はてなキーワード: 器用貧乏とは
息切れというか飽きるというか。
思えば昔からそうだった。
中学の時の成績表で5が並んだ時、まだ相手が見えた。いかにそいつより努力せずに維持するか。そんなことを考えてしまった。
全国模試みたいなので二桁順位取った時にすうっとやる気が消えた。自分より上のやつも並んでるやつも、ちょっと下から上がって来ようとするやつが見えない。
まだ努力の余地はあったけれど、それが報われるとは限らない。報われたところで何を得られるのかわからない。
受験勉強をせずになぜか漫画を描き始めた。有名な漫画誌の新人賞で下の方の賞を得た。
やる気になるどころか、冷めてしまった。なんとなくこのまま頑張ればそこそこの漫画家になれると勝手に思っていたし、実際それには並々ならぬ苦労があるともわかってたと思う。
なにをやってもそう。スタートダッシュは効くし、その時は楽しいのだが、遠くにゴールや頂上が見えた時点でしぼんでしまう。
己の限界を知っている根っからの器用貧乏タイプなのか、あるいは己の限界を知ることや失敗を恐れる弱虫なのか。
両親は健在ですが、父親は昨年体調を崩して以降は芳しくもなく、介護認定3ですが、最近弱ってきて1~2年という感じ。母親は元気だが万が一父親が死んだらどうなるか分からない
自分は正社員で働いているが、自覚しているくらいの気分屋と秀でた才能が無い代わりの器用貧乏と衝動買いがやめられなく貯蓄も少なく両親の年金が頼りです
父親が死んだら年金は貰えても今の家を維持することは出来ないし、今でこそ母親が居るからフルタイムで働けているけど片親になって体調崩されたらどうしようも無くなる
自分が結婚すれば良いんだけど、年齢や収入もイマイチなので難しそう。将来を見越して割り切って結婚する人は少ないのね
10代後半から30代まで、自分の性格は正直カッコいいと思ってた。行動力もあると思ってた。でも、結局は若さで許されていただけで、年とったら世間知らずの困ったちゃんの完成。友人も少なく、続いている人達にも一定の距離を取られている
これを書きました。
はてなブックマークの言葉を読みながら色々笑っちゃったので、紹介します。
>> keisolutions 増田は一体どんな女と「首絞めセックス」について語ったんだよwww そして若干興味持ってるところが増田可愛い。
お前や!!
事の顛末をお話するとですね…ぼくがこの人に、ポツンと一軒家をファミレスで紹介したところ、「3度の海でも全然大丈夫」と海女さん達の過酷な労働を見ても「オラワクワクすっぞ」といいたげだったもんだから、
って思って、遠まわしな言い方として、
って聞きました。
「好きには好きなんだけど、なかなか大変みたいで」
とか言われて…
「ああ…うん」
的な話になり、この増田ができました。
>>tonkotutarou なんだろう、笑顔で人を殺しそうな文体だ。文体のせいでプリントアウトして病院案件な感じがしてくる。内容が全く頭に入ってこない。
プリントアウトってうるさい人からよく言われてたから間違ってないけど…残念ながらはてなブックマークユーザーはこの文章を嫌ってほど読んでるはずなんですよね。
ぼく、何回かはてブでホットエントリー取りまくったことあるんで。
>>ysync 現場でスマホ出してはてブやってると考えるとキツイものあるな。
はてなーってわけじゃないんだけど、ぼくの大学入って以降の知り合いの女性はほぼ全員、ぼくがブログとかSNSとかどっぷりであることを知ってるからねぇ…。
>>tobalno1 このセックスのねちっこさをも想像させるネチョッとした文体はある意味才能かもしれないな。
褒めてもらえて嬉しい…と言いたいところだけど、ただ無推敲だっただけです。
推敲しない、途中で書き直さないという状態のフリースタイルで書いたからもっさりしてます。
>> kutabirehateko 風俗通いで女の子の演技を真に受けてる人という印象
やっぱ、はて子ってバカだな。
風俗通いどころか、行ったことあるのもせいぜい1回…それも酔った先輩が何故かそういうお店に行くという話になって、「手で」そういうことをするお店に入ってしまったという次第です。
事故でしか行ったことないのに風俗通いしてるような印象ですか??
何を根拠に?
やっぱこいつバカだわ。
だから、ぼくはあんたのブログ読んでないし、はてブで目に入った時に嫌な気分がするの。
>>primedesignworks おっぱいだけ揉ませてもらってあとは自分でやる、みたいなこともあったなぁ…(15 年以上前
それはそれで1つの境地ですよね。
お!!
正解!!!
そうです、あの増田はTM2501こと三沢文也が書いたんだよ。
正解者が出ちゃったから、過去に書いた増田もいくつか貼っとくね。
>> alivekanade 途中で読むのやめた。/子供の頃は首絞めてくれないと無理だったけど、今は「もし私死んだらこの人が悪くなるの可哀想…」って思う様になった。ちょっと大人になった。でも好き。
うっかりハードな人を呼び寄せちゃった…。
首絞めてくれないと無理ってすげーわ。
>> anus3710223 首絞めセックス要求された子から、生理1日目でいれてくださいって言われた。
うわぁ…。
なんというか、こういうの読んじゃうと上野千鶴子らフェミニストの言う女性って、それもそれで偏ってんだなぁ…とか思っちゃう。
Twitterでお気持ち表明しまくってる人達とは対局にいる人達を見ちゃった。
>>sakuragaoka リアクションが楽しいの分かる。相手の喜ぶことしてあげてうまく嵌まれば褒められてるようで幸せ。
達成感と征服感が味わえてなおかつ大きな怪我や揉め事がないんで、ぼくはとても好きです。
>>camellow なんか興味深い文章だな
そりゃ、はてなで一世を風靡した青二才文体を、本当になんの直しもなく垂れ流してますからね…。
しかも、腰が痛すぎて体調悪くて、青二才本来の文体になってるから、なおさらでしょう。
>> leneko_no_muzzle ただの遅漏をねっとりと称するのをやめろ
むしろ、早漏だからこそ、前戯しっかりやってエッチな時間を楽しむというスタンスでございます。
>> lady_joker 友人に山を裸足で走り回るのが大好きな異常者がいるのだが、その人の書く文章に似ている
青二才文体が書ける人間なんてこの世に何人もいないと思うんだよなぁ…。(だからちょっと会ってみたい)
>> kingate 女の顔を踏みつけないと射精できない人の話を聞いているので大概のことには驚かないし、俺も一種射精障害なのでしゃーないしゃーない。
アレも、恋人プレイってマンガで読んだ時に「どこをどうやって快感を覚えてんのかよくわかんねー」って思ったんですよね…。
性的快感を追求する方向で顔踏んでるやつ初めて見たのが、恋人プレイってマンガで、逆に他では見たことない。
>> iiko_1115 本かヴィジュアルノベルを描いて欲しい(小並)
一時すげー本書きたい時期あったんだけど、器用貧乏すぎて何に対しても自分より詳しい人がいることに気づいちゃって「俺が書いたとして俺に達成感と、有用性はのこるのか?」と思っちゃいました。
でも、未だに書きたい気持ちはありますから、こういうの嬉しいです。
ぼくが増田に書くのは青二才にも書けず、ミサワブラックにも書けないR18なネタか、(今はもうやってないけど)悪口を飛び越えてほとんど攻撃目的で書いてるような怪文書なので、またそういうのが頭に思い浮かんだら増田に出てきます。
今までのキャリアで、あらゆる状況に対応すべく、いろいろな知識と経験を積んできたわけだが、
でも、今になってこれしかないんだ!というものが自分の中にない。
逆にいうと、あらゆる可能性が見えてしまい、絞り込めないと言ったほうが正しいのか。
周りでうまくいった人たちはそういう部分だけはしっかりあった気がする。
選択と集中というやつだろう。
無論、道義的、道徳的に正しいとか関係なくて、各々のエゴの元に動いているだけで、客観的に見たら、ウワーってなるものもあったし、
大きな波に一度は乗ったとしても、栄枯盛衰で消えてった人もたくさんいる。
同時に、そういう単細胞な発想で、周りを潰してでも自分のエゴを貫く人に辟易していたくらいだ。
いろいろあって自分が新しいステップを自分自身で切り開いて行かないとならない段になって急に腰が引けてる。
自分で課題を設定し、伸ばしていくということより、誰かのやらかしのフォローや
誰かが勝手に設定したアホみたいなハードルばっかりこなしちゃったことで、自分で課題設定する能力が身につかなかったのかもしれない。
メタルギアソリッドで言えば、スネークを目指していたし、あらゆる場面であらゆるミッションを完遂できる人間になりたかった。
でも、それが目的になってしまって、その先が突然見えなくなった感じだ。
まるで、ランボー1の様だ。しかばねの中を歩き続けたのに報われるものは何もない。そんな中でどうやって生きたらいいのか。
令和の切り替わりのタイミングで、奇しくも、こういう状況におかれ、こんな感じでチラシの裏を書き散らかしている。
ただ、こう書いている中で、やりたいことが全くないわけではなかった。
当然幸せのベクトルはそれぞれ違う。そのなかで、最大公約数的な仕組みを作って小さいながら、関わる人が全て笑って生きていれたらいいと思った。
このルールを破ってまで、収益を追求するような生き方はしたくなかった。
当然稼ぐ楽しみっていうのはあるけれど、拡大する中で必ず歪むしその歪にアサインされる悲しい人が現れる。
そのプロセスでこれ以上辛い思いをする人を増やしたくなかったのかもしれない。
そうならない様みんな頑張った分正しい評価をもらえればいいと思っていた。
これはやっぱり綺麗事なのか。それとも、今の社会ではこういう普通の人なら願いそうな事柄は構造上無理なのだろうか。
いや、自分がこういう課題を設定した以上、弱音を吐かずに今言った様な理想を実現できるものを作るべきなのだろうな。
書き出した時は器用貧乏すぎて自分がよく見えてないという風な話を書きたかったのだが、
よく考えたら抽象的なレイヤーではあるが、基本ポリシーは持っていた。
もう少し、これからのことを考えてみよう。
私は大学生で今舞台俳優の追っかけをしてます。唯一気力あることかな?
自分の生活切り詰めて、ちょっとえっちなお店でバイトもしたりして。けどこんなことしても無意味だと心のどこかで思ってます。
彼氏もいません。いたこともありません。恋人と手を繋いだことも、キスをしたことも、セックスもしたことありません。あ、店でもしてません。
私は多分男の人好きじゃないんだと思うんです。男の人好きじゃないけど、めちゃくちゃ男好きなんだろうなって思うんです。
好きだからこそ現実なんて知らずずっと夢を見ていたいんです。だからきっと追っかけなんてやってるんだ。
追っかけ始める前はずっとBLがすきでした。
わたしは、執着と愛のちがいがわかってないんだと思います。だからいまの推しに対する気持ちも、愛じゃなくてきっと執着です。分かってるけど私はそれを愛と呼びます。
セックスに興味がないわけじゃない。性へのあこがれはずっと強いまま無垢な少女でいたいわがままな私なのです。
まあもう21なんですけど。
私の想像上にしかないアニメのキャラクターや俳優に身を焦がしオナニーすることはあります。もういっそナンパ待ちでもしようかと夜の渋谷にでも行こうかも思うこともありますけど思うだけ。ナンパされてもついてったことないですね結局。
自分の想像の世界に生きていられたらいのに。実在しないものは全て美しい。
あ、彼氏いないのお前がブス喪女だからとちゃうん?と思った方々には違うと言いたい。わりと可愛い方だと思いますよ?自分で言うのもあれですけど。
家は父が毒親気味ですが金銭面でそこまで困ることは無く(今は一人暮らしで馬鹿みたいにオタクしてるので困ってますが)(オタクは親に隠してます)容姿で悩んだこともそこまでなく、いじめられたことも無く、なのにこんなに生きづらくて。なんで恵まれてるのに苦しそうにしているんだと罪悪感でさらに苦しいです。人の悩みとか聞くと、ごめんと思う。苦しい人にかける言葉ない。私も苦しいんだって言えない、大変な思いしてない私なんかが苦しんでてごめん。
やりたいこともない、とりあえず執着心でおたくします、たのしいので。将来性は無いですが。
やりたい仕事もないし。絵とか歌とかちょこちょこかじってますが器用貧乏、どれも中途半端。
死にたくなったらリスカとかは痛そうだし自分の体に跡残したくないので自分の手でゆっくり首を絞めて意識あるうちに緩めてそのまま寝ます。くび、しめてるとおちつくし酸欠のボーーっとした頭だと何も考えなくてすむので。
喉のつっかえた感じ、絞めた方が楽になるときあるよね、なんでだろねあれ。
精神科?心療内科?行った方がいいのかなあ?ともおもいます。けどお金ないし変わる気もしないので、いいや。
心の底からそう思えることがすごいと思うし羨ましいとさえ感じます。
親に孫見せられない罪悪感だけはありますけど。当然のようにいい旦那さん見つけるんだよとか言われます。いやしらんし。
自分が生まれてきて生きてる意味がわからないのに新しい命を産む覚悟なんてない。生きろなんて言えない。幸せにしてあげられるとも思えない。
私も親にされたように嫌味しか言えないだろうし。虐待されたら自分もしちゃうって言うでしょ、私は虐待されてないけど、けどいい親にはなれないとおもいます。
自分の親が嫌いなわけじゃないんですけどね。嫌いだと思ってはいけないという自己暗示かもしれないですが。
親の立場にたちたくないし、もうそもそも歳をとりたくない。まだ21だけどもうしんどい。一生Jkでいたかった。
何も知らなければ。苦しみも知ることは無い。
赤ちゃんとか2~3歳の自分じゃまだ何も出来なくて人生文字通りおんぶにだっこされてるうちが華だとおもいませんか。
数歳で死んでおきたかったと思うと、ああやっぱり生まれて来なければよかったんだなあと。
知識の浅い喪女ヲタクとか。おたくなら知ってるでしょみたいなことちゃんと知ってるおたくって最近意外と少なくないですか?あれ、なんなの?
私が完璧主義なのかもしれません。今推しの仕事逃すまいとしてるのもそれなのかも。
けど日常生活できません。だめだ。
家事が壊滅的。料理きらい、しない。掃除も片付けも苦手。洗濯もだるい。家の中は常に悲惨。
永遠に寝ていたいともおもいます。寝るの好きなんですよね。毎日8時間以上寝ないと死ぬんですけどこの社会ロングスリーパーに厳しくないですか?昼寝も好き。9時に起きるの早起きに入ります。一限は時間割から徹底排除です。
というか見るからに日本の労働社会くそだし。働きたくねえよそんなん。まだ就活すらしてねーですけどもさ。この先の人生に努力する価値が見いだせないです。遊ぶことにしか動く気力がないダメ人間のできあがりです。
はーーーーーーーしにた。
朝が来なければいいのになあ。
けど自殺する気もさらさらないのでこの感覚が変わるまでだらだら生きるんだろうなあと思います。
おやすみ。
まず定量化できないものだから簡単に比較できないし、私はこの言葉が嫌い。
私は子供のころ、ピアノとクラシックバレエと乗馬、フルートと書道を習っていた。
教育熱心な親だ。
ピアノは大嫌いだった。先生が異常に厳しいのだ。最初はみんなでおなじ曲を弾いていたけど、私が少し弾けるようになると、先生は母親を呼び出して、個人レッスンを勧めた。
私が褒められたと感じた母は、嬉しそうにそれを快諾した。
最初は楽しかったピアノがどんどん苦痛になってきた。家での練習もさぼり気味になり、そうするとレッスンにどんどん行けなくなる。
運指、とか、フットペダルをどう踏むかとか、スラーがどうとか、楽典がどうとか(まあ、楽典は面白かったけど)、そういうのが私は本当に苦手だった。聴いた音楽をなんとなく弾くことは人より得意だったけど、それだけ。
「どうしてちゃんとやらないの?」と先生に何度も聞かれた。そのたびに答えられなかった。
「才能があるかもしれないのに!」と先生は言った。それを聞いた母も同じようなことを言った。
私には姉がいて、同じ習いごとをしていたが、確かに姉に比べると少しだけ私の方がなにごとも得意だった。
でも、それは才能があるということとは関係ないと、子供ながらに思っていた。
姉は、ひたむきに努力できる人だった。思い通りに弾けない時、怒った母が「もうやめなさい!こんなこと!」と言ってピアノ教本を窓から放り投げた時も、
庭から泥だらけになった教本を拾ってきて、泣きながら「ママ、私頑張るから、やらせてください」と言っていた。
これが才能でなくてなんだというのだろうか。私は姉がうらやましかった。
捨てられても、泣いても、縋りつけるくらい執着の持てることが私にはなかったから。
クラシックバレエ。これは結構好きだった。ピアノは生演奏で、ジュニアクラスの先生は優しくて、バレエの日は姉と一緒に髪をお団子にして手をつないでバスに乗った。
小学校高学年になり、そろそろ中学受験のためにバレエを辞めるという話をしたとき、先生が母に意外なことを言った。
「この子はバレエに向いています。辞めさせるのは勿体ないです」
そんなこと、先生からも一度も聞いたことがなかった。母は少し悩んでいるようだった。
中学受験とバレエの両立は、できなくもなかった。ただ、バレエというのはなかなか厄介なもので、休むと取り戻すのがすごーく大変なのだ。
「あんたがやりたいなら、両方やってみなさい」と母は言った。
もう暗くなったバレエスタジオで、いつもニコニコの先生が真面目な目で私を見ていた。
やれない、と私は家に帰ってから母に伝えた。
「そうよね、あんたに才能があるとは思えないし。それに努力もできないでしょ」と母は言った。
その時すでにピアノ教室を不登校気味になっていた私に、その言葉はストレートにぐさっときた。
乗馬は、私が最も才能がある習い事だったと思うし、私がいちばん好きな習い事でもあった。もともと動物が好きで、通うのが楽しみで仕方なかった。
早く上のクラスに行きたくて、先生の言うことを真面目に聞いて、雨の日も、寒い日も通っていた。
大した怪我ではなかったけど、それを機に兄弟全員が乗馬クラブを辞めさせられた。
私は泣いて泣いて懇願した。こんなに何かをお願いしたことはないんじゃないかというくらい。
私は馬から落ちたりしないから、落ちても怪我しないから、怪我しても勉強はするから、と、土下座もしたけど、「危ないから」の一言で全部なしになってしまった。
まあ、仕方ない。決めるのは親だ。
さて、長々と書いたのには理由がある。
相変わらずやりたいことも見つからず、器用貧乏な私に、ちょっとしたチャンスが舞い込んできた。
「とってもやりたい!」というほどのことではない。
「へえ、できたら楽しそうだな」くらいの感覚だが、興味はあった。
その話を持ち掛けてくれたのは、綺麗な女の人で、もともとその業界にいた人だった。
淡々と話を聞く私を、その人はじっと見ていた。
「やりたいってことでいいの?」、と聞かれ、
「そうですね、やってみたいです」と私は答えた。
その女の人はため息をついた。怒っているんだなと思った。
「あのね、やってみたいとかじゃないの。本当にやりたいのかどうかを聞いてるの」
出た、と私は思った。久々だなこの感じ。
「私はね、あなたが本気でやりたいと思うなら応援するし、なれると思う。才能があると思うから」と、その人は言って、すごく綺麗な目で私をじっと見ていた。
「でもね、才能だけじゃダメなの。努力しないと。本人がやる気ないのにお膳立てはできないの。」
「それはわかります」
「全然わかってない。この仕事はね、やりたいっていう人がたくさんたくさんいるの。努力して努力して、ほんの一握りの人が成功するのよ。今みたいにノホホンとしたまんまじゃダメなの。頑張れるでしょ?本当にやりたいのなら」
そこではい!と即答できるほど私はできた人間ではない。好きな映画である「花とアリス」をなんとなく思い浮かべながら、曖昧な笑みを浮かべて、ひたすらこの「努力と才能の嵐」が過ぎ去るのを待った。
結局、私がどうしたいのかは自分で決めなければいけない、と言われた。
私は迷っている。なんで才能があると思われたのかも正直わからないし、そんなにすぐやりたいと思えるようになる自信もない。
普通に大学を卒業して、就職するんだろうなと思っていたが、就職したくないなら、そっちの道に行くのもいいだろう。
でもきっとその世界では、みんながああいう目をしているんだろうな。
やりたくて選んだ道なんだからって、すぐ言われるんだろうな。
努力家の姉は、夢を叶え、ものすごく狭き門をくぐりぬけ、やりたい仕事をしている。
ピアノはたまに弾く。お遊びのようなものだけど、好きな曲を弾いていると落ち着く。
バレエは、大学に入ってから再開した。もちろん本格的にではないけど、姿勢がいいと褒められることはある。
やってきたことはたぶん無駄ではなかったけど、でも結局、努力する才能は得られなかった。
私はきっとあの綺麗な女の人に、「できません」と言うだろう。
私は甘ったれた子供だから、すぐに弱音を吐いてしまうし、それを許してほしいと思ってしまうのだ。
才能があるとかないとか、そういうのはたぶん他人が決めることではない。
本人がそう思えない限り、才能は「ない」のだ。
甘えと言われても、何と言われても、あんなこわい目に晒されて生きていくことは、私にはできない。
旬を逃した感はあるけど、思い出に浸ってたら書きたくなったので。
正直就活を舐めていた。エントリーシートで落ちることなんてないだろうと思っていた。適当にエントリーシートを書いたNTT DOCOMOとNTT DOCOMO関西があっさり落ちる。
NTT地域子会社のOB面談をしつつ、エントリーシート、一次二次面接は軽くクリア。が最終面接で真っ白になって、全然喋れず。今でもたまに思い出すくらいのトラウマ。多分、会社に入って何がしたいのか、とかのベーシックな質問だったはずなのに、答えれなかった。今思うと、「何もしたいことなかったんだろうな」、と思うが。この時真っ白になったことは今でもフラッシュバックのように思い出す。同じ大学の同じ専攻の当時好きだった女史が同じ日に最終面接を受けていた。その子には、その日の夜に採用通知が来たと聞いて、あー今何も来てない俺は落ちたんだなと思った。その子は後に社内結婚したと聞いた。俺も合格してたら違う人生だったかもしれない。
エントリーシートで落ちたが、大学の推薦枠を使って、NTTDOCOMOに再チャレンジした。ここでも、一次二次面接はさらっと通ったけど、溜池山王までいって受けた面接のときは、あーこれはあかんな、と思った。やっぱり、何がしたいのか、と聞かれて答えられなかった気がする。ホントに何がしたかったんだろうか。多分携帯が作りたいとか言ったんじゃないだろうか。じゃあ通信会社じゃなくて携帯メーカーだよね。結果、その後、携帯メーカーに就職したのだけど。
ちなみに、ここも、昔好きだった別の女史が受けてて内定もらってて、社内結婚してた。
そんなこんなで、電機メーカで働いてたのだが、何を思ったのか、就職3年目でもう一度DOCOMOの新卒採用を受けてみようと思った。今の新卒の基準はわからんが、当時は新卒採用というのは、本当に新卒の人しか資格が無かった。それが、どういうわけか当時のDOCOMOは新卒の採用条件に年齢の制限しか無かった。ので、エントリーしてみたらとりあえず書類は通過した。これはおそらく制度のバグだったと思うのだが、エントリーシートは完全に新卒ターゲットの入力項目しかなく、普通に記載を進めても、自分が既卒だと申告できるタイミングは無かった。一次面接でその旨伝えてみると面接官には、え、そんなことできるの?とびっくりされた記憶がある。でもとりあえず面接は無事進んでいけた。が、やはり最終面接で何がやりたいのかと聞かれると答えられずに落とされた。ちなみに、その翌年の新卒の採用条件には既に働いている人はエントリー不可に変わっていた。
たまたま、DOCOMOの中途採用のページを見てしまったせいで、またもやエントリーしてしまった。何か意地があったんだろうか。正直当時の心境は思い出せない。
結婚式の翌日に妻に内緒で、会社には有休をとって、また溜池山王まで行って面接を受けた。やっぱりまた落ちたのだが。
その後、電機メーカを点々とし、今は三社目。ちなみに、名誉のために言っておくといろいろ受けたが転職活動も含めて、NTT系以外は落ちていない。もともとは組み込むソフトウェアエンジニアだったのに、何故か今は海外営業をしている。
ある意味器用で、そのままの意味で器用貧乏なのだと思う。せっかく大学の時に勉強してたことが今まさに旬になってて、当時近くにいた人たちをよくニュースで見かけるようになって、俺も別の人生があったのかもしれんなと思う一方、それは当時好きだった女史と結婚できてた可能性よりも低いだろうなと思う。
エンプラを戦力化/旗艦設定してから挑んだ5章が先日終わった。
今は彼女のウェディングドレス姿を眺めつつ、三幻神の育成(クリーブランドは準備完了、ヘレナ育成中、ウィチタ入手のための凸資材集め中)にめどが付いたら、いよいよソロモンの締めくくりと言われる6章に行く予定。
比叡・霧島・綾波・夕立と、怖いお姉さんたちが闇夜で手ぐすね引いてる海域とか、普通に死闘だよな多分。
いや、気が変わって今すぐ6章開始も十分ありうるんだけど、その前にどうしても引っかかることがあり、三幻神育成もその一環。
ちなみに重桜の子は重巡に限らず1隻も使っていないので、彼女らを起用したらまた感想は違うんだろうけど、その他の陣営の重巡に限って言えば、軽巡のエディンバラ級やクリーブランド級といった「軽巡の皮を被った重巡」や、対空砲台アトランタ級を前にして霞んじゃってるというか。
まず鉄血の子らだけど、憧れのドイッチュラント入手に「ありがとうございます!」と超火力を楽しんだのも束の間、軽巡以下?本当に中装甲?というヤワさに戸惑い、一方でプリンツ・オイゲンは「硬いだけ」と、癖が強すぎる件。
まあドイツ海軍屈指の武勲艦でもあるアドミラル・シェーアは多分金レアで来るんだろうから、それが鉄血重巡の真打ちなのかもしれないが。
ヨークちゃんもポートランド姉妹も強いは強いが、それ以上に中途半端で器用貧乏?な感が否めないし、実際MVPは僚艦のベルファストやラフィーに持っていかれているわけで。
とはいえ使えないと思うほどではないし、正直重巡枠は彼女ら以外に選択肢がないのも事実なので、いずれにせよ彼女らの使い方に工夫せざるを得ないわけだが…。
別にこれといった確証みたいなのは無いけど。あぁ、でもきっと降りるってこういうことなんだろうなぁ。私は最近それをゆるゆると実感している。あ、なんだこんなに呆気ないものなんだ。と思うと同時、こんなにも好きな気持ちを引きずるものなんだ。なんて、驚きと未練。いや、この気持ちを未練と呼んだら彼にかわいそうだ。私はきっとこれからも、この先も多分神山くんのことが好きだと思う。
素敵な人を所謂担当に持てたなと思っている。今でも。最初はどっちかというと、んん、ちょっと無いなって思ってた。なんていうの、インスピレーションというよりももっと単純な所謂第一印象。最初なんて軽く重岡くんから入っていったからね。そのまま重岡担になってたらどうなってたんだろう。今の一文を書くまで考えたことがなかった。けれども可能性は十分あったと思う。昔人に話したことがあった。私が神山くんを好きになったのはわりと確率としては低いもので。ありとあらゆる平行な世界線の中でも数少ない一本だと。友達、何言ってんの?って顔してた。うん、私もそう思う。でもそうなんだ。好きになった可能性を言葉に当てはめるとこうしかない。数ある世界線のうちの、一番可能性の低いものだと。
所謂自担くんがもう一人いるんだけど、その人はきっとわりとどの世界線でも好きになってたと思う。顔が好きだし。え〜!なんで今日もこんなに顔がかわいい?!っていつもおもってる。対する神山くんの顔は、綺麗だし、かわいいなーって思うけどめちゃくちゃ好き?って問われたら。んー…って濁すと思うなぁ。あ、でも世界で二番目に好きな顔がリバーフェニックス。顔の輪郭だけならちょっと似てる?……いや、似てないか。まぁそんなこんなで私はまずこの人の顔は好きになれないなって初めて見た時思った。
思ったんだけど!!!!いやー、人生何があるか分からない。だってさ、そう思った数ヶ月後ジャニショで写真買ってシングルの予約してるんだよ。神山くんが好きだからって。好きになる前までの少クラカットしてなくて良かったって自分に感謝した。
重岡くんの昔からのシンメって知って。(オタクあるあるシンメに弱い)ダンス見て、アクロバット見て、歌聞いて。その他諸々知って。あ、この人のこと愛さなきゃなって。
楽しかったなぁ。神山担してた時。だいたい二年くらい?そんなんでこんなの書くなってツッコミ絶対あるだろうけど。これは初めて降りるという概念を肌で感じた一人の人間のメモです。好きになったらすぐおっきな舞台の仕事来て。えっ、脚本あのクドカン?!大手劇団?!座長生田斗真?!そんな中で演技するん?!夜中に見てビックリしてその後ベッドでごろごろ喜んだ。次の日寝不足だった。でも嬉しくて。その日の午後くらいにはチケット取れるか不安だったけど。ほんと〜にチケット取れるか不安だった。最初の方の抽選ことごとく落ちて。神頼みしてたのに。もう今後チケットが当たりますようにって神棚には頼まないことにした。これ見に行けないのでは??と項垂れてたらとりあえず一般取れて。やったー!って思ってたら大阪追加公演当たった。え、自分大阪公演行くの???とか思ってたら友達から急にLINEきて神ちゃんの舞台いける?って。行けるよー大丈夫!って返したら友達がチケット余らせてるんだけどって話で、行きます!ってもうすぐに言った。あの時の現在は濵田くん担の方ありがとうございます。話は前後するんだけど、神山くんを好きになったばかりの頃。ちょうどしんどいな〜って思う時期で。基本的に寝たら忘れるあぱー!みたいなタイプなんだけど、その時はまぁ今考えると病んでるみたいな感じで。家でも耳にイヤホン突っ込んで話し掛けないでみたいな雰囲気出して。後に母親から精神科連れてこうかと思ってたとか言われたりして。これ笑い話。でも神山くんも頑張ってるからと思うと自分もなんとかしようって。理想とは違う今だけどあの時自分なりになんとかしようと動いてこの生活があって。わりと人生楽しいから悔いはそこまでないよ。そうさせてくれた神山くんには頭が上がらないなぁ。いつも動画漁って、こんなに頑張ってるんだと考えると自分も。とか思っちゃうよね。で、話を戻して舞台の話なんだけど。三劇場で見れて。神山くんがどんどん成長していくのが見れて良かった〜!!いつも公演終わる毎にもう胸いっぱいで。掌痒くなるくらいに拍手してた毎回。この人のこと好きで良かったなぁとつくづく感じた。こんなにこの人のこと好きで良かったなぁと考えたの初めてだよ。
神山くんのこと好きになれて本当に良かった。ダンスが上手くて歌が上手くてアクロバットが出来て。料理も出来るし、メンバーに優しいって言われるし、挙げだしたらキリないよ。器用だから。器用貧乏みたいに言われることもあった。うるせー!!不器用より器用の方がいいだろ!!って。好きだなぁと思わせてくれることをいっぱい出来るし持ってる神山くんが好きだ。きっとこれからも好きだと思う。
でも、多分降りる、きっと。神山くんのことが好きだ。これまでもこれからも。これを読んだ誰かがそれは好きじゃないと考えればそれはそれで別に構わないけれど。でも私は声を大にして言いたい。神山くんのことが、これまでもこれからもきっと好き。
追い掛けるって言うのかな。それが出来なくなった。DVDやCDを買わなくなった。一応稼いではいる身なのでオタクとして最低限の費用は出そうと考えてオタクやってる。CDは全種類買う、Blu-rayは特典が被らない限りは初回も通常も買う。でも出来なくなった。お金が無かったわけでもないけれど。でも買わなくなった。ちゃんと見るかな。見ないなら買わない方がマシでは?と考えてしまい買わなくなった。シングルは、言ったら怒られるだろうけど音楽性がなんて言うか、買いたいなって思えなかったものが続いた。
グループは限りなく一本に近い平行線の集まりだ。自論。その線の集まりから抜け出すにはグループから抜ける他は方法が無い。個人担の人すごいなって思う。自分は絶対に自担を見る時にその後ろにいるグループも見るから。それらを全部引っくるめて飲み込んで咀嚼して。そしてようやく好きかどうか言える。グループが嫌いになったわけではない。神山くんが愛しているグループが好きだ。忘年会やろうって言って神山くんの家へ集まった。そんなグループが好きだ。でも、それだけでは私の心は追い掛けようという気持ちになれなかった。グループがやりたい方向性を肌で感じて、ようやくその人が好きでじゃあ追い掛けようとする私だから。
正月明け早々横浜アリーナに行った。westivalを見に。地元が笑えるくらいの悪天候でこれ間に合うかな?とか若干心配してたけど余裕で間に合った。ペンライトの電池忘れてたけど。(三十分前に思い出した)時間になって七人が出てきて。神山くんかわいいな〜!って思ってた。ちょうどバクステ側のアリーナだった。センターじゃないよ。バクステ側の席が好きだ。ちょうど構成が分かりやすく見えるから。おまけに横アリで言うアリーナだったので万々歳。自チケはその公演のみで、でもやっぱりまだ行きたいなって思ったら別の公演のチケット探そうって思ってた。探さなかった。
あぁ、多分もう合わないんだろうなぁ。って公演の途中から肌で感じてしまった。文句というより、不一致。それが文句だろうと誰かが言うのなら文句で良いです。私の中では不一致だけどね。彼らがやりたくてやろうとしていること。それが今の私には些か合わなかった。ううん、些かじゃないんだろうなぁ。七割くらい合わなかった。びっくりした。コンサートでこんなこと思うんだ!って。入ったことに関しては後悔ないよ。だって神山くんかわいいしかっこよかったし。でも、いつものかわいい!かっこいい!よりも盛り上がらなかった。それは好きな人が私とは合わないなと思うことをしていたからだ。何処がどういう風に。と明確に返すのは難しいけれど。兎にも角にも、少なくとも私はこういう演出や魅せ方を見たいわけではなかった。グループの否定ではない。むしろ彼らが本当にやりたいことの答えがwestivalであるのなら。それを貫き通してほしい。貫くと言っても改良を重ねて。本人達にとって、より良いものになることを祈りたい。でも私には残念ながら合ってなかった。悲しかった。腹立たしかった。どうしてそうなの?って。なんでこんなに私の感性は捻じ曲がってるの?って。自分も見たものも、どちらにも納得は出来なかった。でも私一人なんかの我儘。そもそも本人たちの耳にまず届かないであろう声。それが万が一聞こえたとして。それだけで自分たちの信念を曲げないでほしい。絶対に。自分たちがしたいことをして、そしてファンを楽しませる。それが私の中のアイドルの理想の一つであって。あの日、後ろにいたまだ若い(高校生くらいかな?)女の子たち。楽しそうだったなぁ。ドラゴンドッグ歌うって時に、え、ヤバイヤバイ!みたいな。ヤバイの連呼で内心出川哲朗になってるよ><ってちょっと笑った。パラチャーの前の映像でめちゃくちゃキャーキャー言ってて。若いなぁ、楽しそうだなぁって。すっごい大きな声出してて。でも全然辛くなさそうで。むしろ楽しそうで。あぁ、彼らにこういう女の子たちのファンがいて良かったなとつくづく感じた。そしてあまり盛り上がれなかった自分。惨めだ。
それから電車乗りながら考えて。チケットは探さないこと。それと、多分もうコンサートは行かないだろうなぁ。なんて結論が出た。自分が合わないなぁと思うものの中でアイドルをする神山くん。どんな彼も好きではあるけど、応援し続けたいかと問われたら素直に首を縦には触れない。神山くんが、それらを自分のやりたいこととするなら口出しなんて出来るわけない。むしろ頑張れって言うよ。でもそれを追い掛けることは多分出来ない。残念ながらそこまで感性が豊かでないというか。神山くんをひたすら純粋に素敵と思う前に色んな邪念を持つだろうから。色々なものも買わなくなったし、ここら辺が潮時なんだろうなと。ぼんやり。帰り道、だんだんと地元に近付く景色を見ながら考えていた。
でもやっぱり神山くんのことは好きだ。彼の何がすごいかって、見る度に好きだなぁと思わせてくれる所。すごくない?見る度に私この人のこと好き!好きで良かった!と思えてしまうの。そんなアイドル、きっとなかなかいないよ。みんな心の何処かで大好きな人に対して多かれ少なかれ受け入れない部分がある。そりゃあ神山くんにそれが無いとは言い切れないけど。でも姿を見て、歌ったり踊ったりする姿を見ると好き!って感じてしまうのだ。好きって気持ちはサイコー。サイコーだけど、でももう応援することはしない。私が理想のしない神山くんの理想の中でアイドルとして彼は生きていくから。残念ながら私はその齟齬を飲み込めるほど心が広くない。もうファンでなくなってしまうなと同時に考えた。
それからちょっと楽になった。もう追い掛けないと決めたら、その前まで番組を見逃したりしてファンとしてどうなのと思ってたけどそれが無くなって。気持ちが軽くなった気がする。CDやDVDを買わない後ろめたさから解放された気がした。見たい時に見て、見たくない時は見ない。それだけでかなり楽になった。ちなみに今まで買ったものはまだ売りません。無意識のうちに楽じゃない好きを持ち続けないといけないって考えていたことに気付く。でも今は楽だ。もう降りるから。
ここまでつらつら書いたけど。もー文章支離滅裂でびっくり。担降りブログ書く人、よくもまぁあんな端的に且つおもしろく書けるよね。ジャニオタは文豪。一理ある。とりあえずは九月の舞台を見て。ちょうど九月がFCの更新時期だから。このまま更新せずに。そうしていずれメールが来なくなることを思い描いている。でも舞台には行く。一回くらい行きたいって思った。好きだから。最初に肉眼で神山くんを見たいのが舞台だから。それで舞台は見たいと思ったんだろうなぁ。チケットは本当にドンのケツって感じの一番後ろの一番値段が優しい席。そこで好き!とはなる。きっと。けれど、じゃあまた追い掛けよう!とはならない。気がする。どうなるか分からないけどね。でもとりあえずは舞台見て。神山くん好きだなぁとしみじみ思いながら降りる。でも好きだよ。これまでもこれからも。
神山くん担してて楽しかった。ラキセはギリギリ行けなくて。次のなうぇすと入ったらドラマと被って髪が黒かった。もしかしなくとも黒髪の神山くんを肉眼で見れてしまう?案の定そうで。本人は黒は子供っぽく見られるからと言うけど、私は黒も大好きだよ。茶色も、金も、たっくさん他の色も。そう、なうぇすとでさ、トランペット吹いてたじゃん。一応音楽齧ってて、そんな自分の耳で聞いた神山くんのトランペットの音はもうとびきり柔らかくて優しくて。ちょっと荒削りなところがあって。こんな優しい音を出せる人が好きなんだ。そう考えると誇らしかった。自担すごいでしょ、って。あと先陣切って花道歩いてたのもかっこよかったなぁ。あとタオル落とした人に対して落としたタオル拾って、汗拭ってから返してた。返された人、崩れ落ちて。あと頭にリボン付けてたのもかわいかった。ええやんけェ!だ。私が珍しく振り付け覚えたやつ。あと、あと、そう。七人で並んだ時ね、重岡くんと神山くんが隣で。前の曲の余韻でちょっかい出す重岡くんを神山くんが柔らかく笑いながら、ちょんっと押し飛ばしたの。それがもう二人の世界で。見ちゃったな、なんて気分になって。それと同時に胸がきゅうっとして、見れてしまったことが幸せだった。神山くんを好きになるきっかけ(?)である重岡くん。神山くんに対して普段ちょっと遠慮がち(?)なのに。ああいう時には二人だけの世界になっちゃってさ。見てて幸せだったよ、ありがとう。
あとドラマ。日曜日、楽しみだった。同じクールで他に好きな人もドラマ出てて。今年の冬終わらないでって三月に入ってからずっと願ってた。こぐちゃんかわいかったよ。特別目立つわけではないかもしれない。でもちゃんと存在感があって。この子はどんなキャラクターなんだろ?って視聴者に印象付けするのが得意な人だなと思った。全話通してかわいかった。だから偉い人お願い、円盤出して。今からでも遅くないよ。それは買うから。ここで言わずに手紙書こうね自分。
他にも色々と書きたいことあるだろうけど。とりあえずは浮かばないからここまで。これまでもこれからも、きっと神山くんのことが好き。そうでいたいな。そしてこれは単なる我儘だけど、見るたびに好きと思える神山くんがずっと続きますように。
あと遅くなったけど誕生日おめでとう!
2017.7.15
事の始まりは6/11、消印もなければ料金後納でもない封書が自宅マンションのポストに入っていた。
曰く、「貴殿はヘイトスピーチサイトを即座に停止し最寄りの警察署に出頭せよ」とのこと。
一目見て変だなと思うと同時に、厄介なことに巻き込まれていることを自覚した。
心当たりはある。
私は、自分で言うのも説得力がないが、至って清貧なWeb屋だった。
全ては独学で、どこの会社に勤めるでもなく、デザイナー・コーダー・プログラマ・エンジニアと出世魚のごとくキャリアを積んできた。
無料ブログサービスで使用するブログパーツやテンプレートの制作。手打ちされたHTMLが無数に存在するサイトのCMS移行。フルスクラッチで何万行というコードで書かれた複雑怪奇な商品比較サイト。ブラウザベースで動作する業務システム他諸々。
フルスタックという名の器用貧乏で、Webに関連することなら一通りのことはやったと思う。
ペアプログラミングのペの字も知らず一人で突き進み、次第に大量のサイト群をメンテしきれなくなり、新規開発との並行によるデスマーチが日常となった。
下手な自営業の典型だったことも災いし、往々にして工数と賃金は釣り合わず(相見積もりからの値切りは日常茶飯事だった)、プライベートを犠牲にしてまで働く虚しさに日々磨り減っていった。
やがて完全に心を病み、後遺症は残らなかったが脳の病気(おそらくは過労が原因だろう)で倒れたことを機に一線から引退した。
鬱の治療をしつつ、近頃はコンサル的な業務か、リアルで付き合いのあるごく一部のクライアントからの受注に絞った。
数年前、インフラエンジニアの知人経由でサーバ関係の相談を受けたことがあった。
その際、「一日〇〇万PV級の某有名CMSで動くサイトの負荷対策」として諸々をレクチャーした。無論、例のサイトとは知らずだ。
依頼についての請求書を出した時、こちらの住所を記載していた。(向こうは個人名ではなく見知らぬ会社名だった)
継続して相談を受けるうち、サーバ上で運用されているサイト名を知って手を引いた。
個人情報が漏れたのであればそこからしか考えられず、しかし何故今なのか不思議だった。
例のサイトについて調べるうち、#ネトウヨサイト裸祭りを知った。
最初に投函されたその『警告』にも、アフィ広告剥がしの運動が行われていることは記載されていた。
さすがに張本人からの物とは思えないが、共感を覚えた誰かしらのうち私の住所を知っている者が(あるいは請求書で住所を知った管理人やインフラエンジニアの知人など、私に極めて近い何者かが)リークしたのだろうと思った。
しかし相手が何者かも分からなければ、私にはサーバ=サイトを停止する権限もなく、仮に出頭したところで頭の病気を疑われるだろう。
そのため、内心怯えつつも無視し続けるしかなかった。(後ろめたいところはないが)個人的に警察沙汰は嫌だという気持ちもあり、被害届も出さなかった。
そのうち例のサイトの広告が全滅したというBuzzFeedのニュースを目にして、ようやく安心した。
「ああこれで顔も知らない手紙の相手も溜飲を下げることが出来ただろう」「皆も例のサイトへの関心が薄れるだろう」
「ほぼ無関係な私も標的からは外れるだろう」、そんなふうに楽観していた。
そして昨朝になって、前回と同じような差出人不明の封書が届いた。
曰く、「サーバ管理人である貴殿らを近々メディア(文春やハフポ、BuzzFeed等)に告発する。個人情報を匿名掲示板及びWiki上で公開する。
サイト管理人〇〇〇(調べれば出てくるが一応個人名なので伏せる)共々罪を償わせる手筈は整った。これは最後通牒である」とのこと。
嫌な予感が当たった。
例のサイトがさくらインターネットとバリュードメインの利用規約に違反しているという記事をつい先日読んでいた。
はてブでもそれなりに話題になっていたので、他人事ではなくなっていた私は正直戦々恐々としていた。
ただし、「さくらインターネットや(バリュードメイン親会社の)GMOが今回の件で一方的な契約解除などの対処を果たして行うだろうか?」という感覚でいた。
広告の件はまだしも、ホスティングサーバを提供するさくら社が動いたとしても、ドメインもといレジストラであるGMOが「(主に第三者による)クレーム」で動くというのは少し考えづらかった。
例のサイトが最高裁に上告したことも知っていたため、仮に契約が停止されるとしてもその段階ではないかという気がしていた。
一方で、私に手紙を送ってきた者は「最初からサイトの停止を目的としていたのではないか?」と思えてきた。
漫画村問題以降、悪質サイトは広告剥がしによる兵糧攻めが効果的という話が周知の事実となっていたこともあり、広告剥がしの運動はその延長にある気がしていた。
けれど、根本的にサイトを潰したいのであれば、捨て身覚悟でサイトそのものか当事者へ攻撃を行うのが最も有効だろう。
ちょうど今朝だったか、グリーンピースがフランスの原発にドローンをぶつけたというニュースを読んで、なんとなく悟った。
これは「保守速報のサーバ管理人」である(と誤解されてしまった)私へのテロルである、と。
もしかしたら、「本当のサーバ管理人」も同じような手紙を受け取っているかもしれない。
なぜなら手紙には「貴殿ら」と複数形で書かれていたためだ。それに関してはお気の毒だなと感じる一方で、ざまあないねという気分だ。
あくまで私見を述べると、現在裁判所で係争中のヘイトスピーチに係る問題について、私は例のサイトの管理人の肩を持つつもりは一切ないし、法のもとで公平に裁かれることを期待している。
ただ、この一ヶ月弱、ある種の当事者として騒動を見守っていて、やはり「行き過ぎではないか」と感じた。
ネット上で起きた問題であっても、司法のもとで裁かれるべきであって、私刑によって晴らされるべきではないという気持ちがある。
さくらインターネットやGMOへの申告は「被害を受けた当事者たち」が行えばよいのであって、それを承知の上で「押すなよ、絶対押すなよ」と言わんばかりの記事を拡散して「第三者であり不特定多数の善意」を期待するやり方は正直に言って寒気がした。
例のサイトの肩を持つつもりはないと言いつつも、実害を受けている立場上どうしても公平性を欠く見方をしている自覚はある。
元々オタクであり、事ある毎に表現規制絡みのセンシティブな話題を目にしてきたことで、常日頃から肩身の狭さを感じる身ゆえに中立とは呼べない「寛容さ」を持ってしまった可能性もあるだろう。
それでも、第三者を巻き込んだ運動や行動(手紙の件は私には脅迫としか思えなかったが)によって社会が良くなるのならば、という思想は反面で危険をはらんでいるように感じる。
他人から何かを剥奪する時、それがたとえ社会的に真っ当な仕打ちと思える処分でも、本来その権限を持たぬ者たちによって軽重が左右されることには本能的な恐怖がある。
なんの利害関係もない、「純粋な義憤による裁き」は、その正当性が担保されなくなった瞬間に理不尽ないじめの構図と変わらなくなる。
ならば「誤っていたと認めなければよい」という方向に流れて、一度始めると引っ込みが付かなくなり、時に際限なく激化する辺りもよく似ている。
「いじめられる方にも責任がある」という言い分も心情としては理解できる。かと言って、少なくとも私が受けたそれらは、あくまで私自身の範疇で「当然の報い」として飲み込める程度のものではなかった。
第一、私を告発しても(例のサイトへの攻撃としては)まったく意味がないのだから尚更だ。多少の犠牲もやむを得ないということならもう知らないが。
私が今後どのような処遇を受けるか考えたくもないが、社会的な死に陥る可能性は五分五分だろうと思う。
「少しでも関わった時点で同罪」「被害者面すんな氏ね」「増田の住所を特定して晒し上げにしろ」とブクマで罵詈雑言を浴びる可能性を覚悟した上で、それでも今回は書くことにした。
なぜなら、私は手紙に対して直接返事を書くことが出来ないからだ。
せめて差出人がこのエントリを読んで、もしも人違いであると気付いたのならば、文字通り命乞いで情けないが思い留まってほしい。
断っておくが、お先が真っ暗だからと言って、私は低能先生のように自棄になって破滅的な行動を起こす気力がない。
それ以前に、今回のことがなくとも、もうボロボロに病んでいる。義憤に駆られたり誰かに恨みを持つのはそれだけで体力を使う。そういう持ち合わせはもうない。
だから、ある日朝起きて、ネットの海に漂う自分の住所を目にした時には、全てを諦めようと思う。
それは明日かもしれないし、幸運にも一生やって来ないのかもしれない。
何事もなかったところで、怯えて日々を暮らすうち、悲観に飲まれて気の迷いを起こすのも人間だと知っている。
たとえ私がいなくなったところで、この国ではよくある、珍しくもなんともない瑣末事として処理されるだろう。
これが遺書にならず、怪文書やポエムの類いとして笑い話になれば幸いだが、念には念をというやつだ。最後はこの言葉で〆ようと思う。
グッド・バイ。
と、律儀にマジレスしてみる。
プログラミング言語の範囲で「ある程度他に考え方の転用が効く」という意味なら、
最低でも、OS操作できるスクリプト言語(bash系やWSH+VBScript/JScript, PowerShell等)と、
汎用スクリプト言語(RubyやPython等)もやっておいた方が良いかと。
お仕事で、という話なら言語よりはライブラリの使い方やアーキテクチャへの理解、プロジェクトのルールを守れるようになる、といった事の方が重要になってくるし、
武蔵改二が実装されたことを聞いて久しぶりに艦これwikiを開いた。武蔵改二にはどんな新性能が組み込まれているのかと見てみるとなんと第5スロットが解放とあるではないか。なるほど、これであれば主主徹カットインと電探が両立できるだけでなく、主主徹+三式や主主カットイン+高速化までできるというのだから痒い所に手が届くような性能になったわけだ。そしてその性能を発揮する場所、イベント海域がちょうど始まっているのである。
これは復帰するしかない(私は2017秋イベまで艦これをしていた。ただ1回のイベントを除いて)と感じた。特別、武蔵が好きというわけではなかったが、あのような燃費が悪いけど高性能みたいなキャラは大好きなのだ。そして高火力な戦艦をメインで運用する遊び方や、夜戦特化の駆逐艦を愛でる遊び方や、器用貧乏な重巡軽巡を使う遊び方など様々なプレイスタイルの存在する艦これがとても好きでずっと遊んでいた。2017秋イベまでは……
ことの発端は2017春イベに由来する。当時私は忙しくてデイリーミッションも演習、遠征、工廠任務をクリアし、戦闘任務で補給艦を3隻撃沈するかしないか程度にしかできていなかった(要は特定の艦娘や装備を集中的に強化するということはできていなかった)が、イベントだけは甲種勲章をとれるように時間を割いていた。しかしどうしても時間が取れずに2017春イベだけは欠席することになってしまった。そして2017夏イベ最終海域の攻略情報を集めていると1つの情報を手に入れた。
一式戦 隼II型(64戦隊)がいなければ甲突破は不可能に近い
自分はこの装備を持っていなかった。それもそのはず。この装備は2017春イベで配布されたのだから。これは由々しき事態であった。これがなければたとえ道中を抜けたとしてもボス撃沈には相当の苦労を有するだろう。しかし自分には時間がない。攻略サイトとにらめっこして最大効率でイベントを突破しなければ完走は難しい。私は悩んだ。完走失敗のリスクを冒して甲に挑むか、堀まで見据えて乙で済ませるのかを。
結局私は乙を選んだ。主な理由としては甲でもらえる装備に魅力を感じなかったことである。そして挑んだ結果……ぬるい……ぬるすぎる。道中で数回大破撤退があったもののボスで1回も沼ることなく突破してしまった。ものたりない。自分の艦娘の力が発揮されていない。しかし甲に挑む気にはならない。なぜならある1つの装備を持っていないから。
そして次に迎えた2017秋イベ自分が苦戦して甲海域を1つずつ突破している中、周囲であの装備を用いて海域突破しているのを見て理不尽さを感じた。艦娘のレベルは多重婚するほど十分にあるのに。主砲などの主要な装備の改修もしているのに。ただ1つの装備がないだけで自分はほかの人がしていない苦労を強いられている。この気持ちは夏イベの時点で感じていたがついに私にある決断をさせた。このイベントで引退をすると。
もちろんもとはといえば春イベを欠席した私が悪い。それは間違いない。しかしそのリカバリーをさせてくれないのはいささか不親切ではないか?ゲームをさせてもらっているのだからそう言うのは傲慢だ、という人もいるかもしれない。でも復帰しやすく、新規の人が入ってきやすくするのはなんのデメリットもないはずだ。そして同じ考えにいる人は私以外にもたくさんいるはずだ。こういう表だって言わない不満を持った人々、サイレントマジョリティは確かに存在していてそれを艦これ運営は無視し続けている。
歌の題名になったりして一時期流行したサイレントマジョリティ。なんでも’はやり’にするこの風潮は嫌いだが、サイレントマジョリティを無視した結果どうなるかはニコニコ動画を見ればわかるだろう。一部の声の大きい人が満足しているからとその他大勢の――サイレントマジョリティの思っている画質の改善という修正をしなかったせいで、プレミアム会員の大幅減少に至った。艦これも今のままではこうなるだろう。艦これやニコニコだけには限らない。ガチャにまみれているソシャゲ業界だってそうだ。重課金している人の満足の声だけを聞いてほかのやめていった人の声を聴かない。実際はやめた人は声をあげていないのだからわからないのかもしれない。でも薄々気づいてはいるだろう。ガチャで強いキャラをひかねば面白くないこのビジネススタイルは長持ちしないと。
艦これ一つでこんなに風呂敷を広げるのは間違っているかもしれない。でも私はおそらくほかの大勢の人が思っていることと同じ理由で大好きなゲームをやめることになった。もうあの理不尽さを受けたくはない。だから2018冬イベには復帰できない。ああ海域突破方法を考えるだけで楽しかったあの頃に戻りたいよ……