はてなキーワード: 小手先とは
「18歳〜22歳の恋愛工学生が増加しつつも、どうやら彼らは中々結果を出せていないようです。そりゃそうだ。恋愛工学はその成り立ちからして"20代後半〜40代の男性向け"の理論なのだから、大学生が実践したところで結果を出せるわけがない」というツイートをしたところ、かなりの反響を貰いました。どうやらここ最近、恋愛工学が巷で話題になったためか、モテを志す若い工学生も増えているようです。しかしそういった人たちは、すぐに使えるトークスクリプトや恋愛理論にばかり目がいきがちです。そのため先のようなツイートがウケたのでしょう(実際、恋愛工学が大人の男性向けの理論だということを知らない人も多いようでした)。
そこで、今回は恋愛工学の成立を振り返ることにしてみました。勢いのままにバーッと書いたので、文章はとっ散らかっていますがご容赦ください。とはいえ、最近恋愛工学を知ったばかりだ、という人はぜひ読んでほしい内容になっています。
おべんきょうのじかんだよ!
2012年4月、藤沢数希所長が自身のメルマガ「週刊金融日記」で恋愛工学を提唱し、読者からの支持を集めました。かつて金融業界で働いていた藤沢所長が、そこで学んだ金融工学の考え方を恋愛に活かした"恋愛工学"は、いわゆるビジネスマン、経営者といった層の人たちから理解を得ることに成功したのです。離婚の経済学、スタスティカル・アービトラージ、Good DadやGood Genes。そういった恋愛工学の基礎的な単語もこの頃に普及したと思われます。
また、週刊金融日記の読者が恋愛相談を投げかけ、藤沢所長がそれに答えるといった形でメルマガが展開。藤沢所長の単純明解でバッサバッサと切り捨てる答え方が人気を博し、読者数が次第に増加しました。Kgoさんやタカシさん、ゴッホさん達の時代です。
そして、次第にメルマガ読者が独自の恋愛理論や恋愛テクニックを週刊金融日記に投稿するようになりました。議論は毎週活発に行われ、読者の中には童貞を卒業したり、有名になって雑誌にインタビューを受ける人も現れました。代表的な例はトリケラスクリプトなどでしょうか。また、恋愛工学生はメルマガだけでなくTwitterでも絡むようになっていきました。
2014年8月、恋愛工学のはじまりから2年と少しが経った頃のことです。株式会社ピースオブケイクが運営する媒体noteで「僕は愛を証明しようと思う。」の第1話が公開されました。非モテだったわたなべ君が、恋愛工学の理論をもとに次第にモテる男になっていく姿に、工学生たちは熱狂。毎週更新されていく先が見えないストーリー展開、登場する聞き覚えのある単語やデートスポット…それらも僕愛が人気を博した理由だと思われます。そして、2015年冬、月刊アフタヌーンにて「僕愛」の漫画版が連載開始。エロ漫画出身の井雲くすが作画担当についたこともあり、まずまずのヒット。このあたりから一気に恋愛工学を知る人が増えていった印象です。
そして、2016年の恋愛工学界隈は「オリジナルコンテンツ」の年でした。3月にPuAndaさん、タカシさん、モテツクさんが"恋愛サロン"を開始したのを皮切りに、みのさんの"ボディメイクサロン"、にゃんぱすさん・高城さんの"就活工学"、シンガさんにの"セクトレ講座"・"ネトナンのためのプロフィール写真撮影会"、ダンサーさんの"カラオケ工学研究所"、じーざすさんの"競馬工学"など、各自がおのおのの強みを活かしたオリジナルコンテンツを持ち、販売するようになりました。また、有料版noteを使ったトークスクリプトや恋愛理論の販売も行われていました。彼らのツイートを見るに、ビジネスと恋愛の両立、というのがメインテーマにあるように感じます。
さて、そうやって導線を増やしたことにより、これまで以上に多くの人が恋愛工学を知ることになりました。必然、モテたい盛りの男子大学生もその中に含まれます。いわゆる「草食系」と呼ばれる世代に生まれた彼らは、Twitter上で有名アカウントを見つけ、その過激さと実力(恋愛もビジネスも)に驚きます。「嘘だろ!?こんなモテ方をする男がいるのか!?」そして、自分も先輩たちのように女性にモテたいと思い、Twitterのbioに「恋愛工学」の文字を入れ、大学の友人の女子とアポをしてみたり、ストナンをしようとしたりするわけです。
しかし結果が出ない。
それもそのはず、恋愛工学の歴史を見るとわかるように、もともとこれは「いわゆるビジネスマン、経営者といった層の人たち」向けのものなのです。あくまで"20代後半〜40代の男性向け"の理論であり、18歳〜22歳の大学生が使うことを想定されていません。
たとえば、週刊金融日記でアポ場所に推奨されるレストランも大学生にとっては高い価格帯です。恋愛工学生御用達とされる天王洲アイルのTYハーバーも、ディナーで行って、お酒を1杯ずつ飲んで、お腹いっぱいまで食べると10000円を軽く超えます。ご飯も美味しくて店の雰囲気も抜群、駅までにキス・CTスポットはたくさんあるしでいいこと尽くめなんですけれど…いかんせん高い。大学生がアポに毎回気軽に使える店では決してないですし、むしろ連れてこられた女性も、男の本気度に引いてしまう可能性もあるでしょう。
また「20代後半〜40代の男性が口説くことが多い女性像」と「18〜22歳の大学生が口説くことが多い女性像」に乖離があることにも注目しなければなりません。ざっくりいうと、前者はそこそこ恋愛経験を積んだ大人の女性で、後者はまだ恋愛経験が薄い同い年くらいの女子大生、ということです。港区住まいの20代後半バリキャリOLに響くセリフも、女子高出身で交際経験0の実家暮らし女子大生には効果ゼロだったりするのです。
以上のことから、大学生が恋愛工学を使ったとしても、うまくワークしないという事態が発生してしまいます。そのため、大学生の年齢層で「モテて」いる男は、恋愛工学を使いませんし妄信していません。だいたいトークスクリプトやACSモデルを覚えるだけで誰でもモテる、なんて女性のことをナメ過ぎです。
では彼らはどうやってモテているのかというと、これはもう「レベルを上げてスト値で殴る」だけです。外見、コミュニケーション、振る舞い、姿勢、そういった所をひとつひとつ改善し、その結果女性を魅了することに成功しているだけにすぎません。なにか秘密のテクニックなどがあるわけでもなく、意外とシンプルな方法だったりもするんですよね。
ですから、もしこの記事を読んでいる大学生で、恋愛工学を志そうと思っている人がいたら、ちょっとストップ!まずは落ち着いてください。トークスクリプトや恋愛理論を学ぶのは面白いですが、それがすぐ役に立つことはありません。女性は馬鹿じゃありません。彼女達の目はとても鋭いのです。
また、仮に恋愛工学の技術がすぐ役に立ったとしても、簡単に習得できるテクニックはあっという間に使い物にならなくなります。その度に毎回新しいテクニックを覚えて、使い物にならなくなって、覚えて……では自転車操業と変わりません。ここは、小手先の技術に頼るのではなく、もっと本質的な部分を磨くことを意識してみるのはどうでしょう。
これを書いた元増田です。
http://anond.hatelabo.jp/20160924144051
これを書いた後、電通の過労自殺事件があり、電通の組織や体質の問題が社会的に批判され、同時に広告業界のブラックっぷりを多くの人が知るようになった。自殺をした高橋さんには大変申し訳ないが、この流れはとてもいいことだと思う。社会全体で過剰なサービスや過重労働が批判されて改善に進みだそうとしている今、広告業界もその流れに乗らないといけないし、しかもその流れを牽引していく存在になるべきだと思う。そのような力が広告にはまだまだ残っていると思う。
ただし、非常に不満がある。
今回の問題の批判のほとんどが電通や広告業界に対してのもので、過重労働を引き起こす元凶である「クライアント」はほとんど批判されていないことに対してだ。
確かに広告業界の過剰労働は相当な問題だ。これは業界全体に粘着のようにまとわりついていて、未だに「残業時間の多さ」を誇るようなところがあるし、新人の成長と残業時間は比例するみたいな考えも根強かったりする。中には給料いらないから働かせてくれ、みたいな人がいるのも確か。
だけど多くの人は仕事がない日は早く帰って家族に会いたいし、週末は遊びに行きたいし、休暇をとって旅行にも行きたい。
彼らは自分の仕事はだいたい「広告代理店にぶん投げれば解決する」と思っている。おれ自身も経験があるが、そのような人物は「上司に報告するための資料作成」から「年間の予算管理」、「他部署との折衝」、「クライアントの社内行事の余興」まで何でも代理店にぶん投げる。深夜に飲み屋に呼び出され、飲み代を「接待費」として経費精算しろ、と言われたこともある。広告代理店は今や「何でも下請け屋」になってしまっており、過去のおれの経験上、業務の半分以上はクライアントが本来やるべき仕事だったり、クライアントの尻拭いだったりした。そうして広告代理店が本来やるべき仕事の一部が子会社に行き、子会社が本来やるべき仕事の一部が下請けに行き、と玉突き事故のように業務が流れていき、業務量が雪だるま式に増えていく。しかもそういう業務は当然のように「タダ働き」だ。請求できない。クライアントとの良好な関係を維持するための犠牲なのだ。
何でこんなことになってしまうかというと、人格が終わってるようなクライアント担当者がいるというのもあるけど、構造的な問題を言えば「クライアント側にプロがいない」ということがあると思う。これは広告業界だけでなく、他の業界にも言えることだと思うけど。
いわゆる大企業はジョブローテーションが基本で、これまで生産管理をやっていたような人が、突然広報担当になったりする。そうやって幅広い分野で知見をためて、会社のことを知り経営ノウハウを身に着け、将来的には幹部候補生を育てていくという考えなんだろうけど、広告のことをまるで知らない担当者がクライアントの窓口になった時の広告代理店の苦労ったらない。曲がりなりにもクライアントの担当者だから、彼らの指示を仰がなければいけないのだが、それまで生産管理をやっていた人だから全く感覚が分からず支離滅裂なことを言ってしまう。だから新任担当者のために勉強会を開いたり(これも無償)、資料にも素人が分かるように滅茶苦茶細かく説明を加え、根気よく彼らが一人前になるまでフォローしなくてはいけない。本来はこれもクライアント側の仕事なのだが、今すぐにでも決定しなくてはいけない広告制作の世界で悠長に教育してる暇なんぞない。だから手取り足取り教えていく。それが現場の担当者レベルだったらまだいいけど、決裁者に違う畑の人物が来たときの苦労は並大抵ではない。
クライアント側も自分の無知は理解しているので、全面的に広告代理店を頼ることになる。なんせ、分からないことは全部教えてくれる。無茶で無知な要望や質問にも応えてくれる。大変ありがたい存在だ。そこにクライアント担当者と広告代理店の信頼関係が生まれるのだが、ある一線を越えてしまうと、担当者は何でも広告代理店に頼るようになってしまう。そっちのほうがラクだから。別に自分がカネを払うわけじゃないし。広告代理店は信頼を失いたくないから、無茶な要望も全部受け止める。そうなるともう歯止めが利かなくなる。
クライアント企業と広告代理店との付き合いの中に、「ここからここまで」という契約は存在しない。そこは曖昧な不文律で、各社によって千差万別だと思う。おれはクライアントの社内行事の余興までやってたけど、そんなことあり得ないという所もきっとあるだろう。
今回の問題を受けて、電通を始め広告代理店各社、過重労働の対策を打っているようだが、だいたい「深夜になると明かりが消える」「早朝出社を推奨する」「残業○○時間を超えると労働時間をこれ以上付けられなくなる」みたいな小手先の対策が主で、売り上げ下げたくないけど社会的な批判にも応えなくてはいけない、という意識から生まれた全く効力のないネガティブなものだ。形骸化するのが目に見えている。
問題の抜本的な解決のためには、広告代理店は「クライアントとの付き合い方」をそもそも変えなくてはならない。それまでの担当者間の情の付き合い方をやめて、冷酷にならなくてはいけない。「それは弊社の業務ではありません」と言わなくてはいけない。
そしてもっとも大切なことは、クライアントが変わることだ。クライアント側が変わらないと、広告代理店も変わらない。「私、これよくわかんないんです。電通さん、やっといてもらえます?」という乱暴な依頼の仕方を今すぐやめてほしい。自分の業務に責任を持ってほしい。そうでないと「何でも下請け屋」が再度はびこってしまう。
無責任に何でも丸投げするクライアント担当者と、「何でも下請け屋」的な方法でクライアント担当者の信頼を得てポジションを得る広告代理を撲滅しないと、本当の意味での広告業界全体の改善はなされない。
個人的には、通称での旧姓使用問題については、苗字を変えなきゃ結婚できないのは分かりきっていたのに自らの意思で結婚して被害者面するバカ女だとしか思えないんですが。
世間は「結婚して苗字を変えたのに名乗りたがらない女」には同情するのに「苗字を変えるのが嫌で結婚しない女」の存在はスルー。逆であるべきじゃないかと思うんですけど。
夫婦別姓を望むなら、本名での別姓こそを実現すべきでしょう。通称使用なんて言う上っ面の対症療法を支持してどうする。
結婚して夫の姓に変えたくせに通称で旧姓を使うなんて姑息な手段で誤魔化す女のせいで夫婦別姓の実現がこんなに遅れているのかと思うとむかつきますね。
夫の姓に変えたくない女性全員が「夫婦別姓が実現するまで結婚しないし子供も産まないストライキ」でもやっていれば、夫婦別姓なんてとっくに実現した可能性があると思うんですよ。
なんとなく、クリエイティブっていうのは良いことだという空気が蔓延している感じがしてる。外からクリエイティブな人を外から見るのは、そりゃ楽しいだろうね。何の苦労もなしに、パッと面白いものが出てくるわけだから賞賛したくなるのもわかる。でも、クリエイティブなことってその本人からみると幸せなことなんだろうか?
自分の場合は、なにかクリエイティブなことをしようとして、いつも挫折してきた。結局最後まで完成せず、途中で放り投げたものが山ほどある。なんとか完成まで漕ぎ着けても、仕事を成し遂げた達成感以外になにも感じなかった。おまけに特に評価されることもなく、闇に葬り去れる作品群は自己満足になってはいるが、それにしてはコスパが悪い。
これまで、本を読んだら楽しい、音楽を聞いたら綺麗な音に感激なんてことの連続で、これを自分で作れるようになったら楽しいかもなんて思ってきたが、創ることにはなんの楽しみも見出だせない。仕事でクリエイティブなことをやらされたが、ノルマ達成のためにパクリ紛いのギリギリなテクニックを習得して、クソみたいな作品をコンスタントに世に送り出す小手先だけのやりかたを覚えた以外になんの楽しさもなかった。
創るってなにが楽しいの? クリエイティブで幸せになれるの? どうして読むのは楽しいのに、書くのはこんなに辛いの?
創ることには絶望した。叶うなら、破壊を生業として生きていきたい。あらゆるものを、壊す、そうして生きていく方法はないだろうか。
「価値」とはなんでしょうか。
しかし前売りでのこのような市場にて飛び交う価格は、あくまでもタレント看板だけの「タレント価値(ネームバリュー)」であって、
有名著名タレントだからというだけに殆ど依存された状態にあります。実際の中身はここでは完全に度外視された状態にある・・
これが実に不透明であり、不安定であり、実態のない価格になる・・。
とある、何代にも渡り市場の中でステータスを確立して来た、Aという人気ベストセラー自動車が新型をリリースすることになったとします。
「今まで総じてよいデザインだったし、エンジンも作りも他より毎度抜きん出ていたから、今回も良いに違いないだろう」という前評判は生まれやすいでしょう。
これはいわゆる「期待値」。実車の写真やスペック等、メーカー発表も何もない状態の中、価格だけを先に発表。
それを受けて早くも市場にて、期待値のみで価格が変動、高騰していく・・
中身を全く把握されないのに、定価と過去の実績や経緯から生まれた「期待価格」だけで市場価格が先行していく・・こんなことはあり得ませんね。
ライヴに特化すれば、これがあり得るとし、事前にオークション販売にて価格が釣り上がって行くことが、果たして健全な商法なのか!?と。
「事前価値」はあくまでも「仮の価値」なわけです。決定価値ではない。
もし本当にオークション販売など主催者がやるとすれば、せめてゲネプロのプロモ映像やステージ写真等を参考資料として、事前に揃え明かさなければならないことになります。
ライヴとは、行って初めて分かる、「開けてビックリ玉手箱」の要素が本分でもありますから、それはそぐわない。
だからゆえ、プランに基づいた「制作費」を基礎に定価を定め、なるべく均等広範に売ることが結局はベターなのです。
「高額転売」のみに言及特化しようとするため、その手法のみに知恵を講じようとしますが、それ自体はよいとしても、
その有り様がライヴ興行のあり方や根本的構造、ひいては多くのファンの純然なものまで大きく揺さぶり変えるとすれば、
メリットに対してデメリットの方が勝ってしまう、ということでしょう。
よって、オークション販売などは多くのアーティスト側が望まないことは容易に想像がつきますし、
長いプロモーション活動の中に位置づけられるライヴを、点ではなく線で勘案しているアーティストサイドとしては、
このようなやり方は不健全であると認識するでしょう。無論、時として特別な企画を全面にし、このような方式がとられることは有り得るでしょうし、
またそのような他のアーティストとは一線を画した、特異なアーティストが現れることもあり得るでしょう。
そしてそのアーティストが独自手法で探求していくという活動を行うことも、それはそれとして構わないとは思いますが。
但し、後者の場合そうした「広範な音楽市場から分離した」、「二極化や孤立化された」状態で長く売っていくことはおそらく至難の業であり、
極々狭い領域と特定ファンだけしか対象にしないと端から決め打ちし、僅かの利益で細々と生きていくとするならそれでもいいでしょうが、
そう望むアーティスト等皆無に等しいでしょう。
ライヴにおける本当のWin-Winとは、グッズや付加要素で、小手先だけで埋めるのではなく、多くのファンが一律に目の前のステージにて
アーティストの価値を共有する、ライヴ自体の価値を共有する、そのボルテージや反応によって更にアーティストが昇華する・・
その場その時だけの特別な空間でボールを投げ受けし合う・・ものにも多少よるものの、そこが核であり、それをファンもアーティストも期待します。
その本分を中心に置けば、ファンが二極化してしまうような売り方は受け入れられない、となるでしょう。
なので、高額転売に対する方法論は、諸悪の根源とも言える手法を販売元が公式的に成り代わり行うことではなく、
本人確認等のテクニカルなものを探求し構築、法的な整備、そしてファン側のモラル・・多面的に、同時に回して機能させることが総体的な抑制となるってことでしょう。
別に本がなければ勉強できないわけじゃないよ。増田は考えるのが苦手なタイプと見た。
現に、文章が読みづらく、頭にとっさに思い浮かんだことを数珠繋ぎで書いているもんな。
悪く言ってるわけじゃない。そういうタイプは知識を蓄えるよりも、実際に手を動かしたほうが身につく。
paiza.ioってサイトがある。そこで自分の学びたい言語を選択したら問題が色々あるから、それを解いていけば結構そのモヤモヤは解消されるとおもう。
そんな頻繁にすることじゃないから、新卒で入社したら先輩にある程度確認してもらって構築できるから。
恐らく一番簡単な言語だから。Webサイト開発に使う言語なので、就職先のバリエーションも広い。
なんか時々Javaとか言ってるけど、それ学校で教えてるだけであって、お前が将来したい仕事とリンクしているわけじゃないだろ?
俺は業界未経験でWeb業界に入ったけど、この業界は大概の場合、デスマーチとは無縁だから(ないとは言っていない)、SIerとかソフトハウスとかそういう地獄よりはまだ生ぬるいぞ。
ソフトだってeclipseがどうのって言ってるけどそんなの要らない。terapadとかsakuraeditorみたいなただのテキストエディタでいい。
http://anond.hatelabo.jp/20160804171358
増田の文章は、怪獣映画を観たはずなのに画に対する指摘がひとつもありません。また、映画を観てそれを批判しているはずなのに、他の観客の意見・考えを想像で腐したり、増田が説明できる「ストーリー」について言及しているだけ。そしてその「ストーリー」が物語の「設定」に左右されるという認識も抜け落ちている。これははっきり言ってピント外れのたわごとで、他の観客に文句言ってるけど果たしてどっちがちゃんと映画を観てるんだかと思います。
ストーリーというのはなにも唯一絶対の正解があるわけではない。そして完成されたストーリーや端正な展開、隅々までコントロールされたお話は、実はスケールの矮小化を産む。例えば毎回起承転結が明確だったり意表を突く展開を繰り返す大河ドラマには、普通は大きなスケールを感じ辛いはずだ。
そしてシン・ゴジラは「怪獣映画」。これは、普通の映画と最も違う点だ。しかも古今東西世界一の「怪獣」の映画だ。スケールがケタ違いに大きい。言葉で書けば、米軍が出動して怪獣にやられるというそれだけのものだが、画面では筆舌に尽くし難い圧倒的な破壊が描かれている。そこにカタルシスはないの?
増田のいうようなここぞというときに気の利いた逆転アイディアを思いつくなどの小手先の展開が「日本や世界を滅ぼす怪獣映画」のフィナーレのカタルシスにふさわしいものだと本気で思うの?フィクション鑑賞時のルールという言葉を持ち出してるが、怪獣映画のルールというものは考慮しないの?
また、ストーリー構造について、わざわざ「からの喪失」という言葉を使ってるけど、これは普通「最大のピンチ」と言われる。ミスリードしてより狭いストーリーの型にはめようとしてるが、世界一の怪獣が出てくる映画において、チーム数人の人間の行動から生まれるピンチを見せるのと、世界の情勢からこの国において三度目の核攻撃を受ける可能性を愚直に堂々と持ってくる展開、どちらが最大のピンチにふさわしいのか。小手先で解決方を思いつくのと、巨大なプロジェクトとして解決方を提示した上でその成立過程を長時間見せる展開、どちらがふさわしいのか。
増田は「流行りに反発する俺カッケー」ではないかもしれないが「ストーリー構造の解説できる俺カッケー」の気はあるのではとは思う。
ストーリーに難がない映画だとは思わないし批判もどんどんするべきだが、ストーリー構造にこだわりすぎるあまり、「怪獣映画」という基本にして最大の設定に対する考えが抜け落ちているのは残念すぎる。そこを理解しないで批判をしてもピントが合うわけがない。AVに対してどんでん返しがない、と批判するようなダメさだと思いました。
最高の一言に尽きる。
これほど心に響くものはなかった
未曾有の大災害が一人の天才やら奇跡の発見、メカゴジラといった虚構の兵器によって解決されるのではなく
電車爆弾、ビルのドミノ倒しという人類の叡智の蓄積でなんとか無力化まで持っていくプロセス
会議シーンでは出来る人間がゴロゴロ出てくることで、ワンシーン、2シーンだけ登場するキャラクターも誰もが主役となっていて
あくまでも現実の日本人vs現実の災害という図式を最後まで保つことに成功している
インディペンデンスデイのような感動の演説にも涙がなく、ゴジラ停止後もパシリムのような喝采シーンが無いのもいい
もちろん感動的な音楽が流れることもない
スローモーションで抱き合ったりもしない
いつ人類を再び壊してしまうかわからないゴジラを抱えたまま歩みを止めることはない
「今の日本映画でこれだけのことができるのか」という感覚を超えて「今の日本にはこれができる」という錯覚に陥るのは
前半の淡々とした会議、テレビ報道、お役所仕事といったリアリティが機能しているから
キャラクターとしてのゴジラでなく、舞台装置としての彼をここまで描いた映画は存在しなかった
そして我々が紛うことなくその舞台の上にいることをはっきりとつきつけてくる
少なくとも今後数十年これを超えるゴジラは現れない
確かにどこかで誰かに教わったのかなんて記憶にないなぁ。
ただ多くの夫婦にとっては重要なことの一つという認識であるのは間違いないよね。
それに旦那さんと性的に合わないってのは個人的にはもったいないなぁと思う。
お互いに最高に気持ちいいセックス、みたいなができると愛情とか幸せとかすごく強く感じたりするからね。
おれは単純に相手を喜ばせたいから例え自分がイかなくても相手を満足させることに努力してきた。(もちろんお互いイったほうがなお良い)
小手先のテクニックから精神的に安心させたりするようなことまで、相手としっかり対話しながらのセックスを心掛けてきた。
そのおかげか今の嫁さんを含む今まで付き合った女性(もちろん全てではない)達からは、相性が凄く良いとか初めてセックスでイケたとか何度も言われたし
1回した後に向こうから誘ってきてくれることも多かったので、皆が皆演技してたってこともないと思う。(それに顔はそこそこかもしれないが金持ちとかでもないし)
セックスを好きじゃない人を否定するつもりもないし、超絶テクニシャンとセックスしてみろなんて言う気でもなく、
まだまだ貴女の旦那さんと一緒に新しい幸せ兼楽しさをセックスに見つけることができる可能性は十分あるんじゃないかなと。
いくつになっても新しいチャレンジは楽しいものだと思う、というものあるかな。
普段の会話とかが重要なので人によってとかレスの期間によってとかで、特に女性側からは言い出しにくい部分が最初はあるかもしれない。
例えば、実はいつものHなんだけどあんまり気持ちよくないことがたまにあってね、お互いもっと気持ちよくなっていっぱいシたいから
いつもと違う風にしてみて欲しいの、とか。
例えば、最中にいつもと同じようにされていて別に気持ちよくもなんともない時に、痛くなくてもつい出ちゃった感じで痛いって言えば
普通は手を止めて焦ったりするから、ごめんねいつもは気持ちいいんだけど今日はなんか変で、、こういう風にしてみてくれる?とか言って
気持ちいい場所ややり方を誘導して本当に気持ちよかったらオーバーなくらい気持ちいい声を出してみる、とか。
後者はもちろん自分で練習する必要はあるからしたことない人にはハードルが高いかもしれないけど、
オタク向け婚活パーティというものにこの1年で10回くらい通って、カップル成立4回、その後継続して会う人も絞れてきたので参加終了にしたアラサー女です。世話になったぜありがとうア○○ラ。
区切りがついたので、婚活パーティのあとの女子飲み(カップル成立しなかった子達で飲んで帰った)(何回かあったけど実のところこれが一番楽しかった)で話題になった「こうすればもっとモテそうなのにもったいなかった男性のポイント」を挙げてみたいと思います。
個人的な感想ですが、人見知りの引きこもりが自分を鼓舞してパーティに参加するのめちゃめちゃハードル高かったです。
料金や会話のシステム(女性は座りっぱなしで男性が席替えする)的に比較的優遇されてる雰囲気の女性側でもびびりまくるので、男性側はもっと気が重いんじゃないだろうか。
がんばって戦っている男性の参考になればうれしいです。
会話1周目(5分)
↓(休憩)
会話2周目(5分) or フリータイム
↓(休憩)
カップル成立 or 解散
って感じです。
いろいろありますが、会話のきっかけとして最重要な項目は「好きな作品・もの」です。ここをろくに埋めてない男性があまりにも多い!もったいない!
記入欄は10個ぶんあるので、とにかく埋めたほうがいいです。フックは多ければ多いほどいい。
オタク向けとは言ってもそれこそ幅広いジャンルがあるので、作品名を10個みっちり書いても相手と1個も合わないこともザラです。そういう時に少しでも「あっそれ知ってます」と言えると会話のきっかけになります。
小手先のテクニックとして、参加するパーティのwebページに女性/男性参加者の好きなもの一覧(誰が何を好きかはわからないようになっている)が掲載されるので、そこを見ながら合わせて記入すると確実に1人の相手とはマッチするため、会話のきっかけが恣意的に作れます。もちろん作品を知ってること前提でな!
たぶんプロフィールシートの記入例にあるから女性受けすると思ってそのまま書いてくる人が多いと思うんですが、
「BLに理解があります」と「最近ハマっていることはお菓子作りです」は見飽きました。山ほど見た。毎回10人中5人くらい書いてくる。
女性の「得意料理は肉じゃがです☆」くらい、「これ書いときゃウケんだろ」っていう雑な意図があまりにも明らかなのでむしろ印象よくない。
ここで自分の言葉に変換して「BLは詳しくないですがそこそこ大丈夫だと思います」とか書いてくれたら、好感度が跳ね上がります。
個人的には「BLに理解があります」って書いててまたか…と思った人が「ロイアイが好きだったんですがロイエドもいけることに気がつきました」って話をしてくれてめちゃめちゃ盛り上がったので、BLむしろいけるよって人は「理解があります」じゃなくて具体的に「ショタ受けが好きです」とか書いたほうが絶対にキャッチー。
ただし相手が逆CPだった場合は一気に険悪になる可能性があるので、CP名までは書かずに探り探り会話していくのが安全です。何の話だ。
上の項でも書いたとおり「最近ハマっていることはお菓子作りです」って書いてくる人が非常に多い。
ので、会話を弾ませよう「お菓子作りお好きなんですか!どんなお菓子作られるんですかー?」とか尋ねるじゃないですか。そうすると目が泳いで「ああ……あの……クッキーとか……(ボソボソ)」って言う。会話終了。ワンバウンドすら弾まない。
あんまり多いんで一度ちょっと意地悪で「アイスボックスですか?型抜きですか?」って聞いてみたことがあるんですけど、相手の人が先生に指名されて答えられない生徒みたいな絶望顔をしたので大変申し訳ないことをしたと思いました。反省しています。
しかし言いたい。
ハマってるって書くくらいなら1回は実践しとけ!すぐにメッキの剥がれること書いてくるんじゃねえ!
経験豊富に見せなくてもいいんです。実体験で話してください。受けようと思って水増しした内容書いても話すとすぐばれるからかえって印象よくないです。面接官みたいなこと言ってすまん。
たとえば「すみません!ウケがいいかと思ってお菓子作りって書いたけどあんまりやったことないです!クックパッド見てブラウニー作ろうとしたらすごく薄べったくなっちゃって、あれ何が悪かったんですかね?」って笑いながら失敗談を披露してくれた人は会話うめえなあ!と感心しました。
自己アピールで「お付き合い」の要素すっとばして「結婚」の要素しか書いてない人がちょくちょくいるんだけどあれ本当にもったいない。
婚活パーティはほぼ全員初対面だと思います。(あの人前のパーティで見た、みたいな人もちらほらいますが)
最終的に結婚を見据えているとはいえ、その前段階として「お付き合い」があり、そもそも本日の到達目標は「このあと2人でお茶でも飲みたい」と思ってもらい、カップリングシートに自分の番号を書いてもらうことなわけです。
それなのに初対面の相手に向かって
「穏やかで明るい家庭を築いて行きたいです」とか
「笑顔の絶えない家庭が理想です」とか、ふわっふわした抽象的な理想しか書いてない人が多い。気が早すぎるし、いきなりだいぶ重い。
そういう人に限って好きな作品も2つ3つしか書いてなかったりする。何ひとつ相手に印象付けられないので、スルーされる可能性大です。
「映画が好きなので一緒に見に行ってくれると嬉しいです」とか
「バイクが好きであちこちツーリングに行きます。旅行先のおすすめあります」みたいに、
自分と一緒にいるとどんな事が起きるのか具体的に書いてくれると、お付き合いのイメージが掴みやすいです。
あとは「趣味が高じて工業機械を操縦する仕事をしています」みたいに、興味を引く内容が書かれていると話が弾みます。クレーン動かしてますっていう人の話すごい面白かった。
ここで話が弾む→フリータイムでももっと話したいと思って追加会話に発展→ラストにカップリング成立、という流れが多かったので、ほんと自己アピールのつかみは重要です。
これ、ほんとこれ。
アフター女子飲みでも毎度話題になったんですけど、オタク婚活と銘打たれたパーティに来ておきながら
「お好きなものはなんですか?」
「特にないです……」
って会話終了する人いったい何なんですか。割といる。
ぬるオタ向けパーティならいいですけど、それでもせめて「○○が好きで~」くらい言ってくれよ、何も会話ができないよ!
参加を重ねるうちに男女の参加層に結構差があることが分かってきたんですが、女性でオタク婚活に来てる層はもうわりとがっつりオタクです。
オタクを伏せて付き合ってみたけど無理だった!せめて理解のある相手を見つけたい!欲を言えばこっちがオタクコンテンツに没頭している間向こうも同じくらい他のコンテンツに夢中になってくれてるオタクがいい!
っていう人が多いです。
それに比べて、男性でオタク婚活パーティに来る層はそれほどオタクじゃない人が多い気がする。
そもそもアニメ漫画ゲームあんまり見てなくて、かといって鉄とか他ジャンルのオタでもなくて、ただ華やかな層の合コンには馴染めないからこっちに来ましたみたいな人が時々います。
オタクにもなりきれてないので大体会話が弾まなくてカップリング成立してないです。
楽しいことがないっていう人と積極的にお付き合いしたいとはあまり思いませんよね。
婚活のネタづくりのためにでも、パーティに出る前に最近のアニメのひとつふたつはチェックしてみてはどうでしょうか。
今期だと甲鉄城のカバネリめちゃくちゃ面白いんでおすすめです。
これをすると失点するかもしれないので避けたほうがいいポイント。
私が相手から敬遠されたゆえの事かもしれないので、苦手な相手に好かれそうなときに遠ざけるという小技としても使えます(つらい)。
ネットとリアルの区別ができない印象。ひどい人はほぼ全部の項目が大草原になってた。こわい。
これは……オタクとか関係ないもはや人間性の問題だと思うんですけど、とあるアニメのタイトルを挙げたら「あ、あのクソ脚本の!あれ制作側揉めたんですよねー知ってます?」ってその揉めた内容とやらを披露されて真顔になりました。
知ってることをアピールしたいのはオタクの性としても、それが悪い内容だったら当然相手にはマイナス印象になるよ!
これもそもそも人間性の問題ですが、「今まで普通の婚活もしたんですけど、ほんと参加者にろくなのがいなくて」って言った人がいました。
ちなみにアフター女子飲みで判明したんですけど全員に言ってたっぽい。アホか。
短いスパンで参加を繰り返してると、あっあの人、前にもいたな……っていう人が出てきます。
「お疲れ様です、どうですかその後」
「いやーがんばってるんですけど」
「こっちもですよ」
って小声で苦笑いし合った時には、別の戦場で見かけた奴と再会して「よう、まだ生きてたか」ってスキットルを回し飲みしたくらいの連帯感が生まれました。カップルは成立しなかったけどな!達者でな!
だが「またお会いしましたね」ってそっと声を掛けたら「えっそうですか?」ってすっとぼけた奴、おめーは何がしたいんだ。
お前会場入ってきた瞬間目が合って気まずそうな顔したろ!土日続けて参加だったから昨日のことだよ!
何回参加しても「あんまり婚活とかしたことなくて今日が初回です!」って言うための演技なのかもしれませんが、「こいつ都合の悪いときはこういう誤魔化し方するんだな」というのが如実にわかるのでやめた方がいいんじゃないだろうか。
あと休憩タイムで男女別にトークするときに大抵そういうの全部ばらされてます。
失点を防ぐだけでなく、できたら加点も狙っていこうぜというポイント。
交流タイムは5分間×10人で約1時間を2セットくらい話し続けるので、もう喉カラッカラです。一応飲み物はあるんですが、なかなか飲むタイミングが難しいこともあります。
そんなわんこそばトークの後半に回ってきた人が「大丈夫ですか、喉渇きませんか、よかったらちょっと一息ついてください。その間にプロフィールシート拝見しますね」と自分の時間を削って飲み物休憩を提案してくれたのは大変すてきでした。
自己アピールに「気遣いのできるほうです」って書くより100倍説得力あった。
1周目の会話はほんとに最低限の自己紹介だけで終わるんで、その後の交流タイムで相手から指名を取ろうと思ったら「もっとあなたと話したい」ということをアピールしておくといいです。
席移動の合図の後に「楽しくて全然話し足りなかったですね、よかったらまた後で」的な声掛けをしてくれる人は、その後の追加会話タイムでもご一緒する確率が高かったです。
フリータイムがあるパーティの場合、スタッフの合図で男女それぞれ1回ずつ、話したい相手に一斉に向かっていくという一種恐怖の追加会話タイムがあります。
立ち尽くして途方に暮れているとスタッフがさりげなく誘導してくれて相手側の余った人とペアになったりするんですが、お互い仕方なく座っているのでまあ会話も盛り上がらない。
これという相手を決めておいて、合図の時点で目線もまっすぐ向けて迷わず相手に進んでいくと「君に決めてました」感がアピールできてかなりいいと思います。
男性側から進んでいくときはこれで1回は意中の相手と追加会話を確保できる。(相手がすごい人気で複数人にたかられるタイプだったら競歩がんばってください)
すごくモテ慣れてる相手だと効果が薄いかもしれませんが、一番に自分を選んでまっすぐ来てくれたという事実はわりとときめき度高いです。
自分がマッチングサイト形式ではなくパーティ形式を婚活の主な手段に選んだのは、どんなにメールやチャットで感じが良くても会って話すと印象がだいぶ違うことが多いのと、あとは単純に短い時間でたくさんの人と顔を合わせるほうが手間がないなと思ったからです。
「サイトでのやりとり→待ち合わせてデート」だと少なくとも休日の半分は潰れるし会える相手は1人ですが、パーティの場合は長くても3時間くらいなので仕事帰りにも行けるし一度で10人くらいまとめて会えるので効率がいいです!とんだ効率厨ですね!すみません!
最初は「カップル成立しなかったら帰るとき惨めな気持ちになりそうだな……」と尻込みしましたが、だいたいカップル成立するのは毎回半分かそれ以下です。成立しなくて帰る人も多いので大した落胆はありません。
前述したとおり、その後の女子飲みのほうがめちゃくちゃ楽しくてみんなで「これイベアフターだよ……これが楽しいのダメだよ……」と言い合ったけど楽しかった。
同じような内容と年齢層のパーティでも、参加する回によって指名したい相手が多くて困るくらいの時もあれば、逆に誰一人ピンとこなくて指名カードに何も書かず帰ってきたこともあるので、ほんと巡り合わせです。
うまくいかなくても自分のせいだけではなくて、巡り合わせもあると思ってあまり落ち込まないでください。
増田を見ていると、ようはコミュ障で人付き合いが不足してるから悩んでるだけだな、って気づくことが多い。
たしかに瞑想と運動を推す声もわかるけど、そういう小手先の処世術よりも、
そもそも人付き合いが足りてないから、どうでもいいことに悩むんだよ、と声を大にして言いたい。
自分の意見が正しいかどうかなんて、結局は自分の周りが同意見かどうかで事足りる。
増田で悩みを吐露してる人って、自分の意見に同意してくれる人が少ないか、いないから悩むんだよね。
「なぜ生きるのか」みたいな哲学的疑問って、基本的に孤独だから立ち現われてくるもの。
なぜか知らないけど、人間関係で揉まれていると、そういう疑問すら浮かんでこないんだ。たぶん本能的にね。
そういう疑問には究極には答えがなくて、ただ「そうしたいから」としか言えないんだけど、
なぜ「そうしたいか」といえば、自分の周囲がそう思っているから、としか言いようがないこと。
なぜ葬式に黒い服を着るのか。周囲がそれを葬式衣装と思っているからでしょう。昔の日本では白い服を着ました。
どっかの哲学者が「人は他人の欲望を欲望する」って言ってたけど、本当に正しくて
ああしたい、こうしたい、こうはしたくない、ああはなりたくない、
ってのは芯の部分で他人の欲望を内面化していることにほかならないのよ。
逆にいえば、多くの人間関係の中で生きていると、何もない実は空っぽな自己と向き合う必要も余裕もなくなるから、
必然的に答えがないような問題に直面することがなくなる。どんなに掘っても自分の中には答えがないの。
DQNはDQNに囲まれて生きるからDQNであることは恥じないし、富裕層は富裕層に囲まれて生きるから自らを強欲だとは思わない。
ほとんどの人間が健全に生きられるのは、何が健全かを悩まないからで、何が健全かを悩まないためには
とにかく他者との関係性の中に埋没し切るしかない。内面に脳のリソースを使わない。これに限る。
よく言われる「現実を見ろ!」って叱咤の声は、ようするに「他人(=社会)の期待を生きろ」と言ってるに等しいの。
他者との関係性の中に埋没していれば、何が社会の期待なのか皮膚感覚で分かるし、
それが合理的か非合理的か、倫理的か背徳的かなんて考えなくとも、当然のようにそれを「欲望」できるんだもの。
あなたも医者になれるかまだわからないんだし、一人の人間として独り立ちしなきゃだめだね。
医者の卵になってまで「だれか(父親、彼氏)に守ってもらわないといけない」ことを前提として受け入れるような人間だから
彼氏一人を父親から(もしくは自分自身から)守ることにも思い至らないわけだ。
もし、医者になって患者殺して(力及ばずに救えないことを医者のジャーゴンで端的にそういうふうに表現することがあります)
辛かったら「誰に」守ってもらうつもりなの?
患者なり遺族を「自分が」救うつもりで医者をめざしたんじゃないの?
自分で自分も救えないで匿名掲示板に同情をひく書き込みしてたのしい?
もう全然駄目。悩んでるふりにもなってないし釣り認定まっしぐらやで。
やっぱり医者になれなかった駄目子ちゃんがいる(らしいよ、ここ10年本人には会ってないけど)から、
そういう子ならあり得るとも思うから念のため書いた。
女性側の気持が優しすぎて高卒20万の嫁にしか職業が向いてないならまず進路まるごと考え直すべきだろ。
やるべきことから全く逆方向むいてるんだわな。
医者も男も(なんなら子供も)とりたいならとりあえず国試とおってみせな。
気持だけは優しい人から種もらってヒマな学生のうちに子供だけつくっておく…
給料わたせば黙って家事育児80%くらい分担してくれたらラッキー。
くらいのアクロバットを考えておかないと。
「親が完全に主婦だったから家の中に他人(ダスキンめりーめいど)入れるのが気持ち悪い」
当たり前のことなんだけど待機児童も多い東京で子育てしようとすると問題がいろいろ発生するのは当たり前で東京の問題。
東京に一極集中させようとした結果、こうなっただけの話。地方でも保育士不足はあるけど、東京への人口流入で地方から保育士が減ってるだけのこと。
それを今更変えようと思っても無理な話で小手先で保育園を増やしたりしたところで根本的な問題解決にならない。
東京への一極集中をやめるか(今更無理と思うけど)、東京都民(23区内だけでいい?)への子育て税(子育て家庭は控除。これを原資に大学の授業料までを完全免除。実質1000万位の補助)の導入しかないんじゃないかなあ。
子供が次世代の消費者になるのは当たり前のことなのだから、地方よりも子育てに高コストな東京で子育てに対して高コストなのは明白なので、