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2018-11-28

中学3年まで特別支援学級だった自閉症児の息子が大学合格した

 参考になるか知らないが、適当に綴ることにする。

 語尾がバラバラなのは許せ。(気が向いたら編集するが)

まずは生い立ちから

 3歳になっても言語を全く話せず、クレーン動作を始めとした典型的自閉症状を示していたため、児童センターを介して専門機関受診したところ、聴力も問題なく知的障害自閉症)との確定診断。

 そのまま知的障害者の扱い(療育手帳交付)。

 応募した私立保育園には全て断られたものの、自宅から少し離れた市立保育園へ無事入園

 「知的障害児」ということで、ほぼ専任のような保育士さんを増員していただき、時々奇声を上げて脱出を企むながらも、最後まで追い出されることなく何とか卒園

 保育園の間は、ずっと会話は不成立。

まずテレビを捨てました。

 3歳でビデオデッキ操作(VHSカセットの交換・スロー再生・逆再生等々)をマスターしていたものの、毎日テレビの前でビデオ操作しながら、全く同じシーンを延々繰り返しながら奇声を上げて踊ってる有様。

 確か「お母さんと一緒」のビデオだったと思いますが、キメのポーズのところで一緒にキメて、そりゃ見てて可愛いわけですが、親からの会話は理解できていない。

 テレビに映った、いわゆる芸人さんの笑いを(意味も分かってないくせに)オウム返しし始めたあたりで、これはヤバいと感じ、(当人は知らない)裏のコンセントをコッソリ抜いて「テレビさん壊れちゃったみたい」ってやってやりました。

 しばらくは寂しそうにしていたのですが、何ヶ月かしたら、直ったか試すこともしなくなったので、未練がなくなったのだろうとテレビごと廃棄。

 たしか4歳か5歳の頃だったと思いますが、この時から自宅からテレビがなくなりラジオだけの生活になりました。寝る時に子守歌かわりの童謡CDを流す習慣にしていたのですが、高校1年くらいまでは寝る時に自分操作して鳴らしてましたね。(ずっと川の字です)

 テレビがなくなると空いた時間を埋めるべく、絵本をめくったり、オモチャを手にしたり、パソコンに興味を示したりするようになりました。テレビは捨てて正解だったと今でも確信しています。(モニターDVDは視聴可)

小学校先生に恵まれました

 発語はあるが会話は成立しないのですから小学校は当然にしてストレート特別支援学級です。

 集団登校には親の同伴を求められたので、6年間ずっと同伴通学でした。(とは言え、後半は列の後方から見守る程度ですが)

 「環境の変化」と「予想しない事態」に極度のストレスを感じるのが自閉症児の特徴なのですが、特別支援学級の1年生~5年生まで、担当教諭の異動がなかったことが幸運安心すると精神状態が落ち着くんですね。

 特別支援学級教諭って、ナニかワケありで左遷ポストみたいな雰囲気があると思うんですが、1年生~5年生まで担当して下さった教諭は全く違ってました。

 言葉で書き尽くせないのですが、自閉症児では健常児以上に苦手なところが多いのですが、無理矢理に克服させようと正面突破させるのでなく、苦手なところを避けて歩く方法みたいなことを息子に伝授してくれたように感じます

 予期しないことが起きるとパニックに陥って奇行が始まるのですが、先に予定が分かっていて、その予定どおりに進行すればパニックは起きにくく、そういう特性最初から見抜いて下さって、本当に上手に導いて下さいました。

 伊藤先生、今でも感謝しきりです。(年賀状は欠かさず(息子に)出させてます

ほぼ毎週のように外出しました

 息子にはとにかく外界からの刺激が必要だと思って、ほぼ毎週、公園だの何だの、とにかく外へ連れ出しました。200キロ距離にある実家へは毎月通ったり、とにかく土日2日とも家に籠もっていたことは年に数えるほどだろ、という位に連れ出しました。

 電車が好きだったので、環状線一周(全ての駅で降りて看板写真を撮る)みたいな、そんなオタッキーなこと喜ぶ児童がいるのか?みたいなことやってました。時効から打ち明けますが、1区分切符でずいぶんと遠回りさせて頂いたこともあります

 地名や駅名とかはすぐに覚えましたね。

 実家へは(下道で行くと)幾つものトンネルをくぐるのですが「このトンネル最後」みたいなこと言ったり、いついつにこういうことがあった、みたいな何年も前のことを年月日まで揃えて呟いたり、とにかく記憶力だけは半端ない

 ちなみに息子と年子の妹(健常児)がいるのですが、彼女存在も大きかったように思います。友だちのいない息子にとって、唯一の同年代の子どもが妹だったのですから

 特に小さい頃の妹は兄の障害のことが分からないので、時々は手を繋いだり引っ張ったり(兄のほうは照れて逃げ回ったり)、それはそれは友だちのように接してくれたのですから

JRウォーキング企画に連れ出しました

 家族での外出のほか、JR沿線企画するウォーキングに猛烈に参加しました。

 参加するとスタンプが貰えるのですが、有効期限内にフルコンプリートして最上位の景品を貰えるくらい、1級障害者じゃないので運賃は安くならず、相当お金はかかりましたが。

 他の子達と同様、かならず電車最前列に張り付いて、運転手さんの呟き(点呼)をオウム返し。運転席に手が届くような、どこぞのローカル線に乗った時は、運転手さんが息子の点呼(出発シンコー)に合わせてマスコン操作してくれたりで、電車が大好きになったようです。

 あと英語ナレーションも覚えたみたいで、英語が流れないローカル線でも自分英語で This train ・・・ Bound for ××× Thank you! って大きな声で「通訳」すると、周囲の大人が褒めるもんだから、より調子に乗って・・・みたいな。

 10キロとかの健脚向けコースに参加しているときなんかは、おばちゃん達が「小さいのに偉いねぇ~」って飴ちゃんくれたりするものの、会話が成立しない(がんばって1往復)うえに当人は飴なるものを口に入れたがらず。

 食へのこだわりが強烈で、少しでも怪しいものは決して口に運びません。妥協なんてありえないのです。

パソコンに息子用のアカウントユーザー権限)を作って使わせました

 ヤフーキッズブラウザデフォルトにしたのと、使用時間制限(夜の9時だかを超えると使えなくなる)したくらいで、基本的にノンフィルターで使いたいように使わせました。

 パスワードはかけてなかった(息子も自分でかけようとしなかった)ので、時々何をしてるか監査してましたが、Youtube で馬鹿映像を見てるほかは名探偵コナンを追いかけてる風。あとドラえもんプリキュア(笑)

 年頃の男の子が興味を示すサイトへは立ち寄った形跡もなし。アニメ芸能関係Wikipedia更新もやってたみたい。

 基本的には「泳がせながら監査」という状態を続けましたが、ずっとパソコンで遊べるわけじゃありません。

 時々妹がやってきて「私もパソコンを使いたい」って言う話になれば、兄に勝ち目はないので、みすみすパソコンを奪われることに。

 まぁずっとパソコン漬けはよくないし、時々はパソコンを奪われたほうがいい(占有じゃなくて分け合う)と思うので、パソコンを追加することな喧嘩させる選択(妹相手喧嘩練習をしておけ、と)

5年生くらいか運動会で息子が見つけれなくなりました

 3年生か4年生くらいになると、少しずつ会話が成立し始めました。

 その奇行ゆえ、運動会では常に、どんな遠くからであっても、あれが自分の息子だ、って識別できていたのですが、5年生の運動会くらいからでしょうか、一生懸命に探さないと見つけれなくなりました。

修学旅行に息子だけで行けました

 小学校入学当初は「修学旅行へは親さんも同行してもらうことになりますから(同行できないなら修学旅行は無理です)」って言われていたのですが、伊藤先生の後任の女性教諭も「大丈夫でしょう」と。

 無事に一人で(同級生と)行ってきました。

 プラスチックの刀を土産に買って帰ってきましたが、どこが気に入ったのか今でも理解不能。

卒業式

 養護教諭フォローなしに壇上で卒業証書を受け取る息子を見て涙が出ました。

中学特別支援学級

 奇行も減って落ち着いてきたので、普通学級でも辛うじて何とかなるかも?って言われつつも、他の生徒さんに迷惑がかかるといけないと思い特別支援学級希望

 2人の学級で、これまでは異学年の混合授業だったのが、初めての同級生が出来ました。

 しか女の子! だけど家庭の事情引っ越し)で1年で転校して行ってしまいましたが、別れの日は私物を整理して親と一緒に帰る時間見送りに行ったようです。買って持たせた花束の中に、コッソリ前年の年賀状の余り(自宅の住所が印刷されている)を忍ばせておいたのは私なのですが、お礼状と共に今でも年賀状の往復だけ続いています

 その子もワケありなんだけど、息子とは特性が違う(不得意分野が違う)ので、嫁さんになってくれるといいんだけどなぁ~とは心の中の声。

同学年の女の子を好きになる

 気に入った女の子が出来たみたいなのですが、息子の挙動があまりキモかったらしく、当人から拒絶されたうえに親にも厳重注意

性的なことをやったわけじゃありません)

 当人は加減を知らないし、女の子のほうも自閉症児につきまとわれるのは嫌でしょう、分かります

混合授業を希望する

 中学校の特別支援学級担任は、父兄の間で評判の良くなかったらしい教諭が着任して翌年に異動とか、産休予定の教諭が数ヶ月だけ担当して交代とかアレな風でしたが、本人には良い意味で刺激になったよう。

 3年生になり進路が気になるころ、どこへ進学するかはともかく、特別支援学級という超少人数学級じゃなくて普通学級にも慣れておかないと選択肢がないと思い先生相談

 数学理科は進度が全く違うという理由NG が出たものの、それ以外は何とかなるだろうと(授業の妨げになるなら追い出す条件で) OK

 7割は同じ小学校から上がってきた生徒で一応は幼なじみ。1学年50人ちょっとギリギリ2クラス)という少人数な学校だったこともあり、先生の目が行き届きやすいという判断もあってのことだろう。

 JRウォーキング企画を始めとして外にばっか連れ出したおかげか、地名都市位置関係)に関しては健常児を超えていたと思う。

 理科小学校から全く履修していなかった(見込みなしと見捨てて他の教科に割り振られた)のだけど、履修してない教科があったのに卒業できてしまうとは。

偏差値40弱の普通高校合格する

 その下は定時制しかないというランクのところではあるものの、「荒れてない」という理由だけで選択した公立高校に無事に合格

 たまたま定員割れしていた年で、落ちた生徒はいなかったと思うのですが、翌年は定員超えしていたので1年ずれてたらヤバかったかも。

義務教育期間・無遅刻無欠席を達成

 9年間、無遅刻・無欠席ということで学校と市から表彰されました。

 ちなみに一つ下の妹のほうも同じく9年間無遅刻無欠席。

 4歳だか5歳の頃に妹のほうがキャンプに行きたいというので「キャンプ場は遠いよ」って言って大正池から徳沢まで歩かせたり、お山に行きたいと言われれば「山小屋売店であって泊まるとこじゃない」と諭してテント背負ってガチ登山に連れて行ったり、ロープウェイに乗ってみよう!って誘っておいて「入り口は上にあって登らないと乗せてくれない」って登らせて下りだけロープウェイとか、とにかく欺しまくりました。

 温泉に行きたいって言われて湯俣温泉に連れて行った(吊り橋の先の河原で掘って「これが温泉だ」って)のが最凶だったと自覚してます(小2+小1)

 よって、うちの子たちは本当に頑丈です。

高校普通学級で頑張る

 中学までの26~27人学級と違って、40人近い教室で、一人も知り合いのいない学校。つまり他の生徒も息子の特性を知らない。

 小学中学は通しの生徒が多いせいもあって、息子がワケありってのは全校生徒のみならず、その親にまで知れ渡っていて、わざわざ寄りついてくる奇特子どもはいなかったのだけど、高校では最初のうちは先入観なく普通に接してくれたみたい。

 同級生から寄りついて来られたことのあまりなかった息子は話しかけられただけで「友だちができたかも」って思い込んで家に帰ってニコニコ自慢してましたが、それが「ぼく友だちいない」に変わるのはそう遅くはありませんでしたけど。

 とはいえ、友だちが出来ないまま15歳まで過ごしてきてるので、全く気にならないようではあります

 年に数回、学校開放みたいな行事があって親も観に行っていい日には出かけたのだけど、偏差値が低い=ガラの悪い生徒が多い という先入観を見事に打ち破ってくれました。いやほんと、殺伐感の全くないノンビリした校風の良い高校で良かった。

 迷惑をかけるのだからせめてもの恩返しということで、学校保護者委員?(PTAに近いと思うが、もっとイージー)は進んでお受けし、時々校門にたって挨拶運動かに参加したわけだけど、先生命令に従って渋々挨拶してるような感じはなく、どの子自分言葉挨拶してくれて、挨拶運動に参加するのはとても楽しかった。

JRウォーキング企画に一人で参加するようになった

 高校になってから自我が芽生えたか、親と出かけるのを嫌がるようになり(本気で拒絶するほどでもないが)、親としても自立する方向に誘導しないといけないため、JRウォーキング企画に一人で参加することを許可

 前日までに行程(電車の乗り継ぎを含む)と予算を紙で提出すれば金は出すという条件で。

 コンビニの外ベンチにDSを置きっぱなしのまま買い物に行って、案の定その間に置引きされたときがあるんですが、ちゃん自分交番に行って遺失物届を出してきたり、普通じゃないながらも何とかなる次元には成長

大学見学会大学進学に目覚める

 学校行事か何かで、家から最も近い私大偏差値40~50クラスか?)の見学に行って、学食としてマクドナルドみたいなバーガー屋を含む何軒もあったりで感動したのか、コンビニなんてもの学内にあることに恐れ入ったのか、コナンに出てくる大学生のイメージと重なったのか、どういう訳でか知らないが大学なるものに興味を持った模様。ただし、最初に見に行ったそこだけが気に入ったみたいで、他の大学へは見学すら行かない。

最後文化祭の劇で一躍ヒーロー

 高校になると授業参観なるものが滅多にないのですが、高校3年の最後文化祭(平日)へは仕事を休んで観覧。

 劇で何の役をやるのか教えてくれなかったので、観に行くことも言わずに黙ってビデオ回しながら見てたのですが、ステージの袖からナレーター(司会だったらしく)として登場したところで目を疑う。

 名探偵コナンナレーション意識しているとハッキリと分かるのですが、恐らくは普段の息子と全く違うキャラだったこともあってか、会場の体育館は大爆笑の渦に。適度なアドリブ(意外性に沸く観客生徒に向かって「ありがとう!」って言ってみせたり)を交えたり、完全に自分世界に没入していたのだろう、とにかく凄かった。

 審査表彰式まではいなかったのだけど、息子のクラス最優秀賞を、息子は最優秀個人賞を、それぞれゲットした。

指定校推薦という優遇枠でありながらも大学合格しました

 進路指導先生からの「なりたい職業に応じて学科を絞って学校を選ぶべきだ」という助言を無視する形で、第一希望~第三希望まで全て前述の大学にある学科で、文系理系おかまいなく・・・という風に進路希望を出していたので三者懇談では「本当にいいのか?」って迫られたけど、「息子が大学に行きたいと思ったキッカケは、そこの大学出会たからです」なのだから仕方ない。

 いわゆる進学校ではないため、一般入試での合格絶望的だろう、と先生から言われ、最初最後のチャンスということで指定校推薦に応募

 そもそも、その下には定時制しかないような、こう言うと悪いんだけど学力的には良くない生徒の集まる学校だったのだけど、挨拶運動で感じたようにガラの悪い生徒はおらず、確かに当たりは少ないけど外れはいない、そんな学校ゆえにか「指定校推薦」という枠が設けられていたのは凄い幸運だった。(誰しも外れを引くことを恐れるわけで)

 第一希望学科(息子はパソコンが好きだったのでそういう系)は成績が足りないと言われ、第三希望くらいのパソコンとは無関係なところだったら・・・みたいなこと提案に乗って応募。ちょまどさんだって文系大学なのにプログラマやっててマイクロソフト行かれたんだから、その気があればどこの学科であってもパソコン仕事はできるのよ。

 劇のナレーターで最優秀個人賞をゲットした余韻もあってか、上手に面接をこなしてきたのと指定校推薦で落ちるのは難しいという条件が重なって、無事に合格の通知。

 

社会で自立できるか知らないが

 高校3年でやっと中学生?ってくらいの状態なので、大学卒業できるか知らないが、ちょうど卒業時点で高校生くらいの状態になるかもしれない。

 完治は無理、喋らなければバレない、くらいが限界なんだけど、健常児を遙かに超える得意な分野があるので、そこだけ見て、ダメなところは諦め。

 ただ普通の子に近づいたせいか、幼少期に感じた「ありえない記憶力」とかの特殊能力は徐々に衰え、ヒゲも生えだして、すぐに忘れる平凡なオッサンに近づいてることに寂しさも。

 仕事に就けるかどうかは分からないが、とにかく社会に出るまで大学生の身分に甘んじて時間稼ぎしてろよ、と

2018-08-01

甲子園関係であれば何でも叩いとけばいいと思ってるアホ多すぎない?

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180731-00000094-dal-base

見学会って書いてるから遊びに来てると思ってるような奴が見受けられるけど

例年は30分の公式練習を出場校の多い今回は15分のボールを使わない練習に切り替えたってだけの話だからね?

会場を使った練習で出場選手以外がむやみに立ち入ってはいけないという当然のルール

「クソみたいな規則」とか言ってる奴は頭がおかしいのか?

野球は前時代的とか言ってるけど逆にそれが許される競技を教えてほしい。

例えばフィギュアスケートでは公式練習中に選手の付き添いがリンクに入って遊んでいいのか?

サッカー代表戦公式練習協会関係者PK戦とかして遊んでいいの?

2018-06-20

保育園へ、この希望わがまま

子供保育園に通わせてる。

見学会で「うちは連絡帳のやりとりをしていないんです」「ご両親の負担をなるべく減らしたいんです」と言っていて、「ああ、先生たちも連絡帳毎日書くの大変だもんな」「私も毎日書くの大変だもんな〜」と思っていたのだけど、いざ通い出すと毎日黒板にかかれている「今日△△組さんは外で遊びました。みんな楽しんでいました。」だけで個別の子への言葉がない状態が寂しくなってきた。(一応月に一度個別メッセージはもらえる)

他の保育園の話を聞いていると、連絡帳で「こんなことできるようになりました」「がんばってますね! 保育園では◯◯ですよ!」といったやりとりを交わしているみたいでとても羨ましい。

なんなら毎日の様子を写真でみれたりして本当にいいなとおもう。

連絡帳がなくても先生から報告があるならいいんだけど、親がセッティングするタイプの園ということもあり朝も夕方担任先生に会えないことも多い…。

父母会もそんな開かれないし、参観日や個人面談なんかも特にない。(多すぎて大変な園もあるのもわかってる)

こどもの家での様子を報告する場所もほぼないのも寂しく感じてるんだけど、保育園先生からしたらそういうのは別に聞きたくないことなのかな…。

いい園だとはおもって選んだし、実際いい雰囲気の園だとはおもう。

先生たちに願うことは実際の子供たちとしっかりすごしてもらうことだとは思ってる。それはしてもらっているのかもしれない。

連絡帳のやりとりっていうのは親へ向けてのサービスひとつなのかなとは思っているし…。

でも、やっぱりもう少し園・先生交流がしたい、子供の様子を教えてほしいとおもっている。

(正直、メンタルが落ち込んでる中お迎え行った時に先生と会話がなく、教室から出るまでに泣きそうになったこともあった)

「気になることあれば聞いてください!」って言われたからちょこちょこ聞くけど、「◯◯ちゃんですか? うーん、できてたと思いますよー」ってぼんやり言われる。まぁ、そんな気にしてなかったら見てないよなぁとも思うし、そういう感じだと聞きづらくなってくる。(なんかすでに先生からかまえられてそうな気配は感じてる)

こどもが喋れるようになったらこどもから聞けるかもしれないけれど、そうでない今、どういうふうに子供が過ごしているかもうちょっと教えてもらえたらいいのになと思う。

保育園にこの想いを伝えたいと思っているのだけど、モンスターペアレンツになりたくなくて迷っている…。

多分、話は聞いてくれる先生方だとは思うのだけど…

自分のこの気持ち一般的なのか、求め過ぎなのかわからなくて投稿しました。

保育園に勤めてる人から意見が聞けたら嬉しいけれど……こんな時間投稿だし難しいかなとは思ってる…)


2018/06/20 追記〉

あんな夜中に書いたテキストだったのにたくさんの方に読んでいただいて、そしていろいろご意見聞かせてもらってありがとうございました。全部読ませていただきました。

もっと強く批判されるかなと思っていたけれど、心配してくれている声も多くて驚きました。

私の気持ち理解してもらえたコメントも嬉しかったです。

ちなみに今はメンタルが落ち込んでる時は抜けて、悩みすぎて寝れないではなく、寝かしつけから12時頃起きて家事とかしてたらあん時間になった…という感じです。

指摘の通り「子供のことを先生と話したい」っていう希望が強いなぁとは思っています

友人へ相談twitter育児アカウントも発散にはなるんですが、やっぱり日中の子供がどういうふうに過ごしているかを知りたいという気持ちがあって…。

転園は正直難しいです。入れてとてもありがたいなと思っています。正直落ち込んでる時はなんとなく不安を感じてしまって「違う園行けたらなぁ…」と思ってしまうこともありますが…。

あと、先日ようやく初めて同じクラスのお母さん1人とライン交換をしたんだけど、その時にその方も「ここの園、いいんだけどちょっとやりとり少なくて寂しいですよね」って言っておられたので「ああ、この気持ち私だけじゃなかった」と思えてここまで文章にすることができたように思います

いろいろと技術意見が集まってきてるのが面白いなぁと思いました。

きめ細やかなサービスは追加料金でっていうはいいですね。料金の自由設定も賛成です。

ただ、お金の流れを変えるのはとても難しいと思っています。(意見が盛り上がることはいいことだなと思います!)

できるなら、「なんらかの技術」で保育園負担は少なく・親の子と離れている気持ちちょっとでも解消できたら…と思いました。(例えばメールでのやりとりがラインチャット形式になって楽になった、みたいな)

かに「親の希望はどこまでも止まらない」みたいな意見もあるとは思うのですが、写真1枚・動画数秒でも見せてもらったら伝わるものもあると思うので…。

今日保育園のしおり的なものを見返したら「要望ききます要望BOX設置してます」と書いてあったので、どこかのタイミング園長先生と話せたらと思ってきました。

(その要望BOXが一体どこに設置されてるかわからないし、匿名で伝えるのか、しっかり名前を出して話すのかは迷ってますが…)

もう少し考えを整理して考えがまとまれば、相談してみようと思います

本当にありがとうございました

2017-12-16

https://anond.hatelabo.jp/20171216083245

当時はまだ大学生だったけど、楽しかったよー。

テレビはまだ面白かった。特に夜のフジテレビカノッサの屈辱とか。当然番組サイトに対して、歴史的検証の違いに突っ込むつまらない真面目なブコメもあったけど、企画に乗ってぼけて盛り上がるブコメもあったし、togetterや、まだ人気があった2chスレもよくはてブトップにあがってた。

印象的だったのは、フーコーの振り子ボディコンギャルと一緒に一晩中流し続けてた番組。内容のシュールさもさておき、ブコメ地球平面説ユーザが湧いてきて、炎上会場が増田に移って、最終的にはコリオリの力説明するため、地球は平面だが自転しているというナイスな着地を見せた。いま考えると、着地点まで計算した上での高度な釣りだった気もする。

同じ夜でも、外に出れば、まだクラブとはあまり言わなかった、いまでいうディスコ六本木ベイエリアではたっぷり楽しめて、黒服チェックを通るためみんな必死バイトしてコムサコムデギャルソンやビギとかデザイナーズをマルイで買い漁ってた。古着屋も市民権を得始めてたけど、当時メルカリやゾゾがあれば助かっただろうなー。とはいバイトの時給も高かったし、扶養はみ出ないように店長退職金扱いで貯めてもらったり、家庭教師とかやれば月に20〜30万は固かった。はてブに出てくる話題はどっちかというと真面目なこういう方面の話かな。

なので、いざ就職ちゃうと毎月の手取りが逆にがくんと落ちちゃうのがありがちだったけど、当時の新卒就職状況はおそらくいま語ってもなかなか理解しづらいと思う。

月に二回ぐらい、玄関にでかくて重いダンボール勝手にドスンと届く。中身は、いろんな企業から会社案内がうず高く積まれもの、そして会社見学申込みハガキの束が何個か。千社規模の、紙の情報の塊だ。持つのしんどいほど重い。だいたいはろくに見ないでまるごと捨てるのだが、捨てるのも一苦労だ。ひたすら届いた箱とか、おもしろパンフツイートしてた奴もいて、その手のネタのまとめも乱立してた。

そんなノリだから、単にタダメシを食いに、あるいは先輩から金一封とともに頼み込まれて、会社見学会に行って席で寝ていれば、高級ホテルのディナーに、記念品詰め合わせに、ごちそうさま放題だった。もらったものは途中で開けてみて、ほとんどは駅のゴミ箱に捨てちゃってたけどね。

そういうインスタやまとめに、たまに企業の人事がキレて、さらにまとめられて炎上して、ブコメも山ほど付いてたけど、シニカルものは少なくて、炎上にのっかっての盛り上がりがほとんどだったと思う。やっぱり世の中が豊かなほど、人の気持ちも豊かでおおらかだからね。

2017-08-25

親に内定先をdisられた

叱られてる途中に話が脱線して,「なんであなた叔父さんみたいにF社(大手メーカー)に行かなかったの,給料もいいじゃない」って言われた.

親にとってはいっぱい給料出してくれる企業の方がいいのか(そりゃいいだろうけど).

一応F社の企業説明会会社見学会も行った.だけどこのご時世(女性様と言われそうだが)女性をとる気がなさそうな説明をされて驚いたし,大手はい従業員数がそこまで多くない会社に親戚がいるのは私にとって入るハードルが高すぎた.

私が内定をもらえた会社も「40代年収1000万!」みたいな会社ではないが,ここも大手メーカーだし毎年売り上げも伸びている.育休からの復帰支援制度もしっかりしているように見えた(そして給料も悪くない).

内定先の何が悪かったんだろう.

一番悪いのは叱られるようなことをした私自なのだが.

2016-07-12

就活成功組の言い分

ツイッター話題になっていたので、新卒採用就職活動に失敗した人たちの思いの丈が綴られた文章を読んだ。正直腹が立ったので、私も気持ちをぶつけようと思う。

私も今年就活だった。腹が立った、と書いたこから推察できる通り、就活成功した。会社人間の話を聞いて、見学会インターンに参加して可能な限りその発言が本当か調べ、自分が認めた企業を受け、合格した。結果的に3社受けて全部合格をもらったので、就職活動については特に不満な点はない。私は推薦を使わなかったし、受かった側がいうと嫌味に聞こえるのかもしれないが、特にズルをして手に入れた結果だとも思っておらず、就活制度平等だったと感じている。

就職活動の話は黙っていても相手が語りたがるので、人付き合いが苦手な私でも結構たくさんのエピソードを聞いた。当然その中には成功した人も失敗した人もいた。ただ、どの人に聞いても共通して言えると思ったのは「就活就活だけの独立しているイベントではない」ということだと思う。何か目的意識を持ってずっと頑張ってきた先輩はみんな当たり前のように就活成功していたし、そうでないひとーー少し言葉が悪いかもしれないが、行き当たりばったりに生きてきていたり、何か信念を持っていてもその方向性とは合致しない企業を受けたりしているひとは、軒並み残念な結果になっていた。

何が言いたいかというと、就職活動は「今までどれだけ真剣自分と向き合い、自分は何をしたいのか、あるいは、どうすれば自分はこの社会で生きて行けるか」を考えて、行動に移してきたかが問われているんじゃないかと、私は考えている。

私は、「こんなにも頑張ってきたのに私だけが運悪く認められない。他の人たちはあんなに楽そうに就活を終わらせているのに、何故私だけが。それは制度が悪いんじゃないか」というようなスタンス物事が語られている事に腹を立てている。私から言わせれば、ありとキリギリスのような話に感じられている。あなた方は今までの生活の中で自分にある問題と向き合う事もせず(あるいは気づきもせず)、対策をとらないまま生きてきた。今までの人生ではなあなあな態度でもやってこられたのかもしれないが、その事がわかりやす評価される就活の場で、ついにあなた方は抜き差しならない現状から逃げられない立場に追い込まれた。それだけの話だと思う。今まで無視してきた事に対して、なんの準備もされていないのは当然で、準備されていないくせに空回りだけはしっかり繰り返すのだから、徒労を積み重ねるばかりで結果に結びつかないというのは自然な流れだと思う。だから自殺をほのめかす事で自分の命を人質にして、制度の側を批判するのはお門違いだ。

それに、せっかく自分自身の抱える問題直視するいい機会と出会えたのに、また問題本質から目をそらす結果になってしまうと思うので、そういうリアクションは慎んだほうがいい。そもそもの話をするなら、就職活動というシステムを通過しないといけない事は大学に入る頃にはみんな分かっている事なのだから、そんな自殺したくなるほどそのシステムを通過しないといけないと思っているなら、何故周到に準備しておくという事ができないんだろう。よくわからない。

同様に、高学歴自分の望んだ進路を勝ち取った人間に対する僻みにも腹が立つ。

就職活動では学歴ではなく人柄を見られている、とか、逆に学歴フィルターとか企業偏差値とか、好き勝手語るひとも多いけれど、それはすごく実態を捉えられていないもの見方だと思う。高学歴からどう、という相関があるわけではなくて、高学歴になるためには自分の中に確固たる信念が必要人間が多かった、というだけの問題だと思う。勉強簡単にできることじゃない。たとえ好きな分野であってもそれなりにしんどいし、しんどいことを続けるためには理由が要る。そうやって自分の怠心をなだめて、自分目的達成のための行動を起こすことができるようになるためには、それなりの苦労と段階を踏んできている。私たちだってこれまでの人生の中でそれなりの失敗や挫折があり、それを直視して対策を立て、乗り越える努力を積み重ねてきた。

私は別に、今就活を失敗している人たちに成功して欲しくないと言っている訳ではない。自分自信の慢心を認め、これから具体的にどういう方針で行動してゆくか考え直し、決定した方針を元に予定を立て、行動に移してゆく作業を開始すべきなのではないか、と言っているんだ。今やるべきは愚痴を書く事や、社会を呪う事、ましてや自殺する事じゃない筈だ。確かに認められない事は辛いと思う。でもそれは現実だ。人間は、いつだって自分自身の力で助かるしかない。社会の側ではなく、今自分自身に何ができるのか考えて行動を起こすべきだと思う。

2016-07-09

[]

ごきげんよう

多治見市にあるモザイクタイルミュージアムに行ってきましたわ。

隠れ家的な道を歩いて入る建物で、芝の管理が大変そうでした。

展示品はモザイクタイル作品だけに、機動性にかなりの問題が感じられます

入れ替えが難しく、リピーターの確保に難ありですわ。

市内にあるモザイクタイル作品の鑑賞会や工場見学会を組み合わせて幅を広げて欲しいものです。

わたくしは茹で鯖になってしまうので、参加しませんけれど。

四階のモザイクタイル絵画的な作品には、ドット絵職人系譜が連なるものを感じました。

好きなキャラドット絵が作れるキットを売るみたいにして、人気SNSゲームタイルを組み合わせたら、

一好機あるかもしれませんわ。

あらやだ、伯父様の影響でどうしても経営者目線になってしまますわ。おほほほほ。

2016-02-19

東京ベッドタウンで認可保育園に受かった我が家の話

anond:20160218153103

3年前の話になるけどね

結論としてはこのスペックで第2志望の認可に入った

・夫:正社員 23区内勤務

・妻:正社員 23区内勤務(4月入園時点で育休中、翌5月復帰予定)

子供:生後半年4月入園時点の月齢

祖父母:父方母方共に遠方

認可園の入園に関しては自治体が仕切っているためか、4月一斉入園申し込み開始の半月ほど前に全認可園の見学会が行われた。

大学オープンキャンパスのようなイメージを持ってもらえるといいと思う。

妻はまだ子供につきっきりだったので、自分休みをとって2日間で10の園を回った。

あちこち回った際に耳にしたのが「1歳から入園は難しい」ということ。

例えば「0歳児10人・1歳児12人」という定員数だった場合、1歳児クラス12人の内10人は0歳からの持ち上がりであり、実際に募集される枠はたったの2人。

これが「1歳の壁」というものになる。

妻は子供が低月齢のうちから預けることに不安があったようだが、上記を話して0歳での応募に至った。

で、第2志望に受かった。自治体仕切りなので、ちゃんとHP募集の結果が載る。

第1志望だった園は倍率にして10倍という激戦になっていた。駅隣接ですごく利便性が良いので当然といえば当然なのだが。

余談だけど離乳食以降で子供にかなり食べムラが出てきたため、今では毎日しっかりとした給食を食べさせてくれる保育園夫婦感謝している日々。

2016-02-11

発達障害者の某就労支援説明会見学訪問諸々。社員が痛かった。

数か月経ったので、もう書き込んでもいいかな。やっと行く事が出来た。

某社の情報収集はしていて、賛否ある事は知っていた。だから二の足を踏んでいた。自分は某社に行くきっかけとなったのは増田大学先生から紹介されたからだ。でも、何となく嫌な予感がしていた。「説明会見学訪問で入所を迫られたりしたらどうしよう」「社長万歳宗教っぽい雰囲気なのかな」とか。

結果的には、それは無かった。正直言うと、「入所して訓練している人達に対しては」抵抗感を感じる事は個人的には無かった。抵抗の無いレベルで動作や挙動・外見が「???」な人も居れば、話し方も外見も至って普通の人なのに…という人も居た。頑張ってる姿も実直で飾ってる様子も無くて、個人的には「自分もとは言え、本当にスペクトラムが居るんだな」と仲間意識すら抱いた。

ただ。タイトルにも書いたように、社員にとても不快感を抱いた。正直「その対応、どうなの」と疑問を感じた。

ここは、元々「見込みがある人・無い人に対して露骨」という評判があった。具体的には、ターゲットにされた入居者を見限ってしまうらしい。恐らく、入所前に、就労支援を勧めるかどうか、更に入所後の様子でふるいにかけるのだろう。

入所先はどこも定員オーバーで。知人が入所待機中の身で、その待機期間中、週に2度?、経理系資格保持者向けの簡易事務として参加したらしい。そこで見聞きした事は「ボソボソと独り言を言っていた人」「薄ら笑いをしていた人」等等は、途中で社員人達に退出させられ、その後二度と戻ってこなかったらしい。

入所前の待機中の講座?で、第一段階として、ふるいにかけてるんだな、と思ったりした。

そして増田見学会で見てしまった。

やはりと言うべきか、少し怖かった。元々苦手な分野の作業なのだろうか、とある人に対して精神的に追い詰める様な言い方で男性社員女の子に怒鳴っていた。怒りや苛立ちを隠そうともせず「もーーーー!何度も言ったじゃん!!!」「ほらーここ!また間違えてる…何なの?(ため息)」「本当に反省しているの?してないよねえ。口だけでしょ?」ドラマに出てくるようなヒステリック母親みたいな叱り方。ちょっとねえ…。指導の仕方の範疇を超えているというか、ビビらせてどうするのって思う。それを何とかしようと、ここに来たんじゃないの?彼女は。痛い目を見させるって事?十分彼女は明らかに皆とは別のブース一人ぼっち作業させられている。スティグマってやつ。ああいう言い方で詰め寄るのって、どうなの?…という事は…。(彼女は…お察し案件対応社員にされているのだろうか…)

一方、増田はと言うと、「増田担当した社員生理的に無理」だった。と言うか、「仕事しろよ!」という印象かな。

入所見学会の前に、個別相談会という時間を設けている。その相談会で社員が具体的に対応する為に事前に増田自身データを送り把握する…という段取りのはずだ。

しかし。明らかにご覧頂けていない(笑)

話す内容からして明らかに「初見である。口から出る端々の言葉から隠しきれていないのが伝わってくる。「あ、こいつ予習してないな」と解る先生気持ちがよく解るわwww

なのに、虚勢を張って「解ってるよ感」を出しているのがまた滑稽だった。

増田自身、期待も信頼もせず、むしろ不信感しか抱けなくなっていた。こうなったら、情報だけ貰うぜ。そんなスタンス

…これ、社員自身発達障害者?という様な「失礼な物言い」も何度かあった。それに、ドン引きしてしまう様な仕草リアクションもあった。ただただ気持ちが悪かった。その場にいるのがやっとな自分にとって、「情報だけ貰うぜ。」なスタンスすら困難を極めた。

せめて最低限の欲しい情報だけでも貰って終了。そして見学会。もう、増田対応した社員気持ちが悪すぎて…入所者や他の社員がとても普通に見えた。

「あ、なんだ、ちゃんとした人も居るじゃん!」みたいな。いや、恐い社員も居たんだけどさ。一緒に見学した人達も至って普通の人なタイプ。むしろ外見的にも友達に慣れそうな雰囲気の人で、良い感じの人。でも、スペクトラムによって困ってる人達なんだよな…お互い頑張ろうぜって気持ちに、なった。

まあ、担当した社員を見て増田自身、学び得た事は沢山あった。ああ、自分ってこういう時、こういう態度を取る人間なんだなーみたいな。

情報収集にはもってこい」かな、とは思った。入所期間って何年だっけ。その期間が無駄になるか否かは、その人の価値観だし、ギャンブルみたいなものかな。

色々聞くのはタダだし、無理のない範囲自分経験するのは有意だしお勧め

いや~…ホント気持ち悪かったわー…。多少、良い情報も得たけれどね。でも、窓口になる様な立場なんだから、もうちょっと選考えた方がいいと思うけれどね(笑)

2015-12-05

かわいい子に出会った。

僕は研究所見学会に向かっていた。

12月の寒さに手をポケットに入れながら電車に入った。

電車内は席は全て埋まっていて僕はその席の前に立った。

しばらくして多くの人が降りる駅で、幾つかの席が空いた。

空いた席に座ろうとしたときに、ドア付近に立っていた彼女と目があった。

猫っぽい目。ショートで少しパーマがかかった茶髪スキニーパンツオニツカタイガースニーカー。白いキャンバス地にシンプルデザイントートバッグ

目が合っていたのは一秒にも満たない時間で、その一瞬で僕は何も考えられなくなった。

僕は一番端の席に座り、彼女は斜め前に立っていた。

電車を降りるときに、もう一度だけちらりと彼女を見て僕は違う電車に乗り込んだ。

その電車のなかでうとうとしていると、あれは夢だったのかもしれないなと思った。

ホームに降りると冷たい風がびゅうとふいて、いつのまにか冬かとそんなことを考えた。

2013-08-01

PTA

なんかPTAの記事だかが上がってて話題になってたが、常々必要ないんじゃね?って思ってるものの、子供いないんで実態はあんま分かってない。

調べてみたらhttp://www5d.biglobe.ne.jp/~tanken/parents/pta/pac-elea.htmというのがあって色々書いてあった。

小学校PTAの活動内容



という感じで業務1/10くらいにはできると思うんだけどなんなんだ?

2013-07-25

所沢航空発祥記念館 零戦エンジン始動&タキシング見学会当選メールが来てた。

エンジンプロペラの風切り音できっとウマー。飛ばないだけに。

2009-05-04

ダムの職員

先日わが県の某ダムで、見学会あるということで軽い気持ちで行ってみた。

普段観光客が入れない場所まで、職員の人に付き添ってもらっていろいろ説明して貰った。

なるほど、これがアーチ型のダムなのね。ふむふむ。

で、そのながれでここの職員さんの普段の仕事内容はどんなんですかと聞いてみたら

定期的に測定器の結果を記録してたり見回りとかをしてるらしい。

もちろん、大雨なんかで水を出す出さないなんかで緊迫する時もあるけど、

基本的に毎日平和ルーチンワークをしてるっぽい。

ダム職員、いいんじゃないですか?

2008-01-30

例えばさ、次の休みにあそこの遊園地に行こうってなったとするじゃん。

そいで行ったのはいいけれど、「あれ?俺たちしかいねえんじゃね?」と思うくらい人が少なかったとするでしょ。

この時、早くここから出たい、この場に居たくないと思ってそわそわして、何故か恥ずかしくなって申し訳なくなったりする、そういうなんとも言えぬ恐怖感(恐怖感がどうかも分からない)が襲ってくるんだ。

これは遊園地アトラクションパークに限らない。例えばゲレンデとか大きいホテルロビーとか広い会場も然り。

あとさ、アトラクションパークとかで○○ショーとかやるじゃん。

その時に観ている観客が俺を含めて3人くらいしかいなかったとするでしょ。

この時、上と同様にかなり精神的に不安になってくるんだ。観客は少ないけど舞台では必死に演じている人に対して、申し訳なくなったりいたたまれなくなったりして混乱するし、その場にいる自分に対してもどうしていいか分からなくなる。

この場合もショーだけじゃなくて、セミナーとか見学会、体験会といったそういうのにも当てはまる。

上と下は別かもしれないけど、なんでこういう風になるのかな?もしかして精神疾患?○○恐怖症みたいな。

誰か原因、そして特に解決方法知ってる人いないか? つうか助けて。

 
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