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2018-12-04

工学部って何をやるんだろう

工学大学院に来た。

電子回路とか初めて触って、LEDを光らせてみた。

フト、疑問に思った。

LED光らせるとかってどのレベルなんだ?」

  

LEDを光らせるために、ブレッドボードかい電子回路をつなげる機器に回路をつなげて、ラズベリーパイっていう小さなパソコンを動かすんだけど。

えっと。

それって、数万人がやった道だよね。

  

3Dソフトも、モデリングして割と自由に形作って、そんで3Dプリンタ印刷もできるんだけど。

えっと。

それって、そこらのアマチュア企業普通にやってるよね。

  

工学を使ってなんらかの応用をするんだけど。

いわゆる、医学やら化学やらみたいな、「専門技術」じゃないじゃんって。

どっちかっていうと、レゴブロックで遊んでる子供みたいな。

  

機械学習プログラムとかは、ちょっと工学っぽいか

でも、エクセルみたいなもんだしな、すでに。

気を抜くと死にそうな気持ちを懸命にフォトショで紛らわせている

やすりでガリガリと削られる心をどうしようもできず見ているしかできない。

そんな焦る気持ちを紛らわすように年賀状作りをしている。


17年前から、私用あるいはちょっとした仕事で、一時期は使ったり使わなかったりして、好きじゃないけどそんなに嫌いにもなれないフォトショップで、

フリー素材の写真を加工しては印刷所が作ったテンプレートファイルトンボ内、100mm×148mmの範囲自分がいいと思った場所に素材を配置している。

双極性障害Ⅱ型を患っている私の脳は時々まるで私がそう思っているように死のうとするのだが、

それは双極性障害やらせていることであって「私が」死にたいわけではない。だから私の脳は何か作業をすると、そういう気がそがれるのだ。

本気でデザイン勉強をしていた訳ではないので「っぽいもの」にしかならないのだけど、

Pinterestを見たり、今風のフォトショ加工記事を見ては、ああでもないこうでもないと画面とにらめっこをする。

本当は印刷所が用意したオシャレなデザイン年賀ハガキネットで選べば良いだけなのだが、

私の中の「フォトショップを使ってオシャレっぽい年賀状を作りたい」という見栄っ張りの私と、

「何かをしていないとタオルで首を吊ってしまうので何かをしたい」という焦っている私が邪魔をするのだ。


スティーブンス・ジョンソン症候群の疑いがあり、MAX処方だったラミクタールを2週間で半分、3週間でゼロにした。

今とても焦っているので減薬がこのスケジュールだったか思い出せないし、上手く文章化できない。

とりあえず今の私はラミクタールを服用していたときの30%くらいしかパフォーマンスが出ない。

シンク使用済み食器が、脱衣場のカゴには洗濯物がいっぱいだ。

それらはいつも片付けて然るべきである

加えて、今日のようにばかみたいに暖かい日は布団を干すべきだったし、

家族誕生日プレゼントを買いに一駅先のデパートまで歩いて引きこもりがちな体を動かすべきだった。

いつもなら風呂に入るのも「明日一日臭いのはイヤだな」という気分で入れたのに、

今はイヤだキライいだと風呂呪いながらうんうん唸って2日に一度入る。

一年から体のいたるところに原因不明の痒みが出た。

清潔を保つためには一日一回の風呂、一日二回の洗顔はすべきなのに風呂が面倒で億劫でどうしようもない。

手間を省くためにミノンの全身シャンプーにしたけれど痒みはおさまらない。

風呂に入るのがいやでいやで仕方がないのに、頭をガリガリ掻きながら痒さに悲しくなって唸るさまを客観的に見たら哀れそのものだろう。



洗い物と洗濯物は溜まっているし、気を抜いたら悲しくて死のうとしてしまう。

いまとても仕事が忙しい家族アシストするどころか自分の世話をさせてしまっているのがつらい。

そういう焦りやしんどさを紛らわすために、フォトショップ年賀状を作っている。

薬が別のものになったり、ラミクタールを再開すれば、良いのか悪いのか判断すらできない今のデザインをやめて、

もっと良いものを作っているかもしれないし、印刷所が用意したオシャレ年賀状にしているかもしれない。

ただ、2019年元旦までには、そういう紆余曲折を経た年賀状ができあがっているのは間違いないだろう。


頓服薬が効いてきたので、年賀状作りはやめて少し横になろう。

食器はなんとか片付けるとして、夕飯を作るか家族に頼むかはまたあとで考えればいい。

2018-12-03

平成最後だしポンコツSE転職事情さら

平成最後だし、なんかい不況が来るかもわからない状況な気もするし、

今のうちに年収上げておきたいなんて考えている人もいるのかなと思い、

本当に普通な感じで埋もれているエンジニア転職した時の話をしようと思う。

現在私は同業界大手企業で働いている。転職結果としては年収も大きく上がったし、

職場環境も申し分ないので成功したと思っている。

 

スペック転職時)

 年齢:39歳

 

 <前職>

 中堅の独立系SI企業WEBSierもやってるような感じ)社員600名程度

 に所属していた。勤続は7年目

 

 <技術力>

 技術力はほんとに並の下程度。

 JavaとかPHPとかやっていて、PHPがメインだったかな。主にWEBサービスを作ったり、社内WEBシステム作ったりしてた。

 プログラミングの基礎はあるし、SQLやその他DB知識もそれなりにある。サーバー知識あんまりないし、

 Linuxコマンドは正直ちょっと苦手だし、AWSとか触ってないし、なんならApacheだってそんなに詳しくない。

 ググっていつも解決する。フルスタックエンジニア?なんだそれ?こちサーバーサイドエンジニアだ、文句あんのか?

 

 新しい技術言語は基礎があるので飲み込みは早い方だと思う。なので対応力はある方だ。Rubyでもpythonでもコード見れば読めるし、

 大抵のことは理解できると思う。でも業務では使ってない。JQureyもまぁ普通に使えるけどJSコードとかたぶん汚いと思う。

 

 色々と新しい技術をググって記事見たりして「わかった気になるタイプ」だと思う。36歳くらいでやっと「デザインパターン

 知らないとやばいんだ。勉強しないと!と焦って本だけ一応読んで「わかった気」になった。

 

 ここまで読めばわかると思うけどエンジニアとしてはだいぶ「ポンコツ」だ。

 でも仕事のためにやってるエンジニアとか結構こういう人が大半な気もするんだよね。

 立ち位置は開発リードとか設計とか上流も少しやってた。年齢のせいもあると思うけど、

 まぁうまく立ち回って仕事してた感じだと思う。コミュ力はそれなりにある方だと思う。

 もうエンジニアとかお前が名乗るなよとか言われそうだな。。。すまん。

  

転職活動の経緯

転職理由

 このまま、今のポジション仕事を続けてたら永遠に新しいこととか他の言語を使って業務をすることができそうになかったから。

 嘘だ、人間関係だ。ほとほと同僚、後輩、パートナーに愛想が尽きたからだ。それと上司やその上の部長にもだ。

 客先で顧客と一緒に仕事をしてたが顧客側の人はほんとにまともで良い人ばっかりだった。転職する時にそれだけ、ちょっと寂しくなったな。

 ポンコツながらプロジェクトでは納期を守り何とかやり抜いてきたが、全く評価されない現実もあり、それも嫌だった。あと、給料安い。

 表向きはいろんな理由があるだろうけど、転職する人の理由はきっとこれが現実だと思う。

 

概要

 転職を決意

 ↓

 とりあえずビズリーチよさそうねとか何も吟味せず登録

 ↓

 エン転職にも登録(以前使ったから)

 ↓

 DODAリクルート系は良い思い出が一切ないので登録してない。

 ↓

 ギークリーというところからビズリーチ経由で勧誘

 ↓

 一応そこの担当面談してギークリー利用

 ↓

 ビズリーチギークリーとエン転職転職活動

 ↓

 ビズリーチ経由でA社で外資強めの転職エージェントに会う。

 ↓

 ビズリーチ経由でB社で金融ITに強めの転職エージェントに会う

 ↓

 最終的にA社で3社応募して、2社内定をもらい転職した。

<詳細と雑感>

 転職しよう!と思ってからとりあず動けーーー!って感じで動いた感じです。

 総応募数は覚えてないけど30~50社くらいだったと思う。書類で超落ちる。年齢のせいも大きい。

 エン転職スカウト全然ダメだった。めぼしい企業がなかったし、年齢のせいか知らんけど、

 タクシーちゃんとかトラック運転とかそういうのも来てた。

 ギークリーから応募したのが一番多いと思うけど、とにかく手あたり次第に紹介してくる。

 よさそうな企業もあったけど、面接まで行ったのは4社程度ですべてお祈りだった。

 2次や最終までは行くが、いまいち紹介された企業自分志望動機を合わせる作業がどうにも苦手でうまく行かなかった。

 ギークリーはほんとに求人が多いから、たくさん見て選びたい人には向いてると思うけど、自分には向いてなかったな。

 他にもビズリーチ経由で4社くらい直接カジュアル面談があったけど、有名なY社とか、運輸系のY社のシステム会社とか、

 印刷系のD社の子会社とか、どれも最初カジュアル面談で、それ以後連絡なかったなぁ。

 カジュアルと言いながらガチ面接なこともあったな。

 

 そんな感じで行き詰って2か月。心機一転また別のところ!というのと、

 自分でもう一度ポンコツなりに職務経歴書を頑張ってブラッシュアップし、面接対策もして、改めてA社とB社とつながった。

 B社からの紹介はとても面白い会社だったし、一次面接もかなり好感触だったのだが、なぜかその後に論文筆記があり、

 書いて出したら、落ちた。どうやら思想が合わなかったらしい。

 A社から紹介されたのが、医療系のWEBサービスの会社と誰もが知ってる大手企業

 どうやら大手企業とは結構つながりのあるエージェント会社だったみたい。

 自分大手に行けるか半信半疑だったが、面接対策結構しっかりしてくれて助かった。

 同じ質問面接でされたので、うまく答えることができたと思うし、職務経歴書も一緒に見てくれた。

 そして、2か月でこの医療系の会社大手から内定を頂いた。転職活動は実質4か月くらい。

 どちらも良い会社だったので、本当に迷ったが、大手の方にした。

 断るのもエージェントがやってくれるのでこれも結構気持ちが楽だった。

 

<振り返って思うこと>

 ポンコツなりにアピールできるポイントがあれば、それをしっかりアピールするような職務経歴書を作ったり、

 私の場合は3回目の転職だったので、今までの経歴をきちんとよどみなくアピールできるような練習有効だった。

 転職活動初期は全然対策してないこともあって、やっぱり落ちたのかなと思う。

 だんだんエンジンがかかって、面接にも慣れていき、最終的に大物ゲットできた感じだ。

 そして、面接ではやっぱり自分はできる奴だ!ということをちゃんアピールした方がいいと思った。

 謙遜かいらないし、こういう職務なんですができますか?と言われても、普通に全然問題ないです。くらいに言ってもいいと思う。

 

 ハイスペックエンジニアかいやいや十分すごいですわ的なエンジニアは、自分活動して、普通に交渉もして、

 自分がより有利な環境を手に入れることができると思うけど、私のようなポンコツ普通にエージェント使って、

 普通に応募して、面接対策しっかりして、志望動機ちゃんと頑張ってたくさん考えて、ちゃんと喋る練習して、それで行けば結構いけると思う。

 落ちるのはやっぱり職務経歴書がまだちゃんと練れてないのと、面接練習や、志望動機が甘いんだと思う。そこを頑張れば良い環境転職できると思う。

 

 おススメのエージェントとかは特にいかな。自分に合ったもの自分転職活動しながら、見つけるのが良いと思う。

 1つ言うならエージェントを1つに絞らないことかな。忙しくなるけど、いろんな所と付き合って、自分に合うところを見つければいいと思う。

 そういう意味ではビズリーチは大小さまざまなエージェント会社があり、そこから連絡がバシバシ来るので登録しておくとよいかもしれないです。

 

<まとめ>

こんな感じだ。読み返すとあんまり参考にならないかもしれない。。。

私は前の会社全然評価されなかったが、今の大手に移ったら、普通に評価が上がって、給料もしっかり上がった。

環境次第で人の評価って全然変わるし、所詮評価する側のフィルターをかけた評価なんてやっぱり気にしなくていいんだと思った。

実際前職の部長退職の旨と転職先の話をした時に「子会社ですか?」とか言われたし、「いえ、本体です。」と答えたら「マジで?」という顔をしてた。

部長フィルターでは自分評価はそんな感じだったんだなと実感した。

ももちろん良いフィルターをかけて評価してもらっていると思うけど、自分にとってどっちが良いかは明白だし

その良いフィルターが本当になるようにもっと努力したいと思う。

 

今の市況ならほんとに転職すれば年収上がるくらいの状況だし、勤続3~5年以上で、

自分の現状に不満があるなら、いっちょやってみるのも良いかもしれません。

誰かの参考になれば幸いです。

わざわざ印刷した資料に赤丸で金額間違いを書いて机に置かれても

その資料まだ作成途中だし、作成終わってるとしたら印刷して提出するし、意味わからんのだけど。

2018-12-02

Scientific Americanはヒドい(顧客対応

『サイエンティフィック・アメリカン』(Scientific American)を今年の1月から購読している。科学雑誌が読みたくなり、『日経サイエンス』が気に入ったので本家を購読することにした。『日経サイエンス』より安い点も魅力であった。

紙で読み回したいのもあり、印刷+電子版を注文した。最初の号が届くまで、注文から4-6週間かかると記載がある。待っていたが、6週間しても届かない。カスタマーサービスメールしたら、特に返事はなかったが1週間くらいして送られてきた。配送経路自体問題はないようなので、次からは通常通りに届くだろうと期待していた。

3月あたりは忙しかったのもあり、Scientific Americanことな失念していた。この頃から今に至るまで9か月間全く届いていない。一度忘れしまうと恐ろしいもので、このあい書類整理をしたとき初号を発見するまで不着に気づきもしなかった。またメールを送ってみたので、まとめて届くのかもしれない。

定期購読は定期的に届くことに意味があるはずなのに、メールするまで雑誌を送らないとは客を侮った運営会社である。返金を求めたいところだが、印刷+電子版と電子版(4年前まで)の価格差ほとんどないことを考えると難しそうだ。契約自動更新されるようだが、これ以上購読を続けることはないだろう。

2018-11-30

新卒で入った会社をやめて転職しました

タイトルの通り。自分のための覚書みたいなところもあるので長文。

退職までの経緯】

業務内容は自分に合っていて楽しかった。

サービス業なので土日祝は出勤。曜日固定平日休みシフトだったが自分にとっては趣味継続する上でメリットが多かったので良かった。しかしその曜日休も時が経つに連れて取得が困難になり、振休も取れなくなっていった(本当は振休って取得予定日が決まってなきゃいけないらしいね。その分の代休手当はついてなかった)。

売上低下に伴い本社から人件費削減を強く言われ、社員で回すところをアルバイトで賄ったり、3人で行う業務を1人で行ったりといった手段を取らざるを得なくなった。お客様対応で売り場に出ている時間は勤務時間カウントされたが、売上管理棚卸しアルバイトシフト組みなどは業務ではなく趣味でやっているものなので給料は出さないというスタンスだった。当然「事務仕事は無給」なんて社内規定にも載っていないからそんなスタンス無視してタイムカードにつけて残業申請していたら、ある時から上長に怒られて残業申請が通らなくなった。上長いわく「あなただけに例外適用するようなズルい真似をすることは出来ない。」らしい。確かに他チームの部長と飲みに行ってもいかサービス残業をしているかの自慢大会になりがちだった。

経費削減は大事だけれど、従業員を大切に出来ずに良い商品サービス提供できるだろうか?人件費をより割くことで提供できるものの質が上がって売上が人件費より上回る、ってことは考えられないんだろうか?

そう考えながらも提案する余裕もなく業務多忙休日サービス出勤していたら本格的に体調を崩した。このタイミング退職を決意。

一般社員はおろか部長クラスもどんどん辞めていっていた流れでの辞職だった。会社としてもこれ以上の人材流出は避けたいだろうし、引き止められるだろうな…と覚悟していたが、割とあっさり話は通った。表面上の理由体調不良オンリーなのでアルバイトや部下社員にもすごく心配された。君らも早く逃げなよ、と言いかけて飲み込んだ。

転職活動に本腰を入れるまで】

体調不良退職した(本当はそれだけが理由ではないが!)ので、ニートになってからはしばらく自分のやりたいことをやろう。そう思っていた。

いざ何もしなくていいとなると不安が襲ってきてどうしようもなかった。自分がこうしてPrimeVideoをゴロゴロ観ている時間にも同級生・元同僚はバリバリ働いていて、自分は逃げ出した情けない人間で…などと考えてしまっていたから。

在職中はろくに睡眠もとれていなかったので、まずは規則正しい生活を心がけるようにしつつ、上記不安抹殺するために資格をとることにした。もともと学校勉強は好きだったので、そうして資格のための勉強をすることで自尊心を保っていた。2ヶ月の勉強の末その資格には合格した。実務に役立つものではないが話のネタになったし、この時勉強してなかったら心折れてたかもしれん。

転職活動開始】

心身ともに落ち着いたあたりで転職活動に本腰を入れた。

はいっても自分自身たいしたスキルはないし、前職が少し変わった仕事だったため同業界で攻めることがしづらかった。ハロワエージェントなどを頼りながら何をすべきか模索し、「未経験者歓迎」の求人を片っ端から受けてみることにした。不動産営業、総務、商品企画英会話教室運営保険屋、Webデザイナー学校法人、博物館解説員、デバッガー、印刷オペレータ映像制作会社写真屋学習教材コンテンツ作成塾講師ECサイトカメラマン…これでも一部。もちろん全部が全部面接に行けたわけではないが、面接に行けたところは求人を眺めているだけでは知ることが出来ない雰囲気が分かったので面白かった。もちろん不採用の連絡には毎回心を痛めたが。

そんな中、大手求人サイト経由で見つけた印刷業界会社を受けた時に考えを改めさせられた。

求人内容は「未経験者歓迎、広告印刷業、素材データ管理仕事業界では稀な残業少なめな会社です!」といったところ。

書類通ったらラッキー、くらいの気分で応募したので面接アポの連絡は嬉しかった。

指定された場所に向かうと、採用担当の方が案内してくれた。応接室に着くや否や2枚の書類に記入をお願いしたいとのことだった。1枚は個人情報についての同意書。昨今こういうのうるさいから扱い大変なんだろうな。これは他社でもよくある。2枚目、質問シート。質問項目「過去賃金で揉めたことはあるか」「既往歴はあるか」「家族職業は」「裁判を起こしたり起こされたりしたことはあるか」「下痢アトピー頭痛等あるか」「暴力事件を起こしたことはあるか」「パワハラセクハラで揉めたことはあるか」などなど。答えたくない質問もあったが就職に不利になっては困ると思いすべて記入した。

記入漏れがないのを確認されたら他の面接官も入室してきた。聞かれた質問無難なことばかりでスムーズだった。最後に応募者から質問はあるか、とのことで「残業少なめ、とは具体的にどんなもんか」を聞いた。面接官が笑いながら「広告業だよ?がっつり残業あるよ?その日中に帰れなかったらソファとかあるからそこで寝られるよ。あれ信じちゃった?wwww」と回答。うそでしょ。もう一つ掲載内容について質問したがそれも他部署の話で今回採用する人には適用されないとのことだった。

内定もらったが即断った。ハロワにもチクったけど「掲載内容に虚偽があっても法は犯してないから動けない」と虚しい回答を得るのみだった。

そこから掲載内容を鵜呑みにすることな活動を続けた。何社かから内定を頂いたが面接時の違和感などから辞退。

なんとか45社目の応募で採用が決まり転職活動に終止符を打った。

【一連の活動を終えて思うこと】

求人サイトの質は必ずしも高くない

上にも書いたように事実と異なる条件での求人が載っていたり、人材派遣会社求人ばかりヒットしたりする。使うな信じるなという話ではなく、情報源を一箇所に絞るのは危険だということ。所詮求人サイトからみれば自分商品であり客なのである中途採用に限らずだが、商品として良いように使われちゃってるという意識をどこかで持っておいてもよいのかも。管理は大変になるが複数求人サイト登録し、別のホームページパンフレットなどから情報収集すべきだと思った。

・似たような会社でも違いはある

事業内容や規模が似通っている会社でも実際面接に行ってみると雰囲気真逆だったりする。そこも踏まえて最後自分の目で確かめるべき。普通に生活していたら会えない人たちと話して会社見学できるという意味転職活動中は貴重なタイミングだった。

面接官が馴れ馴れしすぎると不快

これは好みの問題もあると思うけど、若い面接官が終始タメ口不快だった。

・固定残業代について

固定残業代30H以上になってくるとヤバイとか言うけど、これは正直よくわからん。きっちり勤怠の管理が出来ている会社なら何ら問題ない(むしろ無駄残業が減るので推奨されるべき)と思うのだが「30H分払って定額働かせ放題」だと勘違いしている経営者の元だったらヤバイ。その判断は入ってみないとわからいかな。正しい理解が広まりますように…。

・離職後三ヶ月以内に転職しろというけれど

採用からしてみれば三ヶ月で賞味期限きれるぞ」なんてエージェントに脅されたし求人サイトにもそう書いてあるけど、これには懐疑的だ。たしかに3ヶ月も転職活動して決まらない人は難ありなのではと警戒して応募群から除外する気持ちわからんでもない。実際受けていて思ったのは、確かに面接で突っ込まれるけれど「仕事しかったので辞めた後ゆっくりしてましたー」で全然余裕だった。そこで嘘の理由言ってもメリットないし、本当の理由言って弾かれるくらいなら考え方の違いからどのみち長く働けないだろうし。

転職ガチャ

誰かがそう言っていたけれど、その通りだと思う。選考段階で聞けることはなるべく聞いたほうがいいが、そうは言っても落とされたくない気持ちだったり雰囲気的に言いづらかったりで聞けないこともある。質問できたとしても入ってみてから気づくことだってきっとたくさんある。転職ガチャだ。自分努力でどうにかなることもあるが上司や同僚など運ゲー要素もある。だからもし入社後とんでもなくガチャの引きが悪いことに気付いたら、もう一回くらい回してみるのも悪くないと思っている。ほら、これから採用難で人手不足時代って言うし。ちゃん転職の経緯さえ話せればきっと理解される、と思っている。

2018-11-28

anond:20181128115345

あなたも知らず知らずのうちに年賀状写真印刷されてばらまかれてるかもしれない…

中学3年まで特別支援学級だった自閉症児の息子が大学合格した

 参考になるか知らないが、適当に綴ることにする。

 語尾がバラバラなのは許せ。(気が向いたら編集するが)

まずは生い立ちから

 3歳になっても言語を全く話せず、クレーン動作を始めとした典型的自閉症状を示していたため、児童センターを介して専門機関受診したところ、聴力も問題なく知的障害自閉症)との確定診断。

 そのまま知的障害者の扱い(療育手帳交付)。

 応募した私立保育園には全て断られたものの、自宅から少し離れた市立保育園へ無事入園

 「知的障害児」ということで、ほぼ専任のような保育士さんを増員していただき、時々奇声を上げて脱出を企むながらも、最後まで追い出されることなく何とか卒園

 保育園の間は、ずっと会話は不成立。

まずテレビを捨てました。

 3歳でビデオデッキ操作(VHSカセットの交換・スロー再生・逆再生等々)をマスターしていたものの、毎日テレビの前でビデオ操作しながら、全く同じシーンを延々繰り返しながら奇声を上げて踊ってる有様。

 確か「お母さんと一緒」のビデオだったと思いますが、キメのポーズのところで一緒にキメて、そりゃ見てて可愛いわけですが、親からの会話は理解できていない。

 テレビに映った、いわゆる芸人さんの笑いを(意味も分かってないくせに)オウム返しし始めたあたりで、これはヤバいと感じ、(当人は知らない)裏のコンセントをコッソリ抜いて「テレビさん壊れちゃったみたい」ってやってやりました。

 しばらくは寂しそうにしていたのですが、何ヶ月かしたら、直ったか試すこともしなくなったので、未練がなくなったのだろうとテレビごと廃棄。

 たしか4歳か5歳の頃だったと思いますが、この時から自宅からテレビがなくなりラジオだけの生活になりました。寝る時に子守歌かわりの童謡CDを流す習慣にしていたのですが、高校1年くらいまでは寝る時に自分操作して鳴らしてましたね。(ずっと川の字です)

 テレビがなくなると空いた時間を埋めるべく、絵本をめくったり、オモチャを手にしたり、パソコンに興味を示したりするようになりました。テレビは捨てて正解だったと今でも確信しています。(モニターDVDは視聴可)

小学校先生に恵まれました

 発語はあるが会話は成立しないのですから小学校は当然にしてストレート特別支援学級です。

 集団登校には親の同伴を求められたので、6年間ずっと同伴通学でした。(とは言え、後半は列の後方から見守る程度ですが)

 「環境の変化」と「予想しない事態」に極度のストレスを感じるのが自閉症児の特徴なのですが、特別支援学級の1年生~5年生まで、担当教諭の異動がなかったことが幸運安心すると精神状態が落ち着くんですね。

 特別支援学級教諭って、ナニかワケありで左遷ポストみたいな雰囲気があると思うんですが、1年生~5年生まで担当して下さった教諭は全く違ってました。

 言葉で書き尽くせないのですが、自閉症児では健常児以上に苦手なところが多いのですが、無理矢理に克服させようと正面突破させるのでなく、苦手なところを避けて歩く方法みたいなことを息子に伝授してくれたように感じます

 予期しないことが起きるとパニックに陥って奇行が始まるのですが、先に予定が分かっていて、その予定どおりに進行すればパニックは起きにくく、そういう特性最初から見抜いて下さって、本当に上手に導いて下さいました。

 伊藤先生、今でも感謝しきりです。(年賀状は欠かさず(息子に)出させてます

ほぼ毎週のように外出しました

 息子にはとにかく外界からの刺激が必要だと思って、ほぼ毎週、公園だの何だの、とにかく外へ連れ出しました。200キロ距離にある実家へは毎月通ったり、とにかく土日2日とも家に籠もっていたことは年に数えるほどだろ、という位に連れ出しました。

 電車が好きだったので、環状線一周(全ての駅で降りて看板写真を撮る)みたいな、そんなオタッキーなこと喜ぶ児童がいるのか?みたいなことやってました。時効から打ち明けますが、1区分切符でずいぶんと遠回りさせて頂いたこともあります

 地名や駅名とかはすぐに覚えましたね。

 実家へは(下道で行くと)幾つものトンネルをくぐるのですが「このトンネル最後」みたいなこと言ったり、いついつにこういうことがあった、みたいな何年も前のことを年月日まで揃えて呟いたり、とにかく記憶力だけは半端ない

 ちなみに息子と年子の妹(健常児)がいるのですが、彼女存在も大きかったように思います。友だちのいない息子にとって、唯一の同年代の子どもが妹だったのですから

 特に小さい頃の妹は兄の障害のことが分からないので、時々は手を繋いだり引っ張ったり(兄のほうは照れて逃げ回ったり)、それはそれは友だちのように接してくれたのですから

JRウォーキング企画に連れ出しました

 家族での外出のほか、JR沿線企画するウォーキングに猛烈に参加しました。

 参加するとスタンプが貰えるのですが、有効期限内にフルコンプリートして最上位の景品を貰えるくらい、1級障害者じゃないので運賃は安くならず、相当お金はかかりましたが。

 他の子達と同様、かならず電車最前列に張り付いて、運転手さんの呟き(点呼)をオウム返し。運転席に手が届くような、どこぞのローカル線に乗った時は、運転手さんが息子の点呼(出発シンコー)に合わせてマスコン操作してくれたりで、電車が大好きになったようです。

 あと英語ナレーションも覚えたみたいで、英語が流れないローカル線でも自分英語で This train ・・・ Bound for ××× Thank you! って大きな声で「通訳」すると、周囲の大人が褒めるもんだから、より調子に乗って・・・みたいな。

 10キロとかの健脚向けコースに参加しているときなんかは、おばちゃん達が「小さいのに偉いねぇ~」って飴ちゃんくれたりするものの、会話が成立しない(がんばって1往復)うえに当人は飴なるものを口に入れたがらず。

 食へのこだわりが強烈で、少しでも怪しいものは決して口に運びません。妥協なんてありえないのです。

パソコンに息子用のアカウントユーザー権限)を作って使わせました

 ヤフーキッズブラウザデフォルトにしたのと、使用時間制限(夜の9時だかを超えると使えなくなる)したくらいで、基本的にノンフィルターで使いたいように使わせました。

 パスワードはかけてなかった(息子も自分でかけようとしなかった)ので、時々何をしてるか監査してましたが、Youtube で馬鹿映像を見てるほかは名探偵コナンを追いかけてる風。あとドラえもんプリキュア(笑)

 年頃の男の子が興味を示すサイトへは立ち寄った形跡もなし。アニメ芸能関係Wikipedia更新もやってたみたい。

 基本的には「泳がせながら監査」という状態を続けましたが、ずっとパソコンで遊べるわけじゃありません。

 時々妹がやってきて「私もパソコンを使いたい」って言う話になれば、兄に勝ち目はないので、みすみすパソコンを奪われることに。

 まぁずっとパソコン漬けはよくないし、時々はパソコンを奪われたほうがいい(占有じゃなくて分け合う)と思うので、パソコンを追加することな喧嘩させる選択(妹相手喧嘩練習をしておけ、と)

5年生くらいか運動会で息子が見つけれなくなりました

 3年生か4年生くらいになると、少しずつ会話が成立し始めました。

 その奇行ゆえ、運動会では常に、どんな遠くからであっても、あれが自分の息子だ、って識別できていたのですが、5年生の運動会くらいからでしょうか、一生懸命に探さないと見つけれなくなりました。

修学旅行に息子だけで行けました

 小学校入学当初は「修学旅行へは親さんも同行してもらうことになりますから(同行できないなら修学旅行は無理です)」って言われていたのですが、伊藤先生の後任の女性教諭も「大丈夫でしょう」と。

 無事に一人で(同級生と)行ってきました。

 プラスチックの刀を土産に買って帰ってきましたが、どこが気に入ったのか今でも理解不能。

卒業式

 養護教諭フォローなしに壇上で卒業証書を受け取る息子を見て涙が出ました。

中学特別支援学級

 奇行も減って落ち着いてきたので、普通学級でも辛うじて何とかなるかも?って言われつつも、他の生徒さんに迷惑がかかるといけないと思い特別支援学級希望

 2人の学級で、これまでは異学年の混合授業だったのが、初めての同級生が出来ました。

 しか女の子! だけど家庭の事情引っ越し)で1年で転校して行ってしまいましたが、別れの日は私物を整理して親と一緒に帰る時間見送りに行ったようです。買って持たせた花束の中に、コッソリ前年の年賀状の余り(自宅の住所が印刷されている)を忍ばせておいたのは私なのですが、お礼状と共に今でも年賀状の往復だけ続いています

 その子もワケありなんだけど、息子とは特性が違う(不得意分野が違う)ので、嫁さんになってくれるといいんだけどなぁ~とは心の中の声。

同学年の女の子を好きになる

 気に入った女の子が出来たみたいなのですが、息子の挙動があまりキモかったらしく、当人から拒絶されたうえに親にも厳重注意

性的なことをやったわけじゃありません)

 当人は加減を知らないし、女の子のほうも自閉症児につきまとわれるのは嫌でしょう、分かります

混合授業を希望する

 中学校の特別支援学級担任は、父兄の間で評判の良くなかったらしい教諭が着任して翌年に異動とか、産休予定の教諭が数ヶ月だけ担当して交代とかアレな風でしたが、本人には良い意味で刺激になったよう。

 3年生になり進路が気になるころ、どこへ進学するかはともかく、特別支援学級という超少人数学級じゃなくて普通学級にも慣れておかないと選択肢がないと思い先生相談

 数学理科は進度が全く違うという理由NG が出たものの、それ以外は何とかなるだろうと(授業の妨げになるなら追い出す条件で) OK

 7割は同じ小学校から上がってきた生徒で一応は幼なじみ。1学年50人ちょっとギリギリ2クラス)という少人数な学校だったこともあり、先生の目が行き届きやすいという判断もあってのことだろう。

 JRウォーキング企画を始めとして外にばっか連れ出したおかげか、地名都市位置関係)に関しては健常児を超えていたと思う。

 理科小学校から全く履修していなかった(見込みなしと見捨てて他の教科に割り振られた)のだけど、履修してない教科があったのに卒業できてしまうとは。

偏差値40弱の普通高校合格する

 その下は定時制しかないというランクのところではあるものの、「荒れてない」という理由だけで選択した公立高校に無事に合格

 たまたま定員割れしていた年で、落ちた生徒はいなかったと思うのですが、翌年は定員超えしていたので1年ずれてたらヤバかったかも。

義務教育期間・無遅刻無欠席を達成

 9年間、無遅刻・無欠席ということで学校と市から表彰されました。

 ちなみに一つ下の妹のほうも同じく9年間無遅刻無欠席。

 4歳だか5歳の頃に妹のほうがキャンプに行きたいというので「キャンプ場は遠いよ」って言って大正池から徳沢まで歩かせたり、お山に行きたいと言われれば「山小屋売店であって泊まるとこじゃない」と諭してテント背負ってガチ登山に連れて行ったり、ロープウェイに乗ってみよう!って誘っておいて「入り口は上にあって登らないと乗せてくれない」って登らせて下りだけロープウェイとか、とにかく欺しまくりました。

 温泉に行きたいって言われて湯俣温泉に連れて行った(吊り橋の先の河原で掘って「これが温泉だ」って)のが最凶だったと自覚してます(小2+小1)

 よって、うちの子たちは本当に頑丈です。

高校普通学級で頑張る

 中学までの26~27人学級と違って、40人近い教室で、一人も知り合いのいない学校。つまり他の生徒も息子の特性を知らない。

 小学中学は通しの生徒が多いせいもあって、息子がワケありってのは全校生徒のみならず、その親にまで知れ渡っていて、わざわざ寄りついてくる奇特子どもはいなかったのだけど、高校では最初のうちは先入観なく普通に接してくれたみたい。

 同級生から寄りついて来られたことのあまりなかった息子は話しかけられただけで「友だちができたかも」って思い込んで家に帰ってニコニコ自慢してましたが、それが「ぼく友だちいない」に変わるのはそう遅くはありませんでしたけど。

 とはいえ、友だちが出来ないまま15歳まで過ごしてきてるので、全く気にならないようではあります

 年に数回、学校開放みたいな行事があって親も観に行っていい日には出かけたのだけど、偏差値が低い=ガラの悪い生徒が多い という先入観を見事に打ち破ってくれました。いやほんと、殺伐感の全くないノンビリした校風の良い高校で良かった。

 迷惑をかけるのだからせめてもの恩返しということで、学校保護者委員?(PTAに近いと思うが、もっとイージー)は進んでお受けし、時々校門にたって挨拶運動かに参加したわけだけど、先生命令に従って渋々挨拶してるような感じはなく、どの子自分言葉挨拶してくれて、挨拶運動に参加するのはとても楽しかった。

JRウォーキング企画に一人で参加するようになった

 高校になってから自我が芽生えたか、親と出かけるのを嫌がるようになり(本気で拒絶するほどでもないが)、親としても自立する方向に誘導しないといけないため、JRウォーキング企画に一人で参加することを許可

 前日までに行程(電車の乗り継ぎを含む)と予算を紙で提出すれば金は出すという条件で。

 コンビニの外ベンチにDSを置きっぱなしのまま買い物に行って、案の定その間に置引きされたときがあるんですが、ちゃん自分交番に行って遺失物届を出してきたり、普通じゃないながらも何とかなる次元には成長

大学見学会大学進学に目覚める

 学校行事か何かで、家から最も近い私大偏差値40~50クラスか?)の見学に行って、学食としてマクドナルドみたいなバーガー屋を含む何軒もあったりで感動したのか、コンビニなんてもの学内にあることに恐れ入ったのか、コナンに出てくる大学生のイメージと重なったのか、どういう訳でか知らないが大学なるものに興味を持った模様。ただし、最初に見に行ったそこだけが気に入ったみたいで、他の大学へは見学すら行かない。

最後文化祭の劇で一躍ヒーロー

 高校になると授業参観なるものが滅多にないのですが、高校3年の最後文化祭(平日)へは仕事を休んで観覧。

 劇で何の役をやるのか教えてくれなかったので、観に行くことも言わずに黙ってビデオ回しながら見てたのですが、ステージの袖からナレーター(司会だったらしく)として登場したところで目を疑う。

 名探偵コナンナレーション意識しているとハッキリと分かるのですが、恐らくは普段の息子と全く違うキャラだったこともあってか、会場の体育館は大爆笑の渦に。適度なアドリブ(意外性に沸く観客生徒に向かって「ありがとう!」って言ってみせたり)を交えたり、完全に自分世界に没入していたのだろう、とにかく凄かった。

 審査表彰式まではいなかったのだけど、息子のクラス最優秀賞を、息子は最優秀個人賞を、それぞれゲットした。

指定校推薦という優遇枠でありながらも大学合格しました

 進路指導先生からの「なりたい職業に応じて学科を絞って学校を選ぶべきだ」という助言を無視する形で、第一希望~第三希望まで全て前述の大学にある学科で、文系理系おかまいなく・・・という風に進路希望を出していたので三者懇談では「本当にいいのか?」って迫られたけど、「息子が大学に行きたいと思ったキッカケは、そこの大学出会たからです」なのだから仕方ない。

 いわゆる進学校ではないため、一般入試での合格絶望的だろう、と先生から言われ、最初最後のチャンスということで指定校推薦に応募

 そもそも、その下には定時制しかないような、こう言うと悪いんだけど学力的には良くない生徒の集まる学校だったのだけど、挨拶運動で感じたようにガラの悪い生徒はおらず、確かに当たりは少ないけど外れはいない、そんな学校ゆえにか「指定校推薦」という枠が設けられていたのは凄い幸運だった。(誰しも外れを引くことを恐れるわけで)

 第一希望学科(息子はパソコンが好きだったのでそういう系)は成績が足りないと言われ、第三希望くらいのパソコンとは無関係なところだったら・・・みたいなこと提案に乗って応募。ちょまどさんだって文系大学なのにプログラマやっててマイクロソフト行かれたんだから、その気があればどこの学科であってもパソコン仕事はできるのよ。

 劇のナレーターで最優秀個人賞をゲットした余韻もあってか、上手に面接をこなしてきたのと指定校推薦で落ちるのは難しいという条件が重なって、無事に合格の通知。

 

社会で自立できるか知らないが

 高校3年でやっと中学生?ってくらいの状態なので、大学卒業できるか知らないが、ちょうど卒業時点で高校生くらいの状態になるかもしれない。

 完治は無理、喋らなければバレない、くらいが限界なんだけど、健常児を遙かに超える得意な分野があるので、そこだけ見て、ダメなところは諦め。

 ただ普通の子に近づいたせいか、幼少期に感じた「ありえない記憶力」とかの特殊能力は徐々に衰え、ヒゲも生えだして、すぐに忘れる平凡なオッサンに近づいてることに寂しさも。

 仕事に就けるかどうかは分からないが、とにかく社会に出るまで大学生の身分に甘んじて時間稼ぎしてろよ、と

2018-11-27

anond:20181127100041

名前書いて印鑑押すだけの証明書発行手続きとかもっと簡単にして欲しい。

悪用する人が居るからってことなんだろうけど。

未だにマイナンバーカードあっても住民票コンビニ印刷できない自治体あるし。

2018-11-25

給与明細晒したい

晒してあーだこーだ言われたい。

けど、うち給与明細PDFで来るんだよな。

さすがにファイルをアップするのは無理。

じゃあ、印刷すれば?ってなるけどPDFから

印刷したら、いくらでも偽造できる感じのタダのドキュメントになってしまう。

色のついた特殊はがきっぽい給与明細にあこがれる。

2018-11-23

ちょっと早いが年賀状の季節がやってきた

PCを使えるのが家で自分だけなので、作業を一手に引き受けざるをえない。

まずは住所録をプリントアウトして追加・削除・変更を加える。実際のところこの作業PC上で行うので面倒ではない。

面倒なのは、住所録の更新を済ませて本番のはがき印刷に入ってからである

特に面倒なのはプリンタインク容量との戦いだ。

過去インク切れを起こしたことはないのだが、百数十枚のはがき印刷するのにインクタンクが間に合うかどうか、いつもヒヤヒヤである

そんなわけで、今年も住所録の更新をする季節がやってきたわけで……

 

増田年賀状どうしてる?

2018-11-22

anond:20181122205159

そんなにいっぱいお金印刷したらありがたみがなくなるじゃん

2018-11-20

新聞配達という働き方

朝4時に朝刊を配達っていうエクストリームサービスが色々と時代錯誤的な劣悪労働を生み出してる気がする。配達員、印刷所、編集者そして記者。色々な人の無理の上に成立しているが、それ意味…ある?6時でもいいよね…。4時なんか皆寝てるじゃん。

2018-11-19

画像印刷に関する新機能を追加することになったのだけど、楽勝楽勝とちゃちゃっと実装終わらせて、いざ印刷をしたら真っ白な紙しか出てこない...いや左上にごみみたいな黒ずんだ点がある。

最初は汚れかと無視したが何回印刷しても出てくるのでもしやとPDF出力、拡大してみれば豆粒大の罫線が...

ローバイナリ復元するところかそれをGraphicsに書き出すところかなーと半日費やしてガチャガチャするも埒があかない。

サイズ値をデバッガで途中で100倍に書き換えればぼやけてるけど反応するので、なんやろなーと何気なく隣のモジュールを見てみればDisableScaleというわけわからないプロパティが...

試しにtrueにしてみると綺麗に印刷できた。誰だよ、こんなクソ設定値入れたの。修正履歴をみれば、なんてことない三年前の自分だった。

サポート外だった旧システム対応するために急遽ぶち込んだスケール設定値がいつのまにかそっちのお客様が増えて

基本false運用するようになってめっちゃ経つ代物だった。今思い出した。恥ずかしいくら死にたい。超死にたい

そしてそれに気づいた今、やっぱりここを直す余裕も工数もあまり残されていない。どうするべ、お家帰りたい。

2018-11-18

レベルの低い大学に入ってしまったと思ったら

大学受け身で授業を受けるところではなく、自分勉強していくところだ。

実は大学の授業のレベルはどこも低い。

嘘だと思うなら好きな大学に潜り込んで授業を聞いてみるとよい。「こんなものか」と思うだろう。

もし東大に優秀な学生がいるとしたら、彼が優秀なのは東大の授業を受けたから」ではなく彼自身自力勉強たからだ。

あなたのいる大学東大だろうが偏差値の低い大学だろうが学問を学ぶためにやるべきことはあまりかわらない。

その分野の名著、定番書と呼ばれるものをどんどん読んでいこう。

ただ読むのではなく数年後に自分研究者側になることを意識して考えながら読もう。

この記述は正しいのか?反例はないのか?全体の論理の流れはどうなっているのか?もっとエレガントに証明できないか

思考法やテクニックセンスと呼ばれるものを磨いていこう。

東大生に比べて偏差値の低い大学学生が不利なのはおそらく共に学ぶ人がいないことだ。

議論する相手輪講をする相手が見つからないなら教授陣に相談に行こう。

どんな偏差値大学だろうが教官はまともな研究者だ。彼らはあなたの強い味方になる。

学ぶうちに自分研究したい分野が見つかるだろう。

そうしたらその研究室の教授メールを出してみよう。東大だろうがハーバードだろうが臆することはない。

研究生にしてください」「学科転向したいのですが相談に乗ってください」「あなた研究室に入るにはどうしたら良いですか?」

といったメールを彼らは国内外からよく受け取っているので対処に慣れている。

仮に返事がないならおそらくあなたメール迷惑メールフォルダに入ってしまったのだと思う。めげずに別の人にも送ってみよう。

フリーメールアドレス迷惑フォルダに入りやすいので大学メールアドレス xxx.ac.jp から送った方がよいと思う)

実は大学受験に比べて大学入試簡単だ。

あなた知識理解度研究レベルに達していればどの大学でも入ることができる。

(ただし分野による。例えば物理学科なら素粒子理論宇宙論は別格。どの大学でも入るのは厳しい。)




anond:20130818033214

増田は悪くない。運が悪かった。

そして娘さんの人生は終わっていないよ。

ここがスタート地点だ。

よかったら娘さんに印刷して渡してほしい。(anond以下を削ってね)

それから検索すると「XX研究室に入るにはどうしたら良いですか?」といった FAQや、勉強法、心構えをまとめたページがたくさん出てくると思う。

大学院進学を考えている皆さんへ

How to prepare for seminars

数学は体力だ! - 筑波大学 理工学群数学類/大学院数学専攻

すぐに思い出せたもの3つだけ載せておく。

とくに最後のページは数学科以外の人でも読むと勇気とやる気がもらえると思う。

2018-11-16

コンビニコピーと家庭用プリンター

コンビニコピー機進化してスマホに保存したデジタルデータ印刷ができるようになっている。家庭用のプリンターとどちらが得だろうか。結論を言えば印刷要する総コスト"機械代+(1枚あたりの印刷コスト*枚数)"がコンビニコピーを上回ればコンビニを利用した方が得になる。

2018-11-13

さすがに文章読めなさすぎじゃない?

ユダヤ人団体、BTSに謝罪要求 かぎ十字似の旗振る(https://www.asahi.com/articles/ASLCD4T4BLCDUHBI01C.html

現在の人気ブコメ、いったい記事のどこを読んだの? タイトルだけしか読んでないの?

それとも、彼らがブコメをつけたあとに記事の内容が書き換えられたの?

Ez-style 共同が書いてから大分時間が経ってるうえに、原爆の件に関して日本人謝罪しろと言ってる部分をあえて書いてないという、分かりやす記事ですね/追記:原文→ https://bit.ly/2FeOdMd

stand_up1973 こういう所は本当にダメだな、朝日新聞朝日カットした部分に、SWC普遍的団体だという矜持が込められてるんだよ。だからそこはメディア党派性で省略しちゃいけないの。

記事の冒頭で原爆について言及してるし、記事中の「非難する」「批判した」の対象原爆Tシャツじゃん。

原爆投下の画像印刷されたTシャツを着ていたことが批判され、日本音楽番組への出演が取りやめになった韓国男性音楽グループBTS(防弾少年団)について、ユダヤ人人権団体サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部・米ロサンゼルス)は11日、「非難する」との文章公表した。

原爆投下をあしらったTシャツを着たことは「過去をあざけるこのバンドによる最新の一例に過ぎない」と批判した。

『BTSが公式謝罪することを求めた。』の1文についてだけは、何について誰に謝罪するのか、が明確ではないけれど、それは記事文脈上明らかでは?

この記事普通に読んだら、「SWC原爆TシャツについてBTS批判し、謝罪を求めた」と読めるでしょ。

朝日新聞が嫌いにしても、流石にバイアスかかり過ぎじゃない?

2018-11-12

anond:20181112004256

出す側としては、別に返事があるかどうかは関係ないんさ。

この人は返事が無いから今年は出すのはやめようかなーとか考える心が浅ましく思えてしまうので、

余計なことは考えず無心になって宛名印刷するのだ。

2018-11-09

手書きだと字が汚いかPCプリンタをよこせ!と従業員が言う。

それを買う金でお前が何日雇えると思ってるんだと部長が言う。

から見ていると効率化のために必要か…と思わなくもないが、

用途メモ帳テキストを撃ち込んで印刷するだけと言っていたのを聞いた途端に宝の持ち腐れにしかならないと判断できた。

10分もかから作業だ、手で書け。

2018-11-08

anond:20181108231151

発行部数は、文藝春秋社『文藝春秋』(発行部数61万9000部)[注釈 1]、

中央公論新社中央公論』(発行部数4万1000部)[注釈 2]

の2誌と比較して「かなり少ない[4]」と推定されるが、不明印刷証明付き発行部数を公開していないため)[4]。

かに大きくもないし、そんな大層なものでもなさそうだな。

中小企業でよくありそうな事例にキレる私は心がせまいのでしょうか

些細なことでイライラしてしまったので聞いてほしい。

たぶん、中小企業じゃよくあることなんじゃないかと思う。

物を買う時、かつては複写伝票に書いて購買の窓口に出していた。

各部署が控えと突き合わせて、検品、納品書にサイン、そんな昭和なやり方をやっていた。

それが、平成も終わるいま、生産管理部という部署が立ち上がり、なんとIT化。

規定エクセルフォームに記入する。

なんということでしょう!!!

売りは、資材コード(自社で付番)を入力すると物品名が自動入力される!これが噂のvlookupっていう魔法

資材の名前は知ってても、自社で付番してる資材コードなんか知らんのだが。

で、その資材コードってのはどこに?

「マスタのシートを開いて、ホームのタブから検索と置換っていうのをクリックしますと」

「マスタにない物品は、資材コードを空欄で、vlookupの式が入ってるところを消して手打ちで入れてください」

このへんで反論する気も起きなくなった。

しぶしぶ探す。

そもそも、マスタにないことを確認するのが一苦労。

マスタは同じ品目名ごまんと並んでいる。

例えば、ボールペンを探そうと思ったら、品目が「ボールペン」となってるものや「ボールペン0.5mm」となってるものや、「ボールペン(三菱品番○○)」となってるものや、「ジェットストリーム黒」となってるものやら。

規格であったり入数であったりメーカー名であったり、全ての列を見ないとその資材コードがなにを意味しているのかよくわからない。

全ての列を見てもよくわからない。

結局は品名か規格かの中に隠れている、販売元のカタログコードが拾いそれでググって目的のものかどうか確認するという作業必要になる。

ちなみに、例え全く同じ物品でも購入先が違うと別の資材Noが振られているし(しかも、連番ではない)、備考の列に使用不可と入力されている資材がある。

キーとして動くダブらないのは資材コードだけのようだ。

やりたいことはわかる。

会計がうるさい昨今、この資材は〇〇費、これは〇〇費っていう仕分けをしっかりやるためには、コード管理しないとなんないし、リスクヘッジのために複数の購買元を用意したい気持ちもわかる。

そんなこんなで、マスタから探すのは諦め、ネットでググりコピペしてフォームに貼り付けようとすると、エクセル方眼紙とセルの結合で作ったフォームは結合が解けてしまう。

言い忘れたが、印刷して印鑑を押して上長の印を押して社内便。

生産管理部では、おそらく手打ちでまたExcel入力しているのであろうと思われる。

あっちが無駄な苦労をしてるのはどうでもいいが、この検索が面倒くさいのは本当に困る。流石にどうなんだ?と思っていた矢先、改良したという報告が。

で、その改良というのが、控えに同じ内容が印刷するようにフォーム改善したとのこと。

「資材コード入力すれば控えにも同じことが自動的に入力され」

しるかボケ

しかも、「必ずカラー印刷するように」とのこと。

流石にもう我慢できなくなり、資材コードから物品名の入力ではなく、大分類を選び、中分類を選び、小分類のなかから選ぶというドロップダウン式で品名や規格を入れると資材コード入力されるように、ブラウザを起動してその物品をググるようにマクロを組んでみた。

分類からだけじゃなく、品名検索も、あいまい検索もできるように。

クラウドサービス暗号する都合でアクセルが使えないので、全てExcelで。

と、ここまでが昨日の話。

で、今日になったら実行時エラーで壊れやがって。

泣きたいところ、IT管理する部からメールが来て、マクロは使うなと警告。

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