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2020-10-06

宝塚ファンTwitter平和になる方法を教えてほしい

自分は1人のしがない宝塚歌劇ファン(通称ヅカヲタ)である。

大半のひとにとってはどうでもいいことなのだが

最近ヅカヲタとTwitterの相性の悪さに頭を悩ませており、

議論できる仲間も特にいないので

広く教えを請うべく増田に書き連ねることにした。

相性の悪さが具体的に何を指すのかというと

「(他ジャンル以上に)悪口の無法地帯になりやすい」ということである。

穏やかに過ごしているつもりでも定期的に悪口(とお気持ち表明)にぶちあたってしまうのだ。

アイドルやスポーツファンに比べると日常生活でヅカヲタと知り合いになる確率は

圧倒的に低いので、せめてSNSだけでも仲間とわいわいしたいと思うのだけれど

公演名を打つだけで、あるいはタカラジェンヌの名前を検索するだけで、

そもそもTwitterのサジェストが既に悪意のあるものだったりする始末である。

なんとか平和なヲタライフを送りたいのでひとまず原因について何点かまとめてみた。

※以下、非常に夢のない表現が続くのでピュアなヅカヲタは注意されたし。

客層の圧倒的薄さ

もしあなたが初対面のひとに「趣味は宝塚です」と言われたらどう反応するだろうか。

殆どの場合「へえ・・」とか「あぁ・・」と言って会話が少し詰まる。

初手から「あーちょっとわかんないんだよね」とやんわり否定から入られる場合もある。

少女漫画のようなビジュアル、独特の歌や言い回し、熱狂する女性たち。

なんか近寄りがたい女の園、とかイロモノって感じだろうか。

そのハードルの高さについては、ファンも重々承知している。

劇団員は完全専属で、他の舞台に立つこともない。

テレビで有名な俳優が出るから〜みたいなきっかけも無い。

自分自身、学生時代にヅカヲタから強烈な布教を受けたから入信したという経緯があり

それまでは全然興味がなかった。

基本的にパフォーマンスを見る機会が「劇場」に限られるうえに

ジャニーズばりに画像利用やジェンヌ本人の発信に制限があるため

新規の多くは布教か親族からの伝承である。(たまに漫画実写化)

芸能人の発信を目にして親近感を覚えることが少なくない現代だが

我々は「おとめ」という雑誌を買わなければ好物を知ることもできない。

極稀に音楽特番に出演すると他の出演者目当てに見ていたひとの間で

「かっこいい」「綺麗」などと多少話題になり、ポジティブなツイートが伸びる傾向があるので

やはり層の薄さと偏りが与えている影響は大きいように思う。

10年単位のサバイバルとファンの姑化

宝塚には「スターシステム」というものがあり

5つの組、その山の頂上を目指すファンとジェンヌ二人三脚のサバイバルが年単位で行われる。

トップ以外のポジションにも語りきれない魅力があるのだが

とかく頂上に立つには順調に行っても10年以上はかかるシステムになっている。

新人公演の主演など段階がいくつかあるので、

当然そうした抜擢がきっかけでファンになるひとも多いのだが

古参となれば台詞もない、極端な例では芸名もない一生徒の時代から応援するひともいる。

他の界隈でもスポーツ選手など10年単位で応援することもあるが

通常はその過程でメディア露出が増えたり、一般認知度も上がっていくのに対し

宝塚の場合はヅカヲタという限られたパイにおける認知度のみが上がっていくという違いがある。

しかもDDとか箱推しよりもやはり個人ファンが多いので、ファンの対立も増えていくという感じだ。

舞台界隈ではよく自分の好きな人を「ご贔屓」と呼んだりするわけだが、

二次元の推しとも異なる「わしが育てた」感。俺の嫁というより「私の息子」感。

頂上を目指す長い山登りの中、息子の上にいるひと、息子と同じ高さにいるひと、

そして登頂した先で息子の隣にいる女性(トップスターとは別にトップ娘役がいて、この2人が組の顔となる)

一度気に入らないと思ってしまえば、年齢に関わらず、めっっっっちゃ面倒くさい姑が誕生するのである。

どこでもそんなもんじゃない?という気がせんこともないが

休憩時間とはいえ2000人規模の現場でも

はっきり聞き取れるぐらいのdisが聞こえてくるというのは珍しいんじゃないかと思う。

ただスターシステムこそが宝塚の大きな持ち味であるのは明白で、

多くの少女が宝塚を目指し、切磋琢磨するモチベーションそのものでもある。

全員手を繋いでゴ〜ル、みんな1位☆だったら106年も続かなかったと思う。

またフェアリーに年齢は存在しないが、10代半ばでこの世界に放り込まれることを思えば

スターシステムは彼女たちを支える人々の存在を前提にしているとも言える。

仕事でもないのに誰かを年単位で支えるというのはある種の執念が無いと難しい。

したがってここにメスを入れるとか改心を迫ることは宝塚自体をぶち壊すリスクがあり、非常に難しい。

また5つのグループにはそれぞれ70人以上の女性が所属しているので

頻繁に中心メンバーを変えるというのも現実的ではない。複数トップにしたり

主要な番手を曖昧にしたり、一旦他のポジションに移動させるとかもあったが

当時ですら不評であり、現代なら更に荒れそうな予感しかしない。

フェアリーの世界にはSNSはないので棲み分けもしない

とはいえ熱狂的なファンというものは2次元3次元問わずどこにでもいるものである。

ただ大抵のファンというのは「本人」とか「公式」に何か迷惑がかからないように、

更に言えば、何かで訴えられないように最低限の気を遣って棲み分けをしてきた。

最近は曖昧になっている節もあるが、本人の前で言えないようなことを

表現するときには鍵をかけたり、絵文字を駆使した特殊な言語を使ったり

パスワードをかけたりして「見つからないように」しているひとは今も少なくない。

ただ、タカラジェンヌというのはフェアリーであって、

俗世間の人間とは異なる存在であるため、Twitterのような俗の極みツールは一切使用していないということになっている。

実際のところ、退団後の公式SNSの文面から本当にやってなかったんだこのひと・・と思うこともあるがその逆もある。

やってない前提なので仮に見ていたとしても「Twitterで〜」みたいな発言は禁句である。

100歩譲って「皆様から沢山の温かいお言葉を頂戴いたしました」程度だ。

コロナ禍においてはOGが「現役にも伝わってますよ」的なニュアンスの投稿をすることもあった。

とはいえ舞台オタクには定番の入り待ち出待ちも存在するので、温かいお言葉は全てお手紙という幅も持たせている。

※コロナのため現在入出待ちは禁止されています

ただ、温かいお気持ちについて触れることはあっても

妬み嫉みみたいな汚物は存在しない世界観なので現役が「あの言葉に傷つきました」「エゴサして落ち込みました」といった

SNSについてのネガティブ発言をすることはない。めっちゃ病むとかもない。そもそも発信する機会がない。

先日、音楽学校(養成学校)のハード過ぎる不文律の廃止が話題になっていた通り

もともとが超体育会系集団でもあるので「見て(使用して)いない」に加え「そんなことで傷つかない」というダブル建前ができる。

・・・という都合の良い解釈をしているオタクが結構多いので全然棲み分けされない。鍵もかけない。

そういうひとに限ってプロフに「清く正しく美しく」とか掲げてたりするのでめっちゃ怖い。

内容としては真偽不明の噂から、実力がスタイルが顔が態度が言葉遣いがとか人気が〜とか言って恥とこき下ろす悪口展覧会みたいな感じなのだが

リアル垢を兼ねている人が少ないこともあり結構RTとかいいねが集まってしまったりする。

※補足すると、この文章もそうだが

感想を含め基本的に長文になることが多いので、この界隈ではまだまだブログが健在である。

長年続いているブログほど評論家っぽくなり、好みも隠さないし、その辛口文体を引っさげてTwitterに進出したりするので

その背中を見てボロクソ書いているひともいるんだろうなあとは思う。

結果として上位に中傷ツイートが表示され、それに反論するお気持ち表明も増えるので

なんかもう愛とか夢とは正反対の不穏な世界が広がっていくのである。

以前、エゴサを公言するアイドルが「名前の後ろに【ちゃん】をつけたりポジティブな言葉を入れて検索する」と

言っているのを聞いて、とても良いアイデアだなと思ったのだが、宝塚の場合、芸名の癖の強さに対して

愛称は本名の下の名前だったりするので、そこら中に同じ愛称のひとがいて全然絞り込めない。

更に肖像権の問題でアイコンでの判別も難しい。当然悪意のあるひとはエゴサにかかるように芸名で書くので

他の芸能人よりも純粋なファンが探しにくく、地雷は踏みやすい仕様になっている。

・・・という感じである。

個人的にはせめて所属団体である劇団から釘を刺してくれよとは思うのだが

前述の通りジャニーズばりにSNSを遮断してきたため

今年やっとこさ公式LINEやインスタを開設したという感じで、つまりSNS初心者なのである。

ちなみに先日アクリルカード(持ち歩いて推しと記念写真を撮れるアレ)も発売されたのだが

個人的に問い合わせたオタクが「写真のSNSへのアップロードはNGらしいです!」と拡散した

数時間後にグッズ販売元が「写真撮ってどんどんシェアしてくださいね!」と投稿するといった事故もあり

行き当たりばったり感が凄い。ただポストコロナを考えると今後もSNS展開は進めていくつもりなのだろう。

それは歓迎なのだが、一方でこの地雷原については完全に野放しである。

宝塚は阪急電鉄の一部門であり、その成り立ちや規模から

いわゆる芸能事務所のようなマネジメントを行うのは困難と推察されるが

仮にSNS担当者がいるのであれば、この現状を全く把握していないとは思えない。

むしろ地雷を踏まずに済む方法があるのなら教えてほしい。

入り待ち出待ちの写真撮影についての声明を出したのだから誹謗中傷も出せるだろとは

思うのだが、この生々しさがすみれコード的にアウトなのだろうか。

議題から逸れるので全然説明できなかったが宝塚は本当に素晴らしいコンテンツで

クソみたいな現実を忘れさせる力を持っているので観劇は続けるだろうし

個人の問題としてはコンテンツとしての消費に留め

コミュニティとか感想の共有といった交流を期待しなければ平和に過ごせるだろうと思う。

ただ少し気になるのは、タカラジェンヌたちの目に触れたら・・ということである。

これはコロナよりずっと前の話なのだが

ある方が退団を発表した際にTwitter公式が作るモーメント

(おすすめのトップに出てくるやつ)を何気なく覗いてみたところ

退団を純粋に惜しむツイートが並ぶ中「○○と○○が居座らなければ退団しなかったのに許せぬ」みたいな

ガッツリ悪口が載っていたことがあった。作成が手動か自動かはわからないが

いずれにしろそれなりにいいねとRTを稼いでいたからピックされてしまったのだろう。

本人たちが見てしまったら一体どう思うだろうと非常に悲しくなった。

このコロナ禍において彼女たちは

芸事に精進するあらゆる人々と同様、舞台を失い、空白の日々を過ごした。

そして我々一般人と同じ、もしくはそれ以上に外出や外部との接触が制限されている。

何より常に「清く正しく美しく」生きていかなければならない。

公演も再開され、少しずつ通常運転に戻りつつはあるが先が見えず不安定な状況には変わりない。

そんな中でふとSNSに手を伸ばしてしまうこともあるだろう。

ただの暇人の自分が純粋にヲタク仲間を探そうとして地雷を踏むのだから、エゴサなどしようものなら・・・

それを思ったときに、最近のいろんなことを思い出して、非常に恐ろしく感じるのである。

どうやったらもう少し平和になるものかなと考えたが

理由を挙げれば挙げるほど、手の出しづらい聖域が横たわっていて

やっぱり「無理」という結論しか出てこない。

杞憂、考えすぎであればいいのだけれど。

今年ほど「考えすぎ」という言葉の空虚さを感じた年も無かったので。

2020-06-16

ブコメ書き直したので前のやつを置いとく

男女とも、物事の是非でなく「内と外」で態度を決める人が多数派な気がする。政治的な右対左、現場本社とか。どこまでが仲間認定かが、集団ごとに異なる。担拒否は狭く宝塚ファンは広い。認定には利害が絡む…?

検索語 女 抱えて)

2020-01-14

ヅカについて吐き出したかたこ

宝塚ファンマナーがいい、と言われるけれど、本当にそうなのか疑問を感じる。

宝塚歌劇団自体は嫌いではない。ベルばらエリザベートは一度観てみたいと思うし、BASARAも「なるほど、こういうのもありか」と面白く観た。

けれど、忘れもしない、ネルケプランニングセーラームーンの初演初日

衛役の大和悠河さんが足を組み替えただけで湧き上がる、おばさまたちの歓声。その後も、彼女がなにかするたびに拍手・歓声…。

同じ宝塚出身ベリル様と絡むときなんか特に酷かった。

重ねてだが、私は宝塚のBASARAを生で観ているので、宝塚観劇のノリはなんとなく理解している。

理解した上で、だ。

あくまであれはセーラームーンであって、宝塚ではないのだ。

退団されているので客演というのもまた違うが、決して宝塚ではない。

それを、宝塚舞台と同じノリで観劇するファンの、どこがマナーがいいんだ。

以前テレビで、大和悠河さんのファンイベントの様子が流れ、その時も「ファンの統率が取れていてマナーがいい」という事が言われていたが、

あくまで追っかけとしてのマナーがいいだけであって、宝塚以外の舞台を見る観劇マナーは決して良くはないのではないだろうか。

帝劇エリザベートではそんなことなかったし、大和悠河さんのファン観劇マナー問題なのかな……。

幕を重ねるにつれて歓声はマシにはなったけれど、それでも、初演のあれが忘れられなくて、純粋に楽しめなくて、早くキャスト変更してほしかった。

シャドウギャラクティカ編で終わってくれて、本当によかった。

かぐや姫恋人舞台化するみたいだけど、タキシード仮面キャスト変えてほしいな……。

ところでこれ初めて使ったけど、改行反映されないんですね。

2018-12-18

タカラヅカスカイステージ違法アップロードに思うこと。

私は宝塚が大好きだ。

美しい人達が全力で作り上げたあの美しい世界が大好きで、贔屓が退団しても、やはり結局は戻ってきてしまう。

好きが高じて、CS宝塚放送し続ける、月額3000円ほどするチャンネルにも加入している。

しかし、最近気になることがある。Instagramおすすめ欄に、そのチャンネル違法アップロードがたくさん上がってくる。

1日前に放送されたものが既に上がっているし、おそらく探せば全編見られるのでは?というレベル

契約している側から見れば、とても腹が立つし、なぜ契約していない人が違法アップロードおこぼれにあずかって契約している人しか見られないはずの作品をタダで見ることができるのか、と苛立ってしまう。

このチャンネルタカラヅカスカイステージ契約していない人は、スカス難民というらしい。

カス難民のごく1部ではあるが、これをアップロードしてください!だとか自分の加工した画像転載には怒るのに動画違法アップロードは有難がったりだとか、そういう迷惑なことをする人もいる。

このチャンネルの月額も決して安い訳では無いし、契約できないのには色々な理由があると思う。

でも、違法アップロードを推進するのは何か違う気がする。

アップしている人は尚更。私にはよく分からないけれど、Instagram違法アップロードをすることで収益が入るわけでもなさそうだし、なぜ自分お金を払って見ているものをタダで分け与えてしまうのかがよく分からない。

そもそもそういう人は、1つの番組を作るのにどれだけの人がどれだけの労力を費やしているのか分かっていないような気がする。

私が契約している側だから思うことだけれど、タダでこれだけ見れるなら、なぜ自分契約しているのが馬鹿馬鹿しくなってくる。

これがPRになる!だとか言っている人もいるけれど、PRなら劇団側がすればいいこと。ファンがわざわざ違法アップロードしてまでするべきことなのか?と思ってしまう。

第一違法アップロードに頼る人が増えて、契約者が減ってしまうなんてことがあれば、このサービスは無くなってしまうかもしれない。

そんなことは避けたいし、違法アップロードしている人も悪意がある訳では無いということは分かっている。(悪意の有無に関わらずしていいことではないが)

から違法アップロードをしている人には、これをすることで自分の大好きな劇団演者にはデメリットしかないのだ、ということを知って欲しい。

そしてマナーが良い、と言われる宝塚ファンが率先してこのような事態を無くしていくことで著作権をきちんと守る社会が作り上げられる、ということも十分に考えられるのではないか、と私は思う。

2018-10-16

自称フェミニスト宝塚ファン(女性)がマイフェアレディを観て「時代遅れ作品だが、メインの男がもっとイケメンなら許せたのに」と感想を書いていた。

ええ……

2018-04-23

anond:20180423223013

確か美人よりも歌とダンスが上手い方が偉いという話だったような…。極端に不細工だと不利かも知れませんが、あの強烈なヅカメイクをすれば、普通の人はだいたい宝塚っぽい顔になるでしょう。

ちなみに宝塚引退後、今もテレビ活躍している檀れいは、宝塚時代は歌とダンスが下手なので、あまり評価が高くなかったとか…。でも宝塚ファンの元上司が「あの子は昔から飛び抜けてキレイだった」と言っていたぐらいなので、引退後に芸能活動を続ける場合は、容姿とかしゃべりのうまさで差が付くでしょうね。特に男役出身で、中途半端に男っぽさが残っていて、素の容姿が大したことないと非常に厳しい気がします。

2018-04-12

anond:20180412142345

ところが「男子部」は結成からわずか8年余りで解散という悲劇を辿ることとなる。

その最大の理由は、「宝塚舞台に男は似合わない」

男役がいれば、本物の男は必要ない」といった、宝塚ファンや女子生徒たちの反発の声だった。

女は男を求めていない。

女みたいな整った男を求めている。

2018-03-16

女向けってだけでポリコレ的誹りを免れると思ってる無邪気さが怖い

当方、女。とあるオタク趣味にかれこれ10年近くつかっている。根強い人気を誇り、それなりに経済規模がある界隈ではあるが、一般的趣味とは言い難い。人によっては気持ち悪がられることもある。奇異な世界から。なので私も「○○が好きなんです~♡」とはカムアウトしていない。

その界隈は基本的に女で構成されている。クリエイターも女、受け手も女。女の女による女のための界隈。男性で興味がある人は1%いるかどうか。

界隈は、知的な人が集まりやすいのか何なのか(単なる私のフォローの傾向かもしれない)、ポリコレ意識がやたら高い人が多い。はてなーを煮詰めたような人たち。フェミ系。

私の尊敬するオタ仲間のKさん。いつも感想文にはお世話になってます。私のちんけな視点解釈では至らない、世界の深みに連れて行ってくれる方。

しかし、そのKさんポリコレツイート最近げんなりしてきた。男の性欲がなんちゃらかんちゃらの表現は~って…。

その理屈ってさぁ、私たちにも当てはまりませんか?私たち表現だって女の性欲に直結したものじゃん…。性欲っていうと大げさな感じするけど、萌えとかトキメキってそういうことだよね。

女性を抑圧する?いやぁ、私らの表現でもバリバリやってますやん。それどころか男性に対しても抑圧やってますよね。

ポリコレを盾に、ある種のフェチズムを矯正しようとしたり、人目のつかない場所においやって経済合理性のもとに消滅させようとする姿勢は恐怖だ。

私は嫌だ。私の愛する愚かで狂った世界を、外部の正しさで変えられたくない。生きがいなんだ。世間から石を投げられたとしても無理だ。今更、足を洗うなんてできない。

はいいかもしれない。女向けは活動家ターゲットにはなりにくいだろう。でも風向きなんていつでも変わる。次は私たちかもしれないんだよ。怖くないのかあなたは。

追記:何かおっさん疑惑をかけられたり、名誉男性扱いされてるのが不愉快なので、ぼかしたけどこの際、全部ぶちまけます。私の好きなもの宝塚です。トラバで当てた人、お見事。

クリエイターが女って書いちゃったかBL言及が多いけど(宝塚パフォーマーと言った方が正しいがフェイク入れました)、私はBLは嗜んでいません。ただBL槍玉にあがった次はうちだろうな、ぐらいにはシンパシーを感じている。宝塚BLの相性はいいので。

こっからは、雑な自分語りなっちゃうんだけど、宝塚ファン代表してとかではなく、一個人葛藤だと思って読んで欲しい。

私は、一時期愛する宝塚から離れたことがある。というのも自分宝塚の生徒を搾取してるのではないかと苦しくなったからだ。

10代、20代、30代の期間を、ファンのぶつける男役というファンタジーを生きてくれる。

「○○さんは宝塚卒業したら、家庭に入って幸せになって欲しいわ」こういうことを言うファンがいる。こういうのを聞くたび、暗い気持ちになった。結婚幸せという価値観うんざりするのか、それとも、私たちファンタジーのためにそういった人生選択肢を諦めているのではないかという恐怖なのか。

そういう感情がないまぜになって離れた。でも結局戻ってきた。私はやっぱりこの世界が好きだ。

2018-01-09

anond:20180109194928

あとinumashさんのセクサロイドの話でアレ?と思ったのは

「人を模する何かが出て来た時に、その属性の人に理想像押し付けられる」みたいな側面があり、それは悪だ( 今回は女性を模するモノ )

とした場合

例えば宝塚理想男性像を描いているし、実際にそれをもって現実男性より上だという主張もある( http://takaradukas.net/boy-543 )んだけど、こういうのも非難されるべきなんじゃないの? 昔から宝塚ファン現実男性より男役の方がかっこいいって言って男性を落としてる( 別にこれはこれで嫌じゃないし割とどうでもいいんだが )

あと少女漫画内の男子描写とかさ。inumashさんの主張を正しいとした場合女性向けファンタジーも同様に男性へのプレッシャーになる。セクサロイド宝塚も異性へのファンタジーはあって良いと思うのだけれども。

2018-01-07

いち宝塚ファンとして悩むこと。

anond:20180106164019

私も結論が出ていないけど、ブコメトラバの誤解をいくつか正したくて書く。長くて申し訳ないけど。

まず、宝塚音楽学校日本人しか入れない、これは間違い。

宝塚では劇団員のことを「生徒」と呼ぶ。

中国系韓国系の生徒が占める割合はそれなりに多いし、トップスター上りつめた生徒もいる(発音問題がないことが前提条件だとは思うけど)。

 

アメリカを中心とした欧米諸国出身の親をもつ、いわゆるハーフの生徒もそれなりに多い。むしろ舞台映えする頭身バランスはかなり好まれている印象がある。

ただ、相当顔の濃い生徒や東アジア東南アジアルーツを持つ生徒はいるけど、黒人の生徒が入ったことは今までにない。

それが1000人が受けて40人しかからない選抜過程問題か、日本人口バランス問題か、宝塚歌劇を好む層の問題かはわからないけど、実際この先どうなるんだろうね? とたまに思う。

ものであれば、必要に応じて舞妓さんのような白めのドーランを塗る。

フランスものスペインもの日本ものドーランの塗り方がすべて違うのが宝塚のやり方である。それはおそらく、生徒の肌色が白〜黄色であることを前提としている。

さて、宝塚ラテン・ショーの「黒塗り」は、どちらかというと日焼けした肌の色、褐色の塗り方であって、今回のブラックフェイス議論からは少しずれてくると思う。明らかに「黒塗り」という名前が先行して誤解を招いている。

個人的に、通称「黒塗り」をしたタカラジェンヌラテン風の衣装に身を包み、舞台で目をギラつかせながら踊り狂っている姿を見ると、日常のすべてのことを忘れられる。めっちゃかっこいい。

この文化がなくなることを、私は個人的に望んでいない。

今回元増田が投げかけた宝塚のショーでの「黒塗り」は、日焼けした、褐色の肌をセクシーものとして消費する目線に基づいているけど(このへんは補足を読んでほしい)、小麦色の肌をしたラテン系色男という、(宝塚歌劇の描く)ヨーロッパイメージに基づいているために、差別的文脈かというとかなりのグレーゾーンにある、というのが個人的所感。

そしてラテン系といっても、スパニッシュ風のダンスがある程度で、全体としてのショーの仕上がりはかなり無国籍風だったりする。宝塚歌劇が描くのは結局は非現実だ。

長々書いてきて結論がなくて申し訳ないけど、私は、万国さまざまな時代舞台にしたショーや芝居を上演することで、美しい夢の世界を見せてくれる、宝塚歌劇を愛している。一回3500円で見る宝塚歌劇は、私のとるにたらないこの人生を支えてくれている。

風と共に去りぬ」で黒人奴隷を演じるにあたって、かなり色の濃いドーランを塗るといったことは、もうやめたほうがいいのかな……と思う。ブラックフェイスという議論があると知った以上。

ただ、宝塚では様々な国や時代物語を演じられる、舞台となる時代や国に合わせて、さまざまな化粧のあり方がある、それが夢の世界演出をある程度支えている。

そのこと自体はどこかで守られてほしいと思っている自分がいる。

風と共に去りぬ黒人奴隷の黒塗り(じゃあ、ホワイトウォッシュは……?)や「〜ですだ」という口調はアウト、ここには同意しても、ラテンショーの上演や、インド映画宝塚化するにあたって、肌を褐色に塗ることを否定されると、反発したり戸惑ったりするファンは多いと思う。

それは、宝塚歌劇が常に新しい演目に挑戦して、様々な世界舞台を作り上げていくことそのものを揺るがしうるから。

宝塚歌劇演出家代替わりしていくにつれて、観客がノーをつきつけるような描写が減りつつあることは感じている。

今後観客がどう考えるか、宝塚の中の伝統欧米諸国日本規範整合性をどうとるかだと思う。


【補足】

ここからの話はかなり込み入っている。

宝塚のショーの「黒塗り」は、ラテンイメージだと述べたので少しずれるんだけど、黒人差別文脈ではなく、むしろ褐色の肌をエキゾチックものとして消費する、オリエンタリズム問題文脈に近い危うさをたたえているかも、と思うことがある。自戒をこめて。

(1/9追記:つまりセクシーと思ってるからOKとは一概にもいえなくて、私は宝塚の黒塗りが好きだけど、本当に本当につきつめて考えれば、どんな肌色を美しいと思い、逆にどんな色をそうでないと無意識に考えるのか。これって個々の社会文化的規範とも関係のある、きわどい問題だと思う。宝塚が悪いわけではなくて、一般論として)

私も専門家ではないので誤りがあったら申し訳ないけど、オリエンタリズムとは、かみくだいていうと、「実体に基づかない、西洋に都合の良い勝手イメージを押しつけて消費し、それを東洋の後進性とむすびつけていくような考え方」のことだ。

たとえが貧弱で申し訳ないけど、よく古い映画絵画に出てくるエキゾチックオスマン帝国ハーレムとか、アラブ美少年イメージ

そうしたものエキゾチックものとして描くことが、どこかで東洋を劣ったものとして位置づける差別意識につながっていき、それが西洋東洋特に中東)に対する植民地支配正当化する装置としてはたらいた。

それを問題にしたのがエドワード・サイードをはじめとする学者だ。

日本もその「東洋」に属することは間違いなくて、ゲイシャだのなんだのというイメージ押し付けられているわけだけど、日本クリエイターが他の国々に対して、無自覚オリエンタリズムに基づくイメージを投げかけていることはままある。

宝塚歌劇なかには、ショーの一場面などでオリエンタルアラブ風の演出を好む演出家がいるので、やめるべきとまでは思ってないけど、遠い先に問題になるかもしれない、とは思っている。肌色問題というより、あまりにも典型的オリエンタリズム再生産だとして。

ちなみにこうした場面が、ショーの一場面として上演される場合は、その場面だけ化粧を変える時間もないし、大体洋風の色白メイクだ(ブコメで突っ込まれていたけど、私はこういう演出に関して、色白メイクからOKとは思っていない。ぶっちゃけ肌色関係なく、あーまた演出家趣味でこんな場面か、とたまにうんざりするだけだ)。

上で述べたとおり、今度アラブなりインドなりを舞台にした物語を上演するときに、メイクをどうするかという問題も今回浮上したし。

完全なポリティカルコレクトネスを実現することは多分不可能だし、何がポリティカルコレクトネスに反するか、コンセンサスをとることも難しい。ここで書いてきたのは、宝塚以外の場所でもありうる話。

ただ、宝塚歌劇というか、ある文化無意識に立ってる価値観について、個人としてちゃんと考えてみたかった。

2018-01-06

そもそも、なんでそこまで黒塗りしたいの?」

宝塚ファンの一人としてここ数日葛藤している。

別に黒塗りが無くなったって困らないでしょ、とのブコメをちらほら見るが私は…私は…どうしたらいいのだろうか。

実は宝塚には黒塗りの文化がある。

お芝居の中で黒人役がある場合タカラジェンヌドーランで肌を黒く塗り黒人に扮する。代表的なのは風と共に去りぬ』のマミー役だ。宝塚において『風と共に去りぬ』というのは『ベルサイユのばら』と並ぶ古典演目で、何度も何度も再演されてきた大切な作品だ。しかし、いくら名作であっても今現在ポリコレ基準で考えるとアウトになるんだろう。

つい最近も、花形スター黒人役をやる演目があった。「うちの黒塗りは笑いにしてるんじゃなくてカッコイイと思ってやってるんだからいいんです」という理屈は通じるのだろうか?それって傲慢じゃないのか。

これが他所劇団ならば、黒人役者を引っ張ってくればよいのだろうが、ご存じの通り宝塚は大半が若い女性たちで構成される劇団である。そうした役者の制約のあるの中で国籍を問わず老若男女を演じなければいけない難しさはどう解決したらよいのだろう。

宝塚の黒塗り文化は芝居だけではない。ショーにもある。いわゆる「黒塗りショー」と呼ばれるジャンル。私としてはむしろこっちの方を心配している。黒塗りって差別的だよねっていうことを何となく理解してもなお、率直な気持ちとして宝塚から「黒塗りショー」が無くなったら心から悲しい。

ショーにおける黒塗りというのは、黒人というより褐色の肌をしたラテン系イメージであるこちらの代表は『ノバ・ボサ・ノバ』。これも歴代トップスターたちが演じてきた名作。私の大好きな作品だ。燕尾服スーツでビシッとスタイリッシュに決めた男役もカッコいいが、裸足でオラオラサンバを踊る男役のカッコよさも捨てがたい。

宝塚のお芝居はヨーロッパ歴史物が題材になることが多いので(特にフランス革命酷使っぷりはすごい)、黒人役っていうのはそもそもかなり少ないのだが、「黒塗りショー」はジャンルとして確立されているので定期的に新作が生み出される。もしかしてこれってすごく危うい状況なのだろうか…。

宝塚はずっと昔から定期的に海外公演を行っており、今年も台湾公演が計画されている。劇場でもちらほらと外国人と思しきお客さんを見かけることもある。だから日本感性だけでいいっていう開き直りもなかなか厳しいよなって色々考えては鬱になってる。

2017-11-20

anond:20171120213939

レズ垢とかビアンとか百合で、探してみ。

(いや、自分フォローしてる人が、LGBT的な人だったから。海月姫みたいな話は好きそうなイメージ。)

(みんながみんな宝塚ファンとかって訳でもないんだろうけど。)

2017-04-30

http://anond.hatelabo.jp/20170323001632

百合は元々女向けのジャンル

宝塚ファン女性ばかり

今のプリキュアには男装の麗人っぽい子が出てるみたいだけど女児から人気あるんでしょ

女性提督女性ラブライバー女性アイマスPや女性モノノフはたくさんいて

その中には百合を楽しんでる人も少なからずいる

女で百合に物凄く嫌悪感がある、女性同士のいちゃいちゃが気持ち悪い、って人は少数派じゃないか

アニメ見るような層ならなおさら

女性百合が嫌い」じゃなくてあなた個人的百合が嫌いってだけ

学園モノで女の子更衣室でおっぱい揉み合ってるとかはねーよって思うけどね


ってこれ一か月前の記事じゃん……

2016-11-21

プリキュアEDの歌&ダンス映像が好きだ

娘との付き合いでハピチャから観始めた父親だが、正直なところ、ネット実況をしてる大友みたいな、ストーリーに真面目に入り込むような観方はついていけない。

(いや、ゴープリのゆいちゃん&シャット回とかは良かったけどね。でもあの展開は大人向けの演出で、幼児には別に要らんと思う。実際娘はなんもわかってなかったし)

だがEDダンスCGがすごくいいと思う。

プリキュアメモリ」を一見して虜になり、youtubeで他プリキュアEDオールスターズダンス映像を漁りまくった。

どれも良いが、あえて言うなら「ハートキャッチパラダイス」と「夢は未来への道」が特にお気に入りだ。

今までアイドルとかの属性は全く無かった。

実際、アイドルPVアイカツダンス映像とかは、観てもピンとくるものはない。

(細かくいうと、数年前紅白ももいろクローバーZが出てたのを観たとき、あのパフォーマンスはいいな、とは思った)

そうではなくて、なぜかプリキュアというコンセプトで繰り広げる歌と踊りのショーが、自分琴線にビンビンくるらしい。

これがどういう嗜好なのかイマイチ自己分析できない。

亡母が宝塚ファンで、けっこう舞台に連れてってもらったり、ビデオを一緒に観たりしてたので、その延長なのかもしれない。

娘は今はまだ毎週プリキュアを楽しんで観てるが、たぶん次回作の辺りで卒業だろう。来春のドリームスターズくらいまでは何とか一緒に観に行けるかもしれないが。

ミュージカルショーを観に行けなくなるのが残念だ。

今年の一幕終わりで、「永遠のともだち」のダンスで締めたはとても良かった。

2015-03-16

宝塚チケットの取り方

こんにちは通りすがり宝塚ファン(オタと言うには歴が浅い)です。

最近、「見たことないけど一回見てみたい」と言う人が増えてるようなので、ざっとハードルの低い取り方をまとめてみます

基本的宝塚の公演の流れ

・本公演と呼ばれる、宝塚大劇場兵庫県)、東京宝塚劇場での公演。兵庫東京の順で行われる。兵庫の方が席数が多く、チケットは取りやすい。当日券でS席が出ているのも見かける。

前日になれば翌日の当日券情報が出る。 http://kageki.hankyu.co.jp/ticket/today_takarazuka.html

・本公演以外に、梅田芸術劇場赤坂ACTシアターなどでの公演、また全国ツアーなどもある。いずれも舞台の形式に大きな違いはないが、宝塚劇場宝塚大劇場東京宝塚劇場)のステージには「銀橋」と呼ばれる張り出し部分があり、そこを使った演出も見所。また両劇場ともにオーケストラピットがあり、必ず生演奏劇場雰囲気もいかにも宝塚なので、世界観に入りやすく感じる。初めての人には宝塚劇場での観劇おすすめしたい。

チケットを取る方法クレジットカードを持ってない場合

e+先行抽選

本公演、全国ツアーなど多くの公演で「プレオーダー」という先行抽選予約を受け付けている。当たれば行こうかな、ぐらいの感じなら、試しに申し込んでみるのもいいかも。お気に入りアーティストで「宝塚」と登録しておけば、プレオーダー実施されるとき、前日にメールでお知らせが来る。ぴあローチケにも同様のサービスがある。

http://eplus.jp/sys/main.jsp

チケットぴあ先行抽選

e+同様、先行抽選予約を行っている。

http://ticket-search.pia.jp/pia/search_all.do?kw=%E5%AE%9D%E5%A1%9A

ローチケ

こちらも先行抽選あり。

http://l-tike.com/

チケットを取る方法クレジットカードを持っている場合

三井住友VISAカードを持っている場合

Vpassチケットで、VISAカード貸切公演のチケット抽選申し込み、また先着順の申し込みができる。

https://www.smbc-card.com/mem/service/tic/index.jsp

少しややこしいのだが、このトップページから行ける「公演チケット一覧」(http://ticket.pia.jp/vpass/genre/index.jsp)と、ログインしなければ見れない「Vpassチケット」で、出てくる公演及び日程が違っている。両方申し込めるのだが、ログインして見るVpassチケット抽選申し込みが個人的にはわりと当選やすいと感じているのでおすすめ

先着順の特別電話予約も、一般のプレイガイド発売よりは全然つながりやすい印象。

セディナカードを持っている場合

セディナカードの貸切公演のチケットの申し込みができる。

http://www.omc-card.co.jp/ticket/w/takara/index.html?aid=hpft

自分は使ったことがないけど、当選やすいとよく聞くので、持っている方にはこれもおすすめ。すでに宝塚友の会に入会していて、もう一つ手段が欲しいという感じなら、自分だったらセディナカードを作るかも。

宝塚友の会

宝塚には公式ファンクラブ存在しない。「宝塚友の会」は公式の会だが、会報友の会での活動というのが活発にあるわけではない(たまに会員限定トークライブなどが開催される)。入会するには宝塚VISAカードを作るだけで、会費はカード年会費のみ。これで本公演すべての先行抽選予約ができる。が、最近会員数が増えているのか、なかなか当選しづらい印象。ある程度継続的宝塚観劇したいと思っているなら、入っておくのもいい。

http://kageki.hankyu.co.jp/friends/

以上が自分の使っている、定価で宝塚チケットを楽に取る方法です。

他にもあるかと思うので、情報量足りないよーという方は各自まとめ作成検索をお願い致します。

2014-07-11

入り出をしつづけて思うこと。

ヅカヲタである。だからこれから話すことも宝塚のことである

他のアイドル界隈がどうなっているのか私はしらない。

そしてこれから書くことはシステムの話ではなくて、感想文にすぎない。システムについて興味が出た人はグーグルに尋ねるかお近くのヅカヲタまでお問い合わせください。

宝塚には「入り出」という文化がある。

タカラジェンヌが公演や、公演のためのお稽古に向かう時に所定の場所で待ち、やってきたタカラジェンヌにお手紙を渡す。

そしてバイバイとお見送りをする。

公演は細かいことを全部外してしまえば大きく分けて、宝塚大劇場(以下ムラ)と東京宝塚劇場(以下東宝)で行う。ムラでは公演のお稽古も行われておりそれは「お稽古待ち」という。ファンは公演を観る予定もないのにこの「お稽古待ち」の為にムラまで通う。片道1時間以上かかるファンなんて、たくさんいる。それでも、タカラジェンヌと会う一瞬の為に平気で通う。たまに自分で何やってるんだろうと虚しくなるけれど、虚しくなったら負けである

 東宝は所定の場所に並びお手紙を受け取ったらタカラジェンヌにそのまま「いってらっしゃーい」とお見送りする。タカラジェンヌが通るたびにしゃがむ大量の女性たち(時たま男性はいつみても壮観である

 ムラだと所定の場所でお手紙を受け取ったタカラジェンヌ楽屋口までそのファンを引き連れてやってくる。そして、楽屋口で「いってらっしゃーい」とお見送りをする。大量のファンを引き連れて楽屋口まで歩いてくる男役スターをみると「うをぉぉぉ!!スター様が歩いてくるぞぉぉぉ!!!」と興奮する。ファンをたくさん引き連れているタカラジェンヌはそれだけで神々しくみえてくるし、圧巻で楽しい

 スターさんによっては「お隣歩き」と言ってこの所定の待機場所から楽屋口までお隣を歩いてタカラジェンヌお話しできてしまシステムがある。楽しそうにファンと話をしているスターさんをみながら「なんて優しい人なの!!」と勝手に感動することもよくある。話の内容なんて、当然聞こえやしないが。

以上穴だらけの入り出説明。ちなみにこの入り出は会を登録しているタカラジェンヌにの適用されるシステムである。まだ会登録していないタカラジェンヌはまた別のしきたりで入り出があるのだが書いていたらキリがない世界なので放置する。

この入り出。したいと思ってすぐに出来るものではない。まずはその生徒の「ファンクラブ」に入らなきゃいけない。この「ファンクラブ」は「非公認」のファンクラブなのだけど、宝塚システムに置いて凄く大きな位置を占めている。非公認の癖に「@@ちゃん会立てたんだって?」「うん、劇団に立てろって言われたらしいね」「そっか。まだ下級生なのに大変だねぇ」みたいな会話がヅカヲタの中ではよく繰り広げられる。繰り返し言う。ファンクラブ非公認である

このファンクラブに入ることのメリットとは色々あると思うけど(デメリットも正直あると思っている)大きく言えば「応援している人を明確にする形でチケットかえること」「入り出が出来ること」なんじゃないだろうか。チケット難の公演でも会に入っていればなんとか観れたりもする。

けど、私がしたいのはこの話じゃないから、このシステムについて気になる人はお近くのヅカヲタまでお問い合わせください。

そう、入り出である。入り出。

私が今好きなタカラジェンヌ(以下贔屓)を好きになった時、ファンクラブに入ろうと思った。ファンクラブに入って、その人の名前を通してチケットを買って、お礼状貰って、その人のお茶会(トークショーのようなもの。一種のファンミーティングイベント)に参加できればうれしいと思っていた。

入り出なんてしたいと思わなかった。

だって、怖いじゃん!?自分がいかにその人を好きか書いたお手紙をちょくせつ本人に手渡しするんだよ!?ホラーじゃん!!って真剣に思っていた。

憧れは憧れの存在のままでいて欲しかった。お手紙を直接渡すことが繰り返されるうちに、純粋な憧れは必ず憧れと違うものになると思った。それに、入り出(ガードともいう)する人が怖かった。宝塚宗教じみた世界の一端はこのシステムが担ってるに違いないと思っていた。事実私の友人の一人は宝塚大好きで何年も見続けているが「ファンクラブなんてあるから宝塚が気持ち悪いところだと思われている」と吐き捨てた。だから宝塚ファンがみんなこんなことをしているのだと思ってほしくは無い。舞台の上で輝いているタカラジェンヌをみることだけが楽しみで、公演を楽しんでいる人だってたくさんいる。入り出をはじめとした会活動は確かに不思議で独特なシステムであって、未だに奇妙だと思うこともあるけれど、私がこの世界に入ってしまたから非難することが出来ないだけだ。

私が宝塚を好きになってから仲良くなった人は、入り出をする人だった。

「おいでよ」

とその人は私と贔屓が違ったがそういった。

「入り出は楽しいよ」

正直、興味はあったのだろう。後を押されたのか、押されたという言い訳が欲しかったのか私は入り出にいった。同じファンクラブ所属している知らない人に挨拶をしながら贔屓を待ち、やってきた贔屓の目もロクにみられずに消え入りそうな声で「オハヨウゴザイマス」と告げながら私はその場から消えたかった。見慣れた顔の中に知らない顔がいるからか、彼女は私の目をじっとのぞきこんだ、気がする。

もう、数年前の話なのであまり感想は覚えていない。覚えているのは誘ってくれた友人とお茶をしていたらその友人が楽しそうに「また来週も会おうね」と言ってきたことぐらい。その時は「行かないよ!?」「一度経験したのでもう満足しました」とその人に伝えていたのに、翌週には何故か私はそこに立っていた。

それから、毎週のように私はそこにいた。

何が楽しいのか、私は未だに分からない。あえて言うなら贔屓と会った後にファンの人同士やお友だちとするお茶楽しいと言ってしまうかもしれない。長時間乗る電車の中でポストカード手紙を書き、ムラについてから贔屓を30分以上待つこともザラだ。やって来た贔屓に「おはようございます」の一言だけを告げて、ほんの少し会話をやりとりして、楽屋口まで贔屓の背中をついていく5分足らずの時間の為に多くのことを費やしているという事実を数年かかっても未だに認めきれない。

 おはようございますの一瞬で目を見てくれたかとか、笑ってくれたかとか、今日は機嫌が良かっただとか、なんだか疲れているみたいだとか、たった一瞬触れ合うだけなのにそういうことで喜んだり心配したりする自分が滑稽だと常々思っている。

贔屓と仲良くなんか、なりたくない。勿論ファンとして大事に思われたい。嫌われたくは、ない。でも、近付きたくは無いし、入り出をしてどれだけ時間がたっても私にとって贔屓は遠い存在だ。

 笑い話みたいかもしれないけれど、私は入り出するようになってしばらくしてから友人に「贔屓に顔を覚えられてしまたかもしれない」と言って泣いた。贔屓をみるのは楽しかったけれど、贔屓が私の顔を覚えるのは耐えられなかった。贔屓が私の顔を覚えるということは、関係が蓄積していることに他ならず、それがいいことだとは欠片も思えなかった。送る手紙はいだって適切なものとは思えなかったし、贔屓がそれを負担に感じていたらどうしよとばかり考えていた。

今は、贔屓がどう思っているかなんてわからないし、私がやりたいからやってるでいいんだよって笑っていられる。手紙も送りたいから送るのだ、贔屓に喜んでもらうために書いてるじゃないよと言い張ってる。時々それにも失敗しているけれど。

 入り出はタカラジェンヌによって色々で優しく雑談をたくさんしてくれる人もいれば、視線も合わせずお手紙を回収してさようならの人もいる。たくさんお話してくれるタカラジェンヌの話を友人としながら「@@ちゃんさすがだよね」と笑いあうけれど、そこでガードすることはない。会のシステムが無くなったとしても、多分しない。私が入り出をしたいのは、贔屓だけだし、その贔屓が見せてくれる一瞬がどんな神対応よりも意味を持っている。

AKB柏木由紀さんは握手会を「10秒の公演」と称したそうだけど、きっと宝塚の入り出も近いものがあるのだとそう思っている。

毎週5分の為に駆けつけて、直接お手紙を渡すことで愛が伝わっているのかは分からない。エゴけが伝わっているのかもしれない。

それでも贔屓だけをみれる時間が嬉しい。舞台の上に立つ完全な男役ではなく、化粧を落し、ほんの少しだけ素の部分を見せてくれるその瞬間がたまらない。

から私はまた来週も劇場に足を運ぶことになるんだろう。

少なくとも、贔屓が退団するまでは。

2013-12-10

http://anond.hatelabo.jp/20131209233658

長く深くハマってる場所ほどアラが見えてくるものだよ。

隣の芝生は青いじゃないけど、他の界隈が羨ましくなる。

ちなみに宝塚ファンでもPerfumeファンでもないが、わたしがハマってる場所で「ファンが大事」って言われたら、「そのファン何人に手だしてんの。いくら貢いで貰ってるの?」ってなる。

2013-12-09

Perfumeコンサートに行ってきたエントリー宝塚Disりぶりが悪質

「Perfumneのコンサートに行ってきた」エントリーを見た。

ブコメも好意的でなので拝見したが、宝塚ファンが見たPerfumeコンサートといいながら、宝塚Disりが酷すぎると思った。

まず、文面に宝塚への愛情が感じられない。

私たちはお芝居の間中背もたれから背を浮かすことすら禁止されている。」コンサートとの比較らしいが、宝塚ファンでない一般の人ならば、奇異に移るかも知れないしきたりを平気な顔をして書くことに違和感を覚えた。

私は宝塚Perfumeも詳しくないのだが、宝塚マナー重視のファン活動らしいのでこんな事は宝塚ファンならはこんな浮いた様な文章は書かないだろう。

また、「ファンが大事」という言葉を「はいはい社交辞令ですね」と思うとは、愛情が無さ過ぎる。

と言うか、関心もないのだろう。

このあたりは、本人も気にして追記でごまかしているが、分かる人には分かるわざとらしい言い訳後の祭りである

また、いかにもコンサートが初めてと言う部分を強調したいのか、「そうか、コンサートは動く!」だの、「上手下手ではなく塁・そうかここは球場か!」(後者はあるかも知れないが・・・)とかの発言があるが、

なんかよくデートで前の彼氏と行った事がある場所に「私、ここ初めて」と言っている様な感じの文章を少しおバカにしてリアリティを出しているのだろう。

なるほど、釣り文章としてはうまくできているつもりなんだろうが、わざとらしすぎる文章にあきれた。

また、コンサートの描写ではPerfume存在にのめり込んでいる所だけ感じてしまう変な文章であった。

この人の本心・・・

Perfumeの大ファンであり、Perfumeが好き過ぎて宝塚スパイスPerfumeベタ褒めしたい。

宝塚ファンなんてどうでもいいが本心だろう。

一部不快だと思われているブコメの方もいるのに堂々と追記しているその姿に悪質さと気持ち悪さを感じた。

Perfumeファンってみんなこんな感じなのか?

試してみようと思う。

もしこのエントリーブコメされなかったら、Perfumeファンは最低だと判断する。わざとスルーしている可能性が高いから。

ブコメがついたら、ブコメにより判断。

もしこのエントリー共感してくれる人がいれば嬉しい。Perfumeファンも捨てたものではないと判断する。

宝塚ファンではない自分がこれを書くのも大概にだとも思うが、あまりに悪意が強く感じてしまったので書いた。

2008-08-18

宝塚ファン

の皆様こんにちは

って

宝塚ファン 

という言葉自体何か不思議というかありえない気がした

毎公演顔ぶれが変わるのにファンってなんだ

 
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