はてなキーワード: 輪講とは
会場 | 開演 | ゲスト | Lコード | |
1部 | 13:30 | 14 | 三石、あかほり、菊池志保 | 34410 |
2部 | 16:30 | 19 | 金月、松本 | 34411 |
URLは、あとで調べよう
そしてよせばいいのに「下級生」をはじめる。でもさすがに10時ぐらいに完璧にダウン。昼の2時くらいまで寝る。Nさんのtelで目をさます。
メシを食いに行き、次は「下級生」をNさんがする。
これが終ったとき、2時半。そこから真歩子ちゃんを落としにかかる。もうデートはOKなのでデートを3回ぐらいした頃に、キスまでOK、5回目にやっとホテルへGO!
7/14ぐらいだったかな。その後3回くらいホテルへ行く。鬼畜になって「落とした女は用済みだ!」とかしようと思ったけど、真歩子ちゃんすげーかわいいからもーラブラブですぅ~。
はじめまして.UEC18のExit(@ExitBowie)です.普段はゆ虐を嗜む鬼威惨としてTwitterにおります.
この記事はUEC Advent Calendar 2021の16日目の記事です.昨日の記事はしらたきさんによる「pwndbgについて」でした .
無限にprintデバッグばかりやってる自分から見ると雲の上の記事でした.
さて,開始1行でAnonymous Diaryの特徴をふいにしてしまいました.アドベントカレンダーの参加は初めてですが,その初めてを増田に捧げることにしました.
他のAdvent参加者のドメインを見るとnoteやはてなブログ,独自ドメインのサイトなど個性がでていいですね.
ありそうな質問
Q. なんで増田なの?
と,思ってたんですが...サーベイの結果,先行研究が見つかってしまいました...
Q. なんで遅れたの?
A. 増田の下書きがサーバーに保存されているものと思って,自宅PCで下書き書いたままラボ泊してました...
(ガチの「やったけど持ってくるの忘れた」です)
Q. ゆゆっ!
A. ビキィ!!
本稿では,卒業さえできれば教員免許取得が確実となった私(ExitBowie)が教員免許を取るために追加で必要となった出費について調査した.
筆者の先行研究(【電通大新入生へ】教職はいいぞ - 未ざらし紀行)では,教職課程の履修に追加料金が必要ないとしているが,実際に免許を取る際には細々とした出費も多くある.
そこで,それらの合計を計算し,免許のための出費を明らかにした.
出費を頑張って思い出した.思い出せなかった分はTwitterやGooglePhotoの記録やAmazon,メルカリ,ヤフオクの購入履歴を確認した.
本稿における出費の対象は教員免許取得を目指したしたことによる追加の支出とする.したがって教育と憲法やコンネトのような,教員免許取得には必須だが卒業所要単位に含まれる科目の教科書への出費は対象外とする.
内容 | 出費 | 備考 |
---|---|---|
図書 | ||
スタンダード教育心理学 | \496 | 中古.教育心理学の教科書.aoym先生の教育心理学はマジで面白いので免許取る気ない人にもおすすめ. |
教育の制度と歴史 | \200 | 酉(@FIREd146)と町田のブックオフ行ったときに見つけた教育原理Aの教科書 |
社会を結びなおす | \562 | 新品.一部ではシャカムスと呼ばれる教育制度論Bの参考図書.「わかっていたはずのことがわからなくなる楽しさを経験できる」 |
自ら学び考える教職教養 | \780 | ブックオフで買った教育課程編成論Aの教科書.この本の内容を輪講プレゼンテーションした. |
情報科教育法 改訂3版 | \900 | ヤフオクで買った情報化教育法Ⅰの教科書.筆者はなんと,久野靖(@ykuno) |
実践マルチメディア | \333 | マルチメディア処理の教科書.明らかにメルカリの外れ値価格で買えた(けど使わなかった) |
数学Ⅱ Advanced | \300 | 教育実習先の教科書.メルカリで買った. |
図書小計 | \3571 | |
その他費用 | ||
介護等体験費用 | \11098 | 特別支援学校へ2日,福祉施設(だいたい高齢者施設)へ5日間赴きます.そのための費用と体験ノート(強制購入)を合わせた価格だったはず. |
教育実習費 | \12000 | 実習校への上納金.学校によって価格差あると思う.本当は2万だったけど,電通大が上限8000円を払ってくれるので差額の12000のみ支払った. |
免許発行手数料 | \9900 | 免許1件あたり3300円必要.私の場合,中学数学・高校数学・高校情報の三種のチーズ免許特盛に温玉付きだったので9900円. |
その他費用小計 | \32998 | |
合計 | \36569 |
以上.
教科書は中古でそろえたので安かったですが,事務手数料などはバカにならないですね.免許はいらないけど教職科目は履修したいという人は安上がりで済むと思います.
ただ,教科書を新品でそろえても5万程度で中高数学と高校情報の教員免許が取れるのは魅力的と言えるのではないでしょうか.
特に,教員免許更新制度が終了確定演出きているのでアツいと思います.とりあえず取っておきましょう.
教職課程履修のメリットについては(ここ)にまとめています.1,2年生の方は今から始めても間に合うと思うのでいかかでしょうか?
あと本当はもっと画像URLモリモリだったんですけど,スパム判定になるらしく泣く泣く消しています...
明日はおか(@oka_0429)くんの記事「iPadだけで大学生活を乗り切る。」です.彼はFF外ですが,ときどきツイートが流れてくるのを拝見しています..
教育実習校でiPadの貸し出しがありましたが,なかなか便利でしたね.私的には価格から考えると買いたいとは思えませんでした...
正直後悔が多い。
あまり言いたくないが、選んだ研究室は良くなかった。テーマも良くなかった。研究室とテーマはちゃんと論文出してるとこ選ぶべきだ。KAKEN調べろ。
先生は優秀ではあるが大学の雑務につぶされている上、放任主義で指導もあまりうまくなかった。研究室のドクターは研究をしないドクターだった。
そんなだから研究の仕方がわからないまま2年間を終えようとしている。
もちろん自分が優秀な人間だったらよかったのだ。先生、先輩には申し訳ない。自分は口だけで中身がない人間だった。
自分でdriveできるような人間であればよかった。誰も悪くない、結局は自分が悪いのだ。
あと研究は思っていたより自由なものだった。思いついたことは好き勝手やっていい。
それに気づいたのは2年の後半だったから遅かった。ただそれまで研究のお作法も教わってなかったからしょうがない。
読んだ論文も2年間で5本くらいだったと思う。輪講してる研究室は真面目なとこだ。
学会も1度も出ていない。正確には成果がないので出させてもらってない。悲しい。
自分の後輩指導も自分に知識がないから適当になってしまった。研究室を出ていくまでに資料をまとめて渡したい。
研究室同期も言われたことしかやらない、自分では考えない奴で話しててなにも面白くなかった。彼が今後どんな人生を送るのか楽しみである。
楽といえば楽な院生生活だったが意味はなかった。ただ20台前半の2年間を過ごし、修士を手に入れただけである。中身がない。
この2年間で自信をなくしてしまった。自分は無能な人間なのではないかと考えてしまう。無気力症候群のようなもの。
春からちゃんと働けるのだろうか。自分の人生を生きていないような感じがするので、自分の人生を取り戻したい。
この先この研究室に幸があらんことを願う。
大学は受け身で授業を受けるところではなく、自分で勉強していくところだ。
嘘だと思うなら好きな大学に潜り込んで授業を聞いてみるとよい。「こんなものか」と思うだろう。
もし東大に優秀な学生がいるとしたら、彼が優秀なのは「東大の授業を受けたから」ではなく彼自身が自力で勉強したからだ。
あなたのいる大学が東大だろうが偏差値の低い大学だろうが学問を学ぶためにやるべきことはあまりかわらない。
その分野の名著、定番書と呼ばれるものをどんどん読んでいこう。
ただ読むのではなく数年後に自分が研究者側になることを意識して考えながら読もう。
この記述は正しいのか?反例はないのか?全体の論理の流れはどうなっているのか?もっとエレガントに証明できないか?
東大生に比べて偏差値の低い大学の学生が不利なのはおそらく共に学ぶ人がいないことだ。
議論する相手や輪講をする相手が見つからないなら教授陣に相談に行こう。
どんな偏差値の大学だろうが教官はまともな研究者だ。彼らはあなたの強い味方になる。
そうしたらその研究室の教授にメールを出してみよう。東大だろうがハーバードだろうが臆することはない。
「研究生にしてください」「学科を転向したいのですが相談に乗ってください」「あなたの研究室に入るにはどうしたら良いですか?」
といったメールを彼らは国内外からよく受け取っているので対処に慣れている。
仮に返事がないならおそらくあなたのメールは迷惑メールフォルダに入ってしまったのだと思う。めげずに別の人にも送ってみよう。
(フリーメールアドレスは迷惑フォルダに入りやすいので大学のメールアドレス xxx.ac.jp から送った方がよいと思う)
あなたの知識と理解度が研究レベルに達していればどの大学でも入ることができる。
(ただし分野による。例えば物理学科なら素粒子理論と宇宙論は別格。どの大学でも入るのは厳しい。)
増田は悪くない。運が悪かった。
そして娘さんの人生は終わっていないよ。
ここがスタート地点だ。
よかったら娘さんに印刷して渡してほしい。(anond以下を削ってね)
それから検索すると「XX研究室に入るにはどうしたら良いですか?」といった FAQや、勉強法、心構えをまとめたページがたくさん出てくると思う。
数学は体力だ! - 筑波大学 理工学群数学類/大学院数学専攻
すぐに思い出せたもの3つだけ載せておく。
大学での交友関係は高校でのそれとはちょっと違うかもしれません。
大学でのそれは「ライバル」とか「仲間」と呼ばれるものです。卒業後は「人脈」と呼ばれます。
大学において「人気者」になりたいのなら、あなたの才能を磨くのが最も近道です。
優秀な人は、より優秀な人を求めるからです。
シラバスを手に入れましたか?まずはそこに載っている教科書、参考書を読みましょう。
授業後に読み始めるのではちょっと遅いです。
大学は積極的に勉強する人が集まるところです。受け身になっていると置いて行かれます。
自主ゼミを開くのに特に決まった方法はありませんが、右も左も分からない新入生ならこんな感じでいかがでしょう?
他学科の授業を勝手に聴講しても、研究室のゼミや研究会に突撃しても怒られません(メールで事前連絡は必要ですが)
ところで、サークル加入を薦めるブクマコメントがありますが私は賛同しません。
「サークル内でトラブルがあった。顔を合わせたくないので大学に行けない」
「サークルの先輩が勉強しなくても大丈夫と言った。過去問をくれるから云々」
サークルに限りませんが、風通しの悪い狭い場所ではいじめ等が起こりやすいようです。
またある種のサークルには何年も留年している沼の主みたいな人がいて、しばしば他の人を引きずり落とすことがあるようです。
参考になりましたら幸いです。
外の先生は何も言わない。
中の先生も何も言わない。
教官も優しい。
中の先生の批判が無かったら、人生詰んじゃう学生が大量生産されると思うから、
公衆の面前で、仮に"ケチをつけただけ"なら、ちょっと理解はできない。
人の目が全く気にならない人なのか、いやな奴、ケチをつけるような奴と思われたい人なのか?
私のいた大学でも、論文発表なりゼミの輪講なりでも基本的に叩かれてたし、教官の務めの一つかと思うけど。
逆に学生程度が、発表で褒められたら気持ち悪くてしょうがないし、そいつはむしろ見捨てられてるんだと思うわ。
(もちろん、やさしい先生もいたけどね。)
あくまで私の考えではね。
"指導教官"に嫌われて卒業一年延びた知り合いがいたけど、あれはアカハラだったんだろうと思う。
中身の詳細までは知らないから、はっきりとは言えないけど。
アカハラ、パワハラはいかんよ。というか、そういうのは反吐が出るほど大嫌い。
ただ、いかんだ嫌いだ言ったところで、何にもならない。
というか、悪いけど、これがアカハラかと大いに疑問。
落雁?
基本情報・応用情報・TOEIC800点・品質管理検定・数学検定・電検3種
多分まだまだある。
でも、ぜんっぜん研究できないし、しないんだよな。
就活にも場合によっては有利になるだろうし、受験すること、勉強することに関しては一切文句は無い。
ただね。
研究室に来てまでTOEICの本熱心に読んでたり、何かの資格試験の過去問を一生懸命取り組むのは間違ってると思うんだよ。
研究室のその席は、何のために与えられてるんだよ。
正直言って、後輩にも微妙に悪影響だ。
研究しない理由を、資格試験の勉強があるからと言われたらたまったもんじゃない。
それでも、昼にチョコっとやってたり、夜に自分のタスクが終わった後にやってるんならいい。
しかし、何故ゼミの時間や輪講中にそういう自己中心的な内職をするのか。
勉強ができる子って、勉強したらリターンが必ず返って来る資格試験って好きなのかな?
ただなぁ。
参考書に書いてあることを覚えるだけだし。
というアピールをした際は、その資格は自分の何のアピールなのかを聞かれるんだよなぁ。
ただスキルアップのために受験しただけだと、そういう突っ込みに答えられなくなっちゃうよ。
その資格を引っ提げて、鳴り物入りで社会に飛び込んで下さいという他ないか。
どうせハイハイ言うだけで結局人の話聞いてないんだし。
http://anond.hatelabo.jp/20160123131828
やれ技術が古い、テストをしないだのと叩かれまくっているけど、SIerって言っても色々だと言いたい。
俺が勤めている会社は、100人に満たない小さな会社だけど、ちょっとしたニッチな固有の技術を持っていて
それを売りにした製品を自社開発すると同時に、受託開発も引き受けている。
固有技術なので顧客には完全なブラックボックスということがあって、それが顧客との間で有利に働く。
当然論文も特許もあるけれど、それを理解できる客など殆ど居ないので商売としては相当な強気を通していて、
受託受注額も業界屈指だと思うけど、技術力の高さに関する評判の為に顧客も文句は言われないし、その結果として給料はいい。
平均年収は800万程度だったはず。残業はないわけではないけど、社員平均で月間40時間は切ってたはず。
同時に社内にも、うちは技術力を売りにしている、という自負があるので、現場の環境整備に関する要求も当然の様に行われる。
アジャイル開発が話題になれば、いち早くそれらを試す位の事はしてきたし、gitを始めとして話題になったものは積極的に使う事はいとわない。
JIRAなど有償のものなら、それを購入するのも躊躇いなく行う。
社内勉強会も活発で、いわゆる流行りの言語ついてとか、機械学習など流行っているものの専門書の輪講など様々に行っている。
例えば、論文を執筆して発表すれば、出した会議や学術誌のインパクトファクターなどで評価値が決まっていて、これは公開されている
エンジニアでも、コードのコミット行数、ビルドの失敗回数、バグを出した数、修正した数などが、ビルドサーバーで自動的に計測されており、
一方で、ここで下位扱いになっても、クビにはしない。ただ、相当期間の再学習期間を与えられ、様々にテストを課される事にはなる
まず、役職者には工学博士を持ってないとなれない。新入社員も当然ながら全員修士卒以上を要求しているが、学部卒も稀にとる
しかし、博士がないと出世は出来ないので、優秀であれば、どこかのタイミングで大学院に進学する事を求められる。
その間は、午前中のみ会議や、ちょっとした仕事をするために出社を要求されるけど、ほぼ一日を研究に割り当てる事を業務にする
テーマは殆どが自社製品に関するものなので、修了者全員が業界屈指の専門家として帰ってくる事も会社の強みにしているのもあり、
その間に給料が下がることはないし、海外留学する場合にも学費も何もかもが会社で負担してもらえる。
海外留学や海外との取引を行うために、英語学習も推奨されていて、某大手英会話学校の講師が会社にきてレッスンを行うなどするが
社員にはTOEFL80点を常に維持することが求めれられている。高額な受験費も会社もち。
一方で育休などの制度も充実していて、企業内保育所を作り保育士を1名雇っているので安心して出産を行えるなど、女性にも受けがいい。
ちなみに社内結婚も推奨されていて結婚時には50万円一律で支給されるとあって、何組かカップルがいる。
さらに、家賃の半分を会社が持つなど優秀な人材を一人も社外に出さない事に社長は余念がない。社内では人材コレクター呼ばわりされる所以だ
という具合に、SIといっても様々なので、ひとまとめにして貶されることに抵抗がある。
早慶や東工大落ち、そして学歴コンプという人が多い大学に僕は通っている。そんなことから僕の通う大学は院試予備校とよばれているほどだ。入学したての学生で「君はどこ大落ち?」「大学院は××大学に行く」なんて会話をよく耳にする。
そこにいて最近分かったこと。ここ(僕の通う大学)と、ここより1ランク上の大学の違いは単に学力の違いだけではないということ。僕は入学したての時、ただ学力が足りなかったからここに来たんだろうと思っていたけど、それは違っていたんだろうな。
というのも、僕の通っていた高校は進度がとても遅く、数学なんて受験に間に合わせる気はなかったんじゃないかと思うほどだった。僕は学校の言われた通りに予備校にも通わず学校の進度と一緒に勉強していた。たぶん、学校の進度よりも先に進めて自分で勉強する、というような精神を持っていたら僕は他の大学に行っていたかもしれない。一言ことわっておくが僕は学校の進度の遅さに対する文句を言いたいのではない。たとえ、学校の遅い進度に合わせて勉強して、それだけで理解し受験に対応できる力があればそれは僕の通う大学のレベルより上のところへ行けただろう。
”1ランク上の大学”では、修士で勉強する内容を学部生のうちから学生が輪講形式で勉強をはじめるということをきいた。まあ僕の大学ではそのようなことは行われていない。それはさっき書いた精神が(僕も含め)ないからだろう。分からないところがでてきて突破できる学力がないから、もしそのような輪講があっても、続かないのかもしれない。
僕は物理学を専攻しているが、高校の時は大学に入れば物理学が分かるようになると思っていた。しかし大学は物理学を勉強することができる環境を与える場だと気づいた。自分から動かないいけなかったのだ。
大学四回生の夏、下宿の扉に「出入禁止」とチョークで大書し、親を呼ばれて精神病院に連れて行かれた。
パソコンを買ってもらったのは小学三年生の冬だった。今でも覚えている。1996年12月2日のことだ。Windows95発売で世間は揺れていた。インターネット回線がうちに来たのは翌97年の1月、これはそこそこ早い導入だったと思う。さらに翌々年の99年にはケーブルテレビで常時接続になった。親には先見の明があったが、しかしパソコンには詳しくなかった。PC-8001も確かそうだ。親はこれが次世代の必需品になると確信して買っていたが、買った一方で使い道が分からなくてオブジェとして放置していた。親はPC-8001をパソコンだと言っていたけれど、僕にとってパソコンはおっきなテレビが標準で付属しているものだったし、マウスもなかったので、それがパソコンだとは到底思えなかった。でも親は言った。今度来るのは違うんだ、オフィスも入っているパソコンなんだ。僕は聞いた。一太郎っていうやつは入ってないの?テレビで言ってたよ、と。親は答えた。オフィスってのは一太郎より機能がスゴイんだよ。僕はへぇ、とだけ言った。どちらにせよペイントは入っているだろう。ペイントなら親戚の家で使わせてもらったことがある。パソコンはお絵かきができるのだ。マウスをカチカチして、キーボードをカチャカチャするのだけが楽しみで、納品の日を一週間ひたすら待った。その頃、漢字の宿題提出が滞っていて、そのままでは居残りでさせられることになっていた。僕は久々に奮起した。いつもは踏み倒していた宿題を、全部一気に終わらせた。家に帰るとパソコンが電気屋さんの手で設置されつつあった。今は亡き、ニノミヤで買われたパソコンであった。
97年にインターネットを始めた。一日一時間まで。実のところ電話代の問題ではなく、一時間ほど使うとブルースクリーンが発生するからだった。一日一時間以上動かすと壊れるから。PC-8001をキッチリ買った親なのに、それぐらいの(?)ITリテラシーであった。ただ別にそれを責めるつもりはない。僕はすぐにアングラサイトに入り浸った。人に飢えていたのだ。普通のチャットには人がいない。テレホタイムにならないと、誰一人ログイン氏亡いのだ。でも、アングラサイトなら四六時中書き込みがある。僕は思う存分厨房行為を楽しんだ。煽り騙りなんかは、小学生がやっても大人がやっても大して変わらないものだ。You is a big fool manという文句をリアルタイムで目にした人は、多くても数百人だっただろう。何千、何万のツイッタラーが押し寄せ、ブクマが1000以上付くような今の炎上とはほど遠い暢気さだ。当時の匿名掲示板とはそういうものだった。誰一人本気で投稿しなかったし、しかし誰一人面白くない書き込みをしようとはしなかった。トイレでもネタを考え、思いつけばすぐに投稿し、ワラタが付くのを待ち続ける。あやしい、あめぞう、あやしい、2ch。人の多いところから人の多いところへ。ワラタが多くもらえる場所へ。気づいたらインパクが終わっていた。
その一方で僕は中高一貫の私立校に入学していた。高校受験がないことから、ネット依存はさらに加速した。しかし2000年を境にアングラ掲示板は衰退の一途をたどり、2ch一強時代を迎えていた。1ch.tvをボコったりするなど楽しいネタがないわけではなかったが、匿名掲示板はネタの宝庫と言うより、本気でちゃんと議論することもできる場所になり始めていた。ちゃんと議論しようとしたらすぐさま崩しにかかるのが2ch隆盛以前の匿名掲示板文化であったが、2003年頃を境にはっきりと潮目が変わっていったように思う。まあその辺はどうでもいい。アングラと非アングラの境目は消え始めていた。
その狭間に、僕は生きていた。
自分で掲示板を設置することにした。けれども何をして良いのか分からない。CGIレスキューに救援要請をして本も買った。Perlだ。Perlしかない。しかしPerlがどうして動いているのかは、全く分からなかった。何十行、何百行もの文字の羅列が、どこでどうなって、掲示板になるのか。インタプリタ?コンパイラ?訳が分からない。そもそもCPUがどうやって動いているのかも分からない。僕にとってプログラムとは、セットアップウィザードでCD-ROMをギュンギュン言わせながらインストールするものであって、掲示板というものは、Teacupで借りるものだったからだ。でもどうやらそうじゃないらしい。コンピューターに翻訳するのがコンパイラです。さっそくコンパイラを使ってみましょう……
お手上げだった。
コンパイラがないのだ。コマンドプロンプトにはない。Linuxを入れる?使い方が分からない。Vine Linuxが初心者にお勧めだった頃の話だ。ボケッとしててもGNomeぐらいは動かせる程度には簡単になっていたが、そこからターミナルを開いてgccでコンパイルするなんて想像も付かないことだった。Hello, Worldはなんとか表示できても、それをGUIで動かす方法が分からない。僕はデスクトップに「Hello, World」のポップアップウインドウを表示させたかったのに。全然訳が分からなかった。
プログラムが動いている方法を知らなければならない。プログラミングを学ばなければいけない。しかし全体像を把握するにはあまりにもほど遠い……。絶望感が支配し始めていた。Hello, Worldはできたけれど、その先が全くわからない。どの参考書を読んでも分からない。ググってもググっても分からない。ポインタで躓く初心者が多いです!……どの本にも書いてあったけれど、僕はポインタどころか、変数の種類がたくさんあるところでお手上げだった。int?char?long???意味不明の文字列が並び続ける。メモリ?メモリって、挿したらいいんじゃないの?確保?fopen????どんなプログラミング言語も、何一つ分からなかった。その頃インターネットは加速し始めていた。切るのが当たり前だったJavascriptが復権し、Ajaxと名を変えてやってきた。掲示板スクリプトもどんどん高機能化し、もはやPerlを知るだけでは何一つできないようになってしまった。苦痛の日々が始まった。どの言語も、全く分からなかった。分からなければならないという焦りが募っていった。
あるとき、一年間ほど、とりあえずお手上げのままにしておくことにした。大学受験が迫ってきたからだった。そして案外あっけなくそれは終わった。僕は某大学の情報科学科に入った。
教授がガイダンスで説明したとおり、情報科学科のプログラミング演習はそれほど多いものではなかった。一回生の時なんか、キーボードを目で追って人差し指で打っている人もいるぐらいだった。学校の授業はアテにならない。そして大学受験でいったん引っ込んだ、とにかく十代でなにかしないと、という焦りが復活してきた。
大学のキャンパスは広すぎた。何をして良いのか全く分からなかった。授業内容はひどくつまらなく、何が役に立つのかも分からず、ただただ苦痛で、キャンパスでサークル活動に打ち込んで楽しく過ごせるほど社交的ではなく、かといってオタク集団に混じる勇気も無く、とにかく、とにかくここで四年間、四年間で何かしないと、何かしないと就職に間に合わない、大学院進学に間に合わない、十代のうちに何か大きな事を成し遂げなければならない。日々研鑽に励み、日々プログラミングスキルを磨き、日々勉強会に参加し、日々コードを書き、日々環境設定をし、日々本を読み、そして日々コードを美しく書かなければならない、そういう焦りだけがどんどん加速していった。大学の生協で片っ端からプログラミングの本を買った。ド初心者向けのPerl本から、美しいコードは何か、みたいな本まで。でも、どれ一つ、僕のスキル向上には役に立たなかった。プログラミングスキルの向上=自分自身の地位=生活の保障、と思っていた自分には、悪夢のような現実だった。
とにかくインターネットと一緒に歩んできた僕にとって、ITスキルはすなわち力であり、むしろITスキル以外は何の価値も持たないもの、と思えるほど脅迫的な観念にとらわれていた。入ってくる情報はさらに増えていった。Cができるのは当たり前、Ruby on Railsがアツい、Java、PHPはもちろんできるよね、MySQLは当然使えるよね、もちろんHaskell、Scheme、Objective-Cもやらなきゃね……何一つできないのに、習得すべき言語だけがどんどん増えていく。加えて美しいコードを書け!という文句が飛んでくる。クソッタレが。何が美しいコードじゃ。goto使ってもいいだろ。好きなだけ使わせろクソッタレが。全部getsで書いてやる。クソが。アルゴリズムアルゴリズム勉強会勉強会ビューティフルコードMacMacMacジョブズジョブズジョブズ……???????????????
それでもなんとか、そう、なんとかなった。友達が優秀だったのだ。僕には到底できないような、きれいに整理されたコードを書く人だった。聞けば在学中から外注のプログラマをやっていて、それなりに稼いでいたのだという。性格はちょっとアレで、風俗に勇気を出して行こうかどうしようか迷ったけどその金でオナホ買ってシコってオナホを床に叩きつけたみたいなヤツだったけれど、そいつからもらったコードを、わざと汚く成形し、変数名も汚らしくし、提出し、なんとかなった。結局自分で最初から最後までプログラムを作ることはできなかった。丸々コピペはしなかったけれど、コピペがなければ卒業は無理だっただろう。
そうして三回生の終わり、試験がどっと押し寄せてきた。一月のことだった。機械学習と……なんだっけ?そういう感じの試験が、2月の初日、行われることになった。三回生はただでさえ試験が多かったが、その大トリこそが機械学習だったのだ。
まるで意味が分からなかった。推論、それは分かる、機械学習?機械に学習??やっていることは数式だしベイズがどうの……まるで分からない。泣きそうだった。三年間必死こいて勉強したり勉強会に行ったりプログラミングスキルを上げようとしたり本を読んだり色々したのに、何一つ得るものは無かったのだ。僕はあやしいわーるどでオマンコ連呼していた頃から、何一つ成長出来なかったのだ。そしてそれは、間違いなく、疑いようがなく、自分のせいだった。自分の頭が悪いせいで。自分の勉強不足のせいで。自分のせいで……コンピュータとともに、十何年も育っていた僕にとって、コンピュータに関するスキルこそが、全ての力の基準だったのに、その全てを否定されたような気持ちだった。プログラミングができなければ、死ぬ。だって、友達はみんな就職して、SEになったりSIerで働いたりネットワーク管理者になったりしてるのに、僕はなんで、こんなところに。そいつらに取り残されるのに。みんな勉強会に出てMacを持ち寄ってハッカソンしてるのに。泊まり込みでプログラミングしたりしてるのに。なんで僕は、fgetsすらマトモに使えず、getsとscanfだけであなたの名前を入力してください オマンコ オマンコさん、こんにちは!みたいなプログラムしか書けないんだ。
大学四回生になった。研究室を選択する必要があったがしなかった。しないでは困るとのことで、適当に書いたらその一番上に配属された。でも一切研究せず、下宿に引きこもって何もしないをした。今日の輪講はここまで進みました!という報告が毎週回ってくるが、まるで研究室では日本語でなくアラビア語が公用語になっているのではないかと思えるぐらいの光景だった。この頃、近所の人の証言によれば、言動がおかしく、訪ねてきた人に暴言で返し、殺す殺すなどの声が聞こえ、時折モノを投げつける音が聞こえたりしたそうだ。まあよく知らない。僕は普通に何もせずぼんやりネットを見ていただけのような気がするけど。
それからしばらく経った。
結局僕は中退した。そして別の大学に入り直した。今度は、工学じゃない別の場所に。みんなキーボードの文字を読みながら指先でキーを叩いている。安心する光景だった。僕らはプログラミングを習わなくてもいい。これから習う必要も無い。タッチタイピングだって、できるに超したことはないだろうけど、できなくてもいい。ただ、そこにある便利なモノを使えば良いだけなのだ。Chromeを使っていて、うっかり開発者向けコンソールを開いてしまっても、何も分からなかったことにして閉じて良いのだ。きっとマクロを書けば、楽ちんに勝手にやってくれるような作業を、人の手で何度もやる。それでいいんだ。マクロを考えるために必死になる必要なんか無い。マウスで右クリック、コピー、ペースト。それでいいのだ。キーバインドすら覚えなくて良い。メモ帳を使ってもいい。viやEmacsのキーバインドを覚えなくてもいい。マウスも使えないようなエディタと格闘する必要は無い。Macを買っても、XCodeやportsを入れる必要は無い。iTunesでiPhoneを同期させて、音楽を聴くだけでいいんだ。
僕はもうプログラミングしないでいいんだ。
それが分かったとき、全てから解放されたような気がした。僕を苦しめ続けたプログラミングというものは消えてなくなった。パソコンでやる作業は、昔と一緒、匿名掲示板にオマンコと書き込むだけだ。それ以上のことをしなくてもいいんだ。勉強会に出てハッカソンする必要は無いんだ。プログラミングスキルを錬磨しないと死ぬなんてのはウソだったんだ。美しいコードを書かないと天罰が下るというのはウソだったんだ。毎日毎日はてブのホッテントリを見てると、プログラミングでマスターしなければならないこと、何何する方法、開発者必須スキル、便利ツール、Macでのアプリ開発、セキュリティ、通信、データベース、勉強会、ハッカソン、そういうもので溢れている。苦しくないのか不思議で仕方ない。もちろんプログラミングをしていて楽しい人もいるんだろう。けれど、僕みたいに、プログラミングという行為が苦痛で苦痛で苦痛でしかない人もいる。たとえ1000回の同じ操作でも、人力でやる方がマクロを書くよりも楽だという人も、ここに存在するのだ。そしてそのような人の存在も当たり前に肯定されるのだ。みんな苦しまなくて良いんだ。誰かが勝手にやってくれればいい。できる人にお金を渡して、僕らはそれを享受するだけで良いのだ。ここでプログラミングという言葉を連呼したけれど、コーディングという言葉との違いとか、そういうのを気にするような人とおつきあいする必要は無いのだ。いずれプログラミングは必須スキルになるとか言われて何年も何年も苦しみ続けてきた。けれど、そんなことをする必要は無いんだ。
それでぶっちゃけここからが本番なんだが、十代でなんとかしないと、という焦りはこないだの青木君の小四なりすましの話に似ている。僕もそうだった。僕らの世代だと登大遊氏なんかが結構輝いてて、ああいう感じにならなきゃ、と思っていた節はある。十代の時になにか成し遂げないといけない、そのためには誰かに認めてもらわなければならないという焦りは、どれくらいの「大人」に理解してもらえることなのだろうか?誰かの承認を得たいという承認欲求を、同じ世代の誰かを使って満たすことができず、むしろ同じ世代の誰かを一緒に引き連れて、承認欲求を満たしてくれる「教祖」にすがりつく。NPOの大学生が「承認」を欲し、政治家が「承認」を与えているのだ。AO入試用の作文?図?みたいなものも見かけたが、「私はリーダーシップがあります!」とか実にくだらないことしか書いていない。しかしそういうものでさえ、学生団体とやらは「承認」してくれる。結局、オウム真理教が丸ごと開けたポジションに、バラックが建ち並び闇市が行われていて、コミュニケーションで自然と得られるはずの承認欲求が、法外な札束で取引されている、そんな感じのような気がする。
意外にブクマが増えていた。PC-8001は俺が産まれる前に買われたもので、ずっとオブジェだったのだ。動くかどうかもわからない。テレビに接続するコードがなかったから。
TOEICは単なるテクニックの塊だから、TOEICの勉強すりゃいくらでも取れるだけ。
もう大学院受かってるんだろうし、院試や就活に必要とかでない限り気にする必要ない。
まず、全訳なんてする必要ない。
Abstも論文によるけど、結果だけしか書いてないのもあれば、単に過去の研究からの流れだけを書いてる物もある。
過去の研究からの流れについてはそのバックグラウンドを知ってないととてもじゃないけど理解できないものも多い。
図については、その分野で大体こういう時にはこういう図を作る、ってのがあるから、そういう前提知識が無いと何の図だか全くわからないこともある。
そういう場合には図の説明だけみても難しくて、本文きちんと読んで何が書かれてるか理解しないとわからないことも多い。
逆に、良くあるテンプレ的な図なら図見ただけでも理解できる。
結論結果だけみて分かるのは、その論文が何を目指して書かれたものが解ってる時だけ。
その辺りも前提知識が居るからいきなり読んで結論結果だけみて理解できるわけがない。
まあ、ホント最初は1文1文訳してくのが手っ取り早いかもね。そんで数読むしかない。
そうすりゃそのうち全体からどの部分を読まなきゃいけないか、ってのもわかってくるし、その専門で使う単語も覚えるだろうし。
慣れてくれば、自分の専門の小難しい論文の方が、よっぽど英語の児童書なんかよりも読みやすくなるよ。(元から英語力がある人は別だけど。。。)
後、理解できない、ってのがどういうレベルか、によるけど、普通、論文一本完璧に理解しようと思ったら、
その参考文献含めて数本は論文読まないと無理だよ。
研究室で論文輪講みたいのする時は参考文献の3つや4つは必ず熟読することになる。
まず研究テーマなんかくれなかった。「研究テーマは自分で探すもの」「あなたなら自分でできる」「いざとなったら私(先生)がフォローする」という言葉を信じて、あれこれ努力してみた。
しかし、結局修士をストレートで卒業できることもなく、卒業間際には「私(先生)はあなたのテーマなんか考えられない」「卒業させられるわけがない」「あなたが考えたテーマは私の専門ではないから指導できない」と言われることになった。
しかしなんとか周りの多大なるフォローもあって卒業できることになった。この点だけは感謝したい。しかし、先生からはなんの援助も受けていない・・・実験に必要なソフトやハードですら自腹で用意した。本当に大学院ってなんだろう(笑)って思ったよw結局受けた指導は、論文の日本語を直す部分のみで、研究内容のことなんか一度も指導を受けなかった。
質問なんかしたところで全く答えなんか帰ってこない。二週間~一か月に一度は相談して「研究テーマの決め方が分からない」「どうして○君には研究テーマを与えるのに、僕にはないのか」というようなことを言っても、「あなたなら何とかなるよ」以外の答えなんか帰ってこない。しかも結局何ともならずに卒業できずに留年・・・・内定も結婚も全部おじゃんになった。あれは人生の地獄だったなw立ち直るの大変だったよ・・・
僕の質問力が低かった可能性は否定しないけど、質問しても相手がダメだと何言ってもだめ。
毎週顔を合わせて(輪講が週1であった)「行き詰っている」「こういうことを考えているので論文教えてほしい」「この分野の大きな学会はどれですか」などと聞いてもだめ。具体的な手法や解釈について聞いても「それは専門じゃないからわからない」と言われるだけ。テーマも方針も手法も何ひとつ答えが返ってこなくてずっと絶望してた・・・・・
一度目の就活をして、内定が人よりも早めに出たのだけど、その時の先生の一言が「あなたみたいな使えない人にはピッタリな職業だね」とか・・・・結局この内定は留年で無くなったのだけどね。
留年してからは大変だった。ヒステリーを起こした先生と親が勝手に喧嘩をはじめ、僕が菓子折りをもって関係者全員に謝りに行った。もはや、意味が分からないw
そうなると、当然先生は「もうこんなんじゃあなたの指導はできない」ときた。もともと指導なんかなかったのにねw
そこから僕は「もうこの人は頼りにならない。一人で卒業する」と決めて、実験機材やソフトとかを30万くらい投資してそろえた。先に卒業した人の修士論文を10人分すみからすみまで読み、卒業生のレベルを把握し、「どうしてこれと比べて僕が卒業できないのか」という理論武装を完璧にした。
それまで、すごい先輩の修士論文・博士論文しか読んでなかったけど、クズな修論は本当にクズ。既存研究のデータを変えただけとかざらにある。「あぁ修士ってこのレベルだったのか・・・・」と気づいたときは、もっと早く調べておくべきだと思ったよ・・・・もちろん自分の修論もそのクズに加わったのだけどねw
結局、修論レベル確認したあとは早かった。だって、既存手法を新しいデータに適用して、それにそれっぽい解釈をすればいいというのが目標のベースラインになったので、やることは決まってる。機材そろえるところから、詳しい人(先生ではない)に意見聞いて回ったりして、卒業するまで半年もなかった。論文の中身は我ながら屑だったが・・・・
「あなたは彼女(元婚約者)が出来てからおかしくなった」「あなたのせいで私の立場が悪くなった」「私となかよくしなきゃいけないのわかるよね?」
いやぁもう全く分かりません。
そのくせ、「研究室に残りたかったら残ってもいいよ」とか・・・・・「何の冗談ですか?こんな状況になって僕自身が一番研究向いていないことが分かっていますし、客観的に状況を見て博士をすすめる意味が分かりません」と言ってやったwなんなんだろうかね・・・
他にもいろいろあったけど割愛。
結局は2回目の就活もわりとさらっと就職できて、ちょっと残業が厳しいのは不満だけど、今はそこそこ幸せにしている。
なんか、こんな事件があったせいか、たいていの圧迫とかが平気で流せるくらいにスルー力がついてしまっているので、かわいがってもらってる若手社会人の今があまりにも楽になってる。
正直、質問力が高いとか低いとかではないと思う。いい相手をきちんと見極められるか。その一点に尽きる。僕の修士生活は、研究室選びを失敗した時点で終わってた。
相性の問題もあると思う。卒業出来てる人もいたわけで、驚異的に僕と先生の相性が悪かったという可能性は否定しないです。
ただ、原因を自分に求めて改善するのも限界があるので、根本的に変えるべきこと(先生を無視するとか、上司を変えるとか)もあるということを、この人には知ってもらいたい。
「努力が足らん」って自分を責めてるみたいだけど、元増田はちゃんと指導教官にアプローチを試みていたわけだし、コミュニケーションが噛み合わなかった不幸かなあ。
気になったのは、「横のつながり」がどうだったのかな、ということ。他の研究室に行ったB4とは話さなかったの? B4の論文輪講で、後から他の研究室の様子を知ったって書いてるけど、発表前に「お前の研究室では今どんなことやってる?」みたいな話をしなかったのかなあ。
で、今はM2でしょ。そしたら学会大会とかで、他大学の院生とも交流のチャンスがあるよね。同分野の他研究室の院生と、どういう感じで研究を進めてるか、話したりしない? 国内学会の全国大会や研究会で他の大学に行った時に、その大学の同じ分野の研究室の人に連絡取って見学させてもらったりとか (まあこれは分野によっては秘密主義のところもあるとは思うけど)。
教員との相性にしたって、いろんな教員を比べて見ないとわからないし、自分とこの教員とうまく噛み合わないのは自分のアプローチがずれてるのか教員の方が偏屈なのか、そういうのだって他を見て比較しないと判断できないでしょう。
自発的に進めるといってもB4じゃ右も左もわからない。研究室内の縦の人間関係だけでなく、横の人間関係を広くとって視野を広げておくことは決定的に重要だと思うよ。
RubyのSymbolと文字列の違いを研究室の輪講用に書いたのですが,折角なので公開したいと思います.
元々学部生に対する輪講用に書いた物なので,若干上から目線ですがご了承ください.
文字列とSymbolはよく似ています.プログラマから見ればどちらも文字列です.違いを一言で説明すると『プログラムが扱う』文字列か,『プログラマが見る』文字列かの違いです.例えば変数名は『文字列』ですが,rubyのオブジェクトである『文字列』ではないですよね?
例えば,今あなたがC言語でお絵描きライブラリを作っているとしましょう.その中に,色で塗りつぶすfillという関数があり,色を青・赤・緑の3色から選べ,fillの引数でそれを指定できるとしましょう.
fillの引数の設定方法として一番単純なのが,0を青,1を赤,2を緑として,0〜2で選択させる方法でしょう.しかし,それでは,どの数値が何色か覚えないといけないし,fill関数を知らない人から見れば,どういう意味の引数かすらさっぱり分かりません.
ではどうするかと言えば,普通はBLUE = 0, RED = 1, GREEN = 2と適当に定数を設定して,その定数を引数で指定させますよね.
こうして,fill関数の引数が意味の無い数値から意味のある文字列に変わったことによってプログラムが分かりやすい物となります.さて,ここで注意してほしいのは,ここで言う文字列はプログラムが扱うオブジェクトとしての文字列では無いということです.fill関数の引数として,"BLUE","RED", "GREEN"などとC言語の文字列を渡すということは普通しませんよね.それは,ここで言う文字列は,あくまでプログラマがプログラムコードを分かりやすくするために必要な文字列であって,プログラムがオブジェクトとして扱う(例えば,長さを求めるとかする)文字列ではないからです.
分かってきたでしょうか?
プログラムコード上では(つまりプログラマから見れば)どちらも同じ文字列(文字の列という意味で)ですが,実際に動くプログラムから見れば単なる数値と本物の文字列という大きな違いです.結局,fill関数の引数の具体的な値は何でもいいわけです.プログラマから見て文字列であればそれだけでよく,プログラムが動くときの実際のその中身は何でもいいわけです.これのために存在するのが,Symbolであり,:fooとひとたびSymbolを作成すれば:fooの実態は適当な数値となります.(この数値がいくらかなんていうことはもちろん気にする必要はありません)
そして,もちろん同じプログラム上では:foo == :fooはちゃんと成り立ちます.もうここまでくれば,Hashのkeyとして文字列でなくSymbolを使う理由が分かりますね.Hashのkeyはあくまで,プログラマが見る(プログラムコードを分かりやすくするための)文字列であってプログラムが扱うオブジェクトとしての文字列では無くて,keyの実際の値は何でもいい,からですね.(特別な場合を除いて)Hashのkeyに対してrubyのStringのメソッドを使うなんてことは無いですよね.
しかし,他の軽量言語ではSymbolなどなくHashのkeyとして普通に文字列を使うことが多いです.では,なぜrubyだけSymbolを使うのでしょうか.
その答えは一言でいうと,rubyの(プログラムコード上に直接書かれた,つまりリテラルの)文字列は他の言語と違いimmutable(不変)でない,からです.実際,pythonやjavascriptの文字列(リテラル)は破壊的に変更することはできませんが,rubyの文字列は破壊的に変更することができます. ('abc'.concat('d')の様に)
これがどういう違いを生むかというと,コード上に直接現れる文字列がimmutable(不変)であるならば,実行時に一つだけそのオブジェクトを作成し,後はそれを使いまわすという最適化ができます.
そうした時,Hashのkeyの様なプログラマから見た文字列というのは,プログラムコード上のリテラルとして現れるわけですが,これらは実行時に一つだけオブジェクトが作成され(特にコード上に現れる同じ文字列は全て一つのオブジェクトにまとめると),それらの比較はそれらに対する参照(そしてこれは大抵メモリのアドレスなど単なる数値)の比較で済むので,結局Symbolと同じ様な働きをするわけです.
本当はプログラマが見るためだけの文字列だけど,それをオブジェクトとしての文字列としても,Symbolと同じ様な働き,パフォーマンスが得られるならば,別にオブジェクトとしての文字列であってもいいわけです.
繰り返しになりますが,プログラマが見るためだけの文字列は,その中身・実態は何でもいいわけですが,その実態がオブジェクトとしての文字列でも十分なパフォーマンスが得られるならば,別にオブジェクトとしての文字列でもいいわけです.
さて,rubyに話を戻しますと,rubyはコード上に現れる文字列であっても,実行時にそのコードを通る度に毎回新たな文字列オブジェクトを作成します.
(以下のプログラムを動かすことで確認できる.)
def foo 'foo'.object_id end p foo, foo
つまり,rubyでは文字列が可変であるため,先に述べたような最適化ができない(または難しい)ので毎回新たな文字列オブジェクトが作成されるのです.
こうなると,先ほどの話とはうってかわって,プログラマが見る文字列はその実態は何でもいいのに,それを文字列リテラル(rubyのオブジェクトとしての文字列)にしてしまうと,毎回毎回文字列オブジェクトが作成されてしまうという非常にばかばかしい状況になってしまいます.我々はそれらの文字列オブジェクトに文字列としての操作は一切施さないのにも関わらず,です.
こういうわけで,rubyではプログラマが見るためだけの文字列にSymbolというruby特有のものを使うのです.
もちろん,プログラマが見るためだけの文字列を全て定数として(そしてもちろん中身は適当な値で)定義しても構わないわけですが,Hashのkeyとかで数多くのプログラマが見るためだけの文字列が現れることを考えると,とてもじゃないですけどそんなことは面倒でやってられないですよね.ですので,実行時に自動で適当な値にしてくれるSymbolというものが存在するのです.
以上で,Symbolについての説明を終えます.以下は蛇足です.
最初の方で出てきたfill関数をrubyで実装しようとしたとき,青・赤・緑の各色はその実際の値はなんでもいいのでrubyのSymbolを使って:blue, :red, :greenとしてもいいのですが,ライブラリとかでは大抵ちゃんと定数として定義されていることが多いです.
これは恐らく,定数として明示的に定義することで値の存在を明示でき,ドキュメント化の際にも役立つことによっているのでしょう.
しかし,あくまでこれは外部に公開するようなライブラリでの話であって,自分が使うちょっとしたプログラムならこういう場面でも精力的にSymbolを使っていってもいいと思います.ちなみに,僕ならSymbolを使います.
Symbolだと定義もいりませんし,定数は大文字ですから打つのが面倒ですし,あまりソースに大文字が入ると見た目がすっきりしません(主観).
Symbolは非常に便利なものですので,その意義・用途を十分に理解して,Hashのkeyにとどまらず様々な所で使えるようになりましょう.
よく言われることだけれど、ロードとかクロスバイクとかを買ったときに、必要な付属品がある。
例えばライトとかだけど、こういうのを買うと本来の自転車の値段より高くなるのが若干曲者。
楽しく自転車を乗るために、必要なものと値段をあげてみる。
絶対に必要なもの以外は、ちょっとずつ欲しいなと思ったら買っていけばよい気がする。