」の圧勝なんだよね。
色々やって失敗するのは、まあ良い。ホントは失敗しない方が良いけど。
「なんにもやらないから失敗してません!相手はいろいろ手を出して失敗してます!」は、もう勝てないよ。大阪では。
橋下のやった施策で、失敗だ責任とってない無茶苦茶だって言うのを読んだり聞いたりすると、もっともだなと思う。
そりゃねえわという失敗も多い。なにしてんの、と思うことも多い。でもな、動いてんじゃん。
「石橋叩いて渡る」を「チャレンジ」とは言わないだろ。失敗するとこもコミで任せてんだよ。
大阪都構想で、1万票差で否決されたの、もう忘れたの?たったの半年前だぜ?
橋下の市長としての得票数、橋下の率いた政治団体の議席獲得結果見て、どうして橋下の人気がなくなったと思うの?
賛否拮抗してて、反対に投じたうち「潜在的には賛成だけど、いきなり住民投票で決めんなや」組がどれだけ居たと思ってんの?
(とはいえ、今回も大阪都構想の住民投票だったら、たぶん賛否割れてて圧勝にはならないと思うけどな)
隣席にいながらメール連絡とか、普通はコミュ障どころか険悪さすら感じるニュアンスだと思うのだが、彼にとっては普通であるようだ。
同上
得意でもなければ作業を中断されるのも好まない、というところかもしれない
http://anond.hatelabo.jp/20151114203911
http://anond.hatelabo.jp/20151115051501
何かを批判していないとプライドを保てない人々というのは、もう脳がそのように出来てしまっている。
だから、本人は改めた気になっていても、その性分はなかなか直らない。元増田も、私も含め。
自分の発言が、非建設的で悪意的見方にすぎる事を自覚できていたとしてもだ。
すばらしい物の見方をしていて魅力を何倍にもして伝えてくる人を目の当たりにすれば、彼らも一度はそれを賞賛する。
でも、次には文句を言い出すのだ。一度欠点だと認識したものは、どう繕っても欠点としか見れないのだろう。
私は2chのアニメスレに、何度か優れた考察をするブログのURLを貼った事がある。すると毎回そういう流れになる。
「でも○○のパクリだから台無しだ」「こんなガバガバ脚本なのが悔やまれる」と。
もはや、ネットはネガティブな思考回路を増幅・拡散するための装置になっている。
とはいえ彼らも最初からアンチなわけじゃなく、むしろファンで熱心に見続けている者が多いとは思う。
しかし、作品を受け入れて楽しんで見ようという姿勢になれないから、監督や脚本を責め立て、自分の理想を延々と垂れ流す。
ひとつは、神経質すぎる、理想主義すぎる者の声が目立つ仕組みだからだろう。
そういう人格になる理由は様々だが、ことアニメに関しては「キャラクター性至上主義」を煽る文化に一因があると思える。
魅力的なキャラが何より大事だから、特定キャラをsageるような役回りが許せない。シリアスな展開を容認できない。
また、「キャラが脚本に踊らされてる」みたいなトンチンカンな発想になってしまって、ストーリーを受け入れることができない。
もちろん、アニメ化以前からキャラクターが確立している作品もあって、一理ある場合もある。
だがアニメ化にあたって、物語性の薄い日常系にするならともかく、ドラマを描くなら多少のキャラ改変はポジティブに捉えるべきだ。
なぜなら、既存のキャラに囚われてキャラに自走させていたら、一本のドラマになるようイベントを発生させていくのは難しいからだ。
なので、「常識的にこんな事になるはずないだろ」とキャラの浅慮や落ち度を批判するのも的外れになる。
常識的に起きないようなイベントが重なった世界線がドラマになるのだ。
限られた時間枠のなか、絵で表現するアニメというのは、作るにも観るにも高度にクリエイティブな行為だ。
大事なことほど明確に描かれず、テーマ上不要なシーンは大胆にカットし、必要なシーンは大げさに描くケレン味が評価される芸術だ。
だから、観る側にも、脳内補完をしてやるための想像力と頭の回転が求められる。
だが最近は、漫画ですらうまく読めない若者が出てきたという話も聞く。
そういう状況では、このアニメ的な作法を飲み込めず、説明不足・置いてけぼり・駆け足すぎと感じ憤る人も出るだろう。
そういう人にとっては、アニメを違和感なく観れている人というのは好意的に見すぎの「信者」であり、愚か者にすら見える。
だが前述のように、アニメというのは構造的に、ある程度は好意的に汲み取ってやることが求められるものだ。
アラを探すような鑑定姿勢で見ていると、好意的に見ていればケレン味として消化できる些細なハッタリにも躓いてしまう。
すると「破綻している」という印象に囚われ、世界観にも没入できず、もう「楽しむために観る」という本来の姿勢には戻れなくなる。
その状態に陥ると、感動的な場面も素直に感動できなくなるばかりか、ちりばめられた演出も見落としがちになるだろう。
作品を楽しめている人とそうでない人の差は、感動できるような美点を「見出している数」の差だ。
アニメというのも芸術の一つであり、芸術というのは、言語化できないような抽象的なところから意味を見出すからすばらしいのだ。
また、ネットでは、批判できる人間が「通」であり賢いかのように見えてしまう。
その上、「好きだからこそ許せない」と批判されると共感を呼びやすい。
それが実際はトンデモな批判でも、通っぽさが伝わるとROMのにわか層には説得力をもって伝わるのだ。
ネット世代はとくに、こうしたネガティブ思考に誘う罠にハマりやすい環境に生きている。
この手の重箱の隅批判が公益を生むこともある政治や行政への批判あたりならまだマシだ。
が、アニメ漫画なんていうのは、趣味で自分が楽しむためのもの。
こりゃダメだと思ったら「自分には合わなかった」と去ればいいだけの分野のはずだ。
それなのにネガティブ発言をする人が繋がりあい、存在感を発揮する状況は、いかにも不健全だ。
こういうネガ・dis思考はtwitterやLINEやまとめサイトのような所からどんどん伝播していく。
軽いキャラdis風だったり、「また○○(脚本家の蔑称)か」みたいな受け入れやすい形で。
もっと作品やクリエーターへの敬意があって然るはずだが、そういう感覚を持てるのは「古き良きオタク」気質の人。
大量のアニメを消化していくイナゴのようなアニメファンは、下手に知識を得ても、斜に構えたような感じになりがちだ。
結局なにが言いたいかというと、そういう通ぶって批判する人をなじりたい訳ではない。
むしろ、そういう人が目立つのは時代の必然と考えたいという話。
目の前に広がる不快な現状をみて、
その中心にいる「人」を責めて鬱憤を晴らすダサいおっさんが元増田なら、
「ネット社会」という環境を憂えて俯瞰した気になっているダサいおっさんが私だ。
どんな形であれアニメ批判に関わると、こういう泥沼にハマって闇に堕ちていく。
そこだけ見ても、「良さだけを語れる」オトナの神々しさが感じられると思う。
ネットでは、増田でくらいは、そういうドロドロした感情を出してもいいと思って今書いているが、
でもリアルやSNSみたいなところでは、なるたけ「良さだけを語れる」「馬鹿に構わない」人間でありたい。
つい、「ここは良いけどここはダメだよな」みたいな両論併記的・中立的・評論的な物言いをしたくなる時も、
それは大体抑えたほうがいいと肝に銘じよう。趣味についての話なら。
しかし、完全にそういう人間になるには、そもそもネット上の素行についても
「わざわざ下卑た場所を覗きに行かない」「そしてそこでマウントしない」を身に着けている必要があるのだろう。
一度泥沼の味を覚えた身としては、それは難しいように思える。
なにしろ、そんな場所を見に行くことを忘れるような社交的なリアルの付き合いがないのだから。
ああオトナになるのは本当に難しい。