はてなキーワード: 路地とは
確かに過去は辛かったのかもしれません。が、それは貴方に絶対的な能力がないからではありません。貴方は貴方なりに自分をしっかりトレーニングしてきているのです。
算数や数学は、社会に蔓延する様々な問題を解決する道具のひとつです。人によっては算数ドリルが好きで、応用が苦手という人もいるでしょう。そういう人は帳簿つけには向いていますが、例えば経営コンサルには向いていないでしょう。
貴方は、人に言われたことの理解が遅くて悲しいと言っていますが、本当にそうでしょうか?例えば、設問を変えて(上司が貴方に次の仕事の話をする設定で):「今度のクライアントは、下町の細い路地にある八百屋なんだ。ちょうどサザエさんに出てくるような八百屋でね、奥さんと旦那さんと二人での家族経営だ。一人娘もたまに手伝っているんだが、店で林檎を売ることにしたのは娘さんアドバイスだろう。林檎は三個セットでひとつのザルに入っているんだ。」と言われても貴方にはそれほど苦ではないでしょう。多くの人は貴方より先にストップになると思います。
ある意味、貴方の情報処理の仕方の方が、コンサルとかマーケティング等には向いてると思いますよ。そういう業種では、「クライアントの八百屋がリンゴ売ってるんだけど、今度ミカンとセット販売することになったんだ」と言われて「数式思い浮かべて‘あー、そうなんですか’」では話にならんのです。
大抵は売上げ利益向上がゴールになるけど、じゃあ何が問題なの?がポイントです。立地は?顧客ターゲットは?家族経営なの?営業時間帯は?広報はしてるの?他にどんな商品があるの?近所に競合は?従業員は誰?誰が経営の方針を決めているの?現在の負債額は?銀行借り入れ?仕入先は?掛売りOK?などなど・・・。貴方はそういう「想像」をすることが大好きで得意な筈です。次から次から泉のように湧いてきていますよね?多くの現場を積んで、ケースをパターン化して、頻度の高い順に覚えておくのは大事ですが、たまーに過去の体験が役に立たないケースにも出くわします。そのとき、貴方の「想像力」が貴方をビジネス的に助けてくれるはずです。
最後に、自分をあまり卑下しないでください。それは貴方の体力・知力を奪います。精神科の先生は貴方に重大な人生の「気づき」を与えてくれました。是非、そのチャンスを無駄にしないでください。算数問題のように話を抽象化する能力も必要です。是非、トレーニングして今ある自分の能力と併せて、自身の人生に役立ててください。
http://anond.hatelabo.jp/20130812003347
どれくらい一般的かは知らんが、
「八百屋に林檎が売ってありました。その林檎は普段は300円なのですが、隣にあるみかんとセットで売ることになり」
で映像をぽんと思い浮かべる人は多くはないにせよ少なくはないんじゃないか、と思う。つうか俺もだ。
「そうですね、その八百屋は細い路地にあってちょうどサザエさんのに出てくるような八百屋で奥さんと旦那さんと二人で経営してると思います、一人娘もいてたまに手伝っています。多分八百屋で林檎が売ってあるは娘さんの影響かもしれません、娘さんが果物も取り扱ったら?とかアドバイスしたとか。林檎は三個セットで何かのザルに入っているのではないでしょうか?一つは青いかもしれません。」
俺もどこの八百屋でどんな人が売っててってことは想像するけど、イメージの中で自分が買い物してる想像をしながらきくだけで、細かいところは見えるけど言語化はしない。理解力は早いほうだと思う。結構抽象概念でも基本的には抽象的な絵で理解するし、単なる文字よりそっちのほうが情報量は多いので理解が早く進む場合もある(ただし最初に方向性を間違えると修正に少し時間がかかる)
あと理解が基本的に図なので、説明は全部図。パワポづくりは得意な方。
単語を全部ちゃんと聞いているわけではなく雰囲気とかイメージから入るので、あんまよくわかんない外国語でもなんとなく理解できる(喋れないけど)みたいな特典はあるかな。
増田は単純に物事を頭のなかに入れることを覚えるより、気になった瑣末なことを追っかけ過ぎるのをやめれば良いと思うよ。普段の生活だって見えてるもの全部に目を凝らしたりしないでしょ。
なお小説家になれるとかあおってる人々がいるが、小説家になるなら、相手に見せるべき景色をポイント絞って説明しないといかんので、増田のようにマイルールでひっかかったところだけ説明するようだとたぶんぐだぐだ長い上によくわからんものになると思う。いや、娘が伏線とかならいいんだけどさ。青いリンゴが伏線とか。
先月、精神分析をしてもらい34歳にして知った事実を書こうと思う。きっと同じ人がいるんじゃないのかと思う。
僕は昔から人の話を聞くのが遅かった。理解するのに時間がかかっていた。
なので僕の頭はなんと回転が遅いのだろう、とクヨクヨする事も多かったし、友人たちや上司からは「理解力がない」とよく言われていた。後輩からもバカにされる事が多かった。
なので、いろんな方法で少しでも頭の回転を早くしようと努力をしていた。
あとで見なおして反芻する。ケータイ(今はスマホ)は常に持ち歩き、自分自身にメールする形で聞き漏らしがないようにする。
しかし、ネットが仕事に入り込むようになって理解が遅い事もあまり苦にならなくなってきたのが幸いだった。
なんせ、文字として残るから理解が遅くても取り返せる。
そんな風に過ごしていたある日、僕は衝撃的な事実を知った。
ある精神科(心療内科?)の人と知り合うきっかけがあり、その人にこう言われた。
「あなたは人の言葉をどこまで想像していますか?例えば僕は今から貴方に会話をします。理解が追いつかなくなったらストップといってください。
『八百屋に林檎が売ってありました。その林檎は普段は300円なのですが、隣にあるみかんとセットで売ることになり』」
僕はそこでストップといった。
まわりにいた人は「ええっ?!」といった感じで僕を見たけれど、僕は至って真面目だった。
やっぱり僕は理解力が遅いんだ、悲しいことだ。と思ったが、その人は続けてこう言った。
「最初に 『八百屋に林檎が売ってありました』といいましたが、どこまで想像しましたか?」
「そうですね、その八百屋は細い路地にあってちょうどサザエさんのに出てくるような八百屋で奥さんと旦那さんと二人で経営してると思います、一人娘もいてたまに手伝っています。多分八百屋で林檎が売ってあるは娘さんの影響かもしれません、娘さんが果物も取り扱ったら?とかアドバイスしたとか。林檎は三個セットで何かのザルに入っているのではないでしょうか?一つは青いかもしれません。」
と言った。
まわりにいた人は再度「ええっ?!」と僕を見た。
その人は
「あなたは少しの情報から大きく広く想像している。普通の人はそのまま頭に情報をいれます、「八百屋に林檎が売っているんだなぁ」と。八百屋はどこの八百屋なのか、誰が売っているのか、とか普通は考えません。」
僕はそこで衝撃が走った。
「他人はそこまで想像していない。」という事に。
まぁ、それだけの話しなんだけど。どーりで昔から理解力が追いつかないわけだ。
僕は単純に物事を頭に入れることはこれからもできそうにない。
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■みなさん、返信ありがとうございます。
僕は自分自身を把握できずに、なんとか適応しようと頑張ってしまいました。それも34歳まで!
考えれば考えるほど、医者+製薬会社+官僚の権益確保システムがよくできていて笑うしかない。
さすが日本最高の頭脳がよってたかって長年かけて作り上げたシステム、非の打ち所がない。
あらゆる方面に対してWIN-WINの関係(もしくはそう見えるような状況)を巧妙に作り上げて文句も言われにくくなってところも、もう芸術的といっていい素晴らしさだ。
日本国民は国民皆保険制度により、3割の負担で医療を受けることができる。
どんな医療行為がいくらになるかは診療報酬制度で全国一律となっており、地域差や病院によって負担が不公平にならないようになっている。すばらしい。
現行の診療報酬は
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/10/dl/s1005-4e.pdf
このへんがオフィシャルなのかな。
うん。よくあるよね。なんだか痛いので整形外科にいくようなパターン。
初診料 270点
検査 577点
画像診断 158点
処方せん料 70点
計 1,075点
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( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
_, ._
(;゚ Д゚)
高っ!
レントゲン1発撮って1580円(MRIなら8500円!)いつもどおりの処方せん書いて700円。なんという戦略的価格。
でも、3割負担だから請求されるのは3225円。これぐらいなら。まあ…ちょっと高いけど、また痛くなったらお願いしようかと思うよね。これが老人なら2割負担だから2150円。それなら毎日のように通って看護師さんに優しく湿布貼り替えてもらおうかって思うよね。
でも病院には10,750円ちゃんと支払われる。そりゃ儲かるよ!八百屋がトマト1個300円で売って、でもお客は90円しか払わなくていいってなってたら、そりゃあ八百屋儲かるよ!
もちろん残りの7割はみんなの給料から結構な金額天引きされてる健康保険。価格の7割を税金で補助してもらえる産業なんて医療をおいて他にはない。医者が開業するとき銀行は喜んで億単位の資金を貸し出してくれる。回収できる確率が非常に高いことが判ってるからだ。その辺の社長さんが起業するときあちこちから1000万借りるのにする苦労に比べたらえらい違いだ。
住宅地の路地裏にひっそりあるお爺ちゃん先生がのんびりやってる内科医院とか、あれでも潰れないどころか、ベンツ乗って大きい家に住んでるからね。しかも100m歩く間にそんな病院が3軒あったりして。そんで息子はお金かけてええとこの医学部行ってこんどは資本金いらずで後を継ぐね。なに、新しいレントゲンが2000万?よっしゃ父ちゃんが開業祝いにポーンと現金一括買いしちゃろ。
http://nensyu-labo.com/sikaku_isya.htm
「開業後しばらくの間は借入金の返済に追われる日々となります。」とか書いてあるけど10年ぐらいで返し終わったらあとはジャンジャン儲かる日々だからね。
そんな現代の貴族とも言うべきお医者さん。でもさすがにそれは他業種に比べてあまりにも保護されすぎだろう、皆保険制度なんてやめちまえ、という話には、ほとんどならない。
「お金のない人でも、等しく医療を受けることができるようにしましょう」
という国民皆保険の精神はどこからも文句のつけようがない正義だからだ。素晴らしい。
また、全国一律の価格設定になっていて、それ以外の価格を提示してはいけないという縛りがあって、さらに医療法で病院の広告宣伝にはものすごく厳しい制限がかかっている。具体的には、例えば病院の「売りや自慢できるところ」を不特定多数に向けて宣伝できない。看板に書いていいのは病院名と科目名ぐらい。
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/kokokukisei/index.html
つまり、市場原理が著しく制限され、働かないようになっている。
するとどうなるか。
経営に力を入れて儲けようとする病院と、そうでない病院に差が生まれにくくなる(口コミ等で多少の差はできるが決定的にはならない)。つまり住宅地の路地裏に(略)内科医院が潰れない。一般企業だと起業したら9割は数年で潰れるけど、病院はよっぽどのことがないと潰れない。潰れないどころかベンツ乗って(略)。
でもそんなのおかしいじゃないか、もっと競争を働かせて過剰な町医者は淘汰されるべきだ、という話には、まずならない。
「全ての市民がかかりつけ医(ホームドクター)を持って日常的に健康を保ち、難しい症状の場合だけ、大きい基幹病院に行くようにしましょう」
という「サテライト構想」は、文句のつけようがなく国民全員の利益にかなっているように見えるからだ。
もう鮮やかすぎて感心するしかない。
定期的に、医師不足が叫ばれている。そういうときテレビのワイドショーに出てくるのは産婦人科と基幹病院の救急救命。「当直明けで外来もこなさないといけない」「ちょっとしたことですぐ訴訟されちゃう」激務や責任でドロップアウトしてしまう医師も多い。医師をもっと増やすべきなんじゃないか。
医者になって開業すれば貴族になれるって判ってるんだから医者になりたがる高校生はいくらでもいるだろう。医学部を新設して定員をどーんと増やしてちょっとキャンペーンはればあっという間に(医学部6年+経験を積む数年ぐらいで)医師不足解消できるよ。
という議論が出た時、反対したのは日本医師会。
http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20100714_1.pdf
医師数増加に関する日本医師会の見解 -医学部を新設すべきか-
また、G7 平均(G8 からロシアを除く)の人口 1,000 人当たり医師数は 2.9人である。仮に日本の人口 1,000 人当たり医師数をG7平均なみに引き上げるとすると、現状の人口を前提に医師数を1.3倍に増加させる必要がある。
と、先進国との比較で医師数が少ないというデータには触れながらも、
1.教員確保のため、医療現場から医師を引き揚げざるを得ず、地域医療崩壊を加速する。
2.教員が分散し、医学教育の水準、ひいては、医療の質の低下をまねく。
3.人口減少など社会の変化に対応した医師養成数の柔軟な見直しを行いにくくなる。
1医育機関当たり医師数は289 人であるが、二次医療圏の約 4割では、医療施設従事医師数が289人以下である。医学部が新設されることにより、地域でさらに医療崩壊が進むことを否定できない。
として、医学部新設には反対。既存の医学部の定員増でゆるやかに変化していけばいいというのんびりした見解。
実際のところ、なんであの激務のお医者さんたちが「全然人が足りない!」ってなってるのかって、つまり忙しくてそれほど儲からない勤務医よりも楽で儲かる開業医のほうがいいからみんなそっちに行っちゃってるからからなわけだけど、華麗にスルー。そこには触れられたくないんだろうね。貴族制度の崩壊につながるといけないからね。
月18万もらってる生活保護の受給者を妬む人がすごく多い割には、月100万以上稼ぐ開業医を妬む人は少ない。「開業医ちょっと楽して儲け過ぎじゃね?」という話題があんまりどこからも出ないのと、定期的にテレビやマンガで格好いい医師の話が印象づけられるのもそこそこ影響してるんじゃないかと思う。ああいうのに出てくるのは必ず勤務医か離島とか過疎地の忙しそうなお医者さんで、間違っても町の暇そうなのにベンツ乗って(略)お医者さんは出てこない。
病院だけじゃなく、薬局に流れこむお金も税金で7割ブーストされている。そこで儲かってる製薬会社にも広告宣伝の制限はあるけど、TVCMをしてもいいってことにはなっててつまり大スポンサーなわけで、その辺が関係してるんじゃないかと思うのはこれは僕の単なる想像だけど。
医師が国に守られてるみたいなこと言ってるけど、制度を決めるのは官僚と政治家であって医師でなく云々。もちろんその点についても抜かりはない。
官僚は東大卒のエスタブリッシュメント。エリート同士はやっぱり理解し合いやすいし、お互い得になるスキームを賢い者同士で作りましょう、ということにはなる。厚生労働省には元医師が医系技官としてしっかり入り込んでたりもする。医療費の規模が大きくなる=厚生労働省の予算が大きくなるのだからやはりWIN-WINの関係だ。出産一時金が30万円から50万円に上った途端、町の産婦人科の出産料金が軒並み50万円に上がったのにそういうのを規制しようなんて話には一切ならなかったのは記憶に新しい。
政治家は票を沢山動員する団体の味方。日本医師会は超強力な圧力団体だ。なんせ会員数16万人
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E4%BC%9A
に加えて、病院の看護師や事務員、介護職員も動員できる(選挙の時期になると医師会から誰々を応援すべしというプリントが配られる)ことから、いったい何百万票規模になるのやら。
介護職員なんか、ワーキングプアの代名詞みたいなのに、まんまと医師会の言うこと聞いて医師がお金持ちになる手助けしてるという。でも自分たちの給料上げろとかって全国一斉ストライキなんて企てもしない。いい子たちやなあ。
たくさんブクマもついてめでたいことです。自分の意見を書いてなかったので書きますよ。
☓ 医者が儲け過ぎてて妬ましいので医者は貧しくなってワーキングプアになれ! ←そんなこと思いもしない。ただ飛行機のパイロットよりちょっと安いぐらいでよくない?とは思う。
☓ 国民皆保険が糞だからやめちまえ! ←素晴らしいって本文でも言ってるじゃん。安い負担で医療が受けられるのは本当にいいこと。
◯ アメリカよりはまし ←ほんとそう思う。アメリカがひどすぎて、っていうか、アメリカの市民生活にかかわる社会システムは見習わないほうがいいものが多すぎる。若者の死因第2位が殺人なんておかしい。
現状をこうこう変えるべきとか思いつきもしない。だってどこかを変えたらどこかに不利益がでるもの。そんな風に、しっかり独占と税金ブーストによる利益を確保しながら、心理的にも構造的にも変化を受けづらいようなしくみになってるところが「凄すぎる」って話です。
なんだか最近、Fateのヘイト創作(語呂がいいなオイ)が話題なんだそうだ。私自身はFateでは二次創作はやってはいないので、ネットでの騒ぎを眺めているだけだが、なんだか大変そうだ。まあ二次創作同人って、ジャンルのピークが過ぎて衰退期や晩期に差し掛かると、二次がガラパゴス化して大抵ごたつくよね。Fate自体は歴史の長い作品だが、Zeroアニメ化に端を発する特需はそろそろ晩期なんだろう。わかるわ。
だがpixiv百科事典を初めとした加熱した議論にはなんだか危険なものを感じる。
冬木ちゃんねる (ふゆきちゃんねる)とは【ピクシブ百科事典】
http://dic.pixiv.net/a/%E5%86%AC%E6%9C%A8%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AD%E3%82%8B
前置きしておくが、別にヘイト創作というものをマンセーしたいわけではない。だがそう開けっぴろげに否定したものではないと思う。
ただ、棲み分けには賛成だ。そうあるべきだと思う。
というか、当事者たる二次創作関係者"以外"にとっては、ヘイト創作だろうがボーイズラブだろうがエロ漫画だろうが大差ないだろうと思うわけだ。
原作のキャラクターを自由に動かし、行間を脚色し、あるいは改変し、自分の欲求を満たすもの。
それこそが二次創作の本質である。勘違いしてはならない。ヘイト創作がだめなんじゃない。二次創作全般が、そもそも隠匿されるべきものなのだ。
隠匿というと大げさだが、少なくとも内輪ネタである。原則として、原作者の眼の届かないところでやるべきだ。まあ実際は完全に隠すことは難しいだろうから、"形式的に"ということになる。例えば伏せ字や隠語を使う・検索避けをする、などだ。
これはヘイト創作に限らず、二次創作全般で本来徹底されるべきことだ。
今回はFateが槍玉に挙げられているけれど、"二次創作意識の肥大化"とも言うべき現象はここ数年で際立ってきた気がする。その諸悪の根源は間違いなく、ニコニコ動画とpixivである。まあ、前者はここ数年権利者削除が増えてきたから、どちらかといえば土壌はpixivだろう。さらにtwitterが加速剤となっている。
作品名をGoogle検索すると、当たり前のようにpixivが検索上位に表示される。"腐向け"タグなんかは最近整備されてきているけれど、未だに作品名そのまんまのタグでホモすれすれの絵を描いているひとだっている。増してやエロ絵なんてまるで検索避けされていない(一応18歳未満は閲覧できないが、作品名そのまんまタグだ)。いや、そもそも、エロでなくても、ホモでなくても、ヘイトでなくても、結局のところ二次創作は"路地裏文化"だ。表通りでダンスするにはあまりにあんまりなんだよ。
二次創作を垂れ流すのと同一のtwitterアカウントで、平然と原作者にコンタクトを取る人間の心理が私には理解できない。
正しい二次創作なんてない。原作者にとって"嬉しい"二次創作なんて、同人側が自己の行為に正当性を求める行為だ。結局、我々二次創作者がやっているのは、その内容如何に関わらず、違法行為すれすれの、虎の威を借る狐じみた、他人の褌で相撲を取る、自己満足行為だ。そのことを、ゆめゆめ忘れてはならない。
後ろ指を差されたくない人生を送りたいなら簡単だ。今までの二次創作を全て燃やしてオリジナルを描けばいい。あるいは筆を折ればいい。でもそれができないのが二次創作者だ。だって楽しいんだもの。
久々に仕事を探している。
東京で仕事を探すというのは、いわゆる「レール」に乗っていない自分にとってはいつも、
ドヤ街の汚い裏路地に入り込んだ時の、ひやっとしたり胸がむかついたりするような感覚を終始味わわされるようなもので、
たくさんの無関心をわざわざおっかぶせられて、それでもまた表通りに戻れるかもわからないような心細さが続く苦行だ。
そういえば似たような感覚を少し前に感じたことがあったなと思ったら、
突拍子もない事故のような出来事のせいでろくに金も無く転居先を探して不動産屋をはしごしていた時のことを思い出した。
三件も回ればすぐわかるような嘘を散々聞かされた挙句、
わざとらしい二人芝居で東京の右側の物件の内見をゴリ押しされたある晩、
来てはみたもののもはや家を見る気など無かった自分は、出先で付き人役を押し付けられたその会社の新人との雑談を楽しんでいた。
春に東京に出てきたばかりの彼は、どこをどう聞いてもやっぱりこれから先会社に容赦無く使い潰されるか、
先輩方と同じような勢いだけの三流の詐欺テクを覚えて終わるしかないようだったが、
それでも彼自身は、いたって素直に今働いているということを楽しんでいた。
わざわざ実家を捨ててそんな境遇になってまで東京にいる彼の心を簡単には理解できない。
彼の目からすると東京というのは、彼の地元の先にあるものみたいだ。
それに、なんとなくで来てみた人が行きたい「どこか」にも繋がってはいない。
様々な重荷を背負って東京で学べることは、楽しく金を使うことぐらいだ。
電話に出た求人係の女が最低限の伝達事項を口早に言い立ててガチャっと電話を切る。
朝から晩まで電話を鳴らす有象無象の相手をさせられて心底うんざりしてるんだろう。
今、この女から自分に押し付けられたいらいらは、少し前に女に電話をかけた誰かが押し付けたいらいらだ。
どんどん胸に溜まっていって、こぼれたものからまた東京を巡っていくみんなの澱だ。
この澱を目一杯溜めて、自分の人生に良いことなんてもう起こらないと心から信じて、
澱の回し方だけ上手くなっていくような、そういう人間がきっと、東京の八割ぐらいを支えている。
逃げたくても、逃げるのにも金がかかるから、だから澱を引き受ける仕事をする。
勇気のある人間は電車に飛び込んで、自分の体ごと周りに澱をばら撒いて逝くけれど。
東京で本当に難しいのは、何者かになることではなく、
これは、本当に耐え難い、苦しみだ。
姉が急病になって急に倒れました。
めまいがすると言っていたら急に倒れて、呂律がまわらない感じ。
救急車を呼んだのだけど、運悪く家の前の路地に違法駐車があって救急車が入れん。
姉まじどうなるんだと思ったら、父が車の窓をたたき割って、ペンチでなんかやったと思うと、「車後ろから押せ!」と言われ。
サイドブレーキをを壊したのか? なんか動かせて救急車が入れました。
無事に姉は搬送されて、しばらく入院したけども無事に後遺症もなく回復しました。
で。
その後、例の車の所有者から連絡があって、まあ結構壊れていたらしい。
まあ違法駐車とはいえ壊したのは親父だし、修理代を渡してなんとか示談は済んだようだ。
それが4年前にあった話な。
先月、親父が新車を買ったんだ。
そしたら4年前に車を壊されたおっさんがさ、それを知ったみたいなのね。
そしたら連絡があってさ、
「新車を購入するなんて当時のことを反省していない、車を壊された私の心がすごく苦しい。傷つけた」
と言ってきたわけ。
いやいや、示談すんでるやん、とお父さんは正当化するわけで、それは当たり前だと思う。
で、先週が親父の誕生日でさ。
あの時親父のおかげで一命を取り留めた姉が、親父のために何をしようっていろいろ考えてさ。
まあ料理とか作ってお祝いしたのね
それもどこで知ったのか例の車のおっさんがさ。
親父があんなことしたのに、なんでお前はおやじに感謝なんかしてんの? って、家の前でいきなり言われたそうな。
まじ怖がっていた姉がかわいそう。
靖国参拝問題について
http://minhyo.jp/hobosute/335/
読んだので書きたくなりました。
読むの面倒な人用のあらすじ
まだ、電車男が映画化もドラマ化もされる前。2chの有志達がまとめた電車男のまとめサイトを読んだ俺は、勝手に自信を持った。あんなのにかわいい彼女が出来るなら、俺にだって出来るだろうと。だってHERMESを読めないってバカにされていた奴が、たった数週間でオシャレっぽい服装になって、なんとか恋愛していたんだから。
それでやる気になった俺はまず、外見を良くしてみようと思い立った。外見と言えばダイエットだろうと思い、ジョギングを始めた。結果的にたいして痩せなかった。標準体重ギリギリオーバーだったのが、ギリギリセーフに変わったくらいだった。それでも運動は良い。自分の自信を保つ為にはかなり役に立ったと思っている。
ダイエットだけでは意味がないので、美容院にも通うようにした。毎月は行かなかったが、2か月に1回は行っている。髪型の指定も、雑誌の切り抜きを持って行った。最初は気恥ずかしいと思っていたが、持って行ってみると当たり前の事として対応してくれたから、色々説明するよりも楽になった。
さらに、電車男に触発されたわけだから、やっぱり服だ。それまでの俺は10年物の服をそのまま着ていたから、新しいものを買っただけでずいぶんマシに見えるようになった。ファッション誌を買い、そこに載っている店に行き、自分にしては結構高めの服を着た。一着でゲームソフトが一本買えるくらいだったと思う。オシャレな人に見せればあまり良い評価はされないだろうが、自分で買った高い服を着ているという自信が出た。
今までモテなかった奴が、ちょっと外見に気を使ったところモテるわけがない。それなりに頑張っても生活は一向に変わらないので、いっそのこと風俗に行くことにした。やれば変わる。そんな風に思っていたのかもしれない。
せっかくだから高級なところにしようと思い、吉原に行った。6万以上だ。その金額には全く不満は無かった。俺の童貞はそれぐらいの価値がある。そうでなければ困る。普通にSEXして帰ってきたわけだが、どういうことか全然喜びが無い。どうでもいいことに大金を使ってしまったような喪失感だけが残っていた。
だが数日して、猛烈な性欲が襲ってきた。とんでもない性欲だった。それの為ならまた大金を払っても良いような気がしてしまう、それぐらいの性欲が襲ってきた。だが、自分の理性は残っていた。安いところにしよう。その程度の理性は残っていた。
その後に行ったお店は、前の1万くらいで行けた。安くてカワイイが売りのようだったが、全然ダメだった。すごく事務的にSEXされたようだった。値段の差は、サービスの差・演技力の差だったのだ。それからは風俗に行くのをやめた。大金を出して演技をしてもらいに行くのは無駄だと思ったのだ。自分が大金持ちになったら行くかもしれないけど、今の自分には大きすぎる出費だ。
でも、風俗に行ったことによって女性への考え方が大きく変わった。リアルに、目の前で、自分の肌で、エロいことをしている女性を感じたせいか、世の女の子を本当の意味で性の対象として見られるようになったのだ。それはAVやエロゲでは得られないリアルな感情となった。ほんの少しだが、ナンパしてる奴らの気持ちが分かったような気がした。
風俗を体験し、本当にリアルなモテたい気持ちを持った俺は、「モテる技術」という本を読んでいた。かなり分厚い、だが実践的な恋愛マニュアルだ。モテたくてコミュ症な人はこれを読んだらいいと思う。
さて、「モテる技術」の内容は結構単純である。目に付く女の子には声をかけまくって、反応があったら楽しませて、仲良くなったらSEXに持ち込め、という感じ。それだけならよくある情報だけど、著者がモテないオタクだった過去があるから、リア充コミュ充みたいに「なんとなく流れで」とかではなく、じっくりしつこく説明してある。ググれば書評みたいなものがあるだろうから、ここではあんまり説明しない。
で、とりあえず誰でも声かければいいことが分かったけど、そんな勇気は特にない。だから、女の子を見たら、全員好きな子だと思うことにした。無理やり好きだと思い込むために、女の子を取り囲む大きなハートをイメージしていた。職場の子もコンビニの店員も電車で近くになった子も全員。そうすると自分がちょっと変わってくる。仕事なら易しく接するようになるし、店員さんにも優しく「ありがとう」とか言うし、話しかける予定の無い子でも、褒める場所を探してみたりする。
これは効く。何度か同じように接していると、だんだん向こうから親しげに話してくるようになった。ならない人も多いけど、数人にでも効果があると嬉しくなって続けられるようになった。本当のリア充は、これを素でずーっと続けられる人なんだろうと思う。
そんなモテ実験をしていたころ、俺はとあるバーに通うようになっていた。バーと言っても小汚い路地裏の奥にある、カウンターしかない安いところだ。職場と家の往復になっていた人生を少しでも改善しようと思い、学生時代の友人に連れて行かれた店に通うことにしたのだ。とは言うものの、行ったところですることが無い。マスターとも話題が合わない。だから俺は、とりあえず酒を飲むことにした。
バーというからには酒の種類が多いわけだ。だったら色々飲んでやろうと思い、毎回違うものを頼んでは飲んでいた。週に一度、3~4種類の酒を飲む。すると少しずつ味が分かってくる。それで酒好きなマスターと酒の話題で盛り上がれるようになった。盛り上がるといっても、マスターの上機嫌トークを聞くだけではあったが。
順調に常連客となっていったわけだが、路地裏の小さなバーなんてのは、常連客しかいない。本当にいない。いても誰かの紹介だ。そうなると一種のコミュニティとして機能してくる。他の常連を電話で呼んだり、常連の友達と知り合ったり、付き合ったり、喧嘩したり、色々なことが起きている。そして俺もその中の人として、だべったり、笑ったりして過ごしていた。
彼女と出会ったときは深夜だった。たぶん2時近く。いつのも常連と一緒に飲んでいた時に、酔っぱらった彼女が入ってきた。マスターは嫌な顔をしていた。酒癖が良くない女の子らしい。ふーんと思って、どうもーとか挨拶してたら、急にほっぺにキスされた。
なんだ?意味が分からん?なんだこれ?は?俺?なに?好き?キス?おれ?
という具合に、俺はパニックになっていた。キスなんて風俗以外ではしたことないのだ。彼女は何か酒を注文し、少し飲み、俺と少し話をして、ケータイで友達に呼ばれ、その店を出て行った。マスターは赤くなった俺を見て、にやにやしていた。
次の週、またその店に行くと既に彼女がいた、他の常連とネズミの国の話で盛り上がっていた。俺も少しその話に交じり、ネズミの海には行ったことが無いことを話した。結構酔っていたのかもしれないが、「行ったことないから行きたい!一緒に行こう!」などと、全力でデートの誘いをしてしまっていた。
それから数週間後、本当に二人でデートしてしまったのだった。自分で行きたかったこともあり、デートだということも半ば忘れて単純に楽しんだのが良かったようで、彼女は家に遊びに来るようになった。
俺が毎週決まった曜日に、そのバーに来ることを聞いたようでその日に店に来て、そのまま俺の部屋に来るようになった。そうなればあとは雰囲気の問題で、何度目かに来た時、キスをして、服をはだけ、そうなる直前までいった。その時に。
「私の彼氏になる?」
彼女はそう言った。俺は面食らった。もうつきあってるような気がしていたし、自分の知っている告白シーンとはあまりにも違いすぎたからだ。俺はなんて答えたのかあまり覚えていない。「うん」とか「そうしよう」とか「なる」とかそんなような答えをしたのだと思う。そしてそのまま、なるようになったのだった。
SEX自体は初めてではない。玄人さんで済ませてある。でも、そうしておいて良かったような気もする。年齢の問題だ。10代でヴァージン捨ててる女の子相手に、童貞を隠せるだろうか。隠さないとしたらどんな反応になるだろうか。上手くやれれば問題無いかもしれないが、自分だったら変な不安と妙な期待で大失敗していたのではないかと思う。それはそれで、貴重な経験とも思えるけど。
モテるために色々やってきたけど、付き合ってからどうしたらいいかについては、なにもやってこなかった。というより、そんなこと想像もしていなかった。付き合う前なら、何の連絡が無くても、しなくても、どこにいても何の問題もなかった。付き合ってからは、やっぱりみんなちゃんと連絡を取り合うものらしい。1日に一回くらいは、メールなり電話なり直接会うなりするみたいだ。俺はそんなこと全然思ってもいなかったから、付き合う前と同じように、3日から1週間ほどの間をあけて、会ったり話したりしていた。
そうしたらあまり好きじゃないと思われたようだ。本当に好きじゃなかったかもしれない。数か月後に別れることになった。その子と別れることは特に苦痛じゃなかった。でも、振られたという事実が自分を襲った。付き合ったのも振られたのも初めてだったから、その衝撃に打ちのめされたのだ。また、そんなことは普通の人なら10代のうちに経験することだという常識にも打ちのめされた。
どんなに悲しくたって、時間が経てばそれなりに戻るもので、俺はそれでも同じバーに通っていた。俺を振った彼女は来なくなったらしい。
俺は別の場所で、別の彼女を見つけた。今度はほんとに好きで、ちゃんと付き合ってる。バーのマスターに言わせると、「初めて会ったころはどうしようもなかったけど、勝手にどんどん成長してったな」ってことらしい。
成長は、した。モテるための技術を知った。リアルな性欲を知った。好かれる喜びを知った。振られる悲しみも知った。でも、根っこの部分はあまり変わらない。
モテようとするのは面倒くさい。青春が無かったことには改めて絶望させられた。
それでもやってみれば何とかなるもんだよ。その気になればね。
誰でも思ってることだと思うし、散々語られたことだと思うんだけど、
あまりにも
「殴られたくらいで自殺するなんて、どんな育てられかたをしたんだ」
というような言説を聞くので、ここにはっきり書いておく。
まずこういうことを言う人は
2.こいつは自殺した。
3.こいつは普通ではない。
と考えている。
2までは同意できる。
俺はこう考える。
2.こいつは自殺した。
3.こいつは殴られただけではない。
人は一時の痛みで自殺したりしない。ある日路地裏でボコボコにされて
人を死に追いやるのは絶望だ。
その苦しみが長い間、場合によっては永遠に続くと信じ込んだときに生きていけなくなる。
人一人が死を選んだのだ。
という話で終わらせて欲しくない。
家はLTEの電波が弱い(だいたい3Gアンテナ4、5本~LTEアンテナ1、2本の間を彷徨ってる)
テザリングの設定をしようとすると○現象がたまに発生する、稀に圏外にもなる
何もせずに放置しているとだいたいLTEアンテナ1本で安定する
家の1階より2階の方がLTEが入りやすい(屋内最大LTEアンテナ2本まで確認)
LTEアンテナ2本立つとdownload最大5.3Mbps、同じ場所でwimaxだとdownload最大3.3Mbps、3Gはdownload最大0.6Mbps
外に出るとLTEアンテナ3~4本、200メーターぐらい移動するとLTE4~5本max確認
LTEアンテナ5本の場所でも狭い路地に入るとすぐLTE1、2本に変わる
「インターネット共有」をオンにしても瞬時にテザリングできない
よく分からないがテザリング可能な状態になるまで1分程度はかかってるかもしれない
インターネット共有の設定画面にしておくと繋がりやすい気がする
しかし、iPhoneとノートPCをUSBで接続すると、かなりの早さで、ほぼ確実にiPhoneの電波を検知して簡単にテザリングできる
4分ぐらいデータ通信をせずに放置しておくとiphoneのテザリングの接続を示すバナーが消える(消えない時もある)
いろいろ迷ったんだけど、まあインターネットで知り合った人たちだし、インターネットの見える場所でお祝いの言葉を書くのも悪くないかなーと思って、なんか書いてみることにするよ。わかった人はてきとーに拡散でもなんでもして、ご当人たちの目の届く場所にでもこのURLを届けてください。ま「そういう人」なので、こっそりとどこかで見ていたりはしたわけですけど。
ボトルメールよりはもうちょっと確実性のある手紙でも、ひとつ。
つーか結局は自分語りな。この場合は自分語りしないと伝わらないこともあると思うんよ。
とりあえずそうだなー、びっくりした。びっくりはしたんだけどさ、なんていうか、あんがい意外でもないんですよね。ああ、なんか辿りつくべき場所に辿りついたっていうか。
そうね、まあ「彼」とでも呼んでおきましょうか。
彼との出会いは、俺が以前やっていたサイトの掲示板にまで遡る。俺がしょうもない日記書いて、共同で管理してた友人としょうもない対談みたいな記事作ったりして、まあ全体的にしょうもないサイトだったんだけど、掲示板だけは違ってたのね。エロゲやったりする人の多くがそうであるように、俺にも「青春」とか呼べる時期なんかなかったんだけど、もしあったとしたら、あの掲示板にそれはあったんじゃないかな、と思う。二十代後半だったけど。いいだろ別にいつ青春やったって。周囲に女とかぜんぜんいなかったけど。別にだからそういうのはいいんだって。
インターネット始めるまでは、自分の趣味のこととか話せる相手がいなくて、それで、俺は異常だと思ってたんだよね。こんなにフィクションに異常な思い入れする人間とかほかにいない。いたとしてもそれは同居人くらいで、ほかにはどこにもいないんじゃないか。まあ日本には人間が1億人くらいいるので、確率としてここに二人いる以上、もうちょっとはいてもいいんじゃないかなーと思ってたんだけど、サイト始めてみたら、思ったよりも多かった。そうやって集った同好の士のなかに、彼はいた。
あの掲示板って、ちょうどいまでいうツイッターみたいな空間だったと思うんだよね。界隈の人たちのたまり場みたいな感じ。あずまんが大王の塗装のバスとか出現したっていうんでわざわざ見に行って実況してみたりとか、やってることが本質的に一緒。そんな掲示板のなかで、彼の存在はひときわ異彩を放っていたと思う。寡黙でありながら重量感があり、切れ味も抜群、常に陰のようなものがあるのに、どこかすっとぼけた確信犯の諧謔がある。
同居人ともども彼の書き込みのファンになったね。彼が書き込んでくれるのが楽しみでしょうがなかった。
なんていうのかな、戦友、みたいな意識があった。骨の髄までフィクションに冒されて、二次元のキャラと添い遂げるくらいの勢いで大好きで、ほかに希望なんかなくて、掲示版みたいな場所に吹き溜まっててさ、でもそこしかなかった。ほかの人がどうかは知らないけど(たぶん似たような感情は持ってくれてると思うんだけど)、このクソみたいな世界のなかで、なんとか喘ぐように呼吸して、それこそ酸素に飢えた金魚みたいに口をパクパクさせながらなんとかエロゲとかマンガのなかに救いを求めて、そんでもって掲示版でなんか吐き出してる。ここでは本音で話せる。道端の路地の向こうに、あるキャラクターがいるかもしれない、永遠に会うことができないそのキャラの面影だけ追いかけてふらふらと散歩を続けるような、そんなポエムじみたことや、そういうバカで真剣でどうしようもない自分を笑い飛ばすようなことや、そんなことを日々繰り返して、それでもまあなんとか生きてるよね、別に積極的に生きる理由もないんだけど、とりあえずフィクションあれば俺ら呼吸はなんとかできるよね、みたいなそんな日々。
そんなのがまあ、俺にとっての青春だった。
そんな日々をともに過ごしてきた人たちに対しては、友人というより、仲間というより、やっぱり「戦友」っていう言葉がしっくり来る。
そういう場所を瓦解させてしまった理由ってのは、いくつかあると思うんだけど、まあいちばんは俺が結婚したからだな。
俺、アホだからさあ、どっちかしか取れないんだよね。真剣だったからこそ、ってのはあるかもしれないんだけど、少なくとも結婚するっていう事実の前では、俺はフィクションを捨てるしかなかった。だって、そこに魂の半分を置いてるんだもの。好きになるのも嫌いになるのも、すべてはフィクションのなかにしかそういう対象っていないんだもの。現実の人間なんて書割じゃん。こちらに実害を及ぼす人間だけが脅威で、あとは男だろうが女だろうが、じーさんだろうが幼女だろうがひとしく恐ろしいものだったわけで、それが、たった一人といえども「人間」を選んでしまったわけ。それは「世界を選ぶ」ということとほとんど等価だった。全否定してきて「フィクションを摂取する俺の肉体を生存させるための意味しかなかった」世界のなかで、俺は伴侶を得て歩いていかなきゃいけないわけよ。いいったって悪いったって、俺ひとりじゃない。とにかく俺は世界を切り開いて歩いていかなきゃいけない。
そうやって俺はフィクションを捨てて、書くことすら捨てようとした。
でもねー、書くのだけはやめられなかった。
言ってみればさ、フィクションを捨てること、書くことを捨てること、すべては裏切りじゃん。もちろん周囲の人はだれ一人として裏切りだなんて思ってなかったと思う。複雑な気分を抱えていたことは想像に難くないんだけど、俺が「この世界」に幸福を求めようとすることを咎める人なんてだれもいなかった。
だけどさ、逃げるようにサイトやめて、俺そういう不義理っていっぱいやってて、いつ見捨てられても不思議じゃない人間なんだけど、彼はそんな俺をずっと見捨てないでいてくれた。彼だけじゃない、俺の周囲にはそういうありがたい人たちがたくさんいて、俺は今日まで生きてくることができた。
いまはもうそうじゃなくなったけど、書くことだけが俺にとって救いだった時期ってまちがいなくあった。書いて、読んでくれる人がいる。そのことだけで「ひょっとして俺は生きていることを許されるのではないか」と思えるようなそんな日々があった。
ここに至るまでの十年以上、そのほとんどの歳月を、彼はだれよりも俺の読者でいてくれた。極端にいえば、命の恩人だ。ほかの数人の人たちと同様、彼は俺を生かしてくれた。読んで、なにごとかの感想を書いてくれることで「少なくとも書くことだけでは、生きている理由がある」と伝えてくれた。
でもね、そこにあるのは感謝じゃないんだよなー。いや感謝もしてるんだけどさ、あるとすれば「あのとき俺ら一緒にいたよな」っていう深い感慨だろうか。ああ、俺らはあのころ、あんなに生きるのが面倒でやってらんなくてつらくて、そんでもまあ十数年後のいまも生きてるよな、なんかかなりおもしろめでかつ珍しめの人生とやらをやったけど、まあ死んでねえよな、明日以降もなんとかやってくんだよなー、みたいな。
そんな彼が結婚する。
別に「結婚」っていう単語に無条件で反応しておめでとうなんて言う気はさらさらないんだけど、とにかく、彼は「見つけた」んだというひとつの明確な証拠ではある。結婚という形式に付随してくっついてくるいろんな義務とか権利とか、ようわからんけど、いろいろあるものをすべてひっくるめて引き受けて、たった一人の人を死ぬまでの伴侶として選んで、生命が終わるときまでは生きていくんだという決意の表明だ。そういうものとして「結婚」っていう形式はなんとも明瞭だ。
彼はそれを選んだ。
だからさ、変な話なんだけど、俺の感情としては「安心」っていうのがいちばん強いのかな。彼の生み出したさまざまなものの魅力の大きな源泉は「孤独」だったけど、それゆえに彼にはいつも荒野を歩いているような感じがつきまとっていて、もちろんこんなもん言葉になんてしないんだけど、その孤独のデッドエンドを彼が見てしまったらどうしよう、みたいな漠然とした不安はいつもあった。
そう、彼はもうひとりじゃない。
これかな。そうだ。あなたはもう、ひとりじゃない。ひとりでなければ、ふたりであれば、それはきっと世界を手に入れたも同然なんだ。この広大な世界を歩くのに、ひとりっていうのはなんともつらい。あまりに大きい。世界がその美しさの片鱗を見せたときも、厳しさのかけらを降り注がせたときも、たったひとりでは言葉すら虚空に消えていく。
あなたは、あなたの見た世界の美しさを伝える相手を得た。いや、最初からそれをふたりで見ることになるんだ。
それがどれだけ素晴らしいことかなんて、もう言葉にはできない。
たったひとりのための、あなたであるように。そのことがそのままであなたを幸福にするように。あなたと、あなたが選んだ人の幸福が、そのままで世界の美しさにつながる回路を形成しますように。
ちなみに、お相手の方もネットを通じて決して存じ上げぬ方ではございませぬ。存じ上げているっつーよりはもうちょっとよく知ってる。
なんで、この場を借りてお願いなど。
まあ、俺がいまさらこの場で言うことではないかもしれませんが、幸せにしてあげてください。言われるまでもねーよカスwwwと思われるかもしれませんが、それを承知でなお俺はそう言いたいのです。彼の孤独や、彼の傷つきやすさや、それでいてあんがい飄々としているところとか、飄々としているようでいて、もっと深いところで傷ついてたりするところや、そういうものをほかの人間よりは多少はよく知っている人間として。
なんかねー、ひとの旦那つかまえて俺のほうがよく知ってるヅラすんじゃねえよって叱られそうだけど。
そんでもまあ、そういうこと思っちゃうくらいには、彼は俺にとってかけがえのない人だったりするんですのよ。
あと還暦になったらクソどうしようもねえ鼎談とかやる予定なので、そこは多目に見てください。あなたもご存知の友人の環境が非常に劣悪です(もう一人の畏友とじょじぱんつのゴムを両端で引っ張ったり縮めたりしながらにやにや笑っている)。
まあ、なんですか、直接に会ったら俺のことだからビシッと決めて「おめでとう」とか言えそうもないんで、いまここで言っときます。ほら、しゃべるよりも文章のほうがうまいこと自分の考えてること言える人だから。
おめでとう。
つーかまあ、びっくりした。
新婦の方には俺も会ったことないんで、まあそのうち会いますかね。
第一報を知ってからすぐにうちの奥さまに知らせようとしたんだけど、あの人、ここんとこあるゲームにはまってて、仕事してる時間以外、寝るかゲームするかしかしてなくて、いま爆睡中。起きたら知らせるつもりですけど、たぶん反応はこんなもんすよ。
さっきはてぶ見てたら、あきらかにジプシー嫌いなくせにレイシスト認定されたくないから奴らの過去の経緯とか関連本の感想とか交えて遠回ししながらジプシーdisしてるブログ見つけてワロタ。そりゃ固定ブログで正直な気持ちなんて書いたら民度の高い(笑)はてぶユーザーの皆さんから一斉にレイシスト認定されるからな。だから今回はあのブログ主に代わって俺が増田という最高の舞台でなぜジプシーがヨーロッパ全土で嫌われているかを教えてやる。
ロマ(ジプシー)の起源やら歴史やらは今回はどうでもいいんだよ。重要な事実はジプシーってのはヨーロッパ全土の各国で嫌われている連中で、ビザとか国籍とかお構いなしで勝手に自分たちの国に住み着いて、自分たちの子供にまともな教育も与えずに地元住人や観光客相手にスリやサギ行為ばっかして生計を立てている本当にヨーロッパの害虫のような連中だってことだよ。
我ながら酷い文章を書いているなwwレイシスト?そう呼びたかったら好きにしろよ。あのな、遠い日本にいて難しい本やらドキュメンタリー読みながら「ジプシーの人たちも辛い過去と歴史があって、仕方なくああいった生活を送っているんだ。」みたいな高尚なことを言い出す暇があったら2,3週間でいいからヨーロッパ旅行してみろよ。実際にヨーロッパで暮らしている連中や、俺みたいに仕事から四六時中ヨーロッパの都市に出張している人間にとったらウザい連中以外の何者でもないんだよ。しかもだ、日本とかでもヤクザやDQNヤンキーみたいに「お近づきになりたくない連中」はたくさんいるけど、基本自分たちが奴らのいる地区で暮らさなかったら大抵のトラブルは防げるだろ?だけどジプシーの場合はあいつらが都市の住民や観光客をカモにしているから、頼まれてもないのにあっちから近づいてくる。おまけに俺みたいな日本人なんて奴らからしたら最高のカモ認定だから一瞬のスキも許されない。本当にめんどくさい連中だよ。
実際に俺や俺の同僚、友人、家族があってきた被害を並べるとだな、
・美術館周りでアンケート募集してるとやってきて、不覚にも立ち止まって話を聞いたら周りに数人仲間が集まってきて、グダグダしているうちに貴重品を盗まれる。
・オープンテラスの店で食事をしてたらテーブル近くに勝手にやってきて下手くそな楽器の演奏を初めてお金を要求する。んで断ったり金額が少なかったらあからさまに「ケチ!」って目線を返してくる。
・満員電車やバスで油断していると後ろのカバンやズボンにカッターで穴を開けて財布を盗む
・大衆食堂的な店で食事してたらいきなりテーブルにやってきて人の飯を食おうとして、そいつらを追っ払おうとしたらその横で違うやつが貴重品を盗む。
・上記ケースの大半は基本的に子供。地元警察が事前に規制しにくいから。
ざっと思い出しただけでもこんだけあるぜ。あと南イタリアとかギリシャとかにいくと路地の影で立ちションやらウンコとかしてるジプシーも簡単に出くわすぞ笑
せっかくの旅行先でこんなクソみたいな連中に絡まれて財布やらパスポートやら盗まれて最悪な気分にさせられたり、自分たちの大事に街にこういう害虫が住み着いてせっかくやってきてくれた観光客に迷惑かけているとことか想像してみ?奴らに比べたら数万倍は意思の疎通が図れそうなホームレス相手にも冷淡な態度をとる日本人にジプシーのことを理解するなんて無理だからマジで。
しかもこれって南米やアフリカじゃなくてヨーロッパの話なんだぜ?ちと経済的にやばいスペイン、イタリア、ギリシャだけじゃなくまだ余裕のあるフランスやドイツの都市にも大抵はいる連中。んでこういった国々って本人たちがその気にさえなれば国の社会保障制度を使って違法移民でも仮住まいや食料の申請やら子供の就学手続きなんかはできるはずだろ?でもジプシーの連中はそれすらしないんだよ。ヨーロッパの社会に溶け込まずに独自の社会にとどまったままで、おかけに子供の就学の機会も奪って、そのかわりに観光客相手にいかに騙すかとかスリのやり方とかそんなことばっか教えてるんだよ。住んでいる住民にしたら自分たちの政府に対してこんな連中さっさと自分の街から追い出してくれ!(not in my backyard!)って要請したくなるもんだろ???
ここまで説明しても「それは彼らのいままでの過去があまりに過酷だったから」とか「根気よくコミニュケーションを続ければきっといつか分かり合える」みたいなお花畑なこと言う奴がでてくるだろ?ほんとウザいよな。まぁ100%不可能とは言わないけど、確率的には「世界中の経済が自由市場経済の元に成り立てば、最初は酷い格差はでるだろうがいつかはトリクルダウン理論のもとで富が全世界の人に行き渡って貧困は撲滅する」とか真顔で話してくるネオリベ野郎くらいには信じてやるよ。
ただ俺に言わせれば、そうやってバカ正直に「いつか分かり合えるはず」とか信じている奴のほうが怖いんだよ。そういった奴が善意のもとで必死にジプシーみたいな連中を俺らの社会に適応できるように「教育」しようとしても、奴らにとってはまた新しいカモが来たくらいのノリだから逆に搾取されるのがオチでさ、んでこうやって自分の善意が踏みにじられた先にある感情は「憎しみ」とかになるわけよ。ヒトラーとかポルポトのような連中は生まれてからああいう悪魔のような人間だったと考えるのは間違いで、本当は最初はピュアで本気で善意のもとで変革を望んでいた奴が、どこかのタイミングでダークサイドに落ちると一気に民族粛清とかはじめるんだよ。
だから俺やヨーロッパの住民みたく「ジプシー=害虫」みたいな対応で、日頃から害虫対策をしっかりしながらスルーしていくのが一番賢いし正しいんだ。もちろん俺らの社会のシステムやルールを尊重して、ちゃんと俺らのルールの元で努力してがんばろうとしてる奴はちゃんと認めてやらないといかんよ。でもそれすらせずに好き勝手して迷惑ばっかかける害虫はさ、死ねとまでは言わないから極力スルー&うちの近くにはやってくるなって対応をするしかないんだよ。俺とかいまだに自分の子供ができたらどうやってこういうことを教えるべきなのかいまだに迷っているんだぜ?だって下手に善意を見せて助けようとしたら逆に痛い目をみるだけだもの。子供とかだったらマジで誘拐されかねない。
こういう黒とも白ともつかない感覚って実際に現地で生活しないとわかんないんだよ。だからこれ読んでいまだに納得できない奴は頼むから2,3週間か1ヶ月でいいからフランスやらドイツに短期ホームステイしてみてくれよ。
書きたいことがあっても守秘義務の契約で縛られてネットに書き込めないのは魂まで奴隷契約結ばされているようで惨めな状態に
上の記事タイトルや内容とは全く関係ない余談だけど
この前増田の「不陰気」にピッタリだと思って激写してきた路地裏が
ネットで有名でリアルで近づいてきたら気づかれる前にそろりと逃げたくなる5人の内の一人の常駐先だと知って
二度とあの路地裏には近づかないことを心に誓った。
どこから大通りに湧き出してくるのかいつも不思議だったんだけど、この町のサヨクはあの辺に集うのかー。
うっかりサヨクの牛耳る仕事場にバイトで入った人がネットに悪口書き込まれたりしてるのを目撃。気をつけよう。
たまたま路地裏に惹かれて写真取って→路地裏の名前調べてたら→そういう情報がどんどん検索結果に出てきただけで
サヨクの活動とかについて興味は無い。
元増田です。
マジレスするなと書いたのは、「農家はそんな甘いものでは~」「そんな甘い気持ちで仕事やめるやつは~」的なお説教とか論争みたいなのはいりません、
って意味なので、増田さんのように現状を教えていただけるのはとても嬉しいし興味があります。
トマトトーンはホームセンターにも売ってるし、家庭菜園やってるだけのド素人ですよん。
そっか、ハウスか。
近所の路地栽培みたいのだとハウスじゃないから、そういう発想がなかったな。
大規模でやるには大概ハウスがいるのね。
そうかー、お金かかるな。
黒田硫黄では、水茄子やれば捗るぞみたいに言われてたけど、水茄子って末端価格じゃ単価なすの5倍くらいのようだね。
品種だけやなくて、産地も含めていかにブランド化するか、ってとこがポイントなのかな。
俺は大阪出身でいま福岡に住んでるんだけど、大阪じゃ福岡みたいな1メートル近い長なすって売ってないから、
こういうのを流通経路確保したうえで採算がとれるようにできたら、価値がでるのかも。
俺の後輩は、懸崖菊っていう、京都の名産らしいけど、伝統的な菊アートみたいなのをやってます。
菊農家らしいです。
TDLにも花いれているそうな。
ああいうのが儲かるのかもねー。
福岡市内には数多くのラーメン屋がしのぎを競っているので、どこに行けばいいのか悩む観光客も多いと思う。
ぐるなびや食べログでも見れば、いくつものラーメン店舗が紹介されているけれども、どれもそれらしい感想が書かれているので、どれを信じればいいのかわからない。
そもそも、何千人もの人々に支持されるラーメン屋って、最大公約数に好かれた、特徴のないものになってしまいがちだ。
それに、今では東京にも数多くの博多ラーメン店が進出してきている。
でも、どうせ福岡市を観光するならあまり全国展開していないラーメン屋で、ラーメンを食べてみたい、という人々も多いのではないか。
そこで、東京在住の元福岡市民として、地元で数多くのラーメン屋に足を運んだ私が、本当においしい福岡市内(主に中心部)のラーメン屋について、紹介したいと思う。
ほぼ赤坂周辺のラーメン屋に限定したので、今日は天神、明日は久留米、明後日は直方……などと遠距離を移動する必要はない。
これは王道でしょう。福岡市民にとってみれば、地元のラーメンといえば「博多ラーメン」ではなく「長浜ラーメン」のことを指す。
そもそも福岡市民に博多ラーメンと言って思い浮かべるのは「うまかっちゃん」という即席麺だ。縮れ麺で、濃厚で、美味しいけれども、屋台で食べるラーメンではない。
http://www.ganso-nagahamaya.co.jp
はっきり言って、味は洗練されていない。臭い。生臭い。味も大味だ。昼にこのラーメン屋の周囲に行くと、黒く油で変色していて環境もよろしくない。
それでも、何度も通ううちに、癖になる。独特の味わいがあり、たとえるならばスルメのようなものだ。元福岡市民で、数年ぶりに地元に帰った人間が、この店に行かずに東京や大阪に戻ることは決してないと断言できる。
とんねるず等が昔猛プッシュをしていたので、知っている人は多いと思う。
ここのラーメンも、癖があるけれども、うまい。油がのっていて、くどいので、好き嫌いはあると思うけれども、普通にうまい。
ちょっと奥まった場所にあるので、ファミリーマートを目印に、その周辺をぐるりと一周すればみつかると思う。
ここのとん吉は、長浜ラーメンオブ・ザ長浜ラーメンとでも形容しようか。スタンダードのうまさ。それに、いくらでも紅しょうがを入れ放題なので、寒い夜にはおすすめ。
臭くない。
臭みをかなり抜いているのだと思うけれども、元祖から欠点を取り除いたラーメンとでも言えば、分かるだろうか。
そのため、やや優等生的であり、物足りないと感じる人も多いかもしれない。
味は濃厚、腹持ちもいい。
2種類のラーメンを楽しめるので、それもこの店に通う理由になる。飽きたら赤のれんを試してみればいい。
http://onhome.blog.so-net.ne.jp/2012-05-28-1
ここの辛ネギラーメンは絶品といえる。目の前で作ってくれるのだが、どういう仕組みかわからないものの、ネギの上に油を垂らすと、ジューという音がするのだ。
この音が食欲をそそる。そして、うまい。そして、煮玉子が絶品だ。
ややわかりにくい場所にあるので、いろいろな人に尋ねながら行くのがいいと思う。
細い路地にあるし。
http://s.tabelog.com/fukuoka/A4001/A400103/40003396/
ここのスープが絶品だ。実は、二位の郷家と一位の鈴木商店は、どちらもトンコツではない。福岡の人間は、トンコツに食べ飽きている。そこで、普段よく食べるラーメン屋として挙げる場合はトンコツラーメン一択なのだが、もしもお勧めのラーメン屋を挙げろと言われたら、それ以外のものになってしまうのだ。私もそう。そして、ここは、たしかにうまい。
もしも博多らしいラーメンを一度だけ食べたいと思うのならば、5位から3位までのラーメン屋に行ったほうがいいと思う。でも、福岡市内の中でももっとも勉強熱心で、美味しいラーメン屋に行きたいと思うのならば、郷家か鈴木商店に行くべきだ。
ここがまた、わかりにく場所にある。地図を片手に行くことをお勧めする。地元の人間でも必ず迷う場所にある。
福岡市中心部では、うまいお店はわかりにく場所にあることが多い。目立つ角地になくとも、うまければ必ず固定客がつく。固定客がつけば、店の経営は安定する。福岡の人間は律儀なので、好きになったお店には何十年でも通う。固定客にとってみれば、行きたい時に観光客で混んでいるお店は敬遠したいので、その意を組んでか、味に自信のある店舗は、路地裏に店を構える。こうして、ラーメン屋は路地裏に多くなる。まあ、匂いがきついので、大通りにお店をつくりにくい、という理由もあるけれども。
ここのあごだしのスープは、とにかく絶品だ。
http://s.tabelog.com/fukuoka/A4001/A400104/40000502/
以上。
※2014/03/26 はてなトップに大分前に書いた記事が上がっていたのに気づいた。
ブクマで「リンクが死んでいる」という指摘があったので修正(Googleで上の方にあったアドレスを貼り直しただけだけど)
ステマではなくて、当時「福岡に行くから美味しいラーメン屋紹介して欲しい」と言われ、友人に紹介した店を、需要があるかと思ってここに書いただけ。
ブログに書きたいんだけど、匿名で書いているので、福岡出身とバレるのが嫌だからこちらに書いた。
トップ二つがマイナー過ぎる、という声もあるが、かなり食べ歩いて選び抜いた結果なので、通好みとなり、いわゆる「大手」にはならなかったのはしょうがなかやろうもん。
当初あまり興味はなくて、目当てのものを買えたら潮風に当たりながら散歩して帰ろうと思っていたのに、気がついたら終了時間までいた。
楽しかったしいろいろ考えた。ツイッターでの連投は気が引けるけどブログも持ってないので、ここに書いとく。
感じたこと。
リアルの反映のはずなんだけど独自に発達して乖離しつつもあるネット内の文化を、リアルに反映させること。
最近テレビも見なくなって、世間で何が話題なのか知るのにネット経由というのが自分の中でも当たり前になってる。
リアルで感じるものよりネットの方が楽で有意義に感じがちで、現実って面倒くさいなあって思ってた、ここ一年くらい。
なんで、超会議も期待してなかったけど、意外に面白くて、誰かが大人の文化祭って言ってたけど、同じ事を感じた。
すっかりネットの世界のほうが日常的になってきた生活は、おそらくこの先、その傾向をもっと強めると思う。それによって有益なこともあれば弊害もある。
その中で、ネットの抑制でなく、より完璧なバーチャル世界の構築でもなく、ネットとリアルをつなぐようなイベントって実は重要なんじゃないかと思った。
普段、ネット内で深めてきた文化や文脈を現実へ反映させていく作業。
やっぱりリアルが楽しいのはいいなと思った。どうやっても人はリアルに属するのだし、体で感じるということは、人を前向きにさせる気がする。
それぞれ多彩で濃いイベントなのに、はっきりした仕切りがなくて、すごく雑多な感じがした。
けれどあの雑多な感じがよかったんだろうなあと思う。
踊ってみたやのど自慢の異様な盛り上がりをよそに、ニコニコ学会、JAXA展、超鉄道、と散策を楽しんでると小室ライブに行き当たる。
しばらく眺めてたら、後ろを兄貴とその取り巻き達が押し潰さんばかりの勢いで通り、人波からなんとか離脱したその先で、囲碁のフリー対戦と将棋のコンピューター対戦やってた。
なんだか茫然として、さらに先へ行くと言論コロシアムで東浩紀・ひろゆき対談やってる。壁にはニコ生を見てる人のコメントがずっと流れてる。
小さな祭りが幾多にも重なって大きな祭りになっている。その間をゆるゆる歩いて、気がつくと別の祭りの空間に迷い込んでいる。その感じがすごく日本的な気がした。
西洋の空間感覚は、私的空間と公的空間の区切りがはっきりしていて、「私」=「個」だし、「公」はオープンなものである。また、空間の内側にランドマークを有し、自分の位置がいつでも分かる。
一方、日本の空間感覚は、「私」と「公」の隔てが緩やかである。「私」は完全な「個」ではなく、他者との結びつきを許容している。
例えば、昔ながらの家屋の部屋の区切りは障子で家族がどこにいても気配を感じられる造りだし、一人部屋ができたのも近年のことだ。
「私」の集合体もまた半分閉じられながら半分は開かれて繋がって、それらが寄り集まる場が「公」である。縁側、路地などは、その「私」の集合体どうしを緩やかにつなぐ機能をもつ。
その閉じられつつも開かれた空間を遷移する楽しさが日本的空間の面白みでもある。
これって海外の人が来ても、あの独特な雰囲気は新鮮さをもって楽しめるんじゃないだろうか。
私的空間...各コミュニティ、コンテンツ、があり、個々はすごく濃い。それらを渡り歩く感覚。
その空間に何があってどうなってるのか知るのに俯瞰的な手段はとれなくて、自ら内側に入らないと分からない。
これから先、超会議が開催されるのか、だとしたらどういう方向にいくのか分からないけれど、こういう特性は感じられるようなつくりであってほしいと思う。
ただぼんやり歩いてても人だかりがあって、立ち止まって賑わっているのを見る。それだけでも楽しい。
それゆえに願わくば各エリアをもう少しゆとりを持って設けてほしいなあと思った。
あ、あとニコニコ学会や超鉄道みたいなのを引き続き充実させて大人の文化祭であり続けてほしい。
初日も行けばよかったなあ。
駅から自宅までの近道がてら深夜の商店街を歩いていたら、女性の叫び声が聞こえた。
最近頻発しているというひったくりか、まさか婦女暴行かと身構えつつ声の方へ駆け寄ってみたら、路地裏で若い男女がただの痴話喧嘩をしていた。
街頭に照らされて二人の風貌ははっきりと見えた。
男は特に特徴があるわけでも、服装がきまってるわけでもない、無地の青っぽい長袖のシャツに白のチノパンだけという、さえない印象だった。
対する女は、遠巻きから見ても結構な美人である事が分かった。服装も随分と気合いの入った格好だったように思う。
それは痴話喧嘩のように見えたが、そうではなかった。男には最初から言い争う気概すら感じられず、俺が見ている間殆ど言葉を発しなかった。
女はというと、ただひたすら一方的に、怒りに身を任せるように吠え、まるで子供のケンカのように自分の手足と暴言をデタラメに男にぶつけていた。かなり酔っていたようだった。
「あんたなんか、あたしの相手だけしてりゃいいんだっ!他の女なんかと仲良くなるとか、出来ると思うなっ!ちくしょおっ!くそおっ!」
男は疲労と諦念が濃厚にブレンドされた様子で、女が疲れ果てるのをじっと待っているようだった。しばらくすると女は突如静かになり、そして泣き出した。
たった今母親の胎内から出てきたのではないかと思わせるほどの、全身全霊を込めた泣き声だった。
もしここが住宅地だったら、おそらく近隣住民が速攻で通報していただろう。
程なく女は力が抜けたようにその場に座り込み、そして泣き続けた。そのとき初めて男が動いた。女の腕を掴み自分の肩に回して無理矢理立ち上がらせ、疲れたのか勢いを失いつつそれでもめそめそと泣き続ける女にこう言った。
http://anond.hatelabo.jp/20110911040323
ザ・インタビューズで今後起こりそうなこと
ザ・インタビューズで実際起こっていたこと
http://theinterviews.jp/syu_musicwar/
インタビューズが楽しくて色々と見て回っていたら、ちょっと興味深いインタビューを見つけた。
それは、音楽系まとめブログの管理人にまとめブログアンチ?が質問で粘着していたものだった。
「まとめブログ管理人はアンチに対してどういった対応をするのか」と気になっていたので、
このインタビューのやり取りは中々面白いものだった。なので、ここでちょっと書いてみる。
なので、ちょっとだけ個人的な感情が混ざってしまうかもしれません。
質問。「まとめブロガーの分際で良い人ぶってんじゃねーよ! 」
音楽好きとして、アーティストを応援するといった体でありながらも、違法性のある動画を載せてアフィリエイトを張るのは本当に応援していると呼べるのでしょうか。そういった行為こそが、モラルの低下を助長しているように思えますが、それについていかがお考えでしょうか。あと、ブログ応援してます!
解答。「僕のことはいいんです!ちょっとでも売れることが大切なんです!」
アフィリエイトからでもアルバム購入すれば、収益がアーティスト様側に生まれるのですがこれは応援という形にはならないのですか?
アルバム一枚を売って僕に生まれる収益なんて10円とか20円ぐらいです。
そして、その10円20円の収益が僕に生まれるからといってアーティスト様の利益の損失に繋がる訳ではありませんので。あくまでも僕が報酬を頂いているのはAmazonからです。
もし僕に利益が生まれるのが嫌だからといって、そのアーティストのアルバムを買わないとなるとそれは本末転倒でしょう。別に僕のページから購入しなくてもいいので、とにかく買うことが大切だと思いますよ。
解答としては、自分は広告していて売り上げに寄与しているのだから、
違法性の疑いのある動画を掲載するモラルについては正当化される。
と同義といってもいいだろう。しかし、モラルの低下ってどれだけ大げさなんだ。
最後に「とにかく買うことが大事」と応援している姿勢を強調する一言がグッド。
質問者のこの攻撃は、管理人の誠実さをアピールしてしまう結果におわりました。
「CDなどの広告は積極的に貼っていますが最近は違法ダウンロードが多く「CDは売れない」のです。もし、きちんと購入される方が多くCDの売れ行きも好調ならば、僕からすれば「自分自身の広告収入も見込める」、「アーティスト様側にもきちんと利益が生まれる」、この2つが実現できてそれはそれは嬉しいことです。」 この発言は、違法アップロードされた動画を掲載することへの、免責を意図した発言と受け取って良いのでしょうか?
解答。「そもそも違法じゃねーし!」
違法アップロードの動画へのリンクを貼ることに違法性はありません。
アーティスト様側がYouTube等の動画投稿サイトに申し入れをすれば動画は削除されます。
しかし、それはあくまでも違法アップロードを行った者と著作権を侵害された者、そしてそれがアップロードされた場所での問題なので僕に責任は生まれません。
違法アップロードされた動画、例えば密録の動画があったとして(もちろん違法)
それをブログに掲載すること自体に違法性はあるだろうのか、という質問。
俺はこの分野に明るくないので判断できないが、管理人よると答えは「ノー」ということだ。
そうなってくると、これもまたモラルに関する問題になってしまうのだが、
極論すると、密録動画をあげてアフィリエイトで収入を得ていることになり、体裁が悪い。
しかし、音楽動画を紹介してアーティストを応援していて、オマケ程度に収入を得ている。
こういうと抵抗はないだろう。管理人は後者のスタンスを頑なに守っているようだ。
質問。「まとめブロガーは大人しくしとけばいいだよ!」
著作権的にグレーである、2chのレスの編集や動画掲載をすることによって得た知名度を利用して、あまりにも私的な記事や恣意的な宣伝をする行為に対してどう思っていますか?
解答。「個人ブログに何いってんすかwww」
しつこいくらいにモラルの問題の話。というか、まとめブログがグレーなのかすら俺には分からない。
でも、もしグレーだとしても、それでも私的な記事を掲載するのはありだという姿勢のようである。
管理人はここまでまったく自分の主張が折れていません。質問者の反撃はあるのでしょうか。
で、ここで気になった、どういった私的な記事を載せているかを調べてみた。
具体的には「京都旅行」「山口県の宣伝」「友人のライブの広告」ぐらい。
おそらくはこの京都旅行が彼の怒りに触れたのだろう。画像がリア充っぽいし。
いまは関係ないけどサイト重いよ! あと、なんだかオシャレでした。
明らかに違法アップされた動画のリンクを貼り、それでアフェリエイトを稼いでいるようですが、著作権についてはどのようにお考えでしょうか。
解答。「親告罪でググれ」
アフィリエイトについてはAmazonの審査が通っているので、もし問題があればAmazonに問い合わせてください。
著作権についてはアーティスト様から申し入れがあった場合、記事を削除するなど対応をすると「当ブログについて」にて詳細を記載しているのでご確認ください。
模範的な解答です。点数としては満点でしょう。
これについては特に述べることはありません。
明らかに悪意たっぷりの質問を鮮やかに捌いていました。
いま話題になっているインタビューズの端っこでは、
こんな微笑ましいやり取りがあったのでした。お終い。
俺は登録して何度か宣言したのにも関わらずに、
質問が一切こなかったのでもう辞めました。
追記
このネタは、注目を浴びてはてブ稼ぎまくりやと思って書いたのですが、
案外そうでもなかったようです。でも、少しははてブされたようで満足。
まあ普通なら、相手にしないというか、黙殺するべきの意見じゃないですか。
本人のサイトを見直したら、アンチというか、批判のコメントもたまにあったので、
あえてザ・インタビューズという舞台で、相手にしてガス抜きしてあげたのかな、
とか勝手に思っていて、そこらへんも含めて見事と評価したのですがこの有様。
読みは外れたらしいので、見事なタイトル詐欺になってしまいました。