はてなキーワード: 自力とは
とある業界の仕事が好きで長年続けていたのだけど、最近になって会社を辞めた。
理由は職場環境にある。どんなに自分が誇れる仕事でも大好きだと思ってやってる仕事でも、環境が地獄だと心が死んで好きなものが嫌いになってしまうことを実感した。
文章下手かもしれないけどとにかく言いたいのは、職場の環境に悩んで死にそうになってる人はガンガン転職していいってこと。特に人間関係は経験上一度もうダメだこの会社と思ったらどんなにそこで頑張っても自分がしんどくなるだけ。社内に味方がいないというのはとてもつらい。
どうやって心を殺されていったか、手順はこうだ。
まず所属していたチームのヒエラルキーが問答無用で最下位。そのチームというだけで雑な扱いをされるもんなんだけどまずその風潮がおかしいってことにどうして誰も気づかない。自分の挨拶は無視されるのに先輩の挨拶は通る。社内での露骨な差別。
「お前が死んでも代わりはいるもの」とばかりにオフィス内全体が雑。自尊心がなくなる。
あれ?みんなにこのチーム丸ごと見えてない?あれ?みたいなことはもちろん日常茶飯事。集合写真でも当然のようにはぶられる。自尊心がなくなる。
わからないことは上司や先輩誰に聞いても知るかよと言われるので頼りにせず全て自力で解決。むしろ人に頼ってはいけない、自分は人に頼るダメなやつと思い始める。自尊心がなくなる。
タイムカードなにそれ?シフト制だけど希望休なんてものはないし有給なにそれ?朝は誰より早く出社して全員が就業時間ぴったりに仕事を始められる準備をするのが当然になってくる。し、誰にもそれを止められない。タイムカードはデジタルだから改ざん可能だやったね!
さっきも言ったけどシフト制だから突然休むとチームの仕事が回らない。張ってでも行く。
祖父が亡くなった朝、その日はチームの仲間が全員休みで自分がいないと仕事が回らないからと出社した。判断力が狂ってる。
結局早退して次の日会社に行くと、お悔やみどころか昨日お前が帰った後大変だったと先輩上司からのバッシング。みんなじーちゃん大事にしような!
そうしている間に上司は有給使って海外旅行とか行ってたなぁ……お土産みんなには配ってたなぁ……
エクセルで写真編集しろ?ポスター校正?それは専門の業者に発注したほうがいいっすよ先輩!!!やりまぁす!
上司のミスなのにしこたま怒鳴られていやあなたのミスですよって指摘しようものなら無言の圧力!いや今自分のミスって気付いたやんけ謝罪なしかい!!もういいよ甘んじて受けますよその説教。自信なくすし自尊心もなくなる。
評価などされない。体調不良なら冷えピタしてレッドブルかっこみながら仕事するのが当然、心配はされない。クレームの電話と小一時間戦い受話器を置いた後でも周りは我関せずと静まり返る。お疲れ、の一言があれば救われただろうに。
他にも都合のいい時だけ都合のいいように使われる奴隷のような扱いを受けてきてあーそうか透明人間だからみんなには見えてないんだーとか聴力を一切シャットアウトしてパソコンに没頭したりと無心じゃなきゃやってられないぜって感じだったわけで、そうなってくると自然と自尊心がなくなる。
自尊心がなくなる。
唯一お互いに仲間であるはずのチーム内でも亀裂というかなんというか生まれてくるわけだ。みんなも奴隷のように働いているから自分の保身で精一杯で人を思いやる心を忘れてしまう。
半年で4人の奴隷が辞めていった。4人で回すチームなのにね。確かに誰かが死んでも代わりはいたけど短い人3ヶ月持たなかったね。みんな毎日泣いてた。
こうして味方がいなくなり、自分自身にも自信がなくなり、そんな状況で働いてもうまく行くわけもなく社内で一番何もできないダメ人間と自分で自分の評価を落としてしまう。自尊心が消えた。
ただ仕事は好きだった。濁しまくっているからこの感動をうまく文章で伝えられないのが悔しいけど社内で評価されなくても自分の仕事は別のところで活きてると知っていたし、どんなに自尊心をなくしてもこの仕事が好きだということだけがモチベーションだった。
でも心を殺された先駆者が口を揃えて言うように、心が削れて死んでいくと、好きだったものが好きじゃなくなってしまう。
嫌いになると言うより興味をなくす。貴重な休日に外出する気力もなく布団に引きこもるし新しい情報を収集する気が起きない。自分で自分がおかしくなってることに気付いているのにどうしたらいいかがわからない。原因は明白、だけど仕事をしなくちゃならない。仕事をしなくちゃ。会社に行かなくちゃ。
そうだ、考えることをやめよう。
ただただ朝起きて会社に行って仕事をして帰宅するそれだけに全生命パワーを注がないと人としての形を保っていられない感じになってくる。友達からのLINEとか返せるわけがない。Twitterも見ない。
毎朝の通勤で泣きながら歩き、帰りも泣きながら歩く。普通じゃない。けどこの時はもう自分が悪いからこうなってるんだと思ってる。頑張るしかないと思ってる。
頑張ってもどうにもならないこともある。
この仕事を嫌いになる前にもう辞めようと決心して上司にどれだけつらいか、この環境がどんなにおかしいか、自分以外のチームの全員が精神的に参っている、訴えたけどうわべだけの「そうなるまで気づかなくてごめんね」をもらった。そう言われるのは知ってたよ先に辞めていった綾波達もそう言われてたからね。マニュアルかよ。この人たちには血が通ってないんだ。
もっとつらい環境で仕事してる人もいるとか、その程度で泣き言かよとか、そうじゃなくて自分が今しんどくて死にかけてるんだったらそんなところ居る必要ない。
仕事辞めて転職して、めちゃくちゃ心が回復したし好きなものを好きだと思える毎日は楽しい。新作映画のチェックをする余裕もあるし休日無駄に美術館とか行っちゃう。楽しい。
毎日地獄のように過ごしてて正直ずっと仕事辞めたい辞めたい辞めたいってなってる人はある程度自分の人生に無責任になって一旦放り投げるのもアリだと思う。死にながら毎日を消費するよりずっとマシ。
少なくとも仕事辞めて転職して生き返った人間がここにいる。職種も違うけどこれはこれで楽しいから逆に視野広がったしキャリアアップである。仕事辞めてもなんとかなるよ。
あと社内に味方がいなくても誰かしら味方はいることを忘れちゃいけない。それが家族なのか友達なのか知らんが頼れる人には甘えていい。
どうでも良いけどなんのための社内義務ストレス値チェック診断なのか。あれかなり数値オーバーしててお前の精神状態ヤバいぞってメールバンバン来てたけど医者にかかろうとすると内容を会社側に開示するシステム、プライバシー皆無すぎて自己申告できるわけねぇーーー
仕事は大事だけど自分の心身よりも大事な仕事はないと思った。以上。
長いのに読んでくれてありがとう。
以外に「女性故に差別されているから自力で食える職に就けない」
「自力で食えないから男に養って貰うしかない」「男に養って貰うなら対価として子供を産まないとならない」
つーかリアルで女性が雇用差別されるのは出産するから(=その間仕事に穴を空けるから)と言う理由が大きいわけで、
ほぼ全てが女・かつ出産しない女が大多数な世界なら、出産する女がその差別される立場(しかもリアルより遥かに少数派)になる
妊娠した途端に会社から肩叩き、同僚からも「あいつ邪魔」「さっさと辞めればいいのに」扱いになるわけだ
となるとやはり、そこまでして子供産みたがる女いるのか?となる
どうしても出生数を増やしたいなら、産む女の立場の弱さを補えるだけの金なり地位を公的に保証する…しかないけど
それはそれで、その為に産む女はそれしか食う手段が無いような女が多いだろうし
そういう女の扱いは「産むしか能がないやつ」「国に食わせて貰ってるやつ」扱いになりそう
私には、何度も二人で出掛けている女性(Aさんと表記する)がいる。
Aさんとは趣味が共通しており、ここ半年くらいの間、2週間に1回の頻度で、遊んだり食事に行ったりしている。
毎回楽しい時間を過ごせている(と私は思っている)し、食事は基本的に割り勘であるのにAさんからはお礼のメールが毎回届く。
恋愛関係の話題になっても、どこか会話のメタ度が高く、私たちの次元まで会話が下りてこない気がしている。
二人でいるときにムードが高まることもない。それどころか手を繋いだこともない。
先日は、二人でランチに行った。
待ち合わせ場所に行ってみると、Aさんと共にAさんの女友達(私とも面識がある)がおり、Aさんにとって「男との約束を友人に公言する」状況になった。
Aさんは彼女と別件があったそうだが。
その後は楽しく二人でランチに行き、付近を散歩して夕方解散した。
これは、表題のように私が箸にも棒にもかからないからなのか、半ば交際宣言なのか、頭を悩ませている。
私は別にAさんに嫌われていないと思う。
近い内にハッキリと交際を申し込もうと思うのだが、そのとき気にかかるのが、表題の状況に陥ってはいないかである。
何分、私は交際経験がないので、自力で経験則を帰納することはできない。
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/yamadajun/20180119-00080643/
fukken ガチでの勝負を前提として、球場や故障にもっと寛容になればいいだけの話。なんで八百長を許容するって話になるんだよ。八百長など、競技としても神事としてもまずかろう。
つか故障に寛容ってなんだよ。現状でも寛容だよ。みんなサポーター巻いて出てきてるだろ。
だが神事で八百長の何がまずいんだ?神事なんて多くは演劇だが。
豊穣の神とか疫病神とかと取っ組み合いする神事は珍しくないよね。
故障に寛容wになったって15日連続ガチでやればどんどん怪我人が出る。
はてな民はどうもハードな運動部経験者とかが少ないんじゃないだろうか。
だからいいこと言ってるつもりで「故障に寛容になる」とか意味不明な方針が出て来る。
diabah_blue ガチンコが危険と言うなら、危険でなくなるようにルールとして明文化すればよい。フェンシングの剣が真剣でないからつまらないかと言えば、そうではないと感じる。
これマジで酷くない?
冗談で言ってるんじゃないんだもん。
相撲のような身体をフルにぶつけ合う種目とフェンシングのような相手の身体に直接触れない種目を比べてどうする?
レスリング、柔道、ラグビー、アメフト、みんなフェンシングより怪我が多いよ。調べないけど調べるまでもないことだ。
これほとんど「相撲は将棋に比べて怪我が多い、将棋みたいにルールを整備しないからだ」って言ってるのと発言の馬鹿度は変わらないからな?
いつものことだけど、こういうのを1人が言ってるならいいんだよ。酒飲みながらコメントしたとか睡眠不足でコメントしたとか一瞬脳の血管詰まってたとか色々あると思う。でも大勢が星を付けて人気コメントになるのはどうなんだ?全員酔っ払ってるの?
相撲をどうルール整備したら相撲の形を保ちながらフェンシング並みに怪我が減るのかおしえてくれ。
具体的に言ってみなよそのすっごいアイデアを。
きっとそのすごいアイデアはレスリングや柔道にも応用して怪我を劇的に減らせるはずだ。
言ってくれよさあさあ。
n-styles とりあえず土俵の周りにフワフワのエアクッションでも置いたらどうか。どう考えてもいきなり転落するの危ないし、土俵の外いじって安全策講じても競技性や伝統に大した影響ないでしょ。
ただすごいみっともなくなるので相撲では出来ないだろうな。
あと勘違いされがちだが、殆どの怪我は土俵の下に落ちたところで怪我するわけじゃないから
相撲を取ってること自体が腰や膝に飛んでもない負担がかかるんだよ。
昔なんて「無気力相撲はやめましょう」って注意が公然と協会から出てたの覚えてないかな。
勝ち越し負け越し決まったあとの取り組みは平然と流す力士が多くて、
勝つ気がないの明らかな相撲を取る力士がいて、テレビでも流れてたよ。
相手が7勝7敗で自分にとっては重要じゃない取組のときにあんまり本気でやるのは「行儀が悪い」って言われてた時代もあった。
プロ野球でも勝ちが決まってる大差で盗塁とかしたらキレられるだろ。しらねーか。
プロ野球は純競技なんだから半神事の相撲の八百長よりよっぽどまずい筈だがまかりとおってる慣行だ。
新人選手が大差勝利の試合で盗塁したら相手チームの監督がマスメディア相手に「大変なことやと思うよ」って怒りを表明するぐらいには堂々とやってる。
afurikamaimai 言い分は分からなくもない。ただ「八百長や星のやり取りはない」って言って裁判まで起こして異論潰して回ってたのはまさに大相撲なわけで。後ろから相撲を撃ってることになるんじゃないかな。
2018/01/19
相撲ファンはみんなそこまでわかって納得してる。
お前等がなんにも知らずに頓珍漢な事言ってるだけ。
toitoihoh プロレスは台本ありのエンターテイメントである代償に、競技としての格闘技を見たい客を呼べないという対価を払っている。だが大相撲はその対価を払っていない。ならば八百長が相撲で許される理由は、ない。
・相撲の八百長度・競技としての不純度は日本の腐りはてた格闘技全般、K1やらRIZINやらと同じぐらいだ。いや、あれよりはマシだな。
つまりは八百長っていうと0か1か・全部取り決めか全部真剣勝負かだと思ってる、この程度の理解の馬鹿が知った口を叩くなと。
no9875 ガチンコじゃないなら愛想や体格のいい日本人横綱が常に2〜3人いるように調整してもいいのに、若貴以降ハワイやモンゴル出身ばかり横綱になったのはなぜ?伝統という面でもいまいち意味不明なんですが。
いい質問ですね!
知らないなりにしったかぶったりせずに素朴に疑問を書くなら親切に教えちゃうよ。
安定して勝ち越せる人がいて、例えば11勝4敗出来るとするじゃん?
優勝狙えるほどじゃない。でも勝ち越しラインの8勝から3つも星が余ってる。
これを売ってあげるわけ。
何かが懸かってる人にね。
ただ、星を買う側だって「自力で4勝しか出来ないから星を4つ買います」ってわけにはいかない。
自力でも勝ち越せるぐらいの人が、調子悪い場所で終盤に保険で星を買うのよ。
エスポワール号みたいだろ?
疲れも出てる場所終盤で勝ち越し負け越し賭けて全力相撲なんかしたら怪我が増えるじゃん。
相手だってそこで全力でやるほど人情がないわけじゃないし死に物狂いを相手にして怪我したくない。
なら「貸しひとつな」ってことになる。売り買いってより貸し借りなんだよな。金が媒介すること「も」あるだけ。
要は互助会みたいなもんだよ。
はてな民の好きなやつだよ。従業員同士で苦しいときの助け合いをしてるんだ。
かつて〇皇は互助会会長と呼ばれてたしクンロク大関と賞賛されてた。
大関を張るに確かな実力がありつつ星の貸し借り仕切ってる人の安定した成績が9勝6敗。
「さすがの会長、今場所も貫禄のクンロク」「今場所は10勝5敗、乱れが見えた」つって互助会見るの好きな相撲ファンは喜んでたもんだ。
質問に戻るけど
これの答えはもうわかったよね。
「八百長は実力足りない奴が上にいく為のシステムではないから」。
イケメンだけど実力がないっていうカカシみたいな奴を横綱に出来るわけではないの。
だから長持ちしたの。
もちろん八百長だけで綱を張れるわけじゃないから、十代の貴乃花に力量負けしたのを悟って引退した。
だから怪我人続出したでしょ?
貴乃花で怪しい相撲なんて若乃花の綱取りかかった場所の兄弟対決だけだね。
仲悪くなったのあれが遺恨じゃないかって説があるぐらいよ。
普通の力士なら実の兄や兄弟子の綱取りかかったとこで本気でやらないなんて当たり前の人情だけど、
同じ国からこんな外国まで来て下手すれば高校から部屋住みでチョンマゲ結って相撲やってて厳しい実力社会で立身出世目指して、同郷同士助け合うのが当たり前でしょ?
で、脱落していく仲間を見送りながらも生き残った者同士、十両、幕内、と目鼻がついてきて、そこで潰し合いなんかするか?
お互いの苦しい状況での星の貸し借りなんて普通に発生するわな。綱取りかかってたら協力するわな。
白鵬は違うが、鶴竜と日馬富士が横綱になれたのは完全に互助だからな。
実力が全く横綱に足りてないとまではいわない。運がすごく良ければ自力で横綱になれた可能性はある。
そういう奴等に不運や怪我を回避させて上げるのが互助の精神で、それが相撲の八百長なわけよ。
それ見ても相撲ファンは「モンゴル人はズルい」なんて言わなかったよ。「日本人ももうすこし助け合え」つってたんだ。
だから横綱0人なんだってな。日馬や鶴竜ぐらいの器量の力士は日本人にも何人かいたから。
ただ報道の通りなら最近の白鵬はちょっと道を違えてたみたいだね。
八百長に応じない同郷の後輩に「俺達に勝つのか」とプレッシャー掛けるようなことは相撲ファンから見ても看過できない。
https://news.yahoo.co.jp/byline/yamadajun/20180119-00080643/
(追記)
相撲に詳しくなるには5chかtwitterかって話のようだけどそれは一長一短じゃね?
最近見てないけど5chも現役力士が書き込んでたりしてそんなに悪くはなかったような
kjkw 『相撲には八百長があるし、相撲の八百長はいい八百長。』本気で肯定してるにしても、あえて肯定してるフリして書いてるにしても分かり合える気がしない。
どういう意味でのどういう効果のある八百長なのかってちゃんと説明したよね?
ほんとに読んだうえで伝わらないならしょうがないんだけど
周囲の誰にも話せないので、誰も見ていないかもしれないが、ここにツラツラと書く。
出来の悪い駆け出し研究者の戯言だが、誰かが聞いていてくれたら嬉しい。
身バレは怖いので、専門分野は伏せさせていただく。
正確には、まだ微修正や製本作業があるので、学位授与は2ヶ月ほど先だが。
ブラック気味の所属研究室からも抜け出せるし、次のポストも任期付きだが決まっている。
結婚、の予定は無いし恋人も居ないが、ずっと放置していたプライベートも少しは充実できるだろう。
しかし、実際に終わってみて、期待したような達成感や開放感は全く無い。
それどころか、非常に後味の悪い悔しさばかりに捕われている。
あまりに虚しく、情けなくて、もう3日ほど布団から起き上がれない。
私の博士論文は、とても酷い代物だった。
「3年(あるいは5年)間の研究の集大成」ではなく、「研究者としての第一歩」にもならず、
非常にせこく、下品で、信念が無かった。
こうなったのは当然で、自業自得だ。一貫した研究をやって来なかったのだから。
博士課程の研究とは、(人によっては修士課程からかもしれないが)
「1つの大きな研究プロジェクトを立て、試行錯誤しながら遂行する」
博士課程において(おそらく)一番重要な、「1つの大きな研究プロジェクトの構築」が出来ていなかった。
長期的なゴール設定も無いまま、目の前の課題に盲目的に取り組み、とりあえず日々忙しいからと慢心していた。
なまじ、目の前の課題は山ほどあったので、散発的にでも小さな成果が出れば、研究したつもりになれた。
本当は「個々の課題が、より大きな研究計画の中で、どう位置づけられるか」こそが重要だったのに。
私は問題の本質から目を逸らし続け、そのまま博士3年の後期まで至ってしまった。
10月後半、いよいよ問題から目を逸らせなくなった時、私の目の前にあったのは
「複数の、脈絡ない研究課題の、小さな成果の寄せ集め」だけだった。
個別の成果だけでは小さすぎて博論にならないし、全体を包括するストーリーは存在しない。
分かりやすい業績(論文等)が出ている話を掻き集めて、後付けでゴールを作った。
つぎはぎだらけの代物に、博士論文とタイトルをつけて提出したのだ。
元々興味があった話題は、切り捨てた。十分な成果が出ていなかったから。
私のこれを博士論文と認めて良いのか、自信が無い。
なんて、取り返しのつかない事をしてしまったのだろう。
恥ずかしくて、情けなくて、泣きたいのに涙も出ない。
それでも、博論の提出条件(論文数など)に適っていたから、私は合格を頂いた。
私のこの学位は、半分以上「お情け」で与えられたものだと思う。
これを誇れるだろうか。
博士号とは何だろうか?
「自分が一人前の研究者であり、1つの研究プロジェクトを完遂させられる人物である」
お情けで頂いて良いはずがない。
恥ずかしい。悔しい。
それでも、頂いた博士号を返却する気はない。(もっとも、取り消し以外でそんな制度は無いが)
見切り発車で学位を頂いてしまったのなら、これから「博士号」に見合う人物になるしかない。
しかし、なれるだろうか?
私なんかが、3年かけて1つの研究プロジェクトも成し遂げられなかった人間が、この先一人前の研究者になれるだろうか。
いっそ、怠けていたら幸せだったと思う。
少なくとも、怠けた故の失敗なら言い訳ができた。本気を出せば良かったのだ、と。
私は、方向性の正誤はともかく、言い訳の余地が無いくらいには必死に頑張ってきた。
その結果がつまらないものだったのだ。一体どう受け止めれば良い?
努力したからえらい、結果よりプロセスが大事だ、なんて言えるだろうか?
私は言えない。
私は非常に、信用できない奴だ。
でも私には、こんなに信用できない自分くらいしか味方が居ない。
今後も、この胡散臭い研究者もどきを信じて、地道に努力を重ねるしか無い。
そうして度々、期待を裏切られては失望して、潰れて、また立ち上がるしか無い。
他に、私に選べる選択肢など無いんだと思う。
自分に失望した分、他者を失望させてしまった分、この先結果を出していくしかない。
一人前の研究者に、なれるか自信はないが、なろうと努力するしかない。
結果はすぐには出ないから、きっとまた暫くは、挫折感や敗北感とのにらめっこだ。
失った期待や信頼は、一朝一夕には取り戻せないし、そう簡単に一発逆転は起きない。
また1つ、恥を上塗りしてしまった。
しかし、挫折や敗北から這い上がることだけは、幸か不幸か慣れている。
博士号に見合う研究者たるべく、今回の反省点を、今後に繋げていこう。
私はきっと自分に甘いし、世界は私に甘くないから、今後もっと苦しいだろう。
それでも、頑張る。
3日も泣いて寝込んだ。
生きているのがしんどいと思い始めて、多分だけど15年とか経っている、ちょっとした消えたがりの散文が、つらつらと下に書いてある。
時間がある人はちょっとだけ読んでほしい。そして何か、少しでも意見が欲しい。いろんな考えが知りたい。でも、かなり怖い。
いや、読むのは時間を持て余した人だけでいい。かなり端折って書くけれど、15年くらいの時間を書いていく。きっと恐ろしく長くなる。なんか流行りだからここに書いたけど、きっと読む人は片手ほどで、その中でコメントを残す人を期待するのも間違っているんだろうけれど。なんてったって散文だし読みにくい。
でも、誰でもいいから話を聞いてほしい。私かうすればよかったか、これからどうすればいいのか。無責任で構わないから教えて欲しい。
初めて消えたいなと思ったのは5歳くらいだったと思う。6歳だったかもしれない。
親の都合で転園してきた先で同じ園の女の子に仲間はずれにされた。
ぼんやりとしか覚えてないけど転園する前も、仲良くしていたのは女の子ひとりと男の子ひとりだけだったから、昔からあまり好かれるような子じゃなかったんだろう。多分、すごく生意気な子供だったから。
みんなが可愛い、お姫様ごっこセットをつかって、私はなんか地味な、柄のないスカートだけ渡されて、「それもお姫様だから使えばいいじゃん」って。キラキラの、可愛い模様がついたフワフワのスカートを我が物顔でつかいながら、私に言うのだ。
先生が「順番ね」と注意をして、真ん中くらいの順番を手に入れたけど、気づいたら割り込みされて最後になっていた。
私の順番は回ってこなかった。
その時に、私はここにいてはいけないんだなと思った。いる価値がないというか、いる事の方がおかしいと言うか、そんな感じ。転園してきた訳だから、仕方ないけれど。それで、早くここから消えてしまいたいと思った。
あれ持ってきて、これ持ってきて。何かを持ってこないと仲間に入れてあげない。そういうことを言って来る子だった。パシリにされていた。
でも、パシリでもすれば一緒に遊べたから、喜んで従った。あまりいいこととは言えない。けれど、一人で積み木で遊ぶよりずっとマシだった、消えなくてもいいと思った。頼られているのだと錯覚した。
小学校に上がって、ランドセルを買い与えられた。普通の赤色じゃなくて、少しくらい、ワインレッドのランドセル。
母親はなんでピンクとか真っ赤じゃないのって言われたけれど、ワインレッドが可愛かった。ランドセルの蓋の裏が、赤系のチェックでとっても可愛かった。気に入りだった。
パシリはまだ続けていた。というか、パシられることが普通だった。
小学生になって、一緒に登下校をするようになった。
なんで変な赤色なの?って笑われた。
それを「可愛かったから」と言ったけど、それは可愛くない!こっちが可愛い!と言われた。多分、その子達に「センスがない」という判定を受けたんだと思う。
パシリにされてて、さらにセンスもない。なんとなく流れで、みんなよりも立場が下だった。
ジャンケンでランドセルの持ち合いをした時、他の子が負けたらみんなで持ち合いっこするのに、私が負けた時だけ全部持たされて、持つ距離も長かった。挙句、置いてかれた。前に進んでも誰もいなくて、置いていかれたんだと泣いた。おうちも少しだけ離れた同級生の重いランドセル5つを持って、道の真ん中で泣いた。泣いて数分たったら、なんだか自分のことが惨めになって、どこか誰もいない、遠いところに行きたくなった。結局はその子たちが戻ってきて、どうにかなったけれど。
小学2年生になって、夏休みで転校した。どことも知らないところだった。でも、一番長く住んでいたし、今の友達は大学の友達を除いて全部小中高で一緒に過ごした子だ。それまでに比べてとても恵まれていて、いい友達だと思う。一人一人が唯一無二の友達だとおもう。
最初は多分「遠いところから変なやつが来た」っていう理由。それから訛りが違う。あとは真面目ぶってる。オタク(父親の見ていた深夜アニメを一緒に見ていた。デ・ジ・キャラットとか、ギャラクシーエンジェルとか。今でも大好きだ)であること。あと態度が生意気。たぶんこの生意気って言うのは、生意気だという子の都合が悪いことを「誰にも言うな」と言われても担任にチクッたからだと思う。自分があんまりにも理不尽だと思ったことは黙っていられなかった。多分、そういう意味では「いい子」ではなかった。
でも、石を投げられて先生に報告したら睨まれるって、おかしいじゃん。石投げる人の方が酷い。チクった私が悪いのか。
多分悪くは無いんだけど、こどもの世界ではご法度だっただけ。けれど、それがどうしても辛かった。おかしいと言ったら「お前の方がおかしい」と言われてすごく辛かった。ここにいたくないと思った。
親に「ここの学力は低いんだから、90点以上取らないとダメだよ」と言われた。頑張って100点とっても褒められなかった。周りからは「勉強もできるっていう自慢か」と妬まれた。
言っておくけど1番を取れたことは無い。せいぜい10とか20とか。自分ではすごいと思った。100人近くの10、20って凄いじゃん。って。でも親にはそれじゃダメときつく言われた。ちょっと点数が下がったらお小遣いを減らされた。
生きているのがしんどかった。でも頑張らないと、価値がないと思った。
中学に入って、小学校の時みたいな勉強をしていたら、順位が真ん中よりも下の、後ろから数えた方が若干早い場所になった。その時に「さすがにやばい」と思って、塾に入りたいと言った。一人でする勉強に限界を感じていた。
下がった順位を元に戻したら「当たり前だ」と言われた。
中学では部活に入っていた。周りはみんなキラキラしているのに自分だけ見ずぼらしく感じた。部活に入ってすぐ、どうしてかレギュラーに選ばれた。自分は初心者で、周りには小学校の時から続けていた人がいたのに、自分の担当に人がいないからという理由でレギュラー入りした。初心者なりに練習した。練習中、何度も泣きそうになった。でも自分が頑張ることがこれからに繋がるとおもった。最後までやりきったあとに残ったのは「初心者なのにレギュラーに選ばれた変な人」だとおもう。若干避けられてたし、自分も周りにどう接していいか分からなかった。ここで必要とされていないとさえ感じて、練習もサボりがちになった。先輩からは、嫌われていたと思う(練習をサボったから当たり前だ)。同級生からもよくは思われていなかったと思う。
部活で同級生から「〇〇先輩はあなたと同じように生徒会もやって部活もやって成績もいいのに、なんであなたは同じことが出来ないの」と言われた。生徒会が忙しくて休みがちになっていた。そんなの言い訳だと怒られた。それでも暇を見つけて部活に行っていた。それでも怒られた。今消えてしまえば楽だろうけど、消えたら迷惑をかけるなと思って、最後まで頑張った。意地汚く残り続けた。高校進学は「〇〇高校の□□学科じゃないと、ご飯作らないから」と言われた。当時、高校の授業料は無償化されていたから、ご飯を作らないになったのだろう。端的にいうと「親の希望に添えなかったらお金は渡さないし育てないから」といわれたのだ。必死になって、どうにか合格した。合格したけれど、自分の学力じゃ、高校の勉強は厳しいなと感じた。もう一つの学科が自分のレベルに合っているとおもった。でもそこでは絶対にダメなのだという。辛くなるんだろうなと感じたけれど、それでも合格したのだから通うと決めた。
高校に入って、それなりの地位をもてたと思う。部活は変わって、生徒会には入り続けた。その部活がいわゆるパソコンをいじる様なもので、関連分野で色々頼られた。今度はパシリみたいなのではなく、よく巷で話題になる「絵をかけるならちょちょいっと描いてよ」の類でもない、本当の意味での「頼り」だった。
得意分野を持つということは自分が自力で立つことのできる力であると、その時感じた。普段だったら近寄れない、スカートを曲げて薄く化粧をした、クラスの人気者と話せる。そういう立場をその時手に入れた。
多分、高校生の時が一番、生きていて楽しかったと思う。みんなが私のことを知っていた。それに対する恐怖もあったけれど、決してマイナスではない視線は「自分はここにいていいんだ」と思える自信に繋がった。
大学は推薦で入った。センター前に決まって、受かるとは思わなくて、とても喜んだ気がする。
クラスメイトに合格を伝え、「あの〇〇か!?」「嘘ついてるわけじゃないよね!?」と言われながらも喜んでくれた。学校の先生もとても喜んでくれた。自分の妹も、私よりも喜んで泣いてくれた。
母親に合格したことを報告したら、おめでとうよりも先に「お金がかかるなぁ」と言われた。
正直なところ、大学に進むことについては消極的だった。高校に入った直後は専門学校に入りたいと思っていた。でも父親は「進学するより働け。進学するなら国立じゃないとだめだ」と言われた。だから専門学校を諦めた。中学生の予想通り高校の勉強はつまづいてしまって、学科では後ろから数えた方が本当に早いくらい、勉強はできなくなっていた。どれだけやっても勉強が伸びなかったから、早い段階で部活にシフトチェンジした。そんな経緯があったから、大学は行かないで高卒で働くかなとなんとなく思っていたら、母親が「高卒で働くより大学に行ってほしい。私立じゃ学費は出せないけれど」と言ってきた。これに逆らうとまた何か言われるんだろうなと思って、とりあえずやるだけやってみることにした。でも、勉強はできなくなっていたから、模試はどこも最低判定。ただ、推薦でチャンスがあるところがあったから、一かバチかで受けてみた。これでダメなら学力じゃ到底叶わないから、就職をしようとおもった。部活の成績がよかったから、それで受けた。
そうしたら受かった。奇跡だと思う。なにかの間違いじゃないかと思ったが、それでも受かったら嬉しかったのに、おめでとうもなく「お金がかかるなぁ」しか言われなかった。
誰が国立に行ってほしいと言ったのだと、その時は悲しくて悲しくて仕方がなかった。
こんなの傍から見たら「親の言う事しか聞いていないからそうなる」と思うのだろう。私もそう思う。
けれど、高校受験の時に「お金出さないよ」といわれ、大学受験に「国立しか認めない」と言われ、受かったら「お金がかかるなぁ」。反抗するなら自立しろ、親に頼るな。
それでは何をすれば良かったのだろう?
奨学金は申し込まなかった。心のどこかで受からないなと思ったし、親の収入などの関係で、ほんの少しだけ規定より上回っていたから受かるわけもなかった。し、なんとなく大学に入れても、やめてしまうかもしれないなと思ったのもある。とにかく奨学金は取らなかった。だから親に学費を払ってもらうことになる。お金がかかるのは、百も承知だった。
でも、まさか「合格おめでとう」よりも先に「お金がかかるなぁ」だなんて。なんだか悲しくなった。受けるのをやめた方が良かったのではないかと後悔した。
何より、ひたすら「お金がかかる」とい割れるのが嫌で、消えてしまいたくなった、なんのために頑張ったのだろうと、ひたすらに悩んだ。
大学に入るまで、そして入ってからもお金がかかると言われた。言われ続けた。
大学に入ってしばらく経った頃、仕送りが勝手に減らされた。1万円も減った。バイトをやりながらも結構ギリギリで頑張っていたのに、なんの前触れもなく減らされた。
なんで仕送りを勝手に減らしたの?せめて減らすなら前もって言ってよと親に言った。そしたら、「元々この金額だったでしょう?」といわれた。頑張って節約しながらも生きていたのに、あたかも「余分にお金をねだっている」風にされたのがひどく苦痛だった。
その年の夏、節約しなきゃとおもい、電気代をとにかく節約した。外に出るようにしたり、電気をつけなかったり冷房をつけなかったりした。
その月の電気代は1,500円もしなかった。
こんなに節約頑張ったよ!と母親にいったら、「もっと節約できるでしょ」と言われた。
電気をつけず、テレビもつけず、パソコンもつけず、ご飯はまとめて炊いて冷蔵庫に保管して、一瞬だけ電子レンジでチンする。冷蔵庫も止めてしまうと食べ物が保管できないから。そんな最低限だったのに、もっとと言われた。
馬鹿らしくなった以上に、親から私は「ただただお金のかかるダメな長女」だったのだろう。お金がかからなければかからない方がいい。そんな認識だったのだろう。
こんなに頑張っても文句を言われることに、自分が生きている意味とはなんだと問いたくなった。
答えは出なかったから、ただただ消えたくなった。
どう生きていてもお金がかかると言われて、生きているのがしんどくなった。我慢するのがバカバカしくなった。
バイトはしていた。学校に慣れるまで、夏休み前後から始めたいといったら、それでは困ると言われて5月くらいから始めた。バイト先の先輩に厳しくされて、辛いと嘆いたら「みんなそんなもの」と取り合ってくれなかった。辛かった。
そういうことも含めて、たまにTwitterで愚痴を呟いていた。愚痴をいうと今まで仲良くしてくれた人が、なんでも話せた人達が「自分の方が辛い」と言い始めた。自分の方が不幸合戦が始まって、私の「つらい」が軽くあしらわれた。次第に愚痴を言えなくなった。私だけ「辛い」が軽くあしらわれるのが辛かった。
頑張って大学に通った。頑張ってレポートを書いても単位が取れなくて、好んでとったパソコン系の授業を始め、授業に出ると頭痛が激しくなったり、気分が悪くなったりした。1年間くらいだったと思う。でも、お金をかけてもらっているから行かないといけないと、頑張った。
しばらく立って新学期になった。自分の妹が私立の大学に入った。
どうして?という気持ちがすごかった。父親が許したのかという疑問もあったのだが、早々にほかの選択肢を諦めた私とは違って、妹は頑張って説得したんだなと思ったら、それは認めてあげるべきだと思った。合格したことは喜ばしいことだし入学も喜ばしいから、合格おめでとうと、素直に伝えた。
しばらくして、父親は入学を許していないということが分かった。それで父親に「お前も加担したんだろう」と責められた。私は何も知らなかった。
なんで私が責められているんだろうと、つらくてつらくて。消えてしまいたいと思った。私から奪われた仕送り1万が、妹の入学金や学費になるんだなと思うと、なんとも言えない感情が湧き出てきた。
しばらくして両親が離婚すると言うことを伝えられた。どう思うと聞かれて、私が何か言ったところで何か変わるの?と答えた。冷たいなとも思ったが、私は私でそれどころじゃなかった。
学校に行けば嘔吐と頭痛を繰り返して、正直もう限界だと思っていた。
「離婚とともに破産すると思う。妹の学費や母方の生活費は払えなくなるが、お前の学費と生活費だけは出してやるからな」
素直に喜べという方が無理だ。体調不良等でまともに単位も取れなくなっていったのに、どうして喜べるのか。それが決め手になって、学校に行かなくなった。休学届けを出して、今はアルバイトだけやってる。
両親から連絡が来るだけで胃が痛む。学校に行けない自分が社会に出てもやっていけるとは思えない。大学の友達とは疎遠になっているとおもう。ただたまに道ですれ違って、名前を呼んでくれて、元気?と声をかけられると、いい人と友達になったなと思う。同時に、こんなダメな人間が友達でごめんねとも。
高校までの友達は「そのまま社会に出てもやっていけるよ」という。でも、日本の会社というのはおおよそブラックだと思っているし、そんな所に行ってしまったら自分は生きながら死んでしまうのだろうと思う。きっといまのオタク趣味もままならない。二次創作をする時間もなくなるだろう。そうやって仕事に謀殺されて、私は私でいられるのだろうか。
そこまで考えて、今までの人生の中で、私が私でいた瞬間とは何なんだろうと思った。
私とはいったい何なんだろうか。
私が生きている意味とは。
なんでこんなに必死になって生きているのか。
辛いという言葉は、私の方が辛いで潰されて、楽しいことなんか二次創作を始めとしたオタク趣味ばかりで、そのオタク趣味すらも、今じゃ疎外感を感じている。自由に慣れていたはずのSNSは、現実と同じように苦しいものになっている。
辛いと思うことも軽んじられ、ひたすら金がかかるといわれ、遊びに行くと贅沢だお母さん達は頑張ってあなたに仕送りをしているのにという。
私はなんのために生きているのだろうか。
こんな生活、生きているというのだろうか。
ただ呼吸をして、心臓を動かして。ただそれだけ。
生きているのがただただしんどい。早く死んでしまいたいとすら思う。でも死ぬとお金がかかる。親が困る。周りも困る。
ある日母親に言われた、「お父さんはあなたを生んだ時に『なんで生んだ』といったのよ」と。
ひたすらお金がかかると言われて育って、なぜ生んだと言われたと言われる。
「なんで私のことを産んだの?」とは言えなかった。「産まなくてよかったのに」とはもっと言えなかった。言ってやりたかったけど、それを言ったら家から追い出されると思ったから。
私は「そう」とだけ返したのを覚えている。いつ、こんなことを言われたのかなんて、細かい年は覚えていないけれど、そういうことを言われたということだけは鮮明に覚えている。
私は
どうすれば良かったんだろう。
何をすればもっと前向きになれたんだろう。
何をすれば「頑張ったね」と言ってもらえるようになるんだろう。
毎日生きているだけでも精一杯なのに、もっともっとと周りはいう。頑張ることが当たり前。
でも、私はまだ頑張ってないんだと思う。恵まれているのだ。奨学金を借りずとも大学に行けたのだから。好きなことをやれているのだから。
世界一不幸だと思うな。世の中にはもっと不幸な人が、辛い人が沢山いる。
みんなそう言う。私のつらいという気持ちを無いものとして。みんなそういうのだ。
生きていることの何が楽しいのだろう。
生きるなんて、辛いだけじゃないか。
早く誰か、私を殺してほしい。
金だけかかって、だれの期待にも応えられない私を早く殺してくれ。
生きているのがただただしんどいということすら認められない世界なんか、壊れてしまえばいいのに、世界はそれを許さない。それなら。私を早くこの世界から追い出してほしい。
早く私を殺して欲しい。早く殺して。早く。こんなに辛いのに、世界は生きれという。お前はまだマシだと。
反論1 ストーリーがメインじゃない物も昔から受けてた。ドンドンドリフの大爆笑とかな
反論2 ストーリー物は今でも受けてるし、あんたが馬鹿にしてるyoutuberだって今一番受けてるのは「コンビニバイトからワンチャン狙って自力でバーチャルyoutuberになったら何か受けてその分野で働く夢が叶ったおじさん」であり、どう考えてもストーリー部分が受けてる。
なぜ書こうと思ったか?
というのも、「CBT 勉強法」などの検索ワードで出てくる諸々のサイトの内容では問題があると思ったからです。
現時点で出てくるサイトのほとんど、「CBTの個人的勉強法」と銘打っているものたちですが、
実際は自分の成績がなかなか良かったことをドヤりたい連中が書いてることが、底辺勢から見させてもらえば丸わかりなんですね。
「数か月前から○○をやりました」「直前まで試験があって不十分なまま試験へ」「結果は80数%、多少不満が残る」
などなどなど。効率よくやってまあまあ上手くいったわ~。
ドヤってます。そして参考になりません。
そもそも成績がいい人はCBTに落ちないので。
落ちる訳のない人が落ちる訳のない勉強をして普通に受かった。それだけの話。
1、2年生の時の教養科目や3、4年生の専門科目で落第して留年するよりも危険です。
なぜならば、CBTは留年して再度勉強しても落ちる可能性が高いからです。
理由は単純でして、まず1年間やることがありません。堕落しようと思えばどこまででも堕落できてしまいます。
加えて当人は「なぜ落ちたのか」がわからないままに時間だけが過ぎていくことになります。
大学内の科の単位でしたら、一度留年した時点で、大学や教員側もサポートしてくれます。
先生方は悪人ではありませんから、自力では受かることが出来なかった子は拾おうとしてくれます。
ただし、助けを求めれば、ですけども。
先生方との面談でも、結局のところ、「勉強頑張って」というメッセージを送られるだけです。
ただCBTに落ちる連中(自分含む)はどう勉強すればいいのかわからないというのが実際でして。
なぜこの記事を読んでいるんでしょうか?
その成績であるのに不安で不安でしょうがないのでしたらむしろ病院へ行きましょう。
2、現時点でクラス内成績上位50%内にいる人
おそらくいろんな人からQB(もしくはこあかり)をやろうと言われてると思います。
3、現時点でクラス内成績下位50%内にいる人
特に、今までサークル内の情報、過去問等で定期試験をパスしてきた人は討ち取られる可能性がやや高いです。
まず落ちます。
友人や先輩からの「まあ何とかなるよ」という言葉は無視しましょう。
1、2の人
3の人
友人や先輩方に言われる通りです。
QBをやりましょう。そしてわからなかったことは病気が見えるや自分に合った参考書を用いて調べる。
4の人
スマホを手元に置いた状態で勉強できる人種は成績下位10%にいません。
自分はスマホを家に置いた状態で図書館や大学学習室へ行って勉強していました。
そしてQBをやりましょう。
クラス成績下位10%にいる人は、現時点で持っている知識の量が他とは比べ物にならないくらい少ないです。
アホみたいな問題ですけども、おそらく自信を持って言える人はこのランクにはいないでしょう。
一度QBのVol1,2,3をやってみればわかると思いますが、8割方分かりません。(社会分野や公衆衛生は常識問題なので例外です)
ここまで記事を読んでくださった1,2に該当する方は「自分もそうだったぞ」と思われるかもしれませんが、少し意味が違います。
1,2の方は「答えがわからない」んです。4の人は「何を言ってるのかわからない」んです。
1,2の人であれば、出題された疾患に関する参考書を開けば、「ああ忘れてた。覚えとこ」となるんです。
4の人は違います。「へーこんな疾患あるんだ」となるんです。
疾患そのものは知ってるからです。今まで知らなかった知識を埋めるか忘れてた知識を埋めることで充足できるからです。
参考書を開いて疾患そのものを最初から学ぶところからやらないと知識としてまず定着しません。
何もわからねえ!となっていろんな参考書や問題集に手を出すと最悪で、全然点数が上がらないままに本番を迎えることになります。
QBのみをやりましょう。そしてQBの問題はほぼ完ぺきにするようにしましょう。
オススメの勉強法は出題された各疾患をノートにまとめることです。というかやってください。
やらないと点数が上がらないです。
他のサイトでよく言われている、「QBの一周」というのは、少し表現に不足があります。
「QBの問題を参考書を用いてまとめつつ一周」です。問題をざっと読んで当たった外れたしてるだけでは勉強になりません。
故にQBオンラインもほぼ役に立ちません。少なくとも4のクラスの人には。
どうしてもそれだけでは心配ならば、QBの問題集の最初にある、CBTの出題範囲となるコアカリキュラムを見てください。
そこに載っている疾患や指定された内容をさらにノートにまとめましょう。
それをやれば、QBの内容でほぼ必修疾患は網羅されているということに気付くと思います。
加えて、ここが非常に重要なのですが、QBVol1の基礎医学の分野、真面目にやりましょう。
方々のサイトが、「点数に繋がりづらいのでほどほどに」などと書いてありますが違います。
基礎医学分野の点数が上がりづらいとみなが口々に言うのは、難問の中に、膨大な知識量を要求される問題が混じっているからです。
そもそも知識がまるでない4の人には、得点を稼げる猶予があります。
ノートに一通りまとめれば点が取れるようになる問題が残っているはずです。
基礎医学分野を7割から8割9割まで取れるように勉強するのは非常に大変です。
5割を7割にすることはそれほど無茶な学習をしなくても可能です。
更に、CBTは臨床分野が重要とは言われていますが、一部の臨床分野は基礎医学の知識があって初めて理解が出来ます。
そんなわけで基礎分野はきっちりやりましょう。ここが結果を左右します。本当に。
一度真面目に見ることが大事です。
各科を大まかにまとめるのが目的の講義ですので、詳細な部分は説明されません。
しかし、必須となる疾患の大まかな病態を理解するのには非常に役に立ちます。
身振り手振りを用いて疾患を説明してもらうのはかなり理解に役立ちます。
しかし、「この疾患はこんな感じ~」というのがわかっても、「○○と○○を覚えろ」と指定された言葉に意味はありません。
しかし、全くイメージの湧かない疾患を大まかにとはいえ一発で理解できるのは非常に有用です。
一回見ましょう。それで充分です。
4の人向け結論
1、スマホをたたき割る。
半ば冗談、半ば本気で言ってます。隙あらばスマホを触る生活から離れましょう。
無論人によっては誘惑のものはスマホでない場合もあるでしょう。とにかくそれから離れましょう。そうしてようやくスタートです。
2、講義を見る
また、すでに試験が直前に迫っている場合は絶対に飛ばしましょう。直接点数に繋がる勉強ではないので。
付け焼刃でもいいから点数がほしい。そういう状況の際はやらない方がいいです。
3、QBを用いて勉強。わからない疾患や用語はノートにまとめる
これが全てです。1,2はこれのための下準備です。
以上です。たったこれだけです。QBを参考書を用いて詳細を調べながら勉強すること。これに尽きます。
3のクラスの人も同様です。
QBを用いるんですから当然使いましょう。ページ指定までしてくれています。危機感を感じているなら今すぐ買いそろえましょう。
とんでもない名著です。様々な基礎医学分野の事項が必要十分に書かれています。
標準なんちゃらのように詳しく書かれ過ぎてて意味が分からなくなっていることもありません。
CBT試験用として容量が絶妙なんですね。これ一冊で基礎はほぼカバーできます。
国家試験合格率を上げようという大学全体の流れからして、これからは各大学で合格ボーダーのインフレがどんどん進んでいくでしょう。
ただ、勝手に保障しますが、上記した勉強法で75%は取れます。(80%と言いたいところですが、多分勉強法の相性もあると思うのでちょっと謙遜)
書いてくれた増田さんに近い状態にもなったことがあって、そのときは一人暮らししてて睡眠障害とかもあってとても片付けるところまでできなくて、とりあえず役所に相談して家賃の援助してもらいながら職業訓練受けたことがあるんだ。
今回は、もう一回ここに書き込んだんだけど、その一人暮らししてた部屋を引き払ったときに、実家に持っていけないものはトランクルームに入れてたんだけどそれも滞納して、処分されちゃったかもしれないなっていうのが引金で、ここ1年くらいのあれこれがどばっと来ちゃった気がするんだ。
今は実家に戻ってるから延長雇用の親に衣食住面倒見てもらってる状態で、それでも自力で払えるものは払おうとしてたんだけど結局溜め込んじゃったから精算しないとって思った。この部分は増田さんより全然甘やかされてると思う。ごめん。
焦るの遅いって話なんだけど。
一回目に書き込んだときに泣きながら、なんとか週払いで体力的にもできそうな日数の、職歴不問の入力の仕事があるっぽいから、これなら0にはならないし、少なくとも自力で片付けできるくらいの体力づくりにもなるなって。
まず体の調子が長く良くなくて、入院しても回復らしい回復はしなくて、1年くらい前に行った医療機関には「少なく見積もっても絶対安静6ヶ月」「寝る食べる以外するな」って言われるような状態だったみたいなんだけど、そういうのもあって親も甘えさせてくれたんだろうけども、難病とかそういうのでもなさそうって、ただ脆いだけだとどうしようもないんだなって感じてる。
まだマシな頃に増田さんみたいに奮起できれば良かったんだろうな。
とりあえず、目標額決めて、実現できるか分からないけどそれを目指しながら試行錯誤するつもり。
申し訳ないけど消えたいの方向で。
実は、ひとつだけしか繋がりのない知り合いにだけこの鬱々をこぼしてしまって、本当に申し訳ないなって思ってる。
死んだら許さないとか、ご飯食べに行く約束したじゃんとか言ってくれたけど、どうでも良くなっちゃったんだよね。
月曜の朝っぱらから本当に悪かったなあ。
自分の頃のことを思い出した。二次試験で後期まで不合格で(後で前期は不合格Aと知りあーあとなったが)東京まで出て予備校に通うこととなった。
田舎にいてもだめだなと思ったからでこれは間違ってなかったと思う。大手予備校に入ったが、通学1時間ぐらいだったっけな。
予備校の寮には主となってひとがいてやべえなこのままと思った記憶がある。現に何浪もしわたしのあとにも何浪したので予備校に通えばいいというものではない。
可愛い女の子,イケメンな男の子、それも共通の目的 大学合格にめざすこと がある人間が集うのだ。
新鮮な経験である。非常に危険である。疑似大学生活のように思ってしまう。
先に結論を言おう。
つきあったり遊んだりしてた人、ほぼ全員第一志望に不合格であった。
遊びに行ったりパーティーしたりしてたけど、おまえら受験生でそれも少なくとも一回失敗しとるぞと。
中学生の頃から仲の良い友人と一緒に行ったが、その友人はそっちのグループに行ってしまった。
嫉妬と思われてたみたいだが、勉強しないとやばいぞと伝えたくて色々言ったけどわかってなかったな。
ちなみに彼は第一志望には落ちました。
そのグループの中でも適度な距離をもってたひとはうまくいっている。
だが、地方の男子校出身者とか舞い上がるに決まってるじゃないか…
ライバルだと思ってたヤツがどんどん堕落していくのは見ていて辛かった。その彼は2浪したところまでしかきいていない。
リア充への嫉妬なんだろうけど、自分にはもうあとがない・このままではやばいという危機感ばっかりで辛かった。
でもそのおかげだと思う。
浪人の一年間は一番勉強したと思う.勉強か近くのまちの散歩と好きなラジオを聴くだけだったとはっきり言える。
そうしないと第一志望に通らないと思う。反論はあるだろうけど。
浪人なんてしても大したことはないと思う.でも脱するのはかんたんではない。
友人たちとは疎遠になったけれども、ここで距離をおいてよかったと思う。
受験生諸君に言いたい。ほんとに勉強だけしとれ。大学でたのしいことできるから。と
あと予備校に板書を写しに行くな。メモにして理解に努めろ。予習して問題を解いていけ。
きれいなノートが合格の近道なんてない。読んで理解したつもりでももきっと問題は解けない。
得意な科目なんてなくてもいい。苦手な科目をつくるな。
S台の東大実践模試は問題の質が違うこともあるしかならずしもいいベンチマークではない.結果は出なくても大丈夫。
むしろ全国模試のほうが東大に近いと思うほど。標準模試で全教科結果をだせればそれでいい。
調子とか相性とか意味のわからない言い訳をするな。それが実力だ。
神頼みするな。それはお前の努力がその程度の行動で変化するなんてことを意味する。
志望の理由なんて崇高なものはいらない。行きたいから行く。それでいい。
ぜひ頑張ってもらいたい。
自己肯定感を高める薬ってないのかな。
不安な気分を和らげる薬は飲んでるけど、効いてるんだかどうだかわからん。
人に何かを褒められても、それが純粋には信じられない。
「自分が認められるわけなんてない」という思考が根本に根付いてしまっている。
自分はせいぜいレトルトカレーでさ、気楽に手に入るからまるで良いように見えてるだけでさ、
あなた方は高級ホテルのカレーを食べてないだけですよ?みたいな。
根気よく褒めてくれた人はいたけどさ、結局は自分が潰れるか相手が潰れるかばかり。
でもなにか人恋しさのようなものも感じている。
もう自力じゃまともになれん。誰か助けてくれ。
大前提。
(1)Unlimited Blade Worksルートをやっていれば、キャスターがクズキを殺す可能性はゼロで有ることは言うまでもなくわかるはず。キャスターはこのルートでもクズキのことを自分の命より大事に思っている。
(2)まず、クズキとキャスターの関係は特殊。キャスターはルールブレイカーを使って元マスターを殺し、自力で顕現しているはぐれサーヴァント状態。クズキは魔術師ではないためマスター契約もしていない。そのため、令呪のつながりがなく、キャスターにはマスターである葛木の異常を察知することが出来ない
この歪な状態を間桐臓硯に狙い撃ちにされる。
殺害の経緯。
(1)まず臓硯は柳洞寺を監視し、クズキが結界の外(学校)にいて、かつキャスターが隣町に出ているときを狙う。
(2)条件が満たされた状況で、蟲を使って魔術耐性がない葛木を蚊のような蟲で攻撃。
武術においてはサーヴァント並に強いクズキだったが、蟲魔術耐性がなく、油断していたためにあっさりやられる。間桐臓硯は魔術でクズキの意識を掌握。さらに蟲がクズキの心臓と入れ替わる。つまり実質的にクズキはこの時点ですでに死亡している。
(3)操られたクズキは結界内に戻り、キャスターの工房を破壊。
(4)隣町から戻り、異常に気づいたキャスターは、クズキが操られていることを察し、彼を救おうとしてクズキを拘束した上でルールブレイカーを使用する。しかし上で述べたように、すでにクズキの心臓は蟲が代替している状態。ルールブレイカーを使用したことにより蟲が消滅してクズキは死亡する。キャスター自身も、そしてそのタイミングでやってきた士郎セイバーも、キャスターが自らクズキを殺してしまったと誤認。
(5)直情馬鹿の上に「主君への反逆」にトラウマがあるセイバーは、瞬間的に頭が沸騰し、話も聞かずにキャスター絶対頃すモードになって襲いかかる*2。ろくな備えもなく精神的にも支えを失って自暴自棄になったキャスターはあっさりセイバーに討たれる。
何なの?
なんで家庭環境が複雑だった人とか、障害持ちだけど克服した人とか、ヤンチャだった人とか、そういう奴のほうがチヤホヤされてんの?
まっとうな家庭に生まれて、障害もないまっとうな人間で、まっとうに生きてきた人のほうがすごいだろ
実は家庭環境が複雑になりそうだったけどうまくしのいでたり、自力でまっとうな方向にもっていくだけの能力があったのかもしんないだろ
なんで結果だけをみずに過程ばかり見るの?評価すべきなのは結果じゃん
なんでわざわざ「私は躁鬱なんですけど」って初対面のやつに言うんだよ
「躁鬱なのにこんなことできるんですね頑張ってますね」なんて思わねえからな
「めんどそうな人だな」としか思わねえよ
どうだろう?
x 「大丈夫ですか?」
o 「よし、もう大丈夫だ。次の駅で降りてベンチで休憩しましょう」
視界がブラックアウト気味、思考もままならないので、回答できる余裕はない、回答できたとしても、「大丈夫です」とか状況改善しない回答をしてしまう。
x あの席に座りましょう
発生初期は、一歩も動けない。目の前の席でも、座るという動作も出来ないんだよね。
僕達素人が、無理やりやると、きっと良くない事が起こりそうなので、座らせて対応者の自分が安心したいだけの事をするなら、状況観察に注力した方がいいと思う。
ごく個人的な体験からすると、動く車内よりも安定したホームで休息した方が回復が早い事が多かった。
あと、脳出血だった60代の人も、電車内で次の駅に救急車を呼べたので、すぐに搬送出来て、左手にちょっと麻痺が残る程度に抑えられたと聞いた。
・痙攣有無
・左右半身のバランス
・言語の明瞭性
この辺りの症状、そう脳卒中/脳出血の可能性。非常停止ボタンを押して電車止める人を見た事あるが悪手ではないかな?
でも、素人が勝手な正義感?で対応するのは是なのかと迷う。実は大した事なくて、その人の会社の運命を左右する商談に遅れたら責任負えるのかとかとか。
3日毎に貧血起こす慣れた人で、大げさな対応して欲しくないんじゃないかとかとか。
ただし個人的に、祖母を脳卒中で亡くし、電車で倒れて会社まで自力で行った後に救急搬送された父親の半身不随介護で、5年費やした身としては、、なるべく症状が軽くなるような対応をした方がと思うが、どうなんだろうか?
5年長かったなあ
調理器具にお金をかける時点で趣旨からはズレるかも知れんが、蒸し調理も結構いいぞ。
趣味で大同電鍋(台湾で良くつかわれてるらしい炊飯器、蒸し調理に強い)を買ったので、最近は1日1本はさつまいも蒸してるゆで玉子でいいなら芋と一緒に生玉子放りこんでおけば同時に作れる。
野菜を丸ごと蒸し調理とかするのもよさそうなんだけど今年は野菜高いからまだやっていない、ビタミン補給はみかん食べたりしてる(果物を食べるかわりにお菓子はほとんど買わないことにした)
洗い物に関して言えば一応家には食洗機あって便利だけどあれ水道工事入るし(自力で出来るだろとやってみたら3時間くらい試行錯誤する羽目になった)賃貸だと上手く設置出来るかわからんし(蛇口と接触して蓋があけられないとか)電気代もみるみる上がるし、時間を金で買える人向けではあるな。