はてなキーワード: オーバードクターとは
博士課程で単位なんて気にしてる奴いないよ。問題は博論審査に進むための要件を満たせるかどうかだけ。
うちは英語ジャーナル論文3本以上出版が条件だったし、さらに指導教員が分野トップジャーナルにしか投稿を許さない縛りもつけてたから、3年で終えられた奴ほぼ居ないどころかオーバードクターで学位も取れない人だらけで死屍累々だった。研究室史上最速の取得者が4年半だったかな… 論文を書いても書いても通らない時の焦燥感は今でも夢に見るし、俺は踏みとどまったけど焦燥感から論文を捏造する人の気持ちもめちゃくちゃ分かる
俺も5年かかった。先輩たち4人も全員オーバードクターして最終的に学位取れなかった。俺が(同期と同時だけど)研究室初の博士号取得者。指導教員は放置(自由放任?)の上でジャーナルの格を要求するから論文書いても通らず厳しかったし、rejectくらって格を少し下げたらこれは学位要件に入れられないみたいなこと言われてた。俺は論文5本publishくらいの時点でようやく博論審査申請を認めてもらったけど、キツかったし二度とやりたくない。
学位取得してから外の人たちと研究するようになると、世の中の若手ってこんなに論文書けず能力もないのに博士号取ってるのかって驚きだった。卒業後に論文を書けなくなる教員がたくさんいるってのは本当。クソでも卒業できるところはあるし博士号取る基準がかなり厳しいところもある。実力はついたから指導方針として間違ってなかったと思うけど、うちだけ厳しくてこれ何?とは思ってたよ。他所の研究室なら先輩達も2回くらい卒業できたじゃんとか思うけど、博士に値しない人たちに博士号を与える他所の研究室が正しいとも思えず、一方でうちの苛烈な要求が正しいとも思えなくて、質保証のために基準は上げつつ退学してももう少し気楽に民間就職するルートが開かれていてほしいなぁと思うわ。博士号って名前は同じなのに基準が違いすぎる。
中退がどうとか誰でも取れるとかは場所とか分野とか指導教員に依るので、中退だからどうこう言われずに普通に民間企業と行き来できるようになってほしいね。
ポスドク問題、研究費が足りない、オーバードクター、精神病む人。。。などなど大学におけるアカデミアのブラックトークのネタは尽きない。これらの問題は確かによろしくないし、しばしばテレビやネット界隈をにぎわせる。
でも、僕はあえて言いたい。本当にアカデミアでやばいのはそこじゃない。
この記事では、5年ほどアカデミアで下っ端の助教として研究にいそしむ著者が、アカデミアの問題点を、普段アカデミアのなじみのない人にプレゼンしようと思う。今回語ることは、根本的すぎてなかなか問題提議すらされない。ぜひアカデミアというガラパゴスの歪みを皆様にも考えてもらいたい。
ではさっそく、アカデミアで最もヤバいのはなにか??それはズバリ【講座制】というシステムである。
講座制って何?と思った人も多いと思う。簡単に言うと講座制は「研究室は、教授がトップ、その下に准教授、その下に助教、そして学生、という小さなピラミッド構造で運営してくださいね」という決まりである。日本の理系研究室、特に著者の専門の化学ではこのシステムが主流である。
え、普通じゃね?と思った人も多いかもしれない。だが、実は世界的にこの講座制を敷いている国は極めてまれである。欧米では、教授、准教授、助教いずれの階級でも自身の研究室を持ち、運営することが一般的である。つまり、世界から見て日本の講座制は「きわめて変」なシステムであるといえるし、実際海外の研究者から変と思われている。
では、講座制の何がそんなにヤバイんだろう?その理由を列挙してみよう。
人間は衰える生き物である。若いときは優秀であった研究者も老いて時代遅れになることは仕方のないことである。アインシュタインですら量子力学をなかなか受け入れることはできなかったのだ。日本の講座制は見事にこの問題をカバーする。老いて耄碌したおじいちゃん教授がいたとしよう。最近の研究トレンドがわからず、大したアイデアもでてこない、研究者としては枯れてしまった存在だ。しかし、日本の講座制はこのおじいちゃんを手厚く保護する。なんと、下についた研究室の若手の准教授や助教がせっせと新しいアイデアを提案して、研究を進め、勝手に論文を書いてくれるのだ!ちなみに論文の著者リストの中で、そのおじいちゃんは責任著者として、「これワイの研究やで!」っていう風に論文を出すのが通例だ。その研究が仮にすごかったとして、世界に名が轟くのはおじいちゃんの名前だ!よかったね!
え?実際アイデア出して、研究を進め、論文書いた若手は?って?いやいや研究室の下っ端なんだから(笑)偉くなってからまた下っ端つかえばいいのよ(笑)今は我慢我慢(笑)
これは知らない人には嘘みたな話に聞こえるかもしれないが、本当の話である。実際、僕が100%自分で考えた研究を、自分を責任著者として発表しようとしたら、ボスから「責任著者は研究室のトップがなるもんや!!」って本当に言われた。「俺の成果は俺のもの、お前の成果は俺のもの」を見事に体現したジャイアニズムといえよう。
本当に笑えない話で、これは日本からなかなかスター研究者が生まれない理由にもなっている。若いときに世界的な発見をしたけど、今その業績には発見者の若手でなく、当時のボスの名前がついている。というケースを何件も知っている。まぁ、搾取だよね。
② 若手にお金を配らない
若手研究者は大学で研究者のキャリアを歩む場合90%以上の確率で、講座制のもと研究室の下っ端から始めることになる。こういうシステムが常態化したおかげで、日本には若手研究者をスタートアップを助けるという文化は存在しない。海外では若手研究者も自身の研究室を持つことからスタートするので、結構スタートアップが手厚い。その分海外は生き残り競争が厳しいが、いくらなんでも日本は若手に主導権を握らせなさすぎる。さらに、大学からの公費も講座制の名のもと、若手研究者にはほとんど配られない。「教授に配っとけば、助教にもいくんでしょ」と言わんばかりである。ほかの予算も大なり小なりその性格がある。この辺は長くなるので省略するが、日本はとりあえず偉い人に金を配っとけばいいという文化がある(少なくとも著者の周りの分野では。)。逆に言うと、若手のうちからまとまった研究費を獲得することは本当に難しい。じゃあ、どうなるのかというと、研究室の教授に頼らざるを得ないのだ。若手は実績・アイデアを引き換えにして、資金的後ろ盾を得る。実によくできた奴隷制度である。
③怪物を生み出す
さて、こういった営みを繰り返したアカデミアでは、普通の社会ではお目にかかれない怪物が生み出されることになる。たいしてアイデアや能力もなく、若手研究者に対し、たまに的外れな茶々を入れるだけで研究した気になり、他人のアイデアを自分の能力によって生まれたものと信じて疑わず、搾取に搾取を重ねるだけの寄生虫である。こんな寄生虫は普通、搾取のし過ぎで宿主を殺してしまうはずだが、講座制はこの寄生虫を手厚く保護をする。都合のいいことに、若手は任期があって二・三年でポイできることが合法化されているからね。若手の変わりなんていくらでもいるのである。あ、ちなみに教授はほとんどの場合任期なんてないよ♪だって教授はえらいもん♪
さて、本当はまだまだあるが、もうアカデミアが思ったよりヤバイことがわかってもらえただろう。
で、こんなことをわかりつつ、それでもこの仕事を続けるのは研究が、学問が好きで、どうしてもやってみたいことがあるからだ。この考えがもしかすると講座制を生きながらえさせている諸悪の根源なのかもしれないな…だとすれば一番悪いのは僕ということになるのがつらい。
講座制の中でも、何とか研究したいから、搾取にも甘んじて付き合っちゃんだよね。
だが、このヤバさは、僕の時代で解決しなくても、10年20年後にはどうか改善していてほしいと思う。というわけで皆様、この記事をSNSでシェアして、バズらせましょう!届け!文科省とか偉い人に届け!!
・1年目:260万円
学位を取って晴れてポスドクとなった。同じゼミにそのまま残っていて業績過小なので、オーバードクターみたいなものではあるが。手作りの収入は院生時代の奨学金より減少し、奨学金の返済も始まった。給料について事前に説明はなく、同じポジションの先輩が月30万くらいだからそんなもんだろうと思ってたら予算の都合で今年度の採用者はこの金額ですとのことだった。他に行き場所もないからとりあえずそのまま働くことにしたが、すぐに転職サイトに登録した。まあ色々理由はあったが、結局のところアカデミアへの興味も失っていた時期で、かつ結婚も考えていたので、もういいや民間へ行こうと心に決めた。
・2年目:350万円
1年弱ポスドクをやって転職した。微妙に専門分野と関係なくもない専門事務?的な仕事で無事採用され、何も考えずに行くことにした。炎上プロジェクトに放り込まれて月60時間くらいの残業があった時期もあったが、自分としてはランナーズハイみたいな感じになって結構楽しかった。しかしそれだけ残業して残業代がフルで出てもこの金額である。一応、転職エージェントから言われていた金額とピッタリではあった。どんだけ残業前提なんだ。
・3年目:430万円
新年度から正社員に登用されることになった。転職エージェントから聞いていた話とは違い、基本給は据え置きだった。炎上プロジェクトが完了し、残業が減ったのでむしろ収入は減った。しかし業界がちょっと景気の良い時期だったので、人生初のボーナスは3桁万円だった。これは結構嬉しかった。
・4年目:490万円
特に変わらぬ日々。正社員2年目でボーナスがようやく2回出るようになった。しかし業界的にも会社的にも業績が下がっていて金額は下がった。残業もさらに減少した。
・5年目:520万円
コロナの影響で在宅勤務となった。一応昇級したらしく基本給はちょっと上がった。しかしまだ転職エージェントに言われた、正社員になったらこれくらいですよ、の金額には到達していない。なんか残業もそこそこあり、後半は結構忙しかった気もするが、やってる事が相変わらずすぎて飽きてきていた。もう成長している実感もないし、転職しようと思い立った。
・6年目:550万円
他業種に同職種で転職を果たした。まだ任される仕事が少なく、業務量としては今までで一番楽である。在宅勤務は相変わらず継続中。一番楽な事をしているのに今までで一番収入が多いことにはやはり何か変な感じはする。
・今後:今のポジションでは600万くらいがいいところでしょう。とりあえずアカデミアでずっと続けていて助教になるのと同程度には収入を増やせたかなと思って自分を納得させている。今のところで年収がサチったらまた転職は考えるかも。博士取ってから民間でバリバリ稼げている人もいるだろうけど、こういう例もありますよって程度の自分語りでした。
働きもしないで引きこもったまま65歳になって生保になる人と、シングルマザーで子どもが何人もいるけど、ちゃんと育ててる人だったら、後者にお金をかけた方がいいのは明白だ。
後者は子どもがいずれ納税者になるし、もしかしたら母親を引き取ったりして、生保じゃなくなるかもしれない。
オーバードクターとか問題になってるけど、あれも生保に出してる捨て金を回せばいいじゃん。何で誰もそういわないんだろ?
きっと不満に思う生保も出てくるだろうけど、先手先手で機械学習で問題起こしそうなやつを押さえておけばいい。
まず「黒船」って比喩を使ってるけど、軍事技術と民生技術は世界が全然違うのが当たり前なので、ここでは民生技術とりわけIT技術の話と限定したい
欧米だと博士号持ちのサイエンスライターがフリーランスでもごろごろいるけど、日本にはいないよね
アカポス待ちのオーバードクターがパートタイムでライターやればいいんだけど、本人たちがやりたがらないし書く訓練も受けてないし、ライターは過当競争だから文系ライターが何でもやりますって言って素養がないのに仕事とってっちゃう
結論は、英語情報とおなじように、エンジニア自らが中国語を習得してネット経由で中国語技術情報をキャッチアップするしかありません
レールに乗っかったつもりで漫然とドクターまで進み、オーバードクターになってしまったとしたら戦略ミスだろう
左派が支配的な日本の大学で左派に従順なボスの下で徒弟をやってたなら、金儲けなんか考えちゃだめで、准教授、教授と昇進していく以外のキャリアパスは提示してくれない
ポストがないやつは負けたから指導的地位につけなかった、あとは平等な労働者として汗水たらして働くのがあるべき姿と思われているのかもしれない
社会ではなくて自分が報われるために、金儲けにつながるテーマを見つけて就職ができるかは自分次第ということになる
目端のきくやつはとっくに留学してるだろう
アメリカでphdの待遇がいいのは産学協働、産軍協働にお金が回ってくるってことなのに、左派アカデミズム(学術会議とかね)はそれを拒否するんだから、お金が回ってくるわけがない
日本は、資源が無い。そう昔から言われてきた。それで、戦前は侵略大国に、戦後は加工大国、高付加価値大国になった。
そして、いま、文化大国を目指しているらしい。それで、あれもこれも、政府に、補助しろ、カネを出せ、と喧しい。
だが、その文化と言われているものが、プロスポーツやアイドル、マンガやアニメ、スマホか。
祭りも年に1回。あれも、麻薬やギャンブルと似た昂奮を伴う。たまにならいいが、常習化すれば、まともな生活が破綻する。
ところが、いまやプロスポーツイベントは、年中、隙間がないほど。プロスポーツなんて、やればだれかが勝つのだから、かならずニュースになる。
それで、あれはもともと新聞やテレビがネタ切れにならないように販売促進で始めたもの。
政治なんかに関心をもって庶民が騒がないように、報道番組の半分も使って、国民を中毒にしている。
アイドルも、夢を売る、と言えば聞こえがいいが、もてないブサたちが余計なことをしないように、夢だけを味合わせ、カネを巻き上げ、力を奪い、去勢する。
貧乏人を見てみろ。収入も少なく、衣食住もまともにできていないくせに、家賃の高い町中に住みたがり、部屋の中はガラクタだらけ。
これこそが、現代の典型的なバカ貧困層。自分自身の境遇がみじめであればあるほど、
他人のものごとを追いかけ、身の回りはわけのわかないブランド品、スポーツファングッズ、アイドルグッズ、アニメグッズが溢れかえる。
そして、生活費の中で突出した通信費。次から次へと新機種に乗り換える。
ちょっと前まではパチンコだったが、そのカネと時間の消費がプロスポーツやアイドル、マンガやアニメ、スマホにシフトしただけ。
貧乏人にも文化は必要だ。それはそうだ。しかし、文化はあくまで彩り。
まともに自立した衣食住も成り立たないのに、その彩りで彩るべき衣食住を破綻させてしまうなら、元も子もあるまい。
一刻を争うビジネスの現場にいるわけでもないのに、年がら年じゅうスマホをいじり、ツイッターやフェイスブックで自慢話ばかりしていて、
仕事が留守では、生活が向上するわけがない。まして、プロスポーツやアイドル、マンガやアニメなど、自分自身の現実の生活ではない。
自分の生活もまともに成り立っていないやつが、人の「応援」など、おこがましいにもほどがある。
いや、庶民はカネづるだ。余計なことに関心を持たず、意味もない粗製乱造のガラクタ(「プロールの餌」)を買い続け、
稼いだカネをすべて費やしてくれればそれでいいのだ、ということか。
しかし、麻薬中毒、ギャンブル中毒と同様、プロスポーツやアイドル、マンガやアニメ、スマホの中毒の連中は、自分では生活を作らないし、作れない。
バイト程度の収入しかなく、すでにカネを吸い上げられて貯金も持たない。おそらく結婚もできないし、家も建てない。
いまは生活保護だの、奨学金貸与だの、サラ金より見えにくい政府からのカネの注ぎ込みで、見せかけのまともな生活を維持しているが、
経済バランスとしては、とっくに破綻しており、また、将来的にも改善の見込みは無い。
このバカたちにカネを湯水のごとく注ぎ込んで、むりやり回しているのが、文化大国とやらの日本経済。
だが、虚構のソフトの大量生産だけでファンダメンタル(実体経済)の向上が無い以上、
このキリギリス国家は、生活保護や奨学金貸与などへの大盤振る舞いは、いずれ限界に達する。
そのとき、富裕層、というより、まともな中間残留層は、自業自得の自己責任、と言って、貧困層の援助を拒否するだろう。
ろくな稼ぎもないくせにガラクタ集めの追っかけで散財しているだけの身の程知らずの穀潰しは、遠からず親族たちからさえも見捨てられるだろう。
追記:読解力の無いやつがステレオタイプにサブカル批判と勘違いしているが、源氏物語でも、ヘーゲルでも同じこと。
文系オーバードクターなんて、そんなのだらけ。中毒のように限りなく他人のことばかりを追っかけているから、自分がどんどん貧しくなる。
周囲の誰にも話せないので、誰も見ていないかもしれないが、ここにツラツラと書く。
出来の悪い駆け出し研究者の戯言だが、誰かが聞いていてくれたら嬉しい。
身バレは怖いので、専門分野は伏せさせていただく。
正確には、まだ微修正や製本作業があるので、学位授与は2ヶ月ほど先だが。
ブラック気味の所属研究室からも抜け出せるし、次のポストも任期付きだが決まっている。
結婚、の予定は無いし恋人も居ないが、ずっと放置していたプライベートも少しは充実できるだろう。
しかし、実際に終わってみて、期待したような達成感や開放感は全く無い。
それどころか、非常に後味の悪い悔しさばかりに捕われている。
あまりに虚しく、情けなくて、もう3日ほど布団から起き上がれない。
私の博士論文は、とても酷い代物だった。
「3年(あるいは5年)間の研究の集大成」ではなく、「研究者としての第一歩」にもならず、
非常にせこく、下品で、信念が無かった。
こうなったのは当然で、自業自得だ。一貫した研究をやって来なかったのだから。
博士課程の研究とは、(人によっては修士課程からかもしれないが)
「1つの大きな研究プロジェクトを立て、試行錯誤しながら遂行する」
博士課程において(おそらく)一番重要な、「1つの大きな研究プロジェクトの構築」が出来ていなかった。
長期的なゴール設定も無いまま、目の前の課題に盲目的に取り組み、とりあえず日々忙しいからと慢心していた。
なまじ、目の前の課題は山ほどあったので、散発的にでも小さな成果が出れば、研究したつもりになれた。
本当は「個々の課題が、より大きな研究計画の中で、どう位置づけられるか」こそが重要だったのに。
私は問題の本質から目を逸らし続け、そのまま博士3年の後期まで至ってしまった。
10月後半、いよいよ問題から目を逸らせなくなった時、私の目の前にあったのは
「複数の、脈絡ない研究課題の、小さな成果の寄せ集め」だけだった。
個別の成果だけでは小さすぎて博論にならないし、全体を包括するストーリーは存在しない。
分かりやすい業績(論文等)が出ている話を掻き集めて、後付けでゴールを作った。
つぎはぎだらけの代物に、博士論文とタイトルをつけて提出したのだ。
元々興味があった話題は、切り捨てた。十分な成果が出ていなかったから。
私のこれを博士論文と認めて良いのか、自信が無い。
なんて、取り返しのつかない事をしてしまったのだろう。
恥ずかしくて、情けなくて、泣きたいのに涙も出ない。
それでも、博論の提出条件(論文数など)に適っていたから、私は合格を頂いた。
私のこの学位は、半分以上「お情け」で与えられたものだと思う。
これを誇れるだろうか。
博士号とは何だろうか?
「自分が一人前の研究者であり、1つの研究プロジェクトを完遂させられる人物である」
お情けで頂いて良いはずがない。
恥ずかしい。悔しい。
それでも、頂いた博士号を返却する気はない。(もっとも、取り消し以外でそんな制度は無いが)
見切り発車で学位を頂いてしまったのなら、これから「博士号」に見合う人物になるしかない。
しかし、なれるだろうか?
私なんかが、3年かけて1つの研究プロジェクトも成し遂げられなかった人間が、この先一人前の研究者になれるだろうか。
いっそ、怠けていたら幸せだったと思う。
少なくとも、怠けた故の失敗なら言い訳ができた。本気を出せば良かったのだ、と。
私は、方向性の正誤はともかく、言い訳の余地が無いくらいには必死に頑張ってきた。
その結果がつまらないものだったのだ。一体どう受け止めれば良い?
努力したからえらい、結果よりプロセスが大事だ、なんて言えるだろうか?
私は言えない。
私は非常に、信用できない奴だ。
でも私には、こんなに信用できない自分くらいしか味方が居ない。
今後も、この胡散臭い研究者もどきを信じて、地道に努力を重ねるしか無い。
そうして度々、期待を裏切られては失望して、潰れて、また立ち上がるしか無い。
他に、私に選べる選択肢など無いんだと思う。
自分に失望した分、他者を失望させてしまった分、この先結果を出していくしかない。
一人前の研究者に、なれるか自信はないが、なろうと努力するしかない。
結果はすぐには出ないから、きっとまた暫くは、挫折感や敗北感とのにらめっこだ。
失った期待や信頼は、一朝一夕には取り戻せないし、そう簡単に一発逆転は起きない。
また1つ、恥を上塗りしてしまった。
しかし、挫折や敗北から這い上がることだけは、幸か不幸か慣れている。
博士号に見合う研究者たるべく、今回の反省点を、今後に繋げていこう。
私はきっと自分に甘いし、世界は私に甘くないから、今後もっと苦しいだろう。
それでも、頑張る。
3日も泣いて寝込んだ。
生物など実験系とはまた状況が違うかもしれませんが、私の周辺の話をします。
なぜ教授たちが皆必死になって研究費を集めているかと言うと、それは研究費=人件費だからです。
ほとんどの研究者はポストドクター、通称ポスドクとして世界を渡り歩いています。
科研費が当たるかどうかは運と作文技術で決まります。審査員が素人なので。
そんなときは無給ポスドク(オーバードクター)としてみんながんばります。
でもやっぱり、数年で辞めていく人が多いです。結婚している人や子供のいる人なんか特に。
教授たちからすると育てても育ててもみんな辞めていくので怒りと絶望感があるのだと思います。
乱暴に言うと来年の給料が宝くじで決まっているようなものです。
当たると年収240-360万円くらい。外れると年収4万8000円。だいたいこんな感じです。
お金のために研究者になったわけではないので年収が低いのはよいのです。
実際はかなり大変なのです。
まず、引っ越し代。
ポスドクは1-3年おきに移動します。その際の引っ越し代+敷金礼金が20万-50万かかります。
それから出張費。航空券代+国際会議参加費用+ホテル代 で、10~30万円飛んでいきます。
申請してからお金が振り込まれるまで時間がかかるので、その間結構カツカツな生活をします。
活躍するほどに困窮していく謎。
年収が安定しないことに加え、まとまった出費が多いのが生活を困窮させている原因のひとつだと感じています。
それから、なぜかはてなでは「アメリカに行け」と言う人が多いのですが、
こんな状況を作り出した張本人がアメリカで、ここ10年間「アメリカの方がマシ」「日本の方がマシ」を交互に繰り返してみんな仲良く地獄に落ちていっている状況です。
最後に、
己の魂を論文に変えて戦う現代の魔法使い研究者(リサーチャー)が存在する世界で、その養成課程である博士課程に通っている少年黒鉄一輝。しかし、彼は研究者としての能力値が低すぎて学位が取れずに留年してしまい、周囲の人間からは落第博士(オーバードクター)と呼ばれていた。
新年度が始まる直前に研究室に戻ろうとした所、十年に一人の逸材である学生Aランク博士(学振DC1)で科研費の皇女と呼ばれる入学直前の異国の皇女ステラ・ヴァーミリオンと鉢合わせしてしまい、結果的に一輝は討論を挑まれて勝利してしまう。一輝は論文の代わりに討論を極めた異端の実力者だったのだ。
互いに切磋琢磨し、強さを高めあううちに惹かれてゆく一輝とステラ。そして博士課程学生の頂点を争う戦いの中、落第博士は学生の頂点の候補の一人、業績皆無の学生(ペーパーワン)としてすべての博士課程学生から注目されるようになってゆく。