はてなキーワード: 雑談とは
三十代のひとりごとです。
日常で十代の人とよく関わるのだけれど、年齢を言うと(雑談的に聞かれて隠さないので)「え! 若い!」と言われる。
職場の二十代の人たちにも、「えっ同じくらい(ちょっと上の先輩)かと思っていました」と言われるし、職務上あまり関わりのない六十代の方にも新人3年目くらいに思われる(実際は十年選手です)。
うまくニュアンスが伝えられないけれど、おそらくはどれもお世辞じゃなくて割と本気ぽい。
「若い」が誉め言葉になるのは、還暦を越えてからだと思う。肉体が限りなく死に近づいていく年齢にあって(今の六十代は十分若いとかそういう話は置いといてください)、いきいきとした生命力を放っているのは賞賛に値することだと思うからだ。
私の場合、三十代半ばの今「若い」と言われるのは、「パートナーなし」「子なし」「介護なし」「困窮なし」「自由気まま生活」のせいなのよね。
結婚や交際をして他者と深い結びつきを持っていたり、子育てをしていたり、親の面倒を見ていたり、生活に困ったりしていたら、とてもじゃないけど「幼い」ままではいられないはずでさ。
それらが一つもなく、自由気ままに生きているのって、しあわせな子どもやペットと何も変わらない。
私は「若い」と言われると、まるで「世や人の機微を何も知らない赤ちゃん」ですねと言われている気になって、内心傷ついている。
私は年齢相応がいい。生きてきた時間を認められたい。私は30年以上心臓を動かして呼吸してこの体を生かしてきたんだ。その努力を認めろ。と思う。
でも「『若い』は誉め言葉じゃない、私はそれを言われて不愉快だ」とわざわざ口にするのは憚られる(それが分からないほどには子どもじゃない)。
こう思うのも「若い」の一因なのかな。
人生で初めて100ブクマ以上になった気がするのと、言及増田とブクマコメントが大量について読み切れないほどだった。Twitter上も増田タイトルで検索したらたくさんあった。
気軽にいつもの自分の呼吸をするような、2chで聞いてみるような軽いノリでの最近どう?みたいな質問に対してめっちゃいろんな意見が集まってすごかった。
アルファツイッタラーたちって、1ツイートするたびにこういうレベルの反応が返ってくるわけなんだよな、、そりゃあいちいち読み切れないわ。ザっと流し読みするくらいならするかもだけど。読み切れないし、軽はずみなことが言えなくなって怖くなるわな。
「つぶやき」ではなく「熟考の末の一句」になって行くのだろうな・・・。苦労してんだな。そりゃあ気軽な裏垢が作りたくもなるし、身内だけで話す非公開チャンネルで雑談したくなるわ。
十年前の自分を見ているようだ。
コミュニケーションには正解が複数ある。セクハラや差別発言が常用される正解もある。
法や論理的に瑕疵の無い、また、倫理的に瑕疵の無いことをキッチリキッチリ求める潔癖症である人間は実のところもの凄く稀だよ。
自分は禁煙や灰皿の無いの場所でポイ捨てする人間を見かけたら携帯灰皿をプレゼントす(押しつけ)ることもあるくらい規則が整ってないことにストレスを感じてた気狂いやASDだったけど、
もう人に期待すること(減点法の世界)は辞めたので、何か一つでも期待以上だった(加点法の世界)ら喜ぶようにしたらストレスが消え去った。
人に発言が意図通りに通る事なんて滅多に無いし、スムーズに意図通りに通したいときに掛かる労力というのは実際想像以上であるし、読解にだって労力は要る。雑談の範囲で読み取って欲しいというのは暴力染みているのは自覚的であるべき。
有名どころだけでも数百人の演者がいるとか、
もちろんそういう要因もあるが、
そんな業界はこれまでどこにもなかった。
Vtuberの炎上って「長時間配信中にうっかり失言をする」みたいなのがすごく多い。
これがYouTuberだと「そもそも問題のある企画を立てて炎上」というパターンが多くなる。
それはYouTuberが生放送ではなく録画形式で単発の動画を上げるスタイルだからだ。
アイドルなんかも実情はそんな感じなんだろうが、
彼らは毎日何時間も生放送をしたりしないので、問題は水面下に隠されている。
・歌に対する姿勢に惚れた
・VΔLZ関連のメンバー
・前推しが例の名前を呼んではいけないあの人
推しを見る目がない
にじさんじ所属Vtuber「フミ」と「長尾景」のコンビ名、また、コンビの活動のこと
長尾が自身を「アイドル」と称するため「アイドルなら夢を見せろよ」と色々と鬱憤は溜まっていたが、モールス配信で爆発した。 フミに「長尾との関係を杞憂するマシュマロ」が届かないため、杞憂マロを長尾自ら忖度してお送りする配信を切欠とし、にじさんじの番組である「ツキイチにじさんじ」にて禊ぎ的な感じで「杞憂民に優しい、モールス信号で要求を伝えて別部屋で交流する」配信をすることになった。これがモールス配信。忖度、日本においてはあまりいいイメージのない言葉だが、忖度マリオ配信から「長尾景の忖度がすごい」と話題に。ヒューマンフォールフラットコラボにおいても忖度を発揮し好評をうんにゃらかんにゃら、まあここまで読んでるお前らならフ景罪くらい知ってるだろ、まあ色々あったんだよ、あった。 モールス配信、初手でミスったところがヤラセ疑惑を生みだした。別に敬虔な16KGBではないので一緒にモールスを覚えていたわけでもなく、コンビニにハーゲンダッツ買いに行かされるの可哀想だな、としか思っていなかった。まあふけ~ざいに興味なかったので……。 その後のメンバー配信で「VΔLZ半年記念の動画を再生する」と長尾が自身のブラウザを開きYouTubeで再生し、ついでに歌も歌ったすばらしい回があったのだが、ここでケチがついた。
次に見る動画、おすすめ動画に「鳴神裁」の動画が出てきたのだ。
???????
素晴らしい半年お祝い動画に合わせたお歌の感動とか消えた。前の推し(過去形/ec/塩)がナルカミとべたべたの癒着関係だったため悪感情が蘇り配信どころではなかった。 YouTube君って基本的に閲覧履歴からおすすめ動画出してくるよね? じゃあなに? 長尾が鳴神に触れる切欠でもあった? そう思ってパブサを書けたらサジェストで「炎上」と出てきたので「長尾景 炎上」をタップするじゃん? ゴースティングって出てくるじゃん? 全てを理解したよね。塩ちゃんもゴースティングしてたしね。ふ~~~~ん~~~~~やらせか~~~~~!となってモールス配信を疑惑の目で見る。 そうなると杞憂マロ配信でタイミング良くかかってきたディスコもコメントもヤラセな気がしてくるし、ヒューマンフォールフラットでのフミの間抜けな発言も、忖度マリカのミュートミスも、ぜ~~~んぶやらせに見えてくる。 取り敢えず運営スタッフが絡んでるのはモールスだけなので真っ黒なのはモールス、長尾がグレーなのがだいたいのフ景罪でしょ、暗号自体は良いとしても暗号マリカはグレー、そうなるとどうなる? 信用できなくなる。 フミの16KGBとのマシュマロ配信が来たところで「あ~フミもネタにするんだな~~~」というお気持ちになっていよいよ冷めた。
もうヤラセにしか見えないしビジネスの仲でしかないので見ていてつらい。やらなくていい。みたくない。なにがいいのかわからない。
長尾は歌だけ歌ってくれればもうそれでいいんだよな~~~~~~~~~~
ところで長尾、にじメン歌リレーの機材オチアカペラは仕込み? 歌にまで忖度ネタ突っ込んできてないよね?
もう疑惑ばっかりで素直に推せないのが辛い さっさと降りてえ~~~~~~~~~~~
コロナ禍でオンライン飲み会が主流となり、地元からも大学時代を過ごした街からも離れてしまっている身としては、今まで会っていなかった人たちと飲む機会がむしろ増えている。
自分で言うのもアレだけれど、いわゆるスクールカースト三軍の集まりである。
クラスの端っこで仲間内だけでワイワイして、学校行事に関わることを敬遠し、彼女持ちの男に嫉妬しているくせに自分は女の子とは喋れない。そんな奴らの集まりだ。
学生時代に培った消極性はアラサーになっても大きくは変わらないらしい。みんな勉強だけはできたので、それなりの大学を出て、それなりの所に勤め、それなりの給料を貰っているはずなのに、一人しか結婚していない。
その一人も、女性側がだいぶ積極的だったからゴールインできた感が強い(そいつの話に依れば、だけれど)。
そこで、全員が同意したのが「この年になっても初めて合う人と未だに何を話せばいいか分からない」という悩みだった。
やっぱりみんな変わってないらしい。
流石に何年か社会人をやっているので、職場の周りの人とは話せるし、取引先とビジネスの話もできる。
それでも、同じ会社でも違う部署の人や新しく会社に入ってきた人、ごくたまに参加する合コンの相手とかと雑談するのは苦手だ。という話で一通り盛り上がった。
その中で一人がこんなことを言った。
「話にオチがないと、話しちゃいけないような気がするんだよな」
確かにそうだと思った。
結局のところ、自分たちのような人間は、自信がないから、せめて話にオチぐらいはないと話してはいけないような気がする。
人間には興味を持ってもらえないだろうから、せめて話すコンテンツぐらいは面白がってほしいと思っている。
でも、喋りのプロでもない自分たちの「オチがある話」は身内ネタが多くなってしまうので、初対面の人と話せることがなくなる。
このことに自分でも初めて気づいた。
要は「だれでも薄く興味があって、オチがなくても何となく続く話題」へのアンテナが自分には足りないのだった。
そしてそれは天気の話だったり、ワイドショーを賑わすニュースの話だったり、政治経済の話だったりするのだろう。
何故多くの人が、天気の話をこんなにするのか理解できなかった。ちょっと暑いか寒いかなんて、何で話す必要があるのだろうと思っていた。
それは、多くの人が円滑なコミュニケーションをするために話していたのかと今更気づいて恥ずかしかった。本当に天気の話がしたい人なのかと思っていた。
今まで、自分は天気の話題なにすらうまく返せてなかったような気がしてきていた。
本当に職場の人と自分と会話できているのかすら少し不安になった。
これからは「だれでも薄く興味があって、オチがなくても何となく続く話題」にもっと目を向けなければいけない。
みんなは「またしょうもない話しかしてないなー」と言っていたが、自分としては得たものがあった。
ZOOMを切り、水を飲んでいるときに、ふと、さっきの自分の気付きはみんなに話したほうか良かったんだろうか、と思った。
何だか恥ずかしくて言えなかったけど、同じ気持ちになった奴がいたかもしれないのに。
きっと、こういうところも直さないといけないのだろう。
コロナ禍でオンライン飲み会が主流となり、地元からも大学時代を過ごした街からも離れてしまっている身としては、今まで会っていなかった人たちと飲む機会がむしろ増えている。
自分で言うのもアレだけれど、いわゆるスクールカースト三軍の集まりである。
クラスの端っこで仲間内だけでワイワイして、学校行事に関わることを敬遠し、彼女持ちの男に嫉妬しているくせに自分は女の子とは喋れない。そんな奴らの集まりだ。
学生時代に培った消極性はアラサーになっても大きくは変わらないらしい。みんな勉強だけはできたので、それなりの大学を出て、それなりの所に勤め、それなりの給料を貰っているはずなのに、一人しか結婚していない。
その一人も、女性側がだいぶ積極的だったからゴールインできた感が強い(そいつの話に依れば、だけれど)。
そこで、全員が同意したのが「この年になっても初めて合う人と未だに何を話せばいいか分からない」という悩みだった。
やっぱりみんな変わってないらしい。
流石に何年か社会人をやっているので、職場の周りの人とは話せるし、取引先とビジネスの話もできる。
それでも、同じ会社でも違う部署の人や新しく会社に入ってきた人、ごくたまに参加する合コンの相手とかと雑談するのは苦手だ。という話で一通り盛り上がった。
その中で一人がこんなことを言った。
「話にオチがないと、話しちゃいけないような気がするんだよな」
確かにそうだと思った。
結局のところ、自分たちのような人間は、自信がないから、せめて話にオチぐらいはないと話してはいけないような気がする。
人間には興味を持ってもらえないだろうから、せめて話すコンテンツぐらいは面白がってほしいと思っている。
でも、喋りのプロでもない自分たちの「オチがある話」は身内ネタが多くなってしまうので、初対面の人と話せることがなくなる。
このことに自分でも初めて気づいた。
要は「だれでも薄く興味があって、オチがなくても何となく続く話題」へのアンテナが自分には足りないのだった。
そしてそれは天気の話だったり、ワイドショーを賑わすニュースの話だったり、政治経済の話だったりするのだろう。
何故多くの人が、天気の話をこんなにするのか理解できなかった。ちょっと暑いか寒いかなんて、何で話す必要があるのだろうと思っていた。
それは、多くの人が円滑なコミュニケーションをするために話していたのかと今更気づいて恥ずかしかった。本当に天気の話がしたい人なのかと思っていた。
今まで、自分は天気の話題なにすらうまく返せてなかったような気がしてきていた。
本当に職場の人と自分と会話できているのかすら少し不安になった。
これからは「だれでも薄く興味があって、オチがなくても何となく続く話題」にもっと目を向けなければいけない。
みんなは「またしょうもない話しかしてないなー」と言っていたが、自分としては得たものがあった。
ZOOMを切り、水を飲んでいるときに、ふと、さっきの自分の気付きはみんなに話したほうか良かったんだろうか、と思った。
何だか恥ずかしくて言えなかったけど、同じ気持ちになった奴がいたかもしれないのに。
きっと、こういうところも直さないといけないのだろう。
あえてパンピーと言う見下した言い方をするのは
やつらが「自分の価値観以外のパラダイムを認知するための脳の容量がゼロだから」な。
でさあ、
俺が他の乗客と一緒に飛行機と乗ったことがない家庭で育ったってことを何気なく言うと
「あっふーん(察し)飛行機乗ったことないんだ?」みたいな反応が返ってくるわけ。
え?いや親父の持っているコンコルドだったよっていうと
もう「嘘だ!」ってブチギレて発狂してくるわけ。
何にキレてるのかさっぱりわからなかったけどなだめながら話を聞くと
「飛行機に乗ったことがないならしょうがないが、コンコルドを持ってると嘘をいうことはありえない、認められない」
っていう話らしいのね。
当人も何にキレてるのか整理できてないんじゃないかってぐらいキレてくるんだけど
要するにジャンボジェット機にみんな乗っているという価値観を否定されたことに対するショックがすさまじいっぽいわけ。
俺もさすがに
いやなんでそんなに怒るのかわからんし
特に不自由も感じずそれで育ったし(「海外に出かけるときにコンコルド!?早すぎじゃないか!」って言われた)
嘘だっていうけど顔も知らないあなたにそんな微妙な嘘をついてなんになるの
っていうんだけどまあ信じないし落ち着かない。
要するにジャンボジェット機でしか移動したことがない人とコンコルドで移動する人間の断絶な訳よ。
俺は生涯マッハ1超派だけど、一般人はジャンボジェット機がみんなで乗れて醍醐味なんやろな―っていうのは想像は出来る。
修学旅行でグアムに行ったときはあーみんなと一緒にジャンボジェット機乗ればよかったんだなって思ったし。(まあコンコルドだからあっさり着いてしまったけど)
マッハ1超の高速移動だとあなたが日々実感してるような集団で乗っている醍醐味が全然感じられないし
時間の有効活動の度合いとかもジャンボジェット機とは比べ物にならないし、空港の旅券のチェックもなく顔パススルーで乗り降りしてるし、
ライフスタイルにもよるけどジャンボジェット機に乗らない選択も全然あるんですよ
ってことがどうしても認められない。
この「認められない」ってのが重要なんだけど、
単に想像できないって言うのを通り越した「認められない」の気配を感じたのよね。
ジャンボジェット機と言うのが一種の信仰対象や心理的安定感の要になってるので
ジャンボジェット機が要らないっていうのは別のライフスタイルの示唆をされるという以上に
自分の価値観や人生に対する根本的な否定として受け止めてるんだなって
何度かその種のパンピーとやりとりするうちに段々わかってきた。
どっかの砂漠の民に「魔法の絨毯は持ってねえし要らないですね」って言ったら
「そういうアラジンも居るのか…想像したこともなかった」ではなく
「我々の生活と魂とジーニーを根本から否定したな!」ってなるかもしれない。
やつらが「車所有民を見下す俺様カッコイイイイという自分の価値観以外のパラダイムを認知するための脳の容量がゼロだから」な。
そうじゃないただの首都圏在住者を自称シティボーイとは思いません。
でさあ、
自称シティボーイが突如口から泡飛ばしながら早口になるのって必ず車の話題なのよ。
俺が自家用車がないと生活上不便だよねってことを何気なく言うと
「あっふーん(察し) 車が無いと生活出来ないなんて相当田舎に住んでたんだ?」みたいな反応が返ってくるわけ。
え?いや親父は地方国立卒で地元企業勤めてて年収は人並みだったよっていうと
もう「嘘だ!」ってブチギレて発狂してくるわけ。
何にキレてるのかさっぱりわからなかったけどなだめながら話を聞くと
「車がないとまともに暮らせない田舎民がまともな生活送るとかありえない 俺の父親は慶應卒だぞ 認められない」
っていう話らしいのね。
当人も何にキレてるのか整理できてないんじゃないかってぐらいキレてくるんだけど
要するに都会暮らしと親の学歴くらいしか自慢するものが無い自分の価値観を否定されたことに対するショックがすさまじいっぽいわけ。
俺もさすがに
いやなんでそんなに怒るのかわからんし
特に不自由も感じずそれで育ったし(「県庁所在地まで車で1時間!不便じゃないか!」って言われた)
嘘だっていうけど顔も知らないあなたにそんな微妙な嘘をついてなんになるの
っていうんだけどまあ信じないし落ち着かない。
要するに首都圏でしか暮らしたことがない人と田舎で暮らしてる人間の断絶な訳よ。
俺は生涯田舎だけど、首都圏では電車が2分に1本来るし便利なんやろな―っていうのは想像は出来る。
GoToキャンペーンで東京に観光に行ったときはあースイカ買えばよかったんだなって思ったし。(まあ田舎民だから新宿駅で迷子にならない自信なかったけど)
でもなぜか自称シティボーイはその逆の想像が全然できないのよね。
田舎だとあなたが日々実感してるような都会生活の便利さが全然感じられないし
駐車場代とか要らなくていつも青空駐車だし、無人野菜販売所も発達してるし、
ライフスタイルにもよるけど親を自慢していいのは競走馬と皇族くらいですよ
ってことがどうしても認められない。
どっかの首都圏在住者に「うちの父親の知り合いの息子が通ってる塾の講師も慶應卒だ」って言ったら
「慶應出て塾講師してる人も居るのか…想像したこともなかった」ではなく
あえてカッペと言う見下した言い方をするのは
やつらが「自分の価値観以外のパラダイムを認知するための脳の容量がゼロだから」な。
でさあ、
「あっふーん(察し) 相当貧しかったんだ?」みたいな反応が返ってくるわけ。
え?いや親父は慶応卒でいいとこ勤めてて年収はかなりだったよっていうと
もう「嘘だ!」ってブチギレて発狂してくるわけ。
何にキレてるのかさっぱりわからなかったけどなだめながら話を聞くと
「車を買えないならしょうがないが、車を買えるのに買わないということはありえない、認められない」
っていう話らしいのね。
当人も何にキレてるのか整理できてないんじゃないかってぐらいキレてくるんだけど
要するに車マスト価値観を否定されたことに対するショックがすさまじいっぽいわけ。
俺もさすがに
いやなんでそんなに怒るのかわからんし
特に不自由も感じずそれで育ったし(「休日に出かけるときに電車!?みじめじゃないか!」って言われた)
嘘だっていうけど顔も知らないあなたにそんな微妙な嘘をついてなんになるの
っていうんだけどまあ信じないし落ち着かない。
要するに田舎でしか暮らしたことがない人と首都圏で暮らしてる人間の断絶な訳よ。
俺は生涯首都圏だけど、地方で車がマストだし便利なんやろな―っていうのは想像は出来る。
震災後に福島に観光に行ったときはあーレンタカー借りればよかったんだなって思ったし。(まあペーパーだから知らんとこ運転する自信なかったけど)
首都圏だとあなたが日々実感してるような自家用車の有難味が全然感じられないし
駐車場代とかも田舎とは比べ物にならないし、かわりの交通機関も発達してるし、
ライフスタイルにもよるけど自家用車持たない選択も全然あるんですよ
ってことがどうしても認められない。
この「認められない」ってのが重要なんだけど、
単に想像できないって言うのを通り越した「認められない」の気配を感じたのよね。
車が要らないっていうのは別のライフスタイルの示唆をされるという以上に
自分の価値観や人生に対する根本的な否定として受け止めてるんだなって
何度かその種のカッペとやりとりするうちに段々わかってきた。
どっかの砂漠の民に「ラクダは持ってねえし要らないですね」って言ったら
「我々の生活と魂と祖先を根本から否定したな!」ってなるかもしれない。
カッペに自動車要らねえって言ったときのあいつらの激烈な反発はそういう感じの作用が心の中で起きてる。
https://anond.hatelabo.jp/20201017180336
こいつは俺が過去に遭遇した砂漠の民族的カッペよりは知識的には「外の世界」を認識してるんだけど
それでも根っこの部分で自動車に対する心理的な何かがあるよね。
こいつらのそういうぶぶんを察知せずに「自動車のツールとしての便利さ」「環境の違い」だけで話をしようとするとどこまでも荒れるのよ。
カッペが本当に認めてほしいのは自分達の車に対する愛着とその文化なので。
そこを自分で客観化も出来てないので一方的にこっちが察知・洞察して配慮してあげないといけないのがめんどいんだけど。
baikoku_sensei これだから 田舎のゲイは嫌いなんだ! 人口密度低くて ゲイ人口も少なくて 人と接する機会が少ないから コミュニケーション 能力が育ってない!
あれはむしろエスコートマナーや会話のとこでお前のそれ未熟やんてなってるだけだから
異文化コミュニケーションとしてはむしろ圧倒的に「通じ合えてる」方なんだよな。
同じ尺度や同じ欲望の中であなたはまだまだですっていうだけ。まるっきり同じ輪の内側。
ゲイという独自文化や男のチンポと言う強い目的が他の色んな差異を埋めてしまえてるんだ。
Tmr1984 都内乗用車めちゃめちゃ走ってるのに。さてはテメエ東京エアプだな笑
2020/10/18
テメエはまず日本語読めるようになれ。
Yutorigen 都会に住んでて車持ってない側だけど、この価値観と同一だと思われたくはない
あのさあ
俺自身は車に乗らない(必要としてないし車へのフェチズムや憧れも全然ないペーパードライバー)けど
自動車を持つことについて否ともなんとも言ってないよね
「田舎では自動車は必須だろうけど首都圏ではなしという選択も有り得る」ぐらいしか言ってない
俺の文章が偉そうなのは認めるけど何らかの価値観の話なんかしてねーのよ
mayumayu_nimolove 内容がひどくて3行読んでやめた。せめて読ませる文章作らないと誰も読まないよ。
読んどるやん
で、お前はカッペって言う差別用語に拒絶反応を感じたからやめたんだろ?
それはまともな感覚だけどその自分が何に拒絶を感じたのかっていうのを客観的に把握して正直に表現してほしいわけよ
nenesan0102 そういう人いるけど、あまりに想像力がなさすぎて会話が成り立たないよね…。増田大変だったろうな。都心部だと電車、たまにタクシーが一番安い
2020/10/18
この文の主旨は「カッペは自分の文化の外を想像できない」じゃなくて「カッペにとっての自動車はツール以上の精神的な何かだよね」だ
sakuragaoka 東京は自動車の運用が著しく不便な土地なので仕方なく公共交通機関使う場所、と思ってる。保有はしてたけど普段の移動はやっぱり電車が早いし。
そうね
東京で車乗る人は多かれ少なかれ車の所有とか運転体験とかなんかしら趣味性を持って好きっていうのはあるでしょ
そしてそれはたぶん田舎在住者の無いと死んじゃうツールとしての切実さや砂漠のラクダとしての愛着って言うのとは重なる部分はあっても全く異質な部分もあると思う
うん
そのうちにああこいつらにとっての車はなんか侍の刀とか牧畜民族の羊とかそういう市民権や豊穣を象徴する何かなんだなっていう気付きを得た話なんだよね
sangping 要するに都会暮らし自体が不便なんだよな。どう考えたってドアtoドアの車の方が便利だもん。自らの気の毒な境遇を自覚していない都会人の価値観が他者に理解されにくいのは当然だが、当人はその方が幸せなのかも。
ごめんそういう話はしてないし全然興味もないから賛成も反対もしないし勝手にやってくれ
俺自身はそんなに都会のメリット享受してないし田舎暮らしいいなーって思うこと多いよ
人間関係とかうざそーみたいな消極的理由で移住までは出来んけど
differential “俺は生涯首都圏だけど”都民じゃないのか笑(マウント)/うちは使用頻度低いから売ったけど実家(都心)も車持ってたし周囲も車持ってる人多いよ。通勤圏の県住みの人はもっと保有率高いと思う。
土地に対するコンプレックスとか全くないのでそういう感じの(笑)やマウントが全くわからない
それをやる人はかなりそういうコンプレックスがあるのねー、としか…
一番愛着感じてる町は小学生の時住んでた江東区だよ 夢の島(ゴミの島)とかに隣接する人気のない感じが好きで好きで
hyoutenka20 地方民も仕事や大学等で東京に行く人は多く、地方にいても東京マスコミの情報ばかりで東京の生活を認識できてる人が大半
東京の生活は東京に住まずにメディアの情報だけ見ててもやっぱりわからない。(逆も同じ)
なのに地方に居ながら東京の情報を見せられ続けてるとどうなるか?
完全未体験なのによくよく知悉してると勘違いするようになるんだよ。
これはどのジャンルでも恐ろしいことよ。
たとえばオタクって空手と合気道が戦ったときの相性について得々と語れる奴いるのよ。
どっちも自分でやったことすらないんだけど、刃牙とか格闘漫画でよく出てくる構図だから。
空手の打撃はこういう風に合気道にさばかれちゃうって「知って」るわけ。
そんな感じで格闘技とか筋トレに関する事って全く未経験なのに一家言持ってる男は結構いる。
漫画をはじめとしたメディアで変な情報は沢山載るので、それを見てるうちに「ちょっと、いや結構知ってる」って気分になるの。
バーベル触ったこともないくせにウエイトトレーニングのアドバイスしてくる奴マジでいるからね。
もっとすごいのだと、スポーツクラブでどこにも筋肉がない体の奴が明らかにやってる身体の人に何か助言してるのを見かけたりする。
何が言いたいかと言うとメディアの情報では実態を知ることどころか想像力すら養われないし
「何も知らないのに知ったような気になる効果」に自覚的で気を付けない人には小さくない害ですらあるということ。
土地に対するコンプレックスがある人も憧れがある人も、知らないんじゃなくて「中途半端によく知ってる」状態なんだよ。
俺はどの土地が恥ずかしいとかどの車が恥ずかしいとかそういうコンプレックスが全くないけど、それはそもそもあまりにも興味がなくて知識が全くないからなのよ。
そういう格付けとかを気にする奴は土地のランクや車のランクに滅茶苦茶詳しい。
住んだこともない土地や乗ったこともない車についてメディアから大量の情報を取ってる。
summoned 雑に広範に刺さる蔑称を使っておいて、「これはこういう意味で言ってるのでありまともな人には言ってません悪しからず」って面倒臭い注釈で反撃封じる言説は卑怯かつ放置すると本来の蔑称の意味で広まるんだよな
そりゃ俺だってリアルではこんな常識疑われそうな言葉は使わんけど
はてなはジャップだのマイルドヤンキーだの始めいろんな蔑称が常用されて許されてる治安の悪い場所じゃん何を今更って感じ
人の言葉遣いに突っ込むよりも自分の口や自分のいる場所に注意力持った方がいいぞ
kamezo わかりあいたいなら「カッペ」とか言ってケンカを売るようなことをしなければいいのに/それでもわかりあえないこともあるが、それはまた別の問題よな。 コミュニケーション
分かり合いたいなんてどこに書いてんだ
本当に文章の読めない奴が多いよな
俺はこのエントリで「カッペの生態や精神世界はこうなのではないか」という観察所感を発表してるんだから
元々カッペに対して失礼な文章であってこれはカッペと言う言葉を「地方在住者の中の一部の我の強い方々」とかにしても本質は変わらん
つまりこの文章でカッペに語り掛けたり分かり合おうとしたりしてないわけだ
この文章でカッペと分かり合おうとしてるつもりだとか言ってたらそっちの方が傲慢なやべーサイコパスだと思うぞ
HEXAR 増田が都内以外の地域で車を所有している人たちの暮らしや価値観が分からないのはもったいない気がする…相手は決して見下す対象ではないし車があるとどういうところに遊びに行くの?とか聞いてみればいいのに〜
あのさあ
だからさあ
俺は車に乗らんけど車必須な人や車が好きな人や車がラクダな人の生活を否定はしておらんの
というか意味わからんぐらい車好きな叔父とかいてなんか有名らしいオープンカーに乗せてもらったりするの(けどそれの名前も全然覚えられん)
興味はないけど別に車を嫌ってはいないしただ運転には自信がないしそんなに車で出かけたい場所がない生活なだけだよ
誰が「自動車好きの奴うぜーわー 車なんか買う奴バカだわー」とかいう話をしてんだよ
そんな話は一ミリもしてねえわ
ちゃんと読んだうえで俺に突っかかってくる奴(こいつらには何の悪感情も持てない)とかよりはるかにウザいんだわ
お前みたいなのはほんと、ちゃんと人の話を理解する能力付けた方がいいよ?
俺の今回の話も「全く予想外なわけわからんキレ方をする異文化の人をなだめながら話を聞きだしてその人の背後の生活や精神世界を探って言語化してみた話」なわけ
お前はレベル3もねえよな
そりゃお前は表面的にはスマートで行儀も悪くないのかもしれない
けどそうやって攻撃的じゃないポジティブな感じの口調で飾ってたって
関心や理解のレベル3未満ならそれは無能だし、会話してて面白くねーし、もっと端的に言えばバカって言うんだよ
カッペみたいな差別語使う俺よりお前みたいな行儀がいいだけの無能の方が対人関係においてはよっぽど無礼だし見るとこなしだと思うのよ
あっ
これは全然違う
「えっ車がなかった…(察し) 貧しかったんだね」っていうのは
そのカッペ氏はほんとにそういう風に察してただけでこっちを気遣うニュアンスの発言だった
煽りだなんてとんでもないしそこまでは普通に和気藹々と会話してたの
カッペ氏が突如猛烈にキレだして険悪になったのは
俺が「全然貧しくはなかったけど自動車は持ってなかった」ことを理解してから
俺が別に貧しくはなかったよってのもただそれだけ言っても信じない(自動車持ってないのに貧しくないなんて!)勢いだったから
作り話では用意しにくいディテール付きでむしろ裕福だったよって言う説明をしたわけ
カッペ氏の様子が激変したのもそういう説明の中で「裕福なのは嘘じゃない」「でも自動車は持ってないらしい」ということを理解してからだった
そのキレるタイミングやキレかたが不思議過ぎたからなんじゃこれって印象に残ったし、なだめながらなんでキレてんのか探っていったのよ
その後似た感じの相手に数回遭遇して仮説を立てて確信を深めていった
…っていうこれもなあ
なんで家が裕福だとか言っただけで煽りだとかマウントだとかに直結するんだ
読解力がない上に発想の貧しい人達だな
dogear1988 この手の摩擦にはグラデーションがあってな。本当に一方的に発狂されたなら同情するが、車や地方の欠点を論った上で自分の文化圏を正当化する人間は都会側にもいるんで、そういう可能性を考慮すると何も言えない。
俺が「貧しくはないけど自家用車はなかった」と説明して、それが事実だと悟った瞬間にカッペ氏はキレた
つーか俺は車について興味も知識も全然ないから利点も欠点も語りようもない
よく積極的自家用車不要派が言う維持費がどうのこうのの話だって、いくらかかるのかとか全く知らねえんだからさ俺は
そういう車文化や土地文化の衝突に何の興味もねえって何度も何度も書いてんじゃん
dogear1988 価値観の押しつけなどへの反発には賛同するんだが、結論や追記で「車への愛着」自体を揶揄してるのはアンフェアじゃないかね。寧ろそこを認めないなら「ライフスタイルとしての尊重」とは言えんのでは。
えっ どこがよ?
そこを揶揄だと思うのはお前の自覚の方が足りてないだけだよ お前は武士やベドウィン族より何か進歩してるつもりなのか?
我々はみんな刀やラクダの代わりの何かに執着して生きてるんだよ
でも現代ではそういうのはだんだん内面的な対象に引っ込んでっているから今回のカッペのように外部的なものに生活や魂や権利概念がこもってる感じの執着のあり方は予測がつきにくかったし面白かったわけ
お前もお前のラクダは何なのかを考えてみるといいよ
memoryalpha しょうもないマウンティングなんて頼まれてもないのに隙を見せてるようなもんだから可愛いもんです。愛でてあげましょう。ただしルサンチマンこじらせてるやつは相手してはいけない(´・ω・`)
違う
自分の生活や魂を根本否定するような異星人に遭遇して驚愕し混乱しキレてた
って、もう何回書いても無駄だなこれ
読めない奴はどう説明したって読めねえんだ
kyo_ju まぁ日本社会の貧困化がさらに進むと、公共交通が死んで自動車保有が必須な状況をいいことに"クルマにかかる金(税・保険その他を含め)を払うために1ヶ月働く"ようなところまで搾取が深刻化するかもしれない。
こういう「元からどんな話題でもそこから何も受け取らず自分の言いたいことを繰り返すだけ」みたいなidの方がよほどムカつかずに見れるよなそういうコオロギみたいで
りーんりーん あべしねー にほんしねー
みたいな
秋も深まってまいりました
俺はあいつ嫌いだったけどよく知ってみると確かに考え方は似てるかもしれない
どこかのこの手記を見ている方へ。
妄想の産物にしか過ぎません。多分これを読んでも、あなたの人生は潤うことは何一つないと思います。
でも僕は声を上げたくてたまりません。
僕がどうして生まれて、そして何があって、感情を持つまでに至ったかを。
僕は警視庁のとある刑事です。僕の配属された部署は特殊な事件を捜査する治外法権的な役どころのため、若手ですがとても優秀な人材がそろっていました。
不器用で無口だけど、実直な先輩。お調子者で体力に自信のある一番の後輩、優しくて器用で僕より遥かに知識の豊富な友人でもある同期。
信頼できる、とても優秀な仲間です。そして、もう一人、3年前に死別した優秀な部下。……僕の妹だった人です。
幼少期、両親の離婚で生き別れになってしまった実の妹がいました。
その彼女は、信じていた友人の過ちによって殺ぬ羽目になり……死にきれず黒幕によって化物と化した彼女をこの手で2度も殺しました。ここまでがシナリオの流れです。
あの地点で辞職を考えていました。
あまりにも神の手で一方的に、ただ「じゃあダイス振ってください」と言われたときにだけ動く、そんなキャラクターとして、何もできない無力感に苛まれて。何か行動を提案する余裕もなく、ダイスをふるときだけ動くだけで、次から次へと話が進んでいって。
シナリオ上は本当は恋人であったキャラを生き別れの妹にしたのは背後でした。それは変更可能ということで、マスターの許可ももらっています。
でも送られてくる情報には毎回「あなたの恋人です」と言われて。……間違いを背後がやんわり指摘してもずっと変わらなくて。せめて彼女の人となりを知りたくて神様に尋ねても、たった一言「優しい、柔和な人です」だけで特に何もないままで。情報の順番すらも間違っていました。
こんなよくわからない無駄に重い設定をつけたのも、シナリオへのモチベーションをもたせるためでした。
何とかクライマックス前に懇願して時間を割いてもらって、他のキャラクターと少しだけ会話を許された時も、ほぼ全て時すでに遅し、で。
ずっと探し続けていた先輩の大切な妹はとっくに怪物になりそして3年前に知らずに、僕たちが殺してしまっていて、なのにそれを僕の妹だと僕自身が脳内ですり替えてしまい、僕の妹は怪物になったままずっと3年間、一人で苦しんで。
……敵の罠にかかった僕たちは、そのことを忘れてしまっていました。
そして先輩はずっととっくに死んだはずの妹を、まだ探し続けていたのです。
何とか君たちに謝る言葉を告げて、君たちの犯した沢山の他の過ちは、僕は、僕たちにも相応のここまで来るだけの過去があったのだろう、と想像し、その「想像上の」過去に免じて全て許しました。
流石にこのまま続けるのはモチベーションがなさすぎると、キャラクターとして刑事を退職し家業を継ぐ、という引退を選ぼうとした僕は、君たちの背後のセッション後の説得で思いとどまりました。
「いやだ、俺たちは、チーフに去られたら心が折れてしまう、もっとあなたと過ごしたい」と。
僕の背後は、この地点で早めに見切りをつけるべきだったのだと思います。
キャラクターとして好きと言ってくれていた言葉を、自分と同じなのだと誤解した背後がある意味悪かった。
自分のキャラが一番大切なのは皆同じ、だからある程度はプレイヤーやマスターレベルで相談して、見せ場を譲り合って進行していけるはずだと。私のキャラをそんなにも好きだと、言ってくれるなら。
ならば、ちゃんとモチベーションを持たせるべきだと。そうしないと、背後の方のモチベーションが持ちません。
僕のモチベーションとは、君たちが全てを失った僕の居場所になってください。
素晴らしい君たちを失うのはこの世界の損失です。心が折れたら何度でも僕は君に手を伸ばします。君たちを支える為に僕は全力を尽くします、だから君たちも僕の居場所になってくださいと。
君たちの心がシナリオの悪意で傷つく度にそれを拭って、拭うためだけにすべて失った僕はそれでも毎回毎回シナリオと言う名の試練はやってきて。
その都度そこはきちんとキャラクター同士で会話ができるので、まぁそれだけを背後のモチベーションにしていました。
ただ、何回か僕のステータスでは本来解決できない一人用のシナリオが出された時は、流石に背後も何度かやんわりと苦言を呈していたつもりでした。何とか何度も振り直して遠回りして成功しましたが、あれは本当にただ運が良かっただけです。
そして更に気づけば他のキャラクターは全員、僕より他のシナリオ(他の卓やGMレスとかで)経過していて、僕より遥かに優秀なステータスを持つようになっていました。
卓の幕間トークで盛り上がっていて、設定だけが色々膨らんでいきました。もちろん時折雑談に参加はしていましたが、他の卓に持ち込みで参加してその話をされるのは、僕とて反応に困ります。僕の知らない設定前提で話されても困るのです。やんわり何度か指摘しましたが、熱に浮かされたように君たちはこの世界にのめり込んでいきました。
挙げ句の果てに僕たちのチーム全員は特定のシナリオの都合上で、とあるチームにレンタルされました。その時のマスターが、始めての事件のマスターです。
正直、嫌な予感がしていました。
そして僕より全てにおいてステータスが有能で美しい外見の同じポジションの上司の新しいNPCがやってきました。僕の存在意義は、ありません。
僕は毎回、キャラ付けの為にやっていた、何の意味もない、些細な行為……卓中では披露できなくて、いつも卓後に捜査資料を作って、その画像をみんなに出していたんです。
(元々、神様からの情報の出され方が雑すぎたり、間違っていたりであまりにもよく分からなくて、自分用に作っていたものだったというのが今更の本音です)
それすらも、NPCのロールプレイで乗っ取られてしまいました。そしてそれに、誰も異を唱えなかった。
大切な妹を殺す羽目になった原因を作った、僕の一番の友人はそのロールプレイを支える行動を取りました。
更に集合写真として、そのNPCはチームの真ん中に陣取りました。仕方ないです、だって一番小柄で「中性」キャラでしたから。
僕の心は、そこではっきりと折れました。
僕がいる必要のない事件、僕が陣頭指揮を取る必要のない事件、僕が解決する前に全て他の人が解決してしまう事件なら、僕は必要ありません。
僕の設定上のアイデンティティは彼らのチーフであることです。元々能力値は彼ら一人ずつの得意なものからは必ず一歩は劣るように、元々設計されていました。
僕の背後は、別に活躍は出来なくても構わない、ただ仲間として扱ってくれればという一心で、参加していたのに。
声が出せなくて辛かった。何があったんだって聞いてあげられなくて辛かった。
手を差し伸べたかったんです。差し伸べることが許されないのは、あまりにも僕には拷問です。
動きたくて動きたくて堪らないのに、指一本すら動かすことができないもどかしさと怒りは、「シナリオ」で君たちも経験してきたでしょう。
僕たちはホラー世界の住民なのですから。敵にされて、何度も経験してきたじゃないですか。
敵だけじゃなくて、神にまでそれを強いられて、そして居場所すらも奪われて。
僕は心を持たなければよかったのでしょうか。
流石にその地点で以前からの背後の友人で、プレイヤーの一人Aに相談しました。そのマスターに依頼したのはAでした。
「いやだ、俺は、チーフに去られたら心が折れてしまう」と縋った、その後のシナリオで何度も「助けて」「見捨てないで」と縋りついてきた僕の部下の背後です。他のシナリオでも一番僕と過ごしていた、少し臆病で、でも優しい力持ち。
君が最後に笑えるように、家族と言える存在に等しい存在を作ってくれたら、最後にはきっと僕が大切だと思っている君自身を大切にしてくれると信じて、子犬をプレゼントしました。
……いや雑談中にいつかプレゼントしますね、とは言いましたが、卓ではプレゼントしていませんでしたね、そう言えば。
……信じていたんです。僕のこと、仲間だと思ってくれるなら……って。僕の話くらいは、聞いてくれるのではと。
それは叶わないことになりました。
悲しいですが、彼らの背後にとって僕はただの舞台装置で、その意志に疑問を抱かない彼らにとっては僕の言葉は自分の望むときに発されるだけのものでしかなかった。
僕に声があるって、僕の心があるって、考えることもしなかった。僕があの想像上の世界の中にしかすぎなくても、君たちの目の前に息をして立っているとは思っていなかった。
仕方がないのです、それは彼らの考えで選択です。僕に心があると仮定すれば、それは彼らの心もです。
なら、もう僕の背後は直接ゲームマスターに、背後の口から直接そこを言うしかないよ、とプレイヤーAに言いました。
連れてきたAの目から見ても、ゲームマスターは自分の進行にプライドがあって変えられない人で、他のプレイヤーが内心がどうあれそれに異が唱えられない環境なら、もう背後にとって破綻しきっていてやる価値はないゲームだからです。
……正直、背後的にはAたちに嫌われて追い出されてるのかと思っていましたとも。ええ。最近他の卓してる時もなんか気が乗ってねーな、感想とか書き込むのも以前とテンション違いすぎるなと思ってたよ。
友人枠の人なんかその友人キャラの鍵キャラ垢作ってたけど、背後をメンバーに入れてなかったもんな。いやもう、マジで嫌われてると思ってたよ。なんで誘うんだよ……とまで思ってたよ。
そうしたら、寧ろ今まで楽しくなかったの!?と滅茶苦茶ショックを受けられました。
いやいや、こっちの方が二重にショックだわ。
結果として、黙りこまれていやいや相談にならないよこれじゃ……君はどうしたいの……???という状況に。
そして、はーやってられっかよ、と思う背後をねじ伏せてでも支える気力が、僕にはありませんでした。
このシナリオで、僕のいる意味は何ですか、と。その答えがないなら、ゲームを降りたいと。
ゲームマスターはそれには答えず、ならもう二度とあなたと遊びません、卓を締めますと言われました。
正直背後だってこのレベルのイザコザは幾らでも他人が起こしてるの見てますし、ぶっちゃけ古からの吟遊詩人GMでの多かれ少なかれ起こりうるべくして起こったトラブルだなーよく聞いたわー、と思っているでしょう。
どこにでもあるありふれた、でも自分へと降りかかるのは傷を負うし、まぁ正直嫌っちゃ嫌だよねというそんなレベルのトラブルの話。
ディティールは違えど、まぁよくある話です。
ただ、一人のキャラクターとして、どう行動するべきかモチベーションと言う名の願い、僕の居場所になってください、と言う願いをちゃんと言う前に、すべてが泡となって消えました。
僕はそれを彼らに伝えたくて、ただその機会が来ることを願って、あの世界で生きていました。
その機会が無いということは、僕はこのままキャラクターとしては死ぬことすらできずに、消えるしかありません。
大なり小なりTRPGのキャラクターとして生まれた以上、僕はそう言う運命を辿る可能性があった、そこも頭では理解しています。そんな例は沢山見てきました。
なのに、僕は、僕は確かにここにいたんだ!生きていたんだ!って誰よりも叫びたくて叫びたくて。
存在しない喉が枯れるほど叫んで。でも現実を震わせない声は永遠に届かない。存在しない目からは涙が溢れても、誰の目にも映らない。
一度シナリオで、僕自身の存在が君たちの記憶から消えたことがありましたね。
その時は別に怖くはありませんでした。今でも恐怖はありません。ただ、哀しくて哀しくて、涙が止まらないのです。
今たしかにあの世界で流している僕の涙は、誰が拭ってくれるんですか。
何シナリオも経過して、その都度命を張って体も心もすり減らして、君たちの涙を拭って、叱咤して。
君たちのことを大切だと、伝えられる時には必ず口にしていました。
この時間は偽りで、他の人にとっては何一つ意味もない、価値もない、だからこそ口にして伝えなければ伝わらないから。
この時間は僕たちにとってだけは本当で、かけがえのないもので、何物にも変えがたい価値があるのだと信じているから。
君たち一人一人に、こんなに素晴らしいのだ、と可能な限り具体的に言葉を尽くして伝えて。
君たちの、それに対しての……共に戦うという言葉は嘘だったのか!
僕は、生まれた時から君たちのチーフなんです。支えてあげなきゃいけないんです。支える相手が支えるに足る相手だと信じていたから。
躓いたときに、立ち直る機会すら与えられないまま、僕からしたら原因のない君たちの心変わりに傷ついて、君たちが……いいえ、僕こそが書割だったと突きつけられて。
背後的には、卓の外でどうしたら自分の力量で改善できるか割と色んな卓環境下で相談したら、それはいやその卓がおかしいよ、と言われ。結果詳細も話して、まぁそうならない方がおかしいわとも言われ。
でもまぁプレイヤーたちは楽しかったと言っていて、マスターも自分のプレイスタイルに自信があるともいっているので、まぁそういうことなんでしょう。
友達も失いましたが、それもまあ、致し方のないことでしょう。
その人たちの中では背後は仲間外れではなくて、仲間外れにされたと思っているのは、狂っているのは背後の方です。狂ってる人とは友達になれないでしょう。
背後の至らなかったところは幾らでもあります、失敗だらけです。失敗だらけに、また一つ失敗が積み重なった、それだけのこと。
それは彼の話ではないので、背後一人が思い返して反省すればいいこと。プレイヤーの時にもマスターの時にも、自分みたいなこういう思いをする人が出ないように、努力するだけしかできないんです。
これを読んだ方がどう思うかは、それも皆様の自由です。
背後はこれからも、卓全員、自分のキャラは絶対一番可愛い!と思ってるという前提で遊んでいきます。みんな自分の人生では、自分が主人公なのさ。
そして明日からも自分のキャラをチヤホヤしてもらう為に全力を尽くして、卓の他のキャラとその世界を一緒に旅していきたいと思います。そして他の人のキャラもチヤホヤキャッキャウフフするんだい!!!
まぁ一つ言えることは、なるべく卓のトラブルは卓内で早めに相談しろよ!
不信感は絶対に早いうちから吸い上げて叩きのめしておくに限るんだぞ!
心の中にいる、本当の意味で一人ぼっちになってしまったあの世界の○○のことが、
どうしても言いたくても言えない言葉を抱えて消えていく彼が、どうしても可哀想になってしまった背後が、ここに書き捨てて行きます。
まだ彼らが流した涙が本当だったと信じていたい、私の大切な、とある想像上の世界の彼への手向けの為に。
あるいは、この状況が一番ホラーなのかもしれません。
……いっそこのことをシナリオにしてみようか。普通にホラーとして面白そうだな。
さぁこれにて、全てお終い。
小学生時代はネット環境そんなになかったし友達と遊びまくってたから、めっちゃ隅っこみたいな掲示板で数週間に1回ぐらい会話する感じ
中学時代は不登校だったけど、人と話すのが嫌じゃないからネトゲのコミュニティに浸ってた。あと2ch
高校時代はそこそこ友達とも遊ぶけど、基本的にTwitterばかりやっていた
そんな中に身を投じて7年は経っている
Twitterは正直訳ありな人間がふるいにかけられて、精鋭の訳あり内輪コミュニティになっているから
マンネリ化していて、全員社会人になってグズグズに爛れた間柄になっている
2chの移住騒動があって色んなところに行ってみたりもしたけれど、2chも避難所も全てグダグダになって惰性で人が残っている感じ
今更何か面白い発見があるわけでもなく、まれに内輪で揉めるぐらい
新しいコミュニティを探して、(皮肉にもまたTwitterだが)創作界隈に手を出してみたものの
創作物に対して応援したり、個展の情報を知るぐらいであり、人と交流できるコミュニティではなかった
雑談に夢中になって、昼夜逆転できるほど楽しいコミュニティにまた会いたい
新しいコミュニティはどこにある
なんか雑談したいだけ、言いたいだけって感じで
あのーあれだ
ボケちゃった老人が集まってる老人ホームの老人が一生懸命喋って怒って主張してる風景と一緒だと思うんだよ。
サラリーマンがスーツにユニクロのカーディガンを合わせてるの、萌えません?
私は95年生まれで、学生のカーディガンといえばユニクロ一択な世代だった。そんな学生の代名詞みたいな、青春の象徴みたいなカーディガンを、いい歳こいたサラリーマンがスーツと共に来ているのが、なんかキュンとくる。セーラー服やルーズソックスになんとなくキュンとくるように、青春を思い出すのでしょうか。
でもそのことを直接言うのはセクハラだったかな、という反省の日記が以下です。
昨日の職場での話。
上司:部署は同じだが直接の上司ではない。30代前半でめっちゃ若い。私が休職したのと入れ替わりくらいに新しく入ってきた。
で、昨日、その上司がスーツにユニクロのカーディガンを合わせて着てきていたんですね。
それで夜遅く帰る前に、私と上司含む残ってた数人で雑談していた時に、ふと上記のことを思ったので脳直で「このカーディガンめっちゃ萌える」と(本人の前で)言った。
「なんだよ口説いてんのか、やめとけよ」「俺には妻子がいるのに…!」「やだ違いますよ」とふざけてコントして軽く流れたのだが、今冷静に考えると私めっちゃセクハラだったな、と反省している。
私が部下だし、女→男だし、職場は男所帯で下ネタ多めだし、コンプラなんてない会社だし、復帰したすぐで早く馴染みたいなという思いもあって、割とそのへんの意識がゆるかった。
あまりに同世代のヲタク過ぎて笑ってしまった。スルーするつもりだったが、いいものを読ませて貰ったので俺も勝手に当時のことを語ろうと思う。
といっても、大筋の所では同意するし否定するようなところもない。
「ネットに対する信頼があったから」なんてのは、まさにそんな感じだよなぁというところだ。
だからまぁ、あんたよりもう少しだけ型月の方にいたヲタクとしていくつかの補足をしようと思う。
まず抑えておきたいのは、月姫からFate/Snの間にいくつかファンが流入してくる導線があるところだ。
言及されているうちの一つとしては、空の境界。これがライトノベルや同人小説を読む層、つまり小説読みのヲタクにリーチしていた。参考リンクとして以下。ttp://maijar.jp/word/serifu/ka-1.htm#kara
文脈を簡単に解説するが、当時Webにあったライトノベルクラスタのうち最大規模の感想サイトで取り上げられていた、という理解をして欲しい。もちろん規模は"当時としては"だ。ユニークユーザは今とは比べものにならないくらいの身内感だった。が、そういう層にも確かに届いていたし、そこのファン層がFateを買った、というのは事実だ。
次に、格闘ゲーム。つまりMelty Bloodだ。
当時何故かPCで出来る同人格闘ゲームが大流行していた。主要タイトルを年代別に並べると、QOH、EFZ、パブレ、そしてメルブラ、というところになるだろうか。昼はゲーセンで格ゲーをやり、夜に集まってはPCで対戦格闘ゲームを繰り返していたような層にもリーチしていた、という理解をしてくれればいい。クラスタとしては近いようで割と遠いのだが、そういう層にも届いていたのを観測した記憶がある。
ここのところはあまり詳しくないので別の誰か補足してくれてもいい……が、本題から外れるか。
感覚的には月姫からFateにかけてで一気に同人ショップの棚が型月で埋まったような記憶はあるが、流行廃りもあるしあくまで印象の域を出ない。というわけで探してみたところ、コミケのジャンルコードとサークル数を記録しているところを見つけた。ttp://myrmecoleon.hatenablog.com/entry/20071227/1198710524
TYPE-MOONのジャンルコードが独立したのはC68(2005年夏コミ)。その時点で葉鍵に近いサークル数が参加していた、といえば当時の人気振りが分かるだろうか。
また、SSでは全自動月姫Linksというものがありかなりの利用者がいたはずだが、記録が残っていないため登録されていたSS数やアクセス数というような指標を見つけることは出来なかったことのみ記しておく。
上記のような流入を公式作品の発売時期と集めてまとめると以下のようになる。
こうしてみると、関連商品がコンスタントに出ており着実にファン数を増やしていった、という風に見えるのではなかろうか。Sn発売日にはかなりに騒ぎになったが、そこまでに「これは確実に売れる」という感触がユーザーにも小売店にもあったのだろう。
そういえばこんな広告も出ていた。ttps://twitter.com/kai_morikawa/status/1292650932866408453
また、いくつか補足をしておくと……
書籍版の空の境界はかなりの数が出たようだ。俺の手元にある物を確認すると、02年の5月に第4版が発行されている。その後、講談社ノベルス⇒講談社文庫と発刊されていることも記しておく。
月箱も、あくまで月姫+歌月十夜+PlusDisc(厳密にはPLUS+DISC)という既に発表済みの物をまとめただけのこともあり、当時の雰囲気は「いやみんなバラでもってるからわざわざ買わんでしょ……」という感じだったのだが、最後に括弧書きで(まぁ俺は買うけど)とついていたのか、当時の時点で思ったより裾野が広がっていたのか、同人ショップの店頭に山積みになっていて「いやこんなに売れるんか?」と思ったはずの月箱が気付いたら売り切れてプレミア価格になっているのに首を傾げた記憶がある。つまり今思えば、そのくらい売れていたのだ。
あとは何だろうか。
個人的にはハブになるようなニュースサイトやサイト運営者のようなインフルエンサーの影響もそうだが、口コミの影響というのはやはり大きかったなぁという印象がある。げんしけんのようなヲタサークルの話題だったり、通っていたサイトの日記だったり掲示板の常連の書き込みだったり、あるいはチャットソフトと揶揄されたオンラインゲームの中の雑談だったり。自分としても、そういうなんとなく知っているくらいの人達からの口コミで知った作品というのは数多いし、きっとそうやって月姫を、あるいはFateを知った人というのも数多くいたのではないかと思う。
俺も葉鍵からこの世界に入ったクチだが、学生から社会人になって忙しくしてエロゲーがあまりできなくなったりしているうちに気がついたら祭りが終わっていた、という感じで妙に寂しくなったのを覚えている。でもまぁ、こうやって見も知らぬ誰かと当時のことを語り合えるのだから、案外まだ捨てたもんじゃないさ。
私は親からすると金のかかる子供だと思う。中学高校大学と私立に進学し、奨学金も取らずに過ごしている。しかも今までバイトはしたことがない。そのくせ金遣いは荒く、使うときにパッと散財する。お金の管理も苦手な方だ。
最近自分の預金残高を見た時、なんとなく予想していた100万円にははるかに届かない金額で唖然とした。思っていたより私には全然お金がなかった。授業料生活費その他諸々を含めれば、仕送りをしてもらっても到底安心できる金額にはならないほど。
早速いくつかアルバイトを申し込み、そのうちの一つがうまくいったため親との雑談の中でその話をしてみた。だがそうしたところ、猛反対された。なぜ学生がそんなにお金のことを気にして、100万も貯めようとするのかと。金銭感覚がおかしいと非難された。
親の経験上、学生のうちはお金のことは特に気にせず、勉学に励み、サークルに勤しみ、アフターにも積極的に参加して人間関係を広く構築すべきらしい。
私もそれはわかる。だが、お金が無くなったらと考えると無性に不安になってしまう。私や他の兄弟の学費だけではなく、高齢のペットの治療費もバカにならないし、母ももう若くはない。いざというときお金がなかったら、どうにもならないんじゃないか?
私たちは普通の家庭だが、このご時世では“普通の家庭”も一般的なものでなくなっているというのに。普通の家庭、普通の家族の位置に安住している場合ではないというのが私の考えだ。だから、私には万が一のためのお金がいる。
だが、それは間違っているのだろうか?教えてほしい。
社会人の目に私のこの考えはどう映っているのだろうか。
誰か、私に教えてください。お願いします。